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< 序 >

< 序 > ~続・亀山からの手紙~ 

 その楽園(ヘブン)が私にもたらしてくれたものは、知識でも
お金でもましてや名声や権力などではありませんでした。
 一言で言ってしまえば『心の平安』たったそれだけのこと。
 でも、それが何より大事なんだと、私もお父様の歳に近づいて
思います。
 たしかに、お父様に幼い子に対する性的な快楽を求める気持が
まったくなかったと言ったら嘘になりましょう。しかし、それは
極めて希薄な、とるに足らないほどのリビドーであって、現に、
私たちは多くの場面でお父様の前で裸になり、幾晩も裸でベッド
をともにしましたが、そこで耐え難い苦痛を受けたなどと言う事
は一度もありません。
 お父様、お義母様の手はお年寄りですからその手もしわがれて
いて、ガサガサと幼い肌を手荒く刺激します。すべすべのママの
手に比べれば心持ちがよいはずありません。
 しかし、その豊富な知識と経験に基づくホラ話を聞きながら、
その手に触れられていると不思議と勇気が湧いてきます。ここに
いれば大丈夫なんだという気持になります。
 それは言葉にできないまか不思議なパワーでした。
 そのパワーが体の隅々まで行き渡るように、ママはお父様への
絶対服従を仕付けたのです。私たちはお父様のお人形であり空の
器なのです。お父様たちは若いエキスを求めてここへ来られたの
でしょうが、私たちもまた功なり名を遂げた方の不思議なオーラ
を全身に浴び、心を癒されて成長していったのでした。
 絶対服従というと屈辱的な人間関係のように思う人がいるかも
しれませんが、そもそも赤ん坊は母親の絶対服従の中で暮らして
いますが何の不幸もないでしょう。
 それは母親がその子を愛しているからです。
 幼い子も同じで、知識も経験もとるに足らない幼子がいきなり
名船長になるはずがありません。最初は親の愛の船に乗り込んで
色んな知識や経験を無条件で受け入れて航海術を身につけるべき
でしょう。
 13歳まで赤ちゃんというと、多くの人が無理のある考えだと
思うようですが、私は、おかげで孤児にもかかわらず亀山という
ふる里と天野茂という偉大な先達から生きるノウハウを得ること
ができました。
 亀山では赤ちゃんである13歳まではお父様に限らず、どんな
大人たちにも絶対服従です。そして基礎的なことに絞って教育を
受けるのです。
 漢字の読み書きと簡単な計算。綺麗な字が書けて……古典詩を
諳んじて……あとは楽器が弾けて、ちゃんとしたご挨拶ができれ
ばそれでいいのです。少ない教材を繰り返し繰り返しやるので、
子供たちに人気はありませんが、それでも間違っても偏差値を上
げるための教育というのはしません。
 ですが、それで不足はありませんでした。知識は、14歳から
でも十分間に合いますが、生き方というものは幼い頃身につけた
ものを生涯ずっと背負い続けることになりますから。『三つ子の
魂百でも…』というわけです。
 亀山から多くの成功者が出ているのは、血は繋がっていなくて
も一度成功した人の身につけたものを受け継ぐことができたから
だと思うのです。

第 1 話 ①

< 第 1 話 > ①
 私は紀尾井倶楽部へ久しぶりに入った。ゴシック様式のご大層な造り、
亀山を出て成功した人たちのサロンだ。私も亀山出身ということで会員
にはしてもらっているが出世はできなかったので肩身が狭くて頻繁に出
入りしているという訳ではなかった。
 今回も半年ぶりに男女の裸身を象ったギリシャ彫刻の下をくぐる。
 広い円形の玄関ホールにはすでに受付が用意されていた。
 近づくと、
 「こんにちわ、ご出席ありがとうございます」
 まだ中学生とおぼしき女の子が二人立ち上がってお辞儀をしてくれる。
おそらくアルバイトでかり出されたのだろう。亀山はこんな催しに子供
達を貸し出してはしっかりアルバイト料をせしめるのだ。
 ま、私だって亀山にいた頃はそうやって稼がしてもらったのだから、
これには文句は言えない。
 「これっ」
 私はまず10万円の入った小切手入りの封筒を手渡した。これは今回
修道院を改築するための寄付。今日はそれが目的のパーティなのだ。こ
んなのが年に2回くらいあってこっちはそのたびに寄付金を迫られる。
 ちなみに10万円は一口だから最低水準。出せる人はその十倍も百倍
も包むのだが私はこれしかできない。弁護士といえば聞こえは良いが、
少額の債権取立てなどでやって細々と生計をやりくりしている身だから
10万円が出せる限界だったのである。
 二人の少女から恭しく赤い薔薇を胸に飾ってもらって宴会場に入ると
そこは立食パーティだった。
 いずれも和気藹々。さながら年始の賀詞交換会といった趣だ。いや、
女性が多いのでその分いっそう華やかではある。そしてここには亀山の
OBOGだけでなく現役のお父様や先生方の顔もあった。亀山を離れて
長いので中に知らない人もいるが多くが見知った顔ばかりだ。
 「おう、健太、元気じゃったか」
 中で顔も手もしわくちゃの婆さまが襲いかからんばかりんやって来て
私の両肩につかまる。
 「お前、良子ちゃんにちゃんとご飯を食べさせてもろうとるか」
 こうきかれてこちらは苦笑するしかなかった。
 「大丈夫ですよ。おばば様、今ではちゃん自分で稼いでますから…」
 おばば様は俺が司法試験で苦労している頃までを覚えていてその時分
同棲していた同じ亀山出の今の奥さんから散々いびられていたのを心配
して今でもこう言うのである。
 「いいわねえ、あなたは…今でもおばば様から心配してもらって…」
 「まったく、あなたは甘え上手を見習いたいわ。私なんかおばば様か
ら一学期に三度もお灸すえられたんだから……」
 「いいじゃないの、それくらい。私なんかお父様の前で大股開きさせ
られて…それで……」
 さすがにその先は口に出したくない様子だったが顔は笑っていた。
 広い宴会場のあちらこちらで女性特有の嬌声が上がっている。私はそ
んな雰囲気が嫌いではなかった。脳のどこかで昔に戻ったような錯覚が
起きているのを楽しむのである。
 おばば様は今は引退しているが、私たちが亀山にいた頃は主にお灸の
お仕置きを担当していてどの子にも恐れられていた。やたらお仕置きの
多い亀山だが、中でもお灸のお仕置きはどの子にとってもその思い出が
強烈だったのである。
 といって昔の子供たちが今もこの老婆を嫌っているとか敬遠している
とかはない。お尻やお臍の下、陰部に至るまで下半身を中心にあわせて
20個以上も灸痕が残っている身だが、それがない亀山出というのもい
ないわけで、灸痕は自分が亀山の出身者であるという証のようなものだ
ったのである。
 おばば様は確かに怖い存在だったが、ママがヒステリー気味にお仕置
きしようとしてる時には助けてくれたこともあった。
 そして、何より私たちが彼女を否定できなかったのは、自分たちの実
の母親が自分たちを亀山に預ける時、このおばば様によって自分たちが
すえられたのと同じ位置にお灸をすえているという事実だった。
 これは亀山の規則で、実母が18歳で子供に会いに来た時本人である
事を証明するために取られた処置なのだが、お灸を全身にすえられた母
親はおばば様に赤ん坊を預けて、そのままおばば様の家を立ち去る。
 つまり彼女はこの亀山で実の母親の顔を見知っている唯一の人だった
のである。
 そんなこんなで人それぞれに複雑な思いが渦巻く老婆だが、亀山時代
も今も彼女を悪く言う人は誰もいなかった。
 この催しには亀山から楽団が来ている。ピアノやヴァイオリン、クラ
リネットやフルート、ハーブの奏者もいる。いずれも亀山の中では芸達
者な子供たちだ。
 彼らは私たちのこうした催しには必ずやって来て3、4曲演奏しては
けっこう高額なギャラを持って帰る。それだけではない。お父様たちは
自分の配下にある組織で何か催しものがあるとやはり同じように楽団を
送りこんでは分不相応な報酬を払わせるのだ。
 しかし、それとてもとはといえばお父様側から会社の経費として支出
されたものなので、いわばマッチポンプなのだが、お父様としては直接
お小遣いとして渡すより余計な経費がかかっても子供たちが自分で稼い
だお金という形にしてやりたかったのである。
 「ねえ、健ちゃんは大学を卒業する時、いくらあったの?」
 女の子にこう問いかけられて私は一瞬ためらったが…
 「450万」
 今さら隠してもしょうがないと思った。
 「えっ」
 「すごい!」
 「じゃあ18歳で最初に貯金通帳をもらった時はいくらあったのよ」
 「1000万くらい」
 「う、うそ。そんなにどこで稼いだのよ」
 周囲にちょっとしたさざ波がたった。
 実は、私は演奏そのものはへたくそだったから章くんのようにプロと
して演奏会を開きその収入が加算されたものではなかったが、幼い頃か
らピアノをめちゃくちゃに弾いてはそれを作曲と称して音符にしていた。
それが高津先生の手を経てレコードになり、お父様の圧力で学校や子供
関係の公共施設に流れて行いって、その印税という形で貯金通帳にたま
っていたのである。

第 1 話 ②

< 第 1 話 > ②
 「いいなあ、私なんか最初から180万しかなかったのよ。だから、
自分で結婚資金も稼いだの。章君もそうだけど男の子は恵まれすぎよ」
 清美が笑う。しかし、そんなはずはない。お父様が結婚相手と結婚式
の費用を清美にだけ出さないなんてことはあり得ないからだ。
 むしろ私はなまじお金があるばっかりに司法試験に身が入らず10年
も無駄な時間を費やしてしまった。恥ずかしい話だが、私がやっとの事
で合格できたのは、そうした資金が底をつき、章くんがアメリカへ渡っ
て彼とセッションする舞台のアルバイト料も入らなくなってからだった。
 要するに私という男はお尻に火がつかなければ何もできない怠け者な
のである。
 舞台では亀山の最近の様子がビデオ上映され……バザーが開かれ……
ビンゴ大会になり……と、ここまでは普通なのだが、その賞品というの
がここでは世間の常識とは違っていたのである。
 「湯川水紀と言います。合沢おじまさま、よろしくお願いします」
 僕の前に思いがけず手にした豪華な商品がやってきた。それは今まで
清らかな音色のフルートでお客様を楽しませていた少女だ。
 『なかなかの美少女じょじゃないか』
 思わずスケベ心が顔を出す。
 「いくつ?」
 「11歳です」
 私は歳だけ聞いて彼女の肩を抱く。そして、他の人たちと同じように
地下への階段を下りていった。
 「おじさんでもいいけど、お兄様じゃだめかい」
 「えっ!」
 はにかむ顔がまだ初々しい。
 「いえ、お兄いちゃま、お願いします」
 このビルの地下には『ここは温泉旅館か』と見まがうばかりの大浴場
があるのだ。このビル自慢の施設。その脱衣場で私はおもむろに彼女の
服を脱がせ始めた。いや、私だけではない。周囲みな手にした賞品の服
を脱がせ始めている。
 ま、普通に育った子にいきなり見ず知らずの大人がそんなことをすれ
ば嫌がるか暴れ出すところだろうが、そこは私たちの世界で育った天使
たち。抵抗する子など誰もいない。
 水紀ちゃんも私がすっぽんぽんにしても笑顔こそみせるものの困った
様子など何一つ見せなかった。
 思えば遠い昔、私もどこかの温泉宿で見知らぬ人に裸にされて一緒に
温泉に浸かったことがあったが、その日も恐らく今日と同じ趣旨だった
のだろう。私も今の水紀ちゃん同様、何一つ特別な感情がなかった。理
由は簡単で、亀山で暮らしていれば大人達が自分たちをこうしてお風呂
に入れてくれるのがごく自然な形なのだ。
 亀山の子供たちは大人がやるどんなことにもことにも逆らってはなら
ないし、どんな時も心を空っぽにして大人たちの愛を受け入れなければ
ならない。
 これは物心ついた時から繰り返しママたちから教え込まれる絶対的な
約束事で、13歳まではどんな無理難題を命じられても異を唱えること
なんてできない身の上だったのである。
 もちろん、だからといって大人が好き勝手やっているわけではない。
事情は逆で周囲を固める大人たちは常に子供の幸せを第一に考えて気を
つかっている。10歳を越える子にも赤ちゃんと同じ気遣いをしている
からこそこんな強いことが言えるのだ。
 赤ちゃんと同じ無垢な心のままで育てるとなると、どうやらこうした
方法しかなかったようである。亀山で大人たちとまともにものが言える
ようになるのは14歳からだった。
 無論、私たちの方も我が産土を汚すつもりは毛頭なく、単純にこの子
と一緒にお風呂に入れればそれで良かった。
 私たちはかつてお父様お母様に愛されたように自分たちも我が子を愛
したいとは思っている。しかし巷でそれを実現することは不可能に近い。
もう四年生にもなった娘をお風呂に誘っても変態扱いされるのがオチだ。
だから卑猥な感情をもってこの子をどうこうしようというのではない。
 亀山でやっていたように柔らかで華奢な体を抱いて、撫でて、身体を
洗い、自慢話をしてやる。その子もまた、自分に対して優しく嫌がらず
に接してくれればそれで天国だった。お父様が、毎夜毎夜堪能していた
美しい夢をこのお風呂場でつかの間得られる満足。それがこの時の賞品
だったのである。
 「水紀ちゃんはママやお父様お母様以外の人にこうしてお風呂に入れ
てもらったことがあるの?」
 私は大きな湯船の中で少女をゆったりと抱き上げてたずねてみる。
 「賄いのおばちゃんに一枝さんって方がいらっしゃるんですが、その
方からはよく身体を洗っていただきます」
 よそ行きの言葉は私を意識してのことだろう。
 「そう、それでは僕のような見ず知らずの人間とは初めてなんだ」
 「はい」
 「じゃあ怖いだろう。見知らぬおじさんの前で裸になっちゃうのは」
 「………」ふっと一瞬、間があって本心が顔に出る。しかし、そこは
女の子、すぐに気を取り直すと……
 「大丈夫です。ママが一緒にお風呂に入ればあなたにとって必ず良い
ことがありますからって……おじさま…いえ、えっと~おにいちゃまは
亀山を出て成功なさったんでしょう。そうした方は、あなたにとって、
とても心強いお味方になってくださるからって……」
 私は思わず苦笑してしまう。もともと亀山の子は大人たちから可愛が
られるように教育されるから、ある面でとても物分かりがいい。しかし、
こうまで言われると、その歳で自分はどう受け答えただろうかと考えて
しまった。
 「わたし、何かいけない事言いましたか?」
 水紀が心配してたずねるので私は彼女の頭を撫でる。
 「そうじゃないんだ。君の答があまりに大人びてたからびっくりした
だけ」
 私はそう言って水紀の頬に自分の頬をすり寄せる。
 「ただ、残念だけど、僕は君の力になって上げられるほど優秀な人間じゃないんだ」
 「でも、弁護士さんなんでしょう」
 「それはそうだが、弁護士もピンキリでね、私はキリの方なんだ」
 「そうなんですか」
 「ごめんね」
 「いいえ、そんなこと……だって、どんな先輩も私よりは優れていら
っしゃいますから……」
 「ありがとう。そんなこと言ってくれたのは君だけだよ」
 私は自分の抱いた子に、実はヨイショされているのに気づいて、内心
笑いが止まらなかった。
 『なるほど、こんなにも気持ちのいいものだったんだ。だからこそ、
お父様たちは私たちを育てていたのか』
 私は今の今になって、お父様たちが大金を投じて何を得ていたのかを
感じることができたのである。そして…
 『私もその時代幾度となくお風呂でお父様に抱かれたが、あまりにも
何気なく過ごしてしまって、はたして天野のお父様を喜ばすことができ
ていたんだろうか』
 と心配にもなったのだった。
 「亀山は楽しいかい?」
 「えっ、……あっ、はい。楽しいです」
 私のささやきに、また、間があいた。でも、その正直さが心地よいの
だ。
 「辛いこともあるだろう。何でこんなにお仕置きばっかりされるんだ
ろうって思ってるんじゃないの?……僕は思ってたよ。」
 「…………」水紀は私の腕の中に抱かれたまま下を向いて答えない。
 「もう、君の歳になって中庭で裸にされたら、そりゃあ恥ずかしいく
てね。亀山以外の孤児院に行きたいと思ったことが何度もあったよ」
 「…………でも、それはわたしがいけないことしたから……」
 小さな小さな声、抱いているこの近さでも聞きそびれてしまうほどの
ささやきが聞こえた。
 「……そうか、それなら、ひょっとしてお灸のことかな?」
 最後の言葉で水紀の顔が思わず上を向く。恐らくその瞬間彼女のツボ
にヒットしたんだろう。見れば水紀のお臍の下にある灸痕はまだ新しか
った。
 「熱かったかい?」
 「…………」
 「熱いというより痛かっただろう。錐でもまれるようなもの凄い痛み
だからね、あれは……」
 「わたし、お灸だけはすえられないようにしようと思ってたんです。
……だって、痕がつくでしょう。だからイヤだなって思って……なのに
……わたし、お転婆だから」
 「いいじゃないか、女の子はお転婆なくらいでちょうどいいんだよ。
元気な証拠だもん。それに、痕がついたことを気にするなって言っても、
しちゃうだろうけど、それは亀山で暮らす以上仕方がないことなんだ」
 「…………」
 「でも大丈夫。君はしらないだろうけど、ここを卒業して桜花(女の
子が行く全寮制の高校)に入るまでには全員のお尻に火傷の痕はついて
るから……実は、お灸をもらわずこの山を下りる子は誰もいないんだ。
それに、これは君が18歳になって本当のお母さんと出会う時に必要な
ものなんだ」
 「知ってます。でも、それは母にすえた場所の記録さえ残っていれば
いいんじゃないですか?」
 「確かにそれで、あるお母さんが赤ちゃんをここに預けたという証明
にはなるだろうけど、その子が君だという証明にはならないんだよ」
 「どうして?」
 「実はね、ここに預けに来たお母さんのことを知っているのは亀山の
中でもおばば様だけなんだ。だから、もしおばば様がなくなったら、二
人が親子だって証明はできなくなってしまうんだよ」
 「それは、今はDNAで…」
 私はそこまで言った水紀の言葉を遮る。
 「それに、お灸の痕があるからみんな同じ境遇、同じ出身として力を
合わせることもできる。もし、何もなかったらその事は隠して生きてい
こうとする人だって少なくないはずだ。OBOGが人生で成功した後も
こうして亀山を自分のことのように援助してくれるのはその痕が体から
消えないからでもあるんだよ。体の傷は残酷なことのように君には映る
かもしれないけど、そのおかげで亀山はずっとずっと孤児を受け入れ続
けられるんだ」
 「…………」
 水紀は黙っていた。もとよりこんな幼い子にそんな理屈が理解できる
はずもないから、この社会の現実を解いても無意味なのかもしれないが、
やがて彼女も社会に出てそれなりの地位を占めるようになれば分かって
くれんじゃないか、そう思って話したのだった。
 「おにいちゃまも…やっぱり、痕があるの?」
 「そりゃああるさ。見て見るかい?」
 こう言うと、水紀は思わず身体を硬くする。でも、好奇心の方が勝っ
たようで…小さく頷いて見せた。
 私は湯船から這い出ると洗い場で四つんばいになる。そのお尻の傷を
水紀もしゃがみ込んで恐る恐る眺めた。
 「お医者様に行って消したいとはおもわなかった?」
 「一度だけ、思ったよ。でも、考え直したんだ。これを消してしまっ
たら、僕の青春も昔からのお友だちも消えてしまうような気がしてね…
…それで、やめてしまったんだ」
 「ふうん」
 水紀の小さく可愛い指先が私の灸痕を撫でているのがわかる。
 「あんまりよくわからないね」
 「もう、最後にすえられてから随分時間が経つからね。目立たなくな
っちゃったんだ。でも、角度を変えて見てごらん。皮膚がそこだけキラ
キラ光ってるのがわかるはずだから……」
 「あっ、ほんと、分かるよ。お灸の痕が光ってる。…ねえ、これって
恥ずかしくないの?」
 「あまり親しくない人と一緒にお風呂に入る時は、ちょっぴり恥ずか
しいかな。でも、これを見て笑うような人とはお風呂に入らないから…
…それに、今となってはこのお灸の痕が僕の誇りでもあるんだ」
 「変なの?……わたしなんか、こんな傷があったらお嫁に行けないん
じゃないかって心配なのに……」
 「そんなことないよ。お父様がきっといい人を見つけてくれるから」
 「他の人にもそう言われたわ。お父様がそんなここと気にしない立派
な人を紹介してくれるって、でも、わたし、お婿さんになる人は自分で
見つけたいの」
 「そうか、お父様は嫌いか」
 「そんなことないわ。緑川のお父様は立派な方だし、私は子供たちの
中でも一番可愛がられてるの。だって、いつも一番長く抱っこしてもら
えるんだから……でも、お婿さんは自分で見つけたいの。背が高くて、
ブラウンの巻き毛がふわふわっとしてて、蒼い瞳なの。もう決めてるの。
だけど、そんな時、こんな火傷の痕があったら嫌われるんじゃないかと
思って……」
 「大丈夫さ。水紀ちゃんが本当に好きなら、男はそんな事を気にした
りはしないから……」
 「ほんと?」
 「ああ、本当さ。逆に、そんな事をとやかく言うようなら君のことが
本当はそんなに好ではないってことなんだ。だいたい、君はいつお尻の
火傷をその人に見せるつもりなんだい?……お互いが仲良くなってから
じゃないかい?……だったら大丈夫だよ」
 「……」
 水紀は答えなかったが、代わりに私の背中に顔をすり寄せたのである。

第 1 話 ③

< 第 1 話 > ③
 「ほら、お馬さんにのんのしてみるかい?」
 私が誘うと、彼女は喜んで私の背に跨る。もちろん二人とも全裸。
 それが羨ましく感じられたのだろう、ご一緒していた森山さんまでが

 「おっ、楽しそうだな、恵子ちゃんもおじさんの背中にのんのしてみ
るか」
 賞品の恵子ちゃんを背中に乗せて風呂場を歩きだした。二人は嬉しく
なって浴室を4周も四つんばいで回ってしまった。
 さっきまで見ず知らずだった男といきなり風呂に入れられ、お馬さん
ごっこだなんて巷でなら到底信じられない光景だろう。しかし、それが
亀山の子、亀山の躾だった。
 『知らない人に着いて行っちゃだめですよ』というのが巷の格言なら、
亀山は……
 『目上の人を見たら笑いましょう、万歳して抱いてもらいましょうね。
ご飯と同じ、好き嫌いはいけませんよ。どんな方も抱いていただけるな
らあなたにとってきっと、きっと、良いことがありますからね』
 と諭され続けて育ってきたのである。
 私は水紀の身体を洗ってやる。洗い場の腰掛けに腰を下ろさせると、
すっぽんぽんの身体を隅から隅までスポンジにボディーソープをつけて
丹念に洗うのだ。
 もちろん、彼女が嫌がるなんてことは一度もなかった。
 実は、亀山では13歳までの子が自分で自分の体を洗うことはなく、
大人たちが洗ってくれるのをただ待っていなければならなのだ。だから
彼女にとって私は初対面の大人なのだがお風呂の入り方としては亀山で
の習慣と何ら変わりなかったのである。
 私たちは再び湯船に浸かった。そして、さっきと同じように膝の上に
水紀を乗せるとタオルで愛おしく顔から胸、背中、お尻、あんよ、そし
てお臍の下の大事な処に至るまで丹念に撫で洗ったのである。
 「気持ちいいか?」
 と言うと…
 「はい」
 という屈託のない笑顔を返す。これなんか普通に娘を育てていればあ
り得ないこと。亀山の躾の賜なのである。
 そんな蜜月を楽しんでいる処へ先ほどの森山さんから声がかかる。
 「どうですか、ミルク、あげてみませんか?」
 「こりゃあどうも…じゃあ、遠慮なく」
 思わぬほ乳瓶の差し入れ。よもや賞品をゲットできると思っていなか
ったからそこまで用意していなかったが、彼は用意周到な人なのだろう。
ありがたかった。
 「水紀ちゃん、ミルク飲むかい?」
 私はほ乳瓶のミルクを水紀に勧める。言葉の形は勧めるなのだが亀山
の子がそれを拒否することなどあり得なかったから命令というのが実際
のところだった。
 「はい、おにいちゃま」
 もちろん水紀は快く応じる。私だって同じ場所を通ってきた人間だか
らその事情はよく知っているが、亀山の子は『13歳までは赤ちゃん』
なのだから大人にほ乳瓶を差し出されたら笑顔で美味しそうに飲まなけ
ればいけなかった。
 ふてくされた態度で飲めばそれだけでもお仕置きだったのである。
 「ああ、良い子だ。良い子だ」
 懸命に大きな特注ほ乳瓶を頬張る水紀を見て、私は思わず『このまま
家に連れて帰りたい』という衝動にかられた。正直、私自身がお父様や
お母様からこれをやられていた頃は『なんでこんな事が面白いんだろう』
と思っていたから、今は水紀だってそう思っているのだろうが、水紀を
湯船の中で抱いてみて『なるほど』とお父様たちの気持ちが理解できの
である。
 「よし、あがろう」
 私はそう声をかけて立ち上がる。最初はそんなつもりがなかったが、
ほ乳瓶を口にする彼女のあまりの可愛さに見とれ彼女からほ乳瓶を取り
上げる気にならず、抱いたそのままの姿で湯船を出ると、身体も吹かず、
前も隠さずで赤ちゃん水紀を脱衣場へと運んだのだった。
 ところが、脱衣場の扉を開けたとたん、レディーたちの甲高い声が聞
こえて慌ててしまったのだろう。手近にあったベビーベッドに赤ん坊を
寝かしつけると、自分は手早くパンツだけを穿いて水紀の身体を大判の
バスタオルでくるんでやった。
 「……」
 そんな私の慌てぶりが面白かったのだろう水紀はピンク色の頬を見せ
て笑う。
 たしかに赤ん坊というには大きな身体だったが、この上もなく愛らし
く食べてしまいたいほど可愛い姿に変わりはなかった。
 「ほう、水紀ちゃんもお風呂あがりか。可愛いなあ」
 森山さんが寄ってきて水紀の頬を人差し指の腹でぷよぷよっと押す。
とたんに、水紀の顔が緩む。それは親愛の情でというより女の子として
の営業笑いなんだろうが、たとえ、そうでも男二人は嬉しいかった。
 「可愛いな、さすがは女の子、愛嬌がある。同じ歳の男の子をここに
寝かせてみてもこうはならんよ」
 森山さんはご満悦の様子で水紀の顔をあちこち指先でこづき回す。
 私もそんなお人形遊びは嫌いではない。
 二人でお互いの賞品を見比べあい、悪戯しあっていると、先生がやっ
てきた。
 「そろそろこの子たちに服を着せていただけますか?」
 二人は恐縮してさっそく作業にとりかかったが……
 「?」
 脱がした時には穿いていたこの年頃の子が穿くような綿のショーツが
見あたらないのである。
 「いえね、パンツが見あたらないと思いまして……」
 こう言うと先生は思わず失笑したようで……
 「ごめんなさい。わたしとしたことが……いえ、お話しまだでしたね。
実はこの子たち二人ともこれから学校に帰ってお仕置きがありますの」
 「えっ、そりゃまた……そんな、おいたをするようにには見えなかっ
たけど……いったい何をしたんです?」
 「二人して日曜日のミサをさぼったんです」
 「ミサを……」
 私と先生の間に森山さんも加わる。彼も私と同じ悩みを抱えていたの
だ。だから二人とも上はブラウス下もスカートだけは穿いているのだが、
その中はすっぽんぽんだったのである。
 「ほう……」
 私と森山さんは思わず顔を合わせて笑ってしまった。
 「あのミサは大勢の子が一緒に司祭様のお話を聞くので礼拝堂に自分
一人いなくてもばれないだろうって思っちゃうんでしょうね」
 「出欠も取らないから……」
 「だけど、あれ香月先生が天井桟敷で出欠をチェックしてるんですよ。
……あ、今はどなたが……」
 「香月先生です」
 「やっぱり」
 「いえ、それだけならまだいいんですが、この子たちその事を注意さ
れると『体調が悪かったから保健室で休んでた』って嘘をついたんです」
 「あらあら、それはいけないわな。亀山は天使の楽園、嘘をつくよう
な子は置いてもらえないんだよ」
 森山先生は青ざめた二人の顔を交互に覗き込むと、ちょっと茶目っ気
のある笑顔で「めっ!」と言ってたしなめたのである。
 「でも、そんな子をよく出しましたね」
 「それとこれとは話が別ですから。…それに幼い子と違ってお仕置き
はこれからでもできますから……」
 「そうですか、……で、これから私たちは?」
 「よろしかったら、この子たちにオムツをはめてもらえないでしょう
か」
 「ええ、それは構いませんけど…いいんですか?私たちで」
 「はい、先生方は私たちの亀山の優秀な先輩ですから間違いはないと
信じております」
 若い先生に持ち上げられて私と森山さんは二人の可哀想な少女の為に
オムツを当ててやることになった。
 もちろん、少女達の大事な部分は全て丸見え。その時、二人の奥の宮
にはすでにお灸の痕があることを知って、そのことでもお互いに顔を見
合わせてしまった。
 「これ、新しいですね。すえられて間がないみたいだけど、やっぱり
この一件ですか?」
 「ええ、これが適当な時期と園長先生ともども判断致しましたしたの
で……」
 「この子たち五年生なんでしょう。実は僕も五年生の初夏でした」
 「そうですか、僕も秋口だったけど、やっぱり5年生だったんです。
5年生が多いみたいですね」
 「ええ、早い子は四年生、遅い子は六年生の子もいますけど、やはり
五年生というのが一番多いみたいです」
 「早い方がいいでしょう。成長してからじゃ余計熱いでしょうから」
 「ところが、そうでもないんです。大陰唇はいわば外皮ですから成長
しても、だから特別に熱いということはありません」
 「でも、熱いのは熱いんでしょう?」
 「そりゃあ、お灸ですから……ただ、その熱さがお尻なんかと比べて
も特別なものではないということなんです。……ただ、女の子にとって
それは自分の大事な処ですからね、その精神的なショックが大きくて、
それで、『あそこは特別に熱かった』なんていう子がいるんです」
 大人たちの雑談が続く間も二人の少女の両足を高く上げて待っていな
ければならなかった。当然、少女達は自分の両足の付け根を人前に晒し
たままにしておかなければならないわけで、すでに身体が変化し始めて
いる少女達にとってはとっても恥ずかしいことだったはずである。
 かといって目上の人への絶対服従が掟になっている亀山で育つ彼女達
は、「早くしてください!」なんて叫び声をあげることもできない。
 おまけに楽しそうな声に誘われて隣の婦人用の脱衣場からもレディ達
が顔をだすものだから、可哀想な二人はいよいよもって大勢の前で晒し
者になってしまったのである。
 「あら、何やら賑やかな声が聞こえたので立ち寄ったら、チビちゃん
たちのオムツ替えだったのね」
 「おやおやレディ、ここは男性の更衣室ですよ」
 「承知してますよ。でも、お二人ともお着替えになられたんでしょう」
 「私と森山さんはそうですが…」
 「だったら、よろしいじゃありませんか」
 「でも、まだチビちゃんたちが…」
 「なにぶん慣れないもんでオムツ替えに手間取ってしまって……」
 「この子たちはいいんですよ。赤ちゃんなんですから」
 恰幅のいいその中年女性は、森山さんから浴衣地のオムツを取り上げ
ると、手際よく女の子のお尻にはめていく。
 でも、ちょっぴり遊び心が起こったのか、浴衣地の布を当てる瞬間、
水紀の小さな小さなクリトリスを十分露わにしてから舌先でちょろりと
舐め上げた。
 「あっ、いや!」
 凍り付くように身を固くする水紀。しかし、大声は出さない。
 ま、巷の家庭でこんなことが行われているかどうかしらないが、亀山
でならこれは事件でもなんでもなかった。亀山の赤ちゃんたちは誰から
も愛されていたが、そこには純粋な慈愛だけでなく性にまつわる愛情も
含まれている。もちろん節度はちゃんと守られていたが、例えば風呂上
がり、大人たちは悪戯半分に子供たちの性器へキスするのが習慣で、愛
を込めて行われるフェラチオやクニングスはそもそもお仕置きでも虐待
でもなく、やはり愛の表現だったのである。
 実際、私自身もこの歳の頃までは毎日のようにお風呂上がりにはママ
のキスを全身に受けて喜んでいた。
 そう、単純にくすぐったくて気持ちよかったからだ。だから、世間の
評価はともかく彼女の行いを非難する気などまったくなかったのである。
 オムツをはめた二人に大人たちは亀山流の祝福をする。
 膝に抱き上げ、ほ乳瓶でミルクを飲ませるのだ。
 もちろんこの時、女の子たちは笑っていた。
 きっとお腹の中では…
 『ああ、うっとうしい。もういい加減やめてよ』
 と思っているのだろうが笑顔はしっかり作っていた。
 『どうして、こんなことさせて楽しいんだろう』
 抱かれていた頃はそう思っていたが自分が抱く立場に変わると確かに
子供の笑顔はそれが本心でなくとも自分に力を与えてくれる。ましてや
それが上品である程度の教養を備えていればなおのことだ。
 ママからよく言われたことがある。
 「あなたがお勉強するのも、ピアノを練習するのも、今はすべて育て
てくださるお父様のためなの。でも、一度身に付いたものはあなたの体
を離れないから、それはあなたが大人になった時には役立つはずよ」
 「あなたはこの街で暮らすどなたにも無条件で抱いてもらえる。それ
はあなたが女王様からいただいたプレゼント。でも同時に、大人の人に
抱いてもらったら必ず笑わなければならないわ。それはあなたの女王様
に対するお礼。決して忘れてはいけないことですよ」
 亀山での赤ちゃん生活はただ寝ていればいいというわけではないのだ。

第 2 話

< 第 2 話 >
 実に20年ぶりに私は亀山へ登った。この山は実の母親さえ受け入れ
を拒むほどガードが固い。すべては子供たちを純粋培養で育てる為だ。
だから、OBと言えど半年以上経てば性格テストや心理テストを受けな
ければならない。邪な心を持つ者が1名たりとも入り込まないためだ。
 おかげで許可が下りるまで3ヶ月もかかった。これがまったくのビギ
ナーなら確かな人の推薦状から始まって学歴、職歴、現在の資産や収入
などまで申告しなければならない。それを検証した上に、さらに各種の
テストを受けようやく許可が下りるのが1年後というケースは珍しくな
かった。
 ママが僕を中庭で最初に素っ裸にした時、嫌がる僕にむかって……
 「大丈夫よ。お山の上はどこもかしこもお風呂と同じなの。ここには
同じ立場の子供たちしかいないもの。それにここで働いている人たちは
あなたたち子供のためにだけに働いてるの。だから、病院のお医者様と
同じ。裸になってもちっとも恥ずかしくはないわ」
 幼い僕には……
 『そんなこと言ったって……』
 ってなもんだったが、確かにママは嘘はついていなかった。
 確かにここは公衆浴場であり病院の診察室なのだ。誰もが子供たちを
良くしようとして働いている。もちろん、人の内心をすべてつまびらか
にはできない。これだけお仕置きが多く裸にされる場面も多いのだから
関わった人たちがささやかなリビドーを感じることも多々あるだろうが、
歴史100年以上の亀山で、大人たちが子供たちに牙を剥いたなんて事
はただの一度もなかった。
 今回の私の目的は養老院の下見。実は亀山にはOBの要望から養老院
が設けられていた。お歳を召したシスターや先生、ママたちが身を寄せ
る施設は以前からあったが、OBの中にも高齢になって再び亀山に安住
の地をもとめたいと願う人が増えて、10年ほど前から開設しているの
だ。
 『亀山はいいなあ。水も空気も澄んで、緑は豊か、ご近所から流れて
くるピアノの音がBGMになって、まるで物語の世界に引き込まれてし
まったようだ。……ん!?これって僕の曲だ。…先生が「ハ長調にまだ
こんな綺麗な旋律が残っていたなんて」って褒めてくれた曲だよ(∩.∩)
……ちょっぴり恥ずかしい。……きゃ(/\)」
 『小さな子が弾いてる。僕よりうまいじゃないか。(^_^;)』
 『公園は……遊具は変わったけど、蒼い芝は昔のまま。今日は天気が
いいからおままごとのシートが多いな。あのマリア様は僕たちの時代と
同じものなんだろうな。あの脇に、たしかピロリーなんかあったけど…
…げっ!やっぱりある。しかも今でも現役なんだ。女の子がいるもんね。
(^0^;)……何やらかしたんだろう。付き添いの婆さんが、女の子の涙を拭
いてやってるけど、そんなことするくらいなら、早く枷から外してやれ
ばいいのに……どのみち大したおいたじゃないんだろう。この公園に来
る婆さんたちは多くが元教師、おまけに暇を持て余してるから編み物を
しながらいつも子供たちにおいたがないか見張ってるんだ』
 『おっ、枷を外すぞ。とにかくうちはやたら女の子に厳しいからな。
……案の定、嘆願書なんか渡して……あっ、走り出した。元気の良い子
だなあ。……でも、あれって結構恥ずかしいんだよね。おばさん達の前
に行って自分がどんな罪を犯したか告白しなくちゃならないから……』
 『ほれっ、まずは抱っこしてもらって、……乙女の祈りで罪を告白と
……嘆願書にサインをもらって……最後にもう一度抱っこしてキスして
もらえば、一丁あがり!っとね。……ちぇ、隣の婆さんも乙女の祈りを
させてるよ。今まで隣で聞いてたんだから、どんなおいた知ってるだろ
うに。さっさとサインしてやればいいのに……俺の時もあったな、こっ
ちはもういいって言ってるのに「おいで~~」って呼ぶおばさん』
 『……それにしても、この子、これで8人目か……いったい何人から
サインをもらうつもりなんだろう。俺も仲間に入れてもらおうかなあ。
結構元気そうな子だから見知らぬ俺でも飛び込んでくるじゃないか』
 『…………おっ!来た、来た……やっぱり来たよ!』
 「よしよし、良い子だ」
 まるで子犬のようだ。まだ幼稚園の年長さんといったところか。抱き
上げる重さも手頃、純真そのものの笑顔が可愛い。女の子はこうでなく
ちゃ……
 しかしながら、この子を専有できる時間は短い。
 すぐに…「おんり、おんり」…となる。
 そして手早く乙女の祈りのポーズを取ると…
 「今日、柵を越えてお池に入りました。ゴメンナサイ」
 と、そういうことか……
 これがもっと大きな子になると「これからお仕置きをいただきます。
これからは、きっと、きっとよい子になりますから、どうか、どうか、
私の罪をお許しくださいませ」なんて文言が続くんだが、幼い子は覚え
きれないから後半はカットだ。
 でも、大人の方き趣旨を承知しているから、罪さえ告白できていれば
子供が差し出す『免罪嘆願書』快く自分のサインしてあげることになる。
 実はこれ大人なら誰でもよいから、『免罪嘆願書』を渡された子供たち
は誰彼構わず抱きつくのが普通だった。
 ただ、あまり大きくなっちゃうと、恥ずかしさの方が先に立って……
 「いいです、お仕置きの方を受けますから」
 なんて言っちゃって、また先生に叱られちゃうんだよね。
 女の子ってのは他人(ひと)に働きかけて何かしてもらうことが大切
だから、『自分が我慢すればいいんでしょう』みたいな物言いはふてくさ
れた態度とみなされて大人たちからよく思われないんだ。
 「あなた、謙虚さがたりないわね」
 なんて言われたら、まずお浣腸だね。もの凄い赤っ恥をかかされる事
になるんだ。『免罪』なんてついてるけど、要するにこの嘆願書を持って
大人たちの間を回ることが大きな子にとってはお仕置きなんだ。
 そんな恥ずかしさの少ない幼い子はお仕置きを免除してくれるならと
頑張るんだけど……それにしても、あの子は異常だな。あんな幼い子が
そんなに重い罰を受けるはずがないもん。通常なら二人三人からもらえ
ばそれでお仕置きを言い渡した先生も許してくれるはずなのに……
 あっ、とうとうシスター先生が動いたな。
 ちょっと事情を聞いてみるか。
 「どうしたの。小百合ちゃん、そんなにいらないわよ。嘆願書を返し
てちょうだい」
 「いや」
 「どうして?」
 「だって、今度お仕置きされる時にとっとくんだから……」
 『なるほど、そういうことか』
 「たけめよ、それはできないの。嘆願書のサインはその時にもらわな
ければ意味がないのよ」
 「だって、香織おねえちゃまは一生懸命『百行清書』してるよ。今度
『提出しなさい』って言われたらこれを出すんだって……」
 『なるほど、それは俺もやったな。罰を受けた時に書いてたら、夜に
何もできなくなっちゃうからね、暇を見つけては書きだめしとくんだ。
……でも、ネタばらしされたおねえちゃまの方はとんだ困ったちゃんを
妹に持ったもんだな』
 と、そんなことを思ってその場を離れようとした時だった。年輩のシ
スターを補佐していた先生が女の子の持ってきた嘆願書を見て思わず顔
色を変えた。
 「健ちゃん、健ちゃんなの」
 嘆願書から顔を上げた中年の先生は笑顔で僕の名前を呼ぶ。
 「えっ!美里ちゃん」
 実に四十数年ぶりに友達と再会をはたした。彼女は五年前からここの
修道女になっていたのだ。
 「あなた、先生にでもなったの」
 「いや、養老院を見に来たんだ。随分立派な施設だそうだから…」
 「確かに設備は整ってるけど……でも、一旦入ったらなかなか外へは
出られないわよ」
 「それは承知してるよ。その時は当然決心して入るから……今はまだ
見学だけ。……君こそ、よくシスターになる決心がついたね」
 「夫と早くに死に別れて、女手一つで子供を育てあげたら、何だか、
ぽっかり心に穴があいちゃって……ここなんかもいいかなって…………
だって、外には出られなくても、この中では比較的何でも自由に振る舞
えるもの。格好はこの通りだけどシスターだからって特別ストイックな
処はないの。ここが小さな国家だと思えばこんな理想的な場所はないわ。
……私にとってはね……」
 「ここは相変わらずかい?」
 「暮らしぶり?……ええ、相変わらずよ。子供たちは女王様やお父様
たちの大きな愛の中でさかんに産声を上げているし、街を歩けば相変わ
らず裸ん坊さんのオンパレードよ」
 「お父様たちはほとんど入れ替わったんだろう」
 「そりゃそうよ。私たちがすでに天野のお父様のお歳に近づいてるん
だもん。……でも、代わられたお父様のどなたも、やっぱり立派な紳士
よ」
 「じゃあ、何一つかわってないんだ」
 「そうねえ、……女の子の体操着がブルマーじゃなくなった事と……
昔、8ミリで撮っていた記録映像がビデオテープからDVDになった事
ぐらいかな。……あっ、そうそう。忘れてた。大きな変化があったわ。
春と秋の学芸会と運動会に実母の参加が認められるようになったの」
 「そりゃ凄いや、じゃ18歳の前に名乗れるんだ」
 「いえ、それはできなくて、観客席で見てるだけなんだけど…熱心な
親はその後衣類やお菓子を山のように届けたりするわ。………受け取れ
ないれどね」
 「君の親は?18歳の時に会えたの?」
 「ええ、でも、また音信不通になっちゃった。健ちゃんところは……」
 「うちも、会うのはあったんだけど、とうとう一緒に暮らす気にはな
れなかったね」
 僕はこっちへ向かってきた子を両手を広げて抱き上げる。
 何度も言っているが、ここの子供たちは見ず知らずの大人の懐に何の
ためらいもなく飛び込むのだ。
 「お前はどこの子だ?お父様は?」
 「刈谷渡(かりやわたる)」
 「刈谷?……ああ、造船屋さんか……」
 「知らない。お父様はお船作ってたの?」
 「日本で一番大きな造船会社だったよ。お父様は優しいか」
 「分からない」
 「ママの名前は?」
 「綿貫先生」
 「やさしいか?」
 「優しい時もある」
 「何だ、それじゃあちょっぴりしか優しくないみたいじゃないか」
 「ん……だって、怖い時もあるから……でも、ねんねする時はいつも
優しいよ」
 「どうせその歳じゃ、まだママのおっぱい飲んでるんだろう?」
 「うん」
 少年は顔を赤らめたが肯定した。見たところ4年生くらいだろうか、
でも、この亀山でならそれは当たり前。生のおっぱいにありつけるのは
良くも悪しくも彼らが赤ちゃんとしての扱いを受けている証拠だった。
 「そりゃそうだ、一日の最後が辛かったら、次の日だって辛いもんな」
 「ふ~~ん、そうなんだ」
 「ところで、なんで私の処へ飛び込んだんだ?」
 「分からないけど、暇だったからお相手してあげようかなって思って」
 「ほう、そりゃあ、ありがとう」
 私は苦笑する。巷の子供ならこんな物言いはしないだろう。しかしな
がらここは亀山、子供が大人に抱かれるのはいわば挨拶代わり。そして、
自分たちの望みを叶えてくれるのも彼らだと知っているからだった。
 「ねえ、欲しいもの言ってもいい?」
 「ああ、いいよ。どのみちだめな時はだめって言うから」
 「ノートパソコン、ダイナブック……」
 彼は型番やら性能やらを一気にまくし立てたあげく最後に…
 「……安いのでいいよ。30万くらいだから」
 と、こちらの懐を心配してくれた。
 「悦、だめよ、そんなに高いの。あなたにはまだ早いわ」
 「悦君か」
 「大柴悦司。刈谷さんちの子、今でもおにいちゃまから中古をお下が
りして持ってるんだけど、それじゃあ飽き足らないみたいで……それで
大人と見れば誰彼なく抱きついてねだるのよ。相手にしなくいいわよ」
 「パソコンか、俺もやってはいるが…ネットサーフィンとメールぐら
いしか使ったことがない」
 「私だって同じよ」
 「刈谷のお父様は?」
 「それもいずこも同じ。買ってやりたくてうずうずしてるわ。だけど
……」
 「ママがダメだって言うんだろう。やっぱり昔の俺らと同じだ」
 「あなたもここの出だから分かるでしょうけど、ここでお父様は世間
でいえばお爺さま。孫の機嫌取りに何でも与えようとするけど、それを
野放図にやっていたら大人になって苦労するのは本人だもの。だから、
際限のない欲望は押さえさせてるの」
 「ま、この子には分からないだろうけど…お父様と呼ばせてはいても
所詮他人なわけだから、いつまでも甘えられるものでもない。細く長く
信頼を積み重ねた方が得策というわけか」
 「それに他の子とのバランスもあるから……いくらお父様がお金持ち
でも12人もいる子供たちが一気にあれも欲しいこれも欲しいって言い
だしたらお父様自身が音を上げて、せっかく良好な親子関係が壊れかね
ないもの。お父様が本当のパトロンになっちゃったらそれはそれで問題
なのよ。…………わかるでしょう?」
 「わかるよ。子供は寄る辺なき者、慈愛が取引になった時、売り物は
その身体と心だけ……女王様がよく言ってた」
 「ここは慈愛と取引の微妙なバランスの上に成り立っているからその
門は人を選ぶの……」
 「巷の人には何を言っているのか分からないだろうな……そう言えば、
天野のお父様もパトロンと呼ばれると酷く不機嫌になってたもん。……
実際はそうでもそういう関係で子供とつき合いたくなかったんだろうね。
僕も高いオモチャをねだって、お父様からはOKが出たんだけど、ママ
に止められた事があってね。事情は同じなんだろうなあ」
 「ねえ、ダメなの」
 「残念だけど……でも、そのパソコンでいったい何がしたいんだい」
 「何って……お兄ちゃんも持ってるし……」
 「それだけかい?ただ、『お兄ちゃんが持ってるから僕も…』っていう
理由じゃだめかもしれないね。でも、パソコンを使ってやりたいことが
はっきり言えれば、買ってもらえるかもしれないよ」
 「ほんとに……」
 「お父様やママにどうしてもやりたいことがあるからパソコン買って
くださいって言わなくちゃ大人は説得できないよ」
 「うん、わかった。…………ありがとう」
 男の子は肩車してもらっている私の頭と肩に左右の手をかけると器用
に地面に下りて走っていく。
 その後ろ姿を見送りながら……
 「驚いたな、十歳やそこいらの子が30万のものを見ず知らずの人に
買って欲しいってねだるんだから…」
 「何言ってるの。私たちだって同じだったのよ。物価水準が私たちの
頃とは違うだけ。外に出てよく言われたわ「そんな孤児院があるか」っ
て…その時になって初めて自分たちがいかに恵まれた環境にいたか知っ
たの。同時にいかに大人たちから愛されていたかも………でも、ここに
いた子供の頃は不満たらたらだったわ。『何で美樹ちゃんし同じものじゃ
ないのよ』とか『どうしてこんな些細なことでお仕置きされなきゃいけ
ないのよ』とか色々……」
 「それは僕だって同じさ。生まれてこの方ここしかしらないんだもん。
他がどうなってるかなんてわからないじゃないか。『うっとうしいなあ、
何でもかんでも干渉しやがって…』なんて思ってたよ」
 「うちは並はずれて過干渉だもんね。私なんか、何して良いか分から
ないってだけでかんしゃく起こして公園の真ん中で泣いてたらシスター
のおばさんたちがよってたかってよしよし抱っこしてくれたの」
 「ここは大人を見つけて体当たりさえすれば、何かが起こるからね、
退屈はしないよ。だからゲーム感覚で誰にでも抱きついてた」
 「但し、怒らせるとすぐにお仕置きだから適度な緊張感はあったけど」
 「確かにそういうバランス感覚で成り立つ社会なんだけど、歪んだり
もしなかった」
 「それはここに住む人たちが高い教養と理性を兼ね備えてたからよ。
一般社会じゃこうはうまくいかないわ」
 「何しろ賄いのおばちゃんが東京女子師範、庭師のおじさんが東大出
っていう世界だからな。そりゃあ過去に色々あって現在そうなってるん
だろうけど、それにしても凄いことさ。その人たちが幼い子をあやして
勉強まで教えてくれる処なんて、世界中探したってあるわけないよ」
 「だから楽園って呼ばれてるんでしょう」
 「そうなんだけど……楽園の天使たちはいつの時代も裸ん坊さんが、
お好きなみたいで……」
 私たちはいつしか学校の中庭に来ていた。そしてそこでは、いつもの
ように天使たちが素っ裸で一列に並ばされ両手を頭の上に組んで先生に
一人ずつお尻を叩かれていた。
 ここにいた頃は『愛とお仕置きの日々』(いや正確にはお仕置きも愛の
一部だったんだけど)。
 だけどその伝統を変えようだなんて亀山で育ったかつての子供たちは
誰も思ってはいない…はずだ。

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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