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小暮男爵 <第一章> §8 / 桃源郷にて

小暮男爵/第一章

小暮男爵 <第一章>

<<目次>>
§1  旅立ち         *  §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    *   §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    *   §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        *   §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       *   §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事      *   §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           *  §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて      *   §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還  *   §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① *   §20 六年生へのお仕置き

****<< §8 >>****/桃源郷にて/****

 世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。

 いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。

 国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなのお構いなし。先生が自由に課題
を決めて授業を始めますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんて事
も……。

 この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……

 紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについて物語ると、
源氏物語、枕草子からにじみ出る二人の性格の違いについてとか、
はては、平安貴族の日常生活や恋愛事情なんてことまで………

 今、思い返すとおよそ小学生に聞かせる内容じゃない気もする
んですが、小宮先生の名調子に乗せられて、私たちは平安時代の
優美な世界に心を躍らせて聞いています。
 その後、平安貴族になったつもりで寸劇。古語は難しくて爆笑
また爆笑でした。

 もちろん、こんなことやってみても学力とは何の関係もありま
せんけど、宿題テストが不合格になって無味乾燥な教科書の復習
をやらされるより、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業で
した。

 ユニークなのは国語だけじゃありません。
 理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりをやらせます。
だから、理科というのは動植物の観察か実験をやるための遊びの
時間だと思っていましたし、社会科は社会科見学であちこち回り
ますから、これは遠足の時間なんだと思っていました。

 いずれにしてもこの二つの教科は興味さえあれば他に勉強する
ことのない楽な教科でした。教科書を一度も開かないまま学期末
になったりして、家庭教師の先生から、せめて教科書のおさらい
だけはしてくださいと言われて最後にやったのを覚えています。

 この他にも、音楽祭、学芸会、文化祭など各種行事や催し物が
たくさん組んでありますから、けっこう楽しいスクールライフで
した。

 もっともそのおかげで、掛け算の九九やローマ字も全て夏休み
の宿題。
 うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。

 この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
 実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。

 他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのか、わくわくしながら待つことができます。
 でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいってもその後の授業があまり代わり映えしません。

 いえ、算数だって教科書をそのままやっていたわけじゃありま
せん。先生は面白くしようと工夫なさっていました。
 例えば……

 「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
 なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。

 何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
 人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
 数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。

 それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
 せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。

 とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
 でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。

 そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。

 私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
 それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。

 これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。

 これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。

 女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
 とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。

 ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数は
いりません。

 でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。


 話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。

 その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。

 これにはみんな大賛成でした。
 辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。

 私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思って
いました。

 「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」

 でも……
 「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
 「いいじゃない。一緒に描こうよ」
 「いやだよ、あっちへ行けよ!」
 広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。

 「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
 私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しますが、でも、なぜか彼のことが気になって離れた処から
ずっと広志君の様子を窺っていたんです。

 また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました
から。

 ところが……
 『えっ!』
 私は驚きます。

 その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
 しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。

 それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
 そして、広志君自身も……消えた!

 『いや、待ってよ。……それって、やばいよ』
 私は広志君が脱走するところを見てしまいました。

 広志君は古くなった金網が腐りかけているのを利用して、今、
フェンスの向こう側へ出ようとしています。

 でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の小宮先生に……
 「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行ってはだめですよ」
 って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。

 『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
 『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
 私の心臓がどぎまぎします。

 私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
 もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。

 だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです
から……もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくは
クラスのお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。

 実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでしたから。
 クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。

 大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしてただけなんですが、最後の10回
は……

 「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
 とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。

 みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。

 先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。

 それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれませんね。

 そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
 その時はまったく理解できませんでした。

 広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが良い子としては普通の判断ですから。

 でも、私は……
 『せっかくのチャンス。広志君の秘密が知りたい』
 そんな思いがあって別の決心をします。

 『私も……』

 私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近で力いっぱい捲れば子供一人分が開く場所を発見。
 誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
 何のことはない広志君と同じことをしたのでした。

 中に入る時は、さすがに緊張しました。女の子は先生に叱られ
たくありません。もちろん男の子だってそうでしょうけど男の子
以上に怖がりなんです。
 ですから、金網の外に出る瞬間は相当なスリルでした。

 でも中に入ってみると、そこは先生がガミガミ言うほど危険な
場所ではありませんでした。コンクリートが打たれた土手の上と
いった感じの処で幅が1m位もありますから見た感じ結構広くて
安全そうです。

 そこからの景色は眼下には乗用車がずらり。それって私たちが
普段お世話になっている駐車場でした。

 『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
 眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。

 この土手は生徒は立ち入り禁止でも庭師や電気工事の人が利用
しますから道幅も広く安全に作られていました。

 ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない細い道。さらにそこも越えてしまうと、その先
には地面がありませんでした。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の
周囲を彩る銀杏の木々がそこに頭だけを出しています。

 この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、この崖から
足を滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかも
しれません。
 舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺めると、足元が不安定で目もくらむような高さを感じます。

 だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。


 私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。

 『あれ?……』
 土手の端で踵だけコンクリートに着けてあちこちキョロキョロ
探していると……いきなりでした。

 「きゃあ~~~」

 誰かに両肩を掴まれます。
 驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。

 それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私はその人にもの凄い力でしがみ付きます。

 「ばか、やめろ!」
 それは八手の木陰から出てきた広志君にとっても予想外だった
のでしょう、二人は土手の上であたふた。

 「いやあ~~~」
 結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。

 その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
 昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。

 「何よ、何すんのよ」
 私は広志君の顔を見て怒ります。
 彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。

 「ごめん」
 彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
 いえ、本当は二人抱き合って滑ってる途中に彼だと気づいて、
とっても楽しかったんですがそんなこと恥ずかしくて言えません
でした。

 でもこれって、危ないスポーツだったのです。
 何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まっていたんですから。
 もう少しで本当に崖から落ちていたところでした。

 身体は無事でしたが……
 「あっ、私のパステルが……」
 私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
 どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。

 「拾いに行かなくちゃ」
 私が言うと、広志君が……
 「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」

 私の願いはこうして図らずも実現します。

 でも、女の子って偏屈です。
 「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
 私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。

 すると……
 「いやあ~!」
 またもやバランスを崩して今度こそ本当に崖から落ちそうに。
 それを助けてくれたのも広志君でした。

 「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻ってもどうせ先生に見つかっちゃうもん」

 私の作戦は大成功。広志君の困った顔、べそかいた顔って素敵
です。

 でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまででした。
 この後の私は、もう何もできませんでした。
 『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。

 「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
 私が尋ねると……
 「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」

 ヒロ君が私の手を取ります。
 ぐいぐい引っ張ります。
 走ります。
 足元が滑ります。
 そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
 まるで夢のように幸せな世界でした。

 もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。
 なんですが……幸せいっぱいの私には、そんな不幸な未来など
頭の片隅にもありませんでした。


 私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
 そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。

 そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くまで続く場所。そのさらに
先には煙に煙る港町の遠景が広がっています。それだけではあり
ません。私たちの頭上を覆う厚い雲は渦を捲いて怖いくらいです
が、雲間から差し込む光の柱はとても神々しくて、まるで宗教画
のようです。その陽の光を伝い今にも天使が下りてきそうでした。

 「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
厚い雲が渦巻く中を光の柱が地上に届いてるの。わあ~~綺麗。
いいなあ~こんなの。学校のこんな近くにこんな処があったのね。
私、生まれて初めてこんな空を見たわ」
 私は思わず感嘆の声を上げます。

 私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があっても発見するチャンス
はありませんでした。

 「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭は平凡でつまんないもん」

 広志君は私の手を引いて緩やかな谷をどんどん下っていきます。
 でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
 心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつき始めていましたが、
一生懸命振り払います。

 『私にこんな勇気があったなんて……』
 私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。


 広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
二人がちょうど肩を寄せ合って入れるくらいの小さな洞窟があり
ます。

 「ここにしよう。僕はこの百合が描きたかったんだ」

 ここには大きくて立派な山白百合が少し間を置いてあちこちに
咲いています。
 広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。

 ここからは近くのその百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の
教会があったり、赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたな
びく煙や鉄橋を通過していく列車もはっきり見えます。

 私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。

 ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。

 広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
までがたくさん描きこまれていたのです。

 「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」

 私が不思議そうに尋ねると……
 「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめたんだ」

 「それって、インチキじゃないの?」

 「そんなことないよ。この方がシルエットが美しいもの。……
バランスが取れてて美しい構図になるなら、僕は何でも足すし、
何でも省略する。絵画は美の追求。写真の模写じゃないからね、
これでいいんだよ」
 よくわかりませんが、カッコいいことを言います。

 そのうち、私の出来上がったスケッチを一瞥すると鼻で笑って
…………。

 「あっ、やめて!!」
 私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。

 「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
 広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。

 でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
 『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
 と思うのでした。

 「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
 私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。

 幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。

************<8>************

小暮男爵 ~第一章~ §9 / 桃源郷からの帰還

小暮男爵 / <第一章>

***<< §9 >>***/桃源郷からの帰還/***

 スケッチが終わり、私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻って
きます。
 すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていらっしゃい
ました。

 気になってその辺りを恐る恐る観察すると、私たちがこっそり
利用したはずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せず
にこちらの世界へ行けそうです。
 いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。

 こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。

 「ごきげんよう、園長先生」
 私はいつもの習慣で声を掛けます。

 きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
されたんでしょう。
 振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。

 でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
 園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。

 園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。

 もちろんそれはゼロではありませんが、園長先生自身が子ども
たちをお仕置きすることはほとんどありませんでした。
 ですから、こちらも気楽に声が掛けられるのです。

 ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
 「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしかったんですか?」
と尋ねたら……

 「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」

 「はい」

 「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみがあるなら虐待。私の仕事は子供たちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」

 「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」

 「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」

 私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは何かあるたびに『なるほど』って思い返す
んです。

 そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
 「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
 というものでした。

 まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。

 「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描きました。私パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど……そこってまるで西洋の風景画みたいで
凄かったんです」

 「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」

 園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
 「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
 ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
ますから私はちょっぴりショックでした。

 「ねえ、園長先生はここで何してるの?」
 私はついに禁断の質問をしてしまいます。

 「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かさんが外に出たみたいなの」

 「!!!」
 私はハッとします。
 『ヤバイ、ばれてたんだ』
 というわけです。

 「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」

 園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
 もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。

 事の重大性……
 重い言葉ですが、私にとって事の重大性というのは他人に迷惑
をかけたということではありません。自分の事だけです。要する
に……
 『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
 と、頭の中そればかりでした。

 「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったのよ」

 園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。

 「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って、それでここに立ってるの」

 私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。

 「ごめんなさい。それ、私たちです」
 私が白状すると……

 「あら、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
をみせて」
 園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。

 「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
 園長先生の顔が少し厳しくなりました。

 「へび?」

 「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ったり、落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」

 「えっ!」
 ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。

 「だって、あなたは常習犯だもの」
 それが園長先生の答えでした。

 「常習犯?」
 私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。

 ちょうどその時です。
 小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。

 「園長先生、…………」
 そう呼びかけただけで言葉が止まり。
 私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。

 「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」

 「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
 呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。

 「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」

 「えっ……」
 ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
 『背筋も凍る』って、そんな感じだったんでしょうか。
 ヒロ君の瞳が潤んで見えました。

 小暮のお父様は、奥様と一緒に住まわれていませんでしたが、
広志君のお父様は奥様とご一緒に子供たちの面倒をみておられた
のです。ですから、広志君にはお母様がいらっしゃいます。

 私が見る限り、お母様はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』と囁かれていました。

 その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられていると聞いたことがありました。

 そこで、女の子たち、夏のプールで広志君をじっくり観察して
みたのですが、その痕跡は発見できませんでした。
 それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せて噂し合います。

 『きっとお尻の奥に据えられてるのよ』
 『お臍の中じゃない』
 『ひっとして……オチンチンだったりして』
 『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
 『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』
 『あそこって?』
 『ばか、変なこと聴かないでよ』

 女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?

 そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
 実際、すでに秘密のあそこに据えられていた子もいましたから。


 さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
 「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」

 もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。

 途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。

 「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
 詩織ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
 「ちょっと、散歩よ。散歩」

 「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
 「里香ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ、蛇になんかに
噛まれてないから」
 「えっ?蛇って?」
 どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。

 「いやだあミーミ。あんた生きてんじゃない。残念だなあ~~。
私さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞かされたからお葬式は
いつだろうって思ってたのに~~」
 そんなことを笑顔で言ってのけるのは朱音お姉様です。

 お姉様は普段から人の嫌がることばかり口にしてしまう皮肉屋
さんなんですが、本当は心の優しい子でした。

 「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
 「わかった、わかった、いい子いい子」
 お姉様は幼い子みたいに私の頭を撫でます。

 『バカにするなあ~~つい一年前までは私と同じ小学生だった
くせに!!』
 ってなもんですが、私は朱音お姉様があまりに強く抱きしめる
ので突き放すこともできず腰を抱かれた状態で足が宙に浮きます。
……そうしておいて、その場で一回転。
 これお姉様なりの愛情表現でした。

 思えば、朱音お姉様は、わざわざ中学校から私たちの小学校へ
駆けつけてくれていたのです。

 こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。ハイタッチ、ハグ、ほっぺたすりすり……
 こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
 これが女の子の流儀でした。

 というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
 でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。

 「ここで待ってなさい」
 小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
があったでしょうか、四方に建つ校舎のおかげで風も穏やかで、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所です。

 そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
 クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。

 やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
 私はその数の多さに圧倒されます。

 『どういうことかしら?』

 実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。

 生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。

 「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」

 小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
 それを小宮先生が運んできたのです。

 そこで、私……
 「わかりました。更衣室へ行ってきます」
 そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……

 「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」

 小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
 広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。

 「…………」
 私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んだだけでそれを無視。

 その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右をさせます。
 つまり外を向かせてくれたわけです。

 これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
 でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。

 『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
 私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。

 「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せをじっくり
噛み締めてほしいの。……わかった?」

 小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。

 私たちも……
 「はい、わかりました」
 「先生、ごめんなさい」
 こう言うしかありませんでした。

 「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」

 「えっ!」
 私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
 「はい、先生」
 やはり、こう言うしかありません。

 今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。

 ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。

 「高梨先生、お手伝いいただけますか」
 小宮先生が高梨先生を呼びます。
 それは私の身体を硬直させる言葉でした。

 高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
 私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。

 高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
 当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。

 でも……
 『高梨先生は男の先生だから嫌です』
 とは、うちの学校の場合、言えませんでした。

 なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
 そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。

ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。

 『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
 先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。

 結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。

 要するに朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人の
やってることに何一つ手出しができませんでした。
 勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。

 これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。

 輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
 でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。

 もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』と
言わんばかりでした。

 小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。

 「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」

 「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」

 「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」

 「それは……」

 「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」

 「…………」
 私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。

 「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」

 「…………」
 ま、そう言われても幼い私にその実感はありませんでした。
 この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。

 すると、小宮先生は微笑まれて……
 「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『外では童話のようなもっと素晴らしい世界が広がってる』
と思ってるのかもしれないわね。でも、それはね、青い鳥と同じ。
本当の幸せはここにあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」

 「はい、先生」
 小宮先生のお説教は理解不能でしたが、でもこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。

 それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。

 「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
 小宮先生、素っ裸にしていた私にやっと新しいパンツを穿かせ
てくれます。

 でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
 実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。

 着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
 下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うと、そこはいい気持ではありませんでした。

 一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
 「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」

 『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
 と思いました。
 そして、黙っていると……

 「いいですね」
 と、小宮先生に念を押されます。

 「はい、先生」
 もちろん、私はこう言うしかありませんでした。


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Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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