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第7章 祭りの後に起こった諸々(3)

第7章 祭りの後に起こった諸々

§3 最後の晩餐

 楽しいひと時は30分ほど続き、カレンだけでなくアンまでも
がピアノを弾いた。

 アンはそれまで自分なりに工夫を重ねてきたカレン式のピアノ
を披露する。
 それはとても軟らかなタッチで、カレンだけでなく伯爵夫人を
も魅了したが、ただ、カレンと同じ音が弾けたわけではなかった。

 依然、カレンの音はカレン本人にしか出せなかったのである。

 やがて、そんな三人の楽しい語らいも、女中がやって来て水を
さす。
 居間の方へ来てほしいというのだ。

 部屋を出る時、女中は伯爵夫人に手を貸そうとしたが、夫人は
あえてこう言うのだった。

 「カレン、あなたが私を連れて行ってくださるかしら?」

 「はい、喜んで……」
 カレンは、伯爵夫人の言葉に何の躊躇もない。

 こうしてカレンが夫人をエスコートする形で、三人は居間へと
やってきた。

 そこで……
 「お父様」
 「お父様」
 二人は異口同音につぶやく。

 さっき伯爵が部屋を出る時、二人はその知らせを耳にしていた
はずだったが、それからがあまりに楽しい時間だった為にお父様
の事はしばし忘れていたのだった。

 「どうしたんだね、二人とも……親が娘の迎えに来るのは当然
のことだと思うがね」

 ブラウン先生はいつもの営業笑い。
 何の敵愾心も感じさせない穏やかな微笑みを浮かべて、二人を
暖かく迎え入れた。

 「では、食堂の方へ参りましょうか」
 伯爵が誘うと……

 「大変恐縮です。閣下。子供がお邪魔をしたうえに夕餉の心配
までいただき、不肖ブラウン、心が痛みます」

 ブラウン先生、つまり父親が伯爵の前で最大限気を使っている
のが二人の娘にもわかった。

 もちろん、伯爵の方は、
 「そんなにお気になさらずに……こちらがお呼びたてしたので
すから、このくらいは容易(たやす)いことです」
 と、軽く受け流すだけだったが……。

 爵位を持つ人たちの普段の食卓は、その家によって、夫婦だけ
だったり、成長した子供と一緒だったりと形態はさまざまだが、
アンハルト家の食卓には、先代の伯爵夫人のほか、現当主、画家
や音楽家、占星術師など多くの人たちが同席を許されていた。

 「おう、これは、これはブラウン先生。こんな処でお会いする
とは奇遇ですなあ」
 コンクールにも顔を見せていたラックスマン教授が目ざとく見
つけてブラウン先生と握手を交わす。

 「50キロの道のりを飛んでまいりました。子どもを持つと、
何かと苦労が絶えませんよ」
 これが先生の応じた言葉だった。

 夕食は当然ながら豪華な晩餐となった。
 当然、それはブラウン先生と二人の少女たちをもてなすために
用意された料理なのだが、貴族の食卓だから、常に豪華な食事を
しているというわけではない。

 大きな所帯は経費も大きい。貴族の家だからといって日常的な
食事にまで大きなお金をかける家はむしろ珍しく、そういった事
も含めブラウン先生としては出された豪華な料理を前に、心中は
複雑だったのである。

 デザートまでが済み、食後の会話を楽しみ、居間に戻って葉巻
をくゆらす。その場に笑い声は絶えないが……それは少女たちの
甲高い声ではない。そこは大人たちの社交の時間だった。

 一連の行事が終わり、ブラウン先生としてはなるべく早く帰り
たかった。だからそのきっかけを探っていたのだが、伯爵の方が
それを許さなかった。
 伯爵としては最後にもう一品、二つ目のデザートを待っていた
のである。

 もちろん、ブラウン先生もそんな相手の希望は分かっている。
だから、結局はこう言うしかなかった。

 「カレン、最後にもう一曲ご披露しなさい」

 食後の胃もこなれ、頃合いのよい時間。
 カレンは再び居間のピアノに着く。

 ピアノ室に移動してもよかったのだろうが、
 『あの程度なら、ここでも……』
 伯爵は軽く考えていたのだ。

 ところが……

 「……………………………………………………………………」
 「……………………………………………………………………」
 「……………………………………………………………………」
 「……………………………………………………………………」
 「……………………………………………………………………」

 ピアノが始まってしばらくすると、その部屋が水を打ったよう
に静まり返る。表現のしようがないほどの繊細な音が周囲の人々
から会話の声ばかりか葉巻を灰皿にねじ込む物音さえも奪い去る。
葉巻は灰皿に乗せられたまま燃えていく。
 誰もがカレンの弾くピアノの音をほんの一瞬たりとも聞き漏ら
したくなかった。

 「(街の喧騒の中ではさほどとも聞こえなかったのに。お母様
はこれを聞かれたのだ)」
 とりわけ、緊張が高まってトランス状態で弾く時のカレンのピ
アノを伯爵はこれまで聞いたことがなかった。それだけに、彼の
驚きは強烈だったのである。

 「(何故だ。これは紛れもなく兄さんの音ではないか。誰にも
決して真似のできないはずの天上の音楽。それをどうして彼女は
奏でることができるんだ。……聞かねばなるまい。もっと詳しい
話を……)」

 伯爵はカレンのピアノを聞くうち、手にしたブランデーグラス
が重いと感じてテーブルの上に置いてしまう。そんな伯爵の気持
がブラウン先生には手に取るようにわかるのだ。
 しかし、だからこそ、いけなかった。

**************************

 帰りの車中、ブラウン先生は無口だった。
 無口だったが、怒った様子もないから娘たちはほっと胸をなで
下ろして家路についたのである。

 「今日はもう遅いから寝なさい」
 そう言った時も先生は笑っていた。

 その次の日の朝も、いつもと変わらない朝だった。

 女中さんたちのなかにカレンの笑顔があって、子供たちの声は
誰の声も甲高く、ブラウン先生もいつものように笑顔で他の先生
たちと談笑している。

 「さあ、みんな、学校へ行く時間よ」
 ベスの声が山荘じゅうに響き渡る。

 学校は山荘のお隣。規模だって寺子屋ほど小さなスペースなの
だが、それでも出かける時は、居間で、でんと構えているお父様
に抱きつき、『行って来ます』のキスをするのが慣わしだった。

 だから、二人とも居間へと出発する準備を整えていたのだが…
 「今日はお父様からお部屋で待っているようにとのことです」
 アンナとベスからカレンとアンは伝言を受ける。

 「あっ、そう……」
 二人とも気のない返事。
 しかし、だったら待っているしかなかった。

 子供たちがすべて出払い、通いの女中達も自宅へ帰って行って、
山荘には気心の知れた使用人たちと家庭教師のヒギンズ先生だけ
が残っていた。

 そうなってはじめて、ブラウン先生は二人の娘たちを呼び出し
たのである。

 おずおずと居間のカーペットを進む二人。カレンはわけがわか
らずそれでも神妙にしているが、アンの方は今にも心臓が口から
飛び出しそうなほど緊張していて、顔は真っ青だった。

 「カレン、おいで……」
 ソファに腰を下ろしたブラウン先生はまずカレンを近くへ呼び
寄せる。

 「はい、お父様」
 心なしか元気のない声。詳しいことなど分からなくても女性は
周囲の空気がよどんでいるのを敏感に感じ取る生き物。

 『何だか、ヤバイ』
 女の勘が働くのだ。

 「あらためて聞くが、君は、私のことをこれからも本当の父親
だと思って、ここで暮らすつもりがあるかね?」

 「えっ!…………あっ……はい、お父様」
 突然の質問に驚くカレンだったが、自信なさげに答える。

 「本当に、心の底からそう呼べるかね。私のことを『お父様』
って……私は単なるパトロンでは嫌なんだよ」

 「はい、最初にお約束した通りです。本当の父が見つかるまで
は、先生が私のお父様ですから」
 カレンは意を決したように今度は少しだけ声を張った。

 「わかった。だったら、お前は私の娘として、私から罰を受け
なければならないが、それでもいいのかな?」

 「(えっ!!……どうして!!)」
 カレンは驚いた。その突然の宣言がアンの予測通りだったから
だ。

 「お前は、アフリカで生まれ育ったから、この町の事情は知ら
ないだろうが、あの伯爵家の先代は、戦時中はナチの幹部だった。
彼としては戦争で多くの犠牲を払うよりその方が得策と考えたの
だろう。たしかに彼の読み通り戦争の被害は少なかった。しかし、
結果として、この町でも罪のない多くの人が処刑されたから、今
でも、伯爵家に対して恨みを持つ人は決して少なくないんだ」

 「(やっぱり、その話なんだ。アンの言うとおりだったわ)」
 カレンは思った。

 「私も、君達も、この山荘も学校も、ここにある全てのものは、
町のみなさんが有形無形のいろんな援助をしてくださるおかげで
成り立っている。決して私の力だけで、全てがうまくいっている
わけではないんだよ。……わかるかい?」

 「はい、お父様」

 「もし、そんな町のみなさんの中に伯爵家を快く思わない人が
大勢いるとしたら…『我々が伯爵家と個人的に仲良くしている』
なんて噂がたつだけで、援助の手をやめてしまう人か出てくるか
もしれない。そうなって困るのは、君だけじゃない。まだ小さい
子供たちを含め、山荘の人たちみんななんだ。それも、わかるだ
ろう?」

 「は、はい、で、でも、私、そんなこと…今まで知らなくて…」
 カレンは慌てて弁解する。

 「わかってるよ。私は君のお父さんだから、娘の事は一番よく
知っている」

 「(よかった)」
 カレンは心の中でそうつぶやいた。許されると思ったからだ。
ところが……

 「でも、多くの人はそんな君の事情は知らないし、そもそも、
そんな事どうでもいいことなんだ」

 「どういうことですか?」

 「肉親を殺された人たちにとっては、先代の伯爵様だけでなく、
伯爵家そのものが敵だし、伯爵家と親しくする人も心許せない人
になってしまう。もちろん、伯爵様に石を投げたり、法に訴える
事はできなくても、離れていることはできるからね。私たちから
も、自然と離れていってしまうんだ。そんな人に君は『あれは、
偶然仲良くなっただけなんです』っていちいち説明に回るかね。
というより、そんな事説明したところで、その人の気持に変化が
起こると思うかね」

 「…………」

 「『伯爵様とは親しいけれど。私はいつまでもあなた方の味方
ですよ』などと言ってみても、肉親を殺された人たちにとって
は、そんなご都合主義の理屈は届かないんだ」

 「じゃあ、どうすれば……」

 「この場合はどうすることもできないんだ。伯爵のそばにいた
事が罪だし、やさしくしてもらった事が罪なんだ。……もちろん
法律的には君に何の責任もないし、落ち度だってない。……でも、
この家の子として……君を罰しないわけにはいかないんだよ」

 「…………」
 カレンは思わず唇を噛んだ。
 『とっても不条理なこと……でも、逃れられない』
 そう思ったのである。

 「だから、さっき私が尋ねただろう。これからも私の子どもと
してここに残るかいって……いいんだよ、今からでも……嫌なら、
それも……無理にとは言わないから……君には別の引き取り先を
探してあげるからね」

 すると、カレンはこう尋ねるのだった。
 「あのう…それって、アンも、同じ罰を受けるんでしょうか?」

 この時、それまで真剣そのものだったブラウン先生の顔が緩む。
彼はどうやらカレンの意図を見抜いたようだった。
 「同じ罰を受けるよ。二人一緒だ。……恥ずかしくて、痛くて、
辛い罰だ」

 「……そうなんですか」
 カレンはぽつりと一言。でも、それは迷っているからではない。
決断のきっかけを探っているだけ。『この家を出る』なんていう
選択肢はアンにはないはず、もちろん、カレンにだって最初から
なかった。

 「アンはどうなんですか。そんな理不尽なことをするこんな家
から逃げだしますか?」
 先生は事のついでにといった感じでアンにも尋ねる。これも、
先生にしてみたら、彼女がここを出る決断は絶対にしないという
確信があってのことだったのである。

 案の定、アンの口からは……
 「私は、これからもお父様の子供ですから……」
 
 「よろしい、……では、カレンはどうしますか?」
 
 「はい、私もお父様の子供です」

 「よろしい、二人がそう言ってくれるのなら、私だって親です。
命に代えてもあなたたちを守りますよ」

 ブラウン先生の顔はいつになく厳しい。普段なら、お仕置きの
場面でも多少の笑顔はみせてくれる先生なのに、この時ばかりは
まったく笑顔がない。それほどまでに、この問題は根は深かった
のである。


*******************(3)*****

第12章 教会の子供たち(7)

          第12章 教会の子供たち

 §7 教会の子供たちのお仕置き(3)

 クララ先生とカレンはイルマの悲鳴は聞かずに部屋を出た。
 これ以上幼い子の悲鳴を聞いていても何の心の糧にもならない
からだ。ただ、長い廊下を二人で歩きながらクララ先生がこんな
ことを問いかけるのである。

 「カレン、あなたはブラウン先生から女の子には耐えられない
ようなハレンチなお仕置きを受けたことがある?」

 「えっ!?」
 その瞬間、カレンの頭の中にフラッシュバックが起こった。

 ブラウン先生から両太股を持たれて人間椅子で用を足すはめに
なった時の情景。それが頭をよぎったのだが、声にはならない。
とてもじゃないけど、恥ずかしくて言えなかった。

 「あるわけないわね。ブラウン先生って、もとはイギリス紳士
なんだもの。大陸育ちの私たちと違って、女の子にもやさしい人
なんでしょう?」

 「ええ、まあ……」
 カレンは言葉を濁すしかなかった。

 「だったらここは、あなたの目には地獄の館に見えるかもしれ
ないわね。ヨーロッパの人たちは自分たちのことは棚に上げて、
『鞭打ちはイギリスの悪習だ』なんて言うけど、それはお仕置き
に鞭打ちを取り入れているというだけ。実際はかなり抑制的なの
を知ってるわ。むしろ、ヨーロッパの方がよほど子どもたちには
キツイことをしてるのよ」

 「そんなこと……私のところだって、お尻をぶたれる子は沢山
いますから……女の子だって……」
 カレンは何かを取り繕うように話す。

 「そう……それを聞いて安心したわ。……最近は、リベラルな
人の間で、子どもたちへのお仕置きを罪悪視する人も多いから、
ひょっとして開明的なブラウン先生はそんな事はなさらないのか
と思って聞いてみたの。安心したわ」

 「私も、やられたことありますから……」
 カレンは思わず口をすべられた。

 「まあ、あなたまで?……だって、あなたお仕置きって歳じゃ
ないでしょう……」
 クララ先生は少し大仰に驚いてみせる。

 「ええ、でも私、おっとりしてるけど、意外にそそっかしくて」

 「でも、あなたがお仕置きを受けてるとなると、あとは全員、
被害にあってるわね」

 「そんなこと……」

 「あら、違う?」

 「…………」
 カレンは答えられなくなってしまった。

 「いいのよ、それで……昔は、18歳でも二十歳でも嫁入り前
の娘なら親は娘のお尻を叩いて当然だったんだから……私だって
自分が子供の頃は『大人はどうしてこうも残酷なんだろう』って
思ってたわ。だから、私、大人になったら子供達には絶対に手を
あげないつもりでいたの」

 「そうなんですか」

 「でも、人間なんて勝手なものね。……いざ、自分が逆の立場
に立つと、考えがまるっきり変わってしまったの」

 「じゃあ、お仕置きは……」

 「今では、やっぱり子供たちの為にもそれはあった方がいいと
思ってるわ。……もちろん、罰を与える側がその子を愛している
というのが大前提での話よ。……あなたはどうなの?」

 「私は……」
 カレンはその事に明確な自分の考えを持っていなかった。
 強いて言葉にするなら……

 『お仕置きは受けたくないけど、受ける時は自分がいたらない
時だから仕方がない』
 と、こんなところだろうか。ただはっきりしている事もあって、
 『ブラウン先生からどんな罰を受けようと、私が先生を恨む事
だけは絶対にない』
 と思っていたのである。

 「あなたはまだ指導する立場に立ったことがないから、こんな
こと聞いてもわからないわね」

 カレンが答えに迷っていると、クララ先生はこう言って切り捨
てた。そして、その言葉が終わらないうちに、中庭に次の目標を
見つけてしまう。

 「あら、シンディ<Cindy>じゃないの。ごきげんよう」
 先生が見つけたのは、芝生に腰を下ろす7歳のシンディの姿。
彼女は伯爵の館にも出入りしていてカレンも以前に彼女のピアノ
を一度聞いたことがあった。

 「あっ、先生」
 クララ先生を見つけた彼女は、幅広のつばのある帽子の奥から
とびっきりの笑顔を見せる。

 「今日は……どうしたの?日向ぼっこかしら?」

 クララ先生が皮肉を言うと、恥ずかしそうな顔をして……
 「お昼ご飯の時にお皿を投げたら割れちゃったの。そしたら、
ここにいなさいって、お母様に言われて……」

 「あなたのお母様ってシスター・モナハン<Monaghan>ね」

 「そうよ。いつもはご機嫌な人だけど……今日は、虫の居所が
悪いみたいだから先生も気をつけた方がいいわよ」
 シンディは投げ出した両足が枷に挟まれて不自由になったのを
眺めながらクララ先生に助言する。

 「ありがとう、シンディ。せいぜい気をつけるわ。ところで、
あなたは何時からここにいるの?」

 「分からない。でも、最初にお母様とここへ来た時は、たしか
……あの木の左側からお日様が顔を出していたわ」

 「そう、それじゃあ、一時間くらいはたつわね。……あなた、
おしっこは大丈夫」

 クララ先生にこう問われると、その笑顔を微妙に変化させて…
 「ん~~~~~~やりたい」
 という答えだった。

 すると、クララ先生は笑顔で……
 「だったら、まず、おトイレからね。それから先生とピアノを
弾きましょうね」

 クララ先生はシンディの足枷を外すと、まずは一緒にトイレへ。

 途中、見張っていたシスター・モナハンと顔を合せたが、彼女
は緊張気味のシンディに母親らしく…
 「先生の言いつけを守って、ピアノ、頑張るのよ」
 と笑顔で励ましただけ。
 あとは大人たちがお互い軽く微笑んで会釈しただけだった。
 もちろん、シンディの足枷を勝手に外したことなど一言も咎め
なかったのである。


 シンディのトイレが終わると、三人はようやくカルロスの待つ
音楽室へとやって来た。

 そこは20畳ほどの広さがある離れ。ところが、ドアを開けた
瞬間、まるで爆音のような音が三人に襲い掛かる。

 カルロスのピアノはもちろん、バイオリンやチェロ、ホルンや
トランペットを吹く子もいて、それがお互いバラバラの曲を演奏
しているから、これはもはや音楽というより単なる騒音だったの
である。

 『すごいなあ耳が壊れそう。こんな処でレッスンなんて本当に
できるのかしら』
 カレンの心配はもっともだが、与えられた場所がここしかなけ
れば人間それはそれなりに順応するものらしく、カルロスもここ
で練習していた。

 「どう、凄いところでしょう。でも、これが現実。ここの大人
たちにしてみれば『将来、音楽家になるわけでもないんだから、
彼らにはこれで十分』と考えてるのよ。あなたの処とは比べ物に
ならないわ」

 「ここで、レッスンなさるんですか?」

 「そうなんだけど、30分くらいなら……」
 クララ先生は、カレンにはそう言って微笑んでおきながら……
今度は、部屋全体に向って大きな声で叫ぶ。

 「みんな、これからカルロスにレッスンをつけなきゃいけない
の。30分くらいやめてくれないかしら」
 クララ先生が叫ぶと意外なほどピタッと音がやんだのだ。

 「凄い!さすが先生。人望があるんですね」
 カレンがまるで海を割ったモーゼみたいに先生を讃えると……

 「ありがとう。褒めてくれて……でも、ここの子どもたちは、
物心ついた時から大人の命令には従順に従うように訓練されてる
から、あなたが叫んでも結果は同じよ。これも、言葉は悪いけど、
お仕置きの成果なのよ」

 「そんなに鞭って多いんですか?」

 「特に、幼い子ほど厳しいわ。私も覚えがあるけど、幼い頃は
『はい、お母様』『はい、シスター先生』『はい、神父様』って、
これしか言えなかったの。それ以外のことを言うとぶたれそうで
『いいえ、お母様』なんて滅多に言えなかったわ」

 「えっ、そんな残酷なこと……」

 「でも、それがここの現実でもあるの。でもこれって、私たち
が教会の子どもたちだからじゃないのよ。貴族のような上流層に
生まれてもそこは同じ。昔は赤ん坊が生まれると、まず教えられ
るのは大人たちへの絶対服従。そこからすべてが始まってたの。
だから、ある程度年齢が上がって、親や教師にも比較的自由に物
が言えるようになっても、強く命令されると、身体の方が自然に
反応してしまうのよ」

 「…………」
 カレンはクララ先生の言葉にどう反応してよいものか、それも
わからないまま、ただ、ぼんやりと……
 『貴族の生活って、途方もないほど残酷なんだ』
 なんて、思ってしまうのだが……冷静になって考えてみれば、
クララ先生が事態を悲劇的に語っているからそう思えるだけで、
庶民にしても幼児と母親の関係が絶対的なのは同じことなのだ。

 ただ、お金持ちの子は、親以外にも自分を監視する人が何人も
いて、細かなことにまで目が行き届いてしまう。そこで、育てら
れる側にすると、『束縛されている』『自由じゃない』と感じる
ことになるのである。

 で、結局のところ……
 「一緒にやっちゃいましょう。あなたシンディの方をお願いね」
 とクララ先生に言われて、カレンはお嬢ちゃまの方を担当する
ことになったのだが……

 「……?」
 あたりを見回してもシンディのためのピアノがない。

 カレンとしては、ピアノのがもう一台、この部屋か隣りの部屋
にあるものだと思っていたから、シンディが玩具のピアノを取り
出してきた時には……

 「だめよ、シンディ。レッスンはおままごとじゃないのよ」
 と叱ってしまった。

 ところが……
 「カレン、それでいいのよ。それでお願いするわ」
 クララ先生は悪びれもせず、そう告げるものだから……

 「えっ!これ?………………だって、これ玩具の……」
 カレンが驚いてそう言うと……

 「いいから、弾いてごらんなさいな。調律したばかりだから、
大丈夫よ」

 「調律?」
 クララ先生にそう言われて、カレンは悪戯に叩いてみた。
 すると……

 「……!……!!……!!!……!!!!……!!!!!えっ」
 鍵盤を叩くたびに、そのピアノはカレンを驚かせたのである。

 「ほら、ちゃんと、『六時十四分』が立派に弾けるじゃない。
その子にはそれで十分よ。ブラウン先生の処にはなかったしら、
そういうの」

 「………!………」
 カレンはその瞬間、カレニア山荘にもこれと同じタイプの玩具
のピアノが存在していたのを思い出した。

 そして、その時は聞き流していた…
 「カレン、これだけは覚えておきなさい。貴族たちが身の回り
で使っている調度品というは決して流行を追った奇抜なデザイン
ではないけれど、最高級の材料を使い、国で一二を争う職人たち
に作られせた物ばかりだからどれも値打ち物なんだ。こんな玩具
のピアノでも、本物のピアノと同じ音色がでるようになっている
んだよ」
 というブラウン先生の言葉も思い出したのである。

 さらに……
 テーブルにピアノを乗せ、自らがまず椅子に座り、シンディを
その膝の上に乗せて、ピアノを弾かせ始めると……
 その昔セルゲイおじさんのお膝でピアノを叩いていた
幼い日の自分の姿までもを思い出すのだった。

 『そう言えば……あの時の音も、まさに本物のピアノの音色。
あのピアノだって、決して子供だましの安い音ではなかったわ』

 カレンの手は自然とシンディの手のひらを包むようにその上に
覆いかぶさる。
 決して大人の手は幼い手には触れないのだが、そうされると、
不思議とピアノが上手く弾けるように思われた。

 シンディは……
 「邪魔よ!鍵盤が見えないでしょう」
 最初の数回はそう言って跳ね除けたが、何回もやっているうち、
シンディは諦めて、その体制でピアノを弾き始める。

 すると、数回それを繰り返すうちに……

 「……!」
 クララ先生が思わずこちらを振り向く。

 シンディのピアノが上達した。いや、正確には変化したように
感じたからだ。彼女は思わずカレンが弾いているのかと錯覚した
のだ。

 そんな変化は当のシンディはもっと強く感じていた。
 カレンに抱かれ、両手を大きな覆いで囲まれて鍵盤が見えない。
彼女のようにまだつたないピアノしか弾けない子にとって鍵盤が
見えないことは失敗につながり不安だった。

 ところが、そうやって練習していくうちに、ピアノの音が柔ら
かく変化する。しかも、なぜか失敗も少ないのだ。
 まるで覆いかぶさるカレン手に導かれているかのように自分の
両手が自然に鍵盤を叩いている。そんな感じだった。

 そして何より、そのピアノの音は大きな身体に抱きかかえられ
ている安心感もあってか、とても心地よくシンディの身体に届く
のだ。

 『寝てしまいそう』
 シンディは自分でピアノを弾いていてそう思う。
 今まで、間違わないようにと必死になって鍵盤を探していた時
にはありえないことだった。

 発見はクララ先生もしていた。
 『そうか、ピアノと同調する彼女の音楽はこうやって習得した
ものなのね。ブラウン先生が言っていた、好きな人を思い描いて
いない時には出せない音ってこういう事なんだ。いずれにしても
彼女にとってのピアノは私たちが感じているような無機質なもの
じゃなくて、思い出や感性と一体になって奏でられてるんだわ』


 「あらあら、もうオネムになっちゃった?……じゃあ、今日は
これで終わりにしましょうね」
 カレンは自分の膝の上で眠ってしまったシンディに優しく声を
かける。そして、それまでシンディが弾いていた『六時十四分』
を自ら奏で始めたのである。

 甘い音色、優しい響き、誰がどんなふうに真似をしても絶対に
出せないカレンの音が室内に響いた。
 赤い小さな玩具のピアノで奏でるピアニッシモ……


 ところがその瞬間、突然に、まったく同じ曲がフォルテッシモ
で聞こえてくる。

 何の脈絡もなくまるで雷が落ちたように激しく叩かれるピアノ。
いくつもの和音を引き連れて……装飾符を撒き散らしながら……
時々譜面をはみ出して……気が狂ったようなリズムが部屋じゅう
を席捲するのだ。

 『まるで、動物園の猛獣たちが檻から解き放たれて我が物顔に
道路を行進しているようだわ』

 カレンはこの騒々しい『六時十四分』をこう思った。
 しかし、それはカルロスの弾くピアノを嘲笑したわけではない。
 シンディが自分の懐で安らげるように、カレンもまたカルロス
のピアノを聞いていると不思議に心が安らぐのである。

 カレンはカルロスがわざと自分なりの『六時十四分』を弾いて
みせようとしているのは分かっていた。きっと、大きな音を立て
て困らせよう、怒らせようともしたのだろう。

 当然、クララ先生はカルロスの暴走をやめさせようとした。
 ところが、カレンの様子を見て、それを思いとどまってしまう。

 この騒々しい音の洪水の中で、カレンが自分の居場所をみつた
ような笑顔で自分の『六時十四分』を引き続けているからだ。

 そして……
 時間の経過とともに音を上げたのはむしろカルロスの方だった。

 「……!……!!……!!!……!!!!……!!!!!えっ」

 彼は自分のたてた音の隙間に入り込む旋律にいつしか心を奪わ
れていく。

 『私、なぜ今まで気づかなかったんだろう。……この子、意外
にいい耳を持っているわ』
 カルロスの変化にクララ先生は驚いた。

 その後、ナイヤガラ瀑布のようだったカルロスのピアノの音が
いつしか戴冠式を彩る赤い絨毯のように洗練されていくのだ。

 やがて……
 『何なのこれ!いつの間にかカルロスの方がカレンのピアノを
エスコートし始めてるじゃない。…それにしても、なんて子なの。
…たった一曲聴いただけでカルロスの才能を見極め、わずか5分
に満たない曲を一曲弾いてみせるだけで、猛獣を一頭手なずける
なんて……人間業じゃないわね………なるほど、ブラウン先生が
ご執心な訳がわかるわ』

 クララ先生は、あらためてカレンの才能に驚き、自分の才能に
落胆し……嫉妬して、カルロスからその席を奪うと、自分が作曲
した最も自信のある曲を精魂込めて弾いてみる。

 すると……
 「美しい曲ですね。……ここ、いいですか?」

 クララ先生はカレンの申し出を断れなかった。
 そこで、その曲はそれ以後、カレンと連弾で締めくくることに
なったのである。


*******************(7)*****

第12章 教会の子供たち(6)

         第12章 教会の子供たち 

 §6 教会の子どもたちのお仕置き(2)

 「リンク先生!いらっしゃったんですか?」

 「今、帰ってきたばかりよ。今日は、この子たちを引き取りに、
劇場まで行ってきたの」

 入ってきたのはシスターだけではなかった。まだ10歳を少し
だけ過ぎた年恰好の少女たちが三人。二人の前にもじもじとした
様子で所在なさげに現れたのである。

 「クララ、こんな処で、私の悪口は言わないでちょうだいね。
子ども達に示しがつかないわ」

 「悪口だなんて……」
 クララ先生が顔を曇らせると……

 「(ふふふふ)」シスターは穏やかに笑って……
 「冗談よ。私は初めから悪役が仕事ですもの。それは仕方ない
ことだもの。……ところで、そちらのヤングレディーはどなた?」

 「カレンといいます。カレン・アンダーソンです。……今日は
クララ先生の助手でうかがいました」

 「カレン?……ああ、あなたがカレンね。最近、あなたの曲を
チビちゃんたちが弾いているのをよく耳にするわ」

 「今日は、どうしたんですか?……ひっとして、この子たちが
何かしでかしたとか?」

 「そうなのよ。今日は国立交響楽団の定期演奏会があるという
ので、この子たちに外出を認めたんだけど……ここを出る時は、
ちゃんとした格好でいたのよ。……ところが……」

 「途中で、私服に着替えた」

 「そういうこと。……この子たちの顔を見知った人がたまたま
劇場の中にいて、電話で知らせてくださったの。そうなったら、
こちらとしても拾いにいかない訳にはいかないでしょう」

 「……お仕置きしないわけにも、いかないってわけですか」
 クララ先生は納得した様子で三人を眺める。

 「そういうこと。私だって、子供達からそうそう嫌われたくは
ないけど、これが私の仕事だから仕方ないわ」

 「あなたたちも、まだ11歳のくせにいい度胸ね。まだ何一つ
できないヒヨコの時は、自分を愛してくれる人の為にも大人しく
してなきゃ……熱い思いを受けるはめになるわよ。……???」

 クララ先生はそこまで言うと、ふと沸いた疑問を自ら確かめて
みる。
 三人のうち一人のスカートを捲り上げたのだ。

 「…………」
 彼女は思わず声を上げそうになったが思いとどまる。
 『そのことが、自分の立場を悪くするんじゃないか』
 そう考えたからだ。

 もちろん、クララ先生は外部の人だから、それは関係ないのだ
ろうが、今の彼女たちには目上の人たちはみんな怖い人と映って
いた。

 「あらあら、お土産持ってきたのね。やたら腰を振ってるから、
ひょっとしてとは思ってたけど、あななたたちずいぶん古風な事
されたのね」

 クララ先生は彼女のパンツの中に押し込まれたイラクサを見て
笑う。

 イラクサは小さな棘が無数に生えているからパンツの中で擦れ
ると女の子の大事な処が傷ついてしまう。彼女たちの草はすぐに
取り除かれるだろうが、どのみち二三日は、痛痒くて仕方がない
はずだった。
 昔はこの性質を利用してオナニー癖のついた子に我慢を教える
教材としてよく利用されたのである。

 「先生、このイラクサはどうなさったんですか?たしかうちの
イラクサは処分されたと聞いてましたけど……」

 「たまたま、お百姓さんが雑草刈りの帰りでね、荷車に積んで
捨てに行くところに出会ったものだから、分けてもらったのよ。
……ご親切にこの子たちのパンツの中に押し込むのまで手伝って
もらったわ」

 「あらあら……」クララ先生は破顔一笑。
 「あなたたちもそろそろ本格的なお仕置きを経験する時期ね。
まだ目の覚めるようなのを受けたことがないのなら、今日はいい
教訓になるわよ」
 クララ先生にそう言われると、さすがにばつが悪いのか全員が
足元の床に視線を落とした。


 と、そこへ、大人たちが三人も、どかどかと部屋の中へ入って
くる。

 「申し訳ございませんシスター。とんだ粗相をいたしまして」
 「こんな企てがあるなんて、私、ちっともしりませんでした」
 「今回のことは私の罪でございますから、どうぞ責めは私に」
 三人はヴェラ先生の前で膝まづくと、それぞれに平謝り
だ。

 実は、この三人。それぞれにこの子たちの親代わりをつとめる
シスターたちだった。
 子どもの罪は親の罪でもあるというわけなのだが、それももう
少し幼い頃まで。10歳を過ぎれば、犯した過ちをはやはり自分
で償わなければならなかったのである。

 「マヤ< Maja >。こちらへ来なさい」
 ヴェラ先生が命じると、マヤは素直に応じる。

 もちろん、頭を撫でてくれることなんか期待できないが、そう
するしかなかった。

 「マヤ< Maja >。両手を頭の後ろで組みなさい」
 ヴェラ先生はそう言うと、抱きつけるほど近くに寄った
マヤのロングスカートの裾を一気に捲り上げる。

 「…………」
 まだ細い素足の根元にイラクサを大量に詰められたショーツが
現れる。当然、ここにいる全員の目にそれは焼きつくが、黒髪を
オカッパ頭にしたマヤは声をたてなかった。

 それが自分の立場をさらに危うくすることを彼女は知っていた
からだ。

 すると、彼女の母親代わりであるシスター・メラーが、
今度はイラクサ入りのショーツを彼女の足首まで一気に引き下ろ
すのである。
 ヴェラ先生とシスター・メラーの間に何の打ち
合わせもなかったが、何を意図しているかは阿吽の呼吸で分かる
ようだった。

 「…………」
 一方、マヤも落ち着いたもので、まだ下草の生えない割れ目が
ここにいる全ての人の目にとまっていても慌てもせず何一つ声も
出さない。

 おそらくはヴェラ先生に呼ばれた時からそれはもう想定
していたことだったのだろう。

 シスター・メラーは娘のパンツを取り去ると、持参したタオル
で彼女のお股を軽く拭き取り、新たなショーツを穿かせた。

 それはまるで幼子が粗相した時に母親がするような事。こんな
歳になった女の子にすれば恥ずかしいに決まっているが、マヤは
何も言わず、その光景をただ上から眺めていたのである。

 「しばらくは痒いけど、掻いたらだめよ。よけい酷くなるから」
 そんな言葉を無言で聞いていたのである。

 「次は、ローラ。あなたよ」

 要領は、マヤと同じだった。
 茶髪の長い髪の毛を三つ編みして緩やかにたなびかせながら、
ヴェラ先生のもとへとやってきた色白の少女も、大人たちのなす
がまま、ストリップ嬢となってそこへ立ち尽くす。

 途中……
 「ほら、動かないの!」
 母親役のシスター・リーネンにそう言われて、平手で
お尻を「ピシャ」とやられたが、マヤとの違いはそれだけ。
 やはり可愛い割れ目をみんなの前に晒すことになるのだった。

 ちなみに、ローラとシスター・リーネンはもちろん、
本当の親子ではない。ただ、ここでは赤ん坊の頃から、どの子に
も専用の母親役がいて、ローラの担当がこのシスター・リーネン。
 このため、普段ローラは母親の姓をとってローラ=リーネンと
名乗っていたのである。


 「イルマあなたもよ」

 イルマは赤毛の天然パーマ。ソバカスだらけの顔は決して美人
ではないが、割りにはっきり物を言うタイプで、女性はともかく
殿方には好かれていた。

 「ねえ、恥ずかしいよ」

 イルマは、自分の代理母であるクリンゲに三人の中で
ただ一人訴えたが、もちろん受け付けてくれるはずもなく……

 「仕方ないでしょう。あなたが悪いんだから………だったら、
どうして規則を守って、制服を着ていかないの」

 「だって、あんな服、嫌なんだもん。みんなじろじろ見るし…
他の子はおめかしして座ってるのに、どうして私たちだけあんな
ボロ服着て行かなきゃならないのよ。私だってあのくらいの服、
もってるわ。……不公平よ」

 イルマは下半身すっぽんぽんの状態で訴える。
 しかし……
 「困った子ね、何度言ったらわかるの。あなたはこの修道院が
あなたの家なの。あなたみたいな小娘が生意気言うんじゃないの。
あなたは一人で生きているつもりかもしれないけど、実際は院長
先生はじめ、多くのシスターたちがあなた方を世間の目から守り
支えているから、あなた方はこの町で暮らしていけるのよ。……
あなた、そんなに嫌なら、街の孤児院にでも移ってみる?」

 シスター・クリンゲにこう言われると、イルマも反論
できなかった。
 彼女自身、修道院の怖い現実を見て知っているからだ。

 実際、多くの子どもたちの中には、院長先生の逆鱗に触れて、
街の孤児院に追い出される子もいた。
 いや、いるにはいたのだが、大半の子が一週間はおろか三日と
もたなかった。食事は不衛生で不味いし、服も靴もボロ。大人達
は気分屋で気まぐれに鞭を振るうし、仲間達の虐めだって毎日の
ように繰り返される。
 そんな劣悪な環境では、同じ様に親元から離れて暮らしている
とはいっても、お仕置き以外、何一つ不自由なく育った少女達が
一緒に暮らせるはずがなかったのである。

 結局は、院長先生に『ごめんなさい』のお手紙を書いて戻して
もらう事になるのだが……
 その子が帰還する際には、身も凍るほどの厳しいお仕置きが、
公開処刑という形で繰り広げられるから、それを見たことのある
イルマとしては、たとえここにいくらか不満があっても、『私、
街の孤児院へ移ります』なんて軽々しく言えなかったのである。

 「イルマ、あなたの気持は分かるけど、どんなに幸せそうな子
にも苦労はあるものよ。すべてに不満のない暮らしなんてたとえ
王女様でもしてないわ。あなたたちだって教会のバザーや音楽会、
発表会、お祭りの時なんかはおめかししてでかけられるでしょう。
イルマ、それでは不満かしら?」

 「…………」

 「私たち女性はね、神様の定めた処で一生懸命に生きることが
幸せの近道なの」

 ヴェラ先生にこう言われると、イルマも渋々……

 「はい、先生」
 こう言うほかはなかった。

 ヴェラ先生は三人を前にこう諭す。
 「あなたたちを罰するのは、私だって心苦しいの。……本当は
あなたたちにも普通の家庭の子のように何時でもお洒落をさせて
あげたいわ。でも、今のあなたたちは教会の後ろ盾があるから、
世間の風を受けずにすんでいるの。もし何の後ろ盾もなくなり、
独りでいたら、それは浮浪児と同じ。たちまち世間からの虐めで
心を病んでしまうわ。それを恐れたから、あなたたちのお父様は、
あなたたちをここへ預けたの。そんなお父様をがっかりさせない
ためにも、あなたたちは教会の規則には従わなければならないわ」

 すると、ローラが……
 「わたしたちに、本当にお父様っていらっしゃるんですか?」

 「もちろん、いらっしゃるわ。あなたが当たり前のようにして
ここで暮らせるのは、そのお父様がここでの費用を負担されてる
からなの。教会の規則であなたたちはまだお父様に逢えないけど、
18歳になれば必ず逢えるわ。それにお父様へはこちらから細か
な報告が届くから、あなたたちがここでどのように暮らしている
かはよくご存知のはずよ。どんなことで褒められて、どんなこと
で叱られて、今、何を欲しがってるかまで、全てお伝えしてある
の。誕生日やクリスマスには必ずあなたたちの欲しかったものが
届くでしょう。あれは、サンタさんからじゃなくて、あなたたち
の本当のお父様お母様からのプレゼント。中にへそ曲がりさんが
いて、あれは私たちがあなたたちを喜ばせるために買い与えた物
じゃないか、なんて邪推する人がいるようだけど、それは違うの
よ」

 ヴェラ先生の言葉は子供たちにとってこれが初めてではない。
しかし、子供たちに伝えられるのは、『事情があってここに預け
られてる』ということだけ。その事情がどういうものかまでは、
少女たちに知らされることはなく、それだけ聞かされて、彼女達
は次の言葉を聞くしかなかったのである。

 「では、今回の罰を与えます」

 「…………」「…………」「…………」

 すでに代理母によって『教会の子供たち』にふさわしい身なり
に着替えの終わった少女三人は、床に膝まづかされ、その背中に
立つ母親たちに両肩をつかまれ身動きができなくなっていた。

 ヴェラ先生は、手のひらを上に向けて待つマヤに……ローラに
……イルマに……一冊の聖書を乗せていく。
 お仕置きでやる時は数冊の本が乗せられて、バランスを崩して
本を床に落とすと、それを理由に鞭のお仕置きが追加されるなん
て怖いものもあるが、今回は誓いの言葉だけだからハンディーな
本一冊だけだ。

 「あなたは神の名の下にしっかりと罰を受けますか?」

 ヴェラ先生の問いかけに、顔がこわばった三人の答えは一つ。

 「はい、先生」「はい、先生」「はい、先生」

 これ以外の答えを期待していない大人たちに向って子供たちが
別の答えを投げかければどうなるか。
 そんな分かりきったことをカレンはクララ先生に小声で尋ねる
もんだから、クララ先生は思わずカレンの顔を覗きこんだ。
 そして、気を取り直してから……

 「…どうにもならないわ。そんな頭の悪い子は、ヴェラ先生や
シスターたちが、今、自分をどんな目で見ているかを奥の部屋で
思う存分知るだけよ」

 「………………」
 カレンはクララ先生の答えに何も言わなかった。
 『クララ先生の答えは予想通りの答え』
 自分はなぜこんな事を尋ねたのだろうと思ったのである。

 三人の少女は、自分の両手に乗せられた小型の聖書を重々しく
押し頂き、その表紙にキスをする。それは『従順に罰を受けます』
というサイン。
 たった、これだけで、彼女たちはその金切り声が修道院じゅう
に響き渡る最悪の事態だけは何とか回避する事ができたのだった。

 「あなたたちには、一週間の赤ちゃん生活を命じます。………
いいですね!!」

 「はい、先生」「はい、先生」「はい、先生」
 ヴェラ先生の念押しに、子供たちの弱々しい返事が帰って来る。

 「赤ちゃん生活って、どういうこと?」
 カレンが耳元で囁くと……クララ先生は何も知らない新入生に
向って微笑むと、こう答えたのだった。

 「赤ちゃん生活というのは、その名の通り赤ちゃんとして生活
するって意味よ」

 「赤ちゃんとして?……」

 「そうよ、ショーツの代わりにオムツを穿いて、食事も給餌器
に腰掛けてシスターからスプーンで食べさせてもらうの。……ね、
楽チンな生活でしょう……それだけじゃないわよ。朝はお通じを
つける為に浣腸してもらって、おまるに跨って用が足せるし……
夜は夜で自分のいたらない処をよ~く覚えておけるように痛~い
鞭がいただけるんだから、まさに至れり尽くせりだわ」

 「………それを、一週間も続けるんですか?」
 カレンが恐る恐る尋ねると……

 「反抗的な態度が続けば、そういうことになるけど、たいてい
は三日もすれば許してもらえるわ。ただし、痛~い鞭が、最後に
は必ずついてくるけどね」

 クララ先生はカレンに向かい自分の経験からそう答えたのだが、
ヴェラ先生にしてみると、それは困ったことで……

 「ゴホン、ゴホン」
 これ見よがしの咳払いが飛ぶ。

 しかし、いずれにしても三人へのお仕置きは決して軽いもので
はなかった。

 まずは、三人分のベッドが用意され、そこに11歳の少女達は
仰向けになって寝そべる。
 その段階では何も問題はなかった。ショーツはすでに剥ぎ取ら
れていたが、足首まで丈のあるロングスカートが彼女達のか弱い
下半身を守っていたからだ。

 しかし、修道院という処はいつまでもそんな少女の貞操が守ら
れたりはしなかった。
 
 「あっ!」

 驚く間も何もない。ヴェラ先生はいきなりマヤの両足を掴むと、
それを高々と天井へ向けて差し上げたのだ。
 そして、開脚。

 「あっ、いや……」
 マヤは思わず女の子らしく叫んでみたが、左右の足は一本ずつ、
ローラやイルマのお母さんであるシスター・リーネンとクリンゲ
がしっかり抑えているもんだから、すでにマヤの力ではびくとも
しなかった。

 おまけにその両肩に体重をかけて押さえ込んだヴェラ先生が…
 「大丈夫、お薬を塗るときにちょっと沁みるけど、我慢してね」
 なんて言うから、マヤの不安は増すばかり……

 そんななか、最初はお母さんのメラーが蒸しタオルでお股の中
を綺麗にした。
 周囲、女性ばかりでもそりゃあ恥ずかしいし、目には見えない
イラクサの細かい棘がいたる所に刺さったお股は蒸したタオルの
刺激だけでも結構沁みるのだが……次の衝撃は、そんなものとは
そもそも比べ物にならなかったのである。

 「ギャアー、イヤー、イヤー、イヤー、イヤー、イヤー……」

 マヤは我を忘れて叫び続けた。マヤだって今年11歳の少女。
幼い子とは違う。たとえ『痛い!』と思っても、たいていのこと
なら我慢して声には出さない。
 それがこの時ばかりは、もう反射的生理的にどうにもならない
といった感じで、恥も外聞もなく左右に激しく頭を振り続ける。
出る限りの大声で叫び続けたのだ。

 「……………………」「……………………」

 当然、それは隣りのベッドに寝かされて順番を待っている二人
にとっては大きなプレッシャーとなった。
 そしてそれは直接この事と関係のないカレンにとっても同じで
……

 「あれは、何の薬なんですか?」
 クララ先生にあらためて尋ねてみたのである。

 「ただの傷薬よ。ただし、成分の中にメントールが入っている
から、微妙な場所につけると、その瞬間は飛び上がるほど痛いの」

 「他のお薬はないんですか?」

 「当然、あるわよ。もちろん、刺激の少ない塗り薬だってある
にはあるけど、お仕置きの時はわざとこれを使うの。イラクサの
パンツを穿いてからキッシーネ(この塗り薬の名前)というのは、
女の子のお仕置きの定番なのよ。男の子にはこういうお仕置きは
ないから羨ましかったわ」

 「男の子には体罰がないんですか?」

 「そうじゃなくて、男の子の場合は、何かあるともっぱら鞭で
お尻をぶたれるだけで、女の子のように手の込んだことはしない
のよ」

 「じゃあ、よほど用心していないとすぐにお仕置きなんですね」

 ところが、カレンの言葉にクララ先生は……
 「そうなんだけど、どんなに慎み深く暮らしていたところで、
女の子は、どんな罰も一度は必ず経験してここを出て行くことに
なるの」

 「そうですか。ここはそんなに厳しいところなんですね」

 カレンはあらためてため息をつくと、クララ先生は少し困った
顔になってこう言うのだった。

 「今のあなたにはわからないでしょうけど。それはシスターや
先生方の優しさからくることなの。もちろん、こんなチビちゃん
たちにとってのお仕置きは単に悪さをしたむくいだけど、上級生
になるとね、親しい先生が元気のない子にわざとお仕置きしたり、
わざと自分で罪を作って好きな先生の元へお仕置きを貰い行った
りするのよ」

 「えっ、???」
 理解不能なカレンの顔を見ながら、クララ先生はカレンの細い
顎を人差し指と中指で持ち上げて……こう付け加えたのである。

 「あなたにも、私の言っていることがわかる時がきっと来るわ。
だって、あなただって女の子なんですもの。好きな人とはずっと
ずっと戯れていたいでしょう」

 部外者がひそひそ話しているうちに、現場ではマヤにオムツが
穿かされ、仕事はローラに移っていた。

 「ギャアー、イヤー、イヤー、イヤー、イヤー、イヤー……」


*******************(6)*****

第12章 教会の子供たち(5)

         第12章 教会の子供たち

 §5 『教会の子どもたち』のお仕置き(1)

 クララ先生がカレンの手を引いて連れて来たのは、日当たりの
良い12畳ほどの部屋だった。

 大きな体操用のマットが床に敷かれ、壁にも吊るしてあって、
幼児たちが転げまわって遊んでいる。
 壁にまでマットが吊るしてあるのは、幼い子の場合処かまわず
体当たりするから怪我防止のためだ。

 ならばここは幼児の為のプレイルームなのかと思っていると、
部屋の奥では上級生のお姉さんたちが勉強していたり、はたまた
下級生の男の子が日当たりの良いことを幸いに本棚の上で昼寝を
決め込んだりと、ここではやっていることがみんなバラバラだ。

 当然、カレンにはここが何の部屋だかわからなかった。

 「ここって……」
 カレンが尋ねると……

 「そうねえ……非難所かしらね……色んな意味で……」

 「避難所?」

 「幼い子たちの場合は、危ない遊びをしたり、お友だちに悪戯
したりして、ここへ隔離されてる場合が多いけど……十歳くらい
の子の場合は、お友だちのおしゃべりに付き合い切れなくなって、
独りになって勉強したくてここへ来てる場合もあるだろうし……
ハンスみたいに、もっぱらお昼寝に来る子だっているわ。人それ
ぞれってところね」

 「へえ、不思議な場所があるんですね……」
 何だか分かったような分からないような不思議な顔をしている
カレンの様子を見て、クララ先生が言葉を足す。

 「…もともと、ここは悪さをするおチビちゃんたちを隔離する
ためのお仕置き部屋だったんだけど、ここで悪さを繰り返すと、
痛~いお仕置きが待ってるってわかるらしくて、チビちゃんたち
もここに入れられると比較的大人しくしているの。……そこで、
同室の子たちのおしゃべりに付き合わされるよりここの方が静か
でいいと言う子がいたり、お昼寝にちょうどいいからと、やって
来たりする子がいるというわけ」

 「ここって、静かなんですか?」
 カレンにしてみると、それでも幼い子の甲高い声が響いている
この場所が静かだとはとても思えなかったのだ。

 「ここの子供たちは一旦帰宅したら特別な理由がない限り外へ
は出られないの。ここはあなたの処みたいに広くないし、自由に
外にも行けないでしょう。ここでプライベートな空間といったら
トイレだけだもの。だから、これでも十分静かなお部屋なのよ」

 「へえ~そうなんですか。それで避難所なんですね」

 「チビちゃんたちがお仕置きを猶予されてるとって言っても、
ここに来る前に、すでに悪い事をした時点で一度お尻は叩かれて
るの。でも、『ここでまた何かやらかしいたら次はお隣りの折檻
部屋でさらに辛い事になるわよ』っていう脅しなのよ」

 「折檻部屋!?」

 「ほら、あの扉の向こうがそうよ。自分が折檻されなくても、
あそこから流れてくるお友だちの悲鳴を聞いたら、たいていの子
が考えを改めるわ」

 「あの中では、そんなに凄いことされるんですか?」
 カレンはクララ先生の視線の先に古めかしい扉を見た。

 「凄いかどうか……私たちからみれば悲鳴をあげることぐらい
普通だけど……あなたの処は悲鳴もあげないですむくらい優しい
のかしら?……仕方ないでしょう。これは折檻だもの」

 「……せっかん?……おしおきとは呼ばないんですね」

 「細かい事だけど『お仕置き』っていうのは本来、公で行われ
る刑罰のことなの。ここはいわばみんなにとっては家庭のなか、
プライベートだもの。そこで行われる体罰は『折檻』という言葉
を使うのが本当なのよ。……今はごっちゃになって、そんな区別
を気にする人は少ないけど……」

 「へえ~初めて知りました。でも、何だか折檻って言った方が
厳しそうですね」

 「現にこちらの方が厳しいわよ。周りが身内ばかりでしょう、
何よりその子を赤ん坊の頃から知ってる人がやるもんだから遠慮
がないのよ。特にハレンチな体罰に関しては、断然こちらの方が
厳しいわ」

 「(えっ!あれより厳しいの!)」
 学校のハレンチなお仕置きを見学した少女にすればそれは絶句
するような言葉だった。

 でも、そこはカレンも女の子。すぐに自分の心の動揺は抑えて、
クララ先生に言葉を添える。
 「学校でもお仕置き、家でもお仕置きじゃ、子供たち、何だか
可哀想な気がしますね」

 「仕方ないわ。お仕置きは子供の宿命ですもの。特に幼い子は
自分のしたことを長いこと覚えてられないでしょう。悪いことを
したら、その瞬間に条件反射みたいに叩いてやらないと、効果が
ないのよ。自然、お尻を叩かれる回数は多くなるわ。その代わり
何かといえば大人達からいつも抱かれてる身分ですもの。それで
バランスが取れてるのよ」

 「大きな子は、お仕置きも少ないんですか?」

 「子供は成長するにつれて自分の心をセーブできるようになる
から、回数は少なくなるけど、一回一回のお仕置きは逆にきつく
なるの。一日分まとめてとか、一週間分まとめとか……上級生に
なると一学期の成績でお仕置きをもらうことらなるの。とにかく、
年長さんになるたびに罪と罰の間が長くなるわ。…でも、それも
これも自分のしたことを覚えていられるからで、それが成長って
ことじゃないかしらね」

 「一週間まとめて?」

 「そう、10歳以上の子は金曜日の夜に神父様が来てくださる
から、そこで罪を告白してお仕置きをもらうの。懺悔聴聞会よ」

 「それって、必ずお仕置きなんですか?」

 「そんなことはないわ。罰を受けるのはほんの一部よ。ただ、
お仕置きが決まるとそこは厳しいわ。身体が大きくなってるのに
チビちゃんと同じようにお膝に乗せてお尻ペンペンだけやっても
効果ないもの」

 「そうですね」
 カレンは気のない返事を返した後、思わず気になって……
 「大きな子の場合は、どんな……」
 と、ここまで言って口ごもる。
 それから先は自分が知る必要のないと思いなおしたのだ。

 クララ先生は続ける。

 「幼い子の場合は、どこまでいっても事情を説明してお尻ペン
ペンが基本よ。そもそも、ここに入れられただけで泣き出す子も
いるくらいだけから、どのみち、あまり過酷なことにはならない
わ」

 「幼い子は傷つきやすいですものね」

 「ところが、成長すると、心も図太くなってこの部屋が決して
地獄じゃないってわかってしまうものだから、むしろ、自分から
ちょっとした罪を作って、ここへ入れてもらうの」

 「……罪って、いったい、何をするんですか?」

 「色々よ。『お友達の帽子を窓から投げました』『トイレのドア
を足で蹴りました』『お友達のスカートを捲りました』とにかく
軽い罪なら何でももいいの。シスターもそのあたりの事情は分か
ってるから、すぐに入れてくれるわ」

 「じゃあ、ここに入れられても本当のお仕置きって訳じゃない
んですね」

 「ここは、まだそうよ。……でも、7歳からは1日の反省会。
10歳からは一週間分の反省会があって、そこで大きな罪を告白
し忘れると……さらに奥の部屋へ連れ込まれてぎゅうぎゅうの目
にあわされるわ」

 「…………」
 カレンはあらためてその古びたドアをみつめる。

 「それがあの部屋で行われるの。興味があるなら行ってみる?」

 「いえ、私は……」
 カレンはしり込みしたが……

 「何事も経験よ。経験。見聞を広げて損はないわ。……それに」

 「それに?」

 「あなた、こういうこと嫌いじゃないでしょう」

 「えっ!!」
 カレンは驚き、すぐに『違います!』って言おうとしたのに、
なぜかその言葉が止まってしまった。

 「ね、その顔。……分かるのよ、私。あなたがこうしたことに
憧れを持ってるって……」

 「えっ……(憧れって、何よ。それじゃまるで私が変態みたい
じゃない)……」
 クララ先生の言葉にカレンは動揺する。

 しかし、本当に気ほどもそんなこと思っていなければ聞き流せ
ばすむ事で、そうでない自分の気持ちを心の奥底にしまいこんで
いるからこそ動揺したのである。

 「あなたはまだ自分では気づいていないのかもしれないけど、
女は誰かに愛されない人生なんて考えられないの。……きっと、
神様がそういうふうにお創りになられたのね。……そして、この
愛されるってことは、必ずしも抱かれたり撫でられたりすること
だけじゃないの。その事をあなたの心はすでにわかりかけてるわ」

 「だって、それは男性だって……」

 「男は女性とは違って自分で自分を愛せるの。だから独りでも
暮らせるのよ」

 「えっ!」
 カレンは『そんな馬鹿な…』と思った。

 「ん、驚いた?……でも、そうなのよ。……それも、これも、
神様がそのようにお創りになられたからなの」

 「…………」

 「そうね、人生経験の少ないあなたに、男女の機微なんてまだ
早いわね。でも、とにかく行きましょう」

 「えっ、私は……」

 「さあ、いいから、いいから。いらっしゃいな。見て減るもの
じゃないでしょう……」
 クララ先生に強く手を引っ張られると、カレンはそれ以上抵抗
しなかった。


 「ここよ、いいから入って……」

 クララ先生は押し扉を開いてカレンを招きいれると……
 「リンク先生、ヴェラ、いらっしゃいますか」
 そう言って声をかけたが誰も出てこなかった。

 「残念だわ。今日は土曜の午後だし、誰かこの奥で悲鳴あげて
るんじゃないかと思ったんだけど……」

 「いつもだったら、誰かが、必ずお仕置きされてるんですか?」

 「必ずってわけじゃないけど……今日は土曜の午後だし、誰か
いる事が多いの。金曜日の夜に一週間の反省会があるでしょう。
その結果でシスターたちがお仕置きの必要がある子を決めるの。
見込まれた子は学校でのお仕置きがない限り、担任の先生から、
『寄り道しないでまっすぐ修道院へ戻りなさい』って指示される
わ。……その行く先が、ここってわけ」

 「でも、怖くて……もし、戻らなかったら……」
 カレンの頭にカルロスのことがよぎる。

 「脱走?……いくらお仕置きされそうだからって、そんなこと
衝動的にはできないわ。……あなたも知ってるでしょう。ここの
子供たちはいつもお揃いの服を着せられてるのよ。もし、一人で
学校の外に出ればすぐにばれてしまうもの。脱走なんて、そんな
に簡単じゃないのよ。もし、やるんなら、まずはどこかから服を
調達しないとね。まさか、裸ではいられないでしょう」

 「…………」

 カレンは口には出さなかったが、クララ先生のはしゃぎようを
見て、かつてご自分も脱走を企てたんじゃないかと思った。
 そんな想いでクララ先生の顔を見ていると……

 「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 「あっ、……いいえ」
 カレンは思わず我に返る。
 その顔を見てクララ先生はこう言うのだ。

 「あなたは、さっき私達のこの場所が羨ましいって言ったけど、
私達にしたら、あなた達の暮らしぶりの方がよほど羨ましいわ」

 「どうして、ですか?こんなに恵まれてるのに……」

 「たしかに、ここは、あなたの処より食べ物や着るものなんか
には恵まれてるかもしれないけど、ここでは『教会の子供たち』
はどこまでいっても『教会の子供たち』としてしか扱われないの。
給費生だって、それが王子様王女様の刺激になると思って入れて
るの。だから、どんなに優秀な子でも、緑の制服が王子様たちの
着ている紫の制服に変わることなんてないわ」

 「教室が分かれてるんですか?」

 「そうじゃない。みんな同じ教室で、同じ授業を受けてるわ。
一緒に遊んで、おしゃべりだって普通にしているお友達同士よ。
でも、王女様はこの先もずっと王女様。身分の違う者がその垣根
を越えることはできないの」

 「そうなんですか」

 「……それはこの修道院だって同じ。ここはどんな身分の人も
受け入れるからヒューマニティーに溢れる場所だなんて思ってる
人がいるけど、修道院長に座るのは必ずお姫様なの。マグダラの
マリア(売春婦)がどんなに改悛しても、ここで責任ある地位に
就ける可能性はないわ。だから、私たちから見ればあなたたちの
ように実力で未来を切り開ける人たちは、むしろ羨ましいかぎり
だわ」

 「…………そうなんですか」
 力説する先生に、カレンの気のない返事が返ってくる。

 カレンはクララ先生が語る欧州の片田舎の現実を理解できない
わけではなかったが、それはあくまで頭の中だけのこと。それが
どんなに残酷な仕打ちなのかを実感することはなかった。
 ブラウン先生の庇護の元、貧しくとも自由に暮らしいる彼女に
とって、『身分からの自由』なんて言われても、それはそもそも
空気みたいに当たり前のもので、ありがたがるものではなかった
のである。

 そんなことより、彼女の関心を、今、最もひきつけているのは、
そこに設置されたみょうちくりんな家具や置物だった。

 クララ先生が、さっそくそんなカレンの様子に気づく。

 「どうしたの?それがお気に入りなの。それは給餌器よ。ほら、
赤ちゃんに離乳食を食べさすのに使う椅子があるでしょう。あれ
と基本的には同じものよ」

 「給餌器?ペット用ですか?」

 「ペット?……ああ、餌だなんて言うからね。そうじゃないわ。
そうじゃなくて、それくらい不味いものを食べさせられるからよ。
ここはお仕置き部屋だもの、ここに置いてあるのはみんなお仕置
きが必要な子供たちの為のものよ。私はもう卒業しちゃったから
こうして笑って眺めてられるけど、現役の子供たちにしたら笑え
ない物ばかりのはずよ」

 「これ、ベルトが着いてますね」

 「そう、逃げ出さないように腰とテーブルの上に両手首を固定
するためのベルトが着いてるの。しかも、ご親切に、粗相しても
いいように椅子は便器になってるわ」

 「……」
 カレンはこんな悪趣味な家具を賛美するつもりは毛頭なかった
が、そこには象さんやキリンさんの絵が描かれていて、普通の家
の居間や食堂に置いてあってもさして違和感がないほど、可愛い
造りになっていたので笑ってしまう。

 「その食事って、害はないんですか?」

 「あるわけないじゃないない。むしろ栄養満点の健康食品よ。
おまけに、下剤まで入れてもらってるから便秘になる心配もない
しね」

 クララ先生の含みのある笑いに反応して……
 「それも、やっぱりお仕置きなんですか?」
 カレンが恐々尋ねると……

 「ああ、下剤のことね?……ピンポン!大正解よ。このお薬は
二時間できっちり効く様になってるから、その時間に鞭打ちのお
仕置きがセットされてる事が多いの。ゆるゆるのお腹で鞭の痛み
に耐えるのが、どんなに辛いか……これはやられた人じゃないと
分からないわね」

 「やられたことがあるんですか?」

 「もちろん、これを受けないで卒業していった子なんていない
はずよ」
 クララ先生はそこで声を一オクターブ落とすと……
 「それに、たいていの子が鞭の最中に一度や二度はお漏らしを
経験することになるの。そんな時は恥ずかしくてもう放心状態よ」

 「そんな時は、また新たな罰を受けるんでしょう」
 楽しそうに語るクララ先生に青ざめた顔でカレンが尋ねると…

 「さすがにそれはないわ。シスターだってそこまでは残酷な人
じゃないもの。だけど、とにかく恥ずかしいでしょう。お仕置き
としてはそれで十分なのよ」

 クララ先生がそこまで言った時だった。
 皺枯れ声がする。

 「残酷な人って誰のこと?クララ。まさか、私のことじゃない
わよね」

 そう言って、一人の老シスターが入口の扉を押し開けて現れた
のだった。

*****************(5)******

<イメージ絵画>
礼拝堂で祈る孤児院の少女たち(ソフィー・アンダーソン)

礼拝堂で祈る孤児院の少女たち(ソフィー・アンダーソン)

第12章  教会の子どもたち(4)

           第12章 教会の子どもたち

 §4 修道院の奥の院

 お人形の役が終わって、ようやくカレンはお茶の席に呼ばれた。
 すでに、家族の人たちがみんな席について始めている中、そこ
へ混じっていくのは気の重い作業だ。

 「お招きありがとうございます」
 そう言って着席すると、ドリスがいきなり吹きだした。

 「ドリス、お姉様に失礼よ」
 シルビアがたしなめる。

 「だって、みんなでお菓子を摘むだけなのに、『お招き…』だ
なんて……」

 「ごめんなさい。私、こんな時の言葉を知らなくて……」
 カレンは自分の不明を恥じたが……

 「大丈夫ですよ、お姉様。おかしなことなんてありませんから」
 シルビアはカレンをかばうと……
 「ドリス、笑っては失礼よ。言葉は丁寧にこしたことがないわ」
 シルビアに続いて、伯爵夫人も……
 「いいこと、ドリス。カレンさんは私達とあまり馴染みがない
から、あえて言葉を選んだだけなの。そもそも、あなたの言葉は
乱暴すぎるわ」

 「でも、カレンお姉様はやがて、私たちと一緒に暮らし始める
んでしょう。丁寧な言葉でなくてもいいと思うけど……」

 「…………」
 いきなり出てきた情報に、カレンは鳩が豆鉄砲食ったような顔
になる。

 「ドリス、誰がそんなこと言ったの。そんなこと何も決まって
ませんよ」
 クララ先生が言えば……

 「ドリス、それは母の希望ではあっても、まだ何も決まっては
いないことなんだよ。だいいち、そんな話はブラウン先生が承知
なさらないだろうからね、軽々しく口にしてはいけないことだよ」
 フリードリヒが続く。そして伯爵夫人も……

 「ドリス。それは、今はまだありえないことよ。カレンさんが
大恩あるブラウン先生のもとを離れる決心をするはずがないわ」

 伯爵夫人は『今はありえない』と否定したが、将来にわたって
その気がないとは言っていない。
 カレンにはその事の方が気がかりだった。

 「ところで、カレン。あなた、カルロスに会いたいと言ってた
けど、今日、会って行く?」

 クララ先生のいきなりの提案にカレンは面食らった。

 「えっ、会えるんですか?でも、たしか、今はお仕置き中で、
修道院の外には出られないって……」

 「そうよ、彼、外には出られないから、こちらからレッスンを
つけに行ってやらなきゃいけないの。あなた、その助手で一緒に
来ればいいわ、彼に会えるわよ」

 「えっ、本当ですか。……でも、私、ここでのお仕事が残って
ますから……」
 カレンが残念そうに言うと……

 「かまわないわよ。行ってらっしゃい。私は、あなたがここに
来てくれるだけで嬉しいの。あなたの行動を縛るつもりはないわ。
ピアノは弾きたい時に弾けばいいのよ」

 「ありがとうございます」
 伯爵夫人の言葉に甘えて、カレンの予定は嬉しく変更されたの
だった。

************************

 エレーナ女子修道院は、深い森の中にあって、四方を高い煉瓦
の塀に囲まれている。

 鐘突き堂以外に高い建物はなく、高い木々が聳え立つ森の中に
埋もれるように存在していた。建物はどれも古くて地味な造りだ
が、紛れもなくここは女の城。神父様以外、男子禁制の敷地内は
どこもきっちり整理整頓されていて塵っ葉一つ落ちていないから
カレンだって緊張する。

 そんな潔癖症の人たちに囲まれ、女の子達は神様だけを頼りに
成長していく。もちろん、カルロスは例外的に男の子だが、その
彼も11歳になれば全寮制の学校へ移らなければならない。

 そんな子どもたちの揺り篭へカレンは初めて足を踏み入れた。

 「こちらよ」
 教会の子供たちの住みかは敷地東南の一角にあった。
 夜には鍵の掛かる重い扉を開けて、クララ先生がカレンを招き
入れる。

 「!(別世界ね)!」

 荘厳なたたずまいの修道院の甍の中にあって、そこだけまさに
別の空間なのだ。

 カレンは、こんな修道院の中にあるのだから、そこは、きっと
オリバーツイストに出てくる様な暗い孤児院のような世界と想像
していたのである。
 ところが、その思い込みは、いい意味で裏切られる。

 幼い子どもたちが暮らす大部屋は大きな窓で日当たりも良く、
白いシーツがまぶしく映る。食事用のテーブルや幼児用の絵本が
集められた書棚、大きなおもちゃ箱が置かれたプレイスペース、
今日の保育所のような造りがカレンの目をひく。
 何より、シスターたちに抱かれて子供たちの健康的な笑い声が、
それまで歩いてきた場所との違いを際立たせていた。

 「クララ先生。……今日は、お弟子さんもご一緒なのね」
 赤ん坊を抱いたシスターが、部屋に入ってきた二人を目ざとく
見つけて声をかけてくる。
 そして、なんの断りもなくいきなり抱いていた赤ん坊を先生に
押し付けるのである。

 しかし、クララ先生に驚いた様子はない。
 「この子に神のご加護がありますように」
 赤ちゃんはクララ先生の胸の中に移り、祝福の言葉と共にキス
の洗礼を受けた。

 「カレン、あなたもこの子を抱きなさい。ここではね、誰もが
この部屋に入った時はこうする決まりなの」
 先生は次にはカレンへ、その赤ん坊を手渡す。

 「そう、そう、そうやって抱いて……あの十字架を見上げて、
『この子に神のご加護がありますように』って神様にお祈りして
……それから、頬にキスしてあげればいいの」

 カレンはクララ先生指示に従いその子を祝福すると、シスター
が受け取りに来た。

 「ありがとう、では、こちらにいただくわね」

 ところが、その瞬間……
 「!!!」
 シスターの言葉が終るか終わらないうちに、カレンの背中に、
ドンという衝撃が走ったのである。

 誰かがいきなりカレンの背中に乗っ掛かったのだ。

 「だめよ、アルマ赤ちゃんを抱いているのよ、危ないで
しょう」

 シスターが叱ったので、その荷物はすぐにカレンの背中を離れ
たが、今度はカレンの腰にしがみつく。
 見れば4歳くらいの女の子だった。すぐ脇のベッドの上から、
すきをみてカレンの背中にダイブしたのである。

 「どうしたの?あなたもやって欲しいの?」

 カレンは物欲しそうなその子の顔を見て、余計だったかもしれ
ないが、幼い子をお姫様抱っこして持ち上げると……。

 「この子に神のご加護がありますように」
 と言って、頬にキスしてあげたのだ。

 すると……
 その子を下ろした足元にはすでに3人もの子供たちがカレンの
スカートを握りしめて順番待ちをしているではないか。

 『仕方ないか』
 カレンはそう思うよりなかった。そして、一人ずつ……

 「この子に神のご加護がありますように」
 をやってあげたのである。

 「カレン、あなたはやさしいのね。ここは親の愛を直接受ける
ことのできない子供たちばかりなの。だから、あなたのような人
は嬉しいわ」
 シスターはそう言うと、赤ん坊をベッドに寝かせてその両手で
カレンの頭をその頭頂部から首筋にかけて撫でた。

 「この子に神のご加護がありますように」
 今度はカレンがシスターから祝福を受けた。
 ところがである。

 「!!!」
 その瞬間。カレンの身体に電気が走る。
 頭頂部に発生した電気が身体の芯を通り指先や足先から抜けて
いく。

 『何なの、これ!』

 シスターのしたことは何気ないこと。
 なのに、その皺枯れた両手で頭を触られただけでアルマ
が乗っ掛かった時以上の衝撃を受けたのだ。

 「ここに来る時、お土産はいらないけど、ここは『愛』以外の
持ち込みは禁止なの。覚えておいてね。あなたはアルマ
何よりのプレゼントをもたらしてくれたわ。ありがとう」

 カレンは、老シスターの穏やかな両手とその強い視線だけで、
まるで金縛りにあったようにその場を動くことができなくなって
いた。

 『わあ、何よこれ!催眠術なの?震えが止まらない。どうして、
どうしてこんなことが起こるのよ』
 カレンは、今、自分に起きている出来事がどうにも信じられな
いといった様子だったのである。

 その後、二言三言、シスターとクララ先生は会話していたが、
それが何だったのかカレンは覚えていない。

 「ねえ、カルロスは元気にしてるかしら?」
 クララ先生がシスターに尋ねるところから、彼女の記憶は復活
する。

 「大丈夫よ。ほら、聞こえるでしょう。……さっきから音楽室
で弾いてるわ」

 シスターが大部屋の先を指差すのを見て正気に戻ったカレンが
慌てて二人の話の中へ入ってくる。
 「音楽室なんてあるんですね」

 「そりゃあ、あるわよ。楽器を奏でること、古典詩を諳んじる
ことは私たちの社会では最低限の教養ですもの。それは、この子
たちだって変わらないわ。但しフルート、バイオリン、チェロ、
何でも一緒に練習してるから、部屋の中は相当にうるさいわよ。
覚悟して行ってね」
 シスターもこの時はすでに普通のおばさんの笑顔に戻っていた。

**************************

 大部屋の奥の扉を開けると、そこは長い廊下。
 そこを二人で歩きながら、クララ先生が……

 「どうだった魔女の一撃は?」

 「魔女?」

 「ヘレンシスターのことを私たち、陰でそう呼んでいたのよ」

 「『私たち』?」

 「ヘレンさんって子供の嘘を見抜く名人でね。私も、よく嘘を
白状させられたわ。だから、みんな『修道院の魔女』って呼んで
恐れてたの」

 「『みんな』?」

 クララ先生はそこでカレンの怪訝な顔に気づく。

 「ああ、あなたまだ知らなかったっけ。私も、赤ちゃんの頃は
あのベッドで寝てたのよ」

 「……(ということは)……」

 「そうよ。私もここの出身なの。でも、先代アンハルト伯爵の
ご尽力もあって、曲がりなりにも音楽の道へ進めたの。私はここ
の出身で修道女にならなかった初めてケースよ。だから、今は、
奥様のもとで子どもたちにピアノを教えてるってわけ」

 カレンがポツリと漏らした。
 「恵まれてるんですね」

 カレンが言うと、クララ先生が……
 「恵まれてるって、どうして?……どこも同じよ。そりゃあ、
ここの子どもたちは、孤児といっても、街の浮浪児とは違うわ。
望まれて生まれてきた訳じゃないけど、親ははっきりしているし、
その親はお金だって持ってる。それに、シスターたちが献身的に
面倒をみてくれるから…そういうところはそうかもしれないけど
……」

 「だって、至れり尽くせりですもの」

 「さあ、それはどうかな。私は一応音楽家って呼んでもらえる
ようにはなったけど、大半の子は本人の希望とは関係なく今でも
聖職者になる道を歩かされるわ。他は、音楽家か学者になる道が
僅かに開いているだけよ。将来の決まっている人生が楽しいわけ
ないでしょう。……それに、何より、親のいない寂しさってね、
他人がいくら親切にしても他の事では埋め合わせがつかないもの
なのよ」

 「あなたは、ブラウン先生を本当のお父様だと思えるかしら?」

 「どういうことですか?……」

 「本当はいけないことなのに、わざと悪さをしてそれを許して
もらった経験ってある?」

 「えっ!?」

 「他人はどんなに愛情深く接しても、所詮是々非々でしか反応
しないものよ。でも、本当の親は、子供のした悪さでも一律には
判断しないの。大きな罪を許したり、逆に些細な事なのに厳しい
罰を与えたりする。すると、それは理不尽だと思っても、今度は
子供の方がそれを許してしまうの。そういう関係が本当の親子。
他人はしない事。できないことだわ。あなたは、ブラウン先生と
そんな関係で繋がってるかしら?」

 「それは………………」
 カレンはそう言ったきり黙ってしまう。
 実は、カレンの頭にはそう言われて思わず浮かぶ光景があった。

 かつてブラウン先生が自分を抱えて用を足させたことがあった
のだ。お仕置きとしてのお浣腸だったから、それはそれで仕方の
ない事かもしれないけど、年頃の娘にとって、これほど屈辱的で
恥ずかしい経験はなかった。

 なのに、そんな恥ずかしい格好をさせられている自分が、心の
どこかでそれを許している。もっと言えば、むしろ、昔に戻った
ようでそれを楽しんでさえいる自分を感じたことがことがあった。

 しかし、そうなると……
 『私は、実のお父様の愛情を忘れようとしているのだろうか?』
 と、そんな背信的な疑問もわいてきて、その思いは複雑になる
のだ。
 だから……

 「…………」
 カレンはあえて黙って首を振るしかなかったのである。

 しばしの沈黙の後、この事と直接関係はないが、少しだけ気に
なったことをカレンはクララ先生に尋ねてみた。

 「さっきシスターが、『ここは、愛以外の持込は禁止』だって
おっしゃってたでしょう。あれって、本当なんですか?」

 「もちろん、出入りの人をいちいち検証するわけではないけど、
理念は本当よ。だから、子供の嫌いな人や不要不急の人はここに
は入れないの。……どうして?」

 「じゃあ、ここはお仕置きもないんですね」

 カレンがこう言うと、クララ先生は不思議そうな顔をして……
 「どうしてそうなるの?お仕置きは虐待や刑罰とは違うもの。
当然、ここだってあるわよ。むしろ、シスターの愛情が深いぶん、
ここのお仕置きだって過激なんだから……見ていく?」

 「いえ、私は……」
 カレンは先週の事があるから思わず腰を引く。

 ところが……
 「まあ、いいじゃないの。先週は、学校のお仕置きを見たんで
しょう。だったら、もう免疫がついたんじゃなくて……」

 「そんなあ……」
 カレンは頬を赤くして首を振るが……

 「子供って、どこの国でも昔から大人からお仕置きされて成長
するけど…それって、愛されてるからで…憎しみが募ってとか、
腹いせで、どうこうしようという訳じゃないの。ブラウン先生は
優しい人みたいだけど、やっぱりお仕置きはするでしょう?」

 「ええ、まあ」

 「だから、どこだってそれは同じよ。……あなただって、将来、
子供を持つことになれば、それはそれで必要になることですもの」

 「…………」
 クララ先生に迫られたが、カレンは先週のニの舞はしたくない
から黙っていた。

 ところが……
 「ちょうどいいわ。ちょっと、いらっしゃい」

 「えっ!……」
 カレンはクララ先生に左手を強く引っ張られると、近くの部屋
へと連れ込まれたのである。


**************(4)*********

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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