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10/30 病気の子供はいないんだ

10/30 病気の子供はいないんだ

 私の家は母中心で回っていた。父親だって店主として家にいる
し、仕事だって一応やってはいるのだが、存在感がないというか、
影の薄い人だった。

 よく言えば趣味人……道楽者……身も蓋もなく言えば遊び人で、
とにかく、あくせく働いてお金を貯めようなどと言う了見だけは
持ち合わせていない人だったのだ。

 だから、母はいつも父をなじっていたし、四六時中父の愚痴を
言っていた。

 ただ、僕はというと、彼を母ほどには悪くは思っていなかった。
 たしかに甲斐性のない人だったかもしれないけど、子供として
みると、穏やかで包容力があり、知的水準もそこそこ、何より、
とてつもなく優しかった。

 いつもにこにこしているし、甘えれば抱いてくれるし、色んな
ことを教えてる。工作も得意で、お庭の滑り台もブランコも鉄棒
もみんな彼の作品なのだ。

 だから僕にしてみれば、父はいつも母に責められている可哀想
な存在だったのである。

 そんな彼と僕はある年の夏祭りに二人で行ったことがあった。
 その瞬間はたいした事だと思わなかったので、はっきり何歳の
時の出来事かは覚えてはいないが、とにかく、小学校にあがった
かどうかという歳だ。

 『金魚すくい』や『綿飴』、『射的』や『お面売り』など華やか
な露天商たちが軒を並べる中にあって、そのはずれでアセチレン
ガスの炎に照らされて三人の傷病兵姿のおじさんたちが物乞いを
していた。
 一人がアコーデオンを弾きながら、一人が松葉杖姿、もう一人
は、募金箱みたいな白い箱を前に四つん這いになって頭を下げて
いる。

 暗い中で見にくかったせいか、それとも彼らの包帯の巻き方が
よほど上手かったのか、僕にはそのうち二人の手や足が一本ない
ように見えたのである。

 『戦争で負傷したんだ』
 可哀想に思った僕は10円をその箱に入れてあげたのである。

 ……と、ここまでなら問題はなかった。

 ところが、お参りがすんでの帰り道。林の奥から男達の甲高い
声がするので、何気に行ってみると、行きがけ出合った傷病兵姿
のおじさんたちがアンパンとサイダーを肴に松の木に寄り掛かり
馬鹿笑いしているのが見える。

 その時はすでに包帯は取れていて、ないように見えた手も足も
生えていた。

 僕は大急ぎでお父さんの処へ戻ると、事のいきさつを報告。

 「あのおじさんたちは、手や足がなくなったようにみせかけて
僕を騙したんだ。10円損しちゃったよ」

 僕がこう言って訴えると、父が……

 「そんな事はないよ。お前はあの人たちの為に良かれと思って
10円あげたんだろう?」

 「うん、だけどさあ……」

 「だったらそれでいいじゃないか。良い事ができたって思えた
んだから、それでその話はおしまいだよ。お前が騙されたと思う
のは10円あげた自分の行為が、商売や取引と同じように見返り
がなきゃいけないと考えているからさ。でもね、善意や愛や寄進、
奉納なんてものには結果や見返りを求めてはいけないんだ」

 「どうして?」

 「だって、慈善や慈愛はどんな見返りも求めないからこそ尊い
行いだと認めてくれるものだもの。だから見返りを求めて動く、
商売や取引とは別の名前になってるんだ。……いいかい、お前の
あげた10円をその人たちがどう使おうと、それはその人たちの
勝手だし、本当は手や足がなくなっていなかったのなら、お前が
10円あげて手足がないよりよほど良い事じゃないか」

 「えっ!?……どういうこと?」
 父のロジックは、年少のガキにとっては傷病兵のおじさんたち
の詐欺より難しかった。

 「何だ、考えてるのか?…だったら、お前にはまだ人を愛する
資格なんてないってことだな」

 父の言葉をその歳の頭で理解することは難しかったので、以後
は傷病兵の姿を見ても絶対に10円なんてあげなかったが、父の
言葉自体は脳裏の隅に残り続けていたのである。


 そして、大人になり、あのCMに出会う。


****~CM~<ジョニーウォーカー黒ラベル>****

 一人の男が暗がりで女に金を渡して、BARへ入ってくる。

 先に中で待っていた彼の友人が……
 「だまされたな。今の人、病気の子供がいるって言ってただろ、
ありゃ、嘘なんだ」
 と、教えると……

 騙された友人は、微笑んで……
 「良かった。病気の子供はいないんだ」
 と、つぶやく。

 その瞬間、詐欺を教えた友人の微妙な表情が何ともいえなくて
深いところに灯がともった。
 
***************************

 長い長い時間の末に、私はやっと父の言葉を理解したのである。

第12章 教会の子供たち(2)

          第12章 教会の子供たち

§2 移動遊園地
 
 神父様の家から戻ったカレンは居間のピアノに向っていた。
 神父様の言葉で自信を得た彼女は、昨日、伯爵家で弾いたあの
いわくつきの曲に再チャレンジしていたのである。

 彼女としては人生初めてとなる本格的な短調の曲。
 でも、それは伯爵家で弾いていた時とは、だいぶ様子が違って
いた。

 彼女らしい穏やかな曲調。しなやかや指さばき。もちろん和音
を外すようなことはなかった。

 甘く切ないメロディーが部屋の外まで流れ出ているが、それを
聞いていたアンが『いったい誰が弾いているのだろう?』と悩む
ことはなかったのである。

 「ねえ、カレン。せっかくの日曜日だしさあ、遊園地行かない?
今、移動遊園地が来てるのよ」

 アンは部屋に入るなりカレンに声をかける。
 そして、ピアノのそばまで寄ってくると、両手でカレンの両肩
揉みながら……
 「せっかくだもん、行こうよ。すでにお父様の承諾はとったの。
ね、一緒に行こう」

 猫なで声のアンの誘いにも、しかし、カレンの関心はいま一つだ。

 「そうねえ……」

 たしかに、カレンにしても移動遊園地は魅力的だった。こんな
田舎町では大型のレジャー施設などないから年に数回やってくる
移動遊園地は子供たちにとっても若い娘たちにとってもお祭りと
同じくらい貴重な娯楽だったからだ。
 しかし、今の彼女には、それと同じくらいの関心事があった。

 「ねえ、私の弾いてる今の曲、どう思う?」

 カレンにいきなり尋ねられて、アンは戸惑った。彼女にしたら、
今は遊園地のことしか頭になくて、カレンのピアノをあまり気に
とめていなかったのである。

 「どうって…………いつものあなたのピアノじゃない。短調の
曲というのが珍しいと言えば、言えるけど……何も変わらないわ。
代わり映えしないわね。………う~~ん、ごめんね、何か新しい
チャレンジしてるの?」

 カレンはアンに『代わり映えしない』といわれた事が、むしろ
嬉しかった。

 だから、椅子から立って……
 「遊園地、行こうか。お父様はどこ?断らなきゃ……」
 と、言ったのである。

 ところが……
 「今、食堂にいらっしゃるわ」
 というので二人して食堂へ行ってみると……

 「何よ、これ、こいつらと一緒なの?」

 そこではアンナが、マリアやパティーといったチビたちやまだ
赤ん坊に近い。サリーやリサにまでおめかしさせていたのである。

 「アン、あんた、私をはめたね。これって、子守しろと言って
るのと同じじゃないのさあ」

 珍しくカレンが息巻くと、ブラウン先生がそれを聞きつけて…

 「カレン、大人げない事を言うもんじゃありませんよ。あなた
だってもう大きいんだし、妹たちの面倒をみるのは当たり前じゃ
ないですか」

 「…………」
 カレンは、思わず聞こえてしまったことを恥じたが、すべては
後の祭りだったのである。

 「ここは伯爵家とは違うんですよ。沢山の召使はおりません。
みんなで助けあわなければやっていけないんです」
 お父様の雷にカレンは肩をすぼめるしかなかった。

 というわけで、ブラウン家の人たちは、一族あげて遊園地へと
繰り出したのだ。

***************

 移動遊園地というのは、サーカスなどと同じように町はずれの
空き地を一定期間借りて営業する臨時の遊園地のことで、この町
には年二回、春休みの休暇中と秋のお祭りに合せてやって来ては
二週間ほど営業して、次の興行場所へと去っていく。

 その僅かな期間、普段は空き地のこの場所には平日でも多くの
子供たちが押しかけていた。

 今のように娯楽にこと欠かない時代とは異なり、秋のお祭りは
貴重なレクリエーション。サーカスや遊園地などがやってくると、
子供たちはさっさと学校を休んでしまう。
 しかも、『社会見学』と称して作文や絵を先生に提出すれば、
それは自由研究として勉強したことにしてくれたのである。
 古き良き時代だった。

 遊園地の乗り物は、すぐに取り外せる仮設の物ばかりだから、
本物に比べてどれもミニサイズ。観覧車の高さは普通の遊園地の
半分くらいしかないし、メリーゴーランドのお馬さんだって8頭
しか回っていない。コーヒーカップもターンテーブルの上を滑る
のは4客だけだった。

 そんなささやかな楽しみだが、この地方に住む子供たちは毎年
この遊園地がやって来るのを楽しみにしていたのである。

 遊園地に着くと、男の子たちは野に放たれた野獣のように施設
の乗り物めがけて走り去る。
 ブラウン先生からはすでにお小遣いは貰っているし何の問題も
なかった。

 それに比べると女の子たちは大人しかった。
 花壇の花を愛で、風船を買い、アイスクリームをみんなで食べ
てから、ポニーの順番に並んで、動物たちと記念写真を撮って、
それから、やおら乗り物の場所へと移動するという順番だった。

 もうその頃には、男の子たちは乗り物の三順目に入っていた。
 彼らには、花壇の花も風船もポニーもあまり興味がなかった。
 彼らを虜にしているのは、常に無機質な鉄の塊ばかりだったの
である。

 カレンはパティーを連れて観覧車に乗った。
 観覧車といっても都会の遊園地にあるような大きな物ではなく、
全てがコンパクト。ゴンドラも可愛くて、四人なんて乗れない。
たくましい紳士が乗れば一人用。女性が小さな子供を連れて二人
で乗ることもできたが、そうやって乗ると身体の向きを変える事
さえままならないほど窮屈な思いをしなければならなかった。
 だから……

 「一人で乗れないなら、諦めたら……」
 カレンにこう言われたパティーだが、そう言われると、彼女は
首を横に振る。

 パティーは観覧車に乗りたがったが、本来、臆病な性格だから、
一人でゴンドラに乗るのは怖い。そこで、カレンに一緒に乗って
欲しかったのである。

 「しかたないわね」
 カレンがパティーをだっこして、一緒に乗る。

「さあ、上がっていくわよ」
 ゴンドラは大きく揺れながらパティーとカレンをゆっくり持ち
上げてゆく。

 「わたし、こわい」
 パティーは目一杯の力でカレンのお腹に抱きついた。

 「怖かったら、目をつぶってればいいじゃない。………でも、
それじゃあ、お外の様子が見えないわよ」

 パティーは薄目を開け、恐々、高い処からの景色を見ている。
 本当はこの光景が気に入っているのだ。

 カレンは、パティーが落ち着いたのを感じて、ショパンを弾き
出した。
 「♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♪♫」

 膝に乗せたパティーの背中でカレンの両手がクロスし、少女の
右わき腹に右手が、左わき腹に左手がやってくる。小さなあばら
骨を鍵盤にして演奏会は始まったのだった。
 「♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♪♫」

 カレンの右手と左手がそれぞれパティーの右わき腹と左わき腹
を上下に叩いていく。
 「♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♩♪♫♭♯♪♫」

 すると、パティーが……
 「ショパンよね。『華麗なる大円舞曲』でしょう」

 「!」
 カレンは驚いた。
 リズムはある程度分かっても、この子が、そこまで完璧に言い
当てるとは思っていなかったのである。

 「ショパンは好き?」
 「好きよ。でも、わたし、仔犬のワルツがいい」
 「そう、じゃあ次は仔犬のワルツね」

 小さな観覧車はすでにゆっくり下り始めている。
 そのゴンドラの中で、カレンはパティーのリクエストに応えて
子犬のワルツを弾き、ゴンドラが地上に到着する頃には、彼女は
すっかりいい気持になって、寝込んでしまっていた。


 カレンは起こすべきか迷ったが、大人たちが休憩所にいるのが
分かっていたので、『仕方がない』と思ってゴンドラから抱っこ
のまま休憩所へ運びいれたのである。

 すると、そこにいたベスが……
 「まあ、幸せそうなおねむだねえ。カレン、あんた何やっても
天才だね。なかなか、こんな健やかで幸せそうな顔で寝かしつけ
られるもんじゃないよ……あんた、どうやったんだい?」

 「どう……って……ピアノを弾いただけですよ」

 「ピアノって、どこの?」

 「ですから……ゴンドラの中で二人して抱き合ってるうちに、
手持ち無沙汰だったから、パティーのわき腹を軽く叩いてピアノ
を弾くまねをしたら、どういうわけか寝ちゃったんです」

 「そうかい、そりゃあ、心地よかっただろうさ。ピアノを叩い
たって、あんたはあんなにみんなを酔わせることができるんだ。
それを、今日は生で叩いてもらったら……そりゃあ、気持良いに
決まってるよ」

 「生で叩くって……そんなこと……」
 カレンが苦笑すると……

 「あんたは親になったことがないから分からないだろうけど、
赤ん坊ってのは、どんな高尚な音楽よりお母さんが背中やお尻を
叩いて奏でる音楽の方が心地いいんだ。……それに、同じように
あやしているように見えてもね、赤ん坊っていうのは、その人が
自分を愛しているかどうかを敏感に感じ取るもんなんだ」

 「本当ですか?」

 カレンの気のない返事に、ベスは自説を展開する。

 「そんなもんだよ。子守のプロが言うんだから間違いないよ。
その能力たるや大人の比じゃないね。彼らは言葉でコンタクトが
取れない分、皮膚感覚を研ぎ澄ましてコミュニケーションを取ろ
うとするんだ」

 「スキンシップ?」

 「そうそう、それそれ。だからさ、他でちょっとだけ嫌な事が
あっただけでも、赤ん坊って泣きやまないんだ。こっちがそれを
引きずってるのが分かるんだろうね。そういうのを敏感に感じ取
るんだ」
 ベスはパティーの頭を優しくなでる。

 「この子は、もう赤ちゃんじゃないかもしれないけど、その尾
っぽはまだ持ってるよ。その子が、こんなに幸せそうに寝られる
んだから、それは、寝かしつけたあんたの心根が清いからなのさ」

 カレンにベスの言葉の意味はわからない。でも、褒められてる
ってことだけはわかったから、自然とその顔はにこやかになる。
 カレンが照れると……

 「あんたは、立派な子守になれるよ」
 ベスもそれを見て笑うののだった。


 そんな子守二人のもとへ、カレンがここへ来た時は姿の見えな
かったブラウン先生が声をかける。

 「カレン、やはり、あなたにはその顔が似合いますね。その顔
は万人を幸せにする顔です」
 と、先生までもがカレンを持ち上げるのだった。

 「お父様、いらっしゃったんですか!」

 カレンは驚いたが、その後ろから現れた女性を見てさらに驚く。

 「クララ先生!」

 「ごきげんよう、カレン。体調は元に戻ったかしら?」

 「ええ、おかげさまで……」

 「それはよかったわ。私、今日は、教会の子供たちを引率して
るんだけど、偶然ブラウン先生にお会いして、観覧車が空くまで
この場所をお借りしたの?大丈夫?」

 「あのう、教会の子供たちって、聖歌隊の人たちのことですか」

 カレンが真顔で尋ねるから……
 「えっ……」
 カレンの質問にクララ先生は、思わず絶句という顔になった。
そして……
 「あなたのそういうところが好きよ」
 と、微笑むのだった。

 『教会の子供たち』というのは信者たちの隠語で、教団の幹部
が不義や不倫でもうけた子供たちのこと。教義で中絶できないと
定められているため、産むには産んだものの、公にして自分では
育てられない。そこで、こうした子供たちは、伯爵家の修道院の
ように外からは隔離された場所で秘密裏に育てられるのである。

 隠語とはいえ、信者の間では比較的ポピュラーな言葉だから、
あらためて尋ねられると、クララ先生も赤面してしまうのだった。

 「さあ、入ってらっしゃい」

 先生に呼ばれて入ってきたのは、7歳から12歳くらいまでの
六人の子供たち。中には……
 『……あっ、シンディ……カルロスも……』
 カレンは心の中で叫んだ。
 そう、彼らは世間から『教会の子供たち』と呼ばれる子供たち
だったのである。

 「ねえ、ベス。観覧車に乗るのにわざわざこんな処で待機して
るなんて、さすがに貴族のお子様は違うわね。私達なんかみんな
列に並んだのよ」
 カレンが小声で言うから、ベスもきょとんとした顔になる。

 彼女はいったんカレンの顔を穴のあくほど眺めてから……
 「あなたは何も分かってないわね。観覧車の列に並ぶ子供の方
がはるかに幸せよ」
 と言うのだった。

 そこへ、アンが四歳のサリーをおんぶして戻ってきた。
 「まったく、すぐに甘えるんだから……この子」
 そう言って、テント張りの休憩室の椅子にサリーを下ろすと、
見慣れないお客さんに気づく。

 そこで、カレンに尋ねたのだ……
 「ねえ、この子たちは?」

 カレンの答えは明快だった。その中に顔見知りがいたせいでも
あるのだろうか、大きな声で……
 「教会の子供たちよ」

 すると、アンは……
 最初きょとんとした顔になったが、やがて見知らぬ子供たちを
一瞥、カレンの手を引っ張って彼女を少し離れた場所へと連れて
行く。

 「そんな事をはっきり言うもんじゃないわ。……あなたらしく
ないわ。あの子たちに何か恨みでもあるの?」

 「恨みって……別にそんなものないわよ」

 カレンのぼんやりした顔を見て、アンもどうやら重大な事実に
気づいたようだった。
 「あなた、ひょっとして『教会の子供たち』って言葉知らない
の?」

 「だから、聖歌隊かなんかでしょう」
 カレンの言葉はアンをがっかりさせるに十分だったのである。

 アンは、『教会の子供たち』の意味をカレンに説明してやる。
そして……
 「……わかった?この子たちは日陰の身なの。だから、ほかの
子供たちと一緒に列に並びたくないの。というか、先生の方が、
並ばせたくないのよ。人目に付くから……だから、お父様に頼ん
でここを借りたんだと思うわ」

 「そうか、それでさっきベスが、列に並ぶ子の方が幸せだって
言ったのね」

 カレンがそう言うと、アンとは違う声が聞こえた。
 「そうよ、この子たちは、本来修道院を一歩も出ちゃいけない
の。本当はこの世に存在してはいけない子供たちだから……でも、
それって可哀想でしょう。この子たちには罪はないんですもの」
 クララ先生がテントから顔を出す。

 「あっ、先生。先ほどは失礼しました」
 カレンが驚くと、クララ先生はまずアンに向って話しかけた。

 「あなたが天才ピアニストのアンさんね。私は伯爵家でピアノ
教師をしているクララ=クラウゼンといいます。あなたのお噂は
かねがねお聞きしてるわよ」

 こう言われて、アンが照れると……
 「大丈夫、気にしないで……登場したての頃はたいていみんな
天才って冠が付いてるものよ。私だってそうだったもの。問題は
それがとれてからが勝負なの。頑張りなさいね」

 「はい、ありがとうございます」

 カレンはアンの態度からこのクララ先生が名のあるピアニスト
だと知ることが出来たが、どの程度有名なのかはわからなかった。

 「ところで、どうかしら?うぶな生徒さんへのレクチャーは、
終わった?」

 「は、はい」

 「だいたい、外の世界をまったく知らないで大人になるなんて、
ありえないわ。今は、中世の時代じゃないんだから……でもね、
この子たちが世間の目を気にして生きていかなければならないの
も事実なの。そこはわかってあげてね」

 そうこうしているうちに、遊園地の係りの人から連絡が来る。
 「観覧車に今はもう誰も乗っていませんから……」
 というものだった。

 一旦お客さんの利用を制限し、全てのゴンドラを空にしてから、
教会の子供たちは観覧車に乗り込んでいったのである。
 これは、メリーゴーランドでもコーヒーカップでも同じだった。

 子供たちには伯爵や修道院の後ろ盾があるから遊園地の乗り物
に独占して乗れるのは事実だ。しかし、その周りに他の子供たち
がいなかったのも事実。
 しかも、アンから、彼らのほとんどが、その後本人の意思とは
関係なく聖職者の道に進まなければならなければならないと聞か
されると、カレンは、やっとこの子供たちの悲しみが理解できた
ような気がしたのである。

***************(2)*****

第12章 教会の子供たち(1)

          << カレンのミサ曲 >>

          第12章 教会の子供たち

**********<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン<Thomas Braun>
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。
ニーナ・スミス< Nina=Smith >
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル(ルドルフ・フォン=ベール)
……アフリカ時代の知人。カレンにとっては絵の先生だが、実は
ピアノも習っていた。

<アンハルト伯爵家の人々>
アンハルト伯爵夫人<Gräfin Anhalt >/(名前)エレーナ<Elena>
……先々代伯爵の未亡人。現在は盲目。二人の男の子をもうけた
が兄ルドルフは戦争後行方不明。弟フリードリヒが現当主。
ルドルフ戦争で息子を亡くした盲目の伯爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール< Friderich von Bär >
……ルドルフの弟。母おもいの穏やかな性格。現当主。
ルドルフ・フォン=ベール
……伯爵家の長男。今のナチスドイツに抵抗するのは得策でない
と協力的だったため戦犯に。戦後は追われる身となり現在は行方
不明。
ラックスマン教授<Professor Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
モニカ=シーリング<Monica=Ceiling >
……伯爵家の秘書兼運転手。家の裏の仕事にも手を染めている。
シルビア=エルンスト< Sylvia= Ernst >
……伯爵夫人の姪。15歳。お嬢様然としている。
ドリス ビューロー< Doris=Bülow >
……おちゃめな12歳、フリードリヒ(現当主)の姪。
クララ=クラウゼン< Clausen=Clara >
……伯爵家のピアノの先生。中年の婦人だが清楚。
シンディ=モナハン< Cindy=Monaghan >
……7歳のピアニスト。
カルロス=マイヤー< Carlos=Mayer >
……10歳のピアニスト。
サラ< Ssrsh >
……控えの間の女中。

*****************************


          第12章 教会の子供たち

§1 ミサでのお仕置き

 土曜日の次は日曜日、当たり前の事だが日曜日の午前中はミサ
に出席しなければならない。
 それはカレンに限らずカレニア山荘の人たち全員の務めだった。

 韻を踏みながら奏でられる荘厳なパイプオルガンの調べの中で
は善良な人はもちろん、どんな罪深い人さえも浄化されるように
思える。

 日本ならこういう場所で神父さんがする事と言えば宗教的な話
と決まっているが、キリスト教が生活の一部に組み込まれている
ヨーロッパの田舎では、宗教的なお説教だけでなく、村の抱える
問題でも話が盛り上がるのがミサだ。
 ミサは単なる宗教儀式だけでなく村の集会も兼ねていた。

 大人たちは、牛の放牧地の割り当てやら嵐で壊れた山道の補修
を何時やるか、近々執り行われる結婚式の準備をどうするかなど
色々な事を神父様を行司役として決めていくのだが……

 そんな大人たちの話題のなかには子供たちの話題だってある。
もちろん、褒められることだってあるが、大半はクレームだ。
 『他人の畑から西瓜を盗んだ』だとか『家の仕事をさぼった』
『家の金を盗んだ』はては『女の子のスカートを捲った』なんて
ことまで色々だ。

 大半は神父様に注意されるだけだが、父親や学校の先生からの
要請があれば、みんなの見ている前でお尻に鞭をもらう事も……
 特にモラルに反することには厳しくて、神父様自身が判断して
鞭打ち刑になることもあった。

 もちろん、鞭そのものは手加減してやるので、父親や教師など
と比べるとぐっと楽だが、何しろ村じゅうの人たちが見守る中で
のお仕置きだから、恥ずかしさは抜群で、女の子の中には食事が
のどを通らなくなったり引きこもりになったりする子もいた。

 この日も11歳の女の子三人が、台所に飾られていたマリア様
の像をショーツの中に入れて、『処女受胎』なんて言って遊んで
いたものだから、今、満座で笑いが起きるなか、お仕置きが決ま
ったところだった。

 「ちょっとした悪戯なのに……」
 カレンが思わずぼそっと独り言を言うと、隣に座ったベスが…

 「何言ってるのさ。このくらいじゃまだ甘いよ。マリア様の像
は張り形じゃないんだよ。そこんとこをよ~く教えてやんなきゃ」

 「えっ!」

 カレンが驚いてベスの顔を見ると、彼女はさも嬉しそうに笑い
返してこう続けるのだ。
 「尻叩きって言ったって説教台の向こう側じゃないか。こちら
にお尻が見えるわけじゃなし、ピーピー騒いだらみっともないよ。
最近の子は親からのお仕置きが足りないせいか、肝っ玉が小さい
んだから。私の子供の頃はね、こんなことしたら、礼拝堂どころ
じゃないよ。村の広場にある晒し台に素っ裸にされて括り付けら
れたもんさ」

 「あれ、広場のオブジェじゃないんてですか!?」

 「あんたが生まれる少し前まで現役だったよ。その頃は女の子
でもお仕置きは素っ裸が当たり前だったんだ」

 「それって、女の子には残酷じゃないんですか?」

 「当時の11は女の子って言ったって、大人達にすれば扱いは
赤ん坊と同じだもん。それに、恥ずかしいと言っても見に来るの
はどうせ村の人たちだもん。大した事じゃないよ」

 『大したことじゃない?』
 カレンにはその言葉が理解できなかった。
 『だって、村じゅうの人から見られるかもしれないのに、それ
がどうして大したことじゃないんだろう?』
 と思うのだ。

 しかし、ベスにしてみると、同じ村に住む人達はみんなが運命
共同体。大きな家族のようなもので、カレンが思うほど他人では
ないのだ。だから、ショックだってそれほどではないはずだ、と
いう理屈になるのだった。
 実際、ベス自身も、幼い頃にはその晒し台に厄介になった一人
だったのである。

 「そんな手ぬるい事してるから、最近の娘はつけあがるんだ」
 ベスの鼻息は荒くなる一方だった。
 カレンにとってそんなベスの姿は、子供のお仕置きを楽しんで
いるようにしか見えないから不快だったのである。

 その時だった、大きな説教壇の裏に最初の女の子が呼ばれる。
 普段は祭壇の脇で清楚な衣装に身を包んで賛美歌を歌っていた
彼女だが、今日は私服姿。聖歌隊の仕事も遠慮させられていた。

 「歯を喰いしばって、ちゃんと耐えるんだ。泣き出しても誰も
助けてはくれないよ」
 とは神父様の言葉。これから何が起こるかはこの会場の誰もが
知っている事だが、それに反対する者は誰もいなかったのである。

 『女の子たちは悪いことをしたから叱られる。神父様は人格者
だから無茶なことはなさらない』
 そんな共通の約束事に基づいて、他人はもとより、その子の親
でさえ、それに異は唱えなかった。

 ところが、そんな約束事の世界の中で、神父の目に一人の少女
の右手が高く差し上げられているのが映るのだ。
 こんな事は異例なことだった。

 「そこの子、何かあるのかね?」

 カレンは神父に呼ばれて、初めて自分が手を上げていることに
気づく。

 『えっ、わたし!?』

 カレンはベスがこのお仕置きをまるでお芝居でも観るかのよう
に楽しみにしているのが悔しくて思わず手を上げてしまったのだ
ろうか、それとも村の同じ聖歌隊の仲間が見守る中でのお仕置き
が、昨日の事を思い起こさせたからだろうか、無意識に手を上げ
た自分に驚く。

 彼女は16歳。立場はすでに大人の領域に足を踏み入れていた
ちしても、心根はつい最近まで籍をおいていた子供の方にぐっと
親近感を抱いていたのである。

 ただ……
 「えっ…………と……」

 その場で立ち上がってはみたものの弾みで手をあげてしまった
カレンは何を言おうか、まだ決めていなかったのだ。

 『困ったなあ、私、何で、手なんかあげちゃったんだろう』

 どぎまぎするカレン。このままでは満座の中で一人晒し者だ。
 そこで、カレンはゆっくり説教壇までを歩きだす。
 こうして時を稼いでおいて何を言おうかあらためて考え直した
のだった。

 「どうしたのかね。カレン」
 神父様はすぐそばまでやってきたカレンに優しく声をかけた。

 「あのう、これは私の考えなんですが、……要するに、この子
たちはママゴト遊びをしていて、それで、赤ちゃんの生まれると
ころを再現しようとしていたんだと思うんです。……もちろん、
赤ちゃんの代わりにマリア様の像を使ったのはよくないことだと
思います。でも、この子たちに変な気持はなかったんじゃないか
って思うんです。ですから……そのう……」

 カレンは神父様に申し訳なさそうに話す。
 すると……
 「君は、この子たちと親しいの?」

 「いえ、特別には……」

 「君は、やさしい子だね。……わかるよ、君の言ってること」
 神父は穏やかな顔でカレンの減刑嘆願を受け取る。
 その少女らしい、正義感が神父には好感が持てたのである。
 ただ、彼はこう言ってカレンに諭すのだった。

 「いいかい、カレン。この子たちは君と比べてもはるかに子供
だ。だから、君の言う通り、いやらしい思いがあってそんなこと
をしたなんて、私はもちろん、ここにいるほとんどの大人たちは
思っていないんだよ」

 「……えっ?」

 「ただね、この場合はその時どんな気持でやっていたかは関係
ないんだ。『この子たちがパンツの中にマリア様の像を入れた事』
それ自体が問題なんだ」

 「ですから、それは私もいけない事だと……でも、」
 せき込むようにカレンは訴えたが、神父はそれを右手を立てて
制した。

 「最後まで聞きなさい。いいですか。この子たちがどんな気持
でそれをやっていようと、パンツの中にマリア様の像を入れたり
したら、『この子たちは変な気持があって、そんな事をしてるん
じゃないだろうか』って他人には疑われてしまうし、偶然にせよ、
そんな遊びをしていれば、へんな気持を引き起こさないとも限ら
ないでしょう。それを恐れるから、強く叱るんですよ」

 「……そうですか。私は何だか大人の人たちが子供のお仕置き
を楽しんでるように見えたから、可哀想になって……」

 「分かりますよ。あなたのやさしい気持ち。でも詳しい理屈を、
こちらも、こんな幼い子に説明したくはありませんからね。今は
まだ、『とにかく、そんな事はしちゃダメなの!』って叱る事に
なるんです」

 「……」

 「あなたのように愛と勇気のある子は大歓迎ですけど、ここは
大人の私達に任せてもらえませんか?……もし怖かったら、この
礼拝堂から出ていてかまいませんよ」

 「はい」
 カレンの声は元気がない。結局は折れるしかなかったからだ。
 ただ……

 「あのう、この事とは別なんですけど、少しだけプライベート
なご相談に乗っていただけないでしょうか?」

 カレンが小声で頼むと……
 「懺悔ですか?」
 神父様も小さい声で応じてくれた。

 「いえ、そうじゃないんですが……いけませんか?」

 「いいですよ。このミサが終わったら司祭館へいらっしゃい。
今日はこの他にも悪戯坊主のお仕置きを4件も頼まれているので、
あまり長い時間はとれませんけど、10分くらいなら大丈夫です
から」

 「はい、お願いします」

 カレンはこの機を利用してちゃっかり神父様との面談の約束を
取り付けると席に戻った。
 まだ、子供の方に近いカレンとしては、子供たちのお仕置きの
様子を見聞きしたくない思いもあったが、ここで自分が逃げたら
その子供たちに申し訳ないような気がして留まったのである。


 この礼拝堂の説教壇は、大人が三人も隠れることができるほど
大きなものだったから、神父様と女の子の二人だけなら信徒たち
はそこで何が行われていても見る事はできない。
 しかし、音だけは別で、本来、そこは神父様がお説教する為の
場所だから音響効果を考えて造ってある。小さな声でも、まるで
マイクを使ったかのように最後列の座席にまでクリアな音が届く
のだ。おかげで、村人たちはその音を頼りにその裏で何が起こっ
ているのかを容易に想像することができたのだった。

 「マリア様の像は神様とあなたを繋ぐものです。あなたが困難
に見舞われた時、それを聞き届けてくださるのはマリア様です。
そのマリア様の像にお願いするのです。そんな大切なマリア様を
パンツの中に入れてはいけません。いいですね」

 「はい」
 女の子の声はかすれて、すでに震えている。
 そんな掠れ声さえ村人ははっきりと聞き取ることができるのだ。

 「今日はこれからそのことがもっとよくわかるようにお仕置き
します。いいですね」

 「は……はい」
 女の子は涙声で答えた。

 「パン」
 「痛い、いや、ごめんなさい」
 最初の一撃が礼拝堂の天井に木霊する。

 すると、ここで聴衆の三分の二ほどが立ち上がり始めた。
 ミサそのものは終わっているからいつ帰ってもかまわないのだ。

 『あの乾いた音はパンツを脱がして生のお尻を叩く時の音』
 『女の子の切羽詰った悲鳴は演技じゃない』
 彼らはそう納得できたら、それで十分だった。あとは神父様の
仕事と割り切って礼拝堂をあとにしたのだった。

 『小娘の悲鳴なぞ聞いてもしょうがない』
 そんな思いもあったのだろう。家路を急ぐ人は女性より男性の
方が多い。
 カレンが気がついてあたりを見回すと椅子に腰掛けているのは
大半が女性たちだったのである。

 平手で剥き出しのお尻を一人一ダース。一発一発に10秒以上
も間をあけて、時に優しく、時に恫喝して恐怖感を煽りながら、
神父様は女の子たちを丹念にお仕置きしていく。

 そして、一人が終わるとその子は説教壇から聴衆の見える場所
へと出されるが、その時ショーツを上げることまでは許されない
から、お仕置きが終わった女の子も無様な姿を聴衆に晒すことに
なる。
 そうやって三人ともが足首に自分のショーツをぶら下げ、辺り
はばからず泣くのを確認してから、神父様は一人一人を呼び寄せ
優しく肩を抱いて、自らショーツを穿かせて……神の名の下に、
子供たちを許すのだった。

 実はこのショーツを穿かせられる事までが子供たちにとっては
お仕置きで、『あなたは今でも大人に手を焼かす赤ちゃんです』
という意味。だからこの作業は大人に任せなければならないのだ。

 『たかがそれだけ』と思うかもしれないが、今度は多くの人達
に見られている。女の子にとっては、これだって十分恥ずかしい
お仕置きだったのである。

**************************

 ミサが終わると、神父さんは礼拝堂にある懺悔聴聞室の裏から
続く通路を通って司祭館と呼ばれる場所とへ返っていく。そこは
神父様のいわば宿泊所で、村の人たちがボランティアで管理して
いた。

 青い芝がきれいに刈り揃えられ、花壇は常に四季の花々で彩ら
れ、六角形の変わった玄関の形やオレンジ色の三角屋根、薄紫色
の外壁には光る砂がまぶしてある。
 その場所はまるでおとぎの国にでも紛れ込んだようだった。

 アリスは、表扉から礼拝堂を出ると、本当は当番になっていた
礼拝堂の庭の掃除を村の人達に免除してもらってから、ぐるりと
小さな丘を回ってここへやってくる。
 もちろん神父様が通る通路を一緒に来ればそれは早いのだが、
それは小娘がしてはいけない事。越権行為な気がして気が引けた
のである。

 「トントントン」

 アリスが玄関のドアを叩くと、いつもの柔和な顔がのぞく。

 「待ってましたよ。お入りなさい」

 そこは、村の中で若い女の子が一人暮らしの男性を訪ねられる
数少ない家の一つだった。

 間取りはいたってシンプル。広めの書斎と寝室とバスルーム。
たった、これだけ。ろくに炊事の設備もないが、食事は村人の家
へ御呼ばれに行くか、おやつなどは差し入れが届くから、これで
問題なかったようだった。

 神父様は急な来客のため電気ポットでお湯を沸かすとココアを
入れてくれた。
 それが書斎のテーブルに乗せられたところで本題に入ったので
ある。

 「私……ピアノを弾いていて、作曲の仕事もほんのちょっぴり
やっているんですが……」

 「知ってるよ。カレン・アンダーソンさんだろう」

 「私のこと、ご存知なんですか?」

 「実はね、名前の方はずいぶん前から知っていたんだが、君が
説教壇に出て来てくれた時、あちこちから『カレン』『カレン』
という声があがってね。それで今日、ようやく名前とお顔が一致
したという訳なんだ」
 神父様は人懐っこい笑顔を見せた。

 「私の曲、聞いたことがありますか?」

 「本人じきじきにはないけど、幼い子がよく弾いているからね、
知ってるよ」

 「それって、どう思われますか」

 「どうって?」

 「どんな印象をもたれますか?」

 「とても、すがすがしい曲だと思うよ。簡単なメロディーなの
に、どこか懐かしくて、つい口ずさみたくなる。過去にたくさん
の作曲家がいただろうに、どうして、こんな美しいメロディーが
今まで埋もれていたんだろうと思ったよ」
 神父様は多くの大人たちと同じ評価をした。

 「でも、私が新しく創った曲を、ある人から『それは官能的だ』
って言われたんです」

 「官能的?ですか」

 「私、嫌なんです。私が創ったものをそんなふうに言われるの」
 カレンは眉間に皺を寄せる。『口惜しい』そんな表情だった。

 「……………………」
 神父様はしばらく考えをめぐらしていたが、そのうちカレンに
こう質問したのである。

 「あなたは、ミサが始まる時に流れるパイプオルガンの音楽を
どう思いますか?」

 「えっ!……どうっていわれても………荘厳で、神々しくて、
神聖な気持にさせてくれる音楽です」

 「本当に?……」

 「はい、幼い時から教会で聞いてましたから……」

 「そう、だからそう思うんでしょうね。あなたも私もキリスト
教徒だから。でも、異教徒があれを聞いたら、どうでしょうか。
不気味な音をたてる地鳴りくらいにしか聞こえないはずですよ。
私達はこの音楽を荘厳な場所でしか聴きません。だから『これは
荘厳な音楽なんだ』と思い込んでるだけなんです。味だってそう
です。私たちにはとても食べられないような物でも、その地域の
人たちにとっては、幼い頃から家族みんなが『美味しい美味しい』
と言って食べていた美味しい食事なんです。あなたの音楽だって
世間とは別の評価をする人がいたとしても不思議はありませんよ」

 神父様の穏やかな眼差しが、陰鬱だったカレンの心に一筋の光
となってを差し込む。
 「!」

 「ひょっとして、あなたがその音楽と出合った時、その場所に
官能的な何かがありませんでしたか?……その音楽を官能的だと
思って聴いた人もその場にいたか、そのことを知っていたんじゃ
ないですか?」

 「!」

 神父様は、その瞬間、カレンの顔が明るくなったのを見逃さな
かった。

 「やはり、そういうことでしたか……………」
 神父様はカレンの顔を見て安堵する。
 しかし、こうも付け加えた。

 「ただ、ね、カレン。私はその曲を聞いていないけれど、その
曲はひょっとして華やかさと陰鬱さが交互に来る曲だったんじゃ
ないですか?」

 「え!!!すご~~い、神父様は音楽をやられてたんですね」
 カレンが目を丸くして驚くと……

 「私は音楽は知りません。楽器も何一つやった事がありません。
ただ、官能的な状態というのは、要するに矛盾する二つの気持が
ぶつかって生まれる事が多いんです。ですから、あなたの音楽を
官能的と評した人も、そんな処からそう言ったんじゃないかと…
少なくとも、あなたの教則本に載っている様な一点の曇りもない
明るい曲なら、たとえどこで聴こうと、官能的という言葉は出て
こないと思いますから」

 「……ありがとうございます。神父様。まさかこんなに完璧な
答えがここに来て出るなんて、思ってもみませんでした。………
いえ、神父様を信頼してなかったわけじゃないんですよ。でも、
やっぱり、神父様って、偉いんですね。……神学校に音楽科って
ありませんか。あったら入りたいなあ」

 カレンはその時珍しくおしゃべりになっていた。それは、ごく
普通のハイティーンの少女の姿だ。
 心の霧が晴れたことで、カレンは神父様に何度も何度もお礼を
言って、司祭館を離れていったのである。

************************

 カレンが帰って行くその姿を窓辺で確認して、神父様は寝室に
声を掛ける。

 「もう、大丈夫ですよ。先生」

 現れたのはブラウン先生だった。

 「いいんですか、こんなこと、私の手柄にして……」

 「かまいません。むしろ、その方がいいのです。こうした事は
父親より第三者の方が説得力がありますから………ま、あの子に
限って、これから先、お仕置きの必要はないと思いますが、もし、
その必要が出てきた時は、今日のお譲ちゃんたちと同じように、
また私に力をお貸しください」

 「はい、承知してます。それが私の仕事の一つですから……」

 二人は笑顔を見せ合い、こうして分かれた。
 ブラウン先生は来た時と同じ道。通路を通って礼拝堂に戻り、
そこから自宅へと戻って行ったのだった。

******************(1)*****

第3章 童女の日課(8)

<The Fanciful Story>

              竜巻岬《16》 

                              K.Mikami

【第三章:童女の日課】(9)
《悪戯オンパレード》<3>


 四人の童女たちにとってその冬のクリスマスは味気ないものに
なった。数々の悪戯がペネロープの不評をかってしまいXスマの
パーティーに呼ばれなかったのだ。

 パーティーのご馳走もケーキもプレゼントも全ては夢の彼方へ
と消え去り、かろうじてイヴの日のミサへの出席が許されただけ
だった。

 「あ~あ、つまらないなあ。去年のXマスプレゼントはさあ、
狐のハーフコートだったのよ。アン、あなただって、ツイードの
ドレスもらったじゃない」

 「そうよ、でもあんなものいつ着て行くの。クリスマスかせい
ぜい復活祭の時だけよ」

 「いいじゃないの、それでも。女の子はたった一日のために、
三百六十四日を犠牲にできるんですからね。ところがどうなの、
今年は……ロールケーキ一巻とチョコレートの小箱が一つだけ。
私たちは子供じゃないのよ」

 「何言ってるの。私たちは子供じゃない」

 「そりゃあそうだけど。クリスマスぐらい大人になってお祝い
したいわ。少女たちだってこの日はドレスを着てレディーたちと
対等な口をきいてパーティーに出席できるのよ。去年は、私たち
だってそうだったじゃない」

 「仕方がないでしょう。誰かさんが派手に悪戯をしかけるから」

 「何言ってるのよ。けしかけたの、あなたたちでしょう。……
こっちは、ない知恵絞ってあれこれ悪戯を考えてるのに」

 「どうだか。あんたのは単なる思いつきじゃないの」

 「言ったわね。私だって独りならあんなことしないわよ」

 「もういいじゃないアン。ケイトもやめて。私たちはすでに、
先生たちの間では四人組として悪名を馳せてるの。今さらケイト
一人が抜けてみても、それも四人組の仕業と思われるだけだわ。
それより、これからXマスパーティーの買い出しに行くんだけど
付き合わない」

 リサが思いがけない話を持ち出す。

 「買い出しってどこへ」

 「食料倉庫よ。私の勘に間違いがなければ極上のハムとウイン
ナー、それにシャンパンだってまだ残ってるはずよ」

 「でもねえ……今度見つかったらただじゃあすまない気が…」

 「何言ってるの。今までだって、ただすんだことなんて一度も
なかったじゃないの。アンはどう?…嫌なの?」

 「いいわ、つきあってあげる。どのみち、この四月には結論が
出るんだもの。良い子になるのはそれからでも遅くないわね」

 アンが腰をあげるとケイトも同調した。

 三人はドアの方へ。でも一人足りない。

 「アリス、あんたもいらっしゃい。抜け駆けはだめよ」

 アリスは気がすすまなかった。単なる悪戯ではなく泥棒という
行為が彼女を逡巡させていたのだ。が、積極的に反対することも
ままならない。結局、これも四人で行動することになった。

 しかし、もしこの時アリスを一人残していけば事態は変わって
いたかもしれない。

 「やったあ。大漁、大漁」

 食料倉庫は大バーゲン中だった。クリスマスと新年をひかえて
保存食を中心に買い溜めしてあるのだ。パーティーに浮かれて、
人が寄り付かないこともあり、買い出しは順調に進んだ。

 生ハムやウインナーはリサが……林檎やバナナはアリスが……
シャンパンはケイトが……それぞれ担当する。

 「アン。それも持っていくの」

 「これは上物のブランデーだわ。きっとご領主様のお使いもの
だわ」

 「だったらやばいんじゃない」

 「いいじゃないの。こんなチャンスめったにないのよ。どうせ
明日はお休みだし…私、これ持っていくわ」

 こうして四人は、意気揚揚と自室へ引き揚げてきた。

 すると……

 「ん???」

 部屋の電気がついている。

 「アリス、部屋の電気は消しなさいって言ったでしょう」

 「いやあね、消してきたわよ」

 四人が怪訝な面持ちで部屋に入ってみると……

 「…!…」
 「…!…」
 「…!…」
 「…!…」

 四人にとっては顔見知りの婦人が部屋の奥にどっかと腰を降ろ
しているではないか。
 しかもそれだけではない。今まで何もなかったはずのテーブル
にはローストビーフやフルーツポンチ、シャンパンなどが乗って
いる。

 「Xマスおめでとう。今夜はみなさんとささやかなパーティー
を開こうと思って準備したけど、どうやら徒労だったみたいね」

 ペネロープは呆れてものが言えないといったふうだった。

 と、その時、後ろのドアが閉まる。
 すでにコリンズ先生もこの部屋に入っていたのだ。
 四人はあっという間に袋の鼠になった。

 「…………………………」

 こうなってしばしの沈黙が過ぎた。ペネロープは自制しようと
つとめるのだが、そう思えば思うほど余計に鼻息が荒くなって、
四人をさらに萎縮させてしまう。四人は抱えてきた荷物さえ置け
ないままにその場に立ち尽くすだけだったのである。

 やがて、コリンズ先生が仲裁に入る。
 四人組にまず荷物を床に置くように促すと、アリスに向かって
……
 「懺悔なさい」

 「でも、許してくれる?」
 アリスはいつになく弱気になっていた。

 「許していただけるかどうかにかかわりなく、それが礼儀よ」

 コリンズ先生に背中を押されるように前へと進み出たアリスは、
ペネロープの足元で、両膝をついて胸の前で両手を組むいつもの
ポーズをとったが、ペネロープのあまりに鋭い視線に、ついその
目をそらしてしまう。

 「今日はせっかくのクリスマスなのに、これじゃあ淋しいって、
みんなが……それで、食料倉庫へ行って……」

 途切れ途切れの懺悔に、ペネロープが一喝。

 「アリス、誰に向って話してるの。私の目を見て話しなさい」

 アリスは恐怖心のあまり身動きがとれないのだ。
 見かねたコリンズ先生が、アリスの顔を起こしペネロープの方
へ向けて支えてやる。おかしな格好だが、こうしてやらなければ
彼女はまたすぐに下を向いてしまうのだった。

 「今日はせっかくのクリスマスなのに食事が淋しかったので、
食料倉庫から食べ物を取ってきてしまいました。ごめんなさい」

 「だらしがないわね。先生に支えていただかなければ懺悔一つ
まともにできないの。ま、それはいいでしょう。私はねアリス、
あなただけはこんな事をする子じゃないと思っていたからとって
も残念だわ」

 「………………」

 「コリンズ先生。その子を連れていらっしゃい。どうせ、一人
では私の膝まで辿り着けないでしょうから」

 アリスはコリンズ先生に抱えられるようにして、ペネロープの
膝にうつぶせになるとネグリジェの裾を捲りあげられた。

 「……パン」

 ワンフットスティクと呼ばれる小振りの枝鞭は小さな反動でも
よくしなって的確にアリスの丸い膨らみをとらえた。とはいえ、
所詮は七十に近い老人の力である。しかも、アリスはショーツを
穿いたままだ。

 「パン………パン………パン………パン」

 ゆっくりとした調子で控えめに響く鞭の音は、傍目には小学生
ぐらいまでしか効果がないようにさえ思えた。
 ところが、一ダース半をこえたあたりからアリスが暴れだす。

 両足を蹴りあげ、体をよじって、もがき苦しむのだ。コリンズ
先生があわててアリスの両手と頭を押さえるが、最後には……

 「ごめんなさい。もう悪さはしません。二度と盗みはしません
から。良い子になります。やめて、もうだめ。痛い、痛い、痛い
痛いんだってばあ~~ごめんなさい。ごめんなさい」

 アリスが子供のような懺悔を始めたのである。

 「さあ、もういいわ。これ以上は、私の方が重くてやってられ
ないもの」

 アリスは結局二ダース半で解放されたが、膝から降ろされても
歯の根はあわず、嗚咽も止まらない。それはアリスが鞭に慣れて
いないことを差し引いても驚きだった。だから

 「私はもう疲れたわ。あとはあなたがやってちょうだい」

 ペネロープがこう言った時、他の童女たちはほっとしたに違い
なかった。


 四人が均等に前菜を消化すると、次はいよいよメインディシュ
だが、それには準備がいる。

 四人は自分たちのベッドに仰向けに寝かされると、まず枕側の
ポストに両手を万歳するような形で縛り付けられた。
 続いてその両足も短い紐を足首に結わい着けて、右足は右手の、
左足は左手の、ポストに固定される。

 早い話、赤ちゃんがおむつを取り替える時のあのポーズ。
 女の子にとっては最も恥ずかしいあの姿勢で、この料理は食べ
なければならななかったのである。

 「アン、それにケイト。あなたたちがそんなにお酒が飲みたい
とは知りませんでした。本来なら許されないところですが、今日
はクリスマスでもあることですし、特別に許してあげましょう。
ただし、ベッドにはこぼさないようにね」

 ペネロープの挨拶が終わると、さっそくコリンズ先生によって
二人にお酒が振舞われた。ただしそれは口から飲むのではない。
グリセリンと混ぜてピストン式の浣腸器で肛門という名の口から
流し込まれたのだ。

 「……<あああ~>……」

 二人の下腹が一瞬にしてか~っと熱くなる。腸に直接手を突っ
込まれて揉みこまれているような、強烈な刺激が下腹を襲うのだ。

 お浣腸の経験はある二人だが、その締め付けられるような大腸
の動きはそれまでに経験したことのないものだったし、なにより
悪酔いしたような状態で排泄を我慢するのは最悪だったのである。

 おまけにこれまでなら何としてでも我慢しなければならないと、
心が一つにまとまっていたのに、直腸から吸収されたアルコール
のせいで頭が半分マヒしてしまい、こんな切羽詰まった状態でも、
時折このまま出したら気持ちいいかな、などと思ってしまうのだ。

 二人は、この不思議な凌虐感に苛まれながら寝ることもできず
クリスマスの夜を過ごさなければならなかった。

 これに対しリサとアリスの未成年組はもっと単純だった。

 「あなたたちは未成年ですからお酒は遠慮なさい。その代わり、
私があなた達にプレゼントをあげましょう。これはずっとあなた
たちのそばを離れないし、重くないから荷物にもならないわよ」

 ペネロープはそう言うと、日本で覚えたという鍼灸のお道具を
テーブルに取り出す。しかも、今回ばかりは艾の大きさが今まで
とは違っていたのである。

 お灸は、艾がごく小さなものなら熱いと感じる時間も短いし、
灸痕も、よほど目を近付けなければわからないほど些細なものだ
が、ある一定以上の規模で皮膚を焼いてしまうとその火傷の痕が
はっきりと残ってしまう。

 ペネロープは、今回あえてそれをやろうとしたのだった。
 目標となった地点は、肛門とヴァギナの間。ここに一センチ大
の艾を七個、十字の形にのせて一つずつ火をつけようというのだ。

 「……<んnnn>……」

 猿轡をされコリンズ先生ががっちりとその体を押さえているに
もかかわらずリサのベッドは地震のように揺れる。しかもそれが
終わったにしてもお仕置きはまだ全体の七分の一でしかないのだ。

 アリスの場合は、卒倒しかける自分の意識を繋ぎ止めるだけで
精一杯だった。

 「アリス、あなたにこんなことはしたくありませんでしたが、
仕方がありません。恨むなら私を恨みなさい。いきますよ」

 ペネロープの言葉が終わるとあの膨らむおしゃぶりが口の中へ。
あとはどうやって我慢したのかわからないほどの熱さ痛さだった。

 二人の寝台がそれぞれ七回ずつ揺れ動き、ペネロープは大仕事
を終えて帰って行く。
 四人が、やっと終わったと思ったのも束の間、その帰りしな、
ペネロープはコリンズ先生にこの四人の恥ずかしい格好を写真に
撮るように指示していたのだ。

 「ガシャ(バシャ)」「ガシャ(バシャ)」「ガシャ(バシャ)」
「ガシャ(バシャ)」「ガシャ(バシャ)」「ガシャ(バシャ)」

 やがて、激しいシャッター音と共にフラッシュが焚かれ、四人
組は定められた格好のまま記念写真に収まる。
 しかも、彼らはこの後もこの恥ずかしい格好のままで夜明しを
しなければならなかった。

 成年組は夜中じゅうお浣腸を我慢し続けなければならないし、
未成年組もお灸の痕に薬を塗ってもらったものの患部をこすって
はいけないということで、お股剥き出しの格好を強いられたのだ。


 いずれにしても四人にとっては散々なクリスマスだった。
 いや、そう言ってはなるまい。この場合はコリンズ先生こそが
一番迷惑を被ったのだろうから。


 四人組に対するデザートは次の日の昼近くになって振舞われた。

 ペネロープの呼び出しにしたがって彼女の部屋へ行ってみると、
昨夜の四人組の痴態が、すでにパネルとなって張りだしてある。

 「どうかしら?……なかなかの出来栄えじゃなくて。せっかく
だからお城のみんなが見える所に飾りましょうか」

 ペネロープのこの本気とも冗談ともつかない言葉に四人は返す
言葉がない。昨日の今日だから、何と言っていいのかわからない
のだ。

 「あなた方が少女になりたくて色々運動しているらしいことは、
先生方から聞きました。でも、あなた方は時々やり過ぎるみたい
ね。今回のも、そうです」

 「ごめんなさい、お母さま」

 アリスが言うと他の子も
 「ごめんなさい」
 「お母さま御免なさい」
 「ごめんなさい」
 と、口をそろえる。

 すると、ペネロープは満足そうに微笑み……
 「私は、今でもあなたたちを愛していますよ。私はね、あなた
たちを愛したいから助けたんです。目的はたったそれだけ。一般
の人にはきっと奇異に聞こえるでしょうけど、本当に目的はそれ
だけなの」

 ペネロープは座っていた籐椅子から腰を浮かすと、アリスの手
を取り、再び座りなおした自分の膝に乗せる。
 そして、アリスの服を一枚一枚脱がせ始めたのである。

 「お金や財産目当ての人に言うことをきかせるのは、簡単よ。
でもねそれじゃあ嫌なの。子供は可愛いけど、けっこう残酷な事
も平気で言うし、何よりお婆ちゃんには育てるのが大変だわ」

 アリスはとうとう下着姿になった。しかし、それも…

 「アリス、恥ずかしい?」

 「いいえ、お母さま」

 ペネロープはアリスの体全体、局部や胸の膨らみまでも丹念に
撫でまわす。

 「どう、気持ちいいかしら」

 「………はい」

 「よろしい。あなたはどんな時にも私の愛を無条件で受け入れ
る準備ができているみたいね。これで安心したわ。服を着なさい。
次は、ケイトいらっしゃい」

 こうしてペネロープは四人を次々に裸にしていくと、その敏感
な部分を含めその身体全体を丹念に愛撫していく。
 そして、それが終わると、こう言うのだった。

 「四人ともあんなにキツイ折檻をしたのに、私の愛を受け入れ
る気持ちに変わりはないみたいね。あなたたちの愛が変わらなけ
れば、それは私も同じよ。このパネルを掲げる話はなかった事に
しましょう」

 「……ふう…」

 期せずして四人から一様にため息が……

 「このパネルは持ち帰りなさい。ただし、捨ててはいけません。
今度あなたたちが悪さをした時はこれをお城のどこか目立つ所に
掲げますからそのつもりでいなさい。いいですね」

 「はい、お母さま」

 こうして四人組に対するクリスマスディナーはお開きとなった。


 その帰り道、ケイトが、
 「う~~、今でも虫酸が走るわ。あんなの恐いからおとなしく
しているだけじゃない。どうしたら、あんなお婆さん愛せるのよ」

 「ケイト、聞こえるわよ」

 「聞こえたっていいわよ。あんな婆さんに愛されるくらいなら、
私は今でも竜巻岬から身を投げた方がまだましよ」

 「そうかしら、私にはあなたが一番お母さまの愛を受け入れる
気があるように見えたけど……違う……」

 アンがこう言うと、ケイトは……

 「何言ってるの、アン。馬鹿なこと言わないでよ」
 言下にはねつけたものの、なぜかそれ以後は何一つ口を開こう
とはしなかった。

 それはともかく、さすがにあのパネルの存在は童女達にとって
悪戯に対する大きな抑止力となった。
 女の子にとって身体を苛めるだけの体罰より見せしめとなる罰
の方がより効果的なのだ。たとえ異性がいない場所であっても、
自分の性器が写った写真が公衆の前に張り出されるなどという事
になれば、それは女としての自殺行為に等しかったのである。


 四人はすっかりおとなしくなり、冬場は何も問題を起こさず、
季節はやがて春を迎えようとしていたとある日曜日。

 四人は暖かさに誘われて湖へ来ていた。ここは城主が飲料水の
確保を目的に作らせたもので、湖といっても直径百メートルほど
しかない小さな池だが水温む頃には村人のボートが出て賑わう。

 ただ、この時はシーズンには少しばかり早かった。

 「まだ、誰もボートなんて漕いでないわね」

 「ちょっと早すぎたのよ」

 「じゃあ帰る?」

 「嫌だあ~、せっかく外出許されたのに、今度はいつお城の外
に出られるかわからないのよ」

 「だってボートがないのよ」

 「あるわよ。ほら」
 リサは陸揚げされている一艘のボートを指差す。
 それは真新しいペンキが塗られ、オールも付いていた。

 「大丈夫なの、これ」

 「だってこれペンキ塗りたてよ。沈むような船にペンキなんて
塗るはずないじゃない。それに、お母さまがボート屋さんが営業
してたらお母さまの名前を出して借りていいっておっしゃった
のよ。みつかったら、その時、そう言って断ればいいわ」

 「でも、誰が漕ぐの。私達みんなボートなんて漕げないのよ。
第一そのお話はエルマンじいさんがそこにいるから乗せてもらい
なさいってことでしょう」

 「私、漕げるわよ」

 「え、だってさっきは漕げないって」

 「さっきはあんまり経験ないし自信がなかったからそう言った
だけ。こんなの簡単よ」

 リサの言葉に説得力などない。だが、幼女の様に駄々をこねる
姿に負けて他の三人はボートに乗ることを承諾したのである。

 リサの目的は湖の真ん中にある小島。そこの白い水仙に彼女は
目を奪われていたのだ。

 「さあ、みんな手を貸してね」
 当然のことながら張り切るリサ。

 女の子四人でボートを水辺まで持っていくとそれはものの見事
に浮く。水も入ってこないようだ。

 「ほらごらんなさい。何の問題もないじゃない」

 たしかにその時は何の問題もなかったのだが……。

 リサは二人乗りのボートにお客を一人ずつのせて島をめざす。
かなり危なっかしいオールさばきで、なかなかボートを桟橋に着
けられず、思いのほか時間がかかったが、とにかく、全員を島に
上陸させることができた。

 「わあ、すごくきれい。想像以上よ」

 「こんなところがあったのね。誰がお手入れしてるのかしら」

 「まるでお城の中庭みたいよ。でも、これは自然の公園ね」

 「どう、みんな。私のおかげよ。尻込みしてたら何もできない
んだから」
 リサは鼻高々だった。

 「ねえ、この花摘んでいきましょうよ」
 アリスの提案に誰も異を唱えない。

 四人は手に持ちきれないほどの白水仙の束を抱えるとボートに
帰ろうとした。
 ……ところが、

「ボートが沈んでるわよ」

 見ると船の半分までが水に浸かっているではないか。

 「やっぱりこの船使えなかったのよ」

 これまで辛うじて持ちこたえていた補修用の板が外れて、そこ
から水が入ってきたのだった。

 彼女たちは慌てて水を掻き出そうとしたが、あいにくそこには
バケツのような物が何もない。
 今度は、ボートを岸まで引き揚げようとしたが、空のボートを
水辺へ引いてくるだけでもやっとだった彼女たちに、そんな力が
備わっている訳がなかった。

 「どうすんのよ。どうやって帰るつもり」

 「あんたがどうしてもボートに乗るんだって駄々をこねなきゃ
こんなことにはなってないのよ」

 「あ~あ、これでまたしばらくは外出は無理ね」

 非難はたちまちリサに集中する。

 「大丈夫、そのうち誰か向こう岸を通るわよ。大声だせば気が
つくわ」

 リサは悔しまぎれに言い返したが……
 一時間たっても、二時間たっても人っ子ひとりこの湖に人影は
現われなかった。

 夕暮れが迫るなか……

 「このままじゃ野宿ね」

 アンが言うと、リサが……

 「私はいやよ、野宿なんて」
 と答えるので、さすがに温厚なアンも怒って……

 「何言ってるの。あんたのせいでしょう。いいから早く薪拾っ
てらっしゃしゃいよ」
 と怒鳴ることになる。四人のなかに一時険悪な雰囲気も流れた。

 ところが、ケイトが隠れて煙草を吸うために、くすねておいた
ライターでその薪に火をつけると、助け船は意外に早くやって来
た。

 普段火の気のないところから煙が上がっているを不審に思った
村人が様子を見に湖へ降りてきてくれたのだ。

 「おじさ~ん」

 黄色い声を張り上げて泣き叫ぶ四人組に野太い声が返ってくる。

 「待ってろ、今、そっちへ行ってやるから」

 ちょうどその頃、お城の方でも帰りの遅い四人を気遣ってコリ
ンズ先生を中心に捜索隊が出発していた。

 「ちょうどよかったよ先生」

 村人が救援のための船を出すところへその捜索隊がやってくる。

 湖の岸辺は時ならぬお祭り騒ぎになっていた。野次馬を含め、
大勢の村人とお城から来た捜索隊が手に手に松明を持って桟橋に
集まり、小島で焚かれていたものとは比べものにならないほど大
きな焚火が四人の子供たちの到着を待ち焦がれていたのである。

 やがてバタバタという音とともにエンジン付きのボートに乗せ
られたお祭りの主賓が篝火の燃え盛る岸へと帰ってくる。

 「よかった、よかった」

 上陸した彼らに、期せずして拍手が起こった。誰の顔もこれで
一件落着という安堵感でいっぱいの笑顔だったのだ。

 ところが、そんな中で一人だけ恐い顔のまま仁王立ちしている
女性がいた。
 コリンズ先生である。彼女の顔は揺れる松明や焚火の炎の中に
あってより凄味が増し、子供たちにとってはこれから先の身の上
を暗示しているかのようだ。

 案の定、彼女は再会した子供たちにいたわりの言葉をかけるこ
とがなかった

 「弁解することはなにかある?」

 これが四人を前にした彼女の第一声だったのだ。

 「……………」

 それがないとわかると、

 「アン、あなたケイトの手を持ちなさい。ケイトはアンのお腹
に頭を入れる のよ。リサ、あなたはアリスを手伝いなさい」

 コリンズ先生のてきぱきとした指示に従いアンとリサがお友達
のお仕置きの準備をすると先生は何の躊躇もなく二人のスカート
の裾をそのくるぶしのあたりから一気に捲り上げる。

 すると、彼女たちはいずれもショーツを穿いていなかった。
 それは彼女たちの好みというではなく、外出着としてメイドが
用意してくれた前近代的なファッションには、始めからショーツ
など付いていなかったのだ。

 当然、二人の剥出しのお尻は村人や捜索隊の人たちの前に晒さ
れる事となる。
 燃え盛る焚火にほてったお尻が松明の炎の中で怪しく揺らぐ中、

 「ピシッー」

 手慣れた鞭の軌跡が鮮やかなラインを刻む。
 いつもの手順、いつもの風景だ。

ただ、鞭打たれて初めて、
 『恥ずかしい』
 という感情がケイトとアリスにわき起こった。
 恐怖心が過ぎ去り初めて我に返ったというべきかもしれない。
 気がつけばこのお仕置きはいつもの身内での折檻ではないのだ。
見ず知らずの人たちに自分たちはお尻を晒しているのだ。

 そう思うと、一刻も早くこの場を逃げ去りたい気持ちで一杯に
なった。

 その心は自分たちを支えてくれている友達にも伝わる。

 彼女たちもまた、両手とお腹から伝わってくる友だちの異常な
身震いに、はっと我に返ったのだろう。

 だから、友だちの一ダースの折檻が終わった後、リサは無理を
承知で頼み込む。

 「お願いです。私へのお仕置きはお城へ帰ってからにしてくだ
さい。その時は鞭の数が二倍になってもかまいませんから」

 しかし、そんな願いが受け入れられるはずがない。

 「だめよ。ここでの鞭はお城での十倍も効果があるんだから。
あなたも明日からは少女になるんだし、いつまでも、聞き分けの
ないことを言ってちゃいけないわね」

 コリンズ先生の言葉は四人にとってはまさに青天の霹靂だった。

 「私、少女になれたんですか」
 恐る恐るリサが尋ねると

 「そうよ。今日、あなた方が行方不明になる前に四人まとめて
少女になる事が決まったの」

 「お母さまのお許しも得たんですか」

 「もちろんそうよ。でも、ひょっとしたら今回の事件でお流れ
になるかもしれないわね。……さあ、そうならないためにも少女
らしくちゃんと罪の償いをなさい」

 四人は希望と不安を胸にお城へ帰ったが、結局、決定は覆らな
かった。

 アリスが童女になって一年余り、四人は待ちに待った少女とし
ての暮らしをやっとスタートさせることができたのである。

夏の夕暮れ(アルベルト・エーデフェルト)

<イメージ絵画>
夏の夕暮れ(アルベルト・エーデフェルト)


************* <了>******


第11章 貴族の館(8)

          第11章 貴族の館

§8 カレンの新曲

 カレンたち一行は学校を離れて、本宅へと戻ってきた。

 「ただいま、お母様。みなさんをご案内してきましたよ」

 息子の声に母親は
 「フリードリヒ、遅かったわね。待ちかねたわ。お茶を二度も
入れなおしたのよ。どこか、お話の弾む楽しい処でもあったのか
しら?」

 「楽しいかどうか……今日はちょうど懲罰の時間でしたから、
地下室を巡ってきたんです」

 「まあ、あんな処を」
 伯爵夫人は顔をしかめる。そして、カレンに向って……
 「ごめんなさいね、カレン。この子、いい子なんだけどデリカ
シーというものがなくて…あっ、そうそう、デリカシーといえば、
この子ったら、今日はあなたを北側の待合室に案内したそうね。
家族同様のあなたをあんな子供たちと一緒の部屋に入れるなんて、
ごめんなさいね。あなた、次にからは東側の玄関から入って来て
頂戴。あそこなら、お客様用の待合室がありますからね」

 せっかくの伯爵夫人の言葉だったが……
 「ありがとうございます。でも、よかったら、私、これからも、
子供たちと一緒にあそこから、お出入りさせてください」

 「どうして?その方がいいの?」

 「子供たちのピアノが楽しいんです」

 「そう、それは別にかまわないけど……もしも子供達に粗相が
あったら言って頂戴ね。対処しますから……あっ、そうだスミス
先生、修道院から苗木が届いてますよ」

 「あっ、これですね」
 ニーナ・スミスは顔をほころばせる。

 「お持ち帰りになって結構よ。私は目が見えないからその色は
わからないけど、シスターのお話ではキレイなオレンジ色の花が
咲いているそうよ」

 伯爵夫人が話題を変えてニーナ・スミスと話し始めるとカレン
は居間の奥に置いてあるピアノの方へと向った。
 そして、地下室のあの地獄絵図の中でひらめいた旋律をピアノ
に乗せてみる。
 それはほんのちょっとした実験のつもりだったのである。

 しかし、それは不思議な気分だった。
 今までの自分の曲と同じように緩やかなメロディー。
 誰もが弾ける簡単な旋律。
 でも、この曲は『トセリのセレナーデ』のように、どこか切ない。

 そして、自ら弾いていくうちに、彼女はなぜか身体の芯が熱く
なっていくのを感じていたのである。
 ピアノを弾いていてこんな事になるなんて、カレンにとって
は初めての経験だった。

 彼女の創る曲はほとんどが長調。その美しいメロディラインで、
これまで聞く者の心を癒し続けていた。
 なのに、この曲はいくつも転調を繰り返していく。正確に弾き
こなすには難しい曲だった。

 カレンの弾くピアノはやがて左手と右手のバランスが悪くなる。
正確に和音を刻めないのだ。これまで正確無比だった彼女の左右
の手が不協和音を奏ではじめたのである。

 当然、その場に居合わせた人たちは、カレンの方を振り向くが、
不思議なことにカレンはピアノをやめようとしなかった。
 むしろ、一心不乱に引き続けているのである。

 聴く者にとってそれは不協和音であっても、カレンにとって、
それは心地よい音楽だった。

 『わあ~どうしたっていうの!この曲どこまでも止まらないわ』
 赤い目をしたカレンは火照った身体を前かがみにして、ピアノ
に挑み続ける。
 外に打ち出る音は不協和音でも、彼女の頭の中には完璧な音が
鳴っていたのである。

 すると、地下室で起こったあの出来事が、今まさに、目の前で
起きているかのように彼女の脳裏を駆け巡りる。
 何かが、『もっと激しく!』『もっと切なく』とせき立てるのだ。

 快楽の音楽は、すでにカレンが叩くピアノから聞こえているの
ではない。カレンの頭の中だけで鳴り響いていたのである。


 「フリードリヒ、あなたが余計な事するから、カレンの足から
赤い靴がぬげなくなってしまったみたいよ」

 「私のせいですか?」

 「カレンにあの曲を弾かせた犯人が他にいますか?それとも、
あなたには、今、弾いてるあの曲と、『六時十四分』が同じ曲に
聞こえるのかしら」

 「…………」

 「あなたにとっては、たわいのない子供のお仕置きでも、育ち
方によってはそれでショックを受ける子もいるの。……これは、
私の贅沢な望みかもしれないけど、カレンにはできるだけ長く、
少女のままでいて欲しいの。あの子に女の臭気はいらないわ」

 伯爵夫人はそこまで言うと、女中に車椅子を押させてカレンの
もとへ動いた。
 そして、カレンと目があった瞬間にこう言ったのである。
 「どうかしら、カレン。今日はもう疲れたんじゃなくて……」

 その言葉でカレンのピアノが止まる。
 赤い靴が脱げた瞬間だった。

 「すみません。私ったら、長いことピアノを独占してしまって」

 「そんなことはどうでもいいの。あなたが弾きたいだけ弾けば
いいのよ。一晩中弾いていてもそれはかまわないけど……ただね、
今日は疲れているみたいだから、一旦、お家へ帰りなさい。……
そこで、ゆっくり休んで、今日のお昼の出来事は忘れてしまいな
さい」

 「えっ?……ええ……は、はい」
 カレンは伯爵夫人に自分の心を見透かされたようで戸惑ったが、
結局は受け入れた。

 もちろん、伯爵夫人はカレンの新曲について論評しなかったし、
カレンもまた、自分の弾いた曲のせいで、早退したなどとは思い
たくなかったのである。

 ただ、クララ先生だけは部屋の隅でカレンの曲を耳にしながら、
彼女の身体の中に眠るまだ開発されていない部分に興味があった
ようだった。

**************************

 帰り道、ニーナ・スミスは伯爵家が差し回したリムジンの中で、
カレンに話しかける。

 「あなたが、あんな官能的なメロディーを弾くとは思わなかっ
たわ」

 「かんのうてき?…………官能的って何ですか?」
 カレンにはその言葉の意味さえわかっていなかったのである。

 「あなた、そんな言葉も知らないのね。いいわ、忘れて頂戴。
ただ、伯爵家で弾いた曲はブラウン先生の前では演奏しない方が
いいわね」

 「どうしてですか?……官能的って、何かいけない事なんです
か?」

 「いけないことではないけど、あなたにはまだ早いってことか
しらね。伯爵夫人も言ってたでしょう。早く帰って、忘れなさい
って…………ホント、忘れた方がいいわ。それがあなたの為よ」

 「えっ!いけないんですか?今日は先生の寝室であれを弾こう
かと思ってたのに……」

 「そうだったの。でも、それはよした方がいいわね。ブラウン
先生が腰を抜かして、眠れなくなるわよ」

 「えっ!?私の作った曲で……あれはそんなに悪い曲なんです
か?」

 「良いとか悪いとかではないの。あなたには似合わないから、
やめた方がいいと言ってるだけ。ブラウン先生にしても伯爵夫人
にしても、あなたは清純な少女として受け入れられてるの。その
看板を自ら下ろすことないでしょう」


 カレンは思った。
 『私はことさら清純な姿を売り物にしようと思ったことなんか
一度もないのに……だいいち、私がどんな曲を弾いたとしても、
それで、私の何がわかるっていうのよ』

 しかし、ニーナ・スミスの言葉に、心の中では憤然としていた
カレンも、いざブラウンの前に立つと、その曲をぶつける勇気が
わかなかった。
 そこで、いつものように、カレンらしいピアノを弾き始めると、
先生が尋ねてくる。

 「伯爵のお屋敷では、どんな曲を弾いたのかね?」

 「どんなって……今日は、修道院の方を見学してから一曲だけ
弾いたんですが、疲れが出てしまって、早めに帰していただいた
んです」

 「体調が悪いのかね?……夕食の時は、アンたちともあんなに
おしゃべりしていたし……別段、変わった様子はなかったように
見えたが……疲れているのなら、今日はもう休んでいいんだよ」

 「大丈夫です。地下室を見学した時、ちょっと疲れただけです
から……」

 「地下室?……ワイン蔵かね」

 「いえ、修道院学校の中にあるトーチカです」

 「修道院学校のトーチカ?……ああ、あれか……あれは要塞の
ように大きかったが、まだあるのかね?」

 「ええ、今はその上に校舎が建っていて、そこはお仕置き部屋
として使われているんです」

 「フリードリヒは、そんな処を君に案内したのかね?」

 「ええ、今日はちょうど生徒への懲戒の日だから、見に行こう
って……」

 「子供のお仕置きを見学したのかね?」

 「はい」

 「まったく、あいつは何を考えているんだ。こんなうぶな娘に
そんなもの見せよってからに……他にいくらでも自慢できる物が
あるだろうに……陶磁器、武具甲冑、絵画、古文書、貴族の館に
ふさわしいものが何でもあるだろうに……よりによって子供の尻
とは……」
 ブラウン先生は独り言のようにつぶやくと、カレンに向って、
微笑んで……
 「驚いただろう。でも、あれが貴族なんだよ」

 「でも、楽しかったですよ。普段は絶対に見られない光景です
もの。貴族の子供たちへのお仕置きがあんなに厳しいだなんて、
私、初めて知りましたから」

 「そりゃそうだ。私だって国は違っても、一応、貴族の家の出
だからね、そこはわかるよ。貴族には、表と裏の顔があってね。
裏の顔は絶対に庶民には見せないものなんだ。それを君に見せた
ということは『君を迎え入れたい』という意思表示なんだろうが
……私は、それは認めないよ。わかってるね?」

 「はい、お義父様」

 「今日は、慣れない処へ行ってもう疲れてるだろうから、もう、
寝なさい」

 ブラウン先生はそう言って寝床へ行くことを勧めたのだが……
少し考えて、カレンの方から昼間の話を蒸し返してしまう。

 「官能的ってどういう意味ですか?」

 そう尋ねると、ブラウン先生もまた他の大人達同様困った顔に
なった。
 そして、少し間があって……
 その顔がにこやかな笑顔に戻ってから……

 「君がまだ知らなくてもいい言葉だ。……どこで、覚えたんだね、
そんな言葉?」

 「伯爵夫人が私の即興曲を聞いて、そうおっしゃったものです
から……」

 「官能的だって?」

 「ええ」

 「まさか、それは何かの聞き間違いだよ。君の弾く曲が官能的
なはずがないじゃないか」

 「弾いてみますか?」

 「そうだな、少しだけ聞いてみようか」

 ブラウン先生の求めに応じて、カレンはその曲を弾き始めた。

 「♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭♪♯♫♩♩♫♭♪♫♩♩♫♭」

 ブラウン先生はいつものガウン姿でベッド脇の一人用ソファに
腰を下ろす。
 サイドテーブルに置かれたシェリー酒の小さなグラスを一気に
飲み干すと、静かに目を閉じて聴いている。
 演奏中は咳払い一つしないし、顔色も変えない。
 すべてはいつもの夜と何ら変わらなかった。

 ただ、演奏が終わったあと、彼は一言……
 「じゃあ、お休み」
 と言っただけだったのである。

 これがカレンにはひっかかった。
 いつものブラウン先生なら、たとえどんなに短いコメントでも、
「よかったよ」と言ってくれるのに、それがなかったのである。

 カレンが一抹の不安を抱えたまま、食堂の脇を通ると、アンや
ロベルト、それにベスやアンナ、それにニーナ・スミスまでもが
加わっておしゃべりをしていた。

 「カレン、今日はもう寝るの?ちょっと寄っていきなさいよ」

 アンに誘われて夜の集会に顔をだすと、話題はやっぱり伯爵家
のことだった。
 すでに、夕食の時を含め、もう結構長い時間その事は語りつく
してきた。しかし情報の少ない当時、女の子たちは面白い話なら
何度でもそれを聞きたがるのだ。

 「へえ、修道院学校まで見学してきたんだ。きっと、可愛い子
ばっかりだったんだろうね」
 アンナが言うと……

 「そりゃあ、こことは違いますよ。ここはご飯を食べさせたら
それっきりだから、摘み食いする鼠たちは太りたいだけ太ってる
けど、ああいうところは、スタイルも大事だからね。太りすぎた
子にはお浣腸して、余分なものは身体から流しちゃうみたいです
よ」
 ベスが続ける。

 「わあ~~残酷。きっと、恥ずかしいでしょうね。それって、
お母様と一緒にやるの?」

 アンの言葉にベスは大きな身体を揺らして笑う。
 「まさか、あんな家ではそんなのは女中の仕事ですよ。だから、
そんな情報はよくこっちの耳にも入ってきて、お浣腸を嫌がった
その子がその後家庭教師からしこたまお尻をぶたれたなんて話は
日常茶飯事ですよ」

 「へえ~、あんな高貴なお家に生まれたらお仕置きなんてない
のかって思ってた」

 アンの言葉に今度はニーナ・スミスが答えた。
 「逆ですよ。表立ってはやらないだけ。感情的になぐったりは
庶民かもしれないけど、規則で子供たちを縛って、ルールとして
お仕置きするのは、ああいうやんごとなき姫君の方が、はるかに
厳しいんだから。……あなたたちはその点では恵まれてるわよ」

 「そうですか?私はちっとも、そんなふうには思わないけど」

 「隣りの芝生は誰にも青く見えるものよ。でも、幼い時から、
そこで長く暮らしていれば、やはりそこが一番快適なの。たとえ、
どんなにお仕置きが多くても慣れてしまえば問題ないわ」

 「じゃあ、あの噂は本当だったんですね」
 ロベルトが口を挟んだ。

 「どんな?」

 「修道院学校では女の子にも官能的なお仕置きをするって……」

 『官能的』
 お付き合い程度にみんなと一緒に腰を下ろしていたカレンの耳
に、今、最もホットなキーワードが飛び込んでくる。

 「さあ、どうかしら。私は知らないけど、そうかもしれないわ
ね」

 ニーナ・スミスは今日見てきた事をここで語ろうとはしない。
そして、それはカレンに対しても、一つの警告だったのである。

 カレンはそんなニーナ・スミスの忠告を理解できていたのだが、
これだけはどうしても知りたかったので、口を開いたのである。
 「ねえ、ロベルト。官能的ってどういうこと?」

 カレンの質問にロベルトは笑って答える。
 「何だ、そんなことも知らないんだ。Hなことさ。あくまで、
噂だけどね。修道院学校って、女の子にももの凄くHなお仕置き
をするって言われてるんだ。でも、外部の人には絶対その様子は
見せないんだって……当たり前だけどね」

 「そう……」
 カレンは気のない返事を返したが心の中は相当ショックだった。
 『Hなお仕置き』
 『Hな曲』
 その瞬間、頭の中で二つの大きな割れ鐘が鳴り響いたのである。

******************(8)*****

10/20 『St.Mary学園』って何だ?

10/20 『St.Mary学園』って何だ?

 ごめんなさい。ただ衝動的に描いてみたかっただけ。
 気まぐれです。

 僕は幼い頃からADHD( 注意欠陥 多動症障害)の気があって
一つの事に集中できないたちなんだ。
 中学校くらいまでは10分はおろか5分だって同じ教科を勉強
しなかった。
 というか、できなかった。

 国語やって、詩を書いて、社会やって、理科やって、作曲。
 数学やって、スケベ小説、作曲、詩を書いて、英語、また詩を
書いてスケベ小説。数学。国語。部屋中走り回る発狂タイム。

 とまあ、こんな調子で、趣味も勉強も一緒くた。おまけに部屋
中を踊りまくったり、奇声ををあげたり、一人漫才なんかもする
もんだから、どんな親しくても他人にはこの姿は見せられない。
 『こいつ、ついに気が違ったんだ』
 と思われること請け合いだから、それだけは避けてきたんだ。

 中学を卒業すると、それ以降は次第次第に収まったみたいで、
あまり顕著ではなくなったけど、でも時々昔のなごりみたいなの
が顔を出すみたい。

 もちろん、こんな調子の学校生活だもん、成績なんか上がる訳
ないけど、でも、こうでなきゃ、どのみち勉強できなかったんだ。

 おかげで、長い時間かけてこつこつやらなきゃならない英語や
国語といった教科がまったくだめだった。はっきり言って使い物
にならなかったもん。

 特に英語は酷くて、先生に訳せって言われると、今の機械翻訳
と同じで文法にただ単語を放り込んで並べるだけの作業しかしな
いもんだから、「それじゃ意味が通じないでしょう。訳すという
のは日本語にすることよ」とか「君は英語と数学の区別がついて
ないんじゃないのか」なんてよく言われてたんだ。

 そんなわけで、今度のSt.Mary学園も単なる作者の気ま
ぐれ。この先、続けるかどうかもわからない。
 ちなみに、St.Mary学園は略すとSM学園になるからね、
この世界では僕以外のライターさんたちもよく使ってる『超有名
私立学校』なんだ。

 ***********************

10/19 昔、長男に生まれると……(2)

10/19 昔、長男に生まれると……(2)

 昨日の続き。
 昔、長男として生まれると、他の兄弟より物質的に豊かだった
し、他の兄弟以上に父母、祖父母がよく面倒を見てくれた。
 こんなこと書いてると『きっと楽しい子供時代だったんだろう』
なんて思われるかもしれないけど、これがそうでもないんだ。

 世の中はギブアンドテイク。色々やってもらったってことは、
その結果だって求められるんだ。成績優秀で品行方正。そんな、
絵に描いたような少年を求められても、こっちも困るんだけど、
そのパフォーマンスだけは演じなければならないから、私生活が
とても窮屈なんだ。
 大人たちが決めた日課や計画に沿って行動させられるからね、
自由気ままにしていられる時間が少なかった。いつも誰かに干渉
されてる感じだった。

 もちろんお母さんは僕の面倒をよくみてくれたけど、それって、
どこか『長男を育てている義務で、こうしています』ってところ
があって、母と子が本当に打ち解けていたのか疑問もあるんだ。

 その点、弟は、僕より成績が落ちるし、勉強抜け出して草野球
ばかりやってたから、「お兄ちゃんを見習いなさい」っていつも
怒られてた。お仕置きもされてた。
 でも、それって逃げ出せたらそれもできたわけで、長男の僕に
はその隙は与えてくれなかったんだ。

 弟がなにかと問題を起こしてお母さんの折檻を受けるのは日常
茶飯事だったけど、終わると屈託のない笑顔でお互い抱き合った
り、転げまわったりしている。

 その点、僕は問題をあまり起こさないからお仕置きされること
も少ないけどお母さんの屈託のない笑顔をあまり見たことがない。
変顔しあってお互い転げまわって笑いこけたりはしないんだ。

 「あんた、そんな馬鹿騒ぎなんて望まなかったじゃない」
 とは、お母さんの言い分なんだけど、僕からすると、そういう
こと望んでもやってくれなかったような気がするんだよ。だから、
始めからそんなこと望まなかったって……

 もちろん、お母さんは僕を優しく何度でも抱きしめてくれたよ。
幼い頃、苛めっ子がちょっとでも僕にちょっかいだそうものなら、
鬼のような形相で追っ払ってもくれたんだけど、僕にはその追っ
払われた苛めっ子を泣きながら追いかける幼い女の子の姿が忘れ
られないんだ。
 その子にとってはことの是非より、人間として苛めっ子は魅力
ある人物だったはずなんだもん。

 「あなたは何も問題を起こさないんだもの、お仕置きなんて、
必要ないでしょう」
 と、よく母に言われた。でも、これって褒め言葉なんだろうか。
一歩外へ踏み出す勇気がないだけなんじゃないか?
 そんな疑問がわいた時、お仕置きに不思議な憧れを抱くように
なったんだ。

 愛情って、生の気持をぶつけ合って生まれるもんだと思うんだ。
 子供が悪さしたら大人は怒るよね。そしてそれをやめさせよう
としてお仕置きするよね。それは教育とかじゃなくて人間として
の生の気持だよね。

 僕は人間関係で大事なことは美辞麗句や理屈よりその生の気持
だと思うんだよ。だから、所詮は他人でしかない教育評論家と称
する人たちが、物知り顔で、お為ごかしに、お仕置きのことを、
『あんなものは百害あって一利なし』みたいに否定する姿を見て
いるとね、どうにも違和感を禁じえないんだ。

*************************

10/18 昔、長男として生まれると……

10/18 昔、長男として生まれると……

 僕は長男として生まれた。
 今の人にしてみると、それって『一番最初に生まれた男の子』
という意味でしかないんだろうけど、僕が生まれた昭和30年代
にあっては、それは特別な意味を持ってたんだ。

 僕が生まれたのは戦後だから、制度としての『家』は、すでに
なくなってたんだけど、人々の意識の中には、『家を守る』とか
『家を継ぐ』なんて気持がまだまだ強く残っていて、家の後継者
の第一番目の候補者が、この長男なんだ。
 
 つまり、時代劇で言えば、『お世継ぎ』ってことになるのかな。
 当然、大事にされた。され過ぎたというべきかもしれない。

 僕の田舎は特に封建思想の根強い地域だから、その辺が極端で、
産着に始まって、玩具、ランドセル、学習机、おやつに至るまで
次男以下とは生活のすべてで差がついていたんだ。

 おかげで、弟はいつもブーブー言ってたんだけど、お母さんは
きかなかった。長男と次男で差をつけるのは当たり前の事だって
彼女は信じてたみたいなんだ。

 こんな事書いてると「わあ~~長男って得じゃん」なんて思う
かもしれないけど、ところがどっこい、そうでもないんだ。

 例えば、お入学の時に買ってもらう学習机。僕としては近所の
子と同じキャラクターものが欲しかったんだけど……
 「いけません、あんなちゃらちゃらしたもの」
 と言われて、届いたのは……大人たちがよく書斎に置いている
木製デスク。そりゃあキャラクターものより値段は高いかもしれ
ないけど、子どもにしてみたら、そういう問題ではないからね。

 もちろん、机だけじゃないよ。椅子もベッドも本棚も、部屋に
あるものすべてが大人仕様なの。ランドセルがなければ子供部屋
ってわかんないよ、きっと……

 そうそう、筆箱も大人がよく持ち歩いていた重厚な皮製のペン
ケース。
 その後泣いて頼んで、像が乗っても壊れない筆入れもいちおう
買ってはもらったんだけど、学校へ持って行くのはやっぱりNG
だったんだ。

 僕としては、すべてキャラクターもので揃えてもらってた弟の
方がよほど羨ましかったよ。

 長男というのは家の看板だからね。世間様に恥ずかしい格好は
見せられないという思いが強くあったみたいなんだ。

 これって何も物だけじゃないよ。学業だってそれなりの実績が
求められるのは長男だけで、次男以下には『成績はよいにこした
事がない』程度。出来なくてもあきらめてくれるからこっちの方
が楽なんだ。

 お母さんは、あきめることが許されない長男の僕に対しては、
つきっきりで勉強を教えてたもん。当然、『成績が悪い!』って
叱られるのもたいてい長男(僕)なんだ。

 『弟より勉強時間は長いし、習い事も多いし、長男なんて何の
得があるんだろう?損ばっかりじゃないか』
 って思ってたよ。

 ただ、色々かまってもらえる分、お母さんとの距離が他の兄弟
より近かったのも事実で、長男には…甘えん坊で、依頼心が強く、
楽天的、普段は、ぼ~~っとしているなんて特徴があった。

 こんな子だからね、お母さんが、「お仕置きします!」なんて
角を出しても、じたばたしないで、自分からパンツを脱いじゃう
ようなところがあって、昔から『長男の甚六』なんて呼ばれてる
けど、あれって、あながち間違いじゃない気がするんだ。

********************

10/17 ハッピースクールライフ(とりとめのない話)

10/17 ハッピースクールライフ(とりとめのない話)

 こう言っては何だが、僕の学校生活はこれといった問題が何も
持ち上がらなかった。
 もちろん、それって本人が単に鈍感なだけとも言えるが……

 先生は優しかったし、友達から虐められたという記憶もない。
お仕置きについては今よりおおらかだったから廊下に立たされる
なんてのまではあったが、僕が小説に書くような過激な事は何も
なくて、毎日のように行われていた体罰も、生徒と先生がじゃれ
あってるような感じのものが多かった。

 僕がもらった一番厳しいお仕置きは、社会の先生に分厚い本を
三冊も渡されて「これ明日までに読んでこい。テストするから」
って言われたこと。

 とにかく目一杯のスピードで読み飛ばし、知識としてはろくに
頭に入っていないはずだったが、僅かな情報の繋ぎ合わせで答え
を書くと、先生は喜んでくれた。

 これが何を意味するのか、その時は分からなかったが、通知表
を開いて驚いた。こりゃダメだなと思っていた数字が社会の欄に
ポンと押してあったのである。

 あとで、そのことを先生に尋ねると……
 「通知表の評価は総合的に判断してつけるから、期末の結果は
気にしなくていいよ。第一、お前、それでなきゃ困るだろうよ」
 と、おでこを当てて顔を覗き込まれた。

 実はこの先生、授業がいつもモタモタしていたものだから僕が
思わず、「先生は僕より知識があるの?」と言ってしまった人で、
それ以来、僕はこの先生の助手みたいにこき使われてて、『口は
災いの元だなあ』と常々自戒していた。しかもこの先生ときたら、
事あるごとに難しそうな本を僕に手渡しては、これを読め、あれ
を読め、誰々先生の講演会を聞いて来いなんてあったから、この
時もさして不思議な感じはしなかったんだよ。

 ま、これは特殊な例にしても、クラスを見渡しても、どの子も
先生と対立関係にあるという子はおらず、先生は第二の保護者。
内申書の記述なんて、どれもべた褒めしているものばかりだから、
そういう意味で高校入試の評価の対象にならないと言われたほど
だった。

 僕の小説に登場する生徒へのお仕置きは極端に厳しくて、実際
にはありえないことだけど、それだって、生徒と教師の信頼関係
が大前提でこのくらいまでなら出来るかな?と思いながら書いて
いるんだ。
 お仕置きとしての限界を意識しつつ、目一杯空想の翼を広げて
描いたのが、僕の小説ってことになるじゃないかな……と、自分
では思っているんだけどね。

*************************

St.Mary学園の憂鬱~番外編~

            St.Mary学園の憂鬱
                 ~番外編~

       <<夏休み地獄編>>④

<初めてのお浣腸>

 しばらくして、三人の前に白衣を着た髪の長い女性が現れた。
目鼻立ちのはっきりした顔立ちでスレンダーな体形をしている。
恐らく学校一の美女なんだろうが、ここには美しくなる事を諦め
た中高年の先生と何が美しいのかさえ分からないガキしかいない
のが残念なところで、A3の3人も今は自分の事で手一杯、とて
も美人を鑑賞する余裕などなかった。

 「私が、この学校の医務担当教諭、桜井里美です。よろしく」

 彼女はそう言うと右手に持った乗馬鞭を胸の前で振って左手で
受ける。
 医務担当の先生と乗馬鞭なんておかしな取り合わせだが、勿論、
これには理由があった。

 「医務担当といっても、あなた方が風邪をひいたり怪我をした
りした時だけお世話するわけじゃないの。……あなた方の場合は
すでに、『不良少女』という病気にかかっているので、ここでは
私の完全看護が必要となるわ。……私の言ってる意味、わかるで
しょう」

 「…………」
 三人は小さく頷いたが……

 「あらあら、ワンちゃんじゃないんだから、ご返事がうなづく
だけってのは困ったものね」

 彼女はそう言うともまず最初に千穂の処へやってきて……
 「合沢さん。スカートの裾を持って胸の上まで持ち上げてごら
んなさい」

 「えっ……」
 千恵は言葉に詰まった。そして、恐る恐る回りを見回した始め
たのだが、そのキョロキョロした視線を遮るように桜井先生の顔
が迫る。

 「どうしたの?東京の学校じゃあ、初対面の先生の言いつけは
無視していいって習ったの?」

 「……いいえ……」
 千恵は仕方なく、スカートの裾を上げ始める。
 もちろん、嫌だったが、仕方がなかった。St.Maryでは先生や
目上の人の言いつけは絶対だったのである。

 そして白いショーツが現れると、そのお尻めがけて持っていた
乗馬鞭を一閃。

 「痛い!」
 思わず、叫んだが……

 「あなた、日本語を知らないわね。こんな場合は『痛い』じゃ
なくて、『ごめんなさい』でしょう。……それと、私がさっき、
『わかるでしょう』って尋ねたんだから、『はい』ってお答えが
欲しいわね。

 「あっ……はい」
 千恵は慌てて答えた。

 「いちいち説明してあげてもいいけど、そんなことしなくても、
ご存知よね?こんな事はあなたたちの学校でも散々話題になって
るでしょうから……あなた、ここの医務担当がどんなお仕事か、
知ってるでしょう?」

 「はい、先生」

 「よろしい、それでこそSt.Maryの生徒よ」

 桜井先生は今度は幸恵の処へやってくる。

 「…では、佐竹さん。あなたも同じよ。先生の質問にうなづく
だけというご返事はSt.Maryにはないはずよね」

 「はい、先生」
 幸恵は自らスカートを持ち上げる。

 そして……
 「ピシッ」

 腰が引けるほど痛かったが、ショーツの上からでもありどこの
St.Maryでもごく普通にやるお仕置きだった。

 すると、ここで千穂がスカートを下ろし始めるので……
 「合沢さん、こんな時はお友だちが全部終わるまでスカートは
下ろさない約束じゃなかったしら」

 こう言われて千恵は慌ててスカートを上げなおす。

 「St.Maryの生徒なら、そんなことは小学生でも知ってる事よ。
お仕置きの作法も忘れてしまうなんて……ここは、しっかり鍛え
直さなきゃならないみたいね」

 そう言って、今度は静香の処へと映る。

 「ピシッ」
 もちろん、やることは同じだった。

 桜井先生は、そうやって自らスカートを捲りあげた三人の少女
たちの真ん中に立ってその姿を確認すると、やっと、スカートを
下ろしてよいという許可を出す。

 女子校というと何だかほんわかムードのイメージだが、男より
細かなところに気づくぶん規則は細かいし、お嬢様の多い学校で
は、精神的に自由な子が多い為、上下関係をはっきりさせないと
秩序が保てない場合が多く、徹底した階級社会。とにかく融通の
きかないことでは男子校以上というところが多かった。

 「あえて、ぐだぐだ説明はしませんけど、私が『鬼の番人』よ。
あなたたち、学校では私の事そう呼んでしょう」
 桜井先生が不気味な笑みを浮かべる。

 「…………」
 一方の三人はお互いに青くなった顔を見合わせる。実際、彼女
の仕事にはそんな呼び名がついていた。

 「……いいわよ、それはそれで間違ってないから。要するに、
私は単なる保健の先生ではなくて、あなたたちのお仕置き係でも
あるの。医務担当がお仕置き係だと生徒たちの健康を損なわずに
お仕置きができるでしょう。だからそうなってるの。わかった?」

 「はい、先生」
 今度は三人から声が出た。

 「いいご返事だわ。……私が担当するのは主にお浣腸。朝は、
起床後すぐにここへ来てお浣腸してあげますからね。あなた達は、
石けん水500㏄を20分間我慢するの。最初はちょっと大変に
思うかもしれないけど慣れればどうってことないわ」

 「…………」

 「どうしたの?みんな怖い顔して……大丈夫よ。あなたたち、
もう中学生になって身体も大きいんだし、20分ぐらいなら我慢
できるわ。以前の子たちもそうやってきたんですもの。あなた達
だけできないってことはないでしょう。だいいち、そのくらいは
頑張らなくちゃ、お仕置きにならないじゃないの」

 すると、ここで静香が恐る恐る口を開く。
 「もし、失敗したら、新たにお仕置きがあるんですか?」

 「誰がみてもわざとって感じでなければ、それはないけど……
自分のベッドの上で四つん這いになって我慢することになるから、
シーツが汚れるでしょう。それは自分で洗うことになるわ。ほら、
あなたたちのベッドの上に陶器製の花瓶みたいなものが固定され
てるでしょう。そこに石けん水を入れるの」

 「…………」
 三人は後ろを振り返り、そしてその容器を確認すると、あらた
めて自らの身の不運に落胆することになる。

 「あと、これは……良い子にしていれば関係ないことだけど、
先生方の不評をかうと、罰浣(ばっかん)と言って、グリセリンの
お浣腸をしなくちゃいけない事があるの。その時も私がお手伝い
することになるわ」

 「グリセリンって、あの……お腹が渋る……あのお薬ですか?」
 幸恵が心配そうに尋ねると……

 「そうよ、あなた、やってもらったことがあるのね。とっても
気持悪かったでしょう。そうならないように、頑張ることね」

 「他にどんな罰があるんですか?」

 「ここでのお仕置きかしら?」

 「そうです」

 「私はあまりそうした事には関わらないけど……脇見したり、
授業に集中してないと、助教師の先生から蜀台の蝋を手の甲に垂
らされたり、居眠りなんかしてると椅子に冷たい鉄板を敷かれて、
その上に剥出しのお尻を乗せて勉強しなければならなくなったり
もするけど……一生懸命にやっていれば鞭をもらう事はないわ。
だって、先生だって、あなたたちがどんなに出来の悪い生徒かは
ようくご存知なんですもの。無理な事はおっしゃらないはずよ。
ただ……」

 「ただ?」

 「聖書の時間というのがあるけど、これは贖罪のための時間の
ことなの。ここでは、あなたたちが自分たちの学校でやらかして
しまった罪を償わなければならないわ」

 「要するに、それってお仕置きの時間ってことですよね」
 静香が尋ねると……

 「ええ、そうよ。朝のお浣腸とこの聖書の時間がAをもらった
あなたたちが受けなければならない特別なレッスンなの」
 桜井先生は諭すように子供達に宣言した。

 「お尻ぶたれるんですか」
 幸恵が心配そうに尋ねても……

 「そうよ、かわいそうだけど、仕方がないわね。あなたたちは
それだけの罪を犯したんですもの。昔の世界に戻るためには一度
試練を受ける以外に道はないわ」

 「パンツ脱ぐんですよね」
 と、千穂。

 「そうよ、ここでは鞭をいただく時はたいてい裸のお尻なの。
でも、いいでしょう。まわりは女の子ばかりだもの。恥ずかしく
ないはずよ」

 「そんなあ~~」
 幸恵は甘えた声になった。

 「聖書の時間は、先生から指示された聖書の言葉を綺麗に清書
して先生の処へ持って行くのがお仕事なの。もし合格だったら、
お尻に鞭を三つ下さるわ」

 「合格したのに鞭なんですか?」
 千穂が思わず甲高い声を上げる。

 「仕方がないでしょう。お仕置きなんだから。お仕置きに鞭は
つきものよ。だいたいそれを八回繰り返したら、その日は部屋を
出られるけど、もし、汚い字だったり書き間違いなんかがあると、
やり直しさせられるわ。もし、そうなったら鞭の数も増えるから
覚悟してね」

 「どのくらい?」
 「そうねえ……6回か、9回か、12回。その時の先生の気分
しだいよ」

 「えっ、そんなに……」
 幸恵は泣きそうな顔になったが……

 「大丈夫よ、この鞭はそんなに痛くはしないから……それに、
Bの子は部屋に入らないから、見られるのは同じ罰を受けてるA
の子だけ。同じ立場の子だけだもの、恥ずかしくなんてないわ」

 桜井先生はそう言って励ましてくれたが、幸恵にはため息しか
でてこなかった。

 「さてと……では、慣れておいた方がいいでしょうから、一度
ここでやってみましょう」

 こう言われて、三人が思ったことはみんな同じことだった。

 『やってみましょうって何をよ。まさか、ここでお浣腸?』
 三人の背筋が一瞬にして凍る。
 でも、現実はその通りだったのである。

 「有村さん、手が空いたらこちらへ回って……」

 桜井先生は廊下で一声かけると、部屋に戻ってベッド脇の壁に
備え付けになっている陶器製の容器にゴムの管を装着し始める。

 「これから何を……」
 千穂が勇気を振り絞って尋ねると……

 「何をって、お浣腸よ。朝のお浣腸を今ここで体験してもらう
の。だって、いきなり寝起きにやったら混乱するでしょう」

 「もう、やるんですか?」
  静香も恐々尋ねる。

 「もうって、何?あなたたちここへはピクニックで来たつもり
でいたの?」

 「…………」

 「……分からなかったら教えてあげるけど、あなた達はここへ
お仕置きを受けに来たのよ。…だったら、お浣腸なんていつでも
いいじゃない。どのみち、ここに来たら何回となくやられること
だもの。慣れとくにこしたことはないわ」

 そんなやりとりをしているうちにも看護婦の有村さんが大きな
ワゴンを押しながら部屋の中に入ってくる。
 「さあ、ここが最後の部屋ね。ここの子たちは、お利口さんに
してられるかしらね。騒いでてこずらせると、後で痛~~いお鞭
だし、粗相すると恥ずかしいですかしらね。覚悟を決めて頑張り
なさいね」

 彼女が押していたワゴンには、石鹸液の入った大きなポットや
紙オムツ、大判タオル、救急箱などこの場で直接必要な物のほか、
ガラス製のピストン式浣腸器やグリセリンの入ったガラス壜まで
もが積み込まれていたのである。

 「さあ、千穂ちゃんから始めましょうね」

 桜井先生がその手を掴もうとすると、千穂は一瞬反射的に体を
よじった。が、抵抗出来たのはそれだけだった。
 他のスチュエーションでなら、絶対にこんなことにはならない
かもしれない。けれど、幼い少女には、この時それ以上の抵抗は
できなかったのである。

 千恵はベッドで四つん這いにされスカートが捲り上げられる。
ただ、無理やり力ずくでそうさせられたというのではない。
 桜井先生はただ号令をかけるだけでよかった。

 「四つん這いになりなさい」
 「スカートをあげて……汚れるからもっと思いっきり跳ね上げ
るの」

 と、ここで、桜井先生は千恵の様子を心配そうに覗き込むお友
だちの存在に気づく。
 「ほら、ほら、あなたたちもよ。自分のベッドで四つん這いに
なるの。あなたたちだって人のことを見物できる立場じゃないの
よ」

 こうして追い払われた幸恵と静香も抵抗らしい抵抗はしない。
自ら進んでベッドに上がると、やはり同じようにスカートに手を
かける。

 「明日の朝からはパジャマ姿だからいいけど、今日のところは
スカートが落ちてくるといけないから自分で持って支えなさいね」

 桜井先生の言葉は千恵には残酷に響いた。これが必死になって
抵抗したあげく何もできなくてこうなったのなら諦められるのに、
こうやって自分のスカートを自分で持ってなきゃならないなんて、
これではまるで自分もこのパーティーに参加しているようで辛か
ったのである。

 「!」
 しかし、そんな乙女の感傷に付き合ってくれるほど大人たちは
暇ではない。
 千恵のショーツが太股へ引き下ろされたかと思うと……

 「!」
 可愛いお尻が二つに割られ……

 「!」
 カテーテルの先がお尻の穴へと挿入される。そこには逆流防止
の為の栓がついていて、まるで固いウンチがお腹の中へと戻って
いくようだ。

 『何よこれ、いやだなあ、この感じ……』
 そんな事を思っていると……

 「!」
 あっという間に千恵の直腸には石けん水の大波が……

 「あっ……いや……嫌……」
 千恵は、思わず声を上げお尻をよじったが、この期に及んでは
すでにどうしようもない。

 「いやあ~~~止めてえ~~~」
 涙声で訴える千恵を、大人たちは……

 「500㏄入ったら、それ以上は入らないから我慢しなさい」

 「出ちゃう、出ちゃう、出ちゃう」
 哀れな声で叫んでも……

 「だから大丈夫だって、栓を抜かない限り、こぼれやしないわ」

 彼女達はすでに隣りのベッドで幸恵を介抱しており、そこから
千恵に声をかけてきた。


 三人に500㏄ずつ平等に石鹸液が行き渡ると、カーテルという
赤い尾っぽを付けた三匹の猿が並んでるように見えて、傍からは
とてもユーモラスだが、もちろん、三人に自分たちがどのように
見られているかなど、かまっている余裕はなかった。

 「うううううううううう」
 「いいいいいいいいいい」
 「ああああああああああ」

 三人それぞれに唸り方に差はあるものの、思いは一緒。
 『こんなところで絶対にウンチはできない』
 その一念で必死に耐え、脂汗を滝のように流し、全身を細かく
震えさせていたのである。

 「みなさん、頑張ってるみたいだけど、そんなに力をいれなく
ても大丈夫よ。今日の場合、あなた方のお尻の穴にはしっかりと
した栓がねじ込んでありますからね。たとえ、気を緩めたとして
もベッドを汚すことにはならないわ」

 三人とも、桜井先生の言葉が聞き取れなかったわけではない。
理解は出来ていた。
 しかし、だからと言ってトイレットトレーニング以来の習慣を
今ここでおいそれと変更できるなんて子は誰もいなかった。時折
襲う強烈な便意には、やはり必死になって肛門を閉じてしまう。
まるで熱病患者のように、全身を細かく震わせ、滝のような脂汗
を流しながら、全員その時が来るまで必死に耐えたのである。


 目の前に置かれた大きな砂時計の砂がなくなり、約束の時間に
なると、三人はベッドから下ろされ、オマルに跨がされて、そこ
で初めてお尻の栓を抜いてもらう。

 「********」
 それが抜かれた瞬間、出てくるのはほとんど水のようなウンチ。
お腹へ入れた500㏄がそっくりそのまま、そこへ戻される格好だ
った。

 「さあ、オマルに全部出しておきなさい。後でお漏らしなんて
恥ずかしいわよ。…………いいかしらね、終わったらテッシュを
使ってから、もう一度ベッドへ戻るの。オムツを当ててあげます
からね」

 桜井先生の声に、三人はベッドへ仰向けになり、女の子の最も
恥ずかしい場所を蒸しタオルとベビーパウダーでいじられながら
オムツを穿かされたのだが、それに抵抗する子は誰もいなかった。
 正確にはさっきのお浣腸で抵抗する気力を奪われていたという
べきかもしれない。

 「あなた方が明日から身につける下半身の下着は、そのオムツ
だけです。それは一度脱ぐと二度と元のようにはなりませんから、
注意してくださいね。それから、Aの子たちは一般のおトイレを
使用できません。おトイレに用のある時はすべて保健室へ行って、
そこのオマルに跨ってもらいます」

 「……お、終わったらどうするんですか?」
 幸恵が小さな声で尋ねると……

 「終わったら、私か有村さん、シスターなんかもいますから、
また今みたいにキレイ、キレイしてから、別のオムツを穿かせて
あげますよ。……どう、楽チンでしょう。あなたたちみたいに、
頭の程度が小学生レベルの子供たちは、オシモも赤ちゃん扱いで、
ちょうど釣り合いが取れてるんじゃなくて………」

 桜井先生の強烈な嫌味に三人は声がなかった。


*****************<4>******

St.Mary学園の憂鬱~番外編~

        St.Mary学園の憂鬱
                 ~番外編~

       <<夏休み地獄編>>③

<初めての寄宿舎>

 千穂は一旦車に戻ると、そのまま校門脇の駐車場へ。
 そこは今回この合宿に参加する百名以上の生徒と父兄でごった
がえしていた。

 『みんな楽しそうね』
 千穂は羨ましそうにそれを眺める。

 ここにいる子はみんなこれからお仕置きされに行くようなもの
だから楽しかろうはずはないが、他の子はこの校門をくぐる間際
までこうして身内が付き添ってくれるのだ。
 これは自分とは大きな違いだった。

 お爺さんの死後、未成年の彼女にも後見人はついていたのだが、
その人達はこんな処へ来る人たちではなかった。

 『あっ、佐竹さん』

 佐竹幸恵は、裏金融のドンである啓一お爺ちゃんが、ひときわ
でかいリムジンで乗り付けていて、その中へ引き入れている。

 「こなくて……いいのに」
 幸恵はおじいちゃまのだっこの中で甘えていた。

 「私を恨んでいるかい?こんな処へ入れて……」
 おじいちゃまに言われて幸恵は首を振る。
 「怖がらなくていいんだよ。お仕置きなんて、ほんのちょっと
で、すむからね。頑張ったご褒美は何がいい。何でもいいぞ…」
 おじいちゃまはやさしく孫娘を撫でた。
 老人にすれば可愛くて仕方がないといった感じだったし、幸恵
もここでは幼い子供に戻っている。

 『あっ、南条さん』

 軍用ジープの側にはサングラスを掛けた中年女性と静香がいた。

 「来ないって言ったじゃないか」
 「ごめん、時間が空いちゃったの。……下着持ってきたわ」
 「ここは、支給される下着以外着用できないの知ってるだろう」
 「大丈夫、ベッドのマットレスに挟んでおけばいいわ。何かの
時に役立つはずよ。この辺、夜は冷えるから……」
 「余計なことだけど、貰っとくよ」

 千恵にはこんな会話をする相手がいなかった。
 しかし、この門をくぐれば三人の立場が一緒になる。
 それだけが彼女には救いだったのである。

 千恵が小石を蹴りながら校門で待っていると、静香がお母さん
に肩を抱かれてやってくる。
 でも、千恵に気づくと、すぐに笑顔になって駆け出した。

 「チャオ。待っててくれたの?」
 静香の明るい言葉の後ろ10m位の処に、サングラスを外した
静香のおかあさんの姿があった。

 一方、幸恵はお爺様がその小柄な両肩を抱きながらやってくる。
大柄なお爺様に小柄な幸恵の身体がすっぽり収まっていて、正面
から以外、幸恵の顔が見えない。

 そんな彼女も二人を見かけると……
 「こんにちわ」
 と挨拶した。

 「幸恵、お友だちかね?」
 お爺様の声に……
 「ええ、さっきお知り合いになったクラスメートの方たちです」

 「そう、孫をよろしくお願いしますよ。何ぶん気が小さいので
ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、ご親切には、
それなりに報いますので、どうかよろしくお願いします」

 老紳士はこれがマフィアのボスかと思うほど丁寧な物言いで、
中学生二人に挨拶したのだった。

 ところが、その瞬間……
 肝心の幸恵が、校門を背に脱兎のごとく逃げ出したのである。

 あっけに取られる二人。
 でも、啓一氏は落ち着いたものだった。

 「運動会にはまだ早いのに、困ったものです。でも、大丈夫。
すぐに戻りますよ」

 啓一氏の言葉通り。幸恵がその場へ戻るのに3分とは掛からな
かった。
 ただし、今度は……

 「馬鹿やろう、こんなの恥ずかしいだろう。下ろせ、下ろせよ」

 黒づくめのスーツに身を包んだ男性が、手足をバタバタつかせ
ている幸恵を肩に乗せて運んで来る。それはまるで荷物のようだ。

 「いやあ、だめえ~~ごめんなさい」

 幸恵の大音響がご近所に流れる中、その荷物は床几(しょうぎ)
に腰を下ろした啓一氏の膝の上へ……

 「だめえ~~~もうしないから、ごめんなさい」

 啓一氏は何も言わず、荷解きとばかりに幸恵のスカートをまく
りあげて、そのお尻をぴしゃりぴしゃりと五つ六つほど叩いた。

 そして、その荷物を再び抱き上げると、校門の中へと運び……
穏やかに立たせて捨てたのだった。

 「べえ~~~」

 幸恵はお爺様にアカンべーをすると、今度は学校の中へと走り
去ったのである。

 『あの子、幼児か!?』
 二人は、思わずこぼれ出そうな笑いをこらえつつそう思うのだ
った。


 入園式は百人の生徒が一同に会せる礼拝堂で行われた。
 A3クラスの住人は、その中でもたった3人きり。この少し前、
衣裳部屋でピンクのブラウスに紫のプリーツスカートを渡されて
それに着替えたところだった。

 他の子が学校の制服でよかったのに対し、A3クラスの子だけ
はこの格好で通さなければならないのは慣例だからだが、落第生
中の落第生に対する見せしめという意味もあったに違いない。

 「ねえ、この色の取り合わせ、おかしいわよね。デザイナーの
センスがないんだわ」

 幸恵は両脇の二人に同意を求める。彼女はいつの間にか、三人
の真ん中に座って、今はしきりに与えられた服の品定めをしてい
たが、そのうち、「A3の子、うるさいわよ」という声で黙って
しまう。

 演壇に立ったのは、理事長先生。札幌から鹿児島まで、全国に
12箇所もあるSt.Mary学園の統括責任者だ。

 「みなさんは色んな事情からここへいらっしゃったと思います。
中には中間期末のテストの時にたまたま体調が悪かっただけ、と、
嘆いている方もいるかもしれません。でも、それは言い訳です。
決められた日時に体調を整えるのもあなた方り責任だからです。
でも、大丈夫ですよ。次回からは、そんな愚痴が出ないように、
ここでは日々の日課もしっかり管理しますから。………………」

 演説しているのは御歳80歳の学園の大長老。ブロンドの髪に
高い鼻、青い瞳はどこから見ても西洋人だが、アメリカから日本
に来て長いせいか日本人以上に流暢な日本語で話している。
 とはいえジェネレーションのギャップは大きく、生まれてまだ
14、5年しかたたない子供たちと話題が合うはずもなかった。
 子どもたちにしてみれば、それが義務だから仕方なく、欠伸を
押し殺しながらも、その演説を聴いていたのである。

 ところが……
 そんなことに頓着のない幸恵だけは前のテーブルにほっぺたを
押し付けると、すやすやと昼寝を始めたのだ。

 「ちょっと、やめなさいよ」
 「幸恵、叱られるわよ」
 「だって、眠いもん」
 両サイドの二人が心配して、起こそうとするが、彼女は一向に
意に介さない。

 すると、たちまちシスターがやって来て……
 幸恵を無言で連れて行く。
 二人はてっきりお尻を鞭で叩かれるものだと思っていたが……

 大幹部が演説しているさなか、それを邪魔するような音はたて
られない。そこで、彼らが取った方法が……

 「ショーツを脱ぎなさい」
 小さな声だがそこはまだ中学生。大柄なシスターに上から目線
ですごまれると抵抗できなかった。そこで幸恵がその指示に従う
と……

 「これに座って。スカートを持ち上げてお尻をじかに乗せるの」
 厚い鉄板が敷かれた座板の上に、ショーツを脱いだ剥き出しの
お尻が当たるから幸恵は顔をしかめる。

 「どう?冷たいでしょう。目が覚めたかしら?…………何なら、
先生のお話が終わった後に、熱~~い鞭でもう一度お尻を暖めて
あげてもいいのよ」
 シスターの意地悪な言葉に幸恵はただ下を向いてしまう。

 「……あなたたちは怠惰という罪を犯しました。でも、恐れる
ことはありません。罪は清算すればよいのです。電車に乗るのと
同じです。目的地までの切符を買わなかったあなたたちは、その
ままでは駅を出ることができません。でも、そこで精算すれば、
出られるでしょう。その先に罪はありません。ここも同じです。
駅に精算所があるようにここは学校の精算所なのです。どうか、
二学期はまた晴れがましい気持でみなさんの学校の門をくぐって
ください。健闘をお祈りします」

 理事長先生のお話が終わると、幸恵は千穂や静香のもとへ返さ
れた。幸い、鞭のお仕置きはなく、どうなることかと思っていた
二人はほっと胸をなでおろしたのだが……
 当の幸恵はというと、ほんの一瞬だが、意地悪なシスターたち
を下から睨みつけて、どこか不満そうな顔を見せたのである。

 「馬鹿ねえ、何であんな時に机に顔をつけて寝るのよ。どうな
っても知らないわよ」
 千穂が言えば……
 「いい度胸してるわ。それって、天然?学校でもいつもそんな
なの?」
 静香も驚きを隠せない。

 しかし、幸恵はというと……
 「まったく、度胸がないんだから……」
 視線をさっきのシスターたちに向けてつぶやく。

 二人には『度胸がない』って誰の度胸の事だか、まるで意味が
わからなかったのである。

************************

 三人は、ほかの大勢の子供たちと共に教科書やノートといった
勉強道具だけが入ったかばんを持ってこれから寝泊りする寄宿舎
へ向った。

 部屋はグループごとに分かれており、素行には問題のないB1
やB2といった大勢のグループを収容する大部屋もあれば、素行
にも成績にも問題のあるA2やA3といった少人数の為の小部屋
もあった。

 ちなみに、今回、A2で来た子は四人、A3で来た子は千穂、
幸恵、静香の三人だけである。
 当然、彼らには大きな部屋は割り当てられず、奥の四人部屋が
割り振られていた。

 「わあ、快適じゃない。私、ベッドはもっと狭いのかと思って
たけど、これなら私でも大の字で寝られるわ」
 千穂がさっそく白いシーツのベッドにダイブする。

 部屋にはこの他、自習用の机と本棚、それに絹地の笠を被った
昔ながらの白熱灯スタンドが備え付けられていたが、あとは何も
ない部屋だったのである。

 ふと見ると、そんな娘たちの部屋の入口に、短髪で恰幅の良い
ジャージ姿の中年オヤジが立っているから、静香が思わず……
 「あんた、誰?」
 と言ってしまう。

 「誰って、何だ。お前こそ誰だ?……人にものを尋ねる時は、
まず、自分から名乗るもんでしょうが……大阪のSt.Meryでは、
そういう事も教わらなかったのかい。失礼だよ。南条静香さん」

 「えっ、私、知ってるんですか?」

 「頭の格好見りゃわかるよ。今回は、東京、名古屋、大阪から
一人ずつ来るって聞いてたからね。見たところ、モヒカンはお前
さんだけじゃないか。昔から、素行の悪い生徒にお仕置きとして
強いる髪型は各学校で決まってるんだ。……お前さん処の大阪が
モヒカン。東京は丸刈り。名古屋がワカメちゃんカット。………
だから、誰が誰だか、ここに来たら一目でわかったよ。私は若林
輝子。ここの責任者。断っとくが、私は男じゃないよ」

 こう言われて三人が緊張しないはずがなかった。まるでヤクザ
のチンピラみたいなのが舎監だなんていうんだから『これって、
冗談か?』とさえ思ったほどだったのである。

 「今日は全部で101人来てるけど、そのうちBクラスの子が
81人。この子たちは主にお勉強できている良い子ちゃんだから
問題はないが、問題はAグループ。つまりお前たちだ。お前達の
場合は素行に問題のある生徒としてここに送り込まれているわけ
で、ここではお勉強だけでなく、その清算もしなきゃいけない。
ましてや、お前達みたいに3教科とも赤点だなんで言ったら一日
がどれほど大変だか、わかるよな」

 「はい、覚悟はしてきました」
 静香が言うと……

 「それは結構だ。とにかく泣いても騒いでも、こちらが定めた
ノルマをこなすまではここから出られないから。いちおう3週間
って学校では教えられたと思うけど、それはあくまで、すべてが
うまくいった場合のことで、それで出られるのは大半がBの子だ。
Aの子は4週間から5週間が当たり前で、夏休み終了ぎりぎり迄
ここにいた子も珍しくないから、そのへんは覚悟はしとくんだな」

 「…………」
 三人はヤクザ先生にすごまれて声もでなかった。

 「何だ、急にしゅんとしちゃったな。今年のA3は意外に純情
じゃないか」
 若林先生はにこやかに笑うと……
 「いいか、ここにAで来るってことは、お前達がそれだけ学校
に迷惑をかけたってことだから、その罪は償わなきゃいけない。
……でも、従順に罰を受ければ試練はそんなに長くはかからない。
要は、自分の我を捨ててマリア様や先生に身も心も委ねられるか
どうかってこと。それができた子から卒業だ」

 「…………」
 三人は青ざめた顔のまま一言も言葉がでなかった。

 「何だか、お通夜みたいになっちゃったな。ここには色んなの
が来るから、こちらも最初から甘い顔はできないけど、お前たちが、
誠心誠意ここで頑張るなら三週間はあっと言う間だよ」

 「…………」
 三人は小さく頷いた。

 すると、若林先生が廊下に向って叫ぶ。
 「桜井先生、終わったら、こちらもお願いします」

****************<3>*******

St.Mary学園の憂鬱~番外編~

           St.Mary学園の憂鬱
                 ~番外編~

         <<夏休み地獄編>>②

<クラスメート>

 山間を縫うように走る黒塗りの高級車。
 それが、見晴らしのいい丘の上に差し掛かった時、急停止する。

 「またでございますか?」
「またって何よ、今日はこれが初めてよ」
 「もう、学校まで五分とかかりません。そこでなさったら……」
 老人の声を背に車を降りる少女。

 白いブラウスに紺のプリーツスカート。背伸びをするその顔は
けっこう可愛らしい。でも、なぜか頭は丸刈りだった。

 「あっ、お嬢様」
 老人が後を追って車を降りるが、その時は少女はすでに緑の坂
を駆け下りていた。

 「やれやれ」
 老人をため息をつくが、追いかけるようなことはしなかった。

 少女は丘を駆け下りると茂みの中へ突進。
 背の高い草の陰でしゃがむと……

 「********」

 ティシュをその場に捨てる。

 「やっぱりウンコは外でなきゃ……」
 およそ女の子らしくない事を言ったあと、遠くを見つめる。
 「誰よ、あれ?……私以外に、野ぐそ?……まさかね」

 少女は腰を上げた。


 一方、こちらはそんな野生児のような少女に見られているとも
知らず一心不乱にマーガレットで花占いをしている少女。
 同じようにしゃがんでいても、やってることはまるで違うのだ。

 「……やる……やらない……やる……やらない……やる………
やらない……やる……やらない……やる……やらない……やる」

 とうとう花びらが残り五枚となって、『やる』という花びらを
引く。この先、四枚目がやらない。三枚目がやる。二枚目がやら
ない。最後は……
 もう、結果は見えていた。

 少女はそこでためらいながらも、再び花びらを引き抜き始める。

 「……やらない……やる……やらない……」
 そして、最後の一枚を引き抜いた時……

 「!」
 少女の目の前に新たなマーガレットが現れた。

 驚いて少女が振り返ると、そこに野ぐその女の子がいる。
 「本当はやりたくないんでしょ。だったらこれ使ったらいいわ」

 そう声をかけられ、おかっぱ頭の少女は顔を赤くして再び向き
直る。
 おかっぱ頭といっても、彼女のヘアスタイルはおしゃれなヘア
カットなどではない。襟剃りした首の上に、ヘルメットのような
黒髪が乗っかるワカメちゃんカットだ。
 そんな幼女のような髪型をしているが、顔も身体もしっかりと
中学生に見えるから、そのアンバランスがおかしかった。

 その笑い声にムカッときたのか、おかっぱ頭の少女がふたたび
振り向く。
 「あなた、誰なの?」

 ところが、その答えは意外な処からやってきたのである。

 「野ぐその好きなお姉さんよ」

 「!」
 今度は、その野ぐそのお姉さんが顔を真っ赤にして振りかえる
番だ。

 「あなた、誰よ?」
 もの凄い剣幕で睨みつけるが、スケッチブックを抱えたその子
はモヒカン刈りにした髪を風に靡かせるだけで動じない。

 「あなたって馬鹿じゃないの。観察力ってものが何もないのね。
見ればわかるでしょう。みんな同じ服、St.Maryの制服を着てる
のよ。お仲間に決まってるじゃない」

 「あたしの…………してたの…………その~……見てたの?」
 言いにくそうにたずねると、それには答えず、モヒカンの少女
はスケッチブックを開いてわたす。

 「!」
 そこにはさっき草むらでしゃがんでた自分の姿がスケッチされ
ていたのである。

 「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。私、あなたの
名前だって知ってるわよ」

 「?」

 「合沢千穂さんでしょう。槍投げ関東大会3位の実力者よね。
お爺様は有名な植物学者の合沢啓一氏。ご両親が離婚した関係で
そのお爺様に育てられたんだけど、フィールドワークでお爺様と
一緒に野山を歩くうち、野ぐその楽しさに目覚めた。……そんな
ところかしらね」

 「あなた、誰よ!」

 「私?……私は、南条静香。あなたと同じA3よ。ちなみに、
その子もA3なの」

 「えっ、こんな大人しそうな子が……」

 「そうでもないわよ。この子、佐竹幸恵って言って、名古屋の
St.Maryじゃ知らない人がいないくらいの有名人よ。……だって、
気に入らないお友だちを何人も病院送りにしてるんだから」

 「この子が?……」
 千穂はあらためてマーガレットの少女を見直すが、どこをどう
見ても、身体は華奢だし顔は大人しそうだし、武闘派のイメージ
ではなかった。

 「この子のお爺さんはね、名古屋マフィアのボスなの。しかも、
この子を溺愛してるそうよ。だから、孫娘を泣かす奴は許せない
みたいで……まだ、死人がでてないのが不思議なくらいだって、
うちの調査員が言ってたわ」

 「調査員?」

 「そうなの。うちの家業は興信所なのよ。アーバン探偵社って
いうんだけど、知らない?……本社は大阪にあるけど、いちおう
全国展開してて、関東にもけっこうお店があるのよ」

 「名前だけは……」

 「ついでに教えてあげるとね、今でもこの子の舎弟さんたちが、
校門を入るまではあちこちで見張ってるみたいよ」

 「えっ!」
 千穂があわててあたりを見回すと、それまで気がつかなかった
が、黒づくめの男たちがあちこちからこちらを見ている。

 『ということは、私の野ぐそも見られてたってことかしら…』
 千穂は今さらながら背筋が寒くなった。

 そんな千穂の耳に囁くような幸恵の声が届く。
 「私は、……たしかに、お爺様は名古屋で金融業をしています。
でも、私はそんな怖い事なんてしてません。ただ、私がお爺様に
悲しい顔をすると、お爺様のお友達の方々が心配してくださって、
時々、不幸な事が起こるみたいですけど…それって私のせいじゃ
ないんです」

 『それって、「その通りです」って言ったのと同じじゃない。
この子、ピントずれてる』
 千穂は思った。

 「でも、不思議よね。あそこには今日は百人を超える子が入る
のよ。その中で、A3は私たち3人きりなのに、こうして同じ処
に集まっちゃうんだから……」
 静香が言うと……

 「仕方がありません。私、行きます」
 幸恵が立ち上がる。

 「行くって、どこへ?」
 千恵が幸恵に尋ねると……

 「ですからリフォーム学校です。みなさんも私と一緒に行って
くださるんでしょう。だったら、心強いですから……」
 幸恵の言葉に……

 「あんた、ひっとして、さっきの花占い、『やる』『やらない』
ってやつ、あれ、学校に行くか行かないか決めてたの?」
 千恵が驚くと……

 「ええ、逃げ出そうか、どうしようかと思って……」
 こともなげに幸恵が言うから……

 「あんた、長生きするわね。あんな沢山の人たちがお見送りに
来てるのに、今さら逃げられるわけないでしょう」
 千恵が言えば……

 「だって、あの方たちは私のお味方ですもの。わけを話せば、
お父様の処へ連れて行ってくださるわ」

 「あのねえ……」
 千恵の言葉を遮って静香が……
 「いいから、いいから、この子と私達じゃ住む世界が違うの。
……さあ、参りましょうか、お姫様。……ところで、お姫様は、
お鞭とか受けたことがありますか?……そうですか、見たことは
おありなんですね。……それでは、私達と一緒に初めての経験を
なさいませ」

 静香は幸恵の肩を抱いて丘を下りて行く。
 その下りた処に地獄の世界は口を開けて待っていたのだった。

************************

St.Mary学園の憂鬱 ~番外編~

          St.Mary学園の憂鬱
                 ~番外編~

         <<夏休み地獄編>>①

*********** 登場人物 **********

14歳:A3グループ(素行及び英国数全てが落第点の生徒)
 合沢千穂(あいざわちほ)  /たわし頭、体育会系 
 佐竹幸恵(さたけゆきえ)  /ワカメカット、優柔不断 
 南条静香(なんじょうしずか)/モヒカン、芸術家系 

 若林先生/寮母    大隅先生/英語  小泉先生/数学
 桜井先生/医務担当 柏木先生/国語  広兼先生/神父様

***************************

<リフォームスクールの一日/事情説明>

 A3グループともなると学期末の三者面談でも『意外』という
顔をする子はいなかった。
 A3グループなんていうと優秀な子の集まりのようだが、実は
まったくの逆。

 とにかく、素行が悪いうえに3教科全部が赤点だなんて子は、
ある意味自分のことを悟っているから、教師に通知表を開示され
ても……
 『あっ、そう』
 という感想しかない。

 むしろ、これで親がこの学校のことを諦めてくれたらと思って
いるのだが、親は親で、『St. Mary 学園』のブランド力に対する
未練やら、高い入学金や授業料を今さら無駄にしたくないなどと
いうはしたない思いもあって、なかなか退学しますとは言わない。

 となると、出来の悪い少女たちにその皺寄せがやってくるわけ
で、こうした子供達の夏休みは悲惨の一言だった。

 実はSt.Mary学園にはこうした劣等生たちを教育しなおす為の
専門の学校があった。

 『St. Mary's reform school(セントメリーズ リフォームスクール)』
 名前だけ聞くと『服飾関係の学校かな?』なんて思われるかも
しれないが、ここでリフォームするのは服ではなく人間。
 要するに少年院、感化院、更生施設なんてのと同じ場所なのだ。

 当然、子供たちは行きたくないが、A3ともなると自由参加と
言うわけにはいかない。学校から行かなきゃ退学って条件を突き
つけられているから否応なしだ。
 しかも、3週間も……
 おかげで、彼らの夏休みの半分はこれでふっ飛ぶ事になるのだ。

 おまけに、そこでの日課がこれまた超ハードときている。
 1教科や2教科のBランクの生徒たちは、まだ夜にお友だちと
愚痴を言い合う余裕もあるが、素行まで問題視されている彼女達
の場合は3教科の学習だけでなく『だらけた生活態度を改める』
という大義名分のもと、最初から厳しいお仕置きありきの日課が
待っていた。


 まず、朝6時。

 森の水車のメロディーで目を覚ますと、すぐに医務担当の桜井
先生が係の看護婦を引き連れてやって来る。
 生徒達は寝ていたそのベッドの上でそのまま高圧浣腸。

 A3グループ用のこの部屋では、毎日、器具を持って来るのも
面倒だとばかり、ベッド脇の壁には石鹸水を入れるための容器が
始めから備え付けられている。だから、看護婦は三人分の石鹸水
が入った大きなポットとタオルや紙おむつなど必要なものだけを
手押しワゴンに積んで押してくる。

 A3の少女達は廊下でそのワゴンの音がするたびに……
 『また、一日が始まるんだ』
 とため息をつくのだった。

 石鹸水は500㏄。丸裸のお尻のままたっぷり20分は四つん
這いの姿勢で我慢させられる。

 万が一にも失敗すると、その日は一日中、オムツを穿かされる。
おまけに、たとえその後は何のミスなく一日過ごせたとしても、
夜は、同部屋のみんなが見ている前でグリセリン浣腸と鞭。
 だから、この部屋は住人は朝から気を抜けなかった。

 他の部屋の子たちは、この間、身づくろいをしてベッドメイク。
朝食の食器を並べたり、庭の掃除なんかもさせられるが、それは
A3の子たちは免除。
 その頃、それどころではない事態なのだから仕方がない。


 6時40分からミサ

 他の子たちには浣腸が課せられていないため身づくろいをする
時間が十分にあるが、A3部屋の住人たちはケツカッチンだから、
パジャマ姿での参加となる。
 これもまたお仕置きの一つだ。

 ミサは神父様の簡単な説教と全員での賛美歌。
 儀式は簡素なものだが、ただ、前日に悪質な規則違反をやらか
した子がいると、そうした子供たちへのお仕置き(たいていは、
お尻への鞭打ち)を他の子も見学しなければならない。


 7時00分から朝食

 数少ない楽しみだから、女の子たちとしてはワイワイガヤガヤ
おしゃべりしながら食べたいところだが、ここでは、それはでき
ない。
 もともと、St.Mary学園では普段の学校生活でもお昼を
取る時には聖書の朗読が流れている。
 いわんや、ここにはお仕置きで来ている合宿なのだから、当然、
おしゃべりは厳禁。当番の子が聖書を朗読するなか、無言で食べ
なければならない。
 とても消化に悪い食事スタイルだ。


 8時00まで自由時間

 朝食が終わると、授業が始まるまでは本来、自由時間なのだが、
こんな落ちこぽれだってこの時間は勉強している。
 というのも、授業が始まってすぐに昨日の授業内容を確認する
復習テストがあるのだ。
 もちろん、そのテストが何点でもかまわなのなら、こんな奴ら
勉強なんてしないだろうけど、その出来しだいでお尻に鞭が飛ん
でくるとあっては、やらないわけにはいかないのだ。


 8時00から9時45分まで英語の授業。

 教室には4名までしか入れない。先生だって出来の悪い子たち
を大人数いっぺんに教えられるわけもなく、当然といえば当然の
処置だが、それだけに教室内はピリピリムード。
 わき見、私語は当然厳禁。
 やってくるように言われた英語の訳や構文、慣用句の暗記など
宿題になっていたことをやっていない場合は、授業の最初に行わ
れる復習テスト同様、夕方は鞭で泣かなければならない。


9時45分メインの授業終了。

 たまたまこの学期だけ点数が低かった真面目な子はこれで十分
だが、毎学期ごとここに来るような子は前の学年で習うような事
にも知識の穴が多くこれでは足りない。そこで10時15分まで
30分間マンツーマンの授業が行われる。
 これ、赤点が1教科だけの子の場合はそれでいいが、次の国語
も赤点だった子は次の授業までが15分しかなく、復習テストの
為の予習時間がなくなってしまう。
 ただ、そんな事情は考慮してくれないから復習テストで合格点
を取れない子は、やはり、夕食前にお仕置きの鞭を受けなければ
ならない。
 とっても残酷なシステムなのだ。


 10時30分から12時15分まで国語の授業。

 4人クラスでピリピリ授業は英語と同じ。
 まず復習テストがあって、宿題のチェックがあって、それらが
不出来なら、夕方は鞭をもらいに再び先生の部屋を訪れなければ
ならないのも英語の授業と同じだ。


 12時25分から昼食。

 やっぱり、当番の子が聖書を朗読するなか、ごはんを食べる。
 昔、よほどストレスが溜まっていたんだろうね、一人の少女が
「うるさい!」って叫んだことがあったらしいんだけど、次の日、
ミサの後、みんなの見ている前で1ダースの鞭のお仕置きだった。
 女の子は男の子より辛抱強いけどキレることだってあるのだ。


 13時30分から15時15分まで数学の授業。

 ただし、出来の悪い子は12時45分から13時15分までの
国語の補習授業も受けなければならないから、3教科も赤点なん
か取っちゃうと、ゆっくりと食事もできない有様なのだ。
 もちろん、この授業だって英語や国語とやり方は同じ。復習の
テストや宿題のやり忘れなどは当然のように夕方は鞭だ。


 15時45分まで数学の授業。

 ここでも事情は同じ。出来の悪い子にはマンツーマンの補習が
待っている。3教科赤点の子は、ほとんどが15時45分が教科
の終了時間だ。
 それでも、ことが教科だけの問題ならこれで終わり。これから
はしばし自由の身となれるのだが、学校生活で素行も悪かった子
の場合は、これだけではすまない。


 16時00分から聖書の時間。

 『この子は素行にも問題がある』と学校で判断された場合は、
この授業にも出席しなければならない。
 ここでは表向き『聖書を講読し、清書する』という授業内容に
なっているが、実際には、先学期の不行跡に対する大人たちから
の『お仕置きの時間』にのだ。
 生徒たちは指定された聖書の聖句を綺麗に書き写すと、それを
先生のところへ持って行き、その出来栄えに関係なく鞭をお尻に
三つもらってから新しい箇所を指定されて座席に帰る。という事
を繰り返すのだ。
 もちろん汚い字は不合格。ノルマがあって、生徒は先生の処で
8回、鞭の数にして24回をお尻に受けるまでは教室を出る事が
できなかった。


 17時00分からお仕置きスパタイム。

 お昼の授業で鞭の指示を受けた子が、その先生の部屋を回って
鞭をもらう時間。先生の部屋の前にはこの時間になると四五人の
子が順番を待っている。
 なお、素行をとがめられて聖書の時間を勤めている子は17時
にここへ来ることができないため、夕食後の19時以降にドアを
ノックすることになる。


 18時00分から夕食。

 ここでも、当番の子が聖書を朗読している。
 『飯が不味くなるからやめろ!』
 なんて言って見たいだろうと思うけど、そこは従順な女の子、
我慢してもくもくと食べている。
 あ、言い忘れたが、この食事、まずくはないものの残すことは
許されていない。嫌いな食材があっても全部残さず食べなければ
ならないのだ。アレルギーは事前にチェックしてあるから、出て
きたものを食べないのはわがままと言われ、当然お仕置きの対象
となるのだ。


 18時30分夕へのミサ。

 神父様の説教に賛美歌。ただお説教の内容は宗教的な事という
より、今日あった規則違反への注意が主だ。
 もし、重大な規則違反があったら、その生徒は他の生徒の前で
お尻への鞭をもらうことになる。


 19時00分からお仕置きスパタイム。

 主に、聖書の時間と重なった子たちが、この時間に鞭を受ける。


 19時00分から22時00分まで、入浴、自由時間。

 入浴は順番に呼び出されて浴室で裸になるのだが、これも食事
の食べ残しと同じで生徒の側が拒否できない。というのは、体を
洗う専門のメイドがいて、彼女に、自分のお尻が今日はどれほど
傷ついているかを観察させなければならないのだ。
 それが終われば、本当にやれやれなのだが、それだってテレビ
を見てくつろぐというわけにはいかない。明日の為に予習と復習
をしなければならない。
 そうやって時間を潰していくと、10時の消灯時間なんてあっ
という間だった。


 22時00分、消灯。

 これ以降はベッドに入って寝る意外にない。もし他の事をして
いたら、たとえそれが勉強でも、他の部屋へ引っ張られて行って
お尻が可哀想なことになる。
 消灯時間は厳格に守られていた。


 というわけで……
 もともと、勉強が苦手な子にかなり無理なスケジュールを強い
ているから、全てがうまくいくわけではない。予定の3週間が、
4週間、5週間と伸びる子も珍しくないが、大半の子は次の学期
には見違えるような成績をあげているから、鞭の効用もまんざら
ではないなと思うのである。
 さて、これはそんなリフォームスクールへ放り込まれた娘たち
の物語である。

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10/11 独りよがり

10/11 独りよがり

 私のブログは荒唐無稽な小説と幼い頃の自慢話で出来ている。
当然、こんなものを第三者が見て、心地よく思わないだろう事は
本人も承知しているが、仕方がない。ほとんどのブログが友だち
探しで作られているのに対して、私のそれは初めから自己満足が
目的だからだ。
 プラモデルを作って部屋中に飾ったり、切手を収集している人
に似ている。

 独りよがりは幼い時からで、今に至るまで治っていないようだ。
別に、集団行動に参加しなかったわけじゃない。幼稚園のお遊戯
も小学校の学芸会も、中学高校の部活も地域のお祭りでお神輿も
担いだ。一般の人がやるような事は全部やってきたのだ。
 ただ、問題はそれが楽しかったか、ということ……
 問題はそこなのだ。
 何をやっても、やらされてる感が強くて、『わあ~感動した』
という、のめりこみがなかったような気がする。

 そんな中で、唯一充足感を覚えたのが、このお仕置きを扱った
空想劇だった。
 文学というような気取ったものではないし、SMというほどに
は激しくもない。嵐は起きているがそれは小さなコップの中だけ。
 第三者から見れば、きっと毎回同じ話に思えるかもしれないが、
描いている本人が覗くと、そこには万華鏡の模様の様に千変万化
する美しい模様景色が映り込んでいて、毎回感動できるのだ。
 だから脱稿するとすぐにまた新しい話を描きたくなるのである。

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10/10 僕にとって美しいもの

10/10 僕にとって美しいもの

1)僕にとって美しく感じられる少年少女は……
 男の子の場合なら、カモシカのように伸びた足と股上の短い
半ズボン。切れ長の涼しい瞳に形の良い鼻と幼さを残す口。
前髪が綺麗に切り揃えられていて走って揺れるさま。
 女の子なら、ふくよかな太股とブルマー。清楚で気品のある
顔立ちで、胸が大きくないこと。紅潮してピンク色になった頬に
初毛の波が風に揺れているところ。

2)美しく感じられる絵(イラスト)は……
 ディズニーの絵本で育ったから、毒々しい劇画調の絵は嫌い。
 マンガも、今は絵の趣味が合わないのであまり見ない。(美的
感覚が今の人とは違うのだ)
 逆に自分と美的感覚が合えば二次元の娘にも恋愛感情はわく。
ただし、三次元(フィギア)はダメ。

3)美しく感じられるお仕置きとは……
 それは行為(例えばお尻叩き)ではない。
 子供が親を尊敬していて、親も子供を愛していること。
 あえて言うなら、お仕置きを言われて、恐怖して部屋で待って
いる姿が美しい。
 あと、終わったら親や教師が子供を抱くこと。(僕にとっての
お仕置きはコップの中の嵐だから、コップが割れていない確認は
必ず必要な儀式なんのだ)

4)美しく感じられる親とは……
 子供に対して包容力があって、子供のことを子供以上に知って
いる親。つまり、それが子供を愛しているということだから。

5)美しく感じられる子どもとは……
 親の前でなら裸になれる子供。親は足長おじさん(他人)では
ない。子供にとってそれは特別な存在なのだから、他人に対する
のとは違う、何か特別なことができなければならないと思うのだ。

5)美しいお仕置き小説とは……
 親が折檻している(子供が折檻されている)様子が一行も描か
れていないのにエクスタシーを得られる小説。これが理想。
 (僕は描けないけど……)
 そこまではいかなくても、女の子(男の子)の揺れ動く心情に
リアリティがあれば、(共感できるものがあれば)まずは成功だ
と思う。

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10/9 久しぶりに更新したけど……

10/9 久しぶりに更新したけど……

 久しぶりに自分のブログへ戻って更新。カレンは問題の箇所。
さすがに今の時流を考慮して書き換え。(本当は、もっと細かな
描写にしたいけど、お客さんもゼロじゃないみたいだし、これ
以上は顰蹙を買いそうだからカット)
 それにしても味のない文章に我ながらがっかり。(歳かな?)
 ま、当面は書庫に並べておいて、時間があったら再検討です。

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第3章 童女の日課(7)

<The Fanciful Story>

               竜巻岬《15》

                             K.Mikami

【第三章:童女の日課】(8)
 《悪戯オンパレード》<2>


 四人は土曜日の夕食をほとんど残していた。そして、日曜日の
朝食にも誰も手をつけようとしない。

 「帰ろうか」

 リサが言うとそれには誰も反対しなかった。どうせ食べないの
だから腹ぺこの身には目の毒になるだけ。四人とも腰を浮かしか
けたのである。すると、

 「席を離れてはいけません」
 食事係のメイドが慌てて四人を制止する。

 「どうしてよ。食べる食べないは私達の自由でしょう」
 ケイトが噛み付くとそのメイドは

 「これはペネロープ様のご命令なのです。皆様の食事の皿に、
たとえパンひとかけらでもあるうちは部屋へ帰してはいけないと
言われているのです」
 と言って譲らない。

 『そうはいってもね』
 四人は同じ思いで顔を見合わせる。たとえ、ペネロープにそう
言われてもだからといって食事に手をつける気にはならなかった
のだ。

 やがて、食事が終わり少女やレディーたちが部屋へ戻っていく
とそこへペネロープがやってきた。

 「どうしたの、ずいぶんと食が細いようだけど。どこか具合が
悪いのアン」

 「……いえ、今日は食欲がないんです」

 「昨日の夕食もだったでしょう。いくらかでも手をつけていた
のはケイトのお皿ぐらいだったかしら」

 「私、便秘ぎみなんです」
 ケイトがそう言ったとたん他の三人の厳しい視線が彼女に向く。

 「そう、そうなの。ということは……アン、立ってごらんなさい」
 ペネロープの指示にしたがってアンが椅子から腰を浮かすと…

 「スカートをあげてご覧なさい」
 アンはもちろんいやだったが、やるしかなかった。

 「そう、そういうことだったの。わかりました。……とにかく、
神から与えられた食物をないがしろにしてはいけません。童女で
あるあなたたちには特段の事情がない限り与えられた食事を残す
権利はないのよ」

 「はいお母さま」

 「それが終わったらまずシャワー室へ行きなさい。それから、
ミサよ。遅れないようにいらっしゃいね」

 「はいお母さま」

 ペネロープが去り、童女たちの顔には心なしか元気が出た様子
だった。

 「ねえリサ。シャワー室にもこのベルトをつけて入るの」

 「当然そうよ」

 「だったらショーツが…」

 「濡れるわ。でも、こんな時はお母さまがメイドに鍵を預けて
おいてくださるから新しいショーツに着替える時だけは貞操帯を
外してもらえるの」

 「え、だったらトイレへ行けるの」

 「それは無理よ。ショーツを着替える間だけだもの。でも、お
しっこはできるでしょう。シャワー室で」

 「え、シャワー室でおしっこするの」
 アリスの大声に古株の二人が角を出す。

 「ちょっとあんたたちそれでも女の子なの」

 「こっちはまだ食事中なのよ」

 こうしてペネロープの好意により四人は日曜日の朝に一度だけ
小用をたすチャンスができた。三人はさっさと用をすませてシャ
ワー室を出ていったが、アリスだけが取り残されている。

 「さあ、早くしないとミサが始まってしまいますよ。みんなの
前でお漏らしするよりここの方がよっぽどいいでしょう」

 最後まで抵抗するアリスに係のメイドがお尻を一つピシャリと
叩く。

 とたんに暖かい物がショーツの中に溢れやがて両足の太ももを
伝って降りていく。降り注ぐ冷たいしぶきの中で涙するアリス。

 「さあ、お腹のなかを空にしちゃうの。恥ずかしいなんて言っ
てられないでしょう。もうお仕置きの時までにこんなチャンスは
ないんだから……これに懲りたらつまらない悪戯はしないことね」

 泣きだしてしまったアリスに中年のメイドは教師のような説教
をして送り出してやるのだった。


 月曜日の朝、四人にとっては長いお仕置きのフィナーレがやっ
てくる。彼女たちはハワード先生が自らの創作活動や授業の合間
に憩う控え室に集められた。

 「これから、君たちには、少女たちの前で絵のモデルをやって
もらう。君たちが立派な芸術作品をこしらえてくれたおかげで、
できなくなったデッサンの授業の代りだ。ものの十五分も、同じ
姿勢を取っていればいいんだから、鞭でぶたれるより楽だろう」

 「裸で…」恐る恐るリサが尋ねると先生は即座に否定する。

 「いやいや、衣裳はあるよ。リサ、君は農家の娘だ。ケイトが
羊飼いの少年。アンは悪戯天使。アリス、君が一番いい役だ。昔
のお嬢様をやってもらおう」

 ハワード先生がそう言ってる間にメイドたちがさっそくやって
きて着付けにかかる。

 「君たちは、その衣裳をつけて私が指示する姿勢のままじっと
していればいいんだ。テーマは『哀願』。親や主人に哀願する時
の表情をリアルに絵にしたいんだ。といっても君たちは役者じゃ
ないから演技はできない。そこで…」

 彼は簡便式の浣腸器を取り出す。

 「誰でも名優になれるこの秘薬を使うことにする。これなら、
条件さえ整えば誰だって迫真の名演技をすることができるからね」

 四人は誰彼となく顔を合わせ、そして、諦めるしかないことを
確認するのだった。

 やがて準備は着々と進んで、四人全員が四つんばいに。

 『あっ』『おっ』『うっ』『えっ』

 四人のお尻にいっせいに簡便式の浣腸器が突き立てられる。
 これは日本で言ういわゆる無花果浣腸と同じようなものだが、
ここの場合、使い捨てではないために、この前は誰が使ったのか
わからない。その不安感そして不快感があった。

 量は二倍に希釈したグリセリンが三十cc。演技中にアクシデ
ントがあってもいけないし、何より二日半の蓄積があるからそれ
で充分だったのである。

 四人はさっそく舞台となるアトリエへむかう。
 すると、期せずして拍手が湧き起こった。アトリエは、四つの
ブースに仕切られており、どこでも少女たちが数人画板を抱えて
今や遅しとモデルの登場を待っていたのだ。

 リサは足枷をはめられた少女が地面にお尻をつけて上半身だけ
を起こし、神に許しを請うところ。書き割りはのどかな田園風景
だが清教徒の衣裳をまとった男達が彼女を取り囲み、告知板には
『私は淫らな行為をしました』と書いてある。

 ケイトは、羊小屋の柱に両手を鎖で縛られ、これから主人に鞭
打たれようとする少年の役。書き割りにかかれた羊の足元にコン
ドームの箱が描き足されているところがみそだ。

 アンは、大きな帆立貝を背にしたビーナスの膝の上で、お尻を
叩かれている天使の役。
 どこのブースも人物まできっちり書き割りに描き込まれている
が、ここだけは美人で評判のハワード夫人がビーナス役で特別出
演している。

 そして、アリスは、両親の前に膝まづいて哀願する少女。衣裳
から見て十九世紀後半のブルジョワ家庭であろうか。書き割りの
片隅にはすでに鞭打ちの準備がメイドたちによって整えられて
いる。

 もちろん四人の童女たちにとってはこんな舞台設定など気に掛
けている余裕はない。時折くすくすと忍び笑う少女たちの声さえ
も耳に入らないほどに彼女たちは一つのことに集中していなけれ
ばならなかったのだ。
 しかも……

 「アリス、もっと顔をあげて」

 「アン、むやみに顔を動かさない。それじゃデッサンできない
だろう」

 「ケイト、柱に顔を着けるんじゃない。顔をこちらに向けて」

 「リサ、とってもいい表情だけど、まさかもう漏らしたんじゃ
ないだろうね」

 ハワード先生が時々意地悪なことも言いながら四人を叱咤激励
してまわる。

 五分もたてば、四人とも全身脂汗でびっしょりとなり息も荒く
なる。

 十分過ぎる頃には……

 「頭を振るんじゃない」

 たとえ、そう言われてもこれ以外に薄れゆく意識を呼び覚ます
ことができない。
アリスの目にも、リサの目にも、すでに大粒の涙が光っていた。

 だから……

 「さあ、もうすぐ終わりだよ」

 ハワード先生の言葉は描く少女たちに投げ掛けられたものだが、
描かれる童女たちにとっても貴重な気付薬となったのである。

 「さあ、時間だ。おしまいだよ」

 先生はそう言うと舞台と客席の間に設けられたカーテンを引く。

 やがて広いアトリエのあちらこちから……

 「*******」

 最後まで残っていたアリスのブースでも…

 「駄目だよ。アリス。ここでやるんだ」
 ハワード先生はアリスの少女らしい哀願にも儼として突き放す。

 結局、アリスも室内便器(bedpan)に跨がるしかなかったので
ある。

 「*******」

****************************

 童女たちの日曜日はもちろん学校はお休み。でも、ミサに出た
あとの彼女達は何もすることがない。レディーになるまではTV
やラジオはもちろん、新聞さえも見ることができない。付き添い
がなければ村へも降りられないのだ。

 そんな彼女たちが決まって集まる場所があった。
 お城に付属する修道院の鐘つき堂の上だ。そこは四つの大きな
鐘の真下までタラップがあって、その一番上の段はやや広めにな
っている。ベッドとしては狭いが物思いにやふけるには重宝する
空間だったから、彼女達は違法は承知でいつもたむろしていたの
だった。

 「退屈ねえ。どうしてお母さまは私たちにテレビを見せてくれ
ないんだろう」

 「決まってるじゃない。里心がついて逃げ出すからよ。そんな
心配がなくなった子だけをレディーとして認めるの」

 「あ~あ、いつになったらレディーになれるのかしらね」

 「羽があったらなあ。今すぐ飛んでいくのに」

 と、いつものように愚痴を言い合ってる時だった。これだって
決して今日に限ったことではないのだが、突然夕刻を告げる鐘が
鳴りだす。

 「グァ~ン。グァ~ン。グァ~ン」

 「わあ、もうこんな時間なの」

 とにかく真近で鳴りだすのだからたまったものじゃない。四人
はたちまち耳を押さえるとタラップを降りていく。

 「わあ、私、耳が壊れそうよ」

 「ねえ、これからどこへ行くの」

 「どこって……行く処なんてどこにもないでしょう。鐘が鳴り
止んだらまた上に戻りましょうよ」

 「でも、今度はまた一時間後に鳴るのよ」

 「そうだ、鐘を叩く棒があるじゃない。あの膨らんでる処に布
を巻き付ければいいのよ。そうすれば音も小さくなるわ」

 「でも、ばれない」

 「わからないわ。やってみなきゃ」

 「それはいいけど。そんな適当な布があるの」

 「あるでしょう。みんな一枚ずつ穿いてるじゃない。鐘も四つ
だしちょうどいいと思うんだけど」

 「穿いてるってそれもしかして……」

 「そう、それ。形といい大きさといいちょうどいいじやない。
第一伸びるから紐で縛る必要がないわ」

 「ねえ、ケイト。それってひょっとして悪戯?」

 「そうよ。みんな、当然、協力してくれるわよね」

 「えっ……、私、昨日コリンズ先生から一ダースも鞭をらった
ばっかりよ」

 「それがどうしたの。いやなの」

 「いやって訳じゃないんだけど……」

 「大丈夫、一度やってみてあんまり音が小さくなり過ぎるよう
ならやめるわ。すぐにばれたら悪戯としても面白くないもの」

 ケイトはこう言ったが、幸か不幸かショーツ巻き付け作戦は、
頃合良く鐘の音を小さくしてくれ、実験は大成功だったのだ。

 それから二週間余り、多少音色の悪くなった城の鐘は童女たち
のショーツを巻き付けたまま鳴り続けた。

 最初はすぐにでも発見されてしまうのでは、と鐘が鳴るたびに
その音色に気を配っていた童女たちも、この頃になると四人集ま
っても鐘のことは話題にならない。当然、鐘の音が昔に戻ったと
しても誰もそれに気がつかなかった。

 そんなある日のこと。四人が揃ってペネロープに呼ばれる。
 こんな場合には まず誉められることは期待できない。ただ、
鐘の事をすっかり忘れていた彼女たちはビニール袋の中に入った
自分たちのショーツを見て初めて事の重大さに気付いたのだった。

 「これは三日前に鐘楼の定期点検にきた技師さんがご親切にも
届けてくださったものです。持ち主が分かったのでお返しします。
あなたたちのでしょう」

 ペネロープはそれだけ言うと目を閉じてしまう。
 その言葉は抑揚を押さえた物静かな調子だが、それだけに凄味
があって彼女の秘めた決意が童女たちにも伝わってくるのだ。

 四人は恐る恐る自分のショーツを手にしたが、本来ならば出る
はずの謝罪の言葉が、ペネロープのオーラに圧倒されたのか出て
こない。

 そうこうしているうちに再びペネロープがこう言い放った。

 「あなたがたは私の子供たちです。ですから私の信じる神様の
子供たちでもあるのです。その神様をないがしろにする行為は、
どのような理由があっても許されません。どのように許されない
かはコリンズに伝えてありますからそこへ行ってお聞きなさい」

 ペネロープはそれだけ言うと二度と口をきかなかった。ききた
くなかったというべきか。いずれにしても四人の童女たちはそれ
がどういう結果をもたらすにせよ、コリンズ先生の処へ行くしか
なかったのである。


 その夜、童女たちはやっとの思いでベッドに辿り着いた。本来
ならここで、今日のお仕置きはやり過ぎよとか誰々に比べて自分
のは不公平だったとか百花繚乱のおしゃべりが展開されるのだが、
今日に限っていえばどのベッドからも声がでない。

 「う~ん」

 時折、低い唸り声がするだけ。まさにそこは野戦病院の趣だっ
たのである。

 そこへ少し遅れてコリンズ先生が入ってきた。
 彼女は何も言わず四人の手当を始めるが、これにも童女たちは
何の反応もしめさなかった。

 『まだお仕置きするんですか』とか『(手当てしていただいて)
ありがとうございます』といった言葉がでてこないのだ。

 四人はなされるままに手当を受けるとそのまま眠りこんだ。
 そして、コリンズ先生もまた薄いマットと毛布を持ち込むと、
その夜は童女たちの部屋に泊まり込んだのである。


 次の日の朝、メイドがいつものように洗濯物を取りにくる。

 「さあさあ、起きてください。お折檻の翌朝だからといって、
起きなくていいというルールはここにはありませんよ」
 彼女はいつものようにシーツをはぎ取っていく。

 「さあ、手を離して」

 リサのベッドへやってくると、寝坊助が思わず自分の寝ていた
シーツを掴んで離さない。

 二人の睨めっこがしばらく続いた後、メイドに促されてリサは
渋々手を離したが、おかげて自分の粗相がばれてしまう。

 「……しょうがないね。子供ならよくあることだけど…」
 メイドはため息をつく。
 「私の親もきつい処のある人だったから私もたまにありました
よ。すると翌朝さらに折檻が増えてね。子供って何て不幸なんだ
ろうって恨んでましたっけ…」

 事情はアリスも同じだった。あまりのショックやストレスに、
生理的な機能が追い付かなかったのだ。

 「おやおや……昨日のお折檻はよほどきつかったんでしょうね。
もっとも、ペネロープ様にしてみれば、あの鐘は革命で焼け落ち
たご実家のお屋敷に唯一残ってた遺品ですから大切になさるのも
無理はないですけどね。あんたたち、手をつけたものが悪かった
のよ」

 ケイトだけはそっぽを向いたままでシーツは掴まなかったが、
やはり事情は同じだった。

 「さあ、用がすんだらさっさと出ていきなさい。こちらには、
まだ大事な仕事が残ってるの」

 おしゃべりなメイドに何もかもばらされてはたまらないと思っ
たのか、コリンズ先生はメイドを追い返してしまう。実際四人に
対するお仕置きは昨夜の折檻でもまだ終わってはいなかったのだ。

 「今日のシャワーはありません。みなさんは、これで体を洗い
ましょう」
 メイドを追い出したあとコリンズ先生は洗面器にお湯を用意
する。

 四人は痛む体をおしてその場でネグリジェを脱がなければなら
ない。素肌が現われると昨夜受けた鞭傷が体のあちこちに残って
いるのがわかる。胸、お腹、 背中、太もも、もちろんこんな事
は今までに一度もないことだった。

 「では、もう一度ベッドに横になりなさい」

 コリンズ先生の指示に四人は無言で従う。

 二度にわたる高圧浣腸、雨霰と降り注いだ鞭、意識朦朧となる
まで言わされた懺悔の言葉、その他筆舌に尽くしがたい責め苦の
数々が彼女たちから一切の言葉を奪っていたのだ。

 コリンズ先生は、四人の両手足を大の字にしてベッドポストに
括り付けると、やんごとなき刑罰執行人の到着を待った。

 先生はこれから先何が起こるかを説明しないが、この不自由な
姿勢が意味するものの答えは簡単に導きだすことができる。ただ、
だからといって特段の恐怖も湧かなかった。彼女たちはそれほど
までに疲れきっていたのである。

 やがて、この朝の儀式をつかさどる司祭がメイドを一人つれて
やってきた。

 『やっぱり』
 四人は思う。

 彼女は何も言わず入ってきて、あたりを一瞥、そのままアンの
ベッドへと押し掛ける。そして、これまた何も言わず、いきなり
アンのネグリジェの裾を捲り上げると、ショーツをほんのわずか
割れ目が見える程度まで引き下げたのである。

 そのあとはアンが予想していた通りのことが起こっただけ。

 『……う~……熱い……痛い……いや……助けて……』

 ペネロープは昨夜の折檻で痛んだ体を癒すべくあちこちのつぼ
に灸を下ろしていく。これに対しアンは自分のお腹の方からほの
かに立ち上る煙をぼんやりと眺めながら五分間も顔をしかめ続け、
心の中で苦痛を叫び続けたのだった。

 「よい子になりますか」

 最後にペネロープが諭しても、すぐには答えが返ってこない。
今の彼女はそれほどまでに必死に耐えていた。熱さにというより、
体に火を付けられたというショックに……そして何より取り返し
のつかない粗相に耐えていたのだ。

 コリンズ先生が
 「さあ、よい子になりますっていうの」

 アンの耳元で口添えしたので、やっと……

 「よい子になります」
 という言葉がアンの口から出たが、彼女はこの時すでにかなり
の量を失禁していたのである。

 慌てたコリンズ先生が
 「あらためて浣腸しましょうか」
 と提案したが、ペネロープはそれには首を振る。

 実際、幸か不幸か他の子は、先におねしょをした為そのような
問題は起きなかった。

 ペネロープは、他の三人に対しても同じ灼熱地獄を加えると、
そのいずれからも「よい子になります」という約束を得て部屋を
出て行ったのである。

 『やれやれ』
 四人の思いは同じだった。

 四人にやっと生気が戻る。ところが、ここまでやってもまだ、
四人に対するお仕置きは終わらなかったのである。

 次の日から二十日間、四人は普段より一時間も早く起こされる
と、中庭へ集合。キャミソールとショーツだけの出立ちで、ある
特殊な体操をやらされたのだった。

 「ショーツをおろして、両手は頭の後ろ…前かがみになります。
……アン、もっと頭を低くするの。ほら、もっと。もっと。……
全員が揃わないと先へ進まないから他の子に迷惑がかかるわよ」

 こうして全員がお尻を高く上げるポーズを取ると、彼女たちの
後ろで控えていたメイドたちが、革紐鞭を四人のお尻に一撃ずつ
ゆっくりと間をおいて放っていく

 「ピシャ」

 「アン、こんなことぐらいでぐらついてどうするの。あなたは
この中じゃあ一番のお姉さんなのよ」

 「ピシャ」

 「リサ、姿勢を崩さないの。あまりにだらしないと、やり直し
させるわよ」

 「ピシャ」

 「ケイト、もっともっと、お尻を高く上げて。あなただけまだ
お尻が低いわよ」

 「ピシャ」

 「アリス、しっかりしなさい。あんた寒いの。お膝が笑ってる
わよ」

 コリンズ先生は全員が正しい姿勢で静止できるまで待ってから、

 「体を元に戻して。……ショーツを上げて。……きおつけ。…
………もう一度ショーツを下ろして。……今度はしゃがみます」

 その場にしゃがみ込んだ彼女たちの足元には、小さな篭が二つ
用意してあって、その一つには何枚もの真新しいハンカチが入っ
ている。その一枚を抜き出すと、

 「……アリス、まだ早いわよ。やり直し。前から後へ、全部、
きれいに清めるのよ。それには最低でも二十秒はかかるでしょう。
ちょこちょこなんてのはだめよ」

 ここでしゃがんだまま性器や肛門をハンカチで奇麗に拭き取る
と、次の号令でそれをもう一つの篭に入れて立ち上がるのだ。

 「よろしい。ショーツを上げて立ち上がります。……きおつけ。
腰に両手を当てて休め」

 これで一回りだ。ほどなく、

 「きおつけ。ショーツをおろして、両手は頭の後ろ…前かがみ
になります」

 次の回の号令が始まる。

 童女達は、この鞭とお尻拭きのセットを毎朝二十回もやらされ
るのだ。噂を聞きつけて少女たちにの中にも早起きが増える。
 とりわけしゃがんでのお尻拭きはトイレを見られているようで
これまでにない恥ずかしさと羞恥心を童女たちに与えた。

 「もう、慣れたわ」

 アンもケイトもリサやアリスが愚痴を言うたびにそう言い返し
続けたが、心のなかは違っていた。あのお尻拭きのポーズは何度
やっても何度見られても、やっぱり恥ずかしいのだ。

 彼女たちがこの屈辱的な体操から解放され、やっと今回の事件
でのお仕置きが終了したのは十一月も末、もうあたりは冬の装い
に変化し始めていた頃だったのである。


******************<了>*****

第11章 貴族の館(7)

            第11章 貴族の館

§7 修道院学校のお仕置き(5)
   地下室見学ツアー<4>

 クライン先生はアリーナの前にしゃがみ込むと、幼いの両手を
とって諭す。
 「仕方がないわね。私、これでも慣れないあなたの為を思って、
随分加減して鞭を当ててたのよ。でも、動いた以上、新たな罰を
与えなければならないわ」

 「ごめんなさい」
 アリーナの口からも子供らしい言葉が漏れた。

 「先生、それはもうよろしいじゃありませんか。今日は私達が
お邪魔したので余計なプレッシャーを与えてしまったみたいです
し……」
 ニーナ・スミスがとりなしたが……

 「お気持は嬉しいんですけど、スミスさん、これはこの学校の
決まりなんです。生徒とは約束があって、『ちゃんと予定通りの
お仕置きを我慢したら、お友だちには自分の恥ずかしい姿を見せ
なくていい』という事になっているんです」

 「そうなんですか」

 「それを多少の有利不利で見逃すと、他の子達も些細な理由を
つけて罰を逃れようとします。それでは示しがつきませんから…」

 「わかります。私も子供達を預かっていますから……アリーナ
ごめんなさいね」
 ニーナ・スミスはアリーナの為に力になってやれない代わりに
その子り頭を優しく撫でた。


 大人達はさっそく準備に取り掛かる。
 クライン先生はさっそく舞台を見上げて担当のシスターに合図
を送り、その舞台の下では角材を口の字状に組んだ大道具が運ば
れてきた。

 そんな自分をお仕置きするためだけに働いている大人達の姿を
アリーナはどんな気持で眺めていたのだろうか。

 アリーナは普段あまり人から頭を撫でられる事を好まなかった。
だが、この時ばかりはニーナの大きな手が自分の頭頂部をさすっ
ていてもそれを払い除けようとはしない。

 「…………」
 今はどんな人肌さえも恋しかったのである。


 一方、舞台の上では……
 これまで大きな背もたれが目隠しになり、お友だちのお仕置き
を見学できないでいた子供たちが、今それを目の当たりにしよう
としていたのである。

 シスターが、座板の上で組んでいた両手を組み解く許可を出す
前にこんな注意をする。

 「今日は、一人、ちゃんとお仕置きを受けることができない子
が出てしまいました。あなたたちは、これからその子が受けるお
仕置きを心の中に焼き付けて、粗相のないようにお仕置きを受け
てください。わかりましたね」

 「はい、シスター」
 ほとんどの子が返事をしたが、シスターは声の聞こえなかった
子を見逃さない。

 「ベッティ。ご返事がありませんよ。聞こえましたか?」

 「はい、シスター」
 ベッティは渋々答える。

 もしも異性なら、いくらかでも興味がわくのかもしれないが、
同性のそれも年下の子の悲惨なんて見たくもなかったのである。
とはいえ、ベッティだって返事をしないわけにはいかなかった。

 「それから、これは大事な事ですから、ようく聞いてください。
これから見学するお友達のお仕置きを決して笑ってはいけません。
もし、他人の不幸を笑うような人がいたら、即刻舞台を降りて、
その子と同じ罰を受けてもらいます」

 「はい、シスター」

 「それと、ここでの様子は地上に戻っても決して誰にも言って
はいけませんよ。そのようなおしゃべりな子がいたら、やはり、
同じ罰を、今度は月曜日のミサの席で受けてもらいます」

 シスターはあらためて子供達の顔を覗き込んでからこう続ける。
 「もし、どうしてもおしゃべりがしたくなったら、全校生徒の
前でのお仕置きがどんなものかを、一度自分の頭の中で想像して
から、おしゃべりなさい。いいですね」

 「はい、シスター」

 舞台上でそんな注意がなされていた頃、舞台の下ではアリーナ
が大きな角材を口の字形に組んだ窓枠のような中で、バンザイを
させられ、Yの字の姿勢で固定されていた。

 信頼していたクライン先生にまで脅され意気消沈のアリーナは
大人達のなすがまま。服こそ着ていたが、両手は革紐で高く引き
上げられ、両足は爪先立ち。痛くはなくても決して楽な姿勢では
ないのだ。

 そんなアリーナが人心地ついて顔を上げると、そこで色んな顔
に出会った。

 平然と舞台の下を覗き込む者、両手で顔を被いながらその指の
隙間からこちら窺う者、背もたれの隅から覗く者など人の様子は
さまざまだが、すでに懺悔室に呼ばれてこの場にいないローザを
除き全員が楽しげにアリーナの方を見ていた。

 『ふう~~いいわね、こいつら』
 アリーナはため息をつき、素直にそう思う。

 子供は刹那刹那で生きている。自分だって、そう遠くない将来、
泣き叫ぶ運命にあるはずなのに、それが今の今でなければ彼らは
平気ないのだ。
 だからこうして友だちが受難にあっているのを見ると、それは
それで楽しい見世物だったのである。

 ましてや、さっきまで背もたれの壁を見ながら座板の上で両手
を組まされていた彼らにとっては、今の開放感が心地よかったの
だろう。たちまち、おしゃべりが始まっていた。

 「ねえ、あの子、どうなるの?」
 「知らないわ」
 「わたし、知ってる。あれってね、前のお尻をぶつための装置
なの。前に見たことあるもの」
 「前のお尻ぶつの!?」
 「たぶんね」
 「わあ、残酷」
 「でも、お尻より痛くないみたいよ。私が見たその子、痛そう
だったけど、痛そうにしてなかったもの」
 「どういうことよ?」
 「だから、お尻より痛くなかったってことじゃない。顔はしか
めてたけど、ものすごく大変って顔じゃなかったもの」
 「あ、私も見たことあるわ。ぶたれたところは見てないけど、
晒し者されてたわ。その子の場合はね、大の字にされてたの。両足、
目一杯広げさせられてて……」
 「わあ、それって拷問じゃないの?」

 話の内容はキツイが、誰もが自分の事は忘れて楽しそうに会話
していたのである。
 そこへ、何とシスターまでもが……
 「大の字どころじゃないわ。私の子供の頃なんか、逆さに固定
されて、逆大の字にされてた子が何人もいたのよ。今はそんな事
をされないだけでも感謝しなきゃ」

 「逆さまに!?」
 「じゃあ、スカートが捲れて、ショーツ丸見えじゃない」

 「それどころじゃないわ」
 シスターは悪戯っぽく笑う。
 「だって、そんな子は始めから服なんて着てないもの」

 「えっ!!じゃあ、お股、丸見え?」
 「そんなあ、……そんなのあまりに可哀想よ」
 「うっっ、想像したくないな、鳥肌たっちゃう……」
 こう言って自分での自分の胸を抱くその少女も顔は笑っていた
のである。

 「昔の子供に羞恥心はなかったの」
 シスターの言葉に……
 「うそ~~~」
 子供達全員が反応する。

 「……正確に言うと、あってはいけなかったの。大人達にそれ
を訴えても『気のせい』『気のせい』って言われ続けたわ」
 「どうして?」
 「子供をいつでも大人の言う通りにさせたかったからよ。……
お仕置きのたびに恥ずかしい恥ずかしいって言われたら何もでき
ないでしょう」

 「そんなの今でもよ。ちょっとでも、お父様やお母様、先生の
ご機嫌を損ねると、誰が見ていてもお尻をむき出しにしてぶつん
だから。羞恥心なんて認められてないのと同じだわ」

 「それでも、私達の頃から見れば、あなた達はずいぶん楽なの
よ。昔はもっともっと破廉恥な罰が多かったんだから……でも、
今日のあの子はそんなに厳しい折檻にはならないはずよ」

 「わかるんですか?」

 「だって、服は着てるし、大の字じゃなくYの字縛りだし……
何より担任のクライン先生があんなに穏やかな顔をしてるもの」

 シスターは伯爵一行と一緒に歓談するクライン先生を見ている。
 彼らは、次に泉へとやって来たローザと担任のフォン・ボルク
先生の動向を見つめて、自分達が晒し者にしたアリーナの方には
あまり関心を示さなかったのである。
 アリーナのことが本当に一大事なら、こんな態度は取らないと
シスターは判断したのだ。

 そのローザと担任のフォン・ボルク先生の組もやっている事は
クライン先生がアリーナにした事と大差なかった。
 ローザは汚れたお尻を綺麗に洗ってもらい、発育検査を受け、
熱い鞭に臨む。

 そこまで確認してから、一行は思い出したようにアリーナの処
へと戻って来たのだった。

 「どうかしら、久しぶりに見たお友達の顔は?」
 クライン先生がアリーナの耳元で囁く。

 「…………」
 アリーナがそれに答えられずいると……

 「覚悟はできたかしら?」

 「…………」
 それに対するアリーナの答えは小さく唇を噛むこと。

 「恥ずかしい?」

 「…………」
 それには俯いてみせた。

 「仕方がないわね。でも、やらないと終わらないわ。…………
ね、終わらせてしまいましょう」

 「はい」
 やっと、小さな声がでた。

 クライン先生はアリーナの藍色のプリーツスカートを無造作に
捲りあげて、その裾をピンで留める。すると、そこに残ったのは
血色のいい少女の太股と白いショーツ。

 「…………」

 さらに、その白いショーツにも手をかけて、それを太股の辺り
まで引き下ろすと、その白い綿はドーナツのように丸く円盤状の
厚みを残してそこに留まっている。

 「…………」

 残ったのはお臍の下に広がるぷっくりとした膨らみと割れ目。
 これが子供達が最善言っていた『前のお尻』
 それはアリーナが間違いなく幼い女の子である事を示していた。

 「さあ、勇気をもって大きな声で言うのよ。『私はお仕置きを
果たせませんでしたから、新しいお仕置きをいただきます』って」

 アリーナは先生の言葉を耳元で聞いて、それを言葉に出さなけ
ればならない。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 でも、それはあまりに小さい声だったので……
 「もう一度。もっと大きな声で」
 再びクライン先生が囁く。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 今度はいくらか大きな声にはなったが……
 「もう、一度。もっと大きな大きな声で」
 再度、クライン先生が囁く。

 「私はお仕置きを果たせませんでしたから、新しいお仕置きを
いただきます」

 やっと、アリーナから大きな声が出た。大粒の涙と一緒に……

 女の子が、普段は人に見せない処を見せながら叫ぶ大きな声。
涙も美しいアリーナの肢体に、カレンは思わず引き込まれた。
 それまで、あまりにも厳しい折檻に目を背け続けてきたカレン
なのに、この時ばかりは、年下の女の子の純粋な美しさに心引か
れたのである。

 そして……
 クライン先生が、手にした房鞭でアリーナの前の膨らみを叩き
始めると、突き上げる慟哭の感情と共に一つのメロディーが頭の
中を支配する。

 『美しいわ!女の子って、こんなにも美しいんだ!』

 カレンはあらためて鞭打たれるアリーナを見ながら感動する。
 11歳と侮るなかれ、アリーナが鞭の痛みからそれ以外のもの
得て身体を美しく変化させていく姿がカレンには見て取れるのだ。

 カレンは女の子たちへのお仕置きが、実は、性のレッスンでも
あることをその豊かな感受性ですでに嗅ぎ取っていたのだった。

 ところが、そんな外野の思い入れはともかく、当のアリーナは
というと、とにかく恥ずかしかった。この場にいたくなかった。
逃げ出したかった。先生からお臍の下を叩かれている鞭の痛みは
お尻を叩かれることを思えばぐっと楽なのだが、とにかく恥ずか
しくて恥ずかしくて居たたまれないのである。

 もちろん、大人達の前で裸になってウンチを処理してもらったり、
むき出しのお尻を鞭で叩かれたりすることだって恥ずかしい事に
違いないが、子供にとって大人というのは親切にしてくれる大事
な人たちではあっても普段は別の世界に住む異邦人たち。これに
対して、日頃から顔を合せ、いつもおしゃべりのネタを提供しあ
っている同世代の子供達は、アリーナと同じ世界に住む同郷人だ。
同じように醜態を晒していても、アリーナには恥ずかしさの重み
みたいなものがまるで違っていたのである。

 「なるほど、これが地獄部屋と言われる由縁なんですね」
 ニーナ・スミスがすべてを察して伯爵に語りかけると、伯爵も
……
 「見る方も、見られる方も、地獄なんです」

 「どうして?見られる方は恥ずかしいでしょうけど、見る方は
楽しいじゃない?みんな笑ってるし……」
 おしゃまなグロリアが割り込む。

 「とこかろが、そうでもないんだ。グロリア、君はここで見た
ことを、生涯、誰にも話さないでいられるかい?」

 「えっ……」

 「これを見学した子はここで起こった事を誰にも言えないんだ。
その約束をずっと守れるかい?」

 「……大丈夫だよ。先生とのお約束だから……」
 グロリアは伯爵に笑って答えたがその笑顔は少し自信なさげに
見える。

 「普段は黙っていられても、この部屋の事がお友達の中で話題
になった時、思わずおしゃべりしてしまった子が何人もいるんだ。
そんな子は間違いなくこの部屋へ呼び出されて、その時たまたま
居合わせた子供達の前で、自分が話した事と同じ内容の罰を受け
なければならないんだ。半年たって、一年たって、思わずおしゃ
べりしたばっかりにここで痛い思いや恥ずかしい思いをした子は
たくさんいるんだよ。そんないつ爆発するかわからない時限爆弾
を卒業するまで背負わされるなんて、僕は残酷だと思うけどなあ」

 伯爵の言葉にニーナ・スミスが反応する。
 「たしかに、女の子に『おしゃべりをするな』『嘘をつくな』
と言うのは酷ですわ」


 結局14回。アリーナはお友達が見ている前で曝け出したお臍
の下をクライン先生から鞭打たれた。

 房鞭は一回一回ではそれほど強い衝撃はないものの、さすがに
10回を過ぎればお臍の下の痛痒さが増して苦しくなってくる。
それがピークになった頃、アリーナは戒めを解かれたのだ。

 「よかったわね、アリーナ」

 ニーナ・スミスがあらためてアリーナを迎えてくれたが、ただ、
これでもアリーナのお仕置きがすべて終了したわけではなかった。

 アリーナと同じようにお尻洗いに抵抗し、成長検査を嫌がり、
お尻への鞭で暴れたお友達のローザと二人並んで、大きな木馬に
乗せられたのだ。

 二人は、木馬に乗る前、それぞれの担任であるクライン先生と
フォン・ボルク先生から服を脱がされたが一切何の抵抗もしなか
った。まるで、幼児が母親から着替えさせてもらう時のように、
ただじっとしていたのである。

 『ここへ来たら、言われるままに行動し、必死に耐えなければ
ならない』
 彼女達は大変な思いをしてそのことを学んだようだった。

 アリーナとローザはキャミソールと短ソックスだけを身に着け
て、これからたっぷり一時間、大きな木馬を揺らし続けなければ
ならない。
 もし止まってしまうと、木馬から下ろされてお馬さんの代わり
に騎手の方がお尻を鞭で叩かれることになるからだ。


 「この先はまだ何かありますの?」
 ニーナ・スミスが尋ねると……

 「5から7号路の先にもそれぞれ個室があって、素行に問題の
ある子や成績に問題のある子が特訓を受ける場所になっているん
ですが、そこには我々は行けないんです」

 「そこって、一日中お仕置きされる処でしょう」

 グロリアが口を挟むと、伯爵は少女を胸の上まで抱き上げて…
 「そうだよ、14歳から上のお姉ちゃまが一日中、色んな先生
から交代交代で訓練を受けるんだ」

 「学校にもその部屋から通うんだよね」

 「そうだよ、朝起きた時と寝る前には必ずお浣腸とお鞭の罰が
あるしね、学校に着て行く服もそれ用の特別なものなんだから、
とっても恥ずかしいし……学校で、ちょっとしたミスを犯しても
お尻に鞭が飛ぶしね。色々と大変だよ。毎日が地獄の苦しみなん
だ。………でも、14歳を過ぎてるからね。ここでは大人として
扱われてて先生や司祭様意外、罰を見学することはできないんだ」

 「なあんだ、つまんないの」

 「グロリアはお転婆さんだから。こんな処に入れられないよう
に注意するんだよ」

 「わかった」

 グロリアは元気よく答えたが…
 「本当かい?」
 伯爵は微笑みながらグロリアの赤いほっぺを人差し指でぷにぷ
にする。そして……

 「さあ、帰りましょう」

 一行はこうして地下室でのお仕置き見学ツアーを終え、地上の
明るい陽の光の世界へと戻っていったのである。

********************(7)****

第11章 貴族の館(6)

            第11章 貴族の館

§6 修道院学校のお仕置き(4)
   地下室見学ツアー<3>

 地下室見学ツアーの一行は、当初舞台の袖でアリーナの様子を
見ていたが、彼女が舞台で宣誓を終えると、同時に舞台を下りて
しまった。

 「私達はこちらの方がいいでしょう。理事長の権限で懺悔室の
様子を窺うことも可能ですが、小学生のプライベートを覗き見る
のは紳士の趣味ではありませんから」
 伯爵はこう言って一行を先導する。

 舞台を下りるとそこは土間になっていた。舞台とは違いそこは
薄暗いので舞台上からはよく見えなかったが、そこには色んな物
が置いてあったのである。

 「これ、何でしょう」
 ニーナがまず目を止めたのは、幼児が遊ぶ木馬のようにもの。
足元に丸い板がはめ込まれ、揺れ動くところまでそっくりである。
ただし、サイズだけがかなり大きかった。

 「見ての通り木馬ですよ。幼い頃、遊びませんでしたか?」

 伯爵が茶目っ気を込めて笑うと……
 「でも、大きいですわね。これ大人用ですか?…大人の私でも
怖いくらい」

 「乗る子が大きいとサイズも大きく作らないといけませんから」

 伯爵の思いはニーナ・スミスにも伝わったようで……
 「そうですか。やはり、これもお仕置き用の……」

 「そういうことです。たいていの子供達は、この馬の背にお尻
丸出しで座らされるんです。眺めはいいですけど……要するに、
辱(はずかし)めですよ」

 「はずかしめ?」
 カレンはその古い表現を知らなかった。

 「カレンさんのようなヤングレディには関係ないことですよ。
でも、まだレディになりきれていないここの子供たちには、その
為の訓練が必要なんです。恥ずかしさに耐える訓練がね」

 そう言って伯爵が送った視線の先には……
 中世の昔に活躍したピロリーと呼ばれる晒し台や罪人を立たせ
た状態で大の字に拘束する柱。後ろ手に縛って吊るし上げる滑車
やおしゃべりが過ぎる子や嘘をつく子がかぶるお面。喧嘩相手の
子と一緒に首と両手首を拘束される枷など時代をタイムスリップ
したような器具が通路の側面にずらりと並んでいたのである。

 「まるで、中世に迷う込んだみたいですわね」
 ニーナ・スミスが苦笑すると……

 「貴族そのものが、現代に紛れ込んでいるのですから、それは
仕方ありませんよ」
 と応じたのである。

 そんな中世の遺品の森を抜けると、次は巨大な花瓶が現れた。
少なくともカレンにはそう見えたのである。

 見上げるほど大きなその花瓶に花は生けられていないが、常に
満々と水をたたえ、周囲に配置したライオンの口からは清らかな
山の水が勢いよくほとばしっている。

 「まるで、鍾乳洞にいるみたい」
 ニーナが感嘆する。
 その水音が高い天井に響いて天然のBGMになっているのだ。

 「ねえ、この板は何ですか?」
 カレンは、水の流れ落ちる場所に敷かれた二枚の板が妙に気に
なった。
 それは素朴な疑問の域をでない独り言のような質問だったのだ
が……

 「カレンさん。それ、何だと思います?」

 伯爵が悪戯っぽい目を向けたので、カレンは正直、困った顔に
なる。

 「もともとそこでは飲み水のほか鍋や食器も洗っていました。
でも、今はその必要がありませんから、もっぱら別の仕事で利用
されています。……さて何でしょう」

 「別の仕事?……洗濯ですか?」
 伯爵の笑顔には毒があるのをカレンは女の直感で見抜いていた
から、わざと的外れな答えを用意したつもりだったが……

 「正解。よく分かりましたね。それもこの泉の重要な仕事です。
お仕置きを受ける子供たちは、汚してしまった自分の服をここで
洗わされますから。でももう一つ、この泉には重要な役割がある
んです」

 「役割?」

 「ええ、それがこの泉の本来の役割なんですけどね」

 「…………」

 「分かりませんか?……ここで先生方は子供達の汚れたお尻を
洗っているんです。つまりここは……何と言ったらいいのかなあ
……」
 伯爵は少しためらってから……
 「……子供たちがお腹に溜め込んだ不純な欲望を洗い流す為の
トイレなんですよ」

 「…………」
 カレンの悪い予感が当たり、彼女は次にどんな声を出してよい
のか分からなくなってしまった。

 実のところ、カレニア山荘にも、二枚の板を渡した同じような
場所が裏庭の、それも泉のほとりにあったのだが、用途はここと
ほとんど同じだったのである。

 「もう少し待っていれば、懺悔室でお浣腸を受けたアリーナが
先生方に両脇を抱えられて、ここへ来るはずです」

 「そんなこと、わかるんですか?」

 「ええ、そうならないケースは、ほとんどありませんから……
ほら、噂をすれば……ですよ」

 伯爵の視線の先に、大人二人に両脇を抱えられたアリーナの姿
があった。


 彼女は懺悔室の狭い空間の中で、御簾一つ隔てただけの司祭様
に向って、自分でも嫌になるほど、この一週間自分がいかに悪い
子だったかを洗いざらい白状させられたあげく、日頃、欲求不満
ぎみのシスターたちから、邪悪な心を洗い流すた為だと称して、
強姦さながらにイチジク浣腸を60㏄も受けていたのである。

 通常はグリセリン50%溶液なら30㏄が大人の一回分である。
それを11歳の体に60㏄入れたのだからアリーナのショックは、
いかばかりか想像に難くないが、それでもすぐにおトイレへ行け
るならまだしも、こうした場合、処置を受けた簡易ベッドからは
すぐに開放されないのである。

 まずは、何人ものシスターたちによって、今、着ている衣装を
すべて脱がされたあげく、代わりにオムツだけを穿かされた姿で
再び寝かされる。

 「トイレ、トイレ……漏れちゃう」
 アリーナはこの時点でうわごとのように同じ言葉を繰り返して
大人達にすがったが、周囲の大人達はアリーナを見て、ただただ
微笑むだけ。彼女の切実な願いに耳を貸す者は誰もいなかったの
である。

 アリーナにとっては、もちろんこれでも十分に屈辱的なのだが、
事態はそれだけではない。
 御簾一つ向こう側にいた神父様が、今度は役目を代え司祭様と
なってアリーナ側へとやって来たのだ。

 『男の人!』
 どんなにパニクっていても、アリーナにとっては、そこが重要
だった。

 「司祭様、祝福を……」
 担任のクライン先生がこう言ってアリーナを抱き上げてると、
司祭様がその子のために頭や胸、お腹、足、手、はてはオムツを
したお尻や股間までも十字架を掲げて神様のご加護を祈ってくだ
さる。

 『そ、そんなことは、おトイレのあとで……』
 誰たってそう言いたいところだが、もちろん、それが許される
わけがない。

 ただ、その代わり……
 「辛かったら、お漏らししてもいいのよ」
 担任のクライン先生にはそう言ってもらえるのだ。

 ただ、いかに幼いとはいえ10歳過ぎた子が…
 『では、お言葉に甘えて…』
 とはならないわけで、顔を真っ赤にして頑張るだけ頑張る事に
なるのだった。

 もちろん、過去に不測の事態が生じたことも何度かあるのだが、
『人間、やればできる』ということだろうか、こんな過酷な条件
にも関わらず、噴水に辿り着く前にお漏らしした子は、長い伝統
の中にあっても指折り数えられるほど例外的だったのである。

 この時のアリーナも、すでに意識朦朧といった様子で運ばれて
来たが、無事、二枚の渡し板の処まで辿り着くと、クライン先生
からオムツを脱がしてもらい用を足すことができた。

 ただ、伯爵たち一行が、少し離れた処から自分を見ていること
など眼中になかったのである。

 オムツを先生に脱がしてもらい、赤ちゃんと同じように両方の
太股を持たれて、赤ちゃんのようにして用を足したアリーナは、
ほっとした瞬間、異様な視線を感じて回りを見る。そして、今、
自分がどんな姿をしているかをたちまち理解するのだった。

 「!!!」
 真っ青になるが、どうすることもできない。
 当然、身体をよじって、先生の椅子から下りようともしたが、
それも許されなかった。

 「だめよ、全部、身体のものを出してしまわないと、次のお鞭
の時にまたお漏らししてしまうでしょう」

 担任の先生にそう言われれば幼い子は従うしかない。クライン
先生は強い調子はなく抱き上げたアリーナに優しく接していたが、
妥協はしなかったのである。

 3分間アリーナはその恥ずかしい姿勢を続けなければならない。
 その3分間が、アリーナへのお仕置きだったからだ。
 そんな彼女にできる事といえば、ただうなだれて顔を上げない
事ぐらいだった。


 もちろん、お仕置きはそれだけではない。
 3分間の晒し者の時間が終わると……

 「ここに立ってじっとしてなさい」

 二枚の渡し板の上に立ちライオンの口にお尻を向けたアリーナ
は、大人達から前が丸見え。
 でも……

 「前を隠さないの。両手を頭の後ろに回して、組んでなさい」

 さらに、女の子にとっては他人から触れられたくない処へも、
ずかずかと大きな指が入ってくる。

 「痛い!」
 そう訴えても……

 「我慢しなさい。痛いこと恥ずかしいことをするのがお仕置き
なのよ」
 と受けあってくれない。

 そして、お股の中やお尻の穴まで洗ってもらった後に、全身を
くまなくバスタオルで拭いてもらうのだが……

 「さあ、今度は四つん這いになって……」

 「…………」
 恥ずかしそうに甘えてみても……

 「なあに、その目は………ちゃんと拭き取らなきゃ、あなたの
お尻、下痢したウンチでまだ汚れているかもしれないでしょう」
 にべもなかった。

 もちろんアリーナは、『そんな事は自分でやります』と言って
みたかった。が、言ってもどうにもならないとわかっていたので
やめてしまう。

 嫌も応もない。渋々四つん這いになると……
 先生は勝ち誇ったような目でその可愛いお尻を見つめてから、
その割れ目を大きく押し開き、すでに汚れなどほとんどない残っ
ていない菊座を乾いたタオルで手荒く拭き取るのだった。


 「さあ、いいわ。あとは発育検査ね」

 この声におとなしくなったはずのアリーナが反応する。
 『さすがにそれは……』
 という顔になったのだ。

 もちろんその原因は、伯爵、ニーナ、カレン、それにグロリア
たちにあった。比較的親しい関係にあるクライン先生とは異なり
彼らはアリーナから見れば他人にすぎない。

 しかし、クライン先生は厳しかった。
 「なあに、その仏頂面は!…あなたみたいな子供が恥ずかしい
なんて言える資格はないのよ。ましてや、今は、お仕置き中だと
いうのにそんな反抗的な態度をとって……鞭は9回の約束だった
けど、あなたの方に約束違反があったので12回にします。……
いいですね」

 「…………」
 アリーナが答えないと……

 「いいですね」
 語気を強めて言う。

 「はい」
 いかにも残念そうな声が小さく聞こえた。と、同時に恨めしそ
うな顔を伯爵たちに向けてしまったのである。

 「アリーナ、何て顔してるの。あなた、お客様に失礼ですよ。
そんな目で伯爵様を睨むなんて。そもそも、ここでのお仕置きは
子供の義務です。義務を果たさない子には、さらに追加の義務が
生じます。私は何度もあなたに教えたはずよ」

 「はい、先生」
 青菜に塩といった感じで、アリーナはすぐに申し訳なさそうな
顔を作ってクライン先生に見せたのだが、同性の先生は女の子の
パフォーマンスだけでは信用しなかった。
 だから、さらに意地悪を……

 「よろしい、では、私の方を向きなさい。…………これから、
このベッドへ仰向けになって発育検査をしますけど、今回の検査
は伯爵様にやっていただきます」

 「えっ!」
アリーナはこの場所で声を立ててはいけないとわかっていた。
わかっていたからこそそのつもりでいたのに、身体が勝手に反応
してしまったのだ。

 しかし、そんな乙女の事情を先生は寸借してくれない。

 「何が『えっ!』なの?……伯爵様に対して無礼な顔をした罰
としては当然じゃなくて……『純潔、勤勉、奉仕』がモットーの
我校の生徒が純潔の証をたてる絶好の機会じゃないの……」

 「…………」

 「あら、どうしてまた『そんなあ~』ってお顔に戻るのかしら
ね?さっきの従順なお顔は作り物だったみたいね?……いいこと、
アリーナ。子どものあなたは親や教師に対して隠せる処は一つも
ないの。年齢が上がれば公の場所ではそれなりの配慮もするけど、
必要とあらば、あなたはその体のどの部分も愛する人の前に晒さ
なければならないわ。見苦しい秘密も、穢れた身体も、何も持っ
ていませんと胸はっていえる事が我校でいう純潔よ」

 「はい、先生」
 アリーナはがっかりした様子で答えた。幼い彼女には、それが
精一杯の返事だったのである。

 「まだ、わかってないみたいね。いいわ、あなたにとって何が
一番大事なことなのか。分からないなら痛みの中で考えなさい。
鞭はもう二つ増やして14にします」

 地獄の世界の子供たちは、大人達から何を言われ何をされても、
ひたすら従順でなければならない。
 大人たちがスカートをまくり、ショーツを下ろし、……たとえ
『裸になれ』と言われても、驚いたり躊躇などしてはいけなかっ
たのである。

 ちょっとした反抗的態度や嫌なそうな顔を見せただけでも、罰
はどんどん増えていくからだ。
 そして、理想と考える少女としての立ち居振る舞いが身につく
まで、大人は何度でも子供達をここへ呼ぶことになるのだった。

 子供達がここに呼ばれるのはもちろん一義的には罪あっての事。
そのお仕置きの為だが、大人たちの本音は、この子たちがお嫁に
行った先で受けるであろうご主人のお仕置きをどうやって美しく
受けさせるか。その訓練をさせておくことだったのである。

 今とは違い、男はサディスティクな人が多く、夫人がその性癖
を満足させてやるには、自らマゾヒティックな喜びを知っておく
方が都合がよかった。子供達への厳しいお仕置きもそうした実情
に配慮した一種の性教育なのだ。
 だから、地獄部屋でのお仕置きは生徒全員が受けなければなら
ないレッスンで、優等生なら地獄部屋へは呼ばれないということ
ではなかったのである。


 仰向けになった革張りベッドの上で、アリーナは無為の時間を
過ごした。

 伯爵はアリーナの発育検査を遠慮したが、それでも、アリーナ
は素っ裸の自分、両足を高く上げ、普段は絶対に人には見せない
処までも他人にさらしている自分がどうにも理解できないでいた。

 クライン先生から、こちょこちょと自分の性器を触られている
ことにも何の感慨もわかなかったのだ。

 『隠す物がなくなってしまった時、女は自分が自分である事を
証明できなくなる』

 そんなことを言った人がいたが、アリーナにしてみれば、その
時間は、まさに自分がこの世に存在しないほどの虚無感だったに
違いなかった。


 そんな空虚な時間が、今度は一転して暑い季節に早変わりする。
 発育検査が終わると、アリーナは約束の鞭を受けなければなら
ないのだ。

 今、仰向けで寝ていた革張りベッドの上に小さなクッションが
置かれ、そこに今度はうつ伏せになる。
 可愛いお尻だけが、ぽっこり浮いた格好だった。

 カレンやニーナや伯爵、それに介添えのシスターまでもがこの
小さな身体を押さえつけるなか、クライン先生は、満足げにこう
言うのだ。

 「アリーナ、だいぶよくなってきましたね。これなら、未来の
あなたのご主人も、きっとあなたを可愛がってくださるはずよ。
女の子は、与えられた場所がどこであれ、そこが神に与えられた
場所ですからね。そこで幸せを掴まなければなりません。従順さ
としたたかさを兼ね備えていなければなりませんが、あなたの歳
で、まず学ばなければならないのは、従順さです」

 「!」
 その瞬間、革紐鞭の冷たい感触がお尻を撫でたのでアリーナに
緊張が走る。思わず、身体が反応したが……
大の大人四人にがんじがらめに押さえつけられている11歳の
少女の身体がピクリとでも動くはずがなかった。

 「さあ、いきますよ。歯を喰いしばりなさい」

 こう言って、しばらく間があって最初の一撃がやって来た。

 「ピシッ」

 「ひぃ~~~」
 たった一回の鞭なのに、痛みがアリーナの脳天を突き抜ける。

 こんなの初めてだった。最初は軽く優しくといったそれまでの
約束事がここでは通用しないことを悟る一撃だったのである。

 『ちょっと、タンマ』
 アリーナは思わず心の中で叫んだが、そんなこと、何の役にも
たたない。

 続けて二回目。

 「ピシッ」

 「いやあ~~~」
 大人たちに身体を押さえてもらっていなければ、上体だけでも
起こしていたに違いなかった。
 もちろん、そうなったらさらにお仕置きが追加されるだろう。

 「ピシッ」

 「だめえ~~」
 何がダメなのか、アリーナ自身もわからない。でも、とにかく
鞭のお仕置きを一旦中止して欲しかったのだ。
 その思いが、頭の上にいる怖いクライン先生に届く。

 「何が、ダメなの?あなたの態度がダメなだけよ。さあ、心を
入れ替えるにはまだまだよ。ほら、しっかり歯を喰いしばって…
さあ、次行くわよ」

 先生は、アリーナのお尻にトォーズを軽く触れさせて、覚悟を
決めさせてから……

 「ピシッ」
 「(ひぃ~~~)」
 脳天だけじゃない。お尻へのショックが神経を伝って電気信号
のように流れ、両手の指や両足の指から抜けていくのがわかる。

 「ピシッ」
 「(死ぬ~~~)」
 あまりにも強く目を閉じていたので、目を開けても一瞬目の前
が真っ暗に……再び目を閉じると、そこには無数のお星様が……

 「ピシッ」
 「(とめてえ~~~)」
 もう、何でもいいから、やめて欲しかった。身体がばらばら、
心もばらばら……次の衝撃で本当に身体がばらばらになるんじゃ
ないかって心配したほどだったのだ。

 そんな気持が通じたのか、クライン先生はまた小休止を入れて
くれる。
 実は先生、アリーナがまだ鞭に耐性がないのを見て、これでも
かなり抑えて叩いているのだ。彼女くらいのベテランになると、
その子がいくつで、今の体調がどうか、鞭に慣れているかどうか、
などを総合的に判断して自在に衝撃を調整できるのだった。

 「さあ、始めるわよ。泣いていても終わりませんからね。……
しっかり歯を喰いしばって、ベッドの端をしっかり握ってなさい。
ベッドに抱いてもらうつもりで握りしめるの。そうすればいくら
か違うはずよ」

 先生のアドバイス通りにしてから、また、次が……

 「ピシッ」
 「(ひぃ~~)」
 アリーナの太股が痙攣したかのように小さく震える。

 「(もう、こないで!)」
 アリーナの願い虚しく次が……
 「ピシッ」
 「(ひぃ~~)」
 また、目から無数の星がまたたいた。

 「ピシッ」
 「いやあ~~もうしないで……いやいや、だめだめ」
 アリーナは突然わめきだす。それまで幼いなりに必死に耐えて
きた理性の糸がプツンと切れてしまったようだった。

 しかし、そんな可哀想な子のお尻に先生は再び……
 「ピシッ」
 「いやだから~~~だめだから~~~ごめんなさい~~~」

 さらに、もう一つ……
 「ピシッ」
 「ぎゃあ~~~」
 その一段と大きな声と共に、アリーナは両足を必死にバタつか
せる。
 おかげでカレンとニーナが両手で押さえていたアリーナの右足
と左足の戒めが外れ、その際、カレンはアリーナの踵で顎を蹴ら
れてしまう。

 「カレンさん、大丈夫ですか?」
 クライン先生も慌てたが、カレンは笑顔で応じて…
 「大丈夫です。何でもありませんから」
 と答えた。

 確かにカレンは大丈夫だが、アリーナは無事ではすまなかった。
 「アリーナ、もう、いいからベッドから起きて、カレンさんに
謝りなさい」
 クライン先生がもの凄い剣幕なのだ。

 彼女は服を着るように命じられ、カレンに非礼を謝ったのだが、
それは決して残った鞭を免除するという事ではなかったのである。

******************(6)******

第11章 貴族の館(5)

            第11章 貴族の館

§5 修道院学校のお仕置き(3)
   地下室見学ツアー<2>


 四号路も他の廊下と同じように暗い廊下の先に部屋があった。
その部屋の入り口には奇妙な文字が書いて掲げてある。

『Beatus vir, qui suffert tentationem,』

 「何って書いてあるの?」
 グロリアが早速意味を尋ねた。

 「『試錬を耐え忍ぶ人は幸いである』ヤコブの手紙1章12節
にある言葉だよ」

 「お仕置きって、試練なんだ」

 「そうだよ。学校に刑罰はないもの。救われない罰はないんだ。
罰を受ければ、必ず救われ、復帰できる。だから、正確にはここ
だって『煉獄』なんだろうけど…ただ、ここで行われるお仕置き
は、清書の罰なんかとは違って問答無用の体罰。それも女の子に
すれば、耐え難いほど破廉恥で厳しい折檻だからね。それまで、
ろくにお仕置きされた事のない生徒にしてみたら『地獄へ堕ちた』
って思えるくらいの衝撃なんだ」

 「ふうん」

 グロリアに続いて珍しく、カレンが口を開く。
 「ここの生徒さんって、それまで体罰は受けないんですか?」

 「爵位のあるような家に家庭教師で行くとね、たとえそこの子
が悪さをしても、無闇に叩けないんだ。親がいくらかまわないと
言ってもそこは気を使うんだよ。そこで、同じ年頃の子を連れて
行って、一緒に遊ばせ、勉強させて、何かあったらその子の方を
ぶつことで王子様王女様に反省を促すというのが一般的なやり方
なんだ」

 「効果あるんですか」

 「僕の経験で言うと、あるよ。僕にだって善悪の判断はできる
し、良心の呵責もあるから……本来、僕の責任であるべきところ
を、一緒にいる友だちがまとめて背負い込んでるのを見るのは、
やっぱり辛いもの。僕だって、伯爵家の次男坊だろう、家庭教師
から実際にぶたれたことはなかったんだ」

 「じゃあ、これまで一度も……」

 「そんなことないよ。ギムナジウムへ行けば、否応なしに体罰
はあるからね。鞭でお尻をぶたれたのも一度や二度じゃないよ。
それまで経験がない分、慣れてなくて、死ぬほど痛かった」

 伯爵は笑ったが、カレンは真剣な顔で……
 「鞭って、慣れるんですか?」

 「ああ、慣れるよ。家で散々叩かれつけてた子は、懲罰室から
出ると口笛ふいて宿舎に戻ってたもの。僕だって上級生になる頃
には段々平気になっていったから……」

 「そうなんですか」

 「ただ、僕たち男の子の場合はそのほとんどがお尻への鞭なん
だけど、女の子の場合は色んなことやられるからね。慣れるのに
時間がかかるんじゃないかな」

 「色んなこと?」

 伯爵はカレンの独り言には答えず……
 「さあ、みんな、入ってみるよ」
 映画館にあるような重く厚いドアを開けて、他の三人がそれに
つき従ったのである。

 「わあ~~広い」
 グロリアが叫ぶ。
 グロリアだけではない、ニーナにとっても、カレンにとっても
そこはこれまで部屋とはまったく違った印象を受けた。

 天井が高く、まるで体育館か講堂のようにとにかく広いのだ。
おまけに他の部屋にはなかった大きな窓までがあって、外からの
光が入ってくる。三人には、とても開放的な空間が広がっている
ように感じられたのだった。

 「これはこれは、伯爵様。お待ち申しておりました」

 一行が部屋に入ってくると、さっそく小柄で童顔の婦人が挨拶
に出向く。
 皺さえなければ、ここの生徒と見間違うほどの顔立ちである。
どうやら彼女、ベイアー先生からの内線電話で事の次第を事前に
知らされていたようだった。

 「はじめまして、スミス先生。私がマヌエラ=リヒターです。
決して心地よい場所ではございませんが、よろしければ、どうぞ
ご覧ください」
 リヒター女史はまず最初にニーナ・スミスと挨拶をかわした。

 「リヒターさん。今日は誰か予定があるんですか?」
 伯爵が尋ねると……。

 「そうですね……」リヒターは手持ちのファイルを捲りながら
「……12歳の子が3人と13歳の子が2人、11歳の子も2人
……今のところこの7名です。……あ、そうそう、14歳の子も
2人分予約が入っていましたが、特殊な事情によりキャンセルに
なってます」

 リヒター女史は意味深に伯爵を見つめ、伯爵も微笑を返す。
 すると、ここでニーナが誰に対してというのではなく口を挟む。

 「ここでは厳しいお仕置きをなさると聞いていたのに、みんな
幼い子ばかりなんですね」

 これに対してマヌエラが応じた。
 「先生はブラウン先生の学校で校長先生を勤めていられるとか、
やはり、そうしたことをお気になさいますか?」

 「ええ、まあ……」

 「それは立場の違いですわ。うちの生徒は、先生の処のように
職業を持って世に出ることを目指していませんから……あくまで、
お嫁に行って、そこで子供を産んで育てることが本義なんです」

 「その事と、何か関係あるんですか?」

 「ええ、女子は11歳から13歳の頃、ほんの一時期ですが、
男の子を体力で上回る時期があるんです。この時期は精神的にも
男の子に近くて、芸事にしろ、スポーツにしろ、鍛えれば伸びる
大事な時期です。ただ、ここであまりにも自由にやらせてしまう
と『自分は男以上の力があるんだ』とか『男はだらしない生き物
なんだ』といった誤解が生じかねないのです」

 「でも、それって自信に繋がりましょう?」

 「ええ、ですから、先生の処のように職業婦人としてその子の
将来を展望されるなら、褒めて伸ばすよい時期なんです。でも、
うちのように大半が良家に嫁ぎ、夫につき従って円満な夫婦関係
を維持するのが子たちの目標となると……厄介な問題もあるわけ
です」

 「なるほど、躾の問題でしたか。……でも、そうなると、……
その年頃の子は受難ですわね」

 「ええ、14歳からは社交界へのデビューも控えていますから
それほどハレンチな事もできませんけど、その少し前は大変です。
幼い頃のように周囲も甘やかしてくれませんし、かといって大人
としても見てもらえませんから、試練、試練の連続。何かミスを
しでかすたびに『お仕置き』『お仕置き』で追いまくられること
になります」

 「では、ここへも一度ならず……」

 「ええ、11歳から13歳の間は一学期に一度は必ず……二度、
三度という子も珍しくはありませんわ。中には、二三週間に一度
は必ず顔を出す常連の子もいますのよ」

 「まあ、それじゃあ身体がもちませんわね」

 「ええ、ですから、ここへの呼び出しは二週間に一度と決めら
れているんです。お仕置きはお仕置き。刑罰ではありませんから、
身体を壊したら何の意味もありませんもの」


 リヒター先生がニーナ・スミスとおしゃべりしているうちに、
今日の主役達が分厚い扉を押して入ってきた。

 「お客様の到着ね」
 リヒター先生はそう言うと、入ってきた子供たちに向って声を
掛けた。

 「さあ、みなさん。舞台にある椅子、どれでもいいですから、
座ってください」

 一行がリヒター先生と話していたのは入口を入ってすぐの場所。
そこは舞台の下手にあたる場所で、そこからフラットに広い舞台
が広がっていた。

 ちなみに、舞台をおりると、そこは舞台の何倍もある広い広い
土間になっていて、奥にはなぜか噴水が湧き出ている。

 「あれ、噴水なの?」
 グロリアが訊ねると、伯爵が説明してくれた。

 「戦時中、ここは爆撃を逃れるために作った礼拝堂だったんだ。
噴水も非難した人が飲み水に困らないように自噴の井戸を掘った
なごりなんだよ。だから今でも地下から自然に水が湧き出てて、
溢れた水はあの窓の外にある崖の方流れ落ちてるんだ」

 「あの窓からお外へは出られないの」

 「無理だね、とっても高い崖だから……ほら、そんなことより
始まるよ。君も見ておいた方がいい。一年たったら、君だって、
ここへ罪人として来るかもしれないんだからね」

 伯爵の言葉に、しかし、グロリアは強気だった。

 「大丈夫よ。わたし、普段から先生たちとは心安くしてるから、
ここへは二度と来ないと思うわ」

 底抜けに明るいグロリアの言葉。そんな一点の曇りもない自信
が、いったいどこから湧いて来るのか、大人達は不思議だった。

 いずれにしても、今日の催し物は、今まさに開催されんとして
いたのである。

*************************

 伯爵が先ほど説明したように、舞台にはミサを執り行う祭壇の
跡が今でも残っており、子供たちは、それを見つめるように配置
された七脚の椅子にそれぞれ個別に腰を下ろしていた。

 「さあ、では始めましょう」
 リヒター先生が開催を宣言する。

 「ここに何度も来ている残念な人たちは『またか』と思うかも
しれませんが、今日はここが初めての子もいるみたいなので説明
しておきます」

 リヒター先生がそこまで言うと、アシスタント役のシスターが
何やら金の縁取りまである仰々しいファイルを子供たちの名前を
確認しながら手渡していく。

 それが全てに行き届いたところで、先生は再び口を開いた。

 「今、お渡ししたファイルは、あなたのお父様があなたの為を
思って学校へ提出してくださった『身分剥奪証』です。そこには
学校が必要と認める時は国王陛下の名の下に爵位の効力を一時的
に停止させると書かれています。要するにここでお仕置きを受け
る時、あなたたちは平民の身分ということです」

 「…………」
 リヒター先生の説明は、大人たちには分かりやすいメッセージ
だったが、子供たちにしてみると、そんなこと言われてもピンと
こない。たしかに、彼らはぶたれた経験がほとんどなかったが、
それは生まれてこの方、当たり前の事で、それが自分達の身分に
起因しているなどとは考えもしなかった。

 「あなたたちは、これまでその身分に守られてお仕置きを経験
したことがほとんどなかったと思いますが、今は試練の時です。
試練を潜らない人に強い人はいませんから、お父様は、愛する娘
のために泣く泣く『身分剥奪証』を出されたのです。あなた方は
そのお父様の愛に感謝を示す意味でキスをしなければなりません」

 リヒター先生はこう言って手渡したファイルにキスを強制する。
そして、こうも付け加えるのだった。

 「お仕置きは愛です。貧しい家でよくやられている親の腹いせ
の為の虐待行為とここは一緒ではありません。どこまでもあなた
方の為にする愛の行為なのです。ですから、私達もあなた方への
鞭は、あなた方が耐えられる限界までしか強めません。ですから、
あなた方もそれに必死に耐えて、悲鳴をあげたり手足をバタつか
せるなどといった庶民の子がするような悪あがきをしてはいけま
せん。貴族の子は貴族の子らしく、お行儀よくお仕置きを受けな
ければならないのです。……もし、見苦しいマネをするようなら、
こちらもさらに強い愛を注ぎ込まなければならなくなりますから。
……わかりましたね」

 「はい、先生。……先生、お父様、お母様、国王陛下、司祭様、
マリア様、そして全知全能の神様の愛が私達に届きますように」

 リヒター先生に向って生徒達は一様に答えた。こんな時はこの
ような言葉で宣誓しなければならないと教えられていたからだ。
 だからみんな大真面目。当時の貴族社会にあってはお仕置きと
いえど折り目正しくが正論だったのである。


 そのファイルに全員が感謝のキスをしたのを確認すると、ファ
イルはシスターによって回収され、いよいよお仕置きが始まる。

 「アリーナ。あなただけここに残って、他の子は椅子を持って
舞台の端へ移動しなさい。そして、背もたれを噴水の方へ向けて
椅子の前に膝まづき、座板の上で両手を組むのです。……そこで
自分の番が来るまで、この一週間の悪い行いを全て思い出して、
反省し、お祈りをするのです。……分からない子はお姉さんたち
と同じことすればいいですから見て覚えなさい」

 リヒター先生は、こうして他の子たちを舞台の中央から遠ざけ、
こちらが見えないようになると、さっそく最初の子供、アリーナ
を祭壇の前で膝まづかせる。
 アリーナが人の気配に気づいて振り返ると、そこには学校での
担任クライン先生が自分と同じように膝まづいている。

 クライン先生は何も言わないが、幼いアリーナにしてみると…
 『あなたは、もう逃げられないのよ』
 と言われているみたいだった。

 「胸の前で両手を組みなさい」
 リヒター先生の声がいつもにも増して厳かに聞こえる。

 アリーナが言われた通りにすると…
 「これから、あなたは懺悔聴聞室で司祭様に犯した罪の全てを
告解しなければなりません。そのことは知ってますね」

 「はい」
 アリーナは小さな声で答える。

 「分かっているとは思いますが、その時、あなたは罪の全てを
包み隠さず司祭様に申し上げなければなりません。もちろん、嘘
は絶対に許されません。ここに来たからには、調べはついている
のです。わかるでしょう?」

 「はい、先生」
 アリーナの声は蚊の泣くように小さい。

 「声が小さいようですが、本当にわかっていますか?ここでの
お話はお友だち同士の告解ごっことは違います。どんなに小さな
嘘も、些細な隠し事も……いえ、たとえその罪を忘れていただけ
でも許されません」

 「…………」
 アリーナの顔が青ざめる。

 「どうしてだかわかりますか?……懺悔室ではね、罪を犯した
ことを忘れること自体、罪だからです。……もちろん、それも、
お仕置きの対象です。ですから、あなたは、この一週間に起きた
すべてのしくじりを必死に思い出して、司祭様に告解しなければ
なりません。……いいですね」

 「はい」
 アリーナは精一杯の声を出したつもりだったが、それは普段の
声量の三分の一にも満たないかすれ声だった。

 「よろしい、では、まず、マリア様に誓いをたててから懺悔室
へまいりましょう」
 クライン先生がこういうと、担任のクライン先生がアリーナの
ために後ろから口ぞえをしてくれた。

 「マリア様、私は真実だけを述べ、決して友だちを傷つけない
事を誓います」

 「…マリア様……私は……真実だけを述べ……決して友だちを
傷つけないことをお誓いします」

 「もし、約束を破った時は、どんな罰でも受けます」

 「…もし、……約束を破った時は……どんな罰でも受けます」

 クライン先生の言葉を鸚鵡返しに述べる。11歳のアリーナに
は、それが精一杯の宣誓だった。

 「わかりました。その宣誓した言葉を忘れてはいけませんよ」

 クライン先生から優しい言葉を貰い、アリーナはこの場を離れて、
懺悔室へと向う。

 『もう、死にそう。わたし、これからどうなるの……』
 アリーナは心の中で愚痴を言う。

 アリーナにとっても懺悔はこれが初めてではなかった。家でも、
学校でもそれはあったが、それは『これこれの罪を懺悔しなさい』
と親や先生に強制されただけ。自ら罪を思い出しながら懺悔した
なんて経験はないのだ。だからアリーナの心臓はすでにこの時点
で、はち切れんばかりに小さな胸を打っていたのである。

*******************(5)****

第11章 貴族の館(4)

      第11章 貴族の館 

§4 修道院学校のお仕置き(2)
  地下室見学ツアー <1>

 「コン、コン、コン」
 その音に反応して中で声がする。

 「誰?」
 その声は少し尖った感じの響きだったが……

 「僕だよ、 ベラ< Bella >」

 伯爵がそう告げると、とたんに声色が変わった。
 「これは、これは伯爵。今、鍵を開けます」

 彼女は内鍵を開けると、笑顔で三人を迎え入れる。
 すると、伯爵の目に幼い女の子が映る。

 「おや、また逢ったわね」
 それは、さっき伯爵たちが廊下で出会った、一番年下の女の子
だった。

 「君、名前は?」

 「グロリア=アグネス=ロンベルク< Gloria=Romberg >」

 「いい名だ。たしか、あそこは音楽家の家系だったかな。君も
やるの?」

 「………」少女は最初おかっぱ頭を横に振るが、あとで「……
少しだけ……」と愛くるしい顔で笑って付け足した。

 「そうだ、君はここが初めてだって言ってたね」

 伯爵は思い出したようにそう言うと、副校長のベラ=リンクに
向って訊ねた。
 「この子への宣告は終わったんですか?」

 「いいえ」

 「そう、それなら今日の処は、この子を私に預からせてくれま
せんか?」

 「ええ、それは構いませんけど、どうなさるおつもりですか?」

 「社会科見学ですよ。この地下室の……勿論、一年生をここに
呼ばれたからにはそれなりの理由がおありとは思いますが、まだ、
学校へ入って来て日も浅いのにいきなりぶたれた可哀想でしょう」

 副校長は穏やかに微笑んで……
 「そうですか。……ま、それはこの子に関しては、必要ないと
思いますけど、伯爵様がそういうご意思でしたらこちらとしては
問題ございませんわ。幼い子への体罰は私も望みませんので……」

 という事でグロリアは罪人の身でありながら、伯爵達の地下室
見学ツアーに参加することになった。

***********************

 「二号路は図書室になっているんです」

 伯爵は、ここへ降りてきた階段の処まで一旦戻ると、そこから
一号路の隣りに伸びる二本目の通路へと入っていく。

 その行き止まりにある部屋は比較的大きな広間になっていて、
ドアも大きく開いたままになっていた。そこでは十人ほどの子供
たちが黙々と何か書き物をしている。

 「みなさん、お勉強ですか?」
 ニーナ・スミスが訊ねると……

 「まあ、そう言えば言えなくもありませんけど……課題として
だされた本のページを書き写して、隣りの部屋にいる先生の処へ
持っていかなければならないんです」

 「百行清書みたいなものですか?」

 「ええ、まあそういったところです。書くのは一回なんですが、
何しろ長文なので結構骨が折れますよ」

 「それに汚い字だとやり直しさせられるんです」
 グロリアが思わず口を挟むので……

 「やったことあるのかい?」
 伯爵が微笑むと……

 「もちろん」
 そう言ったグロリアの顔は明るい。褒められることではないが
グロリアはどこか自慢げな顔だった。
 「それから、その書いた内容を質問されるの。答えられないと、
また覚えなおし……1時間くらいかかることもあるから大変なの」

 「何だかこの罰をすでに何回も受けてるみたいな口ぶりだけど
……グロリアちゃんはお転婆さんなのかな」

 伯爵にこう言われて、さすがに少し恥ずかしそうな顔になった
が……
 「そんなにお転婆じゃないけど、担任のマートン先生は私の事
をおしゃべりな小鳥だって……授業に集中してないって……私は
そんなふうには思ってないけど」

 「これはこれは伯爵閣下。今日はご視察ですか?」
 話しかけてきたのはカミラ女史。黒縁メガネがトレードマーク
のこの部屋の管理人である。

 「お客人を色々と案内してるんだ」

 「こんな処をですか?」

 「こちらは、ニーナ・スミスさん。カレニア山荘で校長先生を
なさってる。こんな処でも、何らかのお役にたつかもしれないと
思ってね、見ていただいてるんだよ。見せてあげてもいいかな?」

 「ええ、私はかまいませんけど、ここは子供たちのお仕置きの
ために設けられた施設ですから、聞くに堪えない悲鳴や見苦しい
物もたくさんありますけど、よろしんですか?」

 「かまわないよ。うちのありのままを見せたいんだ」

 「ところで、そちらの娘さんは秘書さんですか?」

 「カレン・アンダーソンさん。これでも作曲家だよ」

 「ああ、カレンさん。存じてますよ。最近、チビちゃんたちが
よく弾いてますから……でも、こんなに、お若いとは知りません
でした」

 カミラ女史は若いカレンに対しても古くから友人のように笑顔
でもてなす。
 ただ……

 「あと、お連れはいらっしゃいませんね……あっ、あなたは、
違うわね」

 伯爵の腰に隠れるようにしてこちらを見ているグロリアを見つ
けると、こちらには渋い顔で睨みつけた。

 「お譲ちゃん今日は何を清書するように言い付かってきたの?」

 カミラ女史がこう詰問するから伯爵が中に入った。
 「いや、この子も私たちの連れなんだ。まだ新入生だし一度は
こんな処があることを知っておけば、ここへ顔を出す回数も減る
んじゃないかと思ってね。こういう処は初めてだって言うし……」

 こう言うと、カミラは吹き出すように笑って……
 「伯爵様は、相変わらず女の子にお優しいんですね。……でも、
この子、ここが初めてじゃありませんよ」

 「えっ、そうなの?」

 「確かに、一般的に新入生はまだ幼いですし、学校にも慣れて
いませんから、本校でも体罰は奨励していませんけど、この子に
限って言えば例外です。もう、ここに顔を出したのが4回目です
から」

 「おや、おや」
 伯爵はグロリアを見下ろして苦笑い。
 そして、それを見上げるグロリアも苦笑いだった。

 「大丈夫だよ。心配しなくても……伯爵たるもの。約束は守る
からね」

 伯爵からのお許しを得たグロリアは、そっと彼の右手を両手で
握りしめる。その愛くるしい姿は、伯爵にそれ以外の口を開かせ
なかった。

************************

 一行は再び階段の処まで戻って今度は三本目の通路を進む。
 廊下の長さは15mから25mほど。それほど長い距離ではな
いが、暗い廊下を進むだけでカレンは陰鬱な気分だった。

 三号路の先はさっきとは違って小さく部屋が仕切られていて、
その一部屋のドアを伯爵がノックすると、先ほどと同じように、
最初はつっけんどんな返事だが、伯爵とわかると手の平を返した
ように声が優しくなって迎え入れてくれた。

 「これは、これは、伯爵。何か、火急の御用でしょうか?」
 応対に出たのはヘルマ=ベイアー先生。
 理知的だが化粧気はなく、増え始めた皺も隠そうとしない中年
女性の笑顔がのぞく。

 しかし、入り口を塞ぐように立つ彼女は、来訪者たちを部屋の
中へ積極的に招き入れるという雰囲気ではなかった。

 そこで伯爵が……
 「火急の用がなければ立ち入れませんか?出直しましょうか?」
 と言うと……

 「いえ、そのようなことは……ただ、一人の生徒の処置を考え
ておりましたので……」

 「誰です?」

 「エミーリア=バウマンです」

 「エミーリア=バウマン?そう言えば明日は試合があるのでは?」

 「ええ、それが、思いもよらぬことが起きまして……まずは、
お入りください」
  ベイアー先生はようやく一行を受け入れたが……

 「ほう……」
 伯爵は『なるほど』といった顔になった。

 そこにはマリア様が描かれたタペストリーの下で三人の女の子
が膝まづき、お尻を丸出しにして仲良く並んでいたのである。

 「一人ではないんですね」
 伯爵が尋ねると……

 「三人組みの悪さですから……」

 「ほう、どんな?」

 「試合の近いエミーリアが今週はテストが不出来だったり宿題
をやってこなかったりでここへ呼ばれたのですが……こちらへは
常連の他の二人が見かねてエミーリアの分まで清書作業を手伝っ
たんです」

 「なるほどね……それで、できたからと言ってさっさとここへ
持ってきた。でも、一人でそんな短時間にできるはずがないから、
よく確かめてみると、字の癖が違っていた。そこで、エミーリア
を問い詰めたけれど、白状しないものだから、鞭を一ダースほど
くれてやると、やっと事情を説明した。そんなところですかね」

 「よくご存知で……すでにどこかでお聞きになられたんですか?
……そうか、カミラ女史から……」

 「いえいえ、私の学生時代にもそんな事はよくあったことです
から、おおよそ推測はつきます。それで、どうなさるんですか?」

 「ですから、それを、今、考えていたところなんです。………
それはそうと、そちらのお連れさんたちは?………おや、中には
見たことのあるような顔もありますが……」
 ベイアー先生は、すでに常連になりつつあったグロリアを見つ
けて笑う。

 「社会科見学の一環ですよ。……」
 伯爵はニーナやカレンがここに来た経緯(いきさつ)を話した。
 そして……

 「どうでしょう。この子たちと賭けをするというのは……」

 「賭け?」

 「ええ、このまま試合に出させて、勝てば罰は与えない。でも、
もし負けたら、二倍のお仕置き……」

 「そ、そんな……ご冗談を……」
 ベイアー先生は驚く。当然、冗談かと思ったのだが……

 「いえ冗談ではありません。私はそれでいいと思ってるんです。
この二人の協力者にしても、いわば、エミーリアのテニスの腕に
賭けたんでしょうから……」

 「…………」
 ベイアー先生は、伯爵のあまりに唐突な提案に、声が出ないと
いった表情だった。

 「無謀ですか?教育者にあるまじき行いですか?……もちろん
これは私の個人的な思いつきで、判断されるのは先生ですが……」

 「ギムナジュームではそういう事をされてたんですか?」

 「すべてがそうして処理していたわけではありませんが、なか
にそうした先生もいらっしゃいましたので申し上げただけです。
……男の世界の話です。女の子の学校では馴染めませんか?」

 「たしかに、それはそうですが………伯爵様のご意向とあらば、
それは尊重いたします」

 『ベイアー先生は必ずしも乗り気ではない。それでも、理事長
先生の意見も無視もできないから、不承不承したがったのだ』
 人生経験の浅いカレンはベイアー先生の言葉をこう判断した。

 しかし、事実は違っていた。
 むしろ、ベイアー先生自身も心の中ではそれは面白いと思って
いたのだ。ただ、自分の立場上、それを積極的に肯定できない。
そこで、こう言わざるを得なかったのである。

 「それでは生徒に聞いてみましょう」
 伯爵は話を進める。

 ベイアー先生の手が鳴り、三人はスカートを下ろすことを許さ
れた。

 こちらを向き直ると、三人ともすでに目が真っ赤だった。
 「こんにちわ、伯爵様」
 三人そろって挨拶したが、唇が微かに震えている子もいる。

 「どうかね、君達。後ろ向きだったけど話は聞こえてただろう。
君たちだってエミーリアの実力を信じたから、不正を手伝う気に
なったんだろうし、もう一度、エミーリアの実力を信じてあげて
もいいんじゃないのかな」

 伯爵の言葉に両脇の二人が真ん中に立つエミーリアの顔を覗き
込む。

 「どうだね、エミーリア。……君達のやった事はとても重要な
規則違反だ。本来なら無条件でこの煉獄からも追放。四号路以降
の地獄行きだよ。知ってるよね、そのくらいの事は……」

 「はい、先生」

 「そんなことを君は友だちにやらせたんだ」

 「先生、違います。私たち自主的にやったんです。エミーリア
は何も悪くないんです」

 ハンナはエミーリアを弁護したが……
 「友だちがいくら自主的にやりましたと言っても、その恩恵を
君が受けてしまえば…エミーリア、…君だっては同罪なんだよ。
……わかるよね、そこは……」

 「はい、理事長先生」

 「でもね、僕は、友だちからこうして慕われてる君を、単純に
地獄へは落としたくないんだ。……君たちはもう14歳。小さな
子と違ってあんなハレンチな場所は嫌だろう?」

 「…………」
 三人は一様に小さくうなづく。

 「そこでだ。私も君達の気持を汲みたいから提案してるんだ。
エミーリア。今、君のできることは何だね。テニスだけだろう。
だったら、それで君を慕う友だちが救えるなら、こんな賭けも、
やってみるべきじゃないのかな」

 「わかりました。二人がそれでいいならやってみます」
 伯爵の説得にエミーリアはついに賭けを承諾する。

 自分の事だけならいざ知らず、それで友達の運命までが決まる
のだから、容易な決心ではなかったが、お仕置きを免れる道が他
にないのなら、それに賭けてみようと思ったのである。

 試合は明日。相手はエミーリアはより格上の選手。勝てば無罪
放免だが、負ければその週の週末と翌週の週末、二週続けて三人
は地獄部屋へ行かなければならない。
 決していい条件ではないが、二人も承諾して、簡単な契約書が
作成された。

 殴り書きの紙に、伯爵とベイアー先生、エミーリア、ハンナ、
それにもう一人おともだちアデーレがサインして、カーボン複写
された物は生徒にも渡される。

 たかがお仕置きに麗々しく契約書と笑うなかれ、将来、重要な
ポストに就くことの多い生徒たちにとっては、これだって立派な
社会勉強の一つだったのである。

 エミーリアたち三人娘が去ったあと、一行はいよいよ四号路へ。
生徒達が『地獄』と呼ぶその場所へと旅立つことになった。

 「あら、グロリア。あなたも一緒になって地獄を見に行くの?
怖いから目を回さないでよ」

 ベイアー先生がそう言ってグロリアの頭を撫でるから伯爵が…
 「あれ、この子、ここには何度か来てるんでしょう?」

 「そりゃあ、そうですけど、ここまでです。ここから先へは、
まだ一度もやったことありません。この子は怠け者で、お転婆で、
おしゃべりで……ま、色々大変ですけど、根はいい子ですから、
地獄へ送ったことはないんです。いつも、ここまでよね」

 ベイアー先生の言葉にグロリアは大きくうなづいてみせた。
 「先生のお慈悲に感謝します」

 「何言ってるの。今さら調子のいいこと言って………あなたも、
あんまり調子に乗ってると、そのうち本当に地獄へ突き堕とされ
るわよ」

 「なんだ、そういうことだったのか」
 伯爵は苦笑い。そこで……
 「地獄は怖いところだからね、君はここから帰ってもいいよ」
 と言ってみたが、やはり、答えは……

 「平気です」
 という事だった。

 そこで、四号路以降もやはりこの四人で見学することになった
のである。

********************(4)***

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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