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美 国 園  <1> ガイダンス

           美 国 園

 丹沢の山の中に美国園という学校がある。
 学校といっても開校するのは夏休みだけ。それ以外の時期は、
静かな修道院がそこにあるだけだ。

 山あいの修道院が、夏の間だけちょっぴり賑やかになる。
 広い敷地、緑に囲まれた修道院の一角に、毎年、この時期だけ、
年頃の少女達が集められてくるのだ。

 下は11歳から上は18歳までと年齢幅も広く、これといった
個性や特徴も見られない。学業成績や芸術的センス、運動能力、
容姿やスタイルなど、全てがバラバラの少女達なのだが……ただ、
共通した部分もあった。

 見る人が見ればわかることなのだが、彼女たち、その何気ない
仕草に品性が隠せない。
 実はここに集まる娘たち。普段街中ではお嬢様と呼ばれていた
少女たちなのだ。

 勿論、一口にお嬢様といっても、みんながみんな庶民のお手本
になるほど品行方正というわけではない。ここに集まった娘たち
について言えば、親も手を焼くほどヤンチャな子が多かった。

 そう、ここはお嬢様専用のリフォーム学校。素行に問題のある
少女を修道院のシスターが夏休みの期間だけ預かり更生を目指す
全寮制の施設だったのである。

 もちろん、出来損ないのお嬢様といえど夏休みは家族と過ごす
大切な時間。どの家族でも水入らずでバカンスを楽しむ時期だ。
それを全寮制の施設に入れるのは親としても苦渋の決断だったに
違いない。
 しかしそれほどまでに事態が深刻だったから、親としてもやむ
なしだったのだ。

 少女だちの間で『ゲシュタポ』と呼ばれて恐れられていたこの
施設は、ここに入れられた子の多くが、夏休み後豹変するとして
有名な場所だったのである。

 ここの卒業生たちは、なぜかリフォーム学校での生活について
多くを語らないが、誰しも、その豹変の原因がシスターたちから
毎日毎日頭を撫でられ可愛がられたせいだとは思わないわけで、
ここでの生活が家庭での生活とは比べられないほど過酷だった事
は容易に想像がつくことだった。だからゲシュタポなのである。

 それが証拠に、父親から「今年の夏も美國園に行きなさい」と
命じられると、それだけで家出する子が珍しくなかったのである。

 そこで、親の方も、ここでの夏休みを出発の当日まで娘に伝え
ないのが普通で、中には、睡眠薬を使い自宅ベッドからそのまま
娘を車に乗せて修道院へ送り届けた親やもっと乱暴に他人を雇い
学校からいきなり娘を拉致して修道院へ……なんてのもあった。

 これはそんな猛者たちが集まる更生施設でのお話。静かな環境、
穏やかなシスターたちに囲まれていても、娘たちの日常は、煉獄、
……いや、地獄そのものだったというお話である。

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<1> ガイダンス

 ~ 中一グループ ~
 進藤佳苗(しんどう・かなえ)
 松倉亜美(まつくら・あみ)
 三井由香里(みつい・ゆかり)
 吉田恵子(よしだ・けいこ)
 木島弥生(きじま・やよい)

~ 修道院のシスターたち ~
 エリザベス・サトウ<院長先生>
 小林・樹理(こばやし・じゅり)<鞭・担当>
 湯浅・良子(ゆあさ・りょうこ)<浣腸・担当>
 日下部・秀子(くさかべ・ひでこ)<お灸・担当>

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 美国園の入園式は毎年7月25日。
 当時の学校はこの日が一学期の終業式と決められていたから、
リフォーム学校の美国園もそれに合わせて開校する。

 終業式と入園式が同日なのは、午前中それぞれの学校で終業式
を終えた娘たちが通知表を貰って校門を出ると、そこにいきなり
手配されたハイヤー待ち構えていて、依頼者を乗せるとそのまま
丹沢の山中へ連れて行ってくれるからだ。

 「ねえ、佳苗。急いでどこに行くの?」

 佳苗がハイヤーに乗り込もうとする瞬間、友だちが問いかける。
女の子たちはこうした情報に敏感で、すでに佳苗の行く先を知り、
からかっているのだ。

 「丹沢よ。去年も行って飽き飽きしたけど、うちはそこにしか
別荘がないから仕方がないわ。……あなたたちも、一緒に来る?
ご招待するわよ」

 対する佳苗も思いっきりの作り笑いで切り替えす。
 もちろん軽いジョーク。でも、悲しいジョークだった。

 1学期が押し詰まり、親や教師の態度からこうなることは佳苗
も薄々感じていた。
 そこで逃げ出す算段も色々と考えてはみたが、後々のことまで
考えると、中一の彼女にそこまでの決断はできなかったのである。

 昨年は手配された車に佳苗がなかなか乗り込めず、大男が二人
がかりで背中を押し込んで、拉致まがいに丹沢へ出発した。
 それに比べれば今年は友だちとジョークも言えたからスムーズ
だったが、もちろん、両親への挨拶はなかった。

 ハイヤーが東名高速を失踪するなか、佳苗の脳裏に、昨年の夏、
美国園で起こった様々な出来事が走馬灯のように駆け巡る。
 いずれも辛い経験ばかり。その一つ一つが思い出されるたびに
彼女は足をすくませ、太股をしっかり閉じるのだった。


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 修道院に着くと、その中庭に同じ年頃の子が何人もたむろして
いた。

 全員が学校の制服をきているが、持ち物は通知表を入れる薄い
カバンくらいなもの。もちろん着替えなどは持ち込んでいない。
 そもそもここではそんな物いらなかったのである。

 やがて、予定人数がこの庭に集まっていることを確認すると、
突然、建物の中から一斉に二十人ものシスターが現れる。

 『何事?』と戸惑う女の子たちを前に、一人のシスターがこう
指示を出した。

 「さあ、みなさん、これから講堂でこれから先の日程やあなた
たちの生活についてガイダンスを行いますから、まずは、今、着
ている服を全て脱いでください」

 シスターの指示に動揺する子供たち。

 「え~~どうしてよ~~ガイダンスを受けるのと服を脱ぐのと
何の関係もないじゃない」
 一人の生徒が不満を口にする。

 それは、至極当然に思えるのだが……。
 女生徒の疑問にシスターたちは言葉では答えなかった。

 その疑問をぶつけた子の身体が、ひときわ屈強な身体に見える
シスター二人によって押さえつけられるとスカート裾が捲られる。
 まさに電光石火の早業だった。
 ひょっとしたら、あまりに一瞬の出来事でその子も恥ずかしい
と感じる間がなかったかもしれない。

 「ピシッ」
 
 「痛い!」
 その子が初めて声を上げたのは、シスター二人がかりで押さえ
つけられたお尻に、三人目のシスターが革紐鞭を思いっきり振り
下ろした直後だった。

 「この修道院は私語厳禁です。ここへ来る途中、乗ってきた車
で運転手さんから説明を受けませんでしたか?」

 「えっ?……あっ、……はい」

 「分かったら、以後は慎みなさい。次はこれくらいではすみま
せんよ。当、修道院では、地位のある年長者や諸先輩方に対して
目下の者が自分から口をきくことが許されていません」

 「はい……あ、いえ……ただ、私は……ちょっと質問を……」
 恐る恐る抗弁してみるが……

 「それもできません。質問も私語の一つです。あなたは新参者
ですから私たちの言う通りに行動すればそれでいいのです。それ
以外は何も求められていませんから」
 木で鼻をくくったような、高圧的な態度。

 「……そんなあ」
 小さな声が前かがみになったために長い髪で隠れてしまった顔
から聞こえて来る。彼女は依然としてパンツ丸出しだった。

 「あなた方に欠けているのは、どんな命令にも従順に従う素直
な心とどんな事にも耐え忍ぶ忍耐力です。それがないからここで
それを学ぶことになったんです。いいですか、あなた方が使って
いい言葉は三つだけ。…『はい、院長先生』…『はい、シスター』
…『はい、お姉様』……これ以外の言葉は忘れてしまって結構よ。
それが何よりあなたのためでもあるわ。分かりましたか?」

 「…………」

 答えが返って来ないとみるや、シスターの言葉が一段強くなる。
 「分かりましたか!!」

 「はい、シスター」
 弥生はこう言うしかなかった。
 でなければ、いつまでもこの姿勢を取らされかねないと悟った
からだ。

 当然、この様子は他の子たちも見ていた。
 修道院の厳しい戒律を世間知らずの小娘に教えるには本人だけ
でなくほかの子にもそれを見せておかなければならない。
 一罰百戒。それも最初が肝心だとシスターは経験の中で知って
いたのだった。


 このことがあって、娘たちは澄み切った青空のもと自分たちの
制服を次々に脱いでいく。与えられた私物入れの大きな袋の中に
着ている服を脱いで納めていくのだ。
 しかし、その手はすぐに止まる。ブラウスにまでは及ばかった。

 自分のブラウスに、一瞬、手を掛けつつも相手の様子を窺い、
結局はその手を離してしまう。

 すると、ここでも弥生が犠牲になった。
 弥生も事情は同じ。女の子たちがブラウスから手を離している
のを見ると自分もそれから先へは進まないのだ。

 すると、シスターはまたもや二人の配下に命じて弥生の身体を
拘束する。
 そして『ブラウスはこうして脱ぐのよ』とお手本を示すのだ。

 ジュニアブラとショーツだけの華奢な身体。
 それはシスターが当初から望んでいた姿だ。

 「中学の子、こっちへいらっしゃい。こちらから、中一、中二、
中三って並んでグループになります」
 「小学生はこちらですよ。四年生の子はこちら。五年生の子は
この辺に集まって、六年生はここでいいわ。みんな仲良くします」
 「高校生たちはこちらですよ。こちらから高一、高二、高三で
一列に並びます」
 シスターが各学年ごとに生徒を振り分ける。

 彼女たちは、本来、地元では札付きの少女たち。学校での朝礼
でもこれほどおとなしく大人たちの指示に従ったりはしないはず
だが見知らぬ土地でいきなり見せられた鞭打ちが効果を発揮した
ようだった。

 「それでは、講堂の方へ行きましょうか」
 さきほど、弥生のお尻に鞭を一撃与えた上級シスターが先頭と
なり、各学年5人ずつ、合計45人の少女たちを先導して、講堂
へと案内する。

 修道院のエンブレムが掘られた大きく開いた鉄の扉。
 少女たちにとっては、この黒い扉の先がまさに地獄だったので
ある。

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 三國園の講堂は入口を入るといきなり下り階段がなっていて、
座席はその下り階段の一段一段に平行して設置してある。全体が
すり鉢状になった構造のため、階段を下りきった最底部が舞台と
なる。生徒たちにとってその舞台は見上げるのではなく覗き込む
といったかたちになるのだった。

 このように生徒が覗き込んで見学するこの方式は、手元までが
はっきり見える為、昔は解剖学など技能実習を伴うような教室で
よく使用されていた。
 ここで技能実習は行われないものの趣旨は同じようなもので、
院長先生はあることを生徒たちの心に焼き付けたいと願い、この
ような方式を採用したのである。


 そのすり鉢型の講堂に生徒たちが入ってくる。
 小学生、中学生、高校生、それぞれに担当のシスターがいて、
子供たちは予定された座席に腰を下ろす。

 身体の大きさから、舞台に一番近い場所が小学生、その後ろが
中学生、一番遠い場所が高校生となったが、ここは大きな劇場で
はない。たとえ一番後ろの席でも舞台までの距離は遠くない。
 そこで、どの席から見ていても、今、舞台で、何が起きている
のか、手に取るようにわかった。また、舞台から見ていても着席
した生徒たちがブラとショーツ姿なのが丸見えだったのである。

 いくら夏とはいえ炎天下のお庭とは違い地下室になった講堂は
裸でいては寒い。そこを修道院側も感じてのことだろう、生徒達
にはさっそく白いワンピースが配られた。

 ただ、それは普段彼女たちが着ている仕立て屋の仮縫いを経て
手元に届く注文服ではない。大まかなサイズだけが合っていれば
それでよいという、いわば吊るしの既製服。生地は綿でレースの
飾りもない。ただ暑さ寒さと恥ずかしさをしのぐだけのこの服は
お嬢様にしてみたら囚人服と何ら変わらなかった。

 ただ、今の身の上を考えると裸よりはまだマシと思うほかない。
しかも先ほどは、お庭でお友だちのあんな姿を見せられたばかり。
巷では札付きと呼ばれる少女たちも、ご挨拶で演壇に立った院長
先生に向かって野次を飛ばす勇気までは出ない様子だった。

 「みなさん、こんにちわ。私がこの修道院の院長、エリザベス・
サトウです。みなさんの中には、昨年もここへ来たので、私の顔
なんて二度と見たくないと思う人もいるでしょうけど、反対に、
終業式の日に突然、車でここに連れて来られて、何が何だか理解
できずに戸惑ってる人も多いのではないでしょうか。……そこで、
いちおう説明しておきますと……みなさんにとっては大変残念な
ことなんですが……ここにいるみなさんは、全員が、お父様から
一学期の成績や素行がよろしくないということで、罰を受けた方
ばかりなんです。もちろんお仕置きは、本来、お父様がご自身で
なさるものですが、お父様は私たちを頼られました。『何とか、
娘を救って欲しい』どのお父様も真剣に私に訴えかけられます。
そこで、やむなくお父様の切なる願いを受けて、本来お父様から
受けるべき罰を、この私が、お父様に代わってあなた方に授ける
というわけです。……という事は、……ここでのお仕置きは全て
あなた方のお父様からのもの。お父様が家でなさるお仕置きと、
同じ試練なのです。ですから、ここで行われるお仕置きは虐待や
虐めではありません。むしろ、これはお父様の愛の証しなのです。
ですから、あなたも私たちからのお仕置きを心して受けなければ
なりません。……いいですね!」

 院長先生は、ここで一度聴衆を見回す。
 すると小学生はおどおど。泣き出す子もいる。中学生になると
呆気に取られ、しょんぼり。高校生は何か言いたげに白けた顔を
している子がほとんどだった。

 しかし、こうした光景もここでは例年通りだ。
 そこで院長先生はガイダンスをこう続けたのだが……。

 「期間は6週間。ちょっと長いように感じるかもしれませんが
……」
 そこまでしゃべった時だ。

 「え~~6週間って、それじゃあ夏休み全部ってことじゃない
ですか。そんなの人権蹂躙ですよ」
 突然、演壇に向かって誰かが叫ぶ。
 その声は中学生グループの中からあがったようだった。

 おそらく、彼女だってお庭での一件は見ていたはず。だから、
自重できたはずだったが……

 『どっちにしても、この修道院は日本にあるのだから……』

 彼女の悲劇は、この修道院の敷地内で日本の常識が通用すると
信じてしまったことだったのである。

 「シスター樹理、あなた、この子達にうちでの規則は説明しま
したか?」
 院長先生はまず傍らに控えるシスターに尋ねる。

 当然、答えは……
 「はい、院長先生。さきほどお庭で全員に伝えました」

 「そうですか」
 シスターの言葉を受けて院長先生は、ただそれだけ言っただけ
だったのだが……

 たちまち、身分の低い二人のシスターが、野次を飛ばした子の
座る椅子へ直行。まだ子ども子どもした少女が両脇を抱えられる。
少女は抵抗したが、まるで牛蒡でも引き抜くようにその子のお尻
を座席から離すのにそう多くの時間は掛からなかった。

 「えっ、何なの……」
 身体をごぼう抜きにされた少女は事態の急変に驚き青ざめたが、
彼女をごぼう抜きにしたシスター二人はというと、少女がどんな
に口汚い罵声を浴びせても、顔色一つ変えず、また何一つ言葉を
発しなかったのである。

 そして、少女は無言のまま舞台へと連行されていく。

 客席とは極端に違う明るい照明のもと、犯人が引っ立てられて
来る。しかし、やる事はお庭での出来事と同じだった。

 「いやあ~~」

 前か屈みにされたところで恥ずかしさはさほど変わらないはず
だが、その瞬間、鞭の恐怖が頭の隅をよぎったのだろう、思わず
悲鳴を上げてしまう。

 すると、それまでただただ状況を見守っていた院長先生が一言。
 「ここでは悲鳴も私語も一つとしてカウントしますから、騒げ
ばそれだけ鞭の数が増えますよ」
 と注意。

 その言葉どおり、二人のシスターに体を前屈みの姿勢のままで
がっちりと押さえつけられた少女のお尻にゴムの鞭が飛ぶ。

 「ピシッ」
 「……(ひっ)……」

 「ピシッ」
 「……(ひっ)……」

 立て続けに二回、かなり思い切った勢いでゴムの鞭がまだ幼い
少女のお尻にヒットする。

 おそらく、院長先生の言葉が彼女の耳にも聞こえたのだろう。
決して楽に受けられる痛みではなかったが、少女はそれを必死に
我慢した。

 そして、その痛みが幾分治まった頃、自分のお尻が他の子たち
から丸見えだとわかって、顔を赤らめたのだった。
 それほど、ぶたれた彼女にとっても、それを見ていた他の友達
にしても、それはあっという間の出来事だったのである。 


 二発の懲戒が終わり演壇に戻ってきた院長先生は目を丸くして
舞台を見つめる少女たちに向かって、こう語りかけたのである。

 「みなさん、みなさんは野蛮人ではありませんから、世の中で
何がよいことで何が悪いことなのか、何をしてはいけないのか、
何をしなければならないのかは知っています。学校のテストで、
それを問われたらきっと満点でしょう。でも、実際にはできない。
できなかった。それはなぜでしょう?どんなに知識が豊富でも、
言葉使いが巧みでも、それで欲望や悪心といった心を制御できる
わけではありません。では、これまでは何があなた方の悪い行い
を制御してきたのでしょうか。それは、親御さんたちがあなた達
に与えた愛の鞭あってのことなのです。悪心が芽生えるたびに、
鞭の痛みが、やめなければいけないという気持を起こさせてきた
のです。ところが、人間は知恵がついてくると、その知恵を自分
勝手に解釈して邪悪で自堕落な行いを正当化しようと試みます。
ここでは、それを避ける為に日常会話を制限するのです。勿論、
それだけではありません。かつて親御さんたちがなさったような
訓練を行います。お尻への痛みと恥ずかしさをたっぷり体の中に
染み込ませて、悪心が心を支配する前に、やめようという気持を
起こさせるのです。6週間というのは長く感じられるかもしれま
せんが、長い人生の中にあっては、むしろ短い時間です。決して
無駄な時間にはなりませんから私たちと一緒に頑張りましょう」

 ガイダンスの終わりにまばらだが拍手が起こった。
 きっと、こういう時には拍手をするものだと教えられているの
だろう。もちろん院長先生の言葉が小学生にどれほど理解できた
かは疑問だし、この拍手だって、本心とは関係ないんだろうが、
ここに集まった少女たちは、どの子も良家の子女ばかり、野良猫
と同じように収容先に着いたらいきなり折檻というわけにもいか
なかった。

 「……次は、身体検査ね」
 院長先生はそう言って演壇を降りたのだった。


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『私の原点となった本~蒼白き恋慕~』

 『私の原点となった本~蒼白き恋慕~』

 やはり、この本との出会いは衝撃的でしたね。
 何しろストーリーが『僕の事か?』って一瞬疑ってしまうほど
僕の生い立ちともリンクしてましたから。

 そのあと思ったのが…
 「こんなのも、やっぱりSMでポルノなんだ」
 ということ。

 僕にとってそれまでのSM感は、『埃っぽいあばら家で、変態
おやじが大人の女性をいたぶり続ける非人道的な話』
 好きな人にとっては無理強いしていく、されていく姿が面白い
んだろうけど……それは僕にとってはノーサンキュー。
 
 だから、当時すでに20歳を過ぎてましたけど、スケベな雑誌
に手が伸びてもSM雑誌というのはまだ一度も買ったことがあり
ませんでした。

 それがひょんなことから池袋の書店でこの作品が載った雑誌を
見つけて立ち読み。(今は、こうしたたぐいの本は立ち読みでき
ないように梱包されていますけど、当時はそのまま書棚に並んで
いました)
 もう衝動的に購入。

 その後もこうした作品が紹介されるんじゃないかと思って通い
ましたが、そうは問屋が卸してくれませんでした。
 ただ、これがきっかけで他のSM雑誌も流し目するようになり
ましたから、この雑誌が僕にとってはSMの入門書だったのかも
しれません。

 いえ、僕も少年時代から人を虐めるような話が決して嫌いでは
ありませんでした。ただ、それは街で見かけるSMの王道からは
外れていたものですから、本屋さんでそれらを見かけるたびに、
『これは違うな』と思い続けていたんです。

 僕の場合は、『基本線はあくまで一般のドラマでありながら、
展開されるエピソードの中に過激な要素が散りばめられている』
そんな世界が好きでした。

 ちなみに私の個人的な嗜好を述べますと……
 まずは舞台が大事でした。

 陰湿なお話でも舞台は明るい場所でなければいけません。童話
のような美しい世界で憧れのお姫様や何不自由ない暮らしをして
いるお嬢様がハレンチな罰を受ける姿に歓喜します。

 もちろん庶民をモデルにしたお話が嫌いというわけではありま
せんよ。蒼白き恋慕はまさにそんな庶民のお話ですから。
 ただ、その場合でもお仕置き部屋は綺麗に片付けられていると
いうのが暗黙の了解事項。あばら家では興がさめてしまいます。

 それと、虐められる側、お仕置きされる側に必ず何らかの理由
が必要でした。理由付けは多少理不尽でも構いませんが何の理由
もなく責められているというのは、ちょっと……だったんです。

 SMって本来理不尽を楽しむものかもしれませんが、それだけ
では僕の心は燃えないのです。

 そして、さらに言うと……その罰の理由が愛に起因していれば
さらに結構ということになります。

 実は、このお話にはその愛が感じられるから僕は好きなんです。

 そうは言っても、今の人たちに『このお話の継母にも愛はある』
なんて言ったら、きっとみんなふき出すんでしょうね。
 今の親は、愛情と愛玩の区別がつかずごっちゃにしてますから。

 でも、日本がまだ貧しい時代、同じ空気を吸って育った僕には、
彼女の芯の強さ、愛情がこの本の行間に読み取れるんです。

 この作品には直接的な表現でこの継母を賛美するような表現は
何一つありません。でも、空気感というのかなあ。この継母さん、
義理の娘に対して愛玩はできないけど愛情はまだ捨てていないな
と感じてしまうところがあるんです。

 結局、この本の最大の値打ちはそこなのかもしれません。

 厳しい生活環境、思うにまかせない人間関係の中で、それでも
精一杯生きている姿が読み取れるこの作品は、単にポルノという
枠をこえて今なお僕の心を打ち続けています。

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『信じられないほどバカな話』

 『信じられないほどバカな話』

 ある日、僕は大将(彼のことはみんなそう呼んでいた)に頼ま
れてある場所へ出かけた。

 そこは堅牢な二階建ての建物で、いったい何をする処かはわか
らないが、大人のそれも大半は男の人たちが大勢そこにはいた。

 あわただしく男たちが出入りを繰り返すその建物を前にして、
大将は、長い時間、用心深く中の様子を窺っていたのだが、意を
決して建物の中へと入っていく。
 僕も呼ばれた。

 わけも分からず一緒に建物の中へ潜り込む。
 一階は事務所のような倉庫のような不思議な場所だったのだが、
彼の目的は事務所になっていたそこの二階。
 コンクリートの階段を恐々上がっていくと、二階も一階と同じ
で大勢の男たちがしきりに部屋を出入りしている。

 そして、ここでも大将は慎重に中の様子を窺っているのだ。
 大将と僕は何から何まで違うけど、唯一共通していたのが大人
を恐れないこと。ところが、この日は、大将がひどく大人たちを
恐れているのがわかる。

 容易に決断のつかない大将は事務所の入口でずっと中の様子を
窺うだけ。こんな臆病な彼を見るのはこの時が初めてだった。

 すると、突然、誰かが大将を見つけたんだろう、
 「組長、坊ちゃんみえてますよ」
 と中で声がする。

 もう、こうなると、大将は逃げなかった。

 意を決して中へ入る。
 僕もわけが分からぬまま事務所の中へ。
 いや、正確に言うと『お父さんが戦争をしようとしているから
やめるように説得して欲しい』と頼まれてここへ引っ張ってこら
れた。ただ一般人が戦争なんて起こせるわけがないと思っている
僕には彼の言ってることはちんぷんかんぷんだったのだ。

 薄暗い一階や廊下と違って二階の事務所の中は沢山の蛍光灯に
照らされて明るかった。それとは関係ないが、大きな神棚や虎の
剥製、壁にもたくさんの提灯が飾られていたのを覚えている。

 それらを不思議そうに眺めていると、突然、大きな声がした。
 「バカかお前、何しに来た!!」
 ドスのきいた声だった。

 大声の主は白髪交じりの大柄なおじさん。

 「別に……でも、何か手伝えるかもしれないと思ったから」
 大将が恐々言う。こんなにひびっている彼を見るのは初めてだ。

 すると、
 「何が手伝いだ、バカが……」
 おじさんが言ったのはそれだけ。あとは何も言わなかった。

 何も言わずに近くにあった細い棒を掴むと、大将を後ろ向きに
させて、そのお尻を叩き始める。

 「いやあ~~~やめて~~~もうしません。ごめんなさい」
 僕たちから見たら豪胆にさえ見える大将がまるで女の子のよう
な悲鳴を上げて、おじさんがお尻を叩くままになって耐えている。

 『本気でぶってる』
 僕にはそう見えた。10歳のガキなんだから手加減はしている
はずなんだけど僕にはそう見えたんだ。

 だから僕だって身の危険は感じていたけど、その時は足がすく
んじゃってて動けなくなっていた。
 そのくらいこの時のスパンキングは怖かったんだ。

 あれで10回くらいぶっただろうか、そりゃあ、僕たちの学校
でも先生がたまに物差しで僕たちのお尻を叩くこととがあるけど
そんなものとは比べ物にならないくらい怖かった。

 「今度、俺の前に現れてみろ、本当にぶっ殺すからな。………
わかったんなら『分かりました』って言ってみろ!!!」」
 おじさんはそう怒鳴りながら、大将のほっぺたをつまみあげる。
もの凄い力。それで大将の身体が浮いてしまいそうになるくらい
それは本気だったのだ。

 「お前、こいつの友だちか?」
 おじさんが僕の方を向く。正直、生きたここちがしなかった。

 「いいから、こいつを連れてさっさと母ちゃんの処へ帰れ!!
いいか、全力失踪で帰るんだ。……しばらくして、まだこの辺を
うろついてやがったら本当に命はないと思え。……いいな、……
わかったな」
 耳を劈く大音量。

 いいも悪いもこっちにはない。
 10歳の少年が大人にこんなこと言って凄まれたら、そりゃあ
大将だって一目散だ。


 ただ、僕たちが全力疾走だったのは部屋の外まで、家まで逃げ
帰ったわけではなかった。

 偶然だけど僕たちは入って来た正規の入口ではない別の扉から
外へと出た。そこでやっと我に返ったのだ。
 この建物には正規の入口のほかに非常階段があって、僕たちは
そこに出てきた。

 「ねえ、もう一度行って見るかい?」
 僕が尋ねると、大将の答えは意外にもノーだった。

 「じゃあ、帰るの?」
 と訊くと、それもノー。

 大将はその代わりこの非常階段に縄を張ろうと言い出すのだ。
 「じゃあ、落とし穴も掘ろうよ」と僕。
 子どもの行動はどこまで真剣でどこから遊びなのかわからない。

 僕らの思いつきは、もちろん大人が聞いたら信じられないほど
愚かな思いつき。非常階段に縄を張ってみたって、子どもが作る
落とし穴が出来上がったところで、大人たちが刀を抜いて喧嘩を
しようとしている矢先に、それが何らかの影響を与えるわけでは
ないからだ。
 でも、それでも大将は家に帰って結果だけを聞きたくなかった。

 彼はそんな人間であり、そこが僕とは大きく違っている。
 無理無駄と笑われようが結果の出ていないことにはチャレンジ
し続けるというのが彼の流儀。どう立ち回れば自分にとって最も
有利だろうか?などと日頃から姑息な事ばかり考え続けている僕
から見れば異次元の人なのだ。

 だけど、僕は彼が嫌いではなかった。むしろ神々しくさえ見え
ていたのである。

 だから、この時もできる限りの事をした。
 集められるだけの紐を集めて階段を封鎖し、できる限り大きな
穴を掘って、願わくばたった一人でも彼のお父さんを殺しに来る
大人を撃退できたらと思っていたのだ。

 結果、たった一人だけど、こんなトラップに引っかかってくれ
た人がいた。

 きっと急いでいたんだろうね、僕らの張った非常階段の紐に足
を取られると、反転して下まで転げ落ち。苦労して掘った穴にも
お尻を入れてズボンが泥だらけになった。
 残念ながら敵ではなく味方だったけど。(笑)

 「お前ら、何、余計な事やってんだ!!!」
 その人はコンクリートの壁で打った頭を押さえながらよたよた
立ち上がると、僕たちの耳を引きちぎれるほどの勢いで摘み上げ、
隣接する廃工場へ引きずっていく。
 そして、僕たちをボロ雑巾みたいに建物の中へ投げ入れると、
入口に重い物をたくさん置いてそこへ閉じ込めたのである。

 「二度と出てくんな!!」
 おじさんは捨て台詞を残して去っていく。

 取り残された二人。
 廃屋には電気がきてないから薄暗くて不気味な場所だったが、
ただ、そこには長くいなかった。

 ま、これもまた間抜けな話だが、その廃工場は広くて、一箇所
入口を塞いでも出口は他にもあったのだ。

 僕が「EXITって書いてあるからあそこに出口があるよ」と
言って大将を誘うと、二人とも鍵の掛かっていない裏口から簡単
に外へ出ることができた。

 すると、お父さんから連絡が入ったのかもしれない。外へ出た
ところでばったり大将のお母さんと出くわす。
 挨拶は往復ビンタだった。
 相変わらずこのお母さんは怖い。


 結局この騒動で僕がしたことと言ったら、ロープ張りと穴掘り
の手伝い。それにEXITが出口だと教えてあげたことぐらい。
せっかく、僕を仲立ちに指名してくれたのに、僕は彼のためには
何の役にもたたなかった。

 なのに、彼は後日、わざわざ僕の家を訪ねて謝りにきたのだ。
 それは彼の意思というより、両親に連れられてという形だった。
理由は簡単、大将が僕を危険な目にあわせたからというものだ。
 だけど、僕はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。

 実は、彼の実家は町の小さな時計屋さん。戸籍上のお父さんは、
その店を切り盛りしているおじさんな訳なんだけど、彼は一緒に
暮らすお父さんが本当の父親でない事をすでに知っていて、今回
は彼にとっては本当のお父さんの方を助けたかったのだ。

 そんな気持を知って僕も手伝ったんだから彼に責任なんてない
はずだ。危なかったら逃げてくればいいんだし、大将が謝ること
じゃない。
 僕はそう思ってたけど、親同士はそうは思えなかったみたいで
大将は僕に頭を下げたんだ。

 大将はもちろん辛かったと思うけど僕はそれ以上に辛い思いで
そのごめんなさいを聞いた。その場にいるのが恥ずかしくてなら
なかったんだ。

 そして、何よりこんな事が恥ずかしい事だと教えてくれたのが
彼だった気がする。

 それって一口では言い難いけど、男義っていうのかなあ。
 大将もまた、一度もお父さんと呼ぶことのなかったその人から
男義を教そわったんじゃないだろうか、僕はそう思ってる。


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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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