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第9章 新しい仲間(4)

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第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更しました
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第9章 新しい仲間

§4 赤ちゃん生活(2)

 ブラウン先生は自ら宣言したとおり、一日の大半をサンドラと
一緒に過ごした。

 仕事中の書斎にはクラシックの名盤と呼ばれるレコードが常に
鳴り響き。先生の手もとに置かれた揺りかごの中では、サンドラ
が日がな一日、天井から吊り下げられたメリーゴーランドを見て
過ごしている。

 『こんなことして何になるのかしら?』

 素朴な疑問はわくが、何もできないし、やることもないから、
揺りかごの中でお昼寝していることも多かった。

 時折、先生が生き抜きに庭に出たり、食堂にコーヒーを飲みに
行ったりするが、そんな時だけは、だっこやおんぶで部屋を出る
ことができる。
 サンドラにとっても息抜きだ。

 庭のベンチや食堂の椅子に腰を下ろした時は、膝の上に乗せて
もらい頭や背中やお尻をしきりに撫でられた。
 そんな時の先生はいつも笑顔で上機嫌だ。

 おまけに、サンドラがイヤイヤをしたり怒ったりしても先生が
怒った顔になることは一度もなかった。

 たまに先生が息抜きにピアノを弾くことはあるが、サンドラに
そのピアノを触らせることはない。

 そんななか……
 「わたしもピアノが弾きたい」
 と、おねだりすると……

 「サンドラちゃんはまた今度ね……」
 と言って断られる。

 しかし、そんな問答が何度かあったある日のこと……
 「サンドラちゃんもやってみますか?」
 そう言って与えられたのは、幼児用の玩具のピアノだった。

 もちろん、こんなものでまともな演奏などできるはずもないが、
久しぶりに外気に触れさせてもらった指が、リリーマルレーンを
奏でる。

 すると、弾き終えた瞬間、自分の身体が高い処へ持ち上がった
のを感じた。

 「お~凄いですねえ。ついにやりましたね。サンドラちゃんは
天才ですよ」

 気がつくと、両脇を持ち上げたお父様が満面の笑みで、下から
自分を見上げている。

 サンドラがこんなことをされたのは恐らく10年ぶりだろう。
 その時の記憶が残っているのだろう、身体を揺さぶられると、
自然と笑顔に……
 その時は、彼女も正真正銘の赤ちゃんだった。

 「嬉しいですね。いきなりこんなのが弾けるなんて、お父さん
感激ですよ。サンドラちゃんはきっと天才ですよ」

 ブラウン先生はサンドラを膝の上に下ろすと、頭をなでなで…
お背中をトントン…お尻をすりすり…もう、ありとあらゆる愛情
表現でサンドラを抱きしめたまま、しばらくはその体を離さない。

 「オーバーね、こんなピアノで……」
 サンドラがこう言うと……

 「決して、オーバーなんかじゃありませんよ。だって、私は、
あなたのピアノに初めて感動を覚えたんですから、今日は特別な
一日です」

 訳の分からないサンドラは……
 「……(ちょっと、褒めすぎ)……」
 とは思ったものの、それでも悪い気分ではなかった。

 「あなたは、今度はいつピアノが弾けるか分からないと思った
んでしょう。だから、一音一音にとても神経を使っていました。
そして、こんなピアノでも最大限美しく響かせたいと思ったはず
です。違いますか?」

 「……(ええ、まあ)……」
 サンドラは相槌を打つように頷く。

 「いいですか、芸術家やスポーツマンは『自らの夢に飢える心』
と『現在に最善を尽くす心』は絶対に忘れてはならないのです。
今のあなたはそれがあったから私の心を打ったんです。我が子が
人生で初めて、芸術の香りのする一曲を奏でたんですよ。これを
感激しなくて、何を感激するんですか」

 ブラウン先生は我が子のふとしたきっかけにとても満足そうな
笑顔で答えるのだった。

 「そうだ、せっかくですからね。あなたの感性がしぼんでしま
わないうちに、そのお花をもう一回り大きくしましょう」


 ブラウン先生はさっそく玩具のピアノをサンドラのお腹に乗せ
ると、彼女ごとお姫様だっこして廊下を小走りにカレンが寝起き
するの屋根裏部屋までやって来る。

 「カレン、カレン、カレン、カレンいますか?」
 先生は梯子段の下で叫んだ。
 屋根裏部屋へはこの梯子段を使って出入りするから、ここが、
カレンの部屋の入口なのだ。

 「ごようですか?」
 カレンが梯子段の上から怪訝そうな顔を出す。

 「おう、カレン。いましたか。結構、結構……さっそくですが、
この子のピアノを聞いてくれませんか。そしてあなたも同じ曲を
弾いて欲しいんです。……いやあ、サンドラが凄いピアノを弾く
んですよ。彼女はまさに天才です」

 カレンが梯子段の先に見たのは、サンドラをお姫様抱っこした
まま興奮して咳き込むようにまくし立てているブラウン先生。

 ところが、それはちょっと異常で、カレンがこれまで見たこと
のない、ブラウン先生の…いや、お父様の姿だったのである。
 だから、ちょっと怖かったのだが……

 「わかりました。どうぞ」

 カレンは事情が飲み込めないまま仕方なく二人を部屋の中へと
通した。

 「とにかく、カレン。まずは天才のピアノを聞いてくださいな」

 得意満面のお父様。こんなにも純粋なお父様の笑顔をカレンは
これまで一度も見たことがなかった。

 そして、先生がそうして欲しいというからサンドラが弾く玩具
のピアノに耳を傾けたのである。

 ところが……

 『これの、何が、どうなのかしら?』
 カレンにはさっぱりわからなかった。

 そして、もっと分からなかったのが……
 誰が聞いても『そんな馬鹿な』と思うような褒め方でブラウン
先生がサンドラのピアノを激賞すること。

 「いやあ、何てすばらしいメロディーなんだ。私もこの曲は、
幾度となく聞いたが、これが玩具のピアノから奏でられてるなん
て、きっと誰も思わないでしょうね。これって、奇跡ですよ」

 当のサンドラでさえ、恥ずかしくて下を向いてしまうような、
そんなことをブラウン先生がなぜするのか、カレンにはまったく
理解できなかったのである。

 そんなカレンに、今度は……
 「あなたも、ついでに弾いてくれませんか。リリーマルレーン」
 と、要請してきたのである。

 「はい、わかりました」

 カレンはそれにどんな意味があるのかはわからなくてもお父様
の希望を叶える。

 カレンにとっても、玩具のピアノでメロディーを奏でるのは、
これが初めての経験。大きな指で小さな鍵盤を叩くのは、むしろ
大変な集中力を要する作業だった。

 何も期待しないまま。
 何も求めないまま。
 カレンはいつものようにカレンのピアノを弾く。

 すると、どうだろう。その瞬間、ある奇跡が起こったのである。

 サンドラの目から大粒の涙がこぼれたのだ。
 幾たびも頬を濡らす涙を拭おうともせず、カレンのピアノが、
この部屋を支配し続ける間、サンドラは泣き続けたのだった。

 玩具のピアノに没頭していたカレンはその時はそれに気づかず、
弾き終わったあとに、サンドラの異変に気づく。

 『いったい、何があったの?……お父様に何か言われた?……
おなかが痛いの?……んんんん?まさか感動の涙?……いやだあ、
馬鹿馬鹿しい。こんな玩具のピアノで?……お遊びにもならない
わよね』

 色んな想いがカレンの脳裏を駆け巡った。
 カレンは色んな原因を思い廻らしたが、どれも当てはまりそう
にないと思ったのだ。

 すると、そんな不思議そうな顔のカレンを見てお父様が微笑む。

 「カレン、この子はね、恐らく人生で初めて感動したんですよ。
あなたのそのピアノで……」

 「?」
 カレンにその意味はわからない。
 そもそも感動のない人間なんて信じられないからだ。

 「あなたのように人並みはずれて感受性豊かな人には信じられ
ないでしょうけど、世の中には自分を守ろうとして心を閉ざして
しまう人は大勢いるんです」

 「自分を守る?」

 「そう、自分だけが特別な存在なんだと思い込みたいんですよ。
そうすれば、自分の持っているものを他人と比べなくてすみます。
比べなければ自分が負ける事も絶対にありませんからね。余計な
コンプレックスも背負わずにすむというわけです。……でもね、
サンドラ。閉ざされた心の王国では感動って起きないんですよ」

 「…………」
 サンドラはまだ放心状態。今は、お父様が何を言っても無駄な
ように、カレンには見えた。
 しかし、そのサンドラにお父様はさらに語りかけるのである。

 「あなたは今まで心を閉ざしてたでしょう。外から来るものは
自分にとって都合のいいものだけ受け入れればいいと思っていた
はずです。そんなあなたに感動が起こるわけないじゃないですか。
感動というのは、自分が心を開いておかないと起きないんです」

 お父様はサンドラを膝の上に抱っこする。そして、ふたたび、
頭を撫でながら……

 「あなたが玩具のピアノで最初に弾いたリリーマルレインね、
あれは名演でしたよ。それに嘘はありません。でも普段だったら、
次の瞬間、あなたはもう心を閉じていたはずです。それが、私が
おだてたおかげであなたはその後も気を許した。いつもは完全に
閉めてしまう心の城門をほんの少し閉め忘れたんです」

 サンドラは自ら身体を反転させて、お父様の胸へと抱きつく。
これも彼女がお父様の赤ちゃんになって初めてのことだった。

 「その心の隙間から……カレン、あなたのピアノが入ってきて、
この子は自分の非力さに気づいたんです。……でも、サンドラ。
それって悲しむことはありませんよ。自分が劣っていると悟る事、
優れたものに感動して憧れることが、芸事の入口なんですから。
そのゲートをくぐらない人がどんなに努力をしても人を感動させ
ることはできないんです」

 ブラウン先生は、それまでサンドラの頭をなで両手をさすって
いたが、いくらか感情の高まりが収まったのを感じて、あらため
て彼女をしっかりと抱きかかえる。そして……

 「カレン、悪いけど、一緒に書斎に来てこの子のために二三曲
弾いてくれませんか」
 今度はこんな頼みごとをするのである。


 やがて、場所を書斎に移し、カレンのミニリサイタルが始まる。

 すると、誰が呼んだわけでもないのに居間から流れ出たカレン
の穏やかなタッチのピアノに誘われて、アンやロベルトまでもが
やってくるのだ。

 「おやおや、サンドラお嬢ちゃま。今日はカレンの膝の上なの。
今日は何を甘えてるのかしら?……幸せそうな顔して……」

 アンは、ピアノを弾くカレンの膝の上でそのお腹に抱きついて
甘える赤ちゃんをからかったが、今日のサンドラはその顔を赤く
することもなく、楽しげな笑顔を崩すこともなかった。
 人は本当の幸せを感じている時には照れないのだ。

 結局、サンドラは、アンの膝にも、ロベルトの膝にも、そして、
お父様の膝にも乗って、その人たちのピアノを聞き比べる。
 それは赤ちゃん身分の特権だった。

 「ピアノの音って、奏でる人が違うと景色がまるで違うんだ」

 心の扉を開いて聞くピアノは、サンドラがそれまで聞いていた
音とはまったく違って聞こえたのである。

 そして、サンドラは、お礼に自分もまた玩具のピアノを弾く事
にした。曲目はもちろん、リリーマルレーン。
 これもまた、最初に奏でた時よりさらに美しく、さらに楽しく、
部屋じゅうに響いたのである。

*************************

 サンドラの赤ちゃん生活は七日目に入り、サンドラ自身もこの
生活に慣れ始めていた。

 最初はお父様が絵本を読み聞かせしてくれる他にこれといった
日課がなく日中は退屈な時間だったが、そうのちニーナが乳母車
で村や学校へ連れ出してくれて気も晴れるようになったし、学校
が終われば兄弟(姉妹)たちが入れ替わり立ち代り話相手になって
もくれる。

 『病気で寝ていると思えばいいんだわ』
 そんな悟りも生まれたのである。

 ただ、何でもかんでも慣れることができたかというと、そうは
いかなかった。
 何より問題なのは、トイレだった。

 拘束衣としてのロンパースの中はオムツといういでたち。当然、
一人で用を足せないから、必要な時はお父様を呼ばなければなら
ない。

 お父様の手で素っ裸にされるわけだから、それだけでも思春期
の女の子には十分恥ずかしいのだが、事態はもっと深刻だったの
である。

 実はこの後、お父様がサンドラが一人で用を足すことを許して
くれなかったのだ。

 お父様は裸にしたサンドラの両足を持つと、オマルの上で椅子
に座らせるようにして身体を支え、用を足させる。赤ちゃん時代
なら、当然この姿勢だが、12歳になった少女にとっては恥ずか
しくて屈辱的だ。

 『こんな姿勢で、どうして、おしっこやうんちをしなければな
らないのよ』
 赤ちゃんサンドラはいつも思う。

 そこで、一応、お父様に個室をおねだりしてはみたものの……

 「あなたは、そもそもまだ赤ちゃんの立場なんだから、それは
仕方がありませんよ」
 の一点張りで、聞き入れてもらえなかったのである。

 お父様にすると……
 「初日の夜、あなたは私に体のすべてを見せてるじゃないです
か。今さら、そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思いますよ。
私としてはあなたが私に対して全幅の信頼を寄せている証として、
赤ちゃんのやる通り、恥ずかしい事だってやってほしいんです。
リチャードはあなたと同じ歳ですけど、私が命じればこのくらい
やりますよ」
 となる。

 お父様にこう言われるとサンドラは目を伏せるしかなかったが、
サンドラにしてみると……

 『確かに、私のすべてはすでに見られてるかもしれないけど、
それってウンチやオシッコをしているところまで見られた訳じゃ
ないでしょう。この恥ずかしさは別だもの。ほかの子はお父様と
本当の赤ちゃんの頃からお付き合いがあるけど、私は12歳から
の赤ちゃんなのよ。そりゃあ、リチャードは私と同じ歳だけど、
彼は男の子。私と一緒になんてならないわ』

 と、こうなるのだ。

 ただ、それを言葉に出して言う勇気はサンドラにはなかった。
 だから、女の子の恥ずかしさをお父様に察して欲しかったのだ。
 色んなことを理性的に対処するお父様が、なぜ、この事にだけ
むきになるのか、サンドラには、むしろその事がわからなかった
のである。

 いずれにしても、恥ずかしいことは避けたくなるのが人の常。
 サンドラはおしっこやうんちをできるだけは我慢してしまう。
 時が経つにつれ、お父様のお膝へも自分からはあまり行かなく
なってしまった。

 でも、そうやってもお腹には色んな物が溜まってしまうわけで、
いつかは出してしまわなければならない。下腹が張ってきた様子は、
毎日観察しているお父様には悩みの種だったのである。

 そこで、お父様はベスを呼び出すと、彼女にサンドラへの浣腸
を命じたのだが……

 「先生……先生は女の子の気持が全然わかっていませんね」
 彼女はテーブルに置かれたイチヂク浣腸を見て笑いだすのだ。

 「わかってるさ。わかってるから君に頼むんじゃないか。僕は
男性だからね。これ以上は色々と差し障りがあるだろうから……」

 「差しさわりって?」

 「えっ!?」
 あらためてベスに問われて、ブラウン先生は言葉に詰まる。

 「そんなもの、彼女にありゃしませんよ」

 「『ありゃしません』って…サンドラは私が用を足させようと
すると嫌がるんだよ。最近は、警戒して膝の上にさえ上がろうと
しないくらいだ。そんな子に浣腸なんかしたら、いよいよ関係は
壊れてしまうだろう。だから君に頼んでるんだ」
 ブラウン先生は不機嫌な様子だ。

 「…………」
 ベスは、一応先生の話を聞いてはいたが、顔は終始笑顔だった。

 「実はね、私はもうこのことは許してやろうと思ってるんだ。
他の子は本物の赤ちゃん時代からの付き合いで、それ程抵抗感も
ないんだろうけど、あの子はすでに思春期に入っているから……」

 すると、ベスは口に手を当てて高笑いした。
 「(はははははははは)先生らしくもないですね、そんな弱気。
そんなことしたらサンドラちゃんが差別されて、かえって可哀想
ですよ」

 「差別って?……誰に?」
 そう尋ねたブラウン先生は返ってきた答えに困惑する。

 「回りの女の子たちもそうでしょうけど……何より、あなたに
ですよ」

 「馬鹿馬鹿しい。嫌な事をされないなら、その方がいいに決ま
ってるじゃないか」

 「だから先生は女の子を知らないんですよ。女の子は楽しい事
も悲しい事も、褒められても叱られても、みんな一緒じゃないと
嫌なんです」

 ベスはいったん先生が渡したイチヂクをふたたびブラウン先生
の手に握らせると……
 「女の子は、独り仲間はずれが一番嫌なんです。どんなに辛い
お仕置きより、のけ者にされることの方が辛いんです。だから、
ほかの子がみんなやってるお仕置きを自分だけが免除されてても、
本当は嬉しくないんですよ」

 「でも、あの子は現に嫌がってるじゃないか」

 「それは先生が好きだからですよ。好きな人には目一杯美しい
自分を見てもらいたいんです。本当は、些細な自分の欠点だって
見せたくないはずなのに、うんちを見せるなんて論外ですからね。
そりゃあ抵抗しますよ」

 「だったら、どうしたらいいんだ」

 「簡単ですよ。これをあの子の尻の穴に差し込んで『我が家の
しきたりに従えない子はずっと一人ぼっちの赤ちゃんです』って
宣言してしまえば、それでかたがつきます」

 「そんなことしたら、私が悪者にならないかなあ」

 「それは仕方がありませんよ。お仕置きや躾をする親が子ども
から感謝されたためしはありませんもの。感謝されるとしたら、
その子が親になって自分の子を抱いた時からです。……そもそも、
悪者になるのが嫌なら、親なんてやめることです」

 「……そうだな……」
 ブラウン先生は苦笑する。いつも自分が言っていたことをベス
に言われたからだった。

 「サンドラは、本当に私が嫌いじゃないんだね」

 「お仕置き係20年の私が太鼓判を押します。…あの子はね、
先生から多少理不尽な扱いを受けても、必ず着いていきますよ。
いい根性してるもの」

 「そうかなあ……大丈夫かなあ」
 自信なさげな先生にベスは更にこうアドバイスするのだった。

 「恐らくサンドラは浣腸するなんて言ったら抵抗するでしょう
けど、負けちゃいけませんよ。きっと、他人を呼ばなければいけ
ないほどには暴れないはずですから」

 「どうして?」

 「だって、そんなことしたら、せっかくの二人の時間が、なく
なっちゃうでしょう。そんなことはしませんよ。そこに女の本心
が出るんです。先生はあの子に好かれてるから、こういうことを
しても大丈夫なんです」

 「本当に?」

 「先生。自信を持ってくださいよ。こうした事は女同士の方が
よく分かりますから……大丈夫ですって」

 最後は、ベスが先生の両肩を叩いて励まし、送り出してくれた
のだった。


 ブラウン先生は、狐につままれたようなベスの理屈を鵜呑みに
したわけではないが思い切ってサンドラに試してみることにした。

 嫌がる彼女に浣腸をかけ…誓いの言葉を何度も言わせ…可哀想
だったが、オマルも許さずオムツの中にそれを全部吐き出させた。
そして、赤ちゃん同様の手順でお尻を綺麗にしてやったのだ。

 危険な賭けに思えたし、現場はもちろん修羅場。
 でも、結果はベスの読み通りだった。

 最初は抵抗したものの、それは人を呼ばなければならないほど
ではなかったし、何より、それ以降は前にも増して先生に甘える
ようになったのである。

 「まったく、いい年をして……あの先生は女の子のことが何も
わかってないんだから……」
 とは、結果を聞いたベスのコメントだった。

******************(4)*****

第9章 新しい仲間(3)

*********************
<お断り>
第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更しました。 
§3と§4にはスパンキング、お仕置きの場面が
ありません。ご了承ください。
*********************


第9章 カレンの秘密

§3 赤ちゃん生活(1)

 ブラウン先生はサンドラをお姫様だっこすると、食堂へ向う。

 「ほら、ここへ座ろうね」
 自分が座るいつもの席へ腰を下ろすと……

 「熱つつかな……大丈夫かな……」
 アンナから蒸しタオルを受け取り、サンドラの顔を丁寧に拭き
取っていく。

 「わあ、綺麗になったよ」
 先生は常に赤ちゃん言葉で仕事をしている。

 一方、サンドラにとってそのタオルはやや熱かったが我慢した。
 昨日のお仕置きの影響か、お父様が怖く感じられ萎縮した感じ
の顔が磨かれていく。

 「わあ、いい笑顔ですね。気持よかったですか」
 ブラウン先生は物心ついた子にはこれほど積極的に言葉をかけ
ないが、赤ん坊に対してはいつもこうだった。

 『赤ん坊に言葉を惜しんではいけません。赤ん坊は話せなくて
も聞く事はできます。それに、自分に対して誰が優しくて、誰が
冷たいかは抱かれているだけでもわかるんです。優しい人からの
言葉には、当然耳をそばだて、より多くの知識を得ようとします。
それが情緒の安定にも繋がり、より複雑な思考回路を可能にする
んです。天才を育てたいなら、一日中赤ん坊に語りかけてやれば
いいんです。簡単なことですよ』

 これがブラウン先生の自論だった。
 だから、先生は赤ん坊を抱くと、とたんに饒舌になる。それは、
12歳のサンドラだって同じ。
 もっとも本物の場合は、この食堂でも裸にして体中を拭き取る
のだが、さすがにそれはしなかった。

 やがて、子供たちが朝の挨拶に現れる。

 「おはようございます。お父様」

 「おう、キャシー。おはよう。……ほら、見てご覧。今日から
一緒に暮らすサンドラだ。可愛いだろう」

 お父様は胸にうだかれたサンドラを紹介するが……

 「!?!」
 キャシーは、その大きな赤ん坊に目を白黒。

 「サンドラ。この子はキャシーと言ってね。ちょっぴりお転婆
さんだけど、とても心の素直ないい子なんだよ。今10歳だから、
赤ちゃんが終わったら。お前にとっては妹になる子だから、その
時は優しくしてあげるんだよ」
 ブラウン先生はサンドラをあやしながらキャシーを紹介した。

 でも、当のサンドラは、今、目の前にいる妹に対してどんな顔
をしたらいいのかがわからない。
 いや、サンドラだけではない。自分より年上の赤ちゃんを紹介
されたキャシーにしてもそれは同じで、二人の子どもの間には、
奇妙な空気感が漂っていたのである。

 「キャシー、君から自己紹介だ」
 お父様に促されて、キャシーはそれなりに愛想笑いを浮かべる。

 「キャシー・マクラーレン。10歳です。よろしく」
 珍しく神妙な面持ちのキャシーは恐々握手を求めたが、相手の
手が袖から出ないのでベビー服の上から握手した。

 「私、サンドラ=アモン。よろしく」
 一方、サンドラは少し投げやりな挨拶。

 こんな格好をさせられての自己紹介だなんて、聞いたことない
から、笑顔でいられるはずもないのだろうが……

 「サンドラ、女の子にとってお愛想はとっても大事な武器です。
たとえ、お腹の中は違っていても外へ向けての顔はちゃんと別に
持っていないと……ピアノの芸だけで自分の身が守れるだなんて
思っていたら大間違いです。……そんなこともできないとなると、
また、昨夜と同じレッスンが必要になりますけど………あなた、
その必要がありますか?」

 ブラウン先生は彼女のお尻を小さく叩きながらその耳元で囁く。

 あからさまな脅しに屈するのは、彼女のポリシーに反するが、
サンドラの脳裏には昨日のスパンキングがまだフラッシュバック
しているので、仕方なく、ぎこちない笑顔を作ってみる。

 それは泣き笑いのみょうちくりんな顔だったが、ブラウン先生
はそれでも十分満足した様子だった。

 「私があなたを抱いてる時は、出来る限り笑う努力をなさい。
泣きたい時は首を反対にして私の胸の中で泣けばいいでしょう。
簡単なことです。赤ちゃんなんですから難しいことは何もありま
せん」
 ブラウン先生はサンドラの頭を撫でながら優しくつぶやく。

 そして、それがひと段落すると、今度はキャシーに向って……
 「キャシー、そこにオートミールがあるでしょう」

 「ええ、あるわよ。このボールに入ってるやつでしょう」

 「それをスプーンでひと匙すくって、ここにいるサンドラの口
に運んでください。できますか?」

 「いいわよ」

 キャシーはスプーンで一杯だけオートミルをすくうと、お父様
の処へやってくる。
 そして、その指示通り、最初はイヤイヤしていたサンドラの口
の中へそれをねじ入れたのだった。

 もちろん、それを拒否すればどうなるかをお父様から聞いた後
に、口を開いたのだが……

 「もう一つやってあげようか」
 キャシーは親切心からそう言ったが……

 「好意はありがたいけどね、この子はこれから、兄弟だけじゃ
なく、ここで暮らす全ての人たちからの祝福を受けなければなら
ないからね。一人二杯ずつは無理なんだよ」

 そんな会話を続ける三人の後ろには、すでに、ロベルトが……
その後ろにはリチャードが……さらにその後ろにはマリアが……
お父様への朝の挨拶を済ましてしまおうと並んでいたのだった。

 当然、サンドラはこれらの子供たち全員から挨拶を受けなけれ
ばならなかったし、スプーン一杯のオートミールを、どの子から
も口にいれてもらわなければならない。

 いや、それだけではない。ここで働いている女性たち、アンナ
やベス、ニーナなどからも……男性たち、ラルフやダニーからも、
スプーンがやって来たから、最後はお腹がだぼだぼになって息苦
しかった。

 『まったく、もう、どうして私がこんなことしなきゃならない
のよ。私はとうに赤ちゃんを卒業してるのよ。こんなことされる
くらいなら、お尻をぶたれてた方がまだましよ』

 サンドラは思う。
 もちろんそれは思っただけで、声にはだしていないのだが……
ブラウン先生は、それをそっくり声に出してしゃべってしまった
のである。

 「まったく、もう、どうして私がこんなことしなきゃならない
のよ。私はとうに赤ちゃんを卒業してるのよ。こんなことされる
くらいなら、お尻をぶたれてた方がまだましよ。……って、そう
思ってるでしょう」

 「……!……」
 心を見抜かれたサンドラは、当然、『ドキッ』だ。

 それを見透かすようにブラウン先生は続ける。
 「いやあね、こんなはずじゃなかったわ。自分の血が繋がって
いないから私に意地悪してるのかしら。ここって青髭の館だわ。
さっさと逃げ出さなきゃ。……ってところでしょうかねえ。……
ねえ、サンドラ、違いますか?」

 「…………」
 サンドラは黙っていた。
 まさか、『あってます』とは言えなかったからだ。
 ただ……

 『どうして、このオヤジは私の心が分かるんくだろう?』
 とは思ったのである。

 「いいですか、昨夜までだったら、『どうぞお帰りください』
でしたよね。でも、昨日、あなたの父上と正式に契約を交わしま
したからね。もう、今は、あなたがここを出ることは許されない
んです。……わかるでしょう。そこは……」

 「はい、」
 小さな声が先生の耳に届く。

 「でも、私はあなたを虐めてるつもりはありませんよ。むしろ、
あなたがせっかく持っているテクニックをいかしたいんですよ。
ピアニストとしてね」

 「えっ!?それはおかしいわ。だって、私、今でもピアニスト
でしょう」

 「いいえ、それは違います。あなたがピアニストなら、この間
見た日本チームだって、サッカーチームです。……今のあなたは、
教会で音楽には無縁の人たちを相手にピアノのパフォーマンスを
しているだけなんです」

 「そんなことないわ。その人たちは私が何を弾いても拍手して
くれるんだから」

 「ええ、そりゃそうでしょうね。だって、その人たちはあなた
の指さばきを見て、驚き、まるでサーカスや手品を見るのと同じ
感覚で拍手を送るんですから。そもそも曲目なんて、何でもいい
はずなんです」

 「…………」
 プライドをへし折られたサンドラはブスッとした顔になった。

 「赤ちゃんは大変ですね。自分の意に沿わないお話を無理やり
頭の上から聞かされるんですから……よいこ、よいこ」
 ブラウン先生は娘の頭を優しくなでた。

 「でもね、サンドラ。もう少し辛抱してお聞きなさい。あなた
はもちろんピアノが弾けますから、ピアニストではあるんです。
でもね、クラシックのピアノというのはおしゃべりも何もしない
で、ただ一曲ピアノを弾くだけで、万人を感動させなければなら
ないんです。本人が音楽に感動した事もないのに、それを物まね
しただけで他人が感動するでしょうか」

 サンドラは驚いてブラウン先生を見上げる。
 それは先生の言葉に感化されたわけじゃなくて……

 『何言ってるの。私だって感動したことぐらいあるわよ』
 という抗議だったのだ。

 「まあ、いいでしょう。そのうち私の言ってる意味がわかる日
が来ますから。今はまだ、私の言う通りにしていなさい。それが
あなたにとっても、痛い目にあわずにすむ方法ですよ」
 ブラウン先生は膝の上に抱いた大きな赤ちゃんのお尻を、軽く
軽く叩きながら諭した。

 でも、サンドラは悔しくて思わず心に浮かんだことを口走って
しまう。
 「…青髭じじい。何さ、私だって感動したことぐらいあるわよ」

 「お譲ちゃん、それ、聞こえてますよ」
 ブラウン先生は笑う。
 「そうですか。青髭じじいですか。私はそれでも結構ですよ」
 まるで、そんな罵声も計算していたかのように先生は余裕綽々
だった。


 やがて、そうした二人のもとへ、真打が登場する。

 「おう、アン、可愛い妹が、お待ちかねでしたよ」

 眠そうな目で、そこへやってきたアンだったが……
 「妹って………………えっ?!!!」
 さすがにこの光景を見て目が覚めたようだった。

 「………………どうしてあなたがここにいるのよ?」
 アンも昨夜のいきさつを知らないのだ。

 「だいいち、何なの?その格好は……」

 サンドラの顔が真っ赤になった。
 「…………」
 そして、思わずブラウン先生の胸の中へ顔を埋める。
 今はそこしか避難場所がなかったからだ。

 もちろん、誰にこう言われたって恥ずかしいだろうが、それが
アンだったからなおのことだった。サンドラはトイレにでも逃げ
込みたいほど身の置きどころがなかったのである。

 「あんた、お仕置き?」
 アンにいきなり言われてサンドラの顔がさらに赤くなるが……

 「そうじゃありませんよ。この子は今日からあなたの妹になる
んです」

 「い・も・う・と?」

 「そうですよ。今日から、私が預かることにしましたから…」

 「へえ~、あんた、ここの子になるつもりなの?信じられない。
物好きねえ。……そう、それでそんな赤ちゃんの格好なんかさせ
られてるんだ」

 アンは怯えるサンドラを上から目線で見下ろす。
 そして、その視線で十分に妹をいたぶってから……

 「ところで、部屋はどこにするの?……私の処は嫌よ。今でも
窮屈なのにこの子を受け入れる余裕なんてないわ」

 「ええ、だからカレンの処を考えてます。あそこならまだ余裕
があるでしょうから……」

 「ふうん、屋根裏部屋かあ。お嬢ちゃまには、ちょっと厳しい
かもしれないけど、仕方がないわね。そこしか空いてないから」

 「そんなことより、アン、これはみんなに頼んでいるんですが、
そこのオートミールをすくってこの子の口に入れてくれませんか」

 「オートミール?……ああ、これね。いいわよ。聖体拝領って
わけだ」
 アンは快くその仕事を引き受けたが、そのスプーンをサンドラ
の口元に届ける間にこんなことを言うのだ。

 「それにしても、あなたも、物好きねえ。あなたいいとこの子
なんでしょう。家にじっとしてればいいのに……ここはお父様の
独裁国家なの。自由はないし、逆らえばお仕置き。知ってて来た
のかしら?何か勘違いしたんじゃないの?」

 「アン、私はヒットラーじゃありませんよ」

 「ええ、それは知ってます。ヒットラーは女の子の裸にそれ程
執着心がなかったみたいですから……」

 「困りましたねえ。随分と今日は当たってきますけど、この子
に何か恨みでもあるんですか」

 「いいえ、ありません。…………………ほら、あ~~んして」
 アンはオートミルをすくったスプーンをサンドラの口の中へ。

 「よく覚えておきなさい。ここでは13歳までの女の子には、
羞恥心というものはないことなってるの。……だからそれまでは、
女の子の穴という穴はすべて調べられることになるわ。そんな事
も知って、ここに来たのかしら?」

 アンは自分の入れたオートミルがまだサンドラの口の中にある
のかを確認するかのようにその紅潮したほっぺたを指でトントン
と叩いてみる。

 笑顔で叩くアンの指には一定のリズムがあって……
 『あなたしっかりしなさいよ』
 という意味も込められていた。
 そのくらいこの時のサンドラはぽ~っとしていたのである。

 「ところで、この子、いつまでお仕置きなの?」

 「だから、『お仕置きじゃありません』って言ってるでしょう」
 アンの問いにブラウン先生はむきになって答える。

 「だって、昔、あったじゃない。キャシーやリックにオムツを
穿かせた事。あれじゃないの?だって、これって赤ちゃんの格好
でしょう?」

 「そうですよ。でも、お仕置きでこうしているわけではないん
です。この子にも、他の子供たち同様、我が家の赤ちゃん生活を
体験してもらおうと思って……それでやっているんです」

 「赤ちゃん生活ねえ……」
 アンは不思議そうな顔をした。
 「私も、こんな風に抱いてもらったことがあったの?」

 「何言ってるんですか。もちろん、ありましたよ。私はあなた
を四六時中抱いて育てましたからね、あなたが子供たちの中でも
一番長く私に抱かれていたはずです」

 「覚えてないわ」

 「そりゃそうです。赤ちゃんの時だけですから。次はロベルト
が待ってましたし……あなただけというわけにはいきませんから。
…あなただって、リサやサリーを私が抱いていた時の記憶はある
はずですよ?」

 「そう言えば、アンナが言ってたわ。私たちがいるのにお父様
はよく赤ちゃんを抱くって……」

 「赤ちゃんというのは何一つ理屈はわからなくても自分を抱い
てくれている人の情報を収集してその人の行動パターンに添った
生き方をしようとするんです。これって動物の本能とうか、自然
の摂理です」

 「本当ですか?」
 アンはかなり懐疑的な顔をしたが……

 「本当ですよ。だから赤ん坊時代に幸せに抱かれたことがない
子供は、親を自分にとって特別な存在だとは認識しなくなります。
つまり、儀礼的なことには対応しても、なつかないんです。そう
なると、私だってお金を出して育てるのが苦痛になりますからね。
親子の関係がギクシャクするわけです」

 「私たちはみんな先生の血筋を引いてないもんね。先生も苦労
が耐えないわけだ」

 「何、ませたこと言ってるんですか。血筋は関係ありませんよ。
他人でも結果は同じなんですから。……いいんですか、日本には、
『三つ児の魂百までも』という言葉があって、彼らは、物心つく
までの育て方で赤ん坊の一生が決まってしまうとまで言っている
のです。……私は、最初これに懐疑的でしたが、今は違います。
それはね、あなたを育ててみてわかったんです。スキンシップが
いかに大事かってね。だから、その後の子供たちは赤ん坊の時、
極力私が抱くようにしたんです」

 「…………」
 アンは目をぱちくり。そんな話、これまで一度も聞いたことが
なかったからだ。むしろ今は自分に染み付いているお父様らしさ
みたいなものが、疎ましく感じられてならないのだ。だから……

 『この人、偉そうなこと言っても、私の心なんて何もわかって
ないじゃない』
 と思うのだった。

 しかし、その疎ましくてならないものが、実は生涯にわたって
自分を支配する現実を、アンはこの時まだ気づいていなかったの
である。

 「アンの時とは違い、この子はすでに12歳ですかね。今さら
赤ん坊に仕立てても手遅れかもしれませんけど、私は日本の諺に
チャレンジしたいんです。だって、このままでは彼女がせっかく
培った技能も、小学生を教えるピアノの先生ぐらいにしか、生か
せませんからね。それはとってももったいないことなんです」

 ブラウン先生は、今は観念しておとなしくしているサンドラの
頭を優しくなでた。


******************(3)*****

第9章 新しい仲間(2)

**************
第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更します
**************

第9章 新しい仲間

§2 サンドラの産声

 サンドラがカレニア山荘で暮らすことが決まると、もうその夜
が父との別れだった。

 継母とは異なりサンドラにとっては実の父親、別れが辛くない
はずがない。
 彼女はブラウン先生の居間で、しばらくは、人目もはばからず
父親に甘えていた。

 しかし、夜遅くだったにも関わらず父親は娘を残して山を降り
てしまう。
 『一夜明ければ、決心が鈍るかもしれない』
 彼は、幼い娘が必死になって掴み取った新たな道を閉ざしたく
なった。

 その温もりが消えぬ間だったから、サンドラにとってブラウン
先生の言葉はショックだったのかもしれない。

 「カレン、サンドラ。二人は今日お仕置きを受けましたから、
私と寝てくださいね」

 ブラウン先生にしてみたら、たんにこの家のしきたりを伝えた
だけ。伝達事項なのだろうが、12歳の少女にしてみると……

 「寝るって……誰と?」
 サンドラはまるで独り言のようにカレンに尋ねた。

 「当然、お父様よ。あなただって、今日からはブラウン先生が
お父様なんだもん。先生と一緒に寝るのよ」

 「いつもそうしてるの?」

 「いつもじゃないわ、当番の日とお仕置きされた日の夜だけよ」

 「一緒のベッドでじゃないわよね」

 「もちろんそうよ。その日は素っ裸でお父様と一緒のベッドよ」

 「……!……」
 サンドラは思わず息を呑む。
 そして、恐る恐る……

 「私もそうしなきゃいけないの?」

 「そりゃそうよ、そういうしきたりだもの」

 「それって、平気?」

 「平気って?何が?」

 「つまり……その……」

 「今は平気よ。最初は、お父様も裸だったし、驚いたけど……
今は平気よ」

 二人の会話にブラウン先生が割り込む。

 「どうしたんですか?」

 「いえ、サンドラが……お父様と一緒のお布団には抵抗がある
みたいで……」
 カレンが説明すると……

 「困りましたねえ。私としてはカレンの時と同じようにパンツ
くらい穿いてもいいですけど、あなたの方はすっぽんぽんでない
と困るんです」

 ブラウン先生に見つめられ困惑するサンドラに、カレンが……
 「大丈夫よ。先生は何もしないから……」

 「う、うん……」
 とは言ったものの、サンドラの不安が解消されたわけではない。

 「どうしたんですか?私が何か変なことをするとでも思ってる
んですか?随分、失敬な話ですね。大丈夫ですよ。もし、そんな
ことしていたら、ここは孤児院じゃなくて乳児院になってます」
 ブラウン先生の中途半端な冗談も、勿論、問題の解決にはなら
なかった。

 お尻叩きのあんな激しい痛みにだって耐えたサンドラだったが、
今は信じられないほどおどおどしていた。

 「困りましたねえ、父上はすでに帰ってしまわれたし……でも、
今ならまだ、追いつくかもしれませんね。馬車を手配しましょう」

 ブラウン先生が、わざと動いてみせる。
 すると……

 「大丈夫です」サンドラの大きな声。
 でも続いて、囁くように……
 「わたし……できますから」

 やはり、サンドラはどうしてもここで暮らしたかった。だから、
このハードルも何とかしなければならなかったのである。

 「そうですか」
 ブラウン先生はサンドラからの予期した通りの答えを聞いた後、
しばし考えてから、こう命じたのだった。

 「サンドラ、だったら、ここで全ての衣装を脱ぎなさい。……
下着も全てです」

 厳としたブラウン先生の……いや、お父様の声に、サンドラは
選択の余地を奪われる。

 彼女は、アンと一緒に暮らしたいからここを選んだのだろう。
ブラウン先生は関係ない。だから、彼女にとってブラウン先生は
赤の他人の男性。そんな男性の前で思春期の少女が裸になること
がどんなに辛いことか……
 でも、そんなことは百も承知で、先生もまたサンドラに向って
裸になるよう命じたのだった。

 「私は、あなたがどうしても私の娘になりたいというから準備
したんですよ。お仕置きのあった夜は私と裸でベッドを共にする
あなたにも教えておいて我が家のしきたりですよ。上の空で聞い
ていたんですかね」
 ブラウン先生に責められるとサンドラは下を向いてしまう。

 「………私の家の娘たちは全員それができるから我が家の娘で
いられるんです。あなただけそれができない。やらなくてもいい
なんてことにはなりませんよ」
 再び凛とした声が部屋に響く。

 ブラウン先生の言葉は世の中ではともかく、この屋根の下では
正論だった。
 だから、サンドラも反論できないのだ。

 何も言えない彼女は、この時立ったまま泣き出した。大粒の涙
をこぼし、気がつけば声を震わせて泣いている。

 「えっ……どうしたの?」
 突然のことが、カレンの目には意外に映る。

 これまで、勇気と向こう気とはったりと…とにかく色んなもの
が、ない交ぜになった行動力で、周囲の大人たちを驚かし続けて
きた彼女が、初めてみせた普通の少女としての姿だった。

 しかし、そんな彼女にブラウン先生は同情しなかった。
 正確には、同情する素振りを見せなかった。

 「カレン、その子を裸にしなさい」

 「えっ!」

 「あなたは、学校では規律風紀委員。ここでは一番年長の娘で
しょう。そのくらいは手伝いなさい」

 「あっ……はい」
 カレンは戸惑いつつもお父様の命令に従う。
 そして、サンドラのブラウスのボタンにそっと手を触れてみた。
 『ひょっとしたら、私の手をはねつけるんじゃないかしら』
 そんなことを思いながら……

 すると、サンドラへお父様の更なる強い言葉が飛ぶのである。

 「あなたは、今、私の娘なんですよ。アルフレッド=アモン氏
の娘ではないのです。それが嫌なら、今すぐこの家を出て行きな
さい」

 強い意志には強い言葉。目には目、歯には歯ということだろう
か。不思議な事に泣き虫サンドラの心の中にあった氷塊が一瞬に
して解けていく。

 彼女はカレンの手を借りず自ら服を脱ぎだしたのである。

 そして、一糸纏わぬ姿になったサンドラをブラウン先生は自ら
の膝の上に呼び寄せた。

 「めそめそ泣くなんて失礼ですよ」
 「……パン……」
 「そもそも子供が親を信頼しないでどうしますか」
 「……パン……」
 「ベッドで一緒に抱き合ったからって……」
 「……パン……」
 「何が起こるっていうんですか」
 「……パン……」
 「あなた、そんな信用できない親の処へ来たんですか?」
 「……パン……」
 「私は人買いじゃありませんよ」
 「……パン……」
 「まったく……何かあるんじゃないかなんて……」
 「……パン……」
 「そんな不純な事、考えること自体、無礼千万な恥知らずです」
 「……パン……」

 スナップをほんのちょっぴり利かせた平手がサンドラのお尻を
捕らえ、その破裂音が高い天井に木霊した。
 すでに、ベスとカレンによって十分すぎるほど暖められていた
お尻が痛くないはずがないが、サンドラはお父様のお小言を歯を
食いしばって耐え続けたのである。

 すると、ここでブラウン先生の声のトーンが変わる。
 「痛いですか?だったら、泣きなさい。それが自然でしょう。
あなた、痛いんでしょう。もう、ゲームは終わったんですよ」

 こう優しく言われて、サンドラは頭を撫でられた。
 ところが、次の瞬間……

 「パン!!!」

 それは男の一撃。女性たちとは比べ物にならないほど強い衝撃
だったから、思わず……
 「いやあ~~~」

 息継ぐ暇もなく次が……
 「パン!!!」
 「ごめんなさ~~~い」
 サンドラは必死に両足をバタつかせる。

 「パン!!!」
 「もうしませんから~~~いやあ、いやあ、もうしないで~」
 サンドラが山荘へ来てお尻をぶたれて初めて泣いた声だった。

 「けっこう、けっこう、元気な産声でしたよ。それが当たり前
です。お尻をぶたれたら泣く。ごめんなさいを言う。それが子供
の当たり前です。これからは、その当たり前を私の前でしてくだ
さいね」

 「はい、お父様」

 サンドラは鼻水をすすり上げながら答えたが、ブラウン先生は
満足だった。

 「はい、いい声です。あなたは私との賭けに勝って、私の娘に
なったんですから、これからは、お尻を叩かれても、我慢しては
いけません。たくさん、たくさん、ごめんなさいを言って泣いて
ください。それがあなたにとっても、とっても楽なこと。幸せな
ことなんですよ」

 「パン!!!」
 「いやあ~~~ごめんなさ~~~い」

 「パン!!!」
 「もうしませ~~ん」

 「パン!!!」
 「いい子になりますから~~~」

 「パン!!!」
 「あ~~ん、痛い、痛い、痛い」

 「よう~く、覚えておきなさい。これが、お父様の痛みです。
女の人たちとは痛みが違うでしょう。これがあなたを愛している
お父様の痛みですよ」

 「パン!!!」
 「あ~ん、痛い、痛い、痛い、わかりました。ごめんなさい」

 「パン!!!」
 「あ~~ん、もうしないで、ぶたないで……」

 「パン!!!」
 「いい子になります。いい子になりますから~~~」

*************************

 カレニア山荘で最初の産声をあげたサンドラは、ベスが持って
きたタオルケットに全身をすっぽり包まれ、お父様に抱きかかえ
られて部屋を出る。
 そして、そのままお父様の寝室へ。

 肌触りの良いタオル地に素肌をさらし、大きな枕に頭を埋める
と、それまでの疲れが一気に出たのだろう、カレンと先生が見守
るなか、すやすやと寝息を立てた。

 先生は、しばらくサンドラの寝顔を飽きずに見ていたのだが、
そのうち、カレンに向ってこんなことを言うのである。

 「この子は、『自由になりたい』『自由になりたい』とうわごと
のよう言って家に来ました。きっと、自由は幸せとイコールだと
思っているのでしょう。でもね、カレン。『自由』というのは、
野たれ死ぬのも自由という意味なんです。決して『幸福』と同じ
意味ではないんです。それが証拠に、赤ん坊は母親に全ての自由
を取上げられています。何一つ自由がありません。でも、そんな
彼はこの世の中で誰よりも幸せな場所にいるのですよ。だって、
何もできないのに何をやっても喜ばれる人って大人にはいません
もの。この子には、まずそんな体験をさせてやりたいんです」

 お父様の言葉がカレンの心に残った。
 そして、その言葉のままのことが翌朝から起こったのである。

*************************

 翌朝、サンドラはすでに恥ずかしい裸ん坊ではなかった。
 昨夜、彼女が寝ているうちにブラウン先生とベスよって立派な
衣装を着せてもらっていたのである。

 「サンドラちゃん。おっきですか?」

 サンドラが目を覚ました時、そこに飛び込んできたのはお父様、
つまりブラウン先生の笑顔だった。

 彼女は、その顔に一瞬驚き……、昨夜のことを思い出し……、
納得してから、おっかなびっくりブラウン先生にご挨拶する。

 「お…おはようございます。お父様」

 昨日のお尻がまだ痛いが、今の問題はそういうことではない。

 「えっ!?」
 裸で寝たはずなのに、身体がやけに窮屈なのだ。

 「えっ?これって、パジャマ?」
 彼女は右手を見て思った。

 しかし、その右手はどこにも出口がない。自分の右手はすべて
衣装の中にくるまれていて、指先を外に出すことができないのだ。

 「……?……」
 それだけではない。腰回りやお尻回りの辺りがやけにもぞもぞ
とする。

 「(どういうこと?)」
 心の中で感じた疑問にブラウン先生が答える。

 「今日からしばらく間、あなたには赤ちゃんになってもらう事
にしました」

 「えっ?」
 サンドラは目が点になった。
 誰だっていきなりそんなこと言われたってわかるはずがない。
今の今、こうした格好をしている自分がわからないのだから。

 「すでに、あなたにはオムツがあてられています。お洋服も、
特注品です。アンナとベスが徹夜で縫ってくれましたから、……
感謝してくださいね」

 「えっ!?どういうことですか。説明してください」
 サンドラが語気荒く迫ると……

 「だから、あなたは、今、赤ちゃんの格好をしているわけです。
これからしばらくはその格好です」

 サンドラは慌てて自らの衣装を確認する。

 「えっ??………………」

 それは、タオル地で縫い上げられた特注のロンパース。
 上下一体になっているうえに両手が外に出ないから、いったん
着せられると自分で脱ぐことは絶対に不可能な拘束衣だった。
 しかも、この感触では中でオムツをしているみたいだ。

 と、ここで、サンドラはある事実に思い当たって愕然となった
のである。
 「……(ということは……えっ!!!!)」

 「あのう……わたしの穿いてるオムツって……誰が穿かせたん
ですか?」
 サンドラは、あまり気が進まなかったが、疑問をそのままにも
していられないから尋ねてみる。

 「私ですよ」
 ブラウン先生が、あっさり……

 「!!!!」
 サンドラにとって、それは最も聞きたくない答えだったに違い
ない。

 「ええ、私があなたに穿かせたんです。それがどうかしました
か?」

 すまし顔の先生に、サンドラの表情は、当然、硬かった。
 「!!!!」

 「驚くことはないでしょう。こうみえても、私は子だくさんの
お父さんですからね。他人に任せっぱなしじゃなく、多くの子供
たちのオムツを自分で替えてきましたから、もう、ベテランです。
大丈夫、きっちりはまっています。安心していいですよ」

 ブラウン先生は得意げだが、サンドラの関心は、もちろんそこ
ではなかった。

 「!!!!」

 「おや、どうかしました?顔色が悪いようですが?」

 とぼけた笑顔を挟んでブラウン先生は続ける。
 「……わかってますよ。……恥ずかしい思いをさせられたって
思ってるんでしょう。『私は赤ちゃんじゃない』ってね」

 こう言うと、サンドラは恨みがましく上目遣いにブラウン先生
を見つめるが……

 「……でも、仮に私がお医者様でそんな検査を命じたら………
あなたはどうしますか?」

 「えっ!?…………」

 「拒否しますか?……それとも、病気だから仕方ないですか?
……私だって、この先もあなたをずっと守り続けなければならな
いお父様という仕事をしているんですよ。お医者様と同じように
あなたに関する情報は何でも必要なんです」

 「………」
 サンドラは悲しげな目で下唇を噛んだまま押し黙ってしまう。

 「それについては、私も最初考えました。このまま、12歳の
少女としてスタートさせてあげるべきじゃないかってね。でも、
ここであなただけを特別扱いしたら、この先だって、お互い遠慮
が出ます。それって、やっぱりまずいと思ったんです。ですから、
あなたも他の子と同じように赤ちゃんから始めてほしいんですよ」

 「ずっと……」

 「いえいえ、あなたが私に心を開いて、すべてを受け入れてく
れるようになれば、それでいいんです。そうなれば、お互い今の
年齢で暮らせると思いますから……」

 「…………」

 「おや、おや、そんな悲しい顔しないで……私の見るところ、
あなたは頭のいい子だ。分別も決断力もありますからね。こちら
の期待にも、すぐ応えられるはずです。そんなに長い間にはなり
ませんよ」

 「どのくらい?」

 「そうですねえ、一週間くらいでしょうか」

 ブラウン先生の答えに、サンドラの心は、やはり……
 『そんなにかかるんだ』
 と思うのだった。


********************(2)****

第9章 新しい仲間(1)

**************
第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更します。
**************

<< カレンのミサ曲 >>

************<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン<Ralph Morgan >
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<カレニア山荘の使用人>
ニーナ・スミス<Nina>
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。
ベス・バーガー<Elizabeth Berger>
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
ダニー<Denny>
……下男(?)カレニア山荘の補修や力仕事をしている。
アンナ<Anna>
……カレニア山荘で長年女中をしている。
グラハム<Graham>
……カレンの前のピアニスト

<カレニア山荘の里子たち>
リサ<Lisa >
……(2歳)まだオムツの取れない赤ちゃん。
サリー<Sally>
……(4歳)人懐っこい女の子。
パティー<Patty>
……(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋。
マリア<Maria >
……(8歳)品の良いお嬢さんタイプ
キャシー<Kathy>
……(10歳)他の子のお仕置きを見たがる。
アン<Andrea>(注)アンはアニー、アンナの愛称だが、先生が、
アンドレアをアンと呼ぶからそれが通り名に……
……(14歳)夢多き乙女。夢想癖がやや気になる。
ロベルト<Robert>または ~ロバート~
……(13歳)端整な顔立ちの少年
フレデリック<Friderick>本来、愛称はフリーデルだが、
ここではもっぱらリックで通っている。
……(11歳)やんちゃな悪戯っ子。
リチャード<Richard>たまにチャドと呼ばれることも……
……(12歳)ポエムや絵画が好きな心優しい子。

<先生たち>
ヒギンズ先生<.Higgins>
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。
コールドウェル先生<Caldwell>
……音楽の先生。ピアノの他、フルートなどもこなす。
シーハン先生<Sheehan>
……子供たちの国語とギリシャ語の先生。
アンカー先生<Anker>
……絵の先生。
エッカート先生<Eckert>
……数学の先生
マルセル先生<Marcel>
……家庭科の先生

<ブラウン先生のお友達>
ラックスマン教授<Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
ビーアマン先生<Biermann>
……獣医なので先生とは呼ばれているが、もとはカレニア山荘で
子供達のお仕置き係をしていた。今は町のカフェの店主。
アンハルト伯爵婦人
……戦争で息子を亡くした盲目の公爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール
……ルドルフ・フォン=ベールの弟
ホフマン博士<Hoffmann>
……時々酔っ払うが気のいい紳士

<ライバル>
ハンス=バーテン<Hans=Barten>
……アンのライバル、かなりのイケメン。
サンドラ=アモン<Sandra=Amon>
……12歳の少女ピアニスト。高い技術を持つがブラウン先生の
好みではない。師匠はカール・マクミランという青年。継母

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル(ルドルフ・フォン=ベール)
……カレンにとっては絵の先生だが、実はピアノも習っていた。

*****************************

第9章 新しい仲間

§1 カレンの学校生活/新しい仲間

 カレニア山荘は裏庭を挟んで寄宿舎付きの学校を併設していた。
日本でなら小1から小4に該当する初等学校と小5から中3まで
の中等学校。

 ブラウン先生がよく『チビちゃん』と呼ぶのはこの初等学校に
通う子のことだ。もっともカレニア山荘では、この二つの学校に
はっきりした区別はなく、廊下に白い線が引いてあるだけで建物
も共通だった。

 生徒はブラウン先生の里子たちのほか、村の子供たち、へき地
から来て寄宿舎住まいの子、町から通う子などさまざま。ただし、
生徒数は全校合せても五十人足らずとこじんまりしていた。一学
年一クラスで4人から6人といったところだ。

 ブラウン先生が理事長を務める私塾といった感じの所帯だが、
これでも国から認可を受けた正規の私立学校だったのである。

 そんなこともあって、専任の先生は少なく、多くの教師が他の
学校との掛け持ち。ここには週に一二度顔を出すだけだった。

 先日、アンとカレンがお仕置きされた際、ブラウン先生がわざ
わざその席に学校の教師達を招いたのも……
 『ブラウン氏は伯爵に関わったというだけで娘二人を折檻した』
 という事実をアルバイトの先生方を通じて街中に広めてほしか
ったからなのだ。

 そんななか、ここに住んで専属の教師として教鞭をとっている
のは、アンの師匠で音楽担当のコールドウェル先生。国語とギリ
シャ語のシーハン先生。美術のアンカー先生。数学のエッカート
先生。それに家庭科のマルセル先生ぐらいなものだった。

 あっ、そうそう、一人忘れていた。

 いつも庭弄りばかりしているニーナ・スミスが、実はこの学校
の校長先生だったりするのだが、これもいわば便宜上の処置で、
実質的な彼女の仕事は子供たちのお仕置き係り。それがない時は
ひたすら庭弄りの日々だった。

 そんな学校にカレンは通い始めていた。

 同じ歳の子はすでにこの学校を卒業して、全寮制の実科学校に
編入している。そこで大学入学資格を得て大学へ行く算段になっ
ていたのだが、彼女の場合、音楽ばかりか他の教科も怪しかった
ので、ブラウン先生としては、ここ二年ほどかけて教養をつませ、
それから送り出そうという目論を立てていたのである。

 だから、学校に通っていると言っても彼女の場合は特例だから
常にマンツーマンの授業。脇見なんて絶対にできなかった。

 そんなことをしたらどうなるか。

 1960年代のヨーロッパでは、そんな些細なことでさえ鞭の
対象だったのである。

 席から立って先生の前で両手をさし出し、両手のひらに伝わる
籐鞭の衝撃を我慢しなければならない。もちろん、痛いからって
手をひっこめるなんてご法度だった。

 もし、そんなことをしたら、今度はお尻へ……なんてことにも
なりなかねない。

 たとえ、カレンみたいにマンツーマンじゃなくても、昔の学校
というのは、今のように『さあ、みんなで楽しくやりましょう』
って雰囲気じゃなかった。

 授業は常に真剣勝負。お互い隙を見せてはいけないのだ。もし、
先生が隙を見せたら、教室はすぐに手がつけられないように混乱
するし、生徒が隙を見せたら、鞭でぶたれる。

 チビちゃんたちだってそこは同じで年齢は関係ない。もちろん
先生も幼い子にはそれなりの手加減はするものの、一年を通して
一度も鞭をもらわないなんて可哀想な子はどこにもいなかった。
今の人は鞭を刑罰と思っているみたいだが、当時はこれも立派な
愛情表現。親や教師から鞭を受けないというのは愛されていない
のも同様だったのだ。

 学校や教師に鞭はつきもの。台所にお鍋があるのと同じくらい
当たり前だと、親や教師だけでなく子供を持たない一般の人たち
でさえそう思っていた時代、学校で子供の悲鳴が響いても驚く人
は誰もいなかったのである。

 『また、キャシーね。今度は何やらかしたのかしら?』
 カレンは女の子の悲鳴を聞いて廊下に出てみる。

 彼女はこの学校にいる最年長の生徒ということで規律風紀委員
を任されていた。

 こう言うともっともらしく聞こえるが、要するに、やる仕事は
子供たちのお仕置き補助係。悪いことをしている子を見つけては
先生に密告したり、先生のやっているお仕置きをサポートしたり
する係のことだ。早い話、みんなの嫌われ者の係だった。

 悲鳴で飛び出したのも、先生に腕を引っ張られてお仕置き部屋
へ連行される子が恐怖のあまり悲鳴を上げていやいやをすること
はよくあることで、そんなことかと思って廊下へ出てみたのだ。
 もし想像した通りなら、役目上、先生と一緒にキャシーをお仕
置き部屋へと連れて行かなければならなかった。

 ところが……
 声の主だと思ったキャシーが平然とこちらへ歩いてくるのだ。

 面食らったカレンはキャシーに尋ねた。
 「ねえ、誰の声?」

 すると、キャシーは…
 「知らないわ。知らない子よ。何だかお母さんに抵抗してるわ」

 事情の分からないカレンはその悲鳴の場所へ行ってみることに
……ところが……
 『どういうことよ。どうしてあなたがここにいるのよ』

 カレンが見たのは、アンが3位になった演奏会から一緒に帰っ
てきたサンドラだった。
 サンドラは継母から両手を引っ張られてどこかへ連れて行かれ
そうになっていたが、それに必死に抵抗していたのである。

 「いいでしょう、私がどこで暮らしたって……どうせあんたは
私がどっかにいなくればそれでいいんだから、ちょうどいいじゃ
ない」

 「馬鹿言わないでちょうだい。お父様に相談もなく、こんな処
にあなたを置いて帰れますか、いい恥さらしだわ」

 カレンはそんな親子の会話を聞いたが、揉め事のさらに先で、
ニーナ・スミスがカレンに向って首を振るので、この時はその場
を離れたのである。

 『どういうことよ。彼女、私たちの学校に来るつもりなの?』

 カレンは大人の話に立ち入れないのは承知していたが、知合い
のことでもあり、にわかにとっても心配になったのだった。

 そこで、その夜、お父様にそのことを尋ねてみると……

 「その件ですか……私も困ってるんですよ。サンドラから数回
私宛に手紙が来ましてね。こちらの様子を見てみたいというもん
ですから、軽い気持で遊びに来なさいと言ってしまったんです」

 「それで、ここに来てたんですか」

 「お母さまを連れてね。おまけに、あちこち見て回ったあげく
いきなりお母さまに向って、『入学手続きをしろ』ですからね。
ニーナが驚いてましたよ」

 「それで、もめてたんですね」

 「あちらのお宅は良家。家(うち)のような孤児院みたいな学校
への入学を向こうのお母さまが賛成するはずもありませんから」

 「うちは孤児院なんですか?」

 「あれ、あなた、今まで知らなかったんですか?これはまた、
随分と幸せな人だ」
 ブラウン先生は笑った。というより吹いたといった感じで笑顔
を作ったのである。

 「この家に住む子供たち。みんな身寄りのない子ばかりですよ。
あなたにしたところでそうでしょう。寄宿舎にいる子供達も親元
に事情があって預かってる子が大半なんです。そりゃあ、村人の
子供達や町からも何人かやってきますが、半数以上は寄る辺なき
身の上の子供達なんです」

 「それで……」
 カレンは、これまで周囲の子供たちがみな幸せそうにしている
から、肝心なことを忘れていたのである。

 「おまけに彼女、ここを母親に音楽学校だって説明したらしい
んですが、ここは別に音楽学校ではありません。たしかに、私が
こんな仕事をしているので、子供たちに楽器は習わせていますが、
別にプロにするつもりはありません。アンの場合はたまたま才能
に恵まれていたので、特別なんです」

 「それって……わたしも……」
 カレンが恐る恐る尋ねてみると……

 「もちろん、あなただってプロを目指す必要はありませんよ。
今、やっているピアノの教本だって、あなたの花嫁資金の一部に
なればと思ってやってるだけなんですから。女の子は何と言って
も花嫁さんが目標でしょう。男の子は好きな仕事に着くのが一番
幸せな道です」

 ブラウン先生はここまで言ってカレンの顔に気づいた。

 「あれ、浮かない顔になりましたね。いいんですよ、私がこう
言ったからって……音楽の仕事がしたければ、それはそれで援助
しますよ」

 ブラウン先生はこう言ってから、カレンの瞳を刺すように見つ
め、こう続けるのだった。

 「ただし、『自分がピアノで有名になれば、実の母親が会いに
きてくれるんじゃないか』なんて考えで始めるのならやめなさい。
……サンドラにはこう言ってあげたんです」

 「…………」
 カレンは自分の心を先生に射抜かれた気がしてハッとなった。

 「音楽のプロというのは、そんなに甘い世界じゃありません。
才能があって、努力した人でも必ずしも成功するとは限らない。
執念も運も必要な世界なんです。まだ見ぬお母様を探すだけなら、
別の事業で成功して、たくさんの探偵を雇う方がまだ近道ですよ。
ってね」

 「…………」
 ブラウン先生の忠告はサンドラだけでなく自分にも向けられた
メッセージだと、カレンははっきり理解したのだった。

**************************

 そんなことがあったから、サンドラの件は当然白紙になったと
カレンは思っていた。

 ところが二週間ほどした夜のこと。屋根裏部屋で勉強していた
カレンはいきなりベスから呼び出しを受けた。

 「お父様からお呼び出しよ」

 「えっ!?……」
 カレンが驚くと……

 「あなた、何か悪いことしたんじゃないの?……私も呼ばれて
るもの……」

 ベスに言われて、カレンの胸は高まる。そこで、道々考えたが、
お父様から叱られる心当たりもない。
 でも、やっぱり不安だった。

 書斎の前まで来ると、いつもは開いてる扉が閉じられている。
 その扉を前にしてカレンは心臓が飛び出る思いだったのである。

 今の人は家長の強い家に育っていないので、その感覚がわから
ないだろうが、当時は、たとえ16の娘でも、父親がお仕置きと
決めれば、理由のいかんに関わらずそれに逆らうことはできない
というのが家のルール。

 そんなわけで、カレンがびくつきながら書斎へ入っていくと…。

 「ああ、お二人、待ってましたよ」
 ブラウン先生のいつに変わらぬ声。

 あたりを見回すと、サンドラがいる。もちろん、これだけでも
驚きだが、そこにはもう一人、人品卑しからぬ感じの中年紳士が
席を占めていたのである。

 「ベス、カレン、紹介します。こちらはサンドラのお父さん、
アルフレッド=アモンさんです」

 ブラウン先生の言葉を受けて、紳士はソファから立ち上がり、
ベスと…そしてカレンと握手を交わす。

 「アルフレッド=アモンといいます」
 「ベス・バーガーです」
 「カレン、アンダーソンです」

 ごく自然な挨拶だけだと思いきや、ロマンスグレーのこの紳士
は、この時二人がまだ知らない事を付け加えたのである。

 「お二人とも思う存分やっていただいてかまいませんよ。……
手加減の必要はありませんからね」

 この言葉がカレンには謎として残ったのである。

 「実は、こちらのお嬢さんが、ここにいるお父様の意向に反して、
カレニア山荘に移り住んで、学校にも行きたいと言ってきかない
んですよ。そこで、見学だけじゃなく、ここのしきたりについて
も学んでいただこうと思いましてね。それでお二人をお呼びした
わけなんです」

 ブラウン先生はこう言ってベスとカレンに事の次第を説明した。

 『しきたり…って何よ。それってお仕置きのことじゃないの。
私たちにサンドラをお仕置きしろっていうの?』

 カレンは思った。そして、その結論は正しかったのである。

 気がつくとベスはカレン以上に飲み込みが早いようで、すでに、
何時もお尻叩きの時に使っているピアノ椅子に腰を下ろしている。

 「先生、その子の罪状は何なんです。私だって、何の罪もない
子を叩くってわけにはいきませんから……」

 「おう、やってくれますか」
 先生はしてやったりといった笑顔。

 「罪状はもちろんありますよ。ご尊父に対する命令違反です。
子供にとってお父様に背くことは重罪ですからね。お尻叩き……
50回くらいは当然でしょうか。……でも、今回は30回で止め
てください。残り20回は、カレンにやってもらいますから」

 ブラウン先生はベスに事情を説明すると例によってにこやかに
笑う。
 さらにはサンドラを自分の前に立たせると、その両肩を鷲づか
みにして……

 「いいですか、痛かったらすぐにお手々でお尻に蓋をしなさい。
それで、すぐにお父様の処へ帰れますからね」
 こう注意したのである。

 しかしサンドラは強い視線でブラウン先生の微笑みを跳ね返す。
 彼女はそうなることを望んでいなかったからだ。

 サンドラは先生の前で一つ頷くと、自らベスの膝に横たわる。

 『覚悟はできてる』
 そんな感じだった。

 一方、ベスは最後に、実父であるアモン氏に軽く会釈する。
 すると、彼もまたそれを見て小さく頷き、笑顔を返した。

 こうして、サンドラにとってはカレニア山荘で受ける初めての
お仕置きが始まったのである。

 「さあ、いくよ」

 ベスはうつ伏せになった少女に一声かけ、スカートを捲り上げ
ようとした。ところが……

 「ベス、今日は向きが違いますよ」
 ブラウン先生が注意する。
 「私ではなく、この子のお父様の方を向けなさい」

 「あっ、そうでしたね」
 ベスはさっそく軌道修正。アモン氏にとって娘のお尻が正面に
くるよう身体の向きを変えると……

 「(あっ)……」

 今度は何も言わず、サンドラがその事に焦って身体を硬くする
のを楽しむかのようにスカートを一気に捲り白い綿のショーツを
ポンポンと小気味よく叩き始めた。

 サンドラは、もうそれだけで十分に、
 「(恥ずかしい)……」
 と思ったが、もちろん、これはほんの序の口。

 10回くらい叩いたところで……
 「(いや!!、やめてょ!!)」
 思わず声が出そうになる。
 身体をよじって確認したくなったが、それもベスに阻まれて…

 「(あっ、いやあ……)」

 苦しそうな光景を見て、ブラウン先生が……
 「どうしました。恥ずかしいですか?ここではごく普通のこと
なんですよ。あなたのお家ではお仕置きのとき、必ずショーツが
お尻の上にあったんですか?それは残念でしたね。いいんですよ。
無理なんかしなくても……『ごめんなさい』をすれば、今すぐ、
大好きなお父様とお家へ帰れるんですからそれがなによりです。
そうなさいな」

 しかし、こう言われて、サンドラはまた身体を元に戻す。

 結局は、ショーツを剥ぎ取られても我慢するしかなかったので
ある。

 「さあ、少しだけお化粧しましょうかね。……あなたには赤い
ほお紅なんかがお似合いよ」
 ベスにこう言われて、ふたたび、むき出しのお尻を叩かれ始め
たサンドラだったが、その痛いのなんのって……

 「(ひいっ)」
 「(いやぁ)」
 「(だめえ~)」
 そりまでとは違い、一発、一発が、いずれも脳天に響くのだ。

 「(もう、いやあ~~~)」
 「(ごめんなさい)」
 「(いやだあ~~許してょ~~)」
 それは単にショーツを取り払われたからだけじゃない。ベスが
それ以降は手首のスナップを効かせ始めたからだった。

 「(ああああ、死う~~)」
 「(お尻、……お尻がない)」
 感覚が麻痺したサンドラは、一瞬自分のお尻の所在さえ分から
なくなった。

 それでも、彼女はブラウン先生との約束を守って声を立てない。
ただ、その代償として……

 「あらあら」
 ベスの顔が呆れ顔になる。

 お尻への痛みを少しで逃がそうと、無意識に大きく足を開いて
バタつかせるもんだから大事な処が丸見えになっているのだ。

 「(おやおや、まだまだ子供ね)」
 ベスは心の中でつぶやきながら……
 「さあ、それじゃあ、仕上げに掛かりましょうか」
 ベスはそう言ってスカートのポケットから手持ちのハンカチを
取り出そうとした。
 ところが……

 「あっ、ベス、ちょっと、待ってください」
 ブラウン先生が慌ててベスを止める。

 そこでカレンは、思わず……
 『よかった、やめるのね』
 と思ったのだが……

 しかし、現実は……

 「今日はお客様ですからね。これを使ってください」
 先生は、自らの汚れていないまっさらのハンカチを取り出して
ベスに渡しただけだった。

 ベスは先生の真似をした笑顔でそれを受け取ると、サンドラの
鼻をつまんで口の中へねじ入れる。

 「うんんんんんん」
 これで、声を出そうにも出なくなったわけだが……

 「これで、声はでませんけど、逃げ出したくなったらいつでも
お膝を飛びのきなさい。……それで、すぐに終了です」

 先生は最後まで意地悪な助言をして元の席へと戻っていくが、
サンドラは自らの姿勢を崩さない。
 意地なのか、信念なのかはわからない。ひょっとしたら、引っ
込みがつかなくなっているだけかもしれない。しかし、ガッツの
ある子だということだけはブラウン先生も認めないわけにはいか
なかった。

 そして、最後の仕上げ……

 「ピシャ」
 甲高い音が高い天井まで響く。

 「うっっっっっ」
 猿轡を噛まされているので声は出ないが、身体は正直だから、
最初の衝撃では今までの二倍以上も可愛いお尻がベスの膝の上で
ジャンプする。

 もちろん、サンドラだって『逃げようか』と思わないわけでは
ない。
 しかし、今さっき彼女が動いたおかげで、逃げようにも大女の
丸太のような太い腕がニシキヘビのように絡んで、少女の身体を
膝の上から逃がしてくれないのである。

 「(いやあ、死ぬ、死ぬ、)」
 サンドラは心の中で叫ぶ。
 そうしているうち、次の一撃がやってきた。

 「ピシャ」
 また、甲高い音が天井まで響く。

 「うっっっっっ」
 今度は最初より身体の動きは小さくなったが、その分、意識が
ぼやける。
 気が遠くなりそうだった。

 『このまま、気が遠くなってしまえばいいのに』

 サンドラは期待したが、すぐにその期待も裏切られる。
 気付け薬代わりに次の一撃がまたすぐにやってくるのだ。

 「ピシャ」
 「うっっっっ」
 声は出さなくても涙と鼻水はすでに止まらなくなっていた。
 全身に電気が走るようなその痛みは、天井へ響くその音と一緒
に自分も昇天しそうに思えたのである。

 「さあ、私の分は終わりましたよ」

 こうして、きっちり30回。サンドラは地獄の責め苦を耐え抜
き、その身体は父親の胸の中に下げ渡される。

 当然、父親は……
 「もう、いいだろう。帰ろう」
 と、言ったのだが……彼女はガンとして首を縦にはしなかった。

 他の子なら泣き喚いていてもおかしくないこの状況で、彼女は
抱きしめられた父親の胸の中からその瞳でファイティングポーズ
を取るのである。

 それは、ブラウン先生には頼もしく見え、カレンには恐ろしく
見える瞳だった。

 「いいでしょう。やりましょう。……カレン、今度はあなたの
番ですよ」

 ブラウン先生に名指しされて、むしろ怯えているのはカレンの
方だった。
 だから、カレンはサンドラを膝の上に乗せると、いったん父親
によって戻されていたショーツの上から叩こうとする。

 「カレン、あなた、そうでしたか!?ちゃんと教えたとおり、
作法通りにしなさい」

 「ごめんなさい」
 サンドラに膝の上でしっかりとしがみつかれ、ブラウン先生に
も注意されて、びくつくカレン。
 もう、最初から、どちらがお仕置きを受けているのかわからな
かった。

 そんななか、勇気を振り絞ってカレンはサンドラのショーツを
剥ぎ取る。
 手荒くやったつもりはなかったが、傷ついたお尻にショーツの
布が擦れて痛いのかサンドラが身体をねじると、思わずカレンの
方から「ごめんなさい」という声になった。

 ブラウン家のスパンキングでお仕置きを受ける側の最後は過酷
だ。とりわけ、女の子には辛い時間だった。
 単に、蓄積した痛みが大きくなって……ということだけでなく
その瞬間はショーツを剥ぎ取られたうえに、両足を大きく開いて
罰を受けなければならなかったからだ。

 当然、女の子の大事な処は、足をバタつかせなくてもお父様に
丸見えだが、サンドラはそのこともすでに躊躇しなくなっていた。
 頭を床近くまで下げ、お尻だけがカレンの膝に乗っかるように
すると、ベスがその両足を大きく開いても何の抵抗も示さなかっ
たのである。

 「今まで叩いていたベスが家の懲罰係。今度叩く子が学校での
懲罰係です。うちは十分に愛情深く育てているつもりなので鞭の
出し惜しみもしませんし、辱めの罰もあります。しかしながら、
世に出た子供が間違いをしでかしたというケースは一件もありま
せんので、それが自慢です」

 カレンが最初の一撃を迷っている最中、ブラウン先生はアモン
氏に家と学校での生活を説明をし始める。

 しかし、これは当初、語るつもりなどなかった。
 サンドラが家に来ることなどありえないと思っていたからだ。

 それが、今……
 ブラウン先生の心に小さな変化が起こっていたのである。

 「カレン、始めなさい」

 ブラウン先生の声にスイッチを入れられたカレンは、サンドラ
のまだささやかに女性器を垣間見ながらお尻を叩き始める。

 与えられた回数は20回、最初はスナップを利かさずゆっくり
と始める。

 「……パン、……パン、……パン……」

 しかし、これだとあまりに緩すぎたのかサンドラが反応しない。

 『おかしいなあ、一度ぶたれてるから、軽くぶっても相当痛い
と思うんだけど……もう少し、強くやってみようかしら』

 今度もスナップはあまり利かさず、少し強めに叩いてみる。

 「……パン、……パン、……パン……」

 しかし、やはり結果は同じだった。

 『えっ、これでもだめなの。六年生の女の子だったらこれでも
十分泣き叫ぶのに……』

 カレンは仕方なく手首のスナップを利かせてぶってみた。

 「……パン、……パン、……パン……」

 ところが、それでもサンドラは平静を装っていたのである。

 『どうしてよ。どうして……これじゃあまるで私が手加減して
るみたいに見えちゃうわ』

 焦り、追い込まれていったのは、ぶってる側のカレンだった。
 彼女はいつしか我を忘れて目いっぱいの力でサンドラのお尻を
叩き始めていたのである。

 「カレン!、カレン!、やめなさい!」

 ベスに言われ、その手を捻り上げられなかったら、いったい、
いくつ叩いていただろうか。
 彼女は約束の20回を三つ四つ越えてからその手を止めたのだ。

 「ごめんなさい」
 我に返ったカレンはとたんに怖くなった。誰にではない。自分
に怖くなったのだ。

 『わたし、どうしちゃったのかしら』

 自問するカレン。しかし、彼女は気づいていなかった。ベスの
ような大女ならサンドラは膝の上に上半身を乗せることができる。
当然、顔の表情なども気にしやすいが、カレンのように小柄だと、
サンドラは頭を床近くまで下げないとバランスがとれない。表情
が読み取りにくい分、自分の平手が効いていないものとカレンは
誤解したのだった。

 それもこれも、サンドラの気迫がカレンの判断を誤らせたとも
言えるのである。

 事実サンドラもその時は必死だった。普通なら彼女だって悲鳴
をあげるような激痛をカレンの膝の上で必死にこらえていたのだ。
 だから、サンドラにしても、終わった後は半狂乱になって父親
の胸の中へ逃げ帰ったのだった。

 「カレン、こっちへ来なさい」

 ブラウン先生がカレンを呼ぶ。
 我を忘れてしまったカレンに対しても、先生は当然のようにお
仕置きだった。

 「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」

 スカートを捲り上げられ、ショーツを下ろされ、両足を目一杯
開くように命じられて、12歳の少女と同じ姿勢でブラウン先生
の平手を十二回受けたのだった。

 カレンへのお仕置きが終わった後、ブラウン先生はサンドラの
処へやってくる。
 最初は彼女がどんなにここへ来たがっても、父親に談判して、
断るつもりだったが、今は受け入れる気でいる。
 そんなブラウン先生の心の変化を、アモン氏も承知していた。

 父親から質問はこれが何回目だろう。再度、父は娘に尋ねる。
 「ここへお世話になりたいかね?」

 答えはここでも……
 「……はい」
 だった。

 「ここでは、男女も年齢も関係ありません。私の庇護を受けて
いる限り、その子は我が家の子どもであり、我が家のしきたりの
対象です。今日はたまたま痛いお仕置きでしたが、ここでは恥ず
かしいお仕置きだって沢山あります」

 「どんな?」

 サンドラが尋ねるので、ブラウン先生はにこやかに……

 「お尻り丸出しで廊下や居間に立たせたり、浣腸だってします。
あなたのお父様は紳士だからそんなハレンチな罰はなさらないで
しょうけど……」

 ブラウン先生がこう言うとアモン氏も照れながら……

 「大丈夫です。それは私の家でもありますから…………ただ、
問題は……」

 「そう問題は、あなたが、私とは赤ちゃん以来のお付き合いで
ないということです。ここにいる子供たちはカレンを除きみんな
オムツのいる頃からのお付き合いです。ですから、私の前で裸に
なっても傍が思うほど深刻な羞恥心はありません。でも、あなた
の場合はすでに12歳。……今だって、死ぬほど恥ずかしかった
でしょう?」

 「……………」
 サンドラはしばし考えていたが、逆にこんな質問を返してくる。
 「どんな処で裸になるんですか?」

 「居間や書斎や食堂、家の中ならどこでも命じられた場所で裸
になるのが規則です」

 「家の中だけでいいんですね」

 ブラウン先生はサンドラの少し明るくなった声に胸を押される
思いがした。『この子は強い』と思ったのである。
 そこで、もう一押し、こうも言ってみたのである。

 「とにかく、ここへ来たら、私があなたのお父さんです。……
それがどういうことか分かりますか?」

 「…………」
 サンドラの口から答えが出てこないでいると……

 「あなたは私に対していつも丸裸で付き合わなければならない
ということです」

 「……!……」
 ショッキングな言葉にサンドラは思わず顔色を変えてのけぞる。

 「私は、自分の愛する子供たちの隠し事を一切認めていません。
ですから、あなたにもそれを求めます。あなたは、ここで暮らす
他の子供たちと同じ様に心のすべてを私に話さなければならない
し、体に起こったどんなささやかな変化も私に見せなければなら
ないのです。……私の言っている意味が分かりますか?」

 「……は、はい」
 サンドラの心もとない返事。しかし、大事ななことだから先生
は包み隠さず話した。

 「もし私に嘘をつくと、お仕置きより辛い折檻が待ってます。
身体だってそうです。体調の変化や喧嘩、いじめにあってないか
を見るため、絶えず子供たちを裸にします。お臍の下だって例外
じゃありませんよ。だって、私はあなたの父親なんですから…」

 「…………」
 サンドラは思わず唾を飲み込む。きっと、そこまでは予想して
いなかったのだろう。
 しかし、しばらく考えてから、彼女はこう言い返してきたので
ある。

 「大丈夫です。私、先生のところへお嫁に行ったと思うように
しますから……」

 これにはブラウン先生もまいったといった様子で吐息をつく。
そして、少しなげやりぎみに最後の質問をしたのである。

 「説明はこんなところですが、それでもあなたはここへ来たい
ですか?」

 「…………」
 サンドラが、やはり静かに頷いて、この話は決着したのだった。

 「やはり、娘さんの意思は固いようですね」

 「ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします。養育費につい
ては、必要な額をおっしゃってください。銀行の方へ振り込みま
すから……」

 アモン氏はこう言って話しを進めたが、実の娘が家を出たいと
言い出したのだ、それもまだ12歳の娘が…思いはブラウン先生
と同じか、それ以上だったに違いなかった。

 こうして、カレニア山荘始まって以来、初めて、親のいる子が
ブラウン先生と同じ屋根の下で暮らし、同じベッドの中で寝起き
することになったのである。


******************(1)*****

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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