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第4章 / §5

第4章
  子供たちのおしおき


§5

 短ソックスだけを残し素っ裸になったアンは、コールドウェル
先生の指示で、今までカレンがいた部屋の片隅で膝まづいたまま
両手を頭の後ろに回している。

 一方、カレンはというと、今までアンが弾いていたピアノに…

 「あなた、弾いて御覧なさいな」

 コールドウェル先生からいきなりそう命じられたのである。

 「弾くって……何を……」

 「何でもいいの。あなたが好きな曲を弾けばいいわ」

 「(そんなこと言われても……)」
 カレンはピアノを前に当惑するが……やがて、自然に手が動き
だす。

 「……………………………………………………………………」

 二分ほど弾いて、カレンははにかんだ笑顔を見せる。
 それが彼女の終わりのサインだった。

 すると、コールドウェル先生が……
 「これはあなたが作った曲なの?」

 「ええ、即興です」

 「じゃあ、今、作ったの?」

 「そうです。思いつきです。何か弾かなきゃいけないみたいで
したから。…私、正規にピアノなんて習わなかったから、皆さん
が知ってるような曲は何も弾けないんです」

 「そう、……」
 コールドウェル先生はカレンに対して何やら含んだような笑い
を見せると、その視線をアンにも向けて……

 「そうなんだって、アン。あなたとは大違いね」

 「……」
 アンは何も答えない。

 しかし、カレンにしてみればコールドウェル先生の仕打ちは、
自分を笑いものにするためにやっているとしか思えなかったので
その時は辛かった。

 「今度は、あなた、弾いてみなさいな」

 コールドウェル先生はアンに命じる。

 すると、裸のまま、アンがやってくる。そのあまりに鋭い視線
にカレンはおののいた。
 そして、弾(はじ)かれるようにピアノを離れると、もといた
部屋の隅へと戻る。

 そこで、カレンはアンの幻想即興曲を聴くのである。

 「(すごい!)」

 カレンは初めてピアノに心を揺さぶられた。
 それは、もちろん卓越した技巧の賜物ではあるのだが、何より
カレンへの挑戦だった。
 だからこそ、目の前に迫った発表会の課題曲ではなく、自分の
最も好きな、最も得意な曲を素っ裸でぶつけてきたのである。

 「………………」

 ただ、そんな思いをカレンが感じていたかというと……

 「(凄いなあ、スコルビッチ先生のピアノもよかったけど……
これには凄みがあるもの。私のピアノなんかとは格違いね)」

 カレンはアンのピアノに圧倒されて、ただただ感心するばかり
だったのである。

 と、その時、ドアのノックが聞こえる。
 約束の男が1分たがわず帰ってきたのだ。

 「ラルフです。カレンを迎えに来ました」

 コールドウェル先生は、思わずアンに演奏を中止させて、服を
着せようかと動いたが、アンの背中がそれを拒否していることを
悟ると、入り口付近に衝立を立てて、カレンと一緒に入り口へと
向かうのだった。

 「やあ、カレン。迎えに来たよ」

 ラルフの声にカレンはピアノの方を振り返ろうとするが……

 「助かったわ、カレン、あなたのおかげよ。……また、いつか
あなたのピアノを聞かせてね」
 コールドウェル先生は、そう言うと、後ろを振り返ろうとする
カレンの背中を押してドアの外へと押し出すのだった。

 再び、二人きりになって、ラルフが尋ねる。

 「何があったんだい?コールドウェル先生のところで、何だか
とっても焦ってたみたいだけど……」

 「……えっ?……」
 カレンは思わず言葉に詰まる。そして……

 「何って……私がピアノを弾いて……アンがピアノを弾いたの」

 「それだけ?」

 「……えっ?……ええ、それだけよ」

 彼女はアンが裸になってピアノを弾いていたとは言わなかった。
それは言う必要がないと思ったからだった。

 「ふ~~ん、僕は、コールドウェル先生のことだからね。アン
にお仕置きしたのかと思ったよ。だから、僕が邪魔だったんじゃ
ないかと思ったんだ」

 「お仕置き?」

 「あの先生ねえ、よく自分の生徒のお尻を叩くことがあるんだ。
厳しい人なんだよ」

 「あら、そうなの。でも、それはなかったわ」

 「そうか、今日はなかったんだ。発表会前だからね。……アン
を動揺させたくなかったんだろう」

 「…………」

 「で、君は何を弾いたの?」

 「……えっ?」
 カレンは裸のアンが無心でピアノに向かっていた姿を思い出し
ていたから、ラルフの言葉に思わず驚く。

 「どうしたの?」

 「別に何でもないわ。コールドウェル先生が、何でもいいって
おっしゃったからデタラメ弾いただけ」

 「そうか、デタラメか。……でも、君のデタラメは美しいから
ね。コールドウェル先生も驚いたんじゃないか」

 「そんなことないわよ。私が弾いてる時も厳しい顔してたもの」

 「そうか、残念だったね」

 「いいの。それは……だって、私のピアノはどの道、道楽だけ
ど、世の中にはこれで身を立てようとしてる人が、いっぱい、い
っぱい練習してるんですもの。私がそこで一緒になって比べられ
るはずがないわ」

 「まあ、そう言うと身も蓋もないけど……コールドウェル先生
なら、カレンの音楽的なセンスは分かると思ったんだけどなあ」

 「ありがとう、ラルフ。それって、褒め言葉よね。ありがとう。
あなたがやっと私を褒めてくれたわ。今日はお祝いしなくちゃ」

 「何の?」

 「だから、あなたが私を認めてくれたお祝いよ」

 「オーバーだなあ、そんなことでお祝いだ何て……」

 「だって、それでも、私にとっては大事な出来事なんですもの」
 カレンは青空に向かって明るく笑うのだった。

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愛しの小鳥(ブグロー)
愛しの小鳥(ブグロー)
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              第四章はここまでです。
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5/27 勉強椅子

            勉強椅子

 普通は勉強机って言うけど、ぼくの場合机はどうでもよくて、
椅子の方が問題だった。
 その椅子は、僕が勉強する時には必ずやって来て僕を拘束して
終わるまでは離さない。

 なかなか快適で、お尻だけでなく背中も両腕もふっかふかだし、
およだれさんが出るとすぐに拭いてくれたりもする。
 年がら年中暖房が入っているので、冬は快適だが、夏は暑くて
仕方がない。

 ぐっしょり汗をかくから、バスタオルをお尻や背中に敷き込ん
で、ガーゼのハンカチや氷が必需品だった。
 もし、それが欲しくなったら「あ~あ~」と言って後ろを振り
向くと、ハンカチで汗を拭いてくれ、氷を口の中に入れてくれる。

 それだけじゃないよ。鉛筆は自動的に砥いでくれるし、問題集
のページも捲ってくれる。
 なかなか便利な機能がついているんだ。

 ただ、ちょっと便利すぎて困ることもある。
 だって、この椅子に座ると僕は何かを覚えるか、ひたすら問題
を解くだけになっちゃうからね。疲れて仕方がないんだ。

 だけど、この椅子は僕がちょっとぐらい疲れましたって言って
も開放してくれないんだ。
 それだけじゃないよ。両脇に丸太ん棒みたいなのがあるからね、
脇見をしようしても見えないし、それを無理に見ようとすると、
丸太ん棒が動いて僕の顔を正面に向けなおさせるんだ。

 だから僕に見えてるのは、その椅子が命じる問題集の問題だけ。
 とにかくそれをたくさん解かないと開放してもらえないんだ。

 もちろん、それって大変だからね。時々ストライキを起こす事
もあるんだけど、そうすると、さっきまで目隠しだった丸太ん棒
が動いて、外へ向いていた体が、一時期、背もたれの方に向けら
れてしまうんだ。

 でもって、頭なでなで、おっぱいにほっぺたをくっ付けてスリ
スリ。それでもってお尻をよしよしして、お背中をとんとんして
……

 「もう少し頑張りましょうね」ってお話するんだ。

 でもって、僕が落ち着くと、また以前の姿勢に戻してさっきの
続きを始めるというわけ。

 あっ、それから、いい事がもう一つあった。
 この椅子、疲れて寝ちゃっても起こしてくれるし、いよいよ、
どうにもならないくらい疲れちゃうと、ベッドまで運んでくれる
機能がついてるからね。そんな時は自分で廊下を歩いて帰る必要
がないんだ。

 なかなかに高機能な椅子だろう。
 これを10年以上使い続けたんだけど、最後は僕の体重が増え
過ぎちゃって、重量オーバーで使用不能になっちゃったんだ。

 いかがですか、一家に一脚。お子さんのいる家庭では特に重宝
しますよ。

 なんちゃってね。

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第4章 / §4

第4章
  子供たちのおしおき


§4

 「…………(先生かしら)」
 
 優しいタッチのピアノ。でも、ブラウン先生のものとは違う。

 「アンが弾いてるんだ」

 ラルフはそう言うとさりげなくカレンの肩を抱いて中庭へと
入っていく。

 そこは先生の自宅であるカレニア山荘と里子の子供たちが通う
ピノチオ小学校とを分ける庭で、この先の建物が一応校舎という
わけだが、それはあくまで便宜上の事。子供たちにしても、そこ
で働く先生たちにしても、カレニア山荘にあるすべての建物は、
彼らの自宅であり学校だった。

 「わあ~~素敵な場所ですね。まるで天国にいるみたい」
 中央の噴水に建つ白亜の天使と女神像が美しくて感激している
カレンに、ラルフは……

 「そうかい」
 としか言えなかった。彼には見慣れた風景だったのだ。

 「流れるようなメロディー。とっても上手だわ。まるで女神様
が奏でてるみたいだもの」

 「きっと、アンだよ。どっか頼りなさげに弾くからすぐわかる」

 「そんなことありませんよ。とっても繊細なんです。こんな、
柔らかな音、ピアノじゃなかなか出せませんから」

 「そうかなあ……」
 ウルフはそう言ったあと、思い出したように
 「あっ、そうだ。アンのやつコールドウェル先生からお仕置き
されるんじゃなかったっけ……」

 「えっ!、たしかダニーさんは先生に捉まったって……」

 「だからさ、捉まったって事はお仕置きされるってことなんだ。
でもピアノが聞こえてるからね、違うかもしれないな。とにかく、
行って見よう」

 「えっ、いいんですか?」

 「もちろん、かまわないさ。ほら、おいでよ……」
 ラルフはカレンの手を引いて走り出す。

 肩の関節が外れるんじゃないか、前につんのめって転ぶんじゃ
ないか、そんな勢いでカレンはラルフと一緒に走り出す。

 噴水のしぶきが心地よかった。

 「待ってよお~~」
 ラルフの衝動的な行動に翻弄されてカレンの息があがる。
 大きくて頑丈な手にがっしりと握られて、カレンの顎から上は
沸騰する。

 「(男の人に手を握られた!)」
 カレンの想いはたったそれだけ。でも、胸の鼓動は止まらない。

 「おい、アン。いるかい」

 ラルフはカレンの手を引いた勢いそのままにコテージのドアを
開けるが……

 「失礼しました」

 慌てて、またドアを閉めてしまう。
 カレンが怪訝そうな顔になると……中から再び声がした。

 「いいわよ、はいってらっしゃい」

 女性の声、大人の声だった。

 「失礼しました」

 ラルフはカレンと一緒に、今度は部屋をノックしてから丁重に
中へと入っていく。

 中にいたのはピアノに向かっていたアン・シリングとその脇に
立つコールドウェル先生。

 「どうしたの、ラルフ?……何か御用事?」

 コールドウェル先生は三十代後半のスレンダーな美人。普段は
長い髪を肩まで垂らしラフなシャツにタイトなスカート姿だった。

 「お忙しいのなら出直しますが……」

 「かまわないわ、レッスンもちょうど終わったところだから」

 「実は、この子が……」
 ラルフはそう言ってカレンの両肩を抱くと、まるで美術品でも
扱うかのようにしてコールドウェル先生の前へ差し出す。

 「私、カレン・アンダーソンといいます。今日から、こちらへ
住むことになりました。よろしくお願いします」

 「あなたそうなの」
 コールドウェル先生はそう言ってしばしカレンを舐めまわす。

 「誰かが噂してたわ。……先生の酔狂がまた始まったって……
原因は、あなただったのね」

 「先生、それはカレンに失礼ですよ。カレンは、あくまで先生
に請われてここに来たんでから……」

 「あら、そうなの」

 「…………」
 カレンは言葉がなかった。
 だって、自分の弾くピアノはあくまで独学。ブラウン先生の他
は誰も認めてくれてないみたいだし、当然、反論もできなかった。

 「弾かせてみればわかりますよ」
 ラルフはそう言うとカレンの肩を抱いて、今アンが座っている
ピアノの方へ押し出そうとするが……

 「せっかくだけど、それは結構よ」

 「どうして?」

 「だって、我流の人に滅茶苦茶やられて、せっかく整えた調律
を乱されたら困りものだもの。この子の発表会まで、もうあまり
時間がないの。今は、このままそっとしておいて欲しいの」

 ラルフはコールドウェル先生の言葉を一応聞いたが、終わると
すぐに踵を返した。

 「カレン、行こう」

 彼は怒って、カレンの肩を抱くと部屋を出ようとしたのである。
 ところが……

 「あ、あなた、……え~~と、何て言ったっけ……そうそう、
カレン。あなただけ残って頂戴」

 コールドウェル先生がカレンだけを呼び止める。
 そこで、ラルフも振り返るが……

 「ああ、あなたはいいわ。15分ほど暇を潰してから、この子
の引き取りにまた来てくれる?」

 コールドウェル先生の謎の言葉。しかし、ここでの暮らしにも
慣れてきたラルフは、それが何を意味するのか、感じ取ることが
できたみたいで……。

 「わかりました。先生」

 彼はコールドウェル先生には何も反論せず、カレンにだけ……
 「15分したら迎えに来るから」
 とだけ言って、部屋を出て行ったのである。

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 「(どういうことだろう?)」
 不安なカレンはどうしていいのか分からず、部屋の隅で小さく
なっていた。
 そこから蚊の泣くような声で……

 「あの~~~私、何をすれば……」

 と言ってみた。すると……

 「あなたは何もしなくていいわ。そこで見てればいいの」

 コールドウェル先生はそれだけ言うと、背筋を伸ばした。
 ただそれだけ、それだけで、しばし時間だけが過ぎた。

 「………………」

 コールドウェル先生は何も話さない。何かしたわけでもない。
強いてあげれば、ほんの少し顔つきが厳しくなっただろうか。
 カレンが見る限りそれだけだった。

 そんな空気のなか、アンだけが落ち着かない様子でいる。

 「…………」
 ピアノの鍵盤を叩くでもなく所在なさげに白鍵と黒鍵を交互に
なでている。

 そんな無意味な時間が30秒ほど続いただろうか。
 結局、沈黙を破ったのもコールドウェル先生だった。

 「アン、あなた、何かお話があるんじゃなくて……」

 「…………」
 そう言われた瞬間のアンの表情が凍りついたのが、カレンにも
はっきりわかった。

 鍵盤で遊んでいた細くしなやかな指の動きもぴたりと止まり、
両耳へ垂らした三つ編みのリボンが微妙に震えている。

 そんな沈黙がさらに三十秒ほど続いただろうか。
 コールドウェル先生が再び、こう言うのである。

 「あなた、早くしないと、ラルフは15分でここへ帰って来る
って言ってるわよ」

 こう言われたことが、アンの重い腰をピアノ椅子から押し上げ
ることになる。

 「…………」
 彼女はぜんまい仕掛けのお人形のようにぎこちなく立ち上がる
と、無言のまま、すぐ脇にいたコールドウェル先生の足元に膝ま
づく。
 そして、両手を胸の前に組んでこう言うのだった。

 「わたし……昨日、練習をサボって演奏会へ行きました」

 「ええ、知ってるわ。アッカルドさんでしょう。あなた行きた
がってたものね。でも、こんな大事な時期に丸1日近くピアノに
触らなくて大丈夫なのかしらね?……あなた、そんな天才だった
かしら?」

 「いいえ」
 アンは小さな声で答える。

 「しかも、お父様には『コールドウェル先生の許可はちゃんと
取ってあります』なんて嘘までついて連れて行ってもらったんで
すってね。私が出張で村を留守にしたことをいいことに…………
つまり、それって『私の指導は受けたくない。自分独りでやって
いきます』ってことなのかしら。私は、もういらないってこと?」

 「違います」
 アンは頭を振った。さきほどより声が少し大きくなる。

 「じゃあどうするの?怠けながらピアノが上達するようにして
くださいって言うの?……私、魔法使いじゃないから、あなたの
ために馬車やドレスやガラスの靴を出してはあげられないよ」

 「…………」

 「そんなに私が気に入らないなら、あなたへのレッスン、やめ
てしまいましょうか」

 「えっ、それは困ります」
 アンはそれまで伏目がちだった顔をあげてコールドウェル先生
を見つめる。

 「困ってるのはこっちよ」

 「ごめんなさい。どんなお仕置きでも受けますから」

 「おやおや、今度は随分と横柄なこと言うのね。……私は嫌よ。
あなたの悲鳴なんて聞きくないし、何よりそんな疲れるような事、
今さらしたいとも思わないわ。そんなことするより、やめちゃう
方が簡単よ」

 「えっ…………」
 アンは次の言葉が浮かばなかった。

 これが小学校時代なら、こちらが何と言おうとまずはお仕置き。
でも、それを我慢さえすれば、そのうちまたよしよししてもらえ
る。それで円満解決だったのである。

 「あら、黙ってるところをみると、止める方に気持が固まった
のかしら?」

 「…………」
 アンは再び頭を振る。今度はもっと強い調子で……

 すると、しばらく部屋全体が沈黙したあとに……

 「時間がないわ。決めてちょうだい。私のレッスンを受ける気
があるの?ないの?」

 「あります」
 アンの答えは明快だった。
 しかし、となると……

 「そう、だったら、あなたの決意を聞かせて欲しいわね」

 「決意?」

 「簡単なことよ。ここではこんな場合、子供たちならどうする
事になってたの?」

 こう言われて、アンは慌てて膝まづいた自分の背筋を伸ばして
両手を組みなおす。

 「どうぞ、悪い子にお仕置きをお願いします。どんな厳しい罰
にも耐えます。これからはずっと良い子になります」

 アンは、ここへ来てからもう何十回となく口にしてきた言葉を
話す。

 「わかりました。それでは、私からあなたに愛を授けましょう。
何一つ不平を言わず、ようく噛み締めて受けるようになさい」

 これもまた、何十回となく聞いた言葉だった。

 「はい、先生」
 アンに限らない。ブラウン先生と暮らす子供たちはみんなこう
言うしかなかったのである。

 そして、その次にはたいて、先生の前にお尻を出してその痛み
に耐える。これがごく普通のパターンだった。

 ところが……

 「わかったわ。だったら私の言うことは何でもきくのね」
 こうことわると、アンの返事は聞かずに……

 「だったら、裸になりなさい」

 「えっ!?」

 「ここで、全裸になるの。スリップもブラもショーツもみんな
脱ぎ捨てるのよ」

 「…………」
 アンが戸惑ってると、さらに……

 「早くなさい。ラルフが帰って来るわ」

 「だって…………」

 「何が、『だって』よ。約束でしょう。私の言いつけは何でも
守りますって……それとも、何かしら…あなた、その貧弱な身体
をラルフに見てもらいたいの?」

 「…………」
 アンは震えたように首を振る。
 そして、仕方なく、本当に仕方なく、ぽつりぽつりと着ている
服を脱ぎ始めるのだった。

 でも、この時、驚いていたのはアンだけではなかった。
 部屋の片隅でことの成り行きを見守っていたカレンもまた目を
丸くしていた一人だったのである。

 「…………」
 彼女はアンが自分の視線を気にしているのを感じて目をそらす。

 窓にはブラインドが下りていて外からは見えないし、何より、
女の子同士だから、たとえ裸を見られてもそれほど恥ずかしくは
ないのかもかもしれない。でも、こんな処で裸になるなんて普通
ではありえないことだったのである。

**********************(4)***

5/26 ママ語

ママ語

 僕は日本語のほかにもう一つ、別の言語を持っている。

 それが、ママ語。

 幼児の頃に習得して、いまだに使っている便利な言葉だ。

 この言葉の便利な処は一音か二音程度、どんなに長くても四音
もあれば、かなり込み入った内容でもやり取りできる点だ。

 例えば、「あ~」という言葉と共に母の胸でおっぱいを掴む。

 たった、これだけで……
 「あらあら、大変、お腹がしくしく痛むの。それで、お薬は飲
んでもいいけど、お医者さんには行きたくないのね」
 となる。

 これだけの文章を、「あ~」という一音で間に合わせることが
できるのだから便利な言葉なのだ。

 もちろん、この「あ~」は、顔の表情や仕草などを含め微妙な
ニュアンスを使い分けて百や二百通りに意味に差し替えることが
できるから、細々とした文法など最初から必要ないのだ。

 時には、発音さえ必要でない場合さえある。表情と仕草だけで
……

 「あなた、今度の事、あまり乗り気じゃないけど、やらなきゃ
いけないと思ってるみたいね。でもね、こんなに強いストレスを
抱えてたら、やりおうせたとしてもその後にしこりが残るから、
やめた方がいいわね」

 と、こんな事を言うのだ。

 この時、母は、『今度の事』が何なのか、まったく知らない。
なのに、『今度の事』の重要度やそれをどのように決断しようと
しているのかを、例えば、『重要度はB程度、70%位は積極的
にやろうと思ってる』みたいな心模様の色合いまで解き明かして
しまうのだ。

 こんな事はお嫁さんには間違ってもマネができない。
 なのに、この人は……
 「私とお義母様と、いったいどっちが大事なのよ!」
 なんて息巻くもんだから、女のというのは、つくづく不思議な
生き物だ。

 「そんなもの、合理的に考えれば、あったりまえじゃないか!」

 って本当は言いたんだけど、お母さんが……
 「それは絶対に言っちゃだめよ」
 って言うから、言わないけどね。

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<追伸>
 カレンのミサ曲はこれから先、色んなバージョンが残ってて
整理されずに尻切れトンボのものばかりなんです。
 要するに、私の悪い癖で、その瞬間、その瞬間、想いつく
ままに描き散らかしていますから、どれがどれやらわから
なくなってしまっています。
 おまけに、私の仕事も忙しくなって……
 更新は気長にお待ちください。
(読んでいる人がいればの話ですが…)


5/25 母の死

 母の死

 小学四年生になる直前、母が死んでしまった。

 なんて、書いたらセンセーショナルだろうなあ。

 だけど、彼女は生きてる。今でも生きてる。八十を越えたけど。

 ただ、僕にとっての母はこの時すでに亡くなってしまっていた。

 どういうことかというと……

 実は彼女、それ以降、僕に新しい知識を授けることができなく
なってしまったのだ。

 三年生ですでに、彼女の知識は底をついたみたいで、四年生に
なると家庭教師と称する人が自宅にやって来て、あれしろ、これ
しろ、とうるさく言ってくるようになった。

 それが、僕には面白くなかったから成績が落ちた。

 だって、新しい知識や経験は、生まれて以来、ずっとお母さん
のおっぱいの中で起きていたのに、それができなくなるなんて、
僕にとっては一大事なのだ。

 つまり、僕にとっては母が死んだのも同然だったのである。

 もちろん、家庭教師のお姉さんは立派な人だし、沢山の知識も
持ってる。

 だけど、その人は僕を膝の上に抱いてくれないし、頭も撫でて
くれない。ほっぺすりすりもしないような人から、いったい何を
学ぼうというのか。

 僕は正気でそう思ってた。
 だって僕にとっての勉強は立身出世の為にやってたんじゃない。
僕を愛してくれるお母さんを喜ばせるためにやってたんだから、
得体の知れない家庭教師が喜んでもしょうがないのだ。

 そこで、こちらもしょうがなく、勉強中はお母さんが同席する
ことになったんだけど……
 やっぱり、昔ほどの効率はあがらなかった。

 そこで、さらにしょうがなく。彼女は私を昔のように膝の上に
乗せて勉強させたのである。

 家庭教師のお姉さんは驚いただろうね。四年生にもなった子が
幼児みたいにお母さんの膝に乗せられて勉強してるんだから。

 でも、それ以上に驚いたのは僕の情報処理能力だったみたいで、
次回から、勉強の内容が格段に難しくなってしまった。

 困ったものだけど、僕の生い立ちからは仕方がなかった。

 つまり、ここからは母が死んで自分で知識を求めなくてはなら
ない。『世間的には当たり前』の始まりだったのかもしれないけど、
それが僕には辛かったのである。

 思えば母は性急過ぎた。二歳でたまたまひらがなを覚えたのが
きっかけで、矢継ぎ早に知ってる知識は何でもつめこもうとした
ものだから、小3で早々手持ちの在庫がなくなっちゃったという
訳。

 何しろ、女学校ですら親の賄賂でようやく卒業できたような人
だもん。持ってる知識も経験もささやかなものだったんだ。

 さてさて、絶対的な神様がいなくなってこれからが僕の苦難の
日々だったのである。

**************************

第4章 / §3

第4章
  子供たちのおしおき


§3

 「ラルフさん。わたし…お仕置きを望む子なんているわけない
と思うの……キャシーだってきっと後悔してると思うし、それが
できないのは彼女の意志が弱いから……まだ、あの子は子供なん
だし……」

 カレンは珍しく雄弁だった。ダニーやラルフの言葉が彼女には
しっくりいかなかったのだ。
 しかし……

 「君には不思議なことかもしれないど、僕にもキャシーの気持
って、わかる気がするんだ」

 「えっ?」

 「僕も親父には虐待されて育った口だから、キャシーの気持が
分かるんだよ。僕だって表向きは誰に対しても『お仕置きなんて
絶対いやだ。そんなことやるべきじゃない』って思ってる。……
思ってるけど……」

 「…………思ってる…けど?何なの?」
 ラルフの葛藤はカレンには疑問だった。

 これまで心地よいことをして、心地よくないことは避けるのが
人間の当たり前だと単純に思い込んでる少女に向かって、それを
どう伝えたものか、ラルフも言葉が詰まったのだ。

 「心のどっかで『開けろ』『開けろ』って声が聞こえるんだよ」

 「あ・け・ろ?」

 「そう、みんなが『開けちゃいけない』って叫んでいる壺を。
どうしても開けたくて仕方がないくなるんだ。それを開けても、
良いことなんか何もないのは分かってるのに……悪いことばかり
起こるって知っているのに、どうしようもなくそうしたくなるん
だ」

 「それ、きっと病気です。悪い病気です」
 カレンは決然として言い放つ。

 「かもしれない。でも、これってみんなが持ってるような気も
するんだよ」

 「私は、……そんな気持…持ってませんから」
 逃げるようにして言い放つカレンの顔に、ラルフは自分の言葉
の真実を悟る。そして悟ったあとは、それまでとは違う穏やかな
表情になるのだった。

 「僕が大きくなって、父の折檻から逃れられたと気づいた時は、
正直『これからの俺の人生はバラ色だ!』と思ったものさ。でも、
そんな考え、長くは続かなかった。……そうじゃなかったんだ。
それが証拠に、お仕置きはなくなっても、ちっとも人生がバラ色
には輝かないんだ」

 「どうしてですか?」

 「本当は、お仕置きのない暮らしは逆にとっても不安なんだよ。
……自分の存在が否定されちゃったみたいで……親の愛がなくな
っちゃったみたいで……だから、僕の心は、お仕置きを心配しな
くていい歳なのに、いつもお仕置きをされたくないって気持と、
お仕置きされたいって気持が同居してせめぎあってるんだ」

 「……そんなバカなこと」
 カレンは小さな声で独り言を言った。
 でも、ラルフはそれを拾い上げる。

 「バカなことだってことは僕だって百も承知さ。でも、これは
損得なんかじゃないんだ。どうにもならないことなんだ。君は、
そんな気持ちになったことが本当にないの?」

 「……」
 カレンは口ごもった。

 『私は、お仕置きされたいだなんて、そんな馬鹿な事を思った
ことなんて一度も……』
 そう思いながらも、カレンは何かが心にひっかかっているのに
気づく。

 『でも、何だろう?この心のざわめきは……』
 そう思い始めた頃、またラルフが口を開いた。

 「君はこれまで幸せな人生だったんだね。お父さんが行方不明
だっていうのに、周囲の人たちから大事にされたんだろうなあ。
僕からみればうらやましいよ。……先生に言わせるとね、幼い時
につけられた心の傷は、生涯、治らないんだそうだ。……あとは
それと、どうやって付き合っていくか、だけなんだって………」

 「ブラウン先生はお医者様もなさってるんですか?それとも、
学校の先生とか?」

 「違う違う。大学の先生もアルバイトでやってるけど小さい子
を学校で教えたことなんてないよ。ただ20年以上も孤児の面倒
をみてるだろう。自分なりのポリシー(哲学)はあるみたいなんだ」

 「ポリシー?」

 「キャシーの場合で言うと、虐待にならない程度に力を弱めて、
当分の間はお仕置きが必要というのが先生の判断なんだ。それが、
あの子の灯台になるって……」

 「灯台?」

 「自分を見失わないための目印というか、自分が今どこにいる
かを知るコンパスとでもいうか、そんな意味なんだけど、君には
ちょっと難しいか」

 少しラルフが微笑んだのを馬鹿にされたと思ったカレンは語気
を荒げる。

 「でも、パンツも脱がせて木馬に跨らせるなんて、女の子には
虐待です」

 カレンの剣幕に、ラルフはたじろぐ。

 「おいおい、いきなり何だよ。僕にそんなこと言ったって……
僕は先生の秘書でしかないんだよ。哀れな使用人さ。その苦情は
先生に言ってくれよ」

 カレンに詰め寄られたラルフはおたおたしながら顔の前で右手
を振る。

 「えっ!」
 それに気づいたのか、カレンの頬が少しだけ赤くなった。

 「それに、パンツなんて……ここではことあるごとに脱がされ
ちゃうから、みんなもう、慣れっこじゃないかなあ」

 「ことあるごと?」

 「そう、先生は幼い子に羞恥心なんて認めてないからね。……
男の子であれ、女の子であれ、先生のご機嫌を損ねると、すぐに
パンツをとられちゃうんだ」

 「中学生みたいな子も……」

 「少しは配慮してくれるけど……お仕置きする人の前ではやっ
ぱり脱がなきゃならないことにかわりはないよ」

 「私も……」

 不安になったカレンが声を落として尋ねると……

 「たぶん、大丈夫だと思うよ。君は里子じゃないんだから……
ただ……」

 「ただ、何なの?」

 「君はまだ16歳だからね。先生にしたら、まだ子供って扱い
じゃないかと思うんだ。先生の頭の中では18歳だって子供なん
だから。ついこの間も、ここを巣立った子が間違いをしでかして
警察のご厄介になったことがあったんだけど、その時も、先生は
ここへその子を呼びつけて、ここにいた時と同じようにお仕置き
したからね」

 「その人、いくつなんですか?」

 「18歳。……先生にしたら、それでも子供なんだ」

 「そうですか……でも、まさかお仕置きされるなんて思っても
みなかったでしょうから、ショックでしょうね」

 カレンは独り言のように小さな声で呟く。その顔は何か考えて
る様子だったが、そんなカレンをラルフは再び驚かす。

 「そんなことないよ。ショックじゃないと思うよ。だって事実
を知った先生は彼女にお仕置きするからいらっしゃいって手紙を
出して、それで彼女がやってきたんだから……」

 「じゃあ、わざわざお仕置きされるために?……逃げるとか、
無視するとかすればいいのに……」

 「他人ならそうするかもしれないね。でも、巣立ったといって
も、先生は依然として彼女のお父さんだし、カレニア山荘は彼女
のお家で、ウォーヴィラン村はふるさとだもん。お仕置きされる
ならもう行かないっていう選択肢は彼女にはなかったんだと思う
よ」

 「……………………」

 「君にはわからないか。でも仕方がないよ。君はここで育った
子じゃないんだから……」

 ラルフにはこう言われてしまったが、彼女の気持はカレンにも
感じることができたのである。

 その時だった。二人の微妙な空気の中へそのピアノの音は入り
込んでくる。

********************(3)*****

第4章 / §2

第 4 章
  子供たちのおしおき


§2

 ラルフはその公園の隅でうごめく古びた麦わら帽子を見つける。

 「……やあ、ダニー」

 麦わら帽子がこちらを向くと、彼は、滑り台のはげたペンキを
塗り替えているところだった。

 「やあ、ラルフ。今日は可愛らしい恋人を連れてるじゃないか。
お前さんにしては上出来だよ」

 老人は、赤ら顔に刻まれた深い皺を波打たせて機嫌よさそうに
挨拶する。

 「僕のお客じゃないよ。先生が連れてきた新しい家族なんだ。
まだ16歳だけど、先生は寝間でこの子にピアノを弾かせたいら
しいぜ」

 「なんだ、あんた、ピアニストかい。でも、そりゃあいいかも
しれんな。グラハムはいい人だったけど。爺さんだったからな。
先生も、やはりこんな綺麗な娘(こ)の方がいいんじゃろう」

 好々爺の皺が笑う。

 「カレン、さっき草原でパティーとキャシーが枷に繋がれてた
のを見ただろう。あのピロリーもこのダニー爺さんが作ったんだ。
家の修理だけじゃなくて、こんな子どもたちが遊ぶ遊具もみんな
大工仕事はダニーのおかげさ」

 ラルフが褒めるとダニーは照れくさそうに笑ってから、
 「あの二人はには、お許しがでたのかい?」

 「ああ、ぼく達が馬車での帰り道に通りかかってね。先生が、
外してやったよ。……もっとも、キャシーの方は、その後また、
コレだけどね」

 ラルフは、右手にスナップをきかせて胸の前で振ってみせる。
 まるでオートバイのアクセルをふかしているようなポーズだが、
これで木馬の持ち手を握ってるさまを表しているのだ。

 ダニーにしても、もうそれだけで何のお仕置きかが分かるよう
で……

 「あいつ、また、跨ってるんだ?」

 「仕方ないよ。例によってキャシーがたきつけたみたいだから
……先生、おかんむりなんだ」

 「やっぱりそうか。性悪で困ったもんだ。何かというと友達を
引っ張り込みやがる。先生があれほど嫌ってるっちゅうのに…」

 「幼いときからの性癖だからね、そう簡単には治らないよ」

 「『三つ子の魂百までも』っていうじゃろ、あれじゃな。……
でも、先生はよく辛抱してなさる。根競べじゃな」

 ダニーの言葉にラルフが反論する。

 「ただね、先生も、本当はあの子が好きなんじゃないかなあ。
頭もいいし明るい子だからね。あの性癖だって、もとを正せば、
幼い頃の虐待が原因なんだろうし、それは先生も承知してますよ。
それに何よりキャシーって、あんなに色々お仕置きされてても、
いつもけろっとしてるじゃないですか。やっぱり孤児院よりここ
の方が住み安いんですよ」

 「そりゃあそうだろうよ。孤児院って処は、ただ子供を飼って
おくだけの施設じゃからな。お仕置きにしても、めしにしても、
こことは月とすっぽんじゃもん」

 「孤児院でも、お仕置きってあるんですか?」
 カレンが口を挟んだ。

 「えっ!?……もちろん、ある、なんてもんじゃないさ」
 ラルフが一瞬戸惑い、やがて笑って答えると、その後をダニー
が付け足す。

 「…ああいう処はね、お譲ちゃん。大勢の子どもたちが少ない
職員と一緒に暮らしとるんじゃ。体罰もなしに秩序を維持しよう
なんて土台無理な相談なんじゃ。……そう言や、あんた……」

 ダニー爺さんはそこまで言うと、カレンを下から上へ舐めるよ
うに見上げてから。

 「見るからにお嬢様らしい素振りじゃね。……だったら孤児院
なんか見たことないじゃろうけど……あそこへ行くとな、こんな
小さな子にだって鞭をつかうんだよ。ここでのお仕置きなんか、
可愛いもんさね」

 ダニーはしゃがんだ自分の頭の高さぐらいに手を置く。
 それほどまでに小さな子にも鞭を使うと言いたかったのだ。

 「…………」

 一方カレンは、お嬢様と言われて思わずはにかんだ。もちろん、
お世辞だろうが、そんな事を面と向かって言われたのは、これが
初めての経験だったのだ。

 「キャシーにしてみりゃあ、先生のスパンキングなんて、昔の
虐待に比べれば軽いもんだろうし……むしろ、心の奥底では……
先生のお仕置きを望んでるんじゃないかって、思うんですよ」

 ラルフがキャシーをやぶ睨みにして解説すると、ダニーもそれ
に続く。

 「あんたもそう思うかね。わしもそうなんじゃ。……あの子に
とって、ここでのお仕置きは、罰ということ以上に先生との絆に
なっとるじゃないかってね」

 「きずな?……まさか……だって、お仕置きって、嫌なことで
しょう?」
 ダニーのため息混じりの言葉にカレンは素直に驚く。

 「(ふふふ)お嬢様には、分からないことさ」

 嘲笑するように言われて、カレンはむきになった。
 「わたし、お嬢様なんかじゃ」

 「わかってるさ。君がお嬢様でないことぐらい。でも、キャシ
ーの気持は分からないだろう?」

 ラルフに言われて、その一瞬、カレンの心臓が止まった。

 「えっ?」

 「あの子、元々はね、もの凄く寂しがり屋さんなんだよ。……
だから、本当は誰からも『良い子、良い子』してもらいたいんだ。
だけど、これだけライバルが多いと、先生の愛を自分一人が独占
なんてできないから、そこで、わざと悪さを仕掛けては先生から
お仕置きをもらってるってわけ」

 「だって、お仕置きって辛いことでしょう?」

 「そりゃあ、お仕置きなんて、痛いし恥ずかしいかもしれない
けど、こちらは『良い子、良い子』と違って、やらかせば、必ず
かまってくれるじゃないか。彼女にしたらそっちの方が大事なん
だよ」

 「そんなの嘘よ。女の子がそんな馬鹿なことするはずないわ」

 カレンはむきになって反論したが……大人たちは同意見だった
とみえて顔を見合わせて笑う。

 「あの子が、ほかの子のお仕置きを見たがるのも『ざまあみろ』
って思いの他に、自分もそこでやられてる気分になって、一緒に
楽しんどるんじゃ」

 ダニーの言葉はカレンの心に深く突き刺さった。

 「まさか、そんなこと。自分から罰を受けたいだなんて……」

 カレンの声は最初大きかったが、尻すぼみで小さくなる。
 というのも、さっきから、ある疑念が自分の心の奥底から突き
あがってきて、それを振り払いきれないでいたからだった。

 「(そんなことって……)」
 彼女は言ってるそばから自信がなくなってしまったのである。

 ダニーが続ける。

 「先生も手ぬるい事しとるから、あいつが付け上がるんじゃ。
その腐った性根を治すためにも、ここらでもっとガツンとやって
やらなきゃ、あの子のためにもならんよ」

 「それについては、先生が、この日曜日にでも特別反省会を…
なんておっしゃってたよ。本当にやるかどうかは分からないけど
ね」

 「ほう、そりゃあ耳よりじゃな。その時は、お弁当でも持って
見物に行かんとな……(はははははは)」
 ダニーは屈託なく笑い飛ばした。

 「……ところで、今日のお仕置きは誰がやったの?」

 「シーハン先生さ。……最初、しこたま尻を叩かれたあとに、
石炭部屋の隅に膝まづかされて、『今日は、お漏らしするまでは
許しません』なんてどやしつけたられたもんだから、やっこさん
たち、最初は二人して赤ん坊みたいにギャーギャー泣いとったん
だが……」

 「どうせ、最初だけでしょう」

 「そのうち静かになったもんで、気になって見に行ったんだ。
まだ泣いとったら、シーハン先生には内緒で、二人をわしの部屋
にかくまってやろうかと思ってな……」

 「で?、どうでした?」

 「泣きながら懺悔してるのかと思ったら、すでに、こそこそと
おしゃべりを始めてとって、井戸端会議の真っ最中じゃったよ。
……『お前ら、また、叱られるぞ!』って注意したら、今度は、
二人してげらげら笑い転げる始末でな………こっちも頭にきて、
二人の尻を二つ三つはり倒してから、『お前ら、まじめに懺悔の
お祈りをしろ』って言ってやったんだが……その大声が先生にも
聞こえちまって……」

 「そうか、それであの二人、外の枷に繋がれたってわけか……
なるほどね、あいつら、らしいや」

 ラルフは苦笑する。
 彼にしてみれば、その時の様子が手に取るように分かるらしく、
思わず、したり顔になったのだった。

 「まったく女の子ってのは、何をされてもすぐに泣くくせに、
慣れるのも早いもんだから、お仕置きする方も往生するよ。……
そもそも女の子にお仕置きなんかやって効果があるのかね?」

 「(はははは)ダニーもあの子たちには、相当に手を焼いてる
みたいだね」
 ラルフは明るく笑う。どうやらダニー爺さんの言葉は自分にも
納得できる意見だと思ったようだった。

 「いやね、シーハン先生には、お仕置きのあと、あそこを時々
見回るように頼まれてはいたんだ。殊勝な態度ならわしが許して
やってもよかったんだよ」

 「なるほど、目算が外れたというわけか。…………ところで、
ダニー、今日はもう他に可哀想な子はいないのかい?」

 「あ~、そう言えば、アンがコールドウェル先生にとっつかま
ってたっけ……今頃、中庭じゃないかな」

 「アンかあ……じゃあ次は、そこへでも行ってみるかな」

 ラルフがこう言うと、久しぶりにカレンが口を挟む。
 「アンさんて、小学校の何年生ですか?」

 「小学生じゃないよ。あの子14歳だったかな。今ここにいる
里子の中では一番のお姉さんさ」

 「そうですか……じゃあ、もうお尻叩きからは卒業ですね」

 カレンが何気に言うと、ダニーが笑って……

 「世間では、お嬢様にそんなにキツイお仕置きは似合わんのか
もしれんけど、うちに来たらそうはいかんよ。うちは年齢に関係
なく娘っ子のお仕置きはお尻叩きと決まっとるからね。あんまり
羽目を外しすぎると、おまえさんだって、ガツンとやられるよ」

 ダニーの忠告はカレンのほっぺをふたたび赤く染める。

 「じいさん、最初からそんなこと言って脅かしたら、この子、
逃げちゃうよ」
 ラルフはなだめたが……

 「だめだめ、そんなこと言っとるから、おまえさんは女に縁が
ないんじゃ。女なんてものはな。最初が肝心なんじゃぞ。最初に
厳しいことをびしっと言っておかないと、あいつら、すぐに他人
に甘えようとするし、他人をなめちまってわがままで高慢になる
しな」

 「わかった、わかった、気をつけるよ」

 そのダニーの忠告をお土産に二人は老人のもとを離れる。
 カレンとラルフはまた二人だけの時間を持つことになった。

********************(2)*****
絵本(ソフィー・アンダーソン)
絵本(ソフィー・アンダーソン)
****************************

第4章 / 登場人物 & §1

  カレンのミサ曲


************<登場人物>**********

(お話の主人公)
先生/トーマス・ブラウン
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン……
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン……
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。

(アラン男爵の家の人々)
サー・アラン……
……広大な葡萄園とワイン醸造所を持つ人の良い男爵。
フランソワ……
……サー・アランの娘。内気な娘だがカレンには敵愾心を持つ。
ナターシャ・スコルビッチ
……フランソワのピアノの先生。あまり容姿を気にしない。
その他……
……お屋敷の女中頭(マーサ)メイドの教育係(スージー)等

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘
ニーナ・スミス
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品
ベス
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
パティー
……先生の里子(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋
キャシー
……先生の里子(10歳)他の子のお仕置きを見たがる
アン
……先生の里子(14歳)夢多き乙女。夢想癖がやや気になる。
ヒギンズ先生
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。
ダニー
……下男(?)カレニア山荘の補修や力仕事をしている。
コールドウェル先生
……音楽の先生。ピアノの他、フルートなどもこなす。
シーハン先生
……子供たちの国語とギリシャ語の先生。
グラハム
……カレンの前のピアニスト

****************************

第四章
  子供たちのおしおき


§1

 そこはカレンにとって見知らぬ不安な土地だったが、そこに
吹く風が、何かとても心地よく感じられるのも事実だった。

 これは理屈をつけて説明できることではない。少女の直感と
でも言おうか、そこに暮らす人の穏やかな表情や軟らかな物腰が
カレンを安心させたのかも知れなかった。

 「やあ、ニーナ。紹介するよ。先生が今度新しく連れてきた娘(こ)」

 ラルフがバラの剪定に余念のないストローハットのニーナに声
を掛ける。

 「ああ、さっき先生と一緒だった娘さんだね。名前は、なんて
言うんだい」

 その顔は陽に焼けて女性としてなら真っ黒だったが、ストロー
ハットの奥からは屈託のない笑顔が躍り出る。

 「カレン……カレン・アンダーソンです」
 少し緊張気味に、はにかむように……でも、その初々しさが
ニーナにも好感が持てた。

 「私はニーナ・スミス。ここのお庭を先生から任されてるの。
あなたは先生から何か言いつかってるの?」

 「言いつかってるって……私はただ、……」

 「ただ、……何?」

 「ただ、……夜、ピアノを弾いてくれないないかって……」

 「まあ、あなたピアニストなの!」
 言外に『まだ若いのに…』という言葉が隠れている。
 今までカレンと同じ仕事をしていた人たちは、みんなお年寄り。
10代のピアニストを先生が指名するのは珍しかったのだ。

 「いえ、そうじゃありません。だから、それは……私にも……
何が何だか……」

 「ラルフ、どういうこと?……この子のピアノ?…聞いたこと
あるんでしょう!?」

 「どうって、言われても……ただ、先生は気に入ってるみたい
ですね。寝間で眠り薬代わりに聞きたいって言ってますから…」

 「それじゃあ間違いないわ。うちの先生は、心が安らぐ一流の
ピアノ弾きしかここには連れてこないの。凄いじゃない。あなた、
先生の眼鏡にかなったのね。私もそのうち聞かせてもらうわ」

 ニーナはこう言ってカレンを褒めちぎったが、同時に、ラルフ
へこうも耳打ちしたのだった。

 「ねえ、この子もひょっとして孤児かい?」

 「……」
 ラルフが首を縦にすると……

 「やっぱり……大丈夫かい?」
 ニーナは何だか納得したような顔になった後、少し心配そうに
聞き返す。

 「先生にその気はないと思いますよ。もう16ですから」

 「分からないよ、こればかりはね」

 カレンは未だ手つかずの生娘だった。サー・アランの館でメイ
ドをやっていたと言っても、それは草深い田舎でのこと。周囲を
信心深い人たちに囲まれていた当時は、人々の噂になるような事
は起こりにくい。身を焦がすような恋にも出会わぬまま、カレン
は、今、こうして16歳を春を先生の処で迎えている。男の下心
などは知るよしもなかった。

 ただ、そのことは別にしても、今しがた見てきた事は、やはり
少女には気になる出来事だった。
 そこで、ニーナと別れ、ふたたびラルフと二人きりになった時
を狙って尋ねてみたのである。

 「キャシーって、いつもああして先生から怒られてるんですか?」

 「いつもってわけじゃないけど、他の子と比べたら、多いかも
しれないね」

 「やっぱり」

 「先生に言わせると、『それはその子が望むから…』ってこと
らしいけどね」
 バラの庭を歩くうち二人は子供たちの遊具が揃った公園のよう
な処へと来ていた。

*********************(1)****
母と子(エミール・ムニエル)
母と子(エミール・ムニエル)
****************************

第3章 / §4

第三章
   カレンの旅立ち


§4

 先生の家は、確かにサー・アランの邸宅に比べれば質素だが、
大自然の中にあって敷地も充分に広く、白い外壁を取り囲むよう
に周囲は手入れの行き届いた庭が広がっている。

 一行は黄色いバラを這わせた大きな門をくぐった辺りで、丁度、
庭に水をまいていた初老の婦人に出会った。

 「あら、先生、お帰りなさい」

 「やあ、ニーナ。ただいま。出かけた時は咲いていなかったの
に、今は良い香りがします。丹精した甲斐がありましたね」

 「はい、今年は天候に恵まれたせいですか、大きくて立派な物
が多いんですよ」

 「ほら、ほら、そんなにしがみついたら重たいよ」

 「どうかなさったんですか?」

 「いえね、途中で拾いものをしたんだよ」

 先生がそう言うと、その拾いものが二つ、先生の肩にぶら下が
ろうとして飛び跳ねている。

 「あらあら、あなたたちだったの。ちょうどよかったわ。ヒギ
ンズ先生も『もうそろそろ許してあげましょう』なんておっしゃ
ってましたから……」

 ニーナにつられて二人は笑顔を見せたが、まだ先生の腰からは
離れようとしなかった。
 というのも、家の中にまだ、恐い人が残っていたから……。

 と、その時だった。その恐い人が二階のテラスから顔を出す。

 「先生、お帰りになってたんですか。ちょうどよかった二階に
上がって来てくださいな。その悪ガキ二人組も一緒に……こっち
は、もう大変なんですから……」

 結構、貫禄のあるその中年のおばさんは、先生を見つけるなり
まくし立てる。

 事の次第はどうやらこの二人が知っていそうだが、先生は例に
よって小首をかしげて微笑むだけで、あえて二人に事情を尋ねない。

 そのまま全員が二階へと上がって行くと、そこは先生が仕事を
する広い書斎。

 この件では用がないかも知れないラルフとカレンも一緒。
 一方、チビちゃん二人は、本当は別の所へ行きたいのかもしれ
ないが、こちらもおつきあいすることになった。

 「見てくださいよ。先生。先生のピアノが、ほら!」

 見ると、先生の書斎に置かれた純白のグランドピアノに、クレ
ヨンで色とりどりの装飾がなされている。

 草花やお家や太陽やパティーやキャシーや先生もいる。

 「……ほう(^_^;)」
 先生はそれに気づくなり、にっこりと笑って見せた。

 「いやあ、これはなかなか見事な芸術的な作品じゃないですか
(^◇^)パティー、あなた、なかなか絵の才能がありますよ」

 先生はそう言ってパティーの腰を掴むと目よりも高く持ち上げ
る。
 それは彼女がピアノの屋根に描いた芸術作品をもっとはっきり
見せてやろうという親心だった。

 「おじちゃま、私の絵、好き?」

 「あ~、大好きだよ。心のこもった絵は大好きだよ。だから、
しばらくこのままにしておこうね」

 先生は、おねだりが功を奏して肩の上の見晴らしをを再び手に
入れたパティーに向かってこう言うと、ベスには……

 「……というわけだから、ベス、その絵はそのままでいいよ。
消してしまうのももったいないでしょう。あとはそのままにして
おきましょう」

 ブラウン先生はせっかく途中まで消してくれたベスの苦労より、
気まぐれで描いたパティーの絵を選んだのである。

ただ、先生のそれは誰に対しても寛容というわけではなかった。

 「ところで、このクレヨンはあなたのではないようですが……」

 「キャシーお姉ちゃんが貸してくれたの(^_^)」

 「そう、キャシーがね……親切なお姉さんでよかったですね」

 「わ、わたし知らないわよ。それはパティーが無断で……」
 いきなり振られたキャシーは青い顔になる。

 「キャシー。あなた……「これで描きなさい」ってパティーに
クレパスを渡しましたね」

 「私は……」

 「あまり見苦しいまねをしてると、またお尻が痛くなりますよ」

 先生にこう言われるとキャシーは今だ悪夢の残像が残るお尻を
確かめながら口をつぐんだ。

 すると、代わりにラルフが口を開く。

 「でも、先生。現場も見ていないのにどうしてわかるんですか?」

 「はははは(^◇^)」先生は高笑いをしてパティーを膝に下ろす
と、そのままピアノの前に座った。

 すると、まるで条件反射のようにパティーがピアノを叩き始め、
稚拙な音だがバイエルの一曲が聞こえ始める。

 「ラルフ、私はこう見えてもこの子たちの親ですよ。その親が
娘の考えていることぐらい分からなくてどうしますか。親を長く
やっているとね。子どもが今やっていること、感じていること、
それこそ何でもわかるようになるんです」

 先生は大きなピアノに向かって小さな指が奏でるメロディーに
満足そうだった。

 「どうしてです?そんなことが出来たら超能力者ですよ」

 「ええ、そうですよ。親は子どものことでは超能力者ですよ。
そんな事、そんなに不思議なことですか?」

 「どうして?」

 「愚問ですねえ。愛しているからに決まってるじゃありません
か。親だからじゃありません。愛しているから分かるんです」

 「愛している?」

 「そう、私が子どもたちを愛しているからです。あなたも私も
同じ屋根の下にいてこの子たちと過ごす時間は同じようなもので
しょう。……でも、私にはこの子を育てなければならないという
責任がありますから。今、この子たちが何をしているかをいつも
注意深く観察しています。すると、そのうち、この子たちが、今、
何を考えているか、おおよそ判断がつくようになるんですよ」

 「そういうもんですかね……」

 「そういうものです。さっきも、事実は、この二人が草原の枷
に一緒に繋がれていたというだけでしたが、私は、馬車の中で、
この事態をおおむね想像していましたから、どうしようかあれこ
れ考えながら二人の方へ歩いていったんです」

 「またまた……」
 ラルフはそんなことあり得ないと言わんばかりに嘲笑する。
 しかし、先生は大まじめだった。

 「あなたも、子供をもってその子を愛してみればわかります。
その子の顔色を見ただけで、たいていの腹の内は読めますから。
…愛する子供との間には言葉以上に必要なものがあるんですよ」

 「それって、何ですか?」

 「信頼関係です。言葉では言い表せない信用。これがなくなっ
たら親は子供をぶたなくなります。ぶてば虐待にしかなりません
からね。そして、愛され続けた子どもの方でも、そんな親の変化
をちゃんと感じ取って修正できるんです。これが親子の信頼関係。
お仕置きって、外から見ると野蛮な行為に見えますがね、これは
これで立派なスキンシップなんですよ」

 先生は、ラルフに向かって得意げに講釈していたが、キャシー
が部屋から逃げ出そうとするのを見つけると、慌てて呼び止める。

 「キャシー、あなたへのお話はまだすんでいませんよ」(`ヘ´)

 「お・は・な・しって……私は別に……ヾ(^_^)BYE」

 「別に?ですか?…『私はパティーにクレヨンを貸しただけ、
ピアノにお絵かきはしていません』とでも言うつもりですか?」
(`_´)

 「…(^_^;)…」

 「あなたがもっと幼くて、お馬鹿さんならそれも良いでしょう。
でも、あなたはもう10歳にもなってるし、何より、あなたは、
とっても賢い子なんです。そんな言い訳はしてほしくありません
ね」( -_-)

 「……(^_^;)……」

 先生はしばしキャシーの反応を待っていたが、応答がないみた
いなので、こう言わざるを得なくなった。

 「ごめんなさいが言えないみたいですね。どうやら、あなたは
自分でやってないから、私は悪くないと居直ってるのかもしれま
せんね。でも、幼い子をそそのかして罪に陥れるなんてことは、
ここでは許されないと何度も教えたはずですよ。忘れましたか?」

 「……ごめんなさい」
 キャシーの口からやっとゴメンナサイが出たが、ブラウン先生
は許さなかった。

 「しかも、あなたの場合は、単に自分で手を汚さないだけでは
なく、幼い妹たちがこの件でお仕置きでもされようものなら、隣
の部屋からその悲鳴を聞いては楽しんでいる。まったくもって、
悪趣味もいいところです」
σ(`´メ∂

 「……(-。-;)…………」

 「私はあなたのそんなところが嫌いなんです。そもそも、もし、
本当に自分が悪くないと思ってたら、あの枷の前で震えてたのは
なぜですか?叱られるような悪いことをしたと思っているからで
しょう」

 「……(-。-;)…………」

 「あなたは頭がよくて度胸もあるけど、人に対する思いやりは
欠けていますね。今日は、あそこへ行って座っていなさい。よい
と言うまでは降りてはいけませんよ」凸(ーーメ

 先生は、部屋の隅にしつらえられた小さな舞台に、これまた、
ちょこんと乗った木馬を指さす。それは幼児用の木馬を少しだけ
大きくしたようなもので、跨るとロッキングチェアのように前後
に揺れる。

 遊具のようなものだから、そこへ跨っても痛くもかゆくもない
はずなのだが、キャシーはなかなかその木馬に乗ろうとしなかった。

 「どうしました?恥ずかしいですか?私との約束ですよ。今度、
同じようなことをしたら、お馬に乗りますって約束したでしょう」

 ブラウン先生が少し強い調子で迫ると、キャシーの顔は今にも
泣きそうになった。

 「…………」

 というのも、この木馬へはショーツを脱いで乗らなければなら
ない約束になっていたからで、たとえ10歳の子供でも、それは
とてつもなく恥ずかしかったのだ。

 しかも、先生はこうした事には厳格で、同じ罰を14歳の子供
にさえ与えることがあった。

 「あなたはこうしたことが癖になってしまって、罪悪感が希薄
なのです。でも、それは直さなければなりません。そのためには
恥をかくお仕置きが一番いいのです」

 もちろん、10歳のキャシーは先生の命令に逆らえない。もう、
絶体絶命のピンチだったのである。

 「恥をかくって?」
 カレンはラルフに尋ねたが、答えたのはブラウン先生だった。

 「キャシー、お約束は覚えてますね」

 「…………」
 キャシーが無言のまま、小さく頷く。

 「分かっているならそうしなさい。お約束ですよ。ショーツは
脱いでお馬にまたがるんです。まごまごしてると夕食の時だって
下はすっぽんぽんです。それでもいいんですか?」(-_-メ)

 先生の怒りにラルフからは……
 「あ~あ、可哀想に……キャシーもいい加減に悟ればいいのに
……」

 パティーも不安そうに抱かれた先生の顔を見上げる。

 「お姉ちゃん、お仕置きなの?」
しかし、返ってきたのは小さな頷きだけだった。

 ここへ来て周囲はキャシーに同情的になったが、先生は譲らな
かったのである。

 「私は血も涙もない冷血人間ではありません。でも、しつけは
必要です」

 ブラウン先生は胸を張るが……

 「でもね、先生。今日はカレンも見てるし……キャシーだって
恥ずかしいですよ」

 ラルフが助け舟をだすが……

 「君もおかしなことを言いますね。恥ずかしいおもいをさせる
からお仕置きなんですよ。だいいち、ここは村の四辻ではありま
せん。ここには家族しかいないじゃありませんか。カレンだって
今日からはここの家族なんですよ」

 ブラウン先生は頑固だった。
 彼は、子供の悪戯やケンカ、しくじりといったことにはとても
寛容だったが、嘘をついたり人を陥れるようなことには対しては
厳格な人だったのである。

 「カレン、あなただってまだ子どもの年齢ですからね。これは
無縁ではありませんよ」

 先生はそう言い残して木馬の処へやってくると……

 「……!……」

 自らキャシーのショーツを引き落とし、短いスカートのすそを
腰の辺りまで跳ね上げてピンで留めてしまう。

 それが女の子にとってどんなに辛いか……。
 でも、ここではそれに逆らうことは誰もできなかったのである。

 「怖いかい?」
 ラルフがカレンの耳元でささやく。

「!」
 その声でカレンはハッと我に返った。

 今まで優しい人だとばかり思っていたブラウン先生の憤慨に、
少女の身体は、その瞬間まで固まっていたのである。

 すると、そんなカレンに向かってラルフが続ける。
 「先生って、モラルにはとても厳しい人なんだ。……何しろ、
わざわざ自費で小学校までは建てるような人だからね……」

 「小学校?」

 思わずカレンも口をついて言葉が出る。
 それに気づいてラルフの声はさらに小さくなった。

 「そう、ここは人里離れた場所にあるからね。孤児院から子供
を預かるだけじゃなく、小中学校まで作っちゃったんだ。おかげ
でみんな噂してるよ」

 「噂って……どんな……」

 「先生も、お歳だろう。もう、あっちの方が役に立たないもん
だから、子供で間に合わせてるんじゃないかって……」

 「あっちの方?」

 カレンがぼそっとつぶやく。彼女はまだ幼く、『あっちの方』
と言われても、それが何を指すものか、すぐにはピンとこなかっ
たのである。

 一方、その声を聞きつけた先生の方はヴォルテージはあがる。

 「ラルフ、聞こえてますよ。聞き捨てなりませんね。誰が青髭
ですか!」

 「誰もそんなこと言ってませんよ」

 「言ったじゃないですか、私が、さも子どもたちを自分の慰め
ものとする為に育てているようなことを……」

 「ですから、……噂ですよ。せ・け・ん・の・う・わ・さ……
まったく、年寄りはひがみっぽいんだから……」

 「あなたもそんな風に思ってるんじゃないですか?」

 「思ってませんよ!」

 「でも、小学校まで建てるなんて……凄いんですね」
 カレンが素直に驚くと、先生は少しご機嫌がよくなり、背広の
両襟を両手でぴんと伸ばしてやや反り返ると、例の得意げな笑顔
になって……

 「ありがとう、カレン。私に変な野心なんてありませんよ。ただ、
せっかく育てているのですから、子どもたちには私の望むように
育っていって欲しいのです。……男の子は男の子らしく、誠実で
勇気があって……女の子は女の子らしく、淑やかに、清楚に…」

 「(^_^;」

 「おかしいですか。…かもしれませんね。でも、私は、今様の
『自分でお金を稼いで成功することこそ女の子の幸せだ』などと
いう考えにはなじめないのです。それを野心というなら、そうで
しょうが……それに……この国では、小学校の認可は極めて下り
やすいのです。四五人の生徒とそれにふさわしい先生がいれば、
いつでも始められますからね。だから、この国の自由な教育制度
には感謝しているんですよ」

 先生はキャシーの木馬から戻ると、膝に抱いたパティーの為に
子守歌を弾いている。
 そのせいでもあるまいが、パティーは先生の胸の中ですぐに
寝てしまった。

 「あ~あ、この子、先生の膝で寝てしまって…ほら、パティー、
だめよ、先生のお膝で寝ちゃ」

 ベスが揺り起こそうとするのを先生が遮る。

 「あっ大丈夫。私がベッドに運びましょう。きっと、草むらに
繋がれていたんで、疲れたんでしょう。少しだけ昼寝をすれば、
また元気になりますよ」

 「キャシーもお昼寝させましょうか?」
 ベスがそっと助け舟を出すが……

 「いえ、あの子は夕食まであのままにしておいてください。もし、
その前にあそこを離れるようなら私に言いつけてください。もっと
目の覚めるようなお仕置きをしますから……今度の日曜日あたりは
特別な反省会を開いても、良いかもしれませんね」

 ブラウン先生の言葉は当然キャシーにも届いている。

 「…………」

 その瞬間は、まだ何か言いたげだったが……

 先生の鋭い眼光が、お尻りを丸出しにして木馬に跨るキャシー
の落ち着きのない瞳を射抜いてしまうと……

 「…………」

 そこはまだ子供のこと、少女はもう何も言えなくなって、ただ
ただ下を向いて耐えるしかなかったのである。

 「ベス、では頼みますよ」

 先生はパティーを抱きかかえると、部屋を出る。
 そして、ラルフには、カレンを連れて家の中を案内するように
命じたのである。

********************(4)*****

ギリンガムの水車場(コンスタブル)
ギリンガムの水車場(コンスタブル)

*************<第三章はここまでです>***

第3章 / §3

第三章
   カレンの旅立ち


§3

 先生とラルフ、それに新しい家族となった少女が、夜行列車を
乗り継いでたどり着いたのはウォーヴィランという山の中の田舎
町だった。

 週末こそ急行列車が臨時停車することもあるが、平日はというと、
お義理に列車がその駅に止まっても、誰も降りないし乗り込まない。

 だから、三人ものお客さんが降り立ったこの日は、その列車の
車掌さんにとっても特別な日。カレンが列車の床とプラットホー
ムの段差に戸惑っていると、車掌さんが抱っこしてぺんぺん草の
はえたホームへと下ろしてくれた。

 「ありがとうございます」
 カレンが恥ずかしそうにお礼を言うと車掌さんも恥ずかしそう
に帽子のひさしに手を添えてこたえた。

 抱っこだなんて、五、六歳の頃、お父さんからやってもらって
以来の事。ずいぶん久しぶりだったが、今はその時にはなかった
興奮が身を包む。

 『男の人から抱かれた!』
 カレンの体はもう完全な子供ではない。だから恥ずかしかった
のだ。心ひそかに興奮するカレンだが、もちろんそんな事は顔に
ださない。

 降り立った場所には青空と緑と新鮮な空気があったからカレン
にとってもそこは決して不快な場所ではなかった。

 「(わたし、ここで暮らすのね)」
 カレンは遠くアルプスの山々を見ながらあらためて自分が新た
なステージに立ったことを実感するのだった。

 と、それはともかく、ここはこんな田舎の駅なのだから、当然、
駅前にバスやタクシーなんて気の利いたものはない。
 先生たちは、駅前の農家に馬車を出してもらうと、それを足代
わりにして家路に着いていたのである。

 「馬車は初めてかい。お尻が痛いだろう?先生はドのつくほど
のケチんぼだから、お金はあるのに自分で車を買おうとはしない
んだ」
 ラルフの気遣いにカレンが笑う。
 「大丈夫です」
 カレンも慣れたのだろう。サー・アランの屋敷を出た時に比べ
れば、よく笑うようになっていた。

 しかし、ラルフの言葉に先生は不満そうだ。

 「ラルフ、何度言ったら分かるんですか、私はケチで車を買わ
ないのではありません。あの排気ガスの匂いがいやなだけです。
カレン、あなただって、ああした石油ガスの匂いは嫌でしょう?」

 「ええ」

 「ほれ、ごらんなさい。誰だってあんな匂いは嗅ぎたくないの
ですよ」

 得意げに先生が胸を張ると、ラルフが……

 「そうですかねえ。私は子供の頃、車が来ると喜んであの匂い
を嗅ぎに行ってましたけどね。……なんて言うか……そう、文明
の香りでしたよ。あれは……」

 「馬鹿馬鹿しい、よほど野蛮な町で育ったんですね。あなたは
……カレン、これから行くカレニア山荘はそれはそれは美しい所
ですよ。あなただって、きっと気に入るはずです。……四季折々
の草花に囲まれ、澄んだ湧き水にボート遊びもできます……おう、
早いですね。もう見えてきました。若い娘さんと一緒だと、とり
わけ、時間のたつのが早く感じられます。……???」

 ブラウン先生はそこまで饒舌に語りかけていたいたが、ふと、
窓の外に何かを発見したようだった。

 「あっ、すみません。ここで止めてください」

 先生は馬車をいったん止めさせると、にやりと笑って、馬車を
降り……

 「あなたたち先に行って待っててください。私もすぐに山荘へ
戻りますから」

 そう言い残して、今はツユクサの花が咲き乱れる草原へと歩み
出したのである。

 「どうかなさったんですか?」

 心配そうにカレンが尋ねると……
 ラルフは……

 「いえね、子どもたちがお仕置きされてるのを見つけたんで、
助けに行ったんですよ。とにかく子供の好きな人だから……」

 「……」

 カレンは先生が行こうとしている方向に目を凝らす。

 と、確かにそこには、生い茂る夏草に隠れるようにして二人の
幼い女の子が見て取れた。

 ただ、ラルフが言うように二人がお仕置きされているのなら、
大人の姿が見えないのが不自然だし、だいいち、遠目からにしろ
二人の少女が泣き叫んでいるという様子もなかったのである。

 「私たちも行ってみますか?」

 悪戯っぽい顔をしたラルフの誘いに、

 「いいんですか?山荘で待ってなくても……」

 と尋ねると、意外な答えが返ってくる。

 「かまいませんよ。どうせ、あの子たちも先生にとっては自分
の子供のようなものなんですから……」

 「子供のような?……」

 いぶかしがるカレンにラルフは説明する。

 「先生は里子を7人ほど育ててるんです。あれはその中の二人
なんですよ。…さあ、僕たちも行ってみましょう。ここからなら、
山荘へも歩いてそんなに遠くありませんから……」

 ラルフは御者に荷物を山荘へ運び込んでくれるように頼むと、
四百メートルほど行った先からカレンと一緒に先生のあとを追う。

 一方、先生の方は、一足先に目的地に着いていた。

****************************

 「やあ、二人とも元気だったかい」

 そこは広い草原の真ん中。色とりどりの草花に囲まれて女の子
が二人、先生を迎えてくれたのである。

 「先生、おかえりなさい」
 「おじちゃま、お帰りなさい」

 一人は6歳くらいで草原に両足を投げ出して座り、もう一人は
少しだけお姉さんで10歳くらいか、柵の間に首と両手を乗っけ
たようにして立っている。

 二人とも今すぐにでも先生に抱きつきたかったのかもしれない
が、それはかなわなかった。

 「おや、パティー、お昼ご飯は食べたかい?」

 「食べたよ。お昼ご飯のあとで、ベスおばちゃんがここへ連れ
て来たの」

 「おいた、したのかい?」

 「わからないけど、そうみたい。とっても怒ってたから」

 「そう、恐かったねえ。(∩.∩)でも、もう大丈夫だよ。
おじいちゃんが外してあげるからね」

 先生はパティーの前では終始笑顔で、彼女の頭をなで、おでこ
やほっぺを擦りあわせてはあやしている。そして、彼女の両足を
挟んでいた厚い板の掛け金を外してやると、自由になったお祝い
にと飛びついてくる彼女の暖かい抱擁を受けることになった。

 「わあ、ありがとう、ありがとう」

 ブラウン先生はパティーから首っ玉にしがみつかれて少々困惑
気味だったが、その顔は満面の笑みのままである。

 「わあ、寂しかったねえ。……でも、もう大丈夫だよ」

 先生は、じゃれつくパティーがこうして欲しいのだと悟って、
彼女のお尻をすくい上げると、肩の上へ。

 「(はははは)高いだろう。パティーは高いところが大好きだ
もんな」
 「うん」

 そして、その姿のまま、今度はキャシーの元へと向かうのだ。

 「やあキャシー、元気かい?君もこう毎日毎日同じ風景ばかり
じゃ、見飽きるでしょう?こいつもたまには角度を変えてやった
方がいいかもしれませんね。どうせ、明日もまた使うことになる
でしょうから……」

 先生が皮肉を込めて『こいつも』と言って叩いたのはピンクや
モスグリーンやライトブルーなんかで塗り分けられたぶ厚い板。
色だけはカラフルだが、こちらはパティーのとは違い、立ったま
まの姿勢で首と両手首を両方いっぺんに厚い板に挟まれていた。

 これはピロリー(pillory)と言って、その昔、破廉恥な罪を犯し
た者をさらし者にしておく為の枷。もちろん中世の頃のものでは
なく、先生が新たに挟む部分にクッション材をいれたりして考案、
新たに建具職人に作らせたものだった。
 
 つまり、地面に座っていられるパティーに比べて、立たされた
ままのキャシーの方がお仕置きとしても重いものだったのである。

 「ところで、キャシー。この間は森の入口でブナの木の妖精を
やってたみたいだけど、今日はこちらの草原で何をしてるのかな。
今回はモンシロチョウの妖精にでもなったのかい?」

 先生の言うブナの木は、森の入口にあって、ここにも同じ様な
枷が設置してあった。キャシーは、昨日まで、そこの住人だった
のである。

 彼女、そこに繋がれた時に……

 「わたし、ブナの木の妖精になったの」

 なんて、先生に強がりを言ったもんだから、先生がからかった
のだった。

 しかし、パティーもそうだが、このキャシーも、先生の登場に
笑っている。こちらは何だか苦笑いだが、二人には悲壮感はまる
でなかった。むしろ先生が現れて、二人は『助かった』と思って
いたのだ。

 実際、先生は子供たちの期待を裏切らなかった。

 「ほら、クマさんが寂しがってるよ」

 先生は、キャシーにまとわりつく窮屈な首輪をはずしてやる為、
まずは、パティーを地面に下ろし、転がってしまったパティーの
クマのぬいぐるみを抱かせる。
 パティーに、もう抱っこから降りなさいというわけだ。

 「さあ、今度はお姉ちゃんのお仕置きを解いてあげようね」

 点数稼ぎというわけでもないだろうが、先生は、幼い子供たち
にとても優しかった。
 ただ、キャシーについて言うと、彼女の場合は無条件で自由の
身になったわけではなかったのである。

 そんなブラウン先生がキャシーの枷を外そうとした瞬間だった、
後を追ってきた二人が先生の前に登場する。

 「おや、お二人さん?馬車を降りたんですか?そのまま乗って
行けばよかったのに。ここは露草で足元が濡れますよ。……ま、
いいでしょう。ここから自宅まではそう遠くありませんから」

 先生は例によって小首を傾げて微笑を浮かべる。

 その笑顔の向こう側を覗き込むようにして、ラルフが止まり木
の住人をを発見する。

 「おやおや、キャシー。また君かい!まだ小さいのに悪戯だけ
は一人前なんだから……今日は何をやらかしたんだ!……あまり
目に余るようだとまた孤児院へ返されちゃうぞ!」

 少し嘲笑気味にラルフが叫ぶと、先生はむしろラルフを諌めた。

 「ま、そう怒りなさんな。この子にはまだ自分のしている事が
どれほどの悪事か分かっていないのです。何にせよ、子供は元気
なのが一番です。こんな所に縛ってしまうと、せっかく神様から
戴いた無限の可能性がしぼんでしまいます。特に女の子は独りに
しておいていいことはあまりありません。常にみんなのいる所で、
たっぷりと、可愛がってあげないとね……」

 先生はそう言って、あらためてキャシーの枷もはずしてはくれ
たのだが……

 「……こんな所に見張りもおかず孤独にしておくくらいなら…」

 「あっ、だめえ~」

 キャシーは事態の急変を悟って、慌てて叫んだものの、手遅れ
だった。

 先生は大柄な人ではないものの、10歳の少女くらいならどう
にでもなろうというもの。
 先生はキャシーの身体をいったん軽々と空中に放り投げてから
キャッチ。手頃な石の上に腰を下ろして……

 「いやあ~ん、ごめんなさい…だめえ~やめてえ~(パン!)」

 可愛いお尻を叩き始める。

 「いやあん、恥ずかしいから……」

 こんなに小さい子だから、そんなのは当然とばかりにショーツ
も剥ぎ取られてしまった。

 お嬢様の時は時間を掛けるので最初は軽くだったが、今度は、
最初から一つ一つ力を込めて叩き始める。

 「キャシー、私が何も知らないと思ってるんですか!(パン!!)」

 「いやあ、ごめんなさ~い」

 「あなたの悪い癖は、何かというと人をそそのかして悪戯する
ことです。妹たちがお仕置きされてるのが、そんなにおもしろい
ですか!それはあなた自身が直接やるよりいけないことですよ!
(パン!!)」

 「いやあ、痛い、痛い、もうやめてえ~」

 「やめて~じゃないでしょう!どうせ今度も、パティーをかど
わかしたんでしょう(パン!!)」

 「だめえ~~痛いの嫌い!(>_<)」

 「誰だって痛いのは嫌いです!(パン!!)」

 「いゆあ~~やめてえ~~(>_<)ゞ」

 「やめて~じゃないの!『わかりましたか』って、聞いてるん
ですよ!(パン!!)」

 「いやあん、わかりました。もうしませ~ん(/_;)」

 「本当に?(パン!!)」

 「ほんとう!やめて~だから、やめて~(>_<)ゞ」

 「本当?嘘じゃない?(パン!!)」

 「あ~~~ん、うそじゃないから~~~(T.T)」

 「信用できませんね(パン!!)」

 「ほんとに、ほんと、本当だから(>_<)」

 「今度、嘘ついたら、ローソクのお仕置きですからね(パン!!)」

 「いやあ~ん、だめえ~~、ローソクはだめえ~~(T_T)」

 「だめえ~って、仕方がないでしょう。キャシーがいい子なら、
こんなことにはならないんですから。そんなに嫌なら、言われた
ことをよ~く覚えておきなさい(パン!!)」

 「なりなます。いい子になります。約束します。本当に…約束
しますからあ~(;。;)」

 「だったら、本当に約束するね(パン!!)」

 「だから、ローソクだめえ~(>_<)」

 「本当だよ!!(パン!!)」

 「本当に約束します。いい子になります(>_<)ゞ」

 「ようし、じゃもういい」

 先生はほとんど力任せとも思えるような力で、10歳の少女の
お尻を一ダースも叩いた。

 もちろん、力任せと言っても理性を失っていたわけではないの
で手加減はしているのだが、幼い子には長い時間のお仕置きより
厳しくても短い時間の折檻が有効だというのが先生の持論だった
のである。

 先生は絹のハンカチでパティーの顔を拭うと、みんなで一緒に
手を繋いで家路につく。

 そして、もう家に着く頃には……

 「ねえ、おじちゃま、バーディーのお人形買って……」
 「この間、買ってあげたんじゃなかったかい?」
 「新しい着せ替えセットがでたのよ」
 「あ、パティーずるい。それ、私が最初に見つけたやつでしょ。
それは私が先よ」

 パティーにしろ、キャシーにしろ、つい先ほどまで自分たちが
お仕置きされていたことなんて、けろりと忘れて、先生の両足に
まとわりつくと離れなくなっていたのである。

 草原のグラスは大人の腰の高さほどもあり、二人のチビさん達
なら顔が隠れるほど。しかも、露を含んでいるから、押し分けて
通るうちにその人の服を濡らしてしまう。

 そんな露草にカレンが気を取られるうち、いきなり視界が開け、
そのお屋敷はいきなり彼女の目の前に現れたのだった。

 『山荘って……こんなに大きいんだ』

 カレニア山荘は木造のロッヂ風だが、ホテルほどもある大きな
二階建ての建物だったのである。

*******************(3)******

第3章 / §2

第三章
    カレンの旅立ち


§2


 次の日、車の後部座席には三人が乗り込む。
 ブラウン先生にラルフ、それにカレンだ。
 そのカレンは、古いピンクのトランクに着替えだけをねじ込むと、
白いレースのハンカチが乗った籐製のバスケットを一つ手に持っ
ていた。
 まるでピクニックにでも行くようないでたち。

 「先生、色々ありがとうございました」
 お嬢様のお見送りはなかったが、サー・アランが車寄せで一行
を見送る。

 「それでは、これでおいとまします。吉報をお待ちください」

 「申し訳ありません。フランソワは何だか気分がすぐれないと
申しておりますので……」

 「いえいえ、お見送りは結構です。私は私の仕事をこなすだけ
ですから」

 ブラウン先生はいつもの様にこやかな笑顔。しかし、次の瞬間
は、その顔を少し引き締めて、こう付け加える。

 「……でも、これだけはお嬢様にお伝えくださいますか?」

 「何でしょう?」

 「『もし、あなたが音楽院に行くようなことになったら、この
程度のことで部屋に引きこもっている暇はありません』」

 「なるほどそうでしょうね。わかりました。伝えましょう」

 「音楽院というのは子ども相手の音楽教室とは訳が違います。
みんなが演奏家としてプロを目指して集まって来る処ですから、
毎日毎日全神経を音楽のことにだけに費やして暮らしています。
利用できるものは全て利用しても、最後に頼れるのは自分だけと
いう厳しい世界なんです。それを乗り越えさせる原動力はピアノ
で相手を振り向かせたい、自分の思いを伝えたい、と願う純粋で
愚かしい心だけなのです」

 「愚かしい?ですか?」

 「そう、愚かしいことです。人を振り向かせるには、音楽より
言葉の方が有効でしょう。権威やお金、容姿や暴力、計略だって
あります。それを音楽だけで、ピアノだけで、と願うのに合理性
なんてありません。馬鹿げています。でも、その愚かしさを貫く
人にしか、人を感動させるピアノは弾けないのです」

 「娘は愚かしくないというわけですか?」

 サー・アランが少し渋い顔をするが……

 「いえいえ、娘さんはまだ若い。やりたいもたくさんおありで
しょう。それはそれで大変結構なことです。多種多様の感性は、
その音楽に深みと余韻を与えます。でも、常に最後にはピアノが
残らないのなら、音楽院での暮らしは、ただただ空虚なものにな
ってしまうと申し上げているのです」

 「それを、昨夜、あなたが教えてくださったんだ」

 「いえいえ、そんな厚かましいことは想っていませんよ。ただ、
音楽院というところは一般社会より一世紀も昔の時計が支配して
いますからね……それをお嬢様に伝えたかっただけなのです」

 「野蛮なところなんでしょうかね?」

 「外の方にはそう見えるかも知れません。でも、何かをなそう
とすれば、そこはくぐらなければならない試練の火の輪なのです。
時計は古くても、それが必要だからそこに掛かっているんです。
そうしたことはいかなる分野にあっても同じでしょうが……おお、
これはこれは、話し込んでしまって、すっかり遅くなってしまい
ました。最後に、素敵なピアノありがとうございました。あの様
な名品を頂戴できるとは身に余る光栄です」

 「どういたしまして、でも、本当に必要だったのは、どうやら
演奏者の方だったようですね?」

 「ははは(^_^;)……それでは」
 先生はそれには答えず、フェルトで作られたハットのひさしに
軽く右手を添えると、例の調子で微笑んでみせた。

 「お願いしますよ」
 先生は運転手に一声かけて前を向く。
 車はこうして広い広いサー・アランの屋敷を出発したのだった。

****************************

 「何だかサー・アランは彼女の才能を知っていたみたいでした
ね?」

 ラルフが言うと……

 「当然です。音楽の事は知らなくても、彼は立派な教養人です。
私の気持ちを汲んで取りはからってくれたのでしょう。それは、
私も同じです。彼の気持ちに答えなければなりません。それが、
紳士というものです」

 凛とした先生の視線は何だが自分だけのけ者にされたようで、
ラルフには少し抵抗感がある。そこで……

 「はいはい、さようですか、私も大人なんですけどね……」
 と、少し腐った様子で言うと……

 「そう、そう、たしかに年齢的には……君も……そうですね」

 先生は、一人前の紳士を主張するラルフの顔を、まるで背伸び
する子供を見下ろす親のような目で見つめる。

 「あのう……」
 そんなブラウン先生に、今度はカレンが口を開いた。

 「先生、よろしかったらどうぞ。サンドイッチ作ってきました
から」

 すると、とたんに先生の顔色が変わった。

 「おう、これはこれは…忘れていました。ありがとうカレン。
あなた、気が利きますね」

 「いえ、これ、本当はスコルビッチさんが作ったんです」

 「おう!そうでしたか。あなたはなかなか正直だ」

 ブラウン先生の満面の笑みがお気に召さないのか、ラルフは、
つまらなさそうに、こう呟いた。

 「女の子は得ですね。何を言っても褒められるんだから」

 そんなラルフを無視して、先生はサンドイッチを一つ手にいれ
る。

 「君、つまらないひがみは、紳士の品格をさげますよ」

 ブラウン先生はそう言ってラルフをたしなめたが、すぐに、手
にしたサンドイッチに挟み込まれた小さな紙片に気づくことに
なる。

 「なんですか?それ?」

 異変に気づいて、ラルフが頬をすり寄せると、先生は少し厄介
そうな顔を作りながらも、こう言ったのである。

 「ナターシャ・スコルビッチ先生の伝言ですね。……『この子
を世に出してください』とだけ書いてありますね」

 「この子って?」

 「カレン以外にいますか?」

 気色ばむ先生にラルフはネクタイを緩めながら……

 「いや、お嬢様のことかと……」

 「だったら、こんなことする必要がないじゃないですか。面と
向かって、『お願いします』でいいでしょう。……彼女もやはり、
あなたの才能には目をつけていたみたいですね。あなたは幸せ者
だ」

 「わたしのこと?」

 「そうです。誰もがあなたのピアノに感動し、あなたの音楽を
今一度聞きたいと願っています。ピアニストにとってこんな嬉し
いことはありません」

 ブラウン先生はそう言ってカレンの頭をなでた。

 「……ただ、残念ながら、クラシックの道は……もう遅いかも
しれませんね。あそこは杓子定規で融通の利かない世界ですから
……」

 先生の目じりの皺が深くなり柔和な笑顔がのぞく。まるで実の
娘か孫でも見ているような優しい目だ。

 「……でも、大丈夫。型にはまったクラシックだけが音楽じゃ
ありませんから……ジャズ、ポップス、映画音楽……万人が感動
できる音楽にこそ値打ちはあるのです。軽音楽だなんて言って、
馬鹿にしちゃいけません」

 先生はいつの間にかまっすぐ前を見ている。
 そこには、広い広い葡萄畑の真ん中をまっすぐ切り裂くように
未舗装の道が丘の向こうへと続いていたが、あるいはもっと遠い
世界が、先生には見えていたのかもしれなかった。

******************(2)******

第3章 / 登場人物と§1

カレンのミサ曲


*************<登場人物>*********

(お話の主人公)
先生/トーマス・ブラウン
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。


(アラン男爵の家の人々)
サー・アラン
……広大な葡萄園とワイン醸造所を持つ人の良い男爵。
フランソワ
……サー・アランの娘。内気な娘だがカレンには敵愾心を持つ。
ナターシャ・スコルビッチ
……フランソワのピアノの先生。あまり容姿を気にしない。
その他
……お屋敷の女中頭(マーサ)メイドの教育係(スージー)等


(先生の家の人たち)
ウォーヴィランという山の中の田舎町。カレニア山荘
ニーナ
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品
ベス
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
パティー
……先生の里子(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋
キャシー
……先生の里子(10歳)他の子のお仕置きを見たがる
ヒギンズ先生
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。

****************************


第三章
    カレンの旅立ち


§1

 先生の取った行動は都会なら眉をひそめる人もいただろうが、
田舎ではそれほど突飛なものでもなかった。
 14歳は、都会でならもうそろそろ大人の女を主張し始めても
おかしくない年頃だが、田舎ではまだまだ純粋な子どもの年齢な
のだ。

 実際、くだんのお嬢様にしたって、つい数年前までは素っ裸で
川遊びをしていたのだから、田舎は生活の全てがまだまだ牧歌的
だった。

 実際、サー・アランの招いた招待客の中にも先生を非難する者
はいなかったし、無礼な振る舞いに出た14歳の小娘がみんなの
前でお尻を叩かれたとしても、それほど驚くには値しなかったの
である。

 もっとも、当のお嬢様だけは、やはり納得できなかったようで、
その後、何度も父親に抗議したり、愚痴を言ったりしたようだが、
サー・アランは受け付けなかった。

 そんなこんなでお嬢様は自分の部屋へ引きこもり、やがて、
夜もふけていった。

 ブラウン先生は夜の静寂(しじま)の中、居間のピアノで夜想曲
を弾いている。

 と、そこへカレンがやってきた。

 いや、正確には誰かに連れてこられていた。先生の視界の隅で、
彼女を押し出すような影がもう一つ見えた。
 それが誰なのか、先生にはおおよその見当がついていたが、
あえて呼び止めたりはしなかった。

 カレンの登場に、
 「どうしたのかね?」
 と尋ねると……

 「きれいなメロディーに誘われて……」
 と、たどたどしい答えが帰ってくるが、その顔は明らかに不安
でいっぱいというものだったのである。

 「これが弾けるかね?」

 「……少しだけなら」

 「じゃあ、弾いてごらん」

 「でも、それはご家族のピアノですから………わたしは………
メイドですし…」

 「そんなことはないよ。たしかにピアノは今もここにあるが、
これは、すでに私のものだ。サー・アランが気前よく私に譲って
くれたんでね。……持ち主の私が弾いてご覧なさいと言っている
んだから、メイドかどうかは関係ないだろう?」

 「…………」

 「それとも、まだ仕事が残っているのかね?」

 「…………」
 カレンは首を横にする。

 「もし、今、君に仕事があるとしたら、荷造りだけのはずだよ。
それも、ご主人に聞いただろう?」

 「…………」
 小さな顎が震えるように頷く。

 「聞くところによると、君の荷物は、あのピアノの他はトラン
ク一つで充分らしいから、それは明日の朝でも間に合うだろう」

 「私、やっぱり先生の処へ行くんでしょうか?」

 「そうだよ、嫌かね?」

 「いやって……そんなこと……」

 「ここのように広いお屋敷じゃないがね、君のアップライトを
置くスペースくらいはあるよ。……私もね、ちょうど、ベッドで
寝しなに聞くためのピアノ弾きを探していたところなんだ」

 「えっ!私が先生にピアノをお聞かせするんですか?!………
だって、そんなの無茶です」

 「無茶じゃないよ。私の所にはたくさんの子供たちがいるが、
みんな君より下手な子ばかりだよ。それとも、私の要請を断って
他に行く処でもあるのかね?」

 「いえ……でも、わたし、そんなに上手じゃないし……」

 「上手とか下手とかは問題じゃない。君の音楽に対する感性が
私は好きなんだ。相性というのかな。これは理屈じゃないからね、
うまく説明できないけど、こういう事ってどうしようもないこと
なんだ。中には、『テクニックはあるんだが、あの人のピアノを
聞くとどうも肩が凝る』というのもある。タキシードを着て聞く
音楽とパジャマで聞く音楽は違うんだ」

 「……(^_^)」

 「今、笑ったね。(^_^)…これは何もここのお嬢様だけの事を
言ってるじゃないよ。もっと、ずっと、ずっと著名なピアニスト
でもそれは同じなんだ。……ところで、スコルビッチ先生は普段
君にピアノを教えてくれるのかい?」

 「そんなことしません」
 カレンは慌てて首を横に振った。彼女は、いつの間にか繊細な
先生のピアノに魅了され、他の事はあまり考えられなくなってい
たのだ。

 彼女は先生が何者かを正確には知らない。だから、今はまだ、
ピアニストだと思っているのかもしれない。しかし、そんな事は
どうでもよかった。彼女にとって大事なことは……今、ここに、
自分にとっても共感できるピアノがあるという事。もうそれだけ
で、充分、幸せだったのである。

 「ナターシャさんは、私がピアノを弾いていると、わざと同じ
曲を演奏するんです。『私が下手だから、ひょっとして、意地悪
してるのかも』って思いましたけど………ただ、それだけです。
レッスンなんて受けたことありませんから」

 「そうですか、とにかく弾いてみませんか?」

 先生の勧めは、ついにカレンの心を動かす。

 「でも、お嬢様に聞かれたら……」

 「かまいませんよ。(∩.∩)大丈夫。あのお方には、まだ、
それが誰のピアノかを聞き分ける能力すら備わっていませんから」

 「まさか、そんなことって……」

 「いえ、そんなことがあるんです。だからいけないんですよ。
あのお方に見えているのは目の前の譜面だけです。……それを、
さながらキーパンチャーのように事務的に打ち込んでるだけ。…
それも、一言一句間違ってはいけないって、おどおどしながらね」

 「私だって、そんな……」

 「あなたは違います。……あなたにはスコルビッチ先生と私の
ピアノの違いだけでなく、その瞬間の心が分かるはずです。……
今、奏者が笑っているのか、泣いているのか、悩んでいるのか、
その心の動きがわかるはずです」

 「そんなことできません。……ただ、そうかなって勝手に思う
だけです」

 「分かるじゃありませんか。それって当たってるはずですよ。
それはね、自分が弾いていても他人が弾いていても、より楽しく
より美しく奏でたいという欲求が常に心の奥底にある人だから、
できるんです。自然と耳が肥えて、演奏者の微妙なタッチの差を
聞き分けられるようになるのです」

 「私はそんな……お嬢様のようなテクニックはありませんし…」

 「テクニックって?……そんなものは、必要となれば、いくら
だって学べますよ。大事なことは、自らの想いをピアノに託して
伝えたいと願う情熱。それと、神様から頂いたほんのちょっぴり
のセンスですかね。……これだけあれば、芸術家には充分な才能
なんです」

 「私には、そんな大それた事は……」

 「いいえ、謙遜する必要はありませんよ。半世紀、この世界に
身を置く男がそう言うのですから自信を持っていいのです。……
あなたは、今の自分にとってどんな技術が必要かを正確に把握で
きる人です。そして、ナターシャにもそれは分かっていますから
ね、あなたの求める技術を弾いてあげてたんですよ」

 「えっ?」

 「あなたはさきほど、ナターシャさんは私に何も教えなかった
と言いましたが、私はそうは思いませんよ。言葉で教えなくても、
あなたのピアノを聞いてそれはどう弾きこなすべきかを伝える事
はできますからね。あなたはそこで学んだはずです」

 「…………」
 カレンの口は開かなかったが、彼女には思い当たる節があった
のである。

 「あなたはナターシャさんが弾いたピアノを持ち帰って、あの
ピアノでなぞったでしょう」

 「…………」カレンは静かにうなづた。

 「あなたは知らないでしょうが、かつて彼女のリサイタルでは
そのS席がクラシックで優勝したサラブレッドと同じ値段だった
こともあるんです。そんな彼女に、あなたは、一晩で5曲も6曲
も弾かせているとしたら……これはもう、彼女の好意と言う他、
ありませんね。……カレン、あなた、本当に何も感じてなかった
のですか?……そんな事はないでしょう?」

 「ええ、毎回毎回、そのピアノが微妙に違うのは、感じていま
した。でも、ナターシャさんは何もおっしゃいませんでしたし…」

 「言えませんよ。彼女はお嬢様を教育するためにここへ招かれ
ているのですから……でもね、あなたの類稀な才能には、気づい
ていたはずですよ」

 「本当に、わたし、弾いてもいいですか?」

 「もちろん、さっきからずっとそれを期待してたのです。……
さあ、どうぞ」
 ブラウン先生は、ピアノ椅子から立ち上がると、新しい才能に
席を譲ったのだった。

 「……(すごいなあ、これがホンモノのピアノなんだ)」

 カレンは初めてその豪華なグランドピアノの前に座った。
 興奮のためか頬が赤く染まり、どぎまぎしているのが先生にも
わかる。
 鍵盤を叩くその瞬間まで、指先がかすかに震えていたが……

 「…………………………(これは!!!)」

 そんな彼女が弾き始めたのは静かなメロディー。しかもたった
16小節だけ。
 しかし、圧倒的な余韻が残った。

 「これは何という曲ですか?」

 「私の即興です。ミサの時、心の中でいつもこのメロディーを
つぶやくんです。神父様には悪いんですが……」

 「韻を踏んだ曲は苦手ですか?」

 「……」
 先生にそう問われて、カレンは頬を赤く染めた。

 「でも、美しい。ハ長調にも、まだこんなに美しいメロディー
が残っていたなんて、驚きです」

 先生がカレンのメロディーに感銘を受けていた、まさに、その時、
招かざる客が声を掛ける。

 「先生、まだこんな処にいらしたんですか?明日は早立ちだし、
もう、寝ましょうよ。そのピアノの荷造りはこっちでやってくれ
ますよ」

 「ラルフ……」
 先生は、さも残念と言わんばかりの顔になった。

 そのラルフが近づいてピアノから飛び上がるように立ち上がっ
た少女に気づく。

 「おっ、カレン。さっそく弾いてたのかい?…でも、よかった
じゃないか、ピアノのおまけで、お前も連れて行ってもらえる事
になって……」

 ラルフがこう言うと、先生は苦虫をかみ砕いたような顔をして
こう反論する。

 「ラルフ、君のような朴念仁には理解できないかもしれません
がね、おまけは彼女じゃなくて、このピアノの方なんですよ。私
がこのピアノを褒めそやし、サー・アランにこのピアノが欲しい
と申し出たのはね、ピアノが欲しかったからじゃない。この子が
欲しかったからなんだ」

 「彼女、そんなに高い売り物になるんですか?」

 「……」
 先生はとうとう口をつぐんでしまった。

******************(1)******
リュートを弾く天使

第1章 メイド服のピアニスト(§1~§7)


               第 1 章
          メ イ ド 服 の ピ ア ニ ス ト

 車はやがてサー・アランの屋敷へと到着。

 「う、ひょう~……こりゃあ、たまげた。まるでお城ですね。
これじゃあ、使用人も十人以上はいますね」

 「何を言ってるんですか、桁が一つ違いますよ。あなたの言う
十人程度でよければ、その扉の向こうに並んでますよ」

 先生の言う通りだった。扉が開かれると、メイドや執事などが
ずらりと並んで二人を迎える。しかし、やはり彼らを一番待ち望
んでいたのは、この屋敷の主だった。
 玄関の大きな扉が開くなり二人のもとへ駆け寄ってきて……

 「先生、こんな草深い田舎へようこそおいでくださいました。
お引き受けくださった後も、本当に来ていただけるか、そればり
案じておりました。私はもう、先生にお目にかかれただけで感激
です」
 サー・アランは早速先生の両手を握ってまくし立てた。

 「いえ、いえ、男爵様のお招きとあらば、こちらもお断りする
理由がございますまい」

 「詳しいお話は、また御夕食を挟んでいたしますが……」

 「いえいえ、あらかたのことはお手紙を頂戴したので承知して
おりますよ。…きっと、何かの手違いでしょう。音楽院にも時々
おっちょこちょいなのがおりますからね……」

 二人の会話を後目に秘書のラルフはその豪華なロビーをあちら
こちら見学している。そして厚いペルシャ絨毯の敷き詰められた
螺旋階段の上から、おどおどした様子でこちらをうかがっている
一人の少女に気づくのだった。

 「やあ」
 彼は笑顔を振りまくが、視線をそらされ無視されてしまう。
 そのうち……

 「ラルフ、行きますよ」
 
先生の一言で、大人たちが動き出す。

********************(1)*****

 来客の二人は広い寝室付きの居室へと通された。普通のホテル
なら5部屋もまかなえようかという広さである。

 「先生……先生は、ここの主人の用向きをご存じなんですか?」

 ラルフが尋ねると先生はこともなげに答えた。
 「当然です。こんなことはこの時期なると、どっからともなく
数件舞い込みますからね。……おそらくは……さきほど君が袖に
された、あの娘」

 ブラウン先生は衝立の陰に置かれていた洗面用具を見つけると、
さっそくそこへ出かけていって、ポットから水を洗面器に移し、
石鹸を泡立て始める。

 「袖にって?……たって!あれはまだ子どもじゃないですか」

 「あの子が、きっと音楽院の試験に落ちたんでしょう。でも、
あきらめきれない。そこで不憫に思った親御さんは、娘を音楽院
に入れる為に私に白羽の矢を立てたというわけです。私が紹介状
を書けば八方丸く収まりますから……」
 先生はそこまで言って洗面器に顔をつける。

 「なるほど、………でも、ですよ。その娘がどうしようもなく
下手だったら?」

 先生は洗面器から顔を上げると……
 「まず、その心配はいりません。これだけの名家なら、当然、
受験のためにはそれなりの家庭教師をつけているはずです」

 「なら、なぜ落ちたんです?」

 今度はタオルを探しながら……
 「あなたは人生経験が浅いですね。……考えてもごらんなさい。
こんな田舎で蝶よ花よと育てられている娘がいきなり人生初めて
の舞台に立ったんですよ。緊張して当然でしょう」

 「じゃあ、なぜ学院は落としたんですか?……父親は男爵だし
資産家だから多額の寄付も見込めるでしょうに……」

 先生は顔を拭き終え、今度は窓辺へとやって来た。

 「だからです。堅物というのは、どの世界にもいるんですよ。
学院の財政状況は音楽教育とは関係ないと高をくくってる人たち
がね。……でも、そんな人たちでも……学院のお財布を預かって
いる人たちから頼まれれば、そうむげには断れやしません。……
それにです。実際、お荷物になるほどひどい娘というのなら……
それはそれで、私にも断る手だてはありますから……」

 「なるほど」

 「おう、やってますね。ここまで聞こえますよ」

 「えっ!」

 ラルフは先生が腰を下ろす出窓に近づいた。そして、身を乗り
出して、ピアノの主を覗き見てみたのである。

 一方、先生はというと、流れてくるピアノの音色以外に興味は
なかった。

 「月光ですね。……ん、……不思議な編曲だが……でもこれは
以外に筋がいい」

 先生のにんまりとした顔を尻目にラルフの顔が曇る。

 というのも、身を乗り出した窓から、その眼下にピアノの主が
見えるのだ。それは、先ほど階段の上からこちらを心配げに見て
いた少女とは別人だったのである。

 しかも彼女はメイド服を着ておんぼろなアップライトピアノに
向かっているのだ。

 『大丈夫かなあ、この先生。お嬢様のピアノと女中のピアノの
区別もつかないで……』
 ラルフがこう思ったのは無理からぬ事だった。

 「は、はあ~ん、分かりましたよ。あのピアノ。一オクターブ
高いミと一オクターブ低いラの音高が少し変なんです。ですから、
彼女、それをカバーして弾いているんです。でも、彼女なかなか
センスがありますね。よほど耳がよくないとこうは弾けない」

先生は依然として楽しそうだったが、ラルフはこう言わざるを
得なかった。

 「先生、違いますよ。だって、あの娘、メイド服なんか着てる
し、第一ここから見てもあのピアノは上等とは言えませんから」

 すると、先生。半眼に見開いた目でラルフを睨みながら、こう
言ってのけるのだった。

 「無粋な人ですね。あなたは……そんなこと、わかってますよ。
でも、そんなこと、どうでもいい事じゃありませんか。…大事な
ことは、今、この瞬間、心地よいピアノの音が窓から流れ込んで
旅の疲れを癒してくれている。……それだけで充分でしょう」

 ラルフはお手上げといった様子で肩をすぼめる。

 が、世の中、何も無粋なのは先生の秘書ばかりではなかった。

**********************(2)***

 「カレン!あんた、また、こんな処で油売って……もうみんな、
晩餐会の料理を運んでるのよ」

 無粋な声に、たちまちピアノの音はかき消されてしまう。

 「すみません、今すぐ行きますから」

 ラルフはこの時初めてカレンという彼女の名前を知り、その声
を聞いた。

 そして半分ほど開いた丸窓から彼女の横顔がのぞいているのを
見つけると、透き通るような白い頬をさして流れて落ちる黒髪が
肩先で小さくカールされているのを脳裏に刻みつけるのだった。

 「もういいわ、今さら台所に行ってもろくに仕事も残ってない
でしょうし……」

 先輩の冷たい声が、砕けたガラスの刃のようにカレンの心臓を
突き刺す。

 「そんな事より、不本意ながらあなたの教育係を仰せつかって
る私としては、あなたに言っておかなければならない事があるわ」

 「……」
 少女のうつむく顔がラルフにはいとおしく、そんな自分の顔を
ブラウン先生が覗き込んでいるのさえ気づかないで見とれていた
のである。

 「あなた、いったい何様のつもりなの。そりゃあ、連れてこら
れた時は、ご主人様のお世話だって聞かされてたけど、……でも、
その仕事は、もう首になったんでしょう!?」

 教育係の言葉にカレンの顔が赤く染まった。

 「だったら、今は、何なの?……ここにいる大勢のメイドの中
の一人よね?……それも、かなりできの悪い……新米の……」

 「……」
 カレンの顔に影がさし、小さく頷く。彼女自身もそんな自分の
立場を承知しているようだった。

 「だったら教育係である私の教育を受けるのは、あなたの義務
じゃなくて?……」

 教育係から教育を受けると言うのは有り体に言えば罰を受ける
ということ。カレンは顔を少し上げ、見開いた眼を教育係に向け
たが、その顔は硬直したままだった。

 「……それとも、何かしら、そのおんぼろピアノを背負って、
あなた、ここを追い出されたいのかしら?」

 「……」カレンの表情が今度は青ざめる。
 堅くこわばるは表情は、教育係と称するこの先輩メイドの言葉
が、いたいけな少女にとって、とてつもなく重いものである事を
示していた。

 「かがみなさい」

 そう言った瞬間、ラルフの目には、窓越しに教育係のメイドが
籐鞭を握っているのが見える。彼女がカレンの向こう側を横切っ
たのだ。
 癖のある赤い髪はぼさぼさで、もとより化粧などしていないし、
目の下にうっすらソバカスの残る童顔の娘だった。カレンとは、
それほど歳が離れていないようにも見えたのである。

**********************(3)***

 「さあ、どうしたの?……それとも、ここを出る決心がついた
のかしら?」

 激しくかむりを振るカレン。長い髪が首筋にまとわりつくよう
に、ばさばさっと揺れる。
 彼女にしても行くあてなどあろうはずもないのだから、答えは
始めから決まっていそうなものだが、それに答えるにはいくらか
の勇気が必要だったのである。

 「少しは物分かりがよくなったのかしらね」

 カレンは、今までピアノを弾くために座っていた丸い椅子に、
今度は両手を着いてかがむと、空いたスペースの向こうの壁には
ミケランジェロだろうか聖母子が掛かっているのがわかる。

 しかし、これでも教育係としては充分ではなかった。

 「こういう時はね、自分でスカートはめくるものなのよ。……
お嬢様」
こう皮肉って、彼女は足首までを覆っていたロングスカートの
裾を、すべて腰の上までたくし上げたのである。

 カレンの背筋に悪寒が走るが……

 「いいこと、お嬢様。こんな時はね、ご親切ありがとうござい
ますって言うのよ」
 スージーにこう言われれば、やはり……
 「ご親切、ありがとうございます」
 カレンもこう答えるしかなかった。

 ただ、それからはしばらく間があく。スージーがカレンのお尻
をじっくり観察し始めたからだ。
 『どう、料理しようか』
 そう思ってるのかもしれなかった。

 まだ14歳の少女の太股は子ども子どもしているが、それでも
ショーツに包まれたお尻の部分だけは、幾分か女を主張し始めて
いる。

 しかし、すらりと伸びた白い足は華奢で、日頃、野山を駆け回
っている田舎娘ほど頑丈ではなかった。

 ラルフは、普段、なかなか外気にさらされることのない華奢な
足が、今、寒そうに震えているのを見ると、素直に『可哀想だ』
と思った。憐憫の情を禁じ得なかったのである。

 「ま、この程度の過ちなら、普通は、鞭が二ダースってところ
だけど……あなたの場合、耐えられるかしらね?……間違っても
粗相なんてしないでよ」

 教育係の忠告は、ショーツの上でぴたりと止まった籐鞭の先端
からもカレンの体の中へと送り込まれていく。

 すると、そんな静寂のなか、カレンの唇が震えだすのが見えた。
 今、その鞭の先端からは恐怖という名の薬液が注入され続けて
いるのだ。

 それがカレンの身体に十分染み渡ったところで……

 「さあ、しっかり受け止めなさい」
 スージーがそう言うと、それまでぴたりと綿のショーツの上で
止まっていた籐鞭が数回そこをゆっくりこすりつけてから離れて
いく。

 「ひゅ~」

 軽い音ともに最初の衝撃がやってきた。

 「あっ!」
 「ピシッ」
 手慣れた感じで鞭がしなり、ショーツの上で弾む。

 決して強く叩いた感じではなかったが、カレンはそれを全身で
受け止めたようだった。

 続いて二つ目。

 「あっっ」
 「ピシッ」
 思わず、カレンの息が乱れる。おそらく自分が予想しなかった
タイミングで次が飛んできたのだろう。
 気のせいか、ラルフには教育係がうっすら笑ったように見えた。
 その直後、ふたたび……

 「いやあっ」
 「ピシッ!」
 カレンの両足が初めてばたつく。

 まだ思春期を迎えたばかりの少女に下される過酷な懲罰を覗き
見るのは、紳士としてはあまり立派な趣味とは言えない。それは
わかっていたが、ラルフはこの光景に目を奪われていた。

 「あっ、だめえ」
 思わず、次ぎに鞭が飛ぶタイミングでカレンが振り返る。
 しかし、それは今の彼女には詮無いことだったのである。

 「何がだめなの。ちょっと優しくし過ぎたから、くすぐったい
のかしら?…さあ、前を向きなさい。お仕置きは始まったばかり
なのよ」

 教育係のこの一言で、カレンはふたたび前を向かされてしまう。
 カレンにしてもそうした事情はわかっていた。このまま、歯を
食いしばって教育係の鞭に耐えなければならない事情は……

 「まったく、最近の子は堪え性がないんだから困りもんだわ。
私が子どもの頃なんて、たった3つで後ろなんか振りかえろうも
のなら、問答無用でショーツをおろされたものよ」

 「すみません」
 こう言わなければならない立場もカレンは承知していたので
ある。

***********************(4)***

 「ほら、いくわよ」
 ほんの少しいらついた声がした後、また同じ事が繰り返される。

 「ピュッ」
 「いたあ~い」

 「ピュッ」
 「あ~~だめえ~」

 「ピュッ」
 「ああっ~あああ」

 もうカレンのダンスは止まらなかった。腰を振り、足をばたつ
かせ、お尻をしきりに上下させる。肩が笑い、籐鞭が当たるたび
にいやいやをして髪がなびく。長い髪に隠された向こう側では、
泣いた顔がこの痛みに耐えているに違いなかった。

 「まったく、だらしがないね。このくらいの事でじたばたする
なんて、あんた、親からいったいどんな教育を受けてきたんだい。
この辺じゃあ、お姫様だって、もうちょっと我慢するよ」

 「ごめんなさい」

 「さあ、謝ってばかりいないで、両手をついて踏ん張るの。私
だってあんたのお仕置きだけが仕事じゃないんだからね」

 「はい……」

 「返事だけは一人前だ。…………さあ、もう一つ」

 「ピュッ」
 「あっっっっっっちっ」

 「ピュッ」
 「ひぃ~~~いやあ」

 「さあ、もう一つ」

 「いやあ!!だめえ~~~」

カレンは、とうとうその鞭が振り下ろされる前にその場にしゃ
がみ込んでしまった。

 「何なの、それ?…反抗してるわけ?……いいわよ、それなら
それで、ここにはあなたを無理矢理閉じこめておかなければなら
ない理由は、これっぱかりもないんだから。いつだって荷物まと
めて出て行ってちょうだい」

 カレンにとって、それは辛い言葉だった。寄る辺なき身の上の
彼女にとって、ここ以外に生活できる場所はないのだ。

 「ごめんなさい、立ちます」

 カレンは勇気を振り絞って立ち上がろうとした。が、教育係は、
そんなカレンの勇気に水をさす。

 「だいたいメイドのぶんざいでこんな大仰なピアノを持ち込む
なんて、聞いたことがないわ。あなた、ここのご主人の人が良い
のにつけ込んで、いくらかせしめようとしてるんでしょう」

 「ち、違います」

 「……だって、あなた、本当はご主人のお下の世話で呼ばれた
って言うじゃない。だから、こんな立派な個室まで戴いたのに、
いざとなると、それも拒否したんですって?まったく、いい度胸
してるわ」

 カレンにとって教育係のこの言葉は最も辛いものだった。
 というのも、その一つ一つに嘘がないからである。

 実際、この14歳の少女は、曖昧な形とはいえ、ここの主人の
下の世話を約束してここへ来ていた。父の形見であるこのピアノ
を置いてもらえるという条件の前には、何でも飲むしかなかった
のだ。

 うぶな彼女には、それが具体的にどんな事なのかを彼女自身が
知っていたわけではないのだが、嘘をついたという負い目だけは
カレンの心の中にしっかり残っていた。

 カレンは丸いピアノ椅子によろけるようにしがみつき、自ら、
スカートをまくり上げると、教育係がため息混じりに吐き捨てる
残りの繰り言を、お尻をつきだした不格好な姿勢のままで聞いて
いたのである。

 「しかも、今度はメイドで雇ってくださいだなんて、よく言え
たもんだわ。……盗人猛々しいって、きっとあなたのような人の
ことだわね。ま、それだって、今のところまともに勤まっていな
いようだし、ここから追い出されるのも時間の問題ってところだ
わね」

***********************(5)***

 教育係は地元の小作人の娘だった。幼い頃から父と言わず母と
言わず、ことあるごとに鞭で育てられた彼女にとって三つ四つの
鞭ですぐに悲鳴を上げる娘は、何だかとてつもなくだらしのない
女として映ったのだ。

 「さあ~て、どう料理しようかしらね。こんな意気地なしは…」

 小声でつぶやくうちに、彼女はまだまだこれから発達が見込め
る可愛いお尻を眺めて、ふと悪戯心が湧いてしまうのだった。

 『この子、売春宿にいたにしては、まだすれてないし、これで
けっこう可愛いじゃない』

 逃げ惑い、やがて追いつめられる灰色ネズミを見下す猫のよう
な視線でカレンのお尻を見下ろしながら、教育係は籐鞭を自分の
胸の前で半円形にしてそのしなり具合を確かめる。
 そして、それまで使わなかった手首のスナップも、ほんの少し
生かして、カレンのお尻をヒットしてみた。

 そう、ほんの少しだけ強く叩いてみたのである。

 「ピシッ!」
 「いやあ!」

 まるでびっくり箱のふたが開いたように、カレンが立ち上がる。
 いや、飛びあがったと言う方が正確だろう。ほんの一瞬だが、
彼女の両足は床に着いていなかった。

 「あらあら、驚かしちゃった?でも、これくらいが、ここでは
当たり前なのよ。今までは、ご主人様の寵愛があるらしいという
ことでこちらも手加減してきたけど、これからはそうはいかない
わ。ふ抜けた女中には特に厳しくというのが、女中頭のマーサ様
のご指示でもあるんですからね。あなたも覚悟しておくことね」

 カレンは教育係の声をその硬直した顔のままで聞く。
 彼女自身、お勤めをおろそかにするつもりはないのだが、この
ピアノの前に立つと、時間はあっという間に過ぎ去ってしまうのだ。

 『このままではここを追い出されてしまう』

 カレンの心がなお一層曇った。彼女にとっての一大事はこのお
屋敷を追い出される事というより、父のピアノを弾く場所がなく
なることだったのである。

 ところが、そんな進退窮まったカレンの耳に、先程とは打って
変わって猫なで声のスージーの声が届く。

 「ねえ、カレンさあ。今さらこんなこと言うのも変だけど、私は、
あなたのピアノが好きよ」

 教育係はピアノ椅子につけたカレンの両手を取ると、代わりに
その椅子へ自ら腰をおろしてきた。

 『なぜ?』『どうして?』『今さら?』
 戸惑うカレンにスージーは続ける。

 「ねえ、これはあなたの心がけしだいだけど……私……あなた
の味方になってあげてもいいと思ってるの。そりゃあ、あんたは
役立たずの木偶の坊だけど、このお屋敷に女中なんては大勢いる
んだもの。あんた一人の手がなくても、どうとでもなるわ」

 「どういうことですか?」

 あまりに意外な展開に、むしろさらなる怯えさえみせるカレン。
そのカレンに向かって、スージーはこう続ける。

 「これからあなたは、お屋敷の仕事の他に私から言いつかった
用もこなすの」

 「お仕事が増えるってことですか?」

 「だから、お屋敷の仕事は形ばかりでいいのよ。大事なのは、
私の方……」

 「スージーさんの身の回りのお世話をするんですか?」

 「ま、そういうことね……女中頭のマーサ様が、私もそろそろ
一人前になったから身の回りの世話をする娘を一人つけてもいい
っておっしゃってくれてるの。……誰にしようか迷ってたけど、
どうかしら?あなた……どうせろくに仕事もできないんだもん、
いいお話でしょう?」

 「…………」
 まだ十四歳になったばかりの彼女には、教育係の言っている事
が、今ひとつ飲み込めない様子だった。

 「どうしたの?私じゃ不満?……そんな贅沢は言えないはずよ。
……どの道あなたって、ご領主様のチワワになりたくて、ここに
来たんでしょう?」

 「チワワ?」

 「だからペットよ。人間ペット。だって、あなたは御領主様の
ご機嫌取りが仕事でここへ来たんでしょう?だったら、そっちの
方があなたには合ってるんじゃなくて…」

 教育係の言葉通り、確かに楽と言えば楽かもしれない。しかし、
カレンにしてみれば、それがどんな仕事なのか、御領主様の時と
同様、何もわかっていなかったのである。

***********************(6)***

 もともと彼女はザイールで父と暮らしていたが、国内に革命が
起きて、父は船をチャーターして逃げ出すことに、しかし、その
途中、船が難破して父とは離ればなれになっていた。

 天涯孤独となった少女は、その後、ロンドンでセレブを相手に
売春宿を経営していた叔父夫婦の元へと引き取られたが、結局、
父は叔父夫婦のもとには現れず、ザイールから送ったピアノだけ
が送られてきたのである。

 しかも、彼女をもてあました叔父夫婦は、たまたま店の客だっ
たサー・アランが店の子ではないカレンに目をつけたのを幸いに、
体よく彼女を追っ払ったのだった。

 つまり、カレンは売春宿から来ていたが、これまで一度もお客
を取ったことはなく、また、サー・アランにしても、たしかに、
カレンにはそれなりの期待を寄せて引き取ってはいたが、それは
まだ先のことで、今はまだ、自分の娘とほぼ同じ年恰好の少女を
手込めにしようとまでは考えていなかった。

 勿論、彼の権力なら、無理強いしようとすればいつでもできた
話だが、『今はまだ実が熟すのを待っていた』そんな段階だった
のである。

 スージーは、しばらくカレンを膝の上に抱いて楽しんだあと、
まるで大きなぬいぐるみでも抱くようにして場所を普段カレンが
寝ているベッドへと移す。

 そして、大胆にも自分の穿いていたショーツを脱ぎ捨てると、
両足を大きく開き、その中へカレンの顔を突っ込んだのである。
 自分の様子をカレンに見せつけたのだ。

 同性の局部、それは見ていて感じのよいものではない。

 「何よ、その目は?かまととぶってるんじゃないわよ!あんた
だって、同じもの持ってるでしょう!……それとも、…あなた、
何かぶら下げてるのかしら?……御領主様ってね、そっちの方も
お楽しみになるって言うから、あんた、ひょっとして……いいわ、
調べてあげる」

 教育係はそこまで言うと顔を背けたままのカレンに飛びかかり、
一緒にベッドの上へと倒れこむ。

 「いやあ!やめて!」

 必死に逃れようとするカレンを若い教育係は逃さない。
 フォークナイフの他は絵筆ぐらいしか持ったことのないカレン
腕とは違い、重い洗濯物の篭を毎日運んでいるスージーの筋肉は
男勝りなのだ。

 「んんんんん」
 たちまち組み伏せられ、カレンは身動きができない。できる事
と言えば、強い口臭を放つ教育係の吐き捨てた息をわずかに吸う
ことだけだった。

 「いいじゃない。あんた、こうしてみると意外に可愛いのね。
私にぴったりよ。……本当のこと言うとね、役に立ってる他の子
じゃマーサ様がいい顔なさらないからあんたなの。あんたなら、
元々役にたってないんだし、誰も文句いわないでしょう」

 教育係はカレンに事の次第を説明しながら、か細いカレンの肩
と言わず手と言わず、太股、胸、はては大事な割れ目の中さえも
大胆にまさぐり始める。

 「……(やめてえ~)……(やめてえ~)……(お願~いょ)」
 カレンは悲鳴を上げたつもりだったが声にはなっていなかった。

 「あんたの大事な仕事の一つはね、私のここを舐めることなの」
 教育係がここと言って握ったのはカレンの秘所。突然のことに
カレンの頭は混乱し、息が詰まった。

 「あなた、ご領主様のフェラは拒否したみたいだけど、私のは、
やってくれるわよね。だって同じ女の子のものだもん、恐くない
はずよ」

 カレンは教育係の申し出をもちろん拒絶したかったが、それも
できないほどカレンの心と体はがんじがらめになっていた。その
瞬間はアナコンダにでも巻き付かれたかように、首を振る事さえ
かなわなかったのである。

 「ほら、じたばたしないの。…この期に及んで、いやだなんて
絶対に言わせないんだから。だって、そうでしょう。あなたは、
朝と夜、二回だけ私の大切な処を舐めればいいんだもの。あとは
好きなだけピアノが弾けるの。こんな有利な取引はないはずよ」

 絶体絶命のその時だった。

 「トン、トン、トン」

 部屋のドアが誰かによってノックされたのである。

***********************(7)***
二人の天使(ブグロー)

二人の天使/ブグロー
************** <第一章はここ迄です> ***

( 始めに )/ 登場人物 / 序章

(始めに)
 恐ろしく古い作品です。何しろ、まだフロッピーしか記憶媒体
がなかった頃に書いたものですから。
 悪い癖で、ろくに時代考証もせずに描きましたからね、(^^ゞ
『何となく西洋』という御伽噺です。一応1960年代半ばから
70年代前半を念頭に書いていたと記憶しています。




         カレンのミサ曲

**************<登場人物>********
先生……………音楽評論家
ラルフ…………先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン…………革命に巻き込まれて父と離ればなれになった少女
サー・アラン…広大な葡萄園とワイン醸造所を持つ男爵
フランソワ……サー・アランの娘。内気な娘だがカレンには
          敵愾心を持つ
その他…………お屋敷の女中頭(マーサ)
           メイドの教育係(スージー)等
****************************


          (序章)

 「先生、もう一時間も乗っていますけど、まだ着きそうにあり
ませんね」
 若い秘書が初老の紳士に耳打ちすると、それを受けて運転手が
答えた。
 「申し訳ございません。なにぶん主人の家は駅から離れており
ますので」
 バックミラーごしにお愛想らしき笑顔が映る。

 「気にしてはいませんよ。すでに前の晩、地図で調べてありま
すから、別段驚きはしません。それにしても、ここのご主人は、
広大な葡萄園を所有されているようですな。…駅からここまで、
そのすべてがサー、アランの持ち物なんでしょう?」

 「ここのすべてがそうではありませんが、大半はそうです。…
先代様が、駅から山を回らず直線で来られるようトンネルを計画
なさったのですが、工事の途中で落盤事故が起きてしまい、多く
の者が亡くなくなる不幸がございまして、計画は中止されてしま
ったのです」

 「それはまた残念なことですね。……でも、その代わり、途中
まで掘り進めたトンネルをワインの貯蔵庫になさって、事業の方
は大成功というわけですな」

 「よくご存じですね」

 「常識ですよ。ラルフ君。君は知りませんかね、トンネルから
ワインの瓶が貨車に揺られて出てくるワインラベルのイラストを
……」

 「じゃあ、サンダースってのはサンダースワインの……」

 「当然です。そんなことも知らないで、君はここへ私を連れて
来たんですか?こんなことはね、本来ならあなたの方が勉強して
おくべきことでしょうに……あれは、テーブルワインですがね、
なかなかのお味ですよ」

 「そうでしたっけ……たしか、この間は『あんなものうがい薬
にもならない』って…… \(◎o◎)/!」

 その瞬間、先生が秘書の足を踏んだので会話は途切れた。

 「いえ、私は、ただ……」

 「ただ、何ですか?」
 先生の少しいらだつ声。

 「いえ、私は…先日、サー・アランとお会いした時、是非とも
うちの娘のピアノを高名なブラウン先生にきいていただきたいと、
おっしゃられるもんですから……それを先生にとりついだまでで
……」

 「まあ、いいでしょう。あなたは本来、調律師であって、私の
秘書ではありませんから、そのあたりの不手際はやむを得ないと
しましょう。しかし、もし、これからも私の秘書として帯同する
つもりなら、そのくらいのことは調べておいてもらわないと困り
ますよ」

 「申し訳ありません。先生……でも、先生もこのお話をお受け
になりましたでしょう?」

 「ええ、受けましたよ。いけませんか?ワインのことも男爵の
人となりもよく存じ上げていたのでお受けしたまでです。音楽家
たるもの、たまには、田舎の新鮮な空気に触れなければ、感性が
くすんでしまいますからね。でも、それがどのような人物からか、
どのような趣旨の依頼かは、本来なら、あなたが調べておくべき
ことなんですよ」

 先生は秘書を叱りながらも、バックミラー越しの運転手に軽く
お愛想の笑いを返すのだった。


****************************

§3 < 避難所 > ~ お父さんのこと ~

*** §3 < 避難所 > ~ お父さんのこと ~ ***


 これまでお母さんのことばかり話して来たけど、それはあまり
に彼女の存在が強烈だったからで、うちにもお父さんと呼ばれて
いる人がいるにはいたんだ。

 いい人なんだよ。たくさんお酒を飲んで暴れたりはしないし、
お母さん以外の女の人に興味をしめさないし、博打もしないから。
質屋の仕事だって、店の表にはあまり出てこないけど質草の管理
なんていうお母さんには苦手な仕事もしっかりやってたもん。

 でも、我が家での存在感はいまいち。

 時間があけばすぐに書斎に入って読書してるかお習字書いてる。
師範なんてお免状もってたから、お母さんが「小学生でも教えた
らいいじゃなの」って言ってたけど……「あんな金切り声の中に
は居たくない」んだってさ。

 ま、僕は息子だったからお膝の上に乗せてもらって特別に教え
てもらってたけど、僕の書道の先生というのは別にいてこちらが
メイン。
 人付き合いが苦手なお父さんは教え方も上手じゃなかった。

 でも子供は好きで、書斎にいくと必ずお膝に抱っこしてくれて、
甘納豆をくれるんだ。旧制中学しか出てなかったけど、けっこう
物知りで、色んな雑学をお膝の上に座った僕の頭越しに講釈してた。

 そんなうんちく(自慢話でもあるけど)を頭よちよちしてもら
いながら聞いてるのって、お母さんと過ごす時にはない緩やかな
時間が流れてて心地よかったんだ。

 そうそう、僕が二歳で絵本を読んだのは、この人が教えたから。

 「そんな小さな子に教えても覚えるわけないじゃない」

 なんて最初は冷ややかだったくせに、僕がひらがなを覚えると
近所中にふれ回って、やたら本を買い与えたり、習い事に通わせ
たりするんだから、お母さんの方は現金な人なんだ。

 お父さんが僕にしてくれたのはそれだけじゃないよ。自転車の
乗り方や紐の結び方、リンゴの皮の剥き方、お庭にある滑り台も
ブランコもお父さんのお手製だったし、お裁縫なんかやらせても
お母さんなんかよりもずっと上手だったんだ。

 性格が地味で、寡黙で、人付き合いが下手で……っていいこと
あんまりないかもしれないけど、僕はお父さんが嫌いじゃなかっ
たんだ。
 何たって怒らないからね。安心してそばにいられるだろう。
 そこがいいんだよ。

 お母さんの場合だと……最初は、抱っこよしよししてくれてて
も……そのうち、「今日のテストはどうだった?」とか「ピアノ
は練習したの?」「宿題終わってないんじゃないの?」なんて、
こっちが言いたくないことを次々に聞いてくる。

 「ダメじゃないの、さっさとやってきなさい」なんて言われて
放り出されることもあるし…ご機嫌損ねたら、そのままお仕置き
なんてことも……
 とにかく、お母さんの抱っこは危険な乗り物なんだ。

 その点、お父さんは暇人だからね。そんなこと言わないの。
 僕の気がすむまで抱っこしてくれるもの。

 ただね、そこでいくら愚痴ってみても、問題は何も解決しない
んだ。

 僕に代わってお母さんに苦情を言ったり、言い訳したりはして
くれないから、そういった役にはたたないんだ。

 おまけに頓珍漢なことはすぐやっちゃうから、その点でも困り
ものなんだよね。

 あれは、小二の時だったけど、テレビを見ていたら番組の中で
韓国の天才少年というのが出てきて、なんだか難しそうな数式を
解いて見せたんだ。

 その子が僕とそれほどかわらない年恰好だったものだから、お
母さんの方は感心しきりだったんだけど……
 お父さんは……

 「要するに簡単な連立方程式を解いただけじゃないか。あんな
程度で天才だなんておかしいよ」

 「どうして?高校の教科書に出てくる問題なんでしょう。この
子たちまだ小学校の教科書もあがってないのよ」
 とはお母さん。

 「大丈夫さ。四則の計算さえできれば……この子たちにだって、
解法さえ教えてやれば、この程度の数式、答えを出すことぐらい
できるはずさ」
 なんてね、いたってクールなんだ。

 そこで……

 「ねえ、教えて、教えて」
 「ぼくも、ぼくも」
 って、男の子二人が食いついた。

 すると、本当は冗談だったのか……
 「三日はかかるよ」
 って、今度は少し弱気なお父さんだったけど、結局は、教えて
くれる事に……

 でも、案ずるより産むが安し。それまで方程式も知らなかった
のに、二日目には、中学の問題集に出ている簡単なもの程度なら
二人とも解いていた。

 「なんだ、こんなものか」
 ってなものである。
 ただ、二人にとってはこれはあくまでゲーム。勉強じゃなかった。

 だから、家の中だけでやめておけば問題なかったんだが……
 何かちょっとできると、すぐに天狗の鼻が伸びるのはお母さん
ゆずりで……学校へ行って自慢してしまったんだよね。

 すると、男の子って無機質なものが好きだろう。それにさあ、
みんな負けず嫌いときてるからね……

 「僕もやりたい……」
 「僕にも教えて……」
 ってことになる。

 つまり、連立方程式を解くことがブームになっちゃったんだ。
 結局、解けるようになったのは数人で、いずれも男の子だけ。
女の子たちは初めから冷ややかだった。彼女達は役に立たない事
にエネルギーをつぎ込む男の子たちこそ不思議だったみたいだね。

 でも、これに困ったのは担任の先生で、たちまち禁止令が出て、
チョン。
 火元のお父さんは学校に呼び出されて……

 「算数は順序だてて学んでいかないと混乱します。余計な知識
を子供に与えないでください」
 って、先生に叱られちゃったんだ。

 でも、僕はそんなお父さんが好きだったよ。
 だって、そのお膝に座れば、学校やお母さんが教えない大人の
世界をたくさん教えてくれたもの。

 先走りだっていいじゃないか。だって大人の知識は楽しいもの。

 先生には叱られたけど、この先も、お父さんは僕をお膝に乗せ
たり肩車したりして大人への窓をいくつも開けてくれたからね。

 そりゃあ、お母さんから見れば、お金を稼げないダメ夫だった
かもしれないけど、僕には大事な人だったんだ。

 あっ、それと、もう一つ。子供たちにとってお父さんには大事
な役割があったんだ。

それは避難所。

 『何から避難するのか?』(゜〇゜;)??? 

 馬鹿なこと訊かないでほしいなあ。
 お母さんに決まってるじゃないか。(^◇^;)

 あの人、普段はぼく達を赤ちゃん扱いして、溺愛してるように
みえるけど、いったん怒り出すと相手が幼い子どもだってこと、
忘れちゃう人なんだ。

 性格的には超ドS人格。

 冗談抜きに、『殺される!』って思ったことが何度もあるもの。

 とにかく怒ると見境がなくなる人なんだ。

 子供って、そんな時に行き場がないだろう。
 だって、帰る場所はこの家しかないんだから……

 だからね、そんな時は、お父さんに助けを求めるんだ。

 すると、お父さんはとにかく無条件に抱っこしてくれて、まず
は頭や身体をよしよししてくれる。

 もちろん、お母さんは悪い子を追っかけてくるよ。
 そして、僕の目の前で『引き渡しなさい』って矢の催促だけど、
お父さんは聞こえないふりをしてお母さんには渡さないんだ。

 お父さんは頼りない人かもしれないけど、一応は、男だろう。
お母さんだって力ずくで取り返すって事はできないみたいなんだ。

 それで、お母さんの呼吸が少し穏やかになった頃になって……

 「どうしたの?」
 って僕に尋ねるから、お父さんの胸の中でぼそぼそってわけを
話すと……それに、外野のお母さんが反論したりして……

 その間も、お父さんはずっと僕の頭をなで続けてくれる。

 でも、結論は色々だった。

 「もう、いいじゃないか」
 ってお母さんを諌めてくれることもあれば……

 「そんなことしたら、お母さんだけじゃなくて、お父さんも、
ちいちゃんを嫌いになっちゃうぞ。今日は、お母さんにごめんな
さいしよう」
 ってこともあるし……

 「そんなことしたら、お母さんが怒るの無理ないよ。今日は、
ちょっと、痛い痛いしようか。そうしないと、ちいちゃんいい子
に戻れないもの」

 なんてね。(゜Д゜≡゜Д゜)ショックな結論もあった。

 こうなると僕の体はお母さんの胸の中に強制送還。
 こんな時は、当然、お母さんからお仕置き。

 パンツも剥ぎ取られて、お尻ぺしぺし。

 でもね、この時のお尻ペンペンは、もし、お父さんの避難所に
たどり着いてなかったら、こんなものじゃすまなかったはずなの。

 だって、ぶたれててもお仕置きが軽いのがわかるもん。

 この時はいったん頭の天辺まで上っていた血も、だいぶ下の方
まで下がってるからね。お母さんの興奮もそんなに強くないから
なんだ。

 でも、それでも、みんな泣くよ。(`Д´≡`Д´)

 誰だってこの人には昔からもの凄く怖い目に何回もあってきて
るんだもん。たとえ、軽くぶたれてるなあとは思っても、心の中
は恐怖でいっぱい。お尻からの痛みはやっぱり僕の頭の天辺まで
届くんだ。

 だから……やっぱり、泣いて「ごめんなさい」なんだよね。

 だけど、お父さんを介さない時のような「この世の終わりだ」
「殺される!」ってほどのショックはないからね、たとえ最後は
お尻をぶたれることになっても、お父さんの懐に逃げ込む価値は
十分にありなんだよ。

 そんなお父さんは、僕らから見ればお父さんだけど、お父さん
にだって、当然、お母さんはいるわけで、そのお母さん、つまり
ぼく達からみればおばあちゃんにはまったく頭が上がらなかった。

 要するにぼく達がお母さんに頭が上がらないってのと同じ様に
おばあちゃんの処では典型的なイエスマンなんだ。

 おばあちゃんはぼく達の家の裏に隠居所を建てて住んでるから、
形の上では別居なんだけど、四六時中うちに出入りしてるからね、
実質的には同居も同じ。

 特に、お昼時はお母さんが商売で家をあけてることが多いから、
学校がお休みの日の昼食は子供たちもおばあちゃんちで取ること
が多かったんだけど……

 ただ、そこでみるお父さんは少し違ってた。

 まず、とっても明るい顔をしてるんだ。笑顔が多いし、ちょっ
とふざけた顔をすることもある。お父さんがおどけてるなんて、
普段のお家では見たことがないもの。

 それによく子供たちの自慢話をする。これも、お家ではあまり
やらないことなんだ。食事中もよく甲高い声で笑うしね。
 とにかく、とても楽しそうなんだ。

 そのくせ、おばあちゃんに何か言われると、すぐにしょげ返っ
ちゃう。

 僕は子供の頃、それがどういうことなのか、わからなかった。

 だって、子供の僕から見れば、お父さんはとっても優しくて、
何でも知ってて、何でもしてくれる偉い人、立派な人だもん。
 ぼく達とは別の世界に住んでる人だって思うじゃないか。

 でも、今はそれが分かるんだ。

 お父さんにとっておばあちゃんは自分をずっとずっと愛し続け
てくれたお母さんさんなんだもん。だから、ぼく達がお父さんの
懐に飛び込むように、お父さんにとってもそこが避難所だったん
だ。

 お母さんにしたら大いに不満だろうけど、お父さんはお母さん
つまりおばあちゃんの愛の中からは独立してなかったんだよ。

 これってお嫁さんにとっては大変辛いことなんだろうけど……
でも、こんなケース。昔の田舎では、そう珍しくなかったんだ。

 だから、今とは逆。女の子の方が厳しく仕付けられちゃうんだ。
何しろ、心の中ではオマルだなんて思われてるお家でお姑さんと
も一緒に暮らさなきゃならないんだもの。よっぽどしっかりして
なきゃもたないよ。

 これに対して男の子は、学校時代は勉強ができて、社会に出た
らお金を稼いでくるのが仕事で、それ以外はすべてお母さんたち
のよしよしの中で育つだろう。凡庸とした性格で育っちゃうんだ。

 特に昔は、長男がお家を継いでお母さんも同居してるケースが
ほとんどだったからね、その後やってくるお嫁さんに対抗する為
にも、男の子は何かにつけて、よちよちして育てちゃうんだ。

 だから、長男の甚六だなんて言われちゃうんだけどね。

 お母さんは、お父さんのこと、常々「そもそもお婆さまの教育
がなってないから、あの人、ああなのよ」って、僕にまで愚痴を
こぼしてたけど……

 育てられてた僕にすると……そもそも僕の家だってお姉ちゃん
とぼく達とでは明らかに対応が違ってたもん。

 それに、お母さんだって頻繁に実家に帰ってたから……それって、
五十歩百歩って気もするんだけど。

 いずれにしても昔のお嫁さんが今より苦労していたのは確かで、
そんな困難を乗り越える為にと、お母さんたちは日々厳しい訓練
(躾、お仕置き)を娘に課していたみたいです。


 はははは……ホントかなあ。(^^ゞ
 でも、僕の実感だよ。(*^_^*)
 

 下の絵はシャルダンさんの有名な絵画「ブランコ」
 お父さんってね、世の中の役にはたたなかったかもしれないけど、
 この絵みたいに遊ぶにはいい人だったよ。

ブランコ(シャルダン)


**************************
 

§2 愛の中にある『愛のお外』

***** < 愛の中にある『愛のお外』 > *****

 ちいちゃんのママは育てた子すべてを愛していた。仕事をしな
がら寝る間も惜しんで僕らのために尽くしてくれていたからね、
僕らもママには我がままは言わなかった。

 よく、街で幼い子が泣いて騒いでるだろう。
 あれ、当たり前のように思うかもしれないけど、ぼくたちに、
それはなかったんだ。

 『ねだったものを買ってくれない』とか『まだここで遊びたい』
と思っても、ママがダメって言えば黙って従った。
 どんなに幼い時でもそれでママを困らしたことはなかったんだ。

 「ちぇっ」なんて、舌打ちくらいはしたかもしれないけど……
少なくとも地面に寝っ転がってイヤイヤをするってことだけはな
かった。

 それをママに言うとね……
 「それはあなた方が偶然良い子だったからよ」
 って嬉しそうに微笑むんだけど……

 でも、僕はお母さんの育て方に何か秘密があると見ている。
 だって子供一人ひとりの資質がそんなに大きく違うわけがない
はずだし、何より僕たち姉弟三人、個性はまったく違うんだよ。
同じ反応をするなんておかしいよ。

 で、出た結論なんだけど……
 手っ取り早く言ってしまうと、これって飴と鞭の効果なんだよ。

 普段はとっても優しい。僕の体験から言っても、『甘やかし』
何てレベルは超えていて、小学校時代を通じて赤ちゃん状態だっ
た。

 一緒に抱き合って寝て、一緒にお風呂に入って、一緒にトイレ
まですませた。

 ん?
 『さすがに、トイレは一緒じゃないだろう』
 って……

 ところが、そうでもないんだ。
 僕はお風呂に入ると不思議にウンコがしたくなる。
 本来ならもちろんトイレへ行くところだけど、そうすると廊下
に濡れた足跡が残る。それに素っ裸では風邪をひいちゃうしね。

 そこで、何と、浴室内にオマルが置かれることになったんだ。

 ん?
 『普通の家じゃ考えられない』
 って……

 だろうね、僕もそう思うよ。だけど、うちじゃそうなんだ。

 お風呂場でお母さんの見ている前でオマルに跨ってウンコ。
 終わると四つん這いになってモーモーさんのポーズ。
 お尻をティシュで拭いてもらって、お尻の穴をお湯で綺麗に
してもらったら、また湯船に浸かるの。

 もちろん赤ちゃんの時だけじゃないよ。3年生、4年生くらい
まではずっとこんな感じのお風呂兼おトイレだったんだ。

 この人、不思議とそういうことにはあまり頓着がなかったの。
 「しっかりしなさい」とか「だらしがないわよ」ってなことは
男の子にはあまり言わなかったんだ。

 だから、小学生時代は赤ちゃん時代とそんなに変化がなかった。

 でも、これって男の子だけの話で、茜の姉ちゃんに対しては、
「しっかりしなさい!」とか「だらしがないわよ!」なんて言葉
を頻繁に使ってたんだ。

 お母さんにしてみるとね、お姉ちゃんというのはお弟子さんとか
子分とかいう関係だったんだね、きっと………だから、家のこと
(うちの場合は商売も含むんだけど……)なんかを覚えさせて、
手伝ってもらおうなんて虫のいいことを考えてたんだよ。
 だから厳しく仕込まれてたんだ。

 お姉ちゃんは『メジラ』なんて言われて暴れん坊みたいに思わ
れてたけど、あれって、単にお母さんの気性をそのまま受け継い
だから、ああなるだけなんだよ。

 それに対してぼく達男の子というのは、自分とは生理も違うし、
家の手伝いなんかはさせられないし、そもそも育てる目的が、家
の後継ぎの養成だろう。勉強さえある程度できていれば経済力も
おのずとつくだろうから、それでいいって考えてた節があるんだ。

 この場合の後継ぎは、必ずしも質屋を続けるって事じゃなくて、
家名を上げてくれるなら仕事は何でもいいんだよ。
(このあたり、現代の人には言ってる意味が分からないかも)

 とにかく、お母さんにとって大切なことはね、自分が息子から
この先も嫌われないでいることなんだ。
 このあと、息子にはお嫁さんが来るだろう。その人に負けない
だけの楔(くさび)を息子の心に打ち込んどかなきゃって考える
わけなの。

 だから、僕が色気づいた時だって……

 そう、その日僕は……
 お母さんと一緒に街を歩いてた。

 すると、自分と同世代の女の子に自然と目が行く。
 気がついたお母さんが……

 「どうしたの?」
 ってきくから……

 「何か、変な気持がする」って言ったら……

 「あら、大変、病気かしらね……」
 彼女はその時はそう言ったけど、どうやら分かってたみたいで
……

 おうちに帰ったら、女の子の裸ん坊さんの写真をたくさん僕に
見せるんだ。
 そこで、たまらず……

 「もっと変な気持がする」
 って言ったら……

 「あらあら、ちいちゃんもいつの間にか、大人さんになったのね」
 って、嬉しそうに言うんだ。

 それからしばらくして、「お気に入りの可愛い子が見つかったよ」
って報告すると……

 お母さんが……こういう風に言いなさい。こんなプレゼントを
持っていくの。相手がこんなことを聞いてきたらこう答えるのよ。
って、想定問答集みたいなもので色々練習したんだ。

 それで、無事デートの約束を取り付けると……

 デート用の服を新調して、プレゼントを持たされて、想定問答
集を暗記して出陣したんだ。

 ま、その時は小さな恋のメロディーだったからそれだけだった
けど、ハイティーンになっても、実はそれほど変わらなかった。

 お母さんのレクチャーを受けてデートして……
 でも、とうとうホテルに誘ったことは一度もなかった。

 お母さんは「自宅でもいいのよ」って色々用意してくれたけど
それもしなかった。

 そんなのが三人ほどあってから……ママが……

 「いいこと、ちいちゃん、大人になったらね、大人のオマルを
買わなきゃいけないの」

 「オマル?」

 「そうよ、あなただっておしっこしたいでしょう?……いいわ、
お母さんが坊やにぴったりのを探してあげるから」
 って……

 で、そのオマルと今でも暮らしてるんだけど……

 あれは新婚旅行から帰って三日目だったかな。
 オマルが見えないから、
 「ねえ、オマルどこにいったか知らない?」
 ってお母さんに言ったら……

 「そんなこと言っちゃいけません!」

 今度はめっちゃくちゃ怒られちゃった。

 でも、当の本人は都会育ちだからね、何のことだか分からなか
ったみたい。

 こんなこと書いてると異常な世界に思えるかもしれないけど、
うちの田舎では、これってけっこう多いパターンなんだよ。
 
男の子はお母さんにべったり甘やかされて育てられるからね。
大人になってもお母さんの影響力は絶大なんだよ。精神的には、
赤ちゃんに近いと言っていいくらいなんだ。

 こうして、息子を通じて家を支配しているお姑さんは沢山いる
んだ。男尊女卑のお土地柄だなんていっても、結構、ハッピーな
老後なんだから。
(もちろんお嫁さんは大変だけど……こちらも、『よし、男の子
を産んでこの家を乗っ取るぞ!』ってファイトを燃やすってわけ)

 さてと…話をもどすけど、

 お母さんは僕を極力手許から離さなかった。

 うちはお店での営業だけじゃなくて、色んなイベントごとに
便乗して質流れ品の展示即売会みたいなものもあちこちで開いて
いたんだけど、そんな会場にも、お母さんはぼくたち兄弟をよく
連れて来てたんだ。

 物心ついた直後から記憶があるから、二、三歳のころから連れ
て来てたんじゃないかなあ。そうすると、子供ってやっぱりお母
さんのそばにいつでもいたいじゃないですか。
 我がまま言ったら商売の邪魔になるので返されちゃうでしょう。
自然と、我慢強くなっちゃうんだ。

 で、その時お姉ちゃんはまだ小学校の低学年だったはずなんだ
けど、これがお母さんを助けて働いているって感じだったんだ。
どの程度、戦力になっていたかは疑問だけど、ママのお側(そば)
で遊んでるだけの僕らから比べると、仕事らしいことをしていた
のはたしかだよ。

 じゃあ、僕らは何の役にもたっていないのかというと……
 それがそうでもなかったんだ。

 幼児がそこにいると、自然と大人達があやしてくれるだろう。
つまり、人寄せになるんだよ。

 このあたり、今とは違って、大人達は見知らぬ子供にも気軽に
声を掛けていたし、触ったし、抱いてた。
 要するに、気軽に遊べる玩具が置いてあるって感じなんだ。

 そういった意味では、お母さんの営業に貢献していたとも言え
るんだ。

 ただ、子どもだからね。失敗も多かった。

 ある日、もの凄く太ったおばさんが真珠のネックレスを買って
くれたんだけど、その人が帰りしな……

 「ねえねえ、お母さん。こんなのを『豚に真珠』って言うんで
しょう」
 って、言ってしまったの。

 おばさんは一呼吸おいて振り返ると、笑ってたけど、お母さん
は冷や汗たら~り。

 「坊やはおりこうさんなのね。そんな難しい事をよく知ってる
わね」
 って、褒めてくれたんだけど……

 以後、しばらく母からは出入り止めを言い渡されてしまった。


 ま、そんなこともあったけど、その日何が起ころうとも、夜は
お母さんに抱っこしてもらいながら眠るという習慣だけは、我が
家では揺ぎ無いものだったんだ。

 どんなに厳しいお仕置きがあった日も滅多に一人で寝かされる
ことはない。

 逆に……
 「独りで寝たい」
 と言っても許してくれないんだ。

 お仕置きはお仕置き、ネンネよしよしはネンネよしよし。我が
家ではこの二つはものの見事に両立していたの。

 お母さんはもともと気性の激しい人だったから、お仕置きする
時はそりゃあ大変だった。『この世の終わりかあ~』ってぐらい
の恐怖だもん。
 でも、終わるとね、すぐに抱いて赤ちゃんのようにあやして
くれたんだ。

 そんなお母さんの口癖が……
 「あなたたちは今、お母さんの愛の中にいるの。あなたたちが
そこから出る事は絶対にできないのよ」
 というもの。

 年齢が高くなると、馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、あまりにも
幼い時から脳裏に刷り込まれているためか、その言葉自体が不快
に感じられることもなかった。

ま、一種の催眠術みたいなものなんだろうけど、我が家ではその
呪文が親子の絆を保たせていたのかもしれないね。

 では、本当にお母さんの愛のお外に出る方法は、本当になかっ
たのか?

 いや、これが一つだけあったんだ。

 「おかあさん、……ね、…ぼく、愛のお外へ行きたい」

 こう言って寝床でおねだりするとね、お母さんはそれまで以上
にぎゅ~っと僕を抱いてくれる。

 すると、不思議なことに愛のお外へは、割とすんなり行けるのだ。

候女の2歳の肖像


 そこには……
 妖精の花園
 仏様の世界
 天使達の楽園
 未来の国
光のループ滑り台
 などなどあって、どこに行くかはその日の運しだい。
 どこへ飛んでも、たいていは僕を楽しませてくれるんだけど…
 ただ、ごく稀には怖いことがあったりもして……

 そんな時は……
 「おかあ~~さ~~ん」
 って叫ぶんだ。心で叫べばいいんだよ。

 すると、突然、目の前にお母さんのおっぱいが現れて……

 それをお鼻やほっぺでくちゅくちゅってやると……

 「どうしたの?怖い夢だったの?」
 ってお母さんが聞くから……

 「うん」
 って小さくお返事してから、また眠るんだ。

 考えてみれば、これが人生最初のお仕置きだったような気がする。

 お母さんが、「愛のお外に出ちゃいけないよ」って言ったのに、
出ちゃって……(故意ではないけど欲望はあった)

 怖い、怖い、ことが起こったんだけど……

 それって、大きなお母様の愛の世界の中で起こったことだから、
別に特別なことは何も起きてなくて……

 明日は明日で、また、お母様の愛の中でいつもどおりの生活が
始まる。

 お仕置きってね、こういうことだと思うんだよ。

 コップの中の嵐。

 しかし、どんなに怖い目にあっても子どもはまた新たな楽しみ
を求めて、常に新しい世界へのチャレンジは続ける。

 それは人の本性だからね、仕方のないことなんだ。

 やがて、子供のチャレンジは……

 お母様の愛のエリアを本当に乗り越えてしまい、はるか彼方に
飛んで行ってしまうんだけど……

 愛されていたという自信が、僕に推進力を与え続けてくれて、
色んな世界を経験させてくれるはずなんだ。
 そして、今度は僕が愛する人の為にバリアを張ることになると
思うよ。

 恐怖の夢からは本当の勇気は湧いて来ないし、
 楽しい夢ばかり見ていては何も生まれない。
 困難を克服する勇気というものは『愛されている』という自信
から生まれてくるものなんだ。

*************************

「秘密の花園 (1)」 (4/30)

**** < 秘密の花園(1) > ***** 4/30 ****

私の部屋には、クラシックのレコードと並んで少年少女文学全集
みたいな本が山とあった。天井まで届くような大きなガラス書棚
にびっしりだ。

ただ、あるにはあったが、私がそれを開いたり、読んだりする事
は稀で、利用したのはもっぱら近所の子供たち。

放課後、うちの裏庭から私の部屋へ上がり込み、マンガ主題歌の
ソノシートをステレオにかけ、胡坐をかいて本を読んでいる子が、
いつも一人や二人ではなかったような気がする。

民間の児童図書館といった感じで、母は息子のために買い与えた
本を他人が涼しい顔で読んでいるのを快く思ってはいなかったが、
仕方がなかった。こっちはいくつも習い事を抱えていてそれどころ
ではない。

この人(母)はどうしてそんな単純なことが分からないのか不思議
でならなかった。息子はスーパーマンだぐらいに思っている。

そんなわけで学校から読書感想文を求められた時でさえ、お母さん
の膝の上で、彼女からお話のあらすじと論旨を聞いて仕上げていく
というのがいつものパターンだから、実際の本は一ページも開かず、
なんてこともよくあったのである。

だから、今でも他人さんの文章は苦手で、滅多に最後まで読まない。

逆の見方をすれば、最後まで読んだものは相当気にいっていると
いうことだ。

このたび出合った小説は、まるで私の過去を見ているようでとても
楽しかった。

私も同じようなお話を作っていた時期があって、思いが重なるから。
もっとも、文章力は作者さんの方が数段上だから『同じ土俵に乗っ
た』みたいな言い方は失礼だろうけど……

今回は『秘密の花園を見つけてしまった』というだけで、とても
ハッピーな気分だ。だから、あえてリンクもお願いしなかった。

秘密が秘密でなくなった時、心ない者によって大切な花園が踏み
荒らされやしないか、それが心配だったんだ。

 えっ、……
『お前のブログなんて見に来る人なんて誰もいないんだから、
そんなの関係ないじゃないか?』
 ですか(^^ゞ

ええ、そりゃそうなんですけど……でも、そうやって多くの人が
出入りするようになると、中にはよからぬ奴もいて、結局、潰さ
れてしまったHPやブログをいくつも見てきましたからね、H系
のサイトは用心にこしたことはありませんよ。
少なくとも私がその原因を作りたくはないんです。

*************************

「秘密の花園 (2)」 (5/1)

***** < 秘密の花園 (2) > ****** 5/1 *****
昨日は、秘密の花園で遊んで、久しぶりに楽しかった。
もったいぶった言い方をしたが、要するにブログを見ていたという
だけのこと。

そのブログにはユニークなタイトルがついていて、小説がメインの
構成になっている。そこにあった小説が、おもしろかったのだ。

お仕置き小説というのは、お仕置きの行為にばかり目がいくと、
どうしてもSMの方へ傾いてしまう。もちろん、何がしかの性欲が
あって描いているからそれがいけないということではないのだが、
SMとお仕置き小説を分けるのは、実は、気持の問題だけ。

お仕置きする側(親や教師)とお仕置きされる側(子供)との間に
愛情関係が存在しなければ、それは単なる虐待行為になってしまう。
不条理を前面に出すなら、それはSMの世界だ。

これに対し、お仕置き小説には、それぞれの人の心が条理や常識で
動いていなければならない。

ところが、長い時間、たくさん描いていると、知らず知らず感性が
摩滅していき、その部分がなおざりになってしまうことが多い。
親は子供を愛しているのが当然として、作者自身は心の内に秘めて
はいるのだが、作品の表現からは抜け落ちていってしまう事が多く
なる。

すると、これを読んだ人は、『お仕置き小説ってソフトなSM小説
ってことですか?』とか、『親が子どもを虐待している話ですよね』
って感想になってしまうわけで、作者の意図は伝わらなくなって
しまう。

最初、彼女(彼)の作品に出会った時、私は思わず押入れを探して
みた。私だってかつては同じような作品をいくつも描いていたから。

ところが、あまりに時間が経ち過ぎてしまって、数回あった引越し
の際、どこかで捨ててきてしまったようで、見つからなかった。

ならば、今から昔と同じようなものが書けるだろうか?去るものは
日々に疎し…で、すでに感性が摩滅してしまっている気もするが…
『もっと人の気持ちを大事にして小説を書かなければならないな』
とは思っているのである。

**************************

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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