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8/29 極楽の夢

8/29 極楽の夢

 僕はごく幼い頃、極楽の夢を見ていた。

 寝ていると居間に光が差してきて、そこへ行くと、僕の身体は
瞬時に、蓮の葉の上にいて川を流れている。

 途中、観音様やお地蔵さんが川岸に立っていて、そこを通過す
るたびに僕のおでこに何かがくっつくのがわかる。
 何がついたのかは分からないが、それが額につくたびに辺りの
景色が鮮明になった。

 そして、ある桟橋まで来ると、そこにはお爺さんとお婆さんが
待っていて、僕を引き上げる。
 二人は僕を家に連れ帰り、指をしゃぶらせるのだが、不思議な
ことにその指からはミルクが出て、僕はそのまま眠ってしまう。

 翌朝、二人に見送られて、ある場所へ行くのだが、そこがどこ
だか分からない。
 ただ、行った先では神様たちが沢山いて、僕を抱いてくれる。

 そして、そこに集まった子供たちと一緒に僕もそこで遊ぶのだ。
遊園地というよりフィールドアスレチックみたいなところだけど、
とにかく空は飛べるし、相手の心は読めるし、望みは何でも叶う
って感じで、やりたい放題なんだ。

 規則はただ一つ。相手の嫌がることはしない。でも、女の子達
は僕が望むとたくさん裸になってくれた。お互い裸で遊んだんだ。
「ここでは、相手が求めることはできるだけしてあげなさい」と
いう観音様のお言いつけがあったから。

 というわけで、みんなと一緒にいた時間がどれほどだったかは
分からないけど、とにかくとっても楽しかった。

 そうこうしているうちに、僕は瞬間移動してお釈迦様の指の中
へ。中指の第一関節と第二間接辺りが僕のベッドだ。
 そこで休息を取りながら、お釈迦様の話を聴く。

 流れてくるのは世の中の真理についてだ。
 幼児には難しい話のはずなのに、なぜかこれが理解できたんだ。
 実は、お釈迦様の顔は見えない。ただこうしている間がこの世
で一番幸せな時間だった。

 お釈迦様からは色んなことを習ったが最後は決まって、
 「お母さんを大事にするんだよ」
 だった。

 で、夢から覚めるんだけど、覚めてみると、親たちが青い顔を
していて、
 「あなた大丈夫?なんでもない?」
 って、しきりにきくんだ。

 僕は心地よい夢を見ていただけなのに、現世では僕がひきつけ
を起こして夜中じゅう大変な事になっていたらしい。

 わけも分からず翌日は学校休んで大学病院で精密検査。
 こんなことが何度かあったけど、僕の身体や脳波に異常が見つ
かったことは一度もなかった。

 成長と共にそんなこともなくなったが極楽の夢も見なくなった。
ただ、お釈迦様に言われたことはその後も守っていて、お母さん
の言いつけを守って暮らしてきた。

 だって、お母さんが抱っこして僕を見つめる顔は観音様と同じ
笑顔だったし怖い顔もやっぱり観音様と同じ悲しい顔だったから。

 実は、この極楽では地上とは違う形でお仕置きがあるんだ。
 悪戯したり悪い心を持った子は観音様に抱かれて見つめられる
んだけど、ぼく達子供はそうされただけで『ここにはいられない』
って思っちゃう、とてつもなく悲しくなっちゃって体が張り裂け
そうになるんだ。それで、たくさんたくさんごめんなさいを言う
と、そのまま抱っこは変わらないんだけど、もう観音様は怒って
ないってわかるんだ。

 体験したことのない人に言っても無駄だろうけど、本当のお話
だよ。

**********************

8/29 <事務連絡>

8/29 <事務連絡>

『庄屋の奥様』はもともと『鬼滝村の五つの物語』の一つとして
書かれたものだったのですが、今回、『鬼滝村の五つの物語』を
独立したカテゴリーにした関係で、『新しい記事』となって巻頭
に登場してしまいました。ただ、中身は前のままです。

『鬼滝村の五つの物語』には『庄屋の奥様』『仮祝言の夜に』の
ほか、『おすけべ神社』『ポン太』『おにばばの店』という話で
構成されています。
いずれも民話風のSM話です。

ただ、SMと言っても私の描くSMですから、商業誌にあるよう
な欲情をそそる立派な作品は一つもありませんのでご注意を。

第一話 庄屋の奥様

               <ご注意>
 これは恐ろしくも下手な文章ですけど、一応はSMです。
 SMに耐性のない方はご遠慮ください。
 逆に耐性のある方は馬鹿馬鹿しいので欠伸が出ます。(^^ゞ
 あっ、それと、お話の中にカトリック系の名称が出てきます
けど、勿論これはフィクションですから、いかなる宗教宗派とも
何の関係もありません。


****************************

               <あらすじ>
 庄屋の奥様が建てた礼拝堂で繰り広げられる秘密の儀式を覗き
見た左官(私)は独りになった奥様の寝床に降りて行き……
 10年後、二人は同じ左官と奥様として言葉を交わすが、そこ
には娘が一人できていた。

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             第一話 庄屋の奥様

村には庄屋様がおりました。たくさんの田畑や山林を持っていて
村一番のお金持ちでした。戦後は農地改革があったために田畑は
少なくなりましたが、それでも、村一番のお金持ちであることに
違いはありませんでした。

その庄屋様の現在の当主様はそりゃあ立派な方で、戦後、隣町に
大きな縫製工場を建てて農地改革で失った田畑以上の利益を得て
いました。その当主様の元へ隣町の分限者からお嫁入りなさった
のが現在の奥様でして、今もお綺麗ですが、嫁入り当時は天女様
天女様と噂がたつほどの器量よしでございました。 

 おまけに嫁入り先の庄屋様も何不自由ないお暮らしぶり。同じ
百姓というてもお肌はすべすべ、日焼けのシミ一つありません。
奥様もよくできた方で、偉ぶったところがどこにもなくて村では
奥様を悪く言うものは誰もおりませんでした。

そんなある日のこと、庄屋様のお屋敷のはずれに妙な建物が出来
ておりますから聞いてみますと、なんでも奥様のご要望で礼拝堂
を建てたとのこと。
私どもはその時になって初めて奥様がクリスチャンであることを
知ったのでした。

村に耶蘇さんはおりませんでしたが、もちろん信ずる処は人それ
ぞれですから、それ自体は何の問題もありませんでしたが……
しばらくして妙な噂がたち始めたのです。

「奥様は金曜日になると礼拝堂に中年男やらまだ幼い少年たちを
そこへ連れ込んでるらしい」
とか……

「いやいや、金曜日の夜は、あの礼拝堂の近くで女の悲鳴がする」
とか……いうものでした。

それが奥様の耳に入ったのでしょう。奥様は私のような出入りの
職人にまでそのことを説明してくださいます。

「あのお方は、私たちの教会では司祭様と言って、とても地位の
高い坊様なの。少年たちはそのお弟子さんたちですわ。土日は、
お忙しいので金曜日にお招きして、ご一緒に祈りを捧げていただ
いているのですよ」

奥様の説明はこんなものでしたが、金曜日の夜に女性の悲鳴が聞
こえるという説明は最後までありませんでした。

それでも村人はそれで納得したみたいでした。金曜日の夜に聞こ
えていたという女の悲鳴も最近は噂を聞かなくなっていました。
もともと娯楽の乏しい村のことです。誰それがきつねの鳴いたの
を勘違いして尾ヒレをつけて話したのだろうということになった
のでした。

ですから、そのことについては私もすっかり忘れていたのです。

『お美しく、お優しく、何不自由ない暮らしをなさっている』

そんなイメージの奥様像が私の脳裏にはすでに定着していました。

***********************(1)**

ある日のことです。

私は礼拝堂の壁の塗り替えを頼まれて、それを終えたところでした。
奥様は相変わらす熱心な耶蘇さんの信者ですからとても喜ばれて、
お酒をだして私をねぎらってくださいます。

すっかり、いい気持ちになった私はごちそうのお礼を言っていった
んは外へ出たのですが、外はちょうど寒い時期で雪がちらつき始め
ています。私の家は遠いですし、こう酔っていては車を走らすこと
もできません。

私は、戻って宿を無心しようと考えたのですが、もうすでに母屋
に電気はついていませんでした。困った私は、今仕事を終えたば
かりの礼拝堂に行ってみます。あそこに藁がつんであったことを
思い出した私は、勝手知ったる他人の家とばかりに、藁の布団に
くるまるとそのまま寝てしまったのでした。

一眠りすると時間は真夜中になっていました。酔いもさめ、帰ろ
うか、朝までここに泊まろうか、と迷っていた、その時です。
 礼拝堂の扉が開く音がします。

 『えっ、こんな真夜中に?』

 しかも、入ってきた足音は一人二人ではありませんでした。朝
の早い百姓の家ではこんな時間に働く者はいません。それは庄屋
様の処でも同じはずでした。

『さては、どろぼう』

そう思った私は心を引き締めます。ですが、藁を積み上げた土間
へ差してきたのは百目ローソクの明るい光。しかもそれがやがて
何本も立ち並び、まるで真昼のように輝いています。
コソ泥が仕事をするにはあまりに大胆な光の量でした。

節穴を通して広がる先には、奥様と顎髭を蓄えた中年紳士。それ
に12、3歳位でしょうか、まだ可愛らしいという形容で十分の
少年が二人見えます。

私はとっさにこれが奥様のおっしゃってたミサなのかと思いま
した。

奥様は白いケープを被った薄絹のワンピース姿、中年紳士は、金
モールの刺繍も鮮やかなガウンを纏っています。二人の少年は共
に白いシャツに白いホットパンツ姿。

赤毛でそばかすだらけの顔をしている方がやや体も大きく年長
でしょうか、金髪の方は今でも母の乳を恋しがる子供に見えま
した。

この二人が、それぞれに長い鎖のついた香炉を振り回すなかで、
祈りの儀式が始まります。

香炉はとても強い香りでたくさんの煙もでます。もう奥様の顔さえ
判別できないほどの煙が部屋中に立ちこめる中で奥様は跪いたまま
何かの教典を読んでおいでのようでした。

それが終わると、かの司祭の声がします。

「神のご加護がそなたとそなたの夫、この家のすべてにもたらされ
んことを」

彼はそう言うと仰々しい飾りの付いた杖を取り出して、奥様の肩に
宝石に飾られたその先端を押しつけます。

すると、さも今の動作で気づいたかのような物言いでこう言うので
した。

「何か悩み事はござらんか。心の震えがこの杖に伝わってくるが…」

奥様は両手を胸の前で組んだまま首を横に振りますが、男は腰を
落とすや、奥様の目を見つめて離しません。

「ありませぬか。隠し事はなりませぬぞ。神の前にあっては純潔
こそが救いの証しなのです。純潔でない者の望みを、神は絶対に
お聞き届けにはなりません。自らに巣くう悪しき妄念を赤裸々に
告白し、魂の浄化を受けることこそ救いの道なのです」

**********************(2)***

 神父は芝居がかった物言いで奥様の手を取って立ち上がると、
祭壇の脇にある小部屋へと誘(いざな)います。そして、その部屋
の中にある小さな椅子の埃を払い、これに腰を下ろすようにと、
丁重に勧めてから、自らは白いガウンを脱ぎ去り、中に着込んで
いた真っ赤なローブ姿のままで、奥様の入った小部屋とは反対の
部屋へむかうのでした。

 私は、建築当時からここに関わっていて知っているのですが、
奥様の入った部屋と、今、男が回り込んで入った奥の部屋とは、
小さな窓で繋がっています。
二人はその窓にお互いの顔を寄せ合い、そこで何やら密談を始めた
みたいでした。

奥様の声はとても小さく、聞き取りづらかったのですが、少年二人
が香炉を振り回すのをやめてからは私の耳へも届きます。
ただ、それは私のような者が聞いてはならない内容でした。

「それでは、あなたは昨夜、夫に求められたにも関わらず、理由
もなしに拒んでしまったのですね」

「はい、とても頭が痛かったものですから」

「それは理由にはなりません。夫婦和合は神の恩寵であり、夫が
求めるのは明日の働きに備えてのこと。夫の働きは神のご意志な
のですからそれを遠ざけることは神のご意志に背くことでもある
のです」

「お、お、お許しを……さりながらあの時は本当に頭が痛くて…
…私の頭痛は神のご意志ではないのでございますか」

「これまた何たる不見識。罪ななき者に災いをもたらすは悪魔の
仕業。だいいち、あなたはその夜、夫に身をまかせても明日にな
れば昼までも寝ていられる身。どちらが神のご意志か、はたまた
悪魔のささやきか、わかりそうなものを……」

「では、私の頭痛は悪魔の仕業だと……」

「もとより自明のこと。そのようなことも即座に分からぬでは、
この家も危うき限りじゃ。よろしい、口で分からねば、別の場所
を説得いたそう」

「あああっ、口が滑りました。どうか、お許しを。私が悪うござ
いました。どうかお鞭ばかりは……先月頂いた分の御印も、まだ
取れてはおりません」

哀願する奥様の声は真に迫っています。しかも香炉の煙が晴れる
につれて、小部屋のドアが開いているのが分かります。私は眠気
を忘れ、その先の展開を求めて、さらに目と耳をとぎすますので
した。

「いやいや、こうしたことは自らの懺悔だけでは落ちませぬ。体
の中と外を丹念に洗い、悪魔が吐き散らかした毒素を聖なる鞭で
たたき出さねばならなぬのです」

「そんなこと……私にはとても……」
司祭の決定に奥様は落胆して、その場に倒れこみます。
すると、司祭はすぐさま部屋を飛び出て奥様のもとへと駆け寄る
のでした。

「何も心配いりませぬ。私にお任せあれば今夜は心地よくお眠り
になりましょう。明日は、天国もかくあらんと思えるほど爽快に
お目覚めできましょうほどに……」

「本当に……」

「奥様はすべてを神のしもべたる私めにお任せあればよいのです。
さあ、お気を確かに……」

「あなたに任せてよいのですね」

「何よりそれが肝要かと……」

**********************(3)***

時代錯誤した二人の会話が妙に心に残ります。

『と、そういえば少年二人は?……』
あたりを見回すと、これがすでに、礼拝所には二人の姿がありま
せんでした。

奥様ばかりに気を取られて見失ってしまったのです。

『あれは?……』
ところが、そんな彼らの居所が、またすぐに知れることになります。
祭壇の脇にあるドアの先、そこには司祭のために居室が二間続き
で用意されていたりですがが、そこから新たなローソクの光が…。
二人がそこにいるのはほぼ間違いありませんでした。

司祭は今にも倒れそうな奥様の手を取ると、狭い部屋から抜け出
します。
そして少年たちがすでに何やら始めている自分の居室へと奥様を
いざなうのでした。

あまりに芝居がかって浮世離れした光景に、『私は夢を見ている
のか?』とさえ思いましたが頬をつねっても太ももをつねっても、
しっかりと目が覚めているのが分かります。

となれば、その先も覗いてみたくなるのが人情。

私は悪い事とは知りながらも、そうっと屋根裏部屋へと這い上が
ると、天井裏を司祭の居室の方へと向かったのでした。

おあつらえ向きに小さな節穴からローソクのゆらめく光が漏れて
います。
私はそこへ腹這いになって陣取ると、その小さな穴を商売用の鑿
(のみ)で広げて覗き込みます。

と、いきなり飛び込んできたのは全裸でテーブルに横たわる白い
女体でした。形よく盛り上がった乳房の先にはまだピンクの乳頭
がピンと立ち、柔らかくカーブを描いてくびれる腰の中央に形の
良いお臍があって、その下は本来なら太く縮れた茂みがある処で
すが、奥様はあえて剃ってしまわれたのか、生まれたままの姿に
なっていました。

プロポーションは七等身くらいでしょうか、小顔で首筋の柔らか
なフォルムからして女を感じさせる均整の取れた体には、当然、
すらりと伸びた手足がついていて、男なら誰もがむしゃぶりつき
たくなるような体です。もちろん角質化した皮膚やシミ皺などは
微塵もありませんでした。

『天女様じゃあ。庄屋さまは幸せもんじゃなあ』
村人の誰もがそう言って褒めそやす体は、まさに天女が降臨して
きたよう。私は流れ落ちる汗やよだれと同じように股間の動きを
止められないまま、見ほれていまったのでした。

すると、先ほどの少年たちが司祭と一緒に部屋へ現れます。

司祭は奥様の枕元に立ってその額や髪の毛を優しく撫でているだ
けでしたが、傍らでは少年たちが何やら忙しく働いていました。
10リットル入りの樽や漏斗、水道ホースなどはすべて少年達が
用意した物のようです。

「司祭様、これは、私、とても耐えられそうにないのです。」

奥様が少年たちの動きに不安そうに泣き言を言うと、司祭は冷静
にこう言って励ますのでした。
「大丈夫です。先週も奥様は立派に耐えたではありませんか……
案ずることは何もありません。神がきっとお守りくださいます。
身体は未熟な魂の支配を嫌い、すぐに邪悪なものに浸食され安い
のです。若い婦人はことさらその傾向が強い。だから浄化せねば
ならぬのです。大量の聖水を使い汚れた体のすべてを洗い流さね
ばならぬのです」

***********************(4)**

司祭のやさしく握ってた手が、言葉の最後ではしだいに熱を帯び、
やがて、奥様の手を強く握るようになっていきます。

そのうち、少年たちが準備を整えたみたいでした。
彼らの一人が鼻つまみ用のピンを神父に渡すと、さっそく、あの
上品な鼻がつまみ上げられ、息ができずに開いた口へ漏斗が差し
込まれていきます。

「あっぁぁぁぁぁ」

その瞬間、奥様は何か言いたげでしたが言葉になりませんでした。

「決して、息をしてはなりませんぞ」
司祭が最後の注意を与えると、いよいよコックが開いて大量の水
がでてきます。

「ううううっ……うううううっっっ…………うっっっっっっ……」
奥様は苦しい息の合間にその水を口の中へと入れていきます。

そして、ロートが水で溢れそうになると、高い位置に置かれた樽
のコックが閉じられるようでした。
ただし漏斗の水がなくなれば、一度だけ息を吸うことが許される
だけで、またロートから流れ込む大量の水と格闘しなければなり
ません。

ウエーブのかかる濃い茶の髪が激しく揺れて漏斗の水がテーブル
にこぼれ落ちます。奥様はそれなりに激しく抵抗しているように
も見えましたが、司祭も少年たちもそれにはお構いなしです。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
やがて、回を重ねるたびに息継ぎの時間が長くなります。

奥様の髪がびしょびしょに濡れ、溢れた水がテーブルを落ちて滝
のように床を叩きつける頃には奥様のお腹は見事なまでに膨れて
いました。

「う~~んうううん」
苦しい息の奥様に向かって司祭の言うことはまたも同じです。

「聖水を大量に体に入れねば、その身は浄化されませんぞ。今が
踏ん張り時です。お子さんをお産みなるつもりで耐えるのです」

30分後、根気よく続けた作業の結果ついに樽の水が底をついた
ことで、この苦行は終了したようでした。

しかし、それは責め苦の第一弾に過ぎませんでした。

「さあ次は四つんばいに…その重荷を軽くしてさしあげましょう
ほどに」
神父の命令が下りましたが、

「ああ、もうよろしいです。私、今でも…出てしまいそうで…」
奥様は青い顔で訴えます。しかし、司祭の判断は冷徹そのもので
した。

「今、聖水がせっかく邪悪なものを捕らえているのです。これを
完全に体の外へと出し切るためには浣腸によらなければならない
のです。さあ、子供のようなことを申されますな」

**********************(5)***

奥様の希望はことごとく断ち切られ、少年たちによって、あられ
もない姿のままテーブルに四つんばいにされてしまいます。
しかも、金髪の少年によって奥様のお尻は大きく割られてしまい
ましたから男たちからは菊門が丸見えになっているはずでした。

「では、お覚悟を願います」
赤毛の少年の声はハスキーで、ちょうど変声期を迎えた頃なので
しょうか。彼は水枕のような物から伸びるゴムの管の先を奥様の
菊門へ差し込むもうします。

ところが……

「あっぁぁ……ぁぁあっ……あ~~……うぅぅぅ……ぁぁぁぁ」

金髪の子が両手で割って露わにしていたその菊座はあまりに可愛
らしくて、さして太くもないゴム製の先端でさえ、容易に中へは
入れてくれませんでした。

「はあ、あぁぁぁぁぁぁ」
奥様の吐息は痛いと言うよりこそばゆいと言っているのでしょう。

少年二人がもたついていると、見かねた神父が少年たちからカテ
ーテルを取り上げ、『もたもたするな』と言わんばかりに彼らを
睨み付けます。

そして、左手で奥様の太ももひとなですると、それまで固く締ま
っていた菊の門が一瞬緩みます。その期を逃さず、神父は右手に
持った管の先を一気にねじ込んでしまったのでした。

その間わずかに数秒。まさに電光石火の早業でした。
この時、四つんばいにされ、細い尾っぽをつけられた奥様の頬に
一筋の涙が光ります。奥様は身体を震わせすべてのことに耐えて
いるようでした。

「美しい」
私は思わず知らず感嘆の声をあげます。

『うんこを我慢している姿がこんなに美しいなんて……』

羞恥に赤く染まった素肌がこの暗がりから、この隙間から、くっ
きりと浮かび上がります。

「あ~~~」

押し殺すような吐息は実際に奥様の身体に浣腸液が侵入してきた
何よりのあかしでした。
わずかにお尻を振るのは、新たに侵入してきた浣腸液の蓄え場所
を探しているのでしょうか。そのたびに天に向かって伸びる細長
い尾っぽが揺れます。

ほぼ一分半で終了したこの作業。しかし、厳重な紙栓の代わりに
尾っぽをとってもらった奥様に笑顔はありませんでした。

全身脂汗でテーブルの上にうずくまり、そこを一人で下りること
さえできないのです。おそらく意識さえも朦朧としていることで
しょう。

ただ『ここで奥様に粗相をさせたい』とはさすがの司祭も思って
いないようでした。

彼は、目配せで次の指示を少年たちに与えます。

まず、それに応えて奥様の両手を赤毛の少年が細いロープで縛り
上げます。たいそう手慣れた様子でしたから、身重の奥様は抵抗
する間もありませんでした。

そして、滑車に通されていたもう一方の紐の端を神父ともう一人
の少年が、二人して引き下ろしますから、奥様の上半身は、両手
を天井に向けたまま、たちまちにして伸び上がります。

おまけに、奥様の両手を戒めた少年が、今度は伸び上がる奥様の
様子を見ながら程良い加減でテーブルを引いてしまいますから、
あっという間に奥様の全身は、両手を高々と上げた状態で吊し下
げられることになるのでした。

奥様の体はつま先がわずかに床に着くだけで、天井に向かいその
身体は一直線に伸びています。

***********************(6)***

「奥様、悪魔は暴れておりますかな」
神父の陰険そうな問いかけにも奥様はけなげな表情で答えます。

「はい、もう十分に……ですから、おまるを……おまるをお願い
します」
奥様にしてみれば『おまる』という言葉を使うことすら恥ずかっ
たに違いありません。

神父への懇願は本当に悲痛なものと見えます。
しかし神父にしてみれば、それがあまりに悲痛で切迫していれば
いるほど喜びは深いのです。
顔が笑っているのではありません。儀式を楽しんでいるといった
様子が、門外漢である私の目にも十分に伝わってくるのでした。

神父は新たに一振りの剣を取り出しました。

「聖なる剣です。これをかざせば、悪魔もあなたの体を出なくて
はならなくなるでしょう。……これは作り物ではありませんよ。
緊張するように」

そう言って、剣先を奥様の顎に突き刺し、十分に緊張させてから
それをゆっくり下ろしていきます。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

喉から胸の谷間、お臍を通って蟻の戸渡りまで這わせると……

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

太股から股間の奥へ……

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

今度は後ろへ廻り、お尻の谷間、尾骶骨、背骨をまっすぐに這い
上がります。

やがて、うなじまで達した剣は役目を終えてもとの鞘へと戻りま
すが、剣をのど元に突き立てられた時に生じた奥様の全身を包む
生理的ともいえる細かな震えがこれによってやむことはありませ
んでした。

「よろしいでしょう」
神父はそう言うと二つばかり手を叩きます。

それが合図で電動式の滑車が動き出し、奥様はそれに引っ張られ
て部屋の隅へと追いやられます。その先には洋式トイレがありま
した。

ロープが少し緩み、そこに座ることを許された奥様は両手を戒め
られたまま、用をたします。

「ああああああああ」
赤毛の少年によって紙栓が取り除かれたの同時に、もの凄い音と
ともにそれは始まりましたが、ほとんどは水だったと思います。
あまりにも量が多すぎてむしろ悪臭もありません。

「あっ……あ~~……うううううん……あ~~……ううううん」

ただ、ご自分の力で排出できたのは最初の1分間だけでした。
奥様はまだお腹に残る水分を出そうとしていきみましたが……

「あっ……あ~~……うううううん……あ~~……ううううん」

以後は三十秒休んではちょろちょろ、また三十秒休んではちょろ
ちょろだったのです。

「おまえたち、お手伝いして差し上げなさい」

神父の言葉に少年たちが動きます。二人は便器の前に跪くとその
豊満な乳房に顔を埋め、まるで幼子のように仲良くその一つずつ
をむしゃぶりつきます。
すると不思議なことに、奥様のお小水が、前よりも元気よく便器
の中へ音をたててそそがれるのでした。

「もういいだろう」
神父の言葉は次への合図でした。

奥様の体がバンザイをしたまま再び持ち上げられ、丸まった足先
が、かろうじて床を掃きながら厚手の敷物の中央へとやってきま
す。

ただ、その間も少年たちは奥様への奉仕をやめませんでした。

「……いやあ~……だめえ~……いやあ~……いやあ~……」

それどころか、奥様が立ったことで自由になったお臍の下の谷間
にまでも手を入れて、前と言わず後ろと言わず、その喜びが倍加
するように勤めます。
まだ幼い指が谷間の中の穴という穴をすべて解放し、柔らかな内
太ももを徘徊しているのが見て取れます。

**********************(7)***

「だめ、だめ、だめよ、ぁぁぁぁぁ」

うわ言のような呟き。浮遊感の中の悦楽に、奥様はすでに意識が
ないように見えます。そのせいでしょうか、お小水が漏れ、便器
から敷物の間にもその恥ずかしい水が光っていますが、奥様も、
少年も、そして神父さえもその事には無頓着でした。

やがて、目的地に着くと、バンザイをさせにられていたロープが
緩められ、敷物の上に横たえられた奥様は久しぶりに両手を下ろ
すことができましたが、これで自由になったということではあり
ませんでした。

両手の戒めが一旦解かれますがすぐに両足が片方ずつ革のベルト
で固定されます。
革ベルトから伸びる細身のロープが滑車に通されていて、これを
巻き上げれば、うつぶせのまま奥様の下半身は宙に浮く仕掛けで
した。

わずかな休憩を挟み、いきなり、両足が自分の意志とは関係なく
大きく開いて宙に浮き始め両手の戒めも今一度巻き上げられます。
おかげで奥様はうつ伏せのまま、自分の体を空中に浮かせること
になるのでした。

「あああああ」
奥様は少し驚きの声をあげましたがこの時はまだ途中までの高さ。
エビぞりになった奥様の下半身の角度は30度くらいでしたか。
胸から上はほんの数センチで床につくほどだったのです。

「奥様、これより悪魔をおびき寄せます。が、いかなる時も平静
さを失ってはなりませぬぞ」

神父の言葉が終わるや、全裸となった少年たちが奥様に再び寄り
添います。

二人とも仰向けに寝て、赤毛の少年は奥様の股間の谷間に顔を埋
め舌の妙技を披露。金髪の少年は垂れ下がった乳房と乳頭を両手
と口を使って愛撫です。

そしてその作業がもっともやりやすいように奥様の上半身と下半身
の高さを調整するのは神父の仕事でした。

それが終わる頃には、奥様の息も荒くなりかけています。
神父はころ合いを見計らい、七本もの大きなローソクが並ぶ燭台
を取り上げると、こう言って奥様の反った背中にふりかけたので
した。

「悪霊退散、悪霊退散、神のご加護を与えたまえ。…悪霊退散。
悪霊退散。神のご加護を与えたまえ。悪霊退散、悪霊退散、神の
ご加護を与えたまえ。…」

当然、奥様の体はもだえ苦しみます。しかし、神父に呵責の念は
ありません。笑顔も憎しみもない超然とした顔で燭台を降り続け、
蝋涙を奥様の背中へと浴びせ続けます。

気がつくと、金髪の少年の体は一部が変化しています。
まだ幼い彼の体は完全にはむけきれずにいましたが、奥様はその
幼い一物を渇望しているご様子なのです。

「あっ、あっ、あっ……」
まるで幼児がおもちゃやお菓子を欲しがる時のような声。しかし、
手が使えない今は、その甘いお菓子に口だけでは届きません。

***********************(8)***

この潤んだ瞳や物欲しげな口元に神父の目が届かないはずがあり
ません。
彼は事情を察して金髪の少年の位置をずらして奥様の口元に合わ
せます。
そしてその可愛らしいものに口をつけたことを確認するや、両手
の戒めを一つずつはずしてしまったのでした。

それから先の奥様は、もう私の知ってる奥様ではありませんでした。
爪を立て、少年のお尻を両方の手で鷲づかみにすると、化け猫が
皿の油を舐めるように、怪しくも愛おしく歯と唇と舌を上手に使
いこなして、まだ完全に剥きあがっていないピンクの卵を剥いて
しまいます。

少年も、どんな事になっても騒いではいけないと教育されている
のでしょうか、顔をゆがめながらもおとなしくしています。

しかし巻き起こる生理現象までは止めることができませんでした。

「あ~~~」

ややとろみがかった精液で奥様の顔は汚れます。しかし、それに
奥様が動じる様子はありませんでした。

気を取り直し、なえた一物に再び刺激を与え始めます。
すると、若い彼の体は、再び反応して奥様のおもちゃとしての用
をはたすのでした。

そして、ついに奥様にも歓喜の時が……それは金髪の少年を三度
昇天させた直後でした。

すべてが脱力し、赤毛の少年も金髪の少年も神父さえもしばしの
休憩へと入ります。この時奥様の背中には厚く蝋涙が降り積もり、
背中だけでなくお尻も太腿も真っ白になっていました。

今、月に一度の幸福な余韻が奥様を包んでいます。

こんな時奥様の体に触れられるのはやはり金髪の少年だけでした。
奥様が差し出した手を大事そうに受け取った少年は、ちろちろと
その指先だけ舐め始めます。
すると、奥様の体には、今一度、幸福な快感がよみがえったよう
でした。

それから20分。
ひょっとしてこのまま夜明かしをするのではないかと思うほどの
時間が過ぎ去ってから、神父が動き出します。この時も彼は突然
動き出すのでした。

いきなり滑車の紐を巻き上げて、大きく開いた奥様の両足を高々
と上へ上へと上げていきます。その角度は70度くらい。もう垂
直に近いほどでした。こんな姿勢では神父からも奥様の大事な処
が丸見えです。
ですが、この時、奥様は何も言いませんでした。
抱き枕を一つ顎の下に挟みこんだだけで、穏やかな表情で神父を
見つめています。彼女にはすでに次の事態が分かっているようで
した。

「私はあなたに平静でいるように求めた。しかし、それは赤ん坊
にミルクを飲むなと命じるほど無謀なことのようだ」
神父はナインテールを手にしている。が、奥様はそれを見ようと
しません。その代わり……

「申し訳ありません。神父様。私は弱い女なのです」
と、それだけ言って抱き枕を一段と自らに引き寄せます。

**********************(9)***

「では、この鞭で悪魔を叩き出すことになりますが、よろしいかな」

「あ~~~お願います」
奥様は深い吐息とともに神父に願いましたが、それは悔恨という
のではなく、憧れや願望からくる切ない響きを私に感じさせます。
こうなることは分かっていた。いや、こうなって欲しいと願って
いたということでしょう。さすれば、彼女の歓喜にも似た悲鳴の
謎もとけます。

「ピシッ」

巻き付くような革の鈍い音がしたかと思うと、雪のように降り積
もった蝋が弾け、白い奥様の肌に数本の淡いピンクの筋が残ります。

「あ~神様。お許しください。私の体に巣くう悪魔を追い出して
ください」

懺悔の言葉が終わるのを待って、もう一撃。

「ピシッ」

「あっ、あ~、神様。このか弱き女に愛のお慈悲を。孤独に負け
ない勇気を」

「ピシッ」

「ああ~、後生です。すべてあなたのなすがままに。私はあなた
に使えるしもべでいたいのです」

鞭はその後も続き、背中やお尻だけでなく、太股や当たればただ
ではすまない谷間の中にまでもおよびます。

「ぎゃあ、………………」

そこに当たった瞬間だけは、女性らしい悲鳴のあと、しばらくは
息が詰まるのか、懺悔の声がすぐには出てきませんが、しばらく
して痛みが治まると……

「この痛みと引き替えに安らかな心がとりもどせますように」

それまでと同じような懺悔が続きます。

「ピシッ」

「あ~、私はこうしている時にしか幸せを感じられない。それは
罪なのでしょうか。煉獄の炎に焼かれてもよいのです。神よ、私
に安らぎを」

神父も奥様の長い懺悔に必ずつき合っていました。そして、それ
が終わったのちでなければ、次は絶対に振り下ろさなかったのです。

たっぷり時間をかけ、たっぷり三ダースの鞭が振り下ろされるや、
奥様の口からは懺悔の言葉がとぎれます。
最後は、みみず腫れで真っ赤になったお尻にさらにもう一振り、
赤い嵐が舞い降りて……、

「ピシッ」

「このあたりで神の国へまいりましょう」
一言、こう言っただけでした。

すると、その言葉が合図だったのでしょう。神父はナインテール
を片づけます。
次に、待ちくたびれて居眠りを始めていた二人の少年を起こして、
二人に手伝わせて、高々と上げていた奥様の足を静かに下ろして
いきます。
そして、奥様を敷物の上に丁寧に寝かせると毛布をかけてから、
三人は静かに部屋を出て行ったのでした。

*********************(10)***

『…………………………』

私はローソクの明かりがすべて消され、真っ暗になった礼拝所を
見つめながら、そこに横たわる白い影を探しまわります。でも、
それはあまり意味のある行為ではありませんでした。あまりにも
浮世離れした光景に頭が混乱して、まずはその整理をつけたかっ
ただけだったのです。

『この一連のミサ自体はお芝居?でも、誰が?何の目的で?……
神父が首謀者?……いや、違うな。この劇の主役は奥様だった。
彼女がイニシアティブをとっていた。…………でも、なぜ?……
夫婦仲はよいと聞いていたのに?…それは外面だけの事なのか?
……庄屋様はこんなこと、ご存じなのだろうか?……知っていて
なおこんな事を許すことなんて、あるのだろうか?』

あれこれ考えるうちに、目が暗さになれて奥様の顔の位置までが
はっきりと分かるようになります。

私はいつしか屋根裏部屋を下りていました。そうっと足音を立て
ないように礼拝堂に入り込み、奥様が寝息をたてる敷物の前まで
やってきてしまったのです。

部屋は真っ暗。でも私の目の奥にはローソクの揺らめきに映し出
された奥様の痴態がフラッシュバックして頭を離れません。
あとは私の理性が関知するところではありませんでした。

****************************

その後のことは噂で聞いたことですが、奥様の御乱行は庄屋様の
知るところとなり、奥様は庄屋様からかなり手ひどい折檻を受け
たようです。でも、その時すでに奥様のお腹には赤ん坊があった
ために、夫婦別れはしなかったということでした。

私は十年後、再びあの礼拝堂の修理を任されます。

その作業の途中、三時のおやつを奥様が自ら持っていらっしゃい
ました。

「ごせいがでますね。あなたは10年前とちっとも変わらないわ」

「私はしがない左官職人ですから、変わり様がありませんけど、
奥様はあの時よりお美しくなられた」

「まあ、うれしいこと。あの時は新興宗教に入れあげてて、我を
忘れてたけど……」

 「では、もうあの神父様とは……」

 「今は、主人が教祖様ですわ。だからね、ここも改装したの。
教祖様に合わせて……」

見れば、かつての礼拝堂は近在のどこにもない立派なSMクラブ
に変身していました。

「女は自分を愛してくださる教祖様しだいで幸せにも不幸せにも
なるのよ」
奥様がそこまで言うと庭先で遊ぶ一人の少女に目を向けます。

「私は、あの子ができたから今の幸せがあるの。わかるでしょう」

私は意味深な目で見つめる奥様の視線を避けるように、幸せそう
な少女に視線を移します。

「あの子には、毎週、お灸と浣腸はかかさないの。物差しでお尻
を叩くのもしょっちゅうよ。女は愛される人のもとで耐える喜び
を知らないと幸せにはなれないわ」

「えっ!」
私は思わず奥様の顔をうかがい。そして、あらためて少女を見つ
め直します。

「でも、お嬢様は明るいですね」
調子を合わせてこう言うと、奥様は……
「そりゃそうよ。私はあの子を誰よりも愛してますからね。女の
幸せは自分を愛してくれる人がいるかどうか。そんな人がいれば、
その人の為には何でもしたいと思うのが女なのよ」

「それで厳しいお仕置きを……」

「あの子から愛と信頼を得ているから、私もあの子にお仕置きが
できるの。あの子だってお仕置きされても明るく振舞えてるの。
……母親としては、愛と信頼があるうちに、どんな人と出会って
も愛されるように娘を躾てやらなければならないわ」

「躾ですか……」

「そうよ、娘が幸せに暮らすために一番大事な躾なの。…………
そうだ、ちょっとこっちへ来てくださる?」

彼女は今気づいたように立ち上がりました。
そして、自慢のSMルームへと私を引っ張って行くと、その天井
を指さして……

「ね、あそこに大きな穴が空いてるでしょう」

「あっ、そうですね。塞ぎましょうか」
私はさも今、気づいたように応対します。

「いいの。あの穴は塞がないでね。私ね、あの穴から見られてる
と思うと、よけいに燃えちゃうたちなの。それに、また一晩だけ、
すてきな王子様が現れるかもしれないでしょう」

私はその言葉を聞いて10年まえと同じことがしたくなりました。

「………………」
でも、今回は体が動きません。

庄屋の奥様は奥様、私はしがない左官の職人。そんな当たり前の
事を、改装前からそこに祀られてるマリア様の像が、私にそっと
教えてくれたような気がしたのです。


****************<了>***(11)***

第二話 仮祝言の夜に

**********************
『お灸』を題材にしたSM小説です。
恐ろしく下手な小説ですが、
いつも書いているものとは、世界が違いますから
ご注意ください。
**********************


        第二話 仮祝言の夜に

          <あらすじ>
明子は、仮祝言とよばれる村の風習にのっとって結婚するが、
それは、婚礼の当日から繰り広げられる姑による地獄の責め苦の
始まりを意味していた。


***************************

           仮祝言の夜に

 鬼滝村には昔かわった風習がありました。『仮祝言』といって
正規の結婚を望む家どうしが、仮に祝言をあげ、花嫁を仮に迎え
入れるというものです。だいたい1年間、無事に勤め上げれば、
晴れて二人は正式に結婚できることになってました。

 いわば、その間は見習期間いというわけですから、お嫁さんの
立場は微妙です。地位は奥さんですが扱いは女中以下にしてその
娘の力量を試そうとするお姑さんたちがたくさんいました。

 おまけにこの期間、夫とはセックスレスですから、息子の方が
じれて婚約を解消することもないとは言えませんでした。

 女性の地位が上がった今日では考えられませんが、30年ほど
前まではこれがごく自然な結婚の形態だったのです。

***************************

 明子はこの村の出身者、『水呑百姓』とよばれ戦後の農地改革
で土地を手にした農家の出身でした。
 これに対して、嫁ぎ先の板東家は規模こそ小さいものの、戦前
から土地持ちで『呑百姓』とよばれ、村では明子の家より格が上
だったのです。

 「おまえには、ワシらより広い田畑を持った百姓のところから
嫁をもらうはずじゃったのに、予定が狂ってしもうた」

 息子の孝雄に向かいこう言って嘆く姑の登美子は仮祝言という
村の風習を使いこなし、あわよくば明子との結婚を御破算にした
いと考えていたようでした。


 仮祝言の夜、明子は姑の登美子に呼ばれます。すでに披露宴も
終わり、彼女自身も普段着に近いワンピース姿になっていました。

 『今頃、何かしら?』
 そう思いながら座敷の襖を開けると、中は明かりがこうこうと
焚かれ、親戚の者たちが集まっていました。相手方の両親はもち
ろん、明子の叔父や叔母までがいます。そして、孝雄の親戚たちも、
まだ正装のままでそこに集まっていました。

 その場にお酒の用意はありませんが、すでにお酒が入った人達
は誰もが陽気で、その場は最初から華やいだ雰囲気に包まれてい
ます。

 『ひょっとして、またお酌でもさせるつもりなのかしら』
 そう思って箱御膳を覗きましたが、そこにはお茶の他は黒豆や
勝栗、それに慈姑の金団などが並んでいるだけ。お酒などは一切
ありませんでした。

******************(1)****

 「さあ、お義母さまがお待ちかねよ。早く奥へいらっしゃい」
 明子が幼い頃からよくなついていた叔母がそう言って彼女の手
を取ります。

 すると、お客たちの間を抜ける明子へはただならぬ拍手と声援
が……

 「よっ、明子ちゃん、初披露」
 「じっくり見せてよ!」
 「おじさん、待ってる。明け方までだって待ってるよ」

 しかし、それは単に新妻を祝福しているというだけではない、
ある種異様な盛り上がりだと明子は感じていたのです。
 おまけに……

 「何?これ?」

 明子は広い座敷の上座にあたる次の間に通されるた瞬間、目が
点になります。というのも、そこには、すでに真っ白な敷き布団
が一枚、ぽつんと敷いてあったからでした。

 『孝雄さん……』
 不安になって振り返ると、夫は座敷の真ん中あたりでお義父様
と雑談しています。

 それで気がついてのですが、この時ばかりは女性がすべて上座
に座り、男たちはすべて真ん中より下座で待っています。
 いつもとはあべこべでした。

 「では、大変に遅うなりましたが、これより…『みとめの儀』
執りおこないたいと思います」
 姑の登美子が男の客たちを前に正座して頭をさげます。

 でも、ここまできても明子はまだ事態が飲み込めず……ただ、
ぽかんと突っ立ていました。
 それを叔母の波恵が慌ててスカートの裾をひっぱり姑と同じ様
に正座させたのでした。

 彼女は母親が早くになくなったために、こうした女社会の習慣
には疎かったのです。

 「じゃあ、明子さん、こちらへ寝てくださいな。ちっとも痛く
なんてありませんから、しばらくの間我慢するんですよ」

 登美子の声が逆に明子を不安にさせます。
 けれど、ここから逃げ出すという選択肢だけは、この時の彼女
にはまだありませんでした。

 明子が言われるままに布団に寝そべると……

 「ごめんなさいね」
 そう言って、にこやかな顔のおかみさん連中が、男達との間を
隔てる襖を閉め始めます。

 『!?』
 見回せば、こちらの部屋に残ったのは女性だけ。
 明子はその時になって初めて、男と女が開け放たれたそれぞれ
別の部屋にいたことを知ったのでした。

 「さあ、男たちの目はなくなったから気にしなくていいのよ」
 叔母の波恵にそう言われてもきょとんとしている明子。

 そのうち姑の登美子がじれてこう言います。
 「愚図愚図しないで、さっさと脱ぎなさい。スカートを上げる
だけでいいわ。そのくらいならできるでしょう」

 あまりに唐突なその言葉。心の準備がない明子はどうすること
もできません。
 年上のおばさんたちが自分が寝ている布団を取り囲んで見つめ
るなか、明子はただただ震えるばかりでした。

 「あなた、ひよっとして『みとめの儀』を知らないの?」
 心配して聞いてくれた叔母の波恵に、明子は用心深くあたりを
窺ってから、小さく肯きます。
 すると、周囲から、どっと笑いが起こりました。

 姑の登美子も渋い顔をしています。
 でも、知らないものは仕方がありません。

 「とにかく始めますよ」
 登美子は、そう言うと大儀そうに『みとめ』と呼ばれる下帯を
取り出しました。

********************(2)****

 『何よ、これ?』

 事情を知らない明子が驚くのは無理もありません。
 それは全体のほとんどが竹製で、今でいうTバックのような形
をしています。赤い布が巻かれて大事な処は直接竹が当たらない
ようにはなっていますが、いずれにしてもそう説明されなければ
身につける物だとは思えない代物だったのです。

 「今日は、これをあなたが初めて身に着けるためのお式なの。
男なんてのは何かあるとすぐに分別をなくす生き物ですからね。
大事な預かりものであるあなたを、これで、1年間、お守りする
のよ」

 それまでのとげとげしい態度から一変、登美子は穏やかな口調
になり明子に話しかけますが、それは彼女の気持を落ち着かせた
りはしませんでした。
 むしろ、その半笑いは背中に薄ら寒いものを感じます。

 「さあ、始めましょう」
 登美子はもう待っていられないとばり、自ら明子のワンピース
の裾をめくりかけました。

 「あっ!」
 あわてた明子が上体を起こしてやめさせようとしますが……

 「大丈夫、大丈夫、ここではみんなやってることよ」
 叔母の声がします。

 「わかったら、おとなしくしてなさい」
 彼女の手は姑によってはねのけられ、起こしかけた上半身も、
周囲の大人たちによってもとに戻されます。
 他の婦人たちもよってたかって登美子の作業に協力します。
 この時ばかりは、明子の味方は誰もいませんでした。

 「……!……」
 あっという間に、明子のスカートは跳ね上げられ、ショーツも
下ろされます。

 『いや!いや!いやよこんなの!』
 明子は心の中で叫び続けましたが、これをやめさせるすべなど
ありません。
 彼女にできることと言えば、両手で顔を隠して頭を振ること。
それ以外は、周囲を取り囲むおばさんたちのなすがままだったの
です。

 「ほら、手を離しなさい」
 動転している明子の耳元で叔母の波恵が声をかけます。

 そうっと、手を顔から遠ざけると……

 「まあ、真っ赤になってる。今の子にしては意外にうぶなのね」
 誰かの声につられるようにして周囲でまた笑いが起きました。

 「ねえ、明子さん。このままじゃあ、着けたところを殿方にお
見せする時、下の毛が見えちゃうわ。だから、これ剃っちゃって
もいいわね。……どうせまた生えてくるものだし……」

 波恵の言葉は明子に衝撃を与えます。今だって、こんなに恥ず
かしいのに、このうえ着けたところを男の人に見せるなんてこと、
絶対に許されるはずがありませんでした。

 「馬鹿言わないでください!そんなことできません!」

 大声が女たちのいるこの部屋中に響き渡ります。
 ということは、襖一つで隔てられた男たちの部屋にも聞こえた
はずで、叔母はたちまち青くなってしまったのでした。

 「だめよ。そんなこと言っちゃあ。……いいこと、明子さん。
これは鬼滝村に古くから伝わる大切な儀式の一つなんですからね。
いやいやなんか言えないわ」

 「だって……」
 彼女がぐずると叔母さんは……

 「あなただけじゃないの。みんな、恥ずかしい思いは乗り越え
て立派なお嫁さんになったのよ」

 「…………」
 明子は反論できませんでした。

 鬼滝村に生まれ育った彼女にとって、鬼滝村の古くからの習慣
でみんなもやってきた事だと言われれば、それを覆すことはでき
なかったのです。

 明子はわがままの通らない分を、涙を流して自分を落ち着かせ
るしかありませんでした。

*******************(3)**

 鬼滝村のみとめはいわば日本式貞操帯で、金属製のもののよう
に鍵はありませんが、外すと二度と元のように組み立てられない
仕組みになっていました。

 仮祝言から一年間はこれを着けて操を守り、万一破談になって
も、その処女性をお嫁さんの実家に保証する意味を持っていたの
です。

 とはいえ、本人にすればそれは耐え難い苦痛に違いありません
でした。装着している時の違和感はもちろんのこと、排泄や月の
ものの時まで、いちいち姑に許可を得なければなりません。
 ましてや、今夜はこうした姿を招待客に披露するというのです。
明子は今が悪夢を観ているとしか思えませんでした。

 『夢よ、悪い夢よ。きっと醒めるわ』
 明子は必死に思い込もうとします。

 しかし、仮祝言をあげた若い娘に、これを拒むすべはありませ
んでした。
 今のように娯楽が充実していなかった当時にあっては、これも
数少ない男たちの娯楽。『女の子が可哀想だからやめよう』とは
誰一人言わなかったのです。


 みとめを着けられた明子は男たちの好奇な目の中に立っていま
した。

 「さあ、スカートを上げてごらんなさい」
 登美子の無慈悲な声が後ろから聞こえます。

 明子も事情は飲み込めましたから、そうしようとは思うのです
が……

 「………………」
 スカートの裾に手をかけるのがやっとだったのです。

 こうした事情は明子に限らず娘なら当たり前ですから、簡単に
スカートの裾を持ち上げられる子はまれでした。そして、それが
また男たちの興奮を高めていきます。

 「しょうがないね、いつまでそうやって突っ立ってても終わら
ないよ」
 「さあさあ、さっさとスカートをあげて……」
 「私がやってあげようか」

 それは男達の声ではありません。女たちの席からのヤジだった
のです。
 明子が思わず振り返ると、野次は止まりましたが、その顔は、
誰もが笑っていました。

 「…………」
 彼女たちは同性ですから性的な興奮はありませんが、ちやほや
される歳はとうに過ぎてしまった彼女たちにとって、幸福の絶頂
にある若い娘は羨ましくねたましい存在。そして、その娘の不幸
は、この上なく甘い蜜の味がしたに違いありませんでした。

 やがて、切りの良いところで母親代わりの波恵がでてきます。
あまり早く登場すると男たちの機嫌を損ねますから、そのタイミ
ングは難しいところですが、明子が泣き出す寸前に現れて……

 『はて、何をするのか』
 と思った瞬間、明子の後ろへまわって、そのまま何も言わず、
ひょいとスカートをまくり上げるのでした。

 「!!!!」

 竹製のみとめは明子の谷間にしっかりと食い込み、今、剃り上
げたばかりの三角デルタはその剃り跡が青々としています。

 「いやあ~~~」
 悲しき叫び声が部屋じゅうに木霊したことは言うまでもありま
せんでした。

 と同時に、へたり込もうとする明子を、心得ていたとばかりに
抱きかかえたのも波恵だったのです。

 それは10秒あったでしょうか。明子のみとめが男たちの目に
触れたのは……

 ほんの一瞬の出来事だったのですが、気を失ってしまった明子
にしてみれば丸一日さらし者になっていたようなショックでした。

 「まったく、だらしないねえ、近頃の娘は……」

 明子は姑の愚痴で目を覚まします。気がつけばさっきの布団に
寝かされ、頭には冷たいタオルが乗せられていました。お客たち
はすでに帰ったらしく、それまで感じられた熱気は失せて大広間
に人の気配はありません。

 ここに残ったのは姑の登美子と叔母の波恵だけでした。

******************(4)**

 「波恵さん。こんな度胸のない子じゃ先が思いやられるわね。
男は度胸、女は愛嬌って言うけど、本当に度胸がいるのは女の方
なんよ……」

 「すみません、ご迷惑かけて」

 「私はいいんだけど……これからはこの子も板東の家に入るん
じゃけん、気い引き締めてもらわんと……ちょっと、ストリップ
やったぐらいで目を回しとったら、この先も思いやられるけん。
……で、どうじゃろう。わし、この子に灸なっとすえてみたらと
思うんじゃけど……どうじゃろうねえ」

 「……それは、そちら様のご都合でよろしいかと……明子は、
すでに嫁に出した娘ですから……」

 「そう、つれないこと言ってもらっちゃ、こっちもやりにくい
もんで……ここは『うん』と言うてもらわんと……」

 「わかりました。お任せします」

 「そうかね、そんじゃあ、あんたも承知なんじゃな。そうか、
そんじゃあ、遠慮のうそうさせてもらうけど……」
 姑はそう言うと立ち上がり、もう一言、
 「大丈夫、目立つとこにはすえやせんから」
 こう言って奥の部屋へと消えて行ったのでした。

 すでに気がついていた明子にとってこの会話は不安な心をさら
に煽ることになります。ですから、もう恥も外聞もなく、おでこ
に乗せたタオルをはねのけ……

 「おばちゃん、私、だめ。こんな処じゃよう辛抱できんもの」
 明子は正座している波恵の右手をとって、そこにもたれかかる
ようにして訴えかけます。

 しかし、叔母の返事は冷たいものでした。
 「何言ってるの。今、こうして嫁いできたばかりで……その日
に帰ってきたなんて分かったら、それこそいい笑いものでしょう
が。私だって肩身が狭くてこの村にいられませんよ」

 ところが、それは姑の耳にもはいってしまったようでした。

 「いいんやで、帰っても。祝言いうてもまだ仮なんやし、やる
気がないもんが家におられても足手まといになるだけやから」

 登美子は、艾と線香、それにマッチといったお灸のために必要
な品物を一式お盆に乗せて運んできたところでした。

 「さあ、決めんかいね」

 凄む姑に手をついてわびたのは叔母の波恵でした。
 「すいません。この子、父親の手一つで育ってるもんで、……
男みたいなところがあって……口の利き方をよう知らんのです。
堪忍してやってください」

 「なんぼ口の利き方しらん言うても『帰りたい』いうのは本心
やろうから、そのようにしたらええがな」

 「でもありましょうが、当人もまだ世間知らずでして、こちら
様でそこのところを何とか躾てやっていただけないでしょうか」

 「あんた、何か勘違いしてないか。ここは学校やないで。……
だいたい21にもなって…そんな躾は、実家でやるもんじゃない
やろか」

 「ごもっともさまで……」

 姑にとっては望んでいた通りの展開。しかし、彼女はふと別の
ことも考えました。

 『何も今すぐ放りださんでも1年という時間がある。それに、
今、本当に帰られてはこちらも外聞が悪い』

 こう思った彼女は、それでも畳に額をこすりつけている波恵に
こう提案したのです。

 「じゃあ波恵さん、この子の躾はうちでやっていいんやな」
 ゆっくりと念を押すような調子は、波恵にしてもその先にくる
ものが読めないわけではありません。しかし、彼女には婚礼の日
に明子を連れ帰るなんてことはどうしてもできませんでした。

 「……そりゃあもう、そうしていただければ……」

 この言葉に姑の登美子は安堵したようでした。そして、自分は
明子の保護者として公明正大に認められたのだという自信を顔に
みなぎらせることとなるのです。

 もとよりこれが明子の不幸の始まりでした。

*********************(5)***

 「なら、今日のことは今日のこととして灸なとすえて反省して
もらおうと思うけど、あんた手伝っておくれでないかい」

 登美子の言葉に戦慄が走ります。当時は、今とは違い、お灸は
ポピュラーな折檻方法。明子にしてもこれが初めてというのでは
ありませんでした。でも、それだけにその時の恐怖は骨身にこた
えて覚えていました。

 明子は自分の想いを言葉にできず、その素振りだけで、何とか
叔母に訴えかけようとしましたが、やはり無駄でした。

 「じゃあ、まずうつ伏せに寝てもらおうか。子供と違ごうて、
小さいのじゃ温泉にはいっとるようなもんじゃろうから……艾は
大きめに作っとかな、……なあ、波恵さん」

 姑はそう言うと赤く印刷された袋から艾の固まりを取り出し、
小分けにしたうえ3センチほどの円錐形の小山をこさえ始めます。

 その様子を恐怖心のあまり薄目を開けて覗き見ていた明子は、
何かの悪い冗談かと感じていました。

 この世界は1センチでも飛び上がるほどに熱いのです。幼い頃、
近所のガキ大将がよくお灸をすえられていましたが、それでも、
せいぜい1センチか2センチまで。こんなに大きな物は見た事が
ありません。

 ガキ大将の灸痕は見た目にもわかるほど大きな火傷痕となって
今なお背中に残っていました。それが、自分は3センチだなんて
……

 でも、姑が作るそれは冗談でもなんでもありませんでした。

 「じゃあ、スカートが落ちんように、ようく押さえておいてく
ださいな」

 うつ伏せになった明子のワンピースの裾がめくり上げられると、
先ほどの赤いみとめが顔をだします。
 明子は本能的にそうなってしまうのか、匍匐前進を試みますが、
もとより、逃げ出せるはずなどありませんでした。

 「おう、おう、お前も人並みに殷の目にやいとをすえてもらっ
とるやないか」
 姑はみとめをずらして見える腰のあたりの灸痕をいとおしげに
なでまわします。そして、邪魔なみとめを取り外すと……

 まず痕の残る場所へ二つ。
 「……!……!……」
 姑は今ある灸痕よりさらに大きな艾を乗せるのでした。

 「どうやろ、波恵さん。あとは私に任せてもらえんじゃろか」
 当時の姑の権威を考えれば許可もいらないところですが、親代
わりでもある波恵の顔をたてて尋ねます。そして……

 「どうぞ、お願いします」

 波恵の言葉を聞くと、満足そうな顔になり、今度は明子のお尻
へ片方3つずつ、合計6つの艾を並べたのでした。

 『いや、いや、だめよ、そんなのやめてよ』
 明子は次々に並んでいく艾の数に恐れおののき、心の中で叫び
ますが、もう今さら声にだすわけにもいきませんでした。

 「よし、こんなもんかな……」
 登美子は火のついた線香を構えますが、それを艾に近づける段
になって……、

 「そうじゃ、肝心な所を忘れるところじゃった」
 登美子は、さも今、気がついたかのように、線香を線香立てに
戻すと、新たに特大の艾を用意します。

 そして、自ら、明子のお尻の割れ目の上部を少し押し開いて、
尾てい骨あたりに、さらにもう一つ置きます。

 「ここはお尻の割れ目が始まるところでな。底だけじゃのうて
左右の壁にも火がまわるからな、特別熱いんじゃ。昔はな、親の
いうことをちいっともきかん根性もんの娘がな、ようすえられた
もんじゃ」
 登美子はしたり顔、さも楽しげに語るのでした。

********************(6)**

 「蛇の生殺しのようなのも可哀想じゃからな、一気にいくぞ。
気合いれて、よう踏ん張るじゃ」

 登美子の宣言とともに、一気に、すべての艾へと火がつきます。

 「……あっ、…だめ、くる、くる、いやあ~~~やめてえ~~
取ってえ~~おねが~い……ひぃ~~~だめえ~~いやあ~~~」

 始め、ほんのり暖かくなったかと思うと……それがほどなく、
もの凄い痛みに変わります。
 まるで錐で穴を空けられてるみたいでした。

 そして、その衝撃はやがて全身へ……
 「いやあ~~~熱いいいいい~~~死んじゃう~~~取ってえ
~~~ごめんなさい、ごめんなさい、いや、いや、いや、いや」

 かすれ声が裏返り、それは甲高い悲鳴以上に哀れを誘います。
 明子の体は頭のてっぺんから手足の指先、はては乳頭やクリト
リスさえその衝撃を逃がそうとして痺れかえります。

 熱いというより、痛いというのがその時の感情に近いでしょう。
明子も経験者ですから、それなりに覚悟はしてのぞんだのですが、
何しろ大きなものが9つも乗せられていますから、とてもとても
辛抱たまりませんでした。

 「死ぬ~~殺さないでえ~~お願い~~いやいやいやいやいや」
 幼い子のように足を激しくばたつかせ、狂ったように首を振り、
ついには、だみ声を部屋中にはり上げてその苦痛から逃れようと
しました。

 「まったく、うるさい娘じゃ。この程度のやいとなら12、3
の子供でもおとなしくしとるというのに……」

 荒い息が続く明子を尻目に、姑は大きく一つ息を吐いて愚痴を
言います。そして、熟慮のうえという思わせぶりな態度で波恵に
こう言うのでした。

 「なあ、波恵さん。こんなにだらしがないなら、おまたも折檻
せにゃならんかもしれんなあ」

 登美子の言葉に波恵は返す言葉がありません。

 ただ、今はそそくさと明子の体をよけ、そこに染みこんだシミ
を少しでもふき取ることしかできませんでした。

 明子は、自分が少しぞんざいに布団の真ん中から追いやられた
ことに不審を抱いて波恵を見ます。すると、そこには大きなシミ
が広がっていました。

 『……えっ、……でも、…まさか、だって……そんなあ~~!』

 明子は最初そのシミを見てもすぐには信じられませんでした。
しかし、どう考えてもそのシミは粗相のあとに違いありません。
もちろん、それをしでかしたのも自分しか考えられませんでした。

 「もう、言い訳はきかんよ。あんたも言いたくはないじゃろう」

 登美子の稟とした態度に明子の全身の毛穴が震えます。明子は
この期に及んでも、逃げるということをまで諦めてしまったわけ
ではありませんでした。

 本当ならたとえ素っ裸でもこの場を立ち去りたかったのです。
しかし、腰がぬけてしまった彼女に、次から次へと繰り出される
姑の辱めをよける手段がありませんでした。

 彼女にとって残された道はただ一つ。
 嫌なことはすべて忘れ、今ある苦難や苦痛は現実のものとして
は考えないようにして過ごすことだけでした。

 明子は申し訳なさそうな顔色とは反対に粗相したという現実も
どこか別世界で起こった出来事のようにとらえていました。

 ですが、男になら使いやすいこんな芸当も、女の中にあっては
その了見が簡単に見透かされてしまいます。

 「こんな事なら、もっと、はっきり分かるところにすえなきゃ
効果がないかもしれないねえ」
 細い目の奥で光る登美子の鋭い眼光が鼓動の早い明子の小さな
心臓を捕らえています。

 明子は、今や姑に睨まれただけで言いしれぬ不安を感じるよう
になっていました。
 『もっと大きな不幸がやってくるんじゃないか』
 そう思うだけで、彼女の顔は自然と険しいものになり、それを
見た姑の態度もなおいっそう意固地なものへ変わっていくという
悪循環でした。

 そして、早くも次の瞬間にはそれが姑の行動となって現れます。

*********************(7)**

 「ああ、いいよ。いいよ。波恵さんそれはこっちでやるから…
…それより、次はちょっと大変だからしっかり頼みますよ」

 登美子は、波恵が始末しようとしていた明子のおしっこ布団を
二つ折りにするとその布団をパンパンと二回ほど叩いて……

 「素っ裸になって、ここに尻を乗せてごらん」
 と命じます。

 「………………」
 たじろぐ明子を尻目に、姑は小さく一つため息をついただけで、
あとはキセルを取り出してタバコを吹かし始めます。
 彼女はあえて無言のまま明子の支度を待つようでした。

 明子にしてみると、姑の命令はそれだけではそれほど驚くもの
ではありませんでした。裸と言っても見ているのは同性だけです
から、それほど強い羞恥心があるわけではありません。

 ただ、その二つ折りの布団に腰を下ろしてから先の事は、想像
するだに恐ろしいこと。おそらく生涯消えぬ思い出となることを
彼女自身、覚悟しなければなりませんでした。

 「ポン!」
 姑がたばこ盆に雁首を勢いよく叩きつけて火玉を払いますと、
まるでそれに呼応するかのように明子の体が動き始めます。これ
以上、姑を待たせることはできないと考えたのでしょう。

 それでも姑はそんな明子を信用していないのか、彼女の動きを
横目で見ながらも二服目を雁首に詰め始めます。
 しかし、その前に裸になった明子のお尻が布団の山にのしかか
ったのを確認すると、少し大儀そうにそれをやめ、明子の足下に
正座したまま擦り寄ります。

 「決心がついたんなら始めるかいね」

 お互いが向き合う姿勢から、登美子はいきなり明子の肩をぽん
と突きます。
 とっさのことで、明子はその場に仰向けになって倒れましたが、
どうやら登美子にとってそれはとるに足らないことのようでした。

 明子の体はお臍の辺りを頂点に弓なりになります。
 明子は慌てて体をよじり、起きあがろうとしましたが、それを
はたす前に姑の声がします。

 「それでいいんじゃ。起き上がらんでよい。それより、さあ、
両足を高く上げるんじゃ」

 姑の言いつけに従い渋々両足を浮かしかけますと、波恵もこれ
また姑と同じような渋い顔で、いきなり明子のお腹の上に乗って、
まだ処女のままでいる明子の白く艶やかな足を二本とも受け取り
ます。

 登美子は波恵に次はこれこれをやると指示したわけではありま
せんでしたが、波恵の方もこれから先のことは心得ているようで
した。

 「(あっ)」
 その瞬間、明子は声を上げようとしました。単に裸というだけ
なら隠しようがある場所も、こうなってはすべてがあからさまに
なってしまいますから。

 明子の恥ずかしい場所が白熱灯の真下で浮き上がります。

 すると、年長者の二人が処女の操をしばしながめてはお互いに
顔を合わせて微笑みます。それは、一方で感心したような、……
そして、もう一方では、馬鹿にしたような不思議な笑顔でした。

 いずれにしても明子にしてみれば、とんでもない格好をさせら
れていることに違いありません。
 もちろん今回のお仕置きはこれだけではありませんでした。

「ここは女には急所やからな。少し小さくしてやらにゃなるまい
な」
 登美子は明子の小さな秘所を左手でさすりながら、右手一つで
再び艾を丸め出したのでした。

******************(8)**

 「いやあ、やめて」
 これには、夢の中へ逃げ込もうとした明子も、その意識を現実
に引き戻さざるを得ません。

 彼女は上半身を起こしかけましたが、波恵がお腹にどっかと腰
をすえていますからどうにもならないのです。

 明子はたまらず、右手を伸ばして波恵のブラウスを引っ張りま
すが、これも気づいた波恵に叩き落とされてしまいます。
 波恵も、もはや明子をかばうことはできませんでした。

 「仕方ないでしょう。あなたが悪いんだから」
 彼女は再びやってきた明子の右手をはねのけます。

 続けて、登美子が…
 「最近は、人権、人権とうるそうなったけど、私らの子供の頃
はな、女の子がどうしようもないような悪さすると、ここによう
やいとをすえられたもんよ。ここなら、どんな根性曲がりの子も
一発で目がさめるさかいな」

 登美子は思わず出た関西弁でそう言いながらも、黙々と準備を
進めていきます。波恵によって大きく押し開かれた秘密の場所を
左手で愛撫しながら右手では艾をちぎっては丸める作業をやめま
せんでした。

 「おうおう、おまえも……おなごじゃなあ」
 登美子は皮を破って姿を現した小さな芽に目を細めながらも、
これをさすり続けます。

 「あっあああああああ」
 明子がたまらず腰を振ると、

 「おう、おう、こんなにもおつゆがしたたって……身体は正直
じゃて……あんた、この娘が男っぽい言うとったが、こりゃあ、
意外に男好きかもしれんな」
 登美子の手に翻弄されて明子は真っ赤な顔を激しく左右に振り
続けましたが、それ以上何もできませんでした。

 若い彼女にとってクリトリスは何より敏感な処。たとえそれが、
憎しみを感じる老婆のしわがれた指であっても、愛撫を受ければ、
それとは関係なしに反応するのは女の性だったのです。

 「おう、おう、男がほしゅうて必死においでおいでをしとる。
今からこの調子じゃ、先が思いやられるのう」
 登美子は、充血して膨れあがり、磯巾着のように脈打つ明子の
操をうらやましげに眺めた。そして、そのびらびらを思いっきり
抓り上げると……

 「いやああ~~~~」

 「おなごはな、ここを、よ~く仕置きせんとな、おとなしゅう
ならんのじゃ」
 登美子は、あまりの痛さに放心状態になった明子のお豆の上に
一粒、艾を貼り付けます。さすがに剥きだした中へはすえません
が、それでもそこは女の急所に違いありません。
 ですから、たった一火でも目が覚めるには十分でした。

 「ぎゃあああ~~~」
 全身を尺取り虫のように波打たせ、両手を何度も畳に叩きつけ、
波恵が施した手ぬぐいの猿轡でさえ、あまりに激しく頭を降り続
けますからすぐにはずれてしまいます。

 やがて大きく目を見開き、半開きの口が熱病におかされたよう
になって震え出すと、もうその後はうめき声さえ出ませんでした。

 「しょうのない子じゃ。また、粗相しよってからに。おおかた、
さいぜんのが残っとったんじゃろう」
 登美子は愚痴を言いながら、タオルで明子の粗相を処理します。
布団を拭き直し、恥ずかしい股ぐらもぬぐって、大判のタオルを
明子のお尻に敷き込みます。

 そして、あろうことか次は……

 「ここにも、気合いを入れにゃなるまいね」

 登美子は小さな唇を押し開くと、ピンクの前庭がはっきり外気
に触れるように波恵に見せつけるのでした。

*********************(9)**

 もちろん、明子にしても、今、自分がどこを触られているかは
分かります。おまけに、次はそこがターゲットになる可能性が高
いわけですから、そりゃあ必死でした。

 「冗談やめてよ。だめえ!そこはだめよ!」
 彼女は後先考えず叫びます。

 でも、姑からは……
 「仕置きはな、そうやって泣き叫ぶ処が一番効果があるんじゃ」

 彼女はもちろんそれがどんなことになるかは知っていました。
 いえ、この姑にしたところで、それは身をもって知っていたの
です。ですから、逆に躊躇もしませんでした。

 「ぎゃあ~~~あああああああぁぁぁぁぁぁ…………」

 明子の悲鳴は喉に痰が詰まったのを期に声がしなくなります。
 でも、それは明子が耐えきったとということではありませんで
した。

 「おや、おや、今度はオネムかい……」
 明子はため息交じりの姑の愚痴を遠くに聞きながら、本当の夢
の世界へと逃げ込みます。
 つまり、気絶してしまったのでした。

*************************

 それからどれくらいがたったでしょうか。
 明子は二人の楽しげな雑談に、はっとして目がさめます。

 「あら、気がついたみたいね」
 波恵がそう言って話しかけますが、部屋の雰囲気は気を失う前
とはずいぶん違っていました。
 姑の登美子も波恵もずいぶんと穏やかな顔になっていました。

 「あなたのこと話してたのよ。ずいぶん辛抱強い娘だって…。
これなら一年も辛抱できるんじゃないかって……」

 波恵が言えば登美子も肯きます。
 「だから、今回のお仕置きはもうこのへんにしましょうって…」

 大人たちの言葉に明子は狐に摘まれたような思いがしました。
 まだ、夢を見ているに違いないと思ったのです。
 しかし、これは夢ではありませんでした。

 ただ、これで明子に対するお仕置きがすべて終わったわけでは
ありませんでした。

 「だから、最後は、あなたがお義母様にこれからこちらの嫁と
して精進いたしますのでいたらない時は存分にお折檻くださいま
せって、誓いの言葉を述べてもらいたいのよ。そうすれば、もう
一回お灸をすえていただくだけでいいのよ」

 叔母の言葉に明子は当惑します。
 『今さら、どうしてまた新たな宣誓をしなきゃならないの?。
それにこの上まだお仕置きだなんて……』

 そんな思いが一瞬頭の中を駆けめぐったのですが、すでに明子
自身、その理性の回路がショート寸前になっていました。
 『このまま我を通しても何も変わらない』
 そんな脱力感が彼女にこの最後の屈辱を承知させてしまいます。

 「ふつつかな嫁ではございますが、精一杯勤めさせていただき
ますのでご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。もし、不手際
や粗相などございましたら、いかなるご折檻もいといませんので
どうぞお命じくださいませ」

 明子は最後のお仕置きが何かも尋ねず三つ指をついて挨拶して
しまいます。
 そして、それが終わってから最後のお仕置きが実は菊門である
ことを告げられるのでした。

*******************(10)***


 「これって、浣腸……」

 明子のつぶやきに、叔母は……
 「女の子なんだから、『お』をつけた方がいいわね。…そうよ、
お浣腸よ。あなた、処置されたことなかったかしら……」

 目の前にはピストン式のガラス製浣腸器。洗面器。大判タオル。
オムツ、ワックスや天花粉、オマルなども用意されています。

 今度はお灸の前に大量の石けん水でおなかの中を洗わなければ
ならないということのようでした。400㏄もの石けん水をお腹
に抱いて、長時間我慢することなど、浣腸初心者の明子にできる
ことではありませんでした。

 ですから、室内便器が始めから用意されて、これに跨って用を
足すことになるのですが、これもまた明子にとってはプライドを
傷つけられることになります。

 「いやあ~~~~もう帰して!お願い、帰してください」
 ほんの数分前に姑の前で誓った言葉はどこえやら、予想外の事
にたちまち自分の本心が現れます。

 思わず、明子は本気で逃げ出そうとしましたが、若いとはいっ
てもこれまでのことですでに体力を使っており、襖に手がかかる
寸前で御用となったのでした。

 布団の上に引き戻されると……
 「まだまだ、子供じゃな。しかしまあ、この方が躾がいがある
というものじゃて」

 登美子は、まるで昆虫採集用の昆虫に注射を打つような心持で、
明子の尻の穴へガラス製浣腸器のピストンを押し込みます。

 すぐにオムツがあてられましたが、そこへ漏らすまでいくらも
時間がありませんでした。
 オマルの必要さえなかったのです。

 「あんたは、恥ずかしいとかいう感情はないのかね」
 登美子は再びぼやきますが、その表情には諦めに似た笑い顔も。

 もちろん、登美子にはこれを理由に明子を責めることが可能で
したが、それはしませんでした。
 波恵の手前とか、ヒューマニズムとかではありません。尻たぶ
を開いて見えた美しい菊座を目の当たりにして、このまま明子を
帰したくないと感じたからで……年老いた者にとって、若い体は
精気を取り戻す何よりの妙薬。これをみすみす手放したくないと
考えるのはごく自然なことだったのです。

 「ぎゃあ~~~~ひぃぃぃぃぃ~~~~いやあいやあいやあ」

 菊門へ艾の火が回った時、明子はいつものように叫び続けます。
もうこの時の彼女は、姑にあがなう気持ちが失せていましたから、
逃げだそうと考えたわけではありませんが、その熱さは格別で、
どうにも我慢できないといった生理的な叫びだったのです。

 「おやおや、また寝てしもうた」

 菊門へのお灸がどれほど熱いかはあえて説明の必要もありませ
んが、これがために、明子は、以後毎日、その治療もかねて姑に
お尻の穴を見せにいかなければならなくなります。

 不幸な人生の始まりのようにも見えますが、でも、これが結果
的には彼女に一つの運を開かせるのでした。

 お灸の治療はお仕置きも兼ねられており登美子は何かにつけて
明子を責め続けましたが、それは仕事や義務というより、一種の
レクリエーション。若い娘をいたぶることで日頃の鬱積が晴れ、
優越感に浸ることのできる貴重な時間となっていきます。

 一方、明子にしても、最初こそ悲鳴を上げ暴れていましたが、
しだいにそんな辛いお勤めにも慣れてきます。と同時に彼女にも
姑の責めがいつしか心よいものになっていったのでした。

 二人の関係はいつしか深いものへとなっていきます。

 一年後、明子が仮祝言を卒業したのはもちろんのこと、嫁と姑
の中は時間がたつごとにさらに深まり、明子にしても、登美子に
しても、お互いの存在はそれぞれの夫以上のものになっていくの
でした。

 そして、明子に娘が誕生すると、二人は何かと理由をつけては、
毎日のように娘たちへ厳しいお仕置きを科すのでした。

**************<11/了>*******

第10章 カレンの秘密(1)

            << カレンのミサ曲 >>

 ************<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン<Thomas Braun>
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン<Ralph Morgan >
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<カレニア山荘の使用人>
ニーナ・スミス<Nina>
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。
ベス<Elizabeth= Berger>
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
ダニー<Denny>
……下男(?)カレニア山荘の補修や力仕事をしている。
アンナ<Anna>
……カレニア山荘で長年女中をしている。
グラハム<Graham>
……カレンの前のピアニスト

<カレニア山荘の里子たち>

リサ<Lisa >
……(2歳)まだオムツの取れない赤ちゃん。
サリー<Sally>
……(4歳)人懐っこい女の子。
パティー<Patty>
……(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋。
マリア<Maria >
……(8歳)品の良いお嬢さんタイプ
キャシー<Kathy>
……(10歳)他の子のお仕置きを見たがる。
アンドレア/アン<Andrea=Braun>
……(14歳)夢多き乙女。夢想癖がやや気になる。
(注)アンは本来アンナの愛称だから女中のアンナと混同しそうだ
が、ブラウン先生がアンドレアのことをいつも『アン』『アン』
と呼ぶことから、カレニア山荘ではそれが通り名になっている。


ロベルト<Robert>または ~ロバート~
……(13歳)端整な顔立ちの少年
フレデリック<Friderick>本来、愛称はフリーデルだが、
ここではもっぱらリックで通っている。
……(11歳)やんちゃな悪戯っ子。
リチャード<Richard>たまにチャドと呼ばれることも……
……(12歳)ポエムや絵画が好きな心優しい子。

<先生たち>
ヒギンズ先生<.Higgins>
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。
コールドウェル先生<Caldwell>
……音楽の先生。ピアノの他、フルートなどもこなす。
シーハン先生<Sheehan>
……子供たちの国語とギリシャ語の先生。
アンカー先生<Anker>
……絵の先生。
エッカート先生<Eckert>
……数学の先生
マルセル先生<Marcel>
……家庭科の先生

<ブラウン先生のお友達>
ラックスマン教授<Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
ビーアマン先生<Biermann>
……獣医なので先生とは呼ばれているが、もとはカレニア山荘で
子供達のお仕置き係をしていた。今は町のカフェの店主。
アンハルト伯爵婦人
……戦争で息子を亡くした盲目の公爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール
……ルドルフ・フォン=ベールの弟
ホフマン博士<Hoffmann>
……時々酔っ払うが気のいい紳士

<ライバル>
ハンス=バーテン<Hans=Barten>
……アンのライバル、かなりのイケメン。
サンドラ=アモン<Sandra=Amon>
……12歳の少女ピアニスト。高い技術を持つが感性に乏しい。
最初の師匠はカール・マクミランという青年。継母と父
(アルフレッド=アモン)の三人家族。今はカレニア山荘の住人。
フランソワーズ・シャルダン<Françoise=Chardin>
……カレンが、昔、メイドをしていたサンダースワイン創業者、
サー・アランの一人娘。家では男名前のフランソワを通していた。
最初の師匠はナターシャ・スコルビッチ先生。現在は親元を離れ、
パルム音楽院の学生になっている。

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル(ルドルフ・フォン=ベール)
……アフリカ時代の知人。カレンにとっては絵の先生だが、実は
ピアノも習っていた。

*****************************

第10章 カレンの秘密

§1 薔薇の誘い(1)

 ベスは台所仕事を終えて自分の部屋へ戻るところだった。
 大人の彼女でも、もう十分、寝る時間になっているというのに
食堂に小さな影がうごめいている。

 「誰なの?」
 そう言って電気をつけると、そこにいたのはサンドラだった。

 「…………」
 彼女は挨拶の代わりにと小さく微笑んで返した。

 「どうしたの?こんな時間に……」
 ベスがそう言って近づくと、

 「別に…何でもないわ。おしっこタイムよ」
 そっけなく答える。

 ベスはその態度からだいたいのあらましを推察して……
 「先生のお浣腸、受けたんだ」
 と尋ねてみたが……

 「…………」
 サンドラは答えなかった。

 でも……
 「まだ、お腹が渋ってるの?」
 こう問われると、素直に……

 「まだ、少し……」
 とだけ答えて、また黙ってしまう。

 「大丈夫よ。それは明日までは持ち越さないから……」
 こう励まされて、ほんの少し顎を引いてみせる。

 「いやだった?」
 こう問われても、やはり反応は同じ。

 「でも、あなたは偉いわ。その歳で分別がつけられるんだから」
 こう言われると……

 「だって、あなた、そう言ったじゃない。お父様の希望を叶え
るのは娘の義務なんだって……。だから、やったの。私だって、
お父様を困らせたくはないもの」

 「で、どうだった?お父様が嫌いになった?」

 「わからないわ。……何であんなことしなきゃならないのかも
……」
 サンドラはゆっくりと首を横に振る。

 「それは、お父様があなたを好きだからよ。男性は好きな娘の
すべてを把握したいの」

 「だって、汚いでしょう……うんちなんて……」

 「綺麗、汚いはその人との人間関係で決まることよ。他人同士
ならどんなに親しくてもそれはないけど、身内は、そこから一歩
踏み込んだところにあるから、それを遠慮する関係でいたくない
のよ」

 「そう言えば、先生。あの夜、パパに『私の娘として育てても
よいならお預かりします』ってしつこく確認してたわ」

 サンドラはその夜はたいして重要ではないと思われた出来事を
思い出していた。

 「そうか、このことだったのね」

 「先生は自分の子でなきゃ家におかないし育てないの。だから、
あなたもミスター・ブラウンを『先生』と言っちゃいけないわ」

 「あっ、そうね、『お父様』だったわ」

 「お父様は、あなたのすべてを明るみに出して支配したいの」

 「どうして?」

 「どうしてって……あなたはまだ年端も行かない娘だから……
愛する娘だからよ」

 「年端も行かないって、私はもう12歳なのよ。赤ちゃんじゃ
ないわ。お人形じゃないのよ」
 サンドラが口を尖らすと、それを見てベスが笑う。

 「でもね、私たちから見ると、あなたはもう12歳じゃないわ。
『まだ、12歳』よ。赤ちゃんは卒業してるかもしれないけど、
それはついこの間のこと。お父様から見ればお人形と変わらない
くらい頼りない存在だわ」

 「変なの。ねえ、カレンお姉様も私と同じことやったの?」

 「カレンは、ここに来たとき、すでに大人だったから、先生も
さすがにそれはなさらなかったわ」

 「そうなの。私だけ子供扱い。カレンお姉様は大人扱いなのね」
 サンドはほっぺたを膨らまし……

 「そんなの変よ。たった4つしか違わないじゃない」
 すねて顔をテーブルに擦り付けた。

 すると、それを見たベスが、やはり笑ってしまっている。
 「あなたたちの年齢で4つも違ったら、大人なら40も違うわ」

 「でも、変よ。絶対変よ。不公平よ。……私の全部を覗きたい
だなんて……そんなことしたら……そんなことしたら、……私、
解けちゃうわ」

 すねた顔したサンドラの言葉の最後は弱々しい。
 そんな可哀想な子の頭を撫でながら、ベスはこう言って励ます
のだった。

 「解けちゃうか……そうかもしれないわね。女の子は、自分を
全部さらけ出しちゃったら、あとに何も残らないものね」

 「そうよ、だから私、この世から消えてなくなりそうだったわ」

 「もう少し大人になれば適当にあしらう事も必要でしょうけど
…………でもね、あなたの場合はまだ歳も若いし、お父様の前に
すべてをさらけ出しちゃった方が得よ。……たとえその時は何も
残らなくても、そこから、お父様があなたが身の立つようにして
くださるわ」

 「そんなことわかるの?」

 「ええ、先生って、そういう方だもの。滅茶苦茶厳しいところ
もあるけど、いい加減なことはなさらないの。あなたは、こんな
言い方嫌いでしょうけど、女の子は、結局のところ誰を頼るかの
人生だもの。今はブラウン先生を頼っていて損はないと思うわよ」

 「ふ~ん、あのお爺さん、そんなに信用されてるんだ」

 「あなたが知らないだけ。大人の世界では先生は偉い人なのよ。
…………でもね、それでもどうしてもだめだったら、その時は、
手伝ってあげるわ。ここから逃げるの………。前にも言ったけど、
私はどこまでもあなたの味方だから、安心して……」

 「今は、いいわ。もう、すんだことだし……それに、わたし、
今はまだここには残りたいの」
 サンドラがテーブルから顔を上げる。

 「アンのことね」

 「そう…それにカレンも……私、お姉様のピアノで感動したの。
他人のピアノを聴いて感動したなんて初めてだったわ。だから、
あの二人のピアノが聞けるなら、私はお父様の前で裸になっても
うんちしてもかまわないわ。だって、二人にはそれだけの価値が
あるもの」

 「すごい惚れ込みようね。わかったわ、だったら頑張りなさい。
そうだ、オートミールでも作ってあげようか?」

 「あっ、あれは、いいわ。あれ……初日で懲りたから……」
 サンドラは苦笑い。でも、明るい苦笑いだった。

 「じゃあ、紅茶入れてあげるね。それで寝なさい」
 ベスの言葉には頷く。

 二人の夜はこうしてふけていった。

************************

 一方、サンドラからその価値を認められたカレンはというと、
毎日、山のような宿題に振り回されていた。

 宿題といっても音楽でも数学でもない。無味乾燥な言葉羅列を
ただただ暗記してきて学校で発表するだけのこと。
 これに振り回されていたのである。

 当時の西洋では『ヴァージル』のアエネイスや『サアディー』
の果樹園などといった古典詩の一節や『シェークスピア』のよく
知られた言い回しなどを会話の中に織り込む事はその人の品性を
図る上で重要とされ、会話の中にこうした言葉が一切出てこない
ようでは、たとえ年齢を重ねても紳士淑女とは認められなかった。

 そこで、カレニア山荘の子供たちも男女を問わず古典詩は必須
科目であり一般教養。先生に指示された処を翌日までに暗唱して
こなければならない。これが子供たちが抱える宿題だったのだ。
 だから、カレンに限らずみんなギリシャ語(ラテン語)が大嫌い
だったのである。

 苦難はなにも学校だけではない。時にはお父様の前でもそれを
発表しなければならないのだ。

 特に週末の夜、お父様の前で『今週の課題曲は演奏できません』
『古典詩も暗唱してません』なんてことにでもなったら……
 他の兄弟(姉妹)が見ている前で、お父様に楽器の代わりに自分
のお尻を差し出し、お父様が叩く平手にあわせて朗読の代わりに
『ごめんなさい』を何度も叫ばなければならなかった。

 古典的な西洋の子供教育にあっては『暗記』と『鞭』は一体の
もので、共に基本中の基本。学校も家庭もそこに区別はなかった
のである。

 過去に棒暗記なんてしたことのなかったカレンは、最初の頃、
これができずにシーハン先生からの鞭を受けたことも一度や二度
ではなかったが、この時使用された鞭はトォーズではない。

 先生のお仕置きではいつもニットのパンツを穿かされて細身の
ケインで叩かれる。ケインは、本来男の子用の鞭で、威力が強い
ために女の子のカレンにはニットのパンツが許されていたのだ。
 とはいえ、机にうつ伏せになって先生の鞭を待つ間は、異常な
恐怖感で、たった一度だけだが、カレンはその場でお漏らしまで
したことがあった。

 「ピシッ」
 
 ぶたれると、全身に電気が走り脳天まで痺れる。
 五体がバラバラにされそうで、必死に机の角を握って耐えた。

 いずれにしても、サンドラのようにトォーズで裸のお尻を叩か
れたことはなく、恥ずかしさは免れている。そのあたりが、同じ
未就学児でも、カレンの場合は大人たちの扱いが違っていたので
ある。

 そんなカレンも、半年たった今は、学習のコツのようなものを
掴んだようで、気が緩んだ時以外は、鞭の恐怖を感じずに学校へ
行けるようになっていた。

 そんな学校生活にも余裕の出てきた頃、ブラウン先生が、突然、
カレンに意外な話を持ちかけるのである。

 「実は、カレン。今度、ラックスマン教授がボンで絵の個展を
開くそうなんですが、あなた、その会場でピアノを弾いてくれま
せんか。教授はどうしても、あなたでなきゃ会場の雰囲気にそぐ
わないって、だだをこねてましてね。困ってるんですよ」

 「私はかまいませんけど……よろしいんですか?」

 「『よろしい』とは?」

 「いえ……」
 カレンはそれ以上は差し出がましいことだっと思って口を閉じ
たのだが、ブラウン先生は大人だった。

 「察するに、あなたの言いたいことは……『ラックスマン教授は、
伯爵の庇護を受けている人。そんな処へ出かけて行って大丈夫な
のか』って、思ってるんでしょうか?」

 「…………」
 カレンは小さく頷く。

 「このあいだのお仕置きで懲りましたか」
 ブラウン先生は、怒るでもなく、笑うでもなく、複雑な表情を
カレンに投げかけた。

 「カレン、これは大人の話、ビジネスの話なのです。ですから、
過去の感情は一旦脇に置かなければならないのです」

 「ビジネス?」

 「そうです。これは、あなたにとっても私にとってもビジネス
なのです。あなたはこんな山の中にいて知らないでしょうけど、
あなたは、今や、街に出ればちょっとした有名人なんですよ」

 「……わたしが?……」
 カレンは鳩が豆鉄砲をくったような顔になる。
 そんな話、初めて聞いたからだ。

 「これは、言おう言おうと思って言いそびれてしまったんです
が……実は、以前あなたの名前で出したピアノ曲集。あれが、今、
巷で売れてましてね。あなたは、すでに家一軒くらいは建てられ
そうな印税を手にしているんです」

 「……?」
 戸惑うカレンに先生は続ける。

 「あなたは世間を知らないから、ひょっとしたら、それは自分
に才能があるんからだとか、単にラッキーだったからそうなった
なんて思うかもしれませんが、いずれも違います。才能があろう
となかろうと、そもそも無名の少女が自分の創った曲を本にした
ところで、そんなにたくさん売れるはずがないのです」

 「…………」

 「……では、なぜそんなに売れたのか、分かりますか?」

 「…………」
 カレンは首を横に振る。

 「事の発端はラックスマン教授でしてね。彼が講演のたびに、
あなたの曲を褒めましてね。本の購入を教育関係者に勧めて回っ
たんですよ。もともと音楽教育に影響力のある人だから、効果が
あったみたいですね。……おまけに、伯爵も大量に買い取って、
国内の図書館や学校に寄贈し始めましたから、たちまち、これが
世の中に広まって、今やピアノを習い始める小学生にとっては、
大事な教則本の一つとなったというわけです」

 「…………」
 ブラウン先生から説明を受けたカレンだったが、いきなりそん
なこと言われてもカレンには実感が沸かなかった。インターネッ
トはもとより、テレビだって放送を開始したばかりのこの時代、
カレニア山荘で暮らしているのは外国で暮らしているようなもの。
世情に明るくないのは致し方なかった。

 「私は、最初からラックスマン教授や伯爵に『あの本を売って
ください』なんて頼んだ覚えはありません。すべては、あちらが
勝手にやったことなんです。でもね、カレン。大人の世界では、
たとえそうでも、そこまでやってもらった以上『それは、あなた
たちが勝手にやった事。こちらは関係ない』とは言えないのです。
……相手の好意にはこたえなければなりません。わかりますか?」

 「はい」
 カレンは小さな声で承諾したのである。

 こうして、カレンとブラウン先生はラックスマン教授の招待を
受けて、ボンへと飛び立った。

**************************

 空港のロビーへ降り立った二人。そこへラルフが迎えに来た。
普段の彼はカレニア山荘に腰を落ち着けることなく、文字どおり
ブラウン先生の手足となってヨーロッパじゅうを駆け回っていた。

 すでに70代半ばを越えた先生がカレニア山荘に腰を落ち着け
て子供たちと楽しく暮らせるのも、この人がいればこそなのだが、
ブラウン先生は相変わらず、この背の高いヌーには好意的な言葉
をかけなかった。

 「どうでした?空の旅は…」
 ラルフが笑顔を見せると……

 「どうということはありませんね。ヨーロッパは国は多くても
狭い処です。鉄道で十分ですよ。経費を無駄遣いをしてはいけま
せん」

 「だったらそれは大丈夫です。この航空券はラックスマン教授
からのプレゼントですから……」

 「ラックスマンさんからの……」
 ブラウン先生はしばし考えてから、一つ小さくため息をつく。
その合間にラルフはカレンにも挨拶した。

 「でも、カレン、本が売れてよかったですね。これで花嫁資金
はばっちりだ」

 「ありがとうございます。ラルフさん」
 カレンはラルフが嫌いではなかったから、ごく自然に挨拶する。

 「本当はね、ラジオで君の演奏を流したいという打診が3本も
あったんだけど、先生がみんな断るから……」

 「当たり前です。カレンの音は今のラジオの技術では拾えない
んです。カレンの音楽の真骨頂は消え行く音の計算にあるんです
よ。そんな微妙な余韻の操作は彼女にしかできない芸当なんです。
生のピアノでしか聞くことのできない音なんです」

 「そう言うもんですかね」

 「そんな放送を聴いた人はカレンのピアノを評判倒れのまがい
物だと思うでしょう。親としては、みすみす娘が信用を落とすと
分かっていることはさせられませんよ。そんなこと当たり前です。
……そうだ、そんなことより、君はなぜラックスマン氏なんかの
援助を受けたのかね?」

 「なぜって……それは手紙にも書いた通り、向こうから一方的
に……」

 「だったら、断ればいいじゃないか」

 「どうしてですか?カレンを売り出してくれって頼んだの先生
の方ですよ」

 「それはそうだが、それは私の名前を使って普通にやればいい
んだよ」

 「普通にって……?」

 「普通には、普通にさ。損が出なけりゃそれでいい。それより、
ラックスマン氏はアンハルト伯爵家とも繋がりの深い人物だから、
そんな人物に私は借りを作りたくないんだよ。きっと、やっかい
な事になるから」

 「いいじゃないですか、そんなに神経質にならなくても………
昔は昔、今は今ですよ」
 ラルフはすねたようにブラウン先生から視線を外すと、カレン
を探した。

 すると……

 彼女はその時、足を止めて、あるポスターの前で釘付けになっ
ていたのである。

 「お嬢様!」

 そこに張られていたのは新進気鋭の女性ピアニストの写真。
 フランソワーズ・シャルダンと書かれていた。


*******************(1)*****

8/25 男の子ですから

8/25 男の子ですから

 『梅屋敷医院』って何だ?
 って問われると困るんですが……
 作者は男の子ですからね、こんなものだって書くんです。

 即物的というか……覗き趣味というか……妄想癖というか……
 当時はおかずになると思って書いたと思うんですが、文章力が
なくて、その役にはたちませんでしたね。

 他の作品とペンネームが違うのは単に恥ずかしいからで……
 今は閲覧者が減ってるので、ドサクサに紛れて出しちゃおうと
いう魂胆です。
 若かりし頃の記念品の一つですよ。

女児専門小児科梅屋敷医院



*****  『女児専門小児科梅屋敷医院』 *****

                  written by 透明人間


 暇を持て余していると友達に面白い病院があるというので探検
してみることにしました。

 「えっと、梅屋敷医院前のバス停を降りて、雑木林をまっすぐ
にか。……… ああ、あったあった」

 それは町外れにありました。古い木造の洋館で近くに目立った
建物もなく、雑木林に囲まれていても赤い三角屋根はよく目だち
ます。その入り口には……

 「なになに、女児専門小児科梅屋敷医院…院長梅屋敷照子か…
…なるほど」

 いったんは納得しましたが、

 「……ん?……あれ???」

 梅屋敷は先生のお名前ですし小児科もごく普通の診療科目です。
でも、なぜ女児専門なのでしょうか。
 その疑問を解明すべく、私は透明人間になる薬を飲んで中へと
潜入取材を敢行してみたのでした。


 『こんにちわ』
 
 と言っても私の声は聞こえませんが。

 わあ、病院の待合室なんてどこも同じだなあ。待合室のソファ
には子供たちが七八人、いずれもお母さんと一緒に待っています。
なるほど女児専門を謳うだけあってここは女の子ばかり。なかに
三四歳の男の子が混じっていますが、これは留守番が心配なので
連れてきたお供さんでしょうね。     
 年齢もさまざまですね。幼稚園から小学生、なかには中学生
や高校生にしか見えない子もいますけど付き添いなんでしょうか。

 いえいえ、彼女たちにもちゃんとお母さんが付き添っています
から、どうやらおちびちゃんたちの付き添いなんかじゃないみた
いです。

 でも、それにしてもみんな暗いなあ。ま、病院ですからきっと
どこか痛いんでしょうし明るい顔なんてできないのは分かります
けど、それにしても。

 だって、もう泣いてる子がここにもほらあそこにもいますよ。
あの子なんか、もう中学生にもなっているのに、さっきから涙が
止まらないじゃないですか。

 「ガチャ」

 あっ、誰か出てきました。きっと診察が終わったんでしょうね。
お母さんから背中を押されるようにして。

 わあ、目が真っ赤。泣いちゃったんですね。お尻をさすってる
からきっと注射されたんでしょう。よほど太い注射だったのかな。

 「沖さん。沖和子さん」

 あ、看護婦さんが呼んでいます。

 あ、あれはさっきまで泣いてたここでは年長のお姉さんですよ。
一緒に診察室へついて行ってみましょう。



 『こんにちわ』

 なるほど、薬戸棚に診察台、注射器やガーゼを消毒する蒸し器。
先生がカルテを書く机に患者さんが座る丸い回転椅子……処置台
は黒いレザー張りの昔風と……大きな背もたれのついた内診台も
ありますね。
 でも、特別に変わったところは……。

 『ん、何だあれ?』

 診察室の奥が区切られて、また小部屋がありますよ。しかも、
何だか中が騒がしそうなのにここへはあまり声が聞こえてこない。
ははあ~、きっと防音装置が施されているんだ。
 行ってみますか。

 『ああ!これは……』

 どおりで騒がしいはずだよ、女の子がお尻を叩かれてる最中だ
もん。

 看護婦さんの膝の上に乗せられて…あ~あ、お尻はもう真っ赤
なのに、まだやるのかなあ。これじゃあ暴れるはずだよ。
 あれって十一歳くらいかなあ。

 『おいおい、そんなにあんよばたばたやると、大事なところが
見えちゃうよ』

 あれ~?そばにいるの、あの子のお母さんかなあ。事情は分か
らないけど、看護婦さんを止めてやればいいのに。


 「沖さんですね。今日はどうなさいました」

 あっ、さっき呼ばれたお姉さんがお母さんと一緒に入ってきた。
もうそんなに幼い子じゃないんだから病院くらいひとりで来れば
いいのに。

 「実は、この子、最近さぼり癖がついてしまって成績も下がり
気味なんです。 根気がないというか」

 「何か別のことに興味があってそれに時間を割いているとか」

 「ありません。暇があるとただぼ~としているだけなんです。
今日も父親のお仕置きを逃げ出してしまって」

 「まあ、お父さまのお仕置きを……。それはどんな」

 「普通のお尻叩きですわ。膝の上で、パンツを脱いで、平手で、
……こんなこと小学生の頃からやってるのに、今日に限って耐え
られないなんて。しかも、逃げ出すときに父親ともみあって顔に
ひっかき傷まで作ってしまって」

 「まあ、お父さまの顔に…それは大変でしたね。わかりました。
それではまずショーツを脱いで、その処置台に上がってください」

 何だ何だ?それって病気なのか。……ん?……でも、ショーツ
を脱いでってことは…男の子としては胸が高まりますよ。

 「さあ、和子早くなさい」

 何だか和子ちゃんさっきからずっとこっち見てるなあ。ぼくの
姿が見えてるはずないんだけど…。

 「どうしたの。今さら恥ずかしいなんて言わないでちょうだい
ね。ここには女性しかいないのよ。それとも、お家に帰ってお父
さまにお仕置きをやり直してもらった方がいいの!」

 『わあ、こわ~』

 あれ、これって婦人科にある内診台ですよね。ひょっとして、
妊娠中絶の子も来たりして。そんなわけないか。ここは、小児科
だものね。でも、とにかくドキドキものですよ、これは………。

 「あなた、オナニーしてますね。大事な襞が乱れてますよ」

 「まあ。すみません先生。気がつきませんで……」

 「別にお母様が謝ることではありませんわ。こんなもの、親に
宣言してやる子はいませんから………ほら、炎症を起こしてるわ。
……オナニーに直接的な害はありませんが、やはり、やり過ぎる
と、何事にも根気がなくなります。これはちょっとやり過ぎね」

 『わあ、顔、真っ赤』

 当たり前だけど、そんなこと面と向かって言われたら誰だって
恥ずかしいよね。

 ……ん、さっきの防音室がまたなにやら騒がしいけど……。


 「ヤメテ!」

 『おやおや』

 今度はさっきの女の子が台の上にうつぶせに乗せられて………

 …ん?あれってどこかで見たぞ………

  あ、そうだ「Whips And Tears」の挿絵にでてくる懲罰台と同じ
造りじゃないか。
 しかも、手足を四隅の足に縛られてる。

 「ピシッ」

 あれ革紐だよね。もうお尻がまっ赤っかなのにまだやるのかい。

 「ピシッ」

 看護婦さんも他人の子なのによくやるなあ。

 『あ、また』

 「ピシッ」
 
 よく見ると女の子、全身に震えがきてる。大事な処もぴくぴく
いってるし、これじゃあまるで拷問だよ。

 ……でも、ちょっと覗いてみるか。

 「もうしません。良い子になります。ママ許して」

 「だめよ。あなたのその言葉はママもう聞き飽きたの。今日は
せっかく梅屋敷先生の処へ来たんだからたっぷりやっていただき
ましょう。あなただって、お兄ちゃんの前でお仕置きされるより
ここの方がいいでしょう」

 わあ~、お母さん、こわ~~。

 「ピシッ」
 
 「いやあ、お家帰る」
 
 「いけません。今日は許しませんよ。あなたの性根を鍛え直す
までは徹底的にやってもらうの。わかった」

「…………」

 「ご返事は」
 
 「ピシッ」
 
 「分かりました。良い子になります。だからもうぶたないで…」

 「ためよ。だってまだご返事が遅いじゃないの。一ダースじゃ
足りなかったみたいね。もう一ダース追加していただきましょう」

 「いやあ、死んじゃう」
 
 「オーバーね。こんなことで死んだりしないわ。二三日お座り
するたびに、ここのことを思い出すだけよ」

 「ピシッ」

 「いや~、お家へ帰る」

 看護婦さんの鞭とお母さんの小言が絶妙のタイミングだなあ。
まるでお餅つきみたいだ。
 でも、これって折檻だよね。なぜ、病院でこんなことやってる
んだろう。

 「いや!、やめて」

 あや?今度は外の処置台の方だ。

 「大きな声を出さないの。みっともないわね。待合室まで聞こ
えてしまいますよ」

 わあ、いつの間にかカーテンが……あっちを見損なっちゃうよ。


 『こんにちわ~。再び、おじゃま……』

 「!!!」

 う~ん、いきなりのドアップ。ダイレクトに見てしまいました。
男なら、本当は喜ばなければいけないんでしょうけど……実は、
ぼく……こういうダイレクトなのは苦手なんです。

 「先生、私に、できますでしょうか?」

 「大丈夫、そんなに難しくはありませんから。ただ、細い部分
ですから慎重に行いませんと」

 「こうでしょうか」

 「いえ、このぷくっとしたところを押し広げるように…………
そうです。そうです。よく見えるでしょう。そしたらそこに針を
入れて。……和子さん。 これから針が入りますから動かないで
くださいね」

 どうやら先生が和子ちゃんのお母さんに何やらレクチャーして
るみたいだけど……。これって、浣腸じゃないみたいだし……。
あの金属製のお盆みたいなのは……?

 『チョロチョロって……ん、水の音?』

 あ、これって導尿だ。聞いたことあるよ。そうか、こうやって
強制的におしっこ採るんだあ。

 『ん、でも、可愛い』

 女の子はやっぱりやっぱりこうでなくちゃ。びろんびろんじゃ
見たくないもの。

 『え、何の話か?ですって……』

 いいじゃないですか。男の独り言ですよ。

 「和子さん。腰の力が抜けちゃったでしょう。…でも、これで
お漏らしはありませんよ。もう出るものがありませんから。では、
お母さん。そうっと抜いてください」

 「あのう、そのことなんですけど……できればこのままこの子
にお灸をすえたいんですけど、いけないでしょうか」

 「え、それはかまいませんけど。お灸は熱いですから暴れたり
すると危険ですよ」

 「その点は大丈夫です。お灸はいつもすえてますから。それに
この子も大きくなって少しぐらいの折檻じゃ堪えなくて。むしろ
恥ずかしい思いをさせた方がいいかと思いまして……」

 「そうですね。たしかに和子さんもお年頃ですし」

 「ありがとうございます。先生。……和子。聞いての通りよ。
今日はうんと恥ずかしい思いをして帰りましょう。そうでないと
お母さん、お父さまに申し訳がたたないわ」

 こわ~。このお母さん継母かなあ。

 「先生。かまいませんからカーテンを開けてください」

 「わかりました」

 「チャー、チャー」ってカーテン開けて、先生も薄情だなあ。

 あ~あ。とうとう丸見え。女って残酷だなあ。

 「どう、恥ずかしい」

 「……」

 「そう、それはよかったわ。でないとお仕置きした甲斐がない
ものね。今度 お父さまのお膝に乗るときは今日の恥ずかしさを
ようく思い出して二度と逃げたりしないでちょうだいね。あなた
のそうした粗相は私の粗相になるの。わかってますね」

 「はい、お母さま」

 「よろしい。今日はお灸がたった三つだけですから、歯を食い
しばって我慢するの。でないと、おしっこをする穴に入れた針が
折れて大変なことになりますからね。いいですね」

 「はい」

 う~ん、すごいなあ。女の子のお仕置きってこんな所でやって
たのか。

 「カチャ」

 あっ、さっきの部屋から看護婦さんが出てきた。

 「小柴愛紀ちゃんの処置、終わりました」

 「そう、じゃあこっちへ連れてきて」

 そうか、あの子「こしばあき」っていうのか。やっと泣きやん
だって感じだな。でも、まだ怯えてる。

 「愛紀ちゃんいらっしゃい………さあ、どうしたの、こっちへ
いらっしゃい」

 そう言われてもね。……でも、お母さんに背中を押されたら、
行かないわけにはいかないか。

 「どう、お鞭のお仕置きは大変だったかしら」

 「……」

 「愛紀、ちゃんとご返事なさい」

 「いいんですよお母さん。初めてのお懲罰台ですものね。でも、
これからは悪さをするといつもあそこよ。もう二度と上がりたく
ないでしょう」

 「……」

 「だったら、怠けたり、お母さんに嘘をついたりしちゃだめよ。
大きくなって悪さをするとね。ほら、あそこのお姉ちゃんみたい
に、あんな恥ずかしいことやらされちゃうんだから……」

 わあ、そんなこと紹介しなくてもいいじゃないか。可哀想だよ。
でも和子ちゃんのお母さんはそれを聞いても笑ってるよ。本当に
サディストだなあ、女の人って……娘が可哀想とか思わないのか
なあ。

 「さあ、愛紀ちゃん今度はこの踏み台の上に立ってごらんなさい。
今度は、お母さんに宿題を出しておきますからね」

 『お母さんに宿題?って』

 あっ、看護婦さんがスカートを捲り上げたと思ったら、せっか
く穿けたショーツをまた下ろされちゃった。

 「いいですかお母さん。私、これからマジックで印を付けます
から、そこに寝る前にお灸をすえてほしいんです。艾は、当座、
一週間分出しておきますが、改善がみられない時はまた来院して
ください」

 えっ!ということは、この子はこれから一週間ずうっとお灸の
お仕置きを受けるってことなの。

 「どうしたの?愛紀ちゃん、恥ずかしいの?でも、恥ずかしい
のもお仕置きのうちだから、もう少し我慢しなさいね」

 ちょっとちょっと先生。女の子のお臍の下とお尻の山にそんな
にたくさんすえちゃっていいの。

 「さて、このくらいですかね。愛紀ちゃん、パンツをあげても
いいわよ」

 お~、愛紀ちゃんのふくれっ面。さっきまであんなに泣いてた
のに、この子も、けっこう気が強いわ。

 「一カ所火をつけたら、それが自然に消えるまで待って、次を
つけるようにしてください。ただ、慣れてきて、お仕置きの実が
上がらないようならいっぺんに火をつけてもかまいません」

 「先生、痕がつくことはないんでしょうか」

 「大丈夫です。お渡しするお灸はじかに皮膚を焼かないように
工夫されていますから。まれに水膨ができることもありますが、
それは痕にはなりません。 それよりここでの思い出を忘れない
ようにすることが肝心なんです」

 「暴れるというようなことは」

 「その時はご家族の方で押さえてあげてください。『またここ
に連れてくるわよ』って言えばたいていのお子さんはおとなしく
なります」

 「でも、うちの子はこらえ性がなくて」

 「大丈夫ですよ。最近はお灸を大げさに考えるお母さんが多い
ですけど、幼稚園の子でも慣れればおとなしくすえられてます。
こんな大きな子が我慢できないはずがありません」

 「あのう」

 ん?愛紀ちゃんのお母さんが梅屋敷先生に何やら耳打ち?何で
しょう。

 「うちの子も、お股にもお灸をすえた方がいいということは…」

 「いえいえ、あれは辱めのお仕置きなんです。もちろん、愛紀
ちゃんにだって羞恥心はあるでしょうが、それはまだ先にとって
おきましょう。お仕置きは慣れると効果が薄くなりますから……
よろしいですか」

 「はい、先生。助かりました。私一人では子供にどのくらいの
お仕置きをしてよいものか分かりませんもので…。それに、自宅
では他の家族の目があって、なかなか本格的なお仕置きを与えら
れず困っておりましたが、何もかも、すべて先生のおかげです」

 わあ~、もの凄い感謝。先生の両手なんか握っちゃって……
 お仕置きってそんなに難しいものなのか?

 「わかります。私も最初はごく親しいお母さんへアドバイスで
始めたんですが、いつの間にかこんなふうになっちゃって……。
今では本来の患者さんまでお断りする始末なんですよ」

 でも、なるほど、なるほど、そうだったのか。
 
 「そうだ、ちょうどいい機会だから愛紀ちゃんにも和子さんの
お仕置きを手伝ってもらいましょう」

 「いいんですか。そんなことして」

 「どうでしょう。和子さんのお母さん」

 「先生がそうおっしゃるなら。実は私、場所が場所だけに艾を
置いては みたものの、火をつけそびれていたんです」

 「では愛紀ちゃんにやってもらいましょう。いらっしゃい愛紀
ちゃん。さあ お線香を持って…」

 先生が一緒に手を添えてやるのか。でも、あれは秘貝の中だよ。
クリちゃんのすぐ上にも、あんな所に本当につぼがあるのかなあ。

 「いいこと、ここが『よう漏』こっちが『泉門』これが『龍骨』
どこも立派な経穴よ。だからここを刺激しても何も害はないの」

 「でも、熱いんでしょう」

 「そりゃあ、お仕置きだから仕方がないわね。でも、熱いのは
お尻にすえるのと同じよ。特別な熱さじゃないわ」

 「そうなんだ。私、やってもいい」

 「ええ」

 おい、おい、あの子、先生の手を払いのけて、自分で火をつけ
ようとしてるぞ。

 「…ああ、……いや、あつっ……ややややゃゃゃゃ……………」

 女の子って残酷だなあ。

 『やい、おまえだって、いつかはそのベッドで泣くことがある
んだぞ』

 「あれ、先生。いまなにか聞こえませんでしたか」

 「たしかに。なんでしょう」

 やばい、もう薬が切れ始めたか。

 『じゃあ、またね』

 今度はおもしろい学校があるっていうから、そっちへも行って
みようっと。

**************<了>**********

8/22 お父様・お母様

8/22 お父様・お母様

 これを言うと歳がばれるけど、僕たちの世代では両親のことは、
「お父さん」「お母さん」と呼ぶのが一般的だった。

 パパ、ママという言葉もなかったわけではないが、それは大抵
TVの中でのこと。日常的な会話で使うことはほとんどなかった。

 言わば、TV用語というわけ。

 もう一つ、僕たちが絶対に使わないTV用語があった。それが、
「お父様」「お母様」。

 自分の親に様づけする子なんて田舎じゃ考えられなかったから、
これもTVの中だけの特殊な言い回しだとばかり思っていたのだ。

 ところが……

 夏休みに東京へ出かけて行った時のこと。それまでペンフレで
しか付き合いのなかった少年の家を尋ねたことがあるのだが、
そこの友だちが、ごく自然に自分の親を「お父様」「お母様」と
呼んでいるのを見て、正直、腰が抜けるほどびっくりした記憶が
ある。

 『この呼び方って、テレビの世界だけじゃないのか!!!』
 田舎者にとっては、初めて知った衝撃の事実だった。

 パパ・ママはまだ悪戯にそう呼んでみたりすることもあったが、
『お父様・お母様』となるとさすがに引く。だから両親に対して
こんな呼び方をする子どもなんて、日本国中どこにもいるはずが
ないと、僕は確信していたのである。

 その思い込みが、木っ端微塵に崩れ去った瞬間だった。

 「すごいね、君はお父さんお母さんを尊敬してるんだ」
 僕がこう言うと……
 「何のこと?」
 と言うから……
 「お父さんやお母さんをお父様、お母様って……」

 「何言ってるんだい。それとこれとは話が別だよ。僕の場合は
幼い時に、『父のことは「お父様」母のことは「お母様」という
んだよ』って習ったから慣例に従い続けているだけさ。机や椅子
と同じように単なる名詞だよ。……」
 と言われて……目から鱗。

 「……まったく、あのくそばばあうるさいんだから」
 と続けられて、思わずほっとしてしまった。

 でもこれ、両親の聞こえない処でだから、彼のリップサービス
だったのかもしれない。

 

第3章 童女の日課(5)

<The Fanciful Story>

             竜巻岬《12》

                          K.Mikami

【第三章:童女の日課】(5)
《それぞれの夜》


 童女が四人になって彼女たちの部屋は狭くなったが、そのぶん
親密度は増していく。そんななか彼女たちは誰もがそろって少女
へ進めるように研究を始めていた。

 赤ちゃん卒業試験のようなもののない少女への進級はひとえに
ペネロープの決断にかかっていたが、その決断を促してくれるの
は先生方の助言、なかでも最も影響力を持っていたのがコリンズ
先生の口添えだ。

 「コリンズ先生は何を判断材料にしているの」

 「分からないわ」

 「だって、ケイトは少女になったことがあるんでしょう」

 「でも、何が気に入られたのか分からないのよ。わかっている
のは、誰の目にも子供と映るように行動しなければだめってこと」

 「わかってるわそんなこと。だから私、できるだけ子供っぽい
言葉を使うようにしているのよ」

 「それだけじゃだめよ。子供のように大きな声で挨拶したり、
どうでもいいようなチップス先生のお話を大真面目な顔で聞いた
りするの」

 「…あと、お仕置きの時の恐がり方よね。これが難しいのよ。
手のひらに鞭をもらう時も、これからとってもきついお仕置きを
もらうつもりになって、手や唇をほんの少し震わせるの……」

 「そんなことできないわ。だって私、役者じゃないのよ」

 「だから、先生たちの前だけで子供を演じようとしてもだめよ。
朝起きた時から寝るまで、『自分は子供なんだ』『子供なんだ』
って、言い聞かせなきゃ……」

 「難しいわね。……でもケイトはいいわよね。いくつになって
も根が子供なんだから……だけど私なんか子供の時からませてた
もん。今さらそんな無垢な乙女なんて、簡単にできそうにないわ」

 「とにかくここに四人いるんですもの。よいところはどんどん
真似しあわなきゃ」

 「ねえ、そもそも、どうして私たち、赤ちゃんや幼い子のもの
真似しなきゃいけないの。命を助けてもらったのは嬉しいし生涯
ずっとここにいろと言われたら、私はそれでもいいと思ってるの
よ。でも、なぜこんなことが必要なの」
 アンが疑問を投げかける。

 「それは新たな人生を歩みだすためには思い切った自己改革が
……」
 ケイトは自信なさげに答えた。

 「それはお母さまの意見よね。でも、自殺に失敗して、その後、
成功を収めた人でもこんなことはしなかったはずよ」

 「仕方がないでしょう。それがお母さまのご意向なんだもの。
娘としては、それに従うだけよ。それとも、あなたここから逃げ
出す算段でもあるのかしら」

 「べつにそういうわけじゃあ……」

 「だったらそんなこと言わない事ね。もし、お母さまや先生方
の耳に入ったらただじゃすまないわよ」

 「ねえ、アン。ここから逃げ出すってそんなに絶望的な事なの」

 「なんだアリス。あなたこれまで一度も逃げ出そうとしたこと
なかったの」

 「え、……ええ、まあ」

 「私達の体には自殺の治療のついでに小型の発信機が埋め込ま
れているの。だからお城を逃げ出すと百メートルも行かないうち
に衛兵が追ってくるわ」

 「それにここのご領主は不思議に村人には人気があって私達に
とっては門番も同然。見つかったらたちまち密告されてしまうわ」

 「私なんて警官を見つけたから保護を求めたのに、車で送って
もらったのはなんとお城の中。『お嬢さん。ここが一番安全です
よ』だってさ」

 「村の警官なんてご領主様の家来も同然なのよ」

 「駄目じゃないケイト。ご領主様だなんて言ったら…」

 「あっ、いけない。お父さまよね、お父さま」

 「ねえ、もし脱走して捕まるとお仕置きされるの」

 「当然そうね」

 「たいていは地下の懲罰台ね。あそこにくくり付けられて最初
は半日、次は丸一日。それもとびっきりのを延々よ。……アン、
あなたはどのくらいで治ったの」

 「十日くらいは椅子に座るのが恐かったわ」

 「まだいい方ね。私なんて二週間よ。よく今でもお尻がついて
ると思うもの。それに一ヵ月は赤ちゃん時代に戻っておむつ生活
を強制されるから、三度目をやる人はまずいないわね」

 「でも、レディーになれば外出もできるんでしょう」

 「そうなの。それが不思議なんだけど。レディーになった人が
ここを訴えたってケースはまだないのよ」

 テレビもラジオも新聞さえも届かないお城の中で四人のおしゃ
べりは際限なく続くのだった。

*************************

 それと同じ頃、城の遊戯室では、ペネロープがレディーたちを
集めてトランプに興じていた。

 「マリア。お母さまは、お元気かしら」

 「はい、おかげさまで」

 「心配だったら帰ってもいいのよ。あなたを育ててくれた大事
なお母さまですもの」

 「大丈夫です。もう落ち着きましたから」

 「それならいいけど。私への遠慮があるんだったら……それは
無用なことよ。私はあなたを十分に愛せたからもうあなたに義務
は残ってないわ」

 「はい………」

 マリアはぽっと顔を赤らめた。

 「……でも、私はここにいたいんです」

 「そう。それでは好きになさい」

 「イヴ、孤児院の方はどうなの。うまくいってるのかしら」

 「はい、お母さま」

 「このあいだ見に行った時は、みんな綺麗なお洋服を着ていた
けど、あれは私が来るので特別なのかしら」

 「いいえ、お母さま。特別なことは何も……ただ、最近は孤児
の数が減ってきたのと物が豊かになったのとで継ぎのあたる服を
着ているような子はもう………」

 「まあそうなの、知らなかったわ。お婆さんになると、世情に
うといから……でも、それはなによりじゃない。私の届けた服は
オリバーツイストのお芝居をやる時にでもお使いなさいな」

 「申し訳ありません。決してそのようなつもりでは……」

 「何もあなたが謝ることはないわ。そういえばおもちゃ箱にも
山のようにおもちゃがあって今の子供たちは幸せね。でも、親の
いないことにかわりはないのだから、暇を見つけてここへ連れて
らっしゃい」

 「はいお母さま」

 「せいぜいここの子供たちにチビちゃんたちを抱かせるように
するわ。前にも言ったけど、感受性が豊かで、常に新しい刺激に
さらされている子供たちは、ベッドの他にも絶対的な安息の場が
必要なのよ」

 「はいお母さま。助かります。職員の数も限られていますから
なかなか長い時間相手をしてやれなくて」

 「大人に抱かれることは、赤ん坊にとって必ずしもハッピーで
はないわ。自由を奪われて機嫌をそこねる場合もあるけど、反面、
そこは外の刺激にわずらわされない絶対に安全な場所でもあるの。
孤児たちが、情緒不安定で社会への適応能力に乏しいといわれる
のは、幼少期に抱かれる機会が少ないくて、か弱い神経をオーバ
ーヒートさせる為だと私は思うのよ」

 「ん?どうしたの、ローズマリー」

 「あがりです」

 「あら、あなたまた勝ったの。お金がかかるとあなたは強いわ」

 「私が強いのではなくてペネロープ様が弱いのです」

 「しかたないわね、はい十ポンド。もういいわ、やめましょう」

 「お母さま」

 「なあにマリア」

 「もし、違ってたら御免なさいねローズマリー」
 彼女は最初にローズマリーに断りを言う。

 「ローズマリーがここで初めておむつをつけたって…本当です
か」

 「本当よ。若い時の彼女はおしゃべりで、怠け者で、反抗的。
とにかく役たたずのメイドだったの。ある時、先代のお供で長期
に旅行することになって荷造りを手伝わせたんだけど、その時も
ぐうたらやってるから『もっとてきぱきできないの』と言ったら、
何と言ったと思う」

 「さあ」

 「『私、日給で働いてますから急いでやって次に仕事をもらう
よりのんびりやった方が得なんです』なんて、臆面もなく言った
ものだから私も頭にきて『そうなの。そんなに仕事をしたくない
ならやらなくてもいいわ。あなたみたいな怠け者は赤ちゃんの方
がお似合いね』って無理やりおむつをはめさせたの」

 「へえ」

 「それで慌ただしく出掛けたんだけど、半年後、旅行から帰っ
たらびっくり。ローズマリーが今だにおむつをして寝かされてる
じゃない。話を聞いたら他のメイド達も私があまりの剣幕だった
ので、これは逆らっちゃいけないと思ったらしいのよ……」

 「………」

 「ところが、今度は、ローズマリーがやけに素直になったの。
最初はお仕置きのせいで一時的に張り切っているだけだと思って
たんだけど。三ヵ月、四ヵ月たっても変わらないから、とうとう
首にできなくてここまできたというわけ」

 「じゃあその時の成功を応用して私達を…」

 「確証はなかったわ。でも、イヴが竜巻岬から運ばれてきた時、
この子だけは警察に渡さずに私の手元に置きたかったの。当時の
私は子供が独立したばかりで愛することのできる子供が欲しかっ
たから」

 ペネロープはマリアの手を取る。

 「あとは、自然のなりゆき。自然自然にノウハウが蓄積されて
いって今のようなシステムになったんだけど……ここも孤児院と
いえばいえなくもないわね。……今だに誰も裏切らないから続い
ているだけよ」

 「裏切るだなんて……私たちみんなお母さまの愛があったから
こんなに幸せでいられるんですもの。恨みに思う人なんて、誰も
いませんよ」

 「ありがとうマリア。嬉しいわ」

 マリアはペネロープの静かな抱擁を受けた。

*************************

 女性たちが優勢なこの城のなかにあっても領主は男性である。
父母が早くに亡くなったためアランは十歳にして爵位を得ていた
が、二十四歳になる現在も城や領地の管理はペネロープにまかせ、
彼は好きな絵や写真、それに作曲といった趣味に人生の大部分の
時間を費やしていた。

 「リチャード、どうだい。その椅子の寝ごこちは」

 この夜、アランはパブリックスクール時代の友人と城のサウナ
でたっぷり汗を流した後、裸のまま彼をアトリエに案内していた。

 「なんだかごつごつしているな」

 「そこがいいんだ。頭の当たる所以外は全て三角柱の角が体に
当たるようにわざと作らしたんだ。それが適度に全身を刺激する
だろう」

 「そりゃあ、そうだが……ここで何をしようというんだ」

 二人は奇妙な形をした木製の寝椅子をふたつ並べて寝そべって
いる。それはアーチ形に腰のあたりが一番高くなるように反って
いて、ただでさえサウナで頭に血が上っているところに、さらに
頭に血が上るようなことをしていた。

 「この格好で髭を剃るんだ」

 アランが指を鳴らすと手筈の女性たちが五六人現われて、まず
は二人の顔に蒸しタオルを乗せる。おかげで友だちは視界が完全
に遮られた。
 すると、この期に及んでアランは友人にこう忠告するのだ。

 「髭剃の最中は絶対に動くなよ。下手に動けば大怪我にだって
なりかねないから」

 「どういうことだ。ここの理髪師は下手なのか?」

 「まあ、そのうち分かる」

 アランの言葉が終わる頃には大きな剃刀が二人の顎の髭を捕ら
え始めたが、それと同時に、寝そべる二人の今一番高い処にある
部分が何者かによって舐められたのである。
 局部だけではない。乳首、足の裏なども一斉に始められた。

 「<わっ、ああっっっっっ>」

 男ならそりゃあ一大事なのだが、なるほど動けない。
 今、まさに剃刀の刃が逆剃りのために顎の下に食い込んでいる
最中だからだ。

 『足の裏は犬か?』
 長く大きくざらついた舌とその足音から友人は判断した。

 『くそっ、尻の穴まで何かしてやがる』

 そこはメントール剤が塗られ棒状の物が挿入されただけだが、
時が時だけに体は何にでも敏感に反応する。

 「<ヒィ~~~~っっ>」

 乳首、手の指先、足の指先、わきの下、へその穴、尻の穴……
もちろん一番大事な急所までも、たった一丁の狂暴な剃刀の下で
一斉に辱められているのだ。
 こんな残酷な話があるだろうか。

 「<ぎゃあああぁぁ~~~~~>」

 男の性か、それとも羞恥心か、果ててしまえば終わるものを、
一度は我慢する。

 二度目の波。

 「<ああ~~~~~ぁぁ>」

 三度目の波

 「<ああ~~~~~ぁぁ>」

 女だちが引き起こす大波を必死にこらえていたが……

 「ああああああ~~~」

 四度目の波が押し寄せた時、こみあげてきたものをリチャード
はとうとう我慢できなかった。

 「くそう」

 彼は思わずつぶやく。何だか強姦されたようで悔しいのだ。

 終わると尻の穴から棒状の物が取りのぞかれ、犬も去っていき、
体には薄い毛布が一枚かけられる。もちろん髭は綺麗に剃りあげ
られていた。

 「アラン」

 友人は隣の長椅子で寝そべるアランに声をかけるが、今は余韻
に浸っているのか起きる気配がない。


 毛布が掛けられて二十分ほどの短い時間だったが、睡魔の導く
ままに二人は仮眠をとった。


 「リチャード」

 今度声を掛けたのはアランだった。

 「あまり長くその椅子にすわってると今度は背中が痛くなるぞ」

 彼は友人を起こすと背中に赤い横縞を付けたままシャワー室へ。
事情はもちろん友人も同じだった。

 アランは遅れてやってきたリチャードに声をかける。

 「どうだいあの椅子の座り心地は」

 「…………」

 「ああした愛撫はお気に召さないか」

 「…………」

 「どうやら不評を買ってしまったな」

 アランが諦めてぽつりと独り言を言いうとリチャードが初めて
口を開く。

 「あれは髭をあたるために作ったのか」

 「他に何の目的がある」

 「こんな醜悪な髭剃は生まれて初めてだ」

 「すまなかった。君にはうってつけかと思ったんだが…」

 「あ~、今でも誰かに体中舐められてるみたいで気色が悪い。
これで天国が覗けなかったらおまえをぶん殴ってるところだ」

 二人はシャワー室を出るとバスローブに着替えて居間へ。
 そこではさきほど二人を辱しめた女性の一人が待っていた。
 全裸の彼女はアランに籐鞭を預けると何も言わず天井からぶら
さがった革紐を自分で両手でつかんで前かがみになる。

 「ピシッ」

 アランが一振り、豊満な尻を目掛けて打ち据えると、不安定な
姿勢の彼女は右に左にその体を揺らすから、リチャードはアラン
が新しいショーを始めたのを知ることになる。

 その揺れが収まった頃になってまた一振り。

 「ピシッ」

 アランは、かなり力一杯鞭を振り下ろしているが、彼女は声を
たてない。といって、必死にこらえているといった風でもないが、
一つ一つの鞭の味を噛み締めるかのように、毎回毎回苦痛に歪む
自分の顔を作りわけている。

 「ピシッ」

 次に鞭を振り下ろすためには揺れる女体が落ち着くのを待って
やらねばならないから、一回一回には時間がかかるが、アランも
友だちもその時間を惜しむ様子はなかった。

 まるで、ゲームのような、儀式のような時間が過ぎていく。

 「ピシッ」

 一振りごとに、筆で掃いたような赤い筋が増えていき、彼女の
お尻への化粧はだんだんと濃くなっていく。

 「ピシッ」

 と、この時、それまで横揺れしていた彼女の体が、初めて縦に
伸び上がる。両手に握られた紐にすがりついた彼女の身体が海老
ぞりになったのだ。

 「ピシッ」

 十二回目が終わると同時に彼女は床に倒れた。

 それを見て、アランは愛用の籐鞭をマントルピースの脇にある
鞭入れに立てかけるようにして落とす。

 すると、その「カタン」という音に反応して彼女の吐息が部屋
に流れた。

 ほどなく立ち上がった彼女にアランは一言……
 「ブランデー」

 アランの注文を聞いて彼女は部屋を出ていった。

 「待たせたな」

 アランが一仕事終えてリチャードのもとへやってくると……
 すでに友人はシガーに火をつけソファーでくつろいでいた。

 「家庭の事情に深入りする気はないが、彼女は何か罪を犯した
のか?」

 「いや大したことではない。さっき髭を剃ったときに僕の顔を
若干傷つけたんだ」

 「美女に厳しいな」

 「そうでもないさ。あれは彼女が望んだことだ。私は、彼女の
要望に答えたにすぎない」

 「どういうことだ」

 「君は僕が万に一つもしくじるような女に剃刀を持たすとでも
思っているのか?野暮天の君にはわからんだろうが、この傷は、
彼女が僕にサービスを求めるサインとしてつけたものなんだ……」

 と、その時、噂の美女がブランデーを持ってやってくる。

 「そしてこれがそのささやかな返礼というわけだ。断っておく
が彼女はここのメイドではないからな」

 「ん?」

 「彼女は私の有能な秘書だ。別にメイドでもそうだが、今どき
領主だからといって好き勝手に鞭を振るうことのできる女なんて、
どこにもいやしないよ。今日は、君を楽しませようと思って協力
してもらったが、先日は僕の方が彼女たちに協力させられたばか
りだ」

 「協力?どんな」

 「マーガレット、言ってもいいか」

 アランはマーガレットに許可を求める。すると、彼女がうなづ
いたので。

 「魔女狩りの寸劇だ。私は異端審問官と刑吏の役をやらされた」

 「なるほど、なかなかおいしい役どころじゃないか。おまえ、
最近クラブに顔を見せないと思ったら毎晩この美女たちとじゃれ
あってるんだな。今度やる時は私も誘ってくれよ。台本の覚えは
いい方だから…」

 「台本なんてないよ。舞台設定があるだけ。後は全部アドリブ
でやる劇なんだ」

 「難しそうだな」

 「慣れればそうでもない。当意即妙が要求されるがね。特に、
サド役は相手がどんな責められ方を求めているかを劇中で瞬時に
判断しないと興を失することになる」

 「なるほど、益々興味深いな」

 「いずれにしてもこの劇はサド役が奉仕者で、楽しんでるのは
魔女にされてる方さ」

 「そりゃそうだ」

 「興味があるなら招待するよ。ただし、最初は端役だがね」

 「見学だけってのはないのかい」

 「みんなが役になりきって陶酔する劇なんで、しらふの観客に
見せる劇じゃないが…まあ、その時は門番の役でも用意してやる
よ」

 「門番か……俺は魔法使いの方がいいなあ。ハハハハハハ」

 リチャードの甲高い声が静まり返った城中に響き渡った。


*******************<了>***

第3章 童女の日課(4)

<The Fanciful Story>

           竜巻岬《11》

                     K.Mikami

 【第三章:童女の日課】(4)
 《一番厳しい罰》


 アリスはスミス先生からとんでもないお仕置きを受けたものの、
その後はまた順調だった。男の先生からはたまに両手の平に鞭を
貰う事もあったが、それも同室の先輩に比べればはるかに少ない。

 反省室での悩みも他の子のように『どうか鞭の数が少なくなり
ますように』というものではない。むしろ、先生方からコリンズ
先生の処へ上がってくる日誌の所見が毎日のように『特になし』
となっていることの方が問題だった。

 『特になし』なんて無罪放免で一見ハッピーなことのようだが、
嫉妬深い女の子の世界では、いつも独りだけがよい子になってる
と仲間外れにされかねない。

 『そんなことぐらいで僻(ひが)むような友だちならいらない』
 なんて思うのは男の子の了見で、女の子の場合は多少の不利は
あっても孤立して生きるよりはましと考える子が多い。アリスも
そんな一人だった。

 そこで、アンやケイトがきついお仕置きを受けそうだと、わざ
とケイトのスカートをめくってみたり、アンの大事にしている本
を隠したりする。大した悪戯じゃないから、罰も大したことには
ならない。それでアンやケイトが慰められるのならお安いことと
アリスは考えていたのだ。

 「どうしてあなたまでそんな子供じみた悪戯をするの。今日は
籐鞭三つよ。……屈みなさい」

 こう言われればしめたものだ。さらにわざとパンツを脱ぐこと
を渋ったり、鞭が当たると大仰に顔を歪めて痛がったりもする。

 「何ぐずぐずしているの。そんなに堪え性のない子には訓練の
意味でも、もう少しお仕置きが必要ね」

 これで先生からあと三つ四つ鞭を追加して貰うことができる。

 おかげでアリスのお尻には赤い鞭傷が付き、反省室を出るとき
には涙さえ浮かべる有様だが、

 「アリス、このワセリン、ケイトに塗ってやってね」

 コリンズ先生もこうしたアリスのお芝居を承知していた。
 承知していてなお先生はアリスを咎める事はなかったのである。

 部屋に戻ったアリスはお湯に浸したタオルで体を拭くとさっき
先生から貰ったワセリンを三人で塗りっこする。こんな時アリス
一人だけが白いお尻のままではいけなかった。

 「ごめんねアリス。あんたにこんなことまでさせちゃって」

 ケイトの言葉は、アリスにとっては何よりの報酬だ。

 「うんうん」
 アリスは首を横に振る。
 鞭はもちろん痛い。しかし、友情にひびが入ることに比べれば
被害はぐっと少ないように思えるのだ。


 ただ、誰もがこうして順調に生活できているわけではない。
 なかには絶望の淵をさまよっている少女も……


 「もう三ヵ月になるけど、どうかしらね、あの子」

 ペネロープはハイネとシャルロッテを自室に呼びつけていた。
あの子というのはアリスと一時期部屋を共にしてたリサのこと。
反抗的で悪癖も治らない彼女は、今は監獄生活を強いられていた。

 高い塔の最上階に閉じ込められているというと、何やら童話の
世界のお姫様のようだが、現実のリサ姫様の生活環境はそんなに
ロマンチックではない。三度三度の食料だけはメイドたちが小窓
から差し入れてくれるので不自由はないものの、あとは何もして
くれないのだ。

 誰にも会えない、どこへも行けないのはもちろんの事、いくら
お姫さまでも食べたらそのままという訳にはいかない。生理現象
は必ず起こるのだ。

 室内便器が一杯になっても鉄格子のはまった窓ではその容器を
窓の外に出すことができない。つまりその中身を投げ捨てる事が
できないのだ。

 自分の匂いに耐えかねた彼女は、結局、死んだ気になって中の
物を鷲掴みにして窓の外へ放り投げたが、それでも部屋の臭気は
消えなかった。

 おまけに、手に付いた汚物を洗い流す水がないのだ。
 自分の汚れた手を見てリサは悲しくなった。

 孤独と不安、それに鼻をつく悪臭が彼女を苦しめ、出口の見え
ない苦行は彼女を絶望の淵へと追いやっていく。

 「最近はおとなしくしているみたいですけど、とにかくつかみ
どころがなくて……」

 シャルロッテが答えると、ペネロープは

 「女の子なんてみんなそうよ。本当の気持ちなんて、自分でも
分からないことが多いもの」

 「本当に反省しているのか。ここでやっていく気があるのか。
もしないのなら…」

 ハイネの言葉にペネロープが続ける。

 「そうね、竜巻岬に戻ってもらうしかないわね。……いいわ、
私が判断しましょう。……私の子供ですもの」


 こうしてペネロープはリサが閉じこめられている塔の最上階へ
とやってくる。

 「ガチャッ」

 重い鉄の扉の錠が開く音がして、リサに緊張が走った。

 「わあ、なんて臭いんでしょう」

 ペネロープは部屋に入るなりハンカチを取出して鼻を押さえ、
施錠された窓を開け放った。そして、リサがそれまでに抱え込ん
だ汚物をカーテンごと窓の外へ投げ捨てる。

 「もうないの」

 彼女は辺りを見回すと室内便器に目を止めて、それもまた容器
ごと外へ。

 その後もあちこち見回したが、やっと落ち着いたとみえてリサ
の椅子にどっかと腰を落ち着けた。

 「ふう……こんなに酷い処だとは思わなかったわ。お仕置きと
しても少しやり過ぎね」

 その落ち着き先を見計らうようにしてリサがペネロープの前に
膝まづく。

 ただ、彼女は両手を胸の前で組んだままペネロープには何も話
さない。否、話せなかったのだ。

 ペネロープもまた訴えかけるリサの眼差しを見つめながら何も
語らない。

 そんな二人の沈黙がどれほど続いただろうか。いきなり、

 「裸になりなさい。素裸に」

 ペネロープは一言だけ宣言する。

 すると、リサもそれで十分だったのだろう。彼女は何も言わず
服を脱ぎ始め、やがて自らの力では外せない貞操帯を除き全裸と
なった体を汗臭いベッドの上へと投げ出した。

 「ピシッ」

 ほどなく、ペネロープの巧みな鞭さばきから生じた革紐鞭の乾
いた音が、牢獄の鉄格子を抜けて、五月の大空へと解き放たれる。

 「ピシッ、ピシッ、ピシッ」

 立て続けに数回振り下ろしたあとで、

 「お母さまの言い付けを守らない子は悪い子ですよ」

 「ピシッ」

 「分かってますか」

 「ピシッ」

 「もう、悪い行いはしませんね」

 「ピシッ」

 ペネロープは独りで小言を言い、ひたすら鞭を振るう。でも、
リサはそれに何も答えない。彼女は、ただただペネロープの鞭に
泣くだけだった。

 「どうですか。ご返事は」

 「ピシッ」

 「<はい>」リサはそう言ったつもりだったがペネロープには
伝わらない。

 「うれしいの」

 「<はい>」

 「ピシッ」

 「どうなの。やっぱり嬉しいんでしょう」

 「ピシッ」

 リサは微かに頭を振る。

 「女の子にとって、一番厳しい罰はぶたれることじゃないの。
誰からも相手にされないことよ。これに懲りたら、ぶたれている
うちに心を入れ替えなさいね」

 「ピシッ」

 「<はい>」

 リサはやはり微かに頭を振るだけが精一杯だった。


 リサは死の淵で許された。おむつをつけて赤ちゃんで一ヵ月。
さらに毎日お尻を叩かれる幼女で一ヵ月。この日から合計二ヵ月
もかかったが、それでもついにアリスたちとの再会をはたしたの
である。

 「リサ、よかったわ。あなた本当にリサなのね。みんながもう
今頃は竜巻岬の海の底だって……みんなが脅かすから、……もう
会えないんじゃないかと思ってたのよ」

 「ごめんねケイト。心配かけて。……でも、もう大丈夫よ。…
…私、二度と幼女へは落ちないわ。御転婆はレディーになるまで
封印するから……」

 「本当?」

 「本当よ、とにかくレディーになるまでは頑張るつもりなの。
だって、ここには横道なんてないんだもの。レディーになるか、
先生たちの気紛なお仕置きを受けてここで暮らすか、……あとは
死ぬかだもんね」

 「やっぱり死にかけたんだ」

 アンがリサの顔色を鋭く見抜く。

 「そうよ。みんなが監獄って呼んでるあの塔のてっぺんに、私、
三ヵ月も閉じこめられてたの。危うく本当に死にかけたわ。……
こんな話みんな聞きたくないわよね」

 「わあ、そんなことないわ。私、聞きたい」

 「もちろんよ。ねえ、話して……」

 アリスに続いてケイトも賛成したが、

 「あんた変わらないね。先生方はあんたのそんなおしゃべりな
ところも含めて御転婆だって言っているのよ」

 「いいじゃないの、アン。せっかく、リサが話してくれるって
いうんだから、話の腰を折らないで。……じゃああなたは聞きた
くないのね」

 「いいえ」

 「まあ、図々しい。だったら黙って聞きなさいよ。……いいわ、
リサ。話して……」
 この場はケイトが取り仕切った。

 「そこでは十日に一度ハイネさんかシャルロッテが懺悔を聞き
にきてはくれるんだけど、どんなに真剣に懺悔しても相手にして
いないみたいな、冷たい表情で帰って行くし………時間がたつに
つれて……明日はもう目が覚めないんじゃないかって……」

 リサは思わず言葉に詰まる。

 「だから夜は恐くて寝られないし、……昼間うとうとしてるん
だけど、外で小さな物音がするたびに心臓が握り潰されるくらい
強いショックを受けて飛び起きるの」

 「かわいそう」

 「それって蛇の生殺しよね」

 「でも懺悔が聞き届けられたから帰れたんでしょう」

 「ええ、まあそうなんだけど。最後にお母さまが来たの。その
時は正直言ってこれが最後かなって思ったわ。だから最後の懺悔
は何を言おうかって迷ったの」

 「で、何って言ったの」

 「……んん……」リサは首を横に振る。
 「結局何も言えなかったの。ただ、お母さまを見つめてただけ」

 「それで許してもらったの」

 「………」リサは静かに首を縦に振った。

 「以心伝心ってわけね」

 「素裸になりなさいって言われたの。それだけ。……ベッドに
うつぶせになったら鞭が飛んできて……嬉しかったわ」

 リサは思わず涙ぐむ。

 「変なの。鞭でぶたれるのが嬉しいだなんて」

 「そりゃそうよ。どんなにお尻が痛んだって死ぬよりはましで
しょうよ」

 「そうじゃないわ。リサが何も言えなかったのは、お母さまが
自分を許してくれたことが嬉しかったのよ。それが分かったから
でしょう。違うかしら」

 「………」リサは静かにこうべを垂れる。

 「さすがはアン。亀の甲より年の功ね」

 「もうよしましょうよこんな話。せっかく四人揃ったんだもの。
これからは四人揃って少女になることを考えましょうよ」

 アリスは沈んだ雰囲気の井戸端会議に区切りをつける。それは
一番の新参者であるアリスが、初めてイニシアチブを取った瞬間
でもあった。


*****************<了>*******

8/20 『汚い』って何だろう

8/20 『汚い』って何だろう

 実は、ブラウン先生がサンドラを抱っこして用を足させたいと
願うくだりには、作者の思い出、ルーツがあるのだ。


 僕は小3の時にちょっとした病気になった。入院までしなかっ
たからそれほど深刻な病ではなかったと思うが、二三日家で寝て
いたことがある。

 意識がはっきりせず、立つとふらついて、下痢もしていた。
 自分でトイレに立てないほどではないとは思ったが、いざ布団
から立ち上がってみると、よろけてしまい、その瞬間、

 「やばっ……」
 漏らしてしまった。

 すると、母はそういう事には敏感な人だから、たちまち風呂場
へ連れて行かれて後処理すると、布団に戻ってオムツを穿かされ
てしまったのだ。

 「今さらオムツなんて嫌だよ!!」
 僕はごねたが、聞いてもらえなかった。

 案の定、しばらくして、また……

 僕は知らん顔していたが、どういうわけか母は僕の異変を察知
する能力に優れている。

 「また、漏らしたの?」
 「うん」
 恥ずかしかったが、そう言うほかなかった。

 すると、彼女……
 「しょうがないわねえ」
 と言いながらオムツを替え始めたのである。

 「いいよ、僕が自分でやるから……」
 と言ったが聞き入れてもらえなかった。

 赤ちゃん時代と同じ姿勢、同じ手順で着替えが完了する。

 「ごめんね、汚いことさせて……」
 と言うと、
 「何言ってるの。子どものうんちが汚いわけないじゃない」
 と笑うのである。

 僕にはその意味が分からなかった。
 『だって、誰のうんちだってものは同じなのに……』
 なんて思ったのである。


 時、移って、今度は自分が2歳の子供をお風呂に入れる立場に
なった。

 すると、何かがぽかんと目の前に浮かんでくるのである。

 紛うことなき息子のウンコ。

 でも、それを……
 『大変なことしやがって』とも思わなかったし、そのウンコを
べつに『汚い』とも思わなかった。
 むしろ、『私の遺伝子を引き継ぐこの子は、私同様お風呂場で
ウンチをするのが好きなんだ』と笑ってしまった。
 そのウンコは、洗面器ですくって処理したが、二人は最後まで
ウンコの浮かんでいた湯船で身体を温めた。

 そして、その時……
 「子どものうんちが汚いわけないじゃない」
 という母の言葉を思い出したのだ。

 そういえば……
 母は子供の私が食べ残したぐちゃぐちゃになった料理でも平気
で食べていた。

 『愛されている』というのは、こういうことなんだと実感した
のである。

**************<了>*******

8/19 子供は早く寝ましょう

8/19 子供は早く寝ましょう

 私の母はとてもずぼらな人もっと言えばだらしのない人だった。
家事はやらない。服は脱ぎ散らかす。お風呂からあがってパンツ
一丁で畳の上に大の字なんてこともよくあった。

 もちろん、大の字になった母を見たことはなかっただろうが、
よく近所の人たちが母のことを『娘さんみたいな人ね』と噂して
いたのは覚えている。

 私は子供で世間を知らないから『お母さんは若く見えるんだ』
ぐらいに思っていたが、事実は、『まるで娘気分がぬけてなくて
主婦としては失格』ということだった。

 そんな人だったから、私にも『規則を守れ』とか『時間を守れ』
みたいなことは一切言わなかった。

 僕らの小学校では、日課表を書いて学校に事前に提出するのが
お約束で、その通りにできたかを保護者がチェックすることにも
なっていたのだが……
 我が家では、この日課表通りに私が一日を過ごした事は一度も
なく、また『出来なかったよ』という報告をしたことも、一度も
なかった。

 どういうことかというと、来る日も来るも、母が『すべて予定
通りに生活してました』って処に○をつけてくれたからだ。

 そう、親子で不正行為をしていたのだ。

 私の家の商売は夕方から忙しくなる。一段落するのは夜の九時
を回ってからだ。
 当然、母が私の勉強を見始めるのもその頃からで、日課表通り
では勉強時間はなくなってしまう。9時に就寝など、我が家では
はじめからできるはずがなかったのである。

 そこで、ほかの子が勉強している9時までの時間が空いていて
無駄だから、習い事でもやらせようということになり……
 ピアノ教室、絵画教室、書道教室、水泳教室、つづり方教室に
少年少女合唱隊に参加してたこともあった。とにかく街で看板を
見つけると、衝動的にそこに入って行って手続きを取っちゃう人
だから、子供の意向なんて初めから眼中にない。
 こちらもいきなり押し付けられてやる気なんてないから、もの
になったものなんて何一つなかった。

 というわけで、私の勉強時間はいつも午後の9時から。
 11時に終われば早いほうで、12時、1時も珍しくなく……
テスト前日は仮眠をとって徹夜なんてこともあった。
 当時発売されたばかりのリポビタンDを玄関先でぐいっとやっ
て出陣したのを今でも昨日のことのように覚えている。

 これ中学生の話じゃないよ。我が家では、小学二年生の時から
これなんだから、当時の学校関係者が事実を知ったらきっと驚く
んじゃないかな。(「やっぱり」なんて言われたりして……)

 とにかく、うちの母親は他人の気持を思いやることのできない
典型的な自己チューだったからその意味でも『娘』だったのかも
しれない。
 だから彼女と私とは『母と子』というより『姉と弟』のような
関係だったような気がするんだ。

 え~~と、今日は何が言いたかったんだっけ……

 あっ、そうそう、子供はもっと早くに寝かしつけましょう。
 今の親は自分の都合で夜遅くまで子供をひっぱり過ぎます。
 幼い子が御前様だなんて、おじさんには異常に映りますよ。
 自分の家を例に出しておいてこんなこと言うのも変ですけど、
我が家は悪い例です。そんな事してもいい事なんてありません。
 成長途中の子供が、その体内時計を狂わされることに、もっと
配慮してやるべきです。

 (酒飲んで分からなくなっちゃった。ゴメンナサイ)

第9章 新しい仲間(4)

**************
第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更しました
**************

第9章 新しい仲間

§4 赤ちゃん生活(2)

 ブラウン先生は自ら宣言したとおり、一日の大半をサンドラと
一緒に過ごした。

 仕事中の書斎にはクラシックの名盤と呼ばれるレコードが常に
鳴り響き。先生の手もとに置かれた揺りかごの中では、サンドラ
が日がな一日、天井から吊り下げられたメリーゴーランドを見て
過ごしている。

 『こんなことして何になるのかしら?』

 素朴な疑問はわくが、何もできないし、やることもないから、
揺りかごの中でお昼寝していることも多かった。

 時折、先生が生き抜きに庭に出たり、食堂にコーヒーを飲みに
行ったりするが、そんな時だけは、だっこやおんぶで部屋を出る
ことができる。
 サンドラにとっても息抜きだ。

 庭のベンチや食堂の椅子に腰を下ろした時は、膝の上に乗せて
もらい頭や背中やお尻をしきりに撫でられた。
 そんな時の先生はいつも笑顔で上機嫌だ。

 おまけに、サンドラがイヤイヤをしたり怒ったりしても先生が
怒った顔になることは一度もなかった。

 たまに先生が息抜きにピアノを弾くことはあるが、サンドラに
そのピアノを触らせることはない。

 そんななか……
 「わたしもピアノが弾きたい」
 と、おねだりすると……

 「サンドラちゃんはまた今度ね……」
 と言って断られる。

 しかし、そんな問答が何度かあったある日のこと……
 「サンドラちゃんもやってみますか?」
 そう言って与えられたのは、幼児用の玩具のピアノだった。

 もちろん、こんなものでまともな演奏などできるはずもないが、
久しぶりに外気に触れさせてもらった指が、リリーマルレーンを
奏でる。

 すると、弾き終えた瞬間、自分の身体が高い処へ持ち上がった
のを感じた。

 「お~凄いですねえ。ついにやりましたね。サンドラちゃんは
天才ですよ」

 気がつくと、両脇を持ち上げたお父様が満面の笑みで、下から
自分を見上げている。

 サンドラがこんなことをされたのは恐らく10年ぶりだろう。
 その時の記憶が残っているのだろう、身体を揺さぶられると、
自然と笑顔に……
 その時は、彼女も正真正銘の赤ちゃんだった。

 「嬉しいですね。いきなりこんなのが弾けるなんて、お父さん
感激ですよ。サンドラちゃんはきっと天才ですよ」

 ブラウン先生はサンドラを膝の上に下ろすと、頭をなでなで…
お背中をトントン…お尻をすりすり…もう、ありとあらゆる愛情
表現でサンドラを抱きしめたまま、しばらくはその体を離さない。

 「オーバーね、こんなピアノで……」
 サンドラがこう言うと……

 「決して、オーバーなんかじゃありませんよ。だって、私は、
あなたのピアノに初めて感動を覚えたんですから、今日は特別な
一日です」

 訳の分からないサンドラは……
 「……(ちょっと、褒めすぎ)……」
 とは思ったものの、それでも悪い気分ではなかった。

 「あなたは、今度はいつピアノが弾けるか分からないと思った
んでしょう。だから、一音一音にとても神経を使っていました。
そして、こんなピアノでも最大限美しく響かせたいと思ったはず
です。違いますか?」

 「……(ええ、まあ)……」
 サンドラは相槌を打つように頷く。

 「いいですか、芸術家やスポーツマンは『自らの夢に飢える心』
と『現在に最善を尽くす心』は絶対に忘れてはならないのです。
今のあなたはそれがあったから私の心を打ったんです。我が子が
人生で初めて、芸術の香りのする一曲を奏でたんですよ。これを
感激しなくて、何を感激するんですか」

 ブラウン先生は我が子のふとしたきっかけにとても満足そうな
笑顔で答えるのだった。

 「そうだ、せっかくですからね。あなたの感性がしぼんでしま
わないうちに、そのお花をもう一回り大きくしましょう」


 ブラウン先生はさっそく玩具のピアノをサンドラのお腹に乗せ
ると、彼女ごとお姫様だっこして廊下を小走りにカレンが寝起き
するの屋根裏部屋までやって来る。

 「カレン、カレン、カレン、カレンいますか?」
 先生は梯子段の下で叫んだ。
 屋根裏部屋へはこの梯子段を使って出入りするから、ここが、
カレンの部屋の入口なのだ。

 「ごようですか?」
 カレンが梯子段の上から怪訝そうな顔を出す。

 「おう、カレン。いましたか。結構、結構……さっそくですが、
この子のピアノを聞いてくれませんか。そしてあなたも同じ曲を
弾いて欲しいんです。……いやあ、サンドラが凄いピアノを弾く
んですよ。彼女はまさに天才です」

 カレンが梯子段の先に見たのは、サンドラをお姫様抱っこした
まま興奮して咳き込むようにまくし立てているブラウン先生。

 ところが、それはちょっと異常で、カレンがこれまで見たこと
のない、ブラウン先生の…いや、お父様の姿だったのである。
 だから、ちょっと怖かったのだが……

 「わかりました。どうぞ」

 カレンは事情が飲み込めないまま仕方なく二人を部屋の中へと
通した。

 「とにかく、カレン。まずは天才のピアノを聞いてくださいな」

 得意満面のお父様。こんなにも純粋なお父様の笑顔をカレンは
これまで一度も見たことがなかった。

 そして、先生がそうして欲しいというからサンドラが弾く玩具
のピアノに耳を傾けたのである。

 ところが……

 『これの、何が、どうなのかしら?』
 カレンにはさっぱりわからなかった。

 そして、もっと分からなかったのが……
 誰が聞いても『そんな馬鹿な』と思うような褒め方でブラウン
先生がサンドラのピアノを激賞すること。

 「いやあ、何てすばらしいメロディーなんだ。私もこの曲は、
幾度となく聞いたが、これが玩具のピアノから奏でられてるなん
て、きっと誰も思わないでしょうね。これって、奇跡ですよ」

 当のサンドラでさえ、恥ずかしくて下を向いてしまうような、
そんなことをブラウン先生がなぜするのか、カレンにはまったく
理解できなかったのである。

 そんなカレンに、今度は……
 「あなたも、ついでに弾いてくれませんか。リリーマルレーン」
 と、要請してきたのである。

 「はい、わかりました」

 カレンはそれにどんな意味があるのかはわからなくてもお父様
の希望を叶える。

 カレンにとっても、玩具のピアノでメロディーを奏でるのは、
これが初めての経験。大きな指で小さな鍵盤を叩くのは、むしろ
大変な集中力を要する作業だった。

 何も期待しないまま。
 何も求めないまま。
 カレンはいつものようにカレンのピアノを弾く。

 すると、どうだろう。その瞬間、ある奇跡が起こったのである。

 サンドラの目から大粒の涙がこぼれたのだ。
 幾たびも頬を濡らす涙を拭おうともせず、カレンのピアノが、
この部屋を支配し続ける間、サンドラは泣き続けたのだった。

 玩具のピアノに没頭していたカレンはその時はそれに気づかず、
弾き終わったあとに、サンドラの異変に気づく。

 『いったい、何があったの?……お父様に何か言われた?……
おなかが痛いの?……んんんん?まさか感動の涙?……いやだあ、
馬鹿馬鹿しい。こんな玩具のピアノで?……お遊びにもならない
わよね』

 色んな想いがカレンの脳裏を駆け巡った。
 カレンは色んな原因を思い廻らしたが、どれも当てはまりそう
にないと思ったのだ。

 すると、そんな不思議そうな顔のカレンを見てお父様が微笑む。

 「カレン、この子はね、恐らく人生で初めて感動したんですよ。
あなたのそのピアノで……」

 「?」
 カレンにその意味はわからない。
 そもそも感動のない人間なんて信じられないからだ。

 「あなたのように人並みはずれて感受性豊かな人には信じられ
ないでしょうけど、世の中には自分を守ろうとして心を閉ざして
しまう人は大勢いるんです」

 「自分を守る?」

 「そう、自分だけが特別な存在なんだと思い込みたいんですよ。
そうすれば、自分の持っているものを他人と比べなくてすみます。
比べなければ自分が負ける事も絶対にありませんからね。余計な
コンプレックスも背負わずにすむというわけです。……でもね、
サンドラ。閉ざされた心の王国では感動って起きないんですよ」

 「…………」
 サンドラはまだ放心状態。今は、お父様が何を言っても無駄な
ように、カレンには見えた。
 しかし、そのサンドラにお父様はさらに語りかけるのである。

 「あなたは今まで心を閉ざしてたでしょう。外から来るものは
自分にとって都合のいいものだけ受け入れればいいと思っていた
はずです。そんなあなたに感動が起こるわけないじゃないですか。
感動というのは、自分が心を開いておかないと起きないんです」

 お父様はサンドラを膝の上に抱っこする。そして、ふたたび、
頭を撫でながら……

 「あなたが玩具のピアノで最初に弾いたリリーマルレインね、
あれは名演でしたよ。それに嘘はありません。でも普段だったら、
次の瞬間、あなたはもう心を閉じていたはずです。それが、私が
おだてたおかげであなたはその後も気を許した。いつもは完全に
閉めてしまう心の城門をほんの少し閉め忘れたんです」

 サンドラは自ら身体を反転させて、お父様の胸へと抱きつく。
これも彼女がお父様の赤ちゃんになって初めてのことだった。

 「その心の隙間から……カレン、あなたのピアノが入ってきて、
この子は自分の非力さに気づいたんです。……でも、サンドラ。
それって悲しむことはありませんよ。自分が劣っていると悟る事、
優れたものに感動して憧れることが、芸事の入口なんですから。
そのゲートをくぐらない人がどんなに努力をしても人を感動させ
ることはできないんです」

 ブラウン先生は、それまでサンドラの頭をなで両手をさすって
いたが、いくらか感情の高まりが収まったのを感じて、あらため
て彼女をしっかりと抱きかかえる。そして……

 「カレン、悪いけど、一緒に書斎に来てこの子のために二三曲
弾いてくれませんか」
 今度はこんな頼みごとをするのである。


 やがて、場所を書斎に移し、カレンのミニリサイタルが始まる。

 すると、誰が呼んだわけでもないのに居間から流れ出たカレン
の穏やかなタッチのピアノに誘われて、アンやロベルトまでもが
やってくるのだ。

 「おやおや、サンドラお嬢ちゃま。今日はカレンの膝の上なの。
今日は何を甘えてるのかしら?……幸せそうな顔して……」

 アンは、ピアノを弾くカレンの膝の上でそのお腹に抱きついて
甘える赤ちゃんをからかったが、今日のサンドラはその顔を赤く
することもなく、楽しげな笑顔を崩すこともなかった。
 人は本当の幸せを感じている時には照れないのだ。

 結局、サンドラは、アンの膝にも、ロベルトの膝にも、そして、
お父様の膝にも乗って、その人たちのピアノを聞き比べる。
 それは赤ちゃん身分の特権だった。

 「ピアノの音って、奏でる人が違うと景色がまるで違うんだ」

 心の扉を開いて聞くピアノは、サンドラがそれまで聞いていた
音とはまったく違って聞こえたのである。

 そして、サンドラは、お礼に自分もまた玩具のピアノを弾く事
にした。曲目はもちろん、リリーマルレーン。
 これもまた、最初に奏でた時よりさらに美しく、さらに楽しく、
部屋じゅうに響いたのである。

*************************

 サンドラの赤ちゃん生活は七日目に入り、サンドラ自身もこの
生活に慣れ始めていた。

 最初はお父様が絵本を読み聞かせしてくれる他にこれといった
日課がなく日中は退屈な時間だったが、そうのちニーナが乳母車
で村や学校へ連れ出してくれて気も晴れるようになったし、学校
が終われば兄弟(姉妹)たちが入れ替わり立ち代り話相手になって
もくれる。

 『病気で寝ていると思えばいいんだわ』
 そんな悟りも生まれたのである。

 ただ、何でもかんでも慣れることができたかというと、そうは
いかなかった。
 何より問題なのは、トイレだった。

 拘束衣としてのロンパースの中はオムツといういでたち。当然、
一人で用を足せないから、必要な時はお父様を呼ばなければなら
ない。

 お父様の手で素っ裸にされるわけだから、それだけでも思春期
の女の子には十分恥ずかしいのだが、事態はもっと深刻だったの
である。

 実はこの後、お父様がサンドラが一人で用を足すことを許して
くれなかったのだ。

 お父様は裸にしたサンドラの両足を持つと、オマルの上で椅子
に座らせるようにして身体を支え、用を足させる。赤ちゃん時代
なら、当然この姿勢だが、12歳になった少女にとっては恥ずか
しくて屈辱的だ。

 『こんな姿勢で、どうして、おしっこやうんちをしなければな
らないのよ』
 赤ちゃんサンドラはいつも思う。

 そこで、一応、お父様に個室をおねだりしてはみたものの……

 「あなたは、そもそもまだ赤ちゃんの立場なんだから、それは
仕方がありませんよ」
 の一点張りで、聞き入れてもらえなかったのである。

 お父様にすると……
 「初日の夜、あなたは私に体のすべてを見せてるじゃないです
か。今さら、そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思いますよ。
私としてはあなたが私に対して全幅の信頼を寄せている証として、
赤ちゃんのやる通り、恥ずかしい事だってやってほしいんです。
リチャードはあなたと同じ歳ですけど、私が命じればこのくらい
やりますよ」
 となる。

 お父様にこう言われるとサンドラは目を伏せるしかなかったが、
サンドラにしてみると……

 『確かに、私のすべてはすでに見られてるかもしれないけど、
それってウンチやオシッコをしているところまで見られた訳じゃ
ないでしょう。この恥ずかしさは別だもの。ほかの子はお父様と
本当の赤ちゃんの頃からお付き合いがあるけど、私は12歳から
の赤ちゃんなのよ。そりゃあ、リチャードは私と同じ歳だけど、
彼は男の子。私と一緒になんてならないわ』

 と、こうなるのだ。

 ただ、それを言葉に出して言う勇気はサンドラにはなかった。
 だから、女の子の恥ずかしさをお父様に察して欲しかったのだ。
 色んなことを理性的に対処するお父様が、なぜ、この事にだけ
むきになるのか、サンドラには、むしろその事がわからなかった
のである。

 いずれにしても、恥ずかしいことは避けたくなるのが人の常。
 サンドラはおしっこやうんちをできるだけは我慢してしまう。
 時が経つにつれ、お父様のお膝へも自分からはあまり行かなく
なってしまった。

 でも、そうやってもお腹には色んな物が溜まってしまうわけで、
いつかは出してしまわなければならない。下腹が張ってきた様子は、
毎日観察しているお父様には悩みの種だったのである。

 そこで、お父様はベスを呼び出すと、彼女にサンドラへの浣腸
を命じたのだが……

 「先生……先生は女の子の気持が全然わかっていませんね」
 彼女はテーブルに置かれたイチヂク浣腸を見て笑いだすのだ。

 「わかってるさ。わかってるから君に頼むんじゃないか。僕は
男性だからね。これ以上は色々と差し障りがあるだろうから……」

 「差しさわりって?」

 「えっ!?」
 あらためてベスに問われて、ブラウン先生は言葉に詰まる。

 「そんなもの、彼女にありゃしませんよ」

 「『ありゃしません』って…サンドラは私が用を足させようと
すると嫌がるんだよ。最近は、警戒して膝の上にさえ上がろうと
しないくらいだ。そんな子に浣腸なんかしたら、いよいよ関係は
壊れてしまうだろう。だから君に頼んでるんだ」
 ブラウン先生は不機嫌な様子だ。

 「…………」
 ベスは、一応先生の話を聞いてはいたが、顔は終始笑顔だった。

 「実はね、私はもうこのことは許してやろうと思ってるんだ。
他の子は本物の赤ちゃん時代からの付き合いで、それ程抵抗感も
ないんだろうけど、あの子はすでに思春期に入っているから……」

 すると、ベスは口に手を当てて高笑いした。
 「(はははははははは)先生らしくもないですね、そんな弱気。
そんなことしたらサンドラちゃんが差別されて、かえって可哀想
ですよ」

 「差別って?……誰に?」
 そう尋ねたブラウン先生は返ってきた答えに困惑する。

 「回りの女の子たちもそうでしょうけど……何より、あなたに
ですよ」

 「馬鹿馬鹿しい。嫌な事をされないなら、その方がいいに決ま
ってるじゃないか」

 「だから先生は女の子を知らないんですよ。女の子は楽しい事
も悲しい事も、褒められても叱られても、みんな一緒じゃないと
嫌なんです」

 ベスはいったん先生が渡したイチヂクをふたたびブラウン先生
の手に握らせると……
 「女の子は、独り仲間はずれが一番嫌なんです。どんなに辛い
お仕置きより、のけ者にされることの方が辛いんです。だから、
ほかの子がみんなやってるお仕置きを自分だけが免除されてても、
本当は嬉しくないんですよ」

 「でも、あの子は現に嫌がってるじゃないか」

 「それは先生が好きだからですよ。好きな人には目一杯美しい
自分を見てもらいたいんです。本当は、些細な自分の欠点だって
見せたくないはずなのに、うんちを見せるなんて論外ですからね。
そりゃあ抵抗しますよ」

 「だったら、どうしたらいいんだ」

 「簡単ですよ。これをあの子の尻の穴に差し込んで『我が家の
しきたりに従えない子はずっと一人ぼっちの赤ちゃんです』って
宣言してしまえば、それでかたがつきます」

 「そんなことしたら、私が悪者にならないかなあ」

 「それは仕方がありませんよ。お仕置きや躾をする親が子ども
から感謝されたためしはありませんもの。感謝されるとしたら、
その子が親になって自分の子を抱いた時からです。……そもそも、
悪者になるのが嫌なら、親なんてやめることです」

 「……そうだな……」
 ブラウン先生は苦笑する。いつも自分が言っていたことをベス
に言われたからだった。

 「サンドラは、本当に私が嫌いじゃないんだね」

 「お仕置き係20年の私が太鼓判を押します。…あの子はね、
先生から多少理不尽な扱いを受けても、必ず着いていきますよ。
いい根性してるもの」

 「そうかなあ……大丈夫かなあ」
 自信なさげな先生にベスは更にこうアドバイスするのだった。

 「恐らくサンドラは浣腸するなんて言ったら抵抗するでしょう
けど、負けちゃいけませんよ。きっと、他人を呼ばなければいけ
ないほどには暴れないはずですから」

 「どうして?」

 「だって、そんなことしたら、せっかくの二人の時間が、なく
なっちゃうでしょう。そんなことはしませんよ。そこに女の本心
が出るんです。先生はあの子に好かれてるから、こういうことを
しても大丈夫なんです」

 「本当に?」

 「先生。自信を持ってくださいよ。こうした事は女同士の方が
よく分かりますから……大丈夫ですって」

 最後は、ベスが先生の両肩を叩いて励まし、送り出してくれた
のだった。


 ブラウン先生は、狐につままれたようなベスの理屈を鵜呑みに
したわけではないが思い切ってサンドラに試してみることにした。

 嫌がる彼女に浣腸をかけ…誓いの言葉を何度も言わせ…可哀想
だったが、オマルも許さずオムツの中にそれを全部吐き出させた。
そして、赤ちゃん同様の手順でお尻を綺麗にしてやったのだ。

 危険な賭けに思えたし、現場はもちろん修羅場。
 でも、結果はベスの読み通りだった。

 最初は抵抗したものの、それは人を呼ばなければならないほど
ではなかったし、何より、それ以降は前にも増して先生に甘える
ようになったのである。

 「まったく、いい年をして……あの先生は女の子のことが何も
わかってないんだから……」
 とは、結果を聞いたベスのコメントだった。

******************(4)*****

第9章 新しい仲間(3)

*********************
<お断り>
第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更しました。 
§3と§4にはスパンキング、お仕置きの場面が
ありません。ご了承ください。
*********************


第9章 カレンの秘密

§3 赤ちゃん生活(1)

 ブラウン先生はサンドラをお姫様だっこすると、食堂へ向う。

 「ほら、ここへ座ろうね」
 自分が座るいつもの席へ腰を下ろすと……

 「熱つつかな……大丈夫かな……」
 アンナから蒸しタオルを受け取り、サンドラの顔を丁寧に拭き
取っていく。

 「わあ、綺麗になったよ」
 先生は常に赤ちゃん言葉で仕事をしている。

 一方、サンドラにとってそのタオルはやや熱かったが我慢した。
 昨日のお仕置きの影響か、お父様が怖く感じられ萎縮した感じ
の顔が磨かれていく。

 「わあ、いい笑顔ですね。気持よかったですか」
 ブラウン先生は物心ついた子にはこれほど積極的に言葉をかけ
ないが、赤ん坊に対してはいつもこうだった。

 『赤ん坊に言葉を惜しんではいけません。赤ん坊は話せなくて
も聞く事はできます。それに、自分に対して誰が優しくて、誰が
冷たいかは抱かれているだけでもわかるんです。優しい人からの
言葉には、当然耳をそばだて、より多くの知識を得ようとします。
それが情緒の安定にも繋がり、より複雑な思考回路を可能にする
んです。天才を育てたいなら、一日中赤ん坊に語りかけてやれば
いいんです。簡単なことですよ』

 これがブラウン先生の自論だった。
 だから、先生は赤ん坊を抱くと、とたんに饒舌になる。それは、
12歳のサンドラだって同じ。
 もっとも本物の場合は、この食堂でも裸にして体中を拭き取る
のだが、さすがにそれはしなかった。

 やがて、子供たちが朝の挨拶に現れる。

 「おはようございます。お父様」

 「おう、キャシー。おはよう。……ほら、見てご覧。今日から
一緒に暮らすサンドラだ。可愛いだろう」

 お父様は胸にうだかれたサンドラを紹介するが……

 「!?!」
 キャシーは、その大きな赤ん坊に目を白黒。

 「サンドラ。この子はキャシーと言ってね。ちょっぴりお転婆
さんだけど、とても心の素直ないい子なんだよ。今10歳だから、
赤ちゃんが終わったら。お前にとっては妹になる子だから、その
時は優しくしてあげるんだよ」
 ブラウン先生はサンドラをあやしながらキャシーを紹介した。

 でも、当のサンドラは、今、目の前にいる妹に対してどんな顔
をしたらいいのかがわからない。
 いや、サンドラだけではない。自分より年上の赤ちゃんを紹介
されたキャシーにしてもそれは同じで、二人の子どもの間には、
奇妙な空気感が漂っていたのである。

 「キャシー、君から自己紹介だ」
 お父様に促されて、キャシーはそれなりに愛想笑いを浮かべる。

 「キャシー・マクラーレン。10歳です。よろしく」
 珍しく神妙な面持ちのキャシーは恐々握手を求めたが、相手の
手が袖から出ないのでベビー服の上から握手した。

 「私、サンドラ=アモン。よろしく」
 一方、サンドラは少し投げやりな挨拶。

 こんな格好をさせられての自己紹介だなんて、聞いたことない
から、笑顔でいられるはずもないのだろうが……

 「サンドラ、女の子にとってお愛想はとっても大事な武器です。
たとえ、お腹の中は違っていても外へ向けての顔はちゃんと別に
持っていないと……ピアノの芸だけで自分の身が守れるだなんて
思っていたら大間違いです。……そんなこともできないとなると、
また、昨夜と同じレッスンが必要になりますけど………あなた、
その必要がありますか?」

 ブラウン先生は彼女のお尻を小さく叩きながらその耳元で囁く。

 あからさまな脅しに屈するのは、彼女のポリシーに反するが、
サンドラの脳裏には昨日のスパンキングがまだフラッシュバック
しているので、仕方なく、ぎこちない笑顔を作ってみる。

 それは泣き笑いのみょうちくりんな顔だったが、ブラウン先生
はそれでも十分満足した様子だった。

 「私があなたを抱いてる時は、出来る限り笑う努力をなさい。
泣きたい時は首を反対にして私の胸の中で泣けばいいでしょう。
簡単なことです。赤ちゃんなんですから難しいことは何もありま
せん」
 ブラウン先生はサンドラの頭を撫でながら優しくつぶやく。

 そして、それがひと段落すると、今度はキャシーに向って……
 「キャシー、そこにオートミールがあるでしょう」

 「ええ、あるわよ。このボールに入ってるやつでしょう」

 「それをスプーンでひと匙すくって、ここにいるサンドラの口
に運んでください。できますか?」

 「いいわよ」

 キャシーはスプーンで一杯だけオートミルをすくうと、お父様
の処へやってくる。
 そして、その指示通り、最初はイヤイヤしていたサンドラの口
の中へそれをねじ入れたのだった。

 もちろん、それを拒否すればどうなるかをお父様から聞いた後
に、口を開いたのだが……

 「もう一つやってあげようか」
 キャシーは親切心からそう言ったが……

 「好意はありがたいけどね、この子はこれから、兄弟だけじゃ
なく、ここで暮らす全ての人たちからの祝福を受けなければなら
ないからね。一人二杯ずつは無理なんだよ」

 そんな会話を続ける三人の後ろには、すでに、ロベルトが……
その後ろにはリチャードが……さらにその後ろにはマリアが……
お父様への朝の挨拶を済ましてしまおうと並んでいたのだった。

 当然、サンドラはこれらの子供たち全員から挨拶を受けなけれ
ばならなかったし、スプーン一杯のオートミールを、どの子から
も口にいれてもらわなければならない。

 いや、それだけではない。ここで働いている女性たち、アンナ
やベス、ニーナなどからも……男性たち、ラルフやダニーからも、
スプーンがやって来たから、最後はお腹がだぼだぼになって息苦
しかった。

 『まったく、もう、どうして私がこんなことしなきゃならない
のよ。私はとうに赤ちゃんを卒業してるのよ。こんなことされる
くらいなら、お尻をぶたれてた方がまだましよ』

 サンドラは思う。
 もちろんそれは思っただけで、声にはだしていないのだが……
ブラウン先生は、それをそっくり声に出してしゃべってしまった
のである。

 「まったく、もう、どうして私がこんなことしなきゃならない
のよ。私はとうに赤ちゃんを卒業してるのよ。こんなことされる
くらいなら、お尻をぶたれてた方がまだましよ。……って、そう
思ってるでしょう」

 「……!……」
 心を見抜かれたサンドラは、当然、『ドキッ』だ。

 それを見透かすようにブラウン先生は続ける。
 「いやあね、こんなはずじゃなかったわ。自分の血が繋がって
いないから私に意地悪してるのかしら。ここって青髭の館だわ。
さっさと逃げ出さなきゃ。……ってところでしょうかねえ。……
ねえ、サンドラ、違いますか?」

 「…………」
 サンドラは黙っていた。
 まさか、『あってます』とは言えなかったからだ。
 ただ……

 『どうして、このオヤジは私の心が分かるんくだろう?』
 とは思ったのである。

 「いいですか、昨夜までだったら、『どうぞお帰りください』
でしたよね。でも、昨日、あなたの父上と正式に契約を交わしま
したからね。もう、今は、あなたがここを出ることは許されない
んです。……わかるでしょう。そこは……」

 「はい、」
 小さな声が先生の耳に届く。

 「でも、私はあなたを虐めてるつもりはありませんよ。むしろ、
あなたがせっかく持っているテクニックをいかしたいんですよ。
ピアニストとしてね」

 「えっ!?それはおかしいわ。だって、私、今でもピアニスト
でしょう」

 「いいえ、それは違います。あなたがピアニストなら、この間
見た日本チームだって、サッカーチームです。……今のあなたは、
教会で音楽には無縁の人たちを相手にピアノのパフォーマンスを
しているだけなんです」

 「そんなことないわ。その人たちは私が何を弾いても拍手して
くれるんだから」

 「ええ、そりゃそうでしょうね。だって、その人たちはあなた
の指さばきを見て、驚き、まるでサーカスや手品を見るのと同じ
感覚で拍手を送るんですから。そもそも曲目なんて、何でもいい
はずなんです」

 「…………」
 プライドをへし折られたサンドラはブスッとした顔になった。

 「赤ちゃんは大変ですね。自分の意に沿わないお話を無理やり
頭の上から聞かされるんですから……よいこ、よいこ」
 ブラウン先生は娘の頭を優しくなでた。

 「でもね、サンドラ。もう少し辛抱してお聞きなさい。あなた
はもちろんピアノが弾けますから、ピアニストではあるんです。
でもね、クラシックのピアノというのはおしゃべりも何もしない
で、ただ一曲ピアノを弾くだけで、万人を感動させなければなら
ないんです。本人が音楽に感動した事もないのに、それを物まね
しただけで他人が感動するでしょうか」

 サンドラは驚いてブラウン先生を見上げる。
 それは先生の言葉に感化されたわけじゃなくて……

 『何言ってるの。私だって感動したことぐらいあるわよ』
 という抗議だったのだ。

 「まあ、いいでしょう。そのうち私の言ってる意味がわかる日
が来ますから。今はまだ、私の言う通りにしていなさい。それが
あなたにとっても、痛い目にあわずにすむ方法ですよ」
 ブラウン先生は膝の上に抱いた大きな赤ちゃんのお尻を、軽く
軽く叩きながら諭した。

 でも、サンドラは悔しくて思わず心に浮かんだことを口走って
しまう。
 「…青髭じじい。何さ、私だって感動したことぐらいあるわよ」

 「お譲ちゃん、それ、聞こえてますよ」
 ブラウン先生は笑う。
 「そうですか。青髭じじいですか。私はそれでも結構ですよ」
 まるで、そんな罵声も計算していたかのように先生は余裕綽々
だった。


 やがて、そうした二人のもとへ、真打が登場する。

 「おう、アン、可愛い妹が、お待ちかねでしたよ」

 眠そうな目で、そこへやってきたアンだったが……
 「妹って………………えっ?!!!」
 さすがにこの光景を見て目が覚めたようだった。

 「………………どうしてあなたがここにいるのよ?」
 アンも昨夜のいきさつを知らないのだ。

 「だいいち、何なの?その格好は……」

 サンドラの顔が真っ赤になった。
 「…………」
 そして、思わずブラウン先生の胸の中へ顔を埋める。
 今はそこしか避難場所がなかったからだ。

 もちろん、誰にこう言われたって恥ずかしいだろうが、それが
アンだったからなおのことだった。サンドラはトイレにでも逃げ
込みたいほど身の置きどころがなかったのである。

 「あんた、お仕置き?」
 アンにいきなり言われてサンドラの顔がさらに赤くなるが……

 「そうじゃありませんよ。この子は今日からあなたの妹になる
んです」

 「い・も・う・と?」

 「そうですよ。今日から、私が預かることにしましたから…」

 「へえ~、あんた、ここの子になるつもりなの?信じられない。
物好きねえ。……そう、それでそんな赤ちゃんの格好なんかさせ
られてるんだ」

 アンは怯えるサンドラを上から目線で見下ろす。
 そして、その視線で十分に妹をいたぶってから……

 「ところで、部屋はどこにするの?……私の処は嫌よ。今でも
窮屈なのにこの子を受け入れる余裕なんてないわ」

 「ええ、だからカレンの処を考えてます。あそこならまだ余裕
があるでしょうから……」

 「ふうん、屋根裏部屋かあ。お嬢ちゃまには、ちょっと厳しい
かもしれないけど、仕方がないわね。そこしか空いてないから」

 「そんなことより、アン、これはみんなに頼んでいるんですが、
そこのオートミールをすくってこの子の口に入れてくれませんか」

 「オートミール?……ああ、これね。いいわよ。聖体拝領って
わけだ」
 アンは快くその仕事を引き受けたが、そのスプーンをサンドラ
の口元に届ける間にこんなことを言うのだ。

 「それにしても、あなたも、物好きねえ。あなたいいとこの子
なんでしょう。家にじっとしてればいいのに……ここはお父様の
独裁国家なの。自由はないし、逆らえばお仕置き。知ってて来た
のかしら?何か勘違いしたんじゃないの?」

 「アン、私はヒットラーじゃありませんよ」

 「ええ、それは知ってます。ヒットラーは女の子の裸にそれ程
執着心がなかったみたいですから……」

 「困りましたねえ。随分と今日は当たってきますけど、この子
に何か恨みでもあるんですか」

 「いいえ、ありません。…………………ほら、あ~~んして」
 アンはオートミルをすくったスプーンをサンドラの口の中へ。

 「よく覚えておきなさい。ここでは13歳までの女の子には、
羞恥心というものはないことなってるの。……だからそれまでは、
女の子の穴という穴はすべて調べられることになるわ。そんな事
も知って、ここに来たのかしら?」

 アンは自分の入れたオートミルがまだサンドラの口の中にある
のかを確認するかのようにその紅潮したほっぺたを指でトントン
と叩いてみる。

 笑顔で叩くアンの指には一定のリズムがあって……
 『あなたしっかりしなさいよ』
 という意味も込められていた。
 そのくらいこの時のサンドラはぽ~っとしていたのである。

 「ところで、この子、いつまでお仕置きなの?」

 「だから、『お仕置きじゃありません』って言ってるでしょう」
 アンの問いにブラウン先生はむきになって答える。

 「だって、昔、あったじゃない。キャシーやリックにオムツを
穿かせた事。あれじゃないの?だって、これって赤ちゃんの格好
でしょう?」

 「そうですよ。でも、お仕置きでこうしているわけではないん
です。この子にも、他の子供たち同様、我が家の赤ちゃん生活を
体験してもらおうと思って……それでやっているんです」

 「赤ちゃん生活ねえ……」
 アンは不思議そうな顔をした。
 「私も、こんな風に抱いてもらったことがあったの?」

 「何言ってるんですか。もちろん、ありましたよ。私はあなた
を四六時中抱いて育てましたからね、あなたが子供たちの中でも
一番長く私に抱かれていたはずです」

 「覚えてないわ」

 「そりゃそうです。赤ちゃんの時だけですから。次はロベルト
が待ってましたし……あなただけというわけにはいきませんから。
…あなただって、リサやサリーを私が抱いていた時の記憶はある
はずですよ?」

 「そう言えば、アンナが言ってたわ。私たちがいるのにお父様
はよく赤ちゃんを抱くって……」

 「赤ちゃんというのは何一つ理屈はわからなくても自分を抱い
てくれている人の情報を収集してその人の行動パターンに添った
生き方をしようとするんです。これって動物の本能とうか、自然
の摂理です」

 「本当ですか?」
 アンはかなり懐疑的な顔をしたが……

 「本当ですよ。だから赤ん坊時代に幸せに抱かれたことがない
子供は、親を自分にとって特別な存在だとは認識しなくなります。
つまり、儀礼的なことには対応しても、なつかないんです。そう
なると、私だってお金を出して育てるのが苦痛になりますからね。
親子の関係がギクシャクするわけです」

 「私たちはみんな先生の血筋を引いてないもんね。先生も苦労
が耐えないわけだ」

 「何、ませたこと言ってるんですか。血筋は関係ありませんよ。
他人でも結果は同じなんですから。……いいんですか、日本には、
『三つ児の魂百までも』という言葉があって、彼らは、物心つく
までの育て方で赤ん坊の一生が決まってしまうとまで言っている
のです。……私は、最初これに懐疑的でしたが、今は違います。
それはね、あなたを育ててみてわかったんです。スキンシップが
いかに大事かってね。だから、その後の子供たちは赤ん坊の時、
極力私が抱くようにしたんです」

 「…………」
 アンは目をぱちくり。そんな話、これまで一度も聞いたことが
なかったからだ。むしろ今は自分に染み付いているお父様らしさ
みたいなものが、疎ましく感じられてならないのだ。だから……

 『この人、偉そうなこと言っても、私の心なんて何もわかって
ないじゃない』
 と思うのだった。

 しかし、その疎ましくてならないものが、実は生涯にわたって
自分を支配する現実を、アンはこの時まだ気づいていなかったの
である。

 「アンの時とは違い、この子はすでに12歳ですかね。今さら
赤ん坊に仕立てても手遅れかもしれませんけど、私は日本の諺に
チャレンジしたいんです。だって、このままでは彼女がせっかく
培った技能も、小学生を教えるピアノの先生ぐらいにしか、生か
せませんからね。それはとってももったいないことなんです」

 ブラウン先生は、今は観念しておとなしくしているサンドラの
頭を優しくなでた。


******************(3)*****

8/14 スミレ聖母孤児院

8/14

 「変わり者」さんがZ-ZBOADに08/06/26に投稿
した『スミレ聖母孤児院』という作品を読んだ。

 5歳の少女がアニメのスパンキングシーンに感じてセルフスパ
をやるお話だが、とてもほのぼのとしていて、それでいて親代わ
りの女性の厳しい対応が印象に残った。

 私もこの世界に目覚めたのは物心ついて間のない頃。おまけに
事はセルフスパぐらいじゃ収まらなくなって親を震撼させたのを
覚えている。

 そう、私の場合は幼稚園児にしてすでにオナニストだったのだ。

 ただ、この時の親の対応はだいぶ違っていた。
 最初は口頭で注意したり、拘束衣のようなオムツをつけたりも
していたが、いっこうに治らない。

 まだ射精しているわけではないからそもそも証拠などないが、
幼い日のことで、親が問い詰めれば本当の事を言ってしまうのだ。
つまり嘘をついて逃げる技術がまだなかった。
 おかげて彼女の心労はかさむばかりだったのである。

 そこで彼女、どうしたかというと……
 それまで一人で寝かしつけていた勉強部屋のベッドから自分の
部屋の布団の中へ僕を引き入れた。
 つまり、毎晩、僕を抱きしめて寝ることにしたのである。

 さすがに親に抱かれてオナニーなんてできないから、たしかに
これは効果があった。
 あるにはあったが、それはあくまで一緒に寝た時だけ。

 また、独りで寝かすと始めてしまうから、結局、その後も一緒
に寝るしかない。そんないたちごっこが、結局、小学校卒業まで
続くことになる。

 そして、こうして抱かれているうちに、今度は母親の方がこの
甘えん坊を布団の外に出したくなくなったみたいで……
 この超マザコン男は大学生の時、友達が見ているのも気づかず、
母親から出してもらったパンツをいつものようにその場で着替え
て、目撃されてしまうという大失態を犯してしまうのである。

 

第9章 新しい仲間(2)

**************
第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更します
**************

第9章 新しい仲間

§2 サンドラの産声

 サンドラがカレニア山荘で暮らすことが決まると、もうその夜
が父との別れだった。

 継母とは異なりサンドラにとっては実の父親、別れが辛くない
はずがない。
 彼女はブラウン先生の居間で、しばらくは、人目もはばからず
父親に甘えていた。

 しかし、夜遅くだったにも関わらず父親は娘を残して山を降り
てしまう。
 『一夜明ければ、決心が鈍るかもしれない』
 彼は、幼い娘が必死になって掴み取った新たな道を閉ざしたく
なった。

 その温もりが消えぬ間だったから、サンドラにとってブラウン
先生の言葉はショックだったのかもしれない。

 「カレン、サンドラ。二人は今日お仕置きを受けましたから、
私と寝てくださいね」

 ブラウン先生にしてみたら、たんにこの家のしきたりを伝えた
だけ。伝達事項なのだろうが、12歳の少女にしてみると……

 「寝るって……誰と?」
 サンドラはまるで独り言のようにカレンに尋ねた。

 「当然、お父様よ。あなただって、今日からはブラウン先生が
お父様なんだもん。先生と一緒に寝るのよ」

 「いつもそうしてるの?」

 「いつもじゃないわ、当番の日とお仕置きされた日の夜だけよ」

 「一緒のベッドでじゃないわよね」

 「もちろんそうよ。その日は素っ裸でお父様と一緒のベッドよ」

 「……!……」
 サンドラは思わず息を呑む。
 そして、恐る恐る……

 「私もそうしなきゃいけないの?」

 「そりゃそうよ、そういうしきたりだもの」

 「それって、平気?」

 「平気って?何が?」

 「つまり……その……」

 「今は平気よ。最初は、お父様も裸だったし、驚いたけど……
今は平気よ」

 二人の会話にブラウン先生が割り込む。

 「どうしたんですか?」

 「いえ、サンドラが……お父様と一緒のお布団には抵抗がある
みたいで……」
 カレンが説明すると……

 「困りましたねえ。私としてはカレンの時と同じようにパンツ
くらい穿いてもいいですけど、あなたの方はすっぽんぽんでない
と困るんです」

 ブラウン先生に見つめられ困惑するサンドラに、カレンが……
 「大丈夫よ。先生は何もしないから……」

 「う、うん……」
 とは言ったものの、サンドラの不安が解消されたわけではない。

 「どうしたんですか?私が何か変なことをするとでも思ってる
んですか?随分、失敬な話ですね。大丈夫ですよ。もし、そんな
ことしていたら、ここは孤児院じゃなくて乳児院になってます」
 ブラウン先生の中途半端な冗談も、勿論、問題の解決にはなら
なかった。

 お尻叩きのあんな激しい痛みにだって耐えたサンドラだったが、
今は信じられないほどおどおどしていた。

 「困りましたねえ、父上はすでに帰ってしまわれたし……でも、
今ならまだ、追いつくかもしれませんね。馬車を手配しましょう」

 ブラウン先生が、わざと動いてみせる。
 すると……

 「大丈夫です」サンドラの大きな声。
 でも続いて、囁くように……
 「わたし……できますから」

 やはり、サンドラはどうしてもここで暮らしたかった。だから、
このハードルも何とかしなければならなかったのである。

 「そうですか」
 ブラウン先生はサンドラからの予期した通りの答えを聞いた後、
しばし考えてから、こう命じたのだった。

 「サンドラ、だったら、ここで全ての衣装を脱ぎなさい。……
下着も全てです」

 厳としたブラウン先生の……いや、お父様の声に、サンドラは
選択の余地を奪われる。

 彼女は、アンと一緒に暮らしたいからここを選んだのだろう。
ブラウン先生は関係ない。だから、彼女にとってブラウン先生は
赤の他人の男性。そんな男性の前で思春期の少女が裸になること
がどんなに辛いことか……
 でも、そんなことは百も承知で、先生もまたサンドラに向って
裸になるよう命じたのだった。

 「私は、あなたがどうしても私の娘になりたいというから準備
したんですよ。お仕置きのあった夜は私と裸でベッドを共にする
あなたにも教えておいて我が家のしきたりですよ。上の空で聞い
ていたんですかね」
 ブラウン先生に責められるとサンドラは下を向いてしまう。

 「………私の家の娘たちは全員それができるから我が家の娘で
いられるんです。あなただけそれができない。やらなくてもいい
なんてことにはなりませんよ」
 再び凛とした声が部屋に響く。

 ブラウン先生の言葉は世の中ではともかく、この屋根の下では
正論だった。
 だから、サンドラも反論できないのだ。

 何も言えない彼女は、この時立ったまま泣き出した。大粒の涙
をこぼし、気がつけば声を震わせて泣いている。

 「えっ……どうしたの?」
 突然のことが、カレンの目には意外に映る。

 これまで、勇気と向こう気とはったりと…とにかく色んなもの
が、ない交ぜになった行動力で、周囲の大人たちを驚かし続けて
きた彼女が、初めてみせた普通の少女としての姿だった。

 しかし、そんな彼女にブラウン先生は同情しなかった。
 正確には、同情する素振りを見せなかった。

 「カレン、その子を裸にしなさい」

 「えっ!」

 「あなたは、学校では規律風紀委員。ここでは一番年長の娘で
しょう。そのくらいは手伝いなさい」

 「あっ……はい」
 カレンは戸惑いつつもお父様の命令に従う。
 そして、サンドラのブラウスのボタンにそっと手を触れてみた。
 『ひょっとしたら、私の手をはねつけるんじゃないかしら』
 そんなことを思いながら……

 すると、サンドラへお父様の更なる強い言葉が飛ぶのである。

 「あなたは、今、私の娘なんですよ。アルフレッド=アモン氏
の娘ではないのです。それが嫌なら、今すぐこの家を出て行きな
さい」

 強い意志には強い言葉。目には目、歯には歯ということだろう
か。不思議な事に泣き虫サンドラの心の中にあった氷塊が一瞬に
して解けていく。

 彼女はカレンの手を借りず自ら服を脱ぎだしたのである。

 そして、一糸纏わぬ姿になったサンドラをブラウン先生は自ら
の膝の上に呼び寄せた。

 「めそめそ泣くなんて失礼ですよ」
 「……パン……」
 「そもそも子供が親を信頼しないでどうしますか」
 「……パン……」
 「ベッドで一緒に抱き合ったからって……」
 「……パン……」
 「何が起こるっていうんですか」
 「……パン……」
 「あなた、そんな信用できない親の処へ来たんですか?」
 「……パン……」
 「私は人買いじゃありませんよ」
 「……パン……」
 「まったく……何かあるんじゃないかなんて……」
 「……パン……」
 「そんな不純な事、考えること自体、無礼千万な恥知らずです」
 「……パン……」

 スナップをほんのちょっぴり利かせた平手がサンドラのお尻を
捕らえ、その破裂音が高い天井に木霊した。
 すでに、ベスとカレンによって十分すぎるほど暖められていた
お尻が痛くないはずがないが、サンドラはお父様のお小言を歯を
食いしばって耐え続けたのである。

 すると、ここでブラウン先生の声のトーンが変わる。
 「痛いですか?だったら、泣きなさい。それが自然でしょう。
あなた、痛いんでしょう。もう、ゲームは終わったんですよ」

 こう優しく言われて、サンドラは頭を撫でられた。
 ところが、次の瞬間……

 「パン!!!」

 それは男の一撃。女性たちとは比べ物にならないほど強い衝撃
だったから、思わず……
 「いやあ~~~」

 息継ぐ暇もなく次が……
 「パン!!!」
 「ごめんなさ~~~い」
 サンドラは必死に両足をバタつかせる。

 「パン!!!」
 「もうしませんから~~~いやあ、いやあ、もうしないで~」
 サンドラが山荘へ来てお尻をぶたれて初めて泣いた声だった。

 「けっこう、けっこう、元気な産声でしたよ。それが当たり前
です。お尻をぶたれたら泣く。ごめんなさいを言う。それが子供
の当たり前です。これからは、その当たり前を私の前でしてくだ
さいね」

 「はい、お父様」

 サンドラは鼻水をすすり上げながら答えたが、ブラウン先生は
満足だった。

 「はい、いい声です。あなたは私との賭けに勝って、私の娘に
なったんですから、これからは、お尻を叩かれても、我慢しては
いけません。たくさん、たくさん、ごめんなさいを言って泣いて
ください。それがあなたにとっても、とっても楽なこと。幸せな
ことなんですよ」

 「パン!!!」
 「いやあ~~~ごめんなさ~~~い」

 「パン!!!」
 「もうしませ~~ん」

 「パン!!!」
 「いい子になりますから~~~」

 「パン!!!」
 「あ~~ん、痛い、痛い、痛い」

 「よう~く、覚えておきなさい。これが、お父様の痛みです。
女の人たちとは痛みが違うでしょう。これがあなたを愛している
お父様の痛みですよ」

 「パン!!!」
 「あ~ん、痛い、痛い、痛い、わかりました。ごめんなさい」

 「パン!!!」
 「あ~~ん、もうしないで、ぶたないで……」

 「パン!!!」
 「いい子になります。いい子になりますから~~~」

*************************

 カレニア山荘で最初の産声をあげたサンドラは、ベスが持って
きたタオルケットに全身をすっぽり包まれ、お父様に抱きかかえ
られて部屋を出る。
 そして、そのままお父様の寝室へ。

 肌触りの良いタオル地に素肌をさらし、大きな枕に頭を埋める
と、それまでの疲れが一気に出たのだろう、カレンと先生が見守
るなか、すやすやと寝息を立てた。

 先生は、しばらくサンドラの寝顔を飽きずに見ていたのだが、
そのうち、カレンに向ってこんなことを言うのである。

 「この子は、『自由になりたい』『自由になりたい』とうわごと
のよう言って家に来ました。きっと、自由は幸せとイコールだと
思っているのでしょう。でもね、カレン。『自由』というのは、
野たれ死ぬのも自由という意味なんです。決して『幸福』と同じ
意味ではないんです。それが証拠に、赤ん坊は母親に全ての自由
を取上げられています。何一つ自由がありません。でも、そんな
彼はこの世の中で誰よりも幸せな場所にいるのですよ。だって、
何もできないのに何をやっても喜ばれる人って大人にはいません
もの。この子には、まずそんな体験をさせてやりたいんです」

 お父様の言葉がカレンの心に残った。
 そして、その言葉のままのことが翌朝から起こったのである。

*************************

 翌朝、サンドラはすでに恥ずかしい裸ん坊ではなかった。
 昨夜、彼女が寝ているうちにブラウン先生とベスよって立派な
衣装を着せてもらっていたのである。

 「サンドラちゃん。おっきですか?」

 サンドラが目を覚ました時、そこに飛び込んできたのはお父様、
つまりブラウン先生の笑顔だった。

 彼女は、その顔に一瞬驚き……、昨夜のことを思い出し……、
納得してから、おっかなびっくりブラウン先生にご挨拶する。

 「お…おはようございます。お父様」

 昨日のお尻がまだ痛いが、今の問題はそういうことではない。

 「えっ!?」
 裸で寝たはずなのに、身体がやけに窮屈なのだ。

 「えっ?これって、パジャマ?」
 彼女は右手を見て思った。

 しかし、その右手はどこにも出口がない。自分の右手はすべて
衣装の中にくるまれていて、指先を外に出すことができないのだ。

 「……?……」
 それだけではない。腰回りやお尻回りの辺りがやけにもぞもぞ
とする。

 「(どういうこと?)」
 心の中で感じた疑問にブラウン先生が答える。

 「今日からしばらく間、あなたには赤ちゃんになってもらう事
にしました」

 「えっ?」
 サンドラは目が点になった。
 誰だっていきなりそんなこと言われたってわかるはずがない。
今の今、こうした格好をしている自分がわからないのだから。

 「すでに、あなたにはオムツがあてられています。お洋服も、
特注品です。アンナとベスが徹夜で縫ってくれましたから、……
感謝してくださいね」

 「えっ!?どういうことですか。説明してください」
 サンドラが語気荒く迫ると……

 「だから、あなたは、今、赤ちゃんの格好をしているわけです。
これからしばらくはその格好です」

 サンドラは慌てて自らの衣装を確認する。

 「えっ??………………」

 それは、タオル地で縫い上げられた特注のロンパース。
 上下一体になっているうえに両手が外に出ないから、いったん
着せられると自分で脱ぐことは絶対に不可能な拘束衣だった。
 しかも、この感触では中でオムツをしているみたいだ。

 と、ここで、サンドラはある事実に思い当たって愕然となった
のである。
 「……(ということは……えっ!!!!)」

 「あのう……わたしの穿いてるオムツって……誰が穿かせたん
ですか?」
 サンドラは、あまり気が進まなかったが、疑問をそのままにも
していられないから尋ねてみる。

 「私ですよ」
 ブラウン先生が、あっさり……

 「!!!!」
 サンドラにとって、それは最も聞きたくない答えだったに違い
ない。

 「ええ、私があなたに穿かせたんです。それがどうかしました
か?」

 すまし顔の先生に、サンドラの表情は、当然、硬かった。
 「!!!!」

 「驚くことはないでしょう。こうみえても、私は子だくさんの
お父さんですからね。他人に任せっぱなしじゃなく、多くの子供
たちのオムツを自分で替えてきましたから、もう、ベテランです。
大丈夫、きっちりはまっています。安心していいですよ」

 ブラウン先生は得意げだが、サンドラの関心は、もちろんそこ
ではなかった。

 「!!!!」

 「おや、どうかしました?顔色が悪いようですが?」

 とぼけた笑顔を挟んでブラウン先生は続ける。
 「……わかってますよ。……恥ずかしい思いをさせられたって
思ってるんでしょう。『私は赤ちゃんじゃない』ってね」

 こう言うと、サンドラは恨みがましく上目遣いにブラウン先生
を見つめるが……

 「……でも、仮に私がお医者様でそんな検査を命じたら………
あなたはどうしますか?」

 「えっ!?…………」

 「拒否しますか?……それとも、病気だから仕方ないですか?
……私だって、この先もあなたをずっと守り続けなければならな
いお父様という仕事をしているんですよ。お医者様と同じように
あなたに関する情報は何でも必要なんです」

 「………」
 サンドラは悲しげな目で下唇を噛んだまま押し黙ってしまう。

 「それについては、私も最初考えました。このまま、12歳の
少女としてスタートさせてあげるべきじゃないかってね。でも、
ここであなただけを特別扱いしたら、この先だって、お互い遠慮
が出ます。それって、やっぱりまずいと思ったんです。ですから、
あなたも他の子と同じように赤ちゃんから始めてほしいんですよ」

 「ずっと……」

 「いえいえ、あなたが私に心を開いて、すべてを受け入れてく
れるようになれば、それでいいんです。そうなれば、お互い今の
年齢で暮らせると思いますから……」

 「…………」

 「おや、おや、そんな悲しい顔しないで……私の見るところ、
あなたは頭のいい子だ。分別も決断力もありますからね。こちら
の期待にも、すぐ応えられるはずです。そんなに長い間にはなり
ませんよ」

 「どのくらい?」

 「そうですねえ、一週間くらいでしょうか」

 ブラウン先生の答えに、サンドラの心は、やはり……
 『そんなにかかるんだ』
 と思うのだった。


********************(2)****

第9章 新しい仲間(1)

**************
第9章のタイトルを「新しい仲間」に
変更します。
**************

<< カレンのミサ曲 >>

************<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン<Ralph Morgan >
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<カレニア山荘の使用人>
ニーナ・スミス<Nina>
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。
ベス・バーガー<Elizabeth Berger>
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
ダニー<Denny>
……下男(?)カレニア山荘の補修や力仕事をしている。
アンナ<Anna>
……カレニア山荘で長年女中をしている。
グラハム<Graham>
……カレンの前のピアニスト

<カレニア山荘の里子たち>
リサ<Lisa >
……(2歳)まだオムツの取れない赤ちゃん。
サリー<Sally>
……(4歳)人懐っこい女の子。
パティー<Patty>
……(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋。
マリア<Maria >
……(8歳)品の良いお嬢さんタイプ
キャシー<Kathy>
……(10歳)他の子のお仕置きを見たがる。
アン<Andrea>(注)アンはアニー、アンナの愛称だが、先生が、
アンドレアをアンと呼ぶからそれが通り名に……
……(14歳)夢多き乙女。夢想癖がやや気になる。
ロベルト<Robert>または ~ロバート~
……(13歳)端整な顔立ちの少年
フレデリック<Friderick>本来、愛称はフリーデルだが、
ここではもっぱらリックで通っている。
……(11歳)やんちゃな悪戯っ子。
リチャード<Richard>たまにチャドと呼ばれることも……
……(12歳)ポエムや絵画が好きな心優しい子。

<先生たち>
ヒギンズ先生<.Higgins>
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。
コールドウェル先生<Caldwell>
……音楽の先生。ピアノの他、フルートなどもこなす。
シーハン先生<Sheehan>
……子供たちの国語とギリシャ語の先生。
アンカー先生<Anker>
……絵の先生。
エッカート先生<Eckert>
……数学の先生
マルセル先生<Marcel>
……家庭科の先生

<ブラウン先生のお友達>
ラックスマン教授<Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
ビーアマン先生<Biermann>
……獣医なので先生とは呼ばれているが、もとはカレニア山荘で
子供達のお仕置き係をしていた。今は町のカフェの店主。
アンハルト伯爵婦人
……戦争で息子を亡くした盲目の公爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール
……ルドルフ・フォン=ベールの弟
ホフマン博士<Hoffmann>
……時々酔っ払うが気のいい紳士

<ライバル>
ハンス=バーテン<Hans=Barten>
……アンのライバル、かなりのイケメン。
サンドラ=アモン<Sandra=Amon>
……12歳の少女ピアニスト。高い技術を持つがブラウン先生の
好みではない。師匠はカール・マクミランという青年。継母

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル(ルドルフ・フォン=ベール)
……カレンにとっては絵の先生だが、実はピアノも習っていた。

*****************************

第9章 新しい仲間

§1 カレンの学校生活/新しい仲間

 カレニア山荘は裏庭を挟んで寄宿舎付きの学校を併設していた。
日本でなら小1から小4に該当する初等学校と小5から中3まで
の中等学校。

 ブラウン先生がよく『チビちゃん』と呼ぶのはこの初等学校に
通う子のことだ。もっともカレニア山荘では、この二つの学校に
はっきりした区別はなく、廊下に白い線が引いてあるだけで建物
も共通だった。

 生徒はブラウン先生の里子たちのほか、村の子供たち、へき地
から来て寄宿舎住まいの子、町から通う子などさまざま。ただし、
生徒数は全校合せても五十人足らずとこじんまりしていた。一学
年一クラスで4人から6人といったところだ。

 ブラウン先生が理事長を務める私塾といった感じの所帯だが、
これでも国から認可を受けた正規の私立学校だったのである。

 そんなこともあって、専任の先生は少なく、多くの教師が他の
学校との掛け持ち。ここには週に一二度顔を出すだけだった。

 先日、アンとカレンがお仕置きされた際、ブラウン先生がわざ
わざその席に学校の教師達を招いたのも……
 『ブラウン氏は伯爵に関わったというだけで娘二人を折檻した』
 という事実をアルバイトの先生方を通じて街中に広めてほしか
ったからなのだ。

 そんななか、ここに住んで専属の教師として教鞭をとっている
のは、アンの師匠で音楽担当のコールドウェル先生。国語とギリ
シャ語のシーハン先生。美術のアンカー先生。数学のエッカート
先生。それに家庭科のマルセル先生ぐらいなものだった。

 あっ、そうそう、一人忘れていた。

 いつも庭弄りばかりしているニーナ・スミスが、実はこの学校
の校長先生だったりするのだが、これもいわば便宜上の処置で、
実質的な彼女の仕事は子供たちのお仕置き係り。それがない時は
ひたすら庭弄りの日々だった。

 そんな学校にカレンは通い始めていた。

 同じ歳の子はすでにこの学校を卒業して、全寮制の実科学校に
編入している。そこで大学入学資格を得て大学へ行く算段になっ
ていたのだが、彼女の場合、音楽ばかりか他の教科も怪しかった
ので、ブラウン先生としては、ここ二年ほどかけて教養をつませ、
それから送り出そうという目論を立てていたのである。

 だから、学校に通っていると言っても彼女の場合は特例だから
常にマンツーマンの授業。脇見なんて絶対にできなかった。

 そんなことをしたらどうなるか。

 1960年代のヨーロッパでは、そんな些細なことでさえ鞭の
対象だったのである。

 席から立って先生の前で両手をさし出し、両手のひらに伝わる
籐鞭の衝撃を我慢しなければならない。もちろん、痛いからって
手をひっこめるなんてご法度だった。

 もし、そんなことをしたら、今度はお尻へ……なんてことにも
なりなかねない。

 たとえ、カレンみたいにマンツーマンじゃなくても、昔の学校
というのは、今のように『さあ、みんなで楽しくやりましょう』
って雰囲気じゃなかった。

 授業は常に真剣勝負。お互い隙を見せてはいけないのだ。もし、
先生が隙を見せたら、教室はすぐに手がつけられないように混乱
するし、生徒が隙を見せたら、鞭でぶたれる。

 チビちゃんたちだってそこは同じで年齢は関係ない。もちろん
先生も幼い子にはそれなりの手加減はするものの、一年を通して
一度も鞭をもらわないなんて可哀想な子はどこにもいなかった。
今の人は鞭を刑罰と思っているみたいだが、当時はこれも立派な
愛情表現。親や教師から鞭を受けないというのは愛されていない
のも同様だったのだ。

 学校や教師に鞭はつきもの。台所にお鍋があるのと同じくらい
当たり前だと、親や教師だけでなく子供を持たない一般の人たち
でさえそう思っていた時代、学校で子供の悲鳴が響いても驚く人
は誰もいなかったのである。

 『また、キャシーね。今度は何やらかしたのかしら?』
 カレンは女の子の悲鳴を聞いて廊下に出てみる。

 彼女はこの学校にいる最年長の生徒ということで規律風紀委員
を任されていた。

 こう言うともっともらしく聞こえるが、要するに、やる仕事は
子供たちのお仕置き補助係。悪いことをしている子を見つけては
先生に密告したり、先生のやっているお仕置きをサポートしたり
する係のことだ。早い話、みんなの嫌われ者の係だった。

 悲鳴で飛び出したのも、先生に腕を引っ張られてお仕置き部屋
へ連行される子が恐怖のあまり悲鳴を上げていやいやをすること
はよくあることで、そんなことかと思って廊下へ出てみたのだ。
 もし想像した通りなら、役目上、先生と一緒にキャシーをお仕
置き部屋へと連れて行かなければならなかった。

 ところが……
 声の主だと思ったキャシーが平然とこちらへ歩いてくるのだ。

 面食らったカレンはキャシーに尋ねた。
 「ねえ、誰の声?」

 すると、キャシーは…
 「知らないわ。知らない子よ。何だかお母さんに抵抗してるわ」

 事情の分からないカレンはその悲鳴の場所へ行ってみることに
……ところが……
 『どういうことよ。どうしてあなたがここにいるのよ』

 カレンが見たのは、アンが3位になった演奏会から一緒に帰っ
てきたサンドラだった。
 サンドラは継母から両手を引っ張られてどこかへ連れて行かれ
そうになっていたが、それに必死に抵抗していたのである。

 「いいでしょう、私がどこで暮らしたって……どうせあんたは
私がどっかにいなくればそれでいいんだから、ちょうどいいじゃ
ない」

 「馬鹿言わないでちょうだい。お父様に相談もなく、こんな処
にあなたを置いて帰れますか、いい恥さらしだわ」

 カレンはそんな親子の会話を聞いたが、揉め事のさらに先で、
ニーナ・スミスがカレンに向って首を振るので、この時はその場
を離れたのである。

 『どういうことよ。彼女、私たちの学校に来るつもりなの?』

 カレンは大人の話に立ち入れないのは承知していたが、知合い
のことでもあり、にわかにとっても心配になったのだった。

 そこで、その夜、お父様にそのことを尋ねてみると……

 「その件ですか……私も困ってるんですよ。サンドラから数回
私宛に手紙が来ましてね。こちらの様子を見てみたいというもん
ですから、軽い気持で遊びに来なさいと言ってしまったんです」

 「それで、ここに来てたんですか」

 「お母さまを連れてね。おまけに、あちこち見て回ったあげく
いきなりお母さまに向って、『入学手続きをしろ』ですからね。
ニーナが驚いてましたよ」

 「それで、もめてたんですね」

 「あちらのお宅は良家。家(うち)のような孤児院みたいな学校
への入学を向こうのお母さまが賛成するはずもありませんから」

 「うちは孤児院なんですか?」

 「あれ、あなた、今まで知らなかったんですか?これはまた、
随分と幸せな人だ」
 ブラウン先生は笑った。というより吹いたといった感じで笑顔
を作ったのである。

 「この家に住む子供たち。みんな身寄りのない子ばかりですよ。
あなたにしたところでそうでしょう。寄宿舎にいる子供達も親元
に事情があって預かってる子が大半なんです。そりゃあ、村人の
子供達や町からも何人かやってきますが、半数以上は寄る辺なき
身の上の子供達なんです」

 「それで……」
 カレンは、これまで周囲の子供たちがみな幸せそうにしている
から、肝心なことを忘れていたのである。

 「おまけに彼女、ここを母親に音楽学校だって説明したらしい
んですが、ここは別に音楽学校ではありません。たしかに、私が
こんな仕事をしているので、子供たちに楽器は習わせていますが、
別にプロにするつもりはありません。アンの場合はたまたま才能
に恵まれていたので、特別なんです」

 「それって……わたしも……」
 カレンが恐る恐る尋ねてみると……

 「もちろん、あなただってプロを目指す必要はありませんよ。
今、やっているピアノの教本だって、あなたの花嫁資金の一部に
なればと思ってやってるだけなんですから。女の子は何と言って
も花嫁さんが目標でしょう。男の子は好きな仕事に着くのが一番
幸せな道です」

 ブラウン先生はここまで言ってカレンの顔に気づいた。

 「あれ、浮かない顔になりましたね。いいんですよ、私がこう
言ったからって……音楽の仕事がしたければ、それはそれで援助
しますよ」

 ブラウン先生はこう言ってから、カレンの瞳を刺すように見つ
め、こう続けるのだった。

 「ただし、『自分がピアノで有名になれば、実の母親が会いに
きてくれるんじゃないか』なんて考えで始めるのならやめなさい。
……サンドラにはこう言ってあげたんです」

 「…………」
 カレンは自分の心を先生に射抜かれた気がしてハッとなった。

 「音楽のプロというのは、そんなに甘い世界じゃありません。
才能があって、努力した人でも必ずしも成功するとは限らない。
執念も運も必要な世界なんです。まだ見ぬお母様を探すだけなら、
別の事業で成功して、たくさんの探偵を雇う方がまだ近道ですよ。
ってね」

 「…………」
 ブラウン先生の忠告はサンドラだけでなく自分にも向けられた
メッセージだと、カレンははっきり理解したのだった。

**************************

 そんなことがあったから、サンドラの件は当然白紙になったと
カレンは思っていた。

 ところが二週間ほどした夜のこと。屋根裏部屋で勉強していた
カレンはいきなりベスから呼び出しを受けた。

 「お父様からお呼び出しよ」

 「えっ!?……」
 カレンが驚くと……

 「あなた、何か悪いことしたんじゃないの?……私も呼ばれて
るもの……」

 ベスに言われて、カレンの胸は高まる。そこで、道々考えたが、
お父様から叱られる心当たりもない。
 でも、やっぱり不安だった。

 書斎の前まで来ると、いつもは開いてる扉が閉じられている。
 その扉を前にしてカレンは心臓が飛び出る思いだったのである。

 今の人は家長の強い家に育っていないので、その感覚がわから
ないだろうが、当時は、たとえ16の娘でも、父親がお仕置きと
決めれば、理由のいかんに関わらずそれに逆らうことはできない
というのが家のルール。

 そんなわけで、カレンがびくつきながら書斎へ入っていくと…。

 「ああ、お二人、待ってましたよ」
 ブラウン先生のいつに変わらぬ声。

 あたりを見回すと、サンドラがいる。もちろん、これだけでも
驚きだが、そこにはもう一人、人品卑しからぬ感じの中年紳士が
席を占めていたのである。

 「ベス、カレン、紹介します。こちらはサンドラのお父さん、
アルフレッド=アモンさんです」

 ブラウン先生の言葉を受けて、紳士はソファから立ち上がり、
ベスと…そしてカレンと握手を交わす。

 「アルフレッド=アモンといいます」
 「ベス・バーガーです」
 「カレン、アンダーソンです」

 ごく自然な挨拶だけだと思いきや、ロマンスグレーのこの紳士
は、この時二人がまだ知らない事を付け加えたのである。

 「お二人とも思う存分やっていただいてかまいませんよ。……
手加減の必要はありませんからね」

 この言葉がカレンには謎として残ったのである。

 「実は、こちらのお嬢さんが、ここにいるお父様の意向に反して、
カレニア山荘に移り住んで、学校にも行きたいと言ってきかない
んですよ。そこで、見学だけじゃなく、ここのしきたりについて
も学んでいただこうと思いましてね。それでお二人をお呼びした
わけなんです」

 ブラウン先生はこう言ってベスとカレンに事の次第を説明した。

 『しきたり…って何よ。それってお仕置きのことじゃないの。
私たちにサンドラをお仕置きしろっていうの?』

 カレンは思った。そして、その結論は正しかったのである。

 気がつくとベスはカレン以上に飲み込みが早いようで、すでに、
何時もお尻叩きの時に使っているピアノ椅子に腰を下ろしている。

 「先生、その子の罪状は何なんです。私だって、何の罪もない
子を叩くってわけにはいきませんから……」

 「おう、やってくれますか」
 先生はしてやったりといった笑顔。

 「罪状はもちろんありますよ。ご尊父に対する命令違反です。
子供にとってお父様に背くことは重罪ですからね。お尻叩き……
50回くらいは当然でしょうか。……でも、今回は30回で止め
てください。残り20回は、カレンにやってもらいますから」

 ブラウン先生はベスに事情を説明すると例によってにこやかに
笑う。
 さらにはサンドラを自分の前に立たせると、その両肩を鷲づか
みにして……

 「いいですか、痛かったらすぐにお手々でお尻に蓋をしなさい。
それで、すぐにお父様の処へ帰れますからね」
 こう注意したのである。

 しかしサンドラは強い視線でブラウン先生の微笑みを跳ね返す。
 彼女はそうなることを望んでいなかったからだ。

 サンドラは先生の前で一つ頷くと、自らベスの膝に横たわる。

 『覚悟はできてる』
 そんな感じだった。

 一方、ベスは最後に、実父であるアモン氏に軽く会釈する。
 すると、彼もまたそれを見て小さく頷き、笑顔を返した。

 こうして、サンドラにとってはカレニア山荘で受ける初めての
お仕置きが始まったのである。

 「さあ、いくよ」

 ベスはうつ伏せになった少女に一声かけ、スカートを捲り上げ
ようとした。ところが……

 「ベス、今日は向きが違いますよ」
 ブラウン先生が注意する。
 「私ではなく、この子のお父様の方を向けなさい」

 「あっ、そうでしたね」
 ベスはさっそく軌道修正。アモン氏にとって娘のお尻が正面に
くるよう身体の向きを変えると……

 「(あっ)……」

 今度は何も言わず、サンドラがその事に焦って身体を硬くする
のを楽しむかのようにスカートを一気に捲り白い綿のショーツを
ポンポンと小気味よく叩き始めた。

 サンドラは、もうそれだけで十分に、
 「(恥ずかしい)……」
 と思ったが、もちろん、これはほんの序の口。

 10回くらい叩いたところで……
 「(いや!!、やめてょ!!)」
 思わず声が出そうになる。
 身体をよじって確認したくなったが、それもベスに阻まれて…

 「(あっ、いやあ……)」

 苦しそうな光景を見て、ブラウン先生が……
 「どうしました。恥ずかしいですか?ここではごく普通のこと
なんですよ。あなたのお家ではお仕置きのとき、必ずショーツが
お尻の上にあったんですか?それは残念でしたね。いいんですよ。
無理なんかしなくても……『ごめんなさい』をすれば、今すぐ、
大好きなお父様とお家へ帰れるんですからそれがなによりです。
そうなさいな」

 しかし、こう言われて、サンドラはまた身体を元に戻す。

 結局は、ショーツを剥ぎ取られても我慢するしかなかったので
ある。

 「さあ、少しだけお化粧しましょうかね。……あなたには赤い
ほお紅なんかがお似合いよ」
 ベスにこう言われて、ふたたび、むき出しのお尻を叩かれ始め
たサンドラだったが、その痛いのなんのって……

 「(ひいっ)」
 「(いやぁ)」
 「(だめえ~)」
 そりまでとは違い、一発、一発が、いずれも脳天に響くのだ。

 「(もう、いやあ~~~)」
 「(ごめんなさい)」
 「(いやだあ~~許してょ~~)」
 それは単にショーツを取り払われたからだけじゃない。ベスが
それ以降は手首のスナップを効かせ始めたからだった。

 「(ああああ、死う~~)」
 「(お尻、……お尻がない)」
 感覚が麻痺したサンドラは、一瞬自分のお尻の所在さえ分から
なくなった。

 それでも、彼女はブラウン先生との約束を守って声を立てない。
ただ、その代償として……

 「あらあら」
 ベスの顔が呆れ顔になる。

 お尻への痛みを少しで逃がそうと、無意識に大きく足を開いて
バタつかせるもんだから大事な処が丸見えになっているのだ。

 「(おやおや、まだまだ子供ね)」
 ベスは心の中でつぶやきながら……
 「さあ、それじゃあ、仕上げに掛かりましょうか」
 ベスはそう言ってスカートのポケットから手持ちのハンカチを
取り出そうとした。
 ところが……

 「あっ、ベス、ちょっと、待ってください」
 ブラウン先生が慌ててベスを止める。

 そこでカレンは、思わず……
 『よかった、やめるのね』
 と思ったのだが……

 しかし、現実は……

 「今日はお客様ですからね。これを使ってください」
 先生は、自らの汚れていないまっさらのハンカチを取り出して
ベスに渡しただけだった。

 ベスは先生の真似をした笑顔でそれを受け取ると、サンドラの
鼻をつまんで口の中へねじ入れる。

 「うんんんんんん」
 これで、声を出そうにも出なくなったわけだが……

 「これで、声はでませんけど、逃げ出したくなったらいつでも
お膝を飛びのきなさい。……それで、すぐに終了です」

 先生は最後まで意地悪な助言をして元の席へと戻っていくが、
サンドラは自らの姿勢を崩さない。
 意地なのか、信念なのかはわからない。ひょっとしたら、引っ
込みがつかなくなっているだけかもしれない。しかし、ガッツの
ある子だということだけはブラウン先生も認めないわけにはいか
なかった。

 そして、最後の仕上げ……

 「ピシャ」
 甲高い音が高い天井まで響く。

 「うっっっっっ」
 猿轡を噛まされているので声は出ないが、身体は正直だから、
最初の衝撃では今までの二倍以上も可愛いお尻がベスの膝の上で
ジャンプする。

 もちろん、サンドラだって『逃げようか』と思わないわけでは
ない。
 しかし、今さっき彼女が動いたおかげで、逃げようにも大女の
丸太のような太い腕がニシキヘビのように絡んで、少女の身体を
膝の上から逃がしてくれないのである。

 「(いやあ、死ぬ、死ぬ、)」
 サンドラは心の中で叫ぶ。
 そうしているうち、次の一撃がやってきた。

 「ピシャ」
 また、甲高い音が天井まで響く。

 「うっっっっっ」
 今度は最初より身体の動きは小さくなったが、その分、意識が
ぼやける。
 気が遠くなりそうだった。

 『このまま、気が遠くなってしまえばいいのに』

 サンドラは期待したが、すぐにその期待も裏切られる。
 気付け薬代わりに次の一撃がまたすぐにやってくるのだ。

 「ピシャ」
 「うっっっっ」
 声は出さなくても涙と鼻水はすでに止まらなくなっていた。
 全身に電気が走るようなその痛みは、天井へ響くその音と一緒
に自分も昇天しそうに思えたのである。

 「さあ、私の分は終わりましたよ」

 こうして、きっちり30回。サンドラは地獄の責め苦を耐え抜
き、その身体は父親の胸の中に下げ渡される。

 当然、父親は……
 「もう、いいだろう。帰ろう」
 と、言ったのだが……彼女はガンとして首を縦にはしなかった。

 他の子なら泣き喚いていてもおかしくないこの状況で、彼女は
抱きしめられた父親の胸の中からその瞳でファイティングポーズ
を取るのである。

 それは、ブラウン先生には頼もしく見え、カレンには恐ろしく
見える瞳だった。

 「いいでしょう。やりましょう。……カレン、今度はあなたの
番ですよ」

 ブラウン先生に名指しされて、むしろ怯えているのはカレンの
方だった。
 だから、カレンはサンドラを膝の上に乗せると、いったん父親
によって戻されていたショーツの上から叩こうとする。

 「カレン、あなた、そうでしたか!?ちゃんと教えたとおり、
作法通りにしなさい」

 「ごめんなさい」
 サンドラに膝の上でしっかりとしがみつかれ、ブラウン先生に
も注意されて、びくつくカレン。
 もう、最初から、どちらがお仕置きを受けているのかわからな
かった。

 そんななか、勇気を振り絞ってカレンはサンドラのショーツを
剥ぎ取る。
 手荒くやったつもりはなかったが、傷ついたお尻にショーツの
布が擦れて痛いのかサンドラが身体をねじると、思わずカレンの
方から「ごめんなさい」という声になった。

 ブラウン家のスパンキングでお仕置きを受ける側の最後は過酷
だ。とりわけ、女の子には辛い時間だった。
 単に、蓄積した痛みが大きくなって……ということだけでなく
その瞬間はショーツを剥ぎ取られたうえに、両足を大きく開いて
罰を受けなければならなかったからだ。

 当然、女の子の大事な処は、足をバタつかせなくてもお父様に
丸見えだが、サンドラはそのこともすでに躊躇しなくなっていた。
 頭を床近くまで下げ、お尻だけがカレンの膝に乗っかるように
すると、ベスがその両足を大きく開いても何の抵抗も示さなかっ
たのである。

 「今まで叩いていたベスが家の懲罰係。今度叩く子が学校での
懲罰係です。うちは十分に愛情深く育てているつもりなので鞭の
出し惜しみもしませんし、辱めの罰もあります。しかしながら、
世に出た子供が間違いをしでかしたというケースは一件もありま
せんので、それが自慢です」

 カレンが最初の一撃を迷っている最中、ブラウン先生はアモン
氏に家と学校での生活を説明をし始める。

 しかし、これは当初、語るつもりなどなかった。
 サンドラが家に来ることなどありえないと思っていたからだ。

 それが、今……
 ブラウン先生の心に小さな変化が起こっていたのである。

 「カレン、始めなさい」

 ブラウン先生の声にスイッチを入れられたカレンは、サンドラ
のまだささやかに女性器を垣間見ながらお尻を叩き始める。

 与えられた回数は20回、最初はスナップを利かさずゆっくり
と始める。

 「……パン、……パン、……パン……」

 しかし、これだとあまりに緩すぎたのかサンドラが反応しない。

 『おかしいなあ、一度ぶたれてるから、軽くぶっても相当痛い
と思うんだけど……もう少し、強くやってみようかしら』

 今度もスナップはあまり利かさず、少し強めに叩いてみる。

 「……パン、……パン、……パン……」

 しかし、やはり結果は同じだった。

 『えっ、これでもだめなの。六年生の女の子だったらこれでも
十分泣き叫ぶのに……』

 カレンは仕方なく手首のスナップを利かせてぶってみた。

 「……パン、……パン、……パン……」

 ところが、それでもサンドラは平静を装っていたのである。

 『どうしてよ。どうして……これじゃあまるで私が手加減して
るみたいに見えちゃうわ』

 焦り、追い込まれていったのは、ぶってる側のカレンだった。
 彼女はいつしか我を忘れて目いっぱいの力でサンドラのお尻を
叩き始めていたのである。

 「カレン!、カレン!、やめなさい!」

 ベスに言われ、その手を捻り上げられなかったら、いったい、
いくつ叩いていただろうか。
 彼女は約束の20回を三つ四つ越えてからその手を止めたのだ。

 「ごめんなさい」
 我に返ったカレンはとたんに怖くなった。誰にではない。自分
に怖くなったのだ。

 『わたし、どうしちゃったのかしら』

 自問するカレン。しかし、彼女は気づいていなかった。ベスの
ような大女ならサンドラは膝の上に上半身を乗せることができる。
当然、顔の表情なども気にしやすいが、カレンのように小柄だと、
サンドラは頭を床近くまで下げないとバランスがとれない。表情
が読み取りにくい分、自分の平手が効いていないものとカレンは
誤解したのだった。

 それもこれも、サンドラの気迫がカレンの判断を誤らせたとも
言えるのである。

 事実サンドラもその時は必死だった。普通なら彼女だって悲鳴
をあげるような激痛をカレンの膝の上で必死にこらえていたのだ。
 だから、サンドラにしても、終わった後は半狂乱になって父親
の胸の中へ逃げ帰ったのだった。

 「カレン、こっちへ来なさい」

 ブラウン先生がカレンを呼ぶ。
 我を忘れてしまったカレンに対しても、先生は当然のようにお
仕置きだった。

 「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」「ピシッ」

 スカートを捲り上げられ、ショーツを下ろされ、両足を目一杯
開くように命じられて、12歳の少女と同じ姿勢でブラウン先生
の平手を十二回受けたのだった。

 カレンへのお仕置きが終わった後、ブラウン先生はサンドラの
処へやってくる。
 最初は彼女がどんなにここへ来たがっても、父親に談判して、
断るつもりだったが、今は受け入れる気でいる。
 そんなブラウン先生の心の変化を、アモン氏も承知していた。

 父親から質問はこれが何回目だろう。再度、父は娘に尋ねる。
 「ここへお世話になりたいかね?」

 答えはここでも……
 「……はい」
 だった。

 「ここでは、男女も年齢も関係ありません。私の庇護を受けて
いる限り、その子は我が家の子どもであり、我が家のしきたりの
対象です。今日はたまたま痛いお仕置きでしたが、ここでは恥ず
かしいお仕置きだって沢山あります」

 「どんな?」

 サンドラが尋ねるので、ブラウン先生はにこやかに……

 「お尻り丸出しで廊下や居間に立たせたり、浣腸だってします。
あなたのお父様は紳士だからそんなハレンチな罰はなさらないで
しょうけど……」

 ブラウン先生がこう言うとアモン氏も照れながら……

 「大丈夫です。それは私の家でもありますから…………ただ、
問題は……」

 「そう問題は、あなたが、私とは赤ちゃん以来のお付き合いで
ないということです。ここにいる子供たちはカレンを除きみんな
オムツのいる頃からのお付き合いです。ですから、私の前で裸に
なっても傍が思うほど深刻な羞恥心はありません。でも、あなた
の場合はすでに12歳。……今だって、死ぬほど恥ずかしかった
でしょう?」

 「……………」
 サンドラはしばし考えていたが、逆にこんな質問を返してくる。
 「どんな処で裸になるんですか?」

 「居間や書斎や食堂、家の中ならどこでも命じられた場所で裸
になるのが規則です」

 「家の中だけでいいんですね」

 ブラウン先生はサンドラの少し明るくなった声に胸を押される
思いがした。『この子は強い』と思ったのである。
 そこで、もう一押し、こうも言ってみたのである。

 「とにかく、ここへ来たら、私があなたのお父さんです。……
それがどういうことか分かりますか?」

 「…………」
 サンドラの口から答えが出てこないでいると……

 「あなたは私に対していつも丸裸で付き合わなければならない
ということです」

 「……!……」
 ショッキングな言葉にサンドラは思わず顔色を変えてのけぞる。

 「私は、自分の愛する子供たちの隠し事を一切認めていません。
ですから、あなたにもそれを求めます。あなたは、ここで暮らす
他の子供たちと同じ様に心のすべてを私に話さなければならない
し、体に起こったどんなささやかな変化も私に見せなければなら
ないのです。……私の言っている意味が分かりますか?」

 「……は、はい」
 サンドラの心もとない返事。しかし、大事ななことだから先生
は包み隠さず話した。

 「もし私に嘘をつくと、お仕置きより辛い折檻が待ってます。
身体だってそうです。体調の変化や喧嘩、いじめにあってないか
を見るため、絶えず子供たちを裸にします。お臍の下だって例外
じゃありませんよ。だって、私はあなたの父親なんですから…」

 「…………」
 サンドラは思わず唾を飲み込む。きっと、そこまでは予想して
いなかったのだろう。
 しかし、しばらく考えてから、彼女はこう言い返してきたので
ある。

 「大丈夫です。私、先生のところへお嫁に行ったと思うように
しますから……」

 これにはブラウン先生もまいったといった様子で吐息をつく。
そして、少しなげやりぎみに最後の質問をしたのである。

 「説明はこんなところですが、それでもあなたはここへ来たい
ですか?」

 「…………」
 サンドラが、やはり静かに頷いて、この話は決着したのだった。

 「やはり、娘さんの意思は固いようですね」

 「ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします。養育費につい
ては、必要な額をおっしゃってください。銀行の方へ振り込みま
すから……」

 アモン氏はこう言って話しを進めたが、実の娘が家を出たいと
言い出したのだ、それもまだ12歳の娘が…思いはブラウン先生
と同じか、それ以上だったに違いなかった。

 こうして、カレニア山荘始まって以来、初めて、親のいる子が
ブラウン先生と同じ屋根の下で暮らし、同じベッドの中で寝起き
することになったのである。


******************(1)*****

第8章 愛の谷間で(4)

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第8章 愛の谷間で

§4 サッカーと音楽

 次の日、ブラウン先生は四人の従者を引き連れてやってきた。

 昨夜は、ほぼ八割ほども埋まった客席も、今日はブラウン氏と
アン、カレン、それにハンスとサンドラ、そしてニシダ氏の六人
だけ。

 そんな寂しい会場で、アイコはピアノを弾かなければならない。
 試験の前の試験。少女には辛い試練だったかもしれない。
 それでも、昨年の課題曲を三曲、彼女はきっちり弾きあげる。

 ただ、ブラウン氏が、終わってもすぐに笑みにならない。
 普段なら、たとえどんなにお粗末な演奏を聞かされても、必ず
立って笑顔で迎え、労をねぎらうブラウン氏が何やら考え込んで
いるのだ。
 たまらず、ニシダ氏が尋ねた。

 「どうでしょう?」

 すると、先生はそれには答えず、……さらにしばらく考えて、
サンドラを呼び寄せたのである。

 「サンドラ、君にこんなことを頼むのは心苦しいんだが、私は
君のためにホテル代を出しているよね。……そこでだ、その代金
の代わりにここで一曲弾いてくれないか?」

 「えっ!?」
 当初、彼女は驚いたが、すぐに、そんな無理な注文じゃないと
わかって引き受けたのである。

 「曲は?」

 「何でもいいけど、とにかくテンポの速い曲がいいんだろう。
そう、だったら、幻想即興曲をお願いしようか」

 こうして、選手交代。今度は、サンドラがピアノをかきむしり
始めた。彼女のピアノはまさにそんな感じのピアノだったのだ。

 「…………」

 意味の分からないでいるニシダ氏にブラウン先生は……
 「この子のピアノを聞いて、私に感想を言ってくれませんか」

 「…………」
 不承不承で応じたニシダ氏。
 彼の胸のうちには、『ダメならダメとはっきり言ってくれたら
いいのに』という思いもあったようだった。

 そして、サンドラのピアノを聞くうち……
 『やはり、このくらいのテクニックがないとダメってことか』
 などとも思うのである。

 「(それにしても、すっ、すごいな!なんてテクニックだ)」
 ニシダ氏はサンドラのピアノに圧倒されていった。

 だから、曲が終わってブラウン氏に感想を求められた時も素直
にこう言ったのだ。

 「すごい、テクニックですね。やはり、本場は違います。家の
娘と同じ歳だなんて、とても思えませんよ」

 「そうですね。たしかに……でも、あなたのお嬢さんだって、
学院に入って一年もすればこの程度は身につけられますよ。もし、
それが、自分の音楽で人を感動させるのに必要だと思うならね…」

 「……(?)……」
 ニシダ氏は意味が分からず苦笑いを浮かべる。

 「あなたは、チカチカと光る電飾板のような彼女の音の洪水を
聞いて、きっと『凄いなあ~』とは思ったんでしょう。…でも、
そこに何が映し出されていたかを感じ取ることができましたか?
もっと言えば、感動できましたか?」

 「…………」

 「私は他人ですから、お嬢さんの人となりまではわかりません。
でも、そのピアノからは『この曲で万人を感動させたい』という
熱気は伝わってきませんでした」

 「申し訳ありません。まだ、娘は幼いので、そこまでの志は…
…ちょっと……」
 ニシダ氏は娘のために苦しい弁明をしたが……

 「そうでしょうか、ニシダさん。……それは違うと思いますよ。
幼いからこそ、高い志が必要なんです。人が何かをなそうとする
時、最初その胸には『志』しかありませんよ。志のない人に何を
教えても、できあがったものは別物です。決して、美しくは輝か
ないのです」

 「…………」

 「私はね、ああいう姿を見ていると、お嬢さんが同じピアノで
も、クラシックではなくもっと別の使い方をしたがってるんじゃ
ないかと思うんです」

 二人の視線の先には、サンドラやアンやハンスたちに囲まれて
アイコが『猫踏んじゃった』を楽しげに弾く姿があった。
 言葉なんか通じなくても、すぐに打ち解けて、身振り手振りと
ピアノの音だけでみんなを楽しませている。
 そんなアイコの姿に、ブラウン先生は、彼女がピアノに求めて
いるものの違いを感じるのだ。

 「やはり、娘には才能はないと……」

 「いいえ、そんなことはありませんよ。十分、合格は可能だと
思います。でも、どんなに才能があってもそれを開花させるのは
結局のところ本人ですから」

 「ええ、それは分かっているつもりです」

 「音楽院は監獄みたいな処ですからね、二年間、青春を犠牲に
するにはそれなりの決意がなければ不幸になります。………昔の
日本の諺にもあるでしょう。馬を川に連れて行くことはできるが、
水を飲ますことはできないって……私は他人だからそこは客観的
にみてしまいますが……今の彼女は、とても水を飲みたがってる
ようには見えないんです」

 ブラウン先生は説得を試みたが、ニシダ氏は納得できない様子
で……
 「でも、途中で好きになったりすることも……」

 諦めの悪いニシダ氏に……
 「そんな子は見たことがありません。逆はありますよ。最初は
あった志がなえて退学する子は……でも、殺人的なスケジュール
をこなしていく中で、新たな志が生まれるなんてことはまずない
んです」

 ブラウン先生はがっかりした様子のニシダ氏をみつめて『これ
はこれで仕方がないか』とも思ったが、こう言ってみたのである。

 「どうです。私たちと一緒にサッカーを見にいきませんか。…
…ちょうど、母国のチームが、今日の午後、試合しますよ」

 ニシダ氏はサッカーに取り立てて興味はなかったが娘のピアノ
を聞いてくれたことへの返礼もあって応じることにしたのである。

************************

 試合は日本チームが押していた。多くの場面でボールを支配し、
相手ゴールへ迫る。
 しかし、1点がなかなか取れない。

 前半が終わり、後半も半ばを過ぎる頃になると、それまでお付
き合い程度にしか観戦していなかった西田氏にも日本人の血が
騒ぐのだろう、力が入る。

 「おしいなあ、もう少しなのに」

 彼の口からそんな言葉が漏れた時だった。ブラウン氏が意外な
ことを言うのだ。

 「あれ、ちっとも惜しくないんです。シュートコースをすべて
見切られていますからね、何度やっても点は入らないはずです」

 「そういうものなんですか?」

 「ええ、私も学生の頃は音楽とサッカーの二束のわらじでした
から、よく分かるんです。彼らにシュートを決める能力はありま
せん」

 「だって、あんなに攻めてるじゃないですか。そのうち、1点
くらい入りますよ」

 「攻めてるのは彼らの方がテクニックがあるからです。技術書
を紐解き、コーチを雇い、一生懸命練習しますからね。ボールが
支配できて当たり前です。相手は仕事の空いた週末に寄り集まっ
て練習するだけの草チームなんですから、力の差は歴然です」

 「でも、だったら地元チームは健闘してますよ。…いい試合に
なってるじゃないですか。まだ、ゼロゼロなんだし……」

 「それも当たり前です。このフィールドでサッカーをやってい
るのは彼らだけなんですから……」

 「おかしなこといいますね。日本チームだってサッカーをして
るじゃないですか。ほら、一生懸命ボール追ってますよ。じゃあ、
日本チームがやってるこれは何なんですか?」

 「大道芸です」

 「大道芸?そりゃまた手厳しい。いくらゼロゼロで勝っていな
いからって、そこまで言わなくても……」

 「残念ですが、彼らのやっている事を我々の世界ではサッカー
とは呼ばないんです」

 「そんな、何が違うんですか、同じでしょう。まったく同じ事
をしているのに……」

 「違いますよ。全然違います。サッカーというのはシュートを
決めてゴールを奪うスポーツです。誰もが自分のそんな姿に憧れ
て努力を重ねるんです」

 「そのくらいは私にだって分かりますよ。日本人選手だって、
努力は同じでしょう」

 「たしかに努力はしています。ところが、努力の中身がここで
プレーしている選手達は違うんです」

 「違うって、どんなふうに……」

 「同じように努力はしていても、目指しているものが違えば、
結果はおのずと違います。彼らが目指しているのはシュートでは
なくて、監督から『よくやった』と言われること。監督のお気に
入りになることです。彼らにとっては『シュートを決める』とか
『勝つ』というのは、あくまでその結果に過ぎないんです。……
ちょうど、あなたの娘さんのようにね」

 「えっ!!」
 ニシダ氏は思わずブラウン先生の顔を見た。
 すると……

 「ほら、あなたは見損なった」

 「えっ!?、」
 慌ててニシダ氏はグランドを振り返るが、その場面は終わって
いる。

 「今、日本の選手がシュートの打てる位置でボールをもらった
のに打たなかったんです。よりフリーでいる選手にボールを回す
ためにね。彼は誇らしげきっとこう思うでしょう。『監督の意向
にそってプレーができた』とね。でも、本当は、約束以外のこと
を密かに期待されているんです。でないと敵の牙城は落ちません
から。周囲の非難を恐れず、常に新しい可能性にチャレンジする
姿勢は『誰かの為のご機嫌取り』からは生まれないのです。これ
はスポーツであれ芸術であれ同じなんですよ」

 「それは、ひょっとして私の娘に対してもおっしゃっているの
でしょうか?」

 「あなたは気がついていないのです。彼女の本心を……彼女は
クラシックのピアニストになりたいんじゃない。……あなたに、
気に入られたいだけなんです」

 「でも、そ、そんなの馬鹿げてますよ。もう、あんなに大きい
のに……ここへ来るのも、自分で判断して……」
 ニシダ氏はそこまで言うと、言葉に詰まってしまう。
 何か思い当たる節があったようだった。

 「どんな芸事もそうですけどね。自らが真剣に望む事しか叶わ
ないようにできているんです。西欧で一流と呼ばれる選手は幼い
頃にそのボールに触れ、それが自らの力でゴールネットを揺らす
光景に歓喜してサッカーを始めるんです。最初は上手く蹴れなく
て手で投げ入れていた子が、足で蹴らなければならないと言われ、
突き倒してボールを奪ってはいけないと言われ、不正義な審判の
笛に涙し、監督に怒られ、チームメイトに足を引っ張られ、とね、
サッカーを続けるたびにハードルは上がる一方なんです。でも、
それでも、「次は必ず俺がゴールを決めるんだ」と心に誓い続け、
どうしたら、『俺がゴールを決められるか』を思いあぐね、努力
し続けた結果、出来上がったものが外から見ると優雅な舞を舞う
ように見えるんです。サッカーのプレーは究極の機能美ですから。
だから、それは本人の心と身体が備わっていなければ、他人が形
だけを真似ても、結局は、大道芸でしか使えないものなんですよ。
そこのところはサッカーも音楽も同じでしょう。だからこの世界
を目指す者は『監督が好き』『お父さんが好き』ではいけないん
です。『ゴールネットを揺らす事が好き』『ピアノで人を感動させ
ることが好き』と心から思える人でないとものにならないんです」

 「…………」
 ニシダ氏が次の言葉を発する前に試合が動いた。
 終始押されっぱなしだった地元チームが一瞬の隙をついて敵陣
へ駆け上がったのだ。
 それは、どこにそんな力が残っていたのかと思うような全員の
全力疾走だった。

 そして、ゴールが決まる。

 「決めた選手は一人ですけどね、全員『俺が』『俺が』『俺が』
って駆け上がって行きました。みんな点を取ることに飢えてたん
ですね。実に、美しいチームワークだ」

 「チームワーク?」
 ニシダ氏が次に発したのはこの言葉だった。

 「西欧では弱い人間をかばうことがチームワークじゃなないん
です。『俺が』『俺が』『俺が』という飢えた野獣を束ねることが
本来のチームワークなんです。木管にしても、弦楽器にしても、
いずれも世界の一級品です。せっかくの武器を使わない手はあり
ませんよ。足の弱い子はおいていきなさい。それでも、その子が
本当に自分の楽器を愛しているなら、自分で何とかするはずです。
結局、人は自分で歩くしかないんですから……親にできることは、
子供が歩きやすいと思う靴を履かせてやることだけなんです」

*************************

 三ヶ月後、ニシダ氏から手紙が来た。

 「ねえ、Nishidaってあの剥げのおじさんのことでしょう。何て
書いてあるの?」
 アンがソファでくつろぐブラウン氏の首っ玉に抱きつく。

 「娘さんが、ピアノを使ったボードビリアンになったそうだ」

 「ボードビリアンかあ。私もクラシックだめになったらやって
みようかなあ」

 「何だ、もうそんな弱気なこと言ってるのか?」

 「だって、わたし、何やってもて集中心が続かないし……」

 「そもそも、寄席芸人なんてお前には無理だな」

 「どうしてよ」

 「まさか舞台で裸にはなれないだろう」

 「もう、お父様の意地悪~~」

 「とにかく、どんな道でもいったんこうと決めた以上、やりぬ
かなきゃ。お父さん、簡単には諦めさせないよ。もし、この程度
のことで心がぐらつくようなら、お尻にカンフル注射だ。五十回
も叩いたら正気に戻るんじゃないかな」

 「もう、知らない。こんな危ないところにはいられないわ」

 アンは振り返ってあかんベーをしてみせると、ふて腐れた笑顔
を残して居間を出ていくのだった。

*******************(4)*****

第8章 愛の谷間で(3)

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第8章 愛の谷間で

§3 日本という国

 アンの全国大会は3位という結果だった。

 ラックスマン教授やビーアマン先生、ホフマン博士やフリード
リヒ伯爵までもが国際列車でブリュセルまで応援に駆けつけてく
れたのだから、本当は優勝したかったが、ヨーロッパじゅうから
猛者が集まる中での3位なのだからまずまずの成果だろう。

 少なくとも、関係者一同にアン・ブラウンという名前を覚えて
もらうには、それは十分だったのかもしれない。

 そう、アンはこの時、正式にブラウン家の養女となったのだ。

 「養女と言っても、紙切れだけの話です。別に私の財産が引き
継げるわけではありませんから。あれは里子たちの養育費として
残しておかなければなりませんからね。誰にも渡すわけにはいか
ないんですよ。……それでよければ、どうです。………カレン、
いいですよ。あなたも私の養女になってみますか?」

 ブラウン先生は軽口を叩く。
 ちょうどその時、先生はアンとハンス、それにお供で付き添わ
せたカレンと一緒に駅の改札へと向っていたのである。

 すると、見慣れた顔が待合室に見える。
 しかも彼女、何だかとても心配そうな様子だったのだ。

 「どうしました?アモンさん。賞を逃してがっかりでしたか?」

 ブラウン先生はそう言って尋ねたが、サンドラはきりっと口を
閉じて横を向いてしまう。

 「おやおや、嫌われてしまいましたかね。……どうでしょう。
察するに、あなたコンクールとは別のことで何か困りごとを抱え
ているのではありませんか?」

 こう問われると少女は下を向いてしまった。

 「やっぱりそうですか。私はこう見えても、たくさんの子ども
たちのお父さんですからね、そのあたりは察しがいいんですよ。
……時に、マクミラン先生のお顔が見えませんが、どちらに?」

 「先生は急に演奏会の代役を頼まれて、先にボンへ帰っちゃっ
たんです」

 「そりゃまた、随分と薄情ですね」

 「仕方ないんです。契約は今日までなんで……」

 「では、お父様やお母様は?」
 「いるけど……ここへはこないわ。あの人たちピアノに興味が
ないもの。……お父様はいつも忙しい人だし、お母様は継母なの。
私の事なんか知ったことじゃないわ」

 「そうですか?……では、今日の列車で帰るんですか?」

 「それができないから困ってるのよ?マクミランの奴、日にち
間違えちゃって明日のキップ買って渡したのよ。駅の人に頼んで
みたけど、席があいてないからダメだって言うし……ホテル代も
ないから今日はここで野宿かなって思ってたとこなの」

 「そりゃまた大変ですね。そういう事情でしたらどうでしょう。
私たちとご一緒しませんか?同郷のよしみということで……実は、
私たちも明日の切符なんですよ。今日の夜はコンサートを聴いて、
明日はサッカーの試合を見て帰る予定です。もちろん、ホテル代
や入場料くらいは私がもちますよ」

 「えっ!?」
 サンドラは驚き、困惑の顔になった。
 見ず知らずとは言わないまでも、これまでそれほど親しく付き
合いのない大人にいきなり誘われたからだ。

 『ひょっとして人攫い』
 なんて……12歳の少女の脳裏に、一瞬そんな言葉がよぎった
としても不思議ではないだろう。
 だから、答えは容易に出てこないのだ。

 「そうだ、まずはあなたのお宅に電話をしないと……きっと、
あなたのこと、ご両親が心配しておられますよ」
 ブラウン先生は、まず彼女の実家に電話をかけることにしたの
である。

 すると、電話口の相手は丁寧な応対ぶりで、すべてをブラウン
先生に任せると言う。
 そこで、一人増えて五人での道中が決まったのだった。

 「コンサートって?……今、何かやってましたっけ……」
 サンドラが尋ねるので、ブラウン先生は恥ずかしそうに……
 「コンサートといっても有名なオーケストラではないんです。
日本の楽団ですから……」

 「日本って?」
 サンドラが尋ねると……

 「極東の島国よ。中国の先にちょこっとだけある小さな国」
 カレンが最初に説明して……

 「先生は、昔、そこで捕虜になってたことがあったんだけど、
結核になって入院したから他の人たちと一緒には帰れなかったの。
病気は治ったんだけど戦争の混乱で迎えの船が来ないもんだから
三ヶ月間もその国の軍医さんの自宅で同居することになった」
 アンが続く。

 「でも、そこで暮らしがよほど気に入ったみたいで、先生は、
日本人がこちらへ来るたびに世話をやいているんだ」
 ハンスが締めくくった。

 「あまり聞かないけど、その国のオーケストラって上手なの?」
 サンドラの質問に今度はブラウン先生が答えた。

 「残念ながら上手じゃありません。紹介記事を書くのにとても
苦労しますから。でも、一生懸命やっていますからね。つい情に
ほだされてしまうんです」

 「要するに才能がないんだ」

 「それは仕方がありませんよ。彼らは、我々の文化からは遠く
離れた処に住んでいる人たちです。我々なら容易に耳にすること
のできる最上の交響楽団の音を子供の頃に聞いてませんからね。
本物がどういうものか、そもそもわかってないんです」

 「じゃあ、ハーモニーがめちゃくちゃなの?」

 「いえいえ、そんな事はありません。とても綺麗なハーモニー
ですよ」

 「じゃあ、何がいけないの?」

 「音が小さいんです。補聴器が必要です」
 ブラウン先生は笑う。

 「えっ、そんなに……」
 サンドラが真に受けたような顔をするので……
 「冗談ですよ。でも、金管楽器の音量が不足しているのは事実
です。彼らは身体も小さく肺活量が小さいので、金管楽器を吹き
こなすのに苦労しているみたいなんです」

 「日本人って小人の国なんだ」

 「そんな事もありませんが、みんな背は低いです。……でも、
もっといけないのは、その弱い金管楽器を基準に音を組み立てて
しまうことです。彼らは弱い金管楽器が耳障りになってハーモニ
ーを阻害すると思ってるみたいですがオーケストラの音色という
のは弱い処があっても美しく響かせることはできるんです。ただ、
彼らはそうしてできあがった音楽を美しいと感じないから、全て
が整った音であることにこだわるんです」

 「金管パートが弱かったら、後からついてこさせればいいのに
……他のパートが犠牲になるなんておかしいですよ」
 ハンスが言うと……

 「もし、それでも金管パートの人たちがついてこれなかったら?」
 アンが尋ねた。

 「その時は仕方がないじゃないか。今できるところまでで聞い
てもらうさ。金管パートの人たちだって自分たちが遅れていると
思えばそれだけ努力するだろうし………だいいち、そんなこと、
恥ずかしいことでも何でもないもの」

 「ハンス、それはね、私たちの価値観なんです。彼らはそれが
とっても恥ずかしいことだと感じてしまうからできないんですよ」

 「つまらない人たちですね。本来10ある力を、5にも3にも
削ってしまうなんて……」

 「でも、そう捨てたものでもありませんよ。そんな文化だから
こそ、あんな小さな島に一億もの人たちが同居できるんですから」

 「イ・チ・オ・クって?……そんなにいるんですか?」

 「そうですよ。一億人もいるんです。たとえ、トランペットや
ホルンが吹けなくても、サッカーが下手くそでも、仲良く暮らす
ということだけ考えたら、彼らは天才的な技能者集団なんです。
とりわけ、母親の慈愛は凄くてね、我々から見ると、どうして、
こんなにも献身的な愛を子供に注げるのか不思議なくらいです。
ですから、成長した彼らも母親をとっても敬愛していましてね、
彼らは自分の国のことは『母国』とは呼んでも『父国』とは呼ば
ないくらいなんです」

 「故国は母の国ですか」

 「そういうことです。西欧人は日本は国会議員や社長に女性が
少ないから、女性が虐げられていると誤解しているようですがね、
事実は逆なんです。これほど女性の意見が通る国は世界でも珍し
いんですよ。むしろ、ストレスを感じないからあえて責任のある
表舞台には出ないんです。考えてもごらんなさい。夫が稼いだ金
を全部自分の懐に入れて、悠々と家計をやりくりできる国なんて
このヨーロッパにありますか?」

 「えっ!そんなことできるんですか?初耳です。そんな風習が
あるなんて初めて聞きました。……でも、夫はそんなことさせて
大丈夫なんですか?」
 ハンスは先生のご機嫌をとって食いつくように尋ねる。

 「大丈夫ですよ。いくら自分の処にあるお金といってもあの国
の奥さんは自分のものだけ買ったりはしませんからね。だから、
夫だって安心して任せているんです。……政治の世界も同じでね。
女性の代議士がいなくても、労働者出身の代議士がいなくても、
その予算は十分に確保されていますからね、急進的な左翼も育た
ないし女性もあえて代議士を目指さないんです。女性というのは、
本来杓子定規な世界があまり好きではありませんからね。代議士
なんかに誘われても、なかなか腰が重いんですよ。…そんな平和
な国で暮らしていると『いったい、どっちが先進国なんだろう』
って考えさせられることが何度もありました」

 ブラウン先生が日本のことについて話し始めると、止まらなく
なるのは子供たちみんなが知っていること。だからハンスに子守
を頼んで、脇では女の子たちがサンドラと井戸端会議を楽しんで
いた。

 「サンドラ、あなたのお母さんって継母なの?」
 アンが口火を切る。

 ぶしつけな質問にもサンドラはそれほど嫌そうな顔を見せなか
った。

 「ええ、そうよ。ここに来る時だって、玄関に向って『行って
らっしゃい』って言っただけ。私が振り向いたら、もうTIME
を読んでたわ。だから、私が道に迷ったって、探しもしないし、
そもそも迎えに来るような人じゃないのよ」

 「お父様は?」

 「あの人はいつも忙しくて私にはノータッチ。そもそも滅多に
家にいないもの」

 「でも、マクミラン先生にレッスンを受けてるんでしょう?」
 アンに続いてカレンも加わる。
 「そうそう、なかなかハンサムな先生よね」

 「どうだか。あの先生とはビジネスライクなお付き合いなの」

 「ねえ、言い寄られたことってないの?」

 「言い寄るって?」

 「だから……『君が好きだよ』とか……」

 「馬鹿馬鹿しい。あの人、女の子に興味なんてないもん。……
お友達に女の子はいないわ。みんな男ばっかり………そうそう、
そこのハンスさんなんかお友達になれるんじゃないかなあ」

 「ハンスがあ~~」
 アンは笑うが……
 「だって、なかなかハンサムじゃない」
 「そうかなあ」
 アンにとってハンスは幼馴染。あまりに近過ぎて、そうは思え
ないのだった。

 「ねえ、何でピアノ始めたの?」
 カレンが尋ねると……

 「私が学校に行かなくなって、ご近所に体裁が悪いもんだから、
継母が強制したのよ。新しい曲が弾けるようになると、そのたび
に教会へ行ってご近所の人たちに聞いてもらってたんだけど……
お義理にでも拍手をもらえるのが嬉しくて続けてたの」

 「でも、すごいテクニックよね」

 「超絶技巧っていうのかしらね。私もまねできないわ」

 「だって、聞いてる人たちは音楽とは関係ない人たちだもん。
テンポの速い曲をどれだけ華麗にかっこよく聞かせるかが大事な
の。それで拍手をもらうんだもん。テンポの遅い曲は、そんなに
難しそうに聞こえないからだめなのよ」

 「なるほど、そういう事情でしたか」
 ここで、ブラウン先生が女の子たちの中へと割り込む。しかし、
それは女の子たちのお話に割り込むためではなく、引率者として
の注意事項を説明するためだった。

 「さあ、コンサート会場へ着きましたよ。皆さんにとっては、
退屈な時間かもしれませんが、とにかく、一人でも多くの頭数を
増やさないといけませんから、お父さんを助けると思って椅子に
座っててくださいね」

 ブラウン先生はこう注意して会場内へと入る。

 なかでは、ラックスマン教授やビ-アマン先生、ホフマン博士
などといったいつものお仲間に加えて、地元の名士などへも挨拶
回りをしなければならない。
 そして何より、西田と名乗る紳士に会わなければならなかった。

 「ブラウン先生、このたびはご協力ありがとうございます」

 「いやいや、私の力などは取るに足りませんが、まずは盛況で
何よりです」

 「実は、お手紙でもご相談した件なのですが……」
 彼は恐縮そうな顔で傍らにいた少女の背中を押す。

 そこには、まだ可愛らしいという表現がぴったりとくる女の子
が立っていた。

 「ご挨拶しなさい」
 父親に促されて、お人形が口を開く。

 「始めましてアイコ、ニシダです。よろしくお願いします」

 「おう!これはこれは可愛いお嬢さんさんだ。……始めまして、
私がトーマス・ブラウンです。何でもピアニストになりたいんだ
とか……」

 ブラウン先生がそう言った直後、彼は少女がほんの一瞬暗い顔
になったのを見逃さなかった。

 「はい、先生」
 娘はすぐに明るい顔を取り戻して先生に微笑んで見せたのだが
……。

 「それで、今回はシュリーゲル音楽院のピアノ科に入学させた
いと思っているのですが……何しろ、親ばかで……冷静になって
娘の実力を測りかねているのです。……そこで先生に忌憚のない
ご意見をいただけないかと思いまして……よろしければ、一度、
娘のピアノを聞いていただけないかと……」

 「ええ、その件は承知しております。明日、午前10時にここ
でお会いしましょう。……あっ、そうそう、私も他の用事の帰り
でしてね、子供たちを抱えているんですが、同席させてよろしい
でしょうか?」

 「ええ、かまいませんよ。なにぶん、よろしくお願いします」

 二人は、その夜、こんな会話をして分かれた。

*******************(3)******

第8章 愛の谷間で(2)

第8章 愛の谷間で

§2 フレデリックのお仕置き


 とある夜のこと、ブラウン先生の寝室では男の子のお仕置きが
行われていた。

 罪人は坊ちゃん刈りでソバカス顔のフレデリック。どうやら、
おやつとして食料倉庫にストックしてあったベーグルとマフィン
を摘み食いしたというのが罪状らしい。
 カレンが部屋に入ってきた時には、ベスに背中から羽交い絞め
にされ、ブラウン先生からは、石けんの着いたタオルで口の中を
掃除させられているところだった。

 「あっわ、あっっ、うっっっ……げえっっっ」

 苦しい息の下、吐き気を伴ってとても辛そうで見ていられない
が、昔から子どもが嘘をついたりすると親がよくやるお仕置きで、
これだけとってみれば、ブラウン家のオリジナルというわけでは
ない。

 「よろしい、これでお口のなかは何とか綺麗になりましたね」
 こう言うと、ブラウン先生はそれまでの難しい顔をあらため、
入ってきたカレンを笑顔で迎える。

 「あっ、カレン、待ってましたよ。この腕白小僧のお仕置きを
手伝ってください」

 カレンは先生の言葉に小さな衝撃をおぼえた。
 たしかに、今までだってお姉さんとして妹たちのお仕置きにも
参加していたカレンだが、男の子を扱ったことは一度もなかった
のである。

 「えっ!」

 狼狽して、顔を赤らめるカレンにブラウン先生は……

 「大丈夫、大丈夫、フレデリックはまだ子どもです。それに、
あなただって、将来、男の子を持つ可能性もあるわけだし、慣れ
ておくにこしたことはありませんよ」

 お父様に説得されて、カレンはフレデリックのお仕置きに参加
することになったのだ。

 「さあ、お待たせしましたね。準備ができましたよ。リック、
お腹の中に溜め込んだものを全部出してしまいましょうか」

 先生にこう言われて、フレデリックは及び腰になる。

 「お父様、お……お、浣腸するの?」
 思わず、フレデリックの声が震える。

 「そうですよ。口の中は綺麗になりましたがね、いったん飲み
込んでしまっただものはお尻から出すしかないでしょう」

 「そんなこと言っても……だいいち、出しても……そんなもの、
もう食べられませんし……」

 フレデリックはしどろもどろ。照れ隠しに、ほんのちょっぴり
笑みを浮かべると、ブラウン先生の顔が急に険しくなって……

 「当たり前です!何を考えてるんですか!馬鹿ですね、あなた」
 大声になった。

 「あなたが泥棒したものをそのままあなたのお腹の中に入れて
おくわけにはいかないでしょう。……だから、出すんです」

 「……その分は、あしたのおやつを抜いてもいいですから……」
 フレデリックは父親の剣幕に怯えながらも小声で最後の抵抗を
試みた。
 しかし……

 「あなた、わかっていませんね。あなたが摘み食いするたびに
何度も言ってきたことですよ。……いいですか、ここは山の中の
一軒家なんです。町の中のように食料がなくなったからといって
すぐに買いにはいけない場所にあるんですよ。だから、一週間分
きっちり必要な分を買い込んでストックしてあるんです。それを、
みんなが勝手に食べたらどうなりますか?他の人たちはひもじい
思いをすることになるんですよ」

 「オーバーだなあ。マフィン三つくらいで……まだ、いっぱい
あったのに……まったく…お父様はケチなんだから……」
 フレデリックは下を向き、口を尖らせて、小声でぼやいた。

 それって、お父様に聞かせるつもりがあったのかどうかはわか
らないが、いずれにしても、聞こえてしまったら、ただではすま
なかったのである。

 「フレデリック、顔を上げてこっちを向きなさい。あなたも男
でしょう。言いたい事があるならはっきりいいなさい」

 「……………」

 「いいですか、たった三つのマフィンでも我が家の財産です。
あなたのものではありません。あなたのものなんて、この家には
何一つないんです。食べ物だけじゃありませんよ。あなたが、今、
着ている服、靴、帽子、勉強道具、おもちゃ……みんな私のもの
です。何なら、親子の縁は切りますから、素っ裸で今すぐこの家
を出て行きますか!!!」

 「………………」
 強い調子でお父様から言われると、さすがに、フレデリックも
次の言葉が出てこない。

 ブラウン先生は、大変子煩悩な人なので、里子みんなを愛して
いたし、子供たちがお腹をすかせたり、着るものや学用品、玩具
にいたるまで生活面で不自由することは何もなかった。

 ただそれと同時に、彼は子供たちがその事を『当然のこと』と
誤解してほしくなかった。里子であるという現実は忘れてほしく
なかったのである。

 ブラウン先生は、たとえお仕置きとしても、子供たちを全裸で
家の外へ追放するなんてことはしなかった。それが里子たちの心
を闇に追いやるからだ。

 しかし、お風呂に入る時やベッドで一緒に寝る時は、子供たち
を裸にしてはその身体をしきりに擦っていた。
 スケベ心からではない。血の繋がらない親子は何もしなければ
他人に戻ってしまう。濃厚なスキンシップはお互いの絆を確認し
あう為の大切な儀式なのだ。

 そして、それと矛盾するようだが、子供たちには里子である事
を忘れさせなかった。自分たちが無一物で、親に甘えては暮らせ
ない存在であることを忘れてほしくなかったのだ。
 彼が子供たちはよく裸にしたのも、今の自分の姿を、間接的に
分からせるためのものだったのである。

 フレデリックも、余計なことを一言を言ってしまったために、
あらためて自分が無一物である事を理解しなければならないはめ
になったのだ。


 ブラウン先生によって全裸にされたフレデリックは、お父様に
抱きしめられる。
 そして、その吐息がかかるほどの近い位置で……

 「あなたはこれからも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「はい、お父様、私はお父様をお慕いします」

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 フレデリックはカレンもかつて受けたブラウン家のしきたりを
受けさせられるのだ。

 もちろん、このやり取り。最初は子どもの側が必ずしも本心を
語っているとは限らない。むしろ嫌々言っている場合がほとんど。
しかし、こうしてやりとりしているうちに、自分の言った言葉が
しだいに本心になっていく不思議な魔力をもっていたのである。

 最初のご挨拶が終わると、場所を変えて浣腸。
 この浣腸、カレンのときも行われたので毎回誰にでも行われて
いるように思われるかもしれないが、そうではない。
 今回はつまみ食いの罰ということで採用されたようだった。

 それと、今回は石けん水ではなくお薬。スポイド式の使い捨て。
要するに日本で言うところのイチヂク浣腸だった。

 リックはソファから全裸のままお父様に抱っこされて背の低い
テーブルに移される。仰向けに寝て両足を高く上げさせられると、
その足が下がらないようにベスが足首を持って手助けしてくれる。

 リックは、そんな恥ずかしい姿勢で、恥ずかしい処が丸見えの
場所に陣取ったお父様と、また、例のやりとりをしなければなら
ないのだ。

 「あなたはこれからも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「はい、お父様。お父様をお慕いします」

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 フレデリックは、もう条件反射のようにしてすらすらと答えた。
やけっぱちになったというべきかもしれない。そしてこの儀式が
すむと……

 「カレン、今回は、あなたがこのお薬をリックのお尻に入れて
あげなさい」

 こう言ってイチヂクを手渡すから、カレンもびっくり。
 まるで爆弾でも渡されたように恐々受け取ったもののどうして
よいか分からず立ちすくんでしまうのだった。

 そんな彼女をベスがサポートする。
 「簡単ですよ。先端のキャップを取って、それをこの子のお尻
の穴に挿すんです。そしたら、あとは膨らんでる処を手で潰せば
それでおしまい。誰にでもできますよ」

 「……あっ……はい……」

 「いつもはベスにやらすんですが、あなたも男の子のお尻の穴
がどこにあるかぐらいは知っておかないと、将来、子どもに浣腸
してあげる時もあるでしょうから、困るだろうと思いましてね」

 例の笑顔を見せるお父様の冗談は、カレンにとって心地のよい
ものではなかったが、その指示には従ったのだった。

 『ここね!』

 女の子と違い複雑な構造をしていない男の子のお尻の穴はすぐ
に見つかったものの、優しい力で突っついたくらいでは、リック
が肝心の門を開けてくれないのである。

 お姫様のカレンが、『そこを強引に…』とは出来ないでいると、
お父様が助けてくれる。

 「リック、それを受け入れないということはお父様たちの愛を
受けいれないということですよ。今までたてた誓いは嘘だったと
いうことです。そういうことですか?」

 お仕置きだから仕方がないが、お父様は冷徹だった。
 それに対してリックは……

 「違います」
 恥ずかしい格好のまま涙ながら訴える。

 もちろん、彼だってそれを受け入れなければならない事は百も
承知しているのだ。ただ、肛門にそれが当たると反射的に身体が
反応して門を閉じてしまう。
 彼としてもどうしようもなかったのである。

 そんな自分の身体を騙し騙しして、リックがようやくカレンの
イチヂクを受け入れると、すぐにイチヂクの膨らみが潰される。

 『やったあ』
 そんな死刑執行みたいなこと、カレンは嫌だった。
 もちろんカレンにしてみれば何の罪もないことなのだが、何だ
かちょっぴり罪悪感が残ったのである。

 自分のしたことがどういう結果を生むかが分かっていないと、
人は容易に残虐な方向へ舵を切る。ベスがカレンのお尻を叩いた
のはそのためでもあったのだ。


 リックの身体の中に入ったのはグリセリン60㏄。石けん水と
違って、量はぐんと少ないが、これでも11歳の子どもには必要
以上に多い量。つまり治療ではなくお仕置きの量だったのである。

 その効果は強烈で、すぐに現れる。

 イチヂクが抜き取られ、ベスによってまだオムツが当てられて
いる最中だというのに、リックの顔はすでに脂汗に光り、その頭
が左右に激しく振られているのがわかる。

 カレンはベスに代わってリックの足首を抑える係りに……
 そこで、リックの不安げな瞳とその可愛い一物がオムツの中に
隠れていくさまを見ていた。

 そして、準備がすべて整うと、リックは這ってお父様のもとへ。

 お薬は石けん水と比べれば効果は絶大で、彼はすでに立つこと
さえできないほど困窮していたのである。

 そして、例の問答が始まる。

 「あなたはこれからも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「はい、お父様」
 「『お慕いします』とちゃんと言いなさい。あなたは、もう、
赤ちゃんではないのですよ。ちゃんと最後まで言いなさい」
 「はい、お父様、お慕いします」

 リックはお父様の指示に従い言い直したが、でもそのあとには
『だから、おトイレに行かせてください』って、言いたかったに
違いないとカレンは思った。女の子だったら、だめもとで言って
みるこんなことを男の子は言わないのだと思った。

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様」
 「『これからはどんなお言いつけにも従います』でしょう」
 「これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 全身に鳥肌が出て小刻みに震えている。まるで熱病にうなされ
た患者のように声が裏返り、かすれ、必死にお父様の身体に抱き
ついている。自分独りでいると粗相してしまいそうで怖いのだ。

 それはカレンにしてみれば、まるで自分のビデオテープを見せ
られているようだったのである。

 ただ、ここから先は少し違っていた。

 限界を感じたお父様は、リックを身体ごと抱き上げると、自ら
部屋を出て裏庭の茂みの中へ……
 リックはカレンたちとは異なりお父様のお膝の上で用を足した
のだ。

 そして、オムツが脱ぎ捨てられ、リックが部屋に戻ってきた時、
彼はお父様の背中に負ぶさっていたのである。

 お父様はソファに腰を下ろしてリックを大切そうに膝の上へと
抱き上げる。

 「お腹、まだ渋ってるか?」
 こう尋ねられて、リックは静かに頷く。

 たった、それだけのことだが、カレンは直感的に『お父様は、
これは、女の子にはなさらない愛だわ』と思ったのである。

 案の定、お父様はリックに対してお腹を洗う浣腸を自らやって
のける。

 11歳は子供と言っても体がけっこう大きい。しかし、そんな
こともブラウン先生には関係ないようで、彼は赤ちゃん言葉まで
使ってリックのご機嫌をとりながら真水でリックのお腹を洗い、
さっきのことでお尻に飛び散ったうんち汁までも綺麗に拭き上げ
てからカレンの前に立たせたのである。

 まだ、それほど大きくないといっても皮のかぶった立派な物を
目の当たりにしてカレンは驚くが今回はさすがに気絶しなかった。
 ただそれ以上に彼女を驚かせたのは、お父様の次の言葉だった
のである。

 「カレン、今日はこの子のお尻をぶってごらん。ちゃんとした
反省や後悔が胸の中に湧き起こった時にだけ出てくる新たな産声
が、この子の口から必ず出てくるから、それまではしっかり叩く
んだよ」

 お父様の言葉は持って回ったような表現だが、それって庶民の
言葉に翻訳すると『悲鳴をあげて、のた打ち回るまで、叩け!』
という事だ。

 いきなり刑吏の仕事を命じられて戸惑うカレンに、ベスがまた
優しくサポートする。

 「さあ、まずあなたが腰を下ろして、リックを招き入れない。
あなたの方がお姉さんだもの。そんな仕事もしなくちゃいけない
わ。……さあ、リック、いらっしゃい」

 ベスはフレデリックを手招きしたが、もちろん、今日お世話に
なるのはベスのお膝ではない。何だか心もとないカレンのお膝だ。

 「大丈夫よ。男の子だからって怖がることないわ。ここの子供
たちは、とってもよく仕付けてあるから、決して反抗的な態度は
とらないの。……ね、そうよね、リック?」

 ベスはすでにカレンの膝にうつ伏せになっているフレデリック
に尋ねたが、答えは返ってこなかった。
 でも、こうしておとなしく膝の上で過ごしていることが、そも
そもその何よりの答えだったのである。

 「叩き方は教えてあげたでしょう。最初はゆっくり軽くあまり
怯えさせないようにするの。……そうそう、そんなものでいいわ。
………………そうね、男の子だから、もう少し強くてもいいわよ」

 ベスの懇切丁寧な指導で始めたお尻叩きだったが、フレデリッ
クがちょっぴり不満そうに身体をねじって顔をあげる。

 「そんなに頭の上でガチャガチャ言ってたら、集中できないよ。
こっちはこれから大変なんだからね」

 すると、そんなフレデリックの不満を聞きつけて今度はお父様
がやって来る。
 リックは慌ててもとの姿勢に戻ったが……

 「そうですか、集中できませんか。それならお手伝いしなきゃ
いけませんね。リック君、あなたはこれからも私をお父様として
慕い続けてくれますか?」
 「はい、お父様……あっ、お慕いします」
 「よろしいリック、あなたは私の可愛い子供です。これからも、
よい子でいるんですよ」
 「はい、お父様」
 
 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 また、例のバージョンがまた始まったわけだが、そうなると、
当然、外野は静かになるわけで、カレンは心置きなくお尻叩きに
集中できるのである。

 「さあ、そろそろ、スナップを効かせましょう。………………
そうそう、その調子よ。もっと強くていいわ。男の子なんだから、
もっと強くて大丈夫よ」

 「ピタッ」
 心地よいほど軽快な音が部屋を流れる。するとそれに反応して
リックが両足をバタつかせるから、カレンが思わず怖くなって、
平手を止めてしまうと……

 「だめよ、やめちゃあ。今がチャンスなの。今、畳み掛けるの」

 「ピタッ」
 「あっ……ああああ、痛い」
 それまで、お父様との問答を冷静に受け答えしていたフレデリ
ックの言葉が止まる。

 「どうしました?痛いですか?……痛いのは当たり前ですよ。
お仕置きですから……集中力が足りませんね。…もう一度新しく
誓いの言葉を言ってみますか」
 お父様は冷静だが、いったんオーバーヒートしたエンジンは、
簡単には冷めない。

 それどころか……
 「さあ、今が勝負時よ。もっとスナップを効かせて、間を詰め
てぶつの…………」

 カレンが少し戸惑っていると……

 「心を鬼にして畳み掛けるの。『この人、怖いな』って思われ
るのも私たちの仕事なのよ。でないと、なめられたら何にもなら
ないわ」

 「はい」

 カレンはベスに背中を押され、思いっきり叩き始める。
 おかげで……

 「もうしません。ごめんなさい。良い子になります。なります。
こめんなさい。もうつまみ食いしませんから……許して、許して」

 フレデリックは両足をバタつかせて上半身を左右に捻って必死
の形相になる。当然、先生との問答なんてやってる暇はなかった
が……

 「リック、痛がってばかりいないで答えなさい。あなたはこれ
からも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「慕います。慕いますから、ごめんなさい」
 先生はこんな時でもフレデリックに答えを強要するのだった。

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、ごめんなさい。ごめんなさい、もうしません」
 「ごめんなさい、ごめんなさいって私はあなたに謝れとは言っ
てませんよ。『これからはどんなお言いつけにも従いますか?』
って聞いているんです」
 先生はお仕置きの最中はどこまでも意地悪だ。

 「これからはどんなお言いつけにも従います。ごめんなさい。
(げほ、げほ、げげっっっ)」
 フレデリックは痰を喉につまらせてげほげほやった。
 涙と鼻水で顔がくちゃくちゃになっている。
 でも、カレンはベスの指示に従いリックへのお仕置きをやめな
い。

 『可哀想なフレデリック』
 お父様も、カレンも、ベスも、そう思う。
 でも、仕方がなかった。

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます。ごめんなさい」

 最後の質問を答え終えて……
 「いいでしょう、カレン、許しておあげなさい」
 先生の指示で、リックのお尻叩きはやっと終了したのだった。


 このあと、フレデリックはカレンにお風呂で身体を洗ってもら
い、素っ裸でお父様と同じベッドに入って一夜を過ごす。
 そして、ネグリジェ姿ではあったがカレンもまたフレデリック
の脇で添い寝したのである。

*************************

 翌朝、フレデリックは一足早くお父様の部屋を離れた。
 もちろん、昨晩何かあったわけではない。三人が同じベッドで
寝たというだけのこと。
 先生にしてみるとフレデリックはまだ子供、間違いなど起こり
えないと確信していたのである。

 ところが、カレンが何だか物思いにふけっている。
 そんなぼんやりしているカレンを気遣ってブラウン先生が声を
かけた。

 「どうかしたのかね。男の子と一緒じゃ心配で眠れなかったの
かな?」

 「そんなことはありませんけど……」

 「フレデリックも、ちゃんと罰を受けたんだから、少しは良い
想いもさせてやらんとな」

 カレンは先生の言葉にきょとんとした。だから正直に自分の心
を伝えてみたのである。

 「良い想いって……フレデリックが?」

 「そうですよ。男と生まれれば、理由のいかんを問わず女の子
の柔肌に触れながら眠る。こんな極楽はありませんよ」

 「だって自分のお尻をこっぴどく叩いた人が脇で寝てるなんて
……残酷じゃありませんか?」

 「そんなの関係ありませんよ。むしろ、自分が完全に押さえ込
まれちゃった相手ですからね。なおのことご機嫌だったはずです」

 「えっ!?」
 カレンはお父様の言っている意味がまったく理解できなかった。

 「あなたは女の子ですからね。男のことはわからないでしょうが、
単純なんですよ、男の気持って…自分より強くて、自分に優しい
人が好きになんです。だから、たいていの男は母親が大好きなん
です。……その人は人生で最初に出会う、自分より強くて自分に
優しい人ですから……」

 「それは女の子だって……」

 「ええ、同じことは女性も言えます。でも女性の場合は他にも
注文がうるさいでしょう。様子が良いとか、馬が合うとか、付き
合って得か損か…とかね。とにかく色んな事が気になるでしょう。
男にはそれがないんです。むしろ、そんなことを持ち出すと男は
不機嫌になります。要するにうぶなんですよ」

 「…………」
 カレンはお父様の話を黙って聞いていたが、『それって偏見だ』
と思った。男だろうと女だろうと、付き合うときにフィーリングや
損得を考えない人なんていないと思うからだ。

 『フレデリックは私を嫌ってる。だからさっさと出て行った』
 カレンはそう思ったのである。

 「まあ、まあ、見ててごらんなさい。あなたにお尻を叩かれ、
あなたに抱いてもらったフレデリックがあなたを嫌うはずがあり
ませんから……」

 「私、リックを抱いてなんかいません。……ここのしきたりに
従って一緒にそばにいただけです」

 カレンが珍しくむきになるのでブラウン先生は苦笑い。
 今さらながら、フレデリックと一緒にベッドを過ごしたことが
恥ずかしくなったのだった。

 『先生はリックと私を結婚させたいとでも思ってるのかしら!』
 そんな勘ぐりまで起こったのである。

 ところが、事実は先生の言う通りで、この後フレデリックは、
カレンをまるで『お姫様』のように慕い続けるのだ。

 力に対する純粋な畏敬の念と異性から受ける情愛への忠誠。

 男の子の心情など預かり知らぬカレンだが、彼女が白馬の騎士
を一人、手に入れたのは確かだった。


******************(2)****

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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