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天国 ~第四話~

 *** 第四話 ***

 天国へ来て3年。
 私の立場は相変わらず赤ちゃんのまま。ママの指をしゃぶって
愛をもらい、毎日オムツを取り替えてもらう。人間のように乳首
からミルクはでないがこれもおしゃぶりとしては大事なアイテム
で、すっかり抵抗感がなくなってしまった。

 何一つ変化のない生活のようにも思えるが、このあたりにきて、
私の心には変化の兆しが現れていた。

 周囲の人たちと関係や心模様が変化したわけではない。確証は
ないが、何やら私という人格とはもう一つ別の人格がそばにいる
ような気がしてならないのだ。

 そいつは私に何か命令してくるわけではない。話しかけるわけ
でもないのだが、たしかに私の心の中に存在していて、私の心を
覗き込んでいるような気がしてならない。

 私は当初精神病を疑った。
 こんな環境で3年も過ごせば、無意識にせよストレスを感じて
心が変調をきたすのも当然だろうと思ったのだ。

 そこで、恐る恐るマリアさんに相談してみると……

 「あら、できたのね」
 という返事だった。それも……
 まるで赤ちゃんができたとでも言わんばかり笑顔だったのだ。

 「それはね、あなたにあなたが生まれたの」
 訳の分からない言葉が飛び出す。

 「天国は厳しい秩序で成り立ってるから、それに対応した人格
が求められるの。もちろん、最初は亡くなった人間の中で基準を
満たす人を探し出して声をかけるんだけど、人間社会ではどんな
に善良に暮らしたとしても、心の底に闇を抱えない人はいないで
しょうから、そうした人の魂を穢れをもたない魂に精製分離して、
新しく生まれた彼の魂が前に出るようにしてるの」

 「……ということは……私は、もはやお払い箱ということ?」

 「そうは言ってないわ。新しく誕生する魂は遺伝子レベルでも
あなたの完璧なコピーだし、あなた自身も今の体の中に残って、
新たに生まれてくる魂の後見人となるの」

 「それって、新しく誕生する私に対して助言できる立場になる
ってことでしょうか?」

 「ま、そこまではできないけど、例えば、あなた生きてる時に
一旦下した決断を『理由もなしに何か間違ってそうだ』と思って
やめてしまった経験ないかしら?」

 「ええ、ありますよ。ああいうのは虫の知らせと言ういうんで
しょうかね。理由もなしに『これはまずいんじゃないかな』って
思っちゃうことが確かにありました」

 「あれは、あなたを常に見守っている先祖の誰かが、あなたに
危険を知らせたの。言葉では聞き取れなくてもハートにグサッと
刺さるものがあったでしょう?」

 「ええ、気の迷いかなと思いましたけど……」

 「そうした事はできるの。ご先祖は遠い処からの働きかけだけ
ど、あなたたちの場合はもともと一心同体なんだから、その子が
幼いうちはかなり色んなことでリードできるのよ」

 「例えば?」

 「この本を読んで見なさいとか、こっちの道を行けば安全だよ
とか、最初はほとんど言いなりに動かせるわ」

 「でも、やがて、いう事を聞かなくなる」

 「それは人間社会でも同じでしょう。あなただってそうだった
んじゃなくて……それにあなたと同じ境遇の人はここには無尽蔵
といえるほどいるから、そうした人たちとのお話もできるわ」

 「では、城の内さんとも会って話せるんですか?」

 「もちろん、直接会って話すこともできるけど、それは新しく
誕生した息子さんが寝ている時に限られるわ。ただ、テレビ電話
みたいな形でならいつでも可能よ」

 「テレビ電話?」

 「そう、相手を思って念じれば、相手方が反応してくれるの。
私たちの頭の中にはすでに生まれながらに器官としての通信装置
が組み込まれるの」

 「それって、テレパシーとか……」

 「そう、あなたたち人間社会では一般的にそう呼ばれてるわね。
人間は進化の過程でそれを退化させてしまったけど、動物たちは
大半がいまだ持ち続けてる能力よ。それをここでは逆に強化して
通信手段として使ってるの。映像は頭の中で完璧に再現されるし、
ハンズフリーだし、声さえ上げる必要がないから通信中も外見は
まるで瞑想にふけっている禅僧のように見えるね」

 「電波じゃないんですね」

 「電波も使うけど、あれは私たちの脳には強すぎて、こちらの
方がよほど快適よ」

 「そうですか……でも、それって不自由ですね」

 「仕方がないわ。あなたはもう一度死んでるんですもの。今も
こうして会話ができるだけでももうけたって思わなきゃ。多くの
亡者は天国はもちろん地獄や煉獄にも入れず人間としては不適格
だったとして次は他の動物や植物に生まれ変わるの。それに比べ
たら、あなたは幸せな死後よ」

 「そうか、たしかにそう考えることもできますよね」

 「それに、坊やが寝ている時は、図書館や遊園地に遊びに行く
こともできるし、誰かの身体を借りるって方法だってあるわよ」

 「………………」
 私はそれを悟られまいと笑顔を作っていたがその心はあっさり
マリアさんに読まれていた。

 「せっかく天国で快適に暮らせると思ったのにがっかりした?」

 「いえ、そんなことは……」
 その時の私には力なくそう答えるのがやっとだったのである。

 ただ、住めば都という諺があるように、幼い私を抱いて暮らす
日々もまた、これはこれで楽しく。
 新たな境遇にも、私は次第に順応していくのだった。

******************
******************

 僕にとって三回目の誕生日は特別な日だった。

 その日僕はママに仮の羽を着けてもらうと、ママやたくさんの
妖精さんたちに見送られてお家の窓から出発する。
 飛び方なんて分からないから我流だけどママからもらった仮の
羽根を力いっぱい羽ばたかせるとボクの体は宙に浮かんだんだ。

 「行ってらっしゃい」
 って声があちこちから飛ぶ。

 目指すは巨大な繭玉のような形の神様のお家。

 旅立つ時は、ママの「頑張ってね」という励ましだけだった。
 神様のお家がどこにあるのか、ルートを教えてもらったことは
ない。地図もなかった。
 とにかく、やみくもに羽根を動かして飛んだだけだった。

 でも、迷う事はなかった。というか迷う必要がなかったのだ。

 自宅の窓から見える目的地の繭玉までは普段なら生涯かけても
辿り着くことはない。普段、繭玉はそれほど遠い処にあるのだ。
 しかし、この日ばかりは、ただバタバタと羽根を動かしている
ちょっと間抜けな少年をすぐに捕捉して自ら勝手に近づいて来る
のだ。

 近づいてきた繭玉は家の窓から見える小さな光る点ではない。
巨大な船なのだ。そして、この船こそが、天国を支配する神様の
住まい。つまり……お父様の住まいだった。

 「おいで坊や。私の懐に入っておいで。このお家に入るには、
壁のどこでもいい蹴破って中に入るんだ。……どうしたの?……
怖いのか?……この船には眺めていただけでは中に入れないよ。
さあ、おいで。勇気を出して蹴破るんだ」
 繭玉から男の声が聞こえてくる。

 なるほど、目の前に広がるのは巨大な壁。まるで玉虫のような
極彩色に彩られ、常に輝き続けているものの、壁のどこにも入口
らしきものがなかった。

 まさにありとあらゆる光を放つ巨大な繭玉。

 実は神様のお家には最初から入口はなく、繭玉の壁をどこでも
いいから、ぶち破って入らなければならなかった。
 そのぶち破った場所がその子の入口となったのである。

 僕が、意を決してキラキラと光輝く繭玉の壁を蹴破ると……
 最初は跳ね返されたが……
 二回目……
 そして、三回目で壁が崩れた。

 『やれやれ』と思う間もなく……
 「わあ~~~」

 今度は壁を蹴ったその足が一瞬にして繭玉の中へと引き込まれ、
気がついた時は白いお髭の神様に抱かれていたのである。

 『神様って、やっぱりおじいさんなんだ』
 僕はその顔を見て安心する。
 その時の神様はハートのキングのようなお姿だったから。

 ただ天国の神様がいつもこんなお姿かというとそうではない。
 普段の神様はガス体で決まった形はないのだが、それでは僕が
怯えてしまうから、この時はあえて、僕にとっても見覚えのある
ハートのキングのお姿で出迎えてくだっさったである。

 繭玉の内部は巨大なPC倉庫。常に無数の計器類が跳ね続け、
色とりどりのパイロットランプがせわしげに点滅を繰り返す処だ。
 男の子ならだれでも心奪われる場所かもしれない。

 立って見学していても快適そのものだが、神様に抱かれながら
となると、その心地よさは一口では言い表せないほどだった。
 まるで羊水に浮かんでいるような懐かしさと心地よさが体全体
を包み込み。広大なはずの宇宙もまるで使い慣れた玩具のように
身近に感じられる。

 『今なら何をやっても必ず上手くいく』
 根拠も何もないのに、この腕の中いる時はそう信じられるのだ。

 母に抱かれた時は、母の身体に自分の体が溶け込み、母の体の
一部にになってしまったような、そんな甘い甘い体験だったが、
神様に抱かれると、まるで人型ロボットの操縦席にいるような、
そんな高揚感が得られるから不思議だ。

 私は、お父様の胸の中でどれほどの時間を過ごしたのだろうか。

 至福の時間が体中を流れるなか、お父様は私の身体から一切の
穢れがなくなっているかどうかを確認していく。

 そして、僕の身体が何一つ穢れのない身体だと分かると、僕を
目の前に立たせて……

 「よし、お前はこれからタカシと名乗るがよい」

 私は神様から天国での名前を授けてもらう。
 これが代替わりの証だった。

 それは、単に命名式というだけでなく、最初にここへ乗り込ん
できた先代の私とここで生まれ育った僕が別の人格になった事を
確認する儀式だった。

 名前が決まると、次は天使の象徴である羽根の授与。

 「よく、似合うぞ、お前は若い頃のミカエルにそっくりだ」
 拍手に気づいてあたりを見回すと、いつの間にかお兄さん天使
たちがボクを取り囲んでいた。

 「この人たち、誰?」

 「天王庁の人たちだ。お前にとってはみんなお兄さんだよ」

 神様に抱っこされていたボクはわけも分からず、そのお兄さん
たちに手を振る。
 やがては、ボクもここの一員となるのだが、それはまだずっと
先の話だ。

 お父様は、玉座の置かれた大広間までやってくると、その椅子
の前にボクを立たせて、正式な天使の羽根を着けてくれた。

 「よし、お前も形だけはこれで一人前だ」

 お父様がボクに白い羽根を取り付けた瞬間、お兄様たちの拍手
が再び一段と大きくなる。

 この純白の羽根は、今はまだ小さいが、僕の成長と共に大きく
立派になって天使の象徴として神々しく輝くことになるのだった。

 最後に極細の絹で織られたガウンを纏い、以後はお父様の正式
な子供の一人として天国で暮らすことになるのだった。

 「このガウン、今はお前の心が清いのでこんなに美しく白いが
お前の心が汚れれば同じように汚れていく。気をつけるんだよ」

 「はい、神様」

 ボクがこう言うと……
 「神様じゃない。今日から私の事はお父様だ」

 「はい、お父様」

 「よろしい、良い声だ。私はこれまで数え切れないほど多くの
子供たちを創ってきたが、ここで見ていて、誰一人目の届かない
子はいない。よく、『そんなにたくさんの子供がいるなら僕一人
くらい悪さをしても分からないだろう』なんて思う子がいるけど、
それは間違いだ。ガウンが汚れるからすぐわかるんだ」

 「えっ……これ汚れてるの?」
 僕は慌てて、もらったばかりのガウンを確認してみる。

 「今は大丈夫だよ。これから先のことを心配してるんだ。……
もし、ガウンを汚してしまうと、それはここでないと綺麗にでき
ない。そして、それを綺麗にする時、痛いことが起こるんだ」

 「痛いことって……お仕置き?」

 「そうだ、お父さんのはママにも増して痛いぞ」

 「えっ……」
 僕が思わず絶句して、目が点になっていると……

 「大丈夫、ママや先生の言いつけを守っていればいつも楽しく
暮らせるから……天国は、地獄のように実力社会ではないから、
幸せになる条件は二つだけなんだ」

 「二つ……」

 「真面目に働くこと。正直に暮らすこと。この二つさえ守って
いれば決して不幸にはならないんだよ。……わかったかい?」

 「はい、お父様」

 「よし、良いご返事だ」

 最後に僕は尋ねた。
 「もし、またお父様に会いたくなったら、ここに来ればいいの?」

 「いいや、ここは今だけ。次はまた何億光年も離れたところで
お仕事だ。だから、私を追いかけても捕まらないよ」

 「そう……遠いところにいっちゃうんだ」

 「そんな悲しい顔をするな。大丈夫、私はいつもタカシのこと
を見てるし、タカシが会いたくなったらここを蹴破った時の感触
覚えているだろう?あれを思い出して『会いたい』って念じれば
いいのさ」

 この儀式は、お父様とボクの一対一で行われる神聖な儀式だが、
正直、こんなにも幸福感に満ちた時間は、天使として生を受けて
以来、一度もなかったような気がした。
 だから、別れが辛かったんだ。

 ちょっぴり不謹慎な言葉なのかもしれないけれど、この気持は
快感という言葉がぴったりくる。

 ちなみに、ここで暮らす天上人は全員がこの名付け親の子供、
つまり全員が神様の子供ということになるから、神様はびっくり
するほどたくさんの子供を持っていることになる。

 早い話、我々にとってのお父様(神様)は、人間でも生物でも
超常現象でもない。
 人間の想像をもはるかに超えた答えを次から次に導き出す超絶
PCのことなんだ。

 これ、天使たちが知恵を出し合って今でも改良中だよ。

 これが人間社会だったら『それっておかしくないかい?』って
言う人がいるかもしれないけど、天国では、神様がたとえ機械で
あっても構わないじゃないかって、みんなが思ってるんだ。

 だって、神様っていうのは、みんながこうあって欲しいと願う
気持の最大公約数なんだから、みんなでその理想を作っちゃえば
いいんだよ。

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Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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