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小暮男爵 << §8 >>

小暮男爵

***<< §8 >>****

 世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。

 いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。

 国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなお構いなし。先生が自由に課題を
決めて授業しますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんてことも。

 この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……

 紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについてと源氏物語、
枕草子に出てくる二人の性格の違いについて。はては、平安貴族
の日常生活や恋愛事情なんてものまで………

 小宮先生の名調子に乗せられて私たちは平安時代の優美な世界
に心を躍らせて聞いています。その後、平安貴族になったつもり
で寸劇。古語は難しくて爆笑また爆笑でした。

 もちろんそれは学力とは無縁なんでしょうけど、宿題テストが
不合格になって、その後、無味乾燥な教科書の復習をやらされる
より、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業でした。

 理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりを見せますから
理科というのは動植物の観察か実験をやるための教科だとばかり
思っていましたし社会科は社会科見学であちこちまわりますから
これは遠足の時間なんだと思っていました。

 この他にも写生会、学芸会、演奏会など一学期中にはたくさん
の行事や催し物が組んであります。

 ですから、教科によっては教科書を一度も開かないまま学期末
なんて事も。
 (さすがに学期末には教科書を開いておさらいはしますけど)

 おかげで、掛け算の九九もローマ字もここではすべて夏休みの
宿題。
 うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。

 この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
 実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。

 他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのかわくわくしながら待つことができます。
 でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいっても授業があまり代わり映えしません。

 「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
 なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。

 何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
 人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
 数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。

 それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
 せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。

 とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
 でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。

 そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。

 私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
 それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。

 これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。

 これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。

 女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
 とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。

 ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数も
いりません。
 でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。


 話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。

 その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。

 これにはみんな大賛成でした。
 辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。

 私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思いま
した。

 「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」

 でも……
 「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
 「いいじゃない。一緒に描こうよ」
 「いやだよ、あっちへ行けよ!」
 広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。

 「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
 私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しましたが、でも、なぜか彼のことが気になって、離れた処
からずっと広志君の様子を窺ってたんです。

 また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました。
 実はこの時、私は広志君にほのかな憧れを抱いていましたから。

 ところが……
 『えっ!』
 私は驚きます。

 その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
 しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。

 それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
 そして、広志君自身も……

 『いや、それって、やばいよ』
 私は広志君が脱走するところを見てしまいました。

 広志君は、今、古くなった金網が腐りかけ捲れているのを利用
してフェンスの向こう側へ出ようとしています。

 でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の先生に……
 「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行っちゃだめですよ」
 って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。

 『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
 『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
 私の心臓がどぎまぎします。

 私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
 もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。

 だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです。
 もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくはクラス
のお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。

 実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでした。
 クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。

 大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしただけだったんですが、最後には…
 「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
 とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。

 みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。
 先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。

 それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれません。

 そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
 その時はまったく理解できませんでした。

 広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが生徒としては普通の判断ですから。

 でも……
 『好きな子のあとを追ってみたい。広志君の秘密が知りたい』
 そんな思いがあって、私は別の決心をします。

 『私も……』

 私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近に開いた僅かなすき間を発見。
 誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
 何のことはない広志君と同じことをしたのでした。

 中に入る時はさすがに緊張しました。女の子には相当なスリル
です。

 でも中に入ってみると、そこはコンクリートが打たれた土手の
上といった感じの場所。幅が1m位ありますから子供にとっても
結構広くて安全な処に思えました。
 眼下には私たちが普段通学で利用する車がずらりと並んでいる
広い駐車場が見えます。

 『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
 眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。

 この土手は、庭師や電気工事の人たちがたまに利用しますから
道幅も広くて安全に作られていたのでした。

 ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない未舗装の土手があって、さらにそこから先は、
地面がありません。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の周囲を彩る
ために植えられた木々がちょうどそこに頭を出しています。

 この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、崖から足を
滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかもしれ
ません。
 舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺める時は目もくらむような高さを感じます。

 だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。


 私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。

 『あれ?……』
 あちこちキョロキョロ探していると……いきなりでした。

 「きゃあ~~~」

 誰かに両肩を掴まれます。
 驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。

 それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私の肩を掴んだその人に、もの凄い力で抱きつきます。

 「ばか、やめろ!」
 その人にとってもそれは予想外だったのでしょう、二人は土手
の上であたふた。

 「いやあ~~~」
 結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。

 その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
 昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。

 「何よ、何すんのよ」
 私は広志君の顔を見て怒ります。
 彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。

 「ごめん」
 彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
 いえ、本当は抱き合っての草スキー、とっても楽しかったんで
すが、そんなこと恥ずかしくて言えませんでした。

 でもこれって、危ないスポーツでした。
 何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まってたんですから。
 もう少しで本当に崖から落ちていたところだったんです。

 身体は無事でしたが……
 「あっ、私のパステルが……」
 私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
 どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。

 「拾いに行かなくちゃ」
 私が言うと、広志君が……
 「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」

 私の願いはこうして図らずも実現します。

 でも、女の子って偏屈です。
 「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
 私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。

 すると……
 「いやあ~!」
 またもやバランスを崩して本当に崖から落ちそうに……
 それを助けてくれたのも広志君でした。

 「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻っても先生に見つかっちゃうもん」

 作戦成功。広志君の泣き顔って素敵です。

 でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまで。
 この後の私は、もう何もできませんでした。
 『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。

 「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
 「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」

 ヒロ君が私の手を取ります。
 ぐいぐい引っ張ります。
 走ります。
 足元が滑ります。
 そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
 まるで夢のように幸せな世界でした。

 もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。なんですが……
幸せいっぱいの私にはそんな不幸なこと頭の片隅にもありません
でした。


 私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
 そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。

 そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くの町や青空を抱きかかえる
ようにして広がっています。私たちの頭上を覆う厚い雲は、渦を
捲いて怖いくらいですが、その雲間から差し込む光の柱はとても
神々しくて、まるで宗教画のようです。その陽の光を伝い今にも
天使が下りてきそうでした。

 「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
こんな景色。わあ~~綺麗。いいなあ~こんなの。学校の近くに
こんな処があったのね。私、この学校に来て、ここ初めて見るわ」
 私は思わず感嘆の声を上げます。

 私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があるなんて、全然知らなか
ったのです。

 「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭はもう見飽きちゃったからね。………
ねえ、おいでよ」

 広志君はさらに私の手を引いて緩やかな谷を下っていきます。
 でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
 心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつきますが一生懸命振り
払います。

 『私にこんな勇気があったなんて……』
 私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。


 広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
大きくて立派な白百合が少し間を置いてあちこちに咲いています。
 広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。

 ここからは近くの百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の教会
や赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたなびく煙も鉄橋を
通過していく列車もはっきり見えます。

 私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。

 ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。

 広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
がたくさん書き込まれているのです。

 「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」

 私が不思議そうに尋ねると……
 「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめるんだ」

 「それって、インチキじゃないの?」

 「そんなことないよ。この方がバランスが取れてて美しい構図
になるなら何でも足すし、何でも省略していいんだ。絵画は美の
追求。写真の模写じゃないんだから、これでいいんだよ」

 広志君は私の出来上がったスケッチを一瞥すると、鼻で笑って
……。

 「あっ、やめて!!」
 私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。

 「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
 広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。

 でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
 『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
 と思うのでした。

 「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
 私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。

 幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。

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小暮男爵 << §7 >>

小暮男爵

***<< §7 >>****

 小暮家でお世話になっている私たち姉妹が通った学校は郊外の
山の中にありました。

 元は華族の皆様専用の女学校だったようですが、戦後、お父様
が買い取って場所を今ある場所に移し、男女共学の私立学校に。
 もちろんそれって私たちの為です。巷の余計な情報をいれずに
純粋無垢な少女(お人形)として育てる為には不便な田舎の方が
むしろ好都合でした。

 ただ、男女共学といっても、私たちが通っていた頃の学園は、
まだまだ女子が圧倒的に多くて、男の子はほんの数名。私たちの
クラスにも、一人だけ広志君という男の子がいましたが、私たち
女の子パワーに圧倒されたのか、いつも教室の隅で小さくなって
いました。

 私はこの時まだ男の子が第二次性長期を迎えて大きく変化する
姿を知りませんから……
 『広志君って、意地っ張りで、少し偏屈なところもあるけど、
すねた顔が可愛いわ』
 なんて、思っていました。

 ところでこの学校、不便な場所にあるのにスクールバスがあり
ません。そこで、大半の子が自宅から自家用車で山腹にある広い
駐車場までやって来て、そこからは校門までの長い階段を歩いて
登る事になります。

 ですから、朱音お姉さまみたいに、お父様からイラクサパンツ
なんか穿かされると、車の中では青臭い匂いがぷんぷんして同乗
する私たちから嫌がられますし、駐車場で車を降りた後も、山の
頂上まで続く長い階段を大きなお尻で登らなければなりません。
 これって、女の子には結構大変な試練なんです。

 本当は恥ずかしいですから一気に駆け出したいところなんです
が、石段を登るたびにお股がイラクサの刺毛に摺れて、痛痒くて、
とても一気には駆け上がれません。

 それに、どんなに自然に振舞おうとしても、沢山のイラクサで
オムツのようになったショーツを穿くと動きがぎこちなくなって
しまい、お友だちからは、今、スカートの中がとうなっているか
を見破られてしまいます。

 「あの子、スカートの下はきっとイラクサパンツよ。おそらく、
お父様のお仕置きね。いったい何をやらかしたのかしら?」
 なんて、お友だちの囁きが耳にはいると、その恥ずかしい姿を
直接見られたわけでなくとも、その場に居たたまれなくなります。

 イラクサのパンツは、そうした辱めとしての効果も期待しての
お仕置きだったのでした。

 リンカーン(お父様の自家用車)の中でも妹の私たちから散々
臭い臭いを連発されていた朱音お姉さま。駐車場ではお友だちと
「ごきげんよう」「ごきげんよう」のご挨拶はいつもより明るく
なさっていましたが、石段を上がり始めると、たちまちお友だち
からの失笑を買ってしまいます。

 「大丈夫?手伝ってあげるね」
 こうした場合、気がついたクラスメイトが親切心で手を取って
助けてはくれるんですが……

 『本当は、あなたたち笑ってるくせに……』
 こんな時って助けてもらう方だって疑心暗鬼になってますから、
せっかくの親切心もあまり心地よくはありません。

 朱音お姉さまはお友達に囲まれながらゆっくりゆっくり石段を
上がってきます。

 一方、一緒にリンカーンに乗ってきた妹の私たちはというと、
これがとっても残酷でした。

 「アヒルさん、アヒルさん、ここまでおいでアヒルさん」
 私と遥ちゃんはそんなお姉さまの姿がおかしくてたまりません。
そこで、階段を一気に駆け上がり、自分のお尻を振り振りして、
お姉さまをはやし立てます。
 『アヒルさん』というのは、イラクサで膨らんだ大きなお尻を
振り振りしながら階段を登る姿が、ちょうどアヒルさんが歩く姿
に似ているからでした。

 でも、そんな様子を運転手さんは快く思っていませんでした。

 「ほら、あなたたち、ダメでしょう。朱音さんはあなたたちの
お姉さまなのよ。こんな時は助けてあげなくちゃ」
 河合先生は高い場所からお姉さまを見下ろしてじゃれあってる
私と遥ちゃんに注意します。

 実はこの学校、普段の日でも父兄参観が認められていて、家庭
教師の先生も受け持つ子どもの授業をいつでも見学できるように
なっていました。ですから、ほとんどの家庭教師が、毎朝、自分
の生徒と一緒に校門をくぐります。

 河合先生や武田先生もそれは同じ。お二人は受け持つ子供たち
を送り迎えするのがお仕事のすべてではありません。むしろ車を
降りてからが、お二人の大事なお仕事だったのでした。

 「は~~い」
 私たちは気のない返事をして、いったん登った階段を下り始め
ます。

 河合先生の命では仕方ありません。私たちも他の子たちと一緒
に朱音お姉さまを救出に向かいます。

 ただ、その時はすでに武田先生はじめ沢山のお友達がお姉さま
に援助の手を差し伸べていましたから、むしろお姉さまの周りは
ごった返しています。まるでお祭りのお神輿状態。
 もう人手は十分足りていたと思うのですが……

 「ねえ、私たちまで行ったら、かえってお姉さま恥ずかしいん
じゃない。ありがた迷惑なんじゃないかしら?」
 私の疑問に遥おねえちゃまは……
 「それはそれでいいんじゃないの。恥ずかしいのもお仕置きの
一つだもの。それに女の子って何事にもお付き合いが大事だって
河合先生も言ってたじゃない」
 遥ちゃんは悟ったような返事を返すのでした。

 そのあたり、私はまだ子供なのでよくわかりませんが、もし、
私だったら……
 「いいから、ほっといて!近寄らないで!」
 なんて、怒鳴り散らしていたかもしれません。


 「やっと着いた」

 朱音お姉さまはみんなのおかげで遅刻せずに山の頂上へと辿り
着きます。

 お山の頂上からは白い灯台や外国航路の船が出入りする港町が
見えます。
 こんな見晴らしの良い場所に人知れず建っていたのが私たちの
学校、聖愛学園。ここに小学校と中学校がありました。

 1学年1クラスで6名から8名。全校生徒合せても、小学校で
40名、中学校も20名程度の小さな組織です。
 ですから、学校施設もこじんまりとしていて、周りの樹木より
高い建物などは最初からありません。学園は深い森の緑に溶け込
んで体育館や木造の建物が数棟建っているだけでした。

 おそらく山の下からでは学校の建物も生徒達の声も聞こえない
と思います。それはお父様達にとっては好都合で、ここからでは
どんなに厳しいお仕置きをしても、その悲鳴が外部に漏れる心配
がありませんでした。

 ただ、質素な外観に比べると中の設備は充実していました。
 出資者はお父様だけではありません。商売で成功した実業家や
功なり名を遂げた紳士たちが設立に名を連ね、多くの愛好家たち
も惜しみない援助を申し出てくれましたから、ここは田舎の分校
のような外観にも関わらず町の学校にあるような設備はたいてい
備わっています。

 図書室、理科室、音楽室、体育館、プール……他にも映写室や
保健室、今ではほとんどが体育館と兼用になっている講堂までも
ちゃんと別に建ててあります。

 それだけではありません。ここには他の学校ではまずないあり
えないような部屋も。
 生徒が罰を受けるためだけに作られた通称お仕置き部屋です。

 教員室脇の階段を下りた半地下に部門ごと七つも色んな部屋が
用意されています。
 出資者の方々の多くはこうしたことを期待して出資されている
わけですから、学校側もそうした期待に応えなければならないと
考えて念入りに作ったみたいでした。
 ですから、こうした部屋は特に充実しています。

 私は社会に出たあと、世間の学校にはこんな部屋は存在しない
と聞かされて絶句、もの凄いカルチャーショックでしたが、でも、
こうした環境で最初から育ってしまったせいか、学園での生活が
特別不幸だなんて考えたことは一度もありませんでした。


 さて、登校した私たちには、まずやらなければならないことが
ありました。

 園長先生が丹精した色とりどりの薔薇の花が咲くアーチが校門
になっていまして、そこを潜ると、何やら怪しい胸像が設置して
あります。

 『大林胤子先生』
 プレートの名前はそうなってます。
 生徒はこの胸像の前では必ず一礼しなければなりませんでした。

 実は彼女、この学校の創立者なのです。あまりにも大昔に亡く
なっていますから生徒はもちろん先生方だって実のところ彼女に
一度も逢ったことがないはずなんです。それでも生徒は、毎朝、
この像の前ではご挨拶として一礼しなければならないのでした。

 私の場合は……
 『あんた、偉そうな顔するんじゃないわよ』
 いつも心の中でそう思いながら一礼していました。

 ただ、学校はご丁寧に私たちを監視するための先生を配置して
いますから、そのままスルーしてしまうと呼び止められてしまい
ます。

 そんな時は……
 「あっ、ごめんなさい。うっかりしてました」
 胸像の前に戻って一礼すれば、大半、許してもらえるのですが、
ただ、間違っても……

 「そもそも、大昔に死んじゃってる人に今さら頭をさげても、
何の役にもたたないし、無駄な時間だと思いますけど」
 なんて、先生に口答えしちゃうのはタブーでした。

 実際、そう答えてお尻を叩かれた子がいました。
 慌ててその子の家庭教師が止めに入ったのですが、きっと先生
もキレちゃったんでしょうね、
 「これは躾です。ほっといてください。お話はあとで窺います」
 そう言って、中二の子のお尻をスカートの上からでしたけど、
20回も勢いよく叩いていました。

 この学校では胸像への一礼も日常的なご挨拶の一つ。ぺこりと
頭を下げさえすればいいのですからべつに手間はかかりません。
どのみちこの学校では出会うすべての人に『ごきげんよう』って
ご挨拶するわけですから、胸像一つ分ご挨拶が増えたとしても、
どうってことないはずなんですが、女の子だって第二次性長期に
入ると自分なりの屁理屈を言い出すようになりますから、こんな
事件も起こるのでした。

 もちろんうちの学校、こんな跳ね返り娘ばかりじゃありません。
むしろ大半は、目上の人の指示には何でも「はい」「はい」って
きく従順な子ばかりです。
 日頃から学校の先生だけでなく、お家では家庭教師の監視下で
細かなことまで注意されながら暮らしていますから、活発な子と
いうよりおとなしい子の方が圧倒的に多いのでした。

 例えば、ある先生がお仕置きを決断したとします。
 先生が「さあ、お仕置きしますよ。全員パンツを脱いで!」と
命じると、みんな当然のようにパンツを脱ぎはじめます。
 この学校の子供たちはそのくらい統制が取れているというのか
目上の人には従順なのでした。

 ですから、さっきのはあくまで特異な例。理由はともかく先生
がそうおっしゃるならって、どの子も胤子先生の前では必ず一礼
します。思わず胸像の前を通り過ぎてしまったら慌てて戻ります。
特に小学生では逆らう子は一人もいませんでした。

 当然、この日も私たち姉妹は先生に教えられた通り深々と一礼
してから校舎の中とへ入っていきます。


 校舎は今どき珍しい木造校舎ですが、なかは日本のどこにでも
ある学校と同じ構造。玄関口にはたくさんの下駄箱団地があって、
生徒はここで革靴と上履きを履き替えます。

 あっ、そうそう、うちの場合は生徒用だけでなくお供してきた
家庭教師のために父兄用靴箱というのも設置してありました。

 ちなみにこの父兄用靴箱、その名の通りお父様が来て使う事も。
ただそんな時はたいていお仕置きで呼ばれた時ですから、お父様
の顔は真っ赤、生徒の顔は真っ青になっていました。

 うちの場合、華族学校時代からの習慣で、毎日が父兄参観日で
したから、良い事も悪い事も全てが河合先生や武田先生を通じて
その日のうちにお父様にも伝わります。学校での出来事は何一つ
隠しようがありませんでした。

 家庭教師からの報告は、学校で行われたテストの結果は勿論、
『国語の時間、お友達とふざけあって先生に鏡を敷かされました』
とか『体育の時間、まじめに走らなかったので一周多く走らされ
ました』なんて恥ずかしい報告も次々とお父様の元に上がってき
ます。

 そのほかにも、休み時間にお友だちとひそひそ声で言いあった
先生の悪口が、なぜか家に帰るとすでにお父様が知っていたり、
ほんのちょっとからかっていただけなのに、お父様からは……
 「今日、お友だちを虐めてたみたいじゃないか。お友だちとは
仲良くしなきゃ」
 なんて注意されたこともありました。

 学校の先生と家庭教師、その両方で常に見張られている訳です
から、こちらの情報はいつも筒抜け。まさに超監視社会でした。
 でも、大人たちに言わせると、これも愛なんだそうです。

 そんな大人たちの愛は他にもあります。

 私たちが登校してくると玄関口には必ず園長先生が立っていて
生徒全員とスキンシップをします。ハグして、頬をすり合わせて、
まるでそこに本当のお母さんが立っているみたいでした。
 実はこれ生徒全員の心と身体の健康チェックなんです。

 これも胤子先生の胸像と同じようにここもスルーはできません。
胸像に一礼するのと同様、子供たちは園長先生に抱かれる義務が
ありました。

 園長先生に抱かれるのは、ほんの10秒ほど。これで私たちの
健康状態や心の状態までがわかるんだそうです。
 何も話さなくても分かるみたいですから摩訶不思議です。

 もちろん園長先生のハグは何も問題がなければすぐに開放され
ますが子供たちの抱っこの義務はここだけではありませんでした。

 教室に入ると、今度は担任の先生が私たちを待ち構えています。
 やることは園長先生と同じ。子供たちをしっかりハグして頬を
摺り合わせて頭を良い子良い子してなでてくれます。
 ちょっとした赤ちゃん気分。

 担任の先生になると、もっと細かなことまでわかります。
 先生はこうしてハグするだけで、子供たちの今の体調や『宿題
をわすれた』とか『今朝、おねしょしてお父様に叱られた』とか
『今、お友達と喧嘩している』なんていう心のSOSまでわかる
んだそうです。

 何たって、全校生徒合せても40名ほどのこじんまりした学校
ですから、園長先生は登校時間に全ての生徒とスキンシップする
時間がありますし、担任の先生もお父様以上に子供たちの内実を
ご存知でした。

 もちろん担任の先生は各々の家庭教師から色んな情報をリーク
してもらって、それで判断してるんでしょうけど、子供たちには
不思議な出来事だったのです。

 「あら、可愛いリボンじゃない。小さな鈴まで付いてるのね。
自分で選んだの。それとも、河合先生のお見立てかしら?」
 「私です。楓お姉さまに作ってもらいました」

 「そう、楓お姉さん器用だものね。黄色がよく似合ってるわよ。
ところで、今日の朝ごはん。ちゃんとトマトジュースも飲めた?
お父様、好き嫌いする子は身長が伸びないって心配なさってたわ
よ」
 「コップの半分だけ。吐きそうだったれど、なんとか……」
 「偉いわ。少しずつ慣れていけばいいのよ」
 「コップにまったく口をつけないと……お父様が睨むから……
恐くて……仕方ないんです」

 「あら、そうなの。それは大変ね。でも、それはあなたの為を
思ってのことなのよ。………あっ、そう言えば、昨日から、また
お父様と一緒のお部屋で暮らすことになったんですって?」
 「えっ、……まあ」
 「どう?……久しぶりにお父様と一緒のお布団は嬉しかった?
それとも遥お姉ちゃまと一緒の方がよかったのかしら?」
 「遥おねえちゃまと一緒の方がいいです。でも、そうすると、
お勉強ががかどらないから、お父様が心配して……」

 「そう、それじゃあ仕方がないわけね……お部屋のお引越しが
あったでしょうけど、宿題はちゃんとやってきた?」
 「はい、たぶん大丈夫だと思います」
 「そりゃそうね、お父様のお膝の上ではサボれないものね」

 担任の小宮先生の抱っこでは心にチクチクと刺さる言葉もあり
ますが、甘えん坊の私は、こうして抱っこしてもらうこと自体は
決して嫌いではありませんでした。


 こうしてクラス全員の子へのスキンシップが終わると……
 「さあ、始めますよ」
 担任の小宮先生の声と共に朝のホームルームが始まります。

 このホームルームでは、学校行事についての話し合いなんかも
しますが、子供たちにとって最も強い関心事は小テストでした。

 私たちの学校では子供たちがお家で予習復習をきちんとやって
きたか主要四教科では勉強時間の最初に必ず確認の為のテストを
します。
 でも、国語と算数は担任の小宮先生が担当されていましたから
それを朝のホームルームで間に合わせてしまうのでした。

 出題は漢字の書き取りや計算問題が中心で範囲も細かく区切ら
れていますから家でのお勉強時間は、私の場合、お父様のお膝の
上でなら30分くらいですみます。
 でも、毎日のことですからね、それぞれに事情があってうまく
いかないこともありました。

 これが紙に書いて提出するだけの宿題なら……『やったけど、
お家に忘れてきました』なんて言い訳もできますけど、こちらは
テストで確認されちゃいますからどうにもなりません。まさか、
『知識を家に置いてきました』なんて言い訳ができるはずもあり
ませんから。

 もし、合格点に届かない子が一人でもいると、その子のために
もう一度同じ授業をやったり、その子自身も別メニューで補修を
やらされたりします。

 おまけに先生の閻魔帳にはその子の欄にXが一つ。
 これ、一つ二つなら問題ないのですが、このXが一週間で7つ
以上ついちゃうと、週末はお父様までも学校に呼び出されて親子
で『特別反省会』ということになります。
 こうなるとシャレにならないことになります。

 担任の先生から、この一週間のいけなかった事が、洗いざらい
書き出されたプリントが出てきて、これから先どんな生活態度で、
どんな勉強方法で頑張るのかが決められます。

 それだけじゃありません。反省会での態度まで悪いとなると、
たとえ親の見ている前でもお仕置きなんてことがありえますし、
それでも足りなければ、お家に戻って、お父様や家庭教師の先生
からみっちりとお仕置きなんてことも……
 『特別反省会』って子供にとっては恐怖の保護者会だったので
した。

 ちなみに、朝の小テストの合格点は9割以上。それ以下の子は
放課後無条件でその範囲を補習させられます。

 ただこの学校は良家の子女の集まり。しかもどの家庭もみんな
家庭教師を雇っていますから、たとえ本人がどんなに嫌がっても
強制的にお勉強させられます。チューナップは万全という訳です。
 ただ、それでも一応テストですからね、子供としては緊張する
わけです。

 とはいえ、なかには例外もあります。
 この日の朝はそんな稀なケースが起きていました。

 このテストの採点は、ホームルームの時間中に隣の子と答案を
取り替えて生徒同士で行うのですが、私のお隣、広志君はクラス
唯一の男の子にして、六人しかいないけどクラス随一の秀才です。
普段お家でのやっているお勉強は中学のテキストだと聞いたこと
がありました。

 そんな子が朝のテストで失敗するなんて、ありえないと思って
いました。
 ところが、広志君の答案を見ると全40問の漢字の書き取りで
5つも間違いがあります。9割が合格点なら、許容範囲は4つ。
5つ目はアウトです。

 『いいのかなあ』
 私は、何だか広志君の答案にXをつけるのが恐くて、こっそり
消しゴムで消して答案を修正しようとしたんです。

 ところが……
 「だめよ、小暮さん。間違いは間違いのままにしておかないと、
広志君の為にならないわ」

 小宮先生に見つかってしまい注意されてしまいます。
 こうして、広志君の放課後の居残り勉強が確定したわけですが、
ホームルームが終わるなり広志君の席には女の子たちが殺到しま
した。

 「どうしたのよ。病気?」
 「身体の調子が悪い時は保健室へ行ったほうがいいよ」
 「そうそう、『今日は体調が悪いのでテストできませんでした』
って言えば先生許してくれるよ」
 
 女の子たちが心配して寄ってきますが、でも当の広志君は迷惑
そうでした。
 「そうじゃないよ。間違えたの。僕だって間違えることあるよ」
 そう言って女の子たちを払い除けます。

 「だって、お家では中学生の問題解いてるんでしょう。こんな
小学生の問題で間違うはずないじゃない」
 美登里ちゃんがこう言うと、里美ちゃんも同調します。
 「そうよ、そうよ、こんな問題、ちょちょいのちょいのはずよ」

 でも、現実は違っていました。
 「そんなことないよ。家でやってる中学の問題はあくまで趣味
だもん。そりゃあ、方程式は面白いけど、そっちばっかりやって
ると鶴亀算なんか忘れちゃう。漢字だって同じさ。やってないと
忘れちゃうんだ。だから、テストがある時はちゃんとその場所を
復習しておかないと、やっぱり合格点は取れないんだ」

 「じゃあ、何で、今日は不合格になったの?」

 「それは……」
 広志君は言葉を濁します。

 すると、その答えを出したのは、広志君の家庭教師をやってる
会田先生でした。
 会田先生は、ホームルームの時間はずっと教室の後ろに設けら
れた父兄席で静かに見学されていたのですが、一区切りついたの
で、私たちのそばへと寄ってきます。
 うちの学校では休み時間に家庭教師が受け持つ子供に向かって
声をかけるのは日常茶飯事。当たり前の光景でした。

 「ずいぶんと偉そうなこと言うじゃない。……この子、昨日は
熱心にプラモデルばかり作ってて、ちっともこちらの言うことを
聞いてくれないから『もう、勝手になさい』って独りにさせたの。
大丈夫かなあって思ってたら、案の定ね」

 「ちょっとした手違いが起こっただけだよ」
 広志君は強がりを言いますが……
 「手違いって、どんな?」
 って先生に尋ねられると……
 「…………」
 それには答えられませんでした。

 「まあいいわ。これで今日一日が無事にすんじゃったら、私、
失業するところだったけど、朝の小テスト一つ満足に受からない
ようなら、どうやら、あなたには、まだまだ私が必要みたいね。
今日は、小宮先生からとびっきり痛いのを一ダースばかりお尻に
いただいて帰りましょう」

 「えっ!」
 驚いた広志君ですが、会田先生の冷たい表情が変わる事はあり
ませんでした。
 「……それが、何よりあなたの為だわ」

 「だから、たまたまだよ。たまたま間違えただけだって……」
 広志君、苦し紛れのいい訳を独り言のように小さな声で言いま
すが、会田先生は広志君を取り囲んだ女の子たちに向かっても、
さらに強烈にこう言い放つのでした。

 「みなさん、この子の成績なんてこんなものなの。みなさんと
大差ないの。この子、周りがちやほやしてくれるもんだからうぬ
ぼれてるみたいだけど、その方がよほどたまたまよ。今は成績が
あまり上がっていない子でも、あなたぐらいのポジションなら、
すぐに追いつくんだから……大きな口はたたかないことね」
 広志君、会田先生にたっぷりイヤミを言われてしまいます。

 どうやら広志君、昨夜は無我夢中でプラモデルを組み立ててた
みたいで、睡眠時間は二時間。会田先生と約束した宿題の範囲に
も目を通していません。しかもその睡眠時間だって、途中で眠く
なって寝てしまったみたいでした。
 結局そんな広志君をベッドへ運んだのは会田先生だったのです。

 小学生も高学年になると、我を張って家庭教師の言う事をきか
なくなります。そのくせまだ自分で自分を律することができない
ものですから、独りにさせても満足な成果は期待できません。
 こんなことが起きてもそれはそれで仕方のないことでした。

 この日、広志君は居残りです。でも、同じ居残りといっても、
その対応はケースバイケース、千差万別です。

 広志君の場合は、単に補修授業があるというだけでなくその中
で何度も何度も飽きるくらい、涙がこぼれるくらい反省の言葉を
言わされると思います。それは担任の小宮先生が家庭教師の会田
先生から昨夜のことについて説明を受けていたから。こんな子に
は厳しいお仕置きが必要だと小宮先生が思うだろうからでした。

 普段優しい小宮先生も場合によって子供たちに厳しく接します。
もしそこで反抗的な態度とれば、さらにお尻叩きの罰が追加され
る事も……この学校のお仕置きでは『申し訳ありません』という
態度が何より大事でした。たとえぶたれるようなことがあっても
大声を出さず必死に我慢しないと罰はさらに増えていきます。

 そして、何より他の学校と大きく違っていたのは、家庭教師の
存在。家庭教師と学校の先生が連携をとって子供をお仕置きする
という摩訶不思議な学校でもあったのです。

 学校で起きたことを理由に家でお仕置きというのはまだあるで
しょうが、ここでは、家で起こったことを理由に学校でお仕置き
されるなんてことも決して珍しいことではありませんでした。

 そんな超監視学校の一日がこれから始まります。
 今日はいったい何人の子が恥ずかしさに耐え、お尻叩きの罰を
必死にこらえるんでしょうか。
 災いはもちろん私にも降りかかる可能性があるのですが、私の
場合、それがなぜか楽しみであったりもするのでした。

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小暮男爵 << §6 >>

小暮男爵

***<< §6 >>****

 朝の辛い儀式(お浣腸)が終わると私の身体は河合先生の手に
委ねられます。
 パジャマだけでも着ることができてやれやれ一息というところ
ですが先生と一緒に向かうバスルームでは再び裸にならなければ
なりませんでした。下着を身に着ける事ができるのはその後です。

 遥ちゃんもそうですが、小学生というのは自分で自分の身体を
洗うことができません。
 子供の身体は家庭教師の先生が洗う決まりになっていました。
 ですから、バスルームに着くと私たちは再び裸にさせられます。

 ただ、朝のバスルームというのはお風呂が沸いているわけでは
ありません。あくまで身体を洗うことだけが目的でした。
 バスルームで合流した私と遥ちゃんは、二人して冷たい洗い場
に裸で並びます。

 「どうだった?久しぶりのお父様は?」
 「どうって?」
 「久しぶりに抱っこしてもらったんでしょう?」
 「そ……そんなことしないわ。私、もう子供じゃないもん」
 私は見栄をはります。だって、この歳で赤ちゃんみたいに抱き
合って寝てたなんて言いたくありませんから。

 「どうだか……あんた、甘え上手だもんね。また上手く甘えて
お父様に何か買って貰う約束したんじゃないの?」
 遥ちゃんは含み笑いです。

 「そんなことあるわけないじゃない」
 私は少しだけ語気を強めます。

 河合先生はこんな時、たとえその子達のすぐそばにいても何も
おっしゃいません。ただ、嘘をついていると、河合先生の手荒い
ボディーウォッシュをやり過ごさなければなりませんでした。

 『痛い!!』
 その時、私は思わず腰を引きます。

 それは河合先生のスポンジがお股の中で暴れたから。つまり、
嘘をついているからでした。

 「ほら、腰を引かない。無駄なおしゃべりはしないの」
 先生に叱られます。

 河合先生のスポンジは無遠慮に私の股間をゴシゴシしますが、
どんなに痛くてもそれで悲鳴を上げることは許されませんでした。

 河合先生の仕事は身体洗いだけじゃありません。歯を磨いて、
下着を穿かせて、髪をセット、お家の中だけで着る普段着を身に
つけさせるところまでが全部、河合先生のお仕事なのです。
 一方、子供たちはというと、それにただただ耐えるだけが仕事
でした。

 どうしてそこまで?子ども自身にやらせればいいじゃないか?
とも思いますが、要はお父様の前に出る時、子供たちだけでは、
完璧に仕上がらないというのがその理由のようでした。

 あれで15分位もかかったでしょうか、やり慣れている先生の
手際のよさは天下一品です。ただし、その間、私たちは河合先生
のお人形ですから何もできません。
 『こういう髪型がいい』とか、『今日はこのお洋服で』なんて
注文も出してはみますが、それもあくまで河合先生しだい。
 彼女がダメと言えばだめ。私たちに決定権はありませんでした。

 そのあたり子供の立場は辛いところです。

 でも、これが中学生になると一変します。誰の手も借りません。
朝は自分で起きてバスルームに行き、顔をや身体を洗い、自分で
髪をとかします。その日に着る服だってクローゼットから自由に
選ぶことができました。
 もちろん、それをお父様が気に入るかどうかは別問題ですが、
自由の幅がぐんと増えることは確かです。

 女の子にとって自分で自分を装えるってとっても大事な事です
から小学生の私たちには隣りで作業する中学生のお姉さまたちが
羨ましくて仕方がありませんでした。

 ただ、そうは言っても良いことばかりではありません。実は、
困った事もあったんです。

 私たちは家庭教師の先生にお任せですから、どんなに寝ぼけて
いても先生がベッドから引きずりだしてくれますし、バスルーム
でふらふらしていても勝手に身繕いが済んでしまいます。

 ところが中学生になると、そうはいきませんでした。
 必ず自分で起きなければなりませんし、自分で身繕いをしなけ
ればなりません。『今日は疲れてるから今日だけ先生お願い』と
いうわけにはいきませんでした。

 そのうえ、シャワーを浴びて身を清めたり、髪をとかしたりと
いった作業は担当の家庭教師がチェックしていますから手抜きも
できません。
 お父様の待つ大食堂では子供たちの誰もがきちっとした身なり
で現れなければなりませんでした。

 戦後、爵位がなくなったと言ってもお父様は元男爵。ご本人は
家にいる時でも常にきちっした身なりをなさっています。
 ですから、子供たちにもきっとそうして欲しかったのでしょう。
『子供だからだらしのない身なりをしていても仕方がない』とは
お考えにならないみたいでした。

 目やにをつけたまま食堂のイスに座ろうものならまず顔を洗う
ようにお命じになりますし、寝癖を残したぼさぼさの髪や上着の
ボタンが外れているのもNG。スカートの裾からほんの少しだけ
シミズがはみ出していただけでも家庭教師が付き添って化粧直し
です。

 とはいえ、朝寝坊は大半の子に起こるもの。
 この日の朱音(あかね)お姉さまを襲ったのもそうした不幸で
した。

 朝の食堂には、男爵様の家でお世話になっている男の子二人、
女の子五人の合計七人が身なりを整えて朝の挨拶にやってきます。

 一番上は高校三年生の隆明お兄様、二番目が高二の小百合様、
こうした人たちは私たちのような子供から見ると兄弟というより
むしろお父さんとか、お母さんといった感じに見えます。

 どういうことかというと、このお二人は単に身体が大きいだけ
でなく、言ってる事、やってることが立派過ぎて私たちとは話が
かみ合わないからでした。

 何か言われる時は、たいてい雲の上から言葉が降って来る感じ
で、つまらないんです。
 こちらが返す言葉も、「はい、お兄様」「はい、お姉さま」と
しか言えませんでした。

 ま、その代わり、よく抱っこしてもらいましたから、そういう
意味でもお父さんお母さんみたいだったんです。

 この下は中学生。三年生の健治お兄様、二年生の楓お姉さま。
そして一年生の朱音(あかね)お姉さまです。

 このグループはお父様からある程度独り立ちを認められていま
すから、自分で自分の身体を洗うことができますしクローゼット
にあるどんな服でも自由に選んで着ることができます。

 でも、数年前までは、私たちと同じ立場だったわけですから、
まだ子供時代の雰囲気も残しています。

 私たちが冗談を言ったり、こちらがふざけても受けてくれます
し、読んでるマンガが同じだったりしますから、話も合いやすい
関係でした。

 その中学生グループの一人、朱音お姉さまがこの日の朝はなか
なか食堂に現れませんでした。

 他の子はとっくにお父様へのご挨拶を済ませ席に着いています。
最初の料理、ポタージュだってすでにテーブルに乗っています。

 そんな時でした。
 バタバタという足音が近づいてきたかと思うと、いきなり一陣
の風が食堂に吹き渡ります。
 とても急いでいたのでしょう。『ドン』という普段ならしない
音がしてドアが開いたのでした。

 少し前かがみになって激しい息遣いが私の座る席までも聞こえ
そうです。

 「女の子じゃないみたいね」
 どなたかがそうおっしゃいましたが、まさにそんな感じでした。
ゲームやマンガに出てくる『艱難辛苦を乗り越えて、今、お城の
大広間に乗り込んだ若き勇者』というところでしょうか。

 精悍な感じはすると思うのですが……
 でも、お父様にはあまり歓迎されませんでした。

 遅ればせながら朱音お姉さまが朝のご挨拶にお父様のそばまで
行くと、お父様の方で手招きします。

 「お前、目に何かついているぞ」
 まずは、お姉さまの目やにをナプキンで払い除けてから、その
全身を一通り見回します。

 「凄い格好だな。髪ぼさぼさ、上着のボタンは外れていて……
ん?……そのスカートの裾からチラチラ覗いているそれは何だ?」

 お姉さまは朝のご挨拶をしようと思ってそばに寄ったのですが、
これでは何も言えなくなってしまいました。

 「昨日の夜のお相手は誰だ。萩尾望都さんか?竹宮惠子さん?
それとも、大島なんとかさんかな?」
 お父様は家庭教師の武田京子先生を通じてお姉さまが夜な夜な
夜更かししてマンガを読んでいたのをご存知だったのです。

 ちなみに、お父様世代が読んでいた漫画は今のような形式の物
ではありません。手塚治虫先生登場以前の作品です。『のらくろ』
あたりでしょうか。単純で滑稽なショートストーリー。
 お父様は、複雑なストリー展開や人の情愛、感情の機微などを
マンガが伝えられるだなんて思ってらっしゃいませんから、漫画
は全て低俗な悪書だったわけです。
 当然、娘が夜更かししてまで読むものではありませんでした。

 「おまえは、まだ自分で自分の事が管理できないみたいだな」

 「…………管理って……」
 こう言われて、お姉さまは何か言いたげだったのですが……

 「お前はまだ子供だってことさ………………先生……武田先生」
 お父様はこう言っておいて専属の家庭教師武田先生を呼びます。
 武田先生は私たちでなら河合先生にあたる方、同じ役目でした。

 「先生、ご苦労だけど、この子を洗ってやってくれませんか?」
 お父様は捨て猫でも処理するように武田先生へ依頼します。

 「はい、承知しました」
 武田先生は一流大学を出た立派な才女ですが、ここではお父様
に雇われているわけですし、そもそもこうなったことについては
ご自分にも責任があると感じられたのでしょう、二つ返事で引き
受けられると、朱音お姉さまを連れて食堂を出て行かれました。

 で、どうなったか?

 どうって、特別な事は何もありません。お姉さまが久しぶりに
私たちと同じ朝の体験をしたというだけです。

 身体をゴシゴシ洗われて……「ほら、腰を引かない」とかね。
 髪をセットしている最中……「ほら、脇見しない!」とかね。
 出してきた服に文句を言うと、「贅沢言わないの。あなたには
これが似合ってるんだから」とかね。
 言われたんじゃないかなあと思います。

 ただ、武田先生からは念入りに洗っていただいたのでしょう。
朱音お姉さまが食堂に戻られた時はもう大半の子が朝食をすませ
ていました。
 中には早々席を立つ子もいて、そんな時に朱音お姉さまが準備
を終えて戻ってきたのでした。

 遥と私は、その時もまだお父様の席で何やら話していました。
 子供の役得で、お父様のお膝の上はいつ登ってもセーフエリア
(安全地帯)だったのです。

 今のように情報がたくさんある時代ではないので、お父様から
の情報は子供たちにはとっても新鮮で貴重なんです。
 色んな話題や知識がそこにはありますから、食事が終わっても
私たちはできる限りお父様のそばにいたのでした。

 そこへ武田先生と一緒に朱音お姉さまが食堂に帰ってきました。
 もちろん、今度は一部のすきもなく仕上がっています。
 まるで、これから舞踏会にでも行くみたいでした。

 「わあ、綺麗!」
 「こんなドレスで食事するの?」
 二人の目の前をお姫様が通過します。

 「お…おはようございます。お父様」
 武田先生に背中を押されて少し緊張気味にご挨拶。
 そりゃそうです。さっきお父様に叱られてこうなったわけです
から朱音お姉さまだって心から笑顔というわけではありません。

 「おうおう、綺麗だ。綺麗だ。見直したよ。女の子はやっぱり
こうでなちゃいけないな…………武田先生、ご苦労様でした」
 感嘆の声を上げるお父様。余計な手間をとらせた武田先生をも
ねぎらいます。

 「やはり、ちゃんとしていれば朱音が姉妹の中で一番綺麗だよ」

 たとえお世辞でもお父様にこう褒められれば、朱音お姉さまも
はにかんで笑顔がこぼれます。

 ただ、我が家の場合。これでめでたしめでたしというわけには
いきませんでした。

 「よし、では食事にしようか。でも、その前に……朱音。鏡を
持って来てこの椅子に敷きない。お前もその方がはっきり目覚め
ることができるだろうから……」
 お父様は、ご自分の隣りにある椅子の座面を叩きながら、朱音
お姉さまに命じます。

 お父様がおっしゃる『鏡』というのは本当の鏡ではありません。
 鏡を椅子に敷くなんておかしいでしょう。

 ここでいう鏡はまるで鏡のように磨き上げられた鉄の板のこと。
 その冷たい金属の板を座面に敷き、その上に裸のお尻を乗せる
という罰なのです。

 実はこれ、学校でも同じ罰がありますから、女の子にとっては
わりとお馴染みのお仕置きなのですが、さらに我が家では、その
鉄板を冷やすための専用冷蔵庫まで用意してあります。

 キンキンに冷えた鉄板の上に裸のお尻を乗せればそりゃあ目は
覚めるでしょうが……

 「はい……」
 朱音お姉さまは短く答えてその冷蔵庫に向かいます。

 その瞬間、お父様は、まだ食堂に残っていた健治お兄様にだけ
ここを出るよう指図されましたが、他にも残る女の子たちには、
何もなさいません。

 もちろん、食堂にまだ残っていた数人のお姉さまたちも事情は
ご存知です。でも、そもそもそんな事に感心を示す人などここに
はいませんでした。

 これって、学校でも家庭でもわりと頻繁に行われる罰なので、
私も含め女の子たちはすでに全員経験済み。今さら驚きません。
 それに何より女の子が女の子のお尻見てもしょうがありません
から。

 ただ、そうはいっても本人は別です。だいいちトイレでもない
こんな人前でショーツを脱ぐのは恥ずかしいことですし、お尻が
鉄の板に当たる瞬間、その冷たさに思わず顔色を変えないように
気を配ります。

 幸いロングスカートが裸のお尻を隠してくれますから外からは
普通に食事をしているように見えますが、キンキンに冷えた鉄の
板はよく尿意を呼びさまします。

 そして、それを我慢していると……
 「どうした?……行って来なさい。こんな処でお漏らしなんか
したら、それこそ恥ずかしいよ」
 こんなことをお父様に言われてしまいます。
 これもまた恥ずかしいことでした。

 冷たい椅子に腰掛けて独りでする食事なんて誰だって嫌です。
 でも、だからと言って「こんな物いらない」とは言えませんで
した。
 お父様が特別な理由なく食事を抜くことを許してくださらない
のです。

 『出されたものは全て食べること』
 これがお父様の厳命ですから、食事を拒否することはお父様の
お言いつけに逆らうこと。当然、それなりのお仕置きを覚悟しな
ければなりません。

 朱音お姉さまは重い手つきでスープを口に運びます。

 もったりもったりとした様子。
 そんなゆっくりとしたペースに、今度は、お父様が動きました。

 「ほら、いいから口を開けて……このままじゃ学校に遅れるよ。
ほら、あ~~ん」

 お父様は自ら大き目のスプーンに料理を乗せてお姉さまの口元
へ運びます。

 お姉さまは恥ずかしくても、それをパクリっとやるしかありま
せん。

 「よし、その調子だ。お前にはまだこの方が似合ってるな」
 お父様にこんな事を言われても、やはり黙っているしかありま
せんでした。

 「美味しいか?……美味しかったら『はい』って言いなさい」
 「はい……」
 恥ずかしそうな笑顔から小さな声が聞こえました。

 二口、三口、スープをお姉さまの口元へ運ぶと、今度はお肉を
切り分け始めます。

 今度はフォークに突き刺して……
 「あ~~~ん」

 「ほら、もう一口。…………よし、食べた」
 お姉さまは口元を汚しながらお肉を頬張ります。

 「よし、もう一つだ…………頑張れ~~」
 一方お父様はというと、もう完全に朱音お姉さまを赤ちゃんに
して遊んでいました。

 「おう、いい子だ。よく食べたねえ。……ほら、もう一口……
おう、えらいえらい。今度はサラダにするかい?」

 お父様の問いに口いっぱいにお肉を頬張っている朱音お姉さま
は口が開けられません。

 「サラダ嫌いかい?ダメだよ。野菜もちゃんと食べないと……
誰かさんみたいに便秘しちゃうからね。………よし、口を大きく
開けて……あ~~入った入った。……お前はやっぱりその笑顔が
最高に可愛いよ。独り立ちさせるのちょっと早かったか。また、
小学生に戻るか?私と一緒にネンネしようか?」
 お父様はお姉さまをからかいながらひとり悦にいっています。

 でも、こんな赤ちゃんみたいな食事に朱音お姉さまが歯を喰い
しばっているかというと……

 もちろん、恥ずかしいことなんでしょうが、お姉さまの顔は、
どこかお父様に甘えているようにも見えます。

 お父様の給仕が早くて思わずゲップなんてしちゃいますけど、
お姉さまの笑顔がすぐに復活してお父様を喜ばせます。

 「おう、ちょっと早かったか。じゃあもっとゆっくりにしよう」

 食事するお姉さまにとって両手は何の役にもたちません。イヤ
イヤすることもできません。今は、お父様に向かって笑顔を作る
ことだけが仕事みたでした。

 これってお姉さまに与えられた罰と言えば罰なんでしょうけど、
こうやってお父様と食事するお姉さまの姿は、時間の経過と共に
どこか楽しげなもへと変わっていきます。

 ですから……
 『いいなあ、私もやってもらおうかなあ』
 なんて思ったりして……小学生は不思議なものです。

 でも考えてみたら、朱音お姉さまだって数ヶ月前までは小学生
だったわけで、中学生になったからって、いきなりすべてが切り
替わるというわけではないようでした。

 そして、テーブルの料理が三分の一くらいなくなったところで、
朱音お姉さまはやっと自分の手で食事をすることができるように
なったのでした。

 ただ……
 「武田先生。朱音は、今日の午前中、体育の授業がありますか」
 その空いた時間にお父様が武田先生に尋ねます。

 「いいえ、今日は体育の授業はありません。午前中は特に体を
動かすような行事はないと思います」

 武田先生の答えは朱音お姉さまを再び震撼させます。
 いえ、それは私にもわかる結論でした。

 ところが……
 「さあ、あなたたち、そろそろ学校へ行く準備をしないと遅れ
てしまいますよ」
 河合先生が呼びに来て、私たちはそれから先の様子を見る事が
できませんでした。

 でも、その様子は見なくてもだいたいわかります。
 なぜって、それは私たちにも沢山経験のあることだからでした。

 おそらく朱音お姉さまはたくさんのイラクサをショーツの中へ
これでもかと言わんばかりに詰め込まれます。

 まるでオムツみたいになったパンツを穿いての通学。
 これで歩くとまるでアヒルみたいですから、傍目にもお仕置き
を受けたんだなってすぐにわかるのでした。

 しかも、これってただ歩きづらいというだけでなく、登校後に
イラクサを取り去っても、なかなか痒みがとれないのです。
 そこで症状が悪化しかねない体育が午前中にある時はやらない
のが不文律になっていました。

 二人は廊下に出てから顔を見合わせて笑い転げます。

 そりゃあ、私がそんな事されたらとっても嫌ですが、他の子が
お父様の目の前でスカートを持ち上げ、そこに表れたパンツも、
お父様から引きずり下ろされて、その中にたくさんのイラクサを
詰め込まれているなんて想像しただけでも楽しい事だったのです。

 「あなたたち、笑いすぎよ。……もっと他人を思いやる気持を
持たなきゃ」
 河合先生に注意されて酔いは醒めますが、それまではお腹抱え
て笑い転げていたのでした。

*************************

小暮男爵 >

小暮男爵

***<< §5 >>****

 お父様と私はお勉強を終えると、その後は一緒の布団で寝ます。

 タオルケットでぐるぐる巻きにされて、その身体をギューって
もの凄い力で締め上げられながら、私は学校の事を話しお父様は
ご自分の昔話をなさるのです。それって、脚色もあるんでしょう
けど、まるで童話のように楽しいお話でした。

 子供の頃悪戯ばかりしていてよくお尻を鞭でぶたれていた話や
ヨーロッパへ留学していた頃ラグビーの試合で気絶して優勝した
瞬間は覚えていないことやヨーロッパのお姫様と秘密のデートを
重ねた思い出、ヨットが遭難して無人島で一週間も過ごしたこと
など色々です。

 どれもこれも面白くて私を興奮させます。
 そして、その興奮がひとしきり収まった頃、私はお父様の胸板
に鼻の先をちょこっとだけ着けて眠りにつくのでした。


 翌朝、
 私は起きると自分が真っ裸にされていることに気づきます。

 『あっ!』
 焦った私はタオルケットを強く引き寄せましたが、どうやら、
それに気づいてお父様も目が覚めたみたいでした。

 「おっ、起きたか」
 ご機嫌な笑顔が目の前に……

 「おはようございます」
 私はちょっぴりくぐもった声になりました。

 「はい、美咲ちゃん、おはよう」
 お父様は私の鼻の頭を撫でただけでしたが、その瞬間、あの時
の胸の痛みが再び現れます。

 『そうか、これって、恥ずかしいってことなんだ』
 私はこの『ドキッ』という衝動が恥ずかしいという感情なのだ
と、この時初めて知ったのでした。
 だって、これまではお父様に限り恥ずかしいなんていう感情は
起きませんでしたから。

 えっ、そんなの変ですか?
 でも、そうなんです。

 我が家でのお父様というは、昨今流行の『足長おじさん』風と
か、『親切な他人』風といった軽い存在なんじゃなくて、まるで
神様みたいなものなんです。

 だって、この家ではどんなに強そうな下男もどんなに賢そうな
家庭教師もお父様の前ではかしこまっています。大人でも誰一人
逆らえませんから一番偉い人のはずです。ましてや何の力もない
子供の場合はなおさらでしょう。

 子どもたちにとってお父様というのは、その存在が空気みたい
に当たり前で、かつ宇宙みたに巨大なものですから、それが無く
なるとか、そこから離れようなんてそもそも考えることがありま
せん。

 たとえお仕置きにあっても、それは友だちとの喧嘩なんかとは
違って、これはもう自然災害みたいなものですから、諦めるしか
ないわけで、どんなに厳しいお仕置きになってもお父様を恨むと
いうことにはなりませんでした。

 もし、あなたが自分以外誰一人いなくなった地球で、素っ裸に
なったとしましょう。それって恥ずかしいと感じるでしょうか。
私とお父様の関係って、そんな異次元の関係だったんです。

 子供たちは、幼い頃からお父様のもとで絶対服従を強いられて
いましたが、それって空から雨が降ってくるくらい当たり前の事
でしたから気にしても仕方がありません。逆に、普段はたっぷり
愛されていますから、殊更不幸を嘆く必要もありませんでした。

 そんな人間関係では、他の人の前でなら必ず起きる事が起きま
せん。恥ずかしいという感情が起きないのです。私は、お父様の
前でなら、素っ裸になっても感じる事は何もありませんでした。

 ところが……
 そのお父様の前で、今、恥ずかしいと感じる。そんな当たり前
のことが、この時初めて起こったのでした。

 でも……

 「ん・どうした?恥ずかしいのか?」
 お父様の方からせっかくそう問いかけてくださったのに、私は
首を振ってしまいます。
 自分の気持が何なのか、その時はまだ確信が持てませんでした。

 それに気をよくしたからでしょうか、お父様が……
 「よし、それじゃあ、今日は、まず浣腸しようか。河合先生の
お話では、ここ三四日はお通じがないっておっしゃってたから。
私もさっきお腹を押してみたけど、美咲ちゃんのお腹、やっぱり
張ってるみたいだよ」

 お父様はまだ寝ぼけ眼の私が一瞬にして飛び上がるようなこと
を軽る~く言ってのけます。
 それを聞いた私の目は点になっていました。

 「あっ、先生。美咲にカンチョウしようと思うんですが、今、
手伝っていただけますか?……あっ、そうですか、お願いします」
 お父様はベッド脇のインターホンを使ってさっそく河合先生を
呼びだします。

 慌てた私は思わず全裸でベッドの脇に仁王立ち。
 でも、そこから先、私は体が動きませんでした。

 いえ、本心はこの部屋から逃げ出したいのですが出来なかった
のです。

 そもそも私の場合、たとえ自分のことでなくとも『カンチョウ』
という言葉を聞いただけで、やはり全身鳥肌、全身金縛りでした。

 身体は動きませんが、頭の中では不幸の記憶が回っています。
 苦々しい思い出が次々に蘇って仁王立ちの私を苛むのでした。

 お浣腸でまず嫌なのがあの姿勢です。特に私の家では赤ちゃん
がオムツ換えをする時のような仰向けで両足を高く上げる姿勢で
やらされますから、その瞬間は、無防備で何一つも隠せません。
お父様はともかく、たとえ同性でも河合先生にあそこを覗かれる
のは恥ずかしくて仕方がありませんでした。

 次はお薬が入ってくるあの瞬間です。お尻の穴に差し込まれた
ガラス管の冷ややかな感触やそこから発射されたグリセリン液が
直腸を逆流していくあの感触。恥ずかしい姿勢ともあいまって、
心は屈辱感でいっぱいになります。

 おまけにお薬の注入が済んでもすぐにトイレへは行けません。
 次は、オムツを当てられて、ウンチを出るのをできるだけ我慢
しなければなりません。たいていはお父様に抱っこされた状態で、
目を真っ赤にして見開き、お父様の襟の辺りを必死に握りしめて
我慢することになります。

 その苦しいことと言ったら、マジで死ぬ思いです。

 ところがそんなお父様の胸の中であやされていると、それとは
別の感情もわきます。安らぎというか、恍惚感というか、お酒に
酔ったみたいというか、とにかく不思議な気分です。
 この瞬間は私の心の中で天国と地獄が同居しているようでした。

 『もし、穿かされたオムツにやってしまったら……』

 そんな超恥ずかしいことが頭の中を支配するなか、それが一瞬、
とても楽しいことのように感じられたりして………でも、今度は
そんな事を思っている自分に気づき、思わずゾッとして我に返る。
 そんなことの繰り返しなのです。
 とにかく必死に頑張るしかありませんでした。

 お父様は、娘のことだと思って…
 「大丈夫、大丈夫、どうにもならない時はお漏らししてもいい
んだよ。お父さんだっておまえのオムツを取り替えてあげた事が
あるんだから……」
 なんておっしゃいますが、それはもちろん私が赤ちゃんの時。
病気の時てせす。こんなに大きくなってから、そんなの絶対に嫌
でした。

 もしこの事がお姉さまたちに知られたら、恥ずかしくて、私、
この家で生きていけなくなります。

 私が恥ずかしくないと言ったのはあくまでお父様と二人だけで
いる時だけ。他の人に対しては、みんなそれなりに恥ずかしいと
いう気持を持っていました。

 「よし、もういいぞ。ここでやってしまおうね」
 お父様はこう言って河合先生に私専用のオマルを用意させます。

 「いや、私、トイレ行くから」
 私は最後の力を振り絞ってお父様の胸から出ようとしますが、
たいてい果たせませんでした。

 「ほら、オムツが取れた。もうちょっとだけ我慢してね」
 お父様の声が遠くに聞こえます。

 もちろん排泄は屈辱的ですがその前に我慢できるだけ我慢させ
られていますから、その瞬間はもう放心状態です。
 お父様に両方の太股を持たれて人間イス状態で用を足します。
その時は恥ずかしいだなんて感じる余裕すらありませんでした。

 いつも決まってこんな感じです。
 しかも、終わった後もお薬の影響で下腹が嫌な感じで渋ります
から、これも最悪でした。
 ですから、こんなことをされた朝はホントに最低最悪なんです。

 こんな最低最悪の朝は拒否したいところですが、そこは悲しき
小学生。お父様がいったんやるとおっしゃったら小学生がそれを
拒否することなんてできませんし、逃げ出すこともできません。
 ここを出ても生活ができませんから小学生には逃げ出す場所が
ないのです。

 そんなわけでこの日の朝もインターホンで呼ばれた河合先生が
ピストン式のガラス製浣腸器やら蒸しタオルやらを持ってお父様
の部屋へとやって来ます。

 「ねえ、やめて……お願い……ねえ、やめようよ。恥ずかしい
もん」
 私はお父様におねだり声で擦り寄りますが……

 「大丈夫だよ。見てるのは、お父さんと河合先生だけだもん。
それともサッチャン(お手伝いさん)に手伝ってもらおうか?」
 
 「いや、絶対にいや。…ねえ、これって私へのお仕置きなの?」

 「オシオキ?……いや、そんなつもりはないけど…………ああ、
昨日のことね。たしかに、お父さんと一緒に暮らすこの一週間は
今までより大変かもしれないけど、それは美咲ちゃんにきちっと
した生活習慣を身に着けて欲しいからなんだ。遥ちゃんは、まだ
自分の事で手一杯みたいだから僕が助けなきゃって思ったんだよ」

 「じゃあ、このお浣腸はお仕置きじゃないの?」

 「もちろんそうだよ。お腹に老廃物が溜まってるのは健康にも
よくないからね。いらないものは出してしまわないと」

 「いらないものって……私、わざと溜めてるわけじゃないし…」
 声が小さくなります。

 「それにだ。最近、美咲ちゃんがお友だちと喧嘩したり学校の
成績がイマイチだったりするのも、便秘でお腹が重くるしくて、
ストレスになってるからじゃないかと思ってね」

 お父様の言葉には、それなりに説得力がありますが、だからと
言ってそれをあっさり認めるわけにはいきません。

 「そっ……そんなことないよ。わたし全然平気だよ。……関係
ないよそんなこと……ほんのちょっとだもん」
 私は慌てて否定しますが……

 「そう、ほんのちょっだけなんだ。だったら、やっぱりお腹は
張ってるんだ」
 
 「だから大丈夫だよ。そんなことでお友達と喧嘩なんてしない
し、勉強ができないなんてことないもの」
 
 「でも、お腹が張ってるのは自分で分かるんだろう?」

 「それ……は」
 私が口ごもると、その後はそのまま押し切られてしまいます。


 素っ裸のままお布団の上に仰向けになって、両足を高く上げ、
その上げた両足が下りないように太股を自分の両手でしっかりと
支えます。
 やがて大きな注射器のようなガラス製の浣腸器の先が私のお尻
の穴を突き刺すのですが、それを待つこの瞬間が一番嫌でした。

 女の子にとってすべてがあからさまになって隠すところがない
なんて……逃げ場がどこにもないわけですから……本当にこの上
なく恥ずかしいんです。
 
 「さあ、いくわよ。力抜いて」
 河合先生の声がして、ガラスの先端が私のお尻の穴を突き刺し
ます。

 幼い頃はお浣腸が嫌で嫌で仕方がありませんから、そのガラス
の先端がお尻の穴に触れた瞬間、肛門を閉めて必死に抵抗した事
もありました。

 ところが、ある時お父様がそれに怒って、ここにお灸をすえた
ものですから、それ以来なくなりました。

 お父様は私たちを養女にしていますが、年代的に言うとお父様
と言うより御爺様世代。ですからお灸なんていう古風なお仕置き
もお父様の中ではいまだに現役だったんです。

 お灸はキツイお仕置きだったのでいつもいつもというわけでは
ありませんが、ここぞという時は、他の姉妹をわざわざお部屋に
招いてから行います。

 熱いのと恥ずかしいのが一緒になった公開処刑です。

 お灸をすえられた回数は人によってさまざま。一学期に一回は
必ずというお転婆さんもいれば、一年か二年に一回あるかないか
というおとなしい子もいます。

 ただ、ここを巣立つまでの間に一度もすえられたことがないと
いう子はいなかったんじゃないでしょうか。
 どの子の肌にも、確かにお父様に育てられましたという証しと
しての灸痕が身体のどこかについていました。

 特に私がやられた肛門へのお灸はとびっきり熱くて、しばらく
はウンチをするたびにそこが沁みますから他のお灸のお仕置きに
比べても大変です。

 このため、ピストン式のガラスの先端がお尻の穴に当たると、
最初は必ず肛門を閉じますが、すぐにそれを思い出して緩めます。

 最初はお浣腸をされたくない一心で肛門をきつく閉じてしまう
のですが、すぐにそれがどんなに厳しいお仕置きに繋がっている
かを思い出して今度は反射的に肛門の筋肉を緩めてしまうのです。

 ならば最初からお尻の筋肉を緩めたままにしておけばよさそう
ですが、それがそうもいきません。
 実はこの一連の作業、頭で判断していたというより、ほとんど
無意識にこうなってしまうのでした。

 『んんんんんん』
 お薬が入ってくる瞬間は毎度毎度何ともいえない不快感です。

 『あ~~トイレ、トイレ』
 私は心の中で叫びます。

 お薬の注入が終わると、すぐにオムツが当てられ、私の身体は
河合先生からお父様に引き渡されますが、この時はすでにトイレ
へ行きたいという状態になっていました。

 『わ~~~だめ~~~』
 グリセリン溶液は即効性がありますから、すぐに効果がでます。
それももの凄い勢いでお腹が下りますからたちまち全身脂汗です。
 でも、すぐにおトイレへ行けるわけではありませんでした。

 5分、10分、いえ、時には20分もお父様の胸の中で我慢を
続けなければなりません。

 「ああ、いい子だ。でも、もうちょっと我慢しようね」
 私を引き取ったお父様は玉の汗をかきながらもパジャマの襟を
必死になって握りしめる私の顔を優しく見つめます。

 「ああ、いい子だ、いい子だ。頑張れ、頑張れ、もう少しだよ」
 お父様は10歳を越えた娘をまるで赤ん坊のようにあやします。

 「………………」
 おしゃべりな私はお仕置きの最中ですら余計な一言を言っては
お父様をさらに怒らしたりするのですが、さすがにこの時ばかり
は何一言も声がでません。
 もし、何かしゃべったら、それがきっかけで飛び出してしまい
そうなんです。さすがの私も無口になるしかありませんでした。

 『お浣腸』って体(てい)の良い拷問みたなものなんのです。

 ところが、お父様はそんな時でも私を赤ちゃんに見立てて笑わ
そうとします。
 「ほら、美咲ちゃん、面白いか?ベロベロばあ~」

 「いやっ……やめて……」
 私は不快といった感じで最初はお父様を睨みます。

 でも、そんな声と顔は長く続きませんでした。お父様のそんな
百面相を見て笑い上戸の私がつられて笑ってしまいますから困り
ものなのです。

 実際、こんなにも大変な状況なのに傍目には微笑ましい光景と
感じられる不思議な世界でした。

 さて、お父様からそんな風にしてオモチャにされているうち、
大人用の量を入れられた私のお腹はどうにもならないところまで
きてしまいます。

 お父様のパジャマの襟を必死に掴んで耐えられるだけ耐えては
きたものの、今さらオムツを外されてもトイレへ駆け込む時間は
残っていないと分かります。

 だって、その間に爆発しちゃいますから……

 そんなこんなはお父様もよくご存知です。
 そこでお父様が空気イスで私を支え、私は室内便器(オマル)
で用をたすことになります。
 オムツの赤ちゃんが『ママ、ウンチ』と言ってやってもらう、
あれと同じ姿です。

 終わると素っ裸の私は涙目で嫌なことをしたお父様の大きな胸
を叩き続けますが、その身体が再びお父様の抱っこの中へと吸収
されてしまうと、私はその胸中で隠れるようにまた笑ってしまう
のでした。

 自分でもなぜこんな時に笑ってしまうのかわかりません。
 でも、この時代はまだそれを押さえることができませんでした。

 私はお外では小学校高学年の女の子です。自分で言うのも変で
すが、わりとしっかりした少女です。でも、お父様との間では、
私の心は依然として幼い頃のまま。お人形のままです。

 「さあ、抱っこしてあげよう」
 なんてお父様に言われると、その誘惑に勝てません。どんなに
怒り心頭に達している時でも、お父様のこの一言で簡単に擦り寄
ってしまうでした。

 そんな様子を見続けてきたお父様はこのフレーズを多様します。
要するに私はまだ赤ちゃんだと思われてるわけで、私がお父様に
一人前の娘として認められ、色んなことに自由が与えられる日は、
この時点ではまだまだ遠い先のようでした。

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Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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