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やさしいお仕置き <第3回>

基本的にノンHなお話ですがこの回だけスパンキングの場面が
あります


********** 第 3 回 **********

 「さてと、先生の方からも何かやって欲しいということだから、
チー子、今日はお仕置きもするよ。覚悟しときなさいね」

 お父さんが諭すように言うと……
 「…………」
 チー子は静かに頷く。

 そりゃあ子供にとって、お仕置きが大好きだなんて子はいない
わけで誰だってその場から逃げたいところ、反抗したいところだ
が、実際の処、寄る辺なき身の上の彼らにそれはできなかった。

 ましてや良家の子女なんて呼ばれる子どもたちの場合は、親に
大声を上げて反論したり、抵抗したりする子は稀で、親が望めば
自らパンツを脱いでお尻を差し出す子だって珍しくはない。

 というのも、そうした家庭では親が子供をお仕置きする際なぜ
こうなったかをきちんと説明するし、子供の言い分だって聞く。
子どもの側にしても、親が自分に度外れたことはしないだろうと
いう信頼関係もあるから、庶民の家で行われるお仕置きのように
そこが修羅場になることはめったになかった。まるで台本のある
お芝居でも見ているかのように、とてもスムーズに行われるのが
普通だったのである。

 チー子もまた世間的にはそんな良家の子女の一員だったから、
お父さんがたとえどんな罰を言い渡したとしても、静かにそれを
受け入れてきた。

 もちろんそこには、それが義務だからということもあるのだが、
お仕置きの後は、お父さんが必ず優しくしてくれるという女の子
らしい読みもまた含まれていたのである。

 普段のチー子はお父さんとは仲良し。甘えん坊だったのだ。

 「いいかい、チー子。ペーパーテストというのはね、班単位で
成果をもちよるお勉強とは違うんだ。子供たち一人一人が、今、
どこまで理解できてるかを知るために必要な先生のお仕事なんだ。
だから、あくまで自分一人でやらなきゃ意味がないんだ。そこの
ところわかるよね?」

 「うん、先生も同じことおっしゃってたから」

 「そうだろう。うちも三年生の終わり頃からは世間一般の授業
のやり方に戻っていくから、先生からもそうしたこと何回も注意
を受けてきたはずだよね」

 「う……うん」
 元気のない返事。
 チー子だってこれがいけないことだとは百も承知していたのだ。

 「なのに、なぜそれを無視してお友達に答えを教えちゃったの
かな……」
 豊お父さんはそう言ってチー子の顔を両手で挟み付けると覗き
込むようにおでことおでこをぶつけてくる。

 「…………」
 お父さんは特別怖い顔をしていたわけではなかったが、チー子
にとってそれはとても怖かった。

 そして、一拍置いてから……
 「……お仕置きも仕方がないよね」

 お父さんの最後通牒だ。
 でも、チー子は最後の抵抗を試みる。

 「チー子だって、お父さんの言ってることはわかっていたよ。
だけど、家庭科って、みんながそれほど大事に思ってないみたい
だし……」
 これはチー子にとって人生初の試みだった。

 勿論、過去にも言い争いたい思いはあったのだが、これまでは
先生やお父さんに見つめられると、もうそれだけで何も言えなく
なってしまい、ただただごめんなさいって顔を作ってやり過ごし
ていたのである。

 「家庭科は大事じゃないって誰が言ったの?」

 「だって、お母さんが、主要四教科さえできたら大丈夫だって」

 「…………(また、余計なことを)…………」
 それを聞いたお父さんは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 さらに……
 「家庭科は大事なお勉強だよ。特に女の子はちゃんとできない
とお嫁に行った先で困るもの」
 と、当時としてはごく常識的なことを言うと……

 「大丈夫、大丈夫、私もお姉様みたいに結婚しないで働くから。
キャリアウーマンになってビトンのスーツを着て丸の内を歩くの」
 チー子の顔が明るく変わる。

 「でも、結婚しないと寂しくないかい?」
 豊氏が尋ねると……

 「だって、お父さんがいるもん。寂しくなんてないわよ」

 「なんだ、私をあてにしてるのか……」
 豊氏も思わず苦笑いになった。
 そして……
 「だけどね、私はチー子より長生きはできないと思うよ」
 と続けると……

 「それも大丈夫よ。お姉様が言ってたけど、寂しい時はツバメ
を飼うから大丈夫なんだって……」

 「…………(あの、バカ!!)…………」
 お父さんは思わず遥の方を向く。
 もちろん、機嫌のいい顔ではなかった。

 でも、気を取り直してこう尋ねてみると……
 「チー子、チー子はツバメを知ってるの?」

 「もちろん、知ってるわよ。理科で習ったもん。家の納屋にも
毎年春になるとやって来るじゃない」

 チー子の屈託のない笑顔にお父さんもほんのちょっぴり笑顔に
なった。

 「仲好しなのはとてもいいこと。お友だちを助けてあげるのも
とても立派なことだけど、これは、先生にとっても大事なお仕事
なんだから、邪魔してはいけなかったよね」

 「はい」

 チー子の学校では入学から三年生頃までは書き取りと計算問題
はこれでもかってぐらいしつこく反復練習させるけど、その他の
勉強では班単位で成果をもちよるグループ学習が主体。個々人を
ターゲットにした成果テストをあまりやってこなかった。
 勉強は競争するものではなく教えあうものだったのである。

 おかげでお友だち同士の仲はとてもよいのだが、どんな時でも
教えっこするのに抵抗がなくて、テスト中でさえお友だちから、
『ねえ、ここ見せてよ』なんてせがまれることがしばしばで……
チー子はそれを断りきれなかったのである。

 「本来テストというのは一人一人でやらなければならないもの
だから、たとえお友だちに見せてって頼まれてもそこはちやんと
断らなきゃいけなかったんだ」

 「ごめんなさい」

 「チー子だって4年生からは何度も先生から注意されてるはず
だよ。お友だちと教えっこしながら問題を解いちゃいけないって
……知ってるよね」

 「はい」

 「お父さんのお家では、いけないことと知っててやったのなら
お仕置きは免れないってお約束だったけど、わかってるかい?」

 「……はい……ごめんなさい」
 チー子は下を向いたまま泣き始める。

 男というのは、女の子にこうして泣かれると実に弱かった。
 自分自身が簡単に泣かないからよほどのことが起きたと感じて
しまうのかもしれない。だからこんな時の父親はすぐにお仕置き
にいかないで話を一旦そらしてしまう。

 「さてと、隆志。お前だったらこんな時はどうするつもりだ?
こんな時はチー子の為にどんな事をすべきだと思う?…叱るか?
ぶつか?なだめるか?」

 「えっ!!僕が答えるの?いや、僕はまだ子供を持ったことが
ないし……」

 「何を言ってるんだ。お前だってそう遠くない将来、結婚して
子供を授かるだろう。そんな時どんな基準で子供にお仕置きする
のかを決めておかなきゃ。子供を育ててこそ一人前の男だ」

 「いやあ~そんなこと急に言われても……ただ僕自身はあまり
子どもを叱りたくないから、お仕置きもしたくないんだ。チー子
だって、そんなに悪気があったわけじゃないみたいだし、今回は
許してあげていいんじゃないのかなあ」

 「お前は随分と寛容だな。そりゃあ、私だってチー子の泣き声
なんて聞きたくはないさ。だけど、人間、いくら理屈で分かって
いても誘惑に負ける事だってあるだろう。みんなが理屈どおりに
動けるなら警察官や刑務所はいらないはずだよ」

 「それはそうだけど、警察や刑務所があっても犯罪はなくなら
ないと思うけどなあ……実際、二度三度と刑務所に入る人はいる
わけだし……」

 「もちろんさうだ。お仕置きしたからってそれでみんなが罪を
犯さなくなるわけじゃない。だけど、お仕置きを受けた子が次に
罪を犯そうとする時ささやかながらも心にプレッシャーを受ける
ことになるから、私はまったくやらないよりはましだと思ってる
んだ。お前は幼い頃から確かに良い子だったけど、まったく経験
がないわけじゃないだろう?」

 「そりゃあ……まあ……お尻叩きだって、浣腸だって、お灸も
すえられたことがありますけど、でも、今は僕らが育った頃とは
時代が違いますから。今の親は、お仕置きによる成果よりそんな
ことして子供の心が傷つくかないかをいつも心配してますよ」

 「心的外傷ってやつか。ま、確かにわからないわけではない。
特に、生まれて間もない赤ん坊を平気で保育園に放り投げ入れる
ような昨今の親にしてみたら、人間関係がしっかりと構築されて
ないからそりゃあ何をするにも心配なのかもしれないが、お前は
どうなんだ。私や母さんからお仕置きされて……それでその後の
人生に何か困った事があったのか?」

 「困ったことって!?……別にそういうことは……」

 「あるわけがないと思うよ。私だって『虐待だ』なんて言って
後ろ指を指されるようなことをしてきたつもりはないから。……
それに子供たちとは、これまでも多くの犠牲を払って信頼関係を
築いてきた。もちろん、それはお母さんも同じだけど、せっかく
築き上げた信頼関係を壊すような事はしてこなかったつもりだ。
お仕置きが必要だと思うときだって、相手の年齢や体格、それに
どれほどストレスに耐えられるかなどを色々と慮って決めてきた。
そうやって愛情深く育てきたからこそ私がこうして声を掛けたら
今日だって集まってくれたんじゃないのか。……そこ違うか?」

 「それは……」
 隆志は口ごもり、
 「……(相変わらず親父は理屈っぽい)……」
 と思うのだった。

 「そもそも心に傷を受けずに大人になる子なんて一人もいない
よ。わんぱく小僧の擦り傷切り傷と同じで、あって当たり前の事
だもん。大事なことは傷つくことを心配するんじゃなくてついて
しまった傷をどうやって深手にしないか修復させるかその環境を
整備し子供に生きていくための知恵を授ける事が親の仕事なんだ」

 「私は?」

 チー子が尋ねると豊氏は……
 「大人になってみればわかる」

 「えっ、それだけ?」

 「そう、それだけ。そもそも人生経験のない子供に親の有難み
なんてわからんよ。うぶな心を現実社会から隔離してあれも与え
これも与えして育ててみても、やがてその子は現実社会の北風に
晒される場所で生きていかなければならない。その時になって、
温室で育った心がどれほど危ういか……ぶたれた叩かれたと騒ぐ
よりその方がよほど心配だよ」

 「じゃあ、姉ちゃんみたいに裸にひん剥いてお灸を据えたり、
お尻が真っ赤になるまでひっぱたいた方がいいってことかい?」

 「広志!!お前はまたそんな極端なことを言って話を茶化す。
そうじゃない。私の話をちゃんと聞きなさい」

 「聞きなさいって……だって事実じゃないか。僕ら兄弟、正座
させられて姉さんのお仕置き散々見せられたもん」

 「ほら、お前が変な事を言うからチー子が怯えてるじゃないか。
……大丈夫だよ、チー子。たしかにお姉ちゃんにそういうことを
したのは事実だけど、それは色々あってそうなっただけだから。
今のチー子にはまだそんな必要はないんだから。安心していいよ」
 豊はまるで子猫を抱きしめるようにチー子を抱きしめている。

 「だったら、今回は百行清書ぐらいで勘弁してあげたら……」
 当の遥が答える。

 遥はちょうど父が事業を始めたばかりの忙しい頃に生まれた子
で、教師である母親共々細々としたことにまで手が届かなかった。
 自由放任と言えば聞こえがいいが、要するに、放し飼いで育て
られていたのである。

 このため成績は上がらず、男の子たちを引き連れて悪戯ばかり
する日々。学校からの呼び出しだって一度や二度ではなかった。
 そのたびごとに両親は家で何かしらお仕置きをしていたのだが、
やがてそれもたびたびとなるとインフレを起こす。

 最初は女の子だからという思いで手加減していた両親も段々に
過激になっていき、小学校も高学年になる頃には、弟たち前でも
ストリップを披露しなければならなくなっていたのである。

 「もちろん、学校には何かしら提出しなければならないから、
それはそれでいいんだが……ただ、その他にも何か心に刻むもの
が必要じゃないかと思って、それでお前たちに相談してるんだ」

 「お灸でいいんじゃない。脳天に突き抜けるような熱いやつ」
 それは女性の声だった。ただ、声の主は遥ではない。

 「なんだ、お母さんいたのか。顔を見せないからどうしたのか
と思ってたよ」

 「主婦は今の時間、夕食の支度で忙しいの。あなたたちこそ、
今まで何やってたの?さっさと片付けてちょうだい。私は何でも
いいのよ。お尻叩きでも、お灸でも……要はこの子が『ギャッ』
という目にあって、それで目が覚めればそれでいいんだから」

 『思えばこの人が一番我が家の中で残酷なのかもしれない』
 チー子だけではないこの部屋の住人誰もがそう思った。

 実際、今日のような大事でも持ち込まない限り子供のお仕置き
は大半がこの母の仕事だったのである。

 「いいこと、チー子。これはあなたが単に悪さをしたっていう
次元の話じゃないの。お父様の親戚、私の方の身内、大学の先生、
校長先生、教頭先生、いろんな方たちの沽券に関わることなの。
一族の中にあなたみたいな子が一人いるだけで、他の方たちまで
あいつらは何か不正をやって今の地位についたんじゃないかって、
世間から白い目で見られてしまうの。あなたはまだ子どもだから、
そういう事がまだわからないでしょうけど、これはとても重要な
ことなのよ。だから、今日はお父様にお仕置きをお願いしてるの」

 「…………」
 チー子は母が放つもの凄いオーラというか威圧感に怯えて声が
出せないでいた。こんな状況で幼い少女にできることといったら、
申し訳程度に小さく頷くこと。これが精一杯だったのだ。

 そんなチー子にとって唯一の救いは父がしっかり膝の上で自分
を抱きしめていること。
 煙草の匂いがする父の膝は必ずしも心地よい場所ではなかった
が、こんな時は大切な避難所だったのだ。

 父の厚い胸の中に顔を埋めていたチー子。その頭の上を母の声
が通り過ぎて行く。
 こんな時はお父さんだけが頼りだ。

 「今のチー子に理屈をこねてみたってまだ分からないでしょう
から、こんな時は身体で覚えさせないと……お灸でいいから七つ
八つ適当な処にすえてくださればそれでいいんですから……」

 「そうは言っても……」
 覗き込む父親の顔に合わせてチー子は笑ってみせる。

 それはお仕置きされているというより甘えてるようにしか見え
なかった。

 そんな男どもの煮え切らない態度に母はさらに態度を硬化させる。
 「まったくもう、こんなに大勢いるのに何もたもたやってるの
……チー子だってそれなりに覚悟して来てるんだから、少々の事
では驚かないわ。隆志、あんた長男なんだからやりなさい」

 「えっ、僕が?」

 「そうよ、これだけ歳が離れてたらそのくらいできるでしょう。
遥、兄ちゃんがやりやすいようにこの子を裸にしてから膝の上に
抱いてしまいなさい」

 「そんなこと言われても……どうしたらいいか」

 「何、かまととぶってるの。あんたが小さい時はよくやられて
た例のお尻叩きをするだけよ。普通の子は大人一人で十分だけど
あんたの場合はものすごい力で抵抗するから、まずは裸にして、
私が押さえつけてるうちに、お父さんがあなたのお尻をしこたま
叩いてあげたでしょう。忘れたの?!」

 夫だけではない。大きくなった子供たちも、最後はここにいる
大人たち全員が叱られる始末だった。

 というのも、同性である母親にしてみると、父親に甘えてこの
場を逃げ切ろうとしている娘の気持がよくわかるからなのだ。

 『……でも、それではいけない。ここは心を鬼にしても厳しく
ダメなものはダメとはっきりわからせないと後々の為にならない』
 彼女はそう心の中で念じていたのである。

 「私、叔父様や叔母様にも御迷惑をかけたの?」
 父の胸の中からか細い声がする。

 「大丈夫だよ。チー子。うちの親戚たちはみなさん信用のある
方たちばかりだから、お前が少しぐらい粗相してもそれ程困った
事にはならないさ」

 「うん」
 父は娘をかばったが、チー子は再び泣き出してしまう。

 チー子は日頃から父に溺愛されていたが、それでもお仕置きと
なれば兄弟に区別はなかった。母から浣腸をかけられた段階で、
父から相当キツイことをされると覚悟を決めて書斎へ入ってきた
はずなのだ。

 とはいえそこはまだ11歳の女の子、大人たちから取り囲まれ
たら、そりゃあ怖くて仕方がなかった。
 チー子の身体は父の腕の中で小刻みに震えていたのである。

 「さあ、顔をあげて」
 椅子に座る父が自らの膝の上に乗せた娘の顔をみると、いつも
より硬い表情だった。

 『いきなりぶたれるんだろうか?』
 父と目と目があった瞬間、チー子の顔に戦慄が走る。

 そこへ下された罰は……
 「これからお尻のお山を開いて尾てい骨の上にお灸だ。いいね」

 「はい、お父様」
 父親から確認を求められたチー子は反射的にこう答える。

 もちろん『喜んで』というわけではない。それなりにショック
はあるけど躾に厳しい家にあってはお仕置きを言い渡される時、
子は親に反論なんてできない。
 この時、使える言葉はたった一つだけだった。

 『はい、お父様』
 だから後先考えず反射的にこう答えたのだ。

 しかし、そうなるとチー子はみんなの前でお尻をださなければ
ならない。痛いとか、熱いとか言う前に十歳を越える女の子には
それが何より辛いことのはずだが……

 チャイルドポルノなんて言葉のなかった時代、小学生は両親の
純粋なお人形。一緒にお風呂に入ることも裸のお尻を叩くことも
親なら当然の、ありふれた催事なのだ。
 そんな当然の事をする時に、親は子供の気持を察する必要など
なかったのである。

 さて……
 父はチー子をあらためて自分の膝に馬乗りに座り直させると、
その目を見ながらおでこをくっつけてこう切り出す。
 それはチー子にとっては意外な言葉だった。

 「松原先生のお話だと一学期の期末テストではチー子の成績が
クラスで一番伸びたそうだ」

 「へへへへ」
 思わず照れ笑い。

 「それともう一つ。先月、県展に応募した水彩画。あれが特選
だったみたいだぞ。内々に絵画教室の村田先生から連絡があった
んだ。おめでとう」

 予期せぬ父の言葉にチー子の頬が思わず緩む。
 「ホント!やったあ~~」

 少し弱弱しいが満面の笑み。身体が上下に揺れている。
 父親にしてみるとチー子はやはりこうでなければならなかった。

 「やった、やったあ、私、特選なんて初めてよ。あれもの凄く
時間かけて描いたの。広志お兄様が何度も何度もここをこうしろ、
そこを直せってうるさかかったんだから」

 父の膝の上で小躍りするチー子。どうやら、県展での特選受賞
が彼女にとってはことのほか嬉しいことのようだった。

 「なんだ、お前、手伝ってたのか?」

 「たまたまだよ。先生の教室覗いたら、面白い絵だったんで、
ひょっとしたらものになるかと思って……こいつ、意外に才能が
ありそうだし、美大にでもいれてやったら、ひょっとしてものに
なるかもよ」

 「そうか、県展特選先輩のお前が言うんだから間違いないかも
しれないな。チー子、お前、美大いくか?」

 父は、冗談とも本気ともつかない笑顔で水を向けたが、チー子
からは、これも予期せぬ意外な言葉が飛び出すのだった。

 「いや!!」

 「どうして?お父さんいいと思うよ。女流画家。お前は昔から
絵が上手で先生によく褒められてた。特選は今回が初めてだけど
入選・佳作の賞状なら今までだってたくさん取ってるし……努力
すればものになるんじゃないか」

 「そんなの関係ないの。私は、遥お姉様みたいに東京の大学を
出るの。カッコいいスーツを着て、キャリアウーマンのお仕事が
したいんだもん。そのためにはお兄様やお姉様たちみたいに主要
四教科はいつも5でなきゃさまにならないでしょう。図工や音楽、
家庭科なんてどうでもいい教科だもん。そこは勉強時間を削って、
主要四教科でまだ一度も取ったことがない5を取りたかったの。
だから、今度も家庭科はカンニングでごまかしたんだから……」

 チー子は無意識のうちに自分の悪事を力説する。
 でも、それが周囲の大人たちの不興を買っていようとは、この
時まだチー子は気がついていなかったのである。

 チー子の演説が終わってしばらく、部屋の中がシーンと静まり
返ったままの時間が流れた。

 『えっ、コレって何だろう?』
 チー子は部屋の中の微妙な空気の変化を察知したが、その原因
がまさか自分にあろうとは最初思っていなかった。

 その答えを語ってくれたのは、やはりお父さんだったのだ。

 「な、チー子。お前はさっき『カンニングをしたのはこのまま
ではお友だちが試合に出られないからそれを助けてあげたんだ』
って胸を張っていなかったか?でも、今の話を聞く限り『それは
主要四教科に関するテスト勉強の時間を確保するためにやった』
ってことになってるよね。……さて、どちらが本当なのかな?」

 「(えっ?!、ヤバッ)」
 チー子は固まる。目が点というやつだ。

 「…………それは…………」
 自ら墓穴を掘ってしまったチー子はそれっきり言葉がでてこない。

 しばらく続いた重苦しい沈黙のあと、チー子にとっては事態が
さらに深刻化する。

 一時、夕飯の支度で席を外していた真理絵がお玉をもって再び
居間へと戻ってきた来たのだ。
 彼女は、右左に首を振ってあたりを見回したかと思うと……

 「あら、まだ終わってなかったの。まったく、いつまでこんな
子供相手に遊んでるの。さっさとやらなきゃ夕飯が冷めちゃうわ
よ」

 真理絵は下町で赤ひげ先生と慕われた開業医の娘。口は悪いが
山の手の人たちのような裏表のないところが気に入って豊が下町
へ日参。周囲大反対のなか、大恋愛で結ばれたカップルだった。

 そんな母の特技は人の心を読むこと。夫がついた小さな嘘まで
まるで見てきたように言い当てる人なのだ。
 そんな彼女にしてみたら、まだ人生経験が10年ほどしかない
少女の嘘などひと睨みしただけで剥がれ落ちる。

 だから男どもがここで長々と審理を続けてること自体、彼女に
してみたら納得がいかないことなのだ。彼女の生活観の中では、
子供を裁判するのにいかほども時間などかからない。

 まず子供の素振りを観察。次にその子の顔をひと睨みすれば、
もうそれで即決だったからだ。

 結果『これは悪いことをしているな』と睨んだら、本人が何と
弁明しようが、次の瞬間は、怖くて痛くて恥ずかしいお仕置きが
待っている。
 そして、そんな怖い人に睨まれたら、子供だって次からは自分
のついた嘘が顔にでてしまうだろう。

 おかげで豊が仕事から帰って玄関を開けると、まだ幼い子たち
が真っ赤なお尻で立たされてるなんて光景が何度もあった。

 もちろん、子供たちにとってもそれは大きなトラウマなわけで、
今は大人になっている子供たちでさえ、未だに母親が部屋に入って
来るだけで緊張するくらいだった。

 真理絵は、いちおう夫から事情を聞いたが、その顔は渋いまま。
右手を顔の前で振ってみせ、話にならないとでも言いたげに……

 「そうじゃないのよ。この子がカンニングを思い立ったのはね、
あくまで自分の為なの。ルンルンが見たかっただけよ」

 「ルンルン?……なんだルンルンって?」
 豊氏が尋ねると、広志が答えた。

 「花の子ルンルンとかいうアニメだよ」

 「マンガ?……まさか、マンガの為にカンニングしたのか?」

 「手っ取り早く言ってしまえばそういうことじゃないの。主要
四教科のようにいい点をとってもみんなが褒めてくれない家庭科
なんかはスルーしたかったってことだよ」

 「だって家庭科の勉強なんて30分もあったらできるだろう」

 「だからさあ、その30分がチー子には貴重なのさ。そもそも
父さんがいけないんだよ」

 「どういうことだ」

 「隙間なくびっしりと家での勉強時間を組むから……チー子は
まだ小学生。学者じゃないんだから息抜きも必要さ」
 とは隆志。

 「ルンルンみたいなマンガたいてい30分もしたら終わるわ。
あの子だってそこに穴はあけられないのよ」
 と、遥も続いた。

 「えっ、穴をあけられないのがマンガの方ってどういうことだ。
小学生だって生徒なんだから勉強するのは当たり前じゃないか。
マンガを見る時間が勉強より大事ってことか?」

 「だから、あなたは子供の気持が分からないって言うんですよ。
娯楽の少なかったあなたの子供時代は図鑑年鑑百科事典があれば
それでよかったかもしれないけど、今は時代が違うの」

 子供たちと接する時間の長い母はチー子がテレビアニメに夢中
になっているのをよく知っていたのである。

 「……でも、あんなもの一回二回見なくても……」

 「だって、そんなことしたら、明日学校へ行っても友だちとの
おしゃべりについていけないでしょう。あんな物も、こんな物も
ないの。アニメだって、あの子にとっては大切な生活時間の一部
なんだから」
 母はチー子を擁護する。

 「(ふう)呆れたやつだ。マンガを見たくてあけた穴の穴埋めに
カンニングとは……」
 父が開いた口が塞がらないといった様子でチー子の顔を見下ろ
す。抱かれたチー子も身の置き所がなさそうに小さくなっていた。

 「じゃあ、お友だちにお願いされたから仕方なしにってのは?
……あれは嘘か?」

 「いえ、それはそれで本当なんです。ただ、それはカンニング
ペーパーならぬカンニングデスクを作ってるのをチャコちゃんに
見られちゃって先生に黙ってる代わりに私にも答えを教えてって
頼まれたから仕方なくそうしただけのことなの。……そうよね、
チー子!」

 真理絵は最後、お腹に響くような声をだしてチー子を見つめる。
 すると、その瞬間までは、父の懐から逃走を試みていたチー子
が、今度は瞬時にして父の懐へと舞い戻ってしまう。
 まるで狐に出くわした子リスのような俊敏さだった。

 その様子がおかしかったのか周囲の大人たちは思わず苦笑いで、
場の空気が一瞬にしてなごむ。

 「チー子、お母さんがあんなこと言ってるけど、本当かい?」

 豊は娘の顔を覗きこんだが、チー子はしっかりと父の胸の中に
顔を埋めたまま動かない。ひたすら嵐が過ぎ去るのを待っている
ようだった。
 そこで、今度は母親に……

 「お前、この話は、先生からの連絡帳で知ったのか?」

 「いいえ、連絡帳にはあなたたちがチー子から聞かされた通り
のことが書いてあるだけよ」

 「じゃあ、何でそんなことわかるんだ。チー子から聞き出した
のか?」

 「そうじゃないけど、あの子と話してるとだいたい事の真相は
掴めるわ」

 「女の勘ってやつか」

 「女じゃなくて母親の勘よ。だけど、多分こういう事で間違い
ないはずだから。先生もチー子やあなたの事を慮ってこういう形
に収めてくださったんだい思うのよ」

 真理絵は鼻息も荒く自信たっぷりだった。

 「ずいぶん自信たっぷりだな」

 「そりゃそうですよ。私はあなたと違って子供たちと接してる
時間が長いですもの。その子の素振りを見て、抱いて話を聞いて
やれば、今、この子の話してる事が嘘かホントかぐらいはすぐに
分かりますよ。私、この子の母親なんですから」

 「私だって親じゃないか」
 豊氏がこう言って反論すると……

 「あなたは、夜、帰ってきて、子供たちを気まぐれに抱くだけ
じゃないですか。一緒にいる時間が全然違いますもの」

 『私だって今学期はチー子の世話でずいぶん大変な思いをした
んだがなあ』
 豊氏は思ったが、それは腹の中へ飲み込んでしまう。

 「いずれにしても、連絡帳に『ご家庭でも適切なご処置を…』
なんて書いてあるんだもの。何かしらして学校へやらないと先生
に申し訳ないわよ」

 真理絵は渋い顔で一つため息。そして、見下したように一言。
 「ホント、男の人たちって小娘の嘘に弱いんだから困ったもの
だわ」

 「そんなこと言ったって……」

 「ほら、チー子、いつまでお父様の胸の中に隠れてるの。出て
きなさい。お父様のお膝から降りるの。……さあ、早く!早く!」

 チー子はお父様の目を見て名残惜しそうだったが、膝から降り
ないわけにはいかなかった。

 そして……
 「この子のお仕置きは私がします。それでいいですね」

 業を煮やした真理絵の言葉に豊も同意せざる得なかった。

 確かに今日に限って言えば大事な事柄ということで父親が取り
仕切っているのだが、普段の子供たちはというと、母親と接する
機会の方がはるかに多い。
 当然、日常的な躾やお仕置きも、いつもは母親が中心になって
なされていたから、母親を怒らせたらどうなるか、それはチー子
が、否、チー子のお尻が一番よく知っていたのである。

 『あ~あ、お父様がよかったのに』
 チー子は思うが仕方がなかった。

 父親が抱きしめていた両手を緩めて膝の上にチー子を座らせる
と、真理絵がすぐに動く。
 チー子の手を引っ張って膝から下ろし部屋の隅まで連れて行く
のだ。

 「遥、手伝いなさい」
 と、いきなり長女の遥を呼びつける。

 「えっ、何?」
 事態の急転に心細い声を上げた遥だったが……
 自分だって経験済みのこと。母親から何を求められているかは
すぐにわかった。

 「何はないでしょう。この子のお尻をお仕置きするの。さあ、
スカートを上げて」

 「え!!……いやだあ!!! ああ~~~!!だめ~~~!!」
 もちろんそうした事はある程度予測してこの部屋に入ってきた
チー子だったが、このタイミングでという思いがあったのだろう。
部屋中響く大きな驚きの声だった。

 「何が『いや!』よ。我が家では悪いことをしたらお仕置き。
そんなの当たり前でしょうが。さあ、さっさと自分でスカートを
上げなさい。あんた、まだ小さいんだし、どこ見られたっていい
でしょう。たっぷり恥をかかせてあげるから」

 「えっ……だって、お兄様やお父様がまだいるし……」
 か細い声で訴えてみるが……

 「なんで?いてもいいでしょう。ここはお父様のお部屋なのよ。
お兄様たちもあなたとは血続きの兄弟なんだから、何も問題ない
はずよ」
 真理絵は涼しい顔。

 初潮前とはいえチー子はすでに11歳。恥ずかしい気持は十分
に分かっていたが、真理絵はあえてそれを許さなかったのである。

 『恥ずかしいのもお仕置きのうち』というのは母の常識。
 そしてそれは真理絵が娘時代を過ごした実家の常識でもあった。

 「遥、この子できないみたいだからやってあげて」

 この母の声に慌てて……
 「いやだあ~~~!!!」
 遥お姉ちゃんが迫ってきて……
 「あっ、だめえ~~!!!できます、できますからほっといて」

 でも、母を怒らせてしまったチー子がすばやく反応できたのは
声だけ。

 「……………………」
 しばらくお母様から猶予をもらったものの、やっぱり男性の目
が気になるらしく、スカートの裾を摘んだ手はとうとう最後まで
動かなかった。

 兄貴たちも、チー子と視線こそ合わさないものの、部屋を出る
という配慮まではしてくれないものだから……。

 「遥、パンツを脱がして」
 と、なる。

 母の大声に今度はチー子は身体が固まってしまう。

 「………………」
 どうにもならないまま、遥姉ちゃんからスカートを上げられ、
パンツも脱がされてしまうチー子。

 「バカ、早くしないからこうなるのよ。お母様怒らせちゃった
じゃない」
 遥は妹の世話をやきながら……バカにしたような、それでいて
哀れんでいるような目でチー子に注意する。

 チー子は姉が作業する間ずっと下唇を噛んで怖い顔をしていた
が、できたのはそれだけ。
 最後に、スカートの裾を上着の裾に安全ピンで留めて落ちない
ようにすると、小学生ストリップの完成だった。

 椅子に両手を乗せ、両足を開いて前かがみになると、大事な処
は丸見えだけど、それって仕方がなかった。
 だって、チー子だってうちで飼ってる愛犬チロとじゃれあう時
は仰向けにしてチロのおチンチンをよく見据えている。
 これと同じ関係だったのである。

 今は小学五年生の女の子といったらどこの家族も大人の入口と
認めてくれる年齢だろうが、当時の小5は純粋に子供としてしか
扱われない。もっと言えば赤ちゃんと同じなのだ。
 だから、その下半身が見えようが見えまいが、大人たちにして
みれば、赤ちゃんがオムツ換えしているといった程度の関心しか
ひかなかったのである。

 ま、大人がこんな意識だから、当の子供だって普段の生活では
自分は子供だから赤ちゃんの延長線上にいると思っているのだ。
 その証拠に、お風呂から上がってもスッポンポンのまま居間を
駆け回るなんて光景、庶民の家ではそう珍しいことではなかった。

 ただ、いくら家の中の出来事と言っても、それがお仕置きで裸
になるとなれば、やはり話は別で、チー子の方からお兄様たちと
視線を合わせようなんて思わない。そんな勇気もわかなかったの
である。

 『私は何て不幸な少女なのよ。夢なら今すぐ醒めて!!天国に
行かせてよ』
 チー子は目を閉じて必死に神様に祈った。せめても頭の中だけ
は今の現実を認めたくなかったのである。

 しかし、今のチー子には感傷に浸る余裕などない。夢の世界に
逃げ込ませてはくれないのだ。
 お臍から下が涼しくなった分、そよ風が軽くお尻をなでただけ
でも、夢はすぐに現実へと引き戻されてしまうのだった。

 「足を開いて……もっと……もっと……もっとよ!肩幅までは
開けるでしょう……もっとって言ってるのが聞こえないの!……
チー子!!言うことを聞きなさい!!」
 母の下知が叱責になり部屋中を飛ぶ。

 「はい、ごめんなさい」
 半泣きのチー子の声が兄弟たちの同情を誘う。

 「そう、それでいいわ。次は前かがみになるの。……もっと、
深く。もっと、もっと……もっとよ……わかってるでしょう!!
もたもたしないの!!……遥、前に回って身体を支えてやって」
 
 命令に従い遥がチー子の両肩を持って妹の体を前に倒し始める。
結果、チー子は遥に支えてもらわなければ体が倒れてしまうほど
上体を傾けることになるのだ。

 こんな姿勢だとお臍の下のさらにその奥まで外の空気が入って
来る。

 『恥ずかしい』
 バックに回り込めば大事な場所が丸見えになってるわけだから
そう思うのは無理ないが、言葉にするのはそれ以上に恥ずかしい
のだ。

 「恥ずかしい?だったら学校でも恥ずかしくない行いをなさい。
恥ずかしい行いをしたんだから恥ずかしい罰を受ける。これって
当たり前でしょう。何か文句があるの!!」

 チー子には真理絵の鼻息が荒く肩で息をしているのがわかった。
 こうなるとチー子に限らずお兄様やお姉様でも震える。

 というのも母からの幼児体験がたっぷりとお尻に染み込んでる
合沢家の子供たちは成人した今でも母の言いなりだったのだ。

 「ほら、泣かないの。めそめそしてるとお仕置きの鞭が増える
わよ。ほら、張って」
 遥の言葉がせめてもの励ましだった。

 「ピシッ」
 合沢家で使われている子供用の鞭は60センチ程の竹の物差し。

 「あっ」
 その最初の一撃がチー子のお尻をとらえると思わず声がでた。
 しかし、これは最初の衝撃で驚いたというだけのものであって
本当に痛いわけではない。

 その後……

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 はじめの数回程度はチー子でも声を上げずに耐えられる。
 というのも大人が本気になって鞭を振り下ろしたりしないから。
 母は相手が小学生ということもありかなり手加減しているのだ。

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 お仕置きと言っても最初の頃はままごとで遊んでいるようにも
見えた。実際、当時のおままごとにはお尻ぺんぺんだって入って
いたのだ。
 ただ、そうやって一打一打は弱くても母の鞭は正確にチー子の
お尻をとらえているから次第次第にお尻へ痛みが蓄積し始める。

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 7つ8つと重ねるうちに、チー子の両足は自然と地団駄を踏む
ようになる。

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 「ピシッ」

 そして10を越えるあたりからは出したくないと思っても自然
と悲鳴が漏れ始めるようになるのだった。

 「ピシッ」
 「いやあ、やめてえ~~~」

 「ピシッ」
 「ごめんなさい、ごめんなさい」

 「ピシッ」
 「いやあ、痛い、痛い、だめだめ」

 こうした悲鳴はいったん声に出し始めるともう止まらない。
 最初は囁くように小さな声だが鞭の数が増えるごとにその声は
次第次第に大きく高くなっていく。

 これは母がチー子のお尻を強く叩き始めたからではない。叩く
力そのものは最初から一定なのだ。ただ温まったお尻というのは
ちょっとした刺激にも敏感になっているから、この頃になると、
誰もが地団太を踏み始め、お尻を振って痛みを逃がそうとする。
そして、頼まれもしないのに泣き言を言うようになるのだった。
 これは男の子女の子に関係なく仕方のないことだったのである。

 こうして子供が音を上げたと思える頃から母のお説教が始まる。
もちろん、お尻ぺんぺんは継続中だ。

 「ピシッ」
 「いやあ、だめ~~もうだめ~~やめてえ~~~」
 「やめてほしいのは、こちらの方よ。カンニングなんて絶対に
やめてちょうだい」

 「ピシッ」
 「もうしませんごめんなさい、もうしませんから~~~」
 「もちろん、もうしないでちょうだい。今度やったらこれでは
すみませんよ。お灸7つ」

 「えっ!!」

 「えっ、じゃないわよ。どこにすえられるかはわかってるわね」

 「はい、わかってます」

 「ものすご~~く熱くて、ものすご~~く恥ずかしいからいい
薬になるの。今日、予行演習でやってあげようか」

 「イヤ、ダメ!!しないで、お願い」

 「そう、だったら今日のところはやめておくけど、次は本当に
お灸ですからね」

 「はい、ごめんになさい」

 「ピシッ」
 「ぎゃあ~~~いやあ、痛いのだめ、痛いの嫌い、だめだめ」
 「痛いのは当たり前です。お仕置きしてるんですから。少しは
声を出さずに我慢できないの。堪え性がないんだから」

 合沢家のお仕置きではこんなやりとりがしばらく続くのだが、
母親はいったん始めてしまったお仕置きを悲鳴が上がったとか、
可哀想だからという理由ではやめてくれなかった。

 結局、許されるまでの36回、チー子はお尻を振り、地団太を
踏んで悲鳴を上げ続けた。

 相沢家のお尻叩きは、女の子でもお尻が真っ赤に腫れ上がり、
男の子では血が滲んだりもする。
 子供は可愛い性器をみんなに晒したうえに、けっこうしっかり
叩かれるわけだが、当時はこの程度のお仕置きを虐待と呼ぶ人は
いないのでお父様にしろお母様にしろ罪悪感はまったくなかった。

 実際、この鞭は翌朝まで痛みや傷が残ることはなかった。
 というのも、豊氏は自身も経験した本場イギリス仕込みの技を
真理絵にも伝授していたからで、そのことを自慢すらしていたの
である。

 「よし、いいでしょう。……遥、パンツ上げてやって」
 真理絵はチー子のお尻がどうなっているかを近くに寄ってしげ
しげと確認すると、納得した様子で遥にパンツを上げさせる。

 もちろん本来ならそんなことはチー子自身がやるべきことなの
だが、あいにくその時のチー子は、厳しいお仕置きで放心状態。
仕方なく遥に仕事を頼んだのだった。

 「いいことチー子、今度カンニングなんかやってごらんなさい
こんな程度のお仕置きじゃすまないからね、わかってる?」

 「……」
 チー子は小さくうなづく。本当は『はい』と言わなければなら
ないところだが、今のチー子にはそれすらできなかった。

 「今の痛みをよ~~くよ~~く覚えておきなさい。いいわね!」

 「はい、わかりました」
 べそをかいてチー子が答える。

 さすがにこれで終わりかと思いきや、母はここぞとばかりもう
ひと押し。このあたり女親はしつこいようだ。

 「次は鞭だけじゃないわよ。みんなを立ち合わせてお灸をすえ
てあげる。どこにすえるんだっけ?」
 真理絵はあえてチー子に尋ねる。

 「……尾てい骨」

 「そうお尻の谷間を開いて上の方の骨のでっぱりのあるところ
よね。ここは肉がない分、熱いのよ。一度すえられたことがある
からわかるわよね」」

 「…………」
 チー子は思わず唾を飲み込み喉をならす。

 「それから、どこにすえられるの?」

 「……お臍の下」

 「そうね、ここはどうせそのうち毛がはえてくるから大きめの
をすえておきましょうね。三つぐらい大丈夫だわね」

 「えっ!?」
 チー子の顔が思わず上がった。

 その顔に向かって、母の真理絵が……
 「もう一つどこだっけ?」

 「…………」
 すると、チー子の顔が真っ赤になる。

 「…………そう、わすれちゃったかな。お股の中にもすえるの。
会陰といって赤ちゃんの出てくる穴のすぐ近く」

 「……!!!……」
 再びチー子の顔があがった。

 「そんな心配しなくても大丈夫よ。ここはね、赤ちゃんがお外
に出にくい時はよくお医者さんが切開するところだから。でも、
とっても熱いから、今度はどんなおいたをしたか、よ~く覚えて
られる場所なの。それに大きなお灸をすえて火傷の跡が残っても
ここなら外からは見えないし、お仕置きにはうってつけだわ」

 「…………」

「あなたも幼い子じゃないんだし、脅しだけじゃないの。本当に
やりますからね。覚悟しときなさい!分かった?わかったの?!
…………ちょっと、分かったのなら返事をなさい!!!」
 母の声が段々に大きくなる。

 対するチー子は……

 「はい」
 蚊の鳴くようなか細い声が精一杯だった。

 「さあ、これでいいわ」
 最後は母も手伝ってチー子の身なりを整える。

 「さあ、お仕置きはこれでおしまい。ご飯にしましょう」
 母の一声で一応チー子へのお仕置きは終わりになったわけだが、
ただ、合沢家では、お仕置きが終わったあとにも世間ではあまり
やらない一風変わった儀式を子供たちに課していたのである。

やさしいお仕置き

ノンHのお話
******** 第 2 回 ********

 父親が実家に帰ってきた子供たちに向かって話しかける。

 「実は、今日、お前たちを呼んだのはチー子のことで助言して
もらえないかと思ってなんだ」

 「助言?……カンニングのことで?……どうすればバレないか
とか」

 最初に口を開いたのは、父愛用のソファに深々と腰を下ろした
広志。
 ただ、父の反応は一言だった。

 「バカ」

 父は隆志へと視線を移す。

 「まさか、今回はどんなお仕置きがいいだろうか、なんて相談
じゃないですよね」
 隆志は真面目に答えたつもりだったが、父の機嫌は治らない。

 「そういうことじゃない」

 こちらも吐き捨てるような一言だった。

 父は、当初困惑し怖い顔になっていたが、そのうち思い出した
かのように頬の筋肉が少しだけ緩む。
 というのも、あることに気づいたのだ。

 思えばこの二人もすでにお仕置きをされる側ではない。子供が
いれば諭す側のはずだが、兄弟そろって子供はおろかまだ結婚も
していない身。

 となれば二人の意識はまだ以前のままだろう。父はあくまで父
であり子はあくまで子なのだ。そんな保護者面した大きな子供が
今目の前にいることが豊氏には何となくおかしかったのである。

 「実は、チー子が先週の期末テストでクラスで三番目の成績を
とったらしい」

 「ほお~~~そりゃあすごい。快挙だ。おめでとう」
 と、隆志。

 「なるほど、今学期は頑張ってたというか、頑張らされていた
もんな。お父様の家庭教師ぶりが功を奏したというわけだ」
 と、広志。

 遥も……
 「おめでとう。これで念願の5が通知表につくわね」

 父の言葉に、三人者三様、間髪いれず祝福したのだったが……

 「ところが、昨日、今学期末の父母会に行ったら、担任の松原
先生が『残念ながらチー子に5はつけられない』とおっしゃって、
それが本人にはとてもショックというか不満みたいなんだ」

 「えっ!?、そりゃあ、またどうして……」
 「……あっ、そうか、家庭科のテストをカンニングしたんで、
それが響いたのかな」
 「なるほど、他教科だけど、ペナルティーってわけね」

 「ま、それもないとはいえないかもしれないけど、先生曰く、
その事とは直接関係がないんだそうだ」
 父の苦虫を噛んだような顔が部屋の空気を重くする。

 チー子の通う学校では、毎学期、終業式の数日前に定例父母会
が開かれ、その最後には親子で参加する個別面談もあって、席上
今学期の成績が開示されることになっていた。
 つまり今学期の反省会が先にあって終業式の日にもらう通知表
はあくまで形だけなのだ。

 もちろんそこでは成績に関する数字が示されるだけではない。
今学期中の子供の様子が担任の先生から詳しく説明されることに
なっていた。

 その席で『残念だけど美智子ちゃんには5をつけられない』と
宣言されてしまったからチー子はがっかり。
 そんな末娘の事を気にして父は息子たちを呼び寄せたのだった。
 要するにチー子を慰めてやってほしかったのである。

 ところが、三人は意外にも冷静。
 「なるほどね」
 「そういうことか」
 「仕方がないかもしれませんね」

 もちろんそのこと自体、兄や姉にとっては初耳なわけだが……
ただ、そんな情報を聞いても三人はさして驚きもしなかった。
 というのもここには同じ学校の出身者ばかりが集まっている。
大人になった子供たちにもその原因はすぐに理解できたのだ。

 「要するに、2点や3点の差では埋めようがないほどしっかり
とした実力者が上にいるってことですね」

 「その子とチー子を比べてみた時、期末試験以外の色んな面で
チー子の方が見劣りするというわけか」

 「仕方がないわね、うちの学校で5をもらうというのはいわば
学校の看板になるということですもの。単に一時の点数だけでは
決められないということなんでしょうね」

 と、こうだった。

 「学校の看板って?」
 大人たちの話を、それまで黙って聞いていたチー子だったが、
この時初めて口を挟む。

 「ん?……うちの学校はモデル校だから授業も色んな実験的な
試みがなされているしカリキュラムもバラエティー豊か。当然、
その成果がどんなものだろうって色んな教育関係者がやって来る
んだ」

 「教育関係者?」

 「ほら、授業中に知らないおじさんおばさんが突然やって来て
教室の後ろに立って授業を見学してることがよくあるでしょう」

 「ああ、あの人たちのことかあ。知らないおじさんやおばさん
がよく授業を見てる。三日続けて同じ人たちがきた時もあった」

 「そうそれ。ああした事が一般の公立小学校よりうちは格段に
多いの。つまりいつもそれだけ世間から注目されてるってわけ。
そんな人たちに、実は授業中あくびばかりしてるあの子がいつも
5をもらってるらしいよ、なんて噂されると学校側も説明に困っ
ちゃうから、先生としても、誰が見てもそれらしい子に5を付け
たいのよ」

 「え~私じゃダメなの!?私そんなにあくびしてた?学校で?
それともお家で?」

 「両方でだ。父兄会に出かけてもお前が授業中にあくびばかり
してるから恥ずかしくて居たたまれなかったよ。それに、最近は
お友だち相手に『お父さんから4時間も勉強させられた』なんて
吹聴してるみたいだけど、私が教えてた4時間のうち半分は欠伸
の時間だったからね、本当に勉強していたのは、せいぜい2時間
ってところだ」

 「なあんだ、それじゃあ私も明君と同じ位しか勉強しなかった
のかあ」

 チー子がぼやくから父が尋ねる。

 「どういうことだ?」

 「だってあの子、僕の勉強時間は2時間くらいだから4時間も
できるなんて凄いって言ってたんだよ。あれ、嘘ついてたの?」

 「2時間かあ、確かに少ないなあ」と隆志。
 「うらやましいなあ。俺もそんな短時間で終えたかったよ」
 と広志も……。

 そして遥も……
 「あのね、チー子。明君のいう2時間はあくまで机に向かって
試験勉強した時間が2時間ということなの。あくび抜きの正味の
時間がそれだけでおさまってるってことなのよ」

 「つまり集中してやってるから短い時間で済んでるってこと?」

 「オウ、わかってるじゃないか。偉い偉い」
 広志の言葉には棘があった。

 「それにな、チー子。明君の勉強時間がその2時間だけなんだ
なんて思っちゃいけないよ。明君がやってる本当の勉強時間は、
24時間なんだから」

 「24時間?」
 隆志の言葉にチー子は最初きょとんとした顔になった。
 でも、しばし考えたあと愛想を崩して大笑い。

 「うそだあ~~~そんなにできるはずないもん。だったら明君
寝てないの?」
 チー子はそんなのもちろんジョークだと思ったのだ。

 すると、そのあとを遥が続ける。
 「寝てないかもしれないわね。夢の中でも色んな知識と一緒に
遊んでるだろうから……きっと楽しい夢を見てるはずよ」

 「嘘だあ~~絶対に嘘だよ」

 「嘘じゃないよ。お兄ちゃんたちがそうだったし、私もそう、
お父様だってそうだったんじゃないかな」

 「本当に?夢でもお勉強してたの?」
 チー子は遥姉さんの言葉が信じられなくて二人の兄の顔を見る。
 が、その顔は一様に笑ってうなづいていたのである。

 「勉強って言っても教科書に書いてある事やテストに出そうな
内容を覚えるだけが勉強じゃないんだ」
 今度はお父さんが口を開いた。

 「?????」

 「そんな子は、それがテストに出ようが出まいがお構いなし。
頭の中のアンテナが24時間体制で情報収集をしていて、どんな
些細な事でも知らないことに出くわすとそのアンテナで拾って、
これが今まで習ってきた事どう結びついてるだろう?って、常に
考えてしまうんだ」

 「誰がそうしなさいって言ったの?」

 「誰にもそんなこと言われないよ。でも好きなことに出くわす
と、人は自然とそうなっちゃうんだ。だから勉強の好きな子の頭
の中にはテストの為だけの知識だけじゃなくて、それに関連した
色んな情報が詰まっているんだ」

 「自然にそうなっちゃうの?」

 「そう、自然にそうなっちゃうの。……お前だって先月銀座に
行った時は、すれ違った男の人や女の人の服装を30人も覚えて
いたじゃないか。私は二人三人しか記憶に残った人はいなかった。
チー子はすごいなあって思ったもの」

 「へえ~そんなことがあったんだ」
 「さすが女の子だ」

 「だから好きだってことはどんな才能のより大事なことなんだ。
しかも、好きな情報はいつも頭の中で回っているから簡単に忘れ
ないし、やがて整理されてもいくから必要な時には瞬時に色んな
情報が頭に浮かぶようにもなる。明君というのは、すでにそれが
自然にできるようになった子なんだろう?」

 父は尋ねたが、チー子にはよくわからない。
 「何だかよく分からないけど……難しそう」
 チー子がぼんやり口走ると……

 「4時間中2時間があくびの時間のチー子にはまだ無理かもな」
 と広志がからかい、
 「幼いチー子にはまだ無理だよ。でも、そのうちわかるように
なるから」
 と隆志も励ました。

 「ま、そういうことだな」

 「でも……それって……テストに有利なの?」

 「ああ、有利だよ。棒暗記して覚えてきた知識じゃないから、
たとえ直接的な知識が思い当たらない時でも日ごろ集めておいた
周辺の知識から応用して答えにたどり着けることが多いんだ」

 「だから、こうした子たちは歴史年表を語呂合わせで覚えたり
はしないはずだ。というか、そんなことをする必要がないのさ」

 「要するに、お兄ちゃんたちは私の期末テストはまぐれだった
って言いたいわけ?」

 「ま、言いにくいけどね」
 「あたり」

 「わっ、はっきり言った」

 「ま、そう言うな。今回は私から見てもうまく行き過ぎたって
思ってるくらいなんだから。何しろ先生が4と5を振り分ける為
に用意したであろう問題を全部当てちゃったんだから、そりゃあ
こちらにとっては大きなアドバンテージだよ」

 「どういうことですか?」

 「いやね、チー子には日ごろから『教科の内容はどうでもいい
けど先生が授業で話した雑談や冗談は必ずノートしておきなさい』
って命じておいたんだ。これがばっちり当たってしまってね……
それで昭君との点数が逆転したみたいなんだ」

 「明君の方は?」

 「これが不幸にして試験前に2週間ほど入院があってね。肝心
な先生の冗談や雑談が聞けなかったじゃないかな。彼がちゃんと
授業に出ていたら今回の結果はなかったかもしれないな。今回の
チー子の成績はあくまで棚から牡丹餅なんだよ」

 「何が棚から牡丹餅よ。私は主要四教科ではカンニングなんか
してないんだから」

 「わかってる。でもね、通知表に載る成績は陸上競技じゃない
からね、1秒でも早く走ればその子の勝ちという単純なものでは
ないんだ。総合的に見れば、お前と明君では力が違いすぎるんだ。
このあいだの父母会でも、担任の松原先生がとても恐縮しながら
あくまで参考にと言って明君の提出したレポートを見せてくれた
んだが、思わず笑ったよ。これを見たら納得するしかなかった。
社会科見学の内容をまとめたものなんだけどね、どれもこれも、
小学生の域は超えてた」

 「本人に会ったことはあるの?」

 「あるよ、文化祭のパネル展示で説明してくれたことがあった。
そのほかにも何度か話した事がある。とてもチー子と同年代とは
思えないくらいしっかりした子で、うちで言うと隆志タイプかな。
いつ会ってもエリート然としていて品格があるからお前と同年代
だったらいいライバルだったはずだ」

 「おいおい、俺にそんなものあったかなあ。今振り返っても、
小学生の頃は底の浅い教養しかなかったような気がするけど……」

 隆志は照れる。それは昔の自分の姿を思い返してもそんな姿を
感じたことがないからだった。

 しかし、評価は他人がするもの。
 本人は毎日が必死。目が回るほどいつも忙しだけの小学生時代
だったかもしれないが、その姿が他人には美しく感じられるもの
なのである。

 「ただね、これは今聞いてて思ったんだけど、先生が冗談とか
雑談を始めると『あっ、これ次ぎのテストに出るな』みたいな勘
は頭の中で働いてた気がする」

 「だからさ、そこが勉強と言えば教科書しか開いたことがない
という子との違いなんじゃないか」

 「確かに兄ちゃんの勘はすごかったもの」

 「バカ言え、広く浅くというならお前の雑学にはかなわないよ」

 「いずれにしてもだ、私だってそこらの事情を知らない門外漢
じゃないから、もうそれ以上強くは言えなかったんだ」

 「わけわかんない。私が明君に勝ったのにどうして4なのよ」
 大人たちの話は煮詰まっていたが、チー子はまだ不満だった。

 「いいかい、うちの学校へは雑誌のインタビューやラジオへの
出演依頼がよくくる。最近はTVに出演する事だってあるだろう」

 「知ってるよ。明君も出てたから」

 「でも、そんな時、選抜されるのはたいてい成績上位者なんだ。
……もっと言えば、5を取ってる子が中心になるんだけど、……
そこへ出かけていくのにチー子では、ちょっと役不足かな?って
ことなのさ」

 「他の学校なら別の結果かもしれないけど、うちの場合は……
まあ、仕方がないだろうね」

 「何が仕方がないの。私、クラスで成績が三等賞だったんだよ。
銅メダルでなきゃおかしいじゃない」

 「確かに期末テストの成績だけ見たらチー子の方が上かもしれ
ないけど、そのほかにも、普段の授業態度や出された課題にどう
向き合ったか、提出したレポートの字が綺麗かどうかなんてのも
評価されるから、通知表の評価は、必ずしも期末テストの成績順
というわけじゃないんだ」

 「残念だけど、チー子では学校の代表選手として出て行くには
品格が足りないってことさ」

 「でも、だったらどうやったら5が取れるの?お兄ちゃん達は
ずっと通知表に5をもらってきてたんでしょう。今はそれが知り
たいの」

 「どうしたら取れるって、そんなの一口に言えないよ。狙って
取りにいったこともないしね」
 広志の答え。

隆志も……
 「僕も同じ。別に5を取るために勉強してたわけじゃないから。
ただ、あたふた、あたふた、やってるうちにそうなっただけなの。
ただそれだけなんだ」

 そんななか……
 「でも、どうして、4じゃいけないの?」
 とは遥の質問だった。

 「十分じゃないか、4あれば……お父さんだって女の子に5を
取れ!!だなんて発破かけないよ」
 広志はそう言って可愛い妹の頭を撫でたが……

 「お兄ちゃまたちはいつも5をもらってるから分からないのよ」
 チー子は口を尖らす。

 「そうか?そんなに楽しいことでもないけどなあ。勉強以外に
学校での仕事が増えるし、クラスのみんなからは特別な目で見ら
れるし、先生からも『あなたがそんなことでどうするの』なんて
些細なことでもよく叱られるしね」

 隆志は自らの体験を話す。それはほかの兄弟も同じ意見だった。
 トップランナーでいることは結構苦労も多いのだ。

 しかし……。

 「私もそう言ったんだが……お前たちがみんな5をもらってる
のに同じ兄弟で自分だけ4じゃ恥ずかしいんだそうだ」

 「だって、それじゃあ私だけのけ者にされてて、可愛がられて
ないみたいだもの」

 「ほ~~う、なんなのそれ~~」
 広志は大仰に驚いて見せる。

 「あなたが一番可愛がられてるみたいに見えるけど……何事も
自分じゃわからないものなのね」
 とは遥の弁だが……。

 それを振り払うような大声で……
 「でもイヤなの!!!」
 チー子は叫んだ。

 でもそのあとはぼそぼそっと小さな声になる。
 「……だってお友達がそんな噂するんだもん」

 「理由はともあれ、遊びたいって言ってるんじゃなくて成績を
上げたいって言ってるんだから、見上げた向学心だと思うよ」
 隆志はそう言うが……

 「向上心ねえ~~~~本当にそうかしら」
 遥が何やら意味深に笑う。

 「どういうこと?」
 隆志が尋ねると……

 「本当は明君に何か言われたんでしょう。『僕は通知表が3以下
の子は相手にしないんだ』とかね。そこで、慌ててお父様に家庭
教師を頼んだ。……そんなところじゃないかな。……違う?」

 遥が探りを入れると、もうそれだけでチー子の顔が真っ赤に。

 「違うわよ!!」
 大声で否定してみせたものの、周囲の大人たちはそれだけで、
誰もが納得しているようだった。

 納得……そうそこにいた全員の顔が『なるほど、そういう事か』
という顔になったのだ。
 ただ、そのことはあまり追及されなかった。お互いの歳が離れ
過ぎてて、からかう気にもなれなかったのである。

 「いずれにしても無理しない方がいいな。体を壊したら何にも
ならないもの。チー子はチー子、今でも十分優秀なんだから」

 隆志に諭されるとチー子は余計にむきになる。
 「うそ、私、頭悪いもん。一緒にお勉強している時も、お父様
から『やる気がないならやめなさい』って何度も叱られたから」

 「そんなことないさ。そもそもうちの学校で4が取れてるって
こと自体、世間では凄い子だってみられてるんだから……どこへ
行っても大威張りなんだよ」
 と隆志。

 「4というのは教科書や参考書程度の知識なら完璧に備わって
るってことの証明だからね、それで十分じゃないの」
 広志だって必ずしもチー子には同調しなかった。

 「何よ、さっきは、私じゃ5は取れない取らなくていいなんて
……どうして言うのよ」
 チー子が口を尖らせると……

 「そうじゃないよ。今のままでは難しいかなって言っただけさ。
そもそも5を取る子には一つ大事な条件があるんだ」

 「どんな?」

 「さっき言っただろう、勉強が好きだってこと。それも教科に
関係なくどんな知識も貪欲に知識を習得したいって渇望するよう
な子じゃないとね」

 もちろんチー子の成績が上がることは隆志にとってもうれしい
ことだが、ここから先の道のりは決して平たんではない。4と5
の間には大きな壁があることを彼はよく知っていたのである。

 「そう、そう、勉強が好きでない子は、『子の大河』を渡って
『彼岸の丘』にまでは辿り着けないってわけだ」
 と、広志も……。

 「何よそれ?子の大河とか……彼岸の丘とか……」

 「チー子の学校、ま、僕の出身校でもあるんだけど、そこでの
符丁さ。子の大河というのは、先生の言いつけに従ってちゃんと
課題をこなして試験に臨む子たちのこと。真面目な女の子たちが
成績としてもそのあたりに集中して現れるから『女の子の大河』
略して子の大河なんて呼ばれてるんだ」

 「そのあたりってどのあたりよ!?」

 「だから、チー子が普段とってくる成績のあたりさ。そこには
チー子だけじゃなく他の女の子たちも集中してることが多いんだ」

 「???……そういえば……」

 「思い出したかい?昔の女の子は、その最後が『子』で終わる
人が多かったからね、成績を張り出すとそこに子の集団が現れる。
だからそう呼ばれてるけど、世の中には上には上がいて、その子
たちがどんなに努力しても追いつけないエスパー集団がその上に
いるんだ。もうそこは人知を超えた存在ということで『彼岸の丘』
『彼岸に立つ人』なんてというのさ」

 「彼岸って?」

 「……悟った人たちが居るところ。つまりお釈迦様の住む世界
ってことかな」

 「本当はそんなことないんだけどね。人間の能力なんて五十歩
百歩だから。でも、学ぶことが好きかどうかで、こんなにも違う
ってことなのさ」

 「女の子はたとえ嫌いな事でもそれなりに一生懸命やるから、
子の大河はその成果なんだけど、それでも好きでやってる人には
かなわないものなの」

 広志の言葉を受けた遥の言葉にチー子は反応する。
 「ふ~~ん、そうかあ~~やっぱりね」

 「何がやっぱりなの?」

 「だって、うちのクラス。平均点はいつも女子の方が上なのに
5を取ってるのはみんな男の子なのよ」

 「そういうことか。男の子はずぼらな性格の子が多いからね、
普通にしてると真面目な女の子にはかなわないんだ」

 「ただ、真面目にやってるのはもちろん良いことなんだけど、
逆に、先生の言いつけ以上の事はしないから成績もそこで頭打ち。
抜きんでる子は少ないってわけさ」

 「これはチー子も同じだな。今回はお父さんが色々とサポート
してくださったからこんなに立派な成績が取れたけど、だったら
自分一人ででもこれができるのかっていうと…あれれ?ってこと
になる」

 「えっ??そうかなあ?だって、試験受けたの私だよ。一人で
やったよ」

 「もちろんそうなんだけど、お膳立てをしてくださったのは、
お父様なんだよ。例えば、さっき言ってたけど、先生が試験前に
何気なく言った雑談や冗談は大半の子にとっては勉強に関係ない
からと思ってスルーしてしまうけど、お父さんも含め彼岸の丘に
立つ人たちには、それがテストの中に数問ある難問奇問と呼ばれ
る試験問題を解くヒントだってわかるんだ。だから教科書以外に
何を勉強したらいいかもわかる。そこをおさらいして試験に臨む
からそんな問題にぶち当たっても解けるんだ。実は、この差が、
4と5の差でもあるんだよ」

 「そうかあ~~それでお父さん、『教科の内容はどうせ教科書に
書いてあるからどうでもいい。それより先生がおっしゃった雑談
や冗談は漏らさずノートに書いておきなさい』って言ったんだ」

 チー子が言うと、広志が苦笑した。
 「しかしお父さんも親バカだなあ。最初から4が目標だったら
そこまでしなくてもよかったのに……」

 「仕方ないだろう。いくらかでも点数を上積みしてやらないと
私がついていながら4が3になっちゃったなんてことになったら
それこそ恥ずかしいじゃないか。それに、あの先生は坂井先生の
教室だったはずだから、そこはノートの切れ端にある単語だけで
も何を尋ねてくるか察しがついたよ」

 「チー子は果報者だな。家にこんな便利なあんちょこがあるん
だから。他の家じゃこんなことありえないんだぞ」

 「いいことチー子、彼岸の丘に立つというのは、そうした心配
をお父さんにさせない子のことなの。日頃からテストに出るとか
出ないとかに関係なく、関連する情報があったら全て調べて頭に
入れている子のことなの」

 「だからさ、こんなこと、学ぶことが嫌いな子にできるわけが
ないじゃないか。新たな発見が楽しくて楽しくて仕方がないから
できることなんだもの」

 「そういえば、僕も友達から君のやってることはアルプス頂上
でケルン積みをしているのと同じだなんて言われたことがあった」

 「どういうこと?」

 「みんなに一定の学力があるってことは、みんながアルプスの
頂上に立っているようなもの。……なのにお前は麓からは絶対に
見えないケルンを積んでさらに高みを目指そうとする……そんな
愚か者がここにいるってね……」

 「バカにされたの?」
 チー子が首をひねりながら尋ねると……

 「そうじゃないよ。褒めてくれたんだ」

 「えっ????」

 「『極めていよいよ遠くとも』って、これ遥姉さんの処だっけ?
学問に限らず芸事、スポーツ、すべてそうなんだけど、僕たちは
終わりのない旅を続ける旅人だからそういう姿勢が大事なんだよ」

 「人間は膨大な知識を常に有機的に結合させて常に自分なりに
脳内を整理してる。優秀な人ほど今ある課題は何か、解決に必要
な知識は何かを瞬時に判断して取り出せる頭脳になってるんだ。
そんな人にとっては無駄な知識なんて一つもありやしないのさ。
どんなに膨大な知識を記憶していても、答えを出すのに最初から
なぞらなきゃ答えが出てこないっていうんじゃ困っちゃうもの、
チー子みたいに……そんなことだからカンニングが必要になんだ
ろう?」

 「カンニングもやむなしか」

 「えっ???私????そうじゃないよ~~~」

 「はははは」
 「はははは」
 言いだしっぺの男二人が顔を見合わせて笑う。

 「チー子には難しい話になっちゃったけど、要するに世の中で
活躍するためには、『これだけ覚えてきました。褒めてください』
というんじゃ足りないってことさ」

 男二人の指がまたチー子の顎をおもちゃにし始めたのでチー子
も思わずその手を払いのける。

 「やめてよ!!!だったら、どうしたらいいの!」

 仏頂面のチー子に今度は広志が……。
 「だから、何度も言ってるだろう。勉強が好きになれば自然に
そうなるってね。……ただ、チー子にはちょっと難しいかもしれ
ないな」

 「どうしてよ」
 チー子はほっぺを大きく膨らませるが……
 二人の男はただただ笑っているだけだった。

 すると、今度は遥が……
 「昔の諺に『馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませる
ことはできない』というのがあるけど、チー子の場合はまだその
お馬さんね。5をつけてもらうのは、まず本人がその気になって
からってことかな。付け焼刃の知識しかない今のチー子では明君
の対抗馬は失礼だって先生はおっしゃりたかったんじゃないの」

 「あっ、お姉ちゃんまで私をバカにして。だから、そんな事は
どうでもいいのよ。私は、どうしたらお勉強が好きになるのかが
知りたいだけなんだから!」

 「そんな処方箋があったら私も使ってみたいわ。本当のところ
それは偶然としか言いようがないのよ。大半の人は、その偶然が
訪れないから、訪れても逃してしまうから学者の道には入らない
だけなの。あなたにだって、お父様は、沢山の知育玩具や色んな
種類のご本を買い与えてくださったけど、あなたはお兄ちゃん達
みたいに興味を示さなかっただけよ」

 「なんだ、そうなのかあ。……もう手遅れなのかあ」

 「そんなことはないわ。学問は何時からでも始められるもの。
そのうち、あなたにも『これだけは譲れない!』ってものが何か
見つかるかもしれないでしょう。……でも、もしそうなった時は、
なりふり構わず努力しなきゃね」

 「(はははは)それが男でなきゃいいんだけどな」
 「女の場合、たいていはそうなるな(はははは)」

 男どもの馬鹿笑いを尻目に遥が……
 「それとね、チー子。これだけは覚えておいてほしいんだけど、
あなたがお外で聞いてきたという優秀なお兄さんたちの話の中に、
どうやら私も入ってるみたいだけど、それは違うのよ。私の場合、
あなたくらいの年頃には、まだ通知表には2と3しかなかったの。
私なんて優秀でも何でもなかったんだから。あなたも焦ることは
まったくないの。むしろ、今、通知表に4をもらってるのなら、
私なんかよりよっぽど立派な小学生よ」

 「え~~~ホント?」

 「ホントよ。あなたはもっと胸張っていいんだから。お父様は
ね、子供に高望みしすぎるの」

 遥の言葉にチー子はほっと一息ついた。
 チー子はこんなやさしい言葉を待っていたのである。

 すると……
 「よし、この話はそれくらいでいいだろう。元の話に戻ろう」
 お父さんが一つの話題に区切りをつける。

 「元の話って?」

 「お前が家庭科の試験でカンニングしたってことだよ」

 「……(あれって、まだ終わってなかったんだ)……」
 チー子は心の中で起きたショックを叫ぶ。

 そう、あの話、お父さんの心の中では、まだ終わってなかった
のである。

*********************

やさしいお仕置き<1>

ノンHのお話
         やさしいお仕置き<1>

 美智子は扉の前で一つ大きく深呼吸してからドアを叩いた。

 「お父様、お呼びでしょうか、美智子です」

 「おう、チー子か、開いてるから入ってきなさい」

 父の声に促されて小さな手はドアノブを回す。
 丸い真鍮の取っては冷たくて、その手は明らかに震えていた。

 「…………」
 部屋に入ってみれば、父は部屋の奥でまだ仕事中。
 昔ながらの電球スタンドからは軟らかなオレンジ色の明かりが
漏れていて、父はその灯りの下で何やら書き物をしている。

 こんな時は父の仕事が一段落するまでおずおずと入り口付近で
立っていなければならない。
 これが合沢家で暮らす子供たちのルールだった。

 手持無沙汰で緊張した時間が過ぎていく。

 数分後、物書きのペンを休めて父が振り向くとチー子が思わず
お臍の下あたりを押さえた。
 ことさら意味などない行為に見えたが、その様子を見ていた父
が、わずかにほほ笑む。恐らくその五分ほど前の出来事を察した
のだろう。

 この時、美智子が着ていたというか、母の言いつけで着せられ
ていたのは黒いツイードの制服。胸元に小さく白くイチイの葉が
刺繍されている地味な学校の制服だった。

 プリーツスカートからのぞく細い脚を少し震わせながら立って
いる少女は黒い上着と純白のブラウスが合い間って清楚な雰囲気
をかもし出している。

 「……相変わらず可愛いな。お前は何を着せてもよく似合うよ。
可愛い子というのは何かにつけて得だ。遥の時代もたしか同じ服
だったとと思うがあいつが着るとまるでメイドさんみたいだった」
 父は笑う。

 名門校というのは容易に制服のデザインを変えない。今、着て
いる服も、実は19も歳の離れた姉の遥が小学生時代に着ていた
ものとそっくり同じもの。だから……

 「これ、遥お姉様のお下がりなんです。お母様が今日はこれを
着て行きなさいって……」

 丁寧な言葉遣いは美智子が緊張している証拠で、彼女自身常に
親を様づけで呼んでいるわけではない。

 はにかむように下を向いてしまった美智子を見つめる父は頬の
下の肉が少しだけ緩んだようにも見えた。
 が、次の瞬間は小首をかしげて単刀直入に尋ねる。

 「お母さんに浣腸させられたのか?」

 鋭いナイフが少女の心臓をえぐる。できたら、尋ねられたくは
なかった。
 ここ合沢家では父親が女の子にお仕置きする際は母親が事前に
浣腸をかけて送り出すというのが習慣になっていたのだ。

 「…………」
 美智子が声には出せず、ただ小さく頷くと……

 「ま、無理もないか……お母さん、何か言ってたか?」
 父が独り言のように小さな声でつぶやく。

 「『大変なことをしてくれたわね』って……『こういうことを
しでかすと、あなただけの問題じゃないの……お父様、お兄様、
お姉様、……おうちの人たちだけじゃないわ。親戚の方たちまで
世間から白い目で見られて、信用を失ってしまうことになるの』
って…………」

 「そうか……ま、そこまでオーバーに言わなくてもいいだろう
けど……でも、お母さんの言うこともあながち間違ってはいない
んだよ」

 「ごめんなさい」

 「私たちの親戚筋には父方母方共に先生をやってる人が多くて、
みんな合わせると上は大学から下は幼稚園までひとそろい先生が
揃っちゃうくらいなんだ。そんな家で、そこの子がカンニングで
問題を起こしたなんて知れると、世間の人たちからひょっとして
他の人たちも何か不正なことをして進学したんじゃないだろうか
……なんてね、世間から疑いの目を向けられかねないもんだから
……お母さんとしてはそれを心配してるのさ」

 「……でも、私は……ただ、お友だちが助かればいいと思って
……愛美ちゃん、午後はテニスの試合があるんだけど、家庭科の
テストのお点が悪いと、午後は居残りさせられるから試合に出れ
ないの。……それって可哀想だし、助けてあげようと思って……
でも、そのためにはまず私が正しい答えを教えてあげないといけ
ないから……班長さんとしては……その……責任上…というか」

 「『責任上』か……なるほど……チー子は責任感が強いんだな」
 父は今度は明らかに笑った。苦笑していたのだ。

 「つまり、『愛美ちゃんを助けるためにはカンニングしなきゃ
いけなかった』と、こう言いたいわけだ」

 「自信なかったの。正しい答えを教えてあげられるかどうか」
 そこまで言ってチー子は父の顔色をうかがう。

 そして、慌てたようにこう続けた。
 「でも、国語も算数も社会も理科も、それは全部一人でやった
んだよ。誰にも教えてあげてないし……」

 「わかってる。せっかくお父さんと一緒に頑張ったんだもんな、
他の人に教えたらもったいないもんな」

 「うん」
 チー子の顔に久しぶりに笑顔が戻った。なんとも正直な笑顔だ。

 実はチー子、このところ成績が下降気味でこのままでは今学期
は4も危ないと担任の先生に注意されたことあった。このため、
それ以降は父親が毎日のようにチー子を膝の上に抱いては勉強を
みていたのである。
 チー子が笑ったのはその膝の感触を思いだしてのことだった。

 このくらいの歳になるとたいていの女の子は異性を意識する。
たとえ父親でもそこは警戒するものだが、チー子にはまだそれが
なかった。
 外ではともかく、家の中でのチー子は、まだまだ父親の大切な
お人形だったのである。
 それが証拠に……

 「おいで」
 父親が普段勉強している時と同じようにチー子を呼ぶと……

 「…………」
 チー子はさも当然と言わんばかりにまるで子犬のような身軽さ
で父の膝に駆け上ってくる。

 すると父もまた、しっかり抱き寄せせ、頭を撫でながら、背中
を軽く叩き、こうつぶやくのだ。

 「うちは入学してから三年生までは小学校というより幼稚園の
延長みたいな授業だから……班単位のグループ学習が中心だし、
単元ごとの理解度テストもやらないし……今までの習慣で、もし
わからないことがあればすぐにでもお友だちに尋ねたいんだろう。
特に女の子というのはそうでなくても何かと人に頼る傾向がある
からね。……それだけチー子は頼りにされてるってわけだ」

 「だって、お勉強はみんなでやった方が楽しいもん。今だって
班単位のグループ学習はたくさんあるし、お友だちはみんな親切
だから、何の問題もないよ」
 チー子は自信たっぷりに答えた。

 「そりゃあよかった。和気藹々ってやつだな。チー子、学校は
楽しいかい?」

 「うん」
 チー子は明るい笑顔だ。

 「そりゃあよかった。…ただね、そうすると『もし分からない
ことがあってもとりあえずお友だちを頼ればいい』なんて安直に
思っちゃう子も出てくるんだ。きっとそのお友だちも、今までの
そうした習慣が抜けきらないのかもしれないな」

 「………………」
 チー子は父の顎の先に伸びた無精ひげを見ていたが、そのうち
意を決した様子で言いたくない言葉を吐き出す。

 「お父さん、怒ってる?……私をお仕置きするの?」

 「さあ、どうしようかな」

 「うそ、今日はお仕置きするつもりで私を呼んだんでしょう。
お母さん言ってたもん、あなたがお父様のお仕置きで粗相なんか
したら、大切な絨毯にシミが残るから今日はここで浣腸していき
なさいって」
 照れなのか開き直りなのか少し上気した顔でチー子が言い放つ
と……。

 「そうじゃないよ。私はお母さんにそんなこと頼んだりしない
よ。それはあいつが勝手にやっただけだ。だいいちこの絨毯には
お兄ちゃんやお姉ちゃんのもたくさん染み込んでるから、今さら
チー子のシミが一つ加わってたとしてもどうってことないんだ」

 「ゲッ、お兄様やお姉様もここで粗相したことがあるの?」

 「そりゃそうさ。そう言うチー子だってあっただろう。パンツ
脱がされて、この世の終わりみたいな声で泣いてたじゃないか」

 「えっ!」

 「遠い昔のことで忘れちゃったか?」

 「そりゃそうだけど、お兄ちゃんたちは偉い人だし……」

 「何言ってるんだ、あいつらだって子供時代はあったんだぞ。
子供が悪さをしないわけがないし、お仕置きを一度も受けないで
そのまま大人になるわけないだろう。そこはみんな同じだよ」

 「遥お姉様も……」

 「そうだよ。あいつが一番多かった」

 「……ホント、知らなかった」

 「お前は昔の遥を知らんから無理もないが、いつだったかこの
部屋に入って来たとたんお漏らしをしたことがあったくらいだ」

 「…………」
 チー子がそれを聞いて頬を膨らませると、父がにこやかに笑う。
 つられるようにチー子の頬も緩んだ。
 いつもは雲の上の存在としか見ていない姉の醜態が嬉しかった
のかもしれない。

 「ただね、チー子。今回お前のしたことが取るに足らない事と
言ってるんじゃないだよ。むしろ普通なら『当然、お仕置き』と
いう事件なんだから。実際、連絡帳にもちゃんと『今回の件では
お家でお仕置きしてください』って書いてあったもの。お母さん
は、きっとそれを読んで気を回したんだろうね」

 父はそう言いながら、あらためてチー子が学校から持ち帰った
連絡帳に目を通し始めた。

 すると、その連絡帳がいきなり抜き取られた。

 「おい!」
 父から思わず大きな声が出たが……

 「どれどれ……『今回の件では、こちらでもできる限り適切な
処置を施して帰宅させましたが、何分にも学校という性格から、
お子さんに対してできることに限りがございます。いたらぬ点に
つきましては、今後ご家庭におかれましてさらなる適切な処置を
お願い致します』か……なるほどね、たしかにそう書いてある」

 父親から連絡帳を取上げて読みあげだのはチー子の姉だった。
 「なんだ、お前、帰ってたのか?」

 姉と言っても二人は兄弟げんかをするような仲ではない。遥は
すでに大学を出て大手商社に勤めるキャリアウーマン。小学生の
チー子にしてみれば、遥は姉というよりむしろ叔母といった方が
しっくりくる間柄だった。

 その遥が父からチー子の連絡帳を取り上げ読み上げたのである。

 豊氏が言うと……

 「なんだはないでしょう、人を呼びつけておいて……お父様が
チー子に力を貸してやって欲しいことがあるからって言うから、
こうやって仕事を早めに切り上げて帰って来たんじゃないの」

 『どういうことだろう?そこにはお仕置きしてくださいなんて
書いてないのに……』
 大人二人の会話に一人取り残された感じのチー子。
 彼女にはまだ大人の複雑な言い回しは理解できないようだった。

 「適切な処置ね。私の連絡帳にもよくこういうの書かれてたわ」
 遥の言葉にチー子が反応する。

 「……『適切な処置』ってどういうことですか?」
 チー子が思わず尋ねると、遥は鼻で一つ笑ってから……

 「そうねえ~有り体に言えば『お家でお仕置きしてください』
ってことかな」

 「えっ!!!」
 予想していたこととはいえチー子の顔に緊張が走る。

 「学校って処はたとえ先生の堪忍袋の緒が切れるようなことが
あったとしても、やたら厳しい体罰はできないの。だから学校で
できない分は各ご家庭でお願いしますってことなの。要するに、
お父様たちにあなたへのお仕置きっていう宿題が出たってこと。
わかった?お姫様」
 遥は悪戯っぽく笑うと、人差し指で可愛い妹の頬を優しく叩く。

 「そうかあ、やっぱり、そうなんだ」

 「やっぱりって?何が?」
 チー子ががっかりした様子でうな垂れるので遥が尋ねると……

 「だって隆志お兄ちゃんが言ってたの。もしママが浣腸したら
それは確実にパパからのお仕置きがある日なんだって……あれ、
本当だったんだ」

 「ほう~それは、それは、ご愁傷さま……災難だったわね」

 「あ~あ、ショックだなあ~。災難なんてもんじゃないわよ。
50㏄よ。50㏄も入れられちゃったんだから……今でもお腹が
渋ってるもん」

 「仕方ないじゃない。そういう決まりなんだから。うちの子に
生まれたのを呪うしかないわね。五年生は50㏄六年生は60㏄
てのがうちの決まりなの。……で、その時、お母さん、うだうだ
お小言を言ってはトイレを我慢させなかったかしら?」

 遥はさもその時の様子を見ていたような確信めいた含み笑いで
チー子の顔を覗き込む。

 「そう、そうなの。もうすんだことまで持ち出してネチネチと
……ホント、嫌になっちゃうわ。おかげで今でもお腹が痛いもの」
 チー子は相手が同性という気安さも手伝ってだろうか、ここぞ
とばかりにまくし立てる。

 「だけど、いい加減手遅れね」

 「えっ?」

 「この絨毯、すでに子どもたちのオシッコのシミがあちこちに
あるもの。あそこも……そこも………それだってそうよ。今更、
気を付けても無駄。クリーニングしてみても落ちないわ」
 遥は懐かしそうに絨毯のシミ一つ一つに視線を落とす。

 「ねえ、お兄様やお姉様もここでお漏らししたことがあるって
ホントなの?」

 「ま、そういうこともあったかな。もちろん。その子によって
お仕置きを受けた回数はバラバラだけど、一度もお父様から手を
上げられなかった子なんてここにはいないわね」

 「私もその頃はまだ若かったら、我を忘れて隣の家まで悲鳴が
届くようなお仕置きをしたこともあったけど……部屋に入るなり
いきなりお漏らしを始めたのはお前だけだ」
 娘たちの盛り上がりに寂しかったのか、父親が顔を出す。

 「仕方ないのよ。浣腸してきてもまだ膀胱にまだ少し残ってる
のがあるから完璧には防げないの。女の子は一度堰を切ったら、
もう止まらないから」

 苦々しい笑いの遥が続ける。
 「それだけお父様のお仕置きは痛いってことよ。中学生くらい
でもお尻を裸にして平手でぶつの。一回一回はそんなに強くぶた
れてる感じはしないんだけど、いつの間にか手にも足にも電気が
走ってて、泣きわめくつもりはまったくないのに気がつくと叫ん
でるの」

 「へえ~~そうなんだ」

 他人事のように感心するチー子に対して……
 「へえ~~って、あなた、これからそうなるかもしれないのよ。
わかってる?」

 「うん……一応……」
 生ぬるい返事だった。

 「まあいいわ、こうしたことはお父様から直にお尻をペンペン
された子でないとわからないから……あなたも一度経験してみる
ことね」
 最後は『呆れた』といった様子だった。

 「お兄様たちもお父様にぶたれてお漏らししたことがあるの?」

 「(フフフ)あなたってこっちが言い難いことをズバッときいて
くるのね」
 遥が珍しく目を見開いて笑う。

 それは今までしょんぼりしていたように見えたチー子の顔が、
お仕置きの話になったとたん、目を大きく見開いてこっちを見て
いるのに合わせたものだった。

 『この子、好きなのね。目の輝きでわかるわ。……お父様も…
…お仕置きも……。誰にも言えないけど、大好きなお父様から、
とっても厳しいお仕置きを受けたがってる。……なんだかんだ
言ってもやっぱり女の子だわね』

 遥は思った。その上で……
 「ないわけないでしょう。さすがにお漏らしは一学期に一回か
年に一回くらいだけど、特に小学生の頃までは毎週誰かしらここ
へ呼びだされてはぶたれてたの」

 「毎週?」

 「毎週はちょっとオーバーか……でもそのくらい多かったわ。
だってお父様に男女の区別なんてないもの。私だって事情は同じ。
毎週のようにここに来ては裸のお尻を晒してたんだから。お家の
お仕置きは土曜日が多かったから、兄弟みんな土曜の夜がセーフ
だとホッと胸をなでおろしたものよ」

 「恥ずかしかった?」

 「そりゃうもちろん、そうだけど、恥ずかしいなんて言ったら
さらに強くぶたれたから必死に我慢したの。お父様の前に出たら
みんなまともに口がきけないの。素っ裸にされて部屋の隅に立た
された、なんてことが何度もあったんだから……」

 「お父様ってそんなに怖いんだ」

 「普段はそんなことないわよ。だけどね、怒らしたら大変なの。
体がバラバラになるんじゃないかってくらいお尻が痛いんだから」

 「ふ~~ん、そうなんだ」
 チー子の返事にはなんだか実感がこもっていなかった。

 そりゃあチー子だってお父さんからぶたれたことの一回や二回
ないわけではない。ただ、お父さんとはぶたれた思い出より褒め
られたり抱っこされたりした思い出の方がはるかに印象に残って
いる。チー子にとってお父さんというのは、お母さんに比べると
ちょっぴり遠くにいる存在だけど、相手してくれる時は優しい人
だったのだ。

 対してお母さんはというと、いつも身近にいて頼りになるけど、
口うるさくてうっとうしい人。何か気に入らないと、藪から棒に
何の警告もなくよくお尻をぶってきたから、彼女にとって本当に
怖いのはお父さんよりむしろお母さんだったのである。

チー子がそんなことに思いを巡らしていると遥の声がする。
 
 「それに、やっと終わったと思ったら、そこからさらにお母様
を呼んでお灸を据えられたりもするの。あれは地獄よ、火炎地獄。
あなたはお父様からまだそんなおっかない目にあったことがない
でしょう?……うらやましいわ」

 「それは……」
 チー子は遥お姉様に『そんなことないよ。私だってあるもん』
と言おうとして思いとどまる。大人たちからお尻の割れ目を押し
開かれて尾てい骨にお灸をすえられる様子なんて他人に想像され
たくなかったのだ。

 「そりゃないさ。チー子は親父たちにとっては孫みたいなもん
だもの。俺たちとは違うよ」

 遥が聞き覚えのある声に女性二人が振り返る。

 「あっ、お兄ちゃん」
 「あら、ターちゃん(隆志)、いたの?」

 「今さっき来たところ、どうやらヒロ君(広志)も呼ばれてる
みたいだよ。あいつの車がガレージにあったし、ほら、ピアノの
音が聞こえてるだろう」

 「あっ、ホントだ。気が付かなかった」

 「ねえねえ、じゃあ、お姉様はいつまでお仕置きされてたの?」
 チー子がお兄様お姉様の会話に恐々入ってくる。

 姉の推察通り、チー子はお仕置きという言葉に不思議なシンパ
シーを感じていたようだった。

 「いつって……そう言われてもねえ……」

 遥が思わず口ごもってしまうと、チー子はさらに畳み掛ける。

 「小学生の時まで?……中学生はまだやってた?……高校生に
なったらもうやらなかったでしょう」

 チー子がうるさく聞いてくるのでたまりかねた遥が口を開く。
 「お仕置きはもちろん幼い子がやらされるケースが多いけど、
我が家ではいつまでって決まりはないの。中学生でも高校生でも、
たとえ二十歳を越えたって、この家でやっかいになっている限り
お父様はお父様なんだからその子をお仕置きできるのよ」

 「今でも?……だって、お姉ちゃん、大人だよね」

 「そう……でも、今でもなの」

 「えっ!?ほんとに?」

 「ほんとよ。だって、お父様は家長といってこの家のリーダー
なんだもの。年齢に関係なく誰だって家長であるお父様の指示に
従わなければならないわ」

 「お仕置きも?」

 「もちろんお仕置きも。お父様が『この子にはお仕置きが必要』
と判断なされば、誰だってそれに従わなければならないの。お家
のルールだから……分かったかしら、新入りさん?」

 「新入りさんって、私だってこのおうちに10年もいるのよ。
もう新入りなんかじゃないわ。私、赤ちゃんじゃないんだから」

 チー子は胸を張るが……

 「10年ねえ……もう10年…か……早いなあ。……私には、
お前がおむつをしていたのがついこの間のように思えるよ」
 豊氏は感慨深げにつぶやく。
 
 「だって、高校生になってからお仕置きだなんておかしいよ」
 チー子はさらに食い下がったが……

 「遥が最後にお仕置きを受けたのは、たしか高二の春だったな」

 父の声に顔を赤らめる遥。
 「あっ、だめよ、お父様。余計なことは言わないでください」
 明らかに動揺している様子だった。

 「確か、その時も素っ裸でのコーナータイムも二回もやったと
記憶してるけど……違ったかな」

 「忘れました。そんなこと!!!」
 遥はぷいっと横を向いていしまう。

 「へえ~~そんな時までオシオキってあるんだ。ねえ、どんな
お仕置きだったの?」
 しょんぼりしかけていたチー子の目がふたたびランランと輝き
興味津々といった様子で遥を見つめている。

 女の子はもちろん幸福な自分を夢想して楽しんだりもするが、
実は他人の不幸にはもっと敏感で、より感情移入しやすかった。
それは、今まさに自分がお仕置きをされようとしているチー子に
おいてもまた同じ。

 『私はなんて不幸な星のもとに生まれてきたのかしら』などと
自らの身の上を嘆きつつも、心のどこかではそんな自分を俯瞰で
眺め、悲劇のヒロインである自分を楽しんでいる。

 そんな夢世界に生きる女の子たちにあってお仕置きというのは
単に忌み嫌われるやっかいものではない。むしろ物語には欠かす
ことのできない大事なスパイスなのだ。
 チー子はそのスパイスの味を覚え、求めていたのである。

 「チー子、そういうことは遥のプライバシーの範疇だからね、
軽々しくお姉ちゃんからお話を聞こうとしちゃいけないの」
 隆志が中に入ってチー子をいさめる。まさに大人の対応だ。

 三つ揃えのスーツをビシッと着こなす隆志は、180センチを
ゆうに越える長身と甘いルックスで、まるで映画スターがそこに
立ってるようだった。

 「ケチ!!」
 言葉とは裏腹にチー子は笑っている。

 「ケチじゃないよ。チー子だって、『昨日はお父様からこんな
厳しいお仕置きをされました』なんてクラスじゅうに知れ渡った
らどうなの?嫌だろう?」

 「そりゃあ……そうだけど……」

 「だったらチー子も人の秘密もあれこれ詮索しない方がいいん
じゃないのかい?……とかくプライバシーに関わる事に触れると
他人から恨みをかうことになるよ」

 チー子は少し不満な様子も見せながらも……
 「へへへへへへ」
 今度は隆志にすり寄っている。

 それを見ていた父親は……
 「大丈夫だよ。心配しなくても。お前はいつもよい子だから。
お灸七箇所、鞭3ダース、なんてお仕置きは、お前にはしないよ。
それにあれは私がまだ若かった頃の話。今は時代も違うからね。
そうだ、それでも必要な時は、今度は隆志に頼むか」

 豊氏は満足そうに笑い、隆志は困惑、遥は憤懣やるかたないと
いった表情だ。
 チー子だって父のその笑顔はうすら寒かった。

 もちろん豊氏にしてみれば、当初は素知らぬ顔の遥をからかう
つもりで言った軽口だが身近に接してきた父親にはチー子の性癖
だってわかるから、それにもくぎを刺しておいたのである。

 いずれにせよ、幼い心を震撼させるにはそれで十分だった。

 『隆志お兄ちゃんからお仕置き』
 『隆志お兄ちゃんからお仕置き』
 『隆志お兄ちゃんからお仕置き』
 チー子の頭はしばらくそれで一杯になっていた。

 「昔、俺がこいつらを育てたころはスパルタが主流だったから
お仕置きも厳しかったが、今はほめて育てる時代だそうだから、
そういう意味でもチー子は得だったな」

 父にこう言われた時も何一つ聞いている様子はない。
 『絶対だめよ!』
 『絶対だめ!』
 『絶対!』『絶対!』『絶対!』『絶対!』『絶対!』
 チー子の顔がみるみる青くなっているのが誰の目にもわかった。

 そんなチー子に向かって隆志が……
 「気にするな、姉貴は度外れて乱暴者だったから、親父も手を
焼いてお仕置きもきつくなっただけ。お前は可愛がられてるから、
親父からそんなにきつい事はされないよ」

 どうやら、こちらは美しく勘違いしているようだ。

 隆志は父の膝の上に馬乗りになっているチー子の両脇に両手を
滑り込ませると、まるで子猫でも抱くようにひょいと抱え上げた。

 チー子は小学生といってもすでに五年生、幼児ほど軽くはない
がサッカーで鍛えた身体にはこの程度の体重は問題ではなかった
ようだ。

 すると、いつの間にか部屋に入ってきていた広志が、今度は兄
からチー子を譲り受けてあやし始める。
 「そういうこと。もともと遥姉さんが特殊なだけで、親父は、
昔からチー子に甘かったもの。俺が庭で蜂に刺されて泣いてたら
『男の子がそのくらいの事で泣くんじゃない』なんてどやしつけ
てたくせに、この間チー子の指にバラのトゲが刺さっただけで、
『救急箱はどこだ』って、えらい剣幕でおヨネさん(お手伝い)
を呼んでたもん。相手が違うとこうまで違うのかって驚いたよ」

 チー子は男たちの間で取り合いになっていた。

 実はこの隆志と広志は双子の兄弟で大学までは同じ道を歩んで
いたのだが、そこから先の人生が大きく異なっている。
 院生を経て堅実な仕事に就いた兄に対し、広志は奔放な人生。
サッカークラブのコーチをやっていたかと思うと、いつの間にか
古着屋。画家、陶芸家、作曲家、最近はポルノ小説まで書いてる
というから、父親にしてみれば彼の存在も頭痛のタネだった。

 実際、この時も広志はアロハシャツにサングラス、ジーンズ姿。
でも、それが妙に似合っている気がしてチー子にしてみると彼は
決して嫌いではなかった。

 「チー子。お前は得だな。女の子で、しかも親父が年を取って
からの子だから、傍にいても可愛がられるだけで叱られたことが
ないだろう」

 「そんなことないよ」

 「そうかあ?兄ちゃんたちはお前ぐらいの歳の頃は大変だった
んだぞ。テストで90点いかないとそれだけでお尻叩かれたんだ
から……」

 「なんだ広志、何を今さらうじうじと……そんなこと当たり前、
勉強しないお前が悪いんじゃないか」

 「別に恨み言じゃないよ。そういうことじゃなくてさ、時代が
違うって言いたいだけさ」

 「まったくいくつになっても女々しいやつだ。言いたいことは
それだけか」

 「相変わらず、おっかないねえ」
 広志は苦笑い。

 「だいたい、男と女では置かれてる立場が違うんだから、当然、
やらなきゃならない事だって違う。そんなこと当たり前だ」
 父親はそう言ってチー子を取り返す。

 チー子の躰は男たちをめぐって再び父親の膝の上に納まった。

 今度は豊氏がチー子をあやしながら……
 「俺はこの子を遥みたいに結婚もできない行き遅れの職業婦人
やお前みたいな遊び人にするつもりはないんだ。いいか女の子は
どんなに立派なことが言えたとしても、ちゃんと結婚してだな、
人から愛される人生を送らなきゃ幸せにはなれんのだ」

 「おやおや、またその話か。いいじゃないか、姉さんは姉さん
で幸せにやってるんだから。そんなこと言ってると、姉さんまた
怒って帰っちゃうぞ」
 広志の言葉にはやっと親父の影響力から解放されたという喜び
がどこか残っていた。

 「それより、なんで今日は俺たちまで呼ばれたんだ?」

 「いや、なんでも親父がチー子をお仕置きするって話だぞ」

 「えっ!?まさか?」

 「いや、おふくろから聞いたんだ」

 「ということはチー子のお仕置きをここで見学しろってことか?
最近流行りの小学生のお仕置きヌードかい?まさかそんなことで
俺たちを呼んだんじゃないだろうな」
 広志は茶化したような顔で笑う。

 男二人がぶつくさぼやいていると……

 「ん?……なんだ、お前たち、そんなつもりで来たのか?」

 「いや、そういうわけじゃないけど、親父が『手伝ってくれ』
っていうもんだから……」

 「チー子のお仕置きをか?…バカ言え!俺だってそこまで老い
ぼれちゃいないよ!!」

 「そりゃそうか」
 広志があっけらかんと笑う。

 「だが、別に構わんぞ、お前たちがお仕置きを手伝ってくれる
のなら、それもよしだ。だいたいチー子だってまだ女というわけ
じゃないんだから」

 父親だって笑いながらシャーシャーと言ってのける。
 この時代はそんな時代だった。

 幼児ポルノなんて趣味が広まっていなかった当時、家庭内では
大人たちのお仕置きによって裸にさせられる小学生は珍しくない。
しかもそれは、あくまで女の子のお仕置きであって虐待やポルノ
ではなかった。

 チー子はこの後も事あるごとに年の離れた兄弟たちから代わる
代わる天井に頭が着くほど持ち上げられて高い高いをされる。
 それはチー子にとって必ずしも喜びだけではなかったから厳密
には虐待って要素もあるかもしれない。しかし……

 「きゃははははは」
 チー子は誰に対してもちゃんと笑って応えた。

 ただそれは自分の素直な気持ちというより、あくまで女の子と
しての忖度。つまりはお付き合いの笑顔なのだ。

 これは何もあやされてる時だけじゃない。お仕置きだってそう。
今のチー子にお父さんが、『チー子パンツを脱ぎなさい』と言えば
恥ずかしくったって脱ぐだろうし、『お膝に来なさい』と言ったら
膝の上でうつぶせになるだろう。お尻を叩かれて痛くても『泣く
な』と言われたら必死に我慢するはずだ。

 だけど、それで心の底から改心しているのかというと、それは
また別の話。

 あくまで愛を繋ぎ止める為のお付き合い。力の弱い女の子なら
自然に身につく生活の知恵みたいなものだった。

 相沢家でもチー子を溺愛していたのは何も父親だけではない。
歳の離れた兄弟たちにとっても、チー子はまだまだ可愛いお人形。
 そのことは当のチー子だって十分感じていたから、みんなへの
笑顔は、自分への愛を繋ぎ止める為の大事な大事なお仕事だった
のである。

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Appendix

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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