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第11章 貴族の館(8)

          第11章 貴族の館

§8 カレンの新曲

 カレンたち一行は学校を離れて、本宅へと戻ってきた。

 「ただいま、お母様。みなさんをご案内してきましたよ」

 息子の声に母親は
 「フリードリヒ、遅かったわね。待ちかねたわ。お茶を二度も
入れなおしたのよ。どこか、お話の弾む楽しい処でもあったのか
しら?」

 「楽しいかどうか……今日はちょうど懲罰の時間でしたから、
地下室を巡ってきたんです」

 「まあ、あんな処を」
 伯爵夫人は顔をしかめる。そして、カレンに向って……
 「ごめんなさいね、カレン。この子、いい子なんだけどデリカ
シーというものがなくて…あっ、そうそう、デリカシーといえば、
この子ったら、今日はあなたを北側の待合室に案内したそうね。
家族同様のあなたをあんな子供たちと一緒の部屋に入れるなんて、
ごめんなさいね。あなた、次にからは東側の玄関から入って来て
頂戴。あそこなら、お客様用の待合室がありますからね」

 せっかくの伯爵夫人の言葉だったが……
 「ありがとうございます。でも、よかったら、私、これからも、
子供たちと一緒にあそこから、お出入りさせてください」

 「どうして?その方がいいの?」

 「子供たちのピアノが楽しいんです」

 「そう、それは別にかまわないけど……もしも子供達に粗相が
あったら言って頂戴ね。対処しますから……あっ、そうだスミス
先生、修道院から苗木が届いてますよ」

 「あっ、これですね」
 ニーナ・スミスは顔をほころばせる。

 「お持ち帰りになって結構よ。私は目が見えないからその色は
わからないけど、シスターのお話ではキレイなオレンジ色の花が
咲いているそうよ」

 伯爵夫人が話題を変えてニーナ・スミスと話し始めるとカレン
は居間の奥に置いてあるピアノの方へと向った。
 そして、地下室のあの地獄絵図の中でひらめいた旋律をピアノ
に乗せてみる。
 それはほんのちょっとした実験のつもりだったのである。

 しかし、それは不思議な気分だった。
 今までの自分の曲と同じように緩やかなメロディー。
 誰もが弾ける簡単な旋律。
 でも、この曲は『トセリのセレナーデ』のように、どこか切ない。

 そして、自ら弾いていくうちに、彼女はなぜか身体の芯が熱く
なっていくのを感じていたのである。
 ピアノを弾いていてこんな事になるなんて、カレンにとって
は初めての経験だった。

 彼女の創る曲はほとんどが長調。その美しいメロディラインで、
これまで聞く者の心を癒し続けていた。
 なのに、この曲はいくつも転調を繰り返していく。正確に弾き
こなすには難しい曲だった。

 カレンの弾くピアノはやがて左手と右手のバランスが悪くなる。
正確に和音を刻めないのだ。これまで正確無比だった彼女の左右
の手が不協和音を奏ではじめたのである。

 当然、その場に居合わせた人たちは、カレンの方を振り向くが、
不思議なことにカレンはピアノをやめようとしなかった。
 むしろ、一心不乱に引き続けているのである。

 聴く者にとってそれは不協和音であっても、カレンにとって、
それは心地よい音楽だった。

 『わあ~どうしたっていうの!この曲どこまでも止まらないわ』
 赤い目をしたカレンは火照った身体を前かがみにして、ピアノ
に挑み続ける。
 外に打ち出る音は不協和音でも、彼女の頭の中には完璧な音が
鳴っていたのである。

 すると、地下室で起こったあの出来事が、今まさに、目の前で
起きているかのように彼女の脳裏を駆け巡りる。
 何かが、『もっと激しく!』『もっと切なく』とせき立てるのだ。

 快楽の音楽は、すでにカレンが叩くピアノから聞こえているの
ではない。カレンの頭の中だけで鳴り響いていたのである。


 「フリードリヒ、あなたが余計な事するから、カレンの足から
赤い靴がぬげなくなってしまったみたいよ」

 「私のせいですか?」

 「カレンにあの曲を弾かせた犯人が他にいますか?それとも、
あなたには、今、弾いてるあの曲と、『六時十四分』が同じ曲に
聞こえるのかしら」

 「…………」

 「あなたにとっては、たわいのない子供のお仕置きでも、育ち
方によってはそれでショックを受ける子もいるの。……これは、
私の贅沢な望みかもしれないけど、カレンにはできるだけ長く、
少女のままでいて欲しいの。あの子に女の臭気はいらないわ」

 伯爵夫人はそこまで言うと、女中に車椅子を押させてカレンの
もとへ動いた。
 そして、カレンと目があった瞬間にこう言ったのである。
 「どうかしら、カレン。今日はもう疲れたんじゃなくて……」

 その言葉でカレンのピアノが止まる。
 赤い靴が脱げた瞬間だった。

 「すみません。私ったら、長いことピアノを独占してしまって」

 「そんなことはどうでもいいの。あなたが弾きたいだけ弾けば
いいのよ。一晩中弾いていてもそれはかまわないけど……ただね、
今日は疲れているみたいだから、一旦、お家へ帰りなさい。……
そこで、ゆっくり休んで、今日のお昼の出来事は忘れてしまいな
さい」

 「えっ?……ええ……は、はい」
 カレンは伯爵夫人に自分の心を見透かされたようで戸惑ったが、
結局は受け入れた。

 もちろん、伯爵夫人はカレンの新曲について論評しなかったし、
カレンもまた、自分の弾いた曲のせいで、早退したなどとは思い
たくなかったのである。

 ただ、クララ先生だけは部屋の隅でカレンの曲を耳にしながら、
彼女の身体の中に眠るまだ開発されていない部分に興味があった
ようだった。

**************************

 帰り道、ニーナ・スミスは伯爵家が差し回したリムジンの中で、
カレンに話しかける。

 「あなたが、あんな官能的なメロディーを弾くとは思わなかっ
たわ」

 「かんのうてき?…………官能的って何ですか?」
 カレンにはその言葉の意味さえわかっていなかったのである。

 「あなた、そんな言葉も知らないのね。いいわ、忘れて頂戴。
ただ、伯爵家で弾いた曲はブラウン先生の前では演奏しない方が
いいわね」

 「どうしてですか?……官能的って、何かいけない事なんです
か?」

 「いけないことではないけど、あなたにはまだ早いってことか
しらね。伯爵夫人も言ってたでしょう。早く帰って、忘れなさい
って…………ホント、忘れた方がいいわ。それがあなたの為よ」

 「えっ!いけないんですか?今日は先生の寝室であれを弾こう
かと思ってたのに……」

 「そうだったの。でも、それはよした方がいいわね。ブラウン
先生が腰を抜かして、眠れなくなるわよ」

 「えっ!?私の作った曲で……あれはそんなに悪い曲なんです
か?」

 「良いとか悪いとかではないの。あなたには似合わないから、
やめた方がいいと言ってるだけ。ブラウン先生にしても伯爵夫人
にしても、あなたは清純な少女として受け入れられてるの。その
看板を自ら下ろすことないでしょう」


 カレンは思った。
 『私はことさら清純な姿を売り物にしようと思ったことなんか
一度もないのに……だいいち、私がどんな曲を弾いたとしても、
それで、私の何がわかるっていうのよ』

 しかし、ニーナ・スミスの言葉に、心の中では憤然としていた
カレンも、いざブラウンの前に立つと、その曲をぶつける勇気が
わかなかった。
 そこで、いつものように、カレンらしいピアノを弾き始めると、
先生が尋ねてくる。

 「伯爵のお屋敷では、どんな曲を弾いたのかね?」

 「どんなって……今日は、修道院の方を見学してから一曲だけ
弾いたんですが、疲れが出てしまって、早めに帰していただいた
んです」

 「体調が悪いのかね?……夕食の時は、アンたちともあんなに
おしゃべりしていたし……別段、変わった様子はなかったように
見えたが……疲れているのなら、今日はもう休んでいいんだよ」

 「大丈夫です。地下室を見学した時、ちょっと疲れただけです
から……」

 「地下室?……ワイン蔵かね」

 「いえ、修道院学校の中にあるトーチカです」

 「修道院学校のトーチカ?……ああ、あれか……あれは要塞の
ように大きかったが、まだあるのかね?」

 「ええ、今はその上に校舎が建っていて、そこはお仕置き部屋
として使われているんです」

 「フリードリヒは、そんな処を君に案内したのかね?」

 「ええ、今日はちょうど生徒への懲戒の日だから、見に行こう
って……」

 「子供のお仕置きを見学したのかね?」

 「はい」

 「まったく、あいつは何を考えているんだ。こんなうぶな娘に
そんなもの見せよってからに……他にいくらでも自慢できる物が
あるだろうに……陶磁器、武具甲冑、絵画、古文書、貴族の館に
ふさわしいものが何でもあるだろうに……よりによって子供の尻
とは……」
 ブラウン先生は独り言のようにつぶやくと、カレンに向って、
微笑んで……
 「驚いただろう。でも、あれが貴族なんだよ」

 「でも、楽しかったですよ。普段は絶対に見られない光景です
もの。貴族の子供たちへのお仕置きがあんなに厳しいだなんて、
私、初めて知りましたから」

 「そりゃそうだ。私だって国は違っても、一応、貴族の家の出
だからね、そこはわかるよ。貴族には、表と裏の顔があってね。
裏の顔は絶対に庶民には見せないものなんだ。それを君に見せた
ということは『君を迎え入れたい』という意思表示なんだろうが
……私は、それは認めないよ。わかってるね?」

 「はい、お義父様」

 「今日は、慣れない処へ行ってもう疲れてるだろうから、もう、
寝なさい」

 ブラウン先生はそう言って寝床へ行くことを勧めたのだが……
少し考えて、カレンの方から昼間の話を蒸し返してしまう。

 「官能的ってどういう意味ですか?」

 そう尋ねると、ブラウン先生もまた他の大人達同様困った顔に
なった。
 そして、少し間があって……
 その顔がにこやかな笑顔に戻ってから……

 「君がまだ知らなくてもいい言葉だ。……どこで、覚えたんだね、
そんな言葉?」

 「伯爵夫人が私の即興曲を聞いて、そうおっしゃったものです
から……」

 「官能的だって?」

 「ええ」

 「まさか、それは何かの聞き間違いだよ。君の弾く曲が官能的
なはずがないじゃないか」

 「弾いてみますか?」

 「そうだな、少しだけ聞いてみようか」

 ブラウン先生の求めに応じて、カレンはその曲を弾き始めた。

 「♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭」

 ブラウン先生はいつものガウン姿でベッド脇の一人用ソファに
腰を下ろす。
 サイドテーブルに置かれたシェリー酒の小さなグラスを一気に
飲み干すと、静かに目を閉じて聴いている。
 演奏中は咳払い一つしないし、顔色も変えない。
 すべてはいつもの夜と何ら変わらなかった。

 ただ、演奏が終わったあと、彼は一言……
 「じゃあ、お休み」
 と言っただけだったのである。

 これがカレンにはひっかかった。
 いつものブラウン先生なら、たとえどんなに短いコメントでも、
「よかったよ」と言ってくれるのに、それがなかったのである。

 カレンが一抹の不安を抱えたまま、食堂の脇を通ると、アンや
ロベルト、それにベスやアンナ、それにニーナ・スミスまでもが
加わっておしゃべりをしていた。

 「カレン、今日はもう寝るの?ちょっと寄っていきなさいよ」

 アンに誘われて夜の集会に顔をだすと、話題はやっぱり伯爵家
のことだった。
 すでに、夕食の時を含め、もう結構長い時間その事は語りつく
してきた。しかし情報の少ない当時、女の子たちは面白い話なら
何度でもそれを聞きたがるのだ。

 「へえ、修道院学校まで見学してきたんだ。きっと、可愛い子
ばっかりだったんだろうね」
 アンナが言うと……

 「そりゃあ、こことは違いますよ。ここはご飯を食べさせたら
それっきりだから、摘み食いする鼠たちは太りたいだけ太ってる
けど、ああいうところは、スタイルも大事だからね。太りすぎた
子にはお浣腸して、余分なものは身体から流しちゃうみたいです
よ」
 ベスが続ける。

 「わあ~~残酷。きっと、恥ずかしいでしょうね。それって、
お母様と一緒にやるの?」

 アンの言葉にベスは大きな身体を揺らして笑う。
 「まさか、あんな家ではそんなのは女中の仕事ですよ。だから、
そんな情報はよくこっちの耳にも入ってきて、お浣腸を嫌がった
その子がその後家庭教師からしこたまお尻をぶたれたなんて話は
日常茶飯事ですよ」

 「へえ~、あんな高貴なお家に生まれたらお仕置きなんてない
のかって思ってた」

 アンの言葉に今度はニーナ・スミスが答えた。
 「逆ですよ。表立ってはやらないだけ。感情的になぐったりは
庶民かもしれないけど、規則で子供たちを縛って、ルールとして
お仕置きするのは、ああいうやんごとなき姫君の方が、はるかに
厳しいんだから。……あなたたちはその点では恵まれてるわよ」

 「そうですか?私はちっとも、そんなふうには思わないけど」

 「隣りの芝生は誰にも青く見えるものよ。でも、幼い時から、
そこで長く暮らしていれば、やはりそこが一番快適なの。たとえ、
どんなにお仕置きが多くても慣れてしまえば問題ないわ」

 「じゃあ、あの噂は本当だったんですね」
 ロベルトが口を挟んだ。

 「どんな?」

 「修道院学校では女の子にも官能的なお仕置きをするって……」

 『官能的』
 お付き合い程度にみんなと一緒に腰を下ろしていたカレンの耳
に、今、最もホットなキーワードが飛び込んでくる。

 「さあ、どうかしら。私は知らないけど、そうかもしれないわ
ね」

 ニーナ・スミスは今日見てきた事をここで語ろうとはしない。
そして、それはカレンに対しても、一つの警告だったのである。

 カレンはそんなニーナ・スミスの忠告を理解できていたのだが、
これだけはどうしても知りたかったので、口を開いたのである。
 「ねえ、ロベルト。官能的ってどういうこと?」

 カレンの質問にロベルトは笑って答える。
 「何だ、そんなことも知らないんだ。Hなことさ。あくまで、
噂だけどね。修道院学校って、女の子にももの凄くHなお仕置き
をするって言われてるんだ。でも、外部の人には絶対その様子は
見せないんだって……当たり前だけどね」

 「そう……」
 カレンは気のない返事を返したが心の中は相当ショックだった。
 『Hなお仕置き』
 『Hな曲』
 その瞬間、頭の中で二つの大きな割れ鐘が鳴り響いたのである。

******************(8)*****

第11章 貴族の館(7)

            第11章 貴族の館

§7 修道院学校のお仕置き(5)
   地下室見学ツアー<4>

 クライン先生はアリーナの前にしゃがみ込むと、幼いの両手を
とって諭す。
 「仕方がないわね。私、これでも慣れないあなたの為を思って、
随分加減して鞭を当ててたのよ。でも、動いた以上、新たな罰を
与えなければならないわ」

 「ごめんなさい」
 アリーナの口からも子供らしい言葉が漏れた。

 「先生、それはもうよろしいじゃありませんか。今日は私達が
お邪魔したので余計なプレッシャーを与えてしまったみたいです
し……」
 ニーナ・スミスがとりなしたが……

 「お気持は嬉しいんですけど、スミスさん、これはこの学校の
決まりなんです。生徒とは約束があって、『ちゃんと予定通りの
お仕置きを我慢したら、お友だちには自分の恥ずかしい姿を見せ
なくていい』という事になっているんです」

 「そうなんですか」

 「それを多少の有利不利で見逃すと、他の子達も些細な理由を
つけて罰を逃れようとします。それでは示しがつきませんから…」

 「わかります。私も子供達を預かっていますから……アリーナ
ごめんなさいね」
 ニーナ・スミスはアリーナの為に力になってやれない代わりに
その子り頭を優しく撫でた。


 大人達はさっそく準備に取り掛かる。
 クライン先生はさっそく舞台を見上げて担当のシスターに合図
を送り、その舞台の下では角材を口の字状に組んだ大道具が運ば
れてきた。

 そんな自分をお仕置きするためだけに働いている大人達の姿を
アリーナはどんな気持で眺めていたのだろうか。

 アリーナは普段あまり人から頭を撫でられる事を好まなかった。
だが、この時ばかりはニーナの大きな手が自分の頭頂部をさすっ
ていてもそれを払い除けようとはしない。

 「…………」
 今はどんな人肌さえも恋しかったのである。


 一方、舞台の上では……
 これまで大きな背もたれが目隠しになり、お友だちのお仕置き
を見学できないでいた子供たちが、今それを目の当たりにしよう
としていたのである。

 シスターが、座板の上で組んでいた両手を組み解く許可を出す
前にこんな注意をする。

 「今日は、一人、ちゃんとお仕置きを受けることができない子
が出てしまいました。あなたたちは、これからその子が受けるお
仕置きを心の中に焼き付けて、粗相のないようにお仕置きを受け
てください。わかりましたね」

 「はい、シスター」
 ほとんどの子が返事をしたが、シスターは声の聞こえなかった
子を見逃さない。

 「ベッティ。ご返事がありませんよ。聞こえましたか?」

 「はい、シスター」
 ベッティは渋々答える。

 もしも異性なら、いくらかでも興味がわくのかもしれないが、
同性のそれも年下の子の悲惨なんて見たくもなかったのである。
とはいえ、ベッティだって返事をしないわけにはいかなかった。

 「それから、これは大事な事ですから、ようく聞いてください。
これから見学するお友達のお仕置きを決して笑ってはいけません。
もし、他人の不幸を笑うような人がいたら、即刻舞台を降りて、
その子と同じ罰を受けてもらいます」

 「はい、シスター」

 「それと、ここでの様子は地上に戻っても決して誰にも言って
はいけませんよ。そのようなおしゃべりな子がいたら、やはり、
同じ罰を、今度は月曜日のミサの席で受けてもらいます」

 シスターはあらためて子供達の顔を覗き込んでからこう続ける。
 「もし、どうしてもおしゃべりがしたくなったら、全校生徒の
前でのお仕置きがどんなものかを、一度自分の頭の中で想像して
から、おしゃべりなさい。いいですね」

 「はい、シスター」

 舞台上でそんな注意がなされていた頃、舞台の下ではアリーナ
が大きな角材を口の字形に組んだ窓枠のような中で、バンザイを
させられ、Yの字の姿勢で固定されていた。

 信頼していたクライン先生にまで脅され意気消沈のアリーナは
大人達のなすがまま。服こそ着ていたが、両手は革紐で高く引き
上げられ、両足は爪先立ち。痛くはなくても決して楽な姿勢では
ないのだ。

 そんなアリーナが人心地ついて顔を上げると、そこで色んな顔
に出会った。

 平然と舞台の下を覗き込む者、両手で顔を被いながらその指の
隙間からこちら窺う者、背もたれの隅から覗く者など人の様子は
さまざまだが、すでに懺悔室に呼ばれてこの場にいないローザを
除き全員が楽しげにアリーナの方を見ていた。

 『ふう~~いいわね、こいつら』
 アリーナはため息をつき、素直にそう思う。

 子供は刹那刹那で生きている。自分だって、そう遠くない将来、
泣き叫ぶ運命にあるはずなのに、それが今の今でなければ彼らは
平気ないのだ。
 だからこうして友だちが受難にあっているのを見ると、それは
それで楽しい見世物だったのである。

 ましてや、さっきまで背もたれの壁を見ながら座板の上で両手
を組まされていた彼らにとっては、今の開放感が心地よかったの
だろう。たちまち、おしゃべりが始まっていた。

 「ねえ、あの子、どうなるの?」
 「知らないわ」
 「わたし、知ってる。あれってね、前のお尻をぶつための装置
なの。前に見たことあるもの」
 「前のお尻ぶつの!?」
 「たぶんね」
 「わあ、残酷」
 「でも、お尻より痛くないみたいよ。私が見たその子、痛そう
だったけど、痛そうにしてなかったもの」
 「どういうことよ?」
 「だから、お尻より痛くなかったってことじゃない。顔はしか
めてたけど、ものすごく大変って顔じゃなかったもの」
 「あ、私も見たことあるわ。ぶたれたところは見てないけど、
晒し者されてたわ。その子の場合はね、大の字にされてたの。両足、
目一杯広げさせられてて……」
 「わあ、それって拷問じゃないの?」

 話の内容はキツイが、誰もが自分の事は忘れて楽しそうに会話
していたのである。
 そこへ、何とシスターまでもが……
 「大の字どころじゃないわ。私の子供の頃なんか、逆さに固定
されて、逆大の字にされてた子が何人もいたのよ。今はそんな事
をされないだけでも感謝しなきゃ」

 「逆さまに!?」
 「じゃあ、スカートが捲れて、ショーツ丸見えじゃない」

 「それどころじゃないわ」
 シスターは悪戯っぽく笑う。
 「だって、そんな子は始めから服なんて着てないもの」

 「えっ!!じゃあ、お股、丸見え?」
 「そんなあ、……そんなのあまりに可哀想よ」
 「うっっ、想像したくないな、鳥肌たっちゃう……」
 こう言って自分での自分の胸を抱くその少女も顔は笑っていた
のである。

 「昔の子供に羞恥心はなかったの」
 シスターの言葉に……
 「うそ~~~」
 子供達全員が反応する。

 「……正確に言うと、あってはいけなかったの。大人達にそれ
を訴えても『気のせい』『気のせい』って言われ続けたわ」
 「どうして?」
 「子供をいつでも大人の言う通りにさせたかったからよ。……
お仕置きのたびに恥ずかしい恥ずかしいって言われたら何もでき
ないでしょう」

 「そんなの今でもよ。ちょっとでも、お父様やお母様、先生の
ご機嫌を損ねると、誰が見ていてもお尻をむき出しにしてぶつん
だから。羞恥心なんて認められてないのと同じだわ」

 「それでも、私達の頃から見れば、あなた達はずいぶん楽なの
よ。昔はもっともっと破廉恥な罰が多かったんだから……でも、
今日のあの子はそんなに厳しい折檻にはならないはずよ」

 「わかるんですか?」

 「だって、服は着てるし、大の字じゃなくYの字縛りだし……
何より担任のクライン先生があんなに穏やかな顔をしてるもの」

 シスターは伯爵一行と一緒に歓談するクライン先生を見ている。
 彼らは、次に泉へとやって来たローザと担任のフォン・ボルク
先生の動向を見つめて、自分達が晒し者にしたアリーナの方には
あまり関心を示さなかったのである。
 アリーナのことが本当に一大事なら、こんな態度は取らないと
シスターは判断したのだ。

 そのローザと担任のフォン・ボルク先生の組もやっている事は
クライン先生がアリーナにした事と大差なかった。
 ローザは汚れたお尻を綺麗に洗ってもらい、発育検査を受け、
熱い鞭に臨む。

 そこまで確認してから、一行は思い出したようにアリーナの処
へと戻って来たのだった。

 「どうかしら、久しぶりに見たお友達の顔は?」
 クライン先生がアリーナの耳元で囁く。

 「…………」
 アリーナがそれに答えられずいると……

 「覚悟はできたかしら?」

 「…………」
 それに対するアリーナの答えは小さく唇を噛むこと。

 「恥ずかしい?」

 「…………」
 それには俯いてみせた。

 「仕方がないわね。でも、やらないと終わらないわ。…………
ね、終わらせてしまいましょう」

 「はい」
 やっと、小さな声がでた。

 クライン先生はアリーナの藍色のプリーツスカートを無造作に
捲りあげて、その裾をピンで留める。すると、そこに残ったのは
血色のいい少女の太股と白いショーツ。

 「…………」

 さらに、その白いショーツにも手をかけて、それを太股の辺り
まで引き下ろすと、その白い綿はドーナツのように丸く円盤状の
厚みを残してそこに留まっている。

 「…………」

 残ったのはお臍の下に広がるぷっくりとした膨らみと割れ目。
 これが子供達が最善言っていた『前のお尻』
 それはアリーナが間違いなく幼い女の子である事を示していた。

 「さあ、勇気をもって大きな声で言うのよ。『私はお仕置きを
果たせませんでしたから、新しいお仕置きをいただきます』って」

 アリーナは先生の言葉を耳元で聞いて、それを言葉に出さなけ
ればならない。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 でも、それはあまりに小さい声だったので……
 「もう一度。もっと大きな声で」
 再びクライン先生が囁く。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 今度はいくらか大きな声にはなったが……
 「もう、一度。もっと大きな大きな声で」
 再度、クライン先生が囁く。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 やっと、アリーナから大きな声が出た。大粒の涙と一緒に……

 女の子が、普段は人に見せない処を見せながら叫ぶ大きな声。
涙も美しいアリーナの肢体に、カレンは思わず引き込まれた。
 それまで、あまりにも厳しい折檻に目を背け続けてきたカレン
なのに、この時ばかりは、年下の女の子の純粋な美しさに心引か
れたのである。

 そして……
 クライン先生が、手にした房鞭でアリーナの前の膨らみを叩き
始めると、突き上げる慟哭の感情と共に一つのメロディーが頭の
中を支配する。

 『美しいわ!女の子って、こんなにも美しいんだ!』

 カレンはあらためて鞭打たれるアリーナを見ながら感動する。
 11歳と侮るなかれ、アリーナが鞭の痛みからそれ以外のもの
得て身体を美しく変化させていく姿がカレンには見て取れるのだ。

 カレンは女の子たちへのお仕置きが、実は、性のレッスンでも
あることをその豊かな感受性ですでに嗅ぎ取っていたのだった。

 ところが、そんな外野の思い入れはともかく、当のアリーナは
というと、とにかく恥ずかしかった。この場にいたくなかった。
逃げ出したかった。先生からお臍の下を叩かれている鞭の痛みは
お尻を叩かれることを思えばぐっと楽なのだが、とにかく恥ずか
しくて恥ずかしくて居たたまれないのである。

 もちろん、大人達の前で裸になってウンチを処理してもらったり、
むき出しのお尻を鞭で叩かれたりすることだって恥ずかしい事に
違いないが、子供にとって大人というのは親切にしてくれる大事
な人たちではあっても普段は別の世界に住む異邦人たち。これに
対して、日頃から顔を合せ、いつもおしゃべりのネタを提供しあ
っている同世代の子供達は、アリーナと同じ世界に住む同郷人だ。
同じように醜態を晒していても、アリーナには恥ずかしさの重み
みたいなものがまるで違っていたのである。

 「なるほど、これが地獄部屋と言われる由縁なんですね」
 ニーナ・スミスがすべてを察して伯爵に語りかけると、伯爵も
……
 「見る方も、見られる方も、地獄なんです」

 「どうして?見られる方は恥ずかしいでしょうけど、見る方は
楽しいじゃない?みんな笑ってるし……」
 おしゃまなグロリアが割り込む。

 「とこかろが、そうでもないんだ。グロリア、君はここで見た
ことを、生涯、誰にも話さないでいられるかい?」

 「えっ……」

 「これを見学した子はここで起こった事を誰にも言えないんだ。
その約束をずっと守れるかい?」

 「……大丈夫だよ。先生とのお約束だから……」
 グロリアは伯爵に笑って答えたがその笑顔は少し自信なさげに
見える。

 「普段は黙っていられても、この部屋の事がお友達の中で話題
になった時、思わずおしゃべりしてしまった子が何人もいるんだ。
そんな子は間違いなくこの部屋へ呼び出されて、その時たまたま
居合わせた子供達の前で、自分が話した事と同じ内容の罰を受け
なければならないんだ。半年たって、一年たって、思わずおしゃ
べりしたばっかりにここで痛い思いや恥ずかしい思いをした子は
たくさんいるんだよ。そんないつ爆発するかわからない時限爆弾
を卒業するまで背負わされるなんて、僕は残酷だと思うけどなあ」

 伯爵の言葉にニーナ・スミスが反応する。
 「たしかに、女の子に『おしゃべりをするな』『嘘をつくな』
と言うのは酷ですわ」


 結局14回。アリーナはお友達が見ている前で曝け出したお臍
の下をクライン先生から鞭打たれた。

 房鞭は一回一回ではそれほど強い衝撃はないものの、さすがに
10回を過ぎればお臍の下の痛痒さが増して苦しくなってくる。
それがピークになった頃、アリーナは戒めを解かれたのだ。

 「よかったわね、アリーナ」

 ニーナ・スミスがあらためてアリーナを迎えてくれたが、ただ、
これでもアリーナのお仕置きがすべて終了したわけではなかった。

 アリーナと同じようにお尻洗いに抵抗し、成長検査を嫌がり、
お尻への鞭で暴れたお友達のローザと二人並んで、大きな木馬に
乗せられたのだ。

 二人は、木馬に乗る前、それぞれの担任であるクライン先生と
フォン・ボルク先生から服を脱がされたが一切何の抵抗もしなか
った。まるで、幼児が母親から着替えさせてもらう時のように、
ただじっとしていたのである。

 『ここへ来たら、言われるままに行動し、必死に耐えなければ
ならない』
 彼女達は大変な思いをしてそのことを学んだようだった。

 アリーナとローザはキャミソールと短ソックスだけを身に着け
て、これからたっぷり一時間、大きな木馬を揺らし続けなければ
ならない。
 もし止まってしまうと、木馬から下ろされてお馬さんの代わり
に騎手の方がお尻を鞭で叩かれることになるからだ。


 「この先はまだ何かありますの?」
 ニーナ・スミスが尋ねると……

 「5から7号路の先にもそれぞれ個室があって、素行に問題の
ある子や成績に問題のある子が特訓を受ける場所になっているん
ですが、そこには我々は行けないんです」

 「そこって、一日中お仕置きされる処でしょう」

 グロリアが口を挟むと、伯爵は少女を胸の上まで抱き上げて…
 「そうだよ、14歳から上のお姉ちゃまが一日中、色んな先生
から交代交代で訓練を受けるんだ」

 「学校にもその部屋から通うんだよね」

 「そうだよ、朝起きた時と寝る前には必ずお浣腸とお鞭の罰が
あるしね、学校に着て行く服もそれ用の特別なものなんだから、
とっても恥ずかしいし……学校で、ちょっとしたミスを犯しても
お尻に鞭が飛ぶしね。色々と大変だよ。毎日が地獄の苦しみなん
だ。………でも、14歳を過ぎてるからね。ここでは大人として
扱われてて先生や司祭様意外、罰を見学することはできないんだ」

 「なあんだ、つまんないの」

 「グロリアはお転婆さんだから。こんな処に入れられないよう
に注意するんだよ」

 「わかった」

 グロリアは元気よく答えたが…
 「本当かい?」
 伯爵は微笑みながらグロリアの赤いほっぺを人差し指でぷにぷ
にする。そして……

 「さあ、帰りましょう」

 一行はこうして地下室でのお仕置き見学ツアーを終え、地上の
明るい陽の光の世界へと戻っていったのである。

********************(7)****

第11章 貴族の館(6)

            第11章 貴族の館

§6 修道院学校のお仕置き(4)
   地下室見学ツアー<3>

 地下室見学ツアーの一行は、当初舞台の袖でアリーナの様子を
見ていたが、彼女が舞台で宣誓を終えると、同時に舞台を下りて
しまった。

 「私達はこちらの方がいいでしょう。理事長の権限で懺悔室の
様子を窺うことも可能ですが、小学生のプライベートを覗き見る
のは紳士の趣味ではありませんから」
 伯爵はこう言って一行を先導する。

 舞台を下りるとそこは土間になっていた。舞台とは違いそこは
薄暗いので舞台上からはよく見えなかったが、そこには色んな物
が置いてあったのである。

 「これ、何でしょう」
 ニーナがまず目を止めたのは、幼児が遊ぶ木馬のようにもの。
足元に丸い板がはめ込まれ、揺れ動くところまでそっくりである。
ただし、サイズだけがかなり大きかった。

 「見ての通り木馬ですよ。幼い頃、遊びませんでしたか?」

 伯爵が茶目っ気を込めて笑うと……
 「でも、大きいですわね。これ大人用ですか?…大人の私でも
怖いくらい」

 「乗る子が大きいとサイズも大きく作らないといけませんから」

 伯爵の思いはニーナ・スミスにも伝わったようで……
 「そうですか。やはり、これもお仕置き用の……」

 「そういうことです。たいていの子供達は、この馬の背にお尻
丸出しで座らされるんです。眺めはいいですけど……要するに、
辱(はずかし)めですよ」

 「はずかしめ?」
 カレンはその古い表現を知らなかった。

 「カレンさんのようなヤングレディには関係ないことですよ。
でも、まだレディになりきれていないここの子供たちには、その
為の訓練が必要なんです。恥ずかしさに耐える訓練がね」

 そう言って伯爵が送った視線の先には……
 中世の昔に活躍したピロリーと呼ばれる晒し台や罪人を立たせ
た状態で大の字に拘束する柱。後ろ手に縛って吊るし上げる滑車
やおしゃべりが過ぎる子や嘘をつく子がかぶるお面。喧嘩相手の
子と一緒に首と両手首を拘束される枷など時代をタイムスリップ
したような器具が通路の側面にずらりと並んでいたのである。

 「まるで、中世に迷う込んだみたいですわね」
 ニーナ・スミスが苦笑すると……

 「貴族そのものが、現代に紛れ込んでいるのですから、それは
仕方ありませんよ」
 と応じたのである。

 そんな中世の遺品の森を抜けると、次は巨大な花瓶が現れた。
少なくともカレンにはそう見えたのである。

 見上げるほど大きなその花瓶に花は生けられていないが、常に
満々と水をたたえ、周囲に配置したライオンの口からは清らかな
山の水が勢いよくほとばしっている。

 「まるで、鍾乳洞にいるみたい」
 ニーナが感嘆する。
 その水音が高い天井に響いて天然のBGMになっているのだ。

 「ねえ、この板は何ですか?」
 カレンは、水の流れ落ちる場所に敷かれた二枚の板が妙に気に
なった。
 それは素朴な疑問の域をでない独り言のような質問だったのだ
が……

 「カレンさん。それ、何だと思います?」

 伯爵が悪戯っぽい目を向けたので、カレンは正直、困った顔に
なる。

 「もともとそこでは飲み水のほか鍋や食器も洗っていました。
でも、今はその必要がありませんから、もっぱら別の仕事で利用
されています。……さて何でしょう」

 「別の仕事?……洗濯ですか?」
 伯爵の笑顔には毒があるのをカレンは女の直感で見抜いていた
から、わざと的外れな答えを用意したつもりだったが……

 「正解。よく分かりましたね。それもこの泉の重要な仕事です。
お仕置きを受ける子供たちは、汚してしまった自分の服をここで
洗わされますから。でももう一つ、この泉には重要な役割がある
んです」

 「役割?」

 「ええ、それがこの泉の本来の役割なんですけどね」

 「…………」

 「分かりませんか?……ここで先生方は子供達の汚れたお尻を
洗っているんです。つまりここは……何と言ったらいいのかなあ
……」
 伯爵は少しためらってから……
 「……子供たちがお腹に溜め込んだ不純な欲望を洗い流す為の
トイレなんですよ」

 「…………」
 カレンの悪い予感が当たり、彼女は次にどんな声を出してよい
のか分からなくなってしまった。

 実のところ、カレニア山荘にも、二枚の板を渡した同じような
場所が裏庭の、それも泉のほとりにあったのだが、用途はここと
ほとんど同じだったのである。

 「もう少し待っていれば、懺悔室でお浣腸を受けたアリーナが
先生方に両脇を抱えられて、ここへ来るはずです」

 「そんなこと、わかるんですか?」

 「ええ、そうならないケースは、ほとんどありませんから……
ほら、噂をすれば……ですよ」

 伯爵の視線の先に、大人二人に両脇を抱えられたアリーナの姿
があった。


 彼女は懺悔室の狭い空間の中で、御簾一つ隔てただけの司祭様
に向って、自分でも嫌になるほど、この一週間自分がいかに悪い
子だったかを洗いざらい白状させられたあげく、日頃、欲求不満
ぎみのシスターたちから、邪悪な心を洗い流すた為だと称して、
強姦さながらにイチジク浣腸を60㏄も受けていたのである。

 通常はグリセリン50%溶液なら30㏄が大人の一回分である。
それを11歳の体に60㏄入れたのだからアリーナのショックは、
いかばかりか想像に難くないが、それでもすぐにおトイレへ行け
るならまだしも、こうした場合、処置を受けた簡易ベッドからは
すぐに開放されないのである。

 まずは、何人ものシスターたちによって、今、着ている衣装を
すべて脱がされたあげく、代わりにオムツだけを穿かされた姿で
再び寝かされる。

 「トイレ、トイレ……漏れちゃう」
 アリーナはこの時点でうわごとのように同じ言葉を繰り返して
大人達にすがったが、周囲の大人達はアリーナを見て、ただただ
微笑むだけ。彼女の切実な願いに耳を貸す者は誰もいなかったの
である。

 アリーナにとっては、もちろんこれでも十分に屈辱的なのだが、
事態はそれだけではない。
 御簾一つ向こう側にいた神父様が、今度は役目を代え司祭様と
なってアリーナ側へとやって来たのだ。

 『男の人!』
 どんなにパニクっていても、アリーナにとっては、そこが重要
だった。

 「司祭様、祝福を……」
 担任のクライン先生がこう言ってアリーナを抱き上げてると、
司祭様がその子のために頭や胸、お腹、足、手、はてはオムツを
したお尻や股間までも十字架を掲げて神様のご加護を祈ってくだ
さる。

 『そ、そんなことは、おトイレのあとで……』
 誰たってそう言いたいところだが、もちろん、それが許される
わけがない。

 ただ、その代わり……
 「辛かったら、お漏らししてもいいのよ」
 担任のクライン先生にはそう言ってもらえるのだ。

 ただ、いかに幼いとはいえ10歳過ぎた子が…
 『では、お言葉に甘えて…』
 とはならないわけで、顔を真っ赤にして頑張るだけ頑張る事に
なるのだった。

 もちろん、過去に不測の事態が生じたことも何度かあるのだが、
『人間、やればできる』ということだろうか、こんな過酷な条件
にも関わらず、噴水に辿り着く前にお漏らしした子は、長い伝統
の中にあっても指折り数えられるほど例外的だったのである。

 この時のアリーナも、すでに意識朦朧といった様子で運ばれて
来たが、無事、二枚の渡し板の処まで辿り着くと、クライン先生
からオムツを脱がしてもらい用を足すことができた。

 ただ、伯爵たち一行が、少し離れた処から自分を見ていること
など眼中になかったのである。

 オムツを先生に脱がしてもらい、赤ちゃんと同じように両方の
太股を持たれて、赤ちゃんのようにして用を足したアリーナは、
ほっとした瞬間、異様な視線を感じて回りを見る。そして、今、
自分がどんな姿をしているかをたちまち理解するのだった。

 「!!!」
 真っ青になるが、どうすることもできない。
 当然、身体をよじって、先生の椅子から下りようともしたが、
それも許されなかった。

 「だめよ、全部、身体のものを出してしまわないと、次のお鞭
の時にまたお漏らししてしまうでしょう」

 担任の先生にそう言われれば幼い子は従うしかない。クライン
先生は強い調子はなく抱き上げたアリーナに優しく接していたが、
妥協はしなかったのである。

 3分間アリーナはその恥ずかしい姿勢を続けなければならない。
 その3分間が、アリーナへのお仕置きだったからだ。
 そんな彼女にできる事といえば、ただうなだれて顔を上げない
事ぐらいだった。


 もちろん、お仕置きはそれだけではない。
 3分間の晒し者の時間が終わると……

 「ここに立ってじっとしてなさい」

 二枚の渡し板の上に立ちライオンの口にお尻を向けたアリーナ
は、大人達から前が丸見え。
 でも……

 「前を隠さないの。両手を頭の後ろに回して、組んでなさい」

 さらに、女の子にとっては他人から触れられたくない処へも、
ずかずかと大きな指が入ってくる。

 「痛い!」
 そう訴えても……

 「我慢しなさい。痛いこと恥ずかしいことをするのがお仕置き
なのよ」
 と受けあってくれない。

 そして、お股の中やお尻の穴まで洗ってもらった後に、全身を
くまなくバスタオルで拭いてもらうのだが……

 「さあ、今度は四つん這いになって……」

 「…………」
 恥ずかしそうに甘えてみても……

 「なあに、その目は………ちゃんと拭き取らなきゃ、あなたの
お尻、下痢したウンチでまだ汚れているかもしれないでしょう」
 にべもなかった。

 もちろんアリーナは、『そんな事は自分でやります』と言って
みたかった。が、言ってもどうにもならないとわかっていたので
やめてしまう。

 嫌も応もない。渋々四つん這いになると……
 先生は勝ち誇ったような目でその可愛いお尻を見つめてから、
その割れ目を大きく押し開き、すでに汚れなどほとんどない残っ
ていない菊座を乾いたタオルで手荒く拭き取るのだった。


 「さあ、いいわ。あとは発育検査ね」

 この声におとなしくなったはずのアリーナが反応する。
 『さすがにそれは……』
 という顔になったのだ。

 もちろんその原因は、伯爵、ニーナ、カレン、それにグロリア
たちにあった。比較的親しい関係にあるクライン先生とは異なり
彼らはアリーナから見れば他人にすぎない。

 しかし、クライン先生は厳しかった。
 「なあに、その仏頂面は!…あなたみたいな子供が恥ずかしい
なんて言える資格はないのよ。ましてや、今は、お仕置き中だと
いうのにそんな反抗的な態度をとって……鞭は9回の約束だった
けど、あなたの方に約束違反があったので12回にします。……
いいですね」

 「…………」
 アリーナが答えないと……

 「いいですね」
 語気を強めて言う。

 「はい」
 いかにも残念そうな声が小さく聞こえた。と、同時に恨めしそ
うな顔を伯爵たちに向けてしまったのである。

 「アリーナ、何て顔してるの。あなた、お客様に失礼ですよ。
そんな目で伯爵様を睨むなんて。そもそも、ここでのお仕置きは
子供の義務です。義務を果たさない子には、さらに追加の義務が
生じます。私は何度もあなたに教えたはずよ」

 「はい、先生」
 青菜に塩といった感じで、アリーナはすぐに申し訳なさそうな
顔を作ってクライン先生に見せたのだが、同性の先生は女の子の
パフォーマンスだけでは信用しなかった。
 だから、さらに意地悪を……

 「よろしい、では、私の方を向きなさい。…………これから、
このベッドへ仰向けになって発育検査をしますけど、今回の検査
は伯爵様にやっていただきます」

 「えっ!」
アリーナはこの場所で声を立ててはいけないとわかっていた。
わかっていたからこそそのつもりでいたのに、身体が勝手に反応
してしまったのだ。

 しかし、そんな乙女の事情を先生は寸借してくれない。

 「何が『えっ!』なの?……伯爵様に対して無礼な顔をした罰
としては当然じゃなくて……『純潔、勤勉、奉仕』がモットーの
我校の生徒が純潔の証をたてる絶好の機会じゃないの……」

 「…………」

 「あら、どうしてまた『そんなあ~』ってお顔に戻るのかしら
ね?さっきの従順なお顔は作り物だったみたいね?……いいこと、
アリーナ。子どものあなたは親や教師に対して隠せる処は一つも
ないの。年齢が上がれば公の場所ではそれなりの配慮もするけど、
必要とあらば、あなたはその体のどの部分も愛する人の前に晒さ
なければならないわ。見苦しい秘密も、穢れた身体も、何も持っ
ていませんと胸はっていえる事が我校でいう純潔よ」

 「はい、先生」
 アリーナはがっかりした様子で答えた。幼い彼女には、それが
精一杯の返事だったのである。

 「まだ、わかってないみたいね。いいわ、あなたにとって何が
一番大事なことなのか。分からないなら痛みの中で考えなさい。
鞭はもう二つ増やして14にします」

 地獄の世界の子供たちは、大人達から何を言われ何をされても、
ひたすら従順でなければならない。
 大人たちがスカートをまくり、ショーツを下ろし、……たとえ
『裸になれ』と言われても、驚いたり躊躇などしてはいけなかっ
たのである。

 ちょっとした反抗的態度や嫌なそうな顔を見せただけでも、罰
はどんどん増えていくからだ。
 そして、理想と考える少女としての立ち居振る舞いが身につく
まで、大人は何度でも子供達をここへ呼ぶことになるのだった。

 子供達がここに呼ばれるのはもちろん一義的には罪あっての事。
そのお仕置きの為だが、大人たちの本音は、この子たちがお嫁に
行った先で受けるであろうご主人のお仕置きをどうやって美しく
受けさせるか。その訓練をさせておくことだったのである。

 今とは違い、男はサディスティクな人が多く、夫人がその性癖
を満足させてやるには、自らマゾヒティックな喜びを知っておく
方が都合がよかった。子供達への厳しいお仕置きもそうした実情
に配慮した一種の性教育なのだ。
 だから、地獄部屋でのお仕置きは生徒全員が受けなければなら
ないレッスンで、優等生なら地獄部屋へは呼ばれないということ
ではなかったのである。


 仰向けになった革張りベッドの上で、アリーナは無為の時間を
過ごした。

 伯爵はアリーナの発育検査を遠慮したが、それでも、アリーナ
は素っ裸の自分、両足を高く上げ、普段は絶対に人には見せない
処までも他人にさらしている自分がどうにも理解できないでいた。

 クライン先生から、こちょこちょと自分の性器を触られている
ことにも何の感慨もわかなかったのだ。

 『隠す物がなくなってしまった時、女は自分が自分である事を
証明できなくなる』

 そんなことを言った人がいたが、アリーナにしてみれば、その
時間は、まさに自分がこの世に存在しないほどの虚無感だったに
違いなかった。


 そんな空虚な時間が、今度は一転して暑い季節に早変わりする。
 発育検査が終わると、アリーナは約束の鞭を受けなければなら
ないのだ。

 今、仰向けで寝ていた革張りベッドの上に小さなクッションが
置かれ、そこに今度はうつ伏せになる。
 可愛いお尻だけが、ぽっこり浮いた格好だった。

 カレンやニーナや伯爵、それに介添えのシスターまでもがこの
小さな身体を押さえつけるなか、クライン先生は、満足げにこう
言うのだ。

 「アリーナ、だいぶよくなってきましたね。これなら、未来の
あなたのご主人も、きっとあなたを可愛がってくださるはずよ。
女の子は、与えられた場所がどこであれ、そこが神に与えられた
場所ですからね。そこで幸せを掴まなければなりません。従順さ
としたたかさを兼ね備えていなければなりませんが、あなたの歳
で、まず学ばなければならないのは、従順さです」

 「!」
 その瞬間、革紐鞭の冷たい感触がお尻を撫でたのでアリーナに
緊張が走る。思わず、身体が反応したが……
大の大人四人にがんじがらめに押さえつけられている11歳の
少女の身体がピクリとでも動くはずがなかった。

 「さあ、いきますよ。歯を喰いしばりなさい」

 こう言って、しばらく間があって最初の一撃がやって来た。

 「ピシッ」

 「ひぃ~~~」
 たった一回の鞭なのに、痛みがアリーナの脳天を突き抜ける。

 こんなの初めてだった。最初は軽く優しくといったそれまでの
約束事がここでは通用しないことを悟る一撃だったのである。

 『ちょっと、タンマ』
 アリーナは思わず心の中で叫んだが、そんなこと、何の役にも
たたない。

 続けて二回目。

 「ピシッ」

 「いやあ~~~」
 大人たちに身体を押さえてもらっていなければ、上体だけでも
起こしていたに違いなかった。
 もちろん、そうなったらさらにお仕置きが追加されるだろう。

 「ピシッ」

 「だめえ~~」
 何がダメなのか、アリーナ自身もわからない。でも、とにかく
鞭のお仕置きを一旦中止して欲しかったのだ。
 その思いが、頭の上にいる怖いクライン先生に届く。

 「何が、ダメなの?あなたの態度がダメなだけよ。さあ、心を
入れ替えるにはまだまだよ。ほら、しっかり歯を喰いしばって…
さあ、次行くわよ」

 先生は、アリーナのお尻にトォーズを軽く触れさせて、覚悟を
決めさせてから……

 「ピシッ」
 「(ひぃ~~~)」
 脳天だけじゃない。お尻へのショックが神経を伝って電気信号
のように流れ、両手の指や両足の指から抜けていくのがわかる。

 「ピシッ」
 「(死ぬ~~~)」
 あまりにも強く目を閉じていたので、目を開けても一瞬目の前
が真っ暗に……再び目を閉じると、そこには無数のお星様が……

 「ピシッ」
 「(とめてえ~~~)」
 もう、何でもいいから、やめて欲しかった。身体がばらばら、
心もばらばら……次の衝撃で本当に身体がばらばらになるんじゃ
ないかって心配したほどだったのだ。

 そんな気持が通じたのか、クライン先生はまた小休止を入れて
くれる。
 実は先生、アリーナがまだ鞭に耐性がないのを見て、これでも
かなり抑えて叩いているのだ。彼女くらいのベテランになると、
その子がいくつで、今の体調がどうか、鞭に慣れているかどうか、
などを総合的に判断して自在に衝撃を調整できるのだった。

 「さあ、始めるわよ。泣いていても終わりませんからね。……
しっかり歯を喰いしばって、ベッドの端をしっかり握ってなさい。
ベッドに抱いてもらうつもりで握りしめるの。そうすればいくら
か違うはずよ」

 先生のアドバイス通りにしてから、また、次が……

 「ピシッ」
 「(ひぃ~~)」
 アリーナの太股が痙攣したかのように小さく震える。

 「(もう、こないで!)」
 アリーナの願い虚しく次が……
 「ピシッ」
 「(ひぃ~~)」
 また、目から無数の星がまたたいた。

 「ピシッ」
 「いやあ~~もうしないで……いやいや、だめだめ」
 アリーナは突然わめきだす。それまで幼いなりに必死に耐えて
きた理性の糸がプツンと切れてしまったようだった。

 しかし、そんな可哀想な子のお尻に先生は再び……
 「ピシッ」
 「いやだから~~~だめだから~~~ごめんなさい~~~」

 さらに、もう一つ……
 「ピシッ」
 「ぎゃあ~~~」
 その一段と大きな声と共に、アリーナは両足を必死にバタつか
せる。
 おかげでカレンとニーナが両手で押さえていたアリーナの右足
と左足の戒めが外れ、その際、カレンはアリーナの踵で顎を蹴ら
れてしまう。

 「カレンさん、大丈夫ですか?」
 クライン先生も慌てたが、カレンは笑顔で応じて…
 「大丈夫です。何でもありませんから」
 と答えた。

 確かにカレンは大丈夫だが、アリーナは無事ではすまなかった。
 「アリーナ、もう、いいからベッドから起きて、カレンさんに
謝りなさい」
 クライン先生がもの凄い剣幕なのだ。

 彼女は服を着るように命じられ、カレンに非礼を謝ったのだが、
それは決して残った鞭を免除するという事ではなかったのである。

******************(6)******

第11章 貴族の館(5)

            第11章 貴族の館

§5 修道院学校のお仕置き(3)
   地下室見学ツアー<2>


 四号路も他の廊下と同じように暗い廊下の先に部屋があった。
その部屋の入り口には奇妙な文字が書いて掲げてある。

『Beatus vir, qui suffert tentationem,』

 「何って書いてあるの?」
 グロリアが早速意味を尋ねた。

 「『試錬を耐え忍ぶ人は幸いである』ヤコブの手紙1章12節
にある言葉だよ」

 「お仕置きって、試練なんだ」

 「そうだよ。学校に刑罰はないもの。救われない罰はないんだ。
罰を受ければ、必ず救われ、復帰できる。だから、正確にはここ
だって『煉獄』なんだろうけど…ただ、ここで行われるお仕置き
は、清書の罰なんかとは違って問答無用の体罰。それも女の子に
すれば、耐え難いほど破廉恥で厳しい折檻だからね。それまで、
ろくにお仕置きされた事のない生徒にしてみたら『地獄へ堕ちた』
って思えるくらいの衝撃なんだ」

 「ふうん」

 グロリアに続いて珍しく、カレンが口を開く。
 「ここの生徒さんって、それまで体罰は受けないんですか?」

 「爵位のあるような家に家庭教師で行くとね、たとえそこの子
が悪さをしても、無闇に叩けないんだ。親がいくらかまわないと
言ってもそこは気を使うんだよ。そこで、同じ年頃の子を連れて
行って、一緒に遊ばせ、勉強させて、何かあったらその子の方を
ぶつことで王子様王女様に反省を促すというのが一般的なやり方
なんだ」

 「効果あるんですか」

 「僕の経験で言うと、あるよ。僕にだって善悪の判断はできる
し、良心の呵責もあるから……本来、僕の責任であるべきところ
を、一緒にいる友だちがまとめて背負い込んでるのを見るのは、
やっぱり辛いもの。僕だって、伯爵家の次男坊だろう、家庭教師
から実際にぶたれたことはなかったんだ」

 「じゃあ、これまで一度も……」

 「そんなことないよ。ギムナジウムへ行けば、否応なしに体罰
はあるからね。鞭でお尻をぶたれたのも一度や二度じゃないよ。
それまで経験がない分、慣れてなくて、死ぬほど痛かった」

 伯爵は笑ったが、カレンは真剣な顔で……
 「鞭って、慣れるんですか?」

 「ああ、慣れるよ。家で散々叩かれつけてた子は、懲罰室から
出ると口笛ふいて宿舎に戻ってたもの。僕だって上級生になる頃
には段々平気になっていったから……」

 「そうなんですか」

 「ただ、僕たち男の子の場合はそのほとんどがお尻への鞭なん
だけど、女の子の場合は色んなことやられるからね。慣れるのに
時間がかかるんじゃないかな」

 「色んなこと?」

 伯爵はカレンの独り言には答えず……
 「さあ、みんな、入ってみるよ」
 映画館にあるような重く厚いドアを開けて、他の三人がそれに
つき従ったのである。

 「わあ~~広い」
 グロリアが叫ぶ。
 グロリアだけではない、ニーナにとっても、カレンにとっても
そこはこれまで部屋とはまったく違った印象を受けた。

 天井が高く、まるで体育館か講堂のようにとにかく広いのだ。
おまけに他の部屋にはなかった大きな窓までがあって、外からの
光が入ってくる。三人には、とても開放的な空間が広がっている
ように感じられたのだった。

 「これはこれは、伯爵様。お待ち申しておりました」

 一行が部屋に入ってくると、さっそく小柄で童顔の婦人が挨拶
に出向く。
 皺さえなければ、ここの生徒と見間違うほどの顔立ちである。
どうやら彼女、ベイアー先生からの内線電話で事の次第を事前に
知らされていたようだった。

 「はじめまして、スミス先生。私がマヌエラ=リヒターです。
決して心地よい場所ではございませんが、よろしければ、どうぞ
ご覧ください」
 リヒター女史はまず最初にニーナ・スミスと挨拶をかわした。

 「リヒターさん。今日は誰か予定があるんですか?」
 伯爵が尋ねると……。

 「そうですね……」リヒターは手持ちのファイルを捲りながら
「……12歳の子が3人と13歳の子が2人、11歳の子も2人
……今のところこの7名です。……あ、そうそう、14歳の子も
2人分予約が入っていましたが、特殊な事情によりキャンセルに
なってます」

 リヒター女史は意味深に伯爵を見つめ、伯爵も微笑を返す。
 すると、ここでニーナが誰に対してというのではなく口を挟む。

 「ここでは厳しいお仕置きをなさると聞いていたのに、みんな
幼い子ばかりなんですね」

 これに対してマヌエラが応じた。
 「先生はブラウン先生の学校で校長先生を勤めていられるとか、
やはり、そうしたことをお気になさいますか?」

 「ええ、まあ……」

 「それは立場の違いですわ。うちの生徒は、先生の処のように
職業を持って世に出ることを目指していませんから……あくまで、
お嫁に行って、そこで子供を産んで育てることが本義なんです」

 「その事と、何か関係あるんですか?」

 「ええ、女子は11歳から13歳の頃、ほんの一時期ですが、
男の子を体力で上回る時期があるんです。この時期は精神的にも
男の子に近くて、芸事にしろ、スポーツにしろ、鍛えれば伸びる
大事な時期です。ただ、ここであまりにも自由にやらせてしまう
と『自分は男以上の力があるんだ』とか『男はだらしない生き物
なんだ』といった誤解が生じかねないのです」

 「でも、それって自信に繋がりましょう?」

 「ええ、ですから、先生の処のように職業婦人としてその子の
将来を展望されるなら、褒めて伸ばすよい時期なんです。でも、
うちのように大半が良家に嫁ぎ、夫につき従って円満な夫婦関係
を維持するのが子たちの目標となると……厄介な問題もあるわけ
です」

 「なるほど、躾の問題でしたか。……でも、そうなると、……
その年頃の子は受難ですわね」

 「ええ、14歳からは社交界へのデビューも控えていますから
それほどハレンチな事もできませんけど、その少し前は大変です。
幼い頃のように周囲も甘やかしてくれませんし、かといって大人
としても見てもらえませんから、試練、試練の連続。何かミスを
しでかすたびに『お仕置き』『お仕置き』で追いまくられること
になります」

 「では、ここへも一度ならず……」

 「ええ、11歳から13歳の間は一学期に一度は必ず……二度、
三度という子も珍しくはありませんわ。中には、二三週間に一度
は必ず顔を出す常連の子もいますのよ」

 「まあ、それじゃあ身体がもちませんわね」

 「ええ、ですから、ここへの呼び出しは二週間に一度と決めら
れているんです。お仕置きはお仕置き。刑罰ではありませんから、
身体を壊したら何の意味もありませんもの」


 リヒター先生がニーナ・スミスとおしゃべりしているうちに、
今日の主役達が分厚い扉を押して入ってきた。

 「お客様の到着ね」
 リヒター先生はそう言うと、入ってきた子供たちに向って声を
掛けた。

 「さあ、みなさん。舞台にある椅子、どれでもいいですから、
座ってください」

 一行がリヒター先生と話していたのは入口を入ってすぐの場所。
そこは舞台の下手にあたる場所で、そこからフラットに広い舞台
が広がっていた。

 ちなみに、舞台をおりると、そこは舞台の何倍もある広い広い
土間になっていて、奥にはなぜか噴水が湧き出ている。

 「あれ、噴水なの?」
 グロリアが訊ねると、伯爵が説明してくれた。

 「戦時中、ここは爆撃を逃れるために作った礼拝堂だったんだ。
噴水も非難した人が飲み水に困らないように自噴の井戸を掘った
なごりなんだよ。だから今でも地下から自然に水が湧き出てて、
溢れた水はあの窓の外にある崖の方流れ落ちてるんだ」

 「あの窓からお外へは出られないの」

 「無理だね、とっても高い崖だから……ほら、そんなことより
始まるよ。君も見ておいた方がいい。一年たったら、君だって、
ここへ罪人として来るかもしれないんだからね」

 伯爵の言葉に、しかし、グロリアは強気だった。

 「大丈夫よ。わたし、普段から先生たちとは心安くしてるから、
ここへは二度と来ないと思うわ」

 底抜けに明るいグロリアの言葉。そんな一点の曇りもない自信
が、いったいどこから湧いて来るのか、大人達は不思議だった。

 いずれにしても、今日の催し物は、今まさに開催されんとして
いたのである。

*************************

 伯爵が先ほど説明したように、舞台にはミサを執り行う祭壇の
跡が今でも残っており、子供たちは、それを見つめるように配置
された七脚の椅子にそれぞれ個別に腰を下ろしていた。

 「さあ、では始めましょう」
 リヒター先生が開催を宣言する。

 「ここに何度も来ている残念な人たちは『またか』と思うかも
しれませんが、今日はここが初めての子もいるみたいなので説明
しておきます」

 リヒター先生がそこまで言うと、アシスタント役のシスターが
何やら金の縁取りまである仰々しいファイルを子供たちの名前を
確認しながら手渡していく。

 それが全てに行き届いたところで、先生は再び口を開いた。

 「今、お渡ししたファイルは、あなたのお父様があなたの為を
思って学校へ提出してくださった『身分剥奪証』です。そこには
学校が必要と認める時は国王陛下の名の下に爵位の効力を一時的
に停止させると書かれています。要するにここでお仕置きを受け
る時、あなたたちは平民の身分ということです」

 「…………」
 リヒター先生の説明は、大人たちには分かりやすいメッセージ
だったが、子供たちにしてみると、そんなこと言われてもピンと
こない。たしかに、彼らはぶたれた経験がほとんどなかったが、
それは生まれてこの方、当たり前の事で、それが自分達の身分に
起因しているなどとは考えもしなかった。

 「あなたたちは、これまでその身分に守られてお仕置きを経験
したことがほとんどなかったと思いますが、今は試練の時です。
試練を潜らない人に強い人はいませんから、お父様は、愛する娘
のために泣く泣く『身分剥奪証』を出されたのです。あなた方は
そのお父様の愛に感謝を示す意味でキスをしなければなりません」

 リヒター先生はこう言って手渡したファイルにキスを強制する。
そして、こうも付け加えるのだった。

 「お仕置きは愛です。貧しい家でよくやられている親の腹いせ
の為の虐待行為とここは一緒ではありません。どこまでもあなた
方の為にする愛の行為なのです。ですから、私達もあなた方への
鞭は、あなた方が耐えられる限界までしか強めません。ですから、
あなた方もそれに必死に耐えて、悲鳴をあげたり手足をバタつか
せるなどといった庶民の子がするような悪あがきをしてはいけま
せん。貴族の子は貴族の子らしく、お行儀よくお仕置きを受けな
ければならないのです。……もし、見苦しいマネをするようなら、
こちらもさらに強い愛を注ぎ込まなければならなくなりますから。
……わかりましたね」

 「はい、先生。……先生、お父様、お母様、国王陛下、司祭様、
マリア様、そして全知全能の神様の愛が私達に届きますように」

 リヒター先生に向って生徒達は一様に答えた。こんな時はこの
ような言葉で宣誓しなければならないと教えられていたからだ。
 だからみんな大真面目。当時の貴族社会にあってはお仕置きと
いえど折り目正しくが正論だったのである。


 そのファイルに全員が感謝のキスをしたのを確認すると、ファ
イルはシスターによって回収され、いよいよお仕置きが始まる。

 「アリーナ。あなただけここに残って、他の子は椅子を持って
舞台の端へ移動しなさい。そして、背もたれを噴水の方へ向けて
椅子の前に膝まづき、座板の上で両手を組むのです。……そこで
自分の番が来るまで、この一週間の悪い行いを全て思い出して、
反省し、お祈りをするのです。……分からない子はお姉さんたち
と同じことすればいいですから見て覚えなさい」

 リヒター先生は、こうして他の子たちを舞台の中央から遠ざけ、
こちらが見えないようになると、さっそく最初の子供、アリーナ
を祭壇の前で膝まづかせる。
 アリーナが人の気配に気づいて振り返ると、そこには学校での
担任クライン先生が自分と同じように膝まづいている。

 クライン先生は何も言わないが、幼いアリーナにしてみると…
 『あなたは、もう逃げられないのよ』
 と言われているみたいだった。

 「胸の前で両手を組みなさい」
 リヒター先生の声がいつもにも増して厳かに聞こえる。

 アリーナが言われた通りにすると…
 「これから、あなたは懺悔聴聞室で司祭様に犯した罪の全てを
告解しなければなりません。そのことは知ってますね」

 「はい」
 アリーナは小さな声で答える。

 「分かっているとは思いますが、その時、あなたは罪の全てを
包み隠さず司祭様に申し上げなければなりません。もちろん、嘘
は絶対に許されません。ここに来たからには、調べはついている
のです。わかるでしょう?」

 「はい、先生」
 アリーナの声は蚊の泣くように小さい。

 「声が小さいようですが、本当にわかっていますか?ここでの
お話はお友だち同士の告解ごっことは違います。どんなに小さな
嘘も、些細な隠し事も……いえ、たとえその罪を忘れていただけ
でも許されません」

 「…………」
 アリーナの顔が青ざめる。

 「どうしてだかわかりますか?……懺悔室ではね、罪を犯した
ことを忘れること自体、罪だからです。……もちろん、それも、
お仕置きの対象です。ですから、あなたは、この一週間に起きた
すべてのしくじりを必死に思い出して、司祭様に告解しなければ
なりません。……いいですね」

 「はい」
 アリーナは精一杯の声を出したつもりだったが、それは普段の
声量の三分の一にも満たないかすれ声だった。

 「よろしい、では、まず、マリア様に誓いをたててから懺悔室
へまいりましょう」
 クライン先生がこういうと、担任のクライン先生がアリーナの
ために後ろから口ぞえをしてくれた。

 「マリア様、私は真実だけを述べ、決して友だちを傷つけない
事を誓います」

 「…マリア様……私は……真実だけを述べ……決して友だちを
傷つけないことをお誓いします」

 「もし、約束を破った時は、どんな罰でも受けます」

 「…もし、……約束を破った時は……どんな罰でも受けます」

 クライン先生の言葉を鸚鵡返しに述べる。11歳のアリーナに
は、それが精一杯の宣誓だった。

 「わかりました。その宣誓した言葉を忘れてはいけませんよ」

 クライン先生から優しい言葉を貰い、アリーナはこの場を離れて、
懺悔室へと向う。

 『もう、死にそう。わたし、これからどうなるの……』
 アリーナは心の中で愚痴を言う。

 アリーナにとっても懺悔はこれが初めてではなかった。家でも、
学校でもそれはあったが、それは『これこれの罪を懺悔しなさい』
と親や先生に強制されただけ。自ら罪を思い出しながら懺悔した
なんて経験はないのだ。だからアリーナの心臓はすでにこの時点
で、はち切れんばかりに小さな胸を打っていたのである。

*******************(5)****

第11章 貴族の館(4)

      第11章 貴族の館 

§4 修道院学校のお仕置き(2)
  地下室見学ツアー <1>

 「コン、コン、コン」
 その音に反応して中で声がする。

 「誰?」
 その声は少し尖った感じの響きだったが……

 「僕だよ、 ベラ< Bella >」

 伯爵がそう告げると、とたんに声色が変わった。
 「これは、これは伯爵。今、鍵を開けます」

 彼女は内鍵を開けると、笑顔で三人を迎え入れる。
 すると、伯爵の目に幼い女の子が映る。

 「おや、また逢ったわね」
 それは、さっき伯爵たちが廊下で出会った、一番年下の女の子
だった。

 「君、名前は?」

 「グロリア=アグネス=ロンベルク< Gloria=Romberg >」

 「いい名だ。たしか、あそこは音楽家の家系だったかな。君も
やるの?」

 「………」少女は最初おかっぱ頭を横に振るが、あとで「……
少しだけ……」と愛くるしい顔で笑って付け足した。

 「そうだ、君はここが初めてだって言ってたね」

 伯爵は思い出したようにそう言うと、副校長のベラ=リンクに
向って訊ねた。
 「この子への宣告は終わったんですか?」

 「いいえ」

 「そう、それなら今日の処は、この子を私に預からせてくれま
せんか?」

 「ええ、それは構いませんけど、どうなさるおつもりですか?」

 「社会科見学ですよ。この地下室の……勿論、一年生をここに
呼ばれたからにはそれなりの理由がおありとは思いますが、まだ、
学校へ入って来て日も浅いのにいきなりぶたれた可哀想でしょう」

 副校長は穏やかに微笑んで……
 「そうですか。……ま、それはこの子に関しては、必要ないと
思いますけど、伯爵様がそういうご意思でしたらこちらとしては
問題ございませんわ。幼い子への体罰は私も望みませんので……」

 という事でグロリアは罪人の身でありながら、伯爵達の地下室
見学ツアーに参加することになった。

***********************

 「二号路は図書室になっているんです」

 伯爵は、ここへ降りてきた階段の処まで一旦戻ると、そこから
一号路の隣りに伸びる二本目の通路へと入っていく。

 その行き止まりにある部屋は比較的大きな広間になっていて、
ドアも大きく開いたままになっていた。そこでは十人ほどの子供
たちが黙々と何か書き物をしている。

 「みなさん、お勉強ですか?」
 ニーナ・スミスが訊ねると……

 「まあ、そう言えば言えなくもありませんけど……課題として
だされた本のページを書き写して、隣りの部屋にいる先生の処へ
持っていかなければならないんです」

 「百行清書みたいなものですか?」

 「ええ、まあそういったところです。書くのは一回なんですが、
何しろ長文なので結構骨が折れますよ」

 「それに汚い字だとやり直しさせられるんです」
 グロリアが思わず口を挟むので……

 「やったことあるのかい?」
 伯爵が微笑むと……

 「もちろん」
 そう言ったグロリアの顔は明るい。褒められることではないが
グロリアはどこか自慢げな顔だった。
 「それから、その書いた内容を質問されるの。答えられないと、
また覚えなおし……1時間くらいかかることもあるから大変なの」

 「何だかこの罰をすでに何回も受けてるみたいな口ぶりだけど
……グロリアちゃんはお転婆さんなのかな」

 伯爵にこう言われて、さすがに少し恥ずかしそうな顔になった
が……
 「そんなにお転婆じゃないけど、担任のマートン先生は私の事
をおしゃべりな小鳥だって……授業に集中してないって……私は
そんなふうには思ってないけど」

 「これはこれは伯爵閣下。今日はご視察ですか?」
 話しかけてきたのはカミラ女史。黒縁メガネがトレードマーク
のこの部屋の管理人である。

 「お客人を色々と案内してるんだ」

 「こんな処をですか?」

 「こちらは、ニーナ・スミスさん。カレニア山荘で校長先生を
なさってる。こんな処でも、何らかのお役にたつかもしれないと
思ってね、見ていただいてるんだよ。見せてあげてもいいかな?」

 「ええ、私はかまいませんけど、ここは子供たちのお仕置きの
ために設けられた施設ですから、聞くに堪えない悲鳴や見苦しい
物もたくさんありますけど、よろしんですか?」

 「かまわないよ。うちのありのままを見せたいんだ」

 「ところで、そちらの娘さんは秘書さんですか?」

 「カレン・アンダーソンさん。これでも作曲家だよ」

 「ああ、カレンさん。存じてますよ。最近、チビちゃんたちが
よく弾いてますから……でも、こんなに、お若いとは知りません
でした」

 カミラ女史は若いカレンに対しても古くから友人のように笑顔
でもてなす。
 ただ……

 「あと、お連れはいらっしゃいませんね……あっ、あなたは、
違うわね」

 伯爵の腰に隠れるようにしてこちらを見ているグロリアを見つ
けると、こちらには渋い顔で睨みつけた。

 「お譲ちゃん今日は何を清書するように言い付かってきたの?」

 カミラ女史がこう詰問するから伯爵が中に入った。
 「いや、この子も私たちの連れなんだ。まだ新入生だし一度は
こんな処があることを知っておけば、ここへ顔を出す回数も減る
んじゃないかと思ってね。こういう処は初めてだって言うし……」

 こう言うと、カミラは吹き出すように笑って……
 「伯爵様は、相変わらず女の子にお優しいんですね。……でも、
この子、ここが初めてじゃありませんよ」

 「えっ、そうなの?」

 「確かに、一般的に新入生はまだ幼いですし、学校にも慣れて
いませんから、本校でも体罰は奨励していませんけど、この子に
限って言えば例外です。もう、ここに顔を出したのが4回目です
から」

 「おや、おや」
 伯爵はグロリアを見下ろして苦笑い。
 そして、それを見上げるグロリアも苦笑いだった。

 「大丈夫だよ。心配しなくても……伯爵たるもの。約束は守る
からね」

 伯爵からのお許しを得たグロリアは、そっと彼の右手を両手で
握りしめる。その愛くるしい姿は、伯爵にそれ以外の口を開かせ
なかった。

************************

 一行は再び階段の処まで戻って今度は三本目の通路を進む。
 廊下の長さは15mから25mほど。それほど長い距離ではな
いが、暗い廊下を進むだけでカレンは陰鬱な気分だった。

 三号路の先はさっきとは違って小さく部屋が仕切られていて、
その一部屋のドアを伯爵がノックすると、先ほどと同じように、
最初はつっけんどんな返事だが、伯爵とわかると手の平を返した
ように声が優しくなって迎え入れてくれた。

 「これは、これは、伯爵。何か、火急の御用でしょうか?」
 応対に出たのはヘルマ=ベイアー先生。
 理知的だが化粧気はなく、増え始めた皺も隠そうとしない中年
女性の笑顔がのぞく。

 しかし、入り口を塞ぐように立つ彼女は、来訪者たちを部屋の
中へ積極的に招き入れるという雰囲気ではなかった。

 そこで伯爵が……
 「火急の用がなければ立ち入れませんか?出直しましょうか?」
 と言うと……

 「いえ、そのようなことは……ただ、一人の生徒の処置を考え
ておりましたので……」

 「誰です?」

 「エミーリア=バウマンです」

 「エミーリア=バウマン?そう言えば明日は試合があるのでは?」

 「ええ、それが、思いもよらぬことが起きまして……まずは、
お入りください」
  ベイアー先生はようやく一行を受け入れたが……

 「ほう……」
 伯爵は『なるほど』といった顔になった。

 そこにはマリア様が描かれたタペストリーの下で三人の女の子
が膝まづき、お尻を丸出しにして仲良く並んでいたのである。

 「一人ではないんですね」
 伯爵が尋ねると……

 「三人組みの悪さですから……」

 「ほう、どんな?」

 「試合の近いエミーリアが今週はテストが不出来だったり宿題
をやってこなかったりでここへ呼ばれたのですが……こちらへは
常連の他の二人が見かねてエミーリアの分まで清書作業を手伝っ
たんです」

 「なるほどね……それで、できたからと言ってさっさとここへ
持ってきた。でも、一人でそんな短時間にできるはずがないから、
よく確かめてみると、字の癖が違っていた。そこで、エミーリア
を問い詰めたけれど、白状しないものだから、鞭を一ダースほど
くれてやると、やっと事情を説明した。そんなところですかね」

 「よくご存知で……すでにどこかでお聞きになられたんですか?
……そうか、カミラ女史から……」

 「いえいえ、私の学生時代にもそんな事はよくあったことです
から、おおよそ推測はつきます。それで、どうなさるんですか?」

 「ですから、それを、今、考えていたところなんです。………
それはそうと、そちらのお連れさんたちは?………おや、中には
見たことのあるような顔もありますが……」
 ベイアー先生は、すでに常連になりつつあったグロリアを見つ
けて笑う。

 「社会科見学の一環ですよ。……」
 伯爵はニーナやカレンがここに来た経緯(いきさつ)を話した。
 そして……

 「どうでしょう。この子たちと賭けをするというのは……」

 「賭け?」

 「ええ、このまま試合に出させて、勝てば罰は与えない。でも、
もし負けたら、二倍のお仕置き……」

 「そ、そんな……ご冗談を……」
 ベイアー先生は驚く。当然、冗談かと思ったのだが……

 「いえ冗談ではありません。私はそれでいいと思ってるんです。
この二人の協力者にしても、いわば、エミーリアのテニスの腕に
賭けたんでしょうから……」

 「…………」
 ベイアー先生は、伯爵のあまりに唐突な提案に、声が出ないと
いった表情だった。

 「無謀ですか?教育者にあるまじき行いですか?……もちろん
これは私の個人的な思いつきで、判断されるのは先生ですが……」

 「ギムナジュームではそういう事をされてたんですか?」

 「すべてがそうして処理していたわけではありませんが、なか
にそうした先生もいらっしゃいましたので申し上げただけです。
……男の世界の話です。女の子の学校では馴染めませんか?」

 「たしかに、それはそうですが………伯爵様のご意向とあらば、
それは尊重いたします」

 『ベイアー先生は必ずしも乗り気ではない。それでも、理事長
先生の意見も無視もできないから、不承不承したがったのだ』
 人生経験の浅いカレンはベイアー先生の言葉をこう判断した。

 しかし、事実は違っていた。
 むしろ、ベイアー先生自身も心の中ではそれは面白いと思って
いたのだ。ただ、自分の立場上、それを積極的に肯定できない。
そこで、こう言わざるを得なかったのである。

 「それでは生徒に聞いてみましょう」
 伯爵は話を進める。

 ベイアー先生の手が鳴り、三人はスカートを下ろすことを許さ
れた。

 こちらを向き直ると、三人ともすでに目が真っ赤だった。
 「こんにちわ、伯爵様」
 三人そろって挨拶したが、唇が微かに震えている子もいる。

 「どうかね、君達。後ろ向きだったけど話は聞こえてただろう。
君たちだってエミーリアの実力を信じたから、不正を手伝う気に
なったんだろうし、もう一度、エミーリアの実力を信じてあげて
もいいんじゃないのかな」

 伯爵の言葉に両脇の二人が真ん中に立つエミーリアの顔を覗き
込む。

 「どうだね、エミーリア。……君達のやった事はとても重要な
規則違反だ。本来なら無条件でこの煉獄からも追放。四号路以降
の地獄行きだよ。知ってるよね、そのくらいの事は……」

 「はい、先生」

 「そんなことを君は友だちにやらせたんだ」

 「先生、違います。私たち自主的にやったんです。エミーリア
は何も悪くないんです」

 ハンナはエミーリアを弁護したが……
 「友だちがいくら自主的にやりましたと言っても、その恩恵を
君が受けてしまえば…エミーリア、…君だっては同罪なんだよ。
……わかるよね、そこは……」

 「はい、理事長先生」

 「でもね、僕は、友だちからこうして慕われてる君を、単純に
地獄へは落としたくないんだ。……君たちはもう14歳。小さな
子と違ってあんなハレンチな場所は嫌だろう?」

 「…………」
 三人は一様に小さくうなづく。

 「そこでだ。私も君達の気持を汲みたいから提案してるんだ。
エミーリア。今、君のできることは何だね。テニスだけだろう。
だったら、それで君を慕う友だちが救えるなら、こんな賭けも、
やってみるべきじゃないのかな」

 「わかりました。二人がそれでいいならやってみます」
 伯爵の説得にエミーリアはついに賭けを承諾する。

 自分の事だけならいざ知らず、それで友達の運命までが決まる
のだから、容易な決心ではなかったが、お仕置きを免れる道が他
にないのなら、それに賭けてみようと思ったのである。

 試合は明日。相手はエミーリアはより格上の選手。勝てば無罪
放免だが、負ければその週の週末と翌週の週末、二週続けて三人
は地獄部屋へ行かなければならない。
 決していい条件ではないが、二人も承諾して、簡単な契約書が
作成された。

 殴り書きの紙に、伯爵とベイアー先生、エミーリア、ハンナ、
それにもう一人おともだちアデーレがサインして、カーボン複写
された物は生徒にも渡される。

 たかがお仕置きに麗々しく契約書と笑うなかれ、将来、重要な
ポストに就くことの多い生徒たちにとっては、これだって立派な
社会勉強の一つだったのである。

 エミーリアたち三人娘が去ったあと、一行はいよいよ四号路へ。
生徒達が『地獄』と呼ぶその場所へと旅立つことになった。

 「あら、グロリア。あなたも一緒になって地獄を見に行くの?
怖いから目を回さないでよ」

 ベイアー先生がそう言ってグロリアの頭を撫でるから伯爵が…
 「あれ、この子、ここには何度か来てるんでしょう?」

 「そりゃあ、そうですけど、ここまでです。ここから先へは、
まだ一度もやったことありません。この子は怠け者で、お転婆で、
おしゃべりで……ま、色々大変ですけど、根はいい子ですから、
地獄へ送ったことはないんです。いつも、ここまでよね」

 ベイアー先生の言葉にグロリアは大きくうなづいてみせた。
 「先生のお慈悲に感謝します」

 「何言ってるの。今さら調子のいいこと言って………あなたも、
あんまり調子に乗ってると、そのうち本当に地獄へ突き堕とされ
るわよ」

 「なんだ、そういうことだったのか」
 伯爵は苦笑い。そこで……
 「地獄は怖いところだからね、君はここから帰ってもいいよ」
 と言ってみたが、やはり、答えは……

 「平気です」
 という事だった。

 そこで、四号路以降もやはりこの四人で見学することになった
のである。

********************(4)***

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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