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第2章 幼女の躾 (2)

<A Fansiful story>

           竜巻岬《6》

                     k.Mikami

【第二章:幼女の躾】(2)
《初めての友達》


 アリスが幼女となってしばらくしたある日のこと、ペネロープ
がお茶の席にアリスを招いた。
 そこは本来、童女と呼ばれる人たちから参加を許される場所で、
いまだ幼女でしかないアリスが招かれるのは破格の扱いだ。
 しかも、彼女はペネロープのすぐ脇に席を取る。

 「アリス、何だかだいぶやつれたみたいに見えるけど……幼女
の暮らしは大変なのかしら」

 「いいえ、大丈夫です。お母さまのご慈愛に感謝します」

 「ありがとう。でも、ここではそんな型にはまったごあいさつ
はいらないわ。今日は、あなたが心に抱いている本当の気持ちを
私に話して欲しいの。ハイネもいないしここでなら何を言っても
かまわないのよ」

 「……<そう言われても>……」
 とアリスは思う。

 「そう、常によい子でいたいのね。それはそれで大変に結構よ。
でも、もし我慢できなくなったらいつでも私の処へいらっしゃい。
私の胸になら全てをぶちまけていいのよ。あなたは私の娘なんだ
から、何も遠慮はいらないわ」

 ペネロープは慈愛に満ちた母の眼差しでアリスを諭した。

 「はい、おかあさま」

 ハイネに娘の養育を任せている以上、母親とはいえ小さなこと
にまであれこれと指図できないペネロープだが、アリスのことは
ずっと気にかけていた。

 実際、庶民と異なり上流階級の家庭では子供たちが親と一緒に
食事をしたり歓談したりできるのは十才を過ぎたころから、それ
以前は、養育係に全権を委ねている場合がほとんどで、その場合
「お早ようございます」と「おやすみなさい」を言いに子どもが
親の処へ出向く以外は、親の方が養育係の処へ出向いて子どもに
会いに行くことになるのである。

 当然、子供は実際の親より養育係の方に懐くわけで、アリスも
その点では例外でなかった。どんなにきつい折檻を受ても自分の
庇護者はハイネしかいないと信じていたのである。
 その意味からもペネロープに普段の愚痴は言いにくかった。

 お茶の席にはアリスのほかにも大勢の子供たちが参加している。
 もちろん子供たちといっても、いずれも二十歳を越えた人たち。
一般社会ならレディーと呼ばれる人たちだ。ただここでの身分は、
『童女』であったり『少女』であったりする。

 ペネロープはそんな子供たち一人一人に声をかける。
 この時間は、普段は子供で管理されている彼女たちがつかの間
大人に戻れる瞬間。ペネロープにしても彼女たちのことを細かく
観察しては事故の起きないようにしているのだ。

 「フランソワ、ピアノの発表会までもうあまり時間がないけど
大丈夫なの」

 「はい、今回はとても体調がいいんです」

 「そう、それはよかったわ。当日、貧血で倒れたなんてあまり
名誉なことではありませんものね」

 「キャシー、あなたの油絵がまた入選したんですって」

 「はい、今度の作品はサロンにも出品させて頂きました」

 「そう、それはよかったわ。でも、あまり公の場所に展示すると、
もともとあなたはプロなんだし過去が分かってしまわないかしら」

 「それは大丈夫です。以前とは絵のタッチを大きく変えてしま
いましたから……気付く人は誰もいないはずです」

 「ミッシェル、あなたから頂いたレースの花瓶敷、とても重宝
しているわよ。あなた、器用なのね。知らなかったわ」

 「いいえ、お母さま。私は何も取柄がありませんから、編み物
ぐらいしかできなくて」

 「とんでもない。女の子にとって編み物は立派な趣味ですよ。
もっと高度なものを習いたいのなら先生を呼んであげてもよくて
よ」

 「はい、お母さま。ご好意に感謝します」

 「では、誰か探しておきましょう」

 ペネロープ女史はこうして大半の子を誉めたが、中には叱る子
もいた。そうした子に対しては自ら出向くのではなくまず自分の
席近くに呼び寄せてから話を切り出すのが彼女のやり方だった。

 「リサ、あなた最近手遊びをするそうね。世間じゃあんなもの
健康に影響がないから放っておけばいいって言う人もいるけど、
ここでは禁止しているの。……そのことは知っているわよね」

 「はい、お母さま」

 ペネロープの前に立って小さくなっているのは、軽くウェーブ
の掛かった髪をかきあげるスレンダーな体つきの女性。こんな処
で暮らしているから化粧っ気はないが、アリスの目にはその精悍
な顔つきが十分『美人』と評価できる人だったのである。

 「男性のように、やらないとストレスで仕事や勉強にも支障が
でるというのならいざ知らず、女性には、それほどの強い欲求は
ないはずよ。あれはたとえ健康に直接的な害はなくても生活習慣
が乱れ根気が奪われるからここでは禁止しているの。分かってる
でしょう」

 ペネロープはそこでいったん言葉を区切ると、周囲を気にして
から再びリサを静かな眼差しで見つめる。

 「コリンズ先生にもご相談してみるけど、場合によっては幼女
か、ひょっとすると、赤ちゃんに戻ってもらうかもしれないわね」

 「許してください。もう二度と手は触れませんから」

 リサは慌てたようにペネロープの前に膝まづくと両手を胸の前
で組んで哀願した。

 「およしなさい。リサ。ここはそんなことをする場所ではない
わ。お茶の席なのよ」

 「私、もう、赤ちゃんなんていやです。あんな恥かしい思いを
するくらいなら死んだほうがましです」

 リサは激しく訴えたが、ペネロープはいたって平静だった。

 「そりゃあ、死ぬのは構わないけど、もう死ねないでしょうね。
あなただって、一度は赤ちゃんを経験しているもの。あれを乗り
越えてから再び死を選んだ人は誰もいないの。あなたたちを厚遇
してあげられるのも、二度と自殺なんてしないだろうって確信が
あるからよ。だから軽々しく『死ぬ死ぬ』って言わないで頂戴ね」

 「…………………」

 リサは急に静かになった。本当は死ぬ気などない自分の気持ち
をペネロープに見透かされて恥かしかったのだ。

 「本当は赤ちゃんに格下げするお仕置きもあるけど、しばらく
は幼女で様子を見てあげましょう。その代わり一週間は貞操帯よ。
いいですね」

 「はい、お母さま」
 リサは小さな声で答えた。

 「…てい…そう…たい…」

 側(かたわら)で聞いていたアリスが、思わず、ぼそっと呟いく。
すると、そのアリスの言葉にペネロープが反応したのである。

 「ん?……あなた、貞操帯って知らないの?」

 「…………」
 それがどんな用途で使われて、どんな形のものなのか知らない
はずなのにアリスの顔が赤くなる。

 「無理もないか、あなたはまだ若いものね。アリスちゃんには
まだ関係ないわね。貞操帯というのはね、おいたをするお手々が
体の中に入らないようにするものなの」

 アリスもやがてはお世話になるその器具、この時はペネロープ
に説明されても、とんとそのイメージが浮かんでこなかった。

****************************

 二日後、アリスに初めての友だちができた。
 先日のお茶会で出会ったリサが格下げされて幼女のクラスへと
やってきたのだ。

 リサはこの時十八才、十五才になっていたアリスとは三つしか
違わないが、育ちのせいかアリスに比べると随分と大人びている。

 「へえ~あなたがアリスちゃん。随分、可愛い顔してるのね。
とても十五には見えないわ」

 「だったらいくつに見えるの?」

 「そう、いいとこ十一ってところかしらね。なるほどお母さま
のお気にいりって感じだわ。だってあなた清楚で品があるもの。
きっと私なんかとは育ちが違うのね」

 「私が『お気に入り?』…そんなことないわよ。だって滅多に
ペネロープ様……いえ、お母さまになんてお目にかからないもの」

 「それは当たり前よ。だって、あなたまだ幼女じゃない。ここ
では童女になって初めて一緒に食事もできるし、養育係への不満
だって、少しは口にできるようになるんだもの」

 「じゃあ、幼女って辛い立場になったんだ」

 「そりゃそうよ。お庭だろうと、食堂だろうと、養育係が一言
『パンツをおろして!』って言えば、三秒以内にパンツを下ろさ
なきゃルール違反だし、一言でも口答えしたら、やっぱり無条件
でお尻をぶたれる身の上よ。……でも、今日からは私もあなたと
同じ」

 「そうだ、そういえば私、先日のお茶会でお母さまから、不満
なことがあったら何でも相談にいらっしゃいって……あれって、
本当に不満なんて口にしちゃっていいのかしら?」

 「もち、かまわないわ。お茶会ってそんな席だもの。……でも、
ほんとに!?」
 リサは目を丸くして大仰に驚いてみせる。

 「羨ましいなあ。私なんて幼女の時にそんなこと一度も言われ
たことないのよ。やっぱりあなたはお母さまのお気にいりなのよ」

 「そうかしら」

 「絶対そうよ。これは明らかな差別だわ」

 「差別かどうかはわからないけど、私は早く童女になりたいわ。
ここにきてもう一年近くになるけど絵本の他はただの一冊も本を
読んだことがないの。赤ちゃんの時は無我夢中だったけど、今は
なんだかのんびりしすぎて頭のなかに蜘蛛の巣が張りそうだわ」

 「それ、私へ皮肉かしら」

 「え、どうして?」

 「だって童女や少女になったら勉強や習いごとをたくさんやら
されるのよ。それもたっぷりとお仕置き付きでね。私はその点は
幼女って羨ましいなあって思ってるの。ただ、養育係の命令には
絶対服従だけど、のんびり暮らせるもの……」

 「私とは反対ね。私、忙しいのはかまわないの」

 「あなた、若いからね、じっとしてられないんでしょう」

 「……ただね、慣れたのは慣れたのよ。幼女の暮らしにも……
だって今では、どこでもパンツが脱げるもの」

 アリスは自分で言って思わず苦笑する。

 「そう、退屈だったらちょうどいいわ。あなたの好奇心を満足
させてあげられるちょっとした穴場があるの。ついてらっしゃい」

 「でも、もう夕食もすんだし、このお部屋を出ちゃいけないん
でしょう」

 「大丈夫。三十分くらいなら養育係も帰ってはこないわ。あの
人たち、町から運んできた荷物を納屋に入れるのを手伝ってるの。
いいから、いらっしゃいよ」

 アリスはリサに誘われるまま恐る恐る部屋を出て着いて行くと
……

 「どこへ行くの。ここは、たしかご城主様の……」

 「わかってるわよ、そんなこと。……さあ、ここから入るのよ。
ちょうど改修工事をやってて、おあつらえ向きに壁が壊れてるの」

 「わたし……」

 アリスが二の足を踏むとリサはぐいっと彼女の肩をつかむ。

 「何言ってるの、今さら。ここまで来たら、あんたも同罪よ。
見て帰らなきゃ損じゃない」

 二人が工事のためにあけた穴から中へと忍び込むと、ちょうど
そこはお城の書庫。

 「どう、すごいでしょう。天井まで本がびっしりよ。これ全部
売り飛ばしてもトラック十台じゃ運びきれないわね」

 「だって、これ全部侯爵様のものでしょう」

 「当たり前じゃない。きっと何代も前からここにため込んでる
のよ」

 「ねえ、これってどういうふうに分類してるのかしら。何だか
雑然と並んでいて見つけにくい気もするけど」

 「何言ってるの。ここは街の図書館じゃないのよ。ご領主様が
ご自身で分かっていればそれでいいじゃない。そんなことあなた
が心配することじゃないわ。それよりおもしろいものがあるの。
こっちへ来て」

 リサは、ずけずけと書斎の方へ入っていくと……どこでそれを
知ったのか本棚の奥に隠されたスイッチを……

 「えっ!!」

 驚くアリスの目の前で、本棚の一部が横にスライドして秘密の
入り口が現われたのである。

 「やっぱりまずいわよ。もし、見つかったら。私たちただでは
すまないのよ」

 アリスの不安にもリサは強気だった。

 「大丈夫よ。ご領主様はすでに出掛けたし、ここはご領主様の
プライベートルームだもん、もう夜だし誰も来ないわ。……さあ、
入って、入って……あなたの望みの本じゃないかもしれけどね、
ちょっと面白いものがあるのよ」

 「でも……」

 「何、うじうじ言ってるの。……前にも言ったけど、ここまで
来たら、あなたも同罪なんだからね」

 リサは再びアリスの肩を鷲掴みにすると、その秘密の部屋へと
力任せに放り投げたのだった。

 アリスが踏鞴を踏んで入った処は主人愛用の葉巻とコニャック
の香りがまだ残る小部屋で、壁には数点の油絵が掛かっていた。

 「これは…………えっ!」

 何気なく掲げられた絵を眺めていたアリスだが、気がついて、
思わず息をのむ。

 油彩は、どの絵を見ても子どもが家庭で折檻されているところ。
子供の年齢や性別、親の身分などはさまざまだが、父親の威厳に
恐怖する子供の顔や母の慈愛の中で泣く子供の様子などが、克明
に描きこまれいた。
 もちろんどれも具象画。写真と見まがうばかりの描写力だった
のである。

 「ほら、これ」

 アリスが壁に掲げられた絵画に見入っていると、どこから持ち
出してきたのか、リサが自分の上半身が隠れるほどの大きな画集
を持って現れる。

 「ほら、見て!」
 そこにはさらにエロティクな絵が……

 「何?それ……」

 「エロチックな絵ばかり集めた本よ。『SYUNGA』って題
が付いてるわ。…………ねえねえ、コレ見て御覧なさいよ。……
へえ、『家庭での折檻』なんて絵、本当にあったんだ」

 「なあに、『家庭での折檻』って……」

 「『O嬢の物語』に出てくる絵よ。あなたの国の北斎もあるわ。
ほら……これって、大蛸に女の人が絡みつかれてるんでしょう。
ぞくぞくしちゃうわ」

 「わあ、何よこれ。……気持悪い。……グロテスクなだけよ」

 「そうかなあ、私は好きよ。北斎って、なかなかのセンスだと
思うわ」

 二人は知らず知らずその画集の虜になっていく。
 だから、背後に人が近付いていようとは露ほども疑っていなか
ったのである。

 「えへん」

 咳払い一つで二人は天井までも飛び上がった。

 恐る恐る振り向いてみると、そこには……

 「このお城も古いから幽霊はよくでるけど、こんなにはっきり
と見えたのは初めてよ」

****************************

 ペネロープにこんなところを見られてしまってはもう申し開き
がたたない。

 二人は元いた居室まで連行されると、そこでネグリジェの裾を
自ら捲るように命じられたのだった。

 「………………」

 呼び寄せられたメイドたちの視線を気にして逡巡していると、
それにもペネロープの鋭い声が飛ぶ。 

 「さあ、早くなさい」

 「……………………」

 やがて二人の震える足が、くるぶしからふくらはぎ、さらには
太ももへと、次第にあらわになっていく。やがて、白いショーツ
までもが周囲の目に晒されることになったが、二人の悲劇はそれ
だけではない。

 無表情を装うメイドたちによってネグリジェの裾が少女たちの
胸元で止められると、さらにその次は……

 「ショーツもお脱ぎなさい」

 ペネロープはにべもなかった。

 「……………………」
 「……………………」

 幼女の悲しい定め。二人は否応なしに実行すると……

 「あら、リサ。……あなた、いつの間にそんなに成長したの?」

 ペネロープは皮肉な笑顔でリサに近づくと、その股間に萌えだ
した下草に触れてみる。

 「幼女というのはね、アリスみたいにここがすべすべになって
なきゃおかしいでしょう。あなた、日頃のお手入れを怠ってるの
ね」

 「それは……それは……」

 リサには、その次の言葉が出てこない。
 ただ、ペネロープも『だからどんな罰を与える』とは言わなか
った。それは養育係の領分だからだ。しかし、事が発覚した以上、
ただではすまない。さすがのリサもこれには正体がなくなるほど
呆然としてしまったのである。

 その後二人は、その哀れな姿のまま、おのおの別の窓辺に連れ
て行かれると、上半身を窓の外へ突き出すような姿で膝まづかさ
れる。そして一番下が半円形に刳り貫かれた鎧戸が降ろされると、
二人は枷として細工されたこの窓に、身体を完全に挟まれた格好
になったのだった。

 建物の外からは二人の少女が戯れているように見えるこの光景。
実はこの二人、誰かに鎧戸を上げてもらわなければ絶対に部屋へ
は戻れなかったのである。

 「ハイネ~~~」

 「シャルロッテ~~~」

 二人は恥を忍んでたまたま下を通りかかった自分達の養育係を
呼ぶ。
 まさかこのまま夜明かしもできないから誰に助けてもらっても
よさそうなものだが、その時は必ずお尻を見せなければならない
理不尽さがあるため、やはり一番親しい関係にある人がよかった
のである。

 『なんてことを』

 二人の養育係がこれを見て驚かないはずがない。慌てた二人は
押っ取り刀で飛んで来る。

 そこには、当然、ペネロープが待っていた。
 彼女はことの真相を伝えると、養育係の二人に釈明を求めた。
 そして、それを聞いた上で……

 「ハイネとシャルロッテ。どうやら、これはあなたたちに責任
があるみたいですね」

 と結論づけたのである。こんな時、罰を受ける側の対応という
はその年令や身分にはあまり関係がないようで、二人の養育係の
態度は、ついさっきまでしょげかえっていた二人の幼女と大差な
かったのである。

 「ともに鞭を半ダースずつ六回、相手のために振るいなさい」

 まさに二人にとっては『やれやれ』と言いたげな事態である。

 「分かっていると思いますが、手加減というのは罰せられたい
と願う相手を侮辱することであり、自らの罪の浄化をないがしろ
にするものです。その場合は数に数えませんからそのおつもりで
…………では、始めなさい」

 ペネロープは毅然として言い放つ。
 が、二人の耳元へやってくると、こうも呟いたのである。

 「お二人とも、腕の見せ所ですよ」

 その瞬間、ハイネとシャルロッテにかすかな笑みが戻る。
 しかし、罰は罰。ペネロープの言い付けどおり、ひとりがその
豊満なお尻を突き出すと、もう一人が籐鞭で細く赤い筋を付けて
いく。

 細身のケインが奏でる『ピュー、ピュー』という風を切る高い
音やお尻を捕らえた瞬間の『ピターン』という鈍く乾いた音は、
なぜか罰を受けている養育係本人よりも、その音だけしか聞こえ
ないはずのアリスやリサの方により強い衝撃を与えることになる。

 おまけに、佳境に入り……

 「あっ…あっ、いたっ……ああ、ありがとうございます…あ~」

 鞭打たれる側の切ない声が聞こえ始めると、窓辺の二人は耳を
押さえる事ができない自分がもどかしくてならなかった。

 「よろしい。以後はこのようなことが起こらないように」

 ペネロープは三十分にもおよぶ懲罰の終わりを稟とした態度で
告げ、部屋の出口に向かったが、その際ハイネとすれ違いざまに

 「アリスへのお仕置きはもういいから」
 と、小声でささやいたのだった。

 「さあ、もういいからお部屋へ入りなさい」

 「まったく、あなたたちのおかげでとんでもない目にあったわ」

 二人の養育係はそれぞれに受け持ちの娘を鎧戸から解放したが、
結局、その夜お仕置き部屋へと連れ去られたのはリサだけだった。

 「今日はもう遅いからあなたは寝なさい」

 ハイネにそう言われたアリスだが友だちが折檻されているかと
思うとなかなか寝つかれない。

 『リサはどんなことされてるんだろう』

 いろんな空想が次から次へと沸き上がり、やがて悪夢となって
かけ巡る。

 二時間ほどでリサは部屋へ戻ってきたものの、その顔は見るか
らにやつれ、もう誰とも視線をあわせたくないという雰囲気で、
ベッドに入ってもすすり泣きが聞こえる。

 とうとうリサに声がかけられなかった。

 『明日は我身ね……』

 アリスはリサのすすり泣きを聞きながらその晩はまんじりとも
できなかったのである。


*****************<了>********

第5章 / §2 月下に流れるショパンの曲

<コメント>
忙しくて、「てにをは」も怪しい文章だけど、
出すだけ出したという感じです。
***************************

        ≪ カレンのミサ曲 ≫

第5章 ブラウン家の食卓

§2/月下に流れるショパンの曲

 カレンは、食事の後、ドレスを着替えて流し場へ行く。彼女は
女中ではないのだから、そのようなことはしなくよいはずだが、
サー・アラン家で習い覚えたものがそのまま習慣になってしまい
食器を洗っていた方が落ち着くようだった。

 「へえ、あんた、むこうじゃ女中だったんだ」
 アンナは初めて聞く話に少しだけ驚いた様子だったが……

 「ここは、先生が誰に対しても分け隔てのない優しい方だから、
ここの方がきっと住みやすいと思うよ」
 アンナはこう言って、ブラウン家を自慢する。

 「はい」
 それにはカレンも賛成だった。ここは働いている人たちも子供
たちもみんな穏やかで、威張り散らすような人はいないようだ。

 「お子さんも沢山いるけど、どのみちみんな里子だからね……
みんな気兼ねなくやってるよ」

 「でも、お仕置きは厳しいみたいですね」

 「?……そうかい」

 アンナが怪訝な顔をしたのが、カレンには不思議だったから…

 「だって、小さい子供たちを外で枷に繋いだり、お尻丸出しに
して木馬に乗せたり、もう14歳にもなってる子を素っ裸にして
反省させるんですもの。私、驚いちゃって……」

 「?……誰のことだい?」

 アンナにそう言われてカレンは自分が、今、口を滑らせてしま
ったことに気づく。
 アンのことは、本当は誰にも言わないつもりだったのだ。

 「コールドウェル先生だね」

 「…………えっ……まあ……」

 歯切れの悪いカレンの答えを聞いて、アンナはこんなことを言
うのだった。

 「あんたは、幼い頃、どんな育ちをしたか知らないけど、……
それって、ここでは愛してるってことなんだよ。コールドウェル
先生にとってアンは一番大切なお弟子さんだもの。あの子の為に
ならないことなんて、先生は、何一つしやしないよ」

 「そうなんですか?」

 カレンは気のない返事を返す。彼女にしてみれば、愛している
ならなぜもっと優しい方法で接してあげないんだろうと思えるの
である。

 そんなカレンのもとへ、ブラウン先生からの伝言がやってくる。

 「カレン、先生がお呼びよ。居間へいらっしゃいって……」

 そう、言われるまで、彼女は食器を洗い続けていたのである。

 「いってらっしゃい。私は無教養だからうまいことは言えない
けど、先生なら上手に説明してくれるだろうから、尋ねてみると
いいよ」
 アンナはそう言って笑顔で送り出してくれたのである。

***************************

 カレンが居間へ出向くと、そこには多くの先客たちがいた。
 総勢、12名。いずれもブラウン先生の処へおやすみの挨拶に
きた子供たちだ。

 ただ、おやすみのご挨拶と言っても、それは最後の最後で言う
だけで、それまでは各々の自由に広い居間を占拠して遊んでいる。

 まさにそこは、子供の為のプレイルーム。甲高い声が交差する
その部屋にもソファなどはあるが、高価な調度品は何もなくて、
サー・アランの居間のように、ティーカップの触れる音や大きな
柱時計が時を刻む音などを聞くことはできなかった。

 「ちょっと、ごめんなさい」
 「どいてちょうだい、通れないでしょう」
 「わあ、髪をひっぱらないで……」
 子供たちの林の中を分け入って奥へと進むと、ブラウン先生は
いつも通りの笑顔でカレンを迎え入れてくれたが……それまでが
一仕事だった。

 「今日は色々お世話になりました。ありがとうございました」

 「君こそ、今日は疲れたでしょう。本当なら下がって休ませて
あげたいところだけど、せっかくの機会だから、主だった子供達
だけでも紹介しておこうと思ってね。来てもらったんだ」

 先生はそう言ってカレンにソファを勧める。

 それに応じてカレンが先生の脇に腰を下ろすと、ブラウン先生
は手当たり次第に子供たちを呼び止めては、カレンに里子たちを
紹介していったのだった。

 「この子が、サリー。このあいだ4つになったばかりだ」

 ブラウン先生はおかっぱ頭の女の子を一人膝の上に抱く。
 ところが、この子、カレンを見つけると、すぐにそこを下りて
カレンに抱きついたのである。

 「お姉ちゃん、抱っこ」

 いきなりの事に当初は驚いたカレンだが、自分を見つめる瞳に
何の屈託もないのを見て、カレンも自然にその子を抱き上げる。
 すると、しっかり抱きつき……

 「お姉ちゃん、しゅき」
 と一言。
 リップサービスも忘れないところがさすがに女の子だ。

 「サリー、新しいお姉ちゃんに抱っこしてもらってよかったね」
 ブラウン先生の言葉にサリーは満足そうな笑顔を返す。

 「カレン、その子は、甘えん坊だから、何もしないと、ずっと
そのままかもしれませんよ」

 ブラウン先生は忠告してくれたが……

 「大丈夫です先生。この子まだ軽いですから……」
 カレンはそう言うと、かまわずサリーを抱き続けた。

 すると、お膝の空いたブラウン先生の処へは、また新たなお客
さんが現れる。

 「…………」
 彼女は何も言わないでただ先生のシャツの裾を引っ張っていた。

 「パティー、お前も抱っこがいいのか?」

 先生にこう尋ねられても、彼女はただ頷くだけ。

 「ほら、これでいいか」
 ブラウン先生が少女を抱き上げると、彼女は一瞬カレンの方を
向いただけで、先生の胸の中に顔を埋めてしまったのである。

 「この子は、パティー。六歳だから、サリーよりお姉さんなん
だが、気弱なところがあって困りものだ。……ほら、……ほら、
カレンお姉ちゃまにご挨拶しなさい」

 ブラウン先生に数回身体を揺さぶられて、パティーは、やっと
カレンの方へと向けたが、出てきた言葉は……

 「こんにちわ」
 だけだった。

 「こんにちわパティー。私、カレン=アンダーソンって言うの。
おともだちになりましょうね」

 カレンの言葉にも顎をひとつしゃくるだけの挨拶だ。

 「困ったもんだ、六つにもなってご挨拶ひとつできないとは…」
 ブラウン先生はパティーを叱ったが、パティーに応えた様子は
なく、ただ先生の胸の中に顔を埋めなおすだけだったのである。

 そんな中、カレンの前にまた一人の女の子が現れた。

 「はじめまして、私、マリアといいます」

 カレンはこの時、初めて挨拶らしい挨拶を受けたのである。

 「私は、カレンって言うのよ。今日からここでみんなと一緒に
暮らすことになったの。よろしくね」

 カレンが、こういうと、マリアは少しだけはにかみながら。
 「よろしくお願いします。お姉様」
 彼女は誰に教わったのか、両手でスカートの襞をつまみ、浅く
膝を折ってみせる。

 『パティーとマリアは二歳しか違わないけど、女の子はそこで
ステップを上がるのね』
 カレンはマリアを見て思うのだが……

 人それぞれに成長のスピードにばらつきがあるようで、マリア
よりさらに二つ年上のキャシーは、その頃、天井まで届きそうな
大きな本棚の頂上にいたのである。

 そして、そこからいきなり真下のソファめがけてダイブ。

 「ボヨヨ~~~ン」

 キャシーの掛け声とともにブラウン先生の身体が大きく揺れ、
綿埃が舞い上がり、パティー自身もソファから跳ね飛ばされて、
床に転がり落ちている。

 「何度言ったらわかるんですか。本棚はあなたの玩具じゃない
んですよ。もし、下に人がいたらどうするんですか!!赤ちゃん
なら死んじゃいますよ」

 ブラウン先生の雷が落ちたものの、キャシーは頭をかくだけで、
あっけらかんとして笑っていた。

 「ごめんなさい」

 彼女、口先では謝ってはいるものの。その顔は笑っているし、
何より『抱いてくれ』と言わんばかりに先生に擦り寄ったのだ。

 「ほら、これでいいか」
 先生もその時には昼間見せたような厳しい態度は取らない。
 サリーをいったん膝の上から下ろすと、代わりにキャシーを膝
に抱き上げて、彼女の身体をカレンの方へと向けたのだけだった。

 だから、また、お仕置きになるんじゃないか、と心配していた
カレンは拍子抜けしたほどだったのである。

 「私は、キャシー。今はまだ10歳だけど、大きくなったら、
先生のお嫁さんになる予定なの。だから、私を大事にしておくと
あなたも色々と得よ」

 と、こう説明されては、さすがにカレンもあいた口が塞がらな
かった。
 ただ、そこは年上の女の子の貫禄で……

 「ありがとう。そうさせてもらいます」
 とだけ答えたのである。

 「キャシー、今日はフレデリックが見えないがどこにいる?」

 「ロベルト兄ちゃんは図書室でお勉強。フレデリック兄ちゃん
はお部屋でプラモ作ってる」

 「二人とも呼んで来なさい」
 ブラウン先生はそう言ってキャシーを手放した。
 すると……

 「待っててね、すぐ呼んで来るから」
 彼女はそう言って、まるで飼い猫のような素早さで部屋を飛び
出して行ったのである。

*****************************

 キャシーがいなくなった部屋は急に静かに感じられた。
 最初から寝床に入っているリサに続き、サリーやパティーもオ
ネムになって子守のベスに引き取られていったし、マリアは大人
しく本を読んでいる。

 そんな部屋でカレンは探しものをしていた。

 「どうかしたかね?」
 ブラウン先生に尋ねられて、彼女の口から出たのはアンの名前
だった。

 「アンはここにはいないんですね」

 「アン?…ああ、彼女はコンクールが近いからね、ここに来て
遊んでる暇がないんだろう。………でも、昨日まで自信なさげに
弾いていたが、今日はとりわけ調子がいいみたいだ」

 「えっ!……」

 先生の言葉に、はっとして耳を澄ますと、遠くで弾くピアノの
音がカレンにも伝わる。

 「……………………」
 先生は夜の静寂(しじま)が伝える微かなピアノの音を拾って
いたが、そのうちに……

 「彼女、何か刺激を受けましたね。……きっと、そうです」
 先生は満足そうに目を輝かせた。

 そして……
 「……ん!?、……そうだ、ひょっとして……あなた、今日、
アンの処へ行きませんでしたか?」

 「えっ!?……ええ」
 カレンがおっかなびっくり答えると……

 「きっと、それです。抜群によくなってますから。……いえね、
彼女はもともと才能に恵まれた子なんです。ピアノだけじゃくて、
絵を描かせても、詩を作らせても、人並み以上なんですよ。……
ところが、器用貧乏とでもいうんでしょうか、意欲に乏しくてね、
ある程度できるようになると、それ以上を望まないんです。……
……あなた、あの子の前でピアノを弾いたでしょう?」

 「ええ、……でも、ほんのちょっとですけど」

 「それだ、やっぱりそれです。……そうですか。あなた、実に
いいことをしましたよ」

 ブラウン先生はご満悦だったが、カレンにはその意味がわから
なかった。

 「……でも……私はいつものように適当にピアノを叩いただけ
ですから……そもそも私はアンさんみたいな立派なピアノは弾け
ませんから……それは違うと思いますけど……」

 「そんなことはありません。もしも、彼女があなたのピアノを
聞いて何も感じないようなら、そもそもコンクールなど行っても
無意味ですし、私が与えた『天才』の称号も返してもらうことに
なります」

 「でも、コールドウェル先生は、私のピアノを聞いて『あなた
のとは全然違うわね』っておっしゃったんですよ」

 「……ええ、言うでしょうね。……昨日までの彼女は、確かに
『ショパンの作った曲を弾いてはいました』れど………それだけ
でしたからね。それって、あなたのピアノとは大違いなわけです」

 「?」

 「……でも、今の彼女は違いますよ。あなたのピアノを聞いて、
彼女、変わったんです」

 「?」

 「『ショパンの曲をアンが弾く』だけじゃ、聞いてる人に感動
なんて起きないんです。あくまで『アン弾くピアノがショパンの
曲だった』とならなければ聞いてる人は感動するんです。その事
をあの子はあなたのピアノで悟ったんですよ。……何しろ感受性
の鋭い子ですからね」

 「?」

 「わかりませんか?」
 ブラウン先生は得意の笑顔でカレンに微笑むが、カレンにして
みると、この二つ言葉はまったく同じ意味にしか感じられなかっ
たのである。

 「まあ、いいでしょう。あなたもそのうち自分の才能に気づく
時が来ますよ。……とにかく、アンは、それがわかる子なんです。
だから、天才なんですよ。コールドウェル先生も、天才の才能を
開花させようとして、色々、荒療治を試みられてたみたいですが、
これで、まずは一安心でしょう」

 「荒療治?」

 「ま、有り体に言えば『お仕置き』です………」

 ブラウン先生は、チャーミングな笑顔の前に人差し指を立てて
から話を続ける。

 「今回は、君がいたのならそこまではしなかったでしょうが、
あの先生、アンに集中心が欠けてる時は、雑念が入らないように
よく全裸にするんです」

 「ま……まさか……」

 カレンはあの時のわけを偶然知って驚く。そしてブラウン先生
といい、コールドウェル先生といい、何て残酷なことをするんだ
ろうと思うのだった。

 「天才というのは、往々にしてそれだけに秀でてるんじゃなく
て、他のことにも沢山の才能をもっていますからね。移り気な人
が多いんです。おかげで指導者は一つの事に集中させるのが大変
で…それで、色んな手立てを講じては、今やらなければならない
ことに集中させるんです」

 「それって、裸になるといいんですか?」

 「だって、その瞬間は恥ずかしいってことだけで、頭が埋まる
でしょう。あれやこれや考えられるより、よほど集中できますよ」

 ブラウン先生はこともなげに言い放つ。そして、こうも語るの
だった。

 「あの子がもっと幼い頃は、私の前でもよく裸になってピアノ
を弾いてたもんです。きっと、人畜無害と思われてたんでしょう」

 「そんなことありません。女の子だもん、そんなことされたら、
きっと傷ついてます」

 「そうですか?……でも、もしそれであの子が傷ついたのなら、
コールドウェル先生は二度とそんな馬鹿な事はしないと思います
よ」

 「……(だって、私の見てる前でも)………」
 
 「……いえね、本来ならあなたの前で可愛い愛弟子を裸に晒す
ようなことはしないはずなんですが…何しろ先生は、今、愛する
天才を一人世に送り出したくて必死なんですよ。だから、そんな
荒療治だってしかねないと思ったんですよ。でも、年寄りの取り
越し苦労だったようです」

 「…………」
 カレンは声が出ない。思わず『実は、それが……』と言おうと
して寸前で息を呑んだ。

 「とかく『天才』という名のつく石炭は、燃えにくいのが難点
なんですが、いったん火がつくと、もの凄い火力が出ますから、
指導者としては、多少の無理は押してでも、何とかしたいと思う
ものなんです」

 「ここにいる子供たちはみんな天才なんですか?」

 「いえ、いえ、そんな基準で育ててるつもりはありませんよ。
アンにいつてはたまたまピアノに才能があっただけですよ。……
ただ、一般的に言えることですけど、子供はみんな天才ですよ。
無限の可能性を持っています。あなたも、もちろんそうです」

 「私は……」
 カレンは頬を赤くする。お世辞と思っても、いつも褒めてくれ
るブラウン先生の言葉はやはり嬉しかったのだ。

 そこへ……

 「ねえ、先生。連れて来たよ」
 突然、甲高い声が響く。

*****************************

 キャシーが男の子二人の手を引いてカレンたちのいる居間へと
戻ってきた。

 すると、カレンの顔は、また別の意味で赤くなったのである。

 「さあ、ロベルト兄ちゃん、カレンにご挨拶して……」

 キャシーはさっそくロベルトをカレンに引き合わせると、この
場を取り仕切ってしまう。

 「はじめまして……カレン」
 「はじめまして、ロベルト」
 たどたどしいロベルトの言葉に、カレンの言葉もどこかぎこち
ない。

 二人出会いは本当は初めてではなかった。夕食の席でカレンは
ちらっとではあるがロベルトを見ていた。その時紹介されたのは
大人たちが中心で、子供たちにまで手が回らなかったから言葉は
かわさなかったが、確かにその場で彼を見ていた。………いや、
見つめていたのである。

 『背のすらっと高い子』として…『端整な顔立ちの子』として
…『涼よかな瞳の持ち主』としてカレンの記憶の中に残っていた
のだ。

 「さあ、フレデリックも……」
 キャシーの勧めでもう一人の男の子が姿を現す。ロベルトより
二つ年下の十一歳。しかし、彼はあまり、カレンに興味を示して
いない様子だった。

 どこかものぐさそうで、さも、仕方なくこの場にいるといった
感じで握手の手を伸ばしたのである。

 「はじめまして、フレデリック」
 カレンはそう言ってフレデリックの差し出した右手を握ったの
だが……

 「(えっ!?)」

 その手にはなにやら軟らかなこぶのようなものがあったので、
不思議に思っていると……フレデリックがその手を離した瞬間、
その軟らかなこぶもカレンについてきて……

 「ぎゃあ~~~」

 カレンは自らの手を広げた瞬間、けたたましい声と共にその場
にしゃがみこんでしまった。

 当然、誰の目もカレンに集まる。ブラウン先生も、慌てて駆け
寄るが……

 起きた変化はたった一つ。
 小さな青い蛙が一匹、床を跳ね回っているだけだったのである。

******************(2)******

第2章 幼女の躾 (1)

<A Fanciful Story>

           竜巻岬《5》

                      K.Mikami

【第二章:幼女の躾】(1)
《幼女の躾》


 赤ちゃんを卒業してアリスには服が与えられた。花柄のワンピ
に、下着は清潔感のある白い綿のキャミソールとショーツ。
 それは女の子のごく普通のファッションのようだが……

 「ねえ、これってなんでこんなにスカート丈が短いの。…膝上
二十センチ以上あるわよ」

 アリスが文句をいうとハイネの答えは明快だった。

 「何言ってるの。あなたはまだ幼女。つまり幼稚園児なのよ」

 アリスのファッションは言われてみれば納得の特大幼児服なの
だ。

 「服だけじゃないわ。あなたは身も心も幼児でなきゃいけない
の。いいこと言葉が使えるようになったといっても、今使えるの
はせいぜい朝晩のご挨拶と物をもらった時の感謝の言葉ぐらいよ」

 「例えば、どんな言葉ならいいの?」

 「だから…『おはようございます、お母様』『おやすみなさい、
お母様』『ありがとうございます、お母様』…とにかく、最初は、
『はい、お母様』って言えればそれでいいの。でも、間違っても
大人の人たちと議論なんかできないのよ」

 「分かってるわ。ペネロープ様の前で可愛らしい園児を演じれ
ばそれでいいんでしょう。簡単よ。私こう見えてもお芝居は上手
なの」

 「いいえ、それじゃだめよ。演じるんじゃなくてなりきるの。
そうでなければペネロープ様はあなたを認めてくださらないわ。
あのお方は、感受性がもの凄く強いんだから……」

 「ねえ、これってどのくらいかかるの。また六ヵ月、八ヶ月?」

 「人によってだけど、あなたなら……ひょっとして、三ヵ月も
かからないかもしれないわね。何しろ根が子供だから…地のまま
でいいのかもしれないわ。……ま、そういうところは私も助かる
んだけどね……」

 ハイネは母親のように甲斐甲斐しく着付けを手伝っているが、
ふと思い出したように

 「そうだ、忘れてたけど、あなた、むだ毛の処理はしたの?」

 「むだ毛って」

 「ここのことよ」ハイネはアリスの股間を叩く。

 「?」

 「ここに毛のはえた園児なんていないでしょう」

 「え、そんなことまでやるの」

 「当たり前でしょう。お仕置きの時はパンツも一緒に脱がされ
るのよ。その時、どんな言い訳するつもり。これまでは赤ちゃん
ということで私がやってたけど、これからはあなたが毎日自分で
お手入れするの」

 「剃刀で?」

 「そうよ、殿方が使うT字の剃刀が洗面所に出てるから、それ
を使うといいわ。毎日じょりじょりやってね。厳しい人になると、
お仕置きの時は必ずそこを触って検査するんだから……ざらざら
してただけでも追加罰よ」

 「厳しいのね。おっぱいは取らなくていいの?」

 アリスはふざけてそう言ったのだが、ハイネは至極真面目に…
 「取りたいなら、医師を呼んであげてもいいわよ」

 「…………」

 「幼女は、演技やパフォーマンスじゃなくて、身も心も幼女に
ならなきゃ卒業できないの。自分のおっぱいが大きい事に疑問を
もたないようなら、失格よ。気をつけてね」

 「わかったわ。気をつける……」

****************************

 アリスは楽屋裏で色んなノウハウをたたき込まれると、ハイネ
に付き添われて恐る恐るペネロープの処へ。これが幼女になって
初めてのご挨拶だった。

 「まあ、まあ、よく来たわね。どうかしら久しぶりに着た服の
感触は……」

 ペネロープの部屋は厚いペルシャ絨毯が敷き詰められ、ロココ
を基調とした数々の調度品が所狭しと配置されているような処。
 彼女はそんな家具に埋もれるようにしてソファに座っていた。

 「えっ……あっ、はい、とっても気持ちいい…です!」

 アリスは、その豪華な調度品に目を奪われつつも、老婆の前に
立ってわざと幼児のような口調で話す。

 「おむつの生活は大変だったでしょう」

 「はい、慣れませんでしたから……」

 「誰でも、慣れてる人はいないわ。今さら、この歳になって、
赤ちゃんをやれって言われても戸惑うのは当然だもの。……でも、
あれで、あなたは生まれ変わることができるの」

 「…?…」

 「自殺するような人が、口先でいくら、『私は今日から生まれ
変わります』なんて宣言してみても、人間、そう簡単に今までの
生活習慣を変えることなんてできないわ」

 ペネロープはその皺枯れた指でアリスの頭を撫でたが、彼女は
嫌がらない。権力者に媚びてというのもあろうが、アリス自身、
目の前のこの老婆に、言い知れぬオーラを感じていたのである。

 「人は成長するにつれて知らず知らず自分の歪んだプライドで
物事を判断しようとするものなの」

 「歪んだプライド」
 アリスは小さな声でその言葉を口にする。

 「そう、大人に取ってプライドは必要よ。何よりそれで自分の
心を守ってるもの。でも、それが正当なものなら困難はあっても
自殺なんて手段はとらないわ。それが間違ってるから結果や手段
も間違うの」

 「…………」

 「再スタートを切るには、そんな歪んだプライドを、まず剥ぎ
取ってしまわなければ、次の人生も結果は同じよ。……だから、
ここでは、まず…親の愛情以外生きるすべのない本当の赤ん坊に
戻って、とにかく恥をかくことから始めるの」

 ペネロープはアリスの瞳を見据える。それはまるで魔法使いが
少女に呪いをかけているようにも見えるが、アリスはひるまない。
 ペネロープの瞳をしっかりと見つめて話を聞いているのである。

 「その最初の試練にあなたは打ち勝ったの。だからここにいる
のよ。今のあなたは、もうヒロミ・キーウッドじゃないの。私の
大事な娘、アリス・ペネロープなのよ」

 「えっ!……私が、ペネロープ様の……む…す…め………なん
ですか?」

 いきなり『娘』という言葉が出てきて、驚き取り乱すアリスを
見て微笑みながらペネロープはこう続けた。

 「そうよ、法的にはまだだけど、このお城の中ではそうなの。
だから、これからは、私のことは『お母さま』って呼ばなければ
ならないけど……できるかしら?」

 「えっ!?……(何だ、そういうことか)」

 アリスは一瞬驚き、次には『何だ、そう言うことか…』と納得
するわけだが、いずれにしても、これを拒否することも、アリス
には許されていなかった。

 「私に対しては、常に『はい、お母様』って言うのよ。言って
ごらんなさい」

 「あ……は、…はい、お母様」

 「よろしい。大変よいご返事ですよ。これからあなたはペネロ
ープ家の子供としてここで生きるの。年令はおいおい引き上げて
あげるけど、立場はずっと子供のまま。……もし、子供の領分を
逸脱するようなことがあれば、ただちにお仕置き……いいわね」

 「………」
 ペネロープの鋭い視線にアリスは思わずたじろぐ。

 「それと、立場は子供でも体は大人なんだからお仕置きの時は
世間の子供よりぐんと厳しいわよ。……それも覚悟しといてね」

 「はい、お母さま」

 「よろしい。では、最初の躾をしましょうか。……まず、私の
足元に膝まづくの。………そう、そうしたら、両手を前に出して
ごらんなさい………そうです。手のひらを上にして品物がそこに
乗るようにするのよ」

 アリスはペネロープの求めに応じて恭しく両手を差し出す。

 「……できましたね。……よろしい。……それが、我が家では
子供たちが目上の人に何かをしていただく時のポーズです。……
覚えておきなさい。大事な姿勢ですからね。……では……まずは
お菓子をあげましょう」

 ペネロープはケーキを一つアリスの両手に乗せる。

 「ありがとうございます。お母さま」

 アリスがお礼を言うとペネロープはたったそれだけのことにも
満足そうに微笑むと……

 「まあ、感心だこと。やはり私が見込んだ娘だけのことはある
わね。ではね、そのケーキはハイネに預けなさい。今度はご本を
あげましょう」

 ペネロープはケーキをハイネに預けて何もなくなった手に再び
今度は絵本を乗せる。

 「グリム童話とアンデルセンよ。お部屋に帰ってハイネに読ん
でもらいなさい」

 「ありがとうございます。お母さま」

 しかし、それもまたすぐにハイネに預けろと言うのだ。

 そして、次はクレヨン、その次はお人形……
 ペネロープは、自らが用意した女の子の欲しがりそうな品物を、
アリスの両手の上に与え続けていく。

 もちろん、アリスはそのたびごとに……
 「ありがとうございます。お母さま」
 とお礼を言わなければならなかった。

 そんな儀式がしばらく続き……
 『何の為にこんなまどろっこしいことをしているのだろう』と
思い始めた矢先のことだった。

 次にアリスの手に乗った物は奇妙な物だった。細い枝を束ねた
箒の先のような物。

 「これが何だか分かりますか?」

 ペネロープに尋ねられて少し間があったが、アリスはこの正体
を思い出す。

 「思い出したみたいね。そう、これは樺の木の鞭よ。何に使う
かも……ご存じよね。……今すぐに使うものではないけれど……
あなたにとって、これも大事なものよ」

 「はい、お母さま。ありがとうございます」

 「賢いわ、あなた。私の意味がわかったみたいね」
 ペネロープは頬を緩ました。

 「そうなの。大人が子供にあげるものは、甘いお菓子や楽しい
ご本ばかりじゃないの。辛いものもあるのよ。……でも、そんな
時でも、ご返事は……『はい、お母さま、ありがとうございます』
なのよ……言えるかしら」

 「はい、お母さま」

 「まあ、いいご返事だこと。きっと、あなたのお母様はいい躾
をなさってたのね」
 アリスの答えにペネロープはますます上機嫌だった。

 そして、次はもっと衝撃的なものとなる。

 「……!……」

 何にでも『はい、お母様』は分かっているつもりでも、さすが
に、これに対するお礼の言葉は、とっさには出てこなかった。

 大きな注射器のようなガラス製のピストン式の潅腸器。ほんの
少し前までなら、忌まわしくて撥ね除けていたであろう代物を、
今はさしたる違和感もなく手に乗せることができる。
 それだけでもアリスには驚きだった。

 「あなた、散々苦労したみたいだから、これが何だか、あえて
言わなくてもよいでしょうけど……これも女の子には、なくては
ならないお品物なのよ」

 「はい、お母さま。ありがとうございます」

 「そして、最後はこれ」

 ペネロープが最後に乗せたのは、2フィートほどの細い鉄の棒。
ちょっと見は暖炉をかき回す火箸のようにも見えるが、その先に
はペネロープ家の家紋であるイチイの花が彫りこまれている。

 「あなた、その様子じゃご存じないみたいね」

 ペネロープはそう言ったが、アリスはこれを知らなかったわけ
ではない。『まさか、こんなものまで…』という思いが、彼女を
怪訝な顔にさせていたのである。

 「それは、焼き鏝っていうものよ」

 「(やっぱり)」
 ペネロープの答えにアリスの悪い予感は見事に的中してしまう。

 「あら、ご存知だったの。……本来は、牛や馬が我が家の所有
であることを現すために押すものだけど……この城では人間にも
絶対に使用しないとは言い切れないの。その時は、覚悟してね」

 「…………‥」

 「あら、そのお顔の様子だと、ご不満なのかしら?」

 ペネロープは目が点になっている少女を励ますつもりでこうも
付け加えるのだ。

 「でも安心して、私、結構こういうことには手慣れているから、
あなたをそんなに苦しませずに刻印できると思うわよ。だから、
これにも『ありがとうございます』を言ってね」

 「……あ、~は、い。おかあさま。ありがとうございます」

 さすがのアリスもこの時ばかりは平常心ではいられなかった。
だから、恐る恐るこう尋ねてみたのである。

 「あのう~、焼き鏝ってどこに押されるんでしょうか?」

 「あらあら、あなた、もうそんなこと心配してるの……いいわ、
教えてあげる。お臍の下よ。下草を全部綺麗に刈り取ってから、
真っ赤にしたのをジューってね。……やられたことないでしょう
けど……熱いわよ~~~」

 ペネロープはあっけらかんとしている。
 アリスには、穏やかに笑って答えているのだが、その口元は、
言外に『あなた、可愛いわね』と言ってるようだった。

 「………………」

 「どうしたの?浮かない顔して……大丈夫よ。滅多なことでは
そんなこと起きないから……」

 ペネロープは椅子に座ったまま、アリスを膝の上に引き寄せて
抱きしめる。

 「あら、あら、あなた、お顔が真っ青よ。ちょっとお薬が効き
過ぎちゃったかしらね……よし、よし、いい子、いい子、大丈夫、
大丈夫、何もあなたにそんな事をするなんて言ってないでしょう。
泣かないでちょうだい。ただね、自殺する人って、物事を短絡的
に考える人が多いから、緊張感のない生活は危険なの。その戒め
なのよ。元気をだして……」

 心配したペネロープが、抱いたアリスの身体の肩や背中を擦り、
両手に息を吹きかけると、青ざめた少女の顔にもいくらか赤みが
さし始めた。
 それを確認して、彼女はこう約束させるのだ。

 「さあ、復習よ。…あなたは私の娘として私が与えるどんな事
にも『ありがとうございます』と言って、無条件に受け入れなけ
ればなりません。それはクッキーや絵本やリボンといった楽しい
ことばかりじゃなくて、お仕置きのような辛いことに対しても、
やはり『ありがとうございます』と言って受け入れなければなら
ないの。……できますか?」

 「はい、お母さま」
 
 「よろしい。………やはり、私の判断は正しかったみたいね。
あなたを竜巻岬で見かけた時から、『この子はとても立派な躾を
受けてる』って感じてたの。やはり私の目に狂いはなかったわ」

 ペネロープはアリスを自分の目の前で立たせると、その両肩を
掴んで……

 「しばらくは、人生をやり直すための修行の日々だから、辛い
ことも多いでしょうけど、辛抱しなさいね。私が決して悪いよう
にはしないわ」

 彼女はこう言ってアリスを励ましたのである。

***************<了>**********

第1章 赤ちゃん修行 (3)

<A Fanciful Story>                    
            
           竜巻岬 《4》             

                     K.Mikami

【 第1章:赤ちゃん修業 】 (3)           
  《自殺未遂の罰》                 
                            

「もういや、こんな生活したくない。なにがアリスよ。私には
広美っていう立派な名前があるのよ。こんなことならあの時死ん
でいればよかったに……すべてあいつらが悪いんじゃないの。…
…悪魔よ…あいつら」

 一人になった少女は、さんざん泣いたあとに思い立ったように
悪態をつき始める。
そして、ベッドを飛び出すなり、鍵の掛かったドアを力任せに
開けようとした。

 「死んでやる…死んでやるんだから…」

 そこへ異変に気付いたハイネがやってきた。彼女はドアを開け
ると、興奮した広美を部屋のベッドへ突き倒し、刺すような眼差
しで彼女を睨みつけたのである。

 広美も一度ではひるまない。二度三度とハイネにかかっていっ
たが、流動食ばかり食べさせられ、ベッドに半年以上縛りつけら
れていた広美には勝ち目がなかった。

 そして、かかっていく気力がなくなると再びベッドでさめざめ
と泣き始めたのである。

 「あんた、さっき死にたいって言ってたけど、それって本当の
気持ちなのかしら?」

 広美はいったんは顔を上げたが、天井から睨みつけているよう
なハイネの顔にひるんですぐにまた枕を抱えてしまう。

 と、ハイネは次にこんなことを言うのだ。

 「別にかまわないよ。死にたければそれでも。元々自殺したい
という人を一度助けてみて、別の世界でならやり直す意志がある
のか、尋ねてるだけなんだから。無理強いはしないわ。いいわ、
私が放りこんであげる」

 ハイネはそう言うと、広美を独りで抱き上げ部屋を出た。

 『えっ!!!この人、どこにそんな力があるの!?』

 今度は広美が慌て始める。でも、あれだけ騒いだてまえ、どう
言って言いのか分からない。もちろん、ハイネの抱っこからは降
りたかったが、さきほどの格闘で疲れていたこともあって、なさ
れるままに……

 『いったい、どこへ連れて行く気?』

 広美の不安をよそにハイネは暗く長い廊下を足音をたてて進む。
細く曲がりくねった通路はどれも広美の知らない道ばかりだった。
そして、荷物用のエレベーターに乗って着いたのは地肌がむき出
しになった洞窟のような場所。

 「さあ、着いたわ。覗いてご覧なさい」

 ハイネに言われて岩の切り立った部分を恐る恐る覗いてみると、
そこは目もくらむような断崖絶壁。竜巻岬とは違って波打つ水も
どす黒く不気味に光っている。

 「うちで助けてもね、やっぱり死にたいって言う人は多いの。
そういう人はここから落ちてもらうのよ。……ここは竜巻岬とも
繋がっているから、水死体があがってもちっとも不思議じゃない
わ。死亡推定時刻が分からないように、半年くらい時間をおいて
から竜巻岬への水門を開けば、それで一件落着ってわけ。………
どう、納得したかしら?」

 ハイネの話を聞いたとたん、広美の顔色が青白くなる。それは
明らかに死にたくないという意思表示なのだ。

 無論、ハイネにもそれは分かっている。
 ポニーテールで小柄な彼女だが、彼女の仕事は養育係。たんに
力持ちというだけではなく、その人の顔色や素振りでその内心を
探り当てることに関してはプロフェショナルでもある。
 彼女にすれば、14の小娘の気持を言いあてることなど造作も
ないことだった。

 しかし、それは承知の上で、ハイネはなお広美へのお仕置きを
敢行したのである。

 「あそこに新しい篭があるでしょう。あれに乗って頂戴。……
一、二時間は大丈夫だけどそのうち切れて……ほら……」

 ハイネが指差す別の方角には、底の抜けた古い木製の篭がぶら
さがっていた。

 「そう言えば、何日か前にも、あそこに誰か入ってたわ」

 底の抜けた篭が吊してあるのは、さっき覗いた絶壁の先。当然、
その下は黒い海である。

 広美はガタガタと震えだし、やっている事といえば首を左右に
振ることだけ。

 「さあ、早くしてね。私はあなた以外にも仕事があるんだから」

 ハイネがそう言って広美を篭に乗せようとしたら、今度はテコ
でも動かない。

 「どうしたの。あなた、さっきは『死にたい、死にたい』って
言ってたじゃないの」

 二人はしばしもみ合いなった。無論これもハイネの計算のうち
である。頃合を見計らって……

 「どうしたの。死にたいんでしょう。なんなら、私がこのまま
投げ込んであげましょうか」

 凄んでみせると、広美はたまらずハイネの腰にすがりつく。
 そして……

 「ごめんなさい。わたし、わたし死にたくない。ここにおいて。
何でもするから、ここにおいてください」

 ハイネが求めていた言葉がやっと飛び出したのだ。

 「そう、気が変わったの。……ま、それならそれでいいけど。
だったら、ここの規則にしたがってお仕置き受けてもらうけど、
それで、いいのね」

 ハイネの凛とした態度に広美は力なくうなづく。

 『まだ子供ね。可愛いもんだわ。それはそれでこちらも楽しい
んだけど……』

 ハイネは内心ほくそ笑むと、さも大義そうに広美を……いや、
アリスを抱き上げて、一緒にお仕置き部屋へと向かったのだった。

****************************

 お仕置き部屋は三つあっていずれも十平米ほどの小部屋だが、
懲罰用の器具類が過不足なく配置され、いつお客さまがみえても
いいようにメイドがその都度ぬかりなく準備を整えている。

 「さあお入りなさい。今日は、あまりにも沢山のおしゃべりを
したし、ベッドからも抜け出したんだから、いつものように甘く
はないわよ」

 ハイネはアリスを小部屋に入れると、いつものようにメイドを
呼ぶが、アリスは落ち着きなくあたりを見回す。

 「えっ!?」

 そこはアリスがこれまで懲罰を受けていた部屋ではないからだ。
これまでは、カーペット敷きの床にソファーや椅子が置いてあり、
さながら日当たりのよい居間のような造りだったのに……ここは、
床は冷たい石造りだし、排水溝を流れる下水の音がどこからとも
なく不気味に響いて聞こえるし、何より窓すらなかったのだ。

 「いつもと雰囲気が違うから驚いた?……ちょっと早いけど、
あなたが赤ちゃんを卒業したら、こうした処でのお仕置もあるか
ら、今のうちに慣れといてもらおうと思って連れてきたの」

 「………」

 「…それは懲罰台。そこにうつ伏せに寝かされて、鞭でお尻を
ぶたれるの。もし立ち上がったり転げ落ちたりしたら、鞭の数が
増えるうえに新たな罰も追加されるから要注意よ」

 「………」

 「あら、恐いの。恐がらなくてもいいのよ。最初はほら、四隅
に付いてる皮バンドで手足を拘束してあげるから転げ落ちる心配
はないわ」

 「………」

 「そっちのは処置台。お潅腸なんかする時に使うの。…そうだ。
あそこを見てごらんなさいな。ほら、あの隅。二枚の板が渡して
あって、上から皮手錠付きの紐がぶらさがってるでしょう。あれ、
何だかわかる?」

 「…………」

 「あそこ、トイレなの。あそこで用を足すのよ」

 ハイネが意味深な笑みを浮かべる。

 「二枚の板に膝をついて、両手を皮手錠で固定して万歳をする
ような形で用を足すの。もちろん約束の時間までは我慢してもら
うわよ。もしも、それ以前に漏らしちゃうと、当然、新たな罰が
追加される事になるわ。そして、その為のお道具が入ってるのが
この書棚というわけ。分かったかしら」

 ハイネは口のきけないアリスの為に彼女が視線を動かすたびに
その説明をしてやったのだ。


 『あ~あ、やっぱりあの時飛び降りてりゃよかったかなあ』

 アリスの落胆を見透かすようにハイネが続ける。

 「どうしたの?怖いの?」
 ハイネは頬を膨らました。笑ったというべきかもしれない。

 「無理もないわね。怖がらせるために作ったんだから。でも、
こんなこと言ったら、叱られるかもしれないけど……大丈夫よ。
女の子はすぐに慣れるわ。そのうち鼻歌まじりでこの部屋を出ら
れるようになるんだから」
 不敵な笑顔だった。

 やがて、例のメイドたちがやってくる。
 いつものお定まりのポーズ。一人が椅子に座ってアリスを膝の
上に腹ばいにし、もう一人が丹念に彼女のおむつを脱がしていく。
 そこは変わらない日常だった。

 「パン(ぱん)パン(ぱん)パン(ぱん)パン………」

 一定の規則正しいリズムが部屋全体に響き渡る。
 ここは密室。音の反響が特によいのだ。

 「パン…あ、…パン…ああ、…パン…あぁ…パン…うっ…」

 きっかり100回。過不足なく温められたアリスのお尻はすで
に真赤に熟れていたが、さらに今回、アリスにはもっと苛酷な体
罰が用意されたのだった。

 「そあ、今度はここよ」
 ハイネが懲罰台の脇に立って指示する。

 『たった一回でもいい、自分のお尻をなでてやりたいのに』

 彼女のささやかな願いが叶えられることはなく、二人のメイド
に身体を押上げられたアリスは、その剥き出しの下半身で懲罰台
の鞍を挟み込まなければならなかった。

 「…<あっ>…」

 レザーの持つ独特の質感は彼女に病院の処置台の感触を思い起
させる。吸い付くようなその感触は、その時受けた潅腸の記憶と
ともに彼女の脳裏に今でも鮮烈に蘇る。

 『いやだなあこの感じ』

 彼女は不快な感触を再確認する。しかし、その不快と感じられ
る感性の中に、何やら別の感触が混じっていることに気付いて、
アリスは一瞬はっとする。

 『なんだろう、この感じ』

 でも、それが何か分からぬまま、レザー張りの枕が下腹に入り、
口の中にはいつものおしゃぶり。両手両足が革紐で拘束されて、
準備はあっという間に整ってしまう。

 今の感情が何なのか、捜し当てる間もなく、アリスには次のお
仕置きが待っていた。

 「今度は籐鞭だからこれまでとは違うわよ。しっかり懲罰台を
抱いてなさい………いいわね。さあ、歯をくいしばって、………
それ、ひと~つ」

 「ピシッ」

 ハイネの振り下ろしたイングランド流の籐鞭が、アリス自身の
感覚ではすでに二倍に膨れ上がっていたお尻に炸裂する。

 「<ひぃっ~>」

 まるで電気が走ったように痛みが脳天まで達し、両手足の指先
までもが痺れる。

 「さあ、ふた~つ」

 ハイネの声がした瞬間

 『殺される』

 アリスは素直にそう思った。実は、彼女、父親に甘やかされて
育てられた為に鞭の経験がまったくなかったのだ。

 「ピシッ」

 「<うっっっっ>」

 アリスは本当は声を出したかった。どんなに罰が増えても声が
出せれば少しは今の痛みが薄らぐような気がしたのだ。しかし、
現実がそれを許さない。猿轡がわりのおしゃぶりが、それを許さ
ないのだ。

 「みぃ~つ」

 『誰か助けて』
 許されているのは心で叫ぶだけ。

 「ピシッ」

 「<うっっっっ>」

 と、その時だった。入り口の扉がいきなり開いたのである。

 「なにごとですか。今時分」

 声の主はガウン姿のペネロープだった。

 「どうしました?何をやっているの?」

 彼女は訝しげに中へ入って来る。

 「まあ、アリスじゃないの。どうしたのいったい……」

 とたんに部屋の中の空気が怪しくなってきたのである。

 「ハイネこれはどういうこと。どうして、アリスがこんな所に
いるのかしら?ここは赤ちゃんのくる所ではないわ。赤ちゃんの
お仕置きにこんな項目はないはずよ」

 「…………」
 ハイネは答えない。

 「とにかくこの子を懲罰台から下ろしなさい」

 こうしてアリスの『誰か助けて』という心の叫びは意外な形で
実現したのだった。

 ところが……

 「そう、あなたの判断なのね。でも、これは明確なルール違反
だわ」

 ペネロープはハイネの説明に一定の理解は示したものの納得は
しなかった。

 そして、

 「あなたもここの一員である以上、罰は受てくださるわね」

 「はい、ミストレス」

 「これはあなたの仕事熱心からでた事だと信じたいので、鞭は
一ダースでいいけど、この子の面倒は、明日から他の人にやって
もらいます。それで、いいですね」

 「はい」

 ハイネは女主人の申し出を素直に受け入れた。否、雇われ人の
身分では受け入れざるを得なかったのだ。
 そんな悲しい現実を知ってか知らずか、助け船を出したのは、
意外にもアリスだったのである。

 「ぺネロープさん。ハイネさんは悪くありません。みんな私が
悪いんです。私がまた自殺したいだなんて言ったからこうなった
んです。だから罰を与えるなら私にしてください。私が受けます。
ですから、ハイネさんを首にしないでください。お願いします。
私、これからもずっとハイネさんと一緒に暮らしたいんです」

 ペネロープは突然の申し出に困惑する。こんなケースに今まで
遭遇したことがなかったのだ。そして、しばし考えたのち、少し
苦笑しながら、

 「あなたそんなに彼女のことが好きだったの?知らなかったわ。
だって、あなた、この間の園遊会ではお漏らしできなかったじゃ
ない」

 「あれは……」

 「この人、あの一件で相当に信用を失ってるのよ」

 「今度は必ず成功させます。必ず……ですから、お願いします」

 「分かったわ。そんなに二人が愛し合ってるなら、このことは
取り下げましょう。でも規則違反のお仕置きは受けてもらうわよ。
あなたもこのことに幾分かの責任があると感じてるのなら一緒に
見てなさい。そしてその痛みを二人で共有すればいいわ。………
じゃあ、始めてちょうだい」

 今度はメイドたちがペネロープのために働く。

 ハイネはもとより慣れたものだった。懲罰台にひらりと飛び乗
ると、自分でお腹に枕をいれて執行人が鞭を振るいやすい位置に
お尻を調整するのである。

 やがて、メイドたちが、ハイネのプリーツスカートの裾をその
下のスリップとともにめくりあげる。ハイネはつい今しがたまで
顎で使っていたメイドたちに、今度は辱められることになるのだ。

 当り前の事とはいえ、アリスには大人社会の残酷な場面を見た
ような気がした。

 そんなアリスをペネロープが呼び寄せる。彼女は自分のすぐ脇
に椅子を用意させてここに座れというのだ。

 「よく、見ておやり。あの子は一人でも観客が多い方が燃える
たちだから」

 このペネロープの言葉をアリスはまだ理解することができない。

 ショーツがはぎ取られ、自分とは比べものにならないほど肉付
きのよいはち切れんばかりのお尻や太ももがやがて細身の籐鞭で
鋭く切り刻まれていく様は、ただただ残酷としか映らなかったの
である。

*****************************

 その後、アリスはあちこちに引っ張り出された。とにかく人の
いるところにはどこへでもハイネが連れ出したのだ。

 メイド達の前で、村の子供たちの前で、庭師たちの仕事場で、
彼女はアリスにうんちを強要したのだった。
 そして、アリスが少しでも渋ると、いきなり灌腸。

 特に村の子供たちが囃し立てるなかおむつ替えをさせられた時
はショックで二日ほど食事が喉を通らないこともあったが、今度
ばかりはアリスもハイネに迷惑をかけたくないと思っていたから、
たとえその事でハイネからスパンキングのお仕置きを受けるよう
な事があってもじっと耐えたのである。

 こうして、一カ月後、アリスは次の園遊会でその役目を立派に
果たす。
 この城で二度目の生を受けた赤ん坊として、招待客の前で自分
の全てを晒し、そのデビューを飾ったのだった。

 「あなたは果報者ね。こんなに大勢の人たちから見守られて、
人生を再出発できるんですもの」
                             
 ぺネロープの言葉を、乳母車の中のアリスは誇らしげに聞いて
いたのである。
                             

*************<自殺未遂の罰(了)>***

第1章 赤ちゃん修行 (2)

<A Fanciful Story>                     

           竜巻岬《3》             
                     K.Mikami

 【第一章:赤ちゃん修業】(2)           
 《赤ちゃん卒業試験》                 

 広美が自らの力でおむつの中に用を足せるようになったのは、
アランに会った翌日だった。
 それまではお漏らしすら満足にできなかった子が、あの事件を
きっかけにひとつ吹っ切れたのかもしれない。

 一山越えた広美の赤ちゃんがえりは早かった。
 もともと若いせいもあって心の裏表が少なく、作り笑いや取り
繕った笑顔を見せてはならないというマニュアルは比較的簡単に
クリアできていた。

 お尻丸出しでオマルに跨がった時に、
 「いつまでこんなことやってなきゃならないのよ」
 と、お仕置き覚悟のセリフも飛び出しはしたものの、広美は、
しだいに自らの境遇に順応するようになっていく。

 その一つが喃語。つまり、赤ちゃん言葉。

 「ばぶ、ばぶ」

 言葉は話せないが、喃語を使うことは覚えたのである。

 するとハイネの方でも広美に少しだけ自由を与えるようになる。

 「そう、お庭に出たいのね」

 天気のよい日は庭でハイハイをさせたり、特大の歩行器を与え
て廊下を歩けるようにしてやったりした。

 外見は奇妙な母子関係も、時が経つにつれて、内心では本当の
母と娘のような関係へと変化していく。
 ただし、体のサイズ以外はすべて赤ん坊になったというわけに
はいかなかった。
 女の子には男にはない生理的な習慣があるからだ。

 この処理を他人に任せなければならない屈辱感は、女性にしか
わからないだろう。

 ハイネはある時はいたわり、またある時は叱りつけて、どんな
時でも広美が赤ん坊の気持のままでいられるように仕向けた。
 それが彼女の仕事だったからだ。しかし、そんなハイネの仕事
の中でも、これが一番やっかいなことだったのかもしれない。

 「…………」

 最初の三ヵ月は、ナプキンを取り替えるたびに二人のメイドと
格闘していた広美も、今ではおむつ替えと同様、ハイネに全てを
任せている。

 『もうそろそろいいかもしれないわね』
 ハイネは穏やかな顔の広美を見て思う。そこで七回目の生理が
終わったのを見計らって、広美に赤ちゃんの卒業試験を受けさせ
ようと決めたのだった。
                                   
****************************

 ある日の朝、その日も普段と変わらない朝だ。

 メイドに、おむつを替えて貰い、まずはハイネから与えられた
二本の哺乳壜に吸いつく。

 一本はミルク、もう一本はビタミン入りのジュースだ。
 ただ、それだけでは十四才の少女のお腹としては淋しい。そこ
で、ハイネから離乳食のようなものを食べさせてもらうのだが…

 「美味ちいですか?」

 もちろんその際もハイネにあやされている広美が自ら手を使う
ことはなく、口の中に押し込まれたスプーンをもぐもぐとやって
みせるだけだ。

 当初は、ぎこちなかったこの食事風景も、半年過ぎた今では、
すっかり板についている。ひょっとしてこの子は生まれた時から
このままなのではないか、と疑いたくなるような自然な食事風景
だ。

 固形食がないためかその分うんちが緩いが、どのみちおむつに
しなければならないので、むしろそれも好都合だ。

 ハイネは食事が終わると、広美を抱き上げ、二、三度頭を撫で
てから、自らの乳頭を広美の口に含ませる。もちろん、ミルクは
出ないが授乳させるのである。

 『大人二人のレズビアン?』

 傍目には無気味とも映るこの光景も、なさぬ仲の広美との人間
関係を保つ為には欠かせないスキンシップだった。

 「ばぶばぶ……まま……まま……」

 女性同士だからこそ成り立つこんな戯れ。実は、意外にも窮屈
な生活を強いられている広美をおとなしくさせておくのに効果な
レクリエーションにもなっていた。

 「広美ちゃんは今日もごきげんね。今日はね、大勢の人の前で
広美ちゃんが、ちゃんと、うんちができるかどうか見ていただく
大事な赤ちゃん卒業試験よ。これができたら、赤ちゃんは卒業。
お口もきけるし自分のあんよでお庭だって散歩できるようになり
ますからね。頑張りましょうね」

 ハイネが今日の卒業試験の様子を伝えたとたん、御機嫌だった
広美の喃語が止まり、乳を吸う力がなくなる。
 その瞬間、少女にとっては、大きな不安が心をよぎったのだ。

 たしかに、今ではおむつにうんちができるようになっていた。
だだそれは、あくまでハイネやメイドたちが見ている場所でのみ
可能なのであって、誰の前でもそれができるわけではない。その
事は何より広美自身が一番よく知っていたのである。

 「大丈夫、何も恐がることはないわ。いつものとおりにやれば
いいのよ。別にあなたの親戚が見にくるわけではないし、こんな
事があったよってその人たちが世間で言い触らしたりもしないの。
…それに、出なければ出ないで、お潅腸という手も…あっ、痛い」

 最後の言葉に広美は素早く反応する。それまで軽く握っていた
だけのハイネの乳房を思わず握り締めたのだ。大勢の見ている前
でお潅腸されたうえに排泄させられるなんて、十四の娘には想像
しただけでも身の毛のよだつ異常な出来事だったのである。

 「どうしたの。浮かない顔して……大丈夫よ。何度もやってる
けど、滅多に覗き込む人なんていないから。それに、集まる人は
みんな常識人で、ことさらこんなことが趣味というわけじゃない
の」

 「…………」

 「気にしちゃだめ。いつも言ってるでしょう。『頭を空っぽに
して嵐が通り過ぎるのを待つの』……何より、私がついてるわ。
さっさと済ませれば、五分で終わることよ」

 ハイネは広美をやさしくベッドへ戻すと彼女が落ち着きを取り
戻すまで添い寝する。

 「赤ちゃんを卒業したら、あなたは幼女になるの。それを卒業
したら次は童女。それがおわったら少女。それからレディーね。
レディーになったらもう恐い物なし。このお城を我がもの顔で歩
いて、それまで苛められたメイドたちも見返してやれるんだから。
それまでの辛抱よ」

 ハイネの言葉はたしかに嘘ではない。しかし、そこまでになる
には、この先も、長い長い茨の道を歩んでいかなければならなか
った。

****************************

 ゴブラン城では、月に一度、城主主催の園遊会が開かれること
になっており、お昼近くの十一時、城の大広間ではすでに大勢の
紳士淑女がそれぞれに歓談を始めていた。

 そんな中、ささやかな拍手と共にある種のどよめきが、静かな
波紋となって会場内に広がっていく。

 「おう…」
 「まあ…」
 「ほう…」
 ベビーカーに乗った広美が登場したのだ。

 「大丈夫よ。なるべく早く出しちゃいなさいね。我慢してると
お薬のききめが段々なくなっちゃうから」

 付き添うハイネが広美にアドバイスを送る。実はこの時、広美
は、すでに少量のグリセリンをお腹に入れられていたのだ。

 『会場で広美をお披露目すると、ほぼ同時にお漏らしが起きて、
おむつを取り替えて即退場』
 これがハイネの描いたシナリオ。とにか、く広美がこの会場で
お漏らしさえしてくれればよかったのである。

 ところが……

 「皆様にお知らせがございます。今回この城に新しい命が誕生
いたしました。名前はアリス。まだまだ、十四才という超未熟児
ではございますが、何とかここで生きていく目途がたちましたの
で、皆様にお披露目させて頂きます」

 城主アランの挨拶に、先ほど登場したときよりはるかに多くの
拍手とどよめきが起こる。普段は大人だが、今回は十四才という
年令が周囲の人達の興味を引いたようだった。

 実際、ベビーカーの周りには、大勢の紳士淑女が群がり始める。

 それが広美に、いや、今しがた名前が変わってアリスとなった
少女にどんなプレッシャーをかけたかは想像にかたくないだろう。

 彼らは一様に乳母車の中を覗きこむと、口々に赤ちゃんアリス
をあやし始めた。
 この顔見世は、本来、形だけのもの。こんなに盛り上がる事は
滅多にないのだが……

 「侯爵も果報者だ。こんないい子を天から授かるとは」

 「いや、これはペネロープ女史が自分の持ち物にするらしいぞ」

 「ほうっ。彼女、女もいけるのか」

 「いや、そうじゃなくて、アランの坊やじゃ、すぐに壊しちま
うから、取り上げたんだろうよ」

 列席者は、たわいのない世間話をしながらもアリスの頬を軽く
叩いたり、頭を撫でたりする。それは本物の赤ん坊に接するのと
何ら変わらなかった。

 ところが、アリスの方はというと……こちらは本物の赤ん坊の
ようにはいかない。多くの見知らぬ人たちに見つめられ、強烈な
羞恥心が彼女の身体をがんじがらめにしてしまう。

 アリスは身を固くし両手を胸の前で組んだままガタガタ震えて
いるしかなかった。
 当然、お漏らしなんてこと、少しぐらいグリセリンが入った体
にしても、できるはずがないではないか。

 「さあ、早く。いいから、やっちゃいなさい。今は誰もいない
わ……」

 ハイネが人だかりの途絶えたのを見計らって小声でせかすが、
効き目がない。

 「いや、絶対にいや」
 三十分を過ぎる頃には、薬の効き目も遠退いて、もう手が付け
られなくなっていた。

 そんな二人の様子を見兼ねて、ペネロープが顔を出す。

 「仕方ないわ。今日はあきらめましょう」

 彼女は広美の様子を確認すると、あっさり断を下してしまった
のである。

 「申し訳ありません。ペネロープ様。もう大丈夫かと思ったん
ですが……」

 「いいのよ。気にすることないわ。……人間、三十を越えると
羞恥心も薄らいで、このくらい何でもなく乗り切れるけど、この
子はまだ十四才ですもの。無理もないわ。その代わり、来月には
ちゃんとできるようにしておいてね」

 ペネロープはハイネにそう申し付けると、緊張で強ばったアリ
スのほっぺたを指で突ついて……

 「いいこと、今日からあなたは『アリス』と呼ばれるの。なか
なか可愛いお名前でしょう。赤ちゃんを卒業したら、私とも遊び
ましょうね」

 ペネロープは広美をあやすと、ふたたびハイネに向かって……

 「たとえ濡れてなくても、おむつは頻繁に取り替えた方がいい
わね。こういう羞恥心の強い子は、慣れも大事だから……」

 彼女はそれだけ言い残すと、ふたたびホステスの仕事へと戻っ
ていったのである。

 「そうね、たしかに、あなたにはもっと慣れが必要だったかも
しれないわね」

 強ばった顔、時折訪れる強烈な便意を意地になって押さえ付け
ているアリスの顔を見ながら、ぽつりとつぶやいたハイネは何か
決断したようだった。

 彼女は人をやってメイドを二人連れてこさせる。それは広美が
言葉をしゃべった罰にスパンキングを受けた時の二人組だった。
以後もこの二人組に幾度となくお仕置されていた広美はハイネが
何を決断したのか容易に想像がつくのだ。

 だから、本気になって逃げようとした。ベビーカーから自分の
力で抜け出そうとまでしたのである。
 しかし……

 「ほら、だめでしょう。赤ちゃんが独りで歩けるわけないんだ
から……」
 たちまちハイネに押し止められてしまった。

 以後はあっという間の出来事である。

 二人のメイドが到着しもベビーカーが大広間の隅に運ばれると、
いきなり、鼻を摘んで捻じ込まれた特注のおしゃぶりが口の中で
膨らむ。

 「うっ、うぅぅ……」

 それに気を取られているうちに、おむつが外され、両足が高く
跳ね上がり……

 「あっ……」

 あとは、『恥かしい』と思う間もないほど素早く、ピストン式
の潅腸器の先が直にアリスの菊座を直撃。大量のグリセリン溶液
が直腸へと送り込まれることになる。

 「ぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 石けん水ならいざ知らず、グリセリン100CCというのは、
これまでにないほどの量。

 「あっ……だめえ……」
 苦しい息が悲鳴となって漏れるが……

 「そう、もうこれでだめなの。観念なさいね」

 ハイネの珍しく冷たい調子に、アリスは怯える。
 実際、こうなってはどうすることもできなかった。

 「あっ、ああああああ、いやいやいやや、漏れる、漏れる……
だめ、だめ、だめえ~~~…………」

 悲しいうめき声と共にアリスのプライドがおむつの中へと流れ
落ち、耐えられなくなった羞恥心は、彼女の意識を表の世界から
完全に消し去ってしまう。

 「ごめんなさい。この子ちょっと便秘ぎみなもので……」

 ハイネはたまたまそばを通りかかる紳士淑女に断りを言ったが、
今度は誰もアリスのベビーカーを覗こうとはしなかった。

 この会は紳士淑女のサロン。興味本位で何にでも首を突っ込む
ことが許される庶民の宴会ではない。
 彼らは、ハイネの行為がこの催しとは関係ないと知るや、今度
はあえて乳母車へは近づかない。

 ただ、そんな大人の対応を広美は知らないし、知っていたとこ
ろで、受けたショックが収まるわけでもないだろう。
 部屋へ戻ってきた少女は泣き崩れ、一晩中、ベッドの中で叫び
続けることになるのである。


************<赤ちゃん卒業試験(了)>***

第1章 赤ちゃん修行 (1)

<A Fanciful satory>
                     
           竜巻岬 《 2 》
             
                     K.Mikami


【第一章:赤ちゃん修業】 (1)
《 赤ちゃん修行 》

  「どう、おめざめはいかが」

 広美が起きると、そこは昨日までいた病院のようなところでは
なかった。彼女を起こしたのも昨日までの看護婦ではない。

 広美は、一瞬『いつの間にこんなことに』とも思ったが、何が
起こっても不思議ではないこの場所にあって、それも些細な事と
思い直したのである。

 「お早ようございます」

 広美のあいさつに相手は意外なという表情を見せたのち好感を
持った笑顔にかわる。

 「お早よう。私はハイネ。あなたの養育係よ。あなた、意外に
明るいのね。私、何人も自殺志願者を見てきたけどたった二日で
こんなに明るい顔になってる人は初めてよ。ペネロープ様がおっ
しゃってたけど、あなたへの試練は早く済みそうだわ」

 「あのう、その試練なんですけど、私、なにをすれば」

 「何もしなくていいの。しいて言えば何もしないことが、試練
かしらね。すべてのことを、あるがままに素直に受け入れる心が
出来上がれば、それで私からは卒業なの」

 「そうですか……でも、それなら簡単です。私、こう見えても
意外に素直ですから」

 「そう、それはよかったわ。……でも、これって意外に難しい
のよ。早い人でも二年、長い人のなかには四年五年ってかかる人
もいるわ」

 「そんなにかかるんですか?」

 「エエ、御領主様は中途半端なことはなさらないの。何より、
ここにいる人たちは、みんな死んじゃった身でしょう。時間は、
たっぷりあるもの」

 「…………」

 「帰りたくなった?」

 ハイネの問いかけに広美は顔を左右に振って見せたが、ハイネ
は広美の心を見透かす。
 若い子の場合は、一度自殺を決意しても、結果死にそこなって
しまうと、次はまた生きたいと願うものなのである。

 「ま、とにかく始めましょう。まず服を脱いで頂戴。パジャマ
だけでなくキャミソールもショーツも…靴下だけは脱がなくても
いいけど、あとはとにかく全部よ」

 「え、ここでですか」

 「そうよ。ここで。今すぐに」

 「分かりました」

 広美はそう言ったが、同時にベッドを離れて窓辺へ行く。彼女
はカーテンを閉めようとしたのだ。

 「だめよ。カーテンは開けとくの。大丈夫ここには男性は誰も
いないわ」

 「だって」

 「あらあら、さっき言ったのと違って、あなた、ちっとも素直
じゃないのね」

 「分かりました」

 広美は渋々服を脱ぐことに同意したのだった。

 「いいこと、よくお聞きなさい。これからのあなたはどんなに
些細な事でも我を張ることは許されないの。あなたはここにいる
誰のどんなことに対しても、すべて、無条件に受け入れなければ
ならない立場なのよ。………もし、少しでも我を張れば……」

 彼女は傍にあった籐鞭を取って一振りさせる。

 「あなたがこれまで経験したことのないような凄いお仕置きが
待ってるわ。……さあ早く。故意に遅らせるのも命令に逆らって
いるのと同じですよ」

 「大丈夫です。今、脱ぎますから」

 広美は慌てて脱ぎ始める。着ているものがパジャマだからすべ
てを終わるのにそんなに多くの時間はかからなかった。
 ハイネの希望どおり白い短ソックス以外何も身につけない姿に
なったのである。

 ただ、それでも恥ずかしいとみえて、シーツで自分の体をすっ
ぽりと覆ってしまう。しかし、それも…

 「さあ、そのシーツも取るの。そしてベッドに仰向けになって
……おむつが当てられないでしょう」

 「おむつって…」

 「これからあなたは赤ちゃんとしてここで暮らすの。口もきけ
ない。どこへも行けない。許されてるのは泣く事と笑うことだけ
の赤ちゃんとして、ここで生活しなきゃいけないの」

 「えっ!?」

 「だから言ったでしょう。すべてを受け入れる覚悟がないと、
ここでは生きていけないって」

 「赤ちゃん?……試練ってそういう事だったんですか?」

 広美はハイネの言葉を耳にするなり笑いだした。

 「何だそんなことなんですか。私、試練っていうから、もっと
凄い事やらされるのかと思っちゃった」

 広美があっけらかんとして笑うからハイネは戸惑った。
 「あなた簡単に言うけど……」
 ハイネは首を横に振る。その顔は、『まるで分かっていない』
と言いたげだったのである。

 「とにかく始めましょう」

 ハイネがそう言うと、広美は今度はあっさりそのすっぽんぽん
の体をベッドに横たえる。

 『なるほどまだ子供ね』

 寝てしまえばほとんど隆起していない胸、うっすらと、ほんの
申しわけ程度にしかはえていない陰毛、盛り上がった三角デルタ
など、それは成熟した大人の体にはまだまだ遠い、子どもの身体
だったのである。

 それに何よりそれまであんなに恥ずかしがっていたのに今度は
あっけらかんとしてベッド上で大の字になってしまう。そのあま
りの天真爛漫さに、今度はハイネの方が赤面する始末だった。

 「どう、久しぶりのおむつの感触は……。といってもそんな昔
のことは覚えていないでしょうけど」

 「なかなか結構よ。ふわふわしててとても快適」

 「だめじゃないの口をきいちゃ。さっきも言ったとおりあなた
は赤ちゃんとしてここで暮らすんだからお口はきけないわ。これ
が何より辛いの。あなたが赤ん坊として完璧になったらハイハイ
を教えてあげるけど言葉は絶対にだめ」

 たしかに広美はこの試練を甘く考えていた。何もせずただここ
に寝ていればいいのならたやすい事と思っていたのだ。しかし、
そのただ寝ているだけが次第に苦痛になってくるのである。

 仮に、病院に入院しているのなら、見舞い客も来るだろうし、
同部屋の人とおしゃべりもできるだろう。軽傷なら、病院の中庭
くらい散策できるかもしれない。たとえ、個室で重病でもベッド
で本くらいは読めるはずである。

 ところが、ここでは本当に何もすることができないのだ。独り
言さえも部屋の至る所に設置されたマイクに拾われて…

 「赤ちゃんらしくない赤ちゃんにはお仕置きが必要ね」

 たちまちくだんのハイネ女史が体格のいい従者二人と現れて、
広美はお仕置き部屋へ。

 広美はそのためだけに設けられた小部屋で、メイド服姿の懲罰
執行人の膝に乗せられると、話した単語の数だけお尻をぶたれる
ことになる。

「五十二回ね」

 広美の独り言を録音したテープが巻き戻されて、ハイネが罰を
宣言することになるのだ。

 「御免なさい。もう話しませんから」

 広美の哀願に……

 「あと十回追加」

 ハイネはそう答えるだけ。たちまち、パン、パン、パンという
小気味よい音が風通しのよい部屋に鳴り響く。何しろ十四の小娘
相手に男勝りの大女が二人がかりというのだから逃げようとして
も体はぴくりとも動かない。

 「あ、いや。ごめんなさい。もうしませんから」

 半ダースもいかないうちに、広美はたちまち悲鳴をあげたが、
それがまたいけない。

 「何度言ったら分かるの。赤ちゃんはお口をきかないのよ」

 ただその様子を見ているだけのハイネが子供を叱るような口調
で注意する。
 そして、さらに…

 「あと一ダース追加して頂戴」

 彼女はメイド二人に冷徹に追加の罰を言い渡すのだった。

 「あっ……あ、………いやっ………いたっ………」

 どんなに声を出さないように我慢していても出てしまう悲鳴と
嗚咽。しまいには涙と鼻水がないまぜになって可愛い顔もくしゃ
くしゃになってしまった。

 「いいわ、今日のところはこのくらいにしておきましょう」

 やっと、出たハイネお許し。
 しかし……

 「ひぃ~~~」

 触れられただけでも飛び上がるほど腫れあがったお尻に軟膏が
塗られ、倍に膨らんだお尻は、ふたたびガーネット柄のおむつに
包まれる。

 その間、広美にできたのは下唇を噛む事。ただそれだけだった。

 と、そんなことをしておいて、今度はハイネがやさしく広美を
抱く。プライドを汚され、わだかまりの残る少女の心中などまる
で眼中にないかのように、彼女は広美をあやしつけるのだ。

 それは、傍目には、摩訶不思議としかいいようない光景だった。
おむつを履かされ、ガラガラを持たされて、抱かれている娘は、
実は抱いているハイネより大きいのだ。
 しかし、ハイネはその重さを感じさせないほどしっかりと広美
を抱き抱えている

 「さあお部屋に帰りましょうね。赤ちゃんらしくできないと、
またここへ来て痛い痛いしますよ」

 ハイネは本気になって広美をあやすのだ。これには最初茶番劇
と馬鹿にしていた広美も思わず吹き出す。

 「あら、笑ったわね。その調子よ。さあ、ねんねしましょうね。
うんうん気持ち悪くなったら泣きなさいね。すぐにおむつを取り
替えてあげますから。でも、お口をきいちゃいけませんよ。また、
痛いたいですからね」

 広美は、最初、ハイネがなぜこんな馬鹿げたことをするのか、
まったく理解できなかった。しかし、『今は、とにかく赤ちゃん
を続けるしかない』それだけは分かっている。

 そして、時が経つにつれ、広美自身もこうした生活の『こつ』
のようなものを習得するようになっていったのである。

 たしかに言葉を話すことはできない。しかし、ハイネに向かっ
て笑いかければ彼女があらん限りのことをしてくれるのだ。
 ガラガラを振りカーテンを開け庭へも抱いて連れ出してくれる。
恥ずかしさはあるものの先ほどのメイドたちを使ってお風呂にも
入れてくれるのである。もしそれがいやなら泣くなりいやな顔を
すればそれでよいのだ。

 『なんだ、わりに簡単じゃない』

 若い広美は一週間もたたないうちに新しい生活に順応し始める。
ハイネ からも……

 「この分だと赤ちゃんを三、四ヵ月で卒業できるかもしれない
わね」

 とお褒めのお言葉までいただいたのだ。

 ただ、そんな広美にしても、容易には乗り越えられない壁があ
った。

 トイレである。

 「広美ちゃんはいつも便秘ぎみね。赤ちゃんはおむつにうんち
をするのがお仕事よ。おまるはそれがいつもできるようになって
から貸してあげるわね」

 ハイネは赤ん坊らしくおむつに用を足すことを求めたのだ。
 だが、いかに広美でもそれは簡単ではなかった。こんな状況下
なのだからそれもしなければならないとわかっていても、いざと
なると理性がそれを押しとどめてしまう。いつも寸前まではいく
のだが……

 「仕方ないわね。こんなにお腹がはっちゃって、これはもう、
潅腸しかないわね」

 ハイネの口からこの言葉が出るたびに、広美はまるでこの世の
終わりでも見ているかのような絶望的な顔になる。

 『こんなことならおむつにした方がどれだけいいかしれない』

 ハイネにお潅腸を宣言されるたびにいつもそうも思うのだが、
肝心な時になると理性がやってきて邪魔してしまう。
 結果、三日に一度は、腰から下の衣装を剥ぎ取られ、仰向けの
まま両足を天井高く上げなければならなかった。

 器具はガラス製のピストン潅腸器にカテーテルの管をつないだ
ものを使い、溶液は石けん水。もともと我慢しているお尻だから
あえてグリセリンは使わなくても、これで十分だったのである。

 「……<あっ、あっ、だめ、でるから、もうだめ>………」

 広美はたっぷり五百ccを体に入れられると、もうその時点で
激しい便意に苛まれていた。
 ところが、おむつを当てる間もないのではと思われたその状態
から、彼女はなおも踏張ってしまうのである。

 「さあ、もう大丈夫よ。全部出しちゃいましょうか。すっきり
するわよ」

 おむつをあてられ、ハイネに体を抱かれ、下腹をさすられて、
それでもなお少女は孤独な戦いは続くのである。

 「あっ…………」

 しかし、それに広美が勝利することはなかった。勝負は、常に
一瞬にして決し、少女は放心状態でベッドに横たわる。
 悲しいという積極的な衝動さえないままに、溢れ出た涙が頬を
濡らしていく。そして勝者側がすべてを取り片付けた後になって
初めて息を吹き返すのだ。

 こんな無益な戦いが三日にあかさず繰り返されていたある日の
こと。彼女はいつものようにその長い管をお尻から出していた。

 と、そこへ何やら話し声が聞こえて来るではではないか。
 声の主の一人はペネロープ。しかし、もう一人は明らかに男性
の声……

 不安が彼女を緊張させた瞬間、もうドアが開いてしまう。
 当然、広美に逃げ場などなかった。

 「おや、お食事中か」

 辺りの気配に気づいた中年男性は帰ろうとするが……

 「アラン、かまわないわ。この子はまだ赤ん坊ですもの」
 ペネロープがとりなす。

 広美にとって、それは最悪の事態だ。
 周囲が女性ばかりでも恥かしいこの姿を男性に見られるなんて、
もう、なりふりかまっていられない。

 「ハイネ、やめて。お願い。これ抜いて、これ、お願いだから」

 広美はあらん限りの勇気を振り絞って哀願したのだ。
 しかし、ハイネの答えは、おしゃぶりが一つだけ。
 それを鼻をつまんで広美の口にねじ入れたのである。

 特注のおしゃぶりは、一瞬にして広美の口の中で膨れ、声はお
ろか呼吸さえままならない。

 「静かに、ご領主様の前ですよ。それを取ったらお仕置きです
からね。それも飛び切りきついのを……」

 ハイネの言葉は広美には死刑宣告に近い。
 『どうしてこんな時に気絶できないのだろう』
 広美は逃げるに逃げられない今の自分が恨めしかった。

 処置が進み、いつものようにおむつがあてがわれるとアランが
ペネロープと共に広美のそばへと寄ってくる。

 「伯母さま。なかなか可愛い子じゃないですか」

 「でしょう。私のお気にいりなの。今はまだ、自分でうんちも
できないから、ものになるかどうか分からないけど」

 「私が手伝いましょうか」

 アランはそう言うと怯えてベッドの隅で震えている広美を抱こ
うとする。

 「いけません。アラン様。ご領主のなさることではありません」

 ハイネは止めたが、

 「伯母さま、いけませんか」

 「かまわないわ。あなたもいずれは赤ん坊んを抱くことがある
でしょうし、その子にとってもご領主様のお膝の上で用が足せる
なんて名誉なことですもの」

 こうして話は決まり、広美は領主アランに抱かれてその恥かし
い行為をするはめになったのである。

 「どう、もう出たかい」

 アランはやさしく声をかけるが、広美はそれどころではない。
今お腹がごろごろ鳴っているだけでも十分恥かしいのに、この先
汚物が漏れたら、あの匂いが漂ったら、悪い予感が脳裏を掠める
だけでも気が狂いそうだった。
 だから普段にも増して、あらん限りの力をお尻に集中させて、
耐えに耐えたのだ。
 が……、

 「アラン、ただ抱いてるだけじゃらちがあかないわ。そんな時
はね、その子のお腹を優しくさすってあげるの。耳の後ろに息を
吹き掛けたり、ほうずりしてあげたりしてもおもしろいわよ」

 ペネロープが悪知恵を授けるものだから。

 「……んっぁぁぁぁぁぁぁ………………」

 それはもうどうしようもないことだった。

 「この子、できたみたいだよ。ついでに私が替えてやろうか」

 アランは得意げにそう言ったが、これはさすがに……

 「とんでもございません。こんな不浄な物、ご領主様の手が汚
れます」

 ハイネが止め、これにはペネロープも反対しなかった。その代
わりペネロープ自らが広美のおむつ替えを手伝ったのである。

 「ハイネ、この子はいい経験をしたわ」

 「まったく。こんな幸運は待っていても訪れませんもの」

 「ねえ、ヒロミ。…女はね…殿方に自分の最も恥かしい行為を
見られることで脱皮できるの。そして、その時に……最も感じる
ものなのよ」

 事態が一段落したせいだろうか、ペネロープが耳元で語りかけ
たこの謎の言葉だけが、広美の記憶として、その後も残ったので
ある。


***********< 赤ちゃん修行(1)/了 >**

竜巻岬 《1》 / プロローグ

<A Fanciful Story>

            竜巻岬《1》

                      K.Mikami

 【プロローグ】

 菜の花畑の海の中を強い風に煽られながら進む少女。幅広帽子
を必死に右手で押さえながら……それでも、彼女は歩みを止めな
かった。

 「あっ」

 彼女の自慢の帽子があっという間に大空へ解き放たれる。

 「あら、あの子まだ子供じゃない。困ったわね。……パーカー、
パーカー」

 老婆がひとり、少女が立入禁止の標識を無視してこの菜の花畑
に入り込んだ時から双眼鏡で監視を続けていたのだ。

 「お嬢様、また誰か」

 「そうなの、しかもあれはまだ子供ね。いいとこ十四才ぐらい
かしら」

 「では思い止まりましょう。こんなにも強い風が吹いているん
ですから」

 「ところがそうでもないのよ。北風が吹いて、少女たちの背を
断崖へ向かって強く押すときは不思議に誰も跳びこまないのに、
南風が吹いて、『来るな、来るな』って叫んでいるときに限って
行ってしまうものなの」

 「ではいかがいたしましょうか」

 「そうね、……」

 老婆としてはもちろんこのまま引き返してくれることを望んで
いたが…

 「だめね、やっぱり。あの子本気で飛び込むわ。仕方ないわね。
パーカー 準備して」

 彼女の命令がもう一秒でも遅かったら少女の命はなかったかも
しれない。


 「ほら、やっぱり」



 少女が目を覚ましたのはベッドの上だった。彼女は、岬の突端
から飛び込んだ瞬間、すでに気を失っていたのだ。だから自分が
大きな網によって救われた事も、どうやってここにきたのかも、
まったく覚えていなかった。

 「あら、気が付いたのね」

 看護婦に声をかけられた少女だが、すぐに彼女とは視線をそら
してしまう。

 「私、助かったんですね」

 「なんとか体だけは…もう掠り傷一つないはずよ」

 「私、あの岬から飛び込まなかったんですか。自分では、勢い
よく飛び込んだつもりだったんだけど………よく覚えてなくて。
きっと岬の突端で気絶してたんでしょうね。私っていくじがない
から」

 「そんなことはないわ。パーカーさんが言ってたけど、見事な
ジャンプだったそうよ。もう一秒でも遅かったら、本当に助から
なかっただろうって」

 「そう……助けてくれなくてもよかったのに。もうお義母さん
には連絡したの」

 「いいえ、誰にも連絡なんてしてないわ。……それに……こう
言っちゃなんだけど、あなたは助かったわけじゃないのよ」

 「助かったわけじゃないって、……じゃあここは天国なの?…
それにしちゃ、随分と貧相な場所だけど」

 「いいえその反対。たしかにあなたの体はこうして無事だけど、
もうあなたの戸籍はこの世にはないの。表の社会では、あなたは
すでに死んだことになっているのよ」

 「えっ!?」

 「嘘だと思うならあなたのお葬式のビデオを見せましょうか。
こんな時のために、ここではこっそり撮影してあるの」

 ビデオが流れ始めると少女は複雑な表情でそれを眺めていた。
そして、義母が泣いている光景に出くわすと、「空々しい」とか
「まったく役者なんだから」と言っては舌打ちをする。そのうち、
その画面からも目をそらしてしまった。

 「で、いったいここはどこなの」

 看護婦はそれには答えず、答えはドアの方からやって来た。

 「ゴブラン城よ」

 「ペネロープ様!」
 看護婦が入室してきた女性に膝を軽く曲げて会釈をする。

 「お嬢ちゃん、生きてたときのお名前は広美さんだったわね」

 「私、今でも生きてます」

 少し語気を強めて広美が訴えると、ペネロープは静かに微笑む。

 「まあ、まあ、元気のいいこと。とても四週間前に崖から飛び
降る決心をした子とは思えないわね」

 「四週間!?……私、四週間もこのベッドで寝ていたんですか」

「そうよ、もう彼女から聞いたと思うけど、……あなたの場合は
お葬式もちゃんとすんでるの。 そしてこれがあなたの死亡届け。
警察が出した事故調査報告書のコピーもあるわ」

広美は唐突に突付けられる現実に動揺したのか、二枚の紙切れを
ペネロープに突き返そうとする。

 「嘘よ、こんなの。私、あそこで足を滑らせただけで…」

 しかし…、

 「お嬢ちゃん、嘘はいけないわ。私、あなたが立入禁止の柵を
乗り越えてから、ずっと双眼鏡で見ていたのよ」

「………」

 広美は言葉を失った。まさか見られていたなんて、思いもよら
なかったのだろう。

 「広美さん」ペネロープは冷静に話を切り出す。

 「仮にあなたが事故で足を滑らせただけなら私たちはとっくに
あなたを親元に返していたわ。……でも、あそこには靴が揃えて
あったし、遺書も飛ばされずに残ってた。あなたが十分間もぶつ
ぶつ呟いていた三角形の緑の石、あれが重しになってたの。……
飛び込む時も実に立派だったわ。まるで映画の一シーンを見てる
みたいよ」

 「………」

 「これでも、あなたはあの時、足元をすくわれたって言い張る
つもりかしら?」

 「………」

 「そんなこと誰も信じなくてよ。いいこと、あなたはあそこで、
命を捨てたの。それも自分の意志でね。だから、あそこであなた
の人生は……おしまい」

「………」

 広美の表情が哀願の眼差しに変化したのを感じてペネロープは
先を続ける。

 「そこでね。…どうせいらない命なら私たちが頂きましょうか、
ということになって、……あの時崖の中腹に大きな網をだして、
あなたの命を拾うことにしたのよ。……拾ったのなら当然それは
私たちのものよね。あなたは捨てたんですもの。違うかしら」

 「………」

 広美の表情はすでに怯えへと変化している。

 「そんなに恐がらなくても大丈夫よ。べつに取って食べたりは
しないから。ただ、これから先は私たちに従順に仕えてくれさえ
すればそれでいいの。そうすれば、あなたに何一つ不自由はかけ
ないわ。最初は慣れないから、ちょっと辛いかもしれないけど、
どんな事があっても、『従順に、従順に』って心で願っていれば、
そのうちこんな幸せな世界はないって思えるようになってよ」

 ペネロープは広美をやさしく見つめる。しかし、次の瞬間には
顔を少し曇ら せて、

 「でも、逆に我を張ったり、逃げ出そうなんて考えると、……
来る日も来る日も、地獄の責め苦が待ってるわ。どうせあなたも
試すでしょうから言っておくけど、ここを逃げ出した人は一人も
いないの。大抵の人は二三度脱走を試みるみたいだけど、それで
諦めるみたい。あなたも試すのは自由だからやってみたらいいわ」

 ペネロープは再び柔和な顔に戻って広美の頭を静かに撫でた。

 普段なら「何すんよ!」と強気にはねのける彼女だが、さすが
にその気力がない。何が何だか分からぬままに、今はただ、なさ
れるままに身を置くしかなかったのである。



 次の日、広美はくだんの看護婦に城のなかを案内された。外観
は岩肌をくり貫いた粗野で厳めしい古代の城も内装は19世紀末
に手を加えアールヌーボー調のモダンな造りになっている。

 「全室、エアコン完備よ」

 看護婦がおどけて言う。

 「私、これからどうなるの」

 「どうにもならないわ。少なくとも四、五年はここで生活する
ことになるだけよ。あなたは若いから、もっと長くなるかもしれ
ないわね。いずれにしてもそれを決めるのはここの城主アラン様
で私には分からないわ」

 「ここの主人はあのお婆ちゃんじゃないんですか」

 「ああ、ペネロープ様のことね。あの方は先代の姪ごさんで、
現当主アラン様の家庭教師を長いことやられてたの」

 「では、やっぱり偉い方なんですね」

 「ここの№2ってところかしらね。噂によると、あなたはあの
ペネロープ様付き、になるらしいわ。日本びいきのペネロープ様
がアラン様に是非にってねだったらしいの」

 「………」

 勝手の分からない広美には、それがはたして幸運だったのか、
不幸だったのか分からない。今はただこの看護婦が自分にとって
最も近しい関係にあるということだけを理解できるだけだった。

 「ところであなた日本人よね。なぜわざわざ自殺しにイギリス
にまで来たの?」

「別に自殺しにイギリスに来たんじゃないわ。母が死んで、父が
私を引き取ってくれたんだけど、そのあと来た後妻とうまくいか
なくて…」

 「なるほどね。言われてみればあなたの顔って、ゲルマン人の
特徴をよくそろえてるわ」

 「ねえ、私ここで何をすればいいの。メイドとして働かされる
の?」

 「メイド?……んん」看護婦は顔を横に振る。「……メイドは
メイドでいるし看護婦も医者もここには揃ってるわ。あなたはね
……」

 彼女はそこでいったん言葉を区切った。その先はこの幼い子に
はとても言えなかったのだ。

 「ほら見てご覧なさい。あなたの仲間があそこにたくさんいる
わ」

 指差す先に大広間があって、そこでは若い女性ばかり七、八人
たむろしてゲームに興じている。

 「あの人たちも竜巻岬から飛び降りたの」

 「そうよ。もう何年も前にね」

 「じゃあ、あそこから飛び降りてもみんな助かっちゃうんだ」

 「そうじゃないわ。網を出すかどうかはご領主様の判断だもの」

 「…………そうなんだ」

 「ここは慈善事業じゃないもの。……だいたい、網をだしても
みんながみんな命が助かるわけじゃないの。上手く網に引っ掛か
るんだって三人に一人なんだって……それに……たとえそうして
助けても、本当に生きる気力を失った人もいて、そうした場合は
その人の好きにさせるの。


 看護婦がそこまで言った時、彼女の言葉を遮る者がいた。

 「ジャニス」

 一言叫んだだけだったが、その凄味のある声は、それでだけで
十分におしゃべりな彼女の口を塞ぐことができた。

 声の主はペネロープ。
 でも広美が振り向いたときにはもう柔和な顔へと戻っている。

 「体調はどうかしら」

 「………」

 「ん…顔色はよさそうだけど。どうなの落ち着いたのかしら?」

 「たぶん大丈夫かと思います」

 「あなたはまだ若いものね。普通は三日ほど様子をみるんだけ
ど、明日からでも試練に耐えられそうじゃなくて」

 「…し…れ…ん…」

 「そう、あなたはこれから試練を受けることになるの。ここで
暮らすための試練よ。もちろんここで暮らしたくなければそれは
それでいいのよ。無理強いはしないわ。その場合はあなたの最初
の望みがかなうだけ」

 「最初の望みって」

 「あら、もう忘れたの。竜巻岬であなたが望んだことよ」

 「………」

 広美は思わず息を飲む。

 「大丈夫。その時は寝ている間にそっと処理してあげるから、
苦しむことは何もなくてよ。…ここへは、あなたの意志とは関係
なくお呼びしたんですもの。そのくらいの礼儀は心得てるつもり
よ」

 「………」

 広美はすでに死ぬ気などなかった。だからペネロープの言葉に
不安と恐怖が走る。
 死にたくない以上、試練を乗り越えて生き抜くしかなかった。

 「やってくださるわね」

 「……」広美は首を縦に振る。

 「まあ、聞き分けがいいのね。その気持ちが大事なのよ」

 こうして広美は、ベッドで目覚めた二日後から、ここの一員と
して暮らすことに決まったのだった。



******************<序章(了)>***

6/17 不思議な小説のわけ

6/17

        不思議な小説のわけ

 私の母は商売は好きでしたが、教養となると……(?)でした。
 一応、父は旧制中学、母も女学校は出ていますから無学とまで
はいえないでしょうが、父方母方とも、他の兄弟(伯父叔母)は
大学を出ていましたから、両親共に学歴や教養といったことには
コンプレックスを持っていました。

 ですから、自分の息子たちには高い教養をつけさそうとして、
幼い頃からあれやこれやと画策したわけです。

 でも、考えてみてください。お互い経済的な事情ならともかく、
純粋に学力がなくて大学に行けなかったお二人なんですよ。
 劣性遺伝を引き継ぐその息子が、優秀な頭脳を持って生まれて
くるわけがないじゃないですか。

 それでも、両親が東奔西走した結果、幼い頃だけはそれなりの
実績を残すことができました。
 (その後は、『十で神童、十五で才子、二十歳過ぎればただの
人』だったんですが……)

 でも、そうなってみると、ある問題が生じました。

 早々、まだ小学校も三年生だというのに、もう自分の教養では
着いていけない、教えきれなくなってしまったのです。

 当然、あとは家庭教師とか塾なんかに頼ることになるのですが、
生まれてこのかた、常に母親の懐で勉強してきた息子にとっては
未知の体験。これに慣れるまでに随分と時間がかかりました。

 ただ、我が家においては、こうした事に時間がかかったのは、
何も息子だけではありませんでした。

 母もまた空いた膝をもてあましていたようで、四年生、五年生
と年齢は高くなっていくのに、子どもへの対応は、むしろ幼児に
赤ん坊にと戻っていったのです。

 私自身は、当時それを強く意識したことはありませんでしたが、
今、振り返ってみると、たしかに思い当たることが多々あります。

 料理をスプーンで口元まで運んでもらったり、寝床に哺乳瓶が
復活したり、下痢気味だという理由だけでオムツを穿かされたり、
お風呂場では頼みもしないのに身体じゅうを洗ってくれますし、
二人だけなら会話も喃語(赤ちゃん言葉)ですませたりもします。

 およそ外では風間君タイプ(?)の僕の様子を見ていて、息子
が自分から離れていくように感じたのかもしれません。
 世間の親なら、そろそろ自立を考える歳なのに、うちではそれ
とはまったく逆のことが起きていたんです。

 もちろん、中学に上がる頃には、こんな極端な事はなくなって
いましたが、それでも精神的には母親の殻を脱し切れていません
でした。

 従兄弟と初詣に行った時の事です。

 「何、お願いしたしたの?」
 って訊かれたので、素直に…
 
 「お母さんが幸せになりますように」
 って言ったら……

 「正気か?…お前、まだ中学生じゃないなあ」
って、思いっきり笑われてしまいました。

 でも、この時はお母さんだって……
 「坊やたちが幸せになりますように」
 ってお祈りしているわけだし、それ以外のことをお祈りしたら
何だか悪いような気がして……。

 と、まあ、こんな感じの少年時代でしたからね。
 私の小説を読んだ人は、『何だこりゃ、訳の分からん不思議な
話を描く奴だ』ぐらいに思ってるんでしょうけど、僕にしてみる
と、たんに昔を懐かしんで、思い出を物語に焼き直してみただけ
なんです。

 勿論、これは自己満足。このブログも書庫でいいんですよ。

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思い出の形・愛の形 

<コメント>
 相変わらず、『子供の話』です。
 いつまでたっても大人になのきれないので、
 普段はこんな話ばかりかいているのです。

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         思い出の形・愛の形


                        K.Mikami
< 前編 >

 もう今から三十年余りも前のことです。もともと一人旅が好き
だった私は小学校三年生の時初めてブルトレに乗って花の東京へ
やってきました。

 受入先は伯母の家。書道大会への出場という大義名分も、一応、
あるにはありましたが、主な目的は東京見物。いつもガミガミと
口うるさい母親から逃れてルンルン気分でした。東京タワーに、
地下鉄、後楽園遊園地や山の手線。特に地下鉄や山の手線は感激
しました。田舎には地下を走る鉄道も環状線もありませんから。
 山手線などは、伯母に無理を言って一周回ってもらったほどで
した。とにかく、見るもの聞くものすべてが興奮の連続だったの
を覚えています。

 来て数日は毎日がサンデー。毎日がパラダイスのばら色の日々
でした。ところが、それが次第に気詰まりを覚えるようになって
いきます。せっかくの旅行がちょっぴりつまらないものになって
きたのです。

 原因は伯母さんの一人娘。つまり、私とは従兄弟の関係にある
香織さんの存在でした。

 彼女、春休みだというのに毎日精出してまして、まるで学期中
のように分刻みのスケジュールをこなして勉強しているのです。
習い事もいくつか抱えているうえに、家事まで手伝ってます。

 そんな絵にかいたようなよい子を横目に見ながら同年代の私が
遊び歩けるでしょうか。気が付くと、私は伯母の家では独り浮い
た存在になっていました。

 ですから、仕方なく、本当に仕方なく、彼女と一緒に勉強机に
向かうことになったのです。とはいえ勉強の道具など何も持って
きていませんから、すべて香織さんから借りて、午前中だけでも
勉強するふりをしていたのです。

 するとそれまでお義理にしか口をきいてくれなかった香織さん
が、自ら学校のことや家庭のことなどを色々話してくれるように
なったのです。二人は急速に親しくなり、香織さんは母親におね
だりして、映画やお芝居、人形劇なんかにも私を誘うようになり
ます。

 また、伯母さんもいつもにこにこしていて香織さんのおねだり
もやさしく聞いてくれていました。

 うちの母親のように、
 「またテレビ見てる。宿題すんだの。明日はテストでしょう。
この間みたいに徹夜になってもしりませんよ」
 などと目をつり上げることなんか一度もありません。

 私はいつしか、ここではうちで起こるような悲劇、つまり『お
仕置き』なんてないんだろうなあ、と思うようになっていました。

 ところが、そんなある日。もうあと数日で、僕は田舎に帰ると
いう日に事件は起きたのでした。

 その日、伯母さんの付き添いで人形劇を見た香織さんは、何か
とても浮き浮きしていました。きっといま見た劇に感動したので
しょう。デパートに入っても、今、見た人形を探すのだと言って
おもちゃ売り場を離れようとしませんし、踊り場では即興の踊り
を披露してお婆さんを突き倒してしまうし、食堂では誰も聞いて
いない感動を延々まくしたてるしで三人の中で独り浮いた存在に
なっていたのです。

 でも、伯母さんはいつも通りににこやかですし、決して怒って
いたわけではありませんでした。そして、これから東急に乗って
伯母さんのお宅へ帰ろうとする時です。

 渋谷駅近くで用事を思い出した伯母さんは「ここにいて頂戴ね。
すぐ戻るから」と言ってその場を離れました。

 ところが、五分たっても伯母さんは戻ってきません。すると、
香織さんが、するするとその場を離れるじゃありませんか。
 恐くなった私がついて行こうとすると、「あなたはそこにいて」
と言い残して行ってしまったのです。

 それからさらに 五分後、今度は伯母さんが帰ってきました。

 「あら、香織は?」
 当然そう尋ねられましたが、私も答えようがありません。
  「困ったわね」
 僕と伯母さんはしばしあたりを見回しました。

 すると、五十米ほど離れていたでしょうか。ショーウイドーを
覗き込んでいる香織さんの小さな姿が見付かったのです。

 伯母さんと私は早速、香織さんの処へ出かけていきます。

 私たちに気づいた香織さんは少しがっかりした様子でしたが、
それほど悪びれた様子も見せませんでした。

 「さあ、香織、帰りますよ」

 伯母さんは香織さんの肩を抱き、私はその少し前を歩いて駅の
方へ向かい始めたその時でした。

 「さあ、帰ったらお仕置きね」

 私にはちゃんとそう聞こえました。でも、きっと聞き間違いだ
ろうと思っていました。何しろ伯母さんはそれまで怒った様子が
何一つないのですから……
 おまけに香織さんまで……

「はい、お母さん」
 返事を返した香織さんも、ちっとも悲しそうではないのです。

 もし、うちでお母さんがお仕置きするなんて言ったら大変です。
そもそも、これからお仕置きしますなんて宣言してくれなくても
そのすごい形相で一目瞭然ですし、私もその場から逃げられれば
逃げて、しばらくは家に寄り付きませんから、そもそも我が家で
はこんな会話は成立しえないのです。

 そんなこともあって、実は、二人の会話を伯母さんの家に帰り
着く頃にはすっかり忘れていたのでした。

 ですから伯母さんに…

「健ちゃんも、もうすぐお家に帰ることだし、ここでのお勉強
がどのくらい進んだか、伯母さん、健ちゃんのお母さんにご報告
しなきゃいけないの。疲れてると思うけど、このテスト、やって
ちょうだいね」

 こう言われた時も…

『仕方ないなあ、伯母さん、うちのお母さんに頼まれたな』
 と、へんに納得してしまい、さしたる不審も抱きませんでした。

 ところが、
『何だこりゃあ』

 差し出されたテストに取り掛かってみると、何とそれは、どこ
の本屋さんでも売っている簡単なドリル形式のペイパーが三枚。
 確かにそこには制限時間二十分と書いてありますから、一時間
ということになるのでしょうが、正直言ってその時は、伯母さん
が僕を田舎者だと侮っていると憤慨しました。

 ですから、
 「終わってもここで待っててね。採点にいきますから」
 という言葉を無視。
 十七分で仕上げると、ろくに見直しもせず、早速、伯母さんを
探し始めたのです。

 「こんな問題に一時間もかかったなんてお母さんに報告された
ら僕だってお母さんからお仕置きだよ」

 ぶつくさ言いながら家中探し回りますが肝心の伯母さんの姿が
どこにも見当たりません。

 あちこち探すうち、普段は開いている渡り廊下の掛け金が下り
ていることに気づいたのです。

「この奥もあたってみるか」

 掛け金が下りているということは、入ってはいけない、または
入ってきて欲しくないという意思表示なのだということは九歳の
少年には通じません。

 私は内庭を取り巻く細い濡れ縁ずたいに奥へ奥へと分け入って
しまったのです。とにかく、一刻も早くテストが完了したことを
伯母さんに認めさせたい、それだけでした。

 すると一番奥の部屋で伯母さんの声がします。
 『やっと、みつかった』と思ったのもつかの間、伯母さんの声
が、いつもの明るい声とは違っています。どこか、陰にこもって
いて凄味さえ感じさせるのです。異様な気配を感じた私が、途中
からそうっと忍び足で近寄っていくと、声の内容は、香織さんに
対するお小言のようでした。

 カーテンの隙間からそっと覗くと、案の定そこには香織さんが
正座させられています。
 私はこの時になってやっと、伯母さんの「帰ったらお仕置きね」
という言葉が、私の聞き間違いではないことを知ったのでした。

 「あなた、先生から『四年生になると、お勉強がテンポアップ
しますから、何か一つでも習い事を整理した方がよろしいのでは
ないでしょうか』っておっしゃってくださった時に『そんなこと
ありません。習い事してても今の成績ぐらい維持できます』って
大見得切ったわよね。それって、できてるのかしら?予定通りに」

 「昨日も、ピアノの先生から、もう少し練習時間を増やしてく
ださいってお小言を頂戴したばかりよね」

「………」
 香織さんはうつむいたまま、何も答えません。

 私はこの時初めて香織さんがなぜ春休みにもかかわらず分刻み
のスケジュールに追われているのか知ったのでした。
 私も、いくつか習いごとを抱えてはいましたが、どれも親から
半ば強制されてのもので、やめさせてくれるなら、どれでも、即
やめていたでしょう。その点、香織さんは、自ら両立させたいと
いうのですから立派なものです。

 「健ちゃんが遊びに来たのは予定外だったかもしれないけど、
それにかこつけて、あなただって遊び歩いてない。健ちゃんが、
行きたいって言えば、あなたも一緒になって連れて行ってもらえ
ると思ってるんじゃなくて。そんなことでお勉強と習い事の両立
なんてできなくてよ。ピアノはやめてしまいましょう。べつに、
あなたはピアニストになるわけではないんだもの」

 「………」
 それまで静かに聞いていた香織さんの頭が激しく横に振られて
います。きっと泣いていたんじゃないでしょうか。私の所からは
後ろ姿しか見えませんでしたが、どこかそんな気がしたのです。

 「ピアノのお稽古に行くと、いろんな子に合えるのよ」

 彼女は私にそう言っていましたし、私も同感でした。習い事の
楽しみは、芸事が身につくということもありますが、それ以上に
学校では会えない友達ができることなのです。彼らは私に色んな
情報を提供してくれました。独楽の回し方、プラモデルの作り方、
買い食いなんてのもアフタースクールならではの楽しみなんです。

 東京に一人旅を思い立ったのも、実は東京から引っ越してきた
ピアノの友達の影響でした。
 その日のレッスンの前、先生に名前を呼ばれるまでのわずかな
時間。ちょうど病院の待合室で外来の患者さんたちがおしゃべり
をしている、あんな感じで、私たちは情報のキャッチボールを楽
しんでいたのでした。その短くとも貴重な時間を奪われたくない。
彼女もきっとそう思ったのでしょう。

 「いいわそれなら。あなたの楽しみを無理矢理奪っても勉強に
身が入らないでしょうし……。その代わり、もっときちっとした
生活をしてちょうだい。それから、感激屋のあなただから、浮き
浮きする気持ちはわかるけど今日のあなたは見ていられなかった
わ。玩具売り場では、まるで幼稚園児みたいな駄々をこねるし、
階段の踊り場では、お婆さんを突き倒すし、食堂に入ったときも
独りで金切り声を上げて騒いで……周りの人たちが何だろうって
見てたの気づかなかったの」

 健ちゃんがいたから遠慮したけど本当ならそれだけでもトイレ
へ引っ張っていってお仕置きしていたところよ。おまけに渋谷の
駅では泥のついた花壇に腰を下ろすわ、アランドロンのポスター
にキスするわ。あなた、いつからそんな破廉恥な娘になったの。
あなたはあの時、世田谷小学校の制服を着ていたのよ。大勢の人
が『あの子は世田谷の子だ』って見て通っているのよ。『世田谷
の子って、あんなことするのか』って思われたら、それはあなた
だけじゃない、お世話になっている学校全体の品位を、あなたが
汚したことになってしまうのよ」

 「だから制服なんて嫌いなんだ」
 思わず僕もつぶやきます。僕だって母や教師に同じようなこと
を言われ続けていましたから、自分の事でもないのにむっとして
しまったのです。

 『だいたい花壇に座ったっていっても、煉瓦の上で植木の上に
座った訳じゃないじゃないか。今日の香織ちゃんは、そりゃあ、
浮き浮きしてたけど、そんなに他の人に迷惑なんてかけてないぞ』

 僕は心の中で幾度も叫びましたが、恥ずかしながらその部屋へ
踊り込む勇気までは持ち合わせていませんでした。

 「ねえ、香織。世田谷小の子供らしく、もっとしゃきっとした
生活をするにはどうしたらいいかしらね」

 伯母さんは、その答えをあえて香織さんに求めたのです。こう
なると九歳の少女に逃げ道なんてありません。しばし沈黙のあと、
香織さんは重たい口を開きますが、それは、甘ったれて育った私
などには青天の霹靂にさえ思えるほどの信じられない言葉だった
のです。

 「お仕置きをお願いします。香織がもっと立派になるように、
お仕置きしてください」

 それは蚊のなくような小さな声でしたが、それにしても子供の
方からお仕置きをお願いするなんて、そんなの、田舎じゃ聞いた
ことがありません。私はあまりのことに、口を半開きにしたまま
茫然自失で事の成り行きを見守ることになったのでした。

 「そう、わかりました。本当は自分で自分を律する事ができれ
ば一番いいですけれど、あなたの年齢ではそれも難しいでしょう
から私がやってあげましょう。では、玉手箱を持ってらっしゃい」

 「はい、お母さん」

 香織さんは伯母さんが背にしていた仏壇の引出しから漆塗りの
文箱を取り出します。

 玉手箱とはきれいなネーミングですが、その中には、脱脂綿や
アルコール、無花果浣腸や艾といったこの家のお仕置きグッズが
入っていました。

 伯母さんは震える手で差し出されたその箱の中身を、一つ一つ
あらためます。それはたとえ箱の中身を全部使わなくてもそれを
香織さんに見せつけることで恐怖心をあおりお仕置きの実をあげ
られると考えたからなのでしょう。

 実際、
「ええっと、お浣腸は入っているわね。あなたも体がだんだん
大きくなるし、今度はもっと大きいものでなきゃ、効かないわね。
そうそう、そういえば幼稚園の時だったかしら、あなた、これを
水にすり替えたことがあったでしょう。あの時は、小さいくせに
なんて悪知恵がはたらくのかしらって、お母さん呆れたものよ。
………えっと艾は………あら、これ湿ってるわね。今度、天気の
いい日に干しておかなくちゃ。またいつ使うかしれないものね。
………アルコールは古くなってないわね。脱脂綿もちゃんとある
と………」

 こんな感じですから、全てをあらため終わる頃には、もうそれ
だけで香織さんは鳴咽を押さえきれなくなっていたのでした。

 「これでいいわ」

 玉手箱をあらためた伯母さんは、それまで敷いていた座布団を
二つ折りにして正座した膝の上に乗せると、その姿勢のまま香織
さんを待ち受けます。

 『さあ、いらっしゃい』というわけです。

 もうこうなったら香織さんもそこへ行くしかありません。
 ところが、意を決した香織さんが、膝を立てたまま伯母さんに
にじり寄り、座布団の上にうつぶせになろうとすると……

「あら、お願いしますは言えないのかしら」
 伯母さんは落ち着き払った低い声で娘の不作法を一喝します。

 私は香織さんがかわいそうで、そして伯母さんが憎くて恐くて
なりませんでした。今なら別の感情もありましょうが、その時は
私自身が明日は我が身の立場ですからね、とても対岸の火事とは
思えなかったのです。

 「どんなに辛くても、耐え抜いてよい子になりますから………
お仕置きをお願いします」

 正座して、両手を畳に着けて、もちろん香織さんの本心は別の
処にあるのでしょうが、それにしてもよく躾たものだと、今さら
ながら感心してしまいます。

 その香織さんが、お母さんの膝の上にうつ伏せになって乗ると、
座布団の分だけお尻が浮いて短いスカートから白いパンツが覗け
るようになります。

 伯母さんはその白い綿の実のようなパンツを軽く軽く叩き始め
ました。それは一見すると、遊んでいるのか、冗談なのかと疑い
たくなるほどゆったりと軽くなんです。
 そして、今までお説教したことを、いちから再び諭し始めたの
でした。

 「朝は何時に起きるの」(パシッ)

 「六時です」

 「ちゃんと起きることができますか。約束できますか 」(パシッ)

 「はい、約束します」

 「次はなにをするの」(パシッ)

 「朝のお手伝いです」

 「その次は」(パシッ)

 「お食事してからお勉強」

 「お勉強は何時から」(パシッ)

 「七時半です」

 「ちゃんと始められますか」(パシッ)

 「あっ………大丈夫です。ちゃんとやります」

 「あら、もう痛がってるの。お仕置きはまだ始まった ばかりよ」
(パシッ)

 …………………………………………………………………

 あまりに長くなるので割愛しますが、伯母さんは、まず最初に
春休みの日課のおさらいを、平手によるスパンキングで確認して
いきます。
 確かに、その一つ一つはたいした威力じゃありませんが、塵も
積もれば何とやら、日課を一通り確認し終わる頃には、香織さん
は、しきりに体を捩るようになっていました。

 経験者語るじゃありませんが、こういうのって痛がゆいんです。
おまけに、ほてったお尻は小さな衝撃にも敏感に反応しますから
本当は声を出して訴えたいくらいなのですが、それを口にする事
はできません。彼女としては、せめても身体を捩ることで、その
ほてったお尻の熱をさましていたのでした。

 「日課は、まだ覚えていたみたいね。でも、本当にできるの?
さぼったりしない」(パシッ)

 「しません。いやっ」

 香織さんのいきなり大声。本当は出してはいけない声です。

 「なにがいやなの。二十キロもあるあなたを膝の上に乗せてる
私の方がもっといやですよ」

 伯母さんはこの時を待っていたかのように、これまで香織さん
のプライドを守ってきたパンツまでも太股へ下げました。

 「あっ、いや」

 恥ずかしさと痛みで、当然、空いている右手はお尻をかばいに
走ります。

 けれど……

「ほら、なにやってるの。邪魔でしょ」

 伯母さんは香織さんがかばった手を捩じり上げると、用意して
いた脱脂綿にアルコールを含ませて香織さんのお尻を丁寧に拭き
始めます。

 いったい何の儀式でしょうか。
 ほてったお尻の熱が急速に奪われた香織さんは、前にもまして
体を捩るようになります。おまけに、それは小高い山の部分だけ
ではなく、深く切れ込んだ谷間にまでも及びましたから。

「あっ、あっ、ぁぁぁぁぁ」

 切なくも狂おしい鳴咽が三メートル離れた僕の耳にもはっきり
と聞こえました。

 「香織、何うろたえてるの。これはお仕置きなのよ。……もう
四年生にもなろうという子がお仕置きひとつ静かに受けられない
なんて……恥ずかしい声を出さないの。みっともないわね」
伯母さんは香織さんを叱りつけるのです。

 そして、

 「さあ、これからが本番ですからね。歯を食いしばって、よう
く痛いのを味わいなさい。そして、怠けたくなったら今日の事を
思い出すの。……どうすればいいか、すぐに結論が出るはずよ。
……さあ、いいこと。……ピアノはやめませんね」

 「はい」

 蚊のなくような香織さんの声の後に強烈な一撃がやってきます。

 (ピシッ)

 それは今までのとはまったく違っていました。スナップのきい
た本格的なやつです。

「………」
 香織さんは、我慢して声こそあげませんでしたが、お尻や太股
だけじゃありません、それこそ全身の筋肉を収縮させて反り身に
なります。

 きっと無意識に立ち上がろうとしたんじゃないでしょうか。
 でも、もちろんそんなことが許されるはずがありません。
 その体は伯母さんががっちりと押え込んでいるのですから。
 そして、やっと落ち着いたと思った瞬間には、また伯母さんの
声が……

 「では、お母さんとお約束したことを守ってピアノもお勉強も
家のお手伝いもやっていきますね」

 「はい」

 さすがの香織さんもこんな時は「はい」という言葉以外、何も
考えられないのでしょう。彼女の「はい」は、伯母さんの質問が
まだ終わっていないのに出た言葉でした。
 再び、峻烈な一撃がやってきます。

 (ピシッ)

「痛い」
 今度は声を上げずにはいられませんでした。本当は大声になる
はずだったのでしょうが、あまりの悲しみや絶望のために、その
声は擦れています。

 「女の子らしく、だらしのない生活はしない。分かってますね」

 「はい」

 (ピシッ)

 「いや、もうやめて」

 「本当にこたえているのかしら」

 「本当です」

 (ピシッ)

 「いやいや」
 香織さんは声だけでなく苦し紛れに頭を振ります。

 「今度約束破ったらどうするの?」

 「………」
 何でも言われるままに、「はい」という返事しか用意していな
かった香織さんは、しばし考えてしまいます。

 「どうするの」

 (ピシッ)

 「やめて、……ごめんなさい。お仕置きしてください。よい子
……良い子になるように、お仕置きをお願いします」

 「そう。でも、もうこんなに重くなった子を、私一人じゃ扱え
ないわね。今度はお父様にも手伝っていただくけど、それでいい
かしら」

 「………」

 「どうなの。ご返事は」
 ちょっぴりドスのきいた声。

 (ピシッ)

 「はい、お願いします」

 香織さんには最初からこの言葉しかありませんでした。
 『いいえ』とは言えないと分っていて、なお返事を渋ったのは、
やはり、力が強く異性であるお父さんのお仕置きは避けたかった
からに違いありません。

 結局、香織さんはいろんな約束をさせられたあげく、やっと、
スパンキングからは開放されましたが、その後もお小言は続き、
「今度、このような事があったら、浣腸やお灸も使いますからね」
と脅しまでかけられる始末。

 ただ、香織さんが再び正座して……

 「はい、分かりました」
 「今日はありがとうございました」

 と、伯母さんにご挨拶したあとは、その場の雰囲気も和らいで
いきます。

 伯母さんは正座した膝の上に、再び香織さんを呼び寄せると、
さながら幼児をあやすように目やにを取り、髪を撫でつけ、服を
整えて、娘が落ち着くのを待っていました。

 「(やれやれ一件落着だな)」
 私がそう思った瞬間のことです。

「!」

 伯母さんの目が私を見つめています。きっとカーテンの隅から
覗いているうちしだいに、知らず知らず、見やすい場所へと移動
してきたのでしょう。どんな馬鹿面さげて見ていたのかと思うと
今でも恥ずかしい気持ちでいっぱいになります。

 「あら大変、健ちゃんにテストをやらせてたわ。採点してあげ
なくちゃ」
 伯母さんは香織さんを私から隠すようにして小さな肩を抱くと
部屋を出て行きました。私もやっと伯母さんの呪縛から開放され
て一目散にその場を離れたのでした。

 「お待たせしちゃってごめんなさいね」
 伯母さんは、僕が部屋に戻って来てからほどなくやって来て、
さっそくテストの採点に取り掛かります。
 きっと、全てを知った上で僕が部屋に戻ったのを確認してから
入って来たのでしょう。まさに、大人の対応だったのです。

 『べつにそんなもの採点なんてしてくれなくていいよ』
 僕は心の中で呟きながら卓袱台で熱心に丸をつけてくれている
伯母さんを立ったまま尊大に見下ろしていました。

 と、その時、信じられないものが目に飛び込んできたのです。

 「(わっ、ヤバイ!)」

 最後の文章題で、小数点を打ち間違って計算しているではあり
ませんか。全身の血が凍り付き顔面蒼白。
 でも、今となっては後の祭りでした。

 伯母さんはその間違いを赤ペンで二三度叩くと青くなっている
僕の顔を確認してから同じような丸を一つ追加してくれましたが、
それで私のプライドが回復するはずもありません。

 「(何であんなことに。見直してりゃよかったなあ。こりゃあ、
お母さんに報告するかなあ。また怒られるぞう……『どうして、
あなたは、そういつもいつも注意力が散漫なの』って)」

 頭がパニックになっていた私は、しばらくはそんなつまらない
事ばかりを繰り返し頭の中で思い巡らしていたのです。

 ですから、
「ねえ、いつからあそこにいたの?あの濡れ縁は半分腐ってて
危ないのよ」

 「いつって………」

 「まいいわ。ねえ健ちゃん。あそこでおばさんと香織がやって
たことは白内(田舎のこと)に帰っても秘密にしておいて欲しい
の。約束できるかしら」

 「いいよ」
 私は伯母さんの要請をふたつ返事で請け合いましたが、それは
心に深く刻んで答えたのではなく、おざなりに返事を返しただけ
だったのです。


*****************(つづく)****



< 後編 >

 白内(郷里)に戻った私はまた普段の生活に戻っていました。

 小学校や近所でささやかれる私の評判は概して「ませたガキ」
とか「生意気な子」というものでしたが、それは、あくまで裃を
つけた表でのこと。実は家の中での私は大変な甘えん坊で片時も
母親のもとを離れようとしません。

 宿題も母が居間にいれば居間で台所に立てば台所でやっていた
のです。お風呂も一緒なら、寝る布団まで母と一緒という始末。
たまさか私が自分の部屋のベッドで寝る時は……

「そんなに悪い子はお母さんのお布団には入れてあげられない
わね」

 こう言われて、渋々自分の寝床に潜り込むというあんばいです。
ですから、その生活は幼稚園児並。もとより、あんな立派な香織
さんなんかとは比べるべくもありません。その代わりといっては
何ですが、母とは四六時中何かおしゃべりしていました。

 今回、東京へ行った思い出話も、色々あったはずなのに二日と
かからずネタが尽きてしまったのです。

 『他に何か言い忘れたことないかなあ。……ん~~やっぱり、
残っているのはあれだけかあ。でも、あれは……』
 さすがの私も、あの話をするのにはちょっと勇気がいります。

 それは、伯母さんに口外しないと約束したこともありますが、
これに刺激されて、お母さんが香織さん並のお仕置きを私に強制
しやしないか。そのことが何より心配でした。

 『だけど、やっぱり聞いてみたい。……ええい、言っちゃえ』

 悩んだあげく、(いっても5分ほどですが)私は素朴な疑問を
母にぶつけます。
 私はミシンを踏む母の背に向かって、こう切り出したのです。

 「ねえ、お母さん。お母さんは、僕をお仕置きするとき、僕に
『お仕置きをお願いします』って言ってほしい?」

 「え、何のこと」
  母の戸惑いは当然です。

 ですから、結局は香織さんの家で起こったお仕置きの一部始終
を洗い浚い母親に話して聞かせることになったのでした。

 「そう、そんなことがあったの。姉さんとこは旧家だし、香織
ちゃんは女の子だからね」

 「旧家で女の子だと、お仕置きをお願いしますって言わなきゃ
いけないの?」

 「そういうわけじゃないけど。お仕置きってやる方も辛いのよ。
だから相手の気持ちを慮って嘘でもお願いしますって言ってくれ
れば、やる方も少しは気が楽になるでしょう。そんな思いやりの
気持ちを持ってほしいからそうしてるんじゃなくて……」

 「僕には絶対できないな。あんなこと」

 「どうして?」

 「だって恥ずかしいもの」

 「それは香織ちゃんだって同じじゃなくって。だいたいお仕置
なんて恥ずかしいものよ。……それはそうと、あなたよくその場
に立ち会えたわね。香織ちゃんにしてみれば、その方がよっぽど
恥ずかしかったでしょうに」

 「香織ちゃんには見つからなかった」

 「見つからなかったってどういうこと」

 「カーテンの陰から覗いてたから」

 「いやだあ、それじゃあのぞき見してたの。だめじゃないの、
そんなことしちゃ。誰にも見つからなかった?」

 「伯母さんには見つかっちゃった」

 「じゃあ怒られたでしょう」

 「べつに怒ったりしないよ。ただ、このことを白内に帰っても
誰にも言わないでねって」

 「言わないでって、あなた、私にお話してるじゃない」

 「だって、お母さんはいつも隠しごとはいけないって」

 「それとこれとは話が別でしょう。関係ありませんよ。あなた、
いつからそんな簡単に約束を破る子になったの」

  母の雲行きが怪しい。
 これはやばいなと感じたのですが、あまりの急展開に私は心の
準備が間に合いませんでした。母はいきなり私の襟首をつかむと
……

「お座り」
 と言って正座させます。
 このあたり私の扱いは飼い犬のコロと同じでした。

 「あなたは、自分のしていることが分ってるの。あなたは香織
ちゃんの恥ずかしい姿を覗き見したあげく伯母さんとの約束まで
破ってるのよ。お母さん、あなたがそんなにだらしのない子だと
は思わなかったわ。あなたのおしゃべりは生まれつきだけど……
この分じゃ、私が口止めしたことまでよそへ行ってしゃべってる
んでしょうね」

「えっ!?」

 私は、すぐに「そんなことはないよ」と言いたかったのですが、
まったく身に覚えがないわけでもないので、すぐには言葉が出て
きません。すると、母はそれみたことかと言葉を続けるのでした。

 「そう、やっぱり。ご近所で何かと、うちの噂がたつから変だ
変だと思ってたけど、原因はあなただったのね。そんな危ない子、
うちにおいとけないわね。……そうだ、あなた、景子伯母さんの
養子になりなさいな。あそこ男の子がほしいって言ってたから、
ちょうどいいわ。さっそく電話してあ げる」

 母が立ち上がろうとしますから、私は慌ててしまいます。

「だめだよ」

 「なにが駄目なの。今なら新学期が始まったばかりだし、丁度
いいじゃないの。もっとも、あんたみたいなぐうたら坊主が香織
ちゃんちに行ったら毎日お仕置きでしょうから、毎日おサルさん
みたいなお尻をして学校へ行くことになるでしょうね。きっと、
評判になるわよ。田舎から赤いお尻のお猿さんが来たって……」

 「ぼくいやだよ。お母さんのところがいいもの」
  私はこの時すでに半べそをかいていました。

 九歳の少年にとって母親はまだまだ絶対的な存在だったのです。

 「私はいいのよ。あなたみたいに、口だけ達者な男の子より、
もっとおしとやかな女の子を養女に迎えるから……そう、それが
いいわ。女の子なら台所仕事ぐらい手伝ってくれるでしょうから、
何もしないあなたより、よっぽどましだわね」

 「だめ、電話しちゃ。伯母さんちなんか行きたくないだから。
お母さんの家にずっといるもん。お手伝いだってしてあげる」

 「してあげる?…結構よ。女の子ならさせていただきますって
言ってやってくれるもの。だって、あなた、いやなんでしょう。
私がお仕置きするとき、『お願いします』って言うの」

 「えっ……言えるよ。そのくらい」

 「じゃあ言ってごらんなさいな」

 「えっ……えっと、お仕置きをお願いします」

 「もう二度と覗き見はしませんって言ってからでしょう」

 「もう二度と覗き見はしません」

 「お約束は守りますもいるのよ」

 「お約束は守ります」

 「もう一度言ってみようか。二度と覗き見はしません。お約束
は必ず守ります。よい子になる為にお仕置きをお願いしますって」

 「えっ……そんな……」
 もうすっかり母のペースです。ほんの少し口篭もっただけでも
……

 「もう一度言ってごらん」

 「えっ、…また言うの?」

 「言いたくないのならいいわよ。伯母さんのところに電話して
あなたの荷物は明日にでも送ってしまいま すから」

 「そんなあ、言うよ。二度と覗き見はしません。お約束は守り
ます。よい子になるためにお仕置きをお願いします」

 「何だ、言えるじゃない」
 お母さんは勝ち誇ったような笑顔です。
 おまけに……

 「……そうかあ、そうやってお願いされたんなら……やらない
わけにはいかないわね」

  母はミシンの椅子に座り直すと膝を軽く叩いて私を待ちます。

 「えっ!」
 私は驚きましたが、もう諦めるしかありませんでした。

 母の膝にうつぶせになるのはどのくらいぶりでしょうか。
 以前は、身体が小さかったので、膝の上から見る光景が随分と
高く感じられましたが、今は手が床に着くくらい頭の位置が低く
なっています。ただ、火の出るほどの痛みだけは今でもはっきり
覚えていてその痛みの記憶が私の体をフリーザーにいれたお肉の
ようにこちこちにしていました。もう、半ズボンを脱がされても
何の反応も示しません。おそらくパンツまで脱がされたって何の
抵抗もしなかったでしょう。すべてはあの強烈な一撃を待ち構え
るために神経を集中していたのです。

 「さあ、いくわよ。ようく噛み締めなさいね」

 (パン)
 スナップの効いた強烈な一撃が、私の小高い丘に命中します。
それは母が私を押さえつけていなければ部屋の隅まで飛ばされる
ほどの勢いでした。

 伯母さんのように、始めはゆっくり軽くなんて母には通用しま
せん。始めから目一杯、それが母のやり方だったのです。

 「いいこと、覗き見は悪いことなの。分ってる?」
(パン)
「分ってるの!」
(パン)
「ご返事は!?」
(パン)

 「はい、わかりました」

 「伯母さんとの約束を破るのはもっと悪いことなの」
(パン)
「分ってますか?」
(パン)

「はい」

 「もう悪さはしませんか?」
(パン)

 「はい、しません」

 「本当に!?」
(パン)

 「本当です」

 「じゃあ、今度からお仕置きのときはお仕置きをお願いします
って言えるわね」
(パン)

 「え」

 「何がいったい「え」なの!」
(パン)

 この一撃はそれまでにも増して強烈でした。

 文字にすると、パンパンと書くだけで凄味が伝わらないと思い
ますが、なにしろ母は手加減というものを知らない人ですから、
一発一発がそれはそれは強烈だったんです。私はすでに荒い息を
ついていました。その息の根の奥からこう言うしかありませんで
した。

 「言います。お仕置きお願いしますって言います」

 「本当に?」
  (パン)

 「本当に約束します」

 「約束するのね」
  (パン)

 「約束します」

 ここまでくると母は満足したようでした。私を抱き上げ慎重に
自分の膝の上に乗せると、また何かされるんじゃないかと怯える
私の顔をタオルで丹念に拭いてから、おでことおでこを合わせ…

 「これでお母さんのよい子が戻ってきた。もう、おいたしちゃ
だめよ」

 物心ついた時から、最初のお仕置きの時から、これが我が家の
お仕置きの終わりを告げる儀式でした。

 「これであなたも香織ちゃんと同じになったわけだ。ついでに、
おしまいも『お仕置きありがとうございました』って言わしちゃ
おうかなあ」

 お母さんに悪戯っぽい笑顔でこう言われて、私は、ぽっと顔を
赤らめます。

 「いいこと健ちゃん、あなたがどんなに背伸びをしても私から
見ればあなたはまだ赤ちゃんの方に近いの。だから、もっときつ
いノルマを課して、もっと厳しい折檻で締め上げることだって、
やろうと思えばできるのよ。だけど、お母さんそれは望まないわ。
健ちゃんが今日一日のことを全部洗い浚いお話してくれる時間を
奪いたくないもの。それは香織ちゃんのお母さんだって同じよ。
お腹を痛めた子の悲しむ姿を見て喜ぶ母親なんてどこにもいない
はずだもん。ただ香織ちゃんの処は旧家だから、そこの娘さんと
して身につけなけばならない素養が、うちなんかより沢山あって、
それで大変なだけなの。あなた、香織ちゃんがお仕置きしますよ
って、お母さんに言われたのに平気だったって言ったでしょう。
あれはね、香織ちゃん自身、お母さんの様子を見ていて怒ってる
なあって随分前から知っていたはずなの。すでに覚悟があったの
よ。女の子っていうのはね、そんなことにとっても敏感なのよ」

 「だったら、やめればいいじゃないか」

 「それができないの。『これ以上やったらお仕置きになるなあ』
ってとわかっていても、どうしても自分の心を押さえられない時
があるのよ」

 「どうして」

 「どうしてかしらね。……それも、きっと香織ちゃんが女の子
だからかな……」

 「ふうん」

 「だけど、その香織ちゃんもあなたに覗かれることまでは覚悟
していなかったはずだから、このことは香織ちゃんはもちろん、
お友だちにも親戚の人にも誰にも言っちゃだめよ。あなただって
お尻を叩かれてるところお友だちに見られたくないでしょう」

 「分かった。もう誰にも言わない」

 私はこの約束を三十年間守ってきましたが、もうそろそろいい
でしょう。

 「ねえ、もうぼくを伯母さんの処へ養子に出したりしない」

 「当たり前じゃないの。そんなこと最初から考えてないわよ。
今日はちょっとからかってみただけ。神様からいただいた大事な
あなたを誰にも渡すもんですか。ただ、私もお姉さんみたいに、
『お仕置きをお願いします』とか『お仕置きありがとうございま
した』なんて言わすことができるかなあと思って試してみたの。
……大成功だったわ。ありがとう、健ちゃん。まだまだあなたは
私のかわいい赤ちゃんよ」

 まったくひどい話です。そんなことで私をはらはらさせたうえ
に一ダースもお尻をぶつんですから。

 しかし、そんな酷い人のパジャマをしっかり握り締めてでない
と寝つかれないのですから、やはり私の方がよほど困ったちゃん
なのでしょう。

*************************

 それから一ヶ月ほどたったある日、私は初夏の日差しを全身に
浴びてごろ寝していました。偶然、空いた時間をもてあますかの
ように畳の上を右にごろごろ左にごろごろ。その体と同じように
頭の中も、とりとめのない思いが浮かんでは消え、また浮かぶと
いうことの繰り返し。そんな時です。東京で起こった事件なども
ふと脳裏を掠めます。

 それは忘れたい思い出でした。大人になった今なら、小学生が
お尻をぶたれているのは対岸の火事で面白いかもしれませんが、
当時の私には明日は我が身となりかねない恐怖の思い出なのです。
ところがそんな思い出も、この五月の陽光の中に身を置いている
と不思議に何だか別の要素を含んで脳裏を流れていくのです。
 でも、それが何なのか幼い身にはわかりません。

 切なく悲しく、それでいて、何かわくわくするようなこの感情。
それがわからないままに、私は芋虫を続けていました。

 「!」
 と、気づけば、かすかに濡れているではありませんか。

 あわててパンツの中を確認すると、やはり……
 「!」

「あれ?オシッコ漏らしちゃった。恥ずかしいなあ」

 神経質な子は、病気になったんじゃないかと親に相談するそう
ですが、私はぐうたら坊主ですから、初めての射精も感想はそれ
だけでした。

 そして、あの切なさを今一度味わいたくて、ふたたび、五月の
強い日差しに身を任せたのです。

 夢想を続け芋虫を続け、しだいに夢路へと落ちていく心地よさ。
私の快楽はその後大いなる発展をとげますが、原点はここだった
ような気がするのです。


******************<了>****

                               99/ 3/07




6/16

6/16

 『ステファン卿の贈り物』は発表した当時もわりと評判がよく
て、「こんな作品、他にもありませんか?」なんてメールをよく
いただきました。
 ただ、私は本来、ラブスパンキングとか、恋愛小説とかが得意
なタイプではないので、ハイティーン以降の主人公は、ごくたま
に気の向いた時にしか描けないんです。
 こんな感じの作品がもっと量産できれば、読んでくれる人も
もっと多くなるんでしょうが……

ステファン卿の贈り物

<コメント>
 私の作品の中では、わりとまともな方です。(*^_^*)
 『何を基準にまともなんだ』って言われると困るんですが…

************************

        ステファン卿の贈り物

                     K.Mikami


 「ガチャン」

 という音とともにガラスの灰皿が割れる。

 私が安楽椅子に寝そべりながら薄目をあけて確認すると、犯人
はすでに床に膝まづいてその片付けにはいっていた。といっても
その手がてきぱきと仕事をしているようには見えない。

 破片を摘む指の震えが罪の重さを感じさせ、ひきつる頬と噛み
合わない唇はこれから起こるであろう我が身の不幸を自らに問い
掛けているかのようだ。

 おそらくはそうやって、自分の気持ちを高めているのだろう。

 『お仕置きして欲しいのか……かわらんなあ、おまえは……』

 ミー子が大型犬用の檻に入れられたまま、ここへ届けられて、
一年。この一風変わったところのある少女はその時と何も変って
いなかった。この家で最初に壊した灰皿も、彼女は同じ素振り、
同じ顔で拾い上げていたのだ。

 スカート丈の短いなす紺のエプロンドレスに、首に巻かれた臙
脂のリボンが妙に似合っている。彼女のリボンは喉に付けた金の
鈴の首輪なのだ。

 その鈴が私を気づかってかシャリン、シャリンと控えめな音を
たてているのがとても可愛い。思えば彼女とは不思議な縁なのだ。

****************************

 1998年のクリスマス。私は、商談を終えて帰国するところ
だった。すると商談相手が、

 「飛行機の中でクリスマスを祝うのも味気なかろう、一晩付き
合え」
 と言うのである。

 案内されたのはパリ郊外の瀟洒な屋敷、主人は男爵だという。
その時は仕事がまた一つ増えたと思うしかなかった。

 が、中の様子は私の想像していたものとはまったく違っていた
のである。

 乱交パーティーと言えば言い過ぎか。しかし、その表現もそう
遠くはない催しだったのだ。

 館の主、ステファン卿は『O嬢の物語』のモデルになった人物
と聞かされたが、その時はすでに好々爺といった感じで……その
せいか、若いというより、むしろ幼い少女を身近にはべらせては
楽しんでいた。

 そのうち、こうした催しにはつきもののショーが始まる。

 例えば、『懺悔聴聞僧や教師に扮した客が、少女の素行の悪さ
や怠け癖をなじっては懲罰を加える』といった寸劇を大真面目で
やってみたり……『どの娘のお尻を、どれくらい裸にして、何発
くらい、どんな鞭でぶてるか』を籤で決めたりするのだ。

 いずれもたわいのないことだが、それだけに場は盛り上がって
いた。

 そんななか、こうした趣向には一切参加せず、先ほどからステ
ファン卿のそばにべったりと寄り添って離れない少女がいた。

 『何もしないのに男爵の不興をかわないところをみると、老人
のお気にいりか。あの顔は日本人か?少なくとも東洋人だな』

 私は少女の第一印象をそのように見ていた。しかしそんな彼女
もやがて芸をしなければならないはめになる。客たちがこぞって
少女の芸を求めたのだ。

 彼女に課せられた課題は「マッチ売りの少女」だった。

 これは少女がマッチを篭に入れて紳士たちの間を廻り、マッチ
を一つ買ってもらうたびに客たちからの無理難題に応じなければ
ならないというもの。

 もとよりこういう席だから、求められることは破廉恥なことと
相場が決まっていたのである。

 例えば……

 「こう寒くては手がかじかんでマッチも擦れぬ。わしにはそん
な篭に入った冷たいマッチより、おまえのブラジャーやショーツ
の中でぬくぬくと暖まっているのをくれぬか」とか……

 「聞けば、そのマッチを暗がりで擦ると美しい幻影が現われる
そうではないか。いったいどんな夢が見られるのか試してみたい
ものだ。……おう、そうだ。お前のスカートの中の暗がりを私に
貸してはくれぬか」などといったたぐいだ。

 その紳士たちの無理難題に、少女はことごとく怯えてみせた。
実はその怯え、絶望の表情こそが彼女の芸だったのである。

 もとよりドンファンで知られる男爵が、この少女に手を付けて
いないはずがない。しかし、哀願する少女の姿は、まがう方なき
生娘と見えるのだ。

 『なるほど、これがあればこその男爵のお気にいりというわけ
か…』

 私はそれまでこうした乱痴気騒ぎに興味がなかったが、彼女の
出現で不思議に参加したい気になった。きっとサディストの血が
騒いだのだろう。

 「お嬢さん、私にも一つ売ってください」

 私が日本語で話し掛けると、とたんに少女の表情が一変する。
 それは、彼女がそれまで見せたことのない素直な驚き、不安の
表情だった。

 慌てたようにして「はい」という答えが返ってくる。

 異文化のこの地で東洋人が怪しげなことを密約しているなどと
勘繰られてもいけないから、日本語の会話はそれだけだったが、
今同じ日本人と知れたことで、彼女の表情にそれまでとは違った
色合が反映されるようになったのは確かだ。

 私は要求する。

 「最近、年のせいか手首が固くなってね、マッチを擦ろうにも
なかなか一回ではつかないんだよ。君、僕の手首が柔らかくなる
ように協力してくれないか……君のその柔らかなお尻で」

 そう言ってまもなく少女の顔に戦慄が走る。それは他の紳士達
に見せたのとは異なる少女の素顔だった。おそらくは私が日本人
と知って、夢から現実へ引き戻された思いがしたのだろう。

 少女は何も言わず男爵の元へと走り去ってしまう。ステファン
卿の背中に隠れ、恐々とこちらの様子を窺うさまはまるで幼女の
ようだ。

 私はステファン卿の前で片膝をつくと、国王陛下に臣下の礼を
とる騎士のように、深々と頭をさげた。
 もとより彼女は男爵のもの。私が少女を玉座の裏まで追い掛け
て行き、腕を引っ張って広間の中央へ連れ戻すことなどできよう
はずもないのである。

 「その儀は許せ」

 と男爵が一言のたまえば、それっきりだった。が、そこは遊び
慣れた粋人。
今度は本当に怯えているマッチ売りを私のもとへと帰してくれ
たのである。

 椅子に腰を下ろした私は彼女のお尻がステファン卿の方を向く
ようにして少女を膝の上に抱く。そしてスカートを捲るについて
目で合図を送り、ショーツをずらすについても、同じようにして
男爵に承諾を求めたのだった。

 …パン、………パン、………パン、………パン、………パン、
………パン、………パン、………パン、………パン、………パン

 始めはゆっくり軽く。しかし少女の顔はすでに真っ赤で涙ぐん
でさえいる。

 やがて…

 パン、……パン、……パン、……パン、……パン、……パン、
…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…パン、…

 少し間隔を狭く、強さも増してやると、声はまだ出ないものの、
可愛い双丘や小さな胸、お臍の下などが微妙に動き始めた。痛み
から逃げたいとする気持と自分の大事な処を観衆に覗き見された
くないという思いがぶつかって、この微妙な動きになっている。

 ……ぁ、……ぁ、……ぁあ、……あぁ、……ぁ、……ぁあ、…
ああ……ぁあ、……あぁ、……ぁ、……ぁあ、……ぁ、…ぁあ…

 それは、あまりに小さくて、最初、耳をそばだてていなければ
聞こえないほどだったが、必死に自分の大事な処を守ろうとする
叫びも、少女ならば美しく。
心地よい音楽となって私を陶酔させるのだった。

 パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、

間隔はさらに短くなって私も最後の仕上げ。スナップも、目一杯
きかせ始める。
しかし、こうなると体裁などかまってはいられない。先ほどの
羞恥心はどこへやら、足を激しく蹴り上げてはやみくもに許しを
乞い懺悔の言葉を口にするようになる。

 「あ~あ、やめて、……もう許して……もうたくさんよ………
ごめんなさい」

 最後の言葉はやはり日本語だった。

****************************

 それから一ヵ月後、すでに帰国していた私の所へ思わぬプレゼ
ントが届く。

 動物移送用の檻に入れられたその猫は、もうその時から臙脂の
リボンに金の鈴を喉に付けていたのだ。

 ステファン卿からの手紙には「おまえに会って以来こいつが芸
をしなくなった。一年の猶予をやるからおまえの責任でまた芸が
できるよう調教しなおせ」
 と書いてあったのだ。

 その約束の一年がもう間近に迫っていた。

 「ガシャン」

 再び灰皿の割れる音がする。さっきよりむしろ大きな音。私に
起きてほしいと願う音だ。

 「何だ、また壊したのか。おまえは、いったいいつになったら、
その粗相が治るんだ」

 私は、さも今それに気が付いたかのようなふりをして、いつも
どおりの演技を始める。

 パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、

「いやあ~いやあ~、ああ~、もうしないから。ごめんなさい。
もう許してよ~」

 しかし、そのあとが今日は少しだけ違うのだ。私は、ミー子が
私の膝の上でお尻をさすり、胸の中で充分に泣いたのを確かめる
と、椅子の下から一つの包みを取り出した。

 「何?、これ」

 「制服だ。高校の…」

 この時、ミー子の目が輝く。それは私を確信させた。やはり、
この子は高校に行きたいのだと…。そして、その確信が次の決断
へとつながる。

 「おまえをステファン卿のもとへは帰さない」

 「えっ!?」

 「おまえはこれからも私の処で暮らすんだ。そして、来年四月
からは高校へも通ってもらう。いいな」

 「…………私、…………」
 ミー子はそれだけしか言わなかったが、それで充分だった。

 「今のおまえの教養じゃ、私の話相手にもならんからな。……
それでいいだろう?」

 「来年って?、明日から来年よ」

 「あたりまえじゃないか」

 私の言葉にミー子の顔は破顔一笑といった体だ。

 「ミー子、来月から行きたい。一年生の三学期に編入させて…」

 「無理を言うな。だいいちおまえの学力じゃついていけないよ」

 「あっそうか。やっぱりね」

 ミー子が突然また不安げになるので、

 「大丈夫。これから四月までの間は、高校へ行っても困らない
ようにたっぷりしごいてやる。幸いおまえは頭からだけじゃなく
……」

 チリン、チリン、「ああ~ん、いやだあ~、ゆるして~」チリン、
チリン、「ああ~ん、恥ずかしいよ~~、いやあ~~」チリン、

 「お前は、ここからだって覚えられるんだからな、何も心配は
いらんよ」

 首に付けた金の鈴が可愛く鳴って、ミー子は憧れの制服を抱い
たまま、私の膝に再びもたれ掛かる。

 …パン…チリン…パン…「ああん」…パン…チリン「もう耐え
られない」…パン…チリン「ああん、だめだめ」…パン…チリン
「許してお願い」…パン

 2000年代の幕開けを告げる除夜の鐘がかすかに部屋に流れ
込むなか、私はそれでも笑みの消えないミー子の真っ赤に熟れた
お尻を、笑顔でもう一度、しっかりと叩き始めるのだった。

******* <了> *****************

       00/01/08


  

乙女の祈り

<ご注意>
 『乙女の祈り』なんて題がついてますけど、中身は男の妄想
です。女性にはちょっと……(^^ゞ
ただ、私の作品なんで、どのみち深刻な内容ではありません。

************************

          乙女の祈り

                       K.Mikami

 広い森の奥にそこだけ開けて小さな女学校があります。普段は
とても静かな場所ですが、今日だけは少し事情が違うようです。

 「カラン、カラン、カラン」

 放課後のチャイムが鳴り響いた直後、何処からともなくヘリコ
プターの音が……

 「バタバタバタバタバタバタ」

 それは森中に木精してやがて轟音とともに降りてきます。

「さあ、早く乗って。いいこと、緊急事態ですけどね、あなたへ
のレッスンはまだ終わっていませんからね」

 激しい突風の中をシスターが少女のお尻を押し上げてヘリコプ
ターへ乗せます。
 本当なら、今さっきまで先生にぶたれていたお尻が「痛い!」
って悲鳴を上げるところですが、文字通りの緊急事態。少女も、
そんなこと言っていられませんでした。

 「病院に着いたら学校に電話しなさいね」

 シスターは一人の少女を送り出しました。

 「バタバタバタバタバタバタ」

 一段と大きな音を残してヘリコプターが飛び立ちます。

 急病人でしょうか。
 実際、この学校にヘリコプターが飛んで来るのはそんな時しか
ありません。

 急患は確かにでていました。
 でも、それはこの少女ではなく、彼女の母親だったのです。

 『神様、どうかお母さんをお守りください』

 彼女は『ティンカーベル』と名付けた妖精の人形をしっかりと
握り締めると、さっきから、ずっと同じことを呟いています。

 『彼女の母親が飛行機事故で病院に運ばれた』という第一報が
学校に届いたのが今から三十分前。それに対し、学園長の英断で
ヘリコプターが呼ばれたのがその十五分後でした。

 ところがところが、そのさらに十五分後……

 偶然とは恐ろしいものです。
 今度は少女を乗せたそのヘリコプターまでもが……

 「おい、どうした。操縦桿がきかないぞ」

 少女にとっての唯一の救いは、墜落すると分かってから実際に
そうなるまでの時間がパイロットより短かったことでしょうか。
 ショックを受ける時間がそれだけ短いわけですから。

 「わあ~~~」

 パイロットの絶叫を残して、ヘリコプターは森の中へ。

****************************

 「大丈夫、アリサ。起きて、ねえ起きて」

 少女アリサを起こしたのは彼女が最後まで胸に抱いていた人形
のティンカーベルでした。

 「…………………」

 見るとそこはくすんだ黄色い世界。
 ごつごつした岩肌だけでなく、空も、川もすべてが黄色い世界
だったのです。

 「ねえ、ここはどこ?…天国なの?…それとも……」

 「どちらでもないわ。ここは黄泉の国よ」

 ティンカーベルが答えます。

 『これは夢だわ。きっとそうよ』

 彼女は心の奥底でそう悟りました。けれど、その夢は容易には
覚めてくれません。
 彼女がどんなに、『こんなの夢だ。目を覚まそう』と思っても
夢の世界のままなのです。

 『どうして覚めないのよう!』

 アリサに言い知れぬ不安が募ります。
 そして、ふと思いついたのです。

 「ねえ、ティンカーベル。あなた、お母さんのこと知らない。
ひょっとしたら、お母さんもここに来てるかも…」

 ティンカーベルに尋ねますが、彼女は首を横に振るだけでした。
 でも、そのうち思い出したように……

 「そうだわ、大王様ならひょっとして知ってるかもしれないわ。

 「大王様?」

 「そうよ、ここの主なの。……こっちへ来て」

 ティンカーベルはアリサの手を引くと、大きな岩山へとたどり
着きます。

 「大王様、お願いがあります」

 ティンカーベルが大きな声を張り上げて、大きな岩にむかって
叫びますと…

 「どう~れ」

 地響きとともに地面が揺れ、岩だとばかり思っていた地面は、
身の丈十米もあろうかという大男でした。

 「何の用じゃ」

 胡坐をかいた大男はその顔だけでもアリサの十人分はありそう
でした。

 「大王様、私の親友のお母さんを探して欲しいのです。この子
の母親が、今日、飛行機事故にあったみたいなんです。ひょっと
したらここに迷い込んでないかと思って……」

 「この子とは誰のことじゃ。わしは目が見えぬからな。この子
じゃわからんよ。……その子に言え。裸になるようにとな」

 「え!」

 アリサは驚きます。でも、拒否はできませんでした。
 ティンカーベルはもっと積極的です。

 「さあ、早くして。他に方法がないのよ」

 アリサが迷っていると……

 「嫌ならよいのだぞ。無理にとは言わん」

 大王様がへそを曲げてまた寝っ転がろうとしますからティンカ
ーベルは慌てます。

 「え~い面倒だわ。アリサ目をつぶって」

 ティンカーベルの方が先に決断して……

 「いやあ~ん」

 妖精は自慢の杖でアリサの服を全部脱がせてしまいました。
 それだけではありません。

 アリサを膝まづかせると、両手を後ろ手にして身体が動かない
ようにしたのです。おかげで、

 「いやあ、やめて……何するのよ」

 膝まづいているアリサの前面は最近肉付のよくなった太股から
萌え始めたばかりの下草を戴く三角デルタ、キュートなお臍やA
カップの胸、可愛いらしいピンクの乳頭に至まで、そのすべてが
大王様と直接向き合ったのでした。

 『いやいや、お願い。夢から早く覚めて…殺されちゃうわ』

 アリサは、友人との約束を守って目を閉じていましたが、今と
なっては、目を開けようにも恐くて開けられないというのが真実
だったのです。

 やがてその恐怖は、すぐに実感をもって訪れます。

 「ギャアー」

 アリサは何にでも悲鳴を上げる子ではありませんが、やはり、
これは特別でした。

 何と、大王様がその巨大な舌でアリサの前面を太股から額まで
ぺろりと一舐めにしたのです。

 ざらざらとした巨大な舌はアリサの足の指先から頭の天辺まで、
全身くまなく高圧電流を通しました。

 「死ぬ~~~~~~~~~~(でも……気持が……いいの)」

 アリサはショックのあまり、全身が硬直して身動きできません。
ですから、ティンカーベルが代わりに大王様と交渉します。

 「なに、黄泉の国に来ている母親を現世へ戻してくれだと……
しかし、それは規則違反じゃ」

 大王様がしばし考え込みますから、ティンカーベルはもう一度
アリサを膝まづかせ両手を頭の後ろで固定します。

 再び……

 「ギャアー~~~~~~(わあ~~~漏らしちゃってる。でも、
何て気持がいいの。とろけてしまいそうよ。もう一度やって~)」

 アリサはすでに腑抜けになっていましたが交渉事は進展します。

 「う~ん、わざわざ二人して黄泉の国まで来たのだからな……
助けてやらんでもない」

 大王様はその大きな舌の上にアリサの股間を乗っけて身体ごと
高々と持ち上げると、その舌を滑り台にして何度も何度も滑らせ
ます。

 そうやって、十二分に楽しんでから……
 二人に一台のタイムマシンを貸してくれる事になったのでした。

 そして……
 「これに乗って過去へ行き、おまえの母親が二十年前のこの日
に犯した罪を償えば許されるであろう」
 と言ってくれたのでした。

 「ありがとうございます。大王様」

 繭玉の形をした乳白色の機体はあっという間に過去の世界へ。
やがて雲の切れ間に現れたのは二十年前の聖愛学園でした。

 「カラン、カラン、カラン、カラン」

 学園の鐘が鳴るなか、遠くで聞き覚えのある声がします。

 「待って~」

 発車寸前のスクールバスに恥も外聞もなくお尻をさすりながら
駆け寄る少女。
 見ると、それは若き日のアリサの母、ケイトでした。

 『やだ、あれ、ママよ。今日は、終業式じゃないの。どうりで
下校時間が早いと思ったわ』

 未来の娘が空の上から眺めているとも知らず、ケイトは、家の
近くで男の子が近寄ってきて声をかけると、そのまま何処へとも
なく行ってしまいます。

 すると…

 「何よこれ」

 気が付けば、アリサは母の制服を着て、自宅玄関に立っていま
した。

 「いやよティンカーベル。こんなの」

 アリサはお空のティンカーベルに向かって叫びましたが……

 「仕方ないでしょう。やらなければ、あなたのお母様は助から
ないのよ」

 この時、ティンカーベルの声は天の声でした。
 でも、自分も母と同じ聖愛学園の生徒。これから何が起こるか、
もう分かってしまったのです。

****************************

 「お帰りケイト。何ぶつぶつ言ってるの」

 玄関の物音に気付いて母が…といっても、アリサにしてみれば
それは祖母なのですが…顔を出します。

 「さあ、シャワーを浴びておいで」

 制服を私服に着替えて居間に戻るとそこには紅茶とクッキーが
用意されていました。

 居間で一息ついたあと、母は少し引き締まった顔になって娘に
こう言います。

 「今日は終業式ね。覚悟はできたかしら」

 「…………」
 こう問われたって、いきなりの身代わりですからね。答えよう
がありませんけど……母は勝手に結論を出します。

 「そう、それでは、そろそろお父さまの処へ、ご挨拶に行かな
ければならないわね」

 『いよいよだわ』

 アリサの顔から見る見る血の気が失せていきます。
 でも、聖愛学園に通う少女たちにとって、これは逃れられない
運命でした。

 終業式の日、通知表をお父様に見せて、裁断をいただく。
 もちろん、成績がよければ問題ありませんが、悪い時はお仕置
です。普段はやさしいお父様もこの日ばかりは許してくれません
でした。

 『こんな大事な日に、男の子ととんずらだなんて……』
 アリサは開いた口が塞がらない思いでしたが、今さら、それを
言っても仕方がありません。
 腹をくくるしかありませんでした。

 母に連れられてやってきた父の部屋は西日のさす離れ。

 大学教授の彼は、山のような蔵書とうずたかく積み上げられた
煙草の吸い殻に囲まれて一日中ここで暮らすことも珍しくありま
せんでした。
 ですから、部屋の中に一歩足を踏み入れると煙草の煙が西日に
当たり父の姿さえ霞んで見える有様です。

 「お父さま、ただいま帰りました」

 父は、娘が傍らに正座して挨拶するまで仕事を続けています。

 「おう、帰ったのか。今学期は楽しかったか?……どうした?
……その顔では満足いかなかったみたいだな。とにかく、通知表
を出しなさい」

 言われるままにアリサはそれを提出しますが、その結果に父が
満足しないのは目に見えています。満足するような成績なら何も
母が自宅前から逃げ出す必要はないのですから。

 『何よ。あなたみたいに悪い成績を私は一度も取ったことない
ですって……でたらめもいいとこじゃないの』

 アリサは心の中でぼやきました。そんな娘の、いえ孫の気持ち
をよそに、彼は学校からの報告を顔色一つ変えずに一読します。

 「ケイト。まずは、お前が逃げ出しもせず、ここにいる勇気を
まずは誉めてあげよう」

 「ありがとうございます」

 「……しかしだ、これを見過ごす事は、できないよ」

 読み終えた父は椅子に座ったままで、その膝を軽く叩きます。
もう、あとはお定まりの光景でした。

 最初は軽く「パン、パン、パン」という小気味よい音の合間に
お小言が入ります。

 でも、時間が経つにつれ……

 「いやあ、やめて。御免なさい。良い子になります」

 という叫び声が部屋中、いえ、屋敷じゅうに木精します。

****************************

 もう耐えられないと思った直後、アリサは病院のベッドで目を
覚まします。

 お医者さんや看護婦さん、お父さんやシスター、それに、隣の
ベッドではお母さんも笑っています。

 「お母さん!!生きてたの」

 そう、二人とも別の飛行機事故で、しかも、二人とも奇跡的に
助かったのでした。
 ただし、放課後受けたお尻への鞭の痛みはまだ残っていました
が……

******************** <了>*****

                          99/08/03

          夏のタイムマシン

                      K .Mikami

 期末試験が終わった日の放課後、校門の脇に型式の古いサニー
が止まっていました。

 『どこかで見たことのあるような』と思っていると……

 「お嬢様、お帰りですか」

 窓が開いて顔を出したのは父でした。父はさっそく私を乗せて
ドライブに出発します。
 どういう風の吹きまわしかと思い、

 「どこへ行くの」

 と尋ねてみましたが、それには答えません。
 ただ…

 「久しぶりにタイムマシンに乗ってみたくなってね」

 と、ぽつり独言のように呟きます。
 普段は車庫に眠っているこのポンコツのどこがタイムマシンだ
というのでしょうか。
 怪訝な顔の私に、次はちょっと複雑な質問でした。

 「おまえ、今でも生まれた家が見たいか?」

 実は、運転している父は私の実父ではなく、三歳の時から私を
育ててくれた養父だったのです。

 「そりゃあ………」

 私は言葉を濁します。
 思春期に入った私は、最近、実父がまだ生きていると知って、
逢いに行きたくて仕方がありませんでした。

 でも母はそれには反対。というより、実父の消息は知らないの
一点張りでだったのです。
それが養父の方から尋ねられて………

 「………………」

 どう答えていいのか分からず車窓を眺めていると、父が話題を
変えます。

 「叔母さんの処、まだ通ってるの」

 でも、これも触れてほしくない話題でした

 ***************************

 「ぐえぇ、………うおぉ………あぁぁ」

 私の学校では喫煙が見つかると中庭にある噴水へ連れて行かれ
て口の中を洗わされます。
それも二三人のシスターに体を押さえつけられたまま、石鹸の
ついたタオルを指ごと口の中にねじ入れられて…

 「おえっ……うおっ………ぐえっ……」

 よほど入ってきた指に噛みついてやろうかと思いますが、それ
も後の祟りを考えると……

 「あぁぁ………ぐえぇ、………おえっ……うおぉ……あぁぁ」

 となると、あとは、ただただこんな感じで十分間、嗚咽を繰り
返すしかありませんでした。

 これ、一見ユーモラスに見えますけど、過去にはお漏らしした
子だっているほど苦しい体罰なのです。

 やっと終わって、園長室に戻ってくると、母が私を引き取りに
来ていました。平身低頭する母を見ていると、たかが煙草ぐらい
で、みっともないと思いますが、学園長に…

 「我校の品位を守るためには停学や退学も選択の一つです」

 なんて脅されたら、それもやむお得ないのかもしれません。
 いずれにしても、これで改心したのは、私よりもむしろ母の方
でした。

 「今日はここへ寄るわよ」

 その母が私を連れて帰る途中に立ち寄ったのが叔母の経営する
鍼灸院でした。

 「いやよ!私、もう子供じゃないのよ」

 だだをこねる私に母は切り札をきります。

 「そう、だったらお義父様にやっていただきましょう」

 我が家の場合は、これで一件落着でした。

 結局は鍼灸院の奥にある小部屋で私は再び悲鳴を上げることに
なります。
 叔母さんは正規の治療の他に、親に頼まれれば『お仕置やいと』
も手がけていました。

 「そう、あなたそんな悪さをするようになったの。それじゃあ、
お仕置やいとも仕方がないわね」

 『お仕置やいと』は治療ではありません。
 熱いと感じる処、安全な処ならどこでもおかまいなしにすえて
いきます。

 「あっ熱~い、いやいや、もうやめて~」

 大人二人によってショーツが剥ぎとられ、お尻のお山やお臍の
下の三角デルタはもちろん、蟻の戸渡りや膣前庭なんていうきわ
どい処までも、次から次に熱い火の粉が降ってきます。
 およそ水着で隠せる処ならどこでも灸点でした。

 「いや、お嫁に行けなくなっちゃう」

 抵抗する私に母はこんな冷たい一言。

 「大丈夫よ。こんな処、誰にも見えないわ。…それともあなた、
旦那様以外の人にもこんな処を見せるつもりなの」

 以来、一週間。期末試験中にもかかわらず私は毎日この鍼灸院
へ、お仕置やいとの為にだけに通わなければならなくなったので
した。

***************************

 「叔母さんの処、まだ通ってるの」

 父の問いに私はずいぶん間をおいてから、
「いいえ」と気のない返事を返します。

 本当は、母との約束、今日まででした。

 「ねえ、お義父さんは本当に私が生まれた家を知ってるの?」

 私の質問に父はこう答えます。

 「行きたいのなら連れて行ってやる。ただし、私の言うことを
素直に聞くならば……だが……」

「……………………………行きたい……」

 私がぽつりと一言呟いて、その日の行く先が決まったのでした。

 アイマスクをさせられたま高速を乗り継いで二時間余り、着い
た所は何処にでもあるような田舎の風景。その寂しい竹藪の脇に
車を止めて…

 「これからあのお宅でトイレを借りるからこれを使うんだ」

 父がそう言って差し出したのはなんと無花果浣腸。

 「え!」私は思わず絶句します。
 そして、色々頭を巡らしてから…

 「そこが私の生まれた家なのね。……でも、どうしてトイレを
借りるまねなんか……私、そんなことまでして行きたくないわ」

 でも、そんな主張は通じませんでした。

 「無条件で私の指示に従う約束だぞ。いやならいい。帰ろう」

 父には珍しく、不機嫌になって、せっかく来た道を戻ってしま
います。

 きっと思うところがあったのでしょう。
 気まずい雰囲気が漂うなか…

 「ごめんなさいお父さん。やっぱり、私、やるわ。生まれた家
が見たいの」

 私が折れるしかありませんでした。父を怒らせてしまった事も
ありますが、次のチャンスがいつ来るか分からないという不安も
あったのです。

 「絶対に振り返らないでね」

 私は後ろの席で本当にお薬を使うつもりでしたが、羞恥心が先
にたって、うまくできません。
 そのうち、

 「もう、終わったか」

 父が尋ねてきますから思わず、

 「ええ」

 と言ってしまったのです。
 すると、車は猛スピードで発進します。

 五分後、二人はかやぶき屋根の大きな農家の前に来ていました。
父は急いで私を抱きかかえようとしますが、車外に出る寸前に、
その手がふいに止まります。

 「だから、駄目だと言ったろうが!」

 父のこんな凄い形相は見た事がありません。
いきなり私のスカートを捲ると、ショーツに手をかけます。

 「いやあん、今からやるから…待って」

 私の言い訳に…

 「駄目だ。もうこれはお仕置だから静かにするんだ」

 そう言って持っていた無花果浣腸を三つ、私のお尻に差し入れ
ます。

 『だめ、だめ』

 私は心の中では叫び続けましたが、声にはなりませんでした。
あまりの事、あまりの早業に、すっかり怯えきっていた私は父の
なすがままだったのです。

 「すみません、娘が急に腹痛を起こしてしまって……トイレを
貸してもらえませんか」

 駆け込んだ家のトイレから出てくるまで、
 私はほとんど放心状態でした。

 そんな大芝居までうって借りたトイレなのに、私が、長い用を
足して出てくると、父の態度はなぜか一変していました。
 父はその家の主人とおぼしき人となごやかに談笑しています。

 「お嬢さんですか」

 その人はスーツを着込み、日焼けした様子もありません。聞け
ば田畑は他人に貸してご自分はサラリーマンとのこと。おまけに
家の中まで色々と案内してくれます。

 そして、最後に書斎へと案内された時のこと、
 そこで起こった出来事は、私を再び茫然自失に追い込んだので
した。

 「こいつも最近生意気になりましてね。親には平気で嘘をつき
ますし、この間も煙草を悪戯しましてね。……どうです、あなた
からもこの子を叱ってやってくれませんか」

 父のこの言葉に何らかの含みがあることは私も感じ取っていま
した。……でも、まさか……

 「由香、ここへ来なさい」

 父の言葉に私は無防備に近寄ったのです。
 すると、いきなり幼子のように膝にうつ伏せにしてスカートを
捲り上げます。

 「いや、やめて。ごめんなさい」

 恥ずかしさのあまり気が動転してしまい、父の膝で暴れ回って
いた私にはわかりませんでしたが、この最中、大人二人の間では、
しばし無言のやりとりがあったようでした。

 「…………そうですか」
 
 ぼそっとした小さな声をきっかけに、私の体は父がやっていた
のと同じ姿勢のままでこの家の主人に預けられます。

 「いやあ、なにすんのよ。やめて、やめて……ごめんなさい。
お父さん助けて……」

 その紳士は、お義父さんと同じでした。制服のスカートを捲り、
ショーツを下ろして、私のお尻を叩き始めます。

 「パン、………パン、……パン、……パン……パン、…パン、
パン、パンパンパンパン」

 始めはゆっくりでしたが、それが段々に早くなっていき……、
しまいには耐えられないほどに。

 でも父はその紳士にとうとう一度も『やめろ』とは言いません
でした。

 そんな衝撃的なことがあった帰り道。説明を求める私に、父は
何も語りません。次の一言を除いて…

 「実のお父さんからお尻をぶたれることは、恐らくもう二度と
ないだろうから、その痛みをようく覚えておくんだ」

 アイマスクの下、涙が止まりませんでした。

*****************<了>********

        99/8/14

催淫煙草

          催淫(さいいん)煙草

                          K.Mikami

 西暦2525年夏、光速貨物船ケイン号が二年の航海を終えて
地球に帰還する。乗員は船長の他、その妻と娘の三人。別段船長
一人でも運航は可能なのだが光速船という性格上家族一緒の方が
よいとの父親の判断だった。

 久しぶりの地球。十六才の娘ははしゃいで町に出る。ウィンド
ショッピングで街を散策し、ゲームに興じて時間を潰す。

 短い休暇。二週間後には再び宇宙に向けて出発しなければなら
ないのだ。

 「ソニア、ソニアじゃないの」

 町中で娘は呼び止められた。

 「ジャヌス、あなたジャヌスなの」

 二人は顔を合わせるなり抱き合う。二人は幼なじみなのだ。
 カフェテラスに場所を移し、おしゃべりに花を咲かせる。

 と、そんななかジャヌスがさりげなく煙草に火をつけた。

 「やめなさいよジャヌス。人が見てるわ」

 ソニアの言葉にジャヌスは怪訝な顔をする

 「どうして?」

 「だって私たち未成年だもの」

 「え?…………何言ってるの」

 ジャヌスはソニアの言っている意味が最初 分からなかった。
しかし、その謎はすぐに解けて、

 「そうか、あなたタイムマシンに乗ってるんですものね。だか
らまだ未成年なのよ」

 ジャヌスが少し馬鹿にしたように笑う。

 ご案内のように光速で飛ぶ宇宙船の中では地球との間に時間差
が生じる。光速船に乗り込んでいたソニアにとっての二年間は、
地球で暮らすジャヌスには七年分にあたるのだ。

 「成人してたんだ。いいなあ。私が成人できるのは、あなたが
お婆さんになる頃ね」

 「ちょっと、変なこと言わないでよ。それよりさあ、……これ
……あなたも吸ってみなさいよ」

 ジャヌスはバッグの中から新たにシガレットを一箱取り出す。

 「私はいいわ。パパがうるさいのよ」

 「そう言わず騙されたと思って試してよ。これは煙草といって
も成分がまるで違うの。眠れない夜にはこたえられないわよ」

****************************

 ケイン号は短い休暇を終えると、ソニアが持ち帰った煙草を乗
せて再び宇宙へと旅立つ。
 そうなると、ソニアにとってはまた退屈な日々の始まりだった。

 宇宙船にはバーチャル室というのがあって、特殊なゴーグルを
かけてそこへ入ると、さながら学校のような雰囲気で学ぶことが
できる。

 コンピューターによって映像化された先生が授業を行ない、取
り囲む友達はソニアの為に授業のヒントを出してくれたりもする。

 もしソニアが授業に集中していなければ、まず、映像化された
少女たちの誰かが先に欠伸をしたり、悪さをしてお仕置を受ける。
 そのことでソニアにあらかじめ注意喚起をしてくれるのだ。

 すべてはソニアを飽きさせない為の父親の工夫だった。
 しかし、長い宇宙船暮らしに飽きていた彼女はなかなか授業に
身が入らない。

 そんな時、思い出したのがジャヌスにもらった例の煙草だった
のである。

 「『催淫タバコ~マゾヒスト用~』か…」

 ジャヌスの忠告にしたがい、ソニアは眠れない夜にそれを一服
試してみた。

****************************

 「………あぁ~……あぁぁ……んんん…」

 それは不思議な気持ちだった。たった一口吸っただけなのに、
ジャスミンの甘い香りが口一杯に広がり、たちまちえも言われぬ
気分になる。

 二口目。すでにソニアは幻影を見ていた。

 遺伝子に刻まれていた遠い過去の記憶。
 彼女の祖先たちが負ってきた様々な女の業が、まだ幼い少女の
脳裏に鮮やかに蘇る。

 魔女狩りの業火に焼かれる少女を見ながら欲情する異端審問官。
 夫が覗いていることを承知で、不倫相手と情事を行なう人妻。
 男の子を玩具に自らを慰める貴婦人などなど。

 頭の中が先祖たちのしでかした性の強欲で満たされていくのだ。

 「あああああああああああああああああ」

 彼女はとめどもない吐息をついてベッドに倒れ込んだ。

 目が眩み、頭がかあっと熱くなって、切ない思いが下腹部から
這い上がってくる。こんな気持はもちろん初めてだ。

 「何よこれ…もう、二度とごめんだわ」

 しかし、この直後の悔恨の情は、時間がたつと再びあの煙草を
求める気持へと変わっていく。

 二本目に手をつけたのは最初に吸った日から五日後だった。

 「あああああああああああああああああ」

 効果は変わらない。この時も吸った直後は二度とやりたくない
と思ったのだ。しかし……

 三本目に手をつけたのはその三日後。

 「あああああああああああ~、いいわあ」

 後はもう毎日の習慣になっていた。

 「ああああああ~、いい、最高の気分よ」

 しかもソニアの幻想はやがて煙草だけでは飽きたらなくなって
くる。

 『火あぶりの少女の目、あれは一種の快感を感じている目だわ。
……夫に見られながらいけないSEXをする気分って………ああ、
私も少年たちをああやってかしずかせたい』

 彼女は先祖達が体験したサディスティクな、あるいはマゾヒテ
ィクな快楽を何とか自分も追体験できないかと願うようになる
のだ。

 とはいえここは宇宙の真ん中。家族の他は誰もいない宇宙船の
中だ。利用できるものと いえば………あれしかなかった。

 ソニアはバーチャル授業でわざと悪い子を演じてみせる。欠伸
をし、黒板を見ない。授業もなるだけ聞かないように努めるのだ。

 やがて周囲の女の子たちが次々にソニアと同じ行動を取り始め、
その子達が一人また一人とお尻を叩かれるようになっても彼女は
自分の行動を改めようとしなかった。

 「ソニア、前へ出なさい」

 ついにコンピューターが断を下す。
 それは何年ぶりのことだろうか。幼い頃はともかく最近は記憶
にない。

 「鞭は好みませんが、眠気覚ましにはなるはずです」

 ソニアは恐る恐る体を前に倒す。手の指が足の爪先に届くくら
いまで前屈するのだ。

 「ピシッ…………ピシッ…………ピシッ」

 やや時間をおいて軽い電気ショックが三つお尻を叩く。

 「うっ…………あっ……………おっ……」

 それは成長した彼女にとって声を出すほどの衝撃ではないが、
催淫煙草を吸ったあの時の感覚を思い起こしながら受けたので、
思わず声が出てしまう。ソニアの体には電気鞭に合わせてむしろ
切ない快感が走っていたのだ。

 こうして鞭で火照った体を冷まさないように授業を終えると、
さっそく自室のベッドでオナニー。
 催淫タバコが切れてからも、これが彼女の密やかな楽しみとな
ったのである。

 とはいえソニアが毎日授業を妨害したわけではない。そんな事
をしたらたちまち両親に良からぬ行ないがばれてしまうからだ。

 毎回、日をおいては、少し派手に暴れて鞭のお仕置をもらう。

 親に問いつめられると……

 「今月ちょっと重くていらいらしてたの」

 と、メンスのせいにして取り繕った。

 初めは三つだった鞭の数もやがて一ダー となり二ダースへと
増えていくが、それもより強い刺激を求めるようになったソニア
にはむしろ好都合だった。

 ところが、悪いことというのはそう長くは続かない。ソニアの
情緒不安定に疑念を持った母親が娘の体を精密検査してみると、
例の煙草の成分が出てきたのだ。

 「知らないわよ。そんなの」

 ソニアはしらをきり通そうとしたが、部屋に隠していた煙草の
空箱が見つかってはどうしようもなかった。
 当然、父親はカンカン。

 「パン、パン、パン、パン、パン、パン」

 その晩、子供部屋では乾いた音が軽やかなリズムで響き渡る。
 ソニアが幼い子のように父親の膝に乗せられてまだ発育途上の
お尻を叩かれているのだ。

 「ああん、やめて、もういや、だめだめ」

 ソニアが泣き言を言うと父親は…

 「何が駄目だ。おまえには厳しい折檻がいるんだ。生半可な事
じゃあ、かえってそれを不純な気持ちに取り違えるだけだからな」

 父親は巌として受け付けない。そればかりか、スパンキングが
終わると部屋の隅に三十分ほど剥き出しのお尻のままで立たせて
から、

 「そんな不純な気持ちを叩き直すには親の折檻がどれほど辛い
ものか、身を持って知るのが一番だ。……そうだろう、ソニア」

 彼は、怯えて条件反射のようにうなづくソニアを部屋の中央に
引き戻すと、椅子の床板に両手をつかせてお尻を高く上げさせる。

 「ピシッ」

 籐鞭が一閃。

 「『今の私には、厳しい訓練と本当のお仕置が必要です』……
そうなんだろう、ソニア」

 父親の再度の言葉は少女には脅しに近い。
 だから、ソニアは、か細い声で「はい」と答えた。
 すると、

 「だったら、復唱しなさい。……『今の私には……』」

 「今の私には……」

 「『厳しい訓練と……』」

 「厳しい訓練と……」

 「『本当のお仕置が必要です』」

 「本当のお仕置きが必要です」

 「よし。ならお前の希望通りにしてやる」

 あとはもう父親の思うがままだった。

 かくしてバーチャル授業のソフトは超ド級の厳しいものに書き
替えられ、少しでも脇見をしたり悪い点を取ろうものならすぐに
椅子の床板に電気鞭が走って飛び上がる事になる。

 放課後も山のような宿題や百行清書に追われ、寝るまでの間に
自由時間はほとんどなし。

 おまけに、寝る前には必ず父親のスパンキングを たっぷりと
受けたうえに、オナニー防止用の貞操帯まで穿かされる徹底ぶり
だったのである。

 「これでこの子の不純な心も取り除けた」

 父親はすっかりおとなしくなった娘を見て満足そうに胸を張る。

 ただ、その後のソニアが父親の期待通りに育ったかどうか……
 それは定かでない。

***************** <了> *******

第5章 / §1 ブラウン家の食卓

           カレンのミサ曲

********** < 登場人物 > **********

(お話の主人公)
トーマス・ブラウン
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<使用人>
ニーナ・スミス
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品
ベス
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
ダニー
……下男(?)カレニア山荘の補修や力仕事をしている。
アンナ
……カレニア山荘で長年女中をしている。
グラハム
……カレンの前のピアニスト

<里子たち>
リサ
……(2歳)まだオムツの取れない赤ちゃん。
サリー
……(4歳)人懐っこい女の子。
パティー
……(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋。
マリア
……(8歳)品の良いお嬢さんタイプ
キャシー
……(10歳)他の子のお仕置きを見たがる。
アン
……(14歳)夢多き乙女。夢想癖がやや気になる。
ロベルト
……(13歳)端整な顔立ちの少年
フレデリック
……(11歳)やんちゃな悪戯っ子。

<先生たち>
ヒギンズ先生
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。
コールドウェル先生
……音楽の先生。ピアノの他、フルートなどもこなす。
シーハン先生
……子供たちの国語とギリシャ語の先生。

****************************

< この項では『お仕置き』の記述がありません。あしからず、
ご了承くださいませ m(__)m >

第5章 ブラウン家の食卓

§1 ブラウン家の食卓

 その日、カレンは食事に招待された。

 『招待』という言葉は、少し大仰に聞こえるかもしれないが、
ブラウン先生は本来爵位のある家の出であるため、実家の習慣を
そのまま引き継いで食事をする場合は、たとえご自分のお子さん
でもテーブルマナーもおぼつかないような歳の子供たちとは同じ
テーブルを囲みまないのが普通で、芸術的なあるいは知的な仕事
をするために雇っている家庭教師のような場合でも、主人が招か
ないのなら、その席に着くのが当然ではなかった。
 招待が必要だったのである。

 日本の旧家でも、昔は当主と長男だけが他の家族とは別の部屋
で食事をし、そこの奥さんのお給仕で食事をしていたらしいので、
それと同じ感覚なのだろう。

 ちなみに、こうした身分のある人たちにとっての夕食は家族の
社交場。日常的な食事でもそれなりに衣服をあらためて席に着く
のが当然のしきたりだった。

 「えっ、こんな立派な服を…私が着るんですか?……今日は、
何かあるんですか?」
 女中のアンナが用意したドレスに袖を通したカレンは驚く。

 カレンは本来ベルギー人だが、生まれも育ちもざっくばらんな
アフリカ、ニジェール育ち。服をあらためて食事をしたことなど
なかったのである。

 「何もありゃしませんよ。だけど、ご主人様からお食事に招か
れたんですよ。あなただって、ドレスアップしなきゃ失礼ですよ。
あなただって、そのくらいの常識はあるでしょう」

 「それは……」

 カレンはこの時になって初めて、自分がこの家では女中の身分
でない事を実感したのだった。

 「でも……わたし……テーブルマナーとか……」

 カレンがアンナから着付けを手伝ってもらううち、苦しい胸の
内を語ると、彼女は明るく笑ってこう切り返す。

 「大丈夫ですよ。そんなこと。先生はそんなこと咎めないから
……何なら、手づかみでもいいのよ」

 「えっ……」

 「食卓に行ってみればわかるけど、あそこにはそんな人たちが
たくさん来るもの」

 「まさか……」

 「ホントよ。リサなんて、自分で何か食べる時はたいてい手づ
かみよ」

 「リサって……たしか……まだ、二歳の赤ちゃんじゃ……」

 「そう、その子よ。あの先生は変わり者でね、テーブルマナー
もわきまえないような子がなぜか大好きなの。とにかく、みんな
で一緒に食事をなさりたがるの。この間もサリーが先生のお膝の
上でお漏らしたけど、先生、別段怒らなかったわ。……何なら、
あなたもやってみる?」

 「…………」

 「だからさ、ここではかしこまることなんて何もないわ。素の
ままの自分でいいの。先生は貴族のお家柄だけど、堅苦しい事は
お嫌いだもの。いつぞやはリサのオムツまで取り替えようとなさ
って……さすがに『それだけはおやめください』って、こちらが
必死に止めたくらいよ」

 「お子さんがお好きなんでね」

 「昔、戦争に行って鼠径部を負傷されたとかで、お子さんには
恵まれなかったみたい。それで、奥様がご存命中から里子を引き
取って育てられてたけど、今は、むしろその頃より増えてるわね。
……………さあ、できたわ」

 カレンはアンナから腰をひとつ叩かれて送り出された。

****************************

 カレンが恐る恐る食堂に入っていくと、そこには大きな一枚板
のテーブル、蜀台、硬い座面の背もたれ椅子が並んでいる。

 すでに半数ほどの椅子には主がいて、見知った顔も見知らぬ顔
もいる。

 豪華な調度品のようなものはなく、飾りらしい飾りはないが、
周囲の壁には子供達の笑顔の写真や似顔絵がまるで聖人を祀る様
に飾られ、上座の奥には大きな聖母子の油絵が一枚だけ掲げられ
ている。
 とてもシンプルで質素な造りはまるで修道院の食堂のようだ。

 見なれない顔に怯え、聞きなれない声にがおどおどしていると、
上座の奥から聞き覚えのある声がした。

 「おう、カレンが来ましたよ」

 この部屋の一番の上座、聖母子の真下に陣取っていたブラウン
先生が上機嫌でカレンを迎え入れる。
 この時はすでに、ラルフやコールドウェル先生、そしてアンも
やはり盛装してそこに座っていた。

 「お招き、ありがとうございます」

 カレンは、見よう見まねでスカートを両手で摘んでひざを軽く
折って挨拶する。

 「美しいですね。あなた、エプロンドレスも素敵ですが、こう
した衣装も晴れますね。アンナですね。やはり、女性は、女性が
見立てないないといけませんね」

 ブラウン先生はさも満足した様子でしばしカレンを眺めていた
が、そのうち……

 「さあさあ、ここがいいですよ。私の隣へお座りなさいな」

 ご自分の隣りの椅子を指名してカレンを座らせ、いつもの調子
で尋ね始めるのだった。

 「村の様子はどうでしたか?」

 「まだ、そこまでは…山荘をラルフさんに案内されただけです
から……」

 「どうですか?いいところでしょう。あなたもきっと気に入る
と思いますよ」

 「あのう、私はここでどのように暮らせばいいんでしょう?」

 「どのように、とは?」

 「どのようなお仕事をすれば……」

 「そうですねえ。当面は自由にしていればいいんですよ。……
あなたは私の大事なお客さんなんですから……できれば私の寝間
でピアノを弾いて欲しいとは思ってますが、それも義務ではあり
ません」

 「えっ……」

 「いやですか?」

 「いやだなんて……」

 「だったらそうしてくださいな。……仕事はおいおい出てくる
でしょうから」

 先生は笑顔を絶やさない。しかしカレンにしてみれば、あまり
にも結構すぎて、むしろ不安になっていたのである。
 そんな曇り顔の少女の胸のうちを察したのだろう。先生はこう
も続ける。

 「ただ、心配なこともあるんですよ」

 「えっ……」

 「あなたには才能がある。それは誰もが認めるところでしょう。
……が、しかし、いかんせんあなたはまだ若い。だから、すべて
において経験不足だ。そこで、私としてはここにいる間に色んな
経験を積んで欲しいんです」

 「……けいけん」

 「そうです。……つまり……その、何て言うか、有り体に言う
とですね、ここにいる子供たちと同じように、あなたにも教育を
受けて欲しいのです」

 先生は少し言いにくそうにはにかんだ。年齢的には学校を卒業
していておかしくないカレンに、生徒に戻れと言っているだから
先生としてもそこは恐縮したのである。

 「もちろん、歳相応の配慮はしますよ」

 「…………」
 先生のお話にカレンは戸惑った。

 『てっきり女中として連れてこられたとばかり思っていたこの
地で、生徒として暮らすというのはどういう事だろう?』
 カレンに先の事などまったく分からない。

 しばし、考えたあとで……

 「それって、ここの子供たちと同じ立場ということでしょうか」
 と、尋ねてみると……

 「まあ、立場は似たようなものかもしれませんね。使用人では
ないですし、かといって教師というわけでもありませんから……
ただ、君はここでは一番の上のお姉さんになるわけですからね。
仕付けられる方じゃなくて、お姉さんとして下の子たちの面倒も
みてくれるとありがたいんですよ」

 カレンは先生のこの言葉で、おぼろげながらもここでの自分の
立場を把握できた気がしたのである。

 「先生、こっち向いて」

 突然、聞き覚えのある声が……
 気がつくと、いつの間にかキャシーが先生の膝に乗って遊んで
いる。それは、自分の部屋に置いてある大きなぬいぐるみに戯れ
て、独り遊びをしているようだ。

 『いつもは、先生と、こんな関係なんだ』
 カレンは思った。

 キャシーは先生に単に抱きつくだけではない。先生がカレンと
話し合っている最中も、その膝の上でお尻を浮かして飛び跳ねた
り、先生の大きな右手を自らの両手で頭の上まで持ち上げ、自分
で自分の頭をなでなでして……

 「良い子、良い子」
 まるでで呪文のように繰り返している。

 もちろん、今はちゃんとパンツを穿いてはいるが、激しく膝の
上ではしゃぎ回るから、短いスカートが擦れて、たまにパンツが
丸見えになっていた。

 ただ、彼女がそれを気にしている風もないし、先生もまたこの
まとわりつく竜巻を気にしていなかった。

 その光景は無邪気そのものだったのである。

 「ほら、キャシー、今日は君の順番じゃないだろう」

 見かねたウルフが、キャシーの両脇を抱えてその身体をごぼう
抜きにする。

 「さあ、キャシー、今日は僕の席でご飯を食べよう」

 ラルフはこう言ってキャシーを連れ去ろうとしたが……

 「いやよ、絶対にいや。下りる。私、降りるの!」

 彼女が身体全体を使って抵抗したために、ラルフは、仕方なく
その場に下ろしてしまう。

 「私、カレンお姉ちゃんのところがいい」

 突然、こんな我がままを言い出したのだ。

 「ねえ、いいでしょう。ここで……」

 キャシーはブラウン先生のズボンを引っ張った。
 そこには今日の主賓であるパティーが、すでに先生のお膝の上
に座っている。

 パティーはキャシーより2つ下の女の子。しかし、それより何
より彼女は先生のお膝の上でも、まるでお人形さんのようにおと
なしいのだ。
 そんな彼女をブラウン先生はまるで台風の嵐から守るかのよう
にして愛おしそうに抱きしめている。

 「わかった、キャシー、なら、好きにしなさい。そのかわり、
お行儀よく食事するんだよ。お姉様のドレスを汚さないように」

 話が決まると、キャシーはさっそく自分専用に作られた椅子を
自ら運んできた。

 テーブルの高さは変えられないから幼い子供たちはそれぞれに
自分の身長にあわせた椅子を持っているのだ。
 お父様のお膝をお椅子として食事ができるのは、10歳以下の
子どもたちだけの特権。しかもそれが行使できるのは数日に一度
だけだった。

 「今日の糧をお与えくださった主に感謝します」

 ブラウン先生の声に唱和してテーブルを囲む全員がお祈りの声
を上げて、食事は始まる。

 コールドウェル先生が一人食卓から離れてピアノを弾くなか、
あらためて見渡せば、先生のお膝からあぶれた幼子たちも、例え
ばラルフだつたり、お姉さんであるアンだったりが、やはり自分
の側にその子たちを置いて世話を焼いているのだ。

 こんな光景、前にいたサンダース家では見たことがなかった。

 大人の社交場でもある夕餉の席に幼い子供が入り込むこと自体
他家なら許されないことだろう。

 そんなことに目を丸くしていると、涎掛けを自分で身につけた
キャシーがさっそくカレンに注文を出す。

 「ローストチキンとって……ライ麦パンとピクルスも……」

 矢継ぎ早の注文。カレンは戸惑いながらもラルフやアンの様子
を観察しながら、自分も同じように前に並んだ料理を取り分けて
やる。

 キャシーの前にあった空の皿は、たちまちたくさんのご馳走で
山盛りになっていくが、カレンの仕事はそれだけではなかった。

 キャシーがいきなりカレンの鼻先へスプーンを持ってくるから
『何事なのか?』と思っていたら……
 どうやら、これでスープを飲ませて欲しいという事らしかった。

 「(呆れた、あなた、もう赤ちゃんじゃないでしょう)」

 カレンは当初そう思ったが、助けを求めた当の先生自身がそう
やって膝の上のパティーに食事をさせている。
 ラルフもアンも同じことをしているのだから、自分だけが拒否
もできなかった。

 「(仕方がない。やってやるか)」

 離乳食を頬張る赤ん坊のようにキャシーは満足した笑顔だが、
彼女の欲求はそれではおさまらない。

 一通り食い散らかした彼女は……

 「だっこ」

 今度は、そう言って両手をカレンの方へ突き出したのである。

 もう、やけ……
 「はいはい、赤ちゃん、抱っこしてほしいのね」
ため息交じりにそう言ってキャシーを抱こうとした時だった。

 「キャシー、今日は抱っこはできませんよ。カレンのドレスが
皺くちゃになっちゃいますからね。我慢しなさい」

 ここへきて、ブラウン先生が初めて助け舟を出してくれたのだ。
が、それにしてもブラウン家は幼い子に対しては凄まじいほどの
甘やかしぶりだったのである。

 最後にデザートが運ばれてきた。

 「アイスがいい」

 デザートのアイスクリームも、当然、カレンがひと匙(さじ)
ひと匙すくってキャシーの口元へはこんでやる。

 「おいちい?」
 カレンがわざと幼児語で尋ねると、
 「うん」
 キャシーは満面の笑顔だ。

 こんなことをしているから、カレン自身はあまり食事ができな
かった。

 「(あ~あ、食べそびれちゃったわね)」
 下げられていく食器を見送りながらそう思った時だった。

 「えっ!どういうこと?」

 チビちゃんたちが去った食卓に、今度はまた新たな料理が運ば
れ始めたのである。

 実は、これからが大人の時間。
 そして、ここからは11歳以上の子供たちも加わって、正式な
夕食会となるのだった。

 「どうしました、カレン?浮かない顔をして……そういえば、
あなた、さっきからしきりに子どものご飯を食べてましたけど、
そんなにお腹がすいてたんですか?」

 「いえ……そういうわけじゃ……」
 カレンの頬が思わず赤くなる。

 「あなたが先日まで勤めていたお家は、人手がたくさんにおあ
りだったでしょうけど……我が家は小さい子が多いわりに人手が
あまりありませんからね。手のあいてる人が子供のお給仕をする
決まりなんですよ」

 ブラウン先生の言葉にカレンはばつが悪そうに下を向いてしま
うが……そんなカレンをラルフがフォローする。

 「先生、ダメですよ。カレンにはちゃんと、食事の手順を説明
してやらないと。うちの常識は、世間の非常識なんですから…」

 ラルフの噛み付きにも先生は鷹揚だ。

 「カレン。あなた、さっきの食事でお腹一杯なら、次は、手を
つけなくてもいいんですよ。どうせ、次もお酒以外は、さっきの
料理とそう大差ありませんから。うちは幼い子も大人も同じもの
を食べますから……」

 「いえ、まだそんなには、いただいてませんから、大丈夫です」
 カレンはたどたどしく答えた。

 「私は第一次世界大戦で負傷しましてね。その時、極東の島国
で捕虜になっていたことがあるんです。不幸な出来事でしたけど、
彼らはとても親切でしたし、何よりそこで見た彼らの家庭生活が
忘れられなくて、ここではそれを真似してるんですよ」

 「ニッポンですか?」

 「ほう、カレン、あなたよく知ってますね。そうですよ。日本
です。そこの母親というのは、我が子に対して信じられないほど
献身的でしてね。かなり身分のある家でも、他の家族と一緒に、
幼い子が食事をするんですよ。私などは『おはようございます』
と『おやすみなさい』以外には親の顔を見ませんでしたからね、
びっくりでしたよ」

 「そうなんですか」
 カレンは先生の言葉を聞くと少しほっとしたような顔になった。

 「………さてと、もうそろそろ始めましょうか」

 先生は、そこまで言うと、気がついたように手を叩いてざわつ
いた場を沈める。
 そして、起立して、カレンをこの家の人たちに紹介してくれた
のである。

 「ミス・アンダーソンは、これまでサー・アランの館で客人と
して暮らしておりましたが、このたび、私のたっての願いをサー
・アランがお聞き入れくださった結果、我が家で住まう事となり
ました。これからは、我が家の一員としてお付き合いください」

 ブラウン先生の言葉にここに集まったすべての人たちが拍手を
惜しまない。
 しかし、そんな中、カレンだけ、目が点になった。
 そして、どきまぎと乱れる心を抑えきれぬまま、先生に小声で
相談したのである。

 「先生、……私、サー・アランの処では女中だったんです」

 すると、先生は正面を向いたまま、拍手を休まず、柔和な笑顔
のままで……

 「あなたは正直ですね。私はそんなあなたが好きですよ。でも、
いいじゃないですか。そういうことにしておきましょうよ。女性
は多少なりとも秘密があった方が魅力的ですよ。……さあ、……
ご挨拶して……」

 「でも、私、何て言っていいのか……」

 「『よろしく、お願いします』で、いいんですよ。それでだけ
言えば十分です」

 「はい、わかりました」

 ブラウン先生に促され、押し出されるように席を立ったカレン
は、当初、型どおりの簡単な挨拶で済ませる予定だったのだが、
ひとたび開いた彼女の口は、その生い立ちまでもを語り始め……

 やがて、その時テーブルに着いていた多くの人たちから、ブラ
ウン先生以上の拍手を引き出してしまう。

 これにはブラウン先生もびっくり。

 そう、彼女がピアノを弾く時と同じように……譜面のないその
メロディーに、原稿のないその声に、語りに、この場の人たちは
感動したのだった。

*******************(1)*****

6/3 懐かしい本

懐かしい本

 懐かしい本(kindleですから正確には本ではないのですが)に
出会いました。

 いえ、この本を昔から知っているというんじゃありません。

 ただ、この二冊の本の内容が、僕が最も熱心にこれらの事に
関わった時代の感性と合致するので、『懐かしいなあ』と思った
んです。

 僕は幼い頃からなぜか子供が叱られているシーンが好きで、
子供が親や教師から折檻されているシーンに出会うと、テレビに
釘付け。本であればそのページを凝視したまま興奮に打ち震えて
いました。

 当時は僕自身が子供でしたから、言ってみれば、SMが好き
ってことなんでしょうが……

 ところが、その後、歳はとりましたが、対象年齢が変わらない。
おかげで、ロリコン、アリスコンプレックス、SMロリータ、
ピュドフェリア等々、いろんな名称で呼ばれるようになります。

 ただ、世にあるSM雑誌を最初に読んだ時は、すでに30歳を
越えていました。

 というのも、私は、SM雑誌に出てくる毒々しい劇画が好きで
なかったのと、SMというのは、基本的には不条理を楽しんでる
わけで、それがどうも自分の世界とは違うなと思っていました。

 そんな時に出合ったのが、三和出版のマニア倶楽部。当時は
SM初心者を読者に引っ張り込もうとしたのか、それともロリ
コンがはやっていたのでそうした人たちをターゲットにしたの
か、その辺りは分かりませんが、ソフトなSM路線、おしおき
を内容とした企画物をたくさん組んでいて、シリーズ化させて
いました。

 そこで、私も初めてSM雑誌というものに出会うことになった
のです。

 すると、毛嫌いしていたSM雑誌の中にも、少数ですが、昔
から私と感性を同じにする作品などもあって驚かされました。

 その後は、ネット社会になったこともあって交友の幅も徐々
に広がりましたが……ただ、私の場合は、生来、気が弱いもの
ですから、実践で楽しもうとは最後まで思わなかったのです。

 オフ会のメンバーも小説を描くことだけが生きがいという人
たちばかりの会でしたので、たまに社会科見学でスパンキング
ショーを見に行く程度でした。

 当時は実践を伴わない妄想だけの人たちが沢山いたんですよ。
 この二冊の本には、そんな古きよき時代の匂いがするんです。

***************************

1)『変態少女画廊』¥250
  ヘルガ・ボーデ(20世紀前半に活躍したドイツのお仕置き
画家)さんのイラストに編集者が自分なりの解説をつけたもの。
  
2)『浣腸マゾリポートⅠ』
 ななのゆり(著)¥300
  西洋の浣腸事情をリポート(告白)形式で書いた小説。

***************************

 いずれの作品も、感性が今日的ではありません。
 感性を異にする今の人たちに『おもしろいですよ』と言っては
勧められませんが、昔の人たちのお仕置きに対する感性を知る
上では参考にはなると思います。

お股とお灸

お股とお灸

 僕の家の裏庭は数軒の商店の裏庭と板塀で繋がっていました。
その板塀には木戸があり、一応、錠が下りるようにはなっていま
したが、昔の田舎のことですから、ほとんど開けっ放しで近所の
子供たちはここから裏庭に面した私の部屋へと上がり込み、僕が
いるいないに関わらず自由に遊んでいました。

 真理子ちゃん(仮名)もそんな一人で、僕より二つ年上。よく
少年少女文学全集なんてのを読んでいました。お姉さん風をふか
せるわけでもなく、上品で、いかにも育ちの良さそうなお嬢さん
といった感じの子でしたから、母も彼女のことは気に入っていて、
僕の部屋で彼女を見つけても、追い払うなんてことはしませんで
した。

 ただ、それだけ上品なお嬢さんに仕付けられているという事は
それだけお仕置きもきついということで、そうたびたびではあり
ませんでしたが、彼女がキツイ折檻を受けて泣き叫ぶ声を何度か
聞いたことがありました。

 いえ、その家の親御さんが子供を虐待しているということでは
ないんですよ。当時は親の折檻をとがめる風潮はありませんから、
家(うち)からだってそんな声は発信されていました。おあいこ
なんです。

 そのことを頭の隅において読んでくださいね。

 ある日、僕は同じ歳のコウちゃんというご近所の男の子と三人
で真理子ちゃんの家で遊んでいました。
 当時、私が小2で彼女が小4でしたか。トランプで遊んでいる
さなか、襖がいきなり開いて、真理子ちゃんのお母さんが入って
来ます。
 
「真理子、これ何!」
 そう言って突きつけたのは、皺くちゃに丸められたテスト用紙
でした。
 点数までは分かりませんでしたが、恐らく真理子ちゃんが親に
見せたくなくて隠しておいたのでしょう。
 それが見つかってしまったわけですから、事態は深刻です。

 今でこそ、「ゆとり教育」だとか「個性重視」だなんて言って
いますけど、当時の基準はあくまで学力。僕なんて統率力も人望
も何にもありませんでしたけど、ただ、学期の最後にもらう紙に
5というスタンプが押してあるというだけで学級委員だったです。

 当時は学力と人格が同じライン上にありましたから、女の子も
男の子ほどではないにせよ。その競争に無縁ではいられなかった
のです。

 で、どうなったかというと……
 「コウちゃん、チイちゃん。これから真理子にお灸すえるんだ
けど、見てやって頂戴な。あの子も、最近、親のいうことをきか
なくなっちゃって…二人にみられたら、少しは懲りると思うの。
お願いね……」

 こう言って真理子ちゃんのお母さんに頼まれたのでした。

 今の常識では信じられないかもしれませんが本当のお話ですよ。
当時は『ご近所の子供たちに自分の子供のお仕置きを見せ付ける』
みたいなものがわりと頻繁に行われていました。
 そう、今の言葉に直すと『公開処刑』ってことになります。

 といっても、相手はだいたい同性だったんですが、年齢が低い
場合は異性でもありでした。
 この場合は真理子ちゃんが小4、ぼく達が小2ですから、限界
ぎりぎりだったかもしれません。女の子の方が小学生でも高学年
だったらしてないと思います。

 いずれにしても、ぼくたちにすればそれは不幸な出来事でした。
 男の子女の子に関わらずお友達が折檻されてるところなんて、
見たくありませんから。

 えっ、そんな事ないだろう。お前だって男なんだし、スケベ心
が動いたはずだ。
 ですか……

 たしかに、まったくないと言ったら嘘なのかもしれません。
 でも、当時は僕も幼くて、恐怖の方が勝ってました。
 自分がぶたれるわけではないのに、叱られたような気分でした
から、とても、そんな余計な気分にはなれなかったんです。

 真理子ちゃんはわざわざ体操着姿にされて戻ってきました。
 おまけに、一緒に着いて来るように言われたのは仏間。
 いやあ~~な予感がしたんですよ。

 行ってみると、そこには真理子ちゃん家のお手伝いさんが準備
を整えて待ってまして……
 『やっぱり』
 だったんです。

 何がやっぱりかというと……

 僕らの時代、親が決心して子供をお仕置きをする時、最も多い
のがお灸。僕らより世代が少しでも若くなるとスパンキングなん
ですが、僕ら世代の親はもっぱらこちらでした。

 そして、それが行われるのがたいてい仏間だったんです。
 都市に暮らす人たちは住宅事情の関係で仏間なんてスペースは
なかったかもしれませんが、田舎の家にはたいてい仏様ご先祖様
を祀るための部屋が用意されていました。

 お灸のお仕置きはたいていこの仏間で行われていましたから、
子供たちは特段何か悪いことをしていない時でも、この部屋に入
る時は緊張したものなんです。

 その仏間で真理子ちゃんは神妙です。
 いえ、こんな立場に立たされれば、僕だって誰だって神妙なん
ですが……

 まずはお母さんの前に正座してご挨拶。

 「私はお勉強をサボって、悪いお点を取ったのにそのテストを
隠していました。これから良い子になれるように厳しいお仕置き
をお願いします」

 こう、言って両手と額を畳につけます。

 『すごいなあ』
 僕は感心してしまいました。

 実は、これ、僕ん家でも基本的に同じなんですが、僕はこんな
にすらすら言えたためしがありませんでした。

 たいていは嗚咽まじりにひくひくさせながら、声なんか掠れて
何言ってるのかよく分からない状態でのご挨拶です。
 実際、僕のお母さんは怒ればそれくらい怖かったんです。

 僕と真理子ちゃんの間には二年の開きがありますが、二年後、
僕がお母さんに叱られた時、こんなに立派なご挨拶が出来たかと
いうと……
 『はははははは』
 でした。(でもね、僕ん家の方が普通だと思いますよ)

 それはともかく、ここで立派なご挨拶ができたからといって、
『特別に許してあげます』とはならないわけで……
 真理子ちゃんはこの後、過酷な運命に立ち向かわなければなり
ませんでした。

 「仰向けにここへ寝なさい」

 真理子ちゃんがお母さんの指示に従って畳の上に寝そべると、
中年のお手伝いさんがごく自然に真理子ちゃんのブルマーとショ
ーツを太股の辺りまで引き下ろします。

 当然、真理子ちゃんの割れ目はぼく達には丸見えなんだけど、
当時の親たちにとってそんなことはたいした問題じゃなかった。
子供たちが羞恥心を主張できるのは小学校も高学年になってから、
それ以下は赤ちゃん扱いだから、「恥ずかしい」なんて訴えても、
「生意気なこと言うな!」って一喝されて終わりだったんだ。

 真理子ちゃんもそんな無駄な努力はしなかった。

 すると、その割れ目の上の方。大人になったら下草が生える処
へ小豆大くらいだったと思うけど、艾を三つ横に並べて一つずつ
すえ始めたんだ。

 きっと、前にもすえられてたんだろうね。すでに以前すえられ
た時の痕が残ってて、そこに今回の艾が置かれ、お線香の赤い頭
が下りていくんだけど……

 他人事ながら、目を覆いたくなるくらい怖かった。

 まあ、今は大半の人がこんなこと描いても、そもそもされた事
ないから、わからないだろうけど、洒落にならないくらい熱いよ。

 いや、熱いというを通り越して、むしろ痛いって感じなんだ。
錐で揉み込まれるような強烈な衝撃だからね。
 そりゃあ、真理子ちゃんには同情するよ。

 だけど、真理子ちゃんのお母さんに、「可哀想だよ、やめてあ
げなよ」なんて進言する勇気もなかったんだ。

 真理子ちゃんは、お手伝いのおばさんに両足を抑えられ、お母
さんからはお腹の辺りを押さえられながらすえられたんだけど、
結局、泣かなかったし、暴れたりもしなかった。

 これは僕も経験者だから分かるんだけど、親に「泣くな」「暴
れるな」って言われると、当時の子供は泣きたい気持や暴れたい
気持を必死に抑えて全力でそうしちゃうんだ。

 当時の親って、そのくらい強い影響力を子供に持ってたんだ。

 今と違って、生まれて間もない子供を保育園で育ててもらおう
だなんて安直に考える親はいなかったんだ。そんな事、親として
恥ずかしいことだって思ってたから……
 幼稚園に上がる三歳くらいまでは仕事している時もねんねこで
背負って我が子は肌身離さずだったんだ。

 そんな親の想いって例え物心ついてなくても通じるんじゃない
かなあ。僕らの時代の子供って今の子より従順だった気がするよ。
だから、同じように「我慢しろ」って言われた時でも、親の言葉
の重みが今とは全然違う気がするんだ。

 真理子ちゃんだって、そんな僕ら時代の子どもの一人だもん、
必死になって親の言いつけに従おうとするんだ。

 しかも、この時の真理子ちゃんのお灸はこれだけじゃないんだ。

 お臍の下へのお灸が終わると、裏返しにされて、お尻の割れ目
が始まるところ、つまり尾骶骨のあたりかな。そこに大豆大位の
をやられたんだ。

 実はこれが一番熱かったと思うよ。艾も大きいし、あそこって、
骨に近いしね。別の子から聞いたけど「痛みが脳天を突き抜けた」
って表現してたもん。

 この時は、さすがに真理子ちゃんも逃げ出そうとしたんだろう
ね、お母さんとお手伝いさんの手に、もの凄く力が入ってたのが
傍から見ててもわかったんだ。

 そして、それが終わると再び仰向けにされて、最後がお股の中。

 ここって、よく小説に出てくるよね。何しろ一番センセーショ
ナルな場所だから……

 実は、この時はぼく達も、高く上げられた真理子ちゃんの脚を
片方ずつ押さえている役を命じられてたんだ。

 だから、確かに真理子ちゃんの裸のお股のすぐ脇にはいたんだ
けど、お股の中を覗き見れる場所にはいなかったんだ。
 つまり、真理子ちゃんのお股の中をしげしげと眺めることは、
できなかったんだ。

 それに、その時は女の子のお股の中を何が何でも覗きたいとも
思わなかったんだ。(ホントだよ)
 もう少し学年が上がれば別の感情が起きると思うけど、小2の
時代は女の子とのHは白いパンツを見るだけで十分だったんだ。

 ただ、その後、年齢を重ねるたびに「おしいことしたなあ~」
とは思ったよ。
 だから、その瞬間の事をいつも思い起こしては記憶にとどめる
ようにはしてきたんだ。

 それによると、艾の大きさは、それまでと比べても小さかった。
火をつけてほんのちょっとで終わっちゃったから。きっと真理子
ちゃんお母さんもお股の中に火傷を作ろうとは思ってなかったん
じゃないかなあ。あくまで『女の子の大事な処までもすえられた』
っていう象徴的な意味が大事だったんじゃないだろうか。

 すえた場所もね、中を押し開くような動作はしなかったから、
おそらく大陰唇じゃないかと思うんだ。

 ま、いずれにしても、それをもとに僕の小説はできてるんだ。

 本当の処は今となってはわからない。僕もほんの子供だったし、
当時は性の情報なんて皆無だしね。あくまで思い出を手繰り寄せ
て想像した結果、そうなんじゃないかなって思ってる程度なんだ。

 それについては、大人になってから一度だけ本人に……
 「ねえ、あの時、どうだった?」
 って尋ねてみたことがあるんだけど……

 「えっ、そんなことあったかしら」
 なんて言われちゃったんで、二度とは聞かなかったんだ。

 やっぱり、女の子にとっては、それって認めたくないことだと
思うんだよ。現にその様子を見ていた僕にさえ認めたがらないん
だもん。お他人様には絶対に口を割らないんじゃないかな。

 ただこの件に限らず、当時はまだ、やれロリコンだ、幼児愛だ、
変質者だ、なんてのが話題にならなかったせいか、小学校の高学
年でも、同性のお友だちの前でなら公開処刑ってのがあったみた
いだし、胸さえ膨らんでいなければ少々年長者でも下着姿で家か
ら放り出されて泣いているなんてのがあったのも事実なんだ。

 あ、そうだ、このお仕置きのあとね、真理子ちゃんはお母さん
の前で正座して……
 「お灸をいただきました。ありがとうございました」
 って、お礼まで言ったんだよ。

 僕の家でも、本当はお仕置きが終わったあと、こんなご挨拶を
しなきゃいけないんだろうけど、僕は泣き虫だからね。お母さん
から折檻されたあとにこんなご挨拶なんて、やろうたってできや
しないよ。

 だからね、真理子ちゃんは偉いなあって思って見てたんだ。

********************<了>****

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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