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小暮男爵 << §13 >>

小暮男爵

***<< §13 >>****

 昼食が終わり食器を下膳口に戻した私は、さっそく遥お姉様を
見つけてそのブラウスの袖を引っ張ります。

 この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。

 「何よ、何か用?」
 姉は珍しく不機嫌でした。ま、無理もありませんが。

 「ねえ、お仕置きされたの?」

 「お仕置き?……別にされないわよ」
 遥お姉様は平静を装いますが……

 「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」

 「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」

 「えっ!飛べたの?」

 「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた連中がはしゃぎだして、即興劇を
やってたの。そのうちに、あの子、お調子者だからホントに二階
の窓から飛び降りちゃったのよ」

 「大丈夫だった?」

 「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も
飛んだのよ。あれで学級委員なんだから呆れるわ」

 「お姉ちゃんは?」

 「私?……私は、そんなバカじゃありません」
 最初は怪訝な顔でしたが、最後は語気が強まります。

 「そうか、それが梅津先生にばれちゃって運動場の肋木の前で
お仕置きされることになったんだ」

 「そうよ、栗山先生からみんな肋木の前に呼ばれたけど、罰を
受けたのは、即興劇をやってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……
だって、私は何も悪いことしてないもん」

 「革のスリッパって痛いの?」

 「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたもの」

 「怖~~い」

 「怖い?本当に怖いのはこれからよ」

 「どういうこと?」

 「だって、これだけのことしたら、たいてい家でもお仕置きの
はずたもの。お家では学校と違ってお尻叩く時手加減なんてして
くれないでしょう。お灸だってあるんだから……」

 「お家の方が怖いの?」

 「そりゃそうよ。いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の
先生なんかより私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。
だからお仕置きだって、そのぶん厳しいことになるわ」

 「そういうものなの?」

 「そういうものよ。子供にはわからないでしょうけど……」

 「何よ、自分だって子供のくせに……」

 「あんたより一年長く生きてます」

 遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
 そして、その数秒後、お姉様は何か気づいたみたいでした。

 「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
厳しいお仕置きなんて受けたことないわけだ」

 少しバカにされたような顔で言われましたから私も反論します。
 「そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに何度も
お尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立たされて
たら私のことジロジロ見てたじゃないの」

 私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。
 そこは誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に驚いた子ども
たちがこちらを振り返って通り過ぎます。

 「よく言うわ。それはあなたが子供だからさせられたんでしょ。
いくらお父様だって健治お兄様や楓お姉さまにはそんな事なさら
ないわ。……それに、私だってあなたがお尻を叩かれてるところ
見たことあるけど、お父様を本当に怒らせたら、あんなもんじゃ
すまないのよ」

 「えっ?」

 「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないかって思うくらい痛いんだから……あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってことだわ」

 「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
 私がむくれると……

 「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
 遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。

 と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
 そして……

 「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」

 私は声の方を慌てて振り返ります。
 『えっ!!お父様』
 心臓が止まりそうでした。

 お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。

 「よしよし」
 お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。

 これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備が必要な
時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れようとして、
両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。

 「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」

 お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえませんで
した。
 はねつけようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。

 「ごめんなさい」
 小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。

 「ほっとしたよ。図画の時間にいなくなったって聞いたからね。
大急ぎで駆けつけてきたんだ。ここには大勢の先生方がいるから、
間違いなんて起きないと思ってはいたんだが、やっぱり心配でね。
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
 お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。

 「本当に、ごめんなさい」
 私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って小さな声を出します。
いえ、頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動きません。
その時は、お父様にだけ聞こえるような小さな声しかでませんで
した。

 「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう」

 「はい」

 「なら、それでいいんだ」
 お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。

 「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」

 「はい、ごめんなさい」

 私はお父様の目がちゃんと見れなくて、再び俯いてしまったの
ですが、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。

 「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」

 「……はい」
 私の声はお父様の声よりさらに小さくなりました。

 「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
 再び、頭をなでなで……

 それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。

 「午後の最初の授業は何なの?」

 「体育」

 「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」

 お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
 実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。

 ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……

 「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」

 私の思いがけない答えに、お父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。

 「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」

 ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
 普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
 そんな疑問がわいたみたいでした。

 「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
 私は自信満々に答えます。

 ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。

 そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。

 「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」

 お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。

 5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。

 慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
 「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
 と大きな声をかけてくださいます。

 お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。

 やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
 でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。

 『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
 疑問がわきます。
 そこで、そうっとそうっと、二人に気取られないようについて
行くことにしました。

 すると……
 『えっ!?』
 二人は半地下への階段を下りて行きます。

 『嘘でしょう!ここなの!?』
 私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。

 だってそこは、私たち生徒が学校の先生からではなくお父様や
お母様、家庭教師などといった父兄からお仕置きを受けるための
部屋がずらりとたち並ぶ場所だったのです。

 こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設があるのです。

 この学校はもともと華族様たち専用の学校だったものをお父様
たち有志六名が買い取る形で運営されてきました。
 ですから学校の教育方針にもお父様たちが強い影響力を持って
います。子どもたちへのお仕置きを多用しようと提案されたのも、
実は、学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だったのです。

 そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。

 ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。

 子どもは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、家に帰る
まで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張をされた
みたいです。

 議論は平行線でしたが……
 そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
 学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。

 それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
 そこは学校の中にある我が家という不思議な空間。
 でも、子供たちにとってここはくつろげる場所ではありません
でした。

 何しろ、ここはお仕置き専用の我が家なんですから、そりゃあ
たまったものじゃありませんでした。

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小暮男爵 << §12 >>

小暮男爵

***<< §12 >>****

 私たちの学校でのお昼はその為だけに作られた食堂で頂きます。

 体育館の半分ほどの広さに丸い窓がアクセントのその部屋には
ペルシャ絨毯が敷き詰められクラスごとの大きなテーブルが置か
れていました。

 テーブルに並ぶ食器もちょっぴり値の張る陶器や磁器、銀製品。
子供用のプラスチックやアルミの食器などでは真の躾はできない
とお父様方が揃えられたのでした。そのため、ここは子どもさえ
いなければここはまるでホテルの宴会場のようも見えます。

 子供にはちょっと贅沢すぎる空間ですが、父兄の来校が自由な
この学校では家庭と学校の区別が明確でなくて家庭教師や身分の
あるお父様お母様が食事をなさるスペースも確保しておかなけれ
ばなりません。
 そういった意味でも埃たつ教室に招いてプラスチックの食器で
食事をさせるというわけにはいきませんでした。

 そんな食堂に最初にやってくるのは上級生のお姉さんが親しみ
を込めてチビちゃんと呼ぶ小学一年生から三年生の小学校下級生
の子たちです。
 時間割の都合上このチビちゃんたちがたいてい一番のりでした。

 彼らはまず中庭で摘んできた草花を各テーブルに置かれた一輪
挿しの花瓶に生けて回ります。
 それが済むとお姉さま方のテーブルを回って、お皿やナイフ、
フォーク、スプーン、箸箱といったものを並べていきます。
 身長がちょっぴり足りませんからそのための専用の踏み台まで
用意されていました。

 もちろん私もチビちゃんと呼ばれていた頃はこれをやっていま
した。
 でも、このお仕事、なぜか自分たちが食べる分の食器について
はやらないのです。

 チビちゃんたちが食べる分を持ってくるのは少し遅れて食堂に
入って来る上級生のお姉さまたち。

 まず厨房入った中学生のお姉さまグループがチビちゃんたちの
ための料理を盛り付け、小学四年生から六年生の上級生グループ
が配膳台でそれを受け取って、お腹をすかせたチビちゃんたちの
テーブルへ運びます。
 要するに小学校高学年グループは、ウェートレスさんの仕事を
することになるのでした。

 配膳台から出てくるチビちゃんたちの料理は色んな料理が一つ
のお皿に盛られたワンプレートスタイル。一見すると社員食堂や
学食などで提供される定食のようにも見えますが、アレルギーや
どうしてもその食材に手を着けられない子の為に個別の盛り付け
が細かく指示されていました。

 そのため、お料理の取り違えが起こらないようにボールやお皿、
グラスにまでその子の好きな花が家紋代わりに描かれていますし、
箸も箸箱もその子専用。スプーンやフォークなどの食器には一つ
一つ名前が掘り込まれています。もちろん料理を運ぶトレイにも
ちゃんとその子の名前が貼り付けてありました。

 つまりここの給食は一応決まった献立はあるのですが、その子
の事情に応じて料理も食器もすべてがオーダーメイドなのです。
ですから、給仕役の私たちもそれを間違えるわけにはいきません
でした。

 食器と料理を慎重に確認してからトレイに乗せチビちゃんたち
の待つテーブルを回ります。
 その子の前に来ても「愛子ちゃんのお皿、チューリップだった
わよね」って確認を取ります。

 『何で上級生の私たちがチビちゃんたちの給仕役をやられるの』
という不満もないことはないのですが、それを先生に言うと……
 「あなたたちは女の子なんだから当たり前です」
 の一言で片付けられてしまいます。

 実際、戦前は華族様専用の学校でしたから、当然こんな仕事も
ありませんでしたが、戦後お父様が学校を買い取られてからは、
『これからは何事も平民の流儀に習って…』と大きく方向転換を
されたんだそうです。
 園長先生がおっしゃるには昔の名残りがあるのは胤子先生への
一礼と『ごきげんよう』というご挨拶だけなんだそうです。

 私としては、料理をテーブルに運んで行くとチビちゃんたちが
必ず……
 「ありがとうございます。お姉さま」
 と笑顔で迎えてくれるのが励みでした。

 これに対して料理を運んだ上級生は……
 「午後も先生お友だちに囲まれて幸せが続きますように」
 と返すのが一般的です。
 その子の手を取って、ハンドキスをして別れます。
 これは西洋の習慣ではなく、いつの頃からか始まったこの学校
独自のしきたりのようなものでした。

 その後、私たちは同席される先生のために料理を運び中学生の
お姉様たちのテーブルも回ります。
 そして最後が私たちのテーブルです。

 文字通り小学校高学年組は給食の給仕役をやらされる訳ですが、
私自身はそれがそんなに苦痛ではありませんでした。
 だって、そのことでみんな笑顔になってくれますから、人の役
に立っているという実感がありました。
 
 大事な事はみんなで助け合って食事の準備をすること。他の人
にやっていただいたことには感謝すること。うちの学校にあって
は給食はそんな常識を学ぶ場だったのです。

 さて、そうやって苦労のあげくいただく料理なんですが、実は
部屋の内装に比べるとそんなに豪華版じゃありません。

 この日のメニューは、トマトシチューにサラダ、黒パン、牛乳、
ちょっぴりのフルーツといったところでしょうか。
 シチューやサラダ、それにフルーツといったものはチビちゃん
たちとは違ってあえて個別にせずクラスごとに置かれた大きな鉢
にいれてあります。それを担任の小宮先生から分けてもらうこと
になっていました。

 例外は月に一度だけ。外からシェフが来て本格的なコース料理
が振舞われます。

 ただ、この日の料理は豪華ですが、テーブルマナーを学ぶのが
本来の目的ですから、お行儀よくしなければなりませんし、慣れ
ないフォークやナイフと格闘しなければなりません。おかげで、
お料理そのものをそんなに美味しいと感じる余裕はありませんで
した。

 実は、さっき名前の彫られたフォークやナイフがあるって言い
ましたけど、実際は、あれ、お飾りなんです。

 当時の私たちが日常的に使っていたのは、あくまで自分の箸箱
から取り出すマイ箸。チビちゃんたちはその方が食べやすいので
スプーンやフォークを使いますが、私たちの年齢になると大半が
箸を使って食べます。食卓には練習用にと毎回フォークやナイフ
が並べられますが、一度も料理に触れることなく下げられること
がほとんどでした。

 そんなことより、女の子たちにとって一番のご馳走は気の置け
ないお友だちとのおしゃべり。これが何よりのご馳走なんです。

 ですから、私たちは席に着くなりおしゃべり。園長先生が手を
叩いて一瞬場内が静まりますが、それが続くのは全員が唱和する
「いただきます」の瞬間まで。すぐにさっきの続きが始まります。
 そんなおしゃべりを楽しむ大事な時間に慣れない洋食器は邪魔
な存在でしかありませんでした。

 「ねえ、ねえ、お尻、痛かった?赤くなってるの?私のところ
からだと、前の子が邪魔になってはっきり見えなかったのよ」
 お下げ髪の恵子ちゃんがあけすけに尋ねます。

 『えっ、また……』
 私はうんざり。そして、返事に困ります。

 実はお仕置きが終わって図画教室に行く時も、授業が終わって
この食堂へ来る時もお友だちの話題はこればっかり。
 私はお友だちからしつこく同じ質問を受けてます。

 でも、その時は……
 「私、慣れてるから」
 なんて半笑いで応えていたのですが、父兄も同席しているこの
テーブルで言われるとさすがにカチンときます。

 正直、『あなたさあ、他のお友だちの話、聞いてなかったの!』
って怒鳴りたい気分でした。
 でもそれをやっちゃうと恥の上塗りにもなりますから、あえて
黙っていたのです。

 「ダメよ、恵子ちゃん。場所柄をわきまえなさい。お食事中に
するお話じゃないでしょう」
 さっそく、恵子の家庭教師、町田先生がたしなめます。

 付き添いの家庭教師さんたちは授業中は教え子の様子を黙って
見守るだけですが、休み時間になると今の授業で分からなさそう
にしていた箇所をアドバイスを送りにやってきます。
 そしてお昼にはこうして学校の先生のような顔をして教え子の
隣りに席を取り私たちと同じメニューの昼食をいただくのでした。

 入学したての頃は右も左もわかりませんから学校まで着いきて
くれる華族同然の家庭教師の存在を頼もしく思っていましたが、
上級生ともなると、いつも監視される生活は逆にうっとうしいと
感じられることが多くなっていました。
 ただ、こんな時は助かります。

 今にして思うと、家庭教師がそばにいたから授業で分からない
処も即座にフォローされますし、お友だちから仲間はずれにされ
たり、虐められたりすることもありません。それに、うっかり、
今日の宿題を忘れてたとしても、家庭教師も一緒に聞いています
から家に帰ってからやり忘れるなんてこともありません。

 それに何より一番大きな利点は、学校で落ち込むようなこと、
例えば今回のようなお仕置きなんかがあっても、家庭教師という
身内がその胸を貸してくれること、甘えさせてくれることでした。

 「ねえ、広志君、鷲尾の谷ってどんな処なの?」
 今度は美鈴ちゃんが広志君に尋ねています。

 すると広志君は最初困った顔をしましたが、すぐに持ってきた
自分の絵を見せます。そして、ぶっきらぼうに……
 「こういう処さ」

 「わあ~~~」
 「すご~~い」
 「綺~~~麗」
 たちまち、女の子たちが立ち上がり美鈴ちゃんの席は人だかり
ができます。

 「ほらほら、食事中ですよ」
 小宮先生の声も耳に入らないほどの人気だったのです。

 「まわりの黒いふち何?」

 「それ、洞穴だよ。そこから描いたんだ」

 「ねえねえ、上から下がってるこの蔓は?」
 「山葡萄」
 「じゃあ、この岩の間に咲いてる花は?」
 「山百合」
 広志君は女の子の質問にそっけなく答えます。

 「ねえ、この棒は何なの?」
 「棒じゃないよ。雲の間から陽が差しているんだ」
 「ねえ、こんなもくもくの雲なんて本当に湧くの?」
 「湧くよ。榎田先生に聞いたけど、あの辺は気流の関係で黒く
て厚い雲が湧きやすいんだって……学校は高い処にあるからこの
雲は見えないんだ」

 広志君の絵は小学生としてはとても細密で遠くの町の様子まで
細かく描きわけてあります。
 こんな細かな絵ですから、図画授業の時間内ではまだ完成して
いませんでしたが、その未完成の絵を見たいという希望者は子供
だけではなかったのです。

 「ほらほら、席へ戻りなさい」
 小宮先生がそう言って美鈴ちゃんから絵を取上げると、今度は
家庭教師の人たちがその絵を一目見ようと席を立ちます。
 
 「わあ、こんな表現、小学生がするのね。しかも様になってる
ところが凄いわ」
 「本当。神秘的ね。この光の帯から本当に天使が降りてきそう
だもの」
 「ねえ、この百合よく描けてると思わない。まさに谷間に咲く
白百合って感じかしら」
 「私はこの街のシルエットがたまらないわ。よくこんなに精密
に描けるもんね」

 小宮先生は群がる家庭教師軍団に呆れ顔。これでは叱ったはず
の生徒に示しがつきませんでした。
 でも、それほどまでに広志君の絵は上手だったのです。

 一方、その頃、当の広志君はというと、自分の絵が評価されて
いることにはまったく興味がない様子で、隣のテーブルにばかり
視線を走らせています。

 『?』
 視線の先を追うとそこは六年生のテーブル。そしてそこに何が
あったかというと、大きな鏡でした。

 前にも説明したように、鏡というのは私たちの隠語で、実際は
磨かれた鉄板です。その鉄板を座面に敷いて女の子が一人、食堂
の椅子に腰を下ろしています。

 『あれかあ』
 女の子はスカートを目一杯広げて何とか鉄の座布団を隠そうと
していますが、鏡の角が飛び出して光っています。

 当然、光の奥はノーパン。
 広志君はそれを見ていたのでした。

 『まったく、男の子ってどうしてああなんだろう』
 私は広志君に軽蔑の眼差しを送りましたが、当の広志君は……
もう夢中で、私の事など気づく様子がありません。

 実は、昼食の最中は授業ではありませんから、ちょっとぐらい
の粗相では罰は受けないものなのです。
 それがこうして昼食の最中も鏡を敷かされてるわけですから、
瑞穂お姉様ったら前の授業でよほど担任の先生を怒らせたに違い
ありませんでした。

 「ねえ、ジロジロ見てたらみっともないわよ」
 私が広志君に注意すると……
 「いいじゃないか、お仕置きなんだもん。僕らだってたっぷり
見られたんだし……自業自得だよ」

 「だって、可哀想でしょう」

 「そんなことないよ。僕たちの方がよっぽど可哀想だよ。お尻
までみんなに見られたんだよ」

 「そりゃそうだけど、笑わなくてもいいでしょう……」

 「別に笑ってなんかいないよ。でも、お昼の時間まで鏡の上に
座らされてるんだもん。これからきっと厳しいお仕置きがあると
思うよ。それを想像してると何だか楽しくなっちゃうんだよね。
美咲ちゃんはそんなの思わないの?」

 「思いません!」
 急に声が大きくなってしまいました。

 「まったく、男の子って悪趣味ね。よその子の不幸を利用して
楽しむなんて……そっとしておいてあげればいいじゃないの」

 「いいじゃないか、思うだけなんだから……誰にも迷惑かけて
ないもん」
 広志君口を尖らせます。

 「…………」私は呆れたという顔をします。
 でも、そう言ってる私だって、表向きはともかく、心の中では
思わず、瑞穂お姉さまが鏡の上に座っている原因をあれこれ想像
してしまうのでした。

 『ほんと、瑞穂お姉様どうしたのかしら?単元テストの成績が
ものすごく悪かったとか……』
 単元テストというのは一学期に十回ほどある業者テストのこと
で、復習を兼ねて行われます。九十点と言いたいところですが、
女の子の場合は八十点を越えていればお咎めなしでした。

 『違うなあ、あのテストはたとえ六十点でも、やらされるのは
たいてい担任の先生との居残り特訓だけだもの』

 『カンニング!?……もしそうなら、そりゃあ怖いことになる
かもしれないけど、まさかね。瑞穂お姉さまは頭がいいんだもの。
そんな必要ないわ』

 『それとも、先生に悪戯?……お姉様、わりと好きなのよね。
ブウブウクッションを先生の椅子に仕込むとか、蛇や蛙の玩具を
引き出しに入れておくとか。……ん~~でも瑞穂お姉様が今さら
そんな子供じみたことするはずないか……』

 『先生にたてついた?……ちょっと癇癪持ちだけど、栗山先生
とは仲がいいもんね、学級委員やらされてるくらいだから、ない
よね………廊下を走った?……そんな事ぐらいじゃこんな罰受け
ないか………お友だちとの喧嘩した?……たしかにあれで男の子
みたいな処もあるけど……』

 いくら考えても答えなんて出てくるはずがありません。
 もちろん、直接、本人に確かめるのが手っ取り早いでしょうが、
それって嫌われちゃう可能性もありますから、女の子としては、
そんなリスクを犯してまで尋ねてみたいとは思いませんでした。

 ところが……
 その答えは、意外に早くやってきます。

 話題のテーブルから、六年生の担任、栗山先生がお鍋を抱えて
こちらのテーブルへやって来たのでした。
 栗山先生は私たちの小宮先生に尋ねます。

 「ねえ、シチュー残っちゃってるけど、食べない?」
「どうしたの?いつも足らないって言ってるくせに……」
 「今日は全員食欲がないみたいなのよ」
 当初の用件はコレだったのですが……

 「原因は、あれ?」
 小宮先生は瑞穂お姉様に視線を送ります。
 「察しがいいわね。そういうことよ」
 「ねえ、ミホ(瑞穂)、どうしたの?」
 小宮先生が私に代わって尋ねてくださったのでした。

 「前の時間、時間が中途半端になっちゃったから自習にしてた
んだけど……あの子たち、自習時間の最中に二階から飛び降りて
遊んでたのよ」

 「二階から!?」

 「ほら、私の教室の窓の下に伐採した枝や葉っぱが集められて
て小山になってるところがあるでしょう。あそこに向かって飛び
降りる遊びを始めちゃったってわけ」

 「危ないことするわね。一歩間違えれば大怪我じゃないの。…
…で、それをミホ(瑞穂)が?」

 「そうなのよ。あの子、他人に乗せられやすいのよ。友だちに
囃し立てられられるとつい悪ふざけしちゃって、どうやら三回も
窓の庇から飛んだらしいわ」

 「帰りは?」

 「正々堂々、玄関からご帰還よ。……何度も何度も同じ生徒が
廊下を通るんでおかしいと思って窓の外に身を乗り出してみたら、
女の子が傘を差してスカートを翻して二階の窓から飛び降りるの
を発見したってわけ」

 「で、誰に見つかったの?」

 「梅津先生」

 「おや、おや、一番まずいのに見つかっちゃったわけだ」

 「こうなったら、私だって叱らないわけにはいかないでしょう。
瑞穂と囃し立ててた数人を運動場に連れて行って、全員を肋木に
縛りつけてお尻叩き」

 「パンツ下ろして?」

 「そこまではしないけど、スカートは上げて革のスリッパよ」

 「どおりでポンポンと小気味のいい音が運動場から聞こえると
思ったわ。それって、私がこの子たちをお仕置きしたせいよね。
ごめんなさい。とんだ肉体労働させちゃったわね」

 「違うわよ。そういう事言ってるんじゃないの。だってそんな
ことはお互い様ですもの。そうじゃなくて、この子たちも、もう
六年生だし、お鞭の味も少しは覚えさせておこうかと思って…」

 「それで、食事も喉を通らないってわけね」

 「瑞穂さすがに応えたみたいで、お尻叩きの後も泣いてたから
お仕置きも兼ねてお尻を冷やさせてるのよ」

 先生二人はひそひそ話でしたが、私は聞き耳をたててすべてを
知りつくします。

 『瑞穂お姉さま、この分じゃお家に帰ってからもお仕置きね』
 私は思わずお灸を据えられて悲鳴を上げている瑞穂お姉さまを
想像してしまいます。

 それって、悲劇でも同情でも何でもありませんでした。
 邪まな思いが私の心を喜ばせ、いつしか口元が緩みます。
 ここまで来ると、私に広志君のことをとやかく言う資格なんて
ありませんでした。

 そして、それはいつしか瑞穂お姉さまではなく私自身がお父様
からお仕置きを受けている映像へと変化していきます。

 誰にも気取られないように平静を装ってはいましたが、心の中
ではどす黒い雲が幾重にも渦を捲いて神様から頂いた清らかな光
を閉じ込めています。
 甘い蜜がが身体の中心線を痺れさせ子宮を絞ります。
 吐息が漏れ呼吸が速くなります。

 『私も、鏡を敷いて震えてみたい。お父様からお仕置きされて
みたい。身体が木っ端微塵になるほどお尻を叩かれたい。そして、
最後はお父様の胸の中で愛されるの。幸せだろうなあ』

 邪悪な願望が心の中で渦巻いて、糸巻き車の針に指を刺すよう
迫ってきます。
 最もして欲しくないことなのに、本当にそうなったら逃げ回る
くせに、私の心は悲劇を渇望してさ迷います。

 その悲劇の先にはなぜか悦楽の都があるような気がして……
 こんな不思議な気持って、恐らく私が生まれて初めて経験する
気持でした。

**********************

小暮男爵 << §11 >>

小暮男爵

***<< §11 >>****

 次は広志君の番。
 お仕置きの手順は私の時とまったく一緒です。

 小宮先生の目の前で膝まづいて、両手を胸の前で組みます。
 この時は嘘でも申し訳ないという顔をしなければなりません。
もし怒った顔なんかすると、いつまでもお膝の上に呼んでもらえ
ませんから、ずっとこのまま放置されちゃいます。

 『お顔を作るというのも女の子の大事な素養なの。お尻叩きが
不満なら他の罰でもいいのよ』
 なんて、言われて……
 もちろんそれがやさしい方の罰に切り替わることは期待できま
せんでした。

 広志君は男の子ですが、そこはちゃんと出来ていました。
 すがるような眼差しは、たとえ演技でも私ぐっときちゃいます。

 「僕は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」

 お友だちの見ている前でこのお約束の言葉はとても恥ずかしく
て、私なんて嫌で嫌で仕方がありませんでした。でも、広志君が
宣誓する姿はとても神々しくて絵になります。

 ジョシュア・レイノルズさんの『祈る少年サムエル』といった
感じでしょうか。保健室の壁に掛けてあった絵を思い出します。

 これが、生理の同じ女の子だったら……
 『あ~あ、この子、殊勝な顔してるけど、お腹の中では何考え
てるやら……』
 なんて邪まなことばかりが頭に浮かぶところですが、広志君の
場合は男の子。女の子には男の子の生理は理解できませんから、
逆に、その姿を美化しがちになります。

 私は広志君の祈る姿を見ていると、そこに無垢な気持を感じて、
不思議と自分まで心が洗われる気分になるのでした。

 「さあ、いらっしゃい」
 広志君、いよいよ小宮先生のお膝に呼ばれます。

 「はい、先生」

 広志君。何も抵抗しませんでした。
 先生のお膝の上にうつ伏せになり、体操着のズボンとパンツが
一緒に引き下ろされます。

 『わあ、男の子のお尻だ』
 私は広志君のその可愛く締まったお尻が現れると胸がキュンと
なりました。

 お父様とは一緒にお風呂に入りますから、大人のお尻は見慣れ
ていたのですが、同世代の男の子のお尻を間近に見るチャンスは
滅多にありませんでした。

 私は何だかここにいてはいけない気がしてそっ~と後ずさり。
お友だちの群れの中に紛れ込もうとします。
 すると……

 「あら、美咲ちゃん。どこへ行くの?逃げないでちゃんと見て
いてちょうだい。あなたへのお仕置きは終わったけど、広志君は
まだ終わってないでしょう。あなたたちは一蓮托生。お互い最後
まで見届けてあげるのが礼儀よ」

 「はい、先生」

 私は逃げ損なって元の位置に戻ります。
 そこはお尻叩きを始める小宮先生の肩口。広志君のお尻が他の
誰よりはっきり見える場所でした。

 でも、そこで、私、ふっと考えたのです。
 『私が、今、こうして広志君のお尻を間近に見てるってことは、
……私も、あの時、こんな至近距離で広志君から見られてたって
ことなの?』

 その時の私はもう無我夢中でしたから、周囲に気を配る余裕が
ありません。

 『嘘でしょう』
 私は今さらながら顔を赤らめます。

 でも、そう考えるていると……
 『私だってヒロ君のお尻を見ないと損じゃないのかなあ』
 なんてね、卑しい心が芽生えてきて、もう半歩進んでヒロ君の
お尻を覗き込み始めました。

 『やだあ。可愛い』
 男の子のお尻は小さくて引き締まっていて、女の子のそれとは
違います。こうなると、私は何だか得した気分でした。

 「さてと……ちょっと拝見するわね」
 小宮先生は、現れたヒロ君のお尻をまずは点検し始めます。
 これは私にはしなかったことでした。

 先生はヒロ君の尾てい骨の谷間を開いたり、太股を広げるだけ
広げてその奥を確認したりします。

 『いったい何をしてるんだろう?』

 私が疑問に思っていると、そのお尻の谷間、その尾てい骨の上
に小さな痕跡を発見したのでした。
 先生は静かにそこを撫でます。

 『そうか、ヒロ君、こんな処にお灸を据えられてたんだ』
 私は、かつて友だちから見せてもらった経験がありますから、
それがお灸の痕だと分かったんです。

 たしかにこんな場所、よほどの事がなければ他人から見られる
心配がありません。そのあたりはヒロ君のお母様だってとっても
気を使ってお灸のお仕置きをなさっていたみたいでした。

 ただ、この時の私にとって問題だったのはそこではありません
でした。

 先生がヒロ君の太股を開いた時に、私、見えてしまったんです。

 『えっ!嘘でしょう……』
 その瞬間、全身に弱い電気が走って金縛りにあったように立ち
尽くします。動けないというより目を閉じることさえ出来ないの
です。

 『……!!!……』
 やっとの思いで目を閉じても残像が残って脳裏から離れません。
 それって、そもそも女の子が見てはいけないものだったのです。

 変な話、私はお父様と一緒にお風呂に入りますからお父様の姿
は毎日のように見ているんです。でも、ヒロ君のそれはまったく
別物でした。その生々しさに、私、窒息しそうでしたから。

 『うっ!!!吐きそう……』
 それは色や形や大きさといった外形じゃありません。
 そもそもお父様は子どもとは違う世界で生きているお方です。
ですから、たとえどんな物であってもそれはそれでいいんです。
 でも、どんなに小さなものでも同じ子どもの世界にそれが存在
しているのはショックでした。

 これって男性にはきっと怒られることだと思いますが、女の子
って『人はすべからくお臍の下はみんな谷間になっていなければ
ならない』と思っているんです。ですから、広志君のお臍の下に
何かついてるなどと想像したことはこれまでありませんでした。

 変ですか?……でも、そうなんです。
 女の子の頭の中では『事実は事実として知っていても気持は別』
なんてことがよくあるんです。自然にそうなるんです。
 そして女の子はその気持の部分で人とお付き合いするのでした。

 「あなた、ここ最近は、お母様から新しいお仕置きを受けてい
ないみたいね。いい子にしてたの?」
 小宮先生は納得したようにつぶやきます。

 小宮先生の目的はどうやらお灸の痕の確認のようです。新しく
お灸を据えられた箇所がないか、以前据えられた場所の痕が大き
くなっていないか、それをチェックしていたのでした。

 広志君の灸痕は尾てい骨の他、太股の付け根あたりにもありま
した。お母様から、目立たない処を選んで据えられていたみたい
ですが、お仕置きですから、この場合、ツボは関係ありません。
 この時、小宮先生はそこまであらためませんでしたが、ヒロ君、
袋の裏や竿の根元なんかにも据えられていたようです。


 はははははは、お話が下品になりました。いや、ごめんなさい。
先へ行きましょう。

 小宮先生はお灸の痕を調べ終わると、広志君にあらためて尋ね
ます。
 「あなた、あそこへ行くのは今日で何回目?」

 「えっと……三回目です」
 広志君がそう答えた瞬間でした。
 
 「ピシッ」
 スナップのきいた平手が広志君のお尻をとらえます。

 「嘘おっしゃい。またそうやっていい子ぶるんだから。それは
お仕置きを受けた回数でしょう。私がききたいのはあなたが実際
にあそこへ行った回数よ」

 『えっ?』

 「ピシッ」
 ここでまた一つ、平手がお尻に……

 「あっ…………」
 広志君は『あっ』と言ったあと、黙ってしまいます。自分の事
を思い返してるみたいでしたが、答えはでてきません。

 「どうしたの?多すぎて数え切れない?今日は、たまたま見つ
かっちゃったってことかしら……」

 「ピシッ」

 「あっあっあっ」
 広志君、不意を衝かれたのか顔色が変わり首を横に激しく振り
ます。声にはださなくても、『痛いよう』というサインでした。

 「お尻叩きだけではあらたまりそうにないのなら……お母様に
許可を頂いて、特別室でお灸って手もあるのよ。お灸のお仕置き
は最近ごぶさたしてるみたいだから効果があるかもしれないわね」

 「ピシッ」
 「いや、だめ、そんなことしないで」
 広志君は慌てたように叫びます。
 それは、広志君にとってお灸がそれだけ恐いお仕置きだという
証しでした。

 広志君は、お灸のお仕置きを何とか思いとどまってもらおうと
小宮先生の方を振り向き身体を起こしかけますが、その顔は途中
で止められてしまいます。

 「ヒロちゃん、まっすぐ前を向いてなさい。みっともないです
よ」
 そう言って広志君の顔を元に戻したのは広志君のお母様でした。

 広志君のお母様はこの学校では有名人です。

 ヒロ君の家にも当然家庭教師はいましたが、学校へはよくこの
お母様がみえていました。休み時間や昼食の時といった子供との
接触が許されている時には決まってこのお母さんが何から何まで
お世話をやきます。
 私たちだって、お父様と関係では褒められたものじゃなかった
けど、ヒロ君の場合はもっと凄くて、お母様にかかると、まるで
まだ赤ちゃんみたいでした。

 「今度までは、お尻叩きだけで許してくださるみたいだけど、
次にやったら家でお灸をすえます。いいわね」
 お母様の怖い一言。広志君の体が思わず硬直します。

 男の子だって女の子だってそうですが、小学生にとってお父様
お母様の言葉というのが一番重い言葉だったのです。

 「さあ、分かったら、次に脱走する時はよくよく考えるのね」
 小宮先生はそう言って再度平手を……

 「ピシッ」
 「いやあ」
 緊張していた広志君の背中が海老ぞりになります。

 「さあ、お説教はこのくらいにしましょうか。それでは、……
あと十回にしましょう。……あなたも五年生。男の子なんだから、
今回は痛いわよ。しっかり歯を喰いしばりなさいね」

 小宮先生があらためてお尻叩きを宣言すると、待ってましたと
ばかり広志君のだらりと垂れ下がっていた両手の方へ回っていた
お母様がさっそくハンカチを取り出して口の中に押し込みます。
両足の押さえはこの場で唯一の男性である高梨先生が担当します。

 二人は、まるで事前に約束していたかのように手際よくヒロ君
の手足を拘束していくのでした。

 回数は私の倍になりましたがこれもさっきまでの私がやられて
いたのと同じ姿です。そもそも大人三人で子ども一人を拘束する
なんて可哀想過ぎますけど、こうなったら、どんな子も観念する
しかありませんでした。

 「今度やったら、本当にお灸ですよ」
 「ビッシ~~~」

 「ん~~~~」
 猿轡を噛まされた広志君は、声を上げられないまま首を激しく
振ります。今度は縦に振っていますから『分かりました』という
ことなんでしょうけど……

 「ほら、だらしないわね。あなた男の子でしょう。このくらい
の事でそんなに暴れないのよ」
 「ビッシ~~~」
 「ん~~~~」

 すでに広志君のお尻は真っ赤に染まっています。
 でも、だからって、お仕置き終了とはなりません。うちは大人
たちが愛情細やかに接するぶん、お仕置きは逆に厳しくて、生徒
にとっては困りものでした。

 「ビッシ~~~」
 「ん~~~~」

 その後もお仕置きとしてのお尻叩きは続きます。
 とにかく10回ですから可哀想というほかありませんでした。
 甲高い音が青空に響き苦しい息のヒロ君の首筋には汗が光って
見えました。

 高梨先生が必死に両足を押さえているのは、単に男の子だから
力が強いというだけでなく、小宮先生が私のときより強くお尻を
叩いている証しだったのです。

 「ビッシ~~~」「ん~~~」「ビッシ~~~」「ん~~~~」
 「ビッシ~~~」「あっ~~」「ビッシ~~~」「ひぃ~~~」
 「ビッシ~~~」「うっ~~」「ビッシ~~~」「いっ~~~」
 「ビッシ~~~」「ん~~~」
 猿轡のせいで悲鳴はあがりませんが声なき声が周りで見ている
女の子たちの同情を誘います。
 男の子は女の子に比べるといつもちょっぴり厳し目でした。

 「はい、おしまい。起きていいわよ。よく頑張ったわね」

 約束の10回が終わって小宮先生からお許しが出たのですが、
広志君、しばらくは小宮先生のお膝を離れられませんでした。

 私も同じ経験があるのですが、本当に恐いお仕置きのあとは、
先生からお許しが出ても、本当に大丈夫なのか不安で、すぐには
起きられないことがあるのです。

 小学生にとって大人というのは、たとえそれが自分の両親や親
しい先生であってもそれほどまでに恐い存在であり別次元の存在
だったのでした。

 でも、逆に褒められたり優しくされると猜疑心なく単純に喜び
ます。

 ですから、先生たちは子どもをお仕置きした後は、必ず優しく
接して強すぎるショックを和らげるのでした。

 この時も……
 「ほら~~甘えてないで、もう終わったわよ」
 小宮先生はそう言って広志君を抱き上げるとご自分の膝の上に
乗せます。

 これも私の時と同じでした。お互いが顔を見合わせ、小宮先生
は広志君の涙を拭いて、頬ずりをして、抱きしめます。

 「ん?痛かった?……だけど、男の子だもん。このくらい我慢
しないと女の子にもてないよ」

 先生との抱擁。これもまたお仕置き終わりの大事な儀式でした。

 そして、ひとごこちついくと、先生のお膝を下りて、その場に
膝まづきます。両手を胸の前で組んでお礼のご挨拶です。

 「小宮先生、お仕置きありがとうございました。広志は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」

 広志君はお仕置きの始まりにしたご挨拶と同様、ここでも小宮
先生にお仕置きのお礼を述べます。これも拒否なんかしたらどう
なるかわかりませんから子供たちは渋々でもちゃんとやります。
 女の子の世界では、たとえ本心でなくても、こうしたご挨拶は
決して欠かしてはいけないものだったのです。

 全てが終わった後、広志君はズボンの上からそ~っとそ~っと
自分のお尻を撫でていましたから相当痛かったのかもしれません。
普通は、先生のお膝の上で良い子良い子してもらっているうちに
痛みは引いてしまいますから。

 ただ、どんなにお尻を強くぶたれたとしても、こうした痛みが
10分たっても抜けないということはありませんでした。
 もし、その事で次の授業に影響がでたら、次の時間を担当する
先生の授業を妨害したことになりますから、どの先生もそこまで
強くはぶたないのです。

 とはいえ、女の子たちはこれを材料に私の処へ集まってきます。

 「ねえ、お尻大丈夫?」
 「でも、本当はお尻がまだ痛いんじゃない?」
 「保健室でお薬つけてもらうんなら連れて行ってあげるよ」
 「ねえねえ、私のクッション貸してあげる」

 たちまち私の周りで色んな言葉が飛び交います。
 私は、その一つ一つに応対して……
 「大丈夫よ」
 「もう、お尻なんて痛くないから……」
 「そんなことしなくていいわよ」
 「クッションなんていらない。私、自分の持ってるもん」
 なんていう返事をお友だちに返さなければなりませんでした。

 女の子同士って、楽しくもうっとうしくもありますが、逃げる
ことはできませんでした。だって、女の子だったらみんなそうで
しょうけど、お友だちの間で孤立したくはありませんから。

 というわけで、後はみんなでワイワイ言いながら。図画の教室
へ戻ります。
 私たちのお仕置きのせいで15分ほど時間を取られましたが、
4時間目の図工の時間はまだまだ残っています。

 そこで待っていたのは、お外で描いたスケッチに水彩絵の具で
色をつけするという地味な作業。でも、その先には楽しみな給食
が待っていました。

***********************

小暮男爵 << §10 >>

小暮男爵

***<< §10 >>****

 小宮先生と高梨先生がそれぞれに教え子の着替えをすませると、
私と広志君を隔てていた幕が取り去られます。
 私は予備の服で対応できましたが、男の子用の制服にちょうど
サイズの合う服がなかったのでしょう。広志君の方は体操服です。

 濃紺の襟なし上着に白シャツ姿もいいけれど、男の子は体操服
を着ると何だか凛々しく感じられて素敵です。

 ところが、ヒロ君、私と目を合わせるなりはにかみます。
 自分だけ別の衣装が変わってしまったのが恥ずかしかったので
しょうか。それとも、同じ境遇の相手を見て鏡を見ているようで
嫌だったのか、下を向いてしまいました。

 二人はお互い同じ身の上。これから先生にお尻を叩かれようと
している悲しい定めの少年少女です。そんな同じ境遇の子が再び
視線を合せた時、今度は、なぜか二人して笑ってしまいました。

 ほどなく四時間目の開始を告げるチャイムがこの中庭にも響き、
花壇の手入れに来ていた下級生たちも駆け足でそれぞれの教室へ
帰って行きます。

 チャイムが鳴り終えると、それを待っていたように小宮先生が
手を叩きました。
 「さあ、みなさん。このお二人さんのお着替えも無事にすみま
したから、今度は、内側を向いてくださいね」

 すると、大きな輪を作ってくれたいた子供たちが一斉にこちら
を向き直ります。
 沢山の目が一斉にこちらを見ますから、それって、ちょっぴり
恐怖です。

 『あ~あ、いよいよかあ~~~やっぱり嫌だなあ~~』
 私は愚痴を言いながらも覚悟を決めます。
 でも、その前にちょっとした事件がありました。

 「芹菜(せりな)ちゃんと明君、こちらへいらっしゃい」
 小宮先生は凛とした声で二人を指名します。

 実はこの二人、私たちがお着替えの最中も先生から時々注意を
受けていました。

 やがて、恐る恐る輪の中から出てきた二人が先生の目の前まで
やってくると、いきなり……

 「あ~いや~~ごめんなさい」
 オカッパ頭の芹菜ちゃんが叫びます。
 芹菜ちゃんは小宮先生が背中からお腹へと左腕を回した瞬間、
何をされるかが分かったようでした。

 小宮先生は芹菜ちゃんの身体を立たせたままで前屈させると、
右手でその白いパンツを叩き始めます。

 当時私たちが着ていた制服のスカート丈はとても短くて、ある
程度前屈するれば、すぐにパンツが丸見えるようになっています。
 お尻叩きが当たり前のこの学校で先生が子供たちへのお仕置き
をしやすいようにそんなデザインした。私たちはそう考えていま
した。
 いずれにしても、小宮先生、芹菜ちゃんのスカートを捲る必要
がありませんでした。

 「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
 続けざまに六回。小宮先生は息つく暇なく芹菜ちゃんを叩いて
こう叱るのです。

 「先生、お着替えの最中は決して振り返っちゃだめですよって
注意したわよね。覚えてる?」

 「はい」

 「だったら、どうして、あなたは私の言うことがきけないの。
チラチラと後ろを振り返って、覗き見なんてみっともないわよ」

 「ごめんなさい」

 「誰だってお友だちにも見られたくないものはあるの。あなた
だって裸で廊下に立ちたくはないでしょう。やってみたい?」

 「いやです。そんなのいやです。ごめんなさい。もうしません
から」
 芹菜ちゃんの顔は真っ青、唇が震えています。

 さすがにこの程度のことでは、そんなに厳しい罰は受けないで
しょうが、私も実際にそうした子を見たことがありましたから、
芹菜ちゃんだって必死にならざるを得ません。
 
 そして、二宮先生はそんな芹菜ちゃんの必死さを見て……
 「いいでしょう、今度から気をつけるんですよ」
 と許してくれたのでした。

 さて、今度は明君です。

 「あっ、いや、だめ~~」
 小宮先生の左腕が明君に背中に捲きついた瞬間、まだぶたれて
もいないのにボーイソプラノの悲鳴が上がります。
 男の子は我慢強いのか、鈍感なのか、女の子のように何にでも
すぐに悲鳴を上げたりしません。でも、明君、芹菜ちゃんの姿を
見てびびったみたいでした。

 要領は芹菜ちゃんの時と同じ。
 「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
 という小気味の良い破裂音が半ズボンの上から上がります。

 女の子がパンツの上で男の子はズボンの上。ちょっと不公平な
気もしますが、小宮先生はその分男の子の方を強く叩いて公平に
なるようにしていました。

 「いやあ~~~ごめんなさい、もうしません、もうしません」
 明君はたちまち先生に謝ります。

 小宮先生も小学生相手にもちろん本気でなんか叩いていません。
でも、あまり弱過ぎてもお仕置きの効果がありませんから、その
あたりの微妙な匙加減は過去の経験で調整していました。

 私の学校は体罰を否定しませんから、お尻叩きも毎日のように
行われます。このため先生方もそうした加減はよく心得ておいで
なのです。
 罪の軽重、情状酌量の余地、年齢、男女の別、健康状態、何日
何時間前にどんな罰を受けたかなど、ありとあらゆる情報が先生
の頭の中にはあります。それを精査した上で先生は生徒のお尻を
叩くのでした。

 「女の子の着替えを覗こうだなんて……男の子が最もやっては
いけない行為だわ。あなたのやったことはとっても恥ずかしい事
なのよ」

 「はい、ごめんなさい。もうしません」
 明君、半べそをかいて謝ります。

 実は、明君、小柄な小宮先生よりすでに身長が高いのですが、
そんな明君も小宮先生が苦手です。先生がその瞬間ちょっと恐い
顔をしただけで、いまだにおどおどたじたじになるのでした。

 「さあ、では始めましょうか。もうすでに4時間目が始まって
ますからね、テキパキとすませるわよ」

 小宮先生の声に私も広志君も緊張が走ります。
 もう、覚悟を決めるしかありませんでした。

 「さあ、どちらからにする?どちらでもいいわよ」
 小宮先生はあらかじめそこにあった木製の椅子。私たちが普段
教室で座っているのと同じものに腰を下ろして私たち二人を見つ
めます。

 こんな時って、『では、私(僕)が先に…』なんて言えません。
 もじもじしていると……。

 「それじゃあ、美咲ちゃんいらっしゃい」
 最初に指名されたのは私てせした。もちろん行かないわけには
いきません。

 「お作法はいつも通りよ。ここで、膝まづきなさい」

 先生の指示で私は先生の目の前に膝まづきます。
 両手を胸の前で組んで大きく深呼吸。

 「私は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」

 もちろん本心じゃありませんから、辛い言葉です。でも勇気を
振り絞ってそれは言わなければなりませんでした。

 「あなたも五年生ですから、これまでに何度も聞いて耳にたこ
ができてると思いますけど、我校のお仕置きは先生から無理やり
やらされるのではなく、自分の至らない処を治していただく為に
先生方にお願いしてやっていただくものなんです。……それは、
わかってますね?」

 「はい、先生。お願いします」

 「よろしい、それでこそ、うちの生徒です」
 小宮先生は私を褒め、それから、あたりを見回して周囲を取り
囲む子供たちに向かってもこうおっしゃるのでした。

 「それから、みなさんにも注意があります。最近、みなさんの
中に、お友だちのお仕置きを見学しているさなか笑う人がいます
けど、あれはとってもいけないことです。お仕置きは恥ずかしい
ことを強制されているのではありません。自分を高める為に行う
神聖な試練の場なんです。そして、これは見学するあなたたちに
とっても大切なお勉強の場なんです。真剣な気持で臨まなければ
なりません。そんな時、お友だちを笑うなんて失礼です。先生は
そうした子を許しません。見つけしだい、その子にもこの二人と
同じお仕置きを受けてもらいます。いいですね」

 小宮先生の凛とした声があたりに響きます。

 「はい、わかりました」

 この時、子どもたちの全員が声を上げたわけではありません。
でも『笑うとお仕置き』という情報だけは、しっかりとみんなに
伝わったみたいでした。

 「さあ、美咲ちゃん、ここへいらっしゃい」
 小宮先生が椅子に腰掛けたままでご自分の膝を叩きます。
 すると、ここで思いがけないことが起きました。

 高梨先生が口を挟んだのです。
 「あのう先生、大変申し上げにくいのですが、もう、よろしい
んじゃないでしょうか?」

 「えっ?」
 突然、小宮先生、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になります。
 小宮先生としても、まさか高梨先生が発言されるとは、思って
いられなかったみたいでした。

 振り返った小宮先生に高梨先生が……
 「いえ、二人を許してもらえないでしょうか。今回の件は私が
大騒ぎしなければ、こんなことにはならなかったと思うんです。
ですから、私にも罪はありますから……」
 と、申し入れてくれたのです。

 高梨先生はいわば臨時の先生。普段なら学校行事のような事に
口を挟むようなことはなさいませんが、それがこの件に関しては
異を唱えられたのでした。

 小宮先生はしばし考えておられましたが、笑顔になります。
 「大丈夫ですよ。先生のお気遣いには感謝しますが、この件で
先生に罪はありませんもの。これはあくまで持ち場を勝手離れた
この子たちの問題ですから……それは別物です」

 小宮先生が決断して、お仕置きを免れるという私の夢は砕け散
ります。でも、小宮先生自身は高梨先生のそうした声かけを不快
に感じられていたわけではありませんでした。

 いよいよ、私は先生の膝にうつ伏せになります。
 両足のつま先が僅かに地面を掃く程度。私の身体はほぼ完全に
先生の膝の上に乗っかっります。

 プリーツスカートの裾が捲られ、白いパンツがお友だちの前に
晒されます。女の子の場合、大半がこうでした。

 恥ずかしい姿。でも、もうここまでくると私も度胸が定まって
いました。
 『とにかく、早く終わらせなくちゃ』
 と、そればかり考えて私は小宮先生のお膝に乗っていたのです。

 「あなた、どうして破れた金網からお外に出たの?あそこは、
生徒が立ち入ってはいけないって知ってるわよね。先生、何度も
注意したものね」

 「はい」
 私はその瞬間、顔をしかめます。
 「ピシッ」
 という音と共に、最初の平手がお尻に届いたからでした。

 「ふう」
 小さくため息がこぼれます。最初はそんなに痛くありません。
もちろん、まったく痛くないわけじゃありませんが、子供でも
悲鳴は上げずに耐えられる程度です。

 「さて、それがどうして金網を越えてお外へ出ちゃったのかな?」

 「それは…………広志君を止めようと思って……」

 「本当に?」
 小宮先生は思わず先生の方を振り返った私の顔を疑わしそうな
目で覗き込みます。

 「本当です」
 思わず声が大きくなりました。

 「そう、それじゃあなぜ、すぐに戻ってこなかったの?広志君
に注意したら、すぐに戻れるでしょう?」

 「それは……」
 私は答えに窮します。だって、それって私自身にも分からない
ことでしたから。

 確かに、先生の言う通りなんですが、あの時、突然、広志君に
抱きつかれて……斜面を滑って……危ないところで止まって……
二人で笑って……あとは、何となくああなってしまった、としか
言いようがありませんでした。

 「楽しかったんでしょう?」

 「えっ!」
 核心を突く質問。思わず……
 「そ、そんなことは……」
 と言ってしまいましたが……

 「痛い!」
 次の『ピシッ』がやってきました。

 「嘘はいけないわ。それじゃあ、広志君がここにいなきゃだめ
だって強制したの?脅かされて着いて行ったの?」

 「あっ、いや、だめ」
 続けざまに次の『ピシッ』がやってきます。

 「ダメな事をしたのはあなたじゃなくて。広志君『帰れ』って
言ったのにあなた着いて行ったそうじゃないの。……それって、
その方が楽しいと思ったからでしょう」

 「それは……」
 小さな声で迷っていると……
 「あっ、痛い」
 また痛いのがやってきます。

 「どうなの、違うの!」

 「あっ、いや~~」
 続けざまの『ピシッ』です。

 「ごめんなさい」
 私はとにかく痛いのから逃れたくて本能的に誤ってしまいます。

 「要するに、ミイラ取りがミイラになったということだわね。
ということは、ミーミはヒロ君が好きなんだ」

 「えっ、……違います。そんなことじゃなくて……」
 私は思わず大声、顔も自分で火照っているのが分かるくらいに
真っ赤でした。

 「いいのよ、それは、それで……自然なことだもの。誰だって
好きな子と一緒にいたいものね」
 先生の右手がお尻ではなく頭の上に乗っかります。
 その右手で私は自分の頭が静かに撫でられていくのを感じて
いました。

 でも、結果が変わることはありませんでした。
 「事情はわかったけど、規則は規則よ。あなただけを特別扱い
できないの。罰はちゃんと受けないとね」
 
 私は先生の言葉を否定しようとして、先生の方を振り返ったの
ですが、その瞬間、両脇を抱えられて体をごぼう抜きにされます。

 今度お尻が着地したのは先生の膝の上。
 先生は私とにらめっこする形で私を膝の上に抱っこさせたので
した。

 「わかりました。それじゃあ、あと五回で終わりにしましょう」
 先生はその姿勢で頬擦りをして私の頬に流れ落ちる涙を拭き取
ります。

 「恐い?……でも、これを乗り越えなくちゃ、あなたお友だち
の教室へ戻れないの。お仕置きを受けて綺麗な身体にならないと
お友だちの処へは戻れないのよ。そのルールは知ってるでしょう」

 そして、私の気持が少し落ち着いたのを間近に見て確かめると、
やおらポケットからタオル地のハンカチを取り出します。

 「最後の五回はとっても痛いから、用心のためにこれを噛んで
おいてね。……あ~~んして」
 先生はそう言って取り出したハンカチを私の口の中へ。
 これも女の子へのお尻叩きではお定まりの儀式でした。

 私は再び小宮先生のお膝の上に戻されるとスカートを捲くられ
今度はショーツまでも太股へ引き下ろされます。

 スーっとお尻を風がなでると、友だちの視線が気になります。
勿論これって恥ずかしいことなんですけど、問題はこれだけでは
ありませんでした。

 「えっ!」
 私の目の前に突如、河合先生が……
 先生は誰に頼まれた訳でもないのに私の両手首を握りしめます。
私、まるで手錠を掛けられた犯人みたいでした。

 私は恐怖心から慌てて振りほどこうとしましたが大人と子供の
力の差はどうしようもありません。

 「観念なさい。この方があなたの為よ」
 河合先生は笑っています。

 いえ、もう一つあります。
 「えっ、何なの?」
 そうやって手の方に気を取られているうちに今度は両足も誰か
に押さえられていました。

 そして私の腰を押さえている小宮先生の左手にもこのまで以上
の力が入っていることがわかります。

 本当にがんじがらめです。
 『か弱い11歳の少女を大人三人で押さえたりして、こんなの
いや~~~~~』
 私はこの場で叫びたい衝動を必死に押さえます。

 もう緊張MAXでした。

 そんな大人たちによって締め上げるだけ締め上げられた身体に
最初の一撃が下ります。

 「ビッシ~~~」

 何度も言いましたが、ここでお尻叩きなんて珍しくありません。
毎日誰かがぶたれてます。でも、その毎日、私だけがぶたれてる
わけではありません。誰かがぶたれているというだけです。

 ですから、しばらくお尻を叩かれていなかった私はその凄さを
久しぶりに実感します。

 「ひぃ~~~~」
 尾てい骨から背骨を電気が走りぬけ、脳天から抜けて行きます。

 もちろん先生の右手は平手。鞭なんて持ってはいません。
 でも、大人がちょっとスナップを利かせれば、子供にとっては
手足すべてがバラバラになるほどの衝撃でした。

 「あら、久しぶりだったので、ちょっと痛かったみたいね」
 涙ぐむ私を小宮先生は優しく声をかけます。

 そして、こう続けるのです。
 「ハンカチ、役に立ったでしょう。稀にだけど舌を噛んじゃう
子がいるの。用心にこしたことないわ」

 たしかにハンカチは役に立ちました。そして河合先生とヒロ君
のお母さんのいましめも……

 私はその瞬間、痛さに耐えかねて小宮先生のお膝を離れようと
したのです。
 でも、もし小宮先生のお膝を立ち退いて地面に立ってしまった
ら……ショーツを脱がされてる私はお友だちの前でお臍の下まで
晒すことになります。

 それだけじゃありません。お尻叩きを受けている最中、先生の
お膝から離れるのは重大な規律違反です。閻魔帳にXが二つ以上
つきます。新しいお仕置きが追加されることもあります。
 それを救ってくれたのは、河合先生と広志君のお母さんでした。

 「さあ、もう一ついくわよ」
 小宮先生が宣言して二つ目がやってきます。

 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 前と同じです。背中を走る電気が後頭部から抜けていきます。
 なりふり構わず動かない手足をバタつかせます。

 「痛い、痛い、痛い、痛いから~~もっと優しくしてえ~~」
 私は恥も外聞もなく叫びます。

 もちろん、だからって小宮先生が許してくれたり威力を弱めて
くれたりはしません。でもそう叫ばずにはいられないくらい小宮
先生のお尻叩きは痛いのでした。

 「痛かった?」

 「うん」
 小宮先生から肩越しに尋ねられたから答えますが……

 「仕方がないわね、お仕置きだもん。我慢しなくちゃ」
 という答えしか返ってきませんでした。

 「はい、もう一つ」

 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 背中を走る電気は少し弱まりましたが、今度はその瞬間、眼球
が飛び出すくらいの圧力です。

 4発目
 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 相変わらず最初と同じようにぶたれるたびに『ひぃ~ひぃ~』
言っていますが、お尻が慣れたんでしょうか、前に比べれば痛み
もそれほどきつくなくなります。
 ただ、お尻の痛みを子宮が吸収して下腹にずどんという衝撃が
走ります。何とも不思議な気分です。

 5発目
 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」
 
 最後はとびっきり痛い一発。お尻叩きの数が決まっている時は
たいていこうなります。
 小宮先生が初めて力を込めて叩いた一発で私の頭はショート。
頭の中が真っ白になってくらくら。しばらくは何も考えることが
できませんでした。

 「ほら、大丈夫ですか?」

 私は小宮先生に起こされます。
 ひょっとしたらその瞬間は、短い間、気絶していたのかもしれ
ません。

 「さあ、最後にご挨拶しましょう」
 私はパンツを上げてもらうと、お仕置きのご挨拶を促されます。
 それは、この学校の生徒なら全員経験のあるご挨拶でした。

 私は衣服を自分で整えると小宮先生の足元に膝まづいて両手を
胸の前に組みます。

 「小宮先生、お仕置きありがとうございました。美咲は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」

 これはお仕置きを受けた子が必ず言わされる『先生への感謝の
言葉』。これを言わないうちはお仕置きは終わらないのでした。

 「はい、いい子でした。これであなたもまた五年生に戻れます
よ。これからも楽しくやりましょうね」

 先生はそう言って私を再びお膝の上へ迎え入れます。
 もちろん、それはお仕置きのためではありません。私を優しく
愛撫するため。お仕置きの後は、必ず先生から慰めてもらえます。

 これは厳しいお仕置きを我慢した子の唯一の役得。
 もちろん、だからと言ってわざとお仕置きをもらうような子は
いませんでした。

*****YATTOHMADEKIMASHITA*****

小暮男爵 << §9 >>

小暮男爵

***<< §9 >>****

 
 私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻ってきます。
 すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていました。

 気になってその辺りを観察すると、私たちがこっそり利用した
はずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せずにこちら
の世界へ行けそうです。
 いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。

 こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。

 「ごきげんよう、園長先生」
 私はいつもの習慣で声を掛けます。

 きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
なさったのでしょう。
 振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。

 でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
 園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。

 園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。

 もちろん、園長先生自身が子どもたちをお仕置きするなんて、
まずありませんでした。ですから、こちらも気楽に声が掛けられ
たんだと思います。

 ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
 「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしいかったんですか?
他の先生たちみたいに怒ったこと一度もありませんでしたよね」
 って尋ねたら……

 「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」

 「はい」

 「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみからなら虐待。私の仕事は子どもたちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」

 「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」

 「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」

 私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは、『なるほど』って思い返すんです。

 そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
 「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
 というものでした。

 まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。

 「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描いたの。私、パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど、そこってまるで西洋の風景画みたいなの」

 「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」

 園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
 「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
 ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
るので私はちょっぴりショックでした。

 「ねえ、園長先生はここで何してるの」
 私はついに禁断の質問をしてしまいます。

 「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かが外に出たみたいなの」

 「!!!」
 私はハッとします。
 『ヤバイ、ばれてたんだ』
 というわけです。

 「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」

 園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
 もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。

 事の重大性……
 重い言葉ですが、子供にとって事の重大性というのは自分の事
だけです。要するに……
 『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
 と、頭の中そればかりでした。

 「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったの」

 園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。

 「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って……」

 私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。

 「ごめんなさい。それ、私たちです」
 私が白状すると……

 「そう、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
みせて」
 園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。

 「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
 園長先生の顔が少し厳しくなりました。

 「へび?」

 「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ってるし落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」

 「えっ!」
 ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。

 「だって、あなたは常習犯だもの」
 それが園長先生の答えでした。

 「常習犯?」
 私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。

 ちょうどその時です。
 小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。

 「園長先生、…………」
 そう呼びかけただけで言葉が止まり。
 私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。

 「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」

 「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
 呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。

 「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」

 「えっ……」
 ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
 『背筋も凍る』そんな感じだったんでしょうか。
 ヒロ君の瞳が潤んで見えました。

 広志君の場合、私たちのお父様にあたる人がそのお母様でした。
私が見ている限り、その人はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』ということでした。

 その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられているというのです。

 そこで、夏のプールで海パン姿になった広志君をじっくり観察
しましたが、その痕跡は発見できませんでした。
 それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せ合って噂します。

 『きっとお尻に据えられてるのよ』
 『お臍の下じゃない』
 『ひっとして……オチンチンだったりして』
 『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
 『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』

 女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?

 そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
 実際、秘密のあそこに据えられた子もいましたから。


 さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
 「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」

 もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。

 途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。

 「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
 理沙ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
 「ちょっと、散歩よ。散歩」

 「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
 「真美ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ私、蛇になんか
噛まれてないから」
 「えっ?蛇って?」
 どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。

 「いやだあミーミ。生きてんじゃない。残念だなあ~~。私、
さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞いからお葬式いつだろう
って思ってたのに~~」
 遥お姉さまに会ってしまいました。お姉さまは、普段から人の
嫌がることばかり言う皮肉屋さんですが本当は心の優しい子です。

 「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
 「わかった、わかった、いい子いい子」
 お姉さまはまるで幼い子みたいに私をなだめて抱きしめます。

 『バカにするなあ~~~!!』
 ってなもんですが、私は遥お姉さまがあまりに強く抱きしめる
ものですから突き放すことができずそのまま抱かれてしまいます。

 こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。
 こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
 これが女の子の仁義でした。

 というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
 でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。

 「ここで待ってなさい」
 小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
だったでしょうか、そこは四方に建つ校舎のおかげで風も穏やか、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所でした。

 そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
 クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。

 やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
 私はその数の多さに圧倒されます。

 『どういうことかしら?』

 実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。

 生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。

 「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」

 小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
 それを小宮先生が運んできたのです。

 ですから、私……
 「わかりました。更衣室へ行ってきます」
 そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……

 「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」

 小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
 広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。

 「…………」
 私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んでそれを無視。

 その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右させます。
 つまり外を向かせたわけです。

 これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
 でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。

 『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
 私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。

 「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せを噛み締め
てほしいの。……わかった?」

 小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。

 私たちも……
 「はい、わかりました」
 「先生、ごめんなさい」
 こう言うしかありませんでした。

 「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」

 「えっ!」
 私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
 「はい、先生」
 やはり、こう言うしかありません。

 今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。

 ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。

 「高梨先生、お手伝いいただけますか」
 小宮先生が高梨先生を呼びます。
 それは私の身体を硬直させる言葉でした。

 高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
 私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。

 高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
 当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。

 でも……
 『高梨先生は男の先生だから嫌です』
 とは、うちの学校では言えませんでした。

 なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
 そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。

ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。

 『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
 先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。

 結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。

 朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人のやってる
ことに何一つ手出しができませんでした。
 勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。

 これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。

 輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
 でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。

 もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
 『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』
 とでも言いたげでした。

 小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。

 「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」

 「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」

 「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」

 「それは……」

 「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」

 「…………」
 私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。

 「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」

 「…………」
 幼い私にその実感はありませんでした。
 この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。

 すると、小宮先生は微笑まれて……
 「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『お外にはもっとすばらしい世界が広がってる』と思って
るのかもしれないわね。でも、青い鳥と同じ。本当の幸せはここ
にあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」

 「はい、先生」
 私は小宮先生のお説教は理解不能でしたがこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。

 それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。

 「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
 小宮先生、やっと私に新しいパンツを穿かせてくれます。

 でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
 実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。

 着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
 下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うといい気持はしませんでした。

 一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
 「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」

 『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
 と思いました。
 そして、黙っていると……

 「いいですね」
 と、小宮先生に念を押されます。

 「はい、先生」
 もちろん、私はこう言うしかありませんでした。

*******2訂**********

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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