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9/23 『おにばばの店』のモデル(2)

9/23 『おにばばの店』のモデル(2)

 おにばばの店のモデルになったお婆さんは口うるさくて厳しい
人でした。目の前の公園で子供たちが危ない遊びをしていると、
店を飛び出して行って怒鳴りつけますし、お婆さんの目の届く処
では喧嘩もご法度です。

 ですから、子供たちは陰でぶつくさ文句を言っていたのですが、
近くに適当な駄菓子屋がなかったせいか、ぶつくさ言いながらも
みんなここでお菓子を買っていました。

 当時は日本が高度成長期に入った直後で、みんながみんな豊か
ではありませんでした。中にはそんな駄菓子さえ買えない貧しい
子もいたのです。そんな子は店の前を物欲しそうにうろつくだけ。
でも、お婆さんはそんな子を見つけると簡単な用事を言いつけて、
それが終わると駄賃にお菓子を与えていました。

 僕もそんなふうに見えたのかなあ、(^^ゞ
 一度、買い物を言いつかって……やってあげると、当時50円
だっか、一番安いプラモ、(それも箱が日に当たって焼けていた
から相当古いやつです)それを貰った経験があります。

 お婆さんにとって駄菓子屋は商売というより、子供たちと触れ
合う楽しみだったような気がします。物の豊かさより心の豊かさ
が人を幸福にしていた時代、私は好きです。

**********************

第3章 童女の日課(7)

<The Fanciful Story>

             竜巻岬《14》

                            K.Mikami

【第三章:童女の日課】(7)
 《悪戯オンパレード》<1>


 前にも説明したが、チップス先生は高齢である。動作も鈍く、
しかも話す内容も、たとえ聞き逃しても不自由がない程度の常識
的なもの。
 となれば、退屈するのは仕方がないのかもしれない。

 そこで生徒としては空いた時間を有効に活用すべく色々な内職
を始めるのだが、それでも、これまでは好きな本を読むくらいが
せいぜいだった。そこへ脱退したはずのケイトが小さな鏡を持ち
込む。

 彼女は、先生が黒板の方を向くたびに、太陽光線を反射させて
先生の薄くなった頭を光り輝かせるというアイデアを思いついた
のだ。そして、先生がこちらを振り向く瞬間、角度を変えて先生
が光の存在に気がつかないようにする。

 このスリルに満ちた遊びはたちまち他の三人にも広がった。

 彼らは、いかに長い間先生に光線を当てていられるかを競い、
やがて授業そっちのけでこの暇つぶしに興じるようになる。

 しかし、この愉快な遊びもそう長くは続かなかった。
 一週間後、ケイトが悪乗りしてしまう。それまで密告もせずに
いてくれた助教師のスワンソンさんにちょっかいを出したために、
眩しがる彼女の様子に不審を抱いた先生がケイトの鏡を見つけて
しまったのだ。

 当然、鏡は取り上げられケイトはお仕置き。黒板の前に引き出
されると、両手を頭の後ろに組んで前かがみになるポーズを要求
された。

 その姿勢でお尻を六回。
 それはお転婆童女に対する処置としてはこれまでと何ら変わら
ない儀式に思えた。

 ところが…

 「……<No>……」

 チップス先生は助教師が差し出すいつものトォーズに首を振る
と、わざわざ隣の部屋まで行き、自ら気に入った籐鞭(ケイン)を
探し出してきた。

「ピュー、ピュー」

 彼はその調子を見るべくケイトのすぐ脇で二度ほど空鳴りさせ
てみる。そして何の合図もなくいきなり、

 「タッタッタッ」

 数歩助走をつけておいて目一杯振りかぶった位置から一直線に
ケイトのお尻目ざして振り下ろしたのだ。

 「ビシーッ」

 鈍く唸るような音が教室に漂うとそれはショーツ一枚など何の
防御にもならないほどの威力だった。

 「ビシーッ」

 よろめいたケイトが体勢を立て直すと、間をおかずふたたび、
低周波が教室内に響く。

 「ビシーッ」

 「…あっ…」

 鞭には慣れっこのはずのケイトの口から、思わずうめき声が聞
こえたことで、事の重大性が他の三人にも伝わるのだった。

 「ビシッー」

 「…ひいっ…」

 気がつくと彼女の膝は笑いが止まらなくなっている。

 「ビシッー」

 「いやあ~」

 次に鞭が振り下ろされる瞬間、

 「やめて!」

 ケイトの禁じ手がほんの一瞬チップス先生の始動を遅らせたが、
先生は最初に決めた六回目を放棄しない。ケイトにしてもそれは
百も承知の事。だから、それほどまでに切羽詰った叫びだった。

 「ビシッー」

 腰を伸ばしてまっすぐに立つことを許されたケイトの唇が細か
く振るえ、鼻をすする嗚咽も膝の震えも止まらないでいる。
 こんな彼女を三人が見たのは初めてだった。

 「ケイト、君は私をただの老いぼれと侮っているようだがね、
老いぼれていても私は男なんだよ。だから弱い者苛めは大嫌いだ
し、君のお尻の形を変えることぐらい、造作もないことなんだ。
分かったかね」

 「はい先生」

 「今夜の反省会では、コリンズ先生に同じ罰をやってもらう。
……そこで君も分かるだろう……男と女の力の差を……そして、
それが分かったら、二度とこのようなことはしないことだ」

 「はい先生」

 三人はまるで幼児のように従順になったケイトにただただ呆れ
るばかり。

 その時は三人とも声をかけづらかったが、それでも夜になると
気になるらしく、コリンズ先生の処から帰ってきたケイトを捕ま
える。

 「ねえ、どうだった」

 女の子はこうした時に残酷なものだ。反省会でコリンズ先生に
同じ六回の鞭打ちを受けてベッドに帰ってきたばかりのケイトを
取り囲むと、しきりにその感想を求めた。

 「やめてよ!どうでもいいでしょう、そんなこと……」
 ケイトは煩わしそうに三人を払い除けるとベッドに倒れこむ。

 男社会ならこれで終わりだが、女の子の世界は違う。
 頼まれもしないのに…今、「やめてよ!」って払いのけられた
はずなのに、リサとアリスがケイトの手当をする。

 彼女たちはケイトのスカートを勝手に捲り上げると……
 冷たいタオルで剥出しになったお尻を冷やす。

 「いたっ。もっと丁寧に乗せなさいよ」

 八つ当りするケイトに困惑する二人。
 ……でも、やはり聞いてみたかった。

 「ねえ、やっぱりチップス先生の方が凄かったの」

 「いいでしょう。そんなこと…」

 邪険にされたリサは、お尻に乗っけたタオルを掴むと、
 三十センチ程の高さから再びケイトのお尻目がけて投げつける。

 「ひぃ~」

 ケイトは思わず声をあげるとそのまま海老ぞりになった。
 そして、さも恨めしそうにリサの方を振り向くと、彼女を睨み
つけたのである。

 しかし、だからといって口をきかないというのではない。
 仕方がないという表情は見せながらもケイトは重い口を開く。

 「要するに痛みの質が違うのよ。チップス先生のは骨身に沁み
る感じなの。だから、内蔵が破裂したかと思ったわ」

 「大仰ね。お腹をぶたれたわけじゃないのよ。たかがお尻よ。
どうして内臓が破裂するのよ」

 「本当よ。女の先生にぶたれても痛いのはお尻の皮かせいぜい
筋肉までだけどさあ、チップス先生のは体の骨が全部ばらばらに
なったんじゃないかと思ったんだから」

 「本当に?」

 「何よその疑うような目は。だったらあんたやってもらったら
いいじゃない。あんたなんて、おしっこちびるから」

 「嫌ねえ、変なこと言わないでよ。私、そんな弱虫じゃないわ」

 リサもアリスもケイトの痛みが分からない。ケイトがショック
を受けているのだからよほど強烈だったのだろうとは思うのだが、
それがいったいどんな物なのかは、やはり経験しなければ分から
なかった。

 ところが、この会話に一切加わらなかったアンが、
 翌日……

 「何の真似かね。アン」

 彼女は授業が始まると持ち込んだ鏡を使って正々堂々チップス
先生の顔を照らしつけたのだ。

 そして、教壇に呼びつけられると……
 「実は、昨日はケイトだけしか見つかりませんでしが、私たち
三人もずっと鏡で遊んでいたんです。ですから、私達もケイトと
同じようにお仕置きしてください」

 アンはチップス先生に毅然として言い放った。
 勿論、これにはチップス先生も驚いただろうが、何より驚いた
のは、事前に何の相談も受けなかったリサとアリスだった。

 「アン、やめてよ。私はスワンソン先生にまで光を当ててなん
か……」
 リサは途中まで言い掛けて思わず口をふさぐ。

 気まずい雰囲気が教室内に漂った。ただ、チップス先生として
も昨日は勢いに任せての事だったが、今日はそこまでテンション
を高める自信がない。

 「あなたたちは、そんなにもこの老人にやって欲しいのですか?」
 最後はむしろアンの情熱に押し切られる形で、チップス先生が
決断したのだった。

 「三人とも、両手を頭の後ろで組んで、前かがみになるんだ」
 三人全員のお仕置きが決まる。

 「ビシーッ」/「ひぃ~~」
 「ビシーッ」/「いっっっ」
 「ビシーッ」/「いやあ~~~ごめんなさい」

 「ビシーッ」/「ううううう」
 「ビシーッ」/「あっっっっ」
 「ビシーッ」/「もうしませんから~~~」

 「ビシーッ」/「あぁぁぁぁぁ」
 「ビシーッ」/「やぁぁぁぁぁ」
 「ビシーッ」/「いやだあ~~許してお願い」

 昨日と同じ鞭、やはり同じように振りかぶって、数歩の助走を
つけて……しかし、それは昨日ほどの威力はなかった。それでも、
三人がその鞭の威力を理解するのに六発も必要なかった。

 「ビシーッ」/「しない、しない、もうしませんから~~」
 「ビシーッ」/「だめえ、ぶたないで、もういい、もういい」
 「ビシーッ」/「だめえ~~~死んじゃう、ごめんなさい」
 三発目からは、まるで悪戯坊主を父親が折檻しているかのよう
に我を忘れて泣き喚いたのである。

 結果。
 リサは歯の根があわず熱病患者みたいだったし、アリスにいた
ってはお漏らしまでする始末だったが……
 ただ、アンだけが比較的冷静だったのである。

 その日の夜、お尻を腫らして泣き叫ぶ二人の子供を尻目にいつ
も喧嘩ばかりしているアンの所へケイトがやってくる。

 「昨日はありがとう」

 「何が……私は何もしてないわ。お礼ならその二人に言うべき
よ。私はお尻をぶたれたかっただけ。おもいっきり男の力でね」

 「お父さん、厳しかったんだ」

 「………」アンはただ静かに頭を振る。

 あとはケイトがアンのお尻を濡れたタオルで冷やしワセリンを
ぬって手入れしただけ。ただそれだけで夜が更けていった。

 次の日のシャワー室。四人並んでいつものようにメイドに体を
洗って貰いながらアンがぽつりと言った。
 「このままじゃ一番早く少女になれるのはやっぱりケイトね」

 「…………」
 違わなかった。だからそれには誰も反論できない。

 「ねえ、ケイト。今度何かやるときは私達も誘ってくれない」

 「………」
 アンの誘いにケイトは答えない。
 するとアンは他の二人に……
 「ねえ、あなたたちだってその方がいいでしょう」
 これも間違いではなかった。

 「………」
 だから他の二人も口を開かないのだ。

 「ケイト、あなたしかいないわ。私達を少女にできる人は……
わかるでしょう私の言ってる意味。……アリスはお嬢様だし……
リサは監獄暮らしですっかり気が弱くなってるの。私も、常識に
捕われすぎてて子供じみたことなんて今さらできないわ」

 アンが話終わらないうちにケイトが噛み付く。
 「要するに私がこの中で一番ガキだってそう言いたいわけね」

 すると、アンは……
 「そういうことよ。今頃気づいたの?」

 「ちよっとあんた、否定しなさいよ。不愉快ね。あんたは私に
頼み事をしてるのよ」
 と、ここまでは威勢が良かったが、これから先は言葉が穏やか
になる。
 「……でも、仕方ないか……事が事だから………わかったわ。
でも私についてくるんならそれなりに覚悟はしといてね。今まで
みたいに平穏無事にはすまないわよ。それでいいの」

 「私はOKよ」
 リサが答える。そしてアリスも……
 「私も大丈夫よ」

 こうして四人は再びスクラムを組んで少女を目指すことになっ
たのである。

**************************

 手始めに狙われたのは美術のハワード先生だった。
 美術といっても童女たちに創造的作業はなく、来る日も来る日
もイコンの制作とデッサンばかり……要するに模写の作業ばかり
なのだ。

 いくら女の子が忍耐強く長時間の単純作業にむいているといっ
ても飽きてくる。ましてケイトは、一度少女にあがった経験から
少女になれば自由に風景画を描いたり、蝋けつ染めやガラス細工
など創造的な活動ができることを知っていたのでなおさらだった。

 そんな鬱積した思いを晴らすチャンスが訪れた。この日、先生
は授業の途中で抜け出して町へ行かなければならない用ができた
のだ。すると……

 「先生、このメディチ。描きいいようにしていいですか」

 ケイトの言葉に先生は深く考えずに「いいよ」と言ってしまう。
『置いてある角度を変えるのだろう』ぐらいにしか考えなかった
のかもしれない。しかし、彼女はこの言葉に『悪戯をしますよ』
という意味を込めていたのだ。

 先生が教室を離れるとケイトはさっそく作業を開始する。

 「アン、アリス、リサ、みんな来て」

 ケイトは三人を引き連れると先生のアトリエへ行って何色もの
ペンキと筆を持ってきたのだ。

 「どうするの。こんなもの持ってきて」

 「決まってるじゃない。この胸像真っ白で描きにくいでしょう。
だから着色してあげるの」

 「いいの、そんなことして」

 「いいんじゃないの。先生は描きいいようにしていいって言った
んだから」
 ケイトは笑って答える。

 「これ、塗った後で落とせるの」

 「まず、無理でしょうね。………おや?……どうしたの?……
やるの、やらないの?」
 ケイトは腰に両手を当てて三人の答えを待つ。

 「ねえ、これでどのくらい叱られそう?」

 「いいことリサ。悪戯ってのはね、後先の事を考えてやるもの
じゃないの。打算があったらそれは陰謀。打算を考えたらやめる
べきことをあえてやるから悪戯なのよ。……わかったかしら?」
 ケイトは悪魔チックな笑みを浮かべる。

 「ケイトの言うとおりね。私達これまで打算で考えてきたから
本当の悪戯ができなかったんですもの。いいわ、私やる」
 アンがまず最初に筆を取った。

 「おやおや、たかが悪戯に一大決心ね。でも、仕方がないか。
……どうなのリサは?」
 ケイトに促されると

 「どうか罰が小さくて済みますように」
 リサもお祈りをしてからこわごわ筆を取る。

 最後に残ったアリスも
 「お母さま、ごめんなさい」
 ケイトの手から目をつぶって絵筆を一本引き抜く。

 ただし、リサとアリスに限って言うと、当初はこれから悪戯を
始めようという雰囲気ではなかった。無理やり悪に加担させられ
ているといった感じだったのだ。

 ところが、ものの十分も経たないうちに主客転倒。

 「駄目よ、アン。そこは断然緑だわ」
 「ケイトやめて、そこは私が塗るんだから」
 「だいたいケイトはセンスが悪いのよ。私が手伝ってあげる」
 「アン、黄色持ってきて…それはオレンジ色じゃない。馬鹿ね、
レモン色の方に決まってるでしょう」

 この悪戯を存分に楽しんだのは無理やりやらされていたはずの
リサとアリスの二人組だったのである。

 「どう、なかなか素敵でしょう」
 「あなたたちじゃこうはいかないわね」
 二人は、作品を自画自賛。出来上がりにすっかり満足していた
彼女たちは自分たちのまわりに誰がいるのかまったく気がついて
いなかった。

 「なるほど素敵だ。私もこんなに鮮やかなメディチを見たのは
初めてだよ」

 二人はその低く聞き覚えのある声に一気に血の気が引く思いが
した。振り返る必要もないが、確認してみると……

 「……!……」
 「……!……」

 案の定、そこにはハワード先生が立っている。
 夢中になった二人が時間の観念を忘れていたのに対し、用件が
早くすんだ先生は生徒のことを心配しておっ取り刀で帰ってきた
のだ。

 「これは四人の共同制作かい」

 すると、ケイトがそれに答える。
 「先生。私が『描きやすいようにしていいですか』って言った
ら『いいよ』っておっしゃいましたので……お言葉に甘えて」

 「なるほど、首謀者はケイト君か。でも、君がこれを塗った訳
じゃないだろう」

「……………」

 ケイトは一瞬まわりの友達を慮り、彼女たちの意志をあらため
て確認すると、先生に答えを返した。

 「……はい」

 「だろうな。君にはこれは無理だ。見事な色彩感覚だ」
 先生は感心した様子だ。そして……
 「まあいい。今日はこれをデッサンしよう。そして、水彩で色
を着けてみようじゃないか。好きな色でかまわないよ。君達の色
のセンスを見たいから」

 ハワード先生がこう言ったのできっとリサはこれでお仕置きは
なくなったと思ったのだろう。安堵した彼女は肩を落とし大きく
息をついたのだ。

 すると、先生がそれを見ていて、すかさずこんなことを言う。

 「どうしたんだい、リサ。そんなに落ち込んで………せっかく
やった悪戯にお仕置きがつかないので残念なのかい。大丈夫だよ。
今日の事は『許されない悪戯がありました』ってコリンズ先生に
報告してあげるからね。お仕置きだって後日たっぷりやってあげ
るから、何も心配しなくていいんだよ」

 先生は悪戯っぽく笑う。そしてそれは現実のものとなったので
ある。


 その日の夕方、コリンズ先生は反省室に四人全員を呼び出す。
これはマンツーマンが原則の反省会では異例のことだった。

 「今日の美術の時間は、なかなかユニークなことをやらかした
みたいね。だから罰もユニークなのを用意したの。ここ二三日で
メンスの始まる人いるかしら……」

 「………」誰も答えない。

 「正直に言わないとあとで余計な恥をかくことになるわよ」

 「………」しかし、やはり誰も答えなかった。

 「よろしい、それは幸いね。では、四人ともまずこれを着けて
ちょうだい」
 コリンズ先生が手渡したのは、厚手の革でできた一見ベルトの
ような物だった。

 「何ですか。これ…」
 アリスが尋ねると、コリンズ先生だけでなく仲間三人も驚いた
ようにアリスの顔を覗き込む。

 「そう、あなた知らないのね」
 コリンズ先生は小さく笑みを浮かべると、アリスから一旦その
ベルトを取り上げて……
 「私が着けてあげるわ。スカートの裾をまくって…」

 アリスはあたりを見回す。すると他の子も同じようにしている
ので恐る恐る先生の指示に従ったのである。すると、アリスの前
に膝まづいた先生からさらに注意事項が……

 「あ、それから。今日はお仕置ですから地肌に直接着けないで、
ショーツの上から着けてくださいね」

 先生は半分ほどたくしあげられたネグリジェの裾の中へ手を入
れると、あっという間にアリスの股間にそれを装着したのだった。

 「さあ、これでよし。ご自分で見てご覧なさい」

 アリスが確認すると、革のベルトは腰に巻かれたのち、背骨の
あたりで一方が分れ、お尻の割れ目を通って股上をはい上がると
お臍の下あたりで腰のベルトと出会い鍵を使い再び一体となって
いる。

 「アリス、これは貞操帯っていうのよ。あなたも名前ぐらいは
聞いたことがあるでしょう。本来の目的は別にしてここではオナ
ニーの防止やお仕置きの補助具として使うの」

 『これが貞操帯なのね』
 アリスはまだ幼女の頃お茶会の席でリサがこの装着を命じられ
てべそをかいていたのを思い出していた。

 「みなさんにはこれを月曜日まで着け続けてもらいます」

 「え!月曜日まで…」

 「そうですよ。あすは美術の時間がありませんし、あさっては
日曜日でしょう月曜日の午前中チップス先生に事情をご説明して
午後の時間と取り替えていただいたので、その時お仕置きをして
いただけるそうです」

 事情が飲み込めないアリスを除き他の三人はコリンズ先生の話
に顔が真っ青だった。

 自室にかえった子供たちは口々に不満をぶつける。

 「普通はこんなの一日だけじゃない。それが二日半だものね」

 「この週末はブルーね。今月はメンスが二回もって感じだわ」

 「まったく陰険なのよ。こんなことやらせるなんて」

 「仕方がないでしょう。それだけのことやっちゃったんだもの」

 そんななかアリスがまた周囲を驚かす。
 「ねえ、これってトイレの時はどうするの」

 しばし誰からも声がでなかった。

 「つまりそれが陰険ってことなのよ」

 「この三日間私達にそれは禁句になるわね」

 「お嬢様、お嬢様はこんなことされた事がないからわからない
でしょうけど。これを取り付けられるとね、トイレはできないの。
少なくとも大の方はね」

 「!」

 アリスはこの時初めてことの重大さに気がついたのだった。

 この懲罰、実は恥を捨ててかかれば小だけはなんとか可能なの
だが、それは、お漏らしのあと濡れたパンツを穿いたままにして
いるのと実質的には同じ事で、女の子としてはとても勇気のいる
ことだったのである。

 とはいえ、大は我慢すればなんとかなるが、小の方は、時間が
たてばたつほど苦しくなる。その夜そして次の午前中はまだなん
とかなったが、土曜日の午後からはしだいに口数も減り誰の体も
頻繁に尿意を訴えるようになった。

 自然、食事も喉を通るはずがない。
 四人はお腹が減っているにもかかわらず、出された食事に手を
つけることができないでいたのだった。


************<了>***********

9/22 『おにばばの店』のモデル

9/22 『おにばばの店』のモデル

 おにばばの店に出てくる婆さんと校長先生との関係が作品では
説明されてなかったので、補足すると、『校長先生は、昔この婆
さんの旦那さんに学費を出してもらって大学やイギリス留学した
経験があり、普段からその奥さんである婆さんに頭が上がらなか
った』この話はそんな設定で描かれていたんです。
 だから、婆さんは、まるで息子にでも会いに行くように小学校
へ出向き、子供たちを叱りつけていたのでした。

 こう描いても、今の人たちはきっと、ピンとこないでしょうが、
奨学金制度がまだ十分ではなかった戦前は、貧富の差も大きくて、
才能はあるのに親が貧乏で高等教育が受けられないという人は、
村(町)の有力者にお金を援助してもらって大学へ行くケースが
少なくありませんでした。

 でも、そうなると出資者の意向を無視できませんから、就職先
や結婚で、その人たちは口を出してきます。「お前、大学を出た
ら、県庁に入れ」「この人と結婚しろ」と命令してくるケースも
少なくありませんでした。
 もちろん、それって法律上の義務ではありませんが、昔は義理
固い人が多くて、そうした意向を無視できない場合も多かったの
です。

 しかも、就職してからも、色々注文をつけてきて……
 この校長先生もそうしたしがらみから、婆さんのこんな暴走を
許していたという設定だったわけです。

 実際、モデルになった婆さんがいたんです。万引きとか目の前
の公園で危ない遊びなんかしているとよく学校に乗り込んできて
いました。(お灸はありませんよ。あれはフィクションです)
 そんな時、母がその裏事情を教えてくれたのです。

 ちなみに、こうしたことは何も学校だけに限りません。市役所、
県庁にはそうした地元有力者の息のかかったお偉いさんが山ほど
いて、重要な情報は垂れ流しされますし、予算の使い方も有力者
の意向に沿うように作られるのが当たり前だったのです。

 逆に言うと、地元有力者にとって貧しく才能のある子は自分達
にとっても金の卵ですから喜んでお金を出してくれたわけです。

************************

第五話 ポン太

            第5話 ポン太

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『鬼滝村の五つの物語』ということで、これが最後のお話です。
お灸が話の中心なのは過去これを出したのがその関係だったから。
五つの物語と言っておきながら出さないわけにもいかないので、
これも出しますけど、超駄作ですから、そのおつもりで……。

******** ポン太<あらすじ> **********

 蔵元のぼんぼん明雄は自他ともに認める超マザコン。おかげで
頭はそんなに悪くないのに、友達からは「ポン太」「ポン太」と
少し蔑まれて呼ばれている。
 ただ、当人はいっこうにそれを気にしている様子がない。
 奥さんにもたびたび逃げられ、借金のかたでやっと手に入れた
今の奥さんも彼にしてみれば、おもちゃとしか映らないようで、
今日も今日とて彼女を車の中に閉じこめては悪戯を始める。


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               ポン太
                  「鬼滝村の五つの物語」から

 鬼滝村は農業の他にはこれといって産業のないなの村ですが、
昔から六本松という日本酒を醸造する蔵元が一件だけありました。

 そこのご当主は真蔵さんといって、人はいいのですがヒロポン
に溺れて座敷牢暮らしが長くなっていました。そこでこの蔵元の
実質的な経営はおかみさんにかかっていたのですが、これが大層
なやり手で、身内や商売敵からも、女にしとにはもったいないと
いう声がもっぱらでした。

 ところで、このご夫婦。旦那さんがヒロポン中毒だから子種が
ないのかと思いや、さにあらず。男の子を一人もうけていました。

 明雄といってそりゃあ聡明な子供でした。
 この村で「あいつは明雄だから」と言えば「あいつは頭がいい」
という意味です。
 ところが、そんな明雄も大人になると、周囲からは「ポン太」
「ポン太」と少し侮蔑的な表現で呼ばれるようになります。

 それは彼があることでとてつもなく世間ずれしていたからで、
奥さんをもらってからもそれはちっとも治っていないようでした。

 ある日のことです。家に遊びに行くと奥さんの美加さんの姿が
見えません。どうしたのかと尋ねると、にこにこして天井の方を
指さします。

 「!」

 見上げてビックリしました。
 3mはあろうかという大きな造り付けの戸棚の上に、奥さんが
腰を下ろしているです。

 彼女、高所恐怖症なのか、それとも、あまりの怖さと恥ずかし
さで声をあげられなかったのか、うつろな目をして私の方を眺め
ています。

*********************(1)****

 「どうして、あんな処に?」

 私が尋ねるとポン太曰く、
 「お仕置きだよ。彼女、私とママのどちらが好きかって、しつ
こくきくもんだから……頭にきちゃって……」
 「ふうん……で?どっちだって言ったの?」

 「何言ってるんだ、お前まで……」
 超マザコンのぽん太にそれは愚問だったのです。
 彼はその質問には答えず……
 「だから、ほら、教えてあげたんだよ」

 彼は自慢げに一枚の写真を取り出します。
 そこには彼が赤ん坊の時に使っていたおまると並んで奥さんが
映っていました。私は一瞬考えてあわてて頭の上を仰ぎ見ます。

 やっぱり間違いありません。それは今の風景と同じでした。
 作り戸棚の上には3つのおまるが並んでいて、その端に奥さん
が青い顔をして座っているというわけです。

 私は、恐る恐るポン太に尋ねてみました。というのも、当時は
デジカメはもちろん、ポラロイドさえまだ普及していない時代で
したから、この写真を撮ってから現像ができあがるまでには当然
丸1日以上かかるはずで、彼女はずっとそこに座らされていた事
になります。

 「そうだよ、30時間以上あそこに座ってるんだ。あいつが、
口をきかないのはトイレを我慢しているためさ」
 そう言われてみれば、奥さんは足や腰を微妙に震わせています。

 「彼女の強情っ張りにも困ったもんだよ。だから教えてやろう
と思ってこの写真を撮ったんだ。君は僕にとってはおまると同じ
なんだってね。……でもそのことを理解したくないらしい」

 「おまるって?」
 「だから、おまるだよ。お前だって赤ちゃんの時使っただろう。
『おしっこは、ここでするのよ』ってお母さんに言われて……」

 「…………」
 私は声が出ませんでした。

 「僕にとって、奥さんというのは、大人のおしっこをする為に
お母さんが買ってくれた『おまるさん』だもん」

 「(あのなあ……)」
 私は何か言いかけましたがすぐに諦めます。無駄だと分かって
いるからでした。

 「……左から古い順に並んでるけど、美加ちゃんはその中でも
一番新しいからね。そもそも、おまるの中でも新参者のお前が、
『お母さんとどっち?』なんて聞いちゃいけないよ」
 真顔で言われてしまいます。

 私は明雄と幼馴染だからわかるのですが、彼はこうしたことを
決して奇をてらってやっているのではありません。本心からこう
思っているのでした。

 こうみえても彼、一流大学を出て、定職にも就いています。
 ま、出世に縁はないかもしれませんが一般社会の中で見かける
限り立派な社会人なんです。

 こんな事が災いして友だちからは『ポン太』『ポン太』なんて、
呼ばれていますが、当人がそれを気にしている風はありませんで
した。

 こうした彼の性癖は、勿論、母親によるところが、大きかった
みたいです。離婚を考えていた彼女に、ある日、夫、つまり明雄
の父親が襲いかかって、明雄ができてしまい。離婚話は頓挫して
しまいます。
 すると彼女、今度は大胆に方向転換をして、本来、夫にそそぐ
べき愛情までも、すべて一粒種の明雄に注いでいきます。それも
また異常なものがありました。
 いずれにせよ、その成果がこうした形で現れたのでした。

 そんな母親べったりのポン太にしてみれば、SEXを『大人の
おしっこ』ととらえても何ら不思議のないことだったのです。

*********************(2)****

 そんなポン太も年頃になり、母親はあちこち声をかけてまわり、
お嫁さんを二人ほど世話しましたが、いずれもお嬢様で、こんな
超マザコン亭主を操れる器をもってはいませんでした。

 そうかと言って、明雄が望むように小学生をお嫁さんにすると
いうわけにもいず、母親は思案のあげく、年頃の娘がいて、かつ
事業で借金のある家に狙いを定めたのでした。

 彼女のもくろみは見事にあたり、親から因果を含まされた娘が
送り込まれてきます。それが今の奥さん、美加さんだったのです。

 もともと結納金で家の借金を返した手前もあるのでしょうが、
美加さんはお義母様にも献身的に尽くします。子どもができない
まま3年が過ぎても、二人は表面上とても仲の良い夫婦でした。

 たまにポン太の家へ遊びに行った時も、美加さんは大変に愛想
が良くて、相変わらずお姑さんにも仕えています。そこで、それ
となく水を向けてみますと……、
 「だって、あの人優しいから……」
 という意外な答えでした。

 「確かに、ここでの生活は当初夢見たものとは違っていたかも
しれませんが、夫以外はまともな人たちだし、夫もお義母様さえ
たてていれば安泰ですから……」

 彼女の口からこぼれたのは本音でしょうか、諦めでしょうか、
いずれにしても離婚ということは考えていないみたいでした。

 ただ、どこの夫婦でも喧嘩はつきものです。彼女もつい切れて
家を出ようとしたことは何度かあったようです。その何度目かの
家出の際に、私はポン太の片棒を担ぐことになります。


 「なあ、勉。ものは相談なんだけど、車のドアを一旦閉めたら、
内側から二度と開けられないようにできないかなあ。……おまえ、
修理屋だから構造は分かってるだろう」

 鬼滝村に一件しかないスナックの片隅でこう切り出された時、
私は危険な臭いを感じましたが、それがどのように使われるかは
この時はまだ知らなかったのです。

 それから数日後、私は工具一式を車に積み込むと出張修理へと
ポン太の家へ向かいます。
 車はワーゲンのバンタイプ。決して安い車ではありません。

 「これ、駄目になってもいいのか?あんまりいじると下取りが
きかなくなるぞ」
 「いいさ、それでも」
 彼は悪戯っぽく笑います。何しろお坊ちゃんですからね、悪戯
一つにやるにも、お金に糸目はつけないといった様子でした。

 そして、仕事が終わったので帰ろうとすると、
 「いいじゃないか、どうせ今日は暇なんだろう」
 彼は面白いショウが始まるから私にも見ていけというのです。

 そして、待つこと30分。
 鴨が二階から脱兎のごとく下りてきます。真っ赤な顔をして、
よほど興奮しているのか周りに気を配る様子もなく、すぐそばに
いる私にさえ気がつかず改造したばかりのワーゲンへと乗り込み
ます。

*********************(3)***

 「バタン」
 勢いよくドアが閉まって、彼女の運命は定まってしまったので
した。

 彼女は必死にキーを差して回しますがエンジンが掛かりません。
 そりゃそうです。バッテリーへ接続しているケーブルをポン太
がさっき外してしまったのですから。

 彼女は癇癪を起こしてドアを開けようとしましたが無駄でした。
鍵は私が別のものに付け替えてしまいましたし、内側のレバーも、
窓開けも一切効かない状態にしてあったのです。
 美加さんは慌ててすべてのドアをチェックしましたが、無駄で
した。

 「バン!バン!バン!」
 狂ったように、ドアや窓、はてはフロントガラスまで叩きますが、
無駄でした。

 「あれ、あれ、まだいたの?」
 ポン太がワーゲンのそばへ悠然として現れます。

 「あなたね、こんなことしたの!どこまでも汚いんだから」
 美加さんはカンカンです。でも、すでに勝負はついていました。

 「汚いって?どういうこと?僕の車だもん、どう改造しようと
僕の勝手じゃないか。だいたい実家に帰るのに僕の車を使うこと
ないじゃないか。まったく君ってやつは自分のものと他人のもの
との区別がつかないんだから困ったもんだ」

 夫婦でこんな応酬を繰り返していましたが、そのうち美加さん
の方が不利と感じたのでしょう。

 「謝るから、出してよ。いつまでもこんな狭いところにいられ
ないわ」

 美加さんの言葉にも勝利を確信しているポン太は動じません。
 「べつに謝らなくてもいいよ。どうせ3日もすればお母さんが
旅行から帰ってくるだろうし、お手伝いもその時一緒に出てくる
だろうから飢え死にするってことはないさ。僕としても、君への
お仕置きとしちゃあ3日間もあれば十分だからね」

 彼はそれだけ言い残すと、車庫代わりに使っている煉瓦作りの
倉庫を出て行こうとします。厚い鉄の扉が閉まると中は真っ暗で
した。
 とたんに、一オクターブ高い美加さんの声が中からします。

 「だめえ、行っちゃだめ~~」

 ポン太はあきれ顔の私に囁きました。
 「あいつ高い処だけじゃなくて狭い処や暗い処もだめなんだ。
な、まるで子供みたいだろう」

 確かにそれだけ取ればそうかもしれませんが、こんな事をして
いる方がよほど子供に見られることを彼は認識していないようで
した。

********************(4)****

 「祝勝会だ。地ビールでも飲もうや。今度、うちでもビールを
手がける事になったんだ。試飲してくれよ」
 ポン太はそう言って私の肩を抱きます。
 でも、まだ美加さんの悲鳴が聞こえていましたから……

 「いいのかい、ほっといて」
 と言うと……

 「いいんだよ。あいつ、僕のダンボを腹いせまじりに池に投げ
込んだんだ」
 「ダンボ?……ああ、いつも抱いて寝るぬいぐるみか」

 「あれはね、小学校の入学祝いにママから買ってもらった大事
なやつなんだぜ。あれを池に投げ込むなんて人でなしのやること
だよ。だから、あいつの風呂上がりをねらって、同じように奴を
庭の池へ放り込んでやったら……「出て行く」って息巻いたんだ。
まったく勝手な奴さ」

 彼はまるで政治談義でもしているかのように、滔々として自分
の正当性を私に訴えかけますが、要は象のぬいぐるみ一つのこと
ですからね、中身は小学生の喧嘩です。
 ま、こんな事で夫婦喧嘩ができること自体、羨ましいと言えば
いえなくもありませんが。

 その羨ましい男と四方山の話をして2時間後、再び煉瓦造りの
車庫へ戻ってみると、美加さんが今度は泣いていました。

 さすがに、可哀想になって、
 「もういいかげん許してやれよ」
 と言うと、彼はまんざらでもないといった顔になって……

 「よし、それなら美加。これから私が命じるお仕置きをちゃん
と受けるなら許してやってもいいぞ」

 彼の声を聞いた瞬間、美加さんはこちらに潤んだ目を向けます。
それは本当に恐怖を味わった瞳でした。恐らく、彼女はこうした
ことに何らかのトラウマで耐えられないのでしょう。

 美加さんが小さく頷いたのを見て、ポン太が……
 「じゃあ、ダッシュボードを開けて見ろ」

 ところが、ダッシュボードを開けた美加さんは首を振って従い
ません。
 
 「何だ、嫌なのか。じゃあいいや」
 ポン太はあっさりあきらめて戻ろうとします。しかし、鋼鉄の
扉が閉まって再びあたりが真っ暗になろうとすると……

 「待ってえ~~~」
 美加さんはどうやら観念したようでした。

 そこで、二人が車へ戻ってみると、彼女はすでに毒々しい赤い
インキで印刷された袋を持っています。それは病院でもらう薬袋
みたいな形状でした。

 「今日は、それをお前自身ですえるんだ」
 ポン太の命令で私は薬袋の中身を知ります。『すえる』という
のですから、お灸に違いありません。
 実際、中にはマッチもお線香も用意されていました。

 「………………」
 彼女は渋々でしたが、行動を起こします。ブラウスの裾を少し
だけたくしあげたその時でした。

 「でも、腰にすえるのって一人じゃあ……」
 美加さんがこう言うと、ポン太は少し鼻にかかったように笑って、

 「誰が、腰にすえるって言ったの。昨日、綺麗にしたところが
あるだろう。ちょうどいいから、そこにすえてみろよ」
 こう言われた瞬間、美加さんの顔が真っ赤になります。ですから、
それはおおむね私にも察しのつく場所だったのです。

*********************(5)***

 「………………」
 彼女はとたんに無口になります。そして、ほどなく悲しそうに
私の顔を見つめるのでした。
 そう、それは『私がいなければやってもいい』という意思表示
だったのでしょう。

 けれど、ポン太は無慈悲にそれをはねつけます。
 「だめだぞ、美加。今日は、二人で見学させてもらうからな。
でなきゃ、お仕置きの意味がないじゃないか」

 ポン太の脅迫に、美加さんは下唇を噛んでしまいます。そして
狭い助手席のシートの上で膝をたてると、体を小さくして、何事
か考えている様子でした。

 それって、ポン太の提案に対する拒否の姿勢だと私は思ったの
です。ところが……

 「嫌ならいいよ。そのかわり、今度僕がここへ来るのは3日後
だからね」
 こう言ってポン太が立ち去ろうとします。

 すると……
 「待って!やるから、やればいいんでしょう」

 決心がついたのか、怒ったような美加さんの声がします。
 私にとっては意外な展開でした。

 「よい子は『やればいいんでしょう』なんてご返事しちゃいけ
ないと思うなあ。よい子だったら、ご返事は『やらせてください』
じゃないなあ」
 ポン太は調子に乗って彼のお母さんの口まねを使いながら美加
さんをたしなめます。

 「わかったわ。『やらせてください』……これでいいんでしょう」

 美加さんが言い直してもポン太は渋い顔でした。
 「だめだめ、そんな投げやりじゃだめだよ。君は知らないかも
しれないけど、お母さんにそんな口の利き方すると、たちまち裸
にされて、お尻にお灸だったんだから……」

 「はいはい、またお母さんなのね」
 美加さんは少しくさった様子で囁きます。
 その声は私にさえ聞こえたぐらいでしたから、当然ポン太にも
届いていました。

 「何だって!何て言ったの!」
 ポン太が珍しく凄んで見せます。
 すると、美加さんは口を尖らせたままでしたが妥協したみたい
でした。

 「やらせてください。お願いします」

 「相変わらず芝居のヘタな女だなあ。……でも、まあいいか。
せっかくやる気になったんだから……」
 ポン太は満足気でした。

 そして、車内の様子を見ながら、細々と指示を出します。

 「まず、後ろのシートを倒してそこへ仰向けに寝そべるんだ。
……ほら、艾とお線香を持っていかなくちゃ………馬鹿だなあ、
スカートやショーツを穿いたままできないだろう。…脱ぐんだ。
……嫌じゃないよ。ちゃんとやらないと、出してやらないぞ……
そうだよ、もちろんショーツもに決まってるだろう……えっ、何?
相羽が見てるから嫌だ。…何言ってるの!だからいいんじゃない。
夫婦だけでこんな事やったって、お仕置きにならないでしょうが。
………だめだめ、彼は外さないよ。彼にはこのお仕置きの証人に
なってもらうんだから……左手が邪魔だなあ。いいからどけろよ。
……大丈夫だって、こいつは昔から親友だもん。どこにもお前の
ことなんか漏らしたりしないよ」

********************(6)***

 私は次々に指示をだすポン太を見て、ふと、思ったことがあり
ました。いえ、これほどのマザコンなんですから、さぞや幼い頃
から母親にべったりの生活だったんだろうなあってことは想像が
つきますけれども、もし、それだけなら、今頃ポン太は道を外れ、
ぐれていてもおかしくありません。それが、曲りなりにも旧帝大
を出て定職を持ち、一人前に奥さんだって養ってるわけですから、
母親も時にかなり厳しい事を課してきたはずです。今、こうして、
彼が奥さんに求めている事って、ひょっとしたら、かつてポン太
自身が母親にされたことなんじゃないか。
 そんなふうに思えたのでした。

 「ほら、なかなか可愛いだろう」
 彼の右肩が私の左肩に当たって、はっとして夢想から醒め車内
を見てみると……
 すでに美加さんはショーツを脱ぎ下し、丸めた艾を三角デルタ
に乗せているところでした。

 彼女はお臍から下へ縦に三つ、小さな艾を置いていきます。
 そこには以前すえた痕が点々と残っています。
きっと、夫婦で遊んだ時の痕なんでしょう。

 美加さんは意を決して線香立てから火のついた線香を一本摘み
あげます。
 ところが……

 「だめだめ、そんなんじゃお仕置きにならないでしょう。子供
じゃないんだから。両脇にもう三つずつ乗っけるんだ」
 ポン太の指示で、艾が追加されます。狭いスペースに合計9個。
唾をつけて置いていきますが、体をねじったら床に落ちてしまい
ます。恥ずかしいのと悔しいのとで、美加さんはすでに半べそを
かきながら作業していました。
 そして、それが終わると……、

 「左手は座席の下から出ている手錠に固定するんだ」
 さっきからそれで恥ずかしい処を隠そうとするから、ポン太が、
邪魔だ邪魔だと言っていた左手を、自ら革手錠に固定させます。

 「馬鹿、何泣いてるんだよ。それって、おまえが拘束されてた
方が感じるって言うから取り付けたんだろうが……」

 ポン太の奴、どうやら昔からこの車内で奥さんとこんな遊びを
繰り返していたようでした。それはともかく言われた美加さんは
顔を真っ赤にしてしまいます。
 そりゃそうでしょう。『私たち夫婦はずっとこんなことをして
楽しんでいました』って、宣言したようなものなんですから。
 ただ、ポン太に関して言えば、この男こんなことにはいたって
無頓着でした。彼は女の子の前でも顔色一つ変えずに猥談をする
ようなむっつりスケベタイプだったのです。

 美加さんは自ら左手を革手錠に固定すると、右手一本で、火の
ついたお線香を艾に近づけていきます。

 「………………」
 けれど、それは大変勇気がいるようで、お線香が艾を山を何回
も行きつ戻りつします。

 この村はやいとが今も盛んで、幼い頃には私もお仕置きとして
すえられましたが、どんなに小さな艾でも、すえられれば目の玉
が飛び出るくらい熱いのです。
 いえ、熱いのは通り越して痛いという感じがします。錐で穴を
あけられているようなものすごい痛みです。ですから、私もその
拷問の後は必ず本当に穴があいてないか真っ先に確かめたほどで
した。

********************(7)**

 「さあ、早くしてくださいね。そのくらい、いつも僕がすえて
やってるでしょう」

 ポン太が叱咤するなか、見ればお線香を持つ手も三角デルタも
震えています。小さな胸が浅く早く呼吸し、それとは違う動きが
顎から下唇にかけても見られて、何か譫言を言っているようです。

 これだけ躊躇するのは、夫から相当に熱いお灸を経験していた
からでしょう。そして、自分ですえるのはこれが初めてだったの
かもしれません。

 火のついたお線香を片手に三角デルタを見て思い悩む若妻の姿
は、不思議なエロチシズムに満ちていました。ストリップ劇場で
見るプロのそれとは別種の趣があります。

 「もういい、もういい、どうせやる気がないんだろう」
 突然、ポン太の吐き捨てるような甲高い声がします。彼は美加
さんが自分で点火しないのに業を煮やしたようでした。
 いえ、私だって美加さんのてまえ心配げな顔をしていましたが、
内心は興味津々だったのです。

 ポン太は、まず美加さんのお線香を持った右手に最も近い窓を
ハンマーで叩き割ります。これは万が一を考えて、私が最初から
割れやすいガラスにはめ換えておいたものでした。

 美加さんは、その突然の衝撃に表情はこわばり、肩をすぼめて
固まってしまいます。

 「お線香を渡して……」
 ポン太は美加さんから火のついたお線香を取上げると、やにわ
に美加さんの右手をとって左手と同じように運転席の下から顔を
出す革手錠でその手首を締め上げてしまいます。
 そして、後ろの扉を開けると……

 「やめて!」

 この時やっと我にかえったのでしょう、美加さんの悲鳴が聞こ
えました。彼女としてはこのドアはどうやっても開かないものだ
と錯覚していたのかもしれません。それが、思いもよらず外から
開いて動揺したのでしょうか。

 「相羽、手伝ってくれ」
 ポン太は、そう言い残して車内に躍り込むや美加さんの片足を
取ります。私もここまでくれば彼のやることは分かっていました。

 道は二つに一つなんですが……、
 『しょうがない、やるか』
 とっさの判断を迫られた時、私の理性はstopを決断します。

 両手を固定された女を男二人がかりで取り押さえるのですから、
美加さんがどんなに暴れようとそりゃあ勝負は見えています。
 美加さんは、たちまちフラットシートの上に大の字に固定され
てしまったのでした。

 「まったく世話をやかせてくれるよ。からっきし度胸がないん
だから……」
 ポン太は、美加さんが暴れたために落ちてしまった艾を新たに
作り直して三角デルタに貼り付けます。
 今度は、心なしが一つ一つの艾の山が大きいようでした。

*******************(8)*****

 「こんなのすえて大丈夫かい」

 私が心配して尋ねると、ポン太はにやけた顔をさらにギラつか
せて……
 「大丈夫大丈夫。家では昔からお仕置きはやいとって決まって
るんだ。ほら、もうちゃんと大きいのをすえた痕があるだろう。
聞いたらこの子の実家もそうだったらしいんだ」

 ポン太がそう言って視線を落とした先には、ケロイド状に光る
丸い火傷の痕がありました。私がそこを見つめ続けると、それま
でポン太だけを睨み付けていた美加さんの顔が横を向いてしまい
ます。

 ポン太はその横を向いた美加さんの口に猿轡までをかまそうと
しますから……
 「でも、たかがぬいぐるみ一つでそんなことしなくても」
 と言うと……

 「たかが、なんて軽々しく言わないでくれよ。僕にとっちゃ、
新参者のおまるよりあの子の方が大事なんだぜ」
 「でも、それじゃあ美加さんの立場が……」
 「いいんだ、こいつのことは……俺が嫌なら出ていくだけの事
だし……それに……これは夫婦の問題なんだから……」
 強気のポン太でしたが、ここにきて幾らか罪悪感が出てきたの
か、煩わしそうに私から視線をそらします。
 そして猿轡は諦めたようでした。

 「もともと、こいつは、僕がマザコンだって知らなかったんだ。
お母さんが『マザコンだなんてわかったら誰もお嫁になんか来て
くれませんよ』って言うから、そういう事はカモフラージュして
つき合ったんだ。デートの時は、お母さんが作った想定問答集を
覚えて出かけた。まるっきり学校時代のテスト前日と同じだった」

 「おまえ、そんなことまでしたんだ」

 「前の二人だってそれは同じだよ。……でも、結婚すれば当然、
ばれちゃうだろう。もちろん僕が生き方を変えればいいんだろう
けど、でも、それやっちゃうと、今度は仕事ができなくなっちゃ
うからね。だから美加にも『いつでも実家に帰っていいよ』って
言ってやったんだ。……でも……」

 ポン太はお線香の火を艾に移します。九ついっぺんに火がつき
ましたが、山の頂上が燃えているうちは問題ありませんでした。

 「最初に実家に帰ってここへ戻った時、おまえ言ったよなあ。
あなたについていきます。お義母様、お願いしますって言ったよ
ね。お灸のお仕置きでもなんでも我慢しますって……」

 ポン太は、火のついたお線香を持ったままの右手で、そっぽを
むいてしまった美加さんの顔を元に戻します。美加さんは、再び
横を向こうとしましたが、お線香の赤い頭をこれみよがしに目の
前数センチまで近づけられては、美加さんも観念するしかありま
せんでした。

 「ま、いろいろ事情があるらしけど、結局、実家にも帰らない
し、僕とも別れる気もないらしい。……しまいに『私はお義母様
の次に愛されていればいいですから、あなたのおまると同じ部屋
で寝ますからここにおいてください』って泣きついたんだ。……
きっと、お母さんがまた裏でまた何かしでかしたんだろうけど…」

 ポン太がそこまで言った処で艾の火か麓まで下りてきた。
 となれば当然……

 「いやあ~~~やめてえ~~~取って、お願い。いやだあ~~」
 美加さんは恥も外聞もなく泣き叫び始めます。
 が、ポン太が美加さんのお腹の上に馬乗りになり、私も大の字
になった右足を椅子代わりにしているので、美加さんの細い体で
はどうにもなりません。

 そうこうするうち、ポン太が二回目を用意しますから、慌てた
美加さんが……
 「だめえ、もうやめて~~、そんなに大きいのは耐えられない
から、駄目だってお願い、あああ……(うぐぅ)」

********************(9)****

 ポン太は美加さんの声があまりにうるさいと思ったらしく今度
は本当にタオルで猿轡をしてしまいます。小さなタオルを二枚、
口の中にねじ込み、大判のタオルで鉢巻きのようにしてゆわいて
しまうと、いくら声を出そうにも出ませんでした。

 静かになったところで、ポン太はゆっくりと、二回目の準備に
取りかかります。

 「そう言えば、おまえ、ロリコンだったよな。あの趣味って、
終わったのか?」
 「いいや、今でも好きだよ。資料はママにだいぶ捨てられちゃ
ったけど……また、台北やマニラに行けば会えるから」

 「台北やマニラ?」

 「僕の資料はそこに全部保管してあるんだ。お母さんの追及を
逃れるためにね。国内の拠点は全て知られちゃったから……」
 ポン太は次を乗せるためにその灰を払いのけます。そして次に
乗せる艾もさっきとほぼ同じ大きさでした。

 「小さい子が一番いいよ。純真だから………その素肌に触れて
いるだけで身も心も浄化されていく気分になる。………君は知ら
ないだろうけど、ハリスはそのための学校まで建てたんだ。偉い
奴さ。その子の学費を出してあげれば、ファックはできないけど、
それ以外ならたいていのことはOKさ。今度、招待してやるよ」

 「いやあ、僕は遠慮しとく。そんな趣味ないから」

 「騙されたと思って、一度おいでよ。生き返るから……大人と
いくら寝たってああはいかないもの。早い話、こいつにしたって、
実家に借金がなければ僕なんかと一つ屋根の下には暮らさないだ
ろうし……ま、それが、大人の分別ってやつだろうけど……」

 ポン太はそこまで言って火を点けます。効果はさきほどと同じ。
いや、それ以上だったかもしれません。何しろ私の乗った右足が、
今度はほんの一瞬わずかに浮き上がったほどですから。

「いややゃゃややゃゃややゃゃゃやあぁぁあぁぁああぁぁぁああ」

 美加さんの悲鳴に嘆きや愚痴や哀願はありません。ただただ、
熱いという思いだけが信じられないほどの力となって私を持ち上
げてしまうのでした。

 息が荒くなったまま横を向く美加さんの顔を、ポン太はちらり
とも覗こうともしません。そして、黙々と三回目を準備。ただし、
今度は少し趣が違っていました。

 ポン太は、美加さんの両足につけた細いワイヤーを電気仕掛け
のウインチで巻き上げていきます。

 「いやだあ、何すんの。こんなの約束してないでしょう」
 車内の窓の内側を擦るようにして、美加さんの両足が上がって
いきます。

 ゆっくり、ゆっくりではありましたが、それでも30秒とたた
ないうちに、美加さんの足先は車の天井まで届いたのでした。

 で、その結果。

 ワイヤーのたるみを利用して美加さんの足はある程度動かす事
ができますが、それも10センチ足らず。もとに戻すことなんて
到底できません。
 ですから、どんなに身体をばたつかせても大事な処が我々の目
から丸見えとなったのでした。

******************(10)***

 「ほら、こいつのは特別きれいだろう」
 ポン太は、自慢げに美加さんの奥深くを押し広げて私に見せて
くれました。

 しかし、そこに『綺麗』という言葉が当てはまるかどうか。
 とにかく、美加さんのそれは綿毛ひとつなくつるつるに剃り上
げられていたうえ、本来なら暗褐色になっているはずのびらびら
なんかも綺麗に生まれたままの皮膚の色をしていたのでした。

 私にはこう言うほかありませんでした。
 「おまえらしいよ」
 「本当はびらびらなんかも、手術で小学生並みに小さくしたか
ったんだけど……」
 「やればよかったのに」
 やけでこう言うと、相手はしごくまじめに、
 「お母さんに見つかっちゃってね。『子供を産むまで、そこは
触っちゃ駄目よ』って言われたんだ」

 まさに、彼とこうした話題を共にする時はこちらも小学生気分
でなければついていけないところがあります。でも、それでいて、
こいつは金曜日ともなれば、すまし顔で大学の教壇に立っている
のですから、呆れたもんです。

 私は勇気を出して尋ねてみました。
 「おまえ、美加さんが可愛くないのか?……だったら、俺から
おばさんに口きいてやってもいいんだぜ」
 しかし、ポン太は不思議そうな顔をするだけ。

 「何言ってるんだおまえ、可愛くなきゃこんなことしないよ。
終わったあとはちゃんと医者にも見せてるし、問題ないって…」

 彼はまったく意に介していない様子で、赤い袋からまた一撮み、
艾を取り出します。そして、それをほぐし丁寧に丸めて、小さな
山を作ると、今度は美加さんの股間へと分け入ったのでした。

 「おまえも手伝えよ。しっかり押さえてろよ」

 ポン太は美加さんの下腹に肩を入れて強引に美加さんの秘所を
こじ開けようとします。普段つとめてクールな男の無駄に必死な
姿は笑いさえ誘います。

 「なあ、こんなことしたら訴えられるよ」
 「訴えるって?誰に?」
 「美加さんにさ」
 「馬鹿馬鹿しい。おまえって意外に気が小さいんだなあ。その
時はその時さ」
 「だって……」
 「何がだってだ。そんな事だからお前は嫁さんの尻に敷かれて
るんだ。訴えたければそうすればいいだけ。俺たちは夫婦なんだ
もん。ほら、見ろ、美加のやつ。嬉しがって、こんなにおつゆを
垂らしてる」

 ポン太は、どう見ても抵抗しているとしかみえない美加さんの
股間を押し広げると、その一番敏感な処を二本の指で擦り始めて
いました。そのゆっくりとなじるような動きに美加さんの腰が揺
れ始めます。頭を埋め、押し開いた秘貝の中にざらざらした舌を
ちょこんとつけては美加さんの反応を楽しんでいます。

 「ほら、美加。今日は楽しいかい?お前は、広いベッドより、
こんな狭い車の中の方が感じるんだろう。どうした?ん?今日は
お客さんがいるせいかな。いつもよりペースが早いんじゃないの
かい」

******************(11)***

 そう言いながら、ポン太は美加さんのクリさんを立ち上げ剥い
ていきます。その同じ顔で、今度は私にはこの狭い車の奥へ入れ
というのでした。

 わけがわからず狭い車内へ入っていくと、美加さんの口からは
すでに猿ぐつわが取れていました。それを確認していた彼はこう
言ったのです。

 「なあ美加。今日は相羽のおじちゃんのが特製キノコがしゃぶ
れるからね。ご馳走だよ」

 「…………」
 当然、美加さんの顔は青ざめます。
 いえ、私だって、こんな時、どんな顔をしていいのか分かりま
せんでした。

 「ん?……どうしたの?…嬉しくないの?………嬉しいときは
嬉しいですって言わなきゃ」
 最後に、ポン太は、美加さんの大事なクリちゃんに二本の爪を
立てて摘みあげようとするのです。もちろんただではすみません
でした。

 狭い車内がまるで田舎のでこぼこ道を走っているように激しく
揺れ、私は天井に頭をぶつけてしまうほどでした。

 しかし、美加さんはけなげにもポン太の指示に従います。
 「嬉しいです。私、相羽さんのが好きです」
 かすれかすれの声で言いましたが、ポン太は納得しません。
 「じゃあ、俺のは嫌いなのか?」
 「……いいえ」
 「なら、なんで相羽のがいいんだ。おまえ、いつ相羽のを見た
んだ。えっ……」
 ポン太は再びクリちゃんを爪を立てて摘み上げました。
 「いやああああ、やめてえ~~~」

 ポン太はもう一度尋ねます。
 「相羽と俺とどっちがいいの?」
 「……どっちも」
 「どっちもじゃわからないでしょう」
 「もちろんあなたの、あなたのです」
 「そうか、それは嬉しいけど、今日は相羽ので我慢しろ」
 「はい」
美加さんは小さな声で答えました。

 ポン太は太い眉を少し上げると、私に満足げな顔を見せます。
 「じゃあ、相羽、美加がごちそうしてくれるそうだから、味わ
ってみなよ」
 彼はそう言うと、美加さんにも、
 「奴のは、でかいからね、シャブリがいがあるよ」
 こう言ってひやかします。

 そして、そこで会話がとぎれたとみるや、
 「相羽さんいらっしゃいませって言えないの!ん?…あれだけ
教えてやったのに、いつになったらまともな接待ができるんだ」
 彼の言葉が終わるか終わらないうちに、美加さんへは、さらに
厳しい罰が加えられることになるのでした。

 その悲鳴は突然でした。
 「ぎぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ」
 喉が震え、全身に悪寒が走りひきつけを起こしたように震えて
います。

 何が起こったのか分からず尋ねると、ポン太はあっけらかんと
したもので……
 「膣前庭にお灸をすえたのさ。おしっこの出る穴の辺り。ここ
が悪さをする女には一番きくみたいだね。ただしベビーパウダー
をようくまぶして乾かしてからじゃないと、うまく乗っからない
から高等テクニックがいるんだ。今、一発目でいっちゃったけど、
こいつまだ若いからすぐに元気になるよ。フェラ、嫌いじゃない
んだろう?」

 「…………」

 「だったら、四つんばいになってそいつの口元に垂らしとけば
いいよ。うちのは、結構上手いんだぜ。最初の一年はそればかり
特訓させたから」

 彼はそう言いながら二回目を準備しています。私はお灸に興味
はありませんが、この可愛い口で舐めてもらえたらという欲望は
湧いてきます。
 良い悪い、理性、常識、そんなものは私の脳裏から吹っ飛んで
います。それは男の性というしかありませんでした。

********************(12)***

 「……本当に……いいのか」
 確かめると、

 「ああ、いいさ。こいつがくわえ込んだのはお前だけじゃない
んだから。最近は、お母さんも綺麗にしてやってるし、そうした
意味では重宝なんだよ。おまるとしてはな…それと、お前。少し
美加の乳を揉んでやってくれないか。その方が、美加にとっても
張り合いが出るだろうから」

 私はたまらずブラウスを引きちぎりろうとします。
 しかし、焦っていたのかそれに手間取っていると、ポン太が、
めんどくさそうに大きな裁ちばさみを渡してくれました。

 「ほら、ハサミ」

 あとはもう無我夢中でした。乳を揉み、とがった乳頭を舐め、
うなじを顎を鼻の頭まで舐めてから唇へ、さらにその奥へ自分の
舌を入れて……あとは……あとは……自分の一物を柔らかな井戸
の中へ吸い込ませたところまでは覚えているのですが……全ては
断片的な記憶だけ。そうそう、吸いつかれた時に体を反らした事
だけは覚えています。

 「あっあ~~~~うっあっ、いいいいいいいえええええええ」
 全てのネジが吹っ飛んで、フィニッシュとなる寸前、ポン太が
急所ばかりを選んで二回目の艾に火を点けたからたまりません。
それまで優しく遊んでもらっていたのに、いきなり、『がぶり』
ですから。

 「いたあーーーーー」
 今度飛び上がったのは私の方でした。

 もちろん切れたりはしませんが、狭い車内でのたうち回ること
20分、恥ずかしいのなんのって、理性が戻ってしまいました。

 ポン太は、その後私の大事なものを噛んだと言って美加さんに
三度目のお灸をすえていました。

 今にして思うと、あんな狭い車内でよくこんな馬鹿な事ができ
たと思います。お互い結婚はしていましたが、まだまだ若い盛り
でした。

***************************

 若気の至りから3年。
 さすがにポン太も最近はおとなしくなったみたいです。という
のは子供ができたからでした。

 ポン太の悪戯で産婦人科の先生も美加さんの体を診てたいそう
驚いた様子でしたが、それ以上に驚いたのはすでにこの時子供を
身ごもっていたことでした。
 幸い子供に影響はないとのことで、無事、男の子を出産しました。

 ところで、美加さんにもあれだけ悪戯していたポン太ですから、
さぞや子供にも……と心配になりましたが、美加さんの話では、
子供と私は別ということで、今のところ被害は及んでいないよう
です。

 今度は女の子を、と言っているそうですが、可愛がりすぎて、
変なことにならないか、奥さんには今からそれが心配なんだそう
です。

*********************(了)**

***************************
(ご挨拶)
 鬼滝村は田舎の小さな村です。ここでは都会の人の常識は通用
しません。村の有力者が法律以上の力を持ち、子供たちは体罰に
明るく怯え、女の子は結婚してもそこが安住の地ではありません。
 こんな村ですが、住めば都とやら、ほとんどの村人がこの村に
住んで不幸とは感じていませんでした。それは、ここにはここの
過ごし方、生き方があるからです。
 まずは、思い出のご報告まで……。
 お読みいただきありがとうございました。

****************************

「しおごはん」さんありがとう

9/20 「しおごはん」さんコメントありがとうございます

 まずは、コメントいただいたのに一週間以上もご返事が遅れて
しまい大変申し訳ありません。

 私の場合は、見ての通り、夢のようなというか荒唐無稽な物語
しか描けませんから、しおごはんさんのような、地に足が着いた
というか、リアリティーのある物語が描ける人が羨ましいのです。

 このブログは、頑張りすぎず、ぼちぼちやっていくつもりです。
 これからも、よろしくお願いします。

第11章 貴族の館(3)

              第11章 貴族の館

§3 修道院学校のお仕置き(1)

 『わあ、立派ね!家のオンボロ校舎とは大違いだわ』
 カレンは思った。

 時計台を持つ三階建ての本棟を中心に図書館や体育館、運動場
までしっかりと整備されていて、そこは立派な私立学校だった。

 「ここで2歳から15歳までの子が学んでいます。時計台校舎
の左側が9歳迄の子が学ぶ『幼児学校』。こちらは男の子も一緒
ですが、15歳までの子が学ぶ『基礎教育学校』は生徒は全員が
女の子です」
 正門を入ったところで伯爵は誇らしげに学校を語った。

 「何人くらい生徒さんはいるんですか?」

 「定員は特に定めていないので、各学年人数はまちまちなんで
すが、だいたい10人から15人前後です」

 「そんなに少ないんですか」

 「何しろ、私たち一門の為に作った学校ですから、一般からの
入学希望者がそんなにいないんです。……それでも最近はこれで
増えた方なんですよ。私が通っていた頃には1クラスに3人しか
いないなんて時がありましたから」

 「でも、その方がマンツーマンに近くてお勉強がはかどったん
じゃありませんこと……」

 「たしかに……おかげでよくぶたれました」
 伯爵は笑う。そして……
 「では、女の園の方へ行ってみますか」

 こう言って二人を誘うと、カレンが……

 「あのう……伯爵様は……男性ですよね。いいんですか?」

 こんなふうに申し訳なさそうに訊ねるから、伯爵は、一瞬その
質問の意味が分からず困惑するが、すぐにまた頬の筋肉を緩めて
……
 「大丈夫も何も、私は理事長ですからそれは仕方ありませんよ」

 伯爵はカレンの疑問にこう答える。
 「お嬢様。女の園といっても、それは生徒だけの事で、教師や
聖職者には男性もいます。女性だけでコミュニティーを維持する
のは大変なんです。重しがいるんですよ……」

 「重し?」

 「有無も言わさぬ強い力です。女性だけの社会では往々にして
みんながいい子になろうとして馴れ合いになってしまい、うまく
いかないことが多いんです。そんな時は誰かが悪役になってやら
ないと……」

 「悪役?」

 「例えば生徒にとって自分のお尻を叩く先生は悪役でしょう。
でも、それって誰かがやらないといけないでしょうから……」

 「そんな……」
 カレンは頬を赤くして俯いた。

 「そりゃあ、男性の前でお尻をだすなんて嫌でしょうけど……
でも、これはこれでいいこともあるんですよ」

 「どんなことですか?」

 「女性同士だと、それってずっと遺恨として残りますけどね、
男性の場合は『所詮、男に女の気持なんて分からないから仕方が
ない』って諦めがつきますから……

 「そんな……」
 カレンは再び頬を赤くして俯いた。

*************************

 校舎へ入る入り口は時計台の真下に一つだけ。でもここを入る
と、すぐに左と右に分かれる。左へ行く子たちはまだ幼いから、
それほど強い体罰を受けることはなかったが、右側へ行く女の子
たちは常にその事を頭において行動しなければならなかった。

 とりわけ、土曜日の午後は『一週間の精算』と称して、素行の
悪い子たちには、その罪に見合うだけの罰が用意されていた。
 もっとも、誰もがそうなるのではなく、災難はごく一部の生徒
に限られるから、土曜日の放課後が特別ではない。
 三人が廊下を歩くと、どこからともなく女の子たちの甲高い声
が木霊して、そこは華やいだ雰囲気だ。

 お仕置きがどんなに怖くても、所詮、当事者だけの問題。指名
を受けなかった彼女たちにしてみれば、『一週間の精算』など、
よその国の出来事だったのである。

 ただ、伯爵が二人を案内して石の階段を下りて行くと、そこは
地下室という場所柄もあるだろうが、重苦しい空気が漂っていた。

 この地下室は、大戦中はトーチカとして利用されていた物なの
だが、頑丈すぎて取り壊しに骨が折れる為、そのままの形で残り、
その地面の上に、戦後、新たに校舎を建てたのだ。

 当初は、物置として使われていたが、悲鳴が外に漏れることが
少なく、暗く陰鬱な空気が、生徒の恐怖心を煽るという理由から、
いつの間にかお仕置き専用の部屋になっていた。

 当然、構造も昔のままで、階段を下りると、そこから放射線状
に七つもの廊下が走っている。七つともその突き当りの部屋が、
お仕置き部屋で、今、まさにその最中。各部屋とも防音には気を
配っているので、伯爵やニーナにしてみれば、生徒の悲鳴が外に
漏れてうるさいということはなかったのだが、カレンだけはその
耳のよさが災いして、どの部屋の音も拾ってしまう。彼女にして
みれば、その地下への階段に足を踏み入れた時から、少女たちの
悲鳴と鞭の音が頭の中で鳴り響いていたのである。

 階段を下りた伯爵は、まず一号路と呼ばれる東側の廊下を進む。
東側と言っても自然光が差し込む窓はなく、朝日が当たることも
ない。地下室はどこもそうだが、電気の照明がなければ真っ暗で、
何もできない世界だった。

 「暗い廊下ですね。電気代を節約されてるんですね」
 ニーナが心配すると、伯爵は笑って……

 「それもありますが、生徒たちを怖がらせる為の演出ですよ。
お仕置きを受ける時は気を引き締めてもらいたいので、わざと、
暗くしてあるんです。

 そんな薄暗い廊下を三人が歩いて行くと、その先が急に明るく
なっていて、スポットライトを浴びたようにドアの前に七八人、
木製ベンチに腰を下ろした少女たちがいる。

 いずれもここの女生徒たちだが、年齢はばらばらだった。
 10歳の子もいれば15歳の子もいる。その範囲の子を預かる
学校だから、その範囲の女の子がそこにずらりと並んでいたので
ある。

 まだ乳離れの済んでいないあどけない顔から、もうどこか大人
の匂いを感じさせる少女まで、さまざまな少女たちが、いずれも
沈痛な面持ちで息を潜め、そこに並んでいたのだった。

 と、ここで一人の少女が伯爵に気づく。

 「!」

 気づいた瞬間、その子はまるでビックリ箱を開けた時のように
勢いよく立ち上がったが、それに気づいた他の子供たちも次から
次に同じような勢いで椅子の前で直立不動の姿勢をとる。

 最後に一人、この中では最年少とおぼしき少女が泣き止まずに
椅子にそのまま座っていたが、その子も気がついた友だちに注意
されて立ち上がる。
 どうやらこの学校では、伯爵様に出合ったら、こうしなければ
ならないと教わっているようだった。

 カレンにはその光景がまるでナチスの軍隊のように見える。

 「ここにいるのはどんな子供たちなんです?」

 ニーナが伯爵に質問すると、伯爵はそれには直接答えず、今、
目の前で直立不動になっている12 3歳とおぼしき少女に尋ね
た。

 「君はなぜ、ここにいるのかね?」

 「ギリシャ語の成績が悪かったからです」

 「何点だったの?」
 「35点でした」
 「そう、それはもう少し頑張らないとね」

 伯爵は隣りの子に……
 「君は?」
 「数学の宿題をやってこなかったからです」
 「そう、残念だったね」

 さらに次の子にも……
 「君は……」
 「ローラに悪戯して……それで……」
 「ローラってお友だち?」
 「はい」
 「悪戯って?」
 「靴に画鋲を刺して……悲鳴上げるんじゃないかと思って……」
 「よく、やるやつだ」

 「君は、さっき、泣いてたよね。ここは初めてかい」
 「…………」少女は何も言わずにうなづく。
 「先生に、ここへ来るように言われたんだね」
 「…………」少女はまた何も言わずにうなづく。
 「先生はどうしてそんなこと言ったの?」
 「私が先生なんか嫌いだって言ったから……」
 少女が初めて口を開いた。
 「そう、先生にそんなこと言っちゃいけないんだよ。女の子は
誰に対しても『あなた嫌い』なんて露骨に言っちゃいけないんだ。
今日は我慢しなくちゃね。…でも、私が先生にあまり痛くしない
ように言ってあげるからね」
 「…………」
 伯爵にこう言われて少女はまた何も言わずにうなづく。

 「ニーナ先生、こんなものですけど、よろしいでしょうか?」

 「はい、ありがとうございます」
 ニーナの喜ぶ顔を見て、伯爵も笑顔になって……
 「みんな、座っていいよ」
 生徒へ着席の許可を出した。

 「ここにいる子供たちは、まだ、ましな方です。本当に問題の
ある子は個別に呼ばれますからね、お友だちと顔を合せることは
ないんです。お仕置き、見ていかれますか?」

 伯爵に勧められるとニーナ・スミスは少し微笑んでから……

 「でも、私のような者がよろしんでしょうか?」
 あらためて伯爵に訊ねたのである。

 「かまいませんよ。貴族の娘といえど子供は子供です。過ちを
償う姿を見られたとしても恥ではありません。それに、あなたは
しっかりしたお方で分別もおありのようだし何より校長先生でも
ある。カレンさんにしても今は立派な作曲家という社会的な立場
がおありだ。いわばこの子たちを指導する立場にあるのですから
この子たちの方から不平を言う資格はありませんよ。……どうぞ
お気遣いなく」

 伯爵がそう言った直後だった。丸いドアノブが回り、部屋から
一人の少女が出てきたのである。

 彼女は部屋の中へ向って……
 「ありがとうございました。失礼します」
 と大きな声で最敬礼してから開けた扉を閉める。
 
 そして、急いでいたのか、小走りにその場を立ち去ろうとする
ので……
 「待ちなさい、ドリス」
 伯爵が呼び止めた。

 すると、彼女はドアの処では神妙に見えた顔から一転、こちら
を振り返った時は、すでに明るい笑顔だった。
 「ばれちゃった」

 「叔父さんに、ご挨拶はないのかい?」
 伯爵にそう言われると、ドリスは体をくねらしながら答える。

 「ごきげんよう、おじ様」
 ただ、その時も彼女は両手をお尻から離さない。
 どうやら部屋の中でもそれなりに可愛がられたようだった。

 「今週もお世話になったみたいだね」
 「へへへへへ」ドリスは照れくさそうに笑う。
 「何したの?」
 「何って、特別なことは…………ただ、ちょっと…………」
 「ただちょっと、何だね?」

 「算数の成績がちょっと悪かったの」
 「何点だった」
 「15点」
 「50点満点で?」
 「…………」
 伯爵の言葉にドリスは首を振る。100点満点で15点だった
のだ。

 「算数は嫌いかい?」
 「どうして?」
 「だって、算数って、数字や記号ばかりで誰も人が出てこない
でしょう。誰もいないところで何かやっても楽しくないもん」

 「なるほど、女の子らしいな」
 伯爵は苦笑した。
 「それだけかい?」
 「あと……校長先生の写真にお髭とサングラスを書き足したら
ベルマン< Bellmann >先生のご機嫌が悪くなっちゃって……」

 「落書きだね。……書き足したのはそれだけ」
 「それだけって……」
 ドリスは口ごもる。
 その後ろめたそうな顔は、それだけでないと言ってるようだ。

 「それだけじゃないんだろう」
 「…………う……うん」
 ドリスは伯爵に促されて渋々認める。
 「他に、何か書き足したね。ベルマン先生はそのくらいのこと
なら、君をここへ送ったりしないはずだよ」

 「う……うん、ちょっと、その横に書き添えたの」
 「何て?」
 「『Oh神よ。子供たちのお尻を叩く私を最初に罰したまえ』」

 「なるほどね」
 伯爵は呆れたという顔になった。
 「深い意味はなかったのよ。ちょっとした軽い遊びだったんだ
から……」

 「いいかい、ドリス、先生は、校長先生に限らず他の先生方も
神父様も君達のためにお尻を叩いているんだよ。そんな人たちを、
神様を使って懲らしめようだなんて、考えること自体いけない事
なんだ。もっと、もっと、自分の立場を考えなきゃ。君は身分は
あっても、社会ではまだまだ半人前の人間なんだ。そのことは、
何度も教わってるからわかってるよね」

 「…………」
 ドリスは静かに頷く。
 それは、これから起こるであろう出来事をある程度覚悟しての
頷きだった。

 「おいで……」
 伯爵はドリスを自分の懐へ招き入れる。

 彼女の頭が伯爵のお腹のあたりに吸い込まれる。
 そうやって、しばらく抱き抱えられてから……

 「学校の先生も神父様も、もちろん校長先生も私も……すべて、
ドリスが敬わなければならない人たちだ。それができない子は、
お仕置き。大事なことだから、学校で何度も習っただろう」

 「…………」
 ドリスは自分の遥か上にある伯爵の顔を見ながら静かに頷く。
 それはどんなお仕置きも受け入れますという子供なりのサイン。
この時代にあっては、親や教師が行うお仕置きに協力するのも、
良家の子女の大事な勤めだった。
 庶民の子のように自分の本心のままにイヤイヤは言えなかった。

 もし逆らったらどうなるか……
 その恐怖体験はすでに幼児の頃にすませているから、この廊下
に居並ぶどの子も、あの忌まわしい悪夢の箱を二度と開こうとは
しなかったのである。

 「パンツを脱ぐんだ」

 伯爵が命じると、ドリスはあたりを見回す。
 そこにニーナやカレンといった見知らぬ大人や逆に自分をよく
見知った学校の友だちがいるのが、気になるようだったが、とう
とう『いやです』という言葉は出ずに、自らショーツを太股まで
引き下ろしたのだった。

 伯爵は、ドリスの背中をその大きな左腕で抱え込むと、立膝を
した上にドリスを腹ばいにして、スカートを捲りあげる。
 当然、その可愛いお尻が白熱燈の下に現れるが、ドリスは暴れ
もせず、声もたてなかった。

 「………………」
 伯爵は、まずはまだ赤みの残るお尻を擦りながら、このお尻が
この先どのくらいの折檻に耐えられるか、値踏みをしながら……
両方の太股の間を少しずつ押し開いていく。

 普段、外気に触れない場所が刺激を受けて多少動揺するドリス
の可愛らしいプッシーをカレンは見てしまった。
 すると、それは他人の事のはずなのに、思わず、自分がドリス
の立場になったような錯覚に襲われて、ハッとするのだ。

 『わたし、何、馬鹿のこと考えてるんだろう』
 カレンは慌てて自分の頭に浮かんだものを消し去ろうとしたが、
それを完全に消し去ることはできなかった。

 「いいかい、先生を揶揄する事はとってもいけないことだよ。
わかるだろう」
 こう言って、最初の平手が打ち下ろされる。

 「ピシッ」
 「ひ~~いたい」
 思わず、ドリスの口から悲鳴が漏れたが……

 「静かにしなさい、ドリス。このくらいのお仕置きで声なんか
出したら恥ずかしいよ」
 伯爵は厳しかった。

 伯爵だって自分の子供をはじめとして何人もの子供たちのお尻
を叩いている。それがどの程度の衝撃かもよく心得ていた。
 たとえ、それまでにお尻を叩かれてリンゴが敏感になっていた
としても、このくらいのことで声を出すのはドリスが甘えている
からだと判断したのである。

 「歯を食いしばって耐えるんだ。でないと、終わらないよ」
 その声の終わりとともに二発目がやってくる。
 「ピシッ」
 「(うううううう)」
 今度は必死に声を出さずに耐えた。

 良家の子女は目上の人には従順でいるのが基本。どんなにお尻
が痛くても必死に我慢して声を出さないように罰を受けなければ
ならない。勿論、そこで暴れるなんてもっての他だった。

 実際、良家の子女たちは、暴れて当然の幼児の頃、暴れる体を
大人たちに押さえつけられ、厳しい折檻を何回も受けている。
 それだけではない。自らパンツを脱ぎ、お仕置きをお願いし、
必死にお尻の痛みに耐えてお礼を言う。そんなお仕置きの作法を
徹底的にその身体に叩き込まれるのだ。

 「これから、先生を敬って、失礼な事はしないね」
 「はい、しません」
 「ピシッ」
 「(ひぃ~~~)」
 ドリスは思わず地団太を踏んだが、声は出さなかった。
 三発目からは『伯爵の平手の痛みに耐え、声を出さず、お礼を
言う』という、良家の子女の作法に従ってお仕置きを受け続ける。

 「いい子だ。その気持をずっと持ち続けない」
 「はい」
 「ピシッ」
 「(い~~~~)」
 ドリスにそれは形容しがたい痛みだった。一度、しこたま叩か
れたお尻をもう一度叩かれるなんて、これまでになかったからだ。

 「君は貴族の家に生まれたんだ。当然、やらなければならない
事はたくさんある。教養、礼儀、品性……そして、これも………
その一つだ」
 
 「はい」
 伯爵はドリスの声に反応しては叩かない。一瞬逃げようとした
可愛いお尻が元の位置に戻るのを見届けてから……
 「ピシッ」

 「(いやあ~~もうやめてえ~~~)」
 ドリスは心の中で叫んだ。

 伯爵の平手は暗い廊下に置かれたドリスの可愛いお尻めがけて
飛んでくるから、明るい待合のベンチに座るお友だちの処からは
よく見えないのだが、それだって恥ずかしい事に変わりはない。
何よりお尻の衝撃が背筋を通って後頭部にビンビン響いた。そして、
そこが響くと、ドリスの子宮が思わず収縮して、不思議な気持に
なるのだった。

 「ちゃんと、ごめんなさいができるね」
 「できます」
 ドリスはもうほぼ反射的にそう言い放ったが……
 「よろしい、では、ベール< Baer >神父様に事情を話しておく
から、明日は浣腸付きの鞭を独りで受けるんだ」
 伯爵の言葉にドリスは飛び上がる。

 「そんなあ~~~~」

 「何がそんなだ。貴族にとって身分をないがしろにすることは
とても重大な違反行為なんだよ。私たちは身分制度があるから、
貴族でいられるんだ。学校で習ったはずだよ。それを自分で壊す
なんて、軽々しく許されるわけがないじゃないか。今日のお尻の
様子を見ると、どうやらそこまでやってもらってないようだから、
明日は神父様の処で、正式に罪の清算をしなさい。……いいね」

 「だって、おじ様、神父様の鞭ってとっても痛いんだよ」

 「知ってるよ。だから事前に浣腸もしてもらって、粗相のない
ようにするんだ」

 「あれも嫌!!だって、あれも、もの凄く気持悪いんだもん。
終わった後も、お尻の辺りがなんか変だし……」

 「仕方ないだろう、お仕置きなんだから……もし、逃げたら、
月曜日の朝、ミサの終わりに全校生徒の前でやらされる事になる
から、それも頭に入れておくんだ。いいね」

 「…………」
 あまりのショックに目が点になったドリスだが、伯爵が……

 「わかったのかね」
 と、念を押すと、我に返って……
 「はい」
 と、小さく答えた。

 「よし、じゃあ今日のお仕置きはこれで終わりだ」

 ドリスは伯爵の立膝からは解放されたが、肩を落として、しお
しおと帰って行った。

 「厳しいんですね」
 ニーナがつぶやくと……

 「仕方がありませんよ。昔に比べればその権限は小さくなりま
したが、それでも依然として我々は為政者ですから身の処し方は
平民の人たちとは違います。軍に入れば今でも無条件に士官です
から、その信用に応えなければいけないわけです。……そもそも、
社交界での複雑な決まりごとや所作が、たった一打の鞭もなく、
子供に備わるとでもお思いですか」

 「そうですわね」

 「優雅に泳ぐ白鳥も、人の目に触れない水面下では必死に足を
バタつかせて泳いでいます。貴族もそれは同じ。ここは、貴族と
いう名の白鳥の水面下なんです」

 伯爵はさりげなくニーナの肩を抱くと、周囲にいる子供が恐怖
するそのドアをノックしたのだった。

********************(3)***

第11章 貴族の館(2)

             第11章 貴族の館

§2 次の間での出来事

 たちまち不安に襲われたカレンだったが……
 しかし、そんなモニカとまるで入れ替わるように、今度は幼い
女の子が一人、楽譜を持ってこの部屋に現れた。

 彼女はカレンの存在など眼中にないとでも言いたげに、椅子の
高さを調整し、譜面台に持ってきた楽譜を投げるように掲げると、
やおらピアノを弾き始める。

 『えっ!何よ、これって六時十四分じゃない』
 七歳の可愛らしい手が、自分の曲を奏でている。
 カレンは思わず笑顔になった。

 一曲弾き終わってたずねてみる。
 「あなた、お名前は?」
 
 「シンディ……お姉ちゃんは?」

 「カレン……カレン・アンダーソンっていうの」
 カレンは正直それに驚くのかと思ったが……

 「ふうん」
 彼女は鼻を鳴らすだけ。シンディにとっては作曲者など誰でも
よかったからだ。

 少女はカレンとの短い会話の後、譜面台から楽譜をひったくる
と、ピアノ椅子から飛び降りて南側のドアへ向う。そう、先ほど
モニカから、この先には勝手に入ってはいけないと言われたあの
ドアだ。

 彼女はそのドアの前に立つと、足踏みを始める。
 まるでトイレの前で順番を待っているようなせわしない仕草だ。

 『どういうことだろう?』
 カレンには意味が分からない。
 すると、シンディに気を取られているうちに、また、ピアノが
鳴り出す。

 『今度は男の子だわ。……これも、私の曲よね』

 そんな事を思っていると、ドアが開く音がする。
 慌ててそちらへ視線を移すと、南側のドアが開いて女中らしき
女の子がシンディを招きいれたのである。

 『あっ……』
 カレンは事情を聞こうとして、声を掛けそびれた。一足早く、
シンディはドアの向こうへ消え、ドアには内鍵の掛かる音がする。

 そこで今度は演奏している男の子に声を掛けてみたのだが……

 「ねえ、お名前は?」
 「……………………」
 「あなた、お歳はいくつ?」
 「……………………」
 「ねえ、さっき、ここにいた女の子、シンディっていうの……
お友だちなの?」
 「……………………」
 「あなたも、あのドアから中へ入るのかしら?」
 「……………………」
 カレンは少年にいくつか質問してみたが、何一つ答えは返って
こなかった。

 そして、演奏が終わり、彼が最初に口にしたのは……
 「おばさん、おばさんが変な事いうから途中で間違えちゃった
じゃないか。もし、呼ばれなかったおばさんのせいだからな」

 彼もまた、シンディと同じように楽譜を譜面台からひっぺがす
ように取上げるとそれを持って南側のドアの前に立った。
 あかんベーをしながら……それが彼の答えだったのである。

 『おばさんって……わたし、まだ16歳なのよ』
 そんな驚きもあったが、何より……
 『何よ、こんな練習でそこまで噛み付かなくてもいいじゃない』
 という怒りがカレンにもわいてきてお互いあかんベーをしあう
ことになったのである。

 ところが……
 そんな沸騰した頭を冷ます風が、カレンの後頭部から吹いた。

 「あなた、どなた?子供相手にやりあっても仕方がないと思い
ますよ」

 カレンが、その涼やか声に顔を赤らめて、後ろを振り返ると、
細面で髪の長い理知的な感じの美少女がたたずんでいる。
 彼女はカレンより身長が高くほっそりとしていたが、年恰好は
自分と同じくらいに見えた。

 「わ、わたしはカレン・アンダーソンと言います。今日は……
その……伯爵様のお招きで……」
 カレンはぎこちなく挨拶する。

 「私はシルビア=エルンスト。叔母様の御用でいらっしゃった
んでしょう」

 「……叔母?……さま……」

 「ええ、エレーナは私の叔母なの」

 「エレーナ?」

 「多くの人が、アンハルト伯爵夫人なんて呼んでる人の名前よ。
ちなみに、あなたがアカンべーしてた子は、カルロス=マイヤー。
先週はドアの中に入りそびれたら、ぴりぴりしてるのよ。許して
やってね」

 シルビアがそう言った直後、カルロス少年は最後のアカンべー
をしてドアの向こうに消える。

 「あそこのドアから中に入るのには何か意味があるんですか」

 カレンが素朴な質問をぶつけると……
 「サラ、あなた、アンダーソンさんに説明しなかったの?」
 シルビアはまず若い女中を叱りつけた。そして……

 「でも、訊ねられませんでしたから……」
 という答えを聞くと……
 「相変わらず気が利かないのね。そんなことだからお父様から
鞭をもらうんでしょう。……ま、いいわ、私が説明するから……」

 お嬢様はこうしておいてから、カレンに説明を始めたのである。

 「あの子たちは今日がピアノのレッスン日なんだけど。みんな
いやいややらされてるピアノだから、中にはろくに課題曲を練習
してない子もいて、それをこのピアノでチェックしてるのよ」

 「じゃあ、不合格だったら……」

 「ピアノの代わりに別のレッスンが待ってるわ」

 「別のレッスン?」

 「お仕置きよ。オ・シ・オ・キ。鞭でお尻を1ダースくらいは
ぶたれるわ。だから、ここで弾くピアノは真剣なの。見ず知らず
のおばさんの質問になんか答えてる暇はないってわけ」

 「じゃあ、わたし、悪いことしちゃったんですね」

 「大丈夫よ。カルロスのやつ、向こうに消えちゃったから……」

 「あなたもここでピアノを弾くんですか?」

 「そうよ、ここではこれが部屋の鍵みたいなものなのだから。
絶対になくさない安全な鍵よ。だって、これだと、他人が誰かに
成りすますなんてこと、できないもの。あなたなら出来るかしら?
他人とまったく同じ音色のピアノ?」

 「無理です」

 「そうでしょう。私も同じ。似せることはできても、やはり、
ピアノって聞いていれば誰が弾いているかわかるもの。……不正
はありえないわ」

 彼女はそれだけ言うと、椅子の高さを調整してピアノに向った。

 美しい『月光』だった。彼女にしか弾けない、彼女の『月光』
だったのである。

 『私も、弾かなくちゃ。……でも、私はどうなるんだろう。…
…やっぱり、ドアは開くのだろうか』
 シルビアがドアの向こうへ旅立った後、ちょっとした実験気分
で、カレンもまた、ピアノを奏で始めた。

 同じ、『月光』を……できる限り、シルビアのピアノに似せて。

**************************

 すると……
 ものの五分とたたないうちにドアが開いた。

 『やったあ、私のピアノは合格ね』
 つまらない自己満足に顔がほころぶ。
 カレンは、そこに女中さんが立っている姿を想像したのだが…

 『!』
 それまでとは違い、ドアが全開すると、そこに現れたのは……

 『伯爵夫人!!』

 「お待たせしましたね」
 車椅子に乗った彼女は両脇に従者を従わせている。
 右側はフリードリヒ現当主。左側には清楚な中年女性が、……
それぞれ脇を固めていた。

 「……(!!!)……」
 思わぬ展開に慌てたカレンはピアノをやめてしまうが……

 「続けて頂戴な。あなたのピアノが聞きたいわ。そのために、
わざわざお呼びしたのですもの」
 彼女はそう言って車椅子をピアノのすぐそばまで近づけさせる。

 そして、カレンが再び鍵盤を叩き始めると……

 「どうかしら?クララ。あなたのお見立ては?」

 「確かに、ルドルフ坊ちゃまに奏法によく似ておられます。…
…正直、私もさっきお部屋に流れた瞬間、ドキッとしましたから
……」

 「私はね、フリードリヒ。この子が何者であっても構わないと
思ってるの。……わかるでしょう」
 伯爵夫人は意味深に息子に語りかける。
 その意図は伯爵も承知しているようだった。


 こうして、カレンが月光を弾き終わっる頃、辺りが少し賑やか
になる。
 シンディやカルロスだけではない、クララ先生のレッスンを受
けなければならない子供たちがここに集まってきていたのである。

 「ちょうど、レッスンの日に重なってしまったわね。いいわ、
私は部屋に戻ってるから……フリードリヒ、あなたカレンさんを
連れて、しばらく館の中を案内してあげて」

 伯爵夫人が命じると、息子は『えっ!?』という顔になったが、
すぐに笑顔に戻って、カレンの手をとる。

 「お嬢様、どちらをご覧になりたいですか?」

 赤面するカレンの手をとってフリードリヒはいったん館の外へ
エスコート。まずは、ニーナのいる薔薇園へと、カレンを連れて
行ってくれたのだった。


 ニーナは土いじりさえしていれば機嫌のいい人。だから、この
時もすこぶる元気な笑顔で二人を迎えてくれたのだ。

 「どうしたの?カレン。もう、終わったのかしら?」

 「いいえ、ちょっと、小休止です。先生は相変わらず楽しそう
ですね」

 「ええ、私は草花に話しかけてる時が人生で一番楽しい時なの」

 「お花が口をきくんですか?」
 青年ご当主が皮肉交じりに尋ねても……

 「もちろん」
 ニーナは鼻をならす。
 「草花だけじゃありませんのよ。動物も、もちろん人間も……
その人の為を思って仕事をしていると、やがて、その人が知らな
い事までも知るようになるんです。……それって、口の利けない
植物や動物、赤ちゃんたちが口を利いたのと同じでしょ」

 ニーナは得意げに話したあと、思い出したように……
 「そうだわ、こちらの修道院の中庭に、新種の薔薇が咲いてる
ってうかがってるの。見る事できないかしら?」
 お館様におねだりした。

 すると……
 「いいですよ」
 と、意外にも二つ返事でOKが出る。

 「よろしいんですか?」
 恐縮そうにニーナが言うと……
 「あそこは、もともと我が家で建てた修道院ですからね、その
くらいの融通はききますよ」

 「そうですか、では、その昔は、お姫様もあそこで?」

 「ええ、百五十年以上も昔のことですけど……当時は修道院を
建てて娘をそこの修道女にすることは家の誇りだったんです」

 「どういうことですか?」
 二人の会話が分からないカレンが訊ねた。

 「昔の領主様は、ご自分の娘のために修道院を建てて、そこに
娘さんを入れて躾を兼ねた教育をしてたの。当時、学校と呼べる
のは大学だけで、その年齢までは、男の子なら自宅で家庭教師に
習うとか、ギムナジウムに入るとかするんだけど、女の子の場合は、
適当な教育機関がなかったから、修道院がその代わりになってた
ってわけ」

 ニーナの丁寧な説明にフリードリヒが補足する。

 「今は、学校の形式になってますよ。修道院付属の学校です。
少なくとも私のお爺さんの代からは、ずっとそうです。ですから、
僕の親戚関係の女の子は、たいていこの学校で学びました。……
すこぶる評判は悪い処ですけどね」

 「評判が悪い?……どうしてですか?」

 「だって、修道院の尼さんたちは浮世を捨てた身ですらどんな
厳しい戒律でも受け入れる心の準備が出来ているでしょうけど、
甘やかされて育った僕達にはそんなの関係ありませんからね……
一方的に厳しい規則を押し付けられて、鞭で脅されたら、そりゃ
いい気持なんてしませんよ」

 「伯爵様もあの学校に入られたことがおありですの?」

 「ええ、9歳までは男の子も受け入れてましたから……週末の
懺悔の時間なんて、ほとんど毎週、鞭でむき出しのお尻を叩かれ
てました」

 「まあ、お可哀想に……」

 「もちろん手加減はしますよ。何しろ相手はプロですからね、
泣かないで堪えられるギリギリの強さでぶつんです」
 伯爵はにこやかに笑ったが、そのうち、思い出したように……

 「そうだ、今日はちょうど懺悔の日だから、そこへ行ってみま
しょうか」

 伯爵の提案にカレンは乗り気ではなかったが……

 「本当ですか!?」
 ニーナの声は妙に明るかった。
 「でも、私たちのような者が立ち入ってもよろしいんでしょうか」

 「(はははは)構いませんよ。どんなに高貴な令嬢も学校では
教育を受ける身。一人の咎人のお尻でしかありませんから。誰が
見ていても拒否はできません。それが嫌なら、自宅で家庭教師を
つけて勉強していればいいんです」

 大人たちの中で話がすすんでいく。
 すると、ここで、カレンはあることを訊ねた。

 「そこは本当に9歳までの男の子しかいないんでしょうか?」

 「そうだよ。男の子の場合、それから先は全寮制の学校で暮ら
さなきゃならないからね。どうしてそなにこと聞くの?」

 「いえ、べつに……」
 カレンは、それを確認してちょっぴりほっとする。

 現代の女の子には理解不能だろうが、男性に免疫のないカレン
は幾分男性恐怖症のところがあった。
 別に男性が嫌いなわけではない。男性に憧れだって持っている。
でも実際に会うと、心臓がどぎまぎしてしまう。自分のやりたい
事が何一つもできなくなってしまう。そんな自分が恥ずかしいか
ったのだ。

 もちろん、ブラウン先生のように親しくなってしまえばよいの
だろうが、それまでにはけっこう長い時間がかかってしまうから
『男性は苦手』ということに……

 ただ9歳までなら、それは男性ではなく子供としてみてしまう
為、たとえできそこないの心臓でも許してくれるようだ。

 「それにしても、10歳から親元を離れなきゃならないなんて、
殿方はやはり大変ですわね」
 ニーナが同情すると……

 「でも、従兄弟たちに言わせると、さっさと独立できる男の子
は羨ましかったって…ここは何かと規則が厳しくて、女の子にも
平気で鞭を振るいますからね、大変だったんでしょう」

 「まあ、そんなに厳しいんですか?」

 「女の子の世界には表と裏の顔があるみたいです。貴族の一員
として優雅に振舞うその裏には厳しい訓練があるということです
よ」

 「とかく隣りの芝き青く見えると申しますものね」

 「そうだ、先生はあちらでは校長先生だとか…子供達に懲戒も
なさるんでしょう?」

 「ええ、まあ……」

 「だったら、ちょうどよかった。今、生徒が懲戒を受けている
ところですから、よかったらご覧にいれましょう」

 「えっ、でも、よろしいんですか?」

 「ええ、私の家が管理する学校ですから、それはどうにでも」

 「では、お願いします」
 ニーナは伯爵にあっさりお礼を言ったばかりではなく……
 「カレン、あなたも、そう遠くない将来、子供たちをお仕置き
する立場になるのよ。見ておいた方がいいわ」

 「えっ……私も一緒に?」

 カレンはお仕置きの見学なんてあまり乗り気ではなかったが、
ニーナに引きずられるようにして、伯爵家が経営する修道院学校
へと向ったのだった。

*******************(2)***

第11章 貴族の館(1)

          << カレンのミサ曲 >>

            第11章 貴族の館

**********<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン<Thomas Braun>
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。
ニーナ・スミス< Nina=Smith >
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル< Sergei=Richter >/ルドルフ・フォン=ベール(?)
……アフリカ時代の知人。カレンにとっては絵の先生だが、実は
ピアノも習っていた。

<アンハルト伯爵家の人々>
アンハルト伯爵夫人<Gräfin Anhalt >/(名前)エレーナ<Elena>
……先々代伯爵の未亡人。現在は盲目。二人の男の子をもうけた
が兄ルドルフは戦争後行方不明。弟フリードリヒが現当主。
ルドルフ戦争で息子を亡くした盲目の伯爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール< Friderich von Bär >
……ルドルフの弟。母おもいの穏やかな性格。現当主。
ルドルフ・フォン=ベール
……伯爵家の長男。今のナチスドイツに抵抗するのは得策でない
と協力的だったため戦犯に。戦後は追われる身となり現在は行方
不明。
ラックスマン教授<Professor Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
モニカ=シーリング<Monica=Ceiling >
……伯爵家の秘書兼運転手。家の裏の仕事にも手を染めている。
シルビア=エルンスト< Sylvia= Ernst >
……伯爵夫人の姪。15歳。お嬢様然としている。
ドリス ビューロー< Doris=Bülow >
……おちゃめな12歳、フリードリヒ(現当主)の姪。
クララ=クラウゼン< Clausen=Clara >
……伯爵家のピアノの先生。中年の婦人だが清楚。
シンディ=モナハン< Cindy=Monaghan >
……7歳のピアニスト。
カルロス=マイヤー< Carlos=Mayer >
……10歳のピアニスト。
サラ< Ssrsh >
……控えの間の女中。

****************************

            第11章 貴族の館

§1 最初の土曜日 

カレニア山荘に戻って三日目。
 その日は土曜日、アンハルト伯爵夫人との約束の日だった。

 学校の授業を早々に切り上げて山荘に戻り、昼食をとってから、
若干おめかしをした姿で食堂を通りかかると、ちょうど、そこで
昼食を取っていたアンたちに呼び止められる。

 「ねえ、カレン。伯爵様にお会いするんでしょう、そのワンピ
じゃちょっと地味じゃない。せっかくの機会なんだからお父様も、
もうちょっと奮発すればいいのに……」

 「そうなの?……いけない?」

 「だって、それって普段着って感じよね」

 アンが残念そうに言うから、カレンが反論する。
 「でも、これ、おニューなのよ。お義父様に買っていただいた
の。せっかくの機会だから奮発したっておっしゃってたわ」

 「へえ~、それで?」
 アンが懐疑的にその袖に触れると、物珍しいのか他の子供たち
も集まってくる。

 「昔の貴族は、服に限らず家具でも調度品でもとにかく自分の
使っていたものを臣下に払い下げることが多かったから、その時
になって流行遅れになってしまうと、自分が恥をかいてしまう事
になるから、身分のある人たちは流行を追ったものより、飽きの
こないシンプルなデザインを好むんですって。その代わり、流行
に関係のない素材や仕立てなんかにはお金を惜しまないそうよ」

 「へえ~、そういうものかなあ。私たちにはわからないわね。
そうだ、せっかくお屋敷へ行くんだもん、写真撮ってきてよ」
 アンがどこで調達したのか古いカメラを手渡す。どうやら呼び
止めたのは、これが目的だったようだ。

 「だめよ、そんな……今日初めて行くのに……観光地じゃない
んだから……」

 「昔はともかく、今は立派な観光地よ。だって、あそこのお城、
入場料を取って観光客に公開してるって、お父様おっしゃってた
じゃない」

 「だって、それって、もともと公の場所だったんでしょ。私が
行くのはお住まいだもの」

 「いいじゃないの。あなた伯爵夫人のお気に入りなんでしょう」
 「そうよ、私たちもどんなお屋敷か見てみたいもの」
 「だめだって言われたら、その時やめればいいじゃなか」
 「そうだよ、それくらい持って行っても怒られないよ」

 女の子ばかりじゃなくフレデリックやリチャードからも頼まれ
ると、とうとう断れなくて、仕方なく……。
カレンはせっかくドレスアップした胸元にハーフのカメラを首
からぶら下げてニーナ・スミスと出発するはめになったのである。

************************

 山を降りるまではいつもの馬車。ただ、駐車場に止まっていた
のは戦車かと思うよな、がたいの大きな高級車だった。

 「お待ちしていましたよ」
 カレンたちに気がつくと運転手がさっそく下りて来て後部座席
のドアを開けてくれる。
 それは、過日、伯爵に拉致された時の運転手、モニカだった。

 「あら、カメラ?…でも、伯爵様のプライベートは取れません
よ」
 モニカが注意し、カレンも『やっぱり』だったのだが……
 その時、車内から声がした。

 聞き覚えのある声。
 「どうしたの?何かあったの?」

 「お嬢様がカメラをお持ちだったので、ご注意したまでです」

 『伯爵様、わざわざここまで来たんだ。…お嬢様って何よ?…
それって、私のこと?』
 カレンは思った。

 「カメラ?……別にかまわないわよ。撮りたいだけとって……
あなたが現像して、ふさわしくない物が映っていたら、それだけ
取り除けばいいでしょう。そんな些細な事で目くじらを立てない
で頂戴。そんな事より早く出発しましょう。私、待ちくたびれた
わ」

 伯爵夫人は車内に二人を招きいれる。
 「お招き、ありがとうございます」
 カレンがそう言って後部座席を覗き込むと……
 「そんな他人行儀な挨拶はいらないわ。さあ、乗って頂戴」

 後部座席は三席。体の小さな女性なら両脇に拳大のスペースが
残るほどその車の座席は広かった。

 『わあ、楽チンだわ』
 カレンは素直に思う。
 右側に伯爵夫人、真ん中にカレン、左側にニーナスミスが腰を
下ろすと、さっそく出発。

 あの日と同じだった。
 制限速度など関係ないとばかりにもの凄いスピードで田舎道を
疾走する。

 その間、伯爵夫人は寡黙にしていたが、カレンの右手に自らの
手を添えたまま、そこは動かさなかったのである。

*************************

 館に着いた三人はいったんそれぞれ別行動になった。
 伯爵夫人はお付の人とどこかへ消えてしまい、ニーナは薔薇園
へ向う。そして、カレンは広間へと案内されたのである。

 厚いペルシャ絨毯の海を進み、ロココ調のソファに腰を下して
カレンはあたりを見回したが、そこにピアノはなかった。
 その代わり、何人もの女性たちが待ち構えいる。

 『誰なんだろう、この人たちは?女中さんではなさそう……』
 カレンは彼女たちの視線が自分に向けられている事に気づいて
ちょっぴり不安だった。

 そこへモニカがやって来て、一言。
 「いいわ、始めて頂戴」

 これで、女性たちが一斉に動き出す。
 ようやく回ってきた仕事の時間を惜しむようにてきぱきとこな
すのだ。

 「それでは、お嬢様。お立ちいただけますか?」

 カレンは女たちの一人に丁寧な言葉で椅子から立たされると、
首に掛けていたメジャーで、体のサイズをその隅々まで計測され
始める。

 『どういうことよ?わたし、ピアノを弾きにきたのよ?』
 カレンは訳が分からずモニカを探すと……

 彼女は彼女で、この女たちの中にあっては最もカラフルな衣装
に身を包んだ女からスケッチブックを差し出されて、それを見て
いた。

 「こんな感じになりますが……」

 「そうねえ……もう少し胸元のラインは丸みがあった方がいい
わね。こんなふうに……」
 モニカはスケッチブックに鉛筆で何やら書き加えている。

 「襟のレース柄はいかがいたしましょう」

 「それには迎え獅子の家の家紋をあしらってちょうだい」

 「モールの方は……」

 「それはいらないわ。これは普段着だから……」

 二人の終わらないやり取りに、カレンは声が掛けられないまま、
立ち尽くす。
 そうこうしているうちに、今度は、別の女が反物を持ってきて
カレンの肩口から流す。

 「いかがでしょう」
 そう言って尋ねているのは、この女達の中にあっては一番若い
娘だった。
 18くらいだろうか、まだカレンとそう歳が変わらないように
見える。

 その姿をモニカが遠くから見て……
 「他のも見せて……」

 彼女は、次から次へ色んな柄の反物を要求する。

 そして……
 「やはりさっきの藍色のチェック柄がよかったわ。若い娘は、
かえって少し渋い目の色使いの方が晴れるのよ。……それと……
そうそう、水玉があったでしょう。あれも可愛かったじゃない。
……あと、……そうね……あなたの見立ては……」

 「このような黄色もよろしいかと……」

 「あっ、いいわね、黄色は難しい色だけど、それなら、下品に
ならなくていいわ。その花柄。それもお願いするわ。とにかく、
三着は急ぎのお仕事よ。来週は仮縫いして二週間後には仕上げて
頂戴。頼んだわよ」

 モニカは女たちにてきぱきと指示を出し続けていたが、やっと
落ち着きを取り戻したカレンが口を開く。

 「あのう、何をなさってるんでしょうか?」

 すると、モニカは笑って……
 「何って、分かるでしょう。あなただって女の子なんだから…
…あなたのお洋服を作ってるのよ」

 「これじゃ、いけませんか?」
 今、着ている服を少しだけ引っ張ってみると……

 「いけなくはないけど、これは伯爵様のご命令なのよ。ピアノ
を弾く時の為の服を作れって……今、着ているその服は、きっと
お義父様に買っていただいたものでしょう?………可愛いわよ。
とっても……」

 「えっ……」

 「でも、伯爵様は、ご自身で作った服を着てあなたにピアノを
弾いてもらいたいのよ」

 「それって……ひっとして、私が、伯爵様の孫だと思われてる
からですか?」

 カレンが思い切ってそのことに触れると、モニカは逆にその事
にはクールに答えた。

 「知らないわ、そんな事。私は伯爵様のもとで働いているから、
その指示に従ってるだけよ。………そんなことより、ピアノ室が
あるから来て」

 モニカはカレンを案内して広い屋敷の中を歩く。

 すると、大きな窓越しに薔薇園が……
 そこにニーナ・スミスが見えたので、声を掛けようとしたが、
すでに沢山の子供たちに囲まれて、何やら楽しそうにしているの
で、ついつい遠慮してしまう。

 「たくさん子供たちがいるんですね」
 カレンが訊ねると……

 「修道院の子供たちなの。シスターの子供たちよ」
 「シスターの?」
 「誰だって間違いは起こるわ。でも、神の子を殺すことはでき
ないでしょう。だから、修道院で育てるの。……将来は修道士か、
修道女よ。今は自由時間だからここへ来てるの。普段は修道院の
中に寮と学校があってそこで暮らしてるわ」

 「孤児?」

 「当然、そういうことになるかしらね。……少なくとも母親は
分かってるけど、誰かを告げられることはないわ。あなたと同じ」

 カレンが少し複雑な顔になったのでモニカは慌てて打ち消した。
 「ごめんなさい、あなたは、違うわね」

 「いえ、そうじゃなくて……うちも事情は同じだから……」

 「そんな事ないわ。ブラウン先生の処は恵まれてるじゃない」

 「どうして?」

 「子供たちの数も多くないし、全てに行き届いてる感じがする
もの」

 「家に来たこともないのに、そんなこと分かるんですか?」

 「分かるわ。実はあなたを待っていた時、駐車場に子供たちが
遠足で降りて来てたけど、まるで天使が歩いてるみたいに明るい
笑顔だった。あれは人に愛されてないと出ない笑顔ね。ブラウン
先生って、きっと子供好きなのね。癇癪起こしてぶたれたなんて
ことないでしょう」

 「そんなことないわ。家じゃ毎晩誰かしらが悲鳴あげてるもの」

 「でも、それは、お仕置きでしょう?」

 「そりゃあ、一応、大義名分はあるけど……」

 「だったらいいじゃない。子供にお仕置きはつきものよ。逆に
それがないようならいい子は育たないわ。あなたは?」

 「えっ、……」
 突然振られてカレンは戸惑う。
 その戸惑いを察して……。

 「あるのね。……」
 モニカはカレンの顔を悪戯っぽい笑顔で覗きこむと……
 「羨ましいわ。その歳になってもお仕置きしてくれる人がいる
なんて……」

 「羨ましい?」
 カレンはその言葉にさらに戸惑ったが、気を取り直して、こう
質問してみた。

 「ここでも、お仕置きってあるんですか?」

 「あるわ。ここの場合はお仕置きって言うより、体罰ね」

 「お仕置きと体罰って違うんですか?」

 「お仕置きは愛している人が愛を授ける儀式だけど……体罰は
単なる管理上の処置だからそこに愛なんてなくても成立するの。
家は子供の数は多いのにそれに見合うだけの保護者がいないから
体罰は管理上必要なのよ」

 「でも、みんな笑顔じゃないですか」

 「あれは、大人達が『こんな時は笑うもんだ』って教えるから
笑ってるだけ。愛のないところで育てられた子は心がすさんで、
心の底から湧いて来る本当の笑顔が出てこないの。……あれは、
言ってみれば演技なのよ」

 「…………でも、私のところだって、お仕置きの域は超えてる
くらい厳しいですよ」

 「行為の問題じゃないの。愛されてるか、愛されていないか、
それが問題なの。愛されていれば少しぐらい厳しいことされても
耐えられるけど、愛されていない人からは、頭を撫でられるだけ
ても不快なものよ」

 「…………」

 「あなたが、どんなに厳しいお仕置きを受けた知らないけど、
今、こうして穏やかな顔でいられるのは、あなたがブラウン先生
を愛している何よりの証拠。……違う?」

 「……そ、そうかもしれません」
 カレンは小さな声で恥ずかしそうに答えた。
 すると……

 「あら、いやだ、私、こんなことで時間を潰してしまったわ。
早く行かなきゃ。さあ、一緒に来て、ご主人様がお待ちかねよ」

 モニカは腕時計を確認すると、慌ててカレンの手を引き、その
場を離れたのである。

**************************

 モニカがカレンを連れて来たのは、20畳ほどの部屋だった。
 厚い絨毯、遮音性の高いカーテン、ガラスはステンドグラスで
部屋全体が軟らかな光彩に包まれている。ガラスが厚いためか、
静かなお屋敷の中でも取り分けて静かに感じられた。

 東の壁際に年代物の事務机、壁には彫刻まで施した作りつけの
書棚がある。誰かの書斎だったのだろうか……
 そんな中、中央にポツンと古めかしいピアノが置かれていた。

 「少し、暗いわね」
 モニカがスイッチを入れると、天井のシャンデリアが輝いて、
少し薄暗くて陰気なこの部屋も穏やかに息をし始める。

 それまで気づかなかった壁の高い位置に掛かった肖像画たちが
カレンを迎える。
 それは歴代当主のものだろうか。どの顔も威厳があって沢山の
勲章で胸を飾っている。……立派なお姿だが女の子のカレンには
怖ささえ感じるほどだった。

 『ルドルフ=フォン・ベール』
 そこにはルドルフ・フォン=ベールの名前も……。

 『こんな、いかつい人じゃなかったわ。優しいおじさんだもん』
 カレンは思った。

 「カレン。ここが我が家の控えの間なの。……あなたは、毎週
土曜日、ここへ来て、このピアノを弾くことになるわ」

 「伯爵夫人は?」

 「たいていは奥の部屋にいらっしゃいます。でも、もしご用が
おありの時は、お付の者を通してお呼びになりますから、その時
は、あの南側の扉から顔を出す案内役の子に着いて奥へあがる事
になるわね」
 モニカは南側にある扉を指差した。

 『なあんだ、大人たちが話しているのを聞いてるとまるで伯爵
夫人のお側でピアノを弾くもんだとばかり思ってたら……こんな
ことなのね。でも、これなら、こちらも気楽でいいわ』
 カレンはモニカの言葉をこんなふうに勝手に判断したのだ。

 「伯爵様のご都合はどうなるかわかりませんが、あなたの方は
二時間の間、ここに留まっていなければなりません。……それと、
通常、あのドアには鍵が掛かってますけど、勝手に中へ入っては
いけません。あの先は伯爵家のプライベートエリアですから…」

 「はい、わかりました。…でも、私、ここで何曲ぐらい弾けば
いいんですか?」

 「それは自由よ。あなたの気分次第でいいの。…弾きたければ
何曲弾いてもいいし、弾きたくなければ一曲も弾かずに帰っても、
誰も文句は言わないわ」
 モニカはそこまで言うと、いつからそこにいたのかまだ十代の
可愛らしい少女を手許に呼ぶ。

 「この子はサラと言ってこの部屋専属の女中なの。分からない
事はこの娘に聞いてね」

 こう言うと、ニモカが帰ろうとするもんだから……
 「えっ、帰っちゃうんですか?」
 と訊ねると……

 「私の仕事はここまでよ。あとは頑張ってね」
 そう言い残して、彼女は部屋を出て行ってしまったのである。

*********************(1)****

9/11 Teach Your Children

9/11 Teach Your Children

  これは『小さな恋のメロディー』という昔の映画のラストで
流れた曲(Teach Your Children)を「こんな意味かなあ?」って、
思いつつ管理人が日本語にしたもの。
 この映画の哲学がそのまま投影されてるみたいで、流れてくる
単語を耳で拾いながら、とびっきり感動したのを覚えています。
 実はこれって、その後お仕置き小説なんか書くようになっても、
変わらない僕の哲学なんだ。
 (ただし、英語は苦手なんで意味を取り違えてるかも…(^^ゞ)
 僕もあの頃は若かったなあ、高校生だったもの。

    Teach Your Children
           <いい加減な意訳です/管理人>

青二才の君には生きていくよりどころが必要だ
まず、自分に正直になろう
過去なんかどうでもいい

君の子供たちによく伝えなさい
父の夢には時間が掛かったんだということを

君は子供に夢を託すだろう。
しかし、それは必ずしも君の望んだ選択とはならないはずだ。

でも、子供に、なぜ?って聞いちゃいけない。
答えを聞いたら落胆するだけさ。
君がやるべきは、子供らを見つめ、ため息をつくこと。
やがて、彼らは君を愛してるって気づくはずだから


初々しい君は先輩達の経験した怖さを知らない
だからその怖いもの知らずの若さで親たちを助けてあげようよ。
人生を終えるまで真実を探し続ける彼らを

君の両親によく教えてあげよう
僕らの苦しみだってゆっくりしか過ぎ去らないことを

君は親に夢を託すだろう
しかし、それは必ずしも君の望んだ選択とはならないはずだ。

でも、親になぜ?って聞いちゃいけない。
答えを聞いたら落胆するだけさ。
君がやるべきは、親たちを見つめ、ため息をつくこと。
やがて、彼らは君を愛してるって気づくはずだから

***********************

第四話 おにばばの店


          第4話 おにばばの店

*************************
 鬼滝村シリーズの第四話。
 あまり推敲してませんから読みにくいかも…心配です。
 とにかく出してみるだけ出してみるということです。
 話の中身は『お灸』中心のお仕置き小説(SM小説)
 幼稚で過激ですから女の子にはお勧めできません。
*************************

          <あらすじ>
 駄菓子屋のくじで「じごく」をひいてしまった僕は、本当なら
駄菓子屋のばあさんのお手伝いをしなければならなかったのが、
その場を逃げてしまう。
 ところが、後日それを校長先生に告げ口されて、幼なじみの女
の子と一緒に学校でお灸のお仕置きを受ける事に……

***************************

             おにばばの店

 鬼滝村小学校のすぐ近くにこきたない駄菓子屋がありました。
店の主もこきたないばあさんなので、みんなから『おにばば』と
呼ばれていました。四畳半ほどしかない店内は薄暗くて、小さな
白熱灯が一つ灯っているだけ。

 「ごめんなあ、おばちゃん」
 そう言って子供たちが入ってくるとその店の主人が低く垂れ下
がった白熱灯の奥から顔を出しますが、子供たちにしてみると、
そりゃあ不気味なものでした。

 ですから、そんな店、誰も来ないのかというと、そうではあり
ません。近くに駄菓子屋がここ一件しかなかったことや怖いもの
見たさというのもあって、ばあさんが営む駄菓子屋はなかなかに
繁盛していました。

 そして、もう一つ。子供たちがこの店へ足を向ける為の不思議
な催しがあったのです。

 それはこのばあさんが独自に作っているくじでした。一回十円
で一等はプラモの戦車か、リカちゃん人形。それはどちらも千円
以上するものでしたから、子供たちには魅力がありました。

 もちろん滅多に当たりなんて出ません。たいていは5円のガム
をもらって帰るだけですが、貧しい時代の子供たちは、今日こそ
はと、一攫千金を夢見てお小遣いをはたきます。いえ、それだけ
ならまだいいのですが、このくじにはとんでもない逆のおまけが
ついていました。

 ばあさんのくじをひいて、もしも、「じごく」という字が見え
たら、それは文字通り「地獄行き」だったのです。

 たちまち板戸になっている店の入り口が閉じられ、子供は奥の
部屋へと連れ込まれます。
 そこでばあさんの肩を叩いたり、腹這いになったばあさんの腰
や背中に乗って足踏みしなければなりませんでした。女の子の中
には部屋の掃除をさせられたり買い物に行かされた子もいます。

 それでも一番やっかいだったのはお灸でした。ばあさんは艾を
持ち出すと、それを小さくちぎって丸め、と背中の色の変わった
ところに貼り付けろと命じます。
 そして、その艾にお線香で火をつけるのも子供の仕事でした。

 身よりのない一人暮らしのばあさんにとって、子供たちがして
くれるサービスはお金以上に価値のあることだったのかもしれま
せん。

 しかし、いずれにしてもお金を出した人間に働かせるなんて、
そんな不条理が許されていいのでしょうか。そうは思いましたが、
純朴な村の子供たちの大半が、このばあさんの命令に従っていま
した。

 というのは……
 「いやあなこっだあ」
 とあかんべをえをして逃げることはできなかったのです。

 そんなことをすれば、ばあさんは学校へやってきます。そして
校長室の椅子にふんぞり返るや、
 「吉さんところの下の娘と作蔵のせがれが、くじで負けておき
ながら逃げた」
 などと告げ口に来るのでした。

 そして、この告げ口は不思議なくらい効果があります。名指し
された子は、授業中にもかかわらず校長室に呼びつけられ……
 そこで……

********************(1)***

 「きゃぁ、もうやめてえ、お願い堪忍してえ~~」
 僕が校長室の前へ立った時、ものすごい女の子の悲鳴が聞こえ
てきました。

 それは聞き覚えのある声。クラスメートの里子の声です。でも、
僕は彼女が校長室に呼ばれていたことに気づいていませんでした。

 『あいつも呼ばれてたんだ。まずいなあ』
 僕は、思わずノックしようとしていた手を止めてしまいます。

 「お灸だけは堪忍してえ、何でもするから、ごめんなさいする
からあ」

 覗いたわけではありませんが三つ編みにした後ろ髪を振り乱す
里子の必死の形相が目に浮かびます。
 彼女は田舎にあっては結構おしゃれで、時々ピンクのショーツ
なんか穿いてたりしましたから、僕の胸は思わず高鳴ります。

 「心配せんでええ。新しい処にすえやせんから、全部、あんた
のかかさんがすえたところをなぞるだけじゃ」
 部屋の中からオニババの声が聞こえます。

 『やばい』
 とっさにそう思いました。が、ここから逃げるのは駄菓子屋と
違って、さすがに勇気がいります。

 どうしようもなく、ドアの前でたたずんでいると。
 「橋本先生。この子を保健室で裸にしますからな。一緒に来て
手伝うてくだされや。こうした性悪は……幼いときに治しておか
なんと……」

 オニババの声がドアの方へ迫って来てますから、僕は慌てて、
その場を離れます。

 廊下の陰から、そうっと様子を窺うと……
 いつものこきたない割烹着姿のオニババと三揃えのスーツをび
しっと着こなした校長先生が廊下に出てきたところでした。

 そして、部屋の中では若い橋本先生の声がします。
 「本当に、よろしいんでしょうか」

 橋本先生は心配して尋ねましたが、当の校長先生は…
 「里子ちゃんのご両親にはすでにこのことは連絡してあります。
『どうぞご存分に…』って言われたからいいでしょう」
と、意外なくらいあっさりと認めてしまったのでした。

 「いやいやいやいやいや、お灸だけは絶対にいや。お願い先生」
 里子ちゃんの哀願は鬼気迫っています。こんな彼女の声を聞く
のは生まれて初めてでした。

 恐怖の中で聞く彼女の声は不思議にも私を興奮させます。
 自分だって立場は同じはずなのに、なぜかその瞬間だけは甘美
な劣情がお臍の下から這い上がり、顎の先端までもを微妙にくす
ぐるのでした。

 「静かになさい。あなたがいけないんでしょうが…だいたい、
ピアノのお稽古があるなら、なぜくじなんかひいたの。それに、
おばあさんに事情を話して、あとからお手伝いに来ることだって
できたでしょう。何も言わず逃げたりするから……さあ、さあ、
こうなったらおとなしくしなさい。暴れるとまたお仕置きが増え
るわよ」

 橋本先生は、里子の細い両手を右手一つで鷲づかみにすると、
ぐいぐい引っぱって、廊下に引き立てます。

*******************(2)****

 そして、聡子ちゃんは今一度、弁明しようと……
 「でも、わたし……(うがっ、)」
 と、そこまで言ったのですが、その先が何かに押し殺されます。

 察するところ橋本先生がご自分のハンカチで猿ぐつわを噛まさ
れたみたいでした。

 「(…うがっあ、…むっああ、…あああっ、……んんんん、)」

 里子ちゃんはなおも抵抗を続けているみたいでしたが……

 「お黙りなさい」
 という橋本先生の一言で急に静かになります。

 そして……
 「橋本先生、ここでは生徒さんたちのお勉強のおじゃまじゃろ
から、早う保健室の方で……」

 オニババの声に里子ちゃんは思わず腰を引きますが、それなら
と、橋本先生が里子ちゃんをその体ごと抱き上げ、勝負はついて
しまいます。

 「あんまり聞き分けがないようならここで脱がすしかないわね」
 橋本先生は何と里子ちゃんをシュミーズ一枚の姿にしてしまい
ます。

 「…………」
 あまりの事に声の出なくなった里子ちゃんは、呆然としたまま
なされるままに…。

 その薄い下着に胸の膨らみがくっきりと分かります。
 当時、田舎の娘は小学校の間はたとえ高学年になってもブラを
していないのが普通でした。

 実はこの時、橋本先生は僕の存在に気づいていましたが、あえ
て僕には声をかけず、里子ちゃんの頭を僕と反対方向にゆっくり
ひねって保健室の方へ歩かせたのです。

 こうして障害ががなくなったので、今度は僕のことを校長先生
が手招きします。オニババも校長先生もすでに僕のことは気づい
ていたようでした。

 「何じゃ、作蔵のせがれも一緒に来とったんかい。それじゃあ、
ちょうどええ……」
 と、そこまで言ってオニババは校長先生の顔を振り返ると、
 「どうじゃろ、この子も一緒に。どうせここで待たせておいて
も時間の無駄じゃろう」

 「しかし、里子は女の子ですから……」
 校長先生がこう言っても……

 「女の子っていうても、この間おむつがとれたばかりのやや子
やないか」
 オニババは受け合いません。オニババにしてみれば小学生など
まだ赤ん坊と同じ扱いのようでした。

 校長先生は少し困った顔になりましたが、オニババは、すでに
この先の予定を決めているみたいでした。

 「今日はこれからおまえにも保健室でお灸をすえてやるからな。
観念しとけよ」
 何だか楽しそうに告げると、少しだけ不自由な右足を引きずり
ながら保険室へ向かいます。高笑いが廊下に響くなか、僕は絶望
で涙さえ出ませんでした。

 こんなこと書いてると、都会で育った人たちや今の若者たちは、
『どうして民間人であるオニババが校長先生より偉そうなんだ?』
なんて思うでしょうが、昔の田舎では公務員である校長先生より
町の有力者の方が偉いんです。

 オニババも今でこそしがない駄菓子屋のばあさんですが、もと
をたどれば村の名士の出。駄菓子屋の前に広がる公園もオニババ
の亡くなったご主人が村に寄付したものなのです。
 それに何より、校長先生とオニババは、実はある特殊な関係に
あったのでした。

 それはともかく、保健室では橋本先生が保健婦の先生と一緒に
里子ちゃんのお灸の準備を始めていました。

********************(3)**

 僕は里子ちゃんが正座させられているベッドから一番遠い視力
検査表の張ってある壁から彼女を見ています。けれど狭い保健室
ではそれでも里子ちゃんのむき出しにされた背中は大きく見えま
す。背骨のラインの両側に二つずつ対になって並んだ12個のお
灸のあともこの時はっきりと見ることができたのでした。

 「さあ、これを噛んで」
 橋本先生はタオルで猿轡を噛ませると、そのまま里子ちゃんと
向き合うように正座して、その小さな両肩を抱きかかえます。
 里子ちゃんも正座した先生の両膝に自分の両手を乗せて、オニ
ババが自分の背中に一つずつ乗せていく艾の脅威に耐えています。
 今の里子ちゃんにはこの橋本先生のお膝だけが唯一の心の支え
でした。

 やがて、オニババによって灸痕のある12箇所に、新たな艾が
置かれると……

 「じゃあ、いくぞ。熱くなったらよ~く噛み締めとけ。それが
何よりの薬じゃからな」
 こう言ってから、それにいっぺんに火をつけていきます。

 「(うぐっ、んんんんんんんんうんんんうううううんん)」
 火が背中に回った瞬間、声にならない吐息がしてタオルの猿轡
に力が入ります。

 「さあ、しっかり噛んでこらえるの。女の子でしょう!」

 橋本先生の声に、里子ちゃんは先生の膝の上に置いた自分の両
手をこれでもかという力で押さえつけるように握りしめます。

 「ほら、がんばって。もうすぐ終わりますからね」
 先生は里子ちゃんの耳元でささやきます。
 実際、それ以外に励ます方法がありませんでした。

 経験者はわかることですが、お灸は終わる寸前が一番熱いのです。
12個のお灸が終わる頃には里子ちゃんの体は離れた僕の処から
もわかるほど震えていました。そして全身脂汗に光っているのが
わかります。

 里子ちゃんが咳とともにタオルをはき出して少し横を向いた時、
上気した顔と一滴の涙がほほをつたったのも確認できました。
 それでも里子ちゃんはとっても我慢強かったと思います。
 そこで、
 『これで里子ちゃんは終わりだ。次は僕の番だ』
 僕の心臓が締め付けられます。ところが……。

 「おまえ、小学校の4年生までは寝小便がなおらずに、腰の目
だけじゃのうて、尻っぺたや臍の下にもやいとをすえられとった
ようじゃな」
 オニババに言われて里子ちゃんはいっぺんに顔を真っ赤にしま
す。

 でも、オニババに容赦はありませんでした。
 「ほうら見せてみい。どうせついでじゃ。お前の母ちゃんには
わしからよう言うてきかせるからそこもすえとこうや……」

 オニババはそう言うと、無慈悲にも里子ちゃんを今度は仰向け
に寝かせます。
 でも、その時、彼女の視界に僕の姿が映ったようでした。
 ですから……、

 「……あっ、ああ……だめ……」
 一瞬呟いては、体を元に戻そうとします。

 ですが、里子ちゃんの望みは聞き入れられませんでした。抵抗
する里子ちゃんを保健婦と橋本先生が取り押さえてさっきと同じ
ように革張りの処置用ベッドの上で正座させます。先ほどと違う
のは背中に回した両手を大人二人に押さえられていることでした。

*******************(4)****

 「なんじゃ、一人前に恥ずかしいのか?まあだ小便臭い小娘の
くせに……くじに負けて逃げ出す方がよっぽど恥ずかしいんじゃ
ないのかい」

 機嫌の悪くなったオニババはかなり乱暴に里子ちゃんのショー
ツをはぎ取ります。おかげで里子ちゃんの正座は崩れ、投げ出さ
れた両足のスカートはめくれあがり、かわいい割れ目が顔をのぞ
かせてしまいました。
 ですが、その場の誰もが里子ちゃんに同情してはくれなかった
のでした。

 「おうおう生意気に……」
 オニババは短いスカートを跳ね上げて、ちらりとそこをのぞき
込むや、それだけ言い残してその場を離れます。

 そして、始めからそこにあるのがわかっていた様子で、戸棚の
引き出しを開け、カミソリとタオルを取り出し、だるまストーブ
の上にかかっていたやかんのお湯で湿してから戻ってくると……

 「ほれ、ほれ、いつのまにこんな立派になった。こんなものは
おまえさんにはまだ早いわさ」
 彼女はそう言うと里子ちゃんの三角デルタをタオルで湿しなが
ら、カミソリを使って、きれいに剃り上げてしまいます。

 「ほれ、わしの言うた通りじゃろう。この子のおっかさんがな、
寝小便に難儀してここにすえとったのをわしはおぼえとったんじ
ゃ。こんな茂みになんぞに隠さず、昔のことを思い出させる方が
この子の為じゃ。艾をかしてみい。わしがすえてやるから」
 オニババは橋本先生から艾の袋を奪い取ると、手慣れて様子で
ほぐして、九つほど新たに作ります。それをまず三つ、お臍の下
の線、蟻の戸渡りに沿って並べて火をつけます。

 「あっぁぁぁぁ、いやぁああぁぁぁぁぁぁ」
 猿ぐつわがとれている里子ちゃんは、必死に首を振って我慢し
ます。

 『あんな十二個も耐えたんだから、三つぐらい』
 と思いましたが、存外それは熱そうでした。

 「幼い頃の記憶があるからのう。熱いじゃろうて……三つ子の
魂百までというてな、幼いときにやられたことはいつまでも強う
記憶に残っとるもんじゃ」

 オニババは容赦なく、二回目の三つを同じ位置に置きます。

 「ああああっ、いややややあああ~~、かんにんしてえ~~」
 里子ちゃんの悲しい声を聞いてもオニババはまるでひるむ様子
がありません。それどころか、
 「おうおういい声じゃな。お仕置きはこういう声が出んようじゃ
効果がないからな。ほれ、もう一回じゃ。辛抱せいよ」

 「いやあ~~~~だめえ~~~許して~~~ごめんな…さい」
里子ちゃんは無駄と知りつつも必死に哀願していましたが、その
途中で痰を喉にからめてしまいます。すると、それであきらめた
のか、そのまま静かになったのでした。
 そして、お灸の火が回っても必死に体は逃げようともがくもの
の言葉はでないままで終わったのでした。

 「おとなしゅうなったな。……大人の覚悟ができたな。それで
こそお仕置きのしがいがあるというものじゃ。ぎゃあぎゃあ騒が
んで、じっくりこの熱さを噛みしめれば、それこそいい薬になる
じゃよ。……よし、じゃあ次は尻っぺたじゃ」

*******************(5)****

 オニババは責め手をゆるめません。
 そして、里子ちゃんの体を裏返すと、みずみずしい桃のような
お尻のてっぺんに今までのどこよりも大きな灸痕を発見してしま
います。

 「ここは熱かったじゃろう」
 オニババは嬉しそうに大きな笑窪をさすりますが、里子ちゃん
はそれには答えませんでした。
 それは、答えたくなかったのか、それとも心の整理がつかずに
それどころではなかったのか……いずれにしても、こんな態度を
オニババが喜ぶはずがありませんでした。
 それが証拠にここではお尻の丘の上はもちろんのこと殷の目や
お尻の割れ目が始まる尾てい骨あたりにも艾が置かれます。

 「あっぁぁぁぁぁぁああああああ、いいっ、ひぃ~~~……」

 形容しがたい悲鳴が保健室に流れるなか、里子ちゃんのお灸は
続きますが、ある瞬間から急におとなしなってしまいました。

 僕は、里子ちゃんがお灸の熱さに慣れたんだろうと勝手に思い
こんでいましたが、オニババはすぐにこの異変に気づきます。

 「あんれまあ。だらしないことじゃねえ。だから、お前はまだ
まだネンネだと言うんじゃ」
 オニババの言葉からほどなくして、お仕置きは中断。橋本先生
や保健婦さんによってタオルがたくさん用意されます。

 それは里子ちゃんがお漏らしをしてしまったことへの後処理で
した。
 放心状態の里子ちゃんのおまたか持ち上げられ、思春期の僕に
は鼻血ものの光景が目に飛び込んできます。それは男兄弟ばかり
の中で育った僕が初めて目の当たりにした女性器でした。

 『いいのかなあ、あんなの見ちゃったけど』
 僕は自問しましたが、ならば目をつぶってもよさそうですが、
それもかないませんでした。

 『見たい!何がなんでもみたい!』
 と願ったものではありませんでしたが、拒否する理性もありま
せんでした。
 実際、僕の村ではそのあたりがとても鷹揚で、この時も僕が、
その場に居合わせたことは承知の上で、あえて部屋から出ろとは
誰も言いませんでした。

 お灸のお仕置きが再開される時、里子ちゃんは再び僕の存在に
気づいて、わずかに抵抗しましたが、抵抗はそれだけでした。
 疲れた体と放心状態の心からお人形のようになってお仕置きを
受けています。僕はようやくこの出来事が『明日は我が身』いえ、
『すぐに我が身』だと気づきます。
 気づきますが、不思議なもので、この時はまだ差し迫った恐怖
を深刻には感じてはいませんでした。

 「ようがんばった。このくらい頑張れれば、お産は楽じゃぞ」
 オニババは里子ちゃんにわけのわからないことを言って励まし
ます。私は、さすがにこれで全部終わっただろう。いよいよ僕の
番だな、と思いました。

ところが、ところが……

*******************(6)**

 「そうじゃ、せっかく機会じゃからな、何か思い出に残る事を
せにゃいかんな。『ああ、あの時、駄菓子屋のばあさんに、とっ
ちめられたなあ』って、思い出してもらわんといかんからな。…
…どこがいいかいねえ」

 オニババはにこにこしながら里子ちゃんの体を舐め回します。
 そして、思い当たったとみえて、里子ちゃんをふたたび仰向け
にすると両足を高く上げます。

 「いや、いやあ~~~」
 貞操の危険を感じた里子ちゃんは、慌てて激しく抵抗しました
が、校長先生までが加わった大人三人の力にはかないません。

 「だめえ~~~」
 くの字に曲がった両足の膝小僧が里子ちゃんの鼻先に迫ると、
その場所は僕の処から余すところなく丸見えとなったのでした。

 『えっ!これが女の子?』
 それは本当にぶっ倒れそうなくらいのショックでした。
 だって、それはとってもグロテスクに感じられたのです。

 『あんなに可愛い顔をしているのに、あんなに綺麗な声なのに、
あそこは何てグロテスクなんだろう』
 って思ったんです。
 そして何より、今までなぜ見たことがなかったんだろうという
疑問さえわいてきたのでした。

 もちろん、心臓はシャツを突き抜けていきそうですし、瞳孔も
開いて頭はパープリン状態。陸に上がった金魚のような荒い呼吸
をしています。けれど、それに性欲を感じたか、と問われれば、
答えはNoでした。

 「なんじゃ、おまえ珍しいもんでも見たんか。世界に女の数だけ
これはあるぞ」
 オニババは僕の異変に気づくと苦笑いを浮かべます。そして、
やはりまずいと思ったのか……
 「おまえにはまだまだ刺激が強いようじゃな。後ろを向いとれ」

 こうして、僕は里子ちゃんの大事な処から目をそらしてしまい
ましたが、里子ちゃんに対するお灸のお仕置きはまだ終わっては
いませんでした。
 しかも、オニババは親切にもその場所を僕に教えてくれます。

 「いいか。このお尻の穴はな。神経が集まっとるからとっても
熱いんじゃ。吉さんも躾に厳しい人やから一度や二度はすえとる
と思うが………ほうら、やっぱり痕がのこっちょるわ」

 オニババがそこまで言った時でした。僕の耳に里子ちゃんの鼻
をすする音が聞こえてきます。
 それは今までとはちょっと違う泣き声。子供に戻ったような声
でした。

 オニババにはその声が感に触ったのでしょう。
 「泣くなら泣きな。しかしな、今度のは泣いてごまかせるほど
甘くないぞ」
 吐き捨てるように言います。

 実際、火がついたあとは地獄絵図でした。
 いえ、見たわけではありません。里子ちゃんもそんなに大きな
声を出していたわけではありませんが、ベッドのきしむ音、本当
に限界まで押し殺したうめき声、かすれ声、そして先生方のいつ
になく必死になって取り押さえようとしている様子など、たとえ
見なくてもそれがいかに壮絶なものだったかは背中でだって感じ
ることができます。

*******************(7)*****

「もういいぞ」

 僕は振り向くことを許されましたが、その時、里子ちゃんは、
まだ四つんばいでハイハイしながらお尻の穴を押さえていました。
きっと、じっとその場にとどまってはいられないほどお尻の穴が
まだ痛かったに違いありませんでした。

 「これから一週間はうんこをするたびにわしのことを思い出す
じゃろうが、そのぐらいでないと、性悪の根性は立ち直らんから
な。……ま、吉さんがおるから治療は問題ないじゃろう。しかし、
もし、わしにやって欲しければやってやるぞ!……ハハハハハ」

 オニババはしばしの高笑い。しかし、次の瞬間、里子ちゃんは
この時になって初めてオニババの顔を思いっきり睨み付けたので
した。

 「さてと、これで、一人終わった。……あとは校長先生の領分
じゃが、……今の今ではこの子も可哀想じゃから、もうしばらく
してからお願いしますよ。……ほれ、そうと決まったらそこの隅
に立って反省しとれ」

 僕は、この瞬間、目が丸くなった。
 『あんなにすごいお灸をされた上に、まだお仕置きがあるなん
て……。それに校長先生の領分って何だろう?……そう言えば、
誰かが校長はイギリス帰りのだから鞭を使うって……。今日は、
俺、生きて帰れないんじゃないか……』
 少しオーバーかも知れないけど、その時は本当にそう思った。

 そんな恐怖心がついこんなことを言わせる。
 「僕、あまりお灸はされたことがなくて」

 僕がオニババに言ったことはほとんど命乞いと同じだった。
 しかし、オニババは当然の事ながら相手にはしてくれなかった。

 「何をみっともないこと言っとる。里子だってあんなに立派に
耐えとるのに、男のおまえにできんはずがないじゃろうが。さあ
さあ、さっさと裸にならんかい」

 オニババだけではない。オニババのわがままにつき合わされて
いる先生方まで、早くしろという無言の圧力をかけてくる。僕は
覚悟を決めて裸になるしかなかった。

 パンツ一つになるまでは、それでもなんとかなったが、やはり
最後の一枚はなかなか踏ん切りがつかない。やっぱり里子ちゃん
の目が気になるのだ。

 「なにをぐずぐずしとるんじゃ。時間がもったいないぞ」
 オニババがそう言ったからだろうか、その直後、僕は、保健婦
さんに羽交い締めにされる。そして、これも示し合わせたように
橋本先生が僕のパンツを……

 「だめえ~~~」

 僕は悲しい声をあげたが間に合わなかった。
 するりとぬけたパンツのあとに、みすぼったらしい僕の一物が
残っている。

 当然の反応かもかもしれないが、里子ちゃんは両手で顔を覆い、
横を向いてしまう。

 「おうおう、まだ可愛らしいもんじゃないか。それでもちょっ
とは膨らみだしたか。……まだ、蕾じゃな」
 オニババは無造作に僕の竿を摘みあげると、それをゆっくりと
剥き始める。

 『えっ!何するの!』
 まだまだ包茎の時代。僕はそれまで一度たりともそれを剥いて
みようなどと考えたことがなかったのだった。

********************(8)***

 「痛い痛い、だめだめ、壊れるから~」

 オニババは僕の懇願などまるで眼中にないかのように中の芯を
出していく。

 「馬鹿、本当に駄目だって。やめろよ!。殺すぞ、てめえ!」
 僕は必死になってオニババをつかもうとした。実際、それほど
痛かったのだ。
 しかし、何とか振りほどけそうなところまできたら、今度は、
校長先生までもが加わる。
 たちまち形勢は逆転してしまった。

 ベッドに仰向けに押し倒されたら、今度は橋本先生まで参加。
両手両足が大人二人に押さえ込まれ、オニババがお腹の上に乗っ
てしまっては万事休すだった。

 「こらこら、じたばたせずにおとなしくしてろ。せっかくお前
を男にしてやろうというのに……他人の親切は受けるもんじゃ」

 僕の大事なところをオニババの皺くちゃな手がしごいている。
性欲というのとは違うけど、そりゃあ不思議な気持ちだった。

 「痛い、痛い、痛い、」
 何度もそう言いながら、僕の先端は生まれて初めて外の空気に
触れたのだ。

 「ほれほれ、汚くしとるからこんなに垢が溜まっとるじゃない
か」
 オニババはちり紙を自分の唾で濡らすと、包皮との隙間に白く
溜まっていた雑菌をふき取った。

 「やめてえ~~~~痛い、たいたい……」
 僕は両足をばたつかせ悲鳴を上げて無駄な抵抗を続ける。
 外に出たばかりの一物はとてもデリケート。ぬぐっただけ……
いや、触れただでも、その痛さは拷問に匹敵するほどだったので
ある。

 「やるろ~~~、痛い痛い痛い、壊れると言ってるだろうが、
くそばばあ」

 怒号が部屋中に轟き渡ったが、オニババはまるでよそのことの
ように平然として掃除を続ける。そして、一応完了すると、振り
返って里子ちゃんにこう言うのだった。

 「ほれ、お前もよう見とれ、これが大人のちんちんだ。こいつ
のはまだ小さいし形も貧弱だがな、そのうち、このあたりが膨ら
んで立派になっていく」

 オニババはなんと私のをモデルに男根の説明を始める。今様に
言えば性教育を始めたのである。そして、ふたたび里子ちゃんが
顔を隠すと……、
 「ほれ、ほれ、恥ずかしがってたら何もできやせん。何事も、
経験じゃぞ。見られる時に見ておいて損はないわい」
 オニババは耳たぶまで真っ赤になった里子ちゃんを勇気づける
のだった。

 「ほれ、おまえは作蔵のせがれじゃからな、あんまし灸はすえ
られとらんじゃろう」

 オニババはそう言うと僕をうつぶせにして背中から調べ始め
ます。
 たしかに背中や腰には灸痕がありませんでしたが、お尻には、
大きな痕が七つもあります。さらに知られたくない秘密が僕には
ありました。

 『オニババにわかりませんように』
 僕の願いもむなしく僕の体を仰向けに戻したオニババはすぐに
それを発見してしまいます。

*********************(9)**

 「おうおう、おまえも悪さはそれなりにしとるようじゃな」
 オニババはそれを発見すると、嬉しそうに笑って、てかてかと
ケロイド状になった灸痕を指でなぞります。それは竿の根本、袋
との境目や袋の根本からお尻の穴にかけてそれはあったのでした。

 「気持ちええじゃろう」
 オニババはそこをさすりながら悪戯っぽく僕の顔をのぞき込み
ます。オニババがどういう意味でそう言ったのかは知りませんが、
確かにそこは他の皮膚とはほんの少しだけ感触が違っていました。

 「よし、尻からじゃ」
 オニババの号令一下、先生たちはまるで彼女の手下のようです。

 今では考えられないことですが、当時は村全体が牧歌的な暮ら
しぶりで、どんな役所も学校も今以上に土地の有力者には融通が
きいたみたいです。
 もちろん法律やお上の命令というのは一応守られていましたが、
どちらかと言えば村の有力者の常識みたいなものの方が優先で、
法律やお上の通達というのは、それに反する事を校長や先生方が
どうしてもやらなければならない時に持ち出す錦の御旗みたいな
ものだったのです。

 これだって……
 『オニババが困ってるから協力してやろう』
 理由はたったそれだけ。たったそれだけの事でこれだけ激しい
体罰が、しかも学校内でまかり通っちゃうなんて、今の人にこれ
を信じろと言ったって、そりゃ無理ですね。

 「熱い、やめてえ~~、もうだめ、いやだってえ~~~」

 僕はオニババのやいとに悲鳴をあげます。その熱いのなんの。
よく歯が折れなかったと思うほど全身に力をいれてもまだ足りま
せんでした。

 「だらしのない奴やなあ。男の子がこのくらいの事で音を上げ
よってからに。おちんちんにもすえてやるけど、この分じゃ目を
回すかもしれんな。……先生、この子にタオルを……」

 オニババの指示でタオルが猿ぐつわとして与えられましたが、
オニババの言った通り、以前、母親が激怒してここへすえた時は
本当に目を回してしまい、以後、我が家ではお灸がすえられなく
なったという経緯がありました。

 「よう~我慢せいよ。お仕置きじゃからな」
 そう言ってから線香の火が艾に落とされます。

 その時の格好って、里子ちゃんも体験した赤ちゃんがおむつを
替える時のようなあのポーズ。見ている時はそれほどでもなかっ
たけど、いざ、自分がやられる段になると、死ぬほど恥ずかしい。
 人間なんて勝手なものです。

 ですから、本当にどうなってもいいから、ここを逃げだそうと
考えていました。
 でも僕の決心よりほんの一瞬早く大人たちが動いてしまいます。
今回は力の強い校長先生が私の肩にのしかかり、両足をそれぞれ
橋本先生と保健婦さん。おまけにタオルで猿轡までされれば……
もうこれは立派な拷問でした。

 何もできぬままに火かつけられ『しまった』と思った時はもう
後の祭り。

 やがて暖かいと感じてから……

 『あっ!』
 「(んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん)」

 火が回って消えるまでは10数秒。火が消えるまでの炎熱地獄。
とにかく、この熱さばかりは文字では表現できません。

 と、普通はこう表現するのですが、この時は火が消えてからも、
しばらくはベッドの上で悶絶していました。

******************(10)**

 「よし、よう目をまわさんかったな」
 オニババは褒めてくれましたが、次が余計でした。
 「次は尻の穴も暖めてやるか。里子だけじゃかわいそうだから
な」
 そう言うとオニババは艾をぐいぐいお尻の穴へと詰め込みます。

 『勘弁して、もう一生トイレにいけなくなっちゃうよ』
 私はべそをかいていました。それくらいオニババは丹念に丹念
に艾をお尻の穴へ詰め始めたのです。

 「よし、これくらいでいいじゃろう。いいか、これが最後じゃ
からしっかり耐えるんじゃぞ」
 オニババは僕のお尻の穴を絞り出すように強い力で摘むと火をつけます。

「(ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)」

 本当は大声をあげていくらかでも痛みを緩和させたいところで
すが、それもできないまま、焼け火箸をお尻の穴に差し込まれた
ような強烈な熱さ痛さが脳天まで突き上げます。
 そして、一瞬、本当に気が遠くなりかけたのでした。

 きっとその時だったのでしょう、事が収まってから大人たちが
苦々しい顔になっているのに気づくと、それとほぼ同時に自分の
下半身が濡れている事を悟ります。

 『里子ちゃんにすべてみられてしまった』

 確かにそうは思いましたが、それより何より『やっと終わった』
という安堵感の方が強くて、なされるままに先生たちから恥ずか
しい場所を拭いてもらいパンツを穿かせてもらったのでした。

 「いやあ、お見事でした」
 橋本先生がお灸のお仕置きを終えたオニババをねぎらいます。
 でも、ねぎらってほしいのは僕と里子ちゃんの方でした。

 二人はお仕置きがこれで終わったと思っていましたから、早速
帰り支度を始めます。
 『これから学校で出会う友達にこの部屋で起こった事を微塵も
感じさせてはならない』と感じてた僕は、ボタンの付け忘れがな
いかとか、髪が整っているかとか、鏡に向かって笑顔の練習まで
していたのです。
ところが……、

 「これからは先生方の領分じゃから、わしの出る幕ではないが、
どうなさるね」
 オニババが尋ねると、校長先生が……

 「二人とも尻を百回も叩いてから、この物差しで20回もどや
しつければ少しは反省するでしょう。今日はだいぶお灸でこたえ
てるでしょうから、あんまりきついことはしませんよ」

 校長先生の言葉を聞いた瞬間、僕と里子ちゃんは顔を見合わせ
ます。お互いの顔には『嘘でしょう』という文字が浮かんでいま
した。

*******************(11)***

 校長先生のくどくどしいお説教のあと、二人は、里子ちゃんが
橋本先生、僕が校長先生の膝の上に乗ってお尻を叩かれ始めます。
前にも言いましたが、この時の校長先生はイギリス帰りでそこで
身につけた本格的なスパンキングを得意としていました。今は、
西洋文化が豊富に入ってきますからまだしもでしょうが、こんな
田舎でしかも40年も昔の事ですからこれは特別な事でした。
 校長室にはケインが傘立てのようにして置かれていたのを覚え
ています。

 とにかく二人一緒にやって時間を節約しようという大人たちの
魂胆でしたが、パンツを下ろす時間までは節約してくれませんで
した。

 二人はふたたびお尻丸出しになります。今度は二人並んでいま
すから互いのお尻は見えませんが、顔をちょっと横に向けるだけ
で表情はうかがい知れます。

 「…パン、…パン、…パン、…パン、…パン…パン、…パン、」

 乾いた音がハモって白い天井から反響してきます。
 最初はそれどころではなかった二人も、しばらくするとお互い
が気になるようになります。私が彼女の方を向くと里子ちゃんは
その顔を反対の方へ向けてしまいますが、気がつくと今度は里子
ちゃんが僕の方を見ている、そんな感じでした。

「…パン、…パン、…パン、…パン、…パン…パン、…パン、」

 しかし、それも半分を過ぎるころになると、そんな余裕もなく
なります。腰を振り、足をばたつかせ、伸び上がって拘束された
腰を自由にしようとしたり、ただ闇雲に頭や上半身を振ったります。
こんな事をしても痛みが逃げるわけではなく、何にもならないの
ですが、とにかくじっとしている事が苦痛でした。

「…パン、…パン、…パン、…パン、…パン…パン、…パン、」

 平手によるスパンキングは決して強く叩いているわけではあり
ません。ちょっと見には遊んでいるようにさえ見えます。ですが、
百回ともなれば蓄積されたその苦痛は相当なものです。七十回を
超える頃には全身が脂汗にまみれて、軽い一撃も悲鳴を上げたい
ほどの衝撃でした。

「…パン、…パン、…パン、…パン、…パン…パン、…パン、」

 ただ、里子ちゃんより先に悲鳴を上げたくない。
 これは、男の意地みたいなものでした。

 「…パン、(うっ)…パン、(あっっ)…パン、(うぅぅ)…
パン、(おっっ)…パン(ああ~)…パン、(んんん)…パン、
(はあっ)…パン、(むっっ)」

 八十回を超えると、嗚咽とも吐息ともつかない熱い息が僕の口
からも里子ちゃんの口からも漏れ始めます。
 これは自分の意志では止められない生理的なものでした。
 そして、85回目、ついに……

 「…(パン)いやあ~やめてえ……(パン)ごめんなさい……
もうしません……」
 里子ちゃんが泣き出した時点で橋本先生は一旦スパンキングを
中断します。
 しかし、それはお仕置きをやめてくれるということではありま
せんでした。

 「うるさくすると、お仕置きを増やすわよ」
 そう言って、今度は前にもまして強く叩き始めます。

*******************(12)**

 「(パン)だめえ、ぶたないでえ…(パン)いやいやいやいや、
…(パン)ああ…(パン)こわれる~~、…(パン)痛いのイヤ
ですから~…(パン)お願い、やめてえ…」

 里子ちゃんの悲鳴はたぶんに生理的なものでした。僕にも経験
がありますが、ある一定の苦痛をこえると自分の心が制御不能に
なって、とりとめのない事を言ってしまうことになります。
 里子ちゃんだって、こんな悲鳴で許してくれるなんて思っては
いないはずです。けれど、ある限界を超えてしまうと、もうどう
にも叫ばずにはいられない状態になるのでした。

 僕はこの時は恥をかかずに終わることができましたが、この先、
校長先生のお仕置きでみっともなく叫んだ事は何度もありました。
 先生はそれほどお尻叩きが上手だったのです。

 「よし、いいだろう。それでは30分後にあらためて鞭を受け
てもらうからな」

 校長はそう言うと私たち二人を部屋の隅に立たせて部屋を出て
いきます。
 彼は『こんな田舎にどうして?』と思えるような博識で、洋行
帰りでもあったのですが、子供たちに対する愛情は人一倍、鞭や
スパンキングを中心としたお仕置きも人一倍、という変わった人
でした。

 残された2人は保健婦さんの管理下に置かれますが、その保健
婦さんも何かの用事で席を外してしまいます。

 すると、僕は隣で立たされている里子ちゃんのお尻にそうっと
触ってみます。

 驚いた彼女はすごい形相で僕を激しく突き倒しましたが、僕は
笑ってごまかし、めげませんでした。

 また忍び寄ってはスカートの中に手を入れて脅かします。

 二度目はビンタ。
 でも、最初より気のせいか穏やかな顔に見えます。

 三度目はさすがに警戒されてなかなか近寄れませんでしたが、
目をあわすことは断然多くなりました。

 そして、隙きをついて三度目を敢行。
 でも、この時はなぜか彼女も笑っていました。

 そして、校長先生のきつい20発のあと、僕たちは痛いお尻を
抱えて体育館の奥にある用具置き場まで行き、まだホットなお尻
のままで結ばれてしまいました。

********************(13)***

 その後紆余曲折は様々ありましたが、笑顔が可愛かった里子は、
今でも私の布団の中で寝ています。子供ができて、里子の笑顔は
半分彼らに取られてしまいましたが、でもまだ半分残っています。

 オニババがきついお仕置きやいとのすえに結びつけてくれた僕
と里子。今でも時々、艾に火をつけてはお互いに楽しみます。
 『こどもたちですか?』
 もちろん、お灸で躾てますよ。時代錯誤なんて言わせませんよ。

****************<終わり>***

9/10 母という人

9/10 母という人

         < 最初のおしおき >

 さて、私の最初のお仕置きは何だったか、ふっと考えてみた。
 うちの母親は発展家で気も強い。たとえ幼児や赤ん坊でも本気
になって怒るし、体罰なんてのも日常茶飯事だ。本来子育てには
向いてないタイプだったと思う。

 とにかく、物心ついた時から母親に赤ん坊らしくあやされたと
いう記憶がない。他人を甘やかしたり甘えられたりするのが苦手
な人なのだ。
 どんな時でも「子供だから仕方がない」とは言わず、幼い子に
対しても、何でも大人と同じ対応を求めた。

 普通、幼児の頃は犬のことを「ワンワン」魚を「オトト」なん
て言ったりすると思うが、我が家では、物心ついた時から「犬」
は「イヌ」であり、「魚」は「サカナ」だった。
 だから、かなり長い間「オトト」というのは、そういうサカナ
の名前だとばかり思っていたのだ。

 会話だってそうだ。幼児がよく使う単語途切れ途切れの文章で
はだめで、母と話す時は、必ず日本語として成り立つように整理
してから話さなければならなかった。

 そんな環境で育っているから、幼稚園へ行った時もお友だちと
会話が成立しないのだ。
 入園しても、私は、お友だちの中で浮いてしまっていた。
 幼児らしい会話ができなかったのだ。相手も当然そうだろうが、
こちらも、お友だちが何を考えているのか理解できなかった。

 『電車ごっこって何?どうして縄跳びの紐をみんなで腰に巻き
つけるとそれが電車になるの?電車って切符を買って乗るものだ
よ。見たことあるだろう。乗ったことないの?』
 と、まあこんな会話をしてしまう鼻持ちならないガキだった。
 そりゃあ、友だち無くすわなあ。

 そのかわり、先生とはうまがあった。相手の言うことは何でも
わかるし、こちらの言うこともほぼ100%聞いてくれる。おか
げて幼稚園時代は先生の腰に張り付いて暮らしていた。
 ここが一番の安息の場所だったというから、幼稚園時代の私は
典型的な孤立児だったのである。

 さて、そんな問題多き母だが、私が彼女を嫌っていたかという
と、そうではない。母は性格も明るかったし、ボキャブラリーも
豊富で、おしゃべりしていても人を飽きさせない。日常生活も、
約束事さえ守っていれば実に楽しい人なのだ。

 母は、私によく童話を聞かせたが、その内容は必ずしも原作に
忠実ではなくて、悪人として絵が描かれている人物も、母の手に
かかると、ことごとく良い方に脚色されて善人になっていた。
(私の小説に悪人がほとんど出てこないのもそのためだ)

 例えば、赤ずきんちゃんのオオカミは、道草好きの赤ずきんち
ゃんを戒めようとして、おばあさんに頼まれ、おばあさんの代わ
りにベッドで寝ていただけだし、お菓子の家の魔女も、ヘンゼル
とグレーテルに自分でこしらえたお菓子を食べさせたくてお菓子
の家を造ったことになっている。最後には、二人をお父さんお母
さんのもとへ送り届けているのだ。白雪姫にいたっては継母の方
が善人で、白雪姫は継母の言いつけを守らないわがまま娘という
設定なのだからグリム兄弟もびっくりだろう。

 私はそんな善人ばかりで成り立つ童話を、母の膝の上とベッド
の中で聞いて育った。
 どうして母がそんな手の込んだことを考えついたかは不明だが、
母は私をとにかく溺愛していたから、物語の中でさえ悪い感化を
与えたくなかったのかもしれない。

 ただ、そんな中にあって、唯一の物語に刺激を与えていたのが
子供たちの気まぐれな悪さ(いたずら)だった。

 赤ずきんは道草をしていた罰として最後にお母さんにしこたま
お尻を叩かれることになっていたし……ヘンゼルとグレーテル、
白雪姫も、やはり最後はお仕置きされる設定になっている。

 当然、この他のお話でも、色んな場面で子たちへのお仕置きは
頻繁に出てくる。当然、こうした場面は母によって用意される訳
だが……それは不思議と私がお昼にしでかした悪さとリンクして
いた。

 母としては、我が子を戒める意味でそんなお話をこしらえるの
だろうが、聞かされるこちらは心地よいわけないから、そこから
逃げようとする。
 しかし、そこは幼児の悲しさ。頭のてっぺんからつま先まで、
母の胸の中に抱きかかえられると、お話が終わるまでピクリとも
身体を動かす事ができなかった。

 で、思うのだが『これが一番最初のお仕置きだったのかな』と
最近は感じているのである。

***********************

第3章 童女の日課(6)

<The Fanciful Story>

            竜巻岬《13》

                              K.Mikami

【第三章:童女の日課】(6)
《少女への条件》


 四人が将来を語り合った次の日の夜、アリスはコリンズ先生の
部屋を訪れて いた。

 「みんな少女になりたくて一生懸命やっているんです。先生に
気に入られようと思って…お仕置きされないように頑張ってるん
です。…でも、これ以上は…どうしたらいいのか分からなくて…」

 彼女は四人を代表して単刀直入にどうしたら少女に上がれるの
か尋ねてみたのだ。

 「そう、……そうねえ………私は逆に考えてたわ。あなたたち
は少女になりたくないんじゃないかって……」

 「え?」

 「……あなたやアンは頭が良すぎるのね……」

 彼女はしばらく考えていたが、そのうち

 「もうしばらくしたらお手本が来るから、そこで、何か教えて
あげましょう。……ただし、ヒントだけよ」

彼女はそう言ってこの時はアリスを返したのだった。


 コリンズ先生の言っていたヒントは意外に早くやってくる。
 次の週の日曜日、ゴブラン城に大勢の子供たちが訪れたのだ。

 十才未満のおちびちゃん二十人余り。彼らは縦横無尽に城の中
を駆け回り、丹精して育てた草花を勝手に摘み取ったり、ご先祖
の肖像画に髭を描き加えたりしたが、ペネロープは何一つ怒らな
かった。そればかりか童女や少女たちに彼らの面倒を見るように
命じたのだ。

 「せっかくの日曜日になぜこんなことやらされなきゃならない
のよ」

 当初は不満も出てくるが、そこは女の子。幼い子になつかれる
と、まんざらでもない様子で一緒に遊んでいる。実際、篭の鳥で
ある彼女たちは日曜日だからといって町へ遊びに出ることはでき
ない。幼い子と戯れることは彼女たちにとっても格好のレクリエ
ーションなのだ。

 しかも、おちびちゃんたちの遊び相手は彼女たちだけではない。
いつも飄々としているチップス先生がお漏らしした子のパンツを
替え、毎日のように鞭を振るうハワード先生までもが子供たちの
馬になって遊んでいるではないか。

 そんな様子を不思議そうに見ていたアリスにコリンズ先生が声
をかけた。

 「あれが答えよ」

 「え?」

 「あの子たちのようになればいいの。先生方に可愛いなと思わ
れればいいの。抱いて貰えるようになれば童女は卒業よ」

 「そんなこと…」

 「無理だと思ってるの」

 「だって、私達は体も大きいし、あんな無邪気な顔には戻れま
せんもの」

 「そんなこと言ったら、今少女になっている子供たちはみんな
童顔かしら、子供のように背が低いの」

 「………」

 「おちびちゃんたちをよく見ていなさい。何か分かるはずよ」

 「………?………?………?………?」

 「分からない?では、一つだけ教えてあげる。罰を受けるかも
しれないからやめておこうとは絶対に思わないこと。『自分たち
のやりたいことをやりたいようにやる野蛮な勇気』というのが、
あなたたちには必要なの。ほらご覧なさい。あの子」

 「え!?」

 「あんまり悪乗りするからとうとうハワード先生を怒らせちゃ
って、お尻を叩かれてるでしょう」

 「ええ」

 「でも、あれであの子は大人とつき合う時の限界を一つ覚えた
の。あの位の年令までは、毎日のようにお尻を叩かれて、それで
一つ一つ学んでいくものなのよ。それが子供らしい、童女らしい
ってことなの」

 アリスは思わずコリンズ先生の方を振り向く。

 「あなたたちは大人の思考回路でうまく立ち回ろうとし過ぎる
の。もし、童女のままでいたいのなら今のままの方が断然楽よ。
でも、もし少女に上がりたいのなら、もっともっとお尻を丈夫に
しなきゃだめね」

 「ありがとうございます先生」

 コリンズ先生の助言はさっそく他の友だちに伝わる。しかし、
よい子でいようというのならまだしも、たくさんの悪さをして、
たくさんのお仕置きを受けなければならないと言われても、簡単
に賛同者は現われなかった。

 「なるほどね。それで、お転婆娘たちはさっさと少女になれた
のにアンだけは取り残されていたのね」

 「でもねえ、そんなにあちこちで悪戯したら体がもたないわ。
だってそうでしょう。本当のガキどものお仕置きは、大人たちが
手加減してくれるけど、私達は鞭の勢いだって正味なのよ」

 「だったらこのままの方がいいの。チップス先生の話を聞いて
年を取るのは幸せ?」

 リサに同調してアリスも興奮気味に、

 「だめよ。それじゃいつまでたっても自由を手にできないもの」

 「だったら、アリス。あなたがまずお手本をみせてよ」

 「え!!」
 アリスはケイトの切り返しに驚いたが、これも成りゆき、やる
しかなかった のである。


 次の日アリスはチップス先生が現われる前に彼の似顔絵を黒板
に描いた。

 頭の薄い、皺の深い、山羊のような髭は先生にそっくり。友達
もその見事な出来栄えに拍手を送ったが、アリスとしては、もう
やけっぱちだった。だから、先生が教室に現われた時は顔面蒼白、
気絶しないで座っているのがやっとだったのだ。

 「『敬愛するチップス先生へ、アリスより』か」

 チップス先生はアリスが書いた精一杯のメッセージを読み上げ
ると、アリスを一瞥。再び黒板に向き直ると、一旦は黒板消しを
持ったもののアリスの労作に結局は手をつけず、そのまま授業を
始めたのである。

 ただ、授業の終わりに

 「アリス。君はなかなか絵がうまいな」
 と誉めただけだった。

 アリスはめげない。次の日は先生の椅子にブーブークッション
を仕掛ける。
 しかしこれも、風船がユーモラスな音を教室内に響かせたもの
の……

 「失礼、今日はお腹の調子が悪くてね」
 こう言ったきり先生は押しつぶした風船を取ろうともしない。

 三日目はもっと直接的に、小さく丸めた紙つぶてを指で弾いて
先生にぶつけてみた。これなら怒るだろうというわけだ。

 たしかに先生は授業後アリスを呼び付けた。しかし、友だちの
注目が集まるなか、先生が言ったことは……

 「教室を散らかしたらいけないよ。紙屑は自分で拾って帰りな
さい」
 これだけで言って退室してしまったのである。

 ところが、こうなってくると他の友だちの方に気の緩みがでて
きた。

 『チップス先生が教育方針を変えて自分たちに体罰をしかけて
こなくなったんじゃないか』

 彼女たちは、それまでもさんざん鞭を貰ってきたのに、たった
三日間の事件でそれらを綺麗に忘れ、自分たちの都合の良い方向
に勝手に解釈してしまったのだ。

 四日目、アリスがチップス先生から『王子と乞食』を読まされ
ている最中、アンは膝の上にバルザックをひろげて『谷間のユリ』
を読んでいるし、リサはイラスト制作中、ケイトも爪の手入れに
余念がなかった。

 そこへ先生が近づいてきたが、気の緩んだ彼女たちはまったく
気付かない。

 「アン、それはまだ君が読むような本じゃない」

 アンは真っ青になった。他の連中もあわてて手を止めたが、

 「リサ、お絵書きは午後からハワード先生の担当だ。ケイト、
君の爪は一時間もたつと邪魔になるほど伸びるのかね」

 いずれもすでに手遅れだった。

 「三人とも、前へ出なさい」

 チップス先生の声は若い先生のように張りや艶があるわけでは
ないが、確固たる信念に裏打ちされた低い声は充分に凄味がある。

 彼はまずアンを教壇の前まで呼ぶと、

 「手を頭の後ろに組んで前かがみなるんだ」

 チップス先生の命令に教室内には動揺が広がる。

 「もっと体を前に……もっと……もっと倒して。……お友達に
君のパンツがはっきり見えまで倒すんだ」

 それは、お仕置きとしてお尻を叩く時のポーズなのだが、これ
まで教室内でそれをやったことはなく、いつも補佐役で付き添っ
ている女性の助教師スワンソンさんが悪戯っ子を隣の部屋へ連込
んで処理するのが普通だった。

 さらにスワンソンさんがウエールズ流の革紐鞭トォゥズを持っ
て現われると、これまた慣例を無視して、先生はその鞭を引き渡
すように求めたのである。

 『え!』

 再び教室内に言い知れぬ動揺が……

 アリスが童女になってからというもの軽い懲戒として手を打ち
据えられる事はあっても、チップス先生自らがお尻をぶった事は
一度もなかったのだ。

 すべてが異例のそして生徒たちには最悪の展開だった。

 「ピシッ」

 革紐鞭特有の平手で叩いたときに近い乾いた音がする。

 「ピシッ」

 先生は見せしめの意味もあるのだろう。一回一回にゆっくりと
間をおく。

 「ピシッ」

 「バルザックが好きなのかね」

 「え、……いいえ」

 アンが慌ててそう答えると次の一撃はそれまでの二倍はあろう
かという勢いで飛んできた。

 「ビッシィーー」

 「あっ……はい、好きです」

 「……アン。嘘はいけないよ。嫌いなものをわざわざ授業中に
読んだりしないだろう」

 「ピシッ」

 「はい、ごめんなさい」

 「嘘をついた罰だ。今日の夜、コリンズ先生に頼んで体の中も
外も全部洗ってもらいなさい。そして綺麗な体になったら、また
明日ここへきなさい」

 「え!…そ、そんな…」

 意外な処置に思わず口をついて出てしまった言葉に再び二倍の
勢いで鞭が飛んでくる。

 「ビッシィーー」

 「あ、ごめんなさい。はい。良い子になります」

 「よろしい。次はケイト。こちらへいらっしゃい」

 後の二人も概ねこんな調子だった。そして最後に、

 「アリス」

 チップス先生はついにアリスまでも呼び付ける。恐る恐る行っ
てみると、

 「君はここ数日、しきりに私を挑発しているようだが、そんな
にお仕置きをしてほしいのかね」

 「………」

 アリスは答えられない。確かにお仕置きを期待してやった行為
だが、だからといって『そうです』とも言えないのだ。

 「私があの時君を罰しなかったのは、君がすでに君自身に罰を
与えていたからだ。君の顔は真っ青だったし唇も小刻みに震えて
いた。自分のしたことが理解できている何よりの証拠だ。なら、
お仕置きは必要ない。そうだろう」

 「……はい先生」

 アリスはかぼそい声で答える。

 するとそれを不憫に思ったのかチップス先生はいつもの柔和な
顔、穏やかな口調へと戻るのだった。

 「しかし、私は考えが浅かったようだな。私は君がなぜそんな
柄にもない事を始めたかを理解しようとしなかった。……つまり、
少女になりたいんじゃな」

 「………はい。四人一緒に」

 アリスは思い切って告白する。

 「なるほど、それはそれでもっともな話だが……ただ、私は、
これまで君がすべてを理解した上で、ずっとここに留まっている
ものとばかり思っておったから……あえて、この すべすべした
手やお尻を無理に傷つけることもないからね」

 チップス先生はアリスの手をいとおしそうに握ってみる。

 「アリス、注意してお聞き。ここでレディーになるというのは、
世間でいう ところの大人になるという意味じゃない。レディー
という身分が与えられるにすぎないのだ」

「……身分……」

 「そうだ。レディーになってもペネロープ女史が一言『あなた、
裸になりなさい』と言えば君は裸にならねばならんだろうし……
『鞭を与えます』と言えば、やはりそうしなければならんじゃ」

 「じゃあ、私たちどのみち奴隷と一緒なんですか?」

 「いや、それほど悲惨ではないよ。奴隷なら君たちを殺す事も
できるし売ることもできる。が、それはない。ペネロープ女史の
目的はただ一つ。これは領主様も同じじゃが、君たちを意のまま
に愛したい。それだけなんじゃ」

 「意のままに…愛したい?……」

 「そうだ。でもそれは単なる肉欲ということではない。色々な
意味を込めて彼らは君たちを愛したいと願っておる」

 「愛したい?…………ペットのように?……」

 「んん!?……当たらずとも遠からずじゃな」

 チップス先生は静かにうなずいた。

 「彼らはある偶然がきっかけで、子供が育ってきた環境と同じ
環境をつくってやりさえすれば、たとえ成人した大人でも、最初
から自分たちが育てた子供と同じようになついてくれると信じて
おるのだ」

 「…本当に?………でも、ただ、それだけのためにこんな?」

 「そうだ。ただそれだけのためにこんな大仕掛なことをする。
きっと身分で人を縛り付けていた時代が忘れられんのだろうな。
契約による人間関係を好まぬ貴族の性といえばいえなくもないが
……」

 「………………」
 言葉にならない。アリスはあらためて自分がとんでもない所で
生きていると実感するのだった。
 ただ、だからといって決心が変わったかというとそうではない。

 「それでも少女になりたいかね」
 チップス先生の問いかけに、

 「…………はい」
 アリスは少し顔を強ばらせながらも答えたのである。

 「君たちも……」
 先生は他の三人にも聞いてみる。

 「………………」
 「………………」
 「………………」
 結果は同じ。三人は無言のまま、それぞれが静かにうなずく。

 それが結果として良かったのか悪かったのか、チップス先生は
四人の意志を聞いてこう決断したのである。

 「わかった。ならば明日からは君たちへの接し方を変えてあげ
よう」


 その夜、四人はさっそく会議を開く。

 「ねえ、アンは知ってたの。私達がなぜ生かされているのか」

 「薄々はね。でも、あんなにはっきり先生から聞いたのは初め
てよ」

 「で、どうするの」

 「どうするって…、これまでどおりやっていくしかないでしょう。
どんどん悪戯やって、ばんばんお仕置きされるだけよ」

 「いつまで?」

 「いつまでって…それは…」

 「だってそれで確実に少女に上がれる保証はないんでしょう。
私、このままでもいいかなあって……」

 「今さら何言ってるの。みんなで決めたことじゃない。一緒に
少女になろうって」

 「だってこれでうまくいかなかったらぶたれ損だもの」

 ケイトが消極的なことを言う。しかし、彼女の気持ちを身勝手
だとは誰も言えなかった。ただ、

 「ねえ、ケイト。竜巻岬のお花畑が完全に閉鎖されたの知ってる」

 「知らないけど、それがどうかしたの」

 「という事は、これから先、あそこでは誰も自殺しないという
ことよね。ということは、童女も未来永劫あなた独りってことに
ならないかしら」

 「…そ、そんなこと分からないじゃない。少女から落ちてくる
子がいるかもしれないし……」

 ケイトの動揺は明らかだった。

 「とにかく私は抜けるわよ」
 ケイトは高らかに宣言した。

 『好きになさい!』
 と言ってやりたいところだが、この分野の第一人者は、やはり
ケイトをおいて他にはいなかった。他の子がどんなに努力しても
一週間で集計すると、常にケイトが一番多く悪さをし、一番多く
お尻を叩かれている。

 残った3人も、ケイトを抜きにしては考えられなかったのだ。

****************<了>******** 

9/8 梅屋敷医院のきっかけ

9/8
 (*)
 これは、過去どこかで発表したシリーズものの一つ。
 最近、お灸の話を続けてアップしたので、もう一つおまけです。

*************************

          < 女の子のお灸 >

 これは偶然なのか、それとも、それほどまでに頻繁に行われて
いたのか、わかりませんが、幼い子供達は、女の子がお灸をすえ
られているところをよく目撃することがありました。

 年齢も幅広くて、だいたい幼稚園ぐらいの子から高校生ぐらい
まで。
 多くの場合は、当初からお仕置きを公開するつもりはなかった
ように思いますが、見られたのならそれでもよい、というくらい
のオープンな場所で行われていました。

 さすがに陰部というのは相手が幼い子だけですが、中学生でも
背中へのお灸くらいなら開け放たれた窓越しに見ることができた
のです。

 私は残念なことに一番大きな子でも中一まででしたが、友達の
中には高校生のお仕置きやいとに遭遇して鼻血がでそうになった
子もいたくらいでした。
(あ、もっとも見ることができたのは小学生、それも、三四年生
くらいまでで、さすがに、中学生がたむろしていそうな場所では
はじめから窓に鍵がかけられてしまいます)

 ただこの刺激は、後年、私の性癖に少なからず影響を与えます。
 自身が一度しかお灸をすえられたことがないのに、こんなこと
しているのも、こうした見学の成果だと思っているのです。

 それにしても当時の親は、おおらかというか、大胆でした。
 幼稚園から小学校の低学年くらいですと、友達がそばにいても
まったくお構いなしですし、高学年の子でも襖一つ隔てただけで
悲鳴があがるほどのお仕置きは当たり前なのです。

 こんな親を持った子は悲劇としか言いようがありませんでした。
いえ、その当たり前は私の家でも同じで、私へのお灸も友だちを
前にして行われた公開処刑だったのです。

 もちろん、こんなことは男の子ばかりではありませんでした。
 もともと、女の子は遵法精神に富んでいますから、男の子ほど
沢山のお仕置きに出合うことは少ないはずなんですが、当時は、
『女の子だからお仕置きはお灸にしましょう』と言われるほど、
女の子にとっては頻度の高いお仕置きでしたから、お灸に関する
限り、その現場を目にする機会は、男の子と同じくらい多かった
のです。

 私の数少ない体験談(=勿論、地域によって様々でしょうが)
でいうと、小学生まではツボ以外では、お臍の下の三角デルタか
お尻の山。または、そこを下りた太股との境や尾てい骨あたりに
すえるというのが一般的でした。
 要するに、これは火傷の痕があまり目立たないことを願っての
親の配慮だったのでしょう。
(『お尻の山にすえたら後でTバックなんか穿いた時に困らない
か?』……いえ、いえ、当時の親は自分の娘が旦那様とお医者様
以外の人に、むき出しのお尻を見せるなんてこと、そもそも想定
していませんでしたから……)

 そして、たとえ女の子の場合でも、当時の親というはあっさり
したもので……
 「さあさあ、あんたたち。悪い事をするとどうなるか。ようく、
見て帰りなさいね」(まるで大道芸の口上みたいです)
 こう言って、その一部始終を見学させてくれるのです。
(勿論、すべての親がそうしてたわけではありませんが、そんな
の稀(まれ)、というほど少数でもありませんでした)

 で、肝心なその成果なんですが……
 これが「う~~~ん???」なんです。

 もっと大きくなってからなら、他山の石という戒めにもなった
んでしょうが、小学校低学年程度だと、全くと言っていいほど、
『かわいそうだ』という感情がわきませんでした。
(もちろん、今のように卑猥な感情もわきませんよ(^^ゞ)

 「あ~~あ、○○ちゃん、やられちゃったね(^○^)」

 このくらいの感覚でした。
 当時はわりと正当な理由なしに大人が子供を折檻していました
から、悪ガキたちとしても他人の不幸にいちいちつきあっている
暇がありませんでした。

 「しょうがないじゃないか、諦めろよ」
 こんな時の兄貴やガキ大将の慰めなんてこんなものです。

 これじゃ慰めにならないかもしれませんが、明日は自分だって
どんな理不尽な理由でぶたれるかもしれない。そんな立場です。
ですからいちいち他人に同情している余裕なんてないというのが
本音のようでした。
 このあたり、今の親は理性的で、子の方も、はるかに繊細な心
の持ち主です。
(それがいいのかどうかは、ちょっぴり考えますが……)

 ですから、女の子が三角デルタを押し開いた微妙な場所にすえ
られても、肛門を見せつけられ、可愛い菊座付近にすえられても、
正直なところ、私たちは『あ~そうですか』程度の感情しかあり
ませんでした。
(小学校も高学年になると、それは違ってきますが(^_^;))

 ところが、そんな私でさえもびっくりしたことがありました。

 それは、とある大きな病院での出来事。一人の女の子が何かの
診察というか、処置を嫌がって泣き叫んでいたのです。そのこと
自体はよくあることなんですが、待合室で順番を待っていた私に、
その部屋から「○○ちゃん、入ってらっしゃい」という僕を呼ぶ
声が……

 私は、その時はすでに女の子の泣き声もやんでいましたから、
用は済んだものとばかり思っていました。
 ところが、部屋に入り、なにげに処置用の黒い革張りベッドを
見ると、そこに私より一つ二つ下の女の子が仰向けのまま両足を
高くあげているではありませんか。
 下半身はすっぽんぽんで、大人にきつく言われたのでしょう、
真っ赤な顔をして、上げた自分の両足のふくらはぎを掴むように
握って足が降りないようにしています。

 しかも、問題はそれだけではありませんでした。
 そんな大事な処に五つも六つも鉗子のような細長い金属の器具
が差し込んであり、本来は小さいはずの女の子のそれをこれでも
かというふうに押し開いているです。

 性欲とか情欲なんていうまがまがしい言葉からはまだ遠い時代
でしたが、これが目に入った時は、さすがに足を止めて見入って
しまいました。

 すぐにその子のお母さんが来て、
 「あんたがわがままを言い続けると、いつまでもその格好です
からね」
 と叱っていましたが、女の子にとってはもう後の祭りでしょう。

 もちろん、その後、その子と何かあったというわけではありま
せんが、私の心の中にある種の衝撃が走ったのは事実でした。

 『可哀想に、傷口があんなに開いて。今さっき手術したばかり
なんだ』
(女の子のあそこがあんな風になってるって、当時はまだ知りま
せんでしたから)σ(^^)

 その時は、『私を部屋へ入れたこと自体がその子へのお仕置き
だった』なんて思ってもみませんから、女の子への同情が素直に
わいてきます。

 その誤解が解けたのは、なんと中学生になってからでした。
 というのは、ある事実に突然気がついたのです。

 『そう言えば僕を待合室から呼んだ声。あれって看護婦さんの
声じゃなかった。看護婦さんなら最初カーテンを引いてから僕を
呼ぶよね。あの声、あの子のお母さんの声だ!娘があの状態なの
を知ってて、わざと僕を部屋に入れたんだ。(゜◇゜)ガーン』

 私は友だちからも、天然記念物と呼ばれるほどの奥手だったの
です。

***************************

第三話 おすけべ神社

        第三話 おすけべ神社

**********************
『お灸』を題材にしたSM小説です。
恐ろしく下手な小説ですが、
いつも書いているものとは、世界が違いますから
その点だけ、老婆心ながら、ご注意くださいませ。
**********************

          <あらすじ>
 村のフーテン三人娘の一人ナオミは、興味半分で村祭りの夜に
おすけべ稲荷と呼ばれる神社に願掛けを行うが、精力が余ってい
る彼女は逆に妖怪にたぶらかされることになってしまって大事な
処から指が抜けなくなってしまう。
 最後は大人たちの協力でめでたしめでたしとなるのだが……


*************************

            おすけべ神社

 村には三人のフーテン娘がおりました。髪を紫に染めたナオミ、
赤く染めたエミ、金髪のキミエの三人です。三人はほとんど学校
にも行かず、親ともめったに口をききませんでした。

 夜はその日の気分で仲間の家でごろ寝して、昼は町へ出て万引
かカツアゲか援交(いえいえ、一人を囮にしての美人局なのです
が……)。そんなこんなで稼いでは、夜更けまでゲーセンに入り
浸っているのが常でした。

 ですが、そんな彼女たちもお祭りの日だけは別だとみえて村で
おとなしくしています。
 おとなしくといっても、昔の友達を見つけては、人気のない処
に誘い込み、たばこの火をその子の顔や胸にちらつかせてはお小
遣いを借りるということはするのですが、そんなことは彼女たち
にしてみれば、たわいのないこと、ご愛敬のうちだったのです。

 そんな三人娘ですから村の人たちだって好意的ではありません。
少しは楽しい事、刺激的なことが起こるんじゃないかと期待して
いた三人にとってお祭りは村人の冷たい視線を感じるだけのつま
らないものになってしまったみたいでした。

 「あ~~あ、つまんねえなあ、子供の頃はもっとたのしかった
のに~」
 「だめよ。こんなちんけな村祭りじゃあ何もおこらないって」
 「あ~あ、こんなことならゲーセンにいた方がよかったなあ」

 ナオミたち三人は祭りがはねて露天も店じまいする頃になって
鎮守の森へとやってきます。そこは若いカップルのデートスポッ
ト。あわよくばそいつらをからかって、またお金のむしんを考え
いてたのですが、それも空振りだったのです。

 そんな欲求不満の三人がタバコをふかしウンコ座りをしている
と、中でキミエの目にあるものが映ります。

 彼女はそれに吸い寄せられるように友達から離れていきました。

 「どうしたのさあ」
 気がついた二人が後を追ってみると、キミエはお稲荷様の小さ
な祠(ほこら)を守る白く小さな狐の像の前に立っています。それ
はとても可愛いもので、高さも彼女たちの腰の辺りまでしかあり
ませんでした。ただ彼女が不思議がったのはその二匹の狐の頭に
パンティーやらブリーフが何枚か掛けてあったことでした。

 「なあんだ、おすけべ稲荷じゃない」
 エミが事情を知っているらしく答えます。

 「この狐にパンティーをかけておくと、感じなくなったものが
また感じるようになるんだって……昔、ばあちゃんに聞いた事が
あるの。こっちが雌の狐で女用、あっちが雄の狐で男用なの」

 「へえ~~、おもしろそうじゃない。やってみようか」
 ナオミは乗り気でしたが、エミが注意します。
 「何言ってるのよ。あんた昨日だって私たちとウハウハだった
くせに」

 「なにウハウハって……私、知らないわよ」

 「…………」
 「…………」

 「何よ、二人とも、そのいやらしい目は……。いいでしょう。
私はもっともっと絶頂感が欲しいの」

 「でも、本当にだめよ。これは精力が衰えた人でじゃないと、
やっちゃいけないんだって、うちのじいちゃんも言ってたから。
まだ元気な人がやると、あり余った精気を森の妖怪が吸い取りに
くるそうよ」

 「ばかばかしい。そんなの迷信に決まってるじゃない。あたし、
やってみるからね」

 ナオミはさっさと自分のショーツを脱ぎ去ると、妙ににやけた
顔をした狐の顔にかぶせます。

 「ねえ、あんたたちもやりなさいよ」
 ナオミは誘いましたが、二人は首を振ります。

 「あたしまだそんなに困ってないし……」
 「だって、明日、これブルセラに売って5000円稼ぐだもん。
もったいないじゃない」

 二人は理由はともかくその場の雰囲気が異常なことに気づいて
いたのです。なま暖かい風がスカートの中をはい上がり、背筋を
ぞくっとさせます。
 三人の他には誰もいないはずなのにどこがで見られているよう
な気がします。

 でも、そんな霊感をナオミは感じていないようでした。
 そして、ご丁寧にもナオミが柏手を打ったときでした。

 祠(ほこら)から強烈な青みがかった白い光が四方八方に飛び散
ったかと思うと、狐の目が赤々と光り。その瞬間、ナオミの体は
祠(ほこら)の中へと吸い込まれていきます。

 「ナオミ~~~」
 一瞬の出来事。光が消え去った後になって取り残された二人が
慌てて祠(ほこら)を調べましたが、ナオミの姿は影も形もありま
せんでした。

*************************

 祠(ほこら)で強烈な光を浴びてからいったいどのくらいの時間
がたったのかわかりませんが、ナオミは気がつくと、大きな木に
背中を張り付かせるようにして立っていました。両手を万歳する
ようにしてあげ、やや自身が伸び上がるようにつま先立っている
のがわかります。違和感を感じてお腹のあたりに目を落とすと、
そこには張り付いた大木の太い枝が一本、股の間を貫いているの
がわかります。

 『あっ、ああああああん』
 浮き上がっているかかとを地面に着けようとしましたが、その
たびに太枝が彼女の股間を持ち上げて邪魔します。べつに縛られ
てはいないのですが、何一つ体の自由がききません。

 『え?!私、どうして、こんな格好になっちゃったのよ……』
 わけのわからないままにあたりを観察し始めたナオミは、あら
ためて自分が素っ裸でいることに気づきます。

 『いやあ~~~恥ずかしいよ~~~』

 それだけではありません。太い枝と格闘するうち、張り出した
胸の先端は次第に緊張し始め、やがてはち切れんばかりになって
乳頭のあたりが細かく震え出しました。

 『いやあ~~~』
 頭のてっぺんからお臍の下へと伸びる一本の太い神経に電気が
走ったかと思うと、後は、子宮へ子宮へと痛がゆくも切ない電気
信号を送り続けます。

 『ああ~~~~いやあやめてえ~~~~~』

 子宮が激しく伸縮し、子宮口へ、膣口へとたっぷりのおつゆを
絞り出したその切ない刺激は、子宮での役目を終えると、再び、
お腹の中心線を駆け上がって、細いあごの先端を振るわせたり、
涙腺を開けて歓喜の涙を流させたしながら、両手の指先や足の指、
乳頭、顎、歯、あるいは脳天、とにかく身体の尖った部分なら、
どこでも、そこから放出されるでした。

 「あっあっ~~~~~~~~」
 電気が放出される時、ナオミは絶頂を感じます。ナオミの瞳は
そのたびに涙に潤んでいました。自分のものであっても触れられ
ないもどかしさも、逆に情欲の感情を高めます。

 抑えようとしても沸き起こる愛の感触で、ナオミの心と身体は
パニックになっていました。

 「やめてえ~、もうだめえ、許して……ごめんなさあああああ
あああ~~」

 ナオミは哀願の声をあげます。それでも、キュートにしまった
腰や形のいいお尻へは絶え間なく官能の電気信号が送られ続けま
す。快感の信号に痺れたまま、ナオミは腰に力がなくなり、もう
立っていられないほどでした。今の彼女を支えているのは、股間
から伸びる一本の太い枝だけ。

 『あっ……濡れてる』
 ナオミはたまらずその太股を自分のもので濡らしてしまいます。

 「なんじゃ、もうお漏らしか。察するにお主、まだ精力は存分
に残っておるな」

 見れば、くねくねと曲がった木の枝で出来た杖をつき、白髪で
ざんばら髪の老婆が一人。ナオミの足下に立っています。

 とても小さな体で、四頭身の大きな頭は身動きできないナオミ
のお臍のあたりまでしかありませんでした。

 「何よ、あ、あんた、こんなことして無事にすむと思ってるの。
警察、呼ぶはよ」

 ナオミは他人が口にしても自分では滅多に口にしないこの言葉
で目の前の老婆とやりあおうとしましたが……

 「ははははは、おまえに警察が味方してくれるとは思わんがな。
まあよい、いずれにしても無駄なことじゃ。ここは魔界の森じゃ
からな。お前がどんなに大声を出そうと人間が聞く気遣いはない
のじゃ」

 「魔界って?あんた、誰なの?」
 ナオミは満たされない快感の為に今は気が遠くなりそうになり
ながらも気丈に尋ねます。

 「わしは稲荷の化身じゃ。といっても普通の稲荷ではないぞ。
神より『精気をなくした者を助け、子孫繁栄に繋げよ』との命を
受けて、あの祠に棲んでおるのじゃ。しかるに最近はろくに精力
も衰えておらんくせにより多くの快楽をむさぼらんがために参る
やからが増えて困っておる。見れば、おまえもその口じゃろうて。
精気も十分にあるのにその歳で願をかけるとは、けしからん限り
じゃ。そのような娘には……仕置きが必要じゃな」

 肩まで伸びたざんばら髪を掻き分け、老婆は、緊張して一杯に
張りつめている乳頭の先を、持っていた杖でほんのちょいとだけ
触れます。

 すると、たちまちそこかしこから光の矢が彼女の子宮をめがけ
て襲うようになります。

 「だめえ~~~~もうだめえ~~~~~いゃあん~~~もうだめ、
いかせて、いかせて、お願い」

 ナオミは我慢我慢を重ねていましたが、ついに口にしたくない
言葉を発してしまいます。
 しかし、無慈悲にも老婆はその瞬間ぷいっと姿を消してしまい
ました。


 それからもナオミは地獄を見続けることになります。足の裏、
内股、背骨、今まで感じたことの臓器までもがその血を沸き立た
せ、最後は子宮へと殺到します。

 本当なら、体全体を反り、足の指や手の指を曲げ、恥ずかしい
処へも中指と人差し指を押し入れて、体の中を思いっきりかきむ
しりたいところですが、一センチたりとも身動きならない身では
どうにもなりません。

 「はあ、ああん・・・・・いやあはあ、・・・・あああああ」

 呼吸は荒くなり、目がうつろになってもナオミは満足を得られ
ないのです。すでにねっとりとした蜜が太ももを伝い、体の中で
は「ぴちゃ、ぴちゃ」とイヤらしい音をたてているのが自分でも
わかります。

 「こんなのいやあ~~~」
 ナオミの雄たけびが夜空に轟きます。

*************************

 そして、一昼夜。
 東の空が開け始める頃になって異変が訪れたのでした。

 それまで望んでもどうにもならなかった場所で何やらうごめい
ているのです。ナオミはその正体が知りたくなって下を見ました
が、見えません。

 でも、確かにそれはナオミの体の一部ではなく何かなのです。
 『芋虫?』
 そうかもしれません。しかし、それは徐々に大きくなっていき
ます。

 「だめえ~~だめえ~~~」
 神経が過敏でなくなったぶん、今は徐々に落ち着き始めていた
快楽の地獄がこの芋虫のせいでふたたびよみがえってきたのです。

 ナオミは当初それを拒絶しながらもやがて無意識のうちに受け
入れようとし始めました。

 『これで生かしてもらえる』
 大きくなった芋虫が膣の穴から顔出し、そこで体全体をしきり
にくねくねとさせたあと、湿り気を帯びた尿道口をなめつくし、
勃起して芽を出したクリトリスをしきりにそのざらざらした頭で
こすりつけます。

 『あ~~~~し・あ・わ・せ……』
 ナオミがそう感じた瞬間でした。

 脳のどこかに小さな穴があき、そこからこれまでとは比べもの
にならないほどの光の束が無数の細かな針となって健康な子宮へ
と殺到します。

 荒い呼吸にあわせて何度も何度も歓喜のエクスタシーが訪れ、
そのたびにこれまで感じたことのないオルガスムスへといざなう
のです。

 『よかったあ~~~』
 静かな吐息とともにナオミは深い眠りへと落ちていきます。
 芋虫が自分のクリトリスを噛んだことを知ったのはその眠りへ
の直前でした。

**************************

 それからさらにどのくらいの時間がたったでしょうか。余韻を
楽しむには十分な時間が過ぎてから、ナオミは肩を叩かれます。

 「ほれ、ほれ」
 どこか聞き覚えのある声です。ですからナオミは目を開けたの
ですが……

 「………………いやあああああ~~~~~~~~~」
 ナオミはけたたましい声をあげます。

 目の前にいたのは先ほどの老婆でした。
 しかし、その姿は先ほどとは違っています。

 老婆の顔が、ナオミ体の三倍も四倍も、いえいえもっと大きい
のです。

 その顔がいきななり目の前にあるのですから、恐怖におののき
震えるのは当たり前でした。しかも、落ち着く間もなく、老婆は
その大きな顔からさらに大きな舌を出し、ナオミの裸の体をその
足先から頭のてっぺんまで『ぺろり』とひと舐めにします。

 一瞬の出来事。
 でも、足先から太もも、乳房、乳頭、顎の下、ほっぺた、鼻の
穴、頭のてっぺんまで、いえいえお臍の下のお豆さんまで、舐め
られた感触がはっきりと残っています。

 「ぎぁああああ~~~~」
 ナオミは半狂乱になって叫びましたが、どんなに力一杯叫んで
みてもその感触が消えることはありません。

 あまりの恐ろしさに目を閉じてしまったナオミが再び目を開け
ると、そこに髪振り乱した恐ろしい老婆の顔はありませんでした。
しかも、今は手も足も自由に使えます。大木に張り付いていなく
てもよいのです。

 解き放たれたナオミは、ふいに自分を縛っていた大木を見あげ
てみました。
 するとどうしょう。その木にはナオミの股間を貫いていた枝が
一つあるだけ。枝も葉っぱも付いていません。
 ただ、雲に届くほど高いその幹の先が斜めになって膨れていて、
それから下はだらしのない靴下のようにいびつな皺がついていま
す。

 「いやあ~~~」
 わけもなく叫んでしまったナオミ。でもそれは間違いなく過去
に見たことのある形でした。

 「だめ、もうだめ」
 ナオミは腰砕けになりながらも、とにかく逃げます。木々の間
を抜け、下草に足を取られながら必死に逃げます。どこへという
あてなどありません。
 とにかくこの場から離れたかったのでした。

 すると、30分ほどあてどなく走り続け逃げ続けるうち、急に
視界が開けました。

 「助かったわ!!!」
 思わず安堵の声を上げたナオミに住み慣れた村の風景がどんな
に美しかったことか。
 彼女は、今自分がすっぽんぽんであることさえ忘れて我が家へ
と走り出します。

 『見ないで、見ないでよ。誰にも会わない。会わないからね』
 青々とした田圃の真ん中を一心に祈りながら全力で駈け抜ける
少女。そのあまりにも美しいストリーキングを農作業の傍ら遠く
から眺める人はいましたが、幸いなことに実家にたどり着くまで
正面から出会った人は誰一人いませんでした。

 「ただいま!」
 ナオミは土間を駆け上がり自分の部屋へとなだれ込みます。
 『ショーツ、ショーツ、ショーツ』
 彼女は下着タンスを引っかき回しますが、いつもの場所にショ
ーツがありません。やっと見つけた木綿のショーツを穿き、シュ
ミーズを身につけると畳の上に大の字になってようやく弾む息を
整えることができたのでした。

 と、そんな安らぎもつかの間、彼女の体に再び異変が起きます。

 「……!……」
 彼女は下腹を押さえて立ち上がります。急な差し込みで、ふた
たびトイレへと駆け出さなければなりません。

 ところがです。トイレへ行くと、そこには母親がすでに入って
いました。

 「ちょっとお母さん出てよ。私大変なの。代わってよ。すぐに
終わるから。お母さんはあとでゆっくりやればいいじゃない」
 そう言って懇願しのですが、母親はいつになく冷たく、

 「いやよ。そんな恥ずかしいことできないわ」
 と、にべもなく断るのでした。
 ナオミは仕方なく、外へと出ます。農家だったナオミの家には
水洗ではありませんが、農作業用のトイレが建っていました。

 ナオミはそこに駆け込んだのでした。とにかく臭いなんて言っ
てられません。そのくらいせっぱ詰まっていたのですから。

 「ふう、……」
 ナオミはとりあえずお腹を整理して吐息を一つ漏らします。

 と、その時です。彼女の毛穴という毛穴、いえ、穴という穴を
すべて脈打たせるあの声が聞こえたのでした。しかも、すぐ近く
で……

 「どうやらすっきりしたようじゃな」
 ナオミの体を一舐めにした老婆が金隠しの前に座っています。
今度はナオミと同じくらいの体ですが、雷に打たれたようなショ
ックに変わりはありません。

 「ほれほれどうした。口がきけぬのか」
 老婆の言うとおり、ナオミは口がきけませんでした。

 「ほれ、ここには紙がない。これで拭いたらどうじゃ」
 老婆の渡す白い一枚の紙。ナオミはもうそれを拒否することも
確かめることもできないでいたのです。
 そして、催眠術にでもかかったみたいに言われるままにそれで
お尻を拭いてしまいます。

 ですが、その紙が彼女の大事な処へ触れた瞬間。自分でもなぜ
そうするのかわからぬまま、ナオミは力強くその落とし紙を自分
の体の中へねじ入れてしまいます。

 「ははははははは」
 突然老婆が笑い出しました。

 「おぬしは若いのう。あれだけ搾り取っても、まだまだ精力が
有り余っとる」
 老婆はそれだけ言うと姿を消してしまいます。

 あとに残ったナオミが正気を取り戻したとき、彼女はまだその
紙を大事な処へ突っ込んだままにしていました。
 そして……、

 「えっ、抜けない。どうして?どうして抜けない。どうしよう。
抜けないよ」
 彼女がどんなにもがこうと、いったん突っ込んだ指はその落と
し紙を巻き込んで、まるで接着剤で固定されたようにぴくりとも
しなくなってしまったのでした。

 「どうしよう。どうしよう」
 ナオミの顔に次第次第に不安の色が濃くなります。
 そして、自分を落ち着かせるように、
 「夢よ。こんなの夢に決まってるじゃない」
 と何度も心に確かめてみるのですが、板戸に触れる手の感触や
夏の熱気、トイレの臭気はどう考えても夢とは思えないのです。

 「どうしたのナオミ、いつまでそんな処に隠れてるの」
 自分を呼ぶ母の声はやはり現実の世界だったのです。

 無論、それはナオミにとってあまりにも悲しい現実でした。
 母親にありのままを告げても信じてもらえませんし、困難な右
手に石けん水を塗って試してみても効果はありませんでした。

 しかもこの右手、ナオミの意志とは関係なく膣の中でいやらし
い動きを繰り返しますから、母親の前でさえ幾度となくよがり声
をあげることになります。こんな姿を他人に見せられませんから
……、

 「やめてえ!お医者さんになんか電話しないで」
 ナオミは医者に連れて行こうとする母親を必死になって止めま
す。しかし、ずうっとこうしているわけにもいきませんでした。

 「仕方がないでしょう」
 結局は、タクシーが呼ばれ、お医者様へ診察を受けに行く事に
なります。母親は娘を気遣って、裏口から入るから誰にも会わせ
ないようにしてくれと病院側に念をおして出かけたのでした。

 ところが、診察室に入ると、たまたま居合わせた絹ばあさんと
鉢合わせになります。彼女は老人で動作がのろく、診察を終えて
もすぐに服を着ることができず、その場に留まっていたのでした。

 「なんだ、助蔵さんとこのナオミじゃねえか。どうした、そん
な青い顔して……」
 絹ばあさんはナオミの様子をうかがいます。
 そして、すぐに結論をだしてしまうのでした。

 「おめえ、若い身空でおすけべ稲荷に願掛けしたろう」
 こう言われた瞬間、ナオミは心臓が止まったかと思えるほどに
驚いたのでした。図星を指されたナオミの顔は真っ青に変わり、
言葉には出さなくても当然、態度にでます。

 「そんなことするから妖怪にたぶらかされるんじゃ。…………
だったら、お股がかゆいじゃろうて」

 絹ばあさんの言葉に母親までが救いを求めるようにこう言い
ます。
 「ええ、それに指がぬけないとか言ってまして……」

 「そりゃあ、おこんこん様によっぽど気に入られたんじゃな」
 少し軽蔑した表情が上目遣いにナオミを見据えてぼそりと一言。
 「こうなったら『やいと』以外にはないかもしれんな」

 「やいと?」

 「お灸じゃよ。おすけべ稲荷の前でな、お股と悪さをする右手
にたっぷりすえるんじゃ。おこんこん様はどういうわけかやいと
の臭いがお嫌いでな。こうすると離れてくださるんじゃ。ほれ、
ようく見てみい。おまえのお股には、おすけべ稲荷のお札がまだ
挟まっとるはずじゃ」

 絹ばあさんに言われてあらためてお股をのぞき込むと、間違い
ありません。
 「あら、ほんと、言われてみれば……」
 「これ、ただの広告の紙じゃない。お札だよ……」
 「こんなこと初めてだ。聞いたことがないねえ」
 母親も看護婦もそしてお医者様まで駆けつけてナオミのお股を
のぞき込みます。おかげでナオミは途中から泣き出す始末。

 絹ばあさんの話は具体的で説得力がありましたが、それでも、
みんなの気持ちの中に『こんな科学の世の中にそんな馬鹿な話』
という思いは残っています。
 そこで……、

 「早い方がええ。今からおこんこん様の処へ行けば、今日中に
取れるかもしれんからやりにいこう」というおばあさんをなだめ、
まずはお医者様のやり方でやってみようと、ひとまずお引き取り
願ったのでした。

 しかし、結果はというと。
 どんなお薬や注射を打って筋肉の緊張を解いてもナオミの指は
抜けません。最後は高圧浣腸までやったのですが、結局、お手上
げでした。

 その間も繰り返されるオナニーで、ナオミの膣口は赤く爛れて
いきます。

 「ああっ……ああっ……」
 ナオミの口をついて出るうめき声も快感から来るよがり声では
なく、苦痛に満ちたものに変わっていくのでした。

 さすがにこうなっては絹ばあさんを頼るしかありませんでした。
夜中、遅く訪れると、ばあさんは艾の用意をして待っていました。
 待ってはいましたが、しかし……、

 「夜中はいかんのじゃ。他の魔物が入れ替わるかもしれんからな。
明日は宮司さんも修験者も呼んであるから間違いないはずじゃ」
 こう言って断ったのです。

 翌朝は駐在所のお巡りさんまで頼んで、お稲荷様の周りに紅白
の幕を張り巡らし、他の人が中に入り込まないようにしてから、
儀式が始められました。

 祠の高さに合わせたテーブルが用意され、ナオミがそこに乗せ
られます。
 鎮守の森の宮司さんが祝詞をあげ、山から下りてきた修験者が
護摩を焚いて祈祷を始めます。テーブルの上のナオミは、まるで
そのための供物のようでした。

 そして、いよいよ絹ばあさんのお灸が始まります。

 まるで赤ちゃんがおむつを替える時のように、仰向けになって
両足を高く上げるのはいくらヤンキー娘にだって抵抗があります。
おまけにこの日は、エミやキミエまでが手伝いとしてかり出され
ていますから、彼女としては友達の前で恥をかく羽目になったの
でした。

 「おまえらも悪さばかりしてるとこうなるからな」
 絹ばあさんの捨てぜりふを二人は神妙な顔をして聞いています。

 ナオミは友達にまでこんな醜態を見られ、身の置き所がありま
せんでした。ですから、テーブルに乗った時からずっと、あいた
左手で顔を押さえながらその時を待っているしかありませんで
した。

 「さあ、始めるからな」
 ここで元気なのは絹ばあさんだけです。
 彼女はあらかじめ切り分けてお盆に乗せておいた艾を一つずつ
丁寧に1センチほどの大きさに丸めて、それに唾をつけて湿り気
をくれてから、恥ずかしい処へ差し込んで抜けなくなった右手は
それぞれ指の股に一つずつ、お股の中は大陰唇に三つずつと会陰
にも二つ、そしてなぜか菊座にまで丹念に艾を詰め込むのでした。

 「熱いけどがまんせえよ。おまえが悪いんじゃけんな」
 そう言ってこの十三個の艾にいっぺんに火をつけて回るのです
から、そりゃあ大変なことです。

 「いやあああああ。熱い。待って、ごんなさい。熱い。だめ、
ごめんなさい。だめえ~~~、駄目だと言ってるのに、やめて~
やめて死ぬから、ぎゃあ~~いやあ~~~」

 ナオミはもう半狂乱になって叫び続けます。でも、母親だけで
なく父親や宮司さん、山伏のおじさん、はてはエミやキミエまで
がナオミの体を押さえていますから、どんなに暴れようと思って
もその体はテーブルの上でピクリともしませんでした。

 「人殺しい~~~~~」
 荒い息の下からようやく聞き取れる程度の弱々しい悪態が聞こ
えます。お灸になれた人でも大変なこの儀式。ましてやナオミは
お灸初体験ですから、そりゃあ驚くのも無理ないことでした。


 13個の小さな火が落ちて、一息ついたのもつかの間、絹ばあ
さんは早速次を準備します。

 「さあ、落ち着いたらもう一度やるよ」
 無慈悲な宣告にナオミは慌ててテーブルを下りようとしました
が、間に合いませんでした。絹ばあさんの号令一下、ナオミの体
は一瞬にして大人たちの圧倒的な力の前に押さえ込まれてしまい
ます。

 おまけに、普段はおとなしいナオミの父親までもが見せしめと
なっているお尻を平手で「ピシッ、ピシッ、ピシッ」と続けざま
三回叩きます。

 「みんなおまえのためにやってんだぞ。我慢しないか!」
 ドスのきいた声がお腹までに響きます。ナオミにとってそれは
お灸と同じく生まれて初めての出来事でした。

 「さあ、もう一回」
 さきほどと同じ処へ13個の火の粉がふり注ぎます。

 「………………………………………………………………」
 今度は先ほどと違って素っ頓狂な奇声がまったくあがりません。
でも、熱いのは初回以上でした。

 それが証拠にナオミのお股からは、ちょろちょろと黄色い水が
漏れ出します。母親が可哀想に思ってタオルで拭き取りますが、
その水はチョロチョロとだらしなく流れ出すばかりでいっこうに
止まらにないのです。

 テーブルに池を造り、やがてそれが溢れて落ち、砂地の地面は
そこだけ色が変わってしまいます。唯一の救いは、ナオミ自身が
このことに全く気づかないでいることぐらいでした。


 そして、三回目。

 「うっん……ううううん」
 荒い息の中でくぐもった声がしたかと思うと、それまで周囲に
漂っていたやいとの煙が一気に祠の中へと吸い込まれていきます。

 と、同時に、あれほど頑強だったナオミの右手がヴァギナから
するっと抜けたのです。

 「おい、抜けたぞ!」
 両親も宮司さんも山伏のおじさんもエミもキミエも絹ばあさん
も、とにかくみんな大喜びです。けれど、当のナオミはその瞬間、
気を失ってしまいあとのことは覚えていませんでした。

 人の話によれば、彼女が粗相をした地面の上にはおすけべ稲荷
のお札と芋虫が一匹転がっていたとか。
 でも、これも一瞬にして消えてしまったそうです。

 ナオミのお股と右手の指の股には、今もその時のやけどの痕が
はっきりと残っています。けれど、彼女はこれ以後、専門学校に
通って、立派な美容師になったということですから、払った代償
以上のものは得たのかもしれません。

めでたし、めでたし、

*******************<了>****

第10章 カレンの秘密(4)

第10章 カレンの秘密

§4 薔薇の誘い(4)

 ブラウン先生はサー・アランに断りを言うと、ピアノの場所へ
と向う。

 「これはこれは、お久しぶりです。アンハルト伯爵夫人。……
お覚えありますでしょうか。ブラウンです」

 ブラウン先生はその時はすでに椅子に腰を下ろしていた夫人の
前でひざまずく。

 「勿論ですよ。ごきげんよう先生」

 先生はそう言って差し出された夫人の左手にハンドキスをする。

 すべては古式ゆかしい大戦前の習慣。戦後に育った若者たちに
してみれば、伯爵夫人も一介の老婆にすぎない。
 その老婆に膝まづくブラウン先生はむしろ奇異に映ったようだ
った。

 「こちらへはご旅行ですかな?」

 「ラックスマン教授が絵画の個展を開くというのでお祝いに」

 夫人がこう言うとブラウン先生は少し大仰に驚いてみせた。
 「おう、これはこれは、私としたことが何か勘違いをしまして、
御目がよくないと伺っていたのですが、今は、教授の絵がご覧に
なれるまでに回復されたのですか?」

 「相変わらず、先生は皮肉をおっしゃるのね。もとはイギリス
の方だからかしらね」

 「これは失礼いたしました。お気に障りましたか」

 「私は草深い田舎で育ったドイツ娘ですから、単刀直入にしか
ものは言えませんので、正直に申します。カレンさんのピアノが
聴きたくて、ここへ来たのです」

 「カレンのピアノ?……アンドレアの間違いではありませんか。
この子のピアノは幼児の弾くような簡単なもの。とても、夫人の
鑑賞に耐えるようなものは……」

 「あなた、今さらそんな白々しい嘘をついてどうなさるおつも
りなの」

 「嘘と申されても……」

 「あなたは、この娘のピアノがルドルフと同じ音を奏でている
現実を知らないはずがないわ。知ってて私に隠してたんでしょう。
私は、一度聞いてピンときたの。ルドルフの音が、脳裏で鮮明に
蘇ったもの。だから、もう一度聴きたいと願ったけど、あなたは
この子を隠し続けた」

 「隠すなどと滅相もない……この子はリサイタルなど開く技術
はまだまだ持ち合わせていないというだけです」
 ブラウン先生は自己弁護したが、伯爵夫人は聞く耳をもたない。

 「本当は、ラックスマン教授の個展の会場でじっくり聴かせて
いただこうと思っていましたが、はからずも、ここで聴くことが
できて満足です。これで、私も確信がもてました」

 「確信とは……どのような?」

 「もちろん、そこのカレンさんが、ルドルフの娘であるという
確信です。ブラウン先生、カレンさんを私にください」

 まさに青天の霹靂。当のカレンもこれには目を丸くした。

 「ご冗談を……」
 ブラウン先生は夫人に微笑み、そして今度は、脇に立つ現当主
に向って語りかけた。
 「伯爵、どうやらお母様はお疲れのご様子。ここは、いったん
帰還なさった方がよろしいのではありませんか?」

 すると伯爵は……
 「たしかに母は疲れています。今日だけの事ではなくね。……
お分かりでしょう?」
 と逆に水を向けられたのだった。

 「ええ、もちろん、先の大戦中、お兄様が行方不明になられた
事は存じ上げております。しかしそれはヨーロッパ戦線でのこと。
この子が生まれたのはアフリカのニジェールです」

 「それはこちらも知っています。……でも、兄も追われる身。
たとえアフリカへ逃げたとしても、それはそれで不思議ではない
と思いますよ」

 「敵の植民地にですか?それに彼女の父は楽器の修理で生計を
たてていたとか……そのような技術が一朝一夕に授かるものでは
ないでしょう」

 「あなたは勘違いをなさっている。いや、わざとそうやって、
勘違いしているふりをしていらっしゃるのかもしれないが……」

 「…………」

 「私たちが、兄ではないかと疑い、この子の父であるかもしれ
ないと疑念を持っているのはセルゲイ=リヒテル氏のことです。
もちろんこれは偽名でしょう。そして、自分の行く末を考えて、
娘をそのピアノ職人に託したとしても、これもそんなに不思議な
話ではないはずです」

 「ちょっと、待ってください。それはあくまで推測でしょう。
何の根拠もない憶測ですよ。あなたらしくもない。こうした事は
事実をはっきりさせてから語るべきことじゃないですか」
 ブラウン先生は慌てて伯爵の疑念を打ち消したが……

 「確かに、あなたがおっしゃることは正論です……でも、母は
そう信じているのです。……そう確信しているわけです」

 「あなたもそのようにお考えなのですか?」

 「分かりません。でも、私にとってもそれは兄のことですから、
事実は知りたいと願っています。そこで、今、ニジェールへ人を
やって調査しているところです」

 「なるほど」

 「ただ、これだけはわかっていただきたいのですが、私も母も
結果がどうであっても……つまり、セルゲイ=リヒテル氏が兄で
なくとも、彼女が兄の子供でなくても、彼女のピアノを聞いて暮
らしたいのです。おわかりいただけますか」

 「はい、存じ上げてますよ。あなたも、あなたの母上も、極め
て人道的な方だと……確かに、私のような貧乏人のもとで暮らす
より、お金持ちの家で暮らした方がこの子にとって幸せなのかも
しれません。それは理解しますが、私もまた彼女のピアノに癒さ
れている一人なのです。彼女を手放すつもりはありません」

 「…………」
 伯爵はしばらく考えていたが、ブラウン先生の気持に嘘がない
と悟ると、あらためてこう提案したのだった。

 「今、ニジェールは動乱で調査も進んでいません。仮に、何か
分かればその時またお願いするとして……どうでしょう、カレン
さんを週末だけでも私の処へ通わせていただけないでしょうか」

 「通う?……それはまた、どうされるおつもりなんですか?」

 「私たちは何も求めません。……ただ、お嬢さんが私の隣りで
ピアノを弾いてくれさえすればそれでいいのです」
 そう発したの夫人だった。

 「母の願いを叶えてもらえないでしょうか?」

 伯爵の母へ思いがブラウン氏の心を曇らせる。
 彼も今でこそSirの称号を得ているが、それは最近得た勲章で、
もともと家出同然から身を立てた身。母親が生きているうちには
親孝行らしい事などしたことがなかった。

 「カレン、聞いての通りだ。君はあちらでピアノを弾いてみる
気があるかね」
 ブラウン先生はまだ狐につままれたような顔をしているカレン
に尋ねた。

 そして、伯爵夫人もまた……
 「カレンさん。あなたの演奏料については、後日お父様とお話
するとして、他に望みがあれば言いなさい。できる限りのことを
しますよ」

 「…………」
 カレンは大人たちの話し合いに口をつぐんでいたが、その間も、
今の状況を彼女なりに冷静に整理していた。最後に、彼女はこう
思ったのだ。

 『仮に、お父様が私を伯爵の館へやりたくないなら、最初から
私の意向など確かめるはずがない。それを尋ねるのは私が応じて
もよいということだわ』

 そこで……
 「私、奥様が望まれるのなら、館へまいります。本をたくさん
買っていただいたお礼もありますから……」

 こう言うと、伯爵夫人は言下にカレンの言葉を否定する。
 「それは関係ないことよ。あなたの御本を買ったのはあくまで
こちらの都合なの。あなたが気にすることではないわ」

 「わかりました。では、一つだけ望みがあります。それを叶え
て下さるならそちらへ伺います」

 「わかりました。何でしょう?」

 「山荘の庭を管理しているニーナ・スミスが、伯爵様のお庭の
薔薇をたいそう褒めていて、……その苗木を分けてもらえません
か?」

 「わかりました。その方も一緒に来るといいわ。育て方を教え
ますから……」

 こうして、毎週土曜日の午後。カレンは伯爵の館を訪れる事と
決まったのである。

***************************

 次の日。
 カレンたち一行は、当初からの約束通り、ラックスマン教授の
個展が開かれているギャラリーへと向う。カレンがそこでピアノ
を弾く約束のためだ。

 日当たりの良い美術館の一角に展示スペースがあり、お客さん
はまばらだが、すでにアンハルト伯爵夫人は顔を見せていた。

 「カレン、待ってたわ。実はね、ルドルフも絵を描いていたの。
見てみる?」

 カレンは車椅子の夫人と目が合うと、さっそくにルドルフの事
で誘われる。
 恐々着いて行くと、そこに飾られていたのは、いずれも油彩の
肖像画だった。

 「お上手だったんですね」

 「ありがとう。とにかく、絵を描くことが好きだったわ」

 「肖像画ばかりなんですね。風景画は描かなかったんですか?」

 「風景はあまり描かなかったわね。でも、家の中を探したら、
出てくるかもしれないわ。スケッチに出かけたこともあるから。
……でも、どうして?」

 「いえ……」
 カレンは言葉を濁した。というのもリヒテルおじさんが描くの
はほとんどが風景画で、肖像画を描くことはなかったからだ。

 『やっぱりあれは別の人だったのね。おじさんは、風景画以外
の絵は描かなかったもの』
 カレンはほっと胸をなでおろした。

 カレンは伯爵夫人に同情していたし、できるならその力になり
たいとさえ思っていた。だが、自分がシンデレラになりたいとは
思っていなかった。
 たとえハレンチで厳しいお仕置きのある家でも、彼女は自分を
拾ってくれたブラウン先生のもとで暮らすことを望んでいたので
ある。

 カレンはをラックスマン教授の個展会場で求められるままに、
自分のピアノを弾く。

 それは、本来なら静かな環境での鑑賞を好むお客様たちにとっ
て、不快な音になるかとも思えたが、そのことに苦情を申し出る
者は誰もいなかった。

 むしろ、案内係に「この曲は何という曲ですか?」とか「誰の
演奏ですか?」はては「このレコード売ってますか?」と尋ねる
人までいたのである。

 しかし、カレンのピアノをこの日一番長く聴いたのは、やはり
アンハルト伯爵夫人だった。
 彼女はカレンがこの画廊を訪れる前からここに到着していて、
カレンがホテルに引き上げるまで、このギャラリーを離れなかっ
たし、カレンの弾くピアノの前さえも離れなかったのである。


 次の日、カレンのピアノの前にはギャラリーが出現していた。
 もちろん、カレンのピアノは脇役である。いわばBGMなのだ。
しかし、そこに人だかりができていた。

 そんな珍現象を見ながら、ラックスマン教授とブラウン先生、
二人の老人が語り合っている。

 「これでは壁に掛けた私の絵の方が引き立て役でしたな。……
(はははは)こんな事と知っていたら、ここをコンサート会場と
して開放してやればよかった」

 「いえいえ、あの娘にそれはまだ早いでしょう。弾きこなす曲
もそんなに多くありませんし……」

 「そんなことはありませんよ。彼女、ここへ来てもう10曲も
私の知らないメロディーをものにしている。あれは、即興なんで
しょうか?」

 「ええ、……ほおっておいたら、一日で20曲も30曲も……
書き留めるのが大変なんです」

 「羨ましい。まさに枯れることのない創造の泉というわけだ」

 「若いということですよ。若さのなせる業です」

 「では、将来は作曲家ですかな?……『20世紀のショパン』」

 「おからかいを……でも……クラシックは難しいでしょうが、
ポップスなら、あの子の才能を生かせる道があるんじゃないかと
思っているです」

 「先生のお国のジョンレノンやポールマッカートニーのように
ですか?」

 「ええ、それなら不可能ではないと思えるんです。……親馬鹿
ですかね」

 「あなたがそれを言ってどうするんですか。……あなたの方が
私なんかより専門家じゃないですか」

 「灯台下暗し。意外と近しいものの方が見えにくいのです」

 「確かに……でも、それならあえて一言だけ私に言わせていた
だけるなら……逆に、彼女の曲は美し過ぎやしませんか?ミルク
を飲み、ビスケットを頬張る子供ならそれでいいでしょうが……
酒におぼれる大の大人が彼女の音楽を好んで聴き、だみ声を張り
上げて歌う姿は想像しにくい」

 「さすがは教授、鋭いですな。まさに、そこがネックなのです。
だから、まずは安全に、初心者向けの教則本に彼女の曲を載せて
みたというわけなんです」

 「成功しましたな」
 ラックスマン教授が微笑み……

 「あなたのおかげです」
 ブラウン先生が笑った。

 「ありとあらゆる講演会やパーティーで褒めちぎりましたから
……売れてくれなければ、私の方が困ります」

 「ありがとうございます」
 ブラウン先生が意味深に笑うと……

 「ただ、これだけは誤解のないように言っておきますが、私は
たとえ誰かに頼まれても、つまらないものを立派なものだなんて
言い換えたりはしませんよ」

 「これはこれは恐れ入ります」

 「あれは本当にすばらしいかった。伯爵の館で聴いたピアノも、
本に載っていた作品も……だから、みなさんにも聴いて下さいと
勧めただけなんです」

 「嬉しいです。二台のピアノの理解者がそばにいらして……」

 「鳴らすピアノの音と鳴らないピアノの音ですか。……先生の
ご説にありましたね」

 「ええ、私も最初からルドルフ・フォン=ベール氏やカレンの
ピアノの秘密が分かったわけではないのです。でも、聴いていく
うちに段々とそのメカニズムのようなものがわかってきたのです」

 「ほう、興味深いですな……」

 「日本人がよく使う概念に『間』というのがあります。カレン
の音はそれなんです」

 「『MA』というんですか。それは休止符とは違うんですか」

 「間は、ただ単に音を鳴らさないという意味じゃありません。
すべての鼓動が停止して何も起こらない時間を意図的に作ること
で前後に起こる変化、つまりこの場合はピアノが鳴ってる状態を
聴衆の耳に際立たせるのです」

 「そうか、ピアノの音って、それがいつやんだかなんて聴いて
る方はわかりませんよね」

 「ええ、弾いてるピアニストだってそれは同じです。凡人には
関係のないことです。でも、人間は無意識のうちにそれも感じ取
っているんです。『今、音が切れた』という感覚をね。だから、
そこを揃えてやると、とても心地よく聞こえるというわけです」

 「でも自分の打音がいつ終わるかなんてわからないし、それは
今弾いてるピアノの状態によっても変わるんじゃないですか。…
…ましてや、それで和音を刻むなんてこと……」

 「そう、まさにその通りです。とても人間業じゃありません。
でも、ごく稀にはそんな能力を持つ人が世の中にはいるという事
ですよ」

 「そうか、だから彼女のピアノはどこまでも透明感があって、
雑味というものがまったく感じられないのか」

 「どんな天才ピアニストも所詮は音を塗り重ねて自分を美しく
仮装しているに過ぎません。でもカレンのピアノは、それらとは
まったく違う楽器の音の美しさなのです」

 「金のなる木を射止めたというわけだ」

 「いえいえ、これは商業的な魅力とはならないでしょう。私が
彼女を引き取ったのもそういう意味ではないのですから……実は、
最初、彼女が弾いていたピアノはあまりにオンボロだったんで、
まったく気づかなかったんです。ただピアノの性能が上がるたび
に、『まてよ、これは……』って、こちらも気づき始めたんです。
……『この音を出すピアニストが過去にもいた』ってね……」

 「では、彼女は外へは出さない?」

 「当然、そうです。できれば生涯、私の枕元でピアノを弾いて
くれれば……とさえ思っています。でも、もし好きな人ができて、
お嫁に行くようなことがあったら、それには反対はしませんよ。
女性にとっては、地位や名誉やお金よりそれが一番幸せな道です
から……」

 ブラウン先生にとって、カレンはすでに実の娘同然だったので
ある。

*****************(4)****

第10章 カレンの秘密(3)

第10章 カレンの秘密

§3 薔薇の誘い(3)

 子供たちの集いの場に、やがて、大人達が現れた。

 「カレン、待たせたね」
 ブラウン先生の言葉にカレンはほっと肩の荷を下ろした。

 彼は、そばにいたフランソワーズにも挨拶する。
 「ごきげんよう、フランソワーズ」

 すると、そのお嬢様は……
 「お久しぶりです。ブラウン先生」

 恭しく膝を曲げて挨拶する。
 こんなことは以前なら考えられないことだった。

 そこで、サー・アランが……
 「私たちもここでご一緒しようか」
 と誘うと……それには……

 「私はクリスチャンと一緒に……」
 と言って断るから……サー・アランが……

 「だったら、彼も一緒にここに来ればいい」
 と水を向けると……

 「私、女中と一緒に食事したことがありませんから……」
 と言って、その場を離れようとした。

 そこで……
 「待ちなさい、フランソワーズ」
 思わず声が大きくなる。

 「!」
 その瞬間、彼女の肩甲骨がきゅんと締まったのを見てブラウン
先生は驚いた。
 彼がかつてフランソワのお尻を叩いた時には見られない光景だ
ったからだ。

 『これは、驚いた。超絶な進歩をとげたのは、どうやらお嬢様
だけではなかったようですね』
 ブラウン先生はお腹の中で思ったのである。

 「君はカレンのことを言っているのかもしれないけど、彼女は
すでにブラウン先生の娘さんだ。我が家の女中ではないんだよ。
そんな無礼な物言いは、私が許さないよ」
 サー・アランが厳として言い放つと、フランソワーズの身体が
それ以上前へ進まなくなってしまった。

 『サー・アランは私があの館を去ってからこの子のお尻を叩い
ていますね。この分じゃ、夏休みに帰省した時もやってますね。
ま、まさか、この場ではやらないでしょうが、これはお嬢様の為
にも、とりなしてやらなきゃいけないでしょうね』
 ブラウン先生は、そう考えて声をかけた。

 「いや、お待ちを……娘さんの言う通りです。カレンは、私の
実の娘でも養女でもありません。今はまだ里子にすぎないのです。
ですから、女中と言えばそれもあながち間違いではありません」

 ブラウン先生はサー・アランに向ってそう言うと……
 今度はカレンに……

 「カレン、悪いが、今日は席を外してくれないか」

 「あっ……はい……お義父様」

 カレンは突然のことに驚いたようだったが、お義父様の言葉に
は逆らわない。
 そそくさと席を立とうとするから、サー・アランが慌てて……

 「カレンさん、いいんです。席に着いてください」
 と、とりなした。

 ただ、それに対してブラウン先生は……
 「サー・アラン、大変、申し訳あげにくいのですが、今回は、
私たちが客です。ですから、ここは私たちの顔を立てて、カレン
を外さしてください」

 こう、申し出たのだった。
 そして、カレンには……

 「あなた、今回は遠慮して、向こうでピアノでも弾いててくだ
さいな」

 「はい、失礼します」
 こう言ってカレンが大人達の席を離れると、フランソワーズは
もう逃げることができなかった。
 彼女が目論んだ、クリスチャンとのデートも流れてしまったの
である。

 いや、それだけではない。
 席を離れてカレンが向った先。そこではさっきまで一緒だった
クリスチャンが一足早くやって来て、ピアノを弾いていたのだ。

 それを見たフランソワーズの心中は穏やかではない。

 彼はカレンに気づくと、当然のようにその椅子を譲ってしまう。
 そんなクリスチャンにまるで肩を抱かれるようにして演奏する
カレンを横目で見ながら、フラソワーズが平静に食事できるはず
がなかった。
 心ここにあらずのフランソワーズだが、今は、どうすることも
できなかったのである。

 『何よ、このチンケなメロディーは……こんなの誰だって考え
つくわよ。誰が先生ですって…女中の分際でいい気なもんだわ。
だいいち、なんであの子のピアノはこんなに小さい音しかでない
のよ』
 腹の虫が収まらないフランソワーズにとってカレンのピアノは
耳障りでしかなかった。

 ただ、そんな不評を口にするのは、このレストランにいる大勢
の人々の中で、彼女一人だけ。
 実は、各々のテーブルでは色んなことが起きていたのである。

 商談を始めた二人がお互い無言になったり、コーヒーを断って
帰りかけていた紳士が再び席に座り直したり、喧嘩していた若い
カップルがどちらからともなく「ごめん」と言ったりした。

 誰もが、今はこの場を離れたくなかったからだ。そして、もう
しばらくはカレンの弱々しいピアノに耳をそばだてていたかった
のである。

 それは、ピアノのそばで聴いていた青年クリスチャンも、勿論
そうだったし、部屋の片隅にある目立たぬテーブルで紅茶を飲み
ながら聴いていたアンハルト伯爵夫人もまた同じだった。

 「フリードリッヒ。間違いないわ。これは、ルドルフの音よ。
他の人には出せない、あの子にしか出せないはず音なの。その音
を、今、あの娘は出してるの。だから、ごらんなさい。誰も席を
立たないでしょう。……あなた、そこで見ていて誰か席を立った
人がいるかしら」

 「いいえ」
 フリードリヒはやさしく母に答えた。

 アンハルト伯爵夫人は目が見えない。しかし、その気配で人の
動きが分かるのだ。

 「私、あの子が七つの時に同じ光景を見たわ。サロンがはねて
誰もが帰り支度。その時、あの子が悪戯にピアノを弾き始めたら、
その後、誰もが仕事を抱えているというのに、誰も席を立とうと
しなかったの。まるで、魔法を見てるみたいだったわ。そして、
あの娘にも息子と同じ血が流れてるはずよ」

 「それはあまりに短絡なお考えかと……あまり、軽々なことを
申されますとお母様の品位にかかわります。……今、現地に人を
やって調査させてはいますが、なにぶん、ニジェールは混乱状態
でして、事の真相をたしかめにはもう少し時間が必要かと……」

 フリードリヒは申し訳なさそうに答えたが、夫人は彼の事務的
な答えには何も期待していなかった。

 「私ね、目が見えなくてもそれくらいはわかるのよ。あの子を
触った時、感じたの。この娘はルドルフの娘だって……だって、
あの子と同じ感触、同じ匂いがしたもの。間違いないわ。だから
あなたの力で、ブラウン先生からあの娘を貰い受けて欲しいの。
……わかるでしょう。私の孫なんですもの。一緒に住むのが当然
だわ」

 フドルフは今一度辺りを見回す。
 なるほど、確かに誰も席を立っていないかった。そして、誰も
が物音を立てなくなっていたのである。
 だからこそ、母の暴走は彼を悩ますのだった。

 レストランの客席とは思えないほどの静けさの中で、カレンの
ピアノはタバコの煙と油の香りの海の中を部屋中に流れていく。

 誰もが心癒される音に身を委ねるなか、ただ独り不機嫌な人も
……
 「何なの、あのもたもたしたピアノは……ピアニストは『洗練』
って言葉を知るべきね」
 フランソワーズが腹立ち紛れにつぶやくと……

 「マドモアゼル。洗練という言葉が無駄や虚飾を一切削いだ音
という意味なら、私は、これ以上洗練されたピアノの音を聴いた
ことがありません。だから、一音でも半音でも聞き逃せば全体の
バランスが崩れるのです。それをここにいる誰もがみんな知って
いるから、誰一人音を立てずに聴いているのです。……どうぞ、
お静かに願います」

 ブラウン先生は相変わらず人の悪いことを平気で口にする。
 しかし、それは当然、言われた方の機嫌をそこねるわけで……
 
 「そうですか。では、私が、もっともっと洗練された音にして
ごらんにいれますわ」
 フランソワーズはそう言って席を立った。

 心配したラルフが小声で……
 「大丈夫ですか?喧嘩になりませんか?」
 と言うと……

 「喧嘩?…そんなものには、なりようがないでしょうね」

 「どうして?」

 「だって、お嬢様に、あの音は絶対に出せませんから……いえ、
お嬢様だけでなく、ここにいる誰にもそんな真似はできませんよ」

 「先生、カレンはそんなに難しいことをしているんですか?」
 サー・アランが尋ねると、ブラウン先生はこう例えた。

 「『エベレストを馬で登るくらい簡単だ』と豪語する人も世の
中には大勢います。お気になされませんように……」

 「そうですか。カレンのピアノとは、そんなにも凄いものなん
ですね。そんなことなら、私の処にいる時も先生をつけてやれば
よかった。私はピアノのことは分かりませんから、あの子が単に
ピアノが好きなだけかと思っていました」

 サー・アランはあらためて一台のピアノにたむろする若者達を
見つめる。その眼差しはどこまで優しかった。

 「何を基準に凄いと言うのかにもよりますけど、あの子がある
種の天分を持って生まれてきているのは確かです。それは一般人
の我々がいかに努力してもどうにもならない程度の問題なんです」

 「天才ってことでしょうか?」

 「天才?…さあ、どうでしょうか?…そこは微妙な問題です。
ただ過去に一度だけ、私はこの音に出会ったことがあるんですよ」

 お酒の回り始めた先生は上機嫌になっていた。
 ところが……

 「誰です?その人?」

 ラルフの声に、一瞬我に返ったような顔になった先生はその顔
を急に曇らせ、ほどなく営業笑いになって、こう言ったのである。

 「はて?………そういえば、誰でしたか?………(はははは)
忘れてしまいました。……(はははは)私ももうろくしました」

 「それにしても、……お嬢さん、勢い込んで出かけたわりには、
なかなかピアノを弾きませんね」

 ラルフが言うと、ブラウン先生は……
 「弾かないんじゃなくて、弾けないんです。彼女だってそれは
ここにいた時から分かっていたと思いますよ。でも、そんな事は
どうでもよかったんです」

 「どういうことです?」

 「まったく、いつもながら鈍い人ですね。それでよく私の秘書
が勤まりますね」

 「仕方ないじゃないですか。私にはカレンのような天分なんて
ありませんから……」

 「お嬢さんは、私たちのようなむさくるしい爺さんたちのそば
にいるより、若い青年と一緒にいたいんですよ」
 ブラウン先生は小声でラルフに伝えたが、ラルフはその何倍も
大きな声で相槌を打つ。

 「なるほど、そういうことか………」
 ラルフはいったん納得したが………
 「……でも、先生。お嬢様、ピアノ、弾くみたいですよ」

 「おう、チャレンジしますか?」

 「できないんじゃないんですか?」
 ラルフが言うと……

 「できなくてもチャレンジしてみるのが、同じ道を志す芸術家
ですよ。私だって幾度となくチャレンジはしてみましたから……
とにかく聴いてみましょう」


 フランソワーズがピアノを奏で始める。

 それはカレンと同じような軟らかなタッチ。いわゆるもたもた
した感じだ。
 しかし、そうやって弾けたのは8小節だけだった。

 彼女は思わず苦笑いを浮かべると、さらにその先を弾き始める。
 それは傍目にはさしたる変化がなかったようにも聞こえるが、
やがて、周囲がその変化を伝えるのだった。

 別のテーブルではどちらからともなく商談が再開し、恋人達は
おしゃべりを始め、急用を思い出した人はコーヒーを断って店を
出てしまった。

 「何だか、店が少しざわつきだしましたね」
 ラルフが言うと……

 「魔法が解けてしまったんですよ」
 ブラウン先生は得意の笑顔で答えた。
 「でも、お嬢様は頑張りましたよ。今日聞いたばかりのカレン
のピアノをいきなり4小節まで遣りおうせたんですから、立派な
もんです」

 「でも、彼女、それからもピアノを弾いてましたよ」

 「ええ、8小節までチャレンジを続けましたが、あとは諦めて
自分のピアノを弾き始めたんです」

 「それで途中から騒がしくなったんだ」

 「お嬢様のピアノは確かに上手にはなってますが、音楽関係者
にしてみると、それはどこででも聞ける音ですからね。あえて、
立ち止まって聴く必要はないわけです」

 「でも、よくぐれませんでしたね。フランソワなら腹立ち紛れ
にピアノを蹴ってますよ」

 ブラウン先生は、ラルフの言葉に、思わず苦虫をかみつぶした
ような顔になった。

 「いいですか、ラルフ。あなたもこの仕事をずっと続けていき
たいならもっと言葉を選ぶ訓練をしなさい」

 「どういうことです?」

 「ここには、お父様がいらっしゃるのですよ」

 「あっ、そうか……」
 ラルフは急に肩をすぼめ恐縮した顔になった。

 「いえ、いいんですよ。ラルフさん。確かに、家にいた頃の娘
ならそうしたでしょうから……私も、娘がブラウン先生からお尻
を叩いてもらってからというもの。考え方をあらためたんです。
娘といえど、猫かわいがりだけでは成長しませんから……」

 サー・アランの穏やかな口調は紳士的だった。
 だから、ブラウン先生も大人として穏やかに受ける。

 「それは今回お目にかかって私も感じました。お嬢様は人間的
にも成長されています。それに、今はお父様以外にも心の支えが
おありのようで……その意味でもピアノは蹴れませんよ」

 「私、以外と言いますと……」

 「クリスチャンと言いましたか、私の目にはなかなかの好青年
と映りましたが……」

 「えっ!彼ですか……」
 サー・アランは『意外』という顔をした後、頬を僅かに緩める。

 「なるほど……」
 父親は納得したようだった。


 そんな大人達が見つめる若者達の後ろに一人の黒い影が立つ。

 『あれはアンハルト伯爵夫人。やはりここに来ておられました
か』
 ブラウン先生にしたら、それは不吉な影というべきものだった
のである。

******************(3)****

9/2 事務連絡(2)

9/2 事務連絡(2)

 『鬼滝村の五つの物語』の残り三話はまだこのブログにアップ
されていません。もちろん原稿はありますが、殴り書きしたもの
で「てにをは」も怪しく、そのまま発表するのは「ごめんなさい」
です。
 ついでに言うと、『カレン……』の方もここ何回かはお仕置き
シーンがありません。
 せっかくR18に置いていますから、本来ならもっとHシーン
がふんだんに盛り込まれた作品を出すべきなのかもしれませんが、
何しろ、昔から協調性に乏しい管理人が、自ら楽しむ為に作った
道楽ブログなもので、重ね重ね「ごめんなさい」です。

第10章 カレンの秘密(2)

第10章 カレンの秘密

§2 薔薇の誘い(2)

 「聴いてみたいですか?……お嬢様のピアノ」

 ブラウン先生がカレンの後ろにやってくる。

 「…………」
 カレンは黙ったまま少しだけ顎を引く。

 「ほう、あのお嬢さん、もうこんな大きなホールでリサイタル
を開くんだ。やっぱり家が金持ちだといいですね。でもお客さん
入りますかね」
 ラルフもやってくる。

 「今日の夕方ですね。ちょうど予定も入っていませんし訪ねて
みましょう。ラルフ、切符の手配をお願いしますよ」

 ブラウン先生の鶴の一声で三人の初日の予定は決まったのだ。

******************

 会場にお客は半分ほどだったが、それでも千人近い聴衆がいた。
 一学生で、取り立てて大きな大会での受賞暦もない彼女がこれ
ほど多くの人たちを呼べるのは、もちろん、サー・アランの尽力
あっての事。
 彼は自らの人脈をフル活用して、集められるだけの人をここへ
終結させたのである。

 「おう、ラックスマン教授!個展の成功おめでとうございます」
 「いやあ、早速の祝辞、いたみいります。ブラウン先生!」
 二人は一足早くこのホールのロビーで再会することになった。

 「いやあ、それにしても奇遇ですな。あなたも、ひっとして、
サー・アランに頼まれた口ですかな……」

 「いえいえ、私たちはただの通りすがりです。空港でたまたま
ポスターを見て、立ち寄ったまでです」

 「おう、カレンさん、お久しぶりです。待ってましたよ。今日、
会えるとわかっていたら、今日からお頼みすればよかった」
 ラックスマン教授はブラウン先生の手をとり、続けてカレンの
手もとった。

 「では、ブラウン先生の処へはサー・アランから『商品券付き
夜のディナー付きの招待状』は届かなかったと……」
 ラックスマン教授の笑顔には意味深な毒があった。

 「ええ、そのようなものは……残念ながら」

 「では、何ゆえにこんな無名のピアニストのリサイタルなど…」

 「いえ、シャルダン嬢にはちょっとした、ご縁がありましてな」

 「ほう、それはまた、どのような……」

 ラックスマン教授がそこまで言った時、話題の主サー・アラン
が現れる。

 「みなさんお揃いですか?」
 そう言って近づいたサー・アランだったが、思わぬ来客を見つ
けてのけぞった。
 「ブラウン先生!……いやあ、わざわざおいでくださっている
とは知らず失礼しました。秘書のモーガンさんへは一応招待状を
お送したのですが、もし、いらっしゃると分かっていれば汽車の
切符やホテルの手配などはいたしましたのに……」

 「いやいや、お気になさらないでください。ここへは他に用が
ありまして……でも、兆速の進歩をとげられたお嬢様のピアノも
是非拝聴したいと思いまして、立ち寄らせていただいたのです」

 「ありがとうございます。娘も、今やすっかり学院の生活にも
慣れて、ピアノに打ち込んでおります。それもこれも全て先生の
おかげです。何とお礼を申してよいか……」

 「いえいえ、私などは伝(つて)を頼って口をきいたに過ぎません。
すべてはお嬢さんの天分と努力の賜物です。今日は存分に聞かせ
ていただきます」

 「ありがとうございます。コンサートのあと、よろしければ、
一席設けますので、先生もどうかご出席ください」

 「よろしいのですか?私のような者がお邪魔して……」

 「何をおっしゃいますやら。本来なら、いの一番にご招待申し
上げなければならないところを大変に失礼いたしました。娘とも
ども先生との宴席を楽しみにしております」

 サー・アランは人の良さそうな笑顔を振りまく。彼はもともと
商人で腰が低く、爵位をちらつかせて仕事をするタイプではい。
とりわけブラウン先生に対しては『娘の命の恩人』とでも言わん
ばかりの扱いだったのである。

 当然、ブラウン先生一行には会場真ん中やや前方に設けられた
貴賓席の一角が用意された。

 「メインはラフマニロフですか。……女の子に戻ったお嬢様は
どんなピアノを聞かせてくれますかね」

 パンフレットを見ながらブラウン先生がつぶやくと、ラルフが
怪訝そうに尋ねる。

 「女の子に戻ったって?あの子、もともと女の子じゃないです
か」

 「あなた、いつもどこ見て生きてるんですか?私たちが最初に
サー・アランの屋敷に呼ばれたとき、父親はあの子を何と呼んで
ましたかね?」
 
 「あっ、そうそう、たしかフランソワだ。いや、僕もその事は
変だとは思ったんですよ。女の子なのにフランソワですからね」

 「きっと、家にいた当時は、男の子でいたかったんでしょう」

 「どうして?」

 「さあ、はっきりとはわかりませんがね。勝気なお嬢様として
は、女の子に魅力を感じなかったんでしょうね。だから、周囲に
も自分をそう呼ばせ、父親もそれを認めていました」

 「じゃあ、彼女、同性愛?」

 「ラルフ、あなたは、どうして、そうすぐに突飛な想像に走る
んでしょうね。ここだからいいですが、人前で滅多なことを言う
ものではありませんよ。……彼女の場合、恐らくそういう意味で
はないはずです。……いずれにしても、戸籍上はフランソワーズ
なわけで、家の外に出ればそんな我ままも通用しませんからね。
……今は、フランソワーズで通しているはずです。ポスターにも
そうあったじゃないですか」

 これを最後にブラウン先生のおしゃべりが止まった。
 舞台にそのフランソワーズが上がったのである。


 彼女はオーケストラをバックに3曲を弾いた。

 『今回はうまくいったみたいね』
 カレンがブラウン先生の表情を見ていて確信する。

 そのブラウン先生は演奏が終わると立って拍手を送りブラボー
を連呼した。
 そして、舞台がはね、観客が帰り支度をするなかで、カレンに
こう尋ねたのである。

 「どうですか、カレン、彼女のピアノは?変わりましたか?」

 ブラウン先生の問いに、カレンはしばらく考えてこう伝える。
 「変わったと思います。だって、幸せそうだから……」

 「あなたは、やはり、いい感性をしてますね。私もそう思いま
すよ。今の彼女には落ち着きがあります。しかも、それでいて、
華やかだ。恐らく、彼女、恋をしてますね」

 「そんなこと、ピアノを聴いただけでわかるんですか?」

 ラルフが驚くと、先生はさも当然とでも言わんばかりに……
 「楽器の演奏はその人の心模様がそのまま音楽に現れるんです。
私を誰だと思ってるんですか。そのあたりの駆け出し評論家など
と一緒にしないでださい」

 カレンは先生が得意げにスーツの襟を正して見せたのを笑った。
彼女はちょっとおちゃめに見得を切る先生が大好きなのである。

 「何しろ、あの子は私がお尻を叩いた子ですからね。成功して
もらわなければ困るのです」

 「ええ、あの時はビックリしましたよ。何考えてるだこのエロ
オヤジは…って思いましたから」

 「そうですか、あなたらしい感想ですね。でもね、ラルフ君、
私は見込みのない子のお尻を叩いたりはしませんよ。こうすれば
よくなるだろうと思うから叩いたんです」

 「でも、それで萎縮しちゃったら…そんな場合だってありえる
でしょう。女の子が満座の中で恥をかかされたんだから……」

 「そんな娘はきっと自らをフランソワだなんて名乗りませんよ。
彼女、男の子のようになりたいと願ってたみたいでしたからね。
だから、男の子のように躾けてあげただけです」

 「すごい理屈……」
 ラルフが小声でつぶやくと……
 「なんですか!」
 先生の声は大きい。

 「いえ、何でも……でも、今はフラソワーズなんでしょう?」

 「ええ……しかも、タッチが自然でやわらかい。女の子がああ
したピアノを弾く時は誰かを想って弾いているんです。つまり、
恋をしているんですよ」

 「誰を?」

 「それはわかりません。でも、自分のために弾いていないのは
たしかですね。このカレンのように……」

 「カレン、そうなのかい?」

 ラルフに質問されてカレンは下を向く。それが答えだった。

 「それって、いいことなんですか?」
 ラルフは今度はブラウン先生に尋ねた。

 「ええ、もちろん。……所詮、自分の為にすることには限界が
あります。自分のためする時は、疲れたら、困難だったら、やめ
ればいいんですから。努力もそこまで、成果もそこまでです。…
…でも、人の為にする時には、その人への思いがある限りやめら
れないでしょう。努力は続き、成果もついてくるというわけです。
多くの人は自分の為にする欲こそがより大きな成果をあげている
と思っているようですが、事実は逆で、人の為にすることこそが、
その人により大きな成果をもたらすことになるのです」

 ブラウン先生のいつものお説教が終わるちょうどその頃、サー
・アランが三人を誘いにやってきた。

 「いやあ、結構でしたよ。お嬢さんのピアノは………お屋敷に
おられた頃と比べても格段に腕をあげられました。私、感歎いた
しました」

 「ありがとうございます先生。その賛辞は、是非、娘に聞かせ
てやってください。まずは、夕食をレストランの方でご用意しま
したので、そちらへお移りください」

 サー・アランはそう言って、三人を観客席からレストランの席
へと移動させたのである。

 そこは劇場からほど近くにあるホテルのレストラン。ここには
先ほどフラソワーズの演奏を聞いた多くの観客が招かれていた。

 その客の多くが音楽関係者。という事はブラウン先生やラルフ
もそれを黙殺するわけにはいかず、あちこちで友人知人に捕まり、
サー・アランと共に社交を重ねていた。

 ただそんななか、握手する相手のいないカレンだけがポツリと
独りで一番奥の席に座る。
 手持ち無沙汰な彼女は最近覚えた三つ編みを悪戯しながら店内
をぼんやり眺めていた。

 『ここには、私のお友だちはいないわね』

 そんなことを思って、タバコの煙と料理の油がくすぶり続ける
テーブルを離れられるずにいたのである。

 すると、そんなカレンのテーブルを目指して誰かがやってくる。
その顔にまったく見覚えがなかったが、彼の方はこちらを笑顔で
見て近寄ってくるから、『私の近くに彼の知り合いでもいるのか
しら』と思い、あたりをキョロキョロと探してみた。

 しかし、周囲に人影はなく、彼の目的はやはりカレンだった。
 「カレン・アンダーソンさんですか?」

 「ええ」

 「やっぱり、そうなんだ。感激です」
 青年、それもかなり二枚目のその青年から握手を求められて、
カレンはどぎまぎする。

 恐る恐る右手を出すと、彼はことのほか強い力で握り返した。
 「お写真、見たんですが、小さくて、不鮮明だったから、ひょ
っとして違うかもしれないと思ったんですけど、やっぱり、先生
だったんだ」

 「せんせい?」
 カレンは首をかしげる。
 『この人、とんでもない誤解をしてるんじゃないか』
 そう思ったのだ。

 「僕、クリスチャン=アドラーといいます。実は、僕、先生の
ファンなんですよ。いや、正確には妹があなたのファンなんです。
『カレニア山荘の思い出』妹はあの曲に憧れて、ピアノを始めた
んですから。僕も好きですよ。あなたの曲は全てのメロディーが
美しいもの。先生、よかったらこれにサインしてください。妹の
分と私の分と二冊お願いします」

 彼は二冊の教則本をカレンの目の前に差し出した。

 それは紛れもなくカレンがブラウン先生の手を借りて出版した
本だったから、彼は誤解していたわけではない。
 しかし……

 「えっ!?……サイン……ですか?」
 カレンはそれにも困惑する。

 彼女はこれまで一度もサインを頼まれたことなどなかったから
気の利いた書体で綴ることなどできなかった。そこで、ごく普通
に、Karen Andersonと署名を入れたのである。

 『私が、知らない人にサインを求められるなんて……』
 カレンは気恥ずかしかったが嬉しかった。
 しかし、小春日和の日にも風は吹く。

 その風は、アドラーの肩ごしから吹いた。
 「クリスチャン、何やってるの?」

 笑顔のフランソワーズは次の瞬間、カレンと目を合せてきょと
んとした顔になった。

 「……!?……あなた、カレンなの?……」

 「はい」

 「で、何してるのよ。こんな処で……」
 フラソワーズは驚く。
 すると……

 「どうしたの?フラソワーズ。君、先生を知ってるのかい?」
 アドラーが怪訝そうに尋ねるから、フランソワーズの方こそが、
余計に困惑してしまう。

 「先生って……あなた?……どうしてよ……馬鹿言わないで…」
 フランソワーズは笑いだす。

 「どうしたの?君は知らないかもしれないけど、彼女の作品は
今、小学生には凄く人気があるんだよ。妹も彼女のファンなんだ」

 「へえ~~あんたにそんな才能があるなんて知らなかったわ。
どれ、見せて……」

 フランソワーズはカレンの本を手に取った。
 そして、パラパラとめくるように読むと……

 「へえ~、あなたにはこういうのお似合いかもね。そういえば、
私の処で女中だった時も、やたら耳障りなピアノを弾いてたのを
覚えてるわ」

 「えっ!?カレンさん、フラソワーズの処にいたんですか?」

 「ええ、……」
 カレンは恥ずかしそうに俯くが、フランソワーズはさらにそれ
に解説をつけたのだった。

 「この子、うちの女中だったの。おまけに家にいた頃は箸にも
棒にもかからなかったんだから……そんな子が、なぜ先生なの?
笑っちゃうわ。……この子、もうすぐ首になるところをブラウン
先生に貰われていったの。拾われたのよ」

 「ブラウン先生って……サー・トーマスかい?」

 「そうよ、あまり思い出したくない人物よ」

 「へえ、それじゃあ、先生に君は才能を見込まれたんだ」

 「馬鹿ねえ、そんなんじゃないわよ」

 フランソワーズは、『カレンなんて眼中にない!』そう言いた
かったのかもしれない。
 しかし、言葉を盛れば盛るほどクリスチャンの興味はカレンに
向くのだった。

******************(2)****

Appendix

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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