2ntブログ

Entries

小暮男爵 ~第一章~ §12 / ランチタイムの話題

小暮男爵/第一章


<<目次>>
§1  旅立ち         * §11  二人のお仕置き②
§2  お仕置き誓約書   * §12  ランチタイムの話題
§3  赤ちゃん卒業?   * §13  お父様の来校
§4  勉強椅子       * §14  お仕置き部屋への侵入
§5  朝のお浣腸      * §15  お股へのお灸
§6  朝の出来事      * §16  瑞穂お姉様のお仕置き
§7  登校          * §17  明君のお仕置き
§8  桃源郷にて      * §18  天使たちのドッヂボール
§9  桃源郷からの帰還  * §19  社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20  六年生へのお仕置き


***<< §12 >>**/ランチタイムの話題/**

 私たちの学校でのお昼はその為だけに作られた食堂で頂きます。

 体育館の半分ほどの広さに丸い窓がアクセントのその部屋には
ペルシャ絨毯が敷き詰められクラスごとの大きなテーブルが置か
れていました。

 テーブルに並ぶ食器もちょっぴり値の張る陶器や磁器、銀製品。
子供用のプラスチックやアルミの食器などでは真の躾はできない
とお父様方が揃えられたのです。そのためこの場所は子どもさえ
いなければまるでホテルの宴会場のようにも見えます。

 子どもにはちょっと贅沢すぎる空間ですが、この学校には父兄
の他にも卒業生の方々がよく臨時講師として招かれておりました
から、そうした人たちが食事するスペースも確保しておかなけれ
ばなりません。

 OBOGの中には、お父様方傘下の企業で現社長の腹心として
取締役に着いている紳士とか大学教授、弁護士、医師、高級官僚
など成功者の方々がたくさんいらっしゃいます。そうした方々を
まさか埃たつ教室に招いてプラスチックの食器で食事をさせると
いうわけにはいきませんでした。

 そんな高級レストラン(?)に最初にやってくるのは上級生の
お姉さんたちが親しみを込めてチビちゃんと呼ぶ小学一年生から
三年生の小学校下級生の子たちです。
 時間割の都合上このチビちゃんたちがたいてい一番のりでした。

 彼らはまず中庭で摘んできた草花を各テーブルに置かれた一輪
挿しの花瓶に生けて回ります。
 それが済むとお姉さま方のテーブルを回って、お皿やナイフ、
フォーク、スプーン、箸箱といったものを並べていきます。
 身長がちょっぴり足りませんからそのための専用の踏み台まで
用意されていました。

 もちろん私もチビちゃんと呼ばれていた頃はこれをやっていま
した。
 でも、このお仕事、なぜか自分たちが食べる分の食器について
はやらないのです。

 チビちゃんたちが食べる分を持ってくるのは少し遅れて食堂に
入って来る上級生のお姉さまたち。

 まず厨房入った中学生のお姉さまグループがチビちゃんたちの
ための料理を盛り付け、小学四年生から六年生の上級生グループ
が配膳台でそれを受け取って、お腹をすかせたチビちゃんたちの
テーブルへ運びます。
 要するに小学校高学年グループは、ウェートレスさんの仕事を
することになるのでした。

 配膳台から出てくるチビちゃんたちの料理は色んな料理が一つ
のお皿に盛られたワンプレートスタイル。一見すると社員食堂や
学食などで提供される定食のようにも見えますが、アレルギーや
どうしてもその食材に手を着けられない子の為に個別の盛り付け
が細かく指示されていました。

 そのため、お料理の取り違えが起こらないようにボールやお皿、
グラスにまでその子の好きな花が家紋代わりに描かれていますし、
箸も箸箱もその子専用。スプーンやフォークなどの食器には一つ
一つ名前が掘り込まれています。もちろん料理を運ぶトレイにも
ちゃんとその子の名前が貼り付けてありました。

 つまりここの給食は一応決まった献立はあるのですが、その子
の事情に応じて料理も食器もすべてがオーダーメイドなのです。
ですから給仕役の私たちもそれを間違えるわけにはいきません。
食器と料理を慎重に確認してからトレイに乗せチビちゃんたちの
待つテーブルを回ります。

 その子の前に来てもう一度確認。
 「愛子ちゃんのお皿、チューリップだったわよね」
 って、その子にあらためて確認を取ってからお料理を並べます。

 そもそも何で上級生の私たちがチビちゃんたちの為に給仕役を
やらされるの?という不満もないことはないのですが……
 それを先生に言うと……

 「何言ってるの、あなたたちは女の子なんだから当たり前です」
 の一言で片付けられてしまいます。

 実際ここは戦前まで華族様専用の学校でしたから、当然こんな
仕事もありませんでしたが、戦後、お父様が学校を買い取られて
からは『これからは何事も平民の流儀に習って…』と大きく方向
転換されたんだそうです。

 ちなみに、園長先生がおっしゃるには、昔の名残りがあるのは
胤子先生への一礼といつでも誰に対しても同じ『ごきげんよう』
というご挨拶だけなんだそうです。

 他の子の不満はともかく、私としては料理をテーブルに運んで
行く先でチビちゃんたちが必ず……
 「ありがとうございます。お姉さま」
 と笑顔で迎えてくれるのが励みでした。

 上級生も……
 「午後も先生お友だちに囲まれて幸せが続きますように」
 と返すのが一般的です。

 最後にその子の手を取って、ハンドキスをして別れます。
 これは西洋の習慣ではなく、いつの頃からか始まったこの学校
独自のしきたり。あくまでサービスです。
 ところが、相手は幼いですからね、嫌いな先輩のキスだと露骨
にそこをゴシゴシと拭ったりします。

 その後、私たちはこの日のお昼をご一緒する先生の為に料理を
運び、中学生のお姉様たちのテーブルも回ります。
 そして最後が、私たちのテーブルでした。

 文字通り小学校高学年組は給食の給仕役をやらされてる訳です
が、私自身はそれがそんなに苦痛ではありませんでした。
 だって、そのことでみんな笑顔になってくれますから、多くの
人の役に立っているという実感がありました。
 
 大事な事はみんなで助け合って食事の準備をすること。他の人
にやっていただいたことには感謝すること。うちの学校にあって
は給食はそんな常識を学ぶ場だったんです。

 さて、そうやって苦労のあげくいただく料理なんですが、実は
部屋の内装に比べるとこちらはそんなに豪華版じゃありません。

 この日のメニューは、トマトシチューにサラダ、黒パン、牛乳、
ちょっぴりのフルーツといったところでしょうか。
 シチューやサラダ、それにフルーツといったものはチビちゃん
たちのワンプレートとは違って、あえて個別にせずクラスごとに
置かれた大きな鉢に入れてあります。
 それを担任の小宮先生から分けてもらうことになっていました。

 もちろんこれだって自分たちで勝手に取り分けた方が手っ取り
早いんですが、夕食のお肉の塊をわざわざお父様が切り分けて、
一皿ずつ家族に振舞うのと同じで、全ては権威づけの為でした。

 私たちの置かれた特殊事情で、小宮先生は学校の先生であると
同時に私たちにとってはお母様でもあるわけですから、私たちが
素直に尊敬の念を抱けるよう工夫されていたのでした。

 さて、普段のお昼はこんな感じで豪華な料理はでません。
 ただ、例外があって、月に一度、外からシェフが来て私たちに
本格的なコース料理を振舞ってくれる日があります。

 この日の料理は確かに豪華なんですが、テーブルマナーを学ぶ
のが本来の目的ですからお行儀よくしていなければなりませんし、
慣れないフォークやナイフと格闘しなければなりません。
 おかげで、お料理そのものをそんなに美味しいと感じる余裕は
ありませんでした。

 実は、さっき名前の彫られたフォークやナイフがあるって言い
ましたけど、普段の食事であれはたいていお飾りなんです。

 当時、私たちが日常的に使っていたのは、あくまで自分の箸箱
から取り出すマイ箸。チビちゃんたちはその方が食べやすいので
スプーンやフォークを使いますが、私たちの年齢になると大半が
箸を使って食べます。食卓には練習用にと毎回フォークやナイフ
が並べられますが、一度も料理に触れることなく下げられること
がほとんどでした。

 そんなことより、女の子たちにとって一番のご馳走は気の置け
ないお友だちとのおしゃべり。これが何よりのご馳走でした。

 ですから、私たちは席に着くなりすぐにおしゃべりを始めます。
園長先生が手を叩いて一瞬場内が静まりますが、それが続くのは
全員が唱和する「いただきます」の瞬間まで。すぐに、さっきの
続きが始まるのでした。

 そんなおしゃべりを楽しむ大事な時間に慣れない洋食器は邪魔
でしかない。わかるでしょう。

 「ねえ、ねえ、お尻、痛かった?今も赤くなってるの?ねえ、
教えてよ。私のところからだと、前の子が邪魔になってはっきり
見えなかったのよ」
 お下げ髪の詩織ちゃんがあけすけに尋ねます。

 『えっ、また……』
 私はうんざり。そして、返事に困ります。

 実はお仕置きが終わって図画教室に行く時も、授業が終わって
この食堂へ来る時もお友だちの話題はこればっかり。
 私はお友だちからしつこく同じ質問を受けていました。

 でも、その時は……
 「私、慣れてるから」
 なんて半笑いで応えていたのですが、父兄も同席しているこの
テーブルで言われるとさすがにカチンときます。

 正直、『あなたさあ、他のお友だちの話、聞いてなかったの!』
って怒鳴りたい気分でした。
 でもそれをやっちゃうと恥の上塗りにもなりますから、あえて
黙っていたのです。

 「ダメよ、詩織ちゃん。場所柄をわきまえなさい。お食事中に
するお話じゃないでしょう」
 さっそく、詩織の家庭教師、町田先生がたしなめます。

 実は、付き添いの家庭教師さんたち、授業中は教え子の様子を
黙って見守るだけですが、休み時間になると、今の授業で分から
なさそうにしていた箇所にアドバイスを送りにやってきます。

 そしてお昼には、まるで学校の先生のような顔をして教え子の
隣りに座り、私たちと同じメニューの昼食をいただくのでした。

 入学したての頃は右も左もわかりませんから学校まで着いきて
くれる家族同然の家庭教師の存在を頼もしく思っていましたが、
上級生ともなると、いつも監視される生活は逆にうっとうしいと
感じられることが多くなります。
 ただ、こんな時だけは助かりました。

 今にして思うと、家庭教師がそばにいたから授業で分からない
処も即座にフォローされますし、後ろ盾になってくれますから、
お友だちから仲間はずれにされたり虐められたりすることもあり
ません。それに、うっかり今日の宿題を忘れてたとしても、家庭
教師も一緒に聞いていますから家に帰ってからやり忘れるなんて
こともありませんでした。

 それに何より一番大きな利点は、学校で落ち込むようなこと、
例えば今回のようなお仕置きがあっても、家庭教師という身内が
その胸を貸してくれること、甘えさせてくれることでした。

 「ねえ、広志君、鷲尾の谷ってどんな処なの?」
 今度は里香ちゃんが広志君に尋ねています。

 すると広志君、最初困った顔をしましたが、すぐに持ってきた
自分の絵を見せます。そして、ぶっきらぼうに……
 「こういう処さ」

 「わあ~~~」
 「すご~~い」
 「綺~~~麗」
 たちまち女の子たちが立ち上がり里香ちゃんの席は人だかりに。

 「ほらほら、食事中ですよ」
 小宮先生の声も耳に入らないほどの人気だったのです。

 「絵の周りの、この黒い縁は何?」

 「洞穴だよ。その中から外を見て描いたんだ」

 「ねえねえ、上から下がってるこの蔓は?」
 「山葡萄」
 「じゃあ、この岩の間に咲いてる花は?」
 「山百合」
 広志君は女の子の質問にそっけなく答えます。

 「ねえ、この棒は何なの?」
 「棒じゃないよ。雲の間から陽が差してるのさ」
 「ねえ、こんなにもくもくの雲なんて本当に湧くの?」
 「湧くよ。榎田先生に聞いたけど、あの辺は気流の関係で黒く
て厚い雲が湧きやすいんだって。学校はあの谷より高い処にある
からこの雲は下に見えるんだって」

 広志君の絵は小学生としてはとても細密で遠くの町の様子まで
細かく描きわけられています。
 こんな細かな絵ですから、図画授業の時間内ではまだ完成して
いませんでした。ただ、そんな未完成の絵でも見てみたいという
希望者は何も子供たちだけではありませんでした。

 「ほらほら、席へ戻りなさい」
 小宮先生がそう言って里香ちゃんから絵を取上げると、今度は
家庭教師の人たちがその絵を一目見ようと席を立ちます。
 
 「わあ、こんな表現、小学生がするのね。しかも様になってる
ところが凄いわ」
 「本当。神秘的ね。この光の帯から本当に天使が降りてきそう
だもの」
 「ねえ、この百合よく描けてると思わない。まさに谷間に咲く
白百合って感じかしら」
 「私はこの街のシルエットがたまらないわ。よくこんなに精密
に描けるもんね」

 小宮先生も群がる家庭教師軍団に呆れ顔。これでは叱ったはず
の生徒に示しがつきませんでした。
 でも、それほどまでに広志君の絵は上手だったのです。

 一方、その頃、当の広志君はというと、自分の絵が評価されて
いることにはまったく興味がない様子で、隣のテーブルにばかり
視線を走らせています。

 『?』
 視線の先を追うとそこは六年生のテーブル。そしてそこに何が
あったかというと、大きな鏡でした。

 前にも説明しましたが、鏡というのは私たちの隠語で、実際は
磨かれた鉄板です。その鉄板を座面に敷いて女の子が一人、食堂
の椅子に腰を下ろしています。

 『あれかあ』
 女の子はスカートを目一杯広げて何とか鉄の座布団を隠そうと
していますが、鏡の角が飛び出して光っていたのです。

 光の奥は、当然、ノーパン。
 広志君はそれを見ていたのでした。

 『まったく、男の子ってどうしてああスケベなんだろう』
 私は広志君に軽蔑の眼差しを送りましたが、当の広志君は……
もう夢中で、私の事など気づく様子がありません。

 実は、昼食の最中は授業ではありませんから、ちょっとぐらい
の粗相では罰は受けないものなのです。
 それがこうして昼食の最中も鏡を敷かされてるわけですから、
 『瑞穂お姉様ったら前の授業でよほど担任の先生を怒らせたに
違いないわ』
 私は直感的にそう思います。

 「ねえ、ジロジロ見てたらみっともないわよ」
 私が広志君に注意すると……
 「いいじゃないか、お仕置きなんだもん。僕らだってたっぷり
見られたんだし……自業自得だよ」

 「だって、可哀想でしょう」

 「そんなことないよ。僕たちの方がよっぽど可哀想だよ。お尻
までみんなに見られたんだよ」

 「そりゃそうだけど、笑わなくてもいいでしょう……」

 「別に笑ってなんかいないよ。でも、お昼の時間まで鏡の上に
座らされてるんだもん。これからきっと厳しいお仕置きがあると
思うよ。それを想像してると何だか楽しくなっちゃうんだよね。
美咲ちゃんはそんなの思わないの?」

 「思いません!」
 急に声が大きくなってしまいました。

 「まったく、男の子って悪趣味ね。よその子の不幸を利用して
楽しむなんて……そっとしておいてあげればいいじゃないの」

 「いいじゃないか、思うだけなんだから……誰にも迷惑かけて
ないし……」
 広志君口を尖らせます。

 「…………」私は呆れたという顔をします。
 でも、そう言ってる私だって、表向きはともかく、心の中では
思わず、瑞穂お姉さまが鏡の上に座っている原因をあれこれ想像
してしまうのでした。

 『ほんと、瑞穂お姉様どうしたのかしら?単元テストの成績が
ものすごく悪かったとか……』
 単元テストというのは一学期に十回ほどある業者テストのこと
で、復習を兼ねて行われます。九十点と言いたいところですが、
女の子の場合は八十点を越えていればお咎めなしでした。

 『違うなあ、あのテストはたとえ六十点でも、やらされるのは
たいてい担任の先生との居残り特訓だけだもの』

 『カンニング!?……もしそうなら、そりゃあ怖いことになる
かもしれないけど、まさかね。瑞穂お姉さまは頭がいいんだもの。
そんなの必要ないわ』

 『それとも、先生に悪戯?……お姉様って、学級委員のくせに
わりとヤンチャなのよね。……ぶうぶうクッションを先生の椅子
に仕込むとか、蛇や蛙の玩具を教卓の引き出しに入れておくとか。
……ん~~~でも瑞穂お姉様が今さらそんな幼い子みたいなこと
するはずないか……』

 『先生にたてついた?ってのは……ちょっと癇癪持ちだけど、
栗山先生とは仲がいいもんね、そもそも学級委員やってるのも、
栗山先生のご指名なんだから。……あ~あ、思いつかないわね。
……廊下を走った?……そんな事ぐらいじゃこんな罰受けないか。
……それとも、お友だちとの喧嘩した?……違うわね。たしかに
あれで男の子みたいな処もあるけど……』

 いくら考えても答えなんて出てくるはずがありません。
 もちろん、直接、本人に確かめるのが手っ取り早いでしょうが、
それって嫌われちゃう可能性もありますから、女の子としては、
あえてそんなリスクを犯してまで尋ねたいとは思いませんでした。

 ところが……
 その答えは、意外に早くやってきます。

 話題のテーブルから、六年生の担任、栗山先生がお鍋を抱えて
こちらのテーブルへやって来たのです。
 栗山先生は私たちの小宮先生を訪ねたのでした。

 「ねえ、シチュー残っちゃってるけど、食べない?」
「どうしたの?いつも足らないって言ってるくせに……」
 「今日は全員食欲がないみたいなのよ」
 当初の用件はコレだったのですが……

 「原因は、あれ?」
 小宮先生は瑞穂お姉様に視線を送ります。
 「察しがいいわね。そういうことよ」
 「ねえ、ミホ(瑞穂)、どうしたの?」
 小宮先生が私に代わって尋ねてくださいました。

 すると……
 「四時間目、授業時間が中途半端になっちゃったから各自自習
にしておいたんだけど…そうしたらあの子たち、授業中二階から
飛び降りて遊んでたのよ」

 「二階から!?」

 「ほら、私の教室の窓の下に伐採した木の枝や葉っぱが集めら
れてて小山になってるところがあるでしょう。あそこに向かって
飛び降りる遊びを始めちゃったってわけ」

 「危ないことするわね。一歩間違えれば大怪我じゃないの。…
…で、それをミホ(瑞穂)が?」

 「そうなのよ。あの子が最初にやり始めたの。何しろあの子、
他人に乗せられやすいから……友だちに囃し立てられられると、
ついつい悪ノリしちゃって……どうやら三回も窓の庇から飛んだ
らしいわ」

 「帰りは?」

 「正々堂々、玄関からご帰還よ。……何度も何度も同じ生徒が
授業中に廊下を通るんでおかしいなと思って窓の外に身を乗り出
してみたら、女の子が傘を差してスカートを翻して二階の窓から
飛び降りるのが目に入ったってわけ」

 「あなた見たの?」
 「違うわよ」
 「じゃあ、誰かに見つかったの?」

 「梅津先生」

 「おや、おや、一番まずいのに見つかっちゃったわけだ」

 「こうなったら、私だって叱らないわけにはいかないでしょう。
瑞穂と囃し立ててた数人を運動場に連れて行って、全員を肋木に
縛りつけておいてお尻叩き」

 「あらあら、……パンツ下ろして?」

 「そこまではしないけど、スカートは上げて革のスリッパで、
しっかり1ダースは叩いてあげたわ」

 「どおりでポンポンと小気味のいい音が運動場から聞こえると
思ったら、あれ、あなただったのね。要するに私がこの子たちを
お仕置きしたしわ寄せがあなたに来たってわけだ」

 「ま、そういうことになるのかな」

 「あらあらごめんなさい。とんだ肉体労働させちゃったわね」

 「やあねえ、冗談よ。決まってるじゃない。そうじゃなくて、
この子たちも、もう六年生だし……お鞭の味も少しは覚えさせて
おこうかと思って……いつまでも平手でお尻ペンペンでもないで
しょう」

 「なるほど、それで今日は食事も喉を通らないってわけね」

 「瑞穂もさすがに応えたみたいで、お尻叩きのあとも泣いてた
から、お仕置きも兼ねてお尻を冷やさせてるのよ」

 先生二人はひそひそ話でしたが、女の子たちは、全員そ知らぬ
ふりで聞き耳をたてています。
 誰にしてもこんな美味しい話を聞かない手はありませんでした。

 『瑞穂お姉さま、この分じゃお家に帰ってからもお仕置きね』
 私は思わずお灸を据えられて悲鳴を上げている瑞穂お姉さまを
想像してしまいます。

 それって悲劇でも同情でも何でもありません。
 邪まな思いが私の心を喜ばせ、いつしか口元が緩みます。
 ここまで来ると、私に広志君のことをとやかく言う資格なんて
ありませんでした。

 そして、それはいつしか瑞穂お姉さまではなく私自身がお父様
からお仕置きを受けている映像へと変化していきます。

 誰にも気取られないように平静を装ってはいましたが、心の中
ではどす黒い雲が幾重にも渦を捲いて神様からいただいたはずの
清らかな光を閉じ込めてしまいます。

 しだいに甘い蜜が身体の中心線を痺れさせ子宮を絞りあげます。
 吐息が乱れ呼吸が速くなります。
 邪悪な願望が心の中で渦巻いて、糸巻き車の針に指を刺すよう
悪魔が囁きます。

 『私も、お姉様みたいに鏡を敷いて震えてみたい。お父様から
お仕置きされてみたい。息もできないくらいに身体を押さえつけ
られて、身体が木っ端微塵になるほどお尻を叩かれたら……ああ、
最後はお父様の胸の中で愛されるの。ううう……幸せだろうなあ』
 私は独り夢想してもだえていました。

 最もして欲しくないことなのに、本当にそうなったら逃げ回る
くせに、私の心は悲劇を渇望してさ迷っていました。
 そう、私の心の中では思い描く悲劇の先にはなぜか悦楽の都が
あるような気がしてならないのでした。


***********<12>************

小暮男爵 ~第一章~ §13 / お父様の来校

小暮男爵 / 第一章

***<< §13 >>****/お父様の来校/***

 昼食が終わり食器を下膳口に戻した私はさっそく遥お姉ちゃん
を見つけて声を掛けます。

 この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。

 「へへへへへ、お姉ちゃん」

 「何よ、気色悪い。何か用?」
 笑顔の私に姉は珍しく不機嫌でしたが、ま、無理もありません。

 「ねえ、お仕置きされたの?」

 「お仕置き?……別にされないわよ」
 お姉ちゃん、平静を装いますが、すでに目は泳いでいました。

 「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」

 「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」

 「えっ!飛べたの?」

 「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた子たちがはしゃぎだして即興劇を
始めたの。そのうち、あの子、お調子者だからホントに二階の窓
から飛び降りちゃったの」

 「で、大丈夫だった?」

 「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。それがあるからやったのよ。でなきゃそんなことする
わけないじゃない。あの子だってまんざらバカじゃないみたいだ
から……」
 お姉様がそう言い放った直後、瑞穂お姉様が私たちの脇をすり
抜けます。

 「あら、まんざらバカじゃないって誰の事?」
 瑞穂お姉様はそれだけ言って通り過ぎます。
 すると、遥お姉様の声のトーンが下がりました。

 「でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も飛んだ
から梅津先生に見つかっちゃって……あれで学級委員なんだから
呆れるわ」

 「お姉ちゃんは?」

 「私?……私は、そんなバカじゃありません」
 遥お姉ちゃま最初は怪訝な顔でしたが最後は語気が強まります。

 「そうか、それでかあ……」

 「何がよ?」

 「運動場の肋木の前で栗山先生にお仕置きされることになった
んでしょう?」

 「そうよ、梅津先生に告げ口されちゃったから……栗山先生、
大慌てで教室に戻ってきたわ。……でも罰を受けたのは即興劇を
やってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……だって、私は何も悪い
ことしてないもん」

 「革のスリッパって痛いの?」

 「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたから」

 「怖~~い」

 「怖い?本当に怖いのはこれからよ」

 「どういうこと?」

 「だって、これだけのことしたら、たいていどこの家でもただ
ではすまないじゃない」

 「お仕置き?」

 「でしょうね。それにお家では学校と違ってお尻叩く時手加減
なんてしてくれないでしょうし……お灸だってあるんだから……」

 「お家の方が怖いの?」

 「そりゃそうよ。あんたそんなことも感じたことないの?」

 「……う、うん」

 「呆れた」
 遥お姉ちゃんは天を仰ぎます。そして……
 「いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の先生なんかより
私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。だからお仕置き
だって、そのぶん厳しいことになるのよ」

 「そういうものなの?反対じゃないないの?」

 「反対じゃないわ。そういうものよ。子どもにはわからないで
しょうけど……」

 「何よ、自分だって子供のくせに……」

 「あんたより一年長く生きてます」

 遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
 そして、その数秒後、お姉様は何かに気づいたみたいでした。

 「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
お父様からまだ一度も厳しいお仕置きなんて受けたことないんだ。
だからそんなことも分からないのよ。いいわねえ、お人形さんは
気楽で……」

 あらためて確認したように、少しバカにされたように言われま
したから私も反論します。
 「何よ!そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに
何度もお尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立た
されてたら、あんた、私のことジロジロ見てたじゃないの」

 私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。

 そこは、学校内では誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に
驚いた子どもたちが不思議そうにこちらを振り返ってから通り過
ぎます。
 二人は声のトーンを下げざるをえませんでした。

 「よく言うわ。そんなこと、あなたが子どもだからさせられた
んでしょう。いくらお父様だって、健治お兄様や楓お姉様にまで
そんな事なさらないわ。それに、私だってあなたがお尻を叩かれ
てるところを見たことあるけど……お父様を本当に怒らせたら、
あんなもんじゃすまないのよ」

 「えっ?」

 「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないのかって思うくらい痛いんだから。あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってところだ
わ」

 「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
 私がむくれると……

 「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
 遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。

 と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
 そして……

 「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」

 私は声の方を慌てて振り返ります。
 『えっ!!お父様』
 心臓が止まりそうでした。

 お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。

 「よしよし」
 お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。

 これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備というの
が必要な時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れよう
として、両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。

 「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」

 お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえません。
そこで撥ね付けようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。

 「ごめんなさい」
 小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。

 「元気そうで何よりだ。とにかくほっとしたよ。図画の時間に
いなくなったって聞いたからね。大急ぎで駆けつけてきたんだ。
ここには大勢の先生方がいるから間違いなんて起きないと思って
はいたんだが、やっぱり心配でね。やってきたんだ。……ん?、
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
 お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。

 「本当に、ごめんなさい」
 私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って甘えたような声を出し
ます。その時は頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動き
ません。ですから、お父様にだけ聞こえるような小さな声しか出
ませんでした。

 「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう?」

 「はい」

 「なら、それでいいんだ」
 お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。

 「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」

 「はい、ごめんなさい」

 私はお父様の目をちゃんと見ることができなくて、再び俯いて
しまいます。
 すると、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。

 「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」

 「……はい」
 私の声は風のよう。お父様の声よりさらに小さくなりました。

 「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
 再び、頭をなでなで……

 それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。

 「午後の最初の授業は何なの?」

 「体育」

 「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」

 お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
 実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。

 ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……

 「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」

 私の思いがけない答えにお父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。

 「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」

 ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
 普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
 そんな疑問がわいたみたいでした。

 「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
 私は自信満々に答えます。

 ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。

 そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。

 「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」

 お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。

 5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。

 慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
 「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
 と大きな声をかけてくださいます。

 お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。

 やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
 でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。

 『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
 疑問がわきます。
 そこで、そうっと、そうっと、二人に気取られないようにして
着いて行くことにしました。

 すると……
 『えっ!?』
 二人は半地下への階段を下りて行きます。

 『嘘でしょう!ここなの!?』
 私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。

 だってその先にあるのは六家のお父様がサロンとしてお使いに
なっているプライベート広間。私たちも、お茶、お琴、日舞など
習い事にはよく利用しますが、それはあくまで放課後の時間帯。
こんなお昼休みにそこへ行く用があるとしたら……。

 『お仕置き?』

 実はこの半地下にはもう一つの顔があって、私たち生徒が学校
の先生からではなくお父様やお母様、家庭教師といった父兄から
お仕置きを受けるための場所でもあったのです。

 こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設がありました。
 というのは……

 この学校は元々華族様たち専用の学校だったものをお父様たち
有志六名が買い取る形で運営されてきましたから学校の教育方針
にも当初からお父様たちが強い影響力を持っています。
 子供たちへのスキンシップやお仕置きを多用しようと提案され
たのも、実は学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だった
のです。

 そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。

 ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。

 幼い子どもたちは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、
家に帰るまで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張
されたみたいです。

 議論は平行線でしたが……
 そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
 学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。

 それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
 そこは『学校の中にある我が家のお仕置き部屋』という不思議
な空間。子供たちにしてみたら、そりゃあたまったものじゃあり
ません。

 お姉様がお父様によって連れ込まれたのはそんな場所だったの
です。

************<13>***********

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

最新記事

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR