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小暮男爵 / 第2章  / §1 突然・トリップ

小暮男爵 / 第2章

*******//小暮 朱音//*********

 私の名前は小暮 朱音(あかね)。お父様の名前は小暮幸太郎。
 今は爵位なんて関係ないけど、お父様、戦前までは男爵だった
んだって。もっとも、私とお父様には血の繋がりはなくて、私は
貰いっ子。クリスマスの日の夜に教会に捨てられてたって聞いた
けど、詳しい事はわからないわ。そのあとは、施設を転々として
ある施設にいた時、お父様によってここへ拉致されて来たの。

 『拉致だなんてぶっそうだ?』

 でも、仕方がないのよ。その時、私まだやっとオムツが取れた
ところだったから。大人同士決めてしまえば私の気持なんて関係
ないみたいでね、施設の先生は、一人だけでも厄介払いができて
喜んでたみたいよ。

 以来、私は小暮幸太郎の養女としてお父様の別荘で育てられる
ことになったってわけ。
 こう言うと、何だかシンデレラストーリーみたいだけど、実際
には色々と厳しい現実もあるのよ。

 兄弟姉妹が多いってのもその一つかしらね。
 何しろ、お父様が毎年一人ずつ施設から子供を拾ってきて……
今は子供だけ24人もいるんだから……

 えっ、そんなことは第一章で美咲ちゃんが話してたの?

 あっ、そう……じゃあ、ここは省略していいわね……以下は、
私の想い出話。興味があったら読んでね。

**************************

<主な登場人物>

 学校を創った六つのお家

 小暮 幸太郎
 リンカーンに似た風貌。元男爵。
 造船業が本業。奥さんはこの歳になって養女を大量に作る夫に
 嫌気がさして滅多に別荘(子供たちの自宅)へはやってこない。
 あだ名の『先生』は彼がこの組織を立ち上げたことによる敬称。

 進藤 高志
 縞の三つ揃えでスエードのハットを被る。
 家では油絵を描き、ピアノを弾く
 奥さんは(秀子)さん>
 映画製作会社、興行師、画商、などで財を成したとされるが、
 詳しいことは不明。あだ名は芸達者なことから『師匠』。

 真鍋 久子
 古くからある紡績会社を継いで戦前戦中戦後と活躍。女の子が
 就職する際の受け皿ともなっている。自らの関連会社だけでは
 なく服飾関係にも顔がきくため彼女の引きたてにより服飾関係
 の会社を経営したりデザイナーになった子も多い。
 巴御前からとも言われているが『御前』と呼ばれることも。

 佐々木 啓造
 電鉄会社・デパート・不動産の三位一体で財をなした財界人。
 現役の頃は『強奪啓造』と呼ばれて強面のイメージがあったが
 今は好好爺といった風情で子供たちにも優しい。

 高梨 庄治
 謎の多い人物。戦前までは子爵だったというが何によって財を
 成したかは不明。噂では日本海軍の諜報機関だったとか、証券
 業界の風雲児だったとか、色々言われている。海外の人たちと
 のコネクションが多彩な人でもある。

 中条 仁
 ケミカル関係の会社をいくつも持っている。あだ名は『総帥』
 博士号を持つインテリなのだが、何にでも理屈っぽいところが
 玉に瑕といった感じでもある。

 // 小暮男爵家 //
 小暮美咲<小5>~私~
 小暮遥 <小6>
 河合先生<小学生担当の家庭教師>
 小暮 隆明<高3>
 背が高く細面で彫が深い。妹たちの間では
 もっぱらハーフではないかと思われている。
 小暮 小百合<高2>
 肩まで伸びた黒髪を持つ美少女。
 凛とした立ち居振る舞いで気品がある。
 小暮 健治<中3>
 小暮 楓<中2>
 小暮 朱音(あかね)<中1>
 クリスマスの夜に教会に捨てられていた。空想好きで冒険好き。
 武田京子先生<中学生担当の家庭教師>
 小暮 樹理<大学2年生>
 今は東京で寮住まい。弁護士を目指して勉強している。


 // 聖愛学園の先生方 //

久保田先生<教務主任/女性>
 生徒の間ではもっぱらお仕置き係と呼ばれている怖い存在。


 //中1のクラス<担任/青木先生>//
 小暮 朱音


****<< §1 >>***/突然・トリップ/*****


 その日は学校の中間テストをしくじっちゃって、教務の久保田
先生にこっぴどくお尻を叩かれたら、何となく素直にお家の車で
帰る気分になれなくて学校の裏門をそうっと抜け出すと鷲尾の谷
を下りて行ったの。

 あの谷を最後まで下りて行くと、これぞ秘境駅ってのがあって、
落ち込んだ時はいつもこのホームでディーゼルを待って乗り込む
のが習慣なのよ。

 『えっ、そんなことして良いのか?』

 良いわけないじゃない。
 うちの学校、細々した事にまで規則があってうるさいんだから。
鷲尾の谷を降りるんだって、みっかったらお仕置きものだもん。
もちろん『ディーゼル列車に乗ってふけた』なんてわかったら、
スカートの上からゴムのパドルでお尻百叩きだわね。

 あっ、そうか、私の場合は前科があるからね、ひょっとしたら
クラスの子たちが見てる前でパンツまで脱がされるかも(笑)。

 『笑い事じゃない?』

 そりゃあそうだけど、でも、その時はそんな先のことまで考え
てなかったの。
 とにかく、泣きはらした目を妹たちに見せたくなかっただけ。
独りになりたかっただけだもん。

 だってディーゼル列車の車内ってさあ、自動車と違って広々と
してるし、普段とは違う景色が流れるでしょう。田舎の景色独り
占めだもん。その代わり最寄り駅から自宅まではたっぷり2キロ
歩かなきゃならないんだけど、こっちの方が断然、快適なの。

 私の場合、本来はだったら遥や美咲たちと一緒に河合先生の車
だけど、先生にはスクールバスで帰ってきたことにしておくの。
……要するに、ばれなきゃいいのよ。

 メランコリーな気分で谷を下りて来て、『生田』という名前の
駅舎もないような無人駅のホームでディーゼル機関車が牽引する
二両編成の列車を待つの。

 まるで映画のヒロインになった気分。
 ここは前は鉄橋、後ろはトンネルという山の中のそれも谷底に
ある無人駅なんだけど、そこがいいの。鑑賞旅行にはぴったりの
ロケ地だわね。

 こりまま列車に揺られて傷心の旅に出る予定だったんだけど。
 その日はたまたま運が悪かったの。

 ホームの真ん中にある屋根のついてる木製ベンチに誰かが腰を
下ろしてるみたいだから、『おや変だなあ』とは思ったんだけど
……

 『何で、あいつらがいるのさあ』
 がっかりしたわ。

 「おねえちゃ~~~ん」
 「こっち、こっち」

 二人は一生懸命手を振って私を迎えてくれたんだけど、こんな
ありがた迷惑なおせっかいはなかったわ。

 『私は、あなたたちと遭いたくないからここに来たのに……』
 そう思ったけど、今さらどうしようもないしね。トホホだった。

 「あんたたち、河合先生の車で帰らなかったの?」

 「今日は朱音お姉様が久保田先生から極刑を受けると思います
から私たちもスクールバスで帰りますってお断りしたのよ」
 美咲の思わせぶった可愛らしくない言いまわしにカチンときた。

 「へへへ、抜け駆けしようったってだめよ。お姉ちゃんの行動
ぐらいちゃんとお見通しなんだから……こんな日にお姉ちゃまが
みんなと一緒にスクールバスで帰ることなんてありえないもん。
だったら私たちと帰った方がまだいいじゃない。そこで、一人に
なって帰れるルートはないか。そうだここしかないって睨んだの。
大正解」
 勝ち誇ったような遥の言葉にはもっとカチンときた。

 「勝手にしなさい」
 私は捨て台詞を残して、相手にしない事にしたんだけど……。

 「ねえ、久保田先生に何やられたの?」
 「お尻叩きだけ?浣腸は?……お灸までやられなかった?」
 「そもそも、どうしてカンニングなんかしたの?」
 「成績落としたくなかったの。それともお父様に叱られるのが
嫌だったとか……」
 「ねえ、どっちみち家に帰ってもお仕置きされるんでしょう?」

 二人は次々に質問を浴びせかけるけど私は一切無視し続けたの。
 芸能記者に追いかけられる有名芸能人の気持がよ~くわかった
わ。

 だから、この秘境駅にディーゼル機関車の汽笛が聞こえた時は
正直ホッとしたの。

 やがて、その列車はトンネルを抜けて私たちの目の前に現れた。
 
 予定時刻より少し早かったのは知ってたけど後ろに連結された
二両の客車もいつもと同じ色や形のものだったからそれを疑った
りしなかったの。

 だって、ここは田舎の駅でしょう。この時間帯に着く列車って、
15時55分発以外にあり得ないもの。その次もその前も一時間
以上あいてるんだから。
 そりゃあ、『いつものが来た』って思ったわよ。三人一緒にね。

 私たちまるで映画のヒロインになったみたいに大はしゃぎして
その列車を迎えたの。
 実をいうと、ここを運転する運転手さんって決まってて昔から
顔馴染みだから気心は知れてるの。列車がホームに着く前から、
両手を大きく振ってご挨拶したわ。

 もちろんそんなことしなくても定期列車ならちゃんと止まって
くれるはずなんだろうけど『落ち込んでる時ほど明るく振舞う』
というのが私のポリシーだから、そこは映画のワンシーンみたい
に女優気取りでオーバーアクションしてみたんだけど……
 この女の子三人のはしゃぎぶりが思わぬ誤解を招いちゃった。

 「何だ、朱音ちゃんもこれに乗る予定だったんだ?小暮さんの
子供たちはみんな乗るのかな?」
 と、ディーゼル機関車の運転手さんが私の方を振り返ったの。

 その時、私は妹たちと一緒に後ろに連結された客車のドアの前
にいたんだけど、なかなか開かないドアに苛立って美咲がドアを
蹴り始めていた。

 「ほら、あなたたちお行儀が悪いわよ」
 私は妹たちを叱った後、運転手さんに向かっても……
 「乗るのは私たち三人だけよ。早くドアを開けてよ。佐々木の
おじ様に言いつけるわよ」
 と、こちらも苛立ってしまったの。

 だってこの時は、三人が三人とも目の前にある客車がいつもの
定時列車だと思ってたんだから……。

 「わった、わかった、じゃあ、急いで乗って。これ、遅れてる
から」
 と、今度は車掌さんに合図を送ってドアを開けてくれる。

 『何、もたもたしてるんだろう』
 そう思って客車に乗り込んだんだけど、ここまでは何も疑って
なかった。だってえ、やって来た列車はいつもの見慣れた外観の
ディーゼル列車なんだもん。誰だってそう思うわよ。

 三人が乗り込むやいなやドアが閉まってすぐに発車。

 『遅れてるって何言ってるのよ。むしろこれ、いつもより早く
来てるじゃないのさあ。運転手さんの時計の方が狂ってるのよ』
 私は乗り込んだ直後もまだ自分の勘違いに気づいていなかった。

 だけど、あたりを見回すうちに……
 「……?……??……えっ???…………え~~!!!」
 やっと異変に気づいたの。

 だって床に赤い絨毯が敷いてあって天井の照明がシャンデリア
になってる定時列車なんてありえないもの。
 そりゃあ誰だって気づくわよ。私たちの今いる場所が、お召し
列車のエントランスだってね。

 「何よ、これ!いつもと違う」
 「これって、佐々木のおじさま愛用のお召し列車よね」
 妹たちも当然気づいて三姉妹の目は点になって泳いでる。全員、
全身の血の気が一気に引いたわ。

 「お姉ちゃん、これって、まさか……」
 「そのまさかよ。佐々木のおじ様のお召し列車」
 「どうしてそんなのに乗っちゃうのよ」
 「仕方がないでしょう、分からなかったんだもん」
 「ねえ、これに人、乗ってないよね。空だよね。回送車両よね」
 美咲の希望的観測も……ドアの向こうからおじさまたちの声が
聞こえ始めると、たちまち打ち砕かれちゃった。

 三人が三人ともそうだろうけど、その瞬間は、ホント、生きた
心地がしなかったはずよ。

 実はこの路線、鉄道会社を経営する佐々木のおじ様が学校の役
にたつならばと赤字覚悟でわざわざ本線へ続くレールを敷設して
くださった盲腸線なの。

 普段のお客さんは学校に食材を提供している近隣のお百姓さん
たちとか、OBOGが学校に遊びに来る時に利用したり、あとは
私たちが社会科見学や修学旅行みたいに遠出する時にもよく使う
んだけど……そんなものかな。

 この鉄道、私たちにとって役にはたってたけどお昼の時間帯は
ほとんどお客さんが乗ってないから私一人だけ乗せてももらって
も邪魔にはならないというわけで、普段から顔パスで乗せてくれ
てたの。
 もちろん乗車拒否なんてされたことなんて一度もなかったわ。

 降りる駅にはちゃんと駅員さんがいるけど、ここでも、校章を
ちらつかせればそれでOK。駅員さん、通り過ぎる私に何も言わ
ないもの。

 ただね、そうは言ってもこの時ばかりは事情が違ってたの。

 私たちが乗り込んだのは『お召し列車』と呼ばれてて、お父様
たちが大人同士で旅行する時なんかに乗る特別列車。だから車内
はめっちゃ豪華で、造りも一般車両とはまったく違うんだけど、
とにかく外観が通勤列車と同じだから分かりにくいのよ。

 もちろん、子どもは勝手に乗れない列車なんだから、そりゃあ
びびるわよ。

 それに何より、私がこの路線の列車に乗って通学すること自体、
許されていないわけだし……それが見つかっただけで大目玉って
ことになるでしょう。
 もう、絶体絶命だったわ。

 「……ヤバイよ。とにかく降りなきゃ!!!!」

 正気に戻った私は、一番前の窓を開けると、機関車の運転席に
向かって大声で叫んだの。その距離10mくらいあったな。もう
必死だったわ。

 「止めて!お願い……止めてったら!……止めろ~~~」

 何回か叫んでやっと運転手さんに私の声が届いたんだけど……
 「ダメだよ、もう発車しちゃってるし、ここは鉄橋の上。次は
トンネル。こんな処で止められないよ。そもそも、あの駅でも、
本当は止まる予定じゃなかったんだけど、社長直々の命令で臨時
停止したんだ。君たちが必死に手を振るから、ひょっとして何か
あったのかと思ったよ」

 『え~佐々木のおじ様私たちに気づいてたの。……それって、
もっとヤバイじゃない……ヤバイよ……これ絶対にヤバイよ』
 私、風にかき消されながら流れてくる運転手さんの声を途切れ
途切れに聞きながら、頭は真っ白、顔は真っ青になってた。

 「この列車は、みなさんが富士山の麓にある引込み線でお花見
をするため動かしてる特別車両だから一般のお客さんは乗り降り
しないんだ。……とにかく、お父さんに相談しておいでよ」
 と、運転手さん。

 でも、それって……
 『もっとヤバイことになるじゃない。私は隠れて降りたいのに』
 私は思ったけど……でも、それしか方法がなかった。

 ただ、そうはいっても、いきなりドアを開けて『こんにちわ』
だなんてやる勇気がないから、まずは、そうっと大人たちの声が
聞こえるドアに耳を近づけてみたの。

 すると、ドアの向こう側、客室にいる大人たちの会話の中身が
聞こえてきた。

 「いやあ、私も、小暮先生が孤児の面倒をみてると聞いた時は
正直言って酔狂なことをなさるもんだと思いましたけど……でも、
今こうして子どもたちが育ってみると、ちゃんと戦力になってる。
能力もあるし、忠誠心も一般の社員より高い。なるほどそういう
ことかって思い直しましたよ」

 「私も確信があったわけじゃない。最初はそりゃあ不安でした
よ。孤児なんてどうせ発育がよろしくなかろうから育ててみても
ものにならないんじゃないかって不安は常にありました。そこで、
最初はお医者や幼児教育の専門家から意見を聞いて、とにかく、
優秀そうな幼児だけをピックアップしてもらい、その中から私が
選んで一時的に施設から預かることにしたんです。そういう意味
では私なんか本物の篤志家とは言えませんよ」

 「いやいや、たとえそうでもいいじゃないですか。少なくとも
その子たちだけでも未来が開けたんですから……彼らにとっては
大きなアドバンテージですよ」

 「そうそう、それに、いくら純粋な慈善ではないといっても、
こんなこと誰にでもできることじゃない。それこそ純粋に子供が
好きな人でなきゃできませんよ」

 「ま、それは言えてるかもしれませんね。私の場合、息子たち
が現役の子どもの頃は私の方がまだまだ忙しくて充分にかまって
やれなかった。……それで、気がついたら、あいつらいつの間に
か大人になってしまってて……立派になったことは喜ばしいんだ
けど……でも、そうなると今度は抱けない。それがどこか寂しい
んですよ(笑)」

 「子供がまだ現役の頃に抱きたかったというわけですか(笑)
つまりその埋め合わせが欲しかったというわけですね」

 「そういうことです。だから、妻はいまだにおかんむりですよ。
『今さらなぜ子育てなんですか!あなたのわがままには付き合い
きれません』ってわけです」

 「なるほど、たっぷり実の子に愛情を注いできた奥さんにして
みたら、さあいよいよこれから夫婦水入らずという時になって、
なぜ今さら他人の子を……というわけでしょうな。それもわかる
気がします」

 私、ドアに耳を当ててお父様たちの会話を聞いていました。
 もちろんそれって、盗み聞きするつもりでやってたんじゃない
んですが、とにかく中の様子が知りたくて……

 するとバカな妹たちが私の身体に圧し掛かってきますから……

 「……キャー」
 三人の重みで観音扉がいきなり開きます。

 私たちは思わずお父様たちの宴会の席へ……

 『入っちゃった』

 当然、お父様たちは鳩が豆鉄砲を喰ったような顔になってます。
身の置き所がないというのはまさにこういうことなんでしょうね、
その瞬間は、裸で人前に放り出されたくらいショックでした。

 辺りを見回せば、六家のお父様たちがそれぞれにソファに腰を
下ろして複雑な表情。でも、どこか笑ってるようにも見えます。

 この車両は、今で言うサロンカー。床には厚いペルシャ絨毯が
敷き詰められ窓には緞子のカーテン、天井の照明もシャンデリア、
無線電話が引きこまれ、部屋の片隅には本棚や雑誌ラック、各国
の洋酒がずらりと並んだバーカウンターまで……

 何でもこの車両、佐々木のおじ様がお友だちを誘って慰安旅行
する際や国内視察用に作らせた特別列車なんだそうで、この日は
富士山が間近に見える専用の引込み線まで六家の人たちとお花見
に誘ったのでした。

 つまり大人の為のお楽しみですから私たちはおじゃま虫という
わけです。

 そんな中、気を取り直して私がまずしたことは……
 やっぱりこんな時は笑うしかないと思って、六家のおじ様たち
に笑顔で愛想を振りまいてみましたが、さすがに小暮のお父様が
視界に入ると顔は引きつります。
 血の繋がりはなくても私にとっては本当のお父様ですから……
可愛がられてはいてもこんな時は叱られる可能性だって大なわけ
です。

 「朱音、おいで」

 当然ですけど、お父様に呼ばれます。
もうこうなったら観念するしかありませんでした。

 ところが、あれこれ思いをめぐらせたあげく目を開けてみると、
二人の妹たちがこの時すでにお父様の首っ玉にしがみ付いて甘え
ています。
 私は一瞬気が抜けてしまいました。

 これってやっぱり歳の差なんでしょうね。 私だって、ほんの
一、二年前までならこうして無条件にお父様に甘えられてたのか
もしれませんけど、後先のことが考えられるようになった今では
そう簡単に「おとうさま~~」なんて甘い声を出すことができま
せんでした。

 「お久しぶりです」
 お父様が腰を下ろすソファの前に立った私は軽いジョークを…

 でも……
 「何が、お久しぶりだ。朝、会ったばかりじゃないか。今日は
中間テストだったんだろう?……どうだったんだ?」 
 お父様に私のジョークは通じませんでした。

 「それは……えっ……と……」
 教務の先生にさっきお尻をぶたれたばかりですからね。
 いいわけないわけで……口ごもっていると……

 「いやあ」
 私、大きな声で悲鳴を上げます。

 だってえ、お父様ったら私を膝の上にうつ伏せにするんだもん。
そりゃあ誰だって慌てますよ。
 すぐにでもお尻をぶたれるのかと思っちゃうじゃないですか。

 案の定、スカートの上にお父様の手が乗ったから……
 「あっ~」
 って、息を吸ったの。

 ま、このくらいはさすがに許されるんだけど、本当にスカート
が捲られちゃうと、もう無意識に隠したくて手が動いちゃう。
 すると、お父様がその右手をパチン。

 でも、それだけじゃないの……

 「いやあ~」
 思わず声が出ちゃった。

 だって、ほかのおじさまたちがみんな見てる中でしょう。下着
が見えただけでも女の子には恥ずかしいのに、今度はショーツに
手が掛かるから……

 ま、これも普通の子なら、もっと大きな声で「きゃあー」とか
言って悲鳴を上げるんだろうけど、うちは幼い頃からの躾けで、
お仕置きといえどむやみやたらに悲鳴をあげるもんじゃないって
教えられてきたから悲鳴をあげることには抵抗があるの。この時
も必死に我慢したわ。

 あんまりみっともない声を出すとそれを理由にまたお仕置きが
追加されるんだもん。お尻叩きの最中は悲鳴も手足のバタバタも
できるだけ我慢なの。

 そうしたら……
 「どうやら、中間テストの成績が悪かったみたいだな。………
…それも、相当に……」
 お父様、私のお尻に残る痣をみて判断したみたい。

 そりゃそうよ。この時はもう痛みもひいてたけど、ぶたれた時
はもの凄く痛かったんだから。痣くらい残ってるはずだわ。

 すると、お父様、少し考えてから……
 「察するに、教務の久保田先生にお仕置きされたもんだから、
メランコリーになっちゃって、妹たちとは一緒に帰りたくない。
そこで、谷を下りて来てみたら、たまたま列車が来たんで慌てて
乗ったら、それがこれだった。……どうせ、そんなところだろう。
……違うか!?」

 お父様の推察に、私、思わず心臓が縮みそうになったわ。
 心臓発作寸前。

 「……(スルドイ<汗>)……」
 私、答えなかったんだけど、冷や汗タラリだった。

 「どうやら図星みたいだな。しょうのないやつだ」
 お父様の投げやりな言葉に私は思わずカチンときて頭を後ろに
振ったんだけど。

 「何だ、その目は……違うのか?」

 「えっ……それは、そうだけど、仕方がないでしょう。だって
この電車、普通の電車と同じデザインなんだよ。もっと、一目で
見て『わあ素敵な電車』とか分かれば最初から乗らなかったのに」

 「何言ってるんだ。ここの列車に限らず列車に乗ること自体、
お前にとっては校則違反じゃないか。帰りのルートを変える時は
許可がいるが、どうせそんなことはしてこなかったんだろうが」

 お父様にこう言われると、それには反論できなかったの。
 うちの学校は登下校の方法までちゃんと決められていて、私の
場合だと、この列車を利用する時は学校の許可がいるんだけど、
そんなの面倒な許可なんか取ってられなかったから。

 するとそんな親子の会話を聞いていた佐々木のおじさまが笑っ
て……

 「なるほど、そうか。朱音ちゃんとしては、とんだ災難だった
わけだ。いや、この列車の外装が一般の客車と同じなのはお客様
に失礼がないようにと思ってなんだ。サロンカーを運行していな
いうちのような会社が、社長だけ派手な電車で走り回っていたら
お客様が不快に感じられるんじゃないかと思ってね……それで、
わざとこうしてあるんだ」

 中条のおじさまも……
 「別に悪い事をするわけじゃないけど、こういうのを隠れ遊び
と言ってね、あまり他人には見られたくないんだよ」

 「……じゃあ、私、悪いことしちゃったんですね」
 私が何気に言うと、間髪いれずお父様の雷が落ちた。

 「当たり前じゃないか!!」

 「まあ、まあ、いいじゃないですか。どうだい、これも何かの
縁だ。中間テストも終わったことだろうから、これから私たちと
一緒に富士山の麓まで行ってみるかい?」

 佐々木のおじさまは誘ってくれたけど、お父様がお断りしたの。

 「いや、それはいけません。これはご覧のように不躾な娘で、
向こうへ行ってもご迷惑をおかけします。それに今回のことでの
お仕置きもまだ済んでいませんし……」

 「そうですか…お仕置きですか…でも、それもここで済ませる
ことができるんじゃありませんか。他の方々さえよろしければ、
私も協力しますよ」

 佐々木のおじさまが食い下がります。
 すると、その様子を見ていた他のおじさまたちまでが……

 「いいですよ。小暮先生さえよければ。私もそれで……今回の
花見はどうせもうばれてしまったんだし……この子のお仕置きが
終わったら、その後は一緒に連れて行ってもいいんじゃないです
か?」

 「そうそう、女の子を一人だけ連れて行ったとしてもそんなに
邪魔にはなりませんよ」

 「でも、そうなると小暮先生の方が嫌なんじゃありませんか?
可愛い盛りの娘さんのお仕置きを他人の手にはに委ねたくはない
という思いもおありでしょうから」

 真鍋御前がせっかくこう言ってくれたのに、お父様は笑って…

 「いやあ、そんな事ありませんよ。私はみなさんのことを尊敬
していますから、やっていただけるものなら是非ともお願いしま
す」

 「じゃあ、いいんですか?」

 「もちろん。……いやあ、でももしそうなったらこれは豪勢だ。
これだけのメンバーからお尻を叩かれた子どもなんて、日本国中
探してもどこにもいませんよ。……むしろ、こちらお願いします」

 お父様のお膝の上で、しかもまだパンツも太股にかかったまま
の姿勢で私は耳を疑います。あれはおじさま方の戯言。お父様が
そんなこと承知するはずがないと高をくくっていましたからもう
びっくりです。
 でも、お父様は間違いなくそう答えたのでした。

 そして、それが冗談や戯言でない証拠に、お父様は私のパンツ
を元に戻して私を立たせると、こう言うのです。

 「ここでは他の方々も見ておられるんだから、変な声や無様な
姿を見せるんじゃないぞ。心を引き締めてしっかり我慢するんだ。
いいね」

 やっとパンツが穿けた私はお父様の注意を上の空で聞きながら
も、お父様の顔があまりに真剣なので、思わず……
 「マジ?」
 って、つぶやいてしまいました。

 「何だ、マジって……」

 お父様にマジの意味はわかりません。そこで……
 「だって、恥ずかしいよ」
 って、甘えてみますが……

 「何言ってるんだ。この間まで家じゅう素っ裸で駆け回ってた
くせに」
と、請合ってくれません。
 
 「そんなの、はるか昔のことでしょう。お仕置きなんだもん、
それはお父様がやってよ」
 再度、お願いしてみても……

 「バカだな、私はお前の父親なんだから当たり前じゃないか。
でも、こういうことはこういう席だからやってもらえるんだよ。
普段ならどんな事情があろうとお前のような小娘の尻なんて叩い
てもらえないんだ。むしろ、お前にとっては名誉なことだと思わ
なきゃ」

 「名誉って?……お仕置き受けるのが名誉なの?」

 「この場合はそうだよ。お仕置きは愛されてるからお仕置き。
お前は日本でも指折り数えられるような名士の方々から愛される
んだもの、丁重にお受けしなきゃ」

 「だってえ~~」

 「ほら、ぶつくさ言ってないで早く行きなさい」

 私はお父様に突き放されます。
 おじさまたちによるお仕置きはホントにホント、マジでした。

************************

ケンとメリー<3>

 ケンとメリー<3>

 二人は二十人の人類の為に広いコロニーを作る。
赤ん坊とその母親の為に住む家、着る物、当然三度三度の食事
も与え続けて面倒をみた。ただ当初の計画では彼らをその村から
出すつもりはなかった。

 ケンは、彼らをあくまで家畜として飼うつもりでいたからだ。
四方を有刺鉄線と高い柵で囲い、入口に鍵を掛けて、彼らが一歩
たりともコロニーから出られないように管理するつもりでいたの
である。

 というのは……
 キメラ星はエデン38星雲の中でも最も成熟した星の一つで、
他の異性人たちからも『エデンの中のエデン』と羨ましがられる
ほど完成された秩序や理性で動いている。
 しかし彼らが飼おうとしている地球人たちどうだろう。彼らは
歴史的にも数々の大きな戦争を繰り返しているし、二人が太陽系
にいた短い期間でさえ争い事が絶えない。

 ケンにしてみれば、好戦的な彼らを村の外に出すのは虎を野に
放つようなもと思えたのである。

 ところが、彼の目論みは、実際には何の意味もなさなかった。

 というのも、キメラ星の人たちにしてみれば、宇宙の彼方から
やって来た人類というのは、格好の見世物であり研究材料。連日、
異星人を一目見てみたいというジャーナルや一般市民、学者など
が村に押しかけたのだ。

 「いや、彼らは危ない生物ですから……彼らは、我々とは違う
んです。常にどこかで戦争を引き起こし、100年として平和な
時代がないんですから……危ない生物なんです」
 ケンは説得を試みたが、物見高い市民や探究心旺盛な学者たち
にそれは届かない。彼らに拝み倒されて、幾度もコロニーの鍵を
開けることになる。

 彼が苦心したコロニーも、気がつけば観光地になっていた。

 ケンの努力は報われなかったが20人の地球人にとってそれは
好都合だった。
 彼らは、村から一歩も出ずに多くのキメラ星人と交わる機会が
できた。母親たちは求められるままに地球の様子を話して聞かせ
見学に来た市民からはキメラの文化を学ぶ。子どもたちも自然と
キメラ語を覚えるようになった。

 キメラの市民たちは10人の子どもたちが怪物ではないことを
知ると、ケンに子どもたちがキメラの市民権を取れるように働き
かける。
 『我々とほとんど同じ姿形をしている同胞を動物に見る必要は
ない』というのだ。

 結果、地球人の子どもたちはキメラ星の子どもたちと同じよう
にごく平凡に成長していったのである。

 ただ、ケンが苦心して集めたはずのIQ240以上の遺伝子と
いうのはここではさほど異彩を放つことがなかった。学者たちが
何度計っても彼らのIQは140程度、過去にキメラの探検隊が
調べた地球人の平均値をやや越える程度でしかない。

 そのため彼らは発達障害のある子どもとして登録されることに
なる。身障者扱いなわけだが、キメラ星では発達障害があろうと
なかろうと戸籍に載りさえすれば立派な市民。そこに一般市民と
の隔たりはない。ケンが目論むような動物園行きは、この時点で
なくなり、その瞬間メリーが求めたように、二人は一気に20人
もの後見人になったのだった。


 キメラ星はもともとエデンの中のエデンと呼ばれているように
科学文明の発達した星。衣食住の全てがほぼ無償で手に入る楽園
だ。だから、市民が経済的な理由で働く姿はない。
 ケンの家で家族が一気に20人増えたとしても、二人が生活に
困るということはなかった。

 ただ、ここは地球とは完全に違う社会システムで動いている。
だから、ここでの生活の仕方を一つ一つ彼らに……とりわけ母親
たちに、教え込む必要があったのである。

 例えば、スーパーで物を手に入れる時、そこにあるどんなもの
でもただ手に入れることができるが、食べ物以外はそれを勝手に
処分できない。壊れた、時代遅れになったなど、理由はともかく
同じ物を手に入れようと思ったら、前に手に入れた品物を、一旦
店に返却してからでないと新しい物を手に入れられなかった。
 勝手に物を捨てられると星全体が汚されて困るからそこは徹底
していたのである。

 連れて来た生物を勝手に処分できないというのも実はそういう
趣旨だったのだ。

 家具、衣服、家電、もちろん住宅も、耐久消費財は十分な量が
確保されていたが、かといって、国家の決めた数量を超えて手に
入れることもできない。つまりこの星には大金持ちは存在しない
が国家に忠誠を誓っていれば生活に困ることもないというわけだ。

 誰もが同じ程度の生活水準を確保して生活しているわけだが、
かといって社会の中で競うものがない訳ではなかった。

 その一番大きなものが社会貢献。つまり、ボランティアだ。
 公共事業に協力して知恵を出し、新たな技術やシステムを開発
すれば、それが住民たちからの評価ポイントとなって社会的地位
が上がり、高価な研究資材が調達できたり他の星々へ自由に旅行
ができたりする。

 ケンとメリーもそうやって宇宙旅行が可能になり、今回初めて
調査旅行に出ていたのだが、残念ながら遭難してしまったという
わけだ。


 さて、地球から拾ってきたそのゴミのその後だが、子供たちは
母からだけでなく発達障害の子たちを集めた学校にも通い始めて、
キメラの文字を習い、パソコンを操作を習得していく。
 ただ、自分たちがその昔、このパソコンの一部に組み込まれて
大きな仕事をはたしたことなどは伏せられていた。

 ここへ連れて来られた時の様子などは母親から耳にすることが
あるかもしれないが、小型宇宙船で行った作業は自律的に課題を
処理して答えを出す為のOSが組み込まれる前に起こった出来事。
要するに物心がつく前の出来事なんだから、いかに高度な数式を
解析しようと、その時の記憶が彼らに残っているはずがないと、
ケンもメリーも、そして彼らを観察した学者たちも、大人たちは
誰もがそう考えていたのである。

 子供たちは学校に通い始めると、国語や算数といった一般教科
の他、自由に絵を描き、作曲を重ね、ダンスを習って市民として
必要な最小限の能力を習得していく。

 それは、基本的にはこの星の子供たちの日常と何ら変わらない
生活だったが、一つだけこの星の子どもたちと違うところがある
とすれば、それはそれぞれの子が得意分野を持っていたことかも
しれない。

 アランは天文地理のスペシャリストだし……キースはバランス
感覚が抜群で体操が得意。シューティングゲームの名手でもある。

 マルコは図形や絵画の記憶力が抜群で、一度見たものは何でも
写真のように記憶してしまう。
 一方、同じ記憶といってもトーマスは文字や数式の方。これら
のことに抜群の記憶力を持っていて『兄弟(姉妹)の図書館』と
呼ばれるほど博学だった。

 ヒロは普段からおとなしく、成長してもまるで赤ん坊のように
いつも誰かに甘えて生活していたが推理力や構成力に秀でた才能
があって、この先の展開を読むのが得意。彼の予想は、かなりの
確率で当たるため誰もが彼を無視できなかったのである。

 一方、女の子の方だが、こちらも個性豊かだ。

 まずセシル。彼女は作曲やピアノの演奏が得意で、彼女が弾く
ピアノは男の子たちの闘争心を鼓舞すると同時に喧嘩していた男
の子たちを即座に黙らせてしまうほどの鎮静剤効果も持っている。

 次はマリー。薬学、医学に造詣が深く、彼女の出す薬で効果の
ないものはないと言われるほど。また、彼女は相手の心のうちを
見透かす能力を持っていて、特に男の子などは彼女の前に来ると
心が丸裸になってしまうので恐れられていた。

 ジョー。可愛い顔で、同年代の男の子たちから見ても妹のよう
に見える。自身、特に高い能力はないが、彼女が膝の上に来ると
何故かその子の能力が3割もアップする。
 男の子たちにとっては実利も兼ねたスーパーアイドルだ。

 ローズ。ダンスや歌が上手で魅惑的。彼女のハレンチなショー
が始まると、それだけで男の子たちの心は騒がしくなる。男の子
たちが何を好むのか、その鋭い嗅覚で常々嗅ぎわけているのだが、
それだけではない。時に男の子たちをベッドに誘い入れては羽を
伸ばすことも。まさに幼児にして娼婦といった感じもするのだが、
それでいて操だけはちゃんと守っているのだから不思議な少女だ。

 最後にヘレン。感受性が豊かで、霊感も強い。兄弟姉妹は全て
同じ歳なのだが彼女だけがお姉さん格になっている。全ての子の
心のうちを把握していて他の兄弟たちからも信頼されているため
だろうか、彼女が下す決定には他の子たちも従うケースが多い。


 さて、この10人、日頃は兄弟みんな仲がよい。
 昼間はお庭でいつも一緒に遊んでいるし、オヤツの時は大きな
円形テーブルをみんなで囲み母親の膝の上でおしゃべりを楽しん
でいる。

 何とも仲のよい光景だが、実はこの10人、母の膝に抱かれ、
お互いが手を繋いだ瞬間、不思議なことが起こっていたのである。

 その瞬間だけは、彼らの脳裏にブラックホールを越えたあの日
の様子が鮮明に映し出されるのだ。
 無論、それがどのような意味を持つのかは幼児の彼らにはには
分からない。しかし、事実の映像だけはこの瞬間はっきり蘇える
のだった。

**********************

ケンとメリー<2>

 ケンとメリー<2>

 ケンとメリーの故郷、エデン38星雲は地球から88億光年と
いう途方もない距離にあるため、帰郷する為にはブラックホール
の強力な磁場を利用して空間を折り曲げ、その裏側へと抜け出さ
なければならない。

 早い話、ショートカットとして近道を進むわけだが、この判断
には高度な解析力が持つコンピューターが不可欠だ。もし誤った
航路を選択すれば宇宙の藻屑、いや、煙も立たず消えてなくなる
はずだから、コンピューターは生命線なのだ。
 その命綱に機械ではなく正確な動作の保証がない生命体を使う
など通常なら考えられない話だが、彼は賭けに出たのである。

 しかし、ケンの目論みは当たる。
 代理母によって生まれた10人の赤ん坊の新鮮な脳が、彼らの
壊れたCPUの一部となって回路を構成し始めたのだ。

 大量のシナプスを与えられた彼らは、最初こそ心もとない成果
しかあげられなかったが、その能力は日増しに高まり、やがて、
加速度的に上昇していく。演算スピードこそ機械にはかなわない
ものの、目的達成のために必要な方法論や合理化といった作業を
自分たちでやってしまうため、最後は無駄がなく効率的なCPU
として機能していたのである。

 10人の赤ん坊は自分たちが何をしているのかわからないまま、
二人を彼らの母星であるキメラ星へと案内する大事な役目を果た
したのだった。


 二人はブラックホールを越え、エデン38星雲の懐かしい故郷、
キメラ星へと近づいた。

 太陽系をうろついていた時には送受信できなかった通信機器が
回復してキメラ星へ無事を知らせると、たちまちお祝いの通信が
ひっきりなしに宇宙船へかかってくる。

 そんな同胞たちの歓喜の中、二人は喜びのあまりある事を忘れ
てこの星に着陸してしまう。
 まずはこの星の長である執政官、テラ長官に会いにいったのだ
が、そこではすでに宴席が用意されていた。

 二人は、そこで銀河系での調査報告、事故の様子、小型艇での
帰還など一晩では語り尽くせぬほどの物語をお歴々の前で披露。
得意満面だったのだが……。

 「ところで、君が使ったその人類とやらは処分したんだろうな」

 執政官にこう言われた時、ケンは青くなる。
 その顔を見て、事の次第がわかったのだろう。
 執政官は次にこう言ったのだった。

 「分かっていると思うが、いかなる事情があろうと、この星に
いったん入れた生物はそれを入れた者が責任を持たなければなら
ない」

 責任を持つとは、ここではそれを育てることを意味する。
 『キメラ』は本来『天国』の意。ここでは理由なく殺生をする
ことが禁じられているのだ。

 「はははは、とんだところで二人とも親になってしまったな。
出来の悪い子を抱えると苦労するぞ」

 「まあそう言うな、よいではないか、多少、頭は悪いかもしれ
んが、姿形は我々とよく似ているそうな、さほどの違和感もある
まいて」

 「ところで、その子たちのIQはいくつなんだ?」

 「250あるかないかです」

 「我々の半分か。……ま、しかしだ、我々にも発達障害の子は
いるわけだから、何とかなるさ」

 二人は、お歴々から慰めにもならない言葉を贈られて宮殿を去
った。


 帰り道。ケンがつぶやく。
 「うっかりしてたな。ブラックホールを出た段階であいつらは
用済みなんだし、全員殺しておけばよかった」

 すると、少し間があって、メリーが……
 「私、もしあなたがそんなことしようとしたら……きっと反対
してたと思う」

 「どうして?」

 「だって、あの子たちは私たちの命の恩人なんですもの」

 「命の恩人って……あいつらは、僕たちが作ったんじゃないか。
創造主に殺されたら本望だろうよ。それに、姿形こそ我々と似て
いても、あいつらしょせん未開の地に暮らす下等生物なんだから、
飼い方だってよくわかってないし……」

 「でも、私……あの子たち……育てたいの」

 「育てる?」

 「方法は分からないけど、図書館に行けば地球を調査した時の
資料があるから、それで大体の生態はわかると思うの」

 「おいおい、本気で言ってるのか?」

 「本気よ」

 「バカ言えよ。あんなのは動物園に引き渡せば十分さ。要は、
殺さなきゃいいんだし。そもそもあいつらは我々と同じステージ
に立てる生物じゃない。用が済んだら処分。それが真っ当だよ」

 ケンはそう言ったあと、しばらくメリーの顔を見つめていたが
……

 「何だ、何か不満なのか?だってあいつら10人もいるんだぞ」

 ケンがそう言うと、しばらく置いてメリーが……
 「20人よ。だってあの子たちを産んだ母親がいるわ」

 「バカ言え、あの子たちの母親もかよ。だって、あいつらは、
子供を産んだだけじゃないか」

 「そうよ、子供を産んだのは彼女たち。でも、そうじゃないわ。
あなたも知ってるでしょう。あの子たちは母親に抱かれると驚く
ほど能力が向上したもの。あの子たちには母親たちが必要なのよ。
ひょっとしたら母親がいないと育たないかもしれないでしょう。
きっと、そうしたことは私たちとは違うのよ」

 「驚いたねえ。本気で言ってるの?」

 「もちろん本気よ。あなたが嫌なら私だけで育てるから……」

 「資金は?」

 「お父様に出してもらうわ」

 「また、お義父様か……」
 ケンは憤懣やるかたないといった苦い表情だったが……

 「あ~~、わかったよ。だからそういう悲しそうな顔をするな」
 こう言って前言を翻したのである。
 そして……

 「俺も甘いな……」
 とため息をつくのだった。

*********************

ケンとメリー<1>

これは『お仕置き小説』ではなく落書きです。

 ケンとメリー<1>

 ケンとメリーは、その日、無反動型の小型円盤宇宙船に乗って
いた。地球人の表記ならアダムスキー型UFOということになる
だろうか。

 目的は、探検?学術調査?それとも地球制服?。
 いやいや、そうではない。
 実は彼ら、太陽系近くで宇宙船が小惑星流星群に遭ってしまい
間一髪小型艇で脱出してきたのだ。

 要するに、今、乗っているのは大海に漂うゴムボートという訳。

 もっとも、このゴムボート。本来なら自力で故郷の星まで連れ
て行ってくれるのだが、肝心のメイン回路が惑星の直撃でこれも
破損してしまって、もっかは文字通り漂流していたのである。

 万事休すかと思いきや、ケンがあるアイデアを思いつく。

 それは地球の赤ん坊をさらって来て、その脳を拝借。CPUの
一部にしてしまおうというものだった。

 「大丈夫なの?」
 彼の妻、メリーは懐疑的だ。

 「分からないさ。でも、他に方法がない」

 「そんなことしなくてもさ、地球で一番能力の高い電子工学の
学者をさらった方が手っ取り早くない?」

 「バカだなあ、ここは僕たちの星じゃないんだ。住民は未開の
野蛮人。こいつらの能力ときたら自分たちのすぐ近くを回る惑星
に辿り着くだけがやっとなんだぞ。そんなやつらにいったい何が
できるというんだい」

 「じゃあ、なぜ赤ん坊なの?」

 「大人はすでに彼らなりのOSが脳に刻まれてしまってるから
役に立たない。こちらが欲しいのは知識じゃない。あくまで頭脳
そのものなんだ。たしかに奴らは未開の野蛮人に違いないがね、
探せばIQ240程度の脳を持つ個体はいるはずだから、それを
10個繋げて回路にするんだ。こちらの計算では、10人くらい
連れて来れば何とかなるはずなんだが、はたしてそんな優秀な子
が見つかるかどうかだ」

 「でも、赤ん坊のIQなんて、どうしてわかるのよ」

 「それは大丈夫。実は我々の調査隊が何度もここを訪れていて
彼らの遺伝子を解析したデータが残っているんだ。それを頼りに
彼らの固体なかで最も優秀な頭脳を持って生まれる遺伝子の子を
探し当てればいいのさ」

 「だってこいつら何十億もいるのよ。その中から探し出すわけ?
そんなの無理よ」

 「無理じゃないさ。何十億人いても、こちらの望む組み合わせ
を持つ遺伝子は限られてる。そこをたどっていけば必ず見つかる
はずさ。……ただしタイムリミットはある。最初の子を見つけて
から3年以内に10番目の子を見つけなければならない」

 「どうしてさあ、確保してきた個体を冷凍保存すればいいだけ
じゃないの」

 「確かに冷凍保存って方法もあるにはあるんだけど、こうした
ことは新鮮さが大事なんだ。できるだけ生の頭脳でいきたいんだ
よ」

 「私たちだけでそんなことできるの?」
 
 「もちろん、情報収集はこいつらに手伝ってもらうさ」

 「ツエツエバエ……」

 「こいつらが戻ってくれば、解析でだいたいのことは分かる。
あとはベストカップルを結びつければそれでいいってわけ……」

 「でも、そんなに無理しても女の子がちゃんと相手の赤ちゃん
を産んでくれるかしら?」

 「なにロマンチックなこと言ってるんだ。要は、精子と卵子が
あればいいだけじゃないか。適合する男と女をここへ連れて来て
精子と卵子を採取だけすればそれでいいのさ」

 「じゃあ、人工授精……試験管ベビー……」

 「当然そうさ。お前、こいつらにセックスをさせようと思って
たのか?」

 ケンが笑うと、メリーは赤い顔になったが、それが落ち着いて
からメリーも自分の意見を言う。

 「でも、完璧な形で胎児が育つためにはやっぱり母体は必要よ」

 「どうして?」

 「最後まで人工子宮でも胎児は育つけど、そうすると、彼らの
場合、生まれた後、情緒が不安定になりがちで脳の発達にも影響
が出るのよ。獣医が言ってるんだから間違いないわ」

 「なるほど……動作不良ってわけか」

 「そういうこと。……彼らはまだ獣から分離して間がないから
母体は必ずいるわよ」

 「そうか、……なら、やはり女は連れて行くしかないわけだ」

 「そういうことになるわね。……寝床足りる?」

 「大丈夫なんとかなるよ」

 もちろん、自分たちのはるか上空でそんな話がされているとは、
この時、地球人は誰も知らなかった。

***********************

無言のお仕置き

*) お浣腸とお灸がメインの『お仕置き短編小説』
 僕らの親世代ってね、元々口数がすくない人が多いから
子供を叱る時も本当に怒ると説明抜きでお仕置きしてたの。
ま、そんなお話です。

**********************

<ショートショート③>

       ~無言のお仕置き~

 その日はいつものように朝起きて母と一緒に朝の食事を手伝い、
父と母、それに弟二人と一緒に朝ごはんを食べた。
 そこまで、何一ついつもと変わらない。

 ところが、父の「行ってきます」にも弟たちの「行ってきます」
にも「いってらっしゃい」の母が、私が「行ってきます」を言う
と「お待ちなさい」だった。

 「お座りなさい」
 座敷、それも仏間に私を呼んで座らせる。
 これは我が家では危険信号だ。

 『お仕置きだ』
 とっさにそう思った。
 理由も分かっている。
 分かっているが、それは私からとても言えないことだったのだ。

 いや、私だけではない。
 母もそれについては語らなかった。

 ただ、節さん(お手伝い)呼び、
 「お浣腸とお灸の準備をしてちょうだい」
 と言うだけだった。

 『お仕置き』という現実はその通りなのだが、それはいつもと
違っていた。
 いつもなら過去に起こったすでに決着した問題まで洗いざらい
持ち出し長々お説教してからお仕置きする母が、今回はお仕置き
の理由を何一つ説明しないのだ。
 
 母は一切何も語らず、ただ準備ができるのを待っている。
 こんなことは初めてのこと。
 たとえお互い分かりきった理由であってもこれまでなら理由は
必ず説明してきたのに、それがないというのは不気味だった。

 母はただ正座したままで私を見つめているし私もまた正座した
まま母を見つめるしかなかった。
 ただ、私の方から『あれですね』とは言いたくなかったのだ。


 最後に雨戸が閉められて、部屋の電気が灯る。
 すべての準備が終わり、「準備できました」という節さんの声。
 それに反応して狭い座敷の一面に広げられたお道具を一瞥した
母が「ありがとう」と一言、節さんに礼を言う。
 どうやら節さんには口を利くようだとわかった。

 「この子に浣腸してちょうだい。200㏄」
 
 母の命令に節さんが…
 「石鹸でしょうか?」
 と尋ねたが……

 「グリセリンでいいわ」
 母は毅然と言い放つ。

 グリセリンと石鹸では、当然効果がまるで違ってくるわけで、
それがそのまま母の決心でもあった。

 200㏄のグリセリン。それが身体にどんな影響を及ぼすか、
私だって知らないわけではない。

 仮に100㏄くらいならトイレを許すという事もあるだろう。
150㏄なら便器は洗面器かもしれない。でも200㏄なら……
 それはオムツのなかにという意味だった。

 私はここでもだんまりを通した。
 小学生の頃ならお仕置きの恐ろしさ異様な雰囲気に耐えきれず
きっと泣いて詫びていたに違いない。
 でも、今はそれができなかった。

 「お嬢様、お母様のご命令ですから……」
 節さんがそう言って私の脇へに座る。

 今まで何度もやってきたポーズ。抵抗しようとも思わなかった。
 スカートを外し、シミズをたくし上げてショーツを脱ぎとる。

 「さ、さ、お嬢様、あんよを上げてくださいな」
 あんよなどという歳ではないが、節さんはそれほど長くうちで
働いていたのだ。

 仰向けに寝て、両足を高く上げて、全てが母の目の前であから
さまになるように取り計らわれる。
 女三人だけの部屋、恥ずかしくても節さんの手を煩わせること
もなかった。

 右に頭を傾けると、そこにはすでに大きな茶色い薬壜が置いて
あり、そのなかには倍に希釈された200㏄のグリセリン溶液が
入っていた。

 こんな目の前にわざわざそれが置かれているのは私の恐怖心を
煽るため。グリセリン溶液がガラス製のピストン浣腸器によって
吸い上げられるさまを私に見せ付けるためだった。

 極太の浣腸器で2回。
 今とは違いカテーテルなどは使わないからガラスの先端が直に
当たる。
 私にとって大事なことはそれを静かに受け入れること。

 もし肛門を閉じれば、たとえ故意でなくても反抗とみなされ、
その辺りにお灸が据えられる決まりがあった。
 私は何度か失敗して、そこにはすでにいくつかの灸痕を残して
いる。

 それは恐怖心との戦い。そして母への忠誠心の証しでもあった。


 200㏄はさすがに重い。
 お腹が重く、オムツを穿かされる最中、すでに便意が……

 「あああああ」
 もう最初の震えがきた。

 でも、ここで粗相するわけにはいかなかった。
 もし、そんなことをすれば、一日中この部屋を掃除させられる
はめになる。完全にそのこん跡がなくなるまで畳の目一つ一つに
至るまで完全に雑巾がけの拭き掃除をさせられるのだ。

 サボっているところが見つかって、お尻のお山に大きなお灸を
据えられたこともあった。

 200㏄がお腹に入ると、まず脱脂綿で栓をしてからオムツで
お股を閉じる。
 正座に戻って5分間。お腹が大きく波打って破裂しそうな身体
だが、この時間は石に噛り付いてもみっともないことはできない。

 私は、一瞬母に謝ろうかとも考えたが、それをしたところで、
今さらどうにもならないと気づく。
 謝っても謝らなくてもこの窮地に変わりはないのだ。

 5分が過ぎ……
 「節さん、この子を納戸へ」

 母の声はむしろ救われた思いだった。

 「30分たったら。オマルを与えていいわ」
 母はそう言って送り出してくれたが、30分が20分でも無理
なのだから、その時間は意味をなさないように思える。

 『とにかく納戸へ』
 それだけを思っていた。

 節さんが私の肩を抱き納戸へと連れて行く。
 そこは、今は一番行きたくない場所。
 でも、お浣腸を受けたら行かなければならない場所。
 お約束の場所だった。

 うちの納戸は、古い箪笥や長火鉢、籐製の乳母車などが収めら
れているいわば物置だが、普段から掃除が行き届いていて綺麗に
片付けられている。

 しかし、私にとってこの部屋で用があるのは大きな盥と真ん中
に置かれた古びた鉄製の寝台だけ。そしてもっと言えば、柵状に
なったベッドフットの部分だけだった。

 私は節さんによって、そのベッドフットの柵に両手を縛られ、
大きな盥の中で膝まづく。
 今に始まったことではない。お浣腸のお仕置きではいつもこの
ポーズだった。

 幼い頃はここまでも間に合わず穿かされたオムツの中に全てを
ぶちまけていたこともしばしばだったが、今はグリセリンの量が
増えてもそれはなかった。

 強い羞恥心と身体が丈夫になったのが原因なのかもしれない。
ただ今回はそれもできそうにないほど逼迫しているのがわかる。
 今オムツを外そうとしている節さんの顔に掛けてしまわないか、
それが心配だった。
 すると……

 「あなたも強くなったわね。……昔はあなたのオムツを外す時
によく引っ掛けられたわ」
 節さんの言葉にどう答えて良いのか分からなかった。
 そんな余裕もなかった。

 お尻が丸裸になり、これから30分、我慢しなければならない
のだが、そんなのは、あり得ない時間だったのである。

 「あっいや……だめ、……もうだめ、……ああああ、出る出る
……んんんんん、……うううううっ……いやあ、いやあ、いやあ」

 気がふれたように縛られたタオル地の紐を引き伸ばし無意識に
声が出る。


 そして、20分を過ぎた頃。

 「………………………………」

 とうとう耐えられなかった。というより、その瞬間は無感動。
こんな事して恥ずかしいとか、これからどうしようという絶望も
そこにはなかった。ただお尻から流れ出るものをただぼんやりと
太股で感じていただけ。
 むしろ精一杯やったという満足感の方が沸いてきたのである。

 縄目が解かれた時、母がそばにいたのを初めて知ったが、それ
さえ何の感傷もわかなかった。

 「どのくらいだった?」
 母が節さんに尋ねると……答えは……
 「22分です」

 「そう、それじゃあ、8個作ってちょうだい」

 母は節さんに艾を固める仕事を依頼する。
 お浣腸のあとはお灸。それが我が家のごく普通の流れ。
 約束の30分に8分足りないから8個というわけだ。

 節さんが艾を準備する間、母が盥に入った私の下半身を洗う。
 本来なら母が艾を作り、節さんが汚れ仕事を任される方が自然
なんだろうが、これは母なりの愛情。

 私は母の前に汚い裸を晒し続け、17歳にもなったダメな娘を
演じ続ける。
 あまりに深い絶望は、頭の中を空っぽにしてしまい、かえって
現実感がない。恥ずかしさや屈辱感もどこか置き去りにして、私
は母に甘えてる自分がそこにいることに気づく。

 私の下半身が熱いタオルで清められていく。

 黙々と作業する母。
 いつもなら、「どうしていつもあなたはそうなのよ!」などと
母が愚痴を言い続ける時間でもあるのだが今日はそれもなかった。

 盥の中だけが別の世界。私はこの小宇宙で幼女に戻っていく。


 身体が拭き上がると、母に素っ裸にされてベッドの上で仰向け。

 節さんが私を万歳させてその手をベッドヘッドへ結わいつける。
 手順が分かっているから言葉はなくても戸惑いがないのだ。

 私のお臍の下には短い陰毛が生えているが、これが母によって
気持ちよく剃られていく。
 我が家ではお灸のお仕置きがあるたびに陰毛が剃られる。そこ
が天使と同じようにすべすべとなって罰を待つのだ。

 と、そこまでは予定通りだったのだが……

 『あっ、いや、だめ』
 私は、突然、節度をわきまえず身体を揺さぶった。

 両足もベッドフットに縛り付けられて、もうどうにも身動きが
とれらくなってから、私は、艾の大きさがいつになく大きいのを
発見したのだった。

 たちまち現実に引き戻される私の心。
 だが、母はそんな娘の狼狽ぶりにも慌てない。

 むしろ、今まで以上に厳しい顔で、まるで私を突き放すように
睨みつける。

 ビーナス丘に置かれた艾の大きさに私はまだ火がついていない
にも関わらずひきつけを起こしそうになった。

 『いやあ、だめ、だめだって』
 これまでやられたどの施灸よりも大きな艾が、私のお臍の下に
見える。
 今さらながら、でも、本当に今さらながら、それを自分の手で
跳ね除けたかった。

 もちろん、それはかなわない。両手はしっかりベッドヘッドに
両足もしっかりベッドフットに縛られて……それでもかろうじて
動く腰をしばらくは振っていたが、太股に母が圧し掛かり、それ
もできなくなる。

 『何も考えず、意識を現実から切り離そう。辛いお仕置きは、
夢のうちに終わらせるのが一番だ』

 しかし、あたりに漂うお線香の香りがいくら振り払っても私を
夢の世界へ逃がさない。赤い火の玉が涙で滲んでぼやけても、今、
何が起こっているかははっきりと覚醒した心が受け止めている。

 『あっ、いや、だめ、来るな、来るな、来るな』

 艾にお線香の火が移った。
 ただ、大きな艾に火が着いても、すぐには熱さを感じない。
 しかし、それが10秒、20秒と経ち、やがて肌へ火が回って
しまうと……

 「いやあ~~~やめてえ~~~死ぬ~~~とってえ~~~~」

 それが、どんなにか無駄なことだと分かっていても出る奇声。
全身に悪寒が走り、わなわなと震えが止まらない。
 据えられたのは1円玉ほどの大きさ。でも、その一円玉が私の
全身を締め上げ、脳みその全て支配して、あとは何も考えられな
かった。

 たった一壮でもそうだ。

 「もう、次はだめ」
 私は圧し掛かる母に向かって哀願するが、聞き入れられるはず
もなかった。

 「いやあ~~~やめてえ~~~死ぬ~~~とってえ~~~~」

 こんな時、気の利いた言葉は浮かばない。ただ、ただ、今ある
灼熱地獄から逃れたい。思いはそれだけ。それが言葉になるだけ。
あとは何も考えることができなかった。

 三壮目。

 「いやあ~~お母さんごめんなさい。もうしません。しません
から~~~もうしないで、しないで、お願い、ごめんなさい…」

 幼い頃、母に受けた折檻で泣き叫んでいたのと同じ言葉が出る。
そこに17歳の娘のプライドなどはない。

 しかし、そうまでしても、母の表情に変化はなかった。
 毅然とした態度で、冷徹な眼差しも変わらない。そして何より
いまだ一言も私に声をかけなかった。

 四壮目、

 私の戒めが一旦解かれた。しかし、これで解放されたわけでは
ない。仰向けだった身体がうつ伏せなって再び身体が縛られだけ。
 これも我が家のお決まりだ。

 逃げること暴れること母に泣いて詫びることも考えたが、結局
何もしなかった。かつてそうやってみて、うまくいったためしが
なかったからだ。

 お尻のお山に乗っかる艾はとりわけ大きい。
 かつて、「あなたがもっとも我慢しやすい場所に据えてあげる
んだから、このくらいは当然でしょうが」と母に言われたことが
あった。

 灸痕はすでに10円玉の大きさを越え、昔の50円玉くらいの
大きさになって光り、えくぼのようにへこんでいる。

 恥ずかしさの記念は修学旅行などでお友だちとお風呂に入る時
に出てくる。
 幸いそれでからかわれたり虐められたことはなかったが、変に
同情される時があって、それが一番悲しかった。

 実は私、この家のひとり娘で、婿養子を取らなければならない
身の上なのだが、この時、すでにその相手が決まっていた。親の
決めた許婚がいたのだ。

 その未来の旦那さんが、継母の折檻でお尻に大きな灸痕を残し
ていると聞いた母は「どうせ夫婦になるんだし釣り合いをとった
方がいいだろう」と、私へのお仕置きに際しても、お山に大きな
お灸を据えるようになったらしい。

 迷惑と言ってこれほどひどい迷惑もないが、子供の身の悲しさ
親がこれが躾と決めてしまえばそれを甘んじて受ける他はない。
17歳になった今でもそれは変わらない我が家の習慣だったのだ。

 節さんがガーゼのハンカチを猿轡代わりに私の口にくわえさせ、
両手でもって私の後頭部全体に圧し掛かる。
 大きな枕に頭がのめり込み、息も出来ない苦しい姿勢。

 でも、母のお灸はそんな姿勢だったからこそ耐えられたのかも
しれない。それほど熱いお灸だったのだ。

 「ひぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 猿轡のせいで声はでない。どのみちそれがなくても、まともな
言葉なんて口から出てくるはずもなかった。
 叫んで、泣いて、悲鳴をあげて…それで全身が震えるその熱さ
をやり過ごすしかなかったのである。

 『漏れてる』

 4壮目が終わった後、しばらくしてそれに気づいたが、不思議
と恥ずかしいとは感じなかった。
 今、最も大事なことは左のお山へのお仕置きが終わったという
こと。それは喜ばしいことで、普通なら死ぬほど恥ずかしいこと
であっても、それよりもっともっと不幸な出来事の前ではそれは
霞んでしまうのだった。

 5壮目

 今度は右のお山。
 「ひぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 もう何も考えられない。
 念願の放心状態だった。


 『終わった』
 灼熱地獄が終わり、私はその後もしばし放心状態。
 そんな私の身体を節さんが綺麗にしてくれている。

 おねしょシートを取替え、お股を熱いタオルで拭き清める。

 まるで、赤ん坊。
 もしこれが『お山へのお灸』以外の場所で起こっていたら……
私は顔を真っ赤にして、節さんに『ごめんなさい、ごめんなさい』
を連発していたかもしれない。

 しかし、それさえ私にはできなかった。
 今は、ただただお山へのお灸が終わったこの幸福に浸っていた
かったのである。

 6壮目、

 私は再び仰向けに戻される。
 場所は同じビーナスの丘。
 もちろんそれだってとびっきり熱いのだが、何だかそれが楽に
耐えられるのが自分でも不思議だった。

 ただ、本当は耐えられるからって涼しい顔をしてはいけない。
 母のことだから、簡単に耐えられるなら罰を増やそうとなどと
言い出しかねないからだ。

 だが、その時はその余裕さえもなかった。

 7壮目、8壮目、

 私は火が回った瞬間に顔を歪めただけ。あとは平然とした顔で
艾が黒くなっていくのを眺めていた。
 いや、眺めてしまっていたと言うべきかもしれない。

 しかし、母もさすがにそれを咎めなかった。

 母からのお仕置きが終わり、私がホッとしていると、それまで
私に一言も口をきかなかった母が私に向かって一言……

 「いいこと、だめなものはだめなの」

 それだけ言って背を向ける。
 もちろん、それで私が分かると思ったからだ。

 実は母屋からこの納戸へ通じる廊下には押し扉があって母屋と
納戸を隔ているのだが、普段そこは自由に行き来ができていた。
 ところが、ごくたまに、その扉に鍵のかかる時がある。

 『なぜ、今は鍵が掛かっているのだろう?』
 私は幼い頃からそれが疑問だったが父も母も節さんもその謎に
は答えてくれない。

 ただ、成長してわかったことは、鍵の掛かる時、父と母が共に
鍵の掛かった扉の向こう側にいるということだった。
 父だけ、母だけが鍵の向こうにいるということはなかったのだ。

 夫婦が一緒になって用のあること。
 『ひょっとして、それって……』
 それは大人になっていく中で私が見つけた仮説だった。

 すると、人間、自分の立てた仮説は立証したくなるもので、私
は一計を案じて鍵の向こう側へ潜り込む算段をしたのだった。

 ある日、父と母がかわす何気ない会話の中に、微妙な違和感を
を感じた私は、この日、押し扉に鍵が掛かるのではと推測して、
母には風邪を引いたと嘘を言い、自分の部屋に引きこもることに
したのである。鍵が掛かる直前、母が私の居所を確認しているの
もよく知っていたからだ。

 そうしておいて、私は自分の部屋を抜け出す。
 廊下を進み鍵の掛かる押し扉を越え、納戸部屋へ上がる階段下
の物陰で息を殺して待っていると、推測どおり、父と母がそこへ
やってきたのだ。

 二人は仲睦まじく納戸部屋への階段を登って行くが……
 やがて、天井のきしむ音や激しい息遣いが階段下にまで聞こえ
て……。

 『やっぱり』
 と思うほかなかった。

 恥ずかしくなった私は、さっそくその場から立ち去ろうとした
が、やはり、一目見てみたいという欲求が押さえられなくなって
しまう。

 そうっと、そうっと、階段を上がって見たもの。それは母の胸
に顔を埋める父の姿だった。普段は威厳に満ちた父の、あまりに
違う姿に驚いた私は慌てていたのだろう階段で足を踏み外す。

 「どたっ」
 という鈍い音。

 本来、鼠一匹いないはずのこの場所で物音などするはずがない。
当然、気づかれたが……
 
 母が「大丈夫よ何でもないわ。最近、野良猫が入り込むのよ」
と父を説得すると、父も……
 「そうか、やっかいだな」と、応じる。

 私は助かったと思い早々にこの場をあとにしたのだが……。
 こうなったというわけ。

 母は当然そこに誰がいたかは知っていたわけで、お仕置きする
時も、理由はあえて伏せていた。

 ただ……
 「いいこと、だめなものはだめなの」
 とだけ私に諭したのだった。


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Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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