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午後の紅茶

午後の紅茶


 春の柔らかな日差しが降り注ぐ廊下を香澄は歩いていた。
 背筋を伸ばし遠く一点を見据えてこの廊下を歩くのは彼女に
とっても一年ぶり。ワンレンの長いストレートヘアすらほとんど
揺れない彼女の毅然とした態度は、何一言口をきかなくても、
出会う生徒たちのすべてを振り返えらせてしまうほどのオーラを
持っていた。

 そんな彼女の口元が、ほんの一瞬、微かに緩んだ。
 今まさにすれ違おうとする三人の後輩たちを確認したからだ。

 「た、高村先輩」
 三人の真ん中で穏やかな笑顔を浮かべ、両側に従えた後輩たち
の話をやわらかく受け流していた娘(こ)が香澄の目に止まった
のだ。

 「牧村、あなた、そのバッヂは生徒会長なの」
 香澄は小さく頭を回して前に垂れた髪を後ろへと靡(なび)
かす。

 「えっ、いえ……はい」
 直立不動で答える生徒会長を後輩二人がいぶかしがる。

 「あなたたち、私を覚えてないみたいね。無理もないわ、新入生
にとって三年生なんて遠い存在ですものね。私も、自分が一年生の
時に誰が生徒会長だったかなんて覚えてないから大丈夫よ」
 香澄は戸惑う後輩たちを見て微笑む。

 二人はこの時になって初めて、この人が誰かを知ったようで、
いきなり目を丸くしたが、香澄が彼女たちをとがめだてするような
ことはなかった。

 「牧村、園長先生は執務室かしら?」
 「いえ、今日はお客様がお見えになるとおっしゃって私邸に
戻られました」
 「私邸に?……あ、そう。……ありがとう」

 香澄は礼を言ったあと、依然として直立不動でいる牧村を見て…
 「………牧村、あなた、似合ってるわよ。そのバッヂ」

 香澄は牧村の硬直した態度を滑稽だと言わんばかり微笑むと、
まるで何事もなかったかのように再びその廊下を歩きだす。
 元生徒会長にして、幼稚園以来のこの学園の秘蔵っ子。彼女に
してみればここは依然としてわが城だったのである。

 香澄は北向きで暗い園長先生の執務室を通り過ぎると、渡り
廊下を歩いて園長先生の私邸へと向かう。園長先生は学園内に
私邸を構えられていて、通常はそこで寝泊りされていたのだ。
 ただ一般の生徒が用もなくこの渡り廊下を使って園長先生の
私邸に立ち入ることは禁じられており、南斜面にこじんまりと
して建つ日本家屋は、甲高い声が飛び交う学園の喧騒を離れて
いつも静かにたたずんでいた。

 香澄は呼び鈴を鳴らしてドアの向こうに人の気配を感じると…
 「高村です」
 と名乗った。
 インターホンはなく、またそれも必要のないほど小さな家だった
のである。

 「香澄さんね、上がって頂戴。遠慮はいらないわよ」
 園長先生の声はいつも通りにおだやかだ。

 玄関を上がると三部屋しかない家だったが、大きな居間は日当
たりがよく、園長先生はその広い濡れ縁に丸いテーブルを出して
お茶を楽しんでいる。

 「お久しぶりです。先生」
 「いらっしゃい、香澄さん。急にお呼びたてして、お忙しくは
なかったかしら?」
 「いえ、大丈夫です」
 「よかった、それを聞いて安心したわ。それはそうと、あなた
一段と美しくなったんじゃない。このくらいの歳の子は、一年、
一年美しくなるわ」

 「ありがとうございます」
 香澄はごく自然にその言葉を口にしたが……

 「ありがとうございます…か」
 園長先生の顔がほんの少しだけ曇ったのを香澄は見逃さなか
った。
 「何か変でしょうか?」

 「いいえ、間違ってはいないわ。…でも、私は今でもあなたの
ことを私の本当の娘のように思っているから、できれば昔のよう
に私の膝にはい上がって抱きついてほしかったの」

 「(そんな無茶な)」
 香澄は困惑する。そして…
 「(ジョークよね)」
 とも思うのである。その結果……

 「私は大丈夫ですけど、私もだいぶ重くなりましたから……
先生のお膝の方が心配ですわ」
 とかわしたつもりだった。しかし……

 「あら、そんなこと心配してくれるの。嬉しいわね。でも、
むしろそっちは大丈夫よ。今でも毎日のように困ったちゃんを
ここに呼んでるんだから…あなたより大変な子がここには沢山
いるのよ」

 園長先生は昔から子供をお仕置きする時ここへ呼ぶのだ。ここ
ならお友だちに恥ずかしい場面を見られる心配もないし、どんな
に大声で泣いてもその悲鳴が学校までは届かないから。

 香澄も小学校時代までは結構やんちゃだったから、ここへ呼ば
れたことも年に一度や二度ではない。ただ、そんな時でも彼女は
園長先生を見つけるなり腰に抱きつき、お膝に飛び乗る。
 園長先生が言うのはそのことだったのである。

 園長先生とは幼稚園時代からのお付き合い。お仕置きでは素っ
裸にされることもしばしばだったが、不思議に恥ずかしいと感じ
ることはなかった。

 「お茶にしましょう。何がいいかしら?」

 「では、ダージリンをミルクティで……」

 「お菓子は泉屋のクッキーだけど、いいかしら?」

 「結構です。……あっ、先生、私、働きますから……」
 香澄は立ち上がったが、先生はそれを制して……

 「大丈夫よ。そのくらいは私にもできます。今日は忙しいさなか、
あなたをお呼びたてしたんですもの。このうえ、働かせたら悪いわ」

 でも、結局は香澄がお茶の手配をすることになる。
 このお茶も、実は中学の生徒会役員時代、先生とここで何度か
喫茶しているから台所の様子なども熟知している。まさに、勝手
知ったる他人の家だった。

 「早いわね、ついこの間まで私のお膝でお尻を出して泣いて
いた子が今はもう立派なレディーなんですから……」

 「レディーだなんて……私にはまだ早いです」

 「そう、ならヤングレディーね」

 ヤングレディーという言葉は微妙な意味を含んでいた。香澄の
英語教師が「Please come here young lady」と呼ぶときはたいてい
spankingのお仕置きをする時だったからだ。

 頬を赤らめ、ティーポットを運んで来た香澄がテーブルにそれを
置こうとすると、見覚えのある原稿用紙が目に止まる。
 そこには鉛筆書きの、それもお世辞にも綺麗とは言えない字で、
 『ロビンソンクルーソーを読んで』 と書いてあった。

 「やはり、このことだったんですね」

 「谷川先生がこれを私の処へもってこられてね、『先生、これ、
高村鈴代ちゃんがこれ書いたんです。あの子にこんな才能がある
とは思いませんでした』って目を丸くして興奮気味におっしゃる
から、私、読んでみたの……」

 「…………」
 園長先生の含み笑いに、香澄は自分がどういう顔をしていいのか
分からなかった。

 「最初は私もびっくりしたわ。『鈴代ちゃんにはピアノ以外にも
こんな才能があるのね。お姉さんの影響かしら…私、教師として
どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのかしら……』とも
思ったのよ」

 「…………」
 先生の意地悪そうな笑顔が香澄には辛いが、そこは心の中に
隠して先生にお茶を入れる。

 「ありがとう、香澄さん」

 「いえ、……」
 香澄はちょうど紅茶を入れて先生に勧めたところだったので、
そのお礼とばかり思っていたら……

 「これ、あなたが私のために書いてくださったのよね。昔の
思い出が蘇ってきて、とても楽しかったわ」

 「申し訳ありませんでした。先生を騙すつもりはなかったんです
が、鈴代がこのところ毎晩ピアノに噛り付いて発表会の練習をして
いるのに、その日は練習が終わってからも机に向かいますから、
「何をやっっているの?」と尋ねますと、読書感想文の宿題が明日
までだと言います。……最初は怒ったんですが、……そのうち机に
もたれて寝てしまいましたので、ちょっとしたイタズラ心で作って
しまったのです」

 「読書感想文の女王のあなたなら、ちょちょいのちょいかしらね」

 「そんなこと……」
 香澄は頬を赤らめる。

 「なんですの?読書感想文の女王って……」
 二人の会話に女中のサキさんがクッキーをお皿に入れて持って
きてくれた。

 「あら、あなた、いつからそこにいたの?」

 園長先生の問いかけにサキさんは…
 「ごめんなさい、大事なお話なら、私、はずしましょうか?」
 と言ったが、園長先生は首を振って……
 「大丈夫よ。そんなに深刻なお話じゃないから……あなたも
ここにいて……」

 園長先生はサキさんの気遣いをねぎらい、同時に緊張している
かもしれない香澄にもこの言葉を送ったのだった。

 「…この子ね、小学校時代は読書感想文の女王って呼ばれてたの。
凄かったのよ、コンクールに出せば必ず何かしらの賞がもらえてた
んだから……」

 「もう、過去の事ですから…」
 香澄は恥ずかしそうにサキさんに付け加える。

 「今回もね、私の為に一筆したためてくれたの。おかげて危うく
騙されるところだったわ」

 「どうしてお分かりになったんですか?私が朝早くに妹をたたき
起こして清書させたから、妹の字だったはずなんですが……」
 香澄は下唇を軽く噛んだのを隠すようにティーカップを口に
する。

 「だから最初は私もビックリしたの。でも、文章の癖や…それに
何より、これは鈴代ちゃんの感性ではないもの。たとえ、あの子の
文章が上手になったとしても、彼女、こんなことは書かないわ」

 「……先生にはかないませんね」

 「だから、谷川先生にも、これはあなたが私に出したお手紙だか
ら鈴代ちゃんの名前ではコンクールに出せませんって申し上げた
の」

 「鈴代は?」

 「尋ねてみたら、素直にごめんなさいしたので何もしなかったわ
よ」

 「そうですか」

 「いい妹さんじゃなくて……あなたには不満もあるでしょうけど、
それはあなたが出来過ぎるからそう見えるだけだわ。……別れ際ね、
『お姉さまをお仕置きしないでください』って言われたのにはホロ
ッときたわ。そんな妹さんだから助け舟をだしてあげたんでしょう」

 「ここでお仕置きを受けると、ピアノの発表会にも障るんじゃ
ないかと思って……軽い気持だったんです。まさか、コンクールに
出す様なことになるなんて……申し訳ありませんでした」

 「いいわ、もうそれは……でも、それにしても、あなた……」
 先生はそこで一度笑いをこらえきれずふいてから……
 「相変わらずお上手ね。知らない人が見たら誰だってこれは本物
の小学生が書いたに違いないと思うはずよ。とても、高校生が書い
たなんて思えないもの」

 「気持は小学生の時に戻って書きましたから」

 「あなた、理科系より児童文学かなにか専攻してみたら?面白い
ものが書けるんじゃないかしら」

 「からかわないでください」

 「からかってなんかいないわ。あなたには、そんな方向が向いて
いるんじゃないかしらって勧めてるだけよ。人にはそれぞれに進む
方向があるわ。……あなたはどう?……目標に向かって順調に進ん
でるのかしら?」

 「ええ、まあ……」

 言葉を濁す香澄に園長先生はさらに切り込む。
 「私はあなたをかれこれ12年間もみてきたからわかるんだけど、
あなた、今、悩んでるでしょう?」

 「えっ!?」
 香澄は突然の問いに心が凍りつく。

 本来なら、たとえそんなことがあっても作り笑いを浮かべてやり
過ごすすべも知っている彼女だったが、園長先生の言葉があまりに
核心を突いていたためにそのまま凍り付いてしまったのだ。

 「成績が下がってるんじゃなくて……」

 「!(どうしてそんなことが分かるのよ)!」
 そこまで言われて疑念が湧いた。

 「母が今回のことで先生にご相談したんでしょうか?」

 「どうして?…そう思うの?…お母様は何もおっしゃらないわよ」

 「…(嘘よ、きっと母が先生に相談したんだわ)…」

 「……香澄さん、どうしたの?怖い顔して…私があなたの私生活
を覗き見してるとでも思ったのかしら」

 「べつに……そういうわけじゃあ……」

 「今回の件はあなたとお話すれば済むことだから、まだあなた達
のお母様はここへお呼びしてないの。……本当よ、お家に帰ったら、
きいてごらんなさい」

 「あなたも先生になって、『この子が本当に幸せになって欲しい』
って念じながら抱いてみればわかるわ。子供ってね、言葉ではうま
く自分を表現できなくても、自分を愛して抱く人には色んなことを
教えるてくれるものなの」

 「……私も?……」

 「もちろんよ。あなたは私に色んなことを教えてくれたわ……
『私はこんな事をされると楽しい』……『私はこんな事をされると
悲しい』…『私はこんな事をされるとプライドが傷つく』『こんな
事にはほかの子より平気なの』などなど、他の子にはない『こんな
事』をいっぱい私達に教えてくれるの。あなたが、今、プライドを
傷つけられてるのはお母様に聞かなくても私にはわかるものなの
よ」

 「私に会うだけで?」

 「そう、逢うだけで………だって、あなたのプライドって勉強で
しょう。だったら成績が落ちてるってことじゃないの。……違った
かしら?」

 「いいえ」
 香澄の声は小さな声だった。

 「ついでに、その理由も当ててみましょうか」

 「えっ、」
 困惑した香澄に先生は冷たい現実を突きつける。

 「好きな人がいるんでしょう」

 「…………」

 「違ったかしら……」先生は自信ありげに微笑んだ。

 「あなただけじゃないわ。優秀な女の子の成績が下がりだしたら、
理由は十中八九恋愛なの。男の子にはあてはまらないけど……」

 「男性って違うんですか?」

 「男の子は学業と恋愛を両立できるの。かえって成績が上がる子
もいるくらいよ」

 「ほんとに……」

 「ほんとよ。男性にとっての恋愛は人生のおまけみたいなもの。
あれば励みになるけど、なくても……べつに……なの」

 「そんなこと……」

 「そんなこと信じられない。でも、男性と女性、それぞれに体の
生理が違うからそれは仕方のない事なの。………あなたの想う人は
高校生?」

 「…………」香澄は首を振る。
 そして、しばらく沈黙したあと、重い口を開いた。

 「……もういいんです。終わったことですから……」

 「そう、それは残念だったわね」
 先生はそう言いながらも香澄の顔色を伺っていた。……そして、
出た結論が……

 「でも、忘れられないんでしょう」

 「えっ……」

 「忘れられないから……ここへ来た……ってことかしらね」

 「…………」
 先生のなぞに香澄の瞳孔が開く。
 彼女は自分が素っ裸にでもされたような衝撃を受けたのだ。

 恐る恐る見る園長先生の顔は少し困ったような笑顔。いえ、むし
ろ怒っているようにさえ見える笑顔だったのである。

 「あなたは、妹さんの作文を代筆したなんていう、こんな程度の
罪で、いったいどこまで私に期待したのかしらね。………まさか、
私が怒り狂って、あなたのお尻を百叩きにする…なんて事までは…
…想わないわよね」

 「そっ、そんなこと……」
 香澄に言えるのはそれが精一杯だった。

 「そんなの私の妄想?そんなことあるはずがないって言いたいの
ね」

 「いえ……そうじゃなくて……ただ……」

 「ただ、何なの?」

 「…ただ、ここで先生に叱られたら、それがきっかけになるかも
……って思ったから……」

 「あらあら大変、随分と勝手な言い分ね。私、あなたを叱る為に
ここへ呼んだんじゃないわよ。…ましてや、卒業した生徒のお尻を
ぶつなんてこと、ありえるわけないじゃない。そんなことしたら、
今度は私が大変な目にあっちゃうわ」

 園長先生は、そうは言いつつもその顔は次第に穏やかになってい
く。

 「すみません、先生」

 「わかってるわ。私とあなたの仲じゃない。あなたの考えてる事
ぐらい今でもお見通しよ。あなたは、私が少しでも強いことを言え
ば、それを心の中で千倍にも、いえ十万倍にもして、その男性との
関係に踏ん切りをつけようとしてたんでしょう。『あの、へっぽこ
教師が私の恋をぶち壊した』ってことにしたかったんでしょう」

 「そんなことありません」
 香澄はあまりの言われように、両手で激しくテーブルを叩くと、
怒りに任せて席を立つ。
 しかし、そんな照れ隠しが古狸の園長先生に通じるはずがない。
 彼女は落ち着いて立ち上がると、何食わぬ顔で、ひょいと……

 「いやっ」

 香澄のフレアスカートの裾をめくり上げたのだ。

 「香澄さん。あなた、いつも綿のショーツなの?………たしか、
お母様のお話では、最近はタイトな格好をしたがるし、学校にまで
シルクのショーツを穿いて行くって、嘆いてらっしゃったみたいだ
けど……」

 「…………」
 香澄の顔が真っ赤になった。

 「子供の頃から大人びた格好を好むあなたが、今日はまた、どう
して白いフレアのワンピ姿で現れたんでしょ。あれあれ、おかしい
なとは思ったけど、考えられる選択肢もそう多くはないみたいだし
……」

 「……ふぅ……」
 香澄は大きくため息をついて座りなおす。

 それを見て先生も席へ戻ったが、残り少ない紅茶をすすった後に、
こんなことを提案するのだった。

 「あなたがここで起こったことをお外で誰にも口外しないと約束
できるなら、私はあなたの望みを叶えてあげてもいいわよ」

 「えっ!?」

 「もちろん、それでうまくいく保証なんてないけど……それが、
昔のあなたに戻るきっかけになるのなら私も嬉しいもの。喜んで、
あなたの悪役にでもスケープゴードにでもなってあげるわよ」

 「私、先生を悪役とかスケープゴードに使おうだなんて思ってい
ません。ただ、先生に思いっきり叱られたら何か吹っ切れるんじゃ
ないかと思って……お小言だけでも何だか昔の雰囲気を思い出せる
んじゃないか…そう思ってこんな似合わないワンピなんか着てきた
んです」

 「そう、それなら話は早いわ。可愛いOGのためですもの、きつ
いお仕置きをしてあげないといけないわね」

 「えっ……あ、はい」
 戸惑い、頷く香澄。彼女にしても、こう思い通りにことが運ぼう
とは思っていなかった。

 「…ただ、さっきも言ったように、これは私だけがリスクを負う
ことですからね、ここで何が起ころうと、ここでの事は心の中だけ
にしまっておいてね」

 「はい、先生、それはわかってますから」

 こうして、何年ぶりかの二人のお仕置き劇は開始されたのだった。

 「サキさん。……サキさん」
 園長先生は台所へ戻っていたお手伝いのサキさんを居間に呼ぶと
……

 「この子をお仕置きすることにしたの。あなたも手伝って」
 とこともなげに命じたのだった。

 この学園に暮らす者なら誰でも知っていることだが、サキさんは、
園長先生の身の回りのお世話をする女中さんであると同時に、園長
先生がここで悪い子をお仕置きする時にはその優秀な助手でもある
のだ。
 そこで普段なら何も言わず園長先生の命に従うのだが、今回ばか
りは少し事情が違っていた。

 「先生、よろしいんでしょうか」

 心配になったのである。

 「大丈夫よ。この子の母親とは旧知の間柄だし、この子のことも、
気性も身体もみんな知ってるから………それに、これは私の責任で
やることだから、あなたに迷惑はかけないわ」
 園長先生は、サキさんの危惧をやわらかく受け流すと、納戸から
運んで欲しい器具や道具を指示する。
 それは香澄の予測を超えて全身が震えるほどの厳しいものだった
のである。

 「はい、承知しました」
 サキさんが納戸へ向かうと、園長先生は、衣裳部屋へ行って香澄
に似合う衣装をみつくろって戻ってくる。

 「さあ、まずはこれを着てちょうだい。初等科の生徒のお古だけ
どサイズ的にはあなたにも合うはずよ」

 そう言って手渡されたものを「(いくらなんでも、高校生の私が)」
と思いながら身につけると、なるほどぴったりと合うのである。

 「今の子は発育がよくてね、あなたとそう変わらないサイズの子
が初等科にもいるの。さすがにショーツはその子のものじゃあなた
には窮屈でしょうけど、すぐオムツになるからそっちはいらないわ
ね」

 何気に言う園長先生の言葉。しかし、それは香澄を震撼させるに
十分だった。

 「(お浣腸?)」
 こわばる顔の香澄に気づいて園長先生が話しかける。

 「私もやると言ったからには中途半端はしたくないの。幼い子な
ら、大人がちょっと怖い顔を見せただけでももの凄い恐怖よ。でも、
周りも見えてきた、体も大きくなって、分別もついてきた、そんな
あなたに、ささやかな風を吹かせても意味ないでしょう」

 「えっ!……ええ」

 「だから、覚悟を決めてね」

 園長先生の厳しい視線にたじろぐ香澄。
 「は……はい」
 とだけ返事をする。今さら『予想外に厳しそうなので、おいとま
します』とは言えなかった。

 「それじゃあ、この服に着替えて頂戴。今からは三愛学園高等部
の高村香澄さんじゃなくて、三愛の初等科、五年生一組の高村香澄
ちゃんよ」

 「はい」
 香澄は急(せ)き立てられるような先生の言葉を聞き流しながら
着替え始めた。
 ところが……

 「あなたは、今日、私から呼び出されてここに来てるの。ご用件
はあなたが五月二十五日に行われた国語のテストで下敷きに答えを
書いてカンニングしたこと。…と、こんな感じの設定でどうかしら」

 先生の言葉に、香澄は一瞬、着替えていた手が止まる。
 実は、香澄はその学年のその日、本当にカンニングをしていたの
である。
 たった、一度きりの不正行為。ばれていないと思っていたのだ。

 すると、園長先生はここでも鋭いことを言うのである。
 「どうしたの?私があの時の事、知らないとでも思ってたの?」

 「…………」

 「そんなわけがないでしょう。教科担任からは相談を受けてたの
よ。だけど、それは問わないようにって私が命じたの。…どうして
だかわかる?」

 「当時、あなたは色々と習いごとが重なって忙しかった。だから、
単元テストの範囲を復習する暇がなかったのだとすぐにわかった
わ。もちろん、それでも普通の子ならここへ呼び出すわよ。でも、
あなたの場合は特別。自分で立ち直ることができると思ったの」

 「…………」
 手の止まった香澄に先生は……

 「小学生をそこまで信頼するのは異例の事だけど、私は、あなた
に賭けてみたかったの。……お着替え続けて……それにね、こうも
思ったの。もし、あなたを呼び出せば、あなたがこれまでこの学校
で築き上げてきた威信を全て失うことになるわ。プライドを失った
あなたが、次に立ち直るまでの時間は決して短くないだろうし……
学校としても、あなたに代わるリーダーを見つけるより、これまで
通りあなたにお願いしたかったの。…そんな私の期待を、あなたは
裏切らなかった。あらためて、偉い子だなあって思ったわ」

 「…………」

 「どうしたの?そのお顔は?…ははあ、お仕置きもなかったから、
やりおうせたと思ってたの?甘かったわね。……ただ、お母様には
この件はご報告しておいたから、ひょっとしたらこの理由ではなく
何か別の理由で何かされたんじゃなくて……」

 「……(あっ、そうかあ。あれがそうなのね)」
 思い当たる節のある香澄は、一つ大きなため息をつく。
 彼女はその時母親から理不尽な理由で厳しい折檻を受けていたの
である。

 「でも、気にしないでね。勿論、そんな事を今さら蒸し返そうと
いうんじゃないの。ただ、あなたを折檻するにしても、何も理由が
ないと気分が盛り上がらないでしょう。だから、こんな理由はどう
かしらって思ったのよ」

 「……すみません、先生。私、そのこと、知らなくて……」

 「だから、いいのよ。それは……さ、お着替えが終わったんなら、
始めましょうか」

 「あのう、私は何をすれば……」

 「何もする必要はないわ。ただ私たちに身を任せてくれればそれ
でいいの。ただし、今のあなたはまだ五年生。11歳だってことは
忘れないでね」

 園長先生が私たちというのは自分とお手伝いさんのサキさん事。
要するにこの二人のなされるがままにしていろということだった。

 「もちろん、逆らっても構わないけど、それをやるとどうなるか、
あなただってここの生徒だったんだから、その先はご存知よね」

 園長先生の声は香澄に遠い日の記憶を呼び起こさせる。
 その強烈な思い出がフラッシュバックする時は背筋に悪寒が走
り、全身が震えるのである。
 ところが、ここで園長先生が意外なことを言う。

 「そうか、あなたはずっといい子ちゃんだったから、本当のお仕
置きを受けたことがなかったわね」

 こう言うので……
 「そんなことありません」
 と、大声で否定するはめになった。

 その声に自分でも驚き、次は小さな声になる。
 「………いえ、私だってここへ来てお仕置きを受けた事が何回か
ありましたから」
 
 「あら?まあ、そうだったかしら?」
 破顔一笑とはこのことだろう。先生は思わず天井を向いて笑いだ
す。おかしくてたまらないといった様子だったのである。

 「確かにそうよね、ろくにお仕置きを受けたことのないあなたに
してみればあの程度でも強烈な思い出になったのかもしれないわ。
……でもね、ここへ来たお友だちのお仕置きは、あなたが経験した
ものなんかよりもっともっと厳しいものだったのよ」

 「えっ…!?」

 「女の世界は小さい子たちの間でも、妬(ねた)み、嫉(そね)
み、嫉妬の世界なの。あなたがいくら『私は非の打ち所のない学校
生活を送ってるからお仕置きがないのよ』なんて自慢してみても、
独りだけお仕置きを受けない子がいたら、災いはあなたに降りかか
るわ。だから、あなたにも、たまにはここに来てもらって、『この
子だってあなたたちと同じなのよ』ってところを他の子にみせてお
きたかったの」

 「……そんなこと」

 「……あなた、子供だったから気づかなかったかもしれないけど、
あなたをここへ呼び出す理由がいつもみつからなくて苦労したわ。
だから、呼び出される理由がどれもこれも馬鹿馬鹿しいほど理不尽
なものばかりだったの、気づかなかった?……ごめんなさいね」

 「(そういえば……当時はまだ幼かったから、先生のお言いつけ
じゃ仕方がないと思って従ってたけど……)」
 香澄は今の今になってそのことに思い当たったのだった。

 「要するに、理由なんか最初からどうでもよかったの。あなたに
もほかの子と同じ経験させておきたかっただけなんだから」

 「そっ、そんなあ」
 意外な過去の事実に香澄が困惑の表情を浮かべると……

 「理不尽かしら?…でも理由のないお仕置きや不条理なお仕置き
というのも世の中にごまんとあるのよ。…でも、それで私が嫌いに
なった?」

 「えっ?……いえ、それは……」

 「たとえ、どんなに筋の通った立派な事を言って『……だから、
あなたにはお仕置きが必要なんです』なんて宣言してみたところで、
それが信頼関係のない人や愛せない人にぶたれる事になるのなら、
その行為は虐待としか子供には映らないわ。嫌いな人からはたとえ
頭をなでてもらっても虐待なの。私はあなたとの人間関係に自信が
あったから、そうしただけ。それがあなたの為だと思ってね」

 「ありがとうございます」
 香澄はぽつりと一言。『義務としてそう言わなければならない』
そんな感じだった。

 「ほらほら、今さらそんな杓子定規なお礼は言わないで。すべて
は私の余計なお節介だったんだから………でもね、こう言ったら何
だけど、その余計なおせっかいこそが本当の愛なの。『すべては、
あなたの為です』なんて恩着せがましく言い寄ってくる人に限って
本当の愛はないものよ。………さあ、始めましょうか」

 先生は香澄を目の前に正座させると、襟を正してこう口火を切る
のだった。

 「高村さん、柴崎先生のお話だと、あなた、今日はこんなものを
教室に持ち込んでテストを受けてたそうね」
 園長先生は一枚のピンクの下敷きを香澄の膝の前に差し出す。

 それはテストのあと、なくしたとばかり思っていた自分の下敷き。
当然そこにはテスト範囲の漢字などがびっしり書き込まれていた。
要するにカンニングの証拠品を突きつけられたわけだ。

 「(えっ、嘘でしょう。こんなものまで押さえられてたのかあ)」
 香澄は唖然。観念するしかなかった。

 「あなたは学級委員、それも一年生からこれまで、一学期は必ず
と言っていいほどあなただった。それだけお友だちからも信頼され
てるあなたが、どうしてこんなことしたのか、先生、不思議だわ」

 「ごめんなさい」

 「香澄さん。これは謝ってすむ問題じゃないのよ。あなたの信用
の問題なの。こんなことするくらいなら、0点とってもらった方が
まだましなんだけど……そんな勇気はなかったみたいね。……悪い
お点を取ったら恥ずかしい?……お父様やお母様に叱られるからか
しら?」

 「……はい」
 小さな声で香澄が返事をすると、園長先生は一拍おいてから……

 「そう、そりゃそうよね。優等生のあなたが二回続けて90点を
割り込むことがあったら、そりゃあ一大事ですものね。……でもね、
私も、あなたに覚えておいてもらわなきゃいけないことがあるの。
何だかわかる?」

 「…………」
 香澄はほんの少し首を振る。不思議なもので、気分はすでに本当
に五年生に戻って詰問されている心持だった。

 「あなたは、この学校の生徒がどういう心でいなければならない
か知っていますか?」

 「…………天使の心です」
 香澄は言いにくそうに答える。

 「そうね、覚えていてくれたのね。この学校は世間で言うところ
の進学校ではないの。お勉強ができる子が偉いんじゃなくて、お友
だちと仲良くできる子が大切なの。天使様と同じくらい心が澄みき
っていない子はいらないわ。今のあなたは天使様と同じくらい心が
美しいかしら?」

 「…………」

 「今のあなたは、この学校の生徒失格よ。だから、ここには置い
ておけないの。退学するしかないわね」

 「えっ」
 香澄は思わず顔を上げる。その頬にはふた筋涙の雫が…

 「…………」
でもその顔は園長先生の厳しい視線に触れると、再び下を向くこと
になる。

 「あなた、ここにいたい?」

 園長先生に問われて、香澄は再度顔を上げる。
 ただ、上げるには上げたもののどう答えてよいかわからなかった。

 「…………」

 「黙っていてはわからないわ。ここはテストで0点とっても退学
にはならないけど、心が汚れた子とは一緒に暮らせないの。ほかの
子が迷惑するからよ……あなたはどうするの?……もっとお勉強の
できる子と競争したいならそれもいい考えじゃなくて……私が適当
な学校に推薦状を書いてあげてもいいわよ」

 「…………」
 香澄は激しく首を振った。もちろん、それは今の彼女に関係ない
こと。今の彼女は、まさにそうした競争相手達と日夜バトルを繰り
返しているからだ。
 ある意味、望みが叶ったともいえる。
 しかし、この瞬間を切り取れば、彼女は11歳の少女だった。

 「いやです。ここにいたいです」

 香澄はてらいもなく嗚咽しながら答える。
 最初はおままごとのお付き合い。大人たちに調子を合わせて答え
ていればいい、ぐらいに思って始めたのに……気がつけばその瞬間
は、自分でもびっくりするほど11歳の時の自分に戻っていたのだ
った。

 「そう、ここにいたいの。でも、そうなるとこのままというわけ
にはいかないわね。ちゃんと心を綺麗にお洗濯してからでないと、
ここでは暮らせないわ。……どう?ちゃんとお洗濯する気があるか
しら?」

 「…………」
 先生の問いに11歳の少女は即答できなかった。……というのも、
それがどういう意味かを彼女自身知っていたから……。
 しかし、今さらノーも言えなかったのである。

 「…………はい」
 少し長い沈黙があって、香澄は小さい声で答える。

 「そう、それじゃあ、そうしましょう」
 11歳の少女が自分で進路を決められるわけでもなし、結論は、
最初から決まっていた。だが、だからと言って、最初から少女の腕
を無理やり掴み、泣き叫ぶ子供のお尻を自分の膝の上で叩き始める
といった真似も園長先生はしたくなかったのである。

 「では、まず、その汚れた身体を洗いましょう」

 園長先生は脱衣場に香澄を連れて行くとさっそく服を脱ぐように
指示する。と同時に、自らも香澄の服を脱がせ始めた。
 普通の高校生が先生からいきなり服を脱げなんて言われたら動揺
するかもしれないが、香澄はここで育った生徒。そのことには何の
抵抗もなかった。
 ただ最後に……

 「あなた、前を綺麗に処理してるのね。いつもの習慣?」
 と園長先生に指摘された時だけが恥ずかしそうだったのである。

 「いいえ、ここに来ると決めた時に……」
 と言い残して、サキさんがお風呂場に用意してくれていた大きな
盥(たらい)に浸かる。後は大人たちがすべてを取り仕切った。

 柔らかなお湯を何度も掛けられ、身体の隅々までが濡れたタオル
で清められていく。
 時に乱暴に股間を擦ったりするのでそんな時は腰を引いてしまう
が、それ以外は穏やかな作業だ。

 「幼い悪戯っ子はここをごしごし洗うの。……腰を引いたら……
お尻ピンよ」
 園長先生はちょっぴりおどけた表情で香澄のお尻を一つ叩く。
 そして最後に、香澄の全身に香油を塗るとバスタオルに包み込む。

 もとより、これでお仕置きが済んだわけではない。これはほんの
ご挨拶代わりというか、下準備なのだ。香油を塗るのもお仕置きの
最中は生徒を裸にしておくことが多いので、肌の乾きを防ぎ風邪を
ひかせない為の処置だった。

 「さあ、これで身体の外側は綺麗になったわ。あとは、身体の中
も綺麗にしないとね」

 園長先生の言葉は三愛学園ではお浣腸を意味する。だから、幼い
子の中にはこう言われただけで泣いて哀願する子もいるほどだが、
勿論、香澄がこれに驚くことはなかった。

 再び初等科の制服を着込み別室に連れて行かれた香澄は予定通り
のものを目にする。

 薄い布団と山のように積まれたタオルや新聞紙、浴衣地のオムツ
も数枚その脇に見え隠れしている。洗面器の中にはすでにピストン
式の浣腸器が細いゴム管と共に入っていて、その脇にはグリセリン
溶液を入れた茶色い薬ビンがあった。

 お浣腸のお仕置きでは石けん水にこの溶液を混ぜて使うのが普通
で、どの位の比率で混ぜるかは担当する先生のさじ加減一つ。
 だから、年齢や体格、罪の軽重だけでなく、今こうして罰を受け
る時に従順にしているかどうかも大事な判断材料だったのである。

 「さあ、こちらへ」
 サキさんに導かれ薄い布団の上で仰向けになると、それから先の
事は承知している香澄でもやはり恥ずかしかった。

スカートが捲りあげられ、ショーツが足首の方へと引き下ろされ
る。
 両足を跳ね上げられる瞬間、思わず両手が前へと動き大事な部分
を隠そうとしたが、立ち上がり始めた自分の太股に阻まれて目的は
果たせずじまい。

 でも、そんな様子を敏感に感じ取ったのだろう、サキさんに……

 「恥ずかしい?……でも、仕方がないわね、お仕置きだから……」
 と言われてしまい香澄の顔はさらに赤くなる。

 「………………」
 そんな香澄の小さなドタバタをよそに、園長先生はいつしか香澄
の太股の裏側を覗き込んでいた。

 「(あっ、いや)」
 香澄は声を出せない自分が情けなくて上半身をよじってみるが…
彼女にできるのはそれくらいだった。

 「あなたも、だいぶ大人になったわね。最後のお浣腸は、中二の
時だったかしら……あの時はまだまだ可愛かったけど、今はしっか
りと肉付きもよくなってるじゃないの」

 香澄の顔は火を噴きそうなほど真っ赤になっていた。
 「恥ずかしい」
 思わず小さなささやきが……

 「そうよね、恥ずかしいわよね。でも、今ここでお浣腸を受ける
子は小五の子なの。…高校生のあなたではないの。それはわかって
ね。だから、あなたに恥ずかしいを言う資格はないわ。それが何故
かも覚えてるわよね」

 「はい、先生」

 三愛学園の生徒は、どんな罰も先生の言われる通りに受けなけれ
ばならない規則になっていた。従順に罰を受けるのは乙女の美徳で
あり、生徒の義務なのだ。
 しかも、「恥ずかしい」と口にできるのは中学生になってから。
小学生の頃までは「恥ずかしい」と訴えることさえ認められていな
かったのである。

 「恥ずかしい」と言っただけでお仕置き。理不尽に思えるかもし
れないが、三愛学園初等科ではそれが常識だった。

 「香澄ちゃんは、恥ずかしいのかな?」
 園長先生は幼い子供を相手にする時のような声を出す。

 「いいえ」
 一方の香澄はそう答えるしかなかったのである。

 「そう、でも…やっぱり恥ずかしいんじゃないかな?…お股の中
がちょっこっと震えてますよ」
 
 「ちっ…違います」
 香澄の声が羞恥に震える。でも、それは自分が小五の時にお仕置
きを受けた時も同じ。初等科の生徒たちはどんなに恥ずかしくても
「恥ずかしくありません」と言って耐えなければならなかったので
ある。

 「さあ、ではお薬を入れますからね」
 園長先生は次のステップに取り掛かる。

 「先生、どのくらい調合いたしましょうか?」
 サキさんの声に……

 「八十、八十、でよいでしょう」

 先生の声に香澄は…
 「えっ。そんなに」
 思わず独り言のような小さな声がまた出てしまった。

 「何言ってるの。こんな大きな身体の子に、50㏄ばかり入れて
もどこに入ったかわからないじゃないの。身体か大きくなった分、
量も増やしてあげなきゃ意味がないわ」

 先生はこう言いながらゴム管の先に付いた突起を香澄のお尻の穴
に差し入れると、続けてサキさんが調合してくれた浣腸液を洗面器
からガラス製の浣腸器へと吸い上げる。

 園長先生はまるで大きな注射器のような形をした浣腸器の先端に
ゴム管に繋ぎ、香澄に一声かけた。
 「さあ、いくわよ」

 先生がピストンをゆっくり押すと薬液はゆっくり香澄の身体の中
へと入っていく。

 「あっ……ぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁ」

 あの何とも言えないあの不快感は、すでに数回経験している香澄
でも慣れることはなかった。彼女は漏らしてはいけない声を必死に
我慢しながら屈辱に耐え続ける。
 そして一本目は終わったが……

 「さあ、もう一本よ。お尻の穴の筋肉を緩めなさい。できない子
はお仕置きですよ」

 浣腸器の容量は100㏄。そこで80㏄ずつ二回に分けて処置し
ようというのだ。

 「あっ……ぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁ……あつい」
 
 浣腸液は微温湯だが、身体の中に入るとそれが熱く感じてしまう。
それに前の薬液が身体の中にあるから、二回目は一回目以上に時間
がかかった。

 そもそも、赤ちゃんがオムツ替えをする時のようなポーズで浣腸
をさせるのは、体の中に薬液を入れるだけなら合理的とはいえい。
それをあえてするのは辱めの為。女の子たちに罪の重さを自覚させ
るためだったのである。

 「さあ、終わったわ。次はオムツね」

 十分に辱められた香澄のお尻は、次に浴衣地のオムツとロンパー
スのような産着によって厳重に包まれてしまう。
 こうなると、いざトイレに行こうとしても梱包を解くだけでもそ
れなりの時間がかかるのだ。

 よって、小学生の中には『お浣腸のすえにお漏らし』なんて事も
……ただ、香澄はすでに高校生。身体も大きく羞恥心だって相当に
強い。お漏らしなんて気はさらさらなかった。過去の自分の体験か
らしてもおトイレは行けるものと確信していたのである。

 ところが、お腹の具合は彼女の予想を超えて切迫していく。
 「あっ……ぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁ……」
 しかも……

 「あら、香澄ちゃん、真っ赤なお顔して……ん?どうしたのかな?
……ん?苦ちいの?……そう、それは大変ねえ。でも、これがここ
での本当のお仕置きなのよ。あなたにも、やっと本当のお仕置きを
受ける機会がやってきたの。我慢してね」

 「いや、だめ、だめなんです、先生」

 「だめなんてことないわ。我慢しなきゃ。あなたも五年生の時と
は違うんですもの。これくらい我慢できるはずよ」

 園長先生は悪寒で震える香澄を膝の上に抱き上げると、笑顔を浮
かべて、本物の赤ちゃんでも抱いているかのようにあやし続ける。

 脂汗が滝のように流れ始めた香澄はしっかりと園長先生の胸倉を
掴んで離さない。もちろん、園長先生の許可を得ておトイレへいけ
ればよいが、今は何か言葉を発すること自体に危険に思われて、た
だただ先生の胸元にしがみついている他はなかったのである。

 「香澄ちゃん、香澄ちゃんは先生の赤ちゃんなのよ」
 園長先生の悪戯っぽい声が耳元で響く。確かに今の香澄には先生
の赤ちゃんでいる以外どうしようもなかった。

 「いや、いや、もうだめ、行きたい、行きたい」

 時間と共に苦しい息の下から本音が漏れるが……

 「苦しいの。大変ねえ……でも、いいのよ、漏らしても……そう
だ、いいから漏らしちゃいましょうか」

 「いや、お腹痛い」

 「あら、大変。やっぱりお漏らし、しちゃいましょう。その方が
ぐっ楽になるわよ」

 園長先生はしきりにお漏らしを勧めるが、香澄にしてもそう簡単
に頭を縦にするはずがなかった。

 「いやあん」

 お浣腸の便意は一定の時間を置いて周期的に香澄のお腹を襲う。
 その瞬間は下腹が強烈に絞り上げられて息も出来ない。

 「あああんねだめえ~~」
 どんなに声を出してはいけないと分かっていても生理的に漏れて
しまう声。たった10分でも半狂乱になりそうだった。 

 「あっ、あああ、いやあ、もれちゃう、ああ、もうだめ」
 15分、それでも必死で耐え続けた香澄だったが、次第に、その
お腹を襲われる周期が早まると、むしろ言葉数が少なくなる。

 「………………」
 もう、先生の膝から離れて立つ事すらままならなくなっている事
に気づく絶望感。

 「観念しなさい。女の子は恥をかいて成長するものなのよ。……
我を張っちゃだめ。楽になればいいの」

 園長先生は香澄の下腹を擦りながら、まるで催眠術師のように説
得を続ける。

 「……い……や」
 微かに聞こえるつぶやきが香澄の最後のプライドだった。
 その後に声はなく。香澄は静かに陥落する。

 「……………………」

 サキさんと一緒に後処理をしながら先生は香澄にこんな事を言う
のである。

 「あなたにも他の子と同じように、もっと幼い頃に恥をかかせて
おくべきだったかもしれないけど、……あなたの取柄は、その高い
プライドだもの。へし折るのは簡単だけど、それではあなたの生き
る気力まで奪ってしまうんじゃないかと思って……それで、あなた
がここへ来た時も、あえてそこには手をつけなかったの。……でも、
…どう?少しは気持が軽くなったかしら?」

 「………………」
 園長先生は香澄が上げた足の上から彼女の顔を覗き込むが、香澄
は横を向いてしまう。先生を拒絶したというより恥ずかしかったの
だ。

 「どうですか?…オムツを取り替えてもらう気分は?…不思議と
爽快でしょう?…おしものすべてを人の手に委ねるなんて、恐らく
赤ちゃんの時以来でしょうからね」

 「…………」

 「あらあら、『私は何て不幸な少女なんでしょう』って顔してる
わね。……でもね、何もできないと感じる時こそが、人生の中では
一番自由で幸福な時間でもあるの。逆に、何でも出来る人は、何で
も自分でしなきゃいけない人。これが一番不幸な人だわ」

 まだ放心状態の香澄に園長先生の言葉はまるで理解できなかっ
た。彼女にすれば、今はただここに惨めな自分がいるだけ。ただ、
それだけだったからだ。

 ただ、理解はできなくとも園長先生の言葉は頭の中に入ってくる。
そして、わけも分からず覚えていたその言葉が、やがて彼女が人生
の荒波を蹴立てる時に羅針盤となるのである。

 「さてと、これで一応綺麗にはなったけど……サキさん。お風呂
は沸いてるのかしら?」

 先生の問いにサキさんは……
 「もうじき沸くと思いますが、まだ少し早いかと……」
 という答えだったが……

 「いいわ、残りはお風呂で綺麗にしましょう」

 先生はそう言って、香澄を再び部屋から連れ出したのである。

 二人が入ってきたのは、さっき盥にお湯をはって沐浴した風呂場。
今度は風呂桶の方にも水が張られ、今まさに沸かしている最中だっ
た。
 その浴室に二人は服を着たまま入ると、園長先生は香澄に向かっ
てこう命じたのだった。

 「スカートを上げなさい。あなたのお股の中を私が洗ってあげる
わ」

 先生は糸瓜を手にやる気満々だが香澄は及び腰である。というの
も、さっきの沐浴で大事な処をこれでもかというほどいじられたか
らだ。

 「え~っと………あっ……はい」

 香澄の口から「はい」という言葉が出るまでに多少時間がかかっ
た。

 「あら、嫌なの?」

 「嫌なら、嫌で仕方がないけど……でも、そうなると……この台
に縛り付けて洗うことになるわね」

 先生はこんなお風呂場には似つかわしくない頑丈な石のテーブル
に視線を移す。香澄は幼い頃から優等生だったからそんな被害には
あったことがなかったが、お転婆娘の中には、ここで身体じゅうを
調べられ、身体じゅうを洗われ、お浣腸された子だって沢山いるの
である。

 とりわけ先生の機嫌を損ねて大量のお浣腸がなされる時は座敷で
は間に合わないため、ここでお薬を入れられ、ここで果てることに
なる。このお風呂場はまさにトイレ兼用だった。

 そんな可哀想な子の噂は、当然、香澄の耳にも入っていた。

 スカートの裾を摘み上げた香澄の下半身はショーツを穿いていな
いから当然むき出し。その露な姿を先生は丁寧に洗っていく。

 「…………あっ、…………あっ…………あっ…………」
 時折、先生のもつ糸瓜(へちま)が微妙な場所を擦って思わず声が
出るがお構いなしだ。

 いや、そんなことより、こうしてスカートを上げ続けていなけれ
ばならない事の方が香澄には辛くて恥ずかしかった。

 だから決して長い時間ではなかったはずなのに、それが途方もな
く長い時間、辱めを受けたように感じたのである。

 「どう?恥ずかしいでしょう?」

 「はい、とっても……」

 「小学生にこれをやるとね、べつに痛くも痒くもないはずなのに、
びーびー泣くの。……でも、それが、まともな女の子の感性よ。…
…あなたは男の子じゃないんだから、こんなことされると辛いでし
ょう?」

 「……」香澄は頷く。ただ、そのあと尋ねてみた。
 「男の子は嫌がらないんですか?」

 「……みたいよ。どの子もみんな、私がお股を洗ってあげるとね、
とっても楽しそうにしてるの。だから男の子にはこんなことやって
もお仕置きにはならないわね」

 「楽しい?」

 「そう、楽しいみたいよ、男の子ではあまり泣いた子を見たこと
がないもの。男の子と女の子では体の生理が違うからそれは仕方が
ないことなのよ。……さてと……これでいいわ」

 先生は香澄のお股を洗い終えると、湯加減をみて……
 「お風呂も沸いたことだし、一緒に入りましょう」
 と誘うのだった。

 普通、学校の先生と生徒が一緒のお風呂に入るなんて滅多にない
事だろうが、三愛の場合は週に一度、お風呂の日というのがあって、
その日は、教師と生徒が学園内にある大浴場で裸の付き合いをして
過ごす習慣になっていた。

 そこで、幼い子は先生達に体を洗ってもらい、体の洗い方を習い、
行き過ぎた折檻などが行われていないか、先生たちは子どもたちの
裸の見てチェックする。

 だから、ここは家庭用の小さなお風呂だが、園長先生にお風呂を
誘われても、それ自体はそれほど驚くことではなかったのである。

 二人は狭い湯船の中で女の子らしいよもやま話をして時を過ご
す。

 子供の頃のこと、家族のこと、色んな先生方との思い出、香澄は
園長先生から頭を胸をお尻をなでてもらいながら話題は尽きない。

 『昔もこうして体中をなでてもらいながらお風呂に入ったなあ』
という心地よい感慨が、香澄の心をタイムスリップさせていくのだ。

 「胸なんて小さくたって何も困りはしないわ。子供を産めばそれ
はそれなりに変わるし、あなたのように頭にばかり血の巡りのいい
子は総じて胸は小さいものなのよ」

 「本当ですか?」

 「本当よ、人生の大先輩が言うんだから間違いないわ」

 香澄は長風呂のなかで、自分が、今、お仕置きを受けているんだ
ということを忘れかけていた。

 しかし、そんな蜜月もやがて終わりを迎える。

 「さあ、体も温まったことだし、そろそろ本題に戻りましょうか」

 「本題?」

 「忘れてしまった?あなたは今、お仕置きを受けてる最中なのよ」

 「あっ、そうか……」
 急に話を振られた香澄にはこの時はまだ笑顔があった。

 「これからがメーンイベントよ。あなたには私の愛を、この右の
お尻と、この左のお尻で、感じて欲しいの」
 先生はお風呂の中で香澄のふっくらとしたお尻を掴む。

 「はい、……でも、あんまり厳しくしないでくださいね。……私、
あまり心が広くないから、あまり厳しいと先生を憎んでしまいそう
で心配なんです」

 香澄は恥ずかしそうに心配を口にする。ところが、先生はそんな
香澄に意外な答えを返すのである。

 「どうして?いいのよ。憎んで頂戴。お仕置きをした子から賛辞
を得ようだなんて初めから思ってないもの。『あの、ばばあ、酷い
事しやがって』でいいの。お仕置きで改心させようだなんて、土台
無理なことだもの。憎んで憎んで、憎み倒していく中で自分の考え
や信念も確立させればいいわ」

 「えっ!?」

 「お仕置きで大事なことは、『あの時、先生が怒ってたなあ~』
って覚えておくことだけ。それだけなの。……もちろん知識として
授ければそれですむことだけど、でも、それではすぐに忘れてしま
うでしょう。だから、頭ではなく体に染み込ませるんだけど………
それが正しいか正しくないかは、子供が社会に出て、大人になって、
人生経験を経る中で、自分で判断すればいいことだもの」

 「…………」

 「驚いた?お仕置きってそんなものなのよ。……ただ、幼い子に
そんな講釈しても始まらないから『こうしなさい』『これはだめよ』
って言うだけだけど、あなたくらいの年齢になれば、そうした理(こ
とわり)も理解できるはずよ。……さっ、では始めましょうか」

 「えっ、何を?」

 「何をはないでしょう。お仕置きに決まってるじゃない。あなた、
もう終わったとでも思ってたの?」

 園長先生の決断で二人は湯船を出ると、お互い元の服に着替えて、
お仕置き部屋へ……しかしそこは、他の子と比べれば緩いお仕置き
しか受けなかった香澄でさえ立ち入りたくない場所だった。

 実はこの『お仕置き部屋』、多くの場合そこでお仕置きが行われ
る為に生徒たちが勝手につけた呼び名で、部外者が見れば、そこは
何の変哲もないただの書斎でしかなかった。

 床には厚くペルシャ絨毯が敷かれ、壁には天井まで届くような書
棚が備え付けられ、年代物の重厚感漂う事務机や一人掛け用の革張
りソファなどが部屋の一角を占めていたりもするが、特段、人の目
を引くようなものはなかったのである。

 にもかかわらず、生徒たちがここを訪れた瞬間、血の気を失うの
はここでそれだけ厳しい折檻を受けたからに他ならなかった。

 「さあ、入ってちょうだい」
 一足先に戻った園長先生の穏やかな言葉に招き入れられるように
して香澄もこの部屋の入り口をくぐる。

 「はい、失礼します」
 ドアはすでに開いていて、中では園長先生が微笑みながら書斎の
椅子に腰を下ろしていた。

 だが、その入口から中に足を踏み入れた瞬間、香澄はそれまでと
は明らかに違う自分を感じるのである。

 「…………」
 香澄は全身を小刻みに震わせながら両手をお臍の辺りで組み合わ
せ、これでもかというような強い力で押し合っている。
 これは幼い日の香澄が強いプレッシャーにさらされた時にとる無
意識のポーズだ。

 身体だけではない。心もまた、この部屋のカビ臭い空気を嗅いだ
瞬間、劇的に変化したのだった。
 それまで、園長先生から「今日、あなたは五年生になるの」なん
て言われて初等科の制服を着せられていても、その服はしょせん借
り物でしかなかったのに、今はこの服が朝から着ていた自分の服の
ように感じられるのである。

 「…………」
 それは当然、強い恐怖心をも伴っていた。
 だから、さっきまでは一緒にお風呂に入り、談笑さえしていた園
長先生の顔がここでは間近に見ることさえ出来なくなっているのだ
った。

 そんな香澄を気遣って先生が声をかけた。

 「怖い?」

 「(いいえ)」
 彼女はそう言ったつもりだったが、引きつった顔が僅かにゆるん
だだけで声にはならない。

 「あなたはこれだから……」園長先生は微笑む。

 「これだから?」

 「こんなにも心が弱いから……だから、あえてキツイお仕置きは、
遠慮したのよ。今でもここが怖くて仕方がないんでしょう?」

 「それは……」
 香澄は言葉を濁すが……

 「他の子はあなたほど成績も素行もよくなかったけど……あなた
程度のお仕置きじゃへこたれなかったわ」

 「そんなあ、私だって……」

 「私だって何?……他の子と同じようにちゃんとお仕置きを受け
ましたって言いたいの?」
 園長先生はちょっぴり小馬鹿にしたような含み笑いを浮かべる
と、こう続けたのである。

 「あなたの場合はよくも悪しくもお姫様……恵まれた家庭環境で、
才能もそこそこ豊か。おかげで小学生時代は何かにつけてプライド
が高かったけど……でも、それって、周囲の大人たちが寄ってたか
ってあなたに握らせたガラガラみたいなもので、自分で掴み取った
本物のプライドじゃないから、いったん手離してしまうと、自分で
は取り戻しには行けない物でもあるの。……だから、あなたの場合
は下手にプライドを傷つけてはまずいと思って手加減したの。……
私から見れば、まだまだ抱っこしてガラガラを振り続けなければな
らないあなたは他の子と比べても手のかかる赤ちゃんだったわ」

 「……(ずいぶんな言われようね)……」

 「あら、何か、ご不満?……お仕置きってね、一律じゃないの。
その子の心の限界を見極めてやるものなの?そこが大人の刑罰とは
違うところよ。でも、そんなあなたもあれから随分心も強くなった
みたいだし、今日は、その当時、お友だちがどんなお仕置きを受け
ていたか、教えてあげるわね」

 「…………」
 香澄は思わず唾を飲み込む。すると……

 「ほら、何ぼ~っとしてるの。最初は『お願いします』でしょう。
それから、自分の罪を話して……『お仕置きをお願いします』じゃ
なかった?……忘れちゃったかしら……」

 「はい、先生、お願いします」
 香澄は慌ててご挨拶する。

 「はい、高村香澄さんね。今日はどうしました?」

 「あのう……えっと……あっ、そうだ……この間のテストの時、
私、下敷きに答えを書いてカンニングしてしまいました。ごめんな
さい。……それで……それで……」

 「それで、何なの?」

 「…………」香澄は再び唾を飲んで呼吸を整えると……
 「どうか、お仕置きをお願いします」
 蚊のなくような小さな声で先生に伝えたのだった。

 「そう、お仕置きがいるのね。……怖いわよ、痛いわよ、平気?」

 こう問いかけられるが、だからと言って『平気じゃありません』
『やっぱり、やめておきます』とは言えなかった。小学校も高学年
になると、自分からお仕置きをお願いしない子には飛び切り厳しい
お仕置きがさらに追加されてしまうからこう言わざるを得なかった
のである。

 「平気です。お願いします」
 心臓が張り裂ける思いで涙ながらにこう言うと……

 「そう、そんなにお願いされてはやらないわけにはいかないわね。
それじゃあ、まず、ここにいらっしゃい」

 園長先生はご自分の膝を叩くと、香澄に、ここへうつ伏せになる
よう命じる。
 これに対し香澄の方も、これまた自分でも驚くほど小五の時代に
その心が戻っていた。

 「はい、先生」

 抗(あがら)うわけでも、逃げるわけでも大声を出すわけでもなく、
香澄はまるで昔のビデオを見ているかのように、すんなり園長先生
の膝に覆いかぶさる。

 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 最初は、スカートをめくっただけ、ショーツの上からリズミカル
に叩かれると、お尻へ軽い衝撃が走る。お風呂に入って身体が暖ま
っていることもあって、それは苦痛というより、むしろ心地がよか
った。

 小五の時代もそれは同じ。園長先生とのやりとりこそ違うものの、
お風呂に入り、ここへ連れてこられ、お膝に乗せられ……最初は、
軽くお尻をぶたれ始めるのだ。

 今の香澄にとってそれは、屈辱とか不安とか恐怖などという負の
感情ではない。どこか幼児か赤ちゃんにでも帰ってしまったような
安らぎさえ感じてしまうひと時だったのである。

 もちろん、それで終わりではない。
 どんなに軽く叩いていても痛みはしだいしだいにお尻のお肉へと
浸透していくから、そんな甘い感覚は20回もぶたれるうちには、
苦痛へと変化していく。

 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 「あら、あら、もう痛くなっちゃったの?最近はお尻をぶたれる
ことがあまりないでしょうから、お尻が甘えてるのね」
 先生は香澄のちょっとした変化も見逃さない。顔を歪めたわけで
もそれほど身じろいだわけでもないのに、園長先生は香澄の変化を
敏感に感じ取っていた。

 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 「あなたが誰に恋をしてもそれは自然の摂理。誰にも止められな
いことだけど…今はまだ、心の中にしまっておくべきね。女の子は
恋をすると、すぐそこに幸せな暮らしがあると思い込んでしまうけ
ど、幸せな暮らしを実現させるためには、色々な知識や経験が必要
なの。知識はあっても心が晩生のあなたは圧倒的に経験不足なの。
分かってる?」

 「……パ~ン」

 その瞬間だけは少しスナップが効いていて香澄は思わず腰をひね
る。
 それと、同時に…

 「分かります」

 という返事が反射に口をついて出た。
 しかし、園長先生は……

 「わかってないわね。あなた、何も分かってない。分かろうとも
していないわ」
 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 先生はそう言いながらも香澄のお尻を叩き続けた。

 「今のあなたは、人の意見を聞こうとしていないもの」
 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 「あなたの言葉の後ろには、『分かってはいるけど、私の考えは
変わりません。誰の意見も聞く気はありません』って言葉が、封印
してあるのがわかるの」
 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 「そんなこと……」
 香澄はそう言って不自由な腰をひねった。小さな痛みの蓄積が、
次第しだいに耐えられなくなってきていたのだ。

 「『そんなことありません』なの?おかしいわね。私の膝の感触
は、あなたが『この人の意見は聞きたくありません』って訴えてる
わよ」
 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 「…………」香澄は言葉を発しなかった。
 「(何よ、どうしてそんなこと私が膝に乗っただけでわかるのよ。
はったりよ、はったりに決まってるわ)」

 香澄は苦しい息の下で思った。
 ところが……

 「はったりなんかじゃないのよ。毎日のように、子どものお尻を
叩き続けて40年もたつとね、本当は言葉なんていらないの。お仕
置きを受けている子が、私の膝に話しかけてくれるから」
 「……パン、……パン……パン、……パン……パン、……パン…」

 「そんなあ」
 香澄はもがく。痛みが蓄積して、お尻が赤く腫れ、痛くてかなわ
ないのだ。
 しかし、先生は……

 「あらあら、どうするの?逃げ出す気?そんなことできないのよ」
 「……パ~ン、……パ~ン……パ~ン、……パ~ン……パ~ン」
 今度は少しスナップを効かせてたたき始める。
 一方がもう逃れたいと思ってるのに、さらに強く叩いたから……
 「いやあん」
 香澄は思わず甘い声を上げて先生のお膝から逃げ出そうとした。
ところが……

 「逃がさないわよ」
 園長先生は緩く抑えていただけだった左手に力をこめて香澄の腰
を締め上げる。
 いや、それだけではなかった。
 もがき苦しむ香澄の右手が誰かに捕まったのである。

 「えっ!?」
 驚く香澄が見たのはサキさんだった。
 彼女がいつの間にか園長先生の応援に来ていたのである。

 「ほら、このくらいで騒がないの。しっかり歯を食いしばって…」
 「……パ~ン、……パ~ン……パ~ン、……パ~ン……パ~ン」
 「あっん、いやあ、痛い、だめ、だめ、だめ、」

 「ほら、あなたも女の子なら我慢しなさい。この程度で音を上げ
てどうするの。
 「……パ~ン、……パ~ン……パ~ン、……パ~ン……パ~ン」
 「ひぃ~~、こんなのだめえ~~ガマンなんてできないよ~~」
 香澄は両足を床にばたつかせ、恥も外聞もなく泣き言を並べる。

 「何いってるの。みんなこの程度のお尻叩きには耐えてきたのよ。
あなたに耐えられないはずないでしょう。
 「……パ~ン、……パ~ン……パ~ン、……パ~ン……パ~ン」
 「いやあ~~こんなのいやあ~~~ごめんなさい、ごめんなさい」

 「ほら、ほら、あんまり暴れるから、後ろからあなたの大事な処が見えてますよ」
 「……パ~ン、……パ~ン……パ~ン、……パ~ン……パ~ン」
 「いや、いや、見ないで、だめえ、ごめんなさい、ごめんなさい」

 香澄は半狂乱状態。最後は自分が何を言っているのかさえ分かっ
ていなかった。ただ、ただ、今の苦痛から逃れたいとそれだけ考え
ていた。

 ところが、そんな香澄に園長先生はお尻叩きの手を休めて……
 「おだまりなさい。赤ちゃんじゃあるまいし、ぴーぴー泣くんじ
ゃありません。これから六回ぶつ間にもし声を上げたら、お股の中
にお灸をすえます。いいですね」

 先生はそう宣言してから再び叩き始める。

 「……パ~ン……」
 「……パ~ン……」
「……パ~ン……」
「……パ~ン……」
「……パ~ン……」
「……パ~ン……」

 それは、一発、一発今まで以上に間をおいて、スナップを効かせ
て、すでに熟した真っ赤なお尻に炸裂していった。
 ところが、それまであんなに騒いでいた香澄が、今度は泣き声を
上げなかった。

 「なんだ、できるじゃない。これが本当のお仕置きよ」
 園長先生はそう言って香澄を開放した。

 床に倒れこみ、真っ赤になったお尻をさすることも、ショーツを
かぶせることもためらっている香澄を見ながら、園長先生こう続け
るのだ。

 「これが小学校時代に他の子には授けても、あなたには授けなか
った本当のお仕置き。自分の事は何も考えず、ただ愛する人からの
試練を全身全霊をかけて受け止める訓練。これはあなたが結婚して
幸せな家庭を作ろうという時には必須なんだけど、あなたの場合は
この先もキャリアで生きるだろうから、逆にこの手のことは足枷に
なると思ったからしなかったの」

 真っ赤に熟れたリンゴにやっと手で触れてみる決心をした香澄
は、それでもためらっていた。

 「そんなあなたが……こんな若さで、結婚を考えるなんて……私
に言わせれば、冗談にもならないほどちゃんちゃら可笑しいことだ
わね。いったん進み始めた道を簡単に諦めて『結婚なら、学校時代
自分より馬鹿なあいつらにもできることだから安直に幸せが見つか
るだろう』なんて、甘ったれた考えでいるのなら、その先にあるの
は不幸不幸の連続、破滅の末路よ。いいこと、どんな道に進んでも
試練は山のようにあるわ。要は自分にとって得意な能力を生かせる
道に進むこと。それは、あなたの場合、主婦になることではないと
思うわよ」

 「私は結婚できないってことですか」
 香澄には珍しくぽつりと本音が口をつく。
 すると、先生はあっけらかんとしてこう言うのだった。

 「何言ってるの。今考えることじゃないって言ってるだけじゃな
い。それに相手がいないならツバメを飼えばいいの。それも立派な
結婚の形よ」

 そして、再び両手を広げると、床に転がった香澄を迎え入れよう
としたのだった。

 「……(!?)……」
 香澄はすでに幼児ではない。だからすぐにその胸に飛び込む決断
はできない。今だっておよそ小学生時代ならしないであろう議論を
したばかりではないか。こんななかで園長先生の胸に飛び込むなん
てことをしたら、それは自分の負けを認めることになるんじゃない
か。
 そんな思いが彼女をためらわせたのである。
 
 しかし……
 「あら、あら、どうしたのかしら?香澄ちゃん、……抱っこよ。
だっこ。忘れちゃった?学校での大切なお約束。先生がこうしたら、
あなた方はいやいやできないのよ」

 香澄は慌てて園長先生の胸に飛び込む。
 下半身は丸裸。赤いお尻のままだが、仕方がなかった。それほど、
このお約束は大事なこと、忘れてはいけないことだったのである。

 「やっと、やってきたわね」
 園長先生は椅子に腰を下ろしたまま香澄を胸の中迎え入れる。
 一方、香澄は少し前かがみだで、しだれかかるようにして立って
いる。

 「思い出したみたいね。ここではだっこもお仕置きもすべて先生
の愛だから、ともに拒否はできないのよ」

 「はい、先生。ごめんなさい」

 「分かればいいわ」
 先生はそう言いながらも香澄のスカートを捲る。

 「(あっ!)」
 焦った香澄は声にならない声をあげて後ろを振り向こうとしたが
……

 「そのままの姿勢でいなさい」
 園長先生が香澄の頭を抱きかかえると、同時に別の声もした。
 サキさんの声だ。

 「ちょっと、沁みるけど我慢してね」
 その声が終わるのが早いか、お尻がいきなりひりついたのである。

 「(ひ~~~い)」
 おしっこを漏らしてしまいそうな衝撃が、お尻はもちろん脳天に
まで届く。

 「少し沁みるけど、効果はあるのよ」
 先生は香澄の頭を右手で抱いたまま、そのてっぺんを左手で撫で
つけると、頬ずりしたまま微笑みかける。五年生当時の香澄も同じ
姿勢で先生からの愛撫を受けていた。

 ただ五年生の時もそうだったのだが、これで終わりではなかった。

 「ぎぃー、ぎぃー」

 香澄は、頭を愛撫され、お尻をむき出しにされたその姿勢で鈍く
重い音を聞く。それは以前にも聞いたことのある音だったので頭を
巡らすとあるものに行き着くのだ。

 「えっ!」
 驚いて、あたりを見回す香澄にそれは飛び込んできた。

 気がついた香澄の顔を見て先生が説明する。
 「さっき、私があなたに向かって手を広げたのに、あなたはすぐ
に飛び込んでくれなかった。あれって、私に何か遺恨があるからか
しら?」

 「遺恨だなんて……」

 「あなたもここの生徒だったから、入学の時に教わった三つのお
約束は覚えてるでしょう?」

 「はい。先生」

 「言ってごらんなさい」

 「お友だちといつも仲良くします。先生のお言いつけは全部守り
ます。お勉強は決して怠けません」

 「そうね、まだ覚えていたのね。感心だわ。でも、そのお約束が
守れない時はどうするんだっけ……」

 「先生からお仕置きをいただいて、直していただきます」

 「じゃあ今日は私が直してあげましょうね。先生が手を広げたら
無条件で胸の中へ飛び込めるように…先生にパンツを脱ぎなさいっ
て言われたらすぐに脱げるように…」

 「…………」

 「どうしたの?……そんなの嫌?……でもね、この学校の生徒は、
そのくらい従順でなきゃいけないのよ」

 「はい」
 香澄は腹をくくった。勿論今はここの生徒ではないから、逃げる
という選択肢もないわけではないが、今さらそんな恥ずかしい事も
したくなかったのである。

 「いいご返事ね。じゃあ、この台に乗りなさい。…これ、覚えて
るわよね」

 「はい、お馬さんです」

 『お馬さん』だなんて可愛い名前がついているが、用途は生徒の
お尻を鞭打つ為の拘束台で、全体が馬の形に作られているからそう
呼ばれていた。

 「そうね、忘れられない思い出かもしれないわね。そうたびたび
お世話にならないけど、まったくここへ上がらずに卒業できた子も
いないはずよ」
 園長先生の言う通りで、優等生だった香澄だってそれは例外では
なかった。彼女だってこの馬の背に抱きついて泣いたことが何度か
あったのだ。

 香澄は馬の背にうつ伏せになる。馬の背は、お尻の方がいくらか
高く、倒れこんだ上半身を支えられるように左右にハンドルが突き
出ていた。これを両手で握って上半身を支え、後ろは、梯子状にな
っているから適当な段に足を乗せて自分の体を安定させる仕組みに
なっていた。

 ただ、そうはいってもお膝の上に比べれば不安定な姿勢に変わり
はなく、これを受けるのはたいてい上級生になってから、とりわけ
五年生や六年生の子が多かった。
 そして、それらの子は先生からお尻の谷間を割り広げられるから、
途方もなく恥ずかしい思いをすることになるのだった。

 「恥ずかしい?」
 耳の後ろで園長先生の声がする。
 香澄は馬の背に押し付けた不自由な顔を赤らめて答える。

 「仕方がないわね、お仕置きだから…我慢しなさい。沁みるわよ」

 たっぷりとメントールを含んだアルコール漬けの脱脂綿が、まだ
火照りが完全に収まっていない香澄のお尻の山を濡らしていく。

 「う~~~~~」
 香澄は思わずお馬にしがみつく。

 しかしそればかりではない。やがて先生の摘む脱脂綿は押し広げ
られた谷間の奥までも情け容赦なく掃除していくのだ。

 「ひ~~~~~」

 それはまだ若く身体の全てが敏感に反応してしまう香澄にとって
は筆舌に尽くしがたい衝撃だった。

 「ごめんなさい、もうしません、」
 思わず涙声になって訴えるが……

 「大丈夫よ。それはね、あなたがまだ若い証拠だわ」
 園長先生は笑うが、先生だって無駄にこのようなことをしている
わけではない。お馬という大道具も、アルコールという小道具も、
すべては思春期の少女たちへの辱めのお仕置きだったのである。

 「さあ、始めるわよ。この鞭の味をしっかりとかみ締めてご返事
なさい。でないと、いつまでも終わらないわよ」

 園長先生はそう言って60センチ程の長さのトォーズを手にす
る。
 トォーズというのは先が二つに割れた幅広の革ベルトのことで、
鞭として使いやすいように柄が付いていた。女の子は、主に皮膚の
表面で痛みを感じるから接地面は広いほう効果的だし、ケインに比
べお尻を傷付けにくいという利点もあって、女の子用のお仕置き鞭
として古くから学園では重宝されていたのである。

 その最初の一撃が下ろされる。
 「ピシ~~」
 鈍い音が部屋中に響く。

 「ひい~~~」
 たまらず、香澄はお馬にしがみつくのだが……

 「どうしたの?香澄さん。お鞭はあなたのお尻に届きましたよ。
何のご挨拶もないのかしら?」

 先生からの催促に、香澄はハッと我に返った。

 「ごめんなさい、わたし、悪い子でした。…え~っとそれから、
もうしませんから許してください」

 「あら、あら、お口がきけなくなったのかと思ったら、たくさん
言えたじゃない。その調子よ。ではもう一回ね」

 「ピシ~~~」

 「うううううう」
 香澄はたまらず両足を小刻みにバタつかせる。バタつかせてから、
また……

 「ごめんなさい。いい子になります。またやったら、次はどんな
お仕置きでも受けます」

 「次は、やらないのが当たり前でしょう。まずは、今回のことを
深く反省しなくちゃね。では、もう一つね」

 「ピシ~~~」

 「いいいいいいい~」
 声にならない声。やはり一時両足をバタつかせてから……

 「私は悪い子でした。お父様お母様の期待を裏切りました。……
だから、どんな罰も受けます。どんなお仕置きでもかまいません」

 「そうね、そうしてちょうだいね。では、もう一つよ」

 「ピシ~~~」

「やややややあああ、いやあ~~もうしないで、ごめんなさい、
ごめんなさいするからあ~~~」

 「そう、そんなにごめんなさいがしたいの。それじゃあ、もう、
一つ、あげましょうね。そうだ、別の罰も受けますか?」

 先生にこう言われて、香澄は戸惑う。そして少し間をおいてから、
「はい」と答えた。

 すると、先生はさらにもう一撃。

 「ぴし~~~~」

 「私は悪い子でした。どんな新しい罰も受けます。どんなお仕置
きも我慢します」

 嗚咽を繰り返しながら、鼻をすすりながらの懺悔と後悔。でも、
これが香澄の最後の懺悔と後悔だった。

 「降りなさい。あなたの真心がこれで伝わったから、もう十分よ。
新しい罰はとりやめます。いいわよ。お馬から下りて」

 香澄はこうして許された。

 香澄はお馬を下りる時、不思議な感情に出会った。それは奇しく
も小五の時に鞭打れた時と同じ感覚がその瞬間に蘇ったのだ。
 しかし、それは不思議な事ではなかった。

 というのも、こうして書いていると、先生がもの凄く残酷な事を
しているように見えるかもしれないが、実は、園長先生の振るう鞭
の一つ一つはそれほど痛いものではないのだ。

 ただし、耐えれば耐えられるその鞭の痛みを生徒の方はお芝居で
はなく本心から『ごめんなさい』と言わなければならない。だから、
自分の弱さがさらけ出せない子やお芝居と本心の区別がつかない
子、必死に我を張ってしまうような子はここでは不幸を長引かせる
ことになるのだった。

 園長先生は、長い経験もあってそうした子供の内心を見抜くこと
にかけては名人級の腕前だったのである。

 『今の香澄』がお馬を下りた時に『小五時代の自分』と同じ感覚
を感じたのは、ともにそれまで自分を律してきた自我やプライドや
誇りといった物が園長先生によって取り掃われ、無垢な心となった
からで、これから先は、園長先生に抱かれ、時間をかけて癒され、
回復していくことになるが、それもその時と同じだったのである。

 園長先生は香澄を静かに抱きかかえると、ゆっくり頬ずりをした
り、わずかに頭をなでたりするくらいで、しばらくは穏やかな時を
過ごす。
 香澄にしても今はまだ膝に抱かれているだけでお尻が痛いのだ
が、そのことには触れなかった。

 「(そういえば、小五の時、ここでお仕置きされた時にもこんな
ことがあった。『このくそババア、酷いことしやがって、いつか殺
してやる』なんて思いながらこうして抱かれながら甘えてたっけ)」

 香澄は無意識に先生の胸の中へ顔を着ける。すると先生の右手が
ぐいっと香澄の後頭部を押して、香澄の顔が先生の胸の谷間へと、
静かにめり込んでいく。
 母のような存在に、彼女は抗(あらが)わなかった。

 「あなたはまだまだ子供なのよ。身体は大きくなっても、私から
見れば大人たちに保護されてる赤ちゃん。だから、こうしている事
が自然でしょう」

 園長先生にそう言われても心の中で『そんなことはありません』
と言う言葉が浮かばなかった。
 むしろ心はその逆で、どんどん昔へ昔へと逆戻りしていく。

 「(そういえば、小五の時は、この後、オムツなんか穿かされた
っけ。さすがに、今は無理ね。……ちょっぴり憧れる気もあるけど)」

 ところがそんなことを想っていた香澄の視界が開ける。園長先生
が体を入れ替えて後ろを振り向いたのだ。その瞬間、チラリっと、
見えたものがあった。

 「えっ!」

 それはあの日と同じようにオムツを用意するサキさんの姿。

 「(まさか、嘘でしょう!また、あれやるの?)」

 そう思って香澄が園長先生を見上げと、こちらも香澄を見て笑っ
ている。まさかは、まさかではなかったのだ。

 「香澄ちゃん、覚えてる?小五の時のこと。あなた、ここで私に
オムツをしてもらったのよ」

 「……は…はい」

 「いや?…恥ずかしい?…」

 「いいえ」
 香澄はそう言ってから…
 「(えっ!?私、なぜ『はい』っていわなかったんだろう)」
 と思った。
 思ったが…
 『いえ、だめです。恥ずかしいです』
 とも言いなおさなかったのである。

 「そう、では仕上げにやってしまいましょう。気持いいわよ」

 二人がかりで薄い布団に寝かされると、足を高く上げさせられて、
お股を蒸しタオルがぬぐっていく。
 恥ずかしくないと言えば、ノーだし……気持悪いかと問われれば、
やはり答えはノーだった。

 ベビーパウダーがお尻にはたかれ、浴衣地のオムツが締め込まれ、
ビニールのオムツカバーのホックがパチンと閉じられる頃には足は
蟹股になっていた。

 「どうかしら、赤ちゃんになった気分は?」
 ガラガラを握らされ、おしゃぶりまであてがわれる。

 「(そうだわ、あの時、私、横を向いたわ。『馬鹿にしないでよ!』
って……本当は嬉しかったのに……)」
 今の香澄は大人達に向かってはにかんでみせた。笑ってみせた。

 「どう?…恥ずかしいでしょう。…でも、気持いいでしょう」

 先生の言うとおりだった。

 香澄はその恥ずかしくて気持のいいその姿のまま、また、一時間
ほど先生のお膝の上で過ごし、学校時代のアルバムを見ながら思い
出話に花を咲かせたのである。

 そして、夕方、家の玄関先で……

 「いいのオムツ取らなくて?」
 と先生に言われたが……

 「大丈夫です。家に帰ったら自分で外しますから。……今はまだ、
こうしていたいんです。私にはまだこうして心の拠り所があるって、
お仕置きしてくれる人がいるんだって、実感したいんです」

 彼女はそう言って先生の私邸をあとにしたのだった。


 学校を通り抜ける時、再び、牧村に出会った。

 「先輩、随分遅くまで掛かりましたね。そんなに重要なお話だっ
たんですか?」

 「そうね、重要といえば重要ね。お仕置きだったから……」

 「えっ!?」
 一瞬だけ驚いて、牧村はすぐに笑顔になる。
 「やだなあ、やめてくださいよ。変な冗談。そんなわけないじゃ
ないですか。私、こう見えてうぶなんですから、何でも馬鹿みたい
に信じちゃいますから」

 「そうね、そんなわけないわね。……先生の処でお茶をご馳走に
なったの。午後の紅茶。それだけよ」

 香澄はオムツカバーのビニールが擦れる微かな音を気にしながら
も牧村と校門まで歩き、そして、そこで別れた。

 彼女は再び独りで歩きだしたのである。


***********************(了)***         

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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