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第8章 愛の谷間で(4)

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第8章 愛の谷間で

§4 サッカーと音楽

 次の日、ブラウン先生は四人の従者を引き連れてやってきた。

 昨夜は、ほぼ八割ほども埋まった客席も、今日はブラウン氏と
アン、カレン、それにハンスとサンドラ、そしてニシダ氏の六人
だけ。

 そんな寂しい会場で、アイコはピアノを弾かなければならない。
 試験の前の試験。少女には辛い試練だったかもしれない。
 それでも、昨年の課題曲を三曲、彼女はきっちり弾きあげる。

 ただ、ブラウン氏が、終わってもすぐに笑みにならない。
 普段なら、たとえどんなにお粗末な演奏を聞かされても、必ず
立って笑顔で迎え、労をねぎらうブラウン氏が何やら考え込んで
いるのだ。
 たまらず、ニシダ氏が尋ねた。

 「どうでしょう?」

 すると、先生はそれには答えず、……さらにしばらく考えて、
サンドラを呼び寄せたのである。

 「サンドラ、君にこんなことを頼むのは心苦しいんだが、私は
君のためにホテル代を出しているよね。……そこでだ、その代金
の代わりにここで一曲弾いてくれないか?」

 「えっ!?」
 当初、彼女は驚いたが、すぐに、そんな無理な注文じゃないと
わかって引き受けたのである。

 「曲は?」

 「何でもいいけど、とにかくテンポの速い曲がいいんだろう。
そう、だったら、幻想即興曲をお願いしようか」

 こうして、選手交代。今度は、サンドラがピアノをかきむしり
始めた。彼女のピアノはまさにそんな感じのピアノだったのだ。

 「…………」

 意味の分からないでいるニシダ氏にブラウン先生は……
 「この子のピアノを聞いて、私に感想を言ってくれませんか」

 「…………」
 不承不承で応じたニシダ氏。
 彼の胸のうちには、『ダメならダメとはっきり言ってくれたら
いいのに』という思いもあったようだった。

 そして、サンドラのピアノを聞くうち……
 『やはり、このくらいのテクニックがないとダメってことか』
 などとも思うのである。

 「(それにしても、すっ、すごいな!なんてテクニックだ)」
 ニシダ氏はサンドラのピアノに圧倒されていった。

 だから、曲が終わってブラウン氏に感想を求められた時も素直
にこう言ったのだ。

 「すごい、テクニックですね。やはり、本場は違います。家の
娘と同じ歳だなんて、とても思えませんよ」

 「そうですね。たしかに……でも、あなたのお嬢さんだって、
学院に入って一年もすればこの程度は身につけられますよ。もし、
それが、自分の音楽で人を感動させるのに必要だと思うならね…」

 「……(?)……」
 ニシダ氏は意味が分からず苦笑いを浮かべる。

 「あなたは、チカチカと光る電飾板のような彼女の音の洪水を
聞いて、きっと『凄いなあ~』とは思ったんでしょう。…でも、
そこに何が映し出されていたかを感じ取ることができましたか?
もっと言えば、感動できましたか?」

 「…………」

 「私は他人ですから、お嬢さんの人となりまではわかりません。
でも、そのピアノからは『この曲で万人を感動させたい』という
熱気は伝わってきませんでした」

 「申し訳ありません。まだ、娘は幼いので、そこまでの志は…
…ちょっと……」
 ニシダ氏は娘のために苦しい弁明をしたが……

 「そうでしょうか、ニシダさん。……それは違うと思いますよ。
幼いからこそ、高い志が必要なんです。人が何かをなそうとする
時、最初その胸には『志』しかありませんよ。志のない人に何を
教えても、できあがったものは別物です。決して、美しくは輝か
ないのです」

 「…………」

 「私はね、ああいう姿を見ていると、お嬢さんが同じピアノで
も、クラシックではなくもっと別の使い方をしたがってるんじゃ
ないかと思うんです」

 二人の視線の先には、サンドラやアンやハンスたちに囲まれて
アイコが『猫踏んじゃった』を楽しげに弾く姿があった。
 言葉なんか通じなくても、すぐに打ち解けて、身振り手振りと
ピアノの音だけでみんなを楽しませている。
 そんなアイコの姿に、ブラウン先生は、彼女がピアノに求めて
いるものの違いを感じるのだ。

 「やはり、娘には才能はないと……」

 「いいえ、そんなことはありませんよ。十分、合格は可能だと
思います。でも、どんなに才能があってもそれを開花させるのは
結局のところ本人ですから」

 「ええ、それは分かっているつもりです」

 「音楽院は監獄みたいな処ですからね、二年間、青春を犠牲に
するにはそれなりの決意がなければ不幸になります。………昔の
日本の諺にもあるでしょう。馬を川に連れて行くことはできるが、
水を飲ますことはできないって……私は他人だからそこは客観的
にみてしまいますが……今の彼女は、とても水を飲みたがってる
ようには見えないんです」

 ブラウン先生は説得を試みたが、ニシダ氏は納得できない様子
で……
 「でも、途中で好きになったりすることも……」

 諦めの悪いニシダ氏に……
 「そんな子は見たことがありません。逆はありますよ。最初は
あった志がなえて退学する子は……でも、殺人的なスケジュール
をこなしていく中で、新たな志が生まれるなんてことはまずない
んです」

 ブラウン先生はがっかりした様子のニシダ氏をみつめて『これ
はこれで仕方がないか』とも思ったが、こう言ってみたのである。

 「どうです。私たちと一緒にサッカーを見にいきませんか。…
…ちょうど、母国のチームが、今日の午後、試合しますよ」

 ニシダ氏はサッカーに取り立てて興味はなかったが娘のピアノ
を聞いてくれたことへの返礼もあって応じることにしたのである。

************************

 試合は日本チームが押していた。多くの場面でボールを支配し、
相手ゴールへ迫る。
 しかし、1点がなかなか取れない。

 前半が終わり、後半も半ばを過ぎる頃になると、それまでお付
き合い程度にしか観戦していなかった西田氏にも日本人の血が
騒ぐのだろう、力が入る。

 「おしいなあ、もう少しなのに」

 彼の口からそんな言葉が漏れた時だった。ブラウン氏が意外な
ことを言うのだ。

 「あれ、ちっとも惜しくないんです。シュートコースをすべて
見切られていますからね、何度やっても点は入らないはずです」

 「そういうものなんですか?」

 「ええ、私も学生の頃は音楽とサッカーの二束のわらじでした
から、よく分かるんです。彼らにシュートを決める能力はありま
せん」

 「だって、あんなに攻めてるじゃないですか。そのうち、1点
くらい入りますよ」

 「攻めてるのは彼らの方がテクニックがあるからです。技術書
を紐解き、コーチを雇い、一生懸命練習しますからね。ボールが
支配できて当たり前です。相手は仕事の空いた週末に寄り集まっ
て練習するだけの草チームなんですから、力の差は歴然です」

 「でも、だったら地元チームは健闘してますよ。…いい試合に
なってるじゃないですか。まだ、ゼロゼロなんだし……」

 「それも当たり前です。このフィールドでサッカーをやってい
るのは彼らだけなんですから……」

 「おかしなこといいますね。日本チームだってサッカーをして
るじゃないですか。ほら、一生懸命ボール追ってますよ。じゃあ、
日本チームがやってるこれは何なんですか?」

 「大道芸です」

 「大道芸?そりゃまた手厳しい。いくらゼロゼロで勝っていな
いからって、そこまで言わなくても……」

 「残念ですが、彼らのやっている事を我々の世界ではサッカー
とは呼ばないんです」

 「そんな、何が違うんですか、同じでしょう。まったく同じ事
をしているのに……」

 「違いますよ。全然違います。サッカーというのはシュートを
決めてゴールを奪うスポーツです。誰もが自分のそんな姿に憧れ
て努力を重ねるんです」

 「そのくらいは私にだって分かりますよ。日本人選手だって、
努力は同じでしょう」

 「たしかに努力はしています。ところが、努力の中身がここで
プレーしている選手達は違うんです」

 「違うって、どんなふうに……」

 「同じように努力はしていても、目指しているものが違えば、
結果はおのずと違います。彼らが目指しているのはシュートでは
なくて、監督から『よくやった』と言われること。監督のお気に
入りになることです。彼らにとっては『シュートを決める』とか
『勝つ』というのは、あくまでその結果に過ぎないんです。……
ちょうど、あなたの娘さんのようにね」

 「えっ!!」
 ニシダ氏は思わずブラウン先生の顔を見た。
 すると……

 「ほら、あなたは見損なった」

 「えっ!?、」
 慌ててニシダ氏はグランドを振り返るが、その場面は終わって
いる。

 「今、日本の選手がシュートの打てる位置でボールをもらった
のに打たなかったんです。よりフリーでいる選手にボールを回す
ためにね。彼は誇らしげきっとこう思うでしょう。『監督の意向
にそってプレーができた』とね。でも、本当は、約束以外のこと
を密かに期待されているんです。でないと敵の牙城は落ちません
から。周囲の非難を恐れず、常に新しい可能性にチャレンジする
姿勢は『誰かの為のご機嫌取り』からは生まれないのです。これ
はスポーツであれ芸術であれ同じなんですよ」

 「それは、ひょっとして私の娘に対してもおっしゃっているの
でしょうか?」

 「あなたは気がついていないのです。彼女の本心を……彼女は
クラシックのピアニストになりたいんじゃない。……あなたに、
気に入られたいだけなんです」

 「でも、そ、そんなの馬鹿げてますよ。もう、あんなに大きい
のに……ここへ来るのも、自分で判断して……」
 ニシダ氏はそこまで言うと、言葉に詰まってしまう。
 何か思い当たる節があったようだった。

 「どんな芸事もそうですけどね。自らが真剣に望む事しか叶わ
ないようにできているんです。西欧で一流と呼ばれる選手は幼い
頃にそのボールに触れ、それが自らの力でゴールネットを揺らす
光景に歓喜してサッカーを始めるんです。最初は上手く蹴れなく
て手で投げ入れていた子が、足で蹴らなければならないと言われ、
突き倒してボールを奪ってはいけないと言われ、不正義な審判の
笛に涙し、監督に怒られ、チームメイトに足を引っ張られ、とね、
サッカーを続けるたびにハードルは上がる一方なんです。でも、
それでも、「次は必ず俺がゴールを決めるんだ」と心に誓い続け、
どうしたら、『俺がゴールを決められるか』を思いあぐね、努力
し続けた結果、出来上がったものが外から見ると優雅な舞を舞う
ように見えるんです。サッカーのプレーは究極の機能美ですから。
だから、それは本人の心と身体が備わっていなければ、他人が形
だけを真似ても、結局は、大道芸でしか使えないものなんですよ。
そこのところはサッカーも音楽も同じでしょう。だからこの世界
を目指す者は『監督が好き』『お父さんが好き』ではいけないん
です。『ゴールネットを揺らす事が好き』『ピアノで人を感動させ
ることが好き』と心から思える人でないとものにならないんです」

 「…………」
 ニシダ氏が次の言葉を発する前に試合が動いた。
 終始押されっぱなしだった地元チームが一瞬の隙をついて敵陣
へ駆け上がったのだ。
 それは、どこにそんな力が残っていたのかと思うような全員の
全力疾走だった。

 そして、ゴールが決まる。

 「決めた選手は一人ですけどね、全員『俺が』『俺が』『俺が』
って駆け上がって行きました。みんな点を取ることに飢えてたん
ですね。実に、美しいチームワークだ」

 「チームワーク?」
 ニシダ氏が次に発したのはこの言葉だった。

 「西欧では弱い人間をかばうことがチームワークじゃなないん
です。『俺が』『俺が』『俺が』という飢えた野獣を束ねることが
本来のチームワークなんです。木管にしても、弦楽器にしても、
いずれも世界の一級品です。せっかくの武器を使わない手はあり
ませんよ。足の弱い子はおいていきなさい。それでも、その子が
本当に自分の楽器を愛しているなら、自分で何とかするはずです。
結局、人は自分で歩くしかないんですから……親にできることは、
子供が歩きやすいと思う靴を履かせてやることだけなんです」

*************************

 三ヶ月後、ニシダ氏から手紙が来た。

 「ねえ、Nishidaってあの剥げのおじさんのことでしょう。何て
書いてあるの?」
 アンがソファでくつろぐブラウン氏の首っ玉に抱きつく。

 「娘さんが、ピアノを使ったボードビリアンになったそうだ」

 「ボードビリアンかあ。私もクラシックだめになったらやって
みようかなあ」

 「何だ、もうそんな弱気なこと言ってるのか?」

 「だって、わたし、何やってもて集中心が続かないし……」

 「そもそも、寄席芸人なんてお前には無理だな」

 「どうしてよ」

 「まさか舞台で裸にはなれないだろう」

 「もう、お父様の意地悪~~」

 「とにかく、どんな道でもいったんこうと決めた以上、やりぬ
かなきゃ。お父さん、簡単には諦めさせないよ。もし、この程度
のことで心がぐらつくようなら、お尻にカンフル注射だ。五十回
も叩いたら正気に戻るんじゃないかな」

 「もう、知らない。こんな危ないところにはいられないわ」

 アンは振り返ってあかんベーをしてみせると、ふて腐れた笑顔
を残して居間を出ていくのだった。

*******************(4)*****

第8章 愛の谷間で(3)

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第8章 愛の谷間で

§3 日本という国

 アンの全国大会は3位という結果だった。

 ラックスマン教授やビーアマン先生、ホフマン博士やフリード
リヒ伯爵までもが国際列車でブリュセルまで応援に駆けつけてく
れたのだから、本当は優勝したかったが、ヨーロッパじゅうから
猛者が集まる中での3位なのだからまずまずの成果だろう。

 少なくとも、関係者一同にアン・ブラウンという名前を覚えて
もらうには、それは十分だったのかもしれない。

 そう、アンはこの時、正式にブラウン家の養女となったのだ。

 「養女と言っても、紙切れだけの話です。別に私の財産が引き
継げるわけではありませんから。あれは里子たちの養育費として
残しておかなければなりませんからね。誰にも渡すわけにはいか
ないんですよ。……それでよければ、どうです。………カレン、
いいですよ。あなたも私の養女になってみますか?」

 ブラウン先生は軽口を叩く。
 ちょうどその時、先生はアンとハンス、それにお供で付き添わ
せたカレンと一緒に駅の改札へと向っていたのである。

 すると、見慣れた顔が待合室に見える。
 しかも彼女、何だかとても心配そうな様子だったのだ。

 「どうしました?アモンさん。賞を逃してがっかりでしたか?」

 ブラウン先生はそう言って尋ねたが、サンドラはきりっと口を
閉じて横を向いてしまう。

 「おやおや、嫌われてしまいましたかね。……どうでしょう。
察するに、あなたコンクールとは別のことで何か困りごとを抱え
ているのではありませんか?」

 こう問われると少女は下を向いてしまった。

 「やっぱりそうですか。私はこう見えても、たくさんの子ども
たちのお父さんですからね、そのあたりは察しがいいんですよ。
……時に、マクミラン先生のお顔が見えませんが、どちらに?」

 「先生は急に演奏会の代役を頼まれて、先にボンへ帰っちゃっ
たんです」

 「そりゃまた、随分と薄情ですね」

 「仕方ないんです。契約は今日までなんで……」

 「では、お父様やお母様は?」
 「いるけど……ここへはこないわ。あの人たちピアノに興味が
ないもの。……お父様はいつも忙しい人だし、お母様は継母なの。
私の事なんか知ったことじゃないわ」

 「そうですか?……では、今日の列車で帰るんですか?」

 「それができないから困ってるのよ?マクミランの奴、日にち
間違えちゃって明日のキップ買って渡したのよ。駅の人に頼んで
みたけど、席があいてないからダメだって言うし……ホテル代も
ないから今日はここで野宿かなって思ってたとこなの」

 「そりゃまた大変ですね。そういう事情でしたらどうでしょう。
私たちとご一緒しませんか?同郷のよしみということで……実は、
私たちも明日の切符なんですよ。今日の夜はコンサートを聴いて、
明日はサッカーの試合を見て帰る予定です。もちろん、ホテル代
や入場料くらいは私がもちますよ」

 「えっ!?」
 サンドラは驚き、困惑の顔になった。
 見ず知らずとは言わないまでも、これまでそれほど親しく付き
合いのない大人にいきなり誘われたからだ。

 『ひょっとして人攫い』
 なんて……12歳の少女の脳裏に、一瞬そんな言葉がよぎった
としても不思議ではないだろう。
 だから、答えは容易に出てこないのだ。

 「そうだ、まずはあなたのお宅に電話をしないと……きっと、
あなたのこと、ご両親が心配しておられますよ」
 ブラウン先生は、まず彼女の実家に電話をかけることにしたの
である。

 すると、電話口の相手は丁寧な応対ぶりで、すべてをブラウン
先生に任せると言う。
 そこで、一人増えて五人での道中が決まったのだった。

 「コンサートって?……今、何かやってましたっけ……」
 サンドラが尋ねるので、ブラウン先生は恥ずかしそうに……
 「コンサートといっても有名なオーケストラではないんです。
日本の楽団ですから……」

 「日本って?」
 サンドラが尋ねると……

 「極東の島国よ。中国の先にちょこっとだけある小さな国」
 カレンが最初に説明して……

 「先生は、昔、そこで捕虜になってたことがあったんだけど、
結核になって入院したから他の人たちと一緒には帰れなかったの。
病気は治ったんだけど戦争の混乱で迎えの船が来ないもんだから
三ヶ月間もその国の軍医さんの自宅で同居することになった」
 アンが続く。

 「でも、そこで暮らしがよほど気に入ったみたいで、先生は、
日本人がこちらへ来るたびに世話をやいているんだ」
 ハンスが締めくくった。

 「あまり聞かないけど、その国のオーケストラって上手なの?」
 サンドラの質問に今度はブラウン先生が答えた。

 「残念ながら上手じゃありません。紹介記事を書くのにとても
苦労しますから。でも、一生懸命やっていますからね。つい情に
ほだされてしまうんです」

 「要するに才能がないんだ」

 「それは仕方がありませんよ。彼らは、我々の文化からは遠く
離れた処に住んでいる人たちです。我々なら容易に耳にすること
のできる最上の交響楽団の音を子供の頃に聞いてませんからね。
本物がどういうものか、そもそもわかってないんです」

 「じゃあ、ハーモニーがめちゃくちゃなの?」

 「いえいえ、そんな事はありません。とても綺麗なハーモニー
ですよ」

 「じゃあ、何がいけないの?」

 「音が小さいんです。補聴器が必要です」
 ブラウン先生は笑う。

 「えっ、そんなに……」
 サンドラが真に受けたような顔をするので……
 「冗談ですよ。でも、金管楽器の音量が不足しているのは事実
です。彼らは身体も小さく肺活量が小さいので、金管楽器を吹き
こなすのに苦労しているみたいなんです」

 「日本人って小人の国なんだ」

 「そんな事もありませんが、みんな背は低いです。……でも、
もっといけないのは、その弱い金管楽器を基準に音を組み立てて
しまうことです。彼らは弱い金管楽器が耳障りになってハーモニ
ーを阻害すると思ってるみたいですがオーケストラの音色という
のは弱い処があっても美しく響かせることはできるんです。ただ、
彼らはそうしてできあがった音楽を美しいと感じないから、全て
が整った音であることにこだわるんです」

 「金管パートが弱かったら、後からついてこさせればいいのに
……他のパートが犠牲になるなんておかしいですよ」
 ハンスが言うと……

 「もし、それでも金管パートの人たちがついてこれなかったら?」
 アンが尋ねた。

 「その時は仕方がないじゃないか。今できるところまでで聞い
てもらうさ。金管パートの人たちだって自分たちが遅れていると
思えばそれだけ努力するだろうし………だいいち、そんなこと、
恥ずかしいことでも何でもないもの」

 「ハンス、それはね、私たちの価値観なんです。彼らはそれが
とっても恥ずかしいことだと感じてしまうからできないんですよ」

 「つまらない人たちですね。本来10ある力を、5にも3にも
削ってしまうなんて……」

 「でも、そう捨てたものでもありませんよ。そんな文化だから
こそ、あんな小さな島に一億もの人たちが同居できるんですから」

 「イ・チ・オ・クって?……そんなにいるんですか?」

 「そうですよ。一億人もいるんです。たとえ、トランペットや
ホルンが吹けなくても、サッカーが下手くそでも、仲良く暮らす
ということだけ考えたら、彼らは天才的な技能者集団なんです。
とりわけ、母親の慈愛は凄くてね、我々から見ると、どうして、
こんなにも献身的な愛を子供に注げるのか不思議なくらいです。
ですから、成長した彼らも母親をとっても敬愛していましてね、
彼らは自分の国のことは『母国』とは呼んでも『父国』とは呼ば
ないくらいなんです」

 「故国は母の国ですか」

 「そういうことです。西欧人は日本は国会議員や社長に女性が
少ないから、女性が虐げられていると誤解しているようですがね、
事実は逆なんです。これほど女性の意見が通る国は世界でも珍し
いんですよ。むしろ、ストレスを感じないからあえて責任のある
表舞台には出ないんです。考えてもごらんなさい。夫が稼いだ金
を全部自分の懐に入れて、悠々と家計をやりくりできる国なんて
このヨーロッパにありますか?」

 「えっ!そんなことできるんですか?初耳です。そんな風習が
あるなんて初めて聞きました。……でも、夫はそんなことさせて
大丈夫なんですか?」
 ハンスは先生のご機嫌をとって食いつくように尋ねる。

 「大丈夫ですよ。いくら自分の処にあるお金といってもあの国
の奥さんは自分のものだけ買ったりはしませんからね。だから、
夫だって安心して任せているんです。……政治の世界も同じでね。
女性の代議士がいなくても、労働者出身の代議士がいなくても、
その予算は十分に確保されていますからね、急進的な左翼も育た
ないし女性もあえて代議士を目指さないんです。女性というのは、
本来杓子定規な世界があまり好きではありませんからね。代議士
なんかに誘われても、なかなか腰が重いんですよ。…そんな平和
な国で暮らしていると『いったい、どっちが先進国なんだろう』
って考えさせられることが何度もありました」

 ブラウン先生が日本のことについて話し始めると、止まらなく
なるのは子供たちみんなが知っていること。だからハンスに子守
を頼んで、脇では女の子たちがサンドラと井戸端会議を楽しんで
いた。

 「サンドラ、あなたのお母さんって継母なの?」
 アンが口火を切る。

 ぶしつけな質問にもサンドラはそれほど嫌そうな顔を見せなか
った。

 「ええ、そうよ。ここに来る時だって、玄関に向って『行って
らっしゃい』って言っただけ。私が振り向いたら、もうTIME
を読んでたわ。だから、私が道に迷ったって、探しもしないし、
そもそも迎えに来るような人じゃないのよ」

 「お父様は?」

 「あの人はいつも忙しくて私にはノータッチ。そもそも滅多に
家にいないもの」

 「でも、マクミラン先生にレッスンを受けてるんでしょう?」
 アンに続いてカレンも加わる。
 「そうそう、なかなかハンサムな先生よね」

 「どうだか。あの先生とはビジネスライクなお付き合いなの」

 「ねえ、言い寄られたことってないの?」

 「言い寄るって?」

 「だから……『君が好きだよ』とか……」

 「馬鹿馬鹿しい。あの人、女の子に興味なんてないもん。……
お友達に女の子はいないわ。みんな男ばっかり………そうそう、
そこのハンスさんなんかお友達になれるんじゃないかなあ」

 「ハンスがあ~~」
 アンは笑うが……
 「だって、なかなかハンサムじゃない」
 「そうかなあ」
 アンにとってハンスは幼馴染。あまりに近過ぎて、そうは思え
ないのだった。

 「ねえ、何でピアノ始めたの?」
 カレンが尋ねると……

 「私が学校に行かなくなって、ご近所に体裁が悪いもんだから、
継母が強制したのよ。新しい曲が弾けるようになると、そのたび
に教会へ行ってご近所の人たちに聞いてもらってたんだけど……
お義理にでも拍手をもらえるのが嬉しくて続けてたの」

 「でも、すごいテクニックよね」

 「超絶技巧っていうのかしらね。私もまねできないわ」

 「だって、聞いてる人たちは音楽とは関係ない人たちだもん。
テンポの速い曲をどれだけ華麗にかっこよく聞かせるかが大事な
の。それで拍手をもらうんだもん。テンポの遅い曲は、そんなに
難しそうに聞こえないからだめなのよ」

 「なるほど、そういう事情でしたか」
 ここで、ブラウン先生が女の子たちの中へと割り込む。しかし、
それは女の子たちのお話に割り込むためではなく、引率者として
の注意事項を説明するためだった。

 「さあ、コンサート会場へ着きましたよ。皆さんにとっては、
退屈な時間かもしれませんが、とにかく、一人でも多くの頭数を
増やさないといけませんから、お父さんを助けると思って椅子に
座っててくださいね」

 ブラウン先生はこう注意して会場内へと入る。

 なかでは、ラックスマン教授やビ-アマン先生、ホフマン博士
などといったいつものお仲間に加えて、地元の名士などへも挨拶
回りをしなければならない。
 そして何より、西田と名乗る紳士に会わなければならなかった。

 「ブラウン先生、このたびはご協力ありがとうございます」

 「いやいや、私の力などは取るに足りませんが、まずは盛況で
何よりです」

 「実は、お手紙でもご相談した件なのですが……」
 彼は恐縮そうな顔で傍らにいた少女の背中を押す。

 そこには、まだ可愛らしいという表現がぴったりとくる女の子
が立っていた。

 「ご挨拶しなさい」
 父親に促されて、お人形が口を開く。

 「始めましてアイコ、ニシダです。よろしくお願いします」

 「おう!これはこれは可愛いお嬢さんさんだ。……始めまして、
私がトーマス・ブラウンです。何でもピアニストになりたいんだ
とか……」

 ブラウン先生がそう言った直後、彼は少女がほんの一瞬暗い顔
になったのを見逃さなかった。

 「はい、先生」
 娘はすぐに明るい顔を取り戻して先生に微笑んで見せたのだが
……。

 「それで、今回はシュリーゲル音楽院のピアノ科に入学させた
いと思っているのですが……何しろ、親ばかで……冷静になって
娘の実力を測りかねているのです。……そこで先生に忌憚のない
ご意見をいただけないかと思いまして……よろしければ、一度、
娘のピアノを聞いていただけないかと……」

 「ええ、その件は承知しております。明日、午前10時にここ
でお会いしましょう。……あっ、そうそう、私も他の用事の帰り
でしてね、子供たちを抱えているんですが、同席させてよろしい
でしょうか?」

 「ええ、かまいませんよ。なにぶん、よろしくお願いします」

 二人は、その夜、こんな会話をして分かれた。

*******************(3)******

第8章 愛の谷間で(2)

第8章 愛の谷間で

§2 フレデリックのお仕置き


 とある夜のこと、ブラウン先生の寝室では男の子のお仕置きが
行われていた。

 罪人は坊ちゃん刈りでソバカス顔のフレデリック。どうやら、
おやつとして食料倉庫にストックしてあったベーグルとマフィン
を摘み食いしたというのが罪状らしい。
 カレンが部屋に入ってきた時には、ベスに背中から羽交い絞め
にされ、ブラウン先生からは、石けんの着いたタオルで口の中を
掃除させられているところだった。

 「あっわ、あっっ、うっっっ……げえっっっ」

 苦しい息の下、吐き気を伴ってとても辛そうで見ていられない
が、昔から子どもが嘘をついたりすると親がよくやるお仕置きで、
これだけとってみれば、ブラウン家のオリジナルというわけでは
ない。

 「よろしい、これでお口のなかは何とか綺麗になりましたね」
 こう言うと、ブラウン先生はそれまでの難しい顔をあらため、
入ってきたカレンを笑顔で迎える。

 「あっ、カレン、待ってましたよ。この腕白小僧のお仕置きを
手伝ってください」

 カレンは先生の言葉に小さな衝撃をおぼえた。
 たしかに、今までだってお姉さんとして妹たちのお仕置きにも
参加していたカレンだが、男の子を扱ったことは一度もなかった
のである。

 「えっ!」

 狼狽して、顔を赤らめるカレンにブラウン先生は……

 「大丈夫、大丈夫、フレデリックはまだ子どもです。それに、
あなただって、将来、男の子を持つ可能性もあるわけだし、慣れ
ておくにこしたことはありませんよ」

 お父様に説得されて、カレンはフレデリックのお仕置きに参加
することになったのだ。

 「さあ、お待たせしましたね。準備ができましたよ。リック、
お腹の中に溜め込んだものを全部出してしまいましょうか」

 先生にこう言われて、フレデリックは及び腰になる。

 「お父様、お……お、浣腸するの?」
 思わず、フレデリックの声が震える。

 「そうですよ。口の中は綺麗になりましたがね、いったん飲み
込んでしまっただものはお尻から出すしかないでしょう」

 「そんなこと言っても……だいいち、出しても……そんなもの、
もう食べられませんし……」

 フレデリックはしどろもどろ。照れ隠しに、ほんのちょっぴり
笑みを浮かべると、ブラウン先生の顔が急に険しくなって……

 「当たり前です!何を考えてるんですか!馬鹿ですね、あなた」
 大声になった。

 「あなたが泥棒したものをそのままあなたのお腹の中に入れて
おくわけにはいかないでしょう。……だから、出すんです」

 「……その分は、あしたのおやつを抜いてもいいですから……」
 フレデリックは父親の剣幕に怯えながらも小声で最後の抵抗を
試みた。
 しかし……

 「あなた、わかっていませんね。あなたが摘み食いするたびに
何度も言ってきたことですよ。……いいですか、ここは山の中の
一軒家なんです。町の中のように食料がなくなったからといって
すぐに買いにはいけない場所にあるんですよ。だから、一週間分
きっちり必要な分を買い込んでストックしてあるんです。それを、
みんなが勝手に食べたらどうなりますか?他の人たちはひもじい
思いをすることになるんですよ」

 「オーバーだなあ。マフィン三つくらいで……まだ、いっぱい
あったのに……まったく…お父様はケチなんだから……」
 フレデリックは下を向き、口を尖らせて、小声でぼやいた。

 それって、お父様に聞かせるつもりがあったのかどうかはわか
らないが、いずれにしても、聞こえてしまったら、ただではすま
なかったのである。

 「フレデリック、顔を上げてこっちを向きなさい。あなたも男
でしょう。言いたい事があるならはっきりいいなさい」

 「……………」

 「いいですか、たった三つのマフィンでも我が家の財産です。
あなたのものではありません。あなたのものなんて、この家には
何一つないんです。食べ物だけじゃありませんよ。あなたが、今、
着ている服、靴、帽子、勉強道具、おもちゃ……みんな私のもの
です。何なら、親子の縁は切りますから、素っ裸で今すぐこの家
を出て行きますか!!!」

 「………………」
 強い調子でお父様から言われると、さすがに、フレデリックも
次の言葉が出てこない。

 ブラウン先生は、大変子煩悩な人なので、里子みんなを愛して
いたし、子供たちがお腹をすかせたり、着るものや学用品、玩具
にいたるまで生活面で不自由することは何もなかった。

 ただそれと同時に、彼は子供たちがその事を『当然のこと』と
誤解してほしくなかった。里子であるという現実は忘れてほしく
なかったのである。

 ブラウン先生は、たとえお仕置きとしても、子供たちを全裸で
家の外へ追放するなんてことはしなかった。それが里子たちの心
を闇に追いやるからだ。

 しかし、お風呂に入る時やベッドで一緒に寝る時は、子供たち
を裸にしてはその身体をしきりに擦っていた。
 スケベ心からではない。血の繋がらない親子は何もしなければ
他人に戻ってしまう。濃厚なスキンシップはお互いの絆を確認し
あう為の大切な儀式なのだ。

 そして、それと矛盾するようだが、子供たちには里子である事
を忘れさせなかった。自分たちが無一物で、親に甘えては暮らせ
ない存在であることを忘れてほしくなかったのだ。
 彼が子供たちはよく裸にしたのも、今の自分の姿を、間接的に
分からせるためのものだったのである。

 フレデリックも、余計なことを一言を言ってしまったために、
あらためて自分が無一物である事を理解しなければならないはめ
になったのだ。


 ブラウン先生によって全裸にされたフレデリックは、お父様に
抱きしめられる。
 そして、その吐息がかかるほどの近い位置で……

 「あなたはこれからも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「はい、お父様、私はお父様をお慕いします」

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 フレデリックはカレンもかつて受けたブラウン家のしきたりを
受けさせられるのだ。

 もちろん、このやり取り。最初は子どもの側が必ずしも本心を
語っているとは限らない。むしろ嫌々言っている場合がほとんど。
しかし、こうしてやりとりしているうちに、自分の言った言葉が
しだいに本心になっていく不思議な魔力をもっていたのである。

 最初のご挨拶が終わると、場所を変えて浣腸。
 この浣腸、カレンのときも行われたので毎回誰にでも行われて
いるように思われるかもしれないが、そうではない。
 今回はつまみ食いの罰ということで採用されたようだった。

 それと、今回は石けん水ではなくお薬。スポイド式の使い捨て。
要するに日本で言うところのイチヂク浣腸だった。

 リックはソファから全裸のままお父様に抱っこされて背の低い
テーブルに移される。仰向けに寝て両足を高く上げさせられると、
その足が下がらないようにベスが足首を持って手助けしてくれる。

 リックは、そんな恥ずかしい姿勢で、恥ずかしい処が丸見えの
場所に陣取ったお父様と、また、例のやりとりをしなければなら
ないのだ。

 「あなたはこれからも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「はい、お父様。お父様をお慕いします」

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 フレデリックは、もう条件反射のようにしてすらすらと答えた。
やけっぱちになったというべきかもしれない。そしてこの儀式が
すむと……

 「カレン、今回は、あなたがこのお薬をリックのお尻に入れて
あげなさい」

 こう言ってイチヂクを手渡すから、カレンもびっくり。
 まるで爆弾でも渡されたように恐々受け取ったもののどうして
よいか分からず立ちすくんでしまうのだった。

 そんな彼女をベスがサポートする。
 「簡単ですよ。先端のキャップを取って、それをこの子のお尻
の穴に挿すんです。そしたら、あとは膨らんでる処を手で潰せば
それでおしまい。誰にでもできますよ」

 「……あっ……はい……」

 「いつもはベスにやらすんですが、あなたも男の子のお尻の穴
がどこにあるかぐらいは知っておかないと、将来、子どもに浣腸
してあげる時もあるでしょうから、困るだろうと思いましてね」

 例の笑顔を見せるお父様の冗談は、カレンにとって心地のよい
ものではなかったが、その指示には従ったのだった。

 『ここね!』

 女の子と違い複雑な構造をしていない男の子のお尻の穴はすぐ
に見つかったものの、優しい力で突っついたくらいでは、リック
が肝心の門を開けてくれないのである。

 お姫様のカレンが、『そこを強引に…』とは出来ないでいると、
お父様が助けてくれる。

 「リック、それを受け入れないということはお父様たちの愛を
受けいれないということですよ。今までたてた誓いは嘘だったと
いうことです。そういうことですか?」

 お仕置きだから仕方がないが、お父様は冷徹だった。
 それに対してリックは……

 「違います」
 恥ずかしい格好のまま涙ながら訴える。

 もちろん、彼だってそれを受け入れなければならない事は百も
承知しているのだ。ただ、肛門にそれが当たると反射的に身体が
反応して門を閉じてしまう。
 彼としてもどうしようもなかったのである。

 そんな自分の身体を騙し騙しして、リックがようやくカレンの
イチヂクを受け入れると、すぐにイチヂクの膨らみが潰される。

 『やったあ』
 そんな死刑執行みたいなこと、カレンは嫌だった。
 もちろんカレンにしてみれば何の罪もないことなのだが、何だ
かちょっぴり罪悪感が残ったのである。

 自分のしたことがどういう結果を生むかが分かっていないと、
人は容易に残虐な方向へ舵を切る。ベスがカレンのお尻を叩いた
のはそのためでもあったのだ。


 リックの身体の中に入ったのはグリセリン60㏄。石けん水と
違って、量はぐんと少ないが、これでも11歳の子どもには必要
以上に多い量。つまり治療ではなくお仕置きの量だったのである。

 その効果は強烈で、すぐに現れる。

 イチヂクが抜き取られ、ベスによってまだオムツが当てられて
いる最中だというのに、リックの顔はすでに脂汗に光り、その頭
が左右に激しく振られているのがわかる。

 カレンはベスに代わってリックの足首を抑える係りに……
 そこで、リックの不安げな瞳とその可愛い一物がオムツの中に
隠れていくさまを見ていた。

 そして、準備がすべて整うと、リックは這ってお父様のもとへ。

 お薬は石けん水と比べれば効果は絶大で、彼はすでに立つこと
さえできないほど困窮していたのである。

 そして、例の問答が始まる。

 「あなたはこれからも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「はい、お父様」
 「『お慕いします』とちゃんと言いなさい。あなたは、もう、
赤ちゃんではないのですよ。ちゃんと最後まで言いなさい」
 「はい、お父様、お慕いします」

 リックはお父様の指示に従い言い直したが、でもそのあとには
『だから、おトイレに行かせてください』って、言いたかったに
違いないとカレンは思った。女の子だったら、だめもとで言って
みるこんなことを男の子は言わないのだと思った。

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様」
 「『これからはどんなお言いつけにも従います』でしょう」
 「これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 全身に鳥肌が出て小刻みに震えている。まるで熱病にうなされ
た患者のように声が裏返り、かすれ、必死にお父様の身体に抱き
ついている。自分独りでいると粗相してしまいそうで怖いのだ。

 それはカレンにしてみれば、まるで自分のビデオテープを見せ
られているようだったのである。

 ただ、ここから先は少し違っていた。

 限界を感じたお父様は、リックを身体ごと抱き上げると、自ら
部屋を出て裏庭の茂みの中へ……
 リックはカレンたちとは異なりお父様のお膝の上で用を足した
のだ。

 そして、オムツが脱ぎ捨てられ、リックが部屋に戻ってきた時、
彼はお父様の背中に負ぶさっていたのである。

 お父様はソファに腰を下ろしてリックを大切そうに膝の上へと
抱き上げる。

 「お腹、まだ渋ってるか?」
 こう尋ねられて、リックは静かに頷く。

 たった、それだけのことだが、カレンは直感的に『お父様は、
これは、女の子にはなさらない愛だわ』と思ったのである。

 案の定、お父様はリックに対してお腹を洗う浣腸を自らやって
のける。

 11歳は子供と言っても体がけっこう大きい。しかし、そんな
こともブラウン先生には関係ないようで、彼は赤ちゃん言葉まで
使ってリックのご機嫌をとりながら真水でリックのお腹を洗い、
さっきのことでお尻に飛び散ったうんち汁までも綺麗に拭き上げ
てからカレンの前に立たせたのである。

 まだ、それほど大きくないといっても皮のかぶった立派な物を
目の当たりにしてカレンは驚くが今回はさすがに気絶しなかった。
 ただそれ以上に彼女を驚かせたのは、お父様の次の言葉だった
のである。

 「カレン、今日はこの子のお尻をぶってごらん。ちゃんとした
反省や後悔が胸の中に湧き起こった時にだけ出てくる新たな産声
が、この子の口から必ず出てくるから、それまではしっかり叩く
んだよ」

 お父様の言葉は持って回ったような表現だが、それって庶民の
言葉に翻訳すると『悲鳴をあげて、のた打ち回るまで、叩け!』
という事だ。

 いきなり刑吏の仕事を命じられて戸惑うカレンに、ベスがまた
優しくサポートする。

 「さあ、まずあなたが腰を下ろして、リックを招き入れない。
あなたの方がお姉さんだもの。そんな仕事もしなくちゃいけない
わ。……さあ、リック、いらっしゃい」

 ベスはフレデリックを手招きしたが、もちろん、今日お世話に
なるのはベスのお膝ではない。何だか心もとないカレンのお膝だ。

 「大丈夫よ。男の子だからって怖がることないわ。ここの子供
たちは、とってもよく仕付けてあるから、決して反抗的な態度は
とらないの。……ね、そうよね、リック?」

 ベスはすでにカレンの膝にうつ伏せになっているフレデリック
に尋ねたが、答えは返ってこなかった。
 でも、こうしておとなしく膝の上で過ごしていることが、そも
そもその何よりの答えだったのである。

 「叩き方は教えてあげたでしょう。最初はゆっくり軽くあまり
怯えさせないようにするの。……そうそう、そんなものでいいわ。
………………そうね、男の子だから、もう少し強くてもいいわよ」

 ベスの懇切丁寧な指導で始めたお尻叩きだったが、フレデリッ
クがちょっぴり不満そうに身体をねじって顔をあげる。

 「そんなに頭の上でガチャガチャ言ってたら、集中できないよ。
こっちはこれから大変なんだからね」

 すると、そんなフレデリックの不満を聞きつけて今度はお父様
がやって来る。
 リックは慌ててもとの姿勢に戻ったが……

 「そうですか、集中できませんか。それならお手伝いしなきゃ
いけませんね。リック君、あなたはこれからも私をお父様として
慕い続けてくれますか?」
 「はい、お父様……あっ、お慕いします」
 「よろしいリック、あなたは私の可愛い子供です。これからも、
よい子でいるんですよ」
 「はい、お父様」
 
 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、これからはどんなお言いつけにも従います」

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます」

 また、例のバージョンがまた始まったわけだが、そうなると、
当然、外野は静かになるわけで、カレンは心置きなくお尻叩きに
集中できるのである。

 「さあ、そろそろ、スナップを効かせましょう。………………
そうそう、その調子よ。もっと強くていいわ。男の子なんだから、
もっと強くて大丈夫よ」

 「ピタッ」
 心地よいほど軽快な音が部屋を流れる。するとそれに反応して
リックが両足をバタつかせるから、カレンが思わず怖くなって、
平手を止めてしまうと……

 「だめよ、やめちゃあ。今がチャンスなの。今、畳み掛けるの」

 「ピタッ」
 「あっ……ああああ、痛い」
 それまで、お父様との問答を冷静に受け答えしていたフレデリ
ックの言葉が止まる。

 「どうしました?痛いですか?……痛いのは当たり前ですよ。
お仕置きですから……集中力が足りませんね。…もう一度新しく
誓いの言葉を言ってみますか」
 お父様は冷静だが、いったんオーバーヒートしたエンジンは、
簡単には冷めない。

 それどころか……
 「さあ、今が勝負時よ。もっとスナップを効かせて、間を詰め
てぶつの…………」

 カレンが少し戸惑っていると……

 「心を鬼にして畳み掛けるの。『この人、怖いな』って思われ
るのも私たちの仕事なのよ。でないと、なめられたら何にもなら
ないわ」

 「はい」

 カレンはベスに背中を押され、思いっきり叩き始める。
 おかげで……

 「もうしません。ごめんなさい。良い子になります。なります。
こめんなさい。もうつまみ食いしませんから……許して、許して」

 フレデリックは両足をバタつかせて上半身を左右に捻って必死
の形相になる。当然、先生との問答なんてやってる暇はなかった
が……

 「リック、痛がってばかりいないで答えなさい。あなたはこれ
からも私をお父様として慕ってくれますか?」
 「慕います。慕いますから、ごめんなさい」
 先生はこんな時でもフレデリックに答えを強要するのだった。

 「これからは私の言いつけに何でも従いますか?」
 「はい、お父様、ごめんなさい。ごめんなさい、もうしません」
 「ごめんなさい、ごめんなさいって私はあなたに謝れとは言っ
てませんよ。『これからはどんなお言いつけにも従いますか?』
って聞いているんです」
 先生はお仕置きの最中はどこまでも意地悪だ。

 「これからはどんなお言いつけにも従います。ごめんなさい。
(げほ、げほ、げげっっっ)」
 フレデリックは痰を喉につまらせてげほげほやった。
 涙と鼻水で顔がくちゃくちゃになっている。
 でも、カレンはベスの指示に従いリックへのお仕置きをやめな
い。

 『可哀想なフレデリック』
 お父様も、カレンも、ベスも、そう思う。
 でも、仕方がなかった。

 「もし、言いつけに背いたらどんな罰でも受けますか?」
 「お言いつけに背いたらどんな罰でも受けます。ごめんなさい」

 最後の質問を答え終えて……
 「いいでしょう、カレン、許しておあげなさい」
 先生の指示で、リックのお尻叩きはやっと終了したのだった。


 このあと、フレデリックはカレンにお風呂で身体を洗ってもら
い、素っ裸でお父様と同じベッドに入って一夜を過ごす。
 そして、ネグリジェ姿ではあったがカレンもまたフレデリック
の脇で添い寝したのである。

*************************

 翌朝、フレデリックは一足早くお父様の部屋を離れた。
 もちろん、昨晩何かあったわけではない。三人が同じベッドで
寝たというだけのこと。
 先生にしてみるとフレデリックはまだ子供、間違いなど起こり
えないと確信していたのである。

 ところが、カレンが何だか物思いにふけっている。
 そんなぼんやりしているカレンを気遣ってブラウン先生が声を
かけた。

 「どうかしたのかね。男の子と一緒じゃ心配で眠れなかったの
かな?」

 「そんなことはありませんけど……」

 「フレデリックも、ちゃんと罰を受けたんだから、少しは良い
想いもさせてやらんとな」

 カレンは先生の言葉にきょとんとした。だから正直に自分の心
を伝えてみたのである。

 「良い想いって……フレデリックが?」

 「そうですよ。男と生まれれば、理由のいかんを問わず女の子
の柔肌に触れながら眠る。こんな極楽はありませんよ」

 「だって自分のお尻をこっぴどく叩いた人が脇で寝てるなんて
……残酷じゃありませんか?」

 「そんなの関係ありませんよ。むしろ、自分が完全に押さえ込
まれちゃった相手ですからね。なおのことご機嫌だったはずです」

 「えっ!?」
 カレンはお父様の言っている意味がまったく理解できなかった。

 「あなたは女の子ですからね。男のことはわからないでしょうが、
単純なんですよ、男の気持って…自分より強くて、自分に優しい
人が好きになんです。だから、たいていの男は母親が大好きなん
です。……その人は人生で最初に出会う、自分より強くて自分に
優しい人ですから……」

 「それは女の子だって……」

 「ええ、同じことは女性も言えます。でも女性の場合は他にも
注文がうるさいでしょう。様子が良いとか、馬が合うとか、付き
合って得か損か…とかね。とにかく色んな事が気になるでしょう。
男にはそれがないんです。むしろ、そんなことを持ち出すと男は
不機嫌になります。要するにうぶなんですよ」

 「…………」
 カレンはお父様の話を黙って聞いていたが、『それって偏見だ』
と思った。男だろうと女だろうと、付き合うときにフィーリングや
損得を考えない人なんていないと思うからだ。

 『フレデリックは私を嫌ってる。だからさっさと出て行った』
 カレンはそう思ったのである。

 「まあ、まあ、見ててごらんなさい。あなたにお尻を叩かれ、
あなたに抱いてもらったフレデリックがあなたを嫌うはずがあり
ませんから……」

 「私、リックを抱いてなんかいません。……ここのしきたりに
従って一緒にそばにいただけです」

 カレンが珍しくむきになるのでブラウン先生は苦笑い。
 今さらながら、フレデリックと一緒にベッドを過ごしたことが
恥ずかしくなったのだった。

 『先生はリックと私を結婚させたいとでも思ってるのかしら!』
 そんな勘ぐりまで起こったのである。

 ところが、事実は先生の言う通りで、この後フレデリックは、
カレンをまるで『お姫様』のように慕い続けるのだ。

 力に対する純粋な畏敬の念と異性から受ける情愛への忠誠。

 男の子の心情など預かり知らぬカレンだが、彼女が白馬の騎士
を一人、手に入れたのは確かだった。


******************(2)****

第8章 愛の谷間で(1)

           << カレンのミサ曲 >>

 第8章 愛の谷間で

************<登場人物>**********
<お話の主人公>
トーマス・ブラウン<Thomas Braun>
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン<Ralph Morgan >
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<カレニア山荘の使用人>
ニーナ・スミス<Nina>
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品
ベス<Elizabeth>
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
ダニー<Denny>
……下男(?)カレニア山荘の補修や力仕事をしている。
アンナ<Anna>
……カレニア山荘で長年女中をしている。
グラハム<Graham>
……カレンの前のピアニスト

<カレニア山荘の里子たち>
リサ<Lisa >
……(2歳)まだオムツの取れない赤ちゃん。
サリー<Sally>
……(4歳)人懐っこい女の子。
パティー<Patty>
……(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋。
マリア<Maria >
……(8歳)品の良いお嬢さんタイプ
キャシー<Kathy>
……(10歳)他の子のお仕置きを見たがる。
アン<Andrea>(注)アンはアニー、アンナの愛称だが、先生が、
アンと呼ぶからそれが通り名に……

……(14歳)夢多き乙女。夢想癖がやや気になる。
ロベルト<Robert>または ~ロバート~
……(13歳)端整な顔立ちの少年
フレデリック<Friderick>本来、愛称はフリーデルだが、
ここではもっぱらリックで通っている。

……(11歳)やんちゃな悪戯っ子。
リチャード<Richard>たまにチャドと呼ばれることも……
……(12歳)ポエムや絵画が好きな心優しい子。

<先生たち>
ヒギンズ先生<.Higgins>
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。
コールドウェル先生<Caldwell>
……音楽の先生。ピアノの他、フルートなどもこなす。
シーハン先生<Sheehan>
……子供たちの国語とギリシャ語の先生。
アンカー先生<Anker>
……絵の先生。
エッカート先生<Eckert>
……数学の先生
マルセル先生<Marcel>
……家庭科の先生

<ブラウン先生のお友達>
ラックスマン教授<Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
ビーアマン先生<Biermann>
……獣医なので先生とは呼ばれているが、もとはカレニア山荘で
子供達のお仕置き係をしていた。今は町のカフェの店主。
アンハルト伯爵婦人
……戦争で息子を亡くした盲目の公爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール
……ルドルフ・フォン=ベールの弟
ホフマン博士<Hoffmann>
……時々酔っ払うが気のいい紳士

<ライバル>
ハンス=バーテン<Hans=Barten>
……アンのライバル、かなりのイケメン。
サンドラ=アモン<Sandra=Amon>
……12歳の少女ピアニスト。高い技術を持つがブラウン先生の
好みではない。

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル(ルドルフ・フォン=ベール)
……カレンにとっては絵の先生だが、実はピアノも習っていた。

*****************************

§1 新たな目覚め

 カレンが目覚めたのは次の日の朝だった。
 野鳥のさえずりに、暖かい日の光。窓の外は少し冷えていたが、
ベッドの中は暖かい。

 カレンはその暖かさが自分のぬくもりだと気づく。
 そこはお父様の寝室。お尻がまだ少し痛かった。

 『そうか、私、お仕置きされて、お風呂に入って……』

 突然のフラッシュバック。そして、今、自分が素っ裸である事
にも気づくのだった。

 思わず毛布を自分の身体に引き寄せると……
 隣り住人が目を覚ます。

 「おう、カレン。目を覚ましましたか」

 お父様はいつもの声。
 でも、カレンはこの場から消え入りたかった。

 「どうしたの?……あっ、起きたんだ。よく寝てたね、あなた」

 隣りの隣りで寝ていたアンも目を覚ます。
 これで、一つの大きなベッドに寝ていた三人が、三人とも目を
さました。

 「カレン、大丈夫なの?あなた、昨日、お風呂場で倒れたのよ」
 アンがそう言ってまとっていた毛布を剥ぐとベッドの外へ。
 すると、彼女もまた丸裸だったのである。

 「ねえ、あなた、いつもその格好で寝てるの?」

 驚いたカレンが尋ねると……
 「違うわ。でも、昨日は、私たちお父様からのお仕置きだった
じゃない。その日の夜は純潔を示すために、お父様のベッドでは
裸で寝るのがこの家の決まりなのよ。だから、あなただって今は
何も着てないでしょう」

 「ええ、まあ……」

 「あっ、そうか、あなたは昨日お風呂場で倒れて、そのまま、
ここに運び込まれたんですもの」

 「えっ、それじゃあお医者様がみえてた時は、私、裸だったの」
 カレンは今さらながら顔を真っ赤にした。

 「そりゃそうよ。……でも、あなたその時、気がついてたの?」

 「そういうわけじゃあ、……でも、周りの雰囲気は何となく…」

 「なあんだ、あの気絶、仮病だったんだ。どうりで、お父様も
先生も何だかにやにやしてて……」

 「違うわ、仮病なんかじゃ」
 カレンは恥ずかしそうに声も小さかった。

 すると、お父様がカレンを気遣う言葉を……
 「大丈夫ですよ。今はパンツを穿いてますから……」

 「どういうことよ?」
 アンは迫ったがカレンは答えない。

 代わりにお父様が……
 「カレンは、見慣れないものを見たんでビックリしたんです。
それだけですよ」

 「見慣れないもの?」

 アンがわからないのでブラウン先生は言葉を継ぎ足す。
 「あなたには多分関係ない話です。何しろ、あなたという人は、
私とお風呂に入るとそれをよく握って遊んでましたからね。……
そんな人には何の抵抗もないんでしょうけど、世の中は、あなた
みたいな人ばかりじゃありませんからね……精細な心の持ち主も
いるわけです」

 「???」
 アンは最初それが分からなかったが、すぐにこう聞き返した。
 「ねえ、それって、私がごくごく幼い頃の話?」

 「ええ、そうですよ。今やられるとさすがに問題です」

 「ふふふふふふ。あっ、そう。そういうことかあ」
 アンは意味深に笑う。そして思いついたように……
 「ねえ、カレンってさあ、本当のお父さんとは一緒にお風呂に
入らなかったの?」
 と、尋ねた。

 「…………」
 ところが、カレンはそれには答えない。
 どう答えていいのかわからなかったのである。

 そんなカレンに代わって、またブラウン先生が答える。
 「アン、あなたもこの家を出たら分かるでしょうが、よそでは
こんなにたくさんお風呂をたてないんですよ。たとえ親子でも、
一緒にお風呂に入ることなんてないんです。私があなた方とこう
してお風呂に入るのは、日本人がやってるのを見て私が真似して
いるだけ。カレンが男性の裸を見た事がなくてもちっとも不思議
な事ではないんです」

 「へえ、お風呂って家(うち)だけの習慣なんだ」

 あんな厳しいお仕置きの翌日だと言うのにアンはいつも以上に
明るかった。そんな妹に励まされてカレンも少しずつ元気を取り
戻す。
 そんなカレンにお父様が……

 「私は子供達に隠し事を一切認めていません。身も心も、全て
をさらけ出してくれる子だけが、私の子供です。わかりますか?」

 「はい、お父様」

 「その純潔の証として、お仕置きしたあとは必ずその子を裸に
してベッドに寝かします。一晩添い寝です。あなたの場合はもう
大きくなってからここに来ましたら、それは大きなハンディだと
思いますが、あなたも私の娘である以上、我が家のしきたりには
従ってもらいます。いいですか?」

 「はい、お父様」

 緊張するカレンにアンが声をかけた。
 「大丈夫よ、カレン。お父様は何もしないから」

 「当たり前です」
 先生は気色ばんだ。

 ところが……
 「そうかなあ。幼い頃はよく抱かれた記憶があるんだけど……」
 アンが言うと、先生の頬が少し赤くなるのだ。

 「馬鹿なこと言わないでください。それは、あなたが寂しがる
から抱いてあげただけじゃないですか。おかげで、安心したのか、
翌朝はよくおねしょをしてくれましたよね」

 お父様にこう言われて、今度はアンが顔を赤らめるのだった。

**************************

 それからしばらくは平穏な日々だった。

 カレンは毎日学校へ行って授業を受け、(といっても同級生は
おらず個人授業なのだが)お父様の寝間で奏でるピアノも続けて
いる。すでに作った曲は100を越え、幼児用のピアノ曲集とし
て出版されるめどもたっていた。

 一方、アンは全国大会に向けて最終調整。練習場から、時折、
コールドウェル先生の罵声も響くが、最近はそれにも慣れてきて
『また、裸になってるのかしら』と思って通り過ぎるくらいだ。

 慣れたといえば、『お父様』にもだいぶ慣れたようで、今では
お風呂にもベッドにも一緒に入るが、もう何を見ても驚かない。
最初はぎこちなかった「お父様」という言葉も自然に出るように
なっていた。

 そんなカレンは、里子のなかでは一番の年長さんということも
あって、幼い子の面倒をみさせられることも多い。
 着替え、お風呂、食事……そして、最近ではお仕置きもカレン
の仕事になっていた。

 「だめよ、カレン、そんなに弱くちゃ。それじゃあ、撫でてる
のと同じじゃないの」
 よく、ベスに注意された。
 でも、最初は加減がわからないから、お尻を叩く手がどうして
も弱くなるのだ。

 そんなカレンは幼い子に人気があった。
 不始末をしでかした子がカレンの処へやってきては袖を引くの
である。

 「お姉ちゃん、お仕置きをお願いします」
 「あっ、ずるい。私も……」
 「えっ、私が先に来てたのよ……」
 幼い子たちにこう言われて戸惑うカレン。

 ベスに捕まる前に、カレンにやってもらって、免罪符を作って
しまおうという魂胆だった。

 そこへベスが顔を出すと蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう。

 ベスは縦横共に体の大きな女性で、チビちゃんたちのお世話係
なのだが、という事は、この家では懲罰係でもあるわけで、今は
お姉さんぶっているアンでさえ、つい1、2年前まではその膝に
乗せられてお尻を叩かれていたのだった。

 「あんた、見るからにお嬢さん育ちだもんね。本当のお父さん
からは、お尻なんて叩かれたことなかったんだろう」
 ベスの大きな顔が降って来る。

 慌てたカレンは、つい……
 「そんなことありません」
 と言ってしまった。

 すると……
 「本当に?」
 再び、ベスの大きな顔が襲い掛かるのだ。

 「……」
 カレンは唾を飲み込む以外答えが浮かばなかった。

 「嘘はいけないね。……嘘をつく子がどうなるか……さっき、
あんたも見てたよね」

 そのどすの利いた声の主は、さっき、フレデリックを血祭りに
あげたばかりだ。

 「(まさか、そんな……嘘でしょう。そんなはずないわよね)」

 カレンは思ったが、事実はその『まさか』だったのである。

 「えっ!」

 カレンは、その太い腕に抱き抱えられると、テーブルのように
広いその膝にすえつけられる。
 あとは、チビちゃんたちと何ら変わらなかった。

 スカートが捲り上げられ、ショーツが下げられて、大きな手の
平がカレンのお尻に炸裂するのだ。

 「いやっ」
 カレンは最初恥ずかしさから悲鳴をあげたが……

 「パン、パン、パン、パン、パン」

 何もしないで耐えられたのは五六回。
 以降は、何とか抜け出そうと必死にならざるを得なかった。

 「パン、パン、パン、パン、パン」

 「いやあ、もう、だめえ、やめて……」
 彼女が泣き言を言い始めるのに十回も必要ではなかった。

 「あらあら、お嬢様がもうそんなはしたない声をだすのかい。
だらしないよ」
 ベスは皮肉を言うと、また、かまわずまだ叩き続ける。

 「パン、パン、パン、パン、パン」

 「いやあ、いやあ、いやあ、いやあ」
 カレンの口から気の利いた言葉が出てこない。
 足をバタつかせ、必死にベスの頚木(くびき)から抜け出そう
とするが、相手はプロ、30回が終わるまでは自由にさせてくれ
なかったのである。

 「ほら」
 まるで悪戯猫を庭に放り出すようにカレンを床の上に放り出す
と、ベスは、必死にお尻を擦りつづける少女を見ていた。

 もちろん、カレンにしても自分がベスからそうやって見られて
いることは承知していたが、お尻擦りをやめることができない。
 その時はそれほど痛かったからだ。

 「みんな、その痛みを抱えて大きくなるんだ。あんた一人が、
それを知らないなんて不幸だからね。ちょいと、お尻のほこりを
祓ってやったけど、感じたかい?」

 ベスはカレンに尋ねたが、カレンはその意味が分からず、ただ
ただお尻を擦るばかり。
 呆れたベスが再びカレンを膝の上に乗せたが、それにも彼女は
抵抗しなかった。

 「お譲ちゃん、女の子はお尻をぶたれると感じるものなのよ。
お父さんが臆病だと、娘は可哀想だね。楽しいことがみんな後回
しになっちゃって……」
 ベスは意味深な言葉を投げかけるが、カレンはまだそれを理解
する体にはなっていなかったのである。

 そんな報告をベスから聞いたブラウン先生は……
 「やはり、そうですか。ごくろうさまでした」
 と言うだけで、取り立てて表情も変えなかったが、心の中では
ニンマリ。胸をなでおろしたのだった。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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