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<ショートショート②>

<ショートショート②>

 これを言うとみんな「うそだあ~~」なんて言うけど、ホント
なんだよ。
 
 夏休みのとある一日、僕はオヤジさんと一緒にドライブしてた
んだけど、オヤジさん方向音痴で道に迷っちゃった。

 仕方なく山の中にある田舎の橋の上で停車。地図を見直すこと
に……。(当時はカーナビなんて結構なものはないから地図だけ
が頼りだ)

 その時、助手席にいた僕は橋の下を流れる川の中で男の子たち
がはしゃいでるのは知ってたけど、そんなものに興味はなかった。
 『お父さん、熱いんだから、さっさと出発してよ』
 って思ってた。(当時の車にはクーラーなんか付いてないんだ)

 ところが、そこへ女の子たちが数人やってきて「泳ごう」って
言い出したんだけど、そのうちの一人が水着を持ってなかった。

 もちろん、家に取りに行けばあるんだろうけど……彼女、何を
思ったのかショーツまで脱いでスッポンポンで泳ぎ始めたんだ。

 こちらは目が点。
見たいような、見てはいけないような、
 で、結局、割れ目までしっかり見ちゃった。

 目があったもんだから、彼女、思わずしゃがんだけど、それに
しても近くには男の子もいたわけだし、僕らの常識では考えられ
ない行動だった。

 白昼夢だと思いたいけど、とにかくその光景がリアルすぎて、
鼻血もので車は再出発。
 オヤジさんは運転席で地図と格闘してたからこの事は知らない。

 今にして思うんだけど……その女の子にしてみたら、川で遊ぶ
のは生まれながらに兄弟みたいにして付き合ってた子供たちだけ
で、僕みたいなよそ者とは滅多に遭わないから安心しきってたと
思うんだ。

 話の内容からその子、小5らしいんだけど、僕がその時小2で
弟分だからそこは若干救いなのかもしれないけど、それにしても
さ、その歳でも裸の付き合いが可能だなんて……今じゃあ……と
いうより、その当時の僕の家周辺でもさすがに考えられなかった。

 これが本当の『牧歌的生活』っていうんだろうね。
 地域の子供たちは生まれながらに本当の兄弟みたいな身内同然。
よそ者は滅多に現れないし、性の知識を授ける本もテレビもない。
(当時のテレビは健全で今みたいにHな内容は放送しなかった)

 今回は僕みたいなよそ者とたまたま目が合っちゃったもんから
しゃがんじゃったけど、この村の中だけでなら裸でいたって危な
いとか、恥ずかしいなんて思わないんだろうね。

 もちろん今は全国どんな田舎に行ってもそんな子はいないはず
です。(当たり前か……)

***********************

大昔のお話

<ショートショート>

 あれは今を去ること半世紀以上前。小4の時です。
 私、悪ガキの家に遊びに行っておりました。

 最初はゲームなんかしておとなしく遊んでいたのですが、その
うち何のきっかけか、鼠小僧よろしく屋根に上ろうということに
なり、物干し場づたいにそいつん家の屋根に上がったんです。

 すると、眺めいいでしょう。ついつい調子こいちゃいまして、
お隣も、そのお隣りもと跳ね回って大はしゃぎ。その日は何事も
なく帰ったんですが、後日、そいつの家の近隣から雨漏りがする
とクレームが……

 そこで、私も呼び出され、その友達がおふくろさんから大事な
処にお灸をすえられるところを見せられるはめになったという訳。

 私もそいつと一緒だったんだから本当は同罪なんだろうけど、
さすがによその子にそれはできないということで「見てなさい」
ってわけ。

 公開処刑の見学なんてあんまり気持の良いものじゃないけど、
当時はそんなこと珍しくなかったのよ。

 もちろん。私も家に帰ったら母親に大目玉だった。
 殺されるんじゃないかって思うくらい怒られたんだから。

 昔の親はホントやることがきつかった。

*************************

<第一章> 小暮男爵 §19 / 社子春たちのお仕置き /

小暮男爵/第一章

<<目次>>
§1 旅立ち         * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書   * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?   * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子       * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸     * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事     * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校          * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて      * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き


***<< §19 >>*/社子春たちのお仕置き/**

 体育が終わると、次は今日最後の授業、社会科です。

 私たちの社会科はちょっと変わっていてマイクロバスに乗って
街や野山や港、時には山奥のダムなんかまで足を伸ばして授業が
行われます。要するに社会科見学なんですがその頻度が他の学校
に比べてとても多いのでした。

 そのため本来教室でやるような講義は、道中のマイクロバスの
中で済まして現地ではその後提出させられるレポートの情報収集。
帰りのバスの中では今日のまとめみたいな講義もありましたが、
大半は先生と一緒に歌を歌ったりお友だちとのおしゃべりしたり
と、まるでピクニック気分です。……かなりユニークでしょう。

 先週は二時間を使って街のコンビナートを見てまわり、教科書
にはない『公害』のことを知りました。
 実はこれ、公害の発生源を沢山持っているお父様たちにとって
はあまり語ってほしくないことなんだそうですが、大事なことだ
からと倉持先生が教えてくださったんです。

 それをおとといレポートにまとめて発表会をしたばかりです。
 ですから、今日は何をするのかな?と思っていたら……
 ま、予想はしてましたけど、単元テストでした。

 私たちの学校は一般の学校のように教科書の内容を先生が教室
で授業することが少なくて、特に理科や社会は大半が宿題として
家でやってこなければなりません。

 それで、そのことに不満を言うと……
 「そんなのたいして時間のかからないことだもの。家でやって、
学校でもやってたら時間の無駄でしょう。学校は学校でしかでき
ないことをやりましょうよ」
 倉持先生にはあっけらかんとそう言われてしまいます。

 ならば、教科書の内容は覚えなくてもいいのかというと……
 学校では教えないくせに、教科書の各単元ごとにテストはやる
んですよ。これが……。

 先生が教えない内容をテストだけするなんて手抜きもいいとこ。
理不尽だと思いませんか。でも、うちの学校ではこれが当たり前
なんです。

 おまけにこのテスト、80点未満だとお仕置きなんてことも。
 もっと理不尽なわけです。

 テストがあることはその子の家庭教師にもちゃんと伝えてあり
ますから、前日の夜はどの家庭でも家庭教師が試験範囲の単元を
子どもに勉強させることになります。

 このため、この単元テストで不合格点を取ってお仕置きされた
なんて話もあまり聞きませんが……それでも、そこは分別のない
小学生のこと。家庭教師と諍いを起こして匙を投げられたなんて
ことになると不合格ってこともあります。

 こうした場合、目上の人への反抗と不勉強というダブルパンチ
ですからね、学校でのお仕置きも土曜日の午後に居残りさせられ
たり日曜日に呼び出されたりしてトラウマになるほど相当きつい
ことをされます。
 
 当時、こうした居残りや日曜日の呼び出しを、『特別反省会』
と呼んでいましたが、実質的には『特別お仕置き会』です。

 私は、在学中に三度この会に呼ばれる憂き目に遭いましたが、
二度目、三度目は園長室のドアノブを握る手がぶるぶると震えて
うまく回せなかったいくらい怖いかったです。

 この会では周囲に他の子供たちがいませんし、先生方も心を鬼
にして取り組みますから、子ども相手でも情け容赦がありません。
 ですから、いくらおしゃべりな私でもこの時の顛末をお友だち
に事後報告する気にはなれませんでした。


 さて、それはともかく、授業が終われば、教室をお掃除して、
ホームルーム。それが終われば、また、あのポンコツリンカーン
に乗って帰るというのが普通の日課でした。

 最近は小学校でも部活が盛んだと聞いていますが、私の通って
いた頃の小学校は、学芸会や体育祭、文化祭など個別の催し物に
関する準備で居残ることはあっても部活での居残りはありません
でした。
 ただ、前に述べたように、お父様が半地下になったあの部屋で
個別に習い事をさせることがありましたから、その場合は、下校
時間がずれます。

 いずれにしても、下校する時は園長室に立ち寄って、園長先生
に『ごきげんよう(さようなら)』を言って帰るのがこの学校の
しきたりになっています。

 すると、園長先生もお別れに来た生徒をただ帰したりしません。
一人一人を抱きしめると……
 「今日の単元テスト100点だったそうね。がんばったわね。
もう、ここにお仕置きで呼ばれることはないわね」とか……
 「今日、主催者の方からご連絡があって、あなたが出品した絵
がまた入選したそうよ。これで三回連続かしらね」とか……
 「あなたお掃除がとっても上手なのね。あなたがお掃除すると、
教室が見違えるほど綺麗になるって牧田先生おっしゃってたわ」
 など……ネタは色々ですが、とにかく生徒が喜びそうなことを
見つけては褒めてくれるのでした。

 チビちゃんたちと上級生では掃除時間の関係で下校時間に微妙
なずれがありますし、何といってもここは全校生徒が50名程度、
の小規模な学校。他の学校なら一クラス分でしかありませんから、
こんな細やかな対応ができるのでした。

 ところが、そんな麗しいお別れの儀式がこの日に限ってはあり
ませんでした。
 
 下級生たちは順調に下校したのですが、上級生、それも五年生
と六年生のクラスが、ホームルームが終わった後も教室から出る
ことを許されなかったのです。

 こんな時は、誰からともなくヒソヒソ話が始まります。
 「ねえ、何かしら?」
 「良いことじゃないわよね、絶対」
 「叱られるってこと?」
 「たぶんね」
 
 「やだなあ、私たち何かしたっけ?」
 「何言ってるの。体育で広志君、むくれちゃったじゃないの」
 「だってあれは広志君が悪いんでしょう?私たち悪くないもの」

 「そうはいかないわよ。体育の授業を混乱させた連帯責任とか
言われるんじゃないの?」
 「レンタイセキニン?何よそれ。私たち関係ないでしょう!?」
 「そうでもないわよ。麗華ちゃんなんか、『ピルエットも回れ
ないのにあんた生意気よ』とかなんとか言わなかった?」
 「えっ!?あたし?……あたしなの?……だって、あれは……
みんな言ってたから……つい……」

 『ひょっとして、お仕置き?』
 そんな恐怖がふと女の子たちの頭をの中をよぎります。

 園長先生は滅多にお仕置きに参加なさいませんが……それは、
過去においてもゼロということではありませんでした。

 重苦しい空気が流れるなか、園長室に呼ばれていた小宮先生が
帰っていらっしゃいました。

 「え~と、今日これから習い事に行く予定の子はいますか?」

 先生は、最初私たちにそう尋ねて、私たちの中にそうした子が
いない事を確認します。

 「……それでは、そうした予定はないようですから……」
 私はこの瞬間、小宮先生がふっと寂しい顔をなさったようで、
気になりました。これって、根拠のない女の子の感なんですが、
私の感はたいてい当たってしまうのでした。

 「実は、園長先生があなたたちとお話がしたいそうですから、
これからみんなで園長室へまいります」

 先生は取り立てて何の説明もしません。その後は表情も変えず
私たちを園長室へ連れて行きます。
 でも、私は何か特別な事情があると睨んでいました。


 園長室、そこは日当たりの良い8畳ほどの洋室。厚いペルシャ
絨毯が敷かれ先生が執務するための大きな事務机がありますが、
そのほかの家具は、生徒を抱っこするためのソファや大きな花瓶、
それにクラシックな書棚くらいでしょうか、ちなみにその書棚の
引き出しには、良い子へのご褒美としてお菓子がストックされて
いました。

 {お菓子?}

 そう、お菓子です。駄菓子ですけど……私たち、駄菓子屋さん
に寄る機会がありませんから、その代わりなんです。お父様たち
が『これも経験だから』と始めたんだそうです。

 {ちょっと変じゃないですか?}

 変じゃないですよ。うちでは園長先生がご褒美としてお菓子や
オモチャを渡すのは日常の風景なんです。
 お父様がおっしゃるにはご褒美ってその物の価値以上に励みに
なりますから子供には大切なんだそうです。

 但し、それは家に帰りつくまで封を切ることができませんから、
結局、『買い食いの醍醐味を味わう』というのというところまで
はいきませんでした。

 幼い頃の私たちは朝夕二回必ず園長先生に抱かれ、下校時には
小さなお土産までもらって帰って来たというわけです。
 つまり、園長先生って、立場は校長先生でも私たちにとっては
おばあちゃんといった存在に近かったのかもしれません。

 一般の人たちから見れば学校の先生が何もそんなことまでって
思うかもしれませんが私たちには初めから親類縁者がいません。
甘えられる人がいないのです。そこで、家庭教師と担任の先生が
お母さんの代わりを、園長先生がお婆ちゃんの代わりをしてくれ
ていたのでした。

 もちろん、そう取り計らったのはお父様たち。
 この学校が同じ境遇の少人数の子供たちだけで構成されている
のも、ここが単に知識を学ぶ場だけでなく家庭としても機能する
ようにとの思惑があったからなのです。

 では、なぜ、そんな巨費を投じてまで私たちを優遇してくれた
のかというと、そこにはお父様たちなりの計算もあるのですが、
それについては小学生の私たちはまったく与り知らぬことでした。

 今は、とにかく全員が緊張して園長室へとやってきます。
 すると、ドアが閉まっていました。

 『どうして今日はドアが閉まってるんだろう?』
 嫌な感じです。また不安になります。

 えっ、園長室のドアが閉まっていて当たり前じゃないですか?

 いえ、違うんです。
 うちの場合、子どもたちがお別れの挨拶に立ち寄りますから、
どんなに寒い日でもこの時間はドアが必ず開いていたのです。
 それが閉まっているというのは、それだけでも、『何かある』
と思えるのでした。

 「小宮です。よろしいでしょうか?」
 小宮先生がノックすると……

 「小宮先生ね、どうぞ入ってらして……」
 という声がします。
 そこで、ぞろぞろと部屋の中へ入っていくと……
 「わあ、いらっしゃい。……みんな、一緒に来てくれたのね。
さあ、入ってちょうだい」

 私たちの前にいる園長先生はいつもと変わらない笑顔でした。

 園長先生が事務机に座り、小宮先生がその脇に立って、私たち
は園長先生の前に並びます。これが私たちの定位置。小宮先生に
手を引かれ園長室で叱られる時もこれが定位置でした。

 『何となく嫌な感じだなあ』
 と思っていると、全員が揃ったのを確認して園長先生がやおら
お話しを始めます。

 「実はね……このところの、あなたたちのクラスの様子が気に
なっていたの。それで記録を調べてみたら先々週は由美子ちゃん
と詩織ちゃんが大喧嘩してるし、先週は単元テストで合計7回も
不合格者が出たでしょう。それぞれ不合格を取った人は違うけど、
ああした業者テストは、ひねった難しい問題なんかないんだもの、
ちゃんと宿題さえやっていたら誰でもちゃんと100点が取れる
仕組みになってるのよ。それができないっていうことはちゃんと
宿題をやってこなかったからだわよね。……そうじゃなくて……
麗華ちゃん。……違うかしら……里香ちゃん……」

 園長先生の問いかけに二人は俯いてしまいます。

 「今週もあったでしょう。お掃除の時間に雑巾を投げ合って、
お隣りでまだ授業されていた牧田先生に叱られたの。……あれは、
誰だっけ?……それに、今日は美咲ちゃんと広志君がフェンスの
外へ突き抜けちゃうんだもの。これじゃあ小宮先生も心の休まる
暇がないわね」

 園長先生はこのほかにも色々とここしばらくの私たちの悪事や
怠け癖なんかを並べ立てます。
 私なんか疾の昔に忘れていることなのによく覚えているもんだ
と感心してしまいます。

 結局、六人のうちそこに登場しない子は一人もいませんでした。
 一言で言ってしまうと『あなたたち、たるんでるわよ』という
わけです。

 ただ、だからと言って、今回私たちがお尻の心配をする必要は
ありませんでした。
 というのは……

 「そこで、もう少しあなた方をしっかりと指導していただこう
と思って、今回は小宮先生に私のお仕置きを受けてもらうことに
したの」

 『ぎょっ!』
 みんなそれを聞いた時は驚きます。
 目が点になってしまいました。

 「そんなあ~~」
 由美子ちゃんだけが思わず声を上げますが、でも、気持は他の
五人も同じでした。

 『えっ、また?』
 でも、私、しばらくして思い出したんですよ。
 いえね、他の五人だって追々思い出すとは思うんですが。

 実は今から3年前、私たちが小2の頃です。同じようなことが
あったんです。

 『私たちのせいで小宮先生が園長先生からお仕置きされる』
 そう聞かされた時は幼いせいもあって今以上にショックでした。

 『どうしよう』『どうしよう』『どうしよう』『どうしよう』
 『どうしよう』『どうしよう』

 六人が六人とも同じ気持です。でも、女の子って、こんな時は
からっきし意気地がありません。
 『先生は助けたい。でも、自分はぶたれたくない』
 というわけです。

 そんな中、この時は麗華ちゃんがジャンヌダルクでした。

 彼女は園長先生に泣きながら、『私がお仕置きをうけますから、
小宮先生を許してください』と直訴したんです。

 すると、園長先生も小宮先生もふき出しちゃって……
 でも、二人とも、とても嬉しそうに笑っていました。

 麗華ちゃんは園長先生に抱っこされ泣き止むまであやされます。

 結局、その日、子どもたちは誰一人ぶたれませんでしたし小宮
先生も無事だったんですが、それって、残りの五人にしてみると
気持は複雑でした。

 『これって、先生方が私たちを試したんだろうか?……もし、
そうなら、麗華ちゃん以外の私たちって自分勝手で薄情な子ども
って見られちゃったんじゃないだろうか………』
 そんな疑念が頭の中から離れませんでした。

 今回だって事情は同じです。
 ですから『誰かが手を上げたら八方丸く収まるんじゃないか』
と思って、お互いの顔を見合わせるのですが……
 『ならば、私が……』なんて名乗り出る子はいません。

 前回、名乗り出てくれた麗華ちゃんも今回は下を向いてしまい
ます。

 小2から小5。その間に私たちも随分大人になっていました。
一時の感情に流されず多くの事が理性で判断できるようになって
いましたから。

 でも、それって裏を返せば、ずるくなってるってことなのかも
しれません。
 お互い顔を見合わせるだけで、いっこうにらちがあきませんで
した。

 そのうち、園長先生が……
 「……それでね、今日はあなたたちには小宮先生のお仕置きを
お手伝して欲しいと思ってここへ呼んだのよ。やっていただける
かしら?」

 ここでまた、私たち六人はお互いに顔を見合わせることになり
ます。

 しばしの沈黙のあと、詩織ちゃんが尋ねます。
 「私たち、何をすればいいんですか?」

 すると、園長先生は……
 「あら、詩織ちゃんやってくれるの?簡単なことよ。これから
私が小宮先生のお尻をこのおしゃもじみたいな形をしたパドルで
100回叩くから、あなたたちは先生が懲罰台から逃げ出さない
ように両手と両足をしっかり押さえてくれていればいいの。……
簡単でしょう」

 園長先生は笑っていますが、私たちにとって事はそう簡単では
ありませんでした。

 だって、小宮先生というのはこの学校に入学以来ずっと私たち
の担任の先生。うちはその先生が学校を辞めない限り、入学から
卒業までずっと同じクラスを受け持つ決まりになっていました。

 たしかにいつもラブラブだってわけじゃありません。反発して
口をきかなくなったこともありますし恥ずかしいお仕置きだって
一度や二度じゃありませんけど、それでも小宮先生は、私たちに
とっては学校でのお母さんなんです。

 そのお母さんが、目の前でお尻をぶたれようとしているのに、
それを手伝うなんて簡単に応じられることではありませんでした。

 とうとうと言うか、仕方なくというか、やけっぱちというか、
そのあたり明確な理由はありませんけど、私が口を開きます。
 何の因果かこの時私は学級委員をしていたのです。
 その責任が後押ししたみたいなものでした。

 「園長先生、私が代わりにお尻をぶたれたら小宮先生は許して
もらえますか」
 私の場合は、麗華ちゃんみたいに激情型ではありません。仕方
なく、本当に仕方なくですから声は絞り出すようにしかでません
でした。

 「あら、美咲ちゃんが代わりになるの。級長さんともなると、
色々と大変ね」
 園長先生は、苦りきった私の顔を微笑ましく観察しながらも、
どこかからかい半分です。
 もちろん、私のお腹の中などとっくにご存知でした。

 「せっかくだけど、その心配はいらないわ。だってあなたたち
はその時その時ですでにお仕置きを受けてるもの。『罰を受けた
ら、それでおしまい』それがここのルールでしょう。せっかく、
良い子に戻ってるのに、また罰を受ける必要なんてないわ。……
これは先生と小宮先生の問題なのよ」

 「……でも、それだと……小宮先生が可哀想だから……」
 歯切れの悪い言葉で反論してみると……

 「大丈夫よ。小宮先生は大人だもの。あなたたちに比べれば、
身体もしっかりしてらっしゃるから、こんなおばあちゃんの鞭で
音を上げることなんかないはずよ」
 園長先生は取りあってくれません。

 そればかりか……
 「小宮先生、あなた幸せ者ね。こんなやさしい生徒に囲まれて
……私を悪者にして……羨ましい限りだわ」
 こう言って茶化します。

 そして約束通り、小宮先生は普段なら子どもたちがうつ伏せに
なるはずの懲罰台(といってもそれは単なる古い机なんですが)
に身をかがめます。
 これを出してあるからさっきドアを閉めていたのでした。

 結局、私たちは園長先生の指示通り動くしかありませんでした。

 私が先生の右手を、由美子ちゃんが左手を握ります。後ろでは、
里香ちゃんが右足を、詩織ちゃんが左足を押さえます。
 そして、麗華ちゃんと広志君が捲りあげたフリルのスカートが
落ちてこないように持っている係りでした。

 実は、小宮先生、普段はタイトなスカートを穿いていることが
多いのですがこの日のことはあらかじめ決まっていたのでしょう。
突風に煽られたら捲れあがりそうなフリフリのスカートをはいて
いました。

 先生は大人ですから、さすがにパンツまで脱げとはおっしゃい
ませんが、それでも、薄いショーツ一枚では豊満なヒップライン
は隠せません。

 私たちは否応無しにそれを目にします。広志君は、頬をぽっと
赤くしたみたいでした。

 そんな広志君の脇に立つ園長先生は見上げるような巨人です。
これは園長先生の身体が単に大きいというだけでなく、私たちが
全員腰を落として低く身構えていますから、先生がそこに現れる
と、私たちからはまるで赤鬼が立っているように見えるのでした。

 園長先生は、決して怖い顔をしているわけではありませんが、
迫力は十分です。

 「さあ、みんなさんにご注意よ。しっかり聞いてちょうだいね。
いいこと、お仕置きの最中はみんなその場を動かないでください。
下手に動くとこのパドルが当たってしまって危ないですからね。
どうしても動きたい時は手を上げずに私に声をかけてちょうだい。
……いいですね。」
 園長先生はそう言って子供たちに注意を促したあと小宮先生に
対しても……

 「いいこと、あなたもそうよ。あなたが動くと、子どもたちに
危険が及びますからね、そこは十分に注意してちょうだい」
 小宮先生の耳元でこう囁いてから……。

 「さあ、いきますよ」
 園長先生はまず最初の一撃を振り下ろします。

 「パシッ」
 園長先生を振り下ろしたパドルが鈍い音を立てました。

 「一つ、園長先生、お仕置きありがとうございます」
 小宮先生はこう答えます。

 これは私たちの学校でのしきたりみたいなもので、園長室での
お尻叩きは、ぶたれるたびに一つ二つと数を数えていき、最後に
ありがとうございましたと付け加えます。

 もちろん、通常は子供が言うわけですが、先生の場合も例外は
認められていないみたいでした。

 いずれにしてもこれを延々百回もやるわけですから、それだけ
でも大変です。

 ただ、その一回一回にご挨拶をしなければならないお尻叩きは、
鞭の威力がそんなに強くありません。
 最初の頃は痛みの蓄積もありませんから、本当なら小宮先生も
鼻歌交じりのはずですが、教え子の手前、そして園長先生の手前
楽そうな顔もできませんでした。
 そこで真剣な面持ちで罰を受け続けます。

 ただ、20回30回と進むうち、その顔にも変化が……。
 真剣な顔というより、苦痛に満ちた歪んだ顔になるのです。

 園長先生の振り下ろす鞭の勢いが変化したわけではありません。
一つ一つの衝撃は小さくてもそれが数を重ねるごとにお尻の奥に
痛みが蓄積されていきますから、重苦しい息が詰まるような鈍痛
が、徐々にひどくなっていくのでした。

 ですから最初は鼻歌まじりで応じられていても、この頃になる
と、お尻をさすりたくて仕方がなくなります。
 
 そして40回、50回ともなると、たとえ軽くぶたれていても
その衝撃は思いっきりぶたれたのと変わらなくなり……

 「あっ、いや」

 決して嬉しいことではないはずなのに思わずよがり声のような
ものが漏れるようになるのでした。

 つまり、こうなってからが、お尻叩きは本当のお仕置きでした。

 「あっ、いや、だめ」

 最初は三回に一回ぐらいで出ていたよがり声が、二回に一回と
なり、やがて60回を越えるあたりでは毎回聞こえるようになり
ます。

 でも、そうなると、私のハートもまたチクチクと痛むことに。
小宮先生の苦痛は、まだ耐えられる段階なのかもしれませんが、
その声を聞くだびに良心がチクチクします。
 先生へのお仕置きの原因が私たちにあることへの罪悪感でした。

 「あっ、あああああ」

 園長先生の鞭が小宮先生のお尻をとらえるたびに小さなうめき
声が私の耳元で反響します。
 私はそのたび『どうしよう』『どうしよう』とそればかり思う
ようになるのでした。

 そんな時です。
 「みんなも同じ姿勢のままでは大変でしょう。ちょっと、休憩
しましょうか」

 それまで一度も休まなかった園長先生が、ここで休憩を入れて
くださったのです。
 今までが70発。残りがちょうど30発というところでした。

 すると、ここで私が口を開きます。
 それって今考えても、『どうして私そんなことしたんだろう?』
と思うようなことなのですが……。

 「園長先生、小宮先生のお仕置き、私たちが代わってあげられ
ないでしょうか?」

 恐らく小宮先生の激しい息遣いに後先考えずに言ってしまった
んだと思います。おまけに……

 「残り30回を五人で分けて、一人6回で……」

 私は笑顔で園長先生と交渉します。
 もちろんお友だちに『こうしよう』だなん相談したことはあり
ません。全ては私の独断なのです。

 すると、園長先生、しばし思いをめぐらしているご様子でした
が、笑顔になって、まず、私以外の子供たちに尋ねます。

 「ねえ麗華ちゃん。学級委員さんがあんなことおっしゃってる
けど、あなたはそれでいいのかしら?」

 「えっ、それは……」
 麗華ちゃん、いきなりの質問に、当然のように戸惑います。

 でも、考えた末の答えは……
 「はい、大丈夫です」
 でした。

 園長先生は次々に子供たちに尋ねてまわります。
 もちろん、みんな思わぬ質問で最初はどぎまぎですが、やがて
出てくる答えはどの子もイエスでした。

 みんな私のわがままを受け入れてくれたんです。

 「そう、それじゃあ、そうしましょうか」
 園長先生は応じてくれますが、懲罰台から開放された小宮先生
の方がむしろ浮かない顔でした。

 「あなたたち、気持は嬉しいけど、やめなさい。園長先生の鞭
は痛いのよ」

 小宮先生はそうおっしゃいましたが、もうそれは覚悟の上です。
他の子の中には話の流れの中でやむを得ずお付き合いしてしまっ
たという子だっていたはずですが、私は小宮先生の苦しそうな息
に耐えられなくなっていたのでした。

 ところが、私たちへの罰は、懲罰台ではありませんでした。

 私たちは、園長先生が執務する大きな事務机の前に一列に並ば
されます。

 そして、まず私から……

 「美咲ちゃん、スカートを上げて……」

 私がスカートを上げると、問答無用でショーツが引き下ろされ
ます。
 あっという間の出来事。恥ずかしいも、嫌も応もありませんで
した。

 「前かがみになるの。……そうよ、私にしっかりお尻を見せて
ちょうだい」
 お仕置きですから園長先生の声もいつもより厳しい声ですが、
仕方ありません。

 もう、そのあとは……
 「ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、」
 立て続けに5回、パドルでお尻をぶたれました。

 「次は麗華ちゃんね。スカートを上げてちょうだい……あっ、
美咲ちゃん、あなたはまだスカートを下ろすの早いわよ」

 園長先生は私がスカートの裾を下ろすことを認めませんでした。

 「ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、」
 
 麗華ちゃんもゴム製パドルでのお仕置きは同じです。
 そして、お仕置きのあと、スカートの裾をそのまま持ち上げて
いなければならないのも同じでした。

 「次、由美子ちゃん」

 こうして園長先生は次から次に子どもたちのお尻を叩いていき、
六人のお尻叩きが終わると、そこに下半身丸出しの六人が並ぶ事
になります。

 「どう?お尻は痛かった?」

 園長先生は私たちに尋ねますが……
 「………………」
 それに答える子はいませんでした。

 いえ、五回ぶたれましたけど、痛みはそれほどでもないのです。
ただ、この姿が悲しくて答える気にはなれないのです。

 女の子って気が小さくて猜疑心の強いところがありますからね、
『何だか、かえってまずいことしちゃったのかな』とか『まだ、
何かお仕置きされるのかなあ』とか思っちゃうんです。

 「お尻、あまり痛くなかったでしょう?少し遠慮したからよ。
あなたたちが、こんなにも強く小宮先生のことを慕ってるなんて
思わなかったからびっくりしたわ」

 「それって、よかったんですか?」
 由美子ちゃんが尋ねます。

 「もちろんよ。ごく幼い時と違ってある程度分別がついてから
そうした決断をするには相当な勇気が必要だわ。あなた方は偉い
なって思ったの。そんな社子春みたいな子、本気でぶてないもの。
ただね、あなたたちもいったんは小宮先生の罰を肩代わりすると
言ったんだから、その約束は最後まで果たさなければならないわ。
だから強くぶたれない代わりにしばらくそうやって立ってなさい」

 『え~~、そっちの方がきついよ~~』
 私は思いましたが、仕方がありません。

 女の子はこのあと引き上げたスカートの裾がピンで留められ、
男の子は半ズボンとパンツが足首まで引き下ろされて、それぞれ
恥ずかしい姿のまま10分ほど壁に向かって立たされます。

 今、こんなことやったらきっと警察沙汰でしょうけど、でも、
当時、私たちの学校ではこうしたこともそう珍しいことではあり
ませんでした。

 チャイルドポルノなんて言葉がまだ一般的ではなかった時代。
小学生の下半身なんて人畜無害と考えられていましたから、親や
教師が子どもを晒しものにして罰する見せしめ刑もそれはそれで
立派にお仕置きとして成立していたのです。

 もちろん、晒し者になってるこちらはとっても恥ずかしかった
わけですが、お仕置きという大義名分のもと、大人たちは子ども
の羞恥心にはとんと無頓着、というか無頓着を装っていました。

 むしろ、園長先生はこの姿を見て……
 「可愛いじゃないですか、小宮先生。この頃が無邪気で穢れが
なくて、それでいて扱いやすくて、一番いい時期ね。だから昔は、
新米教師が入ってくると、まずは4年生5年生の担任をやらせた
ものなのよ」

 「そうなんですか」

 「あなたは考えすぎなの。こんなに良い子たちが、あなたから
離れたり、裏切ったりするものですか」

 「ほんと、私もそう思いました」

 「こんな天使たちを直接指導できるなんて、羨ましくてよ」

 二人のこの会話が何を意味するのか、幼い私にはその時はまだ
よくわかりませんでしたが、今はわかります。
 どうやらこの催し、園長先生が小宮先生に自信を持たせようと
企画されたものだったみたいです。でもそう考えると、私もほん
のちょっぴりですがお手伝いできたみたいでした。


************<19>***********

<第一章> §20 / 六年生へのお仕置き /

小暮男爵 / 第一章

***<< §20 >>**/六年生へのお仕置き/**

 長い長い園長先生へのお別れのご挨拶がすんで部屋を出ると、
そこにはすでに六年生の子供たちが待っていました。

 私たちと同じように六人の子どもたちを担任の栗山先生が引率
していらっしゃいましたが、こちらのご用は、おそらく社子春と
いうことではないみたいです。
 だって、栗山先生、タイトスカートでしたから……。

 私はその中にいた遥お姉様と笑顔でご挨拶。
 相手もこの時は笑顔でしたが、その顔はすでに引きつっていて、
無理に笑おうとしているのが子供の私にもよく分かります。
 そのあたり女の子は相手の表情を敏感に感じ取るものなのです。

 『お姉様たち、やっぱり、あれで呼ばれたのよね』
 私は思います。あれというのは自習時間に起きた乱痴気騒ぎ。

 あれは昼休み、お父様たちによってお仕置き済みなはずですが、
それはあくまで家庭での事。彼女たちに対する学校でのお仕置き
はまだ済んでいません。それが、これからここで行われる。私は
そう読んだのでした。

 すると、とたんに何だか楽しい想像がいくつも頭に浮かびます。

 リンゴと同じくらい真っ赤になるまでお尻を叩かれ、失神寸前
までお浣腸のウンチを我慢して、歯が折れそうになほど熱いお灸
に耐えます。
 その様子が走馬灯のように頭のなかを駆け巡るのです。

 『うっふ……うっふふ……ふふふふふ』
 悪魔チックな妄想が一つ一つが私の頭を掠めるたびに私の頬を
緩めていきます。

 園長先生や小宮先生、いえ、他の多くの先生方が私たちのこと
をまるで天使のようだなんておだてますがこれは真っ赤な嘘です。
生身の私たちは人の不幸が三度のごはんより大好きな悪魔の心を
持ついけない少女たち。
 ただ、それを滅多に顔の外に出さないだけでした。

 ところが不覚にもそんなにやけた顔をした瞬間、誰が私の肩を
叩きます。
 「五年生のご用はもうすんだの?」

 振り返ると、河合先生が立っていました。

 「あっ……はい」
 全身の毛穴が開き顔面蒼白でのご返事。

 もちろん、河合先生に私の心の内が読めるはずありませんが、
それでもその顔は一瞬にして青ざめてしまいました。

 「遅くなればマイクロバスで送ってもらえるでしょうけど……
遥ちゃんと一緒に帰る?」

 「はい、そうします。ちょっとだけ心配だから……」

 これも嘘です。
 本当は、お尻をぶたれて泣き顔で出てくる遥お姉ちゃんが見て
みたかっただけでした。

 「そう、それじゃあ食堂でチョコレートパフェでも食べようか」

 「やったあ~~」
 河合先生のお勧(すす)めにテンションが上がります。
 こちらちらはもちろん本物の笑顔でした。


 放課後の食堂。一般の学校ならランチが済めばもう用はありま
せんから調理のおばさんたちも食器を洗ってすでに帰宅している
頃かもしれませんが、ここは学校の先生だけでなく、家庭教師や
お父様方、臨時の先生たち、OB、OGなど色んな方が利用され
ますから午後も軽食や喫茶をやっています。

 子供たちだって大人が注文してくれれば飲食ができます。
 チョコレートパフェは当時の私たちにしてみたら十分なご馳走
でした。

 そのパフェを頬張りながら、私はぼやきます。
 「今日、園長先生に何されたと思う?」

 「何って……お仕置き?」

 「そう、スカート上げて、パンツまで下げさせられて、全~部
丸見えだったんだから。……その格好で10分よ。10分も立た
されたんだから。……あの人、絶対、変よ。……ヘンタイ……」

 私はチョコレートパフェのせいでテンションが上がりっぱなし。
四方のテーブルみんなに聞こえるような大きな声で自分が下半身
を裸にさせられた話を叫んでいたのでした。

 河合先生は、犬のような食べっぷりでパフェを頬張る私から、
園長室での出来事を順を追って尋ねていきます。

 「…………なるほど、そういうことだったの」

 パフェがきいたのか、私は密室での出来事を洗いざらいぶちま
けますが、それはやがて今日の出来事を離れて、普段の生活での
不満にまで及ぶことになるのでした。

 「だいたい、うちはなぜ月に1度身体検査があるの。あんなの
年に一回やれば十分よ。それも校医の黒川先生の前でお股開いて
あそこまで見せるなんて。だいだい黒川先生もヘンタイなのよ。
いつも嬉しそうにニヤニヤしながらアソコ触ってくるんだもん。
いやらしいったらないわ」

 と、そこまで絶叫した時でした。
 聞きなれた声が耳元でします。

 「誰が変態なんだい?」

 「あっ、お父様」
 私は思わず『やばっ』と思いましたが手遅れでした。

 ちなみに、『お父様』とか『お姉様』とかいう仰々しい言葉が
気になってる方がいるみたいなんで断っておきますが、これって
特別相手を敬ってそう言ってるんじゃないんです。『お父様』は
私たちにとっては単なる名詞。ごく幼い頃に、「この人のことは
『お父様』と呼びなさい」「この人はあなたの『お姉様』ですよ」
って教えられたから、未だにそう呼んでるだけなんです。

 そのお父様が……
 「いったい誰が変態なんだい?」
 って、大きな顔をパフェのそばへ寄せてきます。

 「いえ、それは……えっと……」
 私は一瞬息が詰まって心臓が喉から飛び出そうです。
 ここでは理由のいかに関わらず大人を批判することは禁じられ
ていますから、もうびっくりでした。

 河合先生の場合は日頃から『何でも私に打ち明けてちょうだい』
って姉御肌を見せていましたから心安いのですが、ここでは誰に
でもそうできるわけではありません。目に余るようなら、当然、
お仕置きでした。

 「美咲ちゃん、目上の人を軽々しく変態扱いしてはいけないよ。
ましてここは食堂、色んな人が近くにいるから大声で話をしたら
それだけで他の人たちに不快な思いにさせてしまうんだよ」

 「ごめんなさい」

 「君の場合はまだ世間も道理も知らない子供の立場なんだから、
まずは、目上の人の愛情を余すところなく受け入れるところから
はじめなきゃ。お父さんは、君に悪影響が及ぶような人とは接触
させていないつもりだ。園長先生も、小宮先生も、もちろん黒川
先生だって、君が批判できるような底の浅い人物ではないんだ。
わかるね?」

 「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 私はお仕置きだけはまぬがれようと平謝りでした。

 「先生、どうしたんだね、美咲がだいぶ興奮してたみたいだが、
何かあったのかね」
 お父様は河合先生に事情を尋ねられます。

 「…………そういうことか」
 河合先生の説明をすっかり聞き終えると、お父様は『なるほど』
と納得なさったみたいでした。そして、こうおっしゃったのです。

 「美咲ちゃん、君も学級委員をやっていたからわかるだろう。
リーダーというのは孤独なんだよ。部下は自分のことを信頼して
くれているだろうか、自分は愛されているだろうかって、いつも
気になってるんだ。だからそれを確かめたいんだけど、上下関係
があるとまともに尋ねても下の者はなかなか本心を打ち明けくれ
ないからね、それで、勢いこんな方法をとるんだ」

 「こんな方法って?」

 「だって、今日はみんなで社子春をやったんだろう?」

 「トシシュン?」

 「知らないかね、社子春という名の仙人になりそこなった青年
のお話を……」

 お父様の言葉に私は頭をめぐらします。すると、昔読んだこと
のある童話がヒットしました。

 「君たちにとって小宮先生は単なる担任の先生じゃないんだ。
入学以来ずっと面倒をみてもらっているお母さんでもあるんだ。
だから、お母さんとしては、自分が子どもたちにお母さんと認め
られているだろうか、困った時この子たちは本当に助けてくれる
だろうかって、心配になるんだと思うよ。それを試したかったん
じゃないのかな」

 「私たちが先生を助けるの?」

 「そうだよ。困難であればあるほど下の者が一致団結して上の
人の指示に従って行動してくれないと、困難はのりきれないもの。
どんな時でもお母さんを助けてくれますか?って試しているのさ」

 「お母さんを助ける?…………それで、社子春…………じゃあ、
なぜ園長先生は私たちのパンツを脱がせたの?」

 「それは、君たちがまだこんなに小さな子供なんですよって、
小宮先生に見せつけるためだよ」

 「ん?……だって、私たち子供じゃない」
 私は意味が分かりませんでした。だって、私たちが子供なのは、
べつに裸にならなくても分かってるはずですから。

 「そりゃそうなんだけど、君たちくらいの年齢になると、世間
常識や分別はなくても知識だけは相当ついてくるから、大人の方
でもついつい煽られて子供を大人と同じように扱ってしまうこと
があるんだ。……でも、そうやって任せても、結局は気まぐれで
責任感のない対応に終始する事が多くて思うような結果がでない。
ストレスは溜まる一方ってわけさ。……そこで園長先生は原点に
戻って『ほら御覧なさい。この子たち、まだこんなに子供でしょ』
ってやったんじゃないのかな。ま、これはあくまで想像だけどね」

 「…………」

 「分からないか?ま、無理もない。大人になったらわかるよ。
……それにだ、周りにいたのはどうせ女の先生だけなんだし……
いいんじゃないのか、そのくらいは……」

 「そのくらいじゃないよ。乙女の純情を踏みにじられたのよ」
  私がむくれてみせると……

 「そうか、乙女の純情かあ~~、困ったな、それは……」
 お父さんは苦笑します。

 ですからてっきり私に同調していれたと思ったのですが……
 「……それじゃあ、お父さんも今夜あたりお家で美咲ちゃんの
その乙女の純情とやらを見せてもらおうかな」

 『冗談!?……でしょう?』
 お父様は冗談めかしにそう言ってのけますが、それって私たち
の世界にあっては現実の危機なのです。ありうることですから。
 ですから、私は慌てて河合先生の陰に隠れるのでした。


 1時間ほどして三人は遥お姉様を迎えに行きます。

 そこには私たち家族だけでなく他の家族もたくさんいました。
六家ではおおむね各学年に一人ずつの子供がいますから、各家の
お父様たちや家庭教師、加えて私のようなおせっかいな妹たちで
園長室のドアの前はごった返していました。

 「ねえねえ、ミーミ、聞いてよ。さっきまで凄かったんだから」
 「そうそう、もの凄い悲鳴があがってたの」
 「あれ、ケインじゃない。風切る音が聞こえたから」
 「嘘おっしゃい。こんな厚いドアの外からそんな音が聞こえる
わけないでしょう」
 「聞こえました。私、ドアに耳を近づけてずっと聞いてたもん」
 「ばかねえ、ケインなんて私たち小学生には使わないわよ」
 「だって、壁に掛かってるでしょう」
 「あれは脅かしなの。実際には使わないの」
 「いいえ、使います」
 麗華ちゃんがむきになります。

 私が現れたとたん、ちょうど話を聞いてもらえる相手を探して
いたんでしょうね、クラスメイトたちから集中砲火です。

 でも、彼女たちが明かす、ドアの外からの諜報活動はこれだけ
ではありませんでした。

 「ねえ、中でお浣腸があったみたいよ。黒川先生入っていった
もん」
 「それだけじゃないの。中井先生まで呼ばれたんだから、……
きっとお灸よ」
 「すごいでしょう、トリプルのお仕置きだったみたいよ」
 詩織ちゃんは満面の笑み。
 どうやら悪魔の心を持つ少女は私だけではないみたいでした。

 そうやって、女の子たちがわいわい騒いでいるうちに、ドアが
開きます。

 すると、お友だちは自分のお姉様の顔を見つけて擦り寄ります。
すると先ほどまで笑顔から一変、その顔は深い同情心に包まれて
いました。
 どうやら女の子が天使なのは女の子として営業している時だけ
のようです。

 私も人だかりのなかで遥お姉様を探します。

 『あっ、いたいた』
 ドアから最後に出てきました。

 下唇を噛んで必死に泣き顔を見せないようにしているのがよく
分かります。

 「お姉様~~」
 私が軽い感じで呼びかけると、気が着いて笑い返してきました。
 
 「大変だったね」
 私はねぎらいのつもりで言ったんですが……
 「大したことじゃないわ」
 首を振って前髪を跳ね上げます。いつものお得意のポーズです。

 『無理しちゃってえ~』
 とは思いますが、そこがまた遥お姉様の良い所でもあります。

 ところが……
 「遥、大丈夫か?」
 お父様がそこへ現れたとたん、お姉様はお父様の胸の中で泣き
始めたのでした。

 「痛かった。先生、ひどいことするんだよ。こんなこと今まで
一度もされたことなかったのに……」
 私に対してなら絶対に出さない甘えた声が、大きな胸の中から
聞こえます。でも、これが女の子でした。

 「仕方がないじゃないか。お仕置きだもの。辛くないお仕置き
というのはないよ。それも年長になれば段々きつくなってくる。
身体が大きくなった子に幼稚園時代と同じことをやっても効果が
ないだろう。それは先生だって知ってることだ」

 「ねえ、お昼休みにお父様にやられたのとどっちが凄かったの?」
 私が不用意に尋ねると、お姉様はそれまで隠していた顔を私に
向けて睨みつけます。

 「…………」
 ですから、それ以上は聴けなくなってしまいました。

 お父様は、「食堂で少し休んでいこうか」と提案しましたが、
お姉様が「すぐに帰りたい」と言うので、そのままリンカーンに。

 自宅までの1時間近い道中、遥お姉様はその車内で自分の体を
両手で支えながら座っていました。いえ、なるだけお尻がシート
に着かないようにしていたわけですから、正確には立っていたと
言うべきかもしれません。

 ポンコツリンカーンのシートはすでに中のクッション材が飛び
出す始末でしたから、決して乗り心地のよいものではありません
が、それでもこんな姿で乗っているお姉様を見たのは初めて。
 何があったかは一目瞭然でした。

 そして、家に帰ったあとも……
 お姉様は私と一緒にお風呂に入ることを拒否します。
 普段そんなことをしたら「家族が多いのに、そんなわがままは
認められません。後の人に迷惑がかかるでしょう」って河合先生
に叱られるところですが、それも今日はありませんでした。

 「あなたは先に宿題をすませてらっしゃい」
 遥お姉様がお風呂の間、私は勉強部屋へ追いやられます。

 その時河合先生が普段より優しくお姉様に接しているのがよく
わかりました。
 きっと、お尻は出血していてもおかしくないくらい腫上がって
いるはずですから、そこを洗う時はとても神経を使っていたはず
です。そして、お姉様の愚痴も聞いてあげてたんだと思います。
お姉様のお風呂はいつもより長い時間がかかっていました。

 ちょうど宿題をすませた頃、私にお風呂の番が回ってきました。

 私は、お姉様のことについてお風呂の中で……
 「お尻真っ赤になってた?」
 「ずっと泣いてたでしょう?」
 「ねえ、みんな、お浣腸があったって言ってたけど、ホント?」
 「お灸もあったって……どこにすえられてた?」
 いくつも質問を繰り出しましたが、河合先生の答えは一つだけ。

 「知りません」

 でも、あまりにしつこく尋ねますから、私の身体を洗いながら
……
 「それはあなたに関係のないことでしょう。そういうことはね、
プライバシーと言って無理にこじ開けて中を見てはいけないもの
なの。あなたも自分がされたお仕置きを根掘り葉掘り尋ねられる
のは嫌でしょう。自分がされて嫌な事は他人にもしてもいけない。
習ったでしょう。確かにここのお仕置きはよそと比べても厳しい
けど、それは、ここが他所の何倍も大きな愛情に包まれてるから
できることなの。だから、遥ちゃんもどんなに厳しいお仕置きが
あってもそれを恨む事はないはずよ。あなただってそうでしょう。
お父様に厳しいお仕置きされたらお父様を恨む?」

 「それは……」
 私は返事に困ります。私だってその直後は確かに恨みますが、
お父様が相手だとすぐに忘れてしまうからでした。

 「でしょう、あなたの場合はまだまだお父様大好きだものね。
それはそれで幸せな時間だわ」

 最後はちょっぴり私を腐(くさ)します。
 でも、それは確かにそうでした。当時の私はまだまだ『お父様
ラブ』の時代。たとえたまにお仕置きがあったとしても、その後
それ以上のフォローがお父様から必ずありますから、お仕置きが
憎しみへと変わることはありませんでした。


 その日の夕食。
 遥お姉様の席はいつもの場所とは違っていました。

 普段は小学生同士私とおしゃべりしながら食事を取るのですが、
こんな時、お父様はご自分の席の隣にその子の席を用意させます。
罪を犯した子はその日お父様の隣りで食事しなければなりません
でした。

 それだけではありません、まずはその席の脇に立って、普段は
しないご挨拶を姉妹に向かって……

 「今日は、学校で自習の時間に騒ぎを起こしてお仕置きを頂き
ました。これからは良い子になりますから、お姉様、美咲ちゃん、
また今までどおり仲良くしてください。お願いします」

 頭をペコリとさげると姉妹みんなから拍手をもらいます。
 こんな拍手、嬉しくも晴れがましくも何でもありませんけど、
やらないわけにはいきませんでした。

 そしてもう一つ。
 『今日はご飯いらない』
 というわけにもはいかなかったのです。
 うちではご飯を食べるのは子供の権利というより義務でした。
病気以外では泣きながらでも食べさせられたのです。

 「さあ、座りなさい」
 お父様は遥お姉様に椅子を勧めますが、これも普段の椅子とは
違っていたんです。

 お尻の痛みを和らげる円形のクッションが座面に敷かれている
のはいいとして、問題はその椅子の形でした。
 それは、まるでレストランに置かれた幼児用の椅子のようで、
そこに座ると膝の上にバーが下ろされ簡単には脱出できないよう
になります。
 ちょっとした拘束椅子だったんです。

 問題はまだあります。
 その食事の仕方。これも尋常ではありませんでした。

 まず、隣りに座る河合先生が、親切にも胸元に大きな涎掛けを
掛けてくれるのですが、これは『あなたは今、幼児なんですよ』
という目印。ですから、食事そのものも、この時は一人で楽しむ
ことができませんでした。

 「あ~~ん」

 河合先生が一口ごと料理の乗ったスプーンを遥お姉様の口元へ
運びます。

 「ほら、遥ちゃん、あ~~~ん」
 時にはお父様も参加して二人で赤ちゃんごっこです。

 ですから、お姉様の仕事はそのスプーンをパクリとやるだけ。
 まるで離乳食を口元へ運んでもらって食べる幼児のようなもの
ですが、もちろんイヤイヤはできませんでした。

 お父様にしたら、『お前はまだ幼児と同レベルなんだぞ!』と
いう戒めだったのかもしれません。
 実際、プライドの高い遥お姉様は渋い顔でご飯をを食べていま
したから。

 ただ、私の場合、これはお仕置きになっていませんでした。

 普段からお父様ラブの私にしたらこんなのは大歓迎なんです。
喜んで赤ちゃんを引き受けて食べ物をこぼしたりミルクをわざと
口の周りに着けたりしてお父様の注意をひきつけます。
 ここぞとばかり甘えに甘えてむしろ本人はご満悦でした。

 実際そうやってみてもお父様が私を叱ったことが一度もありま
せんでしたから。
 はてさて、これってお仕置きなんでしょうか?疑問が残ります。


 さて、食事が済むと今度はそれぞれ自分の部屋に戻ってお勉強。

 普段なら河合先生が小学生二人の面倒を一緒にみるところなん
ですが、この日はあいにくとお姉様が厄日でしたから、お父様も
遥お姉様の応援に出かけます。

 これはお仕置きでショックを受けている遥お姉様を慰めるため、
あるいは叱咤激励するためでした。

 私の経験から言ってもこの時のお父様はとてもやさしくてお膝
に抱っこしてもらいながら、河合先生とマンツーマンで勉強する
ことになります。

 お父様の抱っこは子供にとっては格別の安心感で、よく居眠り
をしては叱られていました。

 お姉様だってその事情は同じだと思います。普段、私と一緒に
いる時は『私はあなたとは違うの、もう大人なの』ってな感じで
すましていますが、彼女にとってもお父様はいまだ特別な存在で
あるはずです。
 実際、二人きりの時、お姉様が幼い子のようにお父様に甘える
姿を何度も見ていました。

 一方、その夜の私はというと……こちらも一人で勉強していた
わけではありません。
 高校生の隆明お兄様と小百合お姉様が、私の面倒をみるように
とお父様から言いつかっていました。

 このお二人はそれぞれ高三と高二。小学生の私からみればもう
立派に大人です。ですから同じ兄弟姉妹といっても、同類とか、
ライバルといった関係ではありません。
 二人は、どちらかと言うと、お父さんお母さんといった感じで、
甘えん坊の私は勉強中も他の大人たちと同じように接して、この
二人にも甘えます。

 最初は、「ほら、甘えないの」って叱られますけど、めげずに
甘えていると、私も遥お姉様と同じように隆明お兄様のお膝の上
でノンノしてお勉強することが許されます。

 「やったー」
 私は問題を一つ解くたびに大はしゃぎ。でも、どんなに乱暴に
跳ね回ってもこの筋肉質の椅子はびくともしません。

 『これで、お姉様と一緒の条件でお勉強できるわ』
 そんな嬉しい思いもありました。

 ただ、勉強自体はノルマ制。一応2時間とはなっていますが、
時間がきたから終了ではありません。全ての課題が出来るまでは
この人間椅子からは開放してもらえませんでした。

 二時間半後、お父様が遥お姉様を連れて私の勉強部屋になって
いるお父様の書斎へと戻ってきます。

 「なんだ、そちらは、まだ終わっていないのか?」
 「いえ、こちらも、もうすぐ終わりますから」
 「大丈夫です。もう少しですから……」

 お兄様、お姉様が急に私を急がせて、ほどなく私の方も今日の
勉強が終了します。
 このあと、二人に残る仕事と言えば、お父様と一緒に寝るだけ
でした。

 私たちは、洗面所へ行って歯を磨くと、お父様の書斎に戻って
素っ裸の上にパジャマだけを身につけてお父様のベッドの中へ。
 素っ裸の時はお父様に見られることだってありますが気にした
ことはありませんでした。

 この時、二人は11歳と12歳。今の基準でならもう親と添い
寝する歳ではないのかもしれませんが、当時は小学校を卒業する
まで親と添い寝をしている子も、そう珍しくありませんでした。

 こんな時のお父様は愛情の大盤振る舞い。
 ベッドの中でも私たちの身体を触りまくります。

 頭をなでなで。
 ほっぺをすりすり。
 お背中トントン。
 お尻よしよし。
 お手々をモミモミ。
 あんよもモミモミ。
 果ては、オッパイの先を指の腹でスリスリしたり、お股の中に
手を入れたりもしますが、それも私たちはOKだったのです。

 私も遥お姉ちゃんも、お父様のコチョコチョ攻撃に大笑いして
身もだえます。

 こんなこと他の人なら絶対に許しませんけど、お父様の場合は
赤ちゃん時代からの習慣がそのまま残る形で、全てが特別だった
のです。

 こうして、ベッドインした三人の濃密な時間が過ぎていきます。

 お父様は、どんな罪でお仕置きされた場合も、それが終われば、
一定時間、私たちを最大限甘やかして、辛い心が癒されるように
配慮してくださっていました。
 ですから、これは強制ではありません。私たちが嫌がればなし
なのです。

 でも、私にしろ遥お姉様にしろ裸の自分をお父様の体に沈める
ことを嫌がったことは一度もありませんでした。

 こうしたベッドの中での秘め事は、私にとっても、遥お姉様に
とっても、それはそれは目くるめくひと時、今まで生きてきた中
で一番楽しい瞬間だったのです。


********<20>****<第1章・完>****

小暮男爵 <第一章> §18 / 天使たちのドッヂボール

小暮男爵 / 第一章

<<目次>>
§1 旅立ち         * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書   * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?   * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子       * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸     * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事     * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校          * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて      * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き


**<< §18 >>*/天使たちのドッヂボール/**

 午後の最初の授業は体育。もともと一学年一クラスで六人しか
いない学校では何をやるにも人数が足りませんから体育の授業は
五六年生合同で行われていました。

 それでも十二名と少ないですけど、このくらいいればなんとか
ドッヂボールの試合くらい出来ます。
 うちは女の子中心の学校ですから、体育も普段はダンスばかり
やっていました。

 それが女性から男性に先生が代わって、球技もやりましょうと
いうことになり、最初はテニスやゴルフをやりましたが、もっと
子どもらしいことをというお父様たちの希望からドッヂボールを
始めることになったんです。

 大きな球を投げ合うなんて、これまでは一度も経験したことの
なった子供たちですから、前の二時間はひたすらその球を投げて
取ることの練習でした。

 二人で一組。お互いが山なりのボールを放っては相手にそれを
キャッチしてもらいます。
 最初はまったく取れませんでしたが、練習の甲斐あってゆるい
ボールならみんながなんとか取れるようになります。

 そこで『今日は試合をしてみましょう』ということになり先生
から教えていただいたルールも一応は覚えてはきたのですが……。


 試合は五年生と六年生の対抗戦。普段テニスコートとして使わ
れている場所に白線を引いてコートを作りました。
 六年生チームも五年生チームもお互い六人のうち四人が内野、
二人が外野で試合開始。

 みんな上級生ですしね、さぞや血湧き肉踊る熱戦が…と思った
方も多いでしょうが、私たちのドッヂボールでは血も湧きません
し肉も踊りませんでした。

 例えばこうです。一人の内野の子が、相手の内野の子めがけて
ボールを投げるとします。

 こんな時、普通は何も言わず運動神経のなさそうな子をめがけ
て投げるんだと思いますが、私たちの学校ではそれは違っていま
した。

 「これから投げま~~す。瑞穂お姉様、お願いしま~~~す」
 必ず、自分が投げる球をとっていただく方を指名して投げるの
です。

 もちろん、こんなルール教科書には書いてありません。先生が
こうしなさいともおっしゃっていません。
 でも、私たちがやり始めると自然にこうなるのでした。

 投げられたボールを瑞穂お姉様がキャッチすると、今度は……
 「美咲ちゃん取ってね~~」
 瑞穂お姉様がこちらの側の誰かを指名して投げ返してきます。

 そして、そのキャッチに失敗すると……
 「ごめんなさい」
 と言って、取り損ねた子は外野へ移るわけです。

 これ、一見すると他でやってるドッヂボールと同じように見え
るかもしれませんが、実は、外野へ回る子が謝ってる相手が違う
んです。

 彼女、味方に対して失敗してごめんなさいを言っているのでは
ありません。投げてくれた人に対して、『せっかく投げてくれた
のに、取れなくてごめんなさいね』って謝ってから外野に向かう
のでした。

 こうなると、普通は内野の数が減りますよね。
 ところが、ここが一番違うところなんですが、私たちのドッヂ
ボールでは内野の数は減らないんです。

 どうしてかというと……
 相手方のリーダー、この場合は瑞穂お姉様が、「じゃあ、次は
里香ちゃん。入ってえ~~」というふうに、今、外野をやってる
相手側の子を指名して、外野へ回る子の代わりにその子を内野へ
入れちゃうんです。

 ですから、内野4と外野2という数はいつも同じでした。

 もちろんこんなこと、どこのルールブックにも載っていません。
いませんけど、私たちの世界ではお友だちが内野にいなくなるの
は寂しいんです。みんながボールに触れるようにしたいんです。
 すると、自然にこうなります。

 私たちだけのローカルルールなんですが、でも、このやり方に
反対する子は誰もいませんでした。
 『教わったルールには書いてないけど、こうしましょうね』と
お互いが申し合わせることすらありませんでした。
 だって、この方が私たちにとって気持ちよいことだったんです
から。

 当然、試合終了で人数を数えてみても差なんてありませんから、
試合はいつも引き分け。勝ち負けなんてつきません。
 でも、それがよかったんです。

 ローカルルールはまだあります。
 外野にいる子は相手の内野の子に球をぶつけたりはしません。

 ひたすら遠くへ飛んでいったボールを拾ってくるだけの球拾い。
そして……
 「これ、どうぞ」
 と言って取ってきたボールを相手の内野に手渡すだけが外野の
仕事でした。

 すると、今度はボールをもらった相手側が……
 「ありがとう。次は、あなたを指名してあげるからね」
 と、こうなります。
 外野に行っても仲間はずれはありませんでした。

 幼い頃からお父様や先生に『仲良し』『仲良し』で育てられた
私たちには、そもそも仲良しのお友だちがその時だけ敵になると
いう現実が、どうにも理解できなかったのでした。

 ですから、無理に勝ち負けを決めてみてもそのことに満足感が
ありません。勝ってしまうと、何だか相手に悪いことをしたよう
で、とても心持が悪くて困ります。
 ですから、結果はいつも引き分け。それでよかったのでした。

 上手で投げた球を受けられない子には、前に来てもらって下手
で投げます。大事なことは相手がミスするのを喜ぶんじゃなくて、
逆に、取れるような球を投げてあげること。お友だちから投げて
もらった球をちゃんとキャッチしてあげること。
 このキャッチボールこそが大事でした。

 ですから内野全員がキャッチできると、もうそれだけで大きな
歓声があがります。それが私たちにとっては最高の満足なのです
から。


 そんな私たちのドッヂボールで、実はこの日、ある事件が起き
ます。

 内野にいた広志君。覚えてらっしゃいますか?そうフェンスの
破れたのをいいことに校外へ出て谷底まで降りて行ったあの子。
私と一緒に先生からお尻をぶたれたあの子です。

 その子が、相手の内野だった留美お姉様が後ろに下がろうした
瞬間、転んでしまったのを見て……
 「留美お姉ちゃま、取って~~」
 そう言って持っていたボールを高~~く放り投げたのでした。

 前に投げたのと違い狙って狙えるものではありませんが、不幸
にも高く上がったボールが加速度をつけてお姉様の頭に当たって
しまいます。

 「きゃあ」
 ボールは大きく弾んで外野へと飛んで行き留美お姉様の大きな
声が聞こえました。
 見ていたみんなはびっくりです。

 「大丈夫?」
 「怪我なかった?」
 「医務室に行く?」
 たちまち五六年生の女の子たちが総出で中条さんの元へ集まり
ますが、当の広志君だけは涼しい顔です。それどころか……

 「留美お姉ちゃま、取れなかったんだから外野に出てよ」
 広志君の声がしました。

 これには女の子全員が『カチン!』ときました。
 全員が広志君の方を振り返ると睨みつけます。

 すると、広志君もこれに少しびびったみたいだったのですが、
すぐに気を取り直してこう言います。
 「だって、僕はルールどおりにやってるんだよ。取れない方が
悪いんじゃないか」

 たしかに、広志君は留美お姉様に一声かけてから投げましたが、
これって明らかに悪意があります。

 「何言ってるの!倒れてる子はどこからボールが来るか分から
ないでしょう!そんなことして投げたら危ないじゃない」
 私たちを代表して瑞穂お姉様が反論します。

 でも、広志君は折れませんでした。
 「どうしてさあ、僕たち、みんなドッヂボールやってんだよ。
だったら、そのルールに従ってたら別に何しててもいいだろう。
だいたい、留美お姉様は普段から鈍いんだもん」

 これには女の子全員がさらに『カチン!』です。

 愛子お姉様が、
 「あんたなんか内野やってる資格ないわよ」
 友理奈お姉様が、
 「そうよ、あなたこそ外野へ行きなさいよ」

 そのあとは、もうみんなで……
 「そうよ、そうよ、外野で頭を冷やすべきよ」
 「賛成、あなたがいたら楽しく遊べないもの」
 「だいたい男の子のくせに、あなた生意気なんだから」
 「そうよ、あなたなんかピルエットも満足に回れないくせに、
どうしてこんな時だけ大きな顔してるのよ」
 五年生の子も混じって速射砲の一斉攻撃です。

 これには、広志君もたじたじでした。
 でも広志君、心の中でそんな女の子たちの意見をもっともだと
思っていたわけではありませんでした。

 広志君はボールを激しく地面に叩きつけるとコートを去ります。
顔を真っ赤にして、泣いて怒ってる、そんな感じだったのです。

 そもそも、たいして怪我もしていない留美お姉様の処へ女の子
全員が集ってくるんだって、広志君にしたら不満だったのです。
 私は広志君を心配してあとをつけます。

 見ると、そんな広志君を迎え入れたのは進藤のお父様でした。
(親子ですから当たり前と言えばそれまでなんですが……)

 実はこのドッヂボールの試合、昼休みに行われたお仕置きの後
で、お父様方が揃ってコートサイドで見学なさっていました。

 広志君は、最初進藤のお父様が差し出す手を払い除けてもっと
遠くへ行こうとしましたが、お父様が強引に息子の体を懐の中に
入れてしまうと、それからは抵抗しませんでした。

 私はその時、広志君が泣いているように見えました。
 きっと悔しかったんだと思います。
 広志君は広志君で、自分のしたことが正しいと信じてるみたい
でしたから。

 抱き合う親子のもとに他のお父様たちも集まってきます。

 「だいぶ派手にやられてたみたいだね」
 と、佐々木のお父様が……
 「女の子というのはいったん火がつくと見境がなくなるから」
 と、今度は高梨のお父様も……

 他のお父様たちも次々に口を開きます。
 「ここは女の子社会だからね、調和第一というわけだ」
 「でも、これだと男の子には住みにくいですかね」
 「確かにそれはあるだろうね。男の子と女の子では生きていく
哲学みたいなものが違うから。私なんて未だに奥さんの考えてる
ことがよく分からないくらいだ」

 そして、中条のお父様が……
 「大丈夫だよ、ヒロちゃん。君の言っていることは正しいよ」
 こう慰めると、そこでやっと広志君はお父様の胸から顔をあげ
ます。
 やっと自分の考えに賛同してくれる人が見つかってほっとした
のかもしれません。

 中条のお父様は続けます。
 「ドッヂボールの試合だけでみると、君の言ってる事は正しい
んだよ。そもそも内野がボールを投げるのにいちいち声を掛ける
なんてよそじゃやってないだろうし、内野の子が転んだからって
立ち上がるのを待ってる子もいないだろう。逆にチャンスだから
ぶつけちゃえって、ボールぶつけちゃってもそれも構わないさ」

 「ほんとう?」
 広志君は中条のお父様の方を向きます。すると、今まで泣いて
いたのがはっきりとわかりました。

 「本当さあ、大半の学校ではそうやってドッヂボールをやって
るんだから。……ただね、ドッヂボールのルールはそうでもこの
学校の生徒としては、それとは別に守らなければならないルール
があるんだ。女の子たちはそれを言ってるんだよ」

 「どういうこと?」

 「『お友だちとは、いつも仲良しでいましょう』ってことさ。
うちではこれが一番大切なルールなんだ。どんな規則や成績より
これが最優先のルールなんだよ。君だってそれは知ってるよね。
もう耳にたこができるほど聞かされてるだろうから」

 「う、うん……」

 「ドッヂボールをやってる時も君がこの学校の生徒である以上
それは守らなきゃいけないんだ。こんなことしたらお友だちの体
が傷つくとか、こんなことしたら仲が悪くなりそうだと思ったら、
それはドッヂボールのルールに書いてなくてもやっちゃいけない。
……わかるだろう?」

 「う……うん……」
 広志君は小さな声で答えます。
 すると、そこへ桜井先生がやってきました。

 「そうですね。その通りです。いや、私も驚きましたよ。この
子たちときたら、自分たちで自分たちにあったルールをさっさと
創っちゃうんだから、大人顔負けだ。しかも、こうして見る限り
それが美しく機能している。こんな事が自然にできるなんて凄い
ですよ」
 広志君を迎えにやってきた桜井先生が、お父様たちを前にして
大仰に驚いてみせます。
 
 すると、小暮のお父様が…
 「ここには同じ境遇で育った同じ常識を持つ子どもたちだけが
集められてますから、ルールも自然にこうなっちゃうんですよ」

 佐々木のお父様は……
 「過保護に過ぎるという批判もありますが、私たちは年寄りだ。
とげとげしいことは望まないものだから、育て方も自然こうなる。
……仕方ありませんな」

 進藤のお父様も……
 「私たちがよくお仕置きで子どもを裸にするもんだから、口の
悪い人は青髭の王国だなんて言いますがね、それは違いますよ。
ここでは誰にでも甘えられるし、心が無防備でいても困らない。
巨大なお風呂にみんなで入っているみたいなもので、裸でいられ
ることこそ楽園の証しなんですよ」

 桜井先生はドッヂボールの試合を見つめながら……
 「そうですか、ここはみなさんが作った楽園ですものね。……
分かるような気がします。私なんか、いつも勝ち負けにばかりに
こだわってきましたから、こんな子供たちのこんな姿を見ると、
まるで天使たちがドッヂボールをやっているように見えますよ」

 もちろん、それってお父様たちを前にしていますからお世辞が
あるのかもしれませんが先生はその後も私たちを褒めちぎります。
感心しきりでした。

 そして、最後に……
 「さあ、広志君。とにもかくにも、ここは女の子たちに謝って、
また仲間に加えてもらわなきゃ。このまま逃げてちゃ男が廃るよ。
さあ、先生と一緒に行こう。一緒に謝ってあげるから……」
 桜井先生は広志君の手を引いてお父様の懐から引き離します。

 すると、広志君、なぜか気の弱いことを言うのです。
 「僕……また、ドッヂボールできるかな?」

 「もちろんさ、もし、『広志君と一緒に体育をやるのが嫌だ』
何て言ったら今度はその子の方がお友だちと仲良くできなかった
ってことになるじゃないか。必ず許してくれるよ」
 と、桜井先生。

 「大丈夫だよ広志。もし姉ちゃんが嫌だなんて言ったら、私が
この場でお仕置きしてやるから……」
 お父様も励まします。

 「ほんと?」
 桜井先生に手を引かれた広志君がお父様の方を振り返ると……

 「ただし、最初にお前が謝らなきゃだめだよ」
 最後はお父様が再び広志君の肩を押してコートの中へ。

 するとそれとほぼ同時に私もまた私のお父様から両肩を掴まれ
ました。

 「どうした?美咲ちゃんは広志君のことが好きなのかな?」
 ぼそぼそっとした小さな声。でも唐突にお父様から言われて、
思わず私の心臓は止まりそうでした。

 「えっ!?」
 私は振り返ると……
 「そんなわけないじゃない」
 怒ったような顔で否定するのですが……

 「そうか、午前中は一緒にスケッチしてたみたいだし、午後も
こうやって彼の跡を追ってくるぐらいだから、ひょっとして気が
あるのかと思ったが……違ったか?」

 「馬鹿馬鹿しい。変な想像しないでよ。そんなの偶然。偶然よ。
あんなのタイプじゃないもの。私はもっとカッコいい子がいいの。
郷ひろみ、みたいな」
 私はむきになって否定します。

 「そうか、広志君はタイプじゃないのか。残念だなあ。お前が
その気なら進藤さんところと縁続きになれたんだが……」
 お父様は苦笑いです。

 私は十一歳。漠然とした美形の男子への憧れはありましたが、
具体的な想いはまだ何もありません。
 広志君のことだって、あまりにも幼い頃から彼を知っています
から彼のいやな処だって沢山知っているわけで、本当にそんなの
偶然だと思っていました。

 でも、お父様は人生の大先輩。私以上に私の心の奥底をご存知
だったみたいです。

 さて、私のことはともかく、広志君がコートに戻ってきます。

 「ごめんね、ボールぶつけて……」
 彼は留美お姉様にごめんなさいを言ってから、瑞穂お姉様にも
謝ります。
 「ごめんなさい。勝手にコートから離れて……」

 殊勝な心がけと言いたいところですが、実は広志君、バックに
大勢のお父様たちや桜井先生を引き連れていました。

 お父様たちにしてみたら広志君がちゃんとごめんなさいを言え
るか確かめたくて一緒に着いてきただけなんでしょうけど、女の
子の立場からすると、それってまるで自分たちの方がお父様たち
に叱られてるみたいでした。
 広志君、大勢の保護者に見守られながらのごめんなさいだった
わけです。

 また、ドッヂボールが再会され、当然、広志君もそれに加わり
ます。

絶対に勝ち負けの着かない天使のドッヂボール。勝った喜びも
負けた悔しさもここにはありませんけど、私たちにとっては忘れ
得ぬボールゲームの思い出でした。

************<18>***********

小暮男爵 <第一章> §16 / 瑞穂お姉様のお仕置き /

小暮男爵 / 第一章

<<目次>>
§1 旅立ち*§11二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書   * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?   * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子       * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸     * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事     * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校          * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて      * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き


**<< §16 >>**/瑞穂お姉様のお仕置き/**

 瑞穂お姉様のお父様は進藤高志さんとおっしゃる実業家。今は
経営の大半を息子さんが受け継いでいらっしゃいますが、戦前は
関東一円に数多くの軍需工場を持つ社長さんだったんだそうです。

 もちろん戦前のご様子など私は知りませんが、こちらでは縞の
三つ揃えにスエードのハットを被った姿でよくお目にかかります。
家に遊びに行くと、いつも油絵を描いてらっしゃるか、ピアノを
弾いてらっしゃるかしていて多趣味な方でもあります。

 もちろん、子供は大好きで、ご自宅の居間でお見かけする時は
誰かしら子どもたちがその膝の上に乗って遊んでいました。
 私が遊びに行った際、当時三歳だった弘治君という男の子が、
お膝の上でお漏らしをしてしまいましたが、お父様はまるで何事
もなかったかのように顔色一つお変えになりませんでした。

 そうした愛された兄弟(姉妹)の中でも、瑞穂お姉様のことは
特に可愛がっていられたと人伝えに聞いたことがあります。瑞穂
お姉様は明るく頭もよくて、難しい話題にもお父様のお話相手が
務まる子だと評判だったのです。

 ただ、そんな甘い関係もこの場では封印しなければなりません。

 進藤のお父様は、あられもない格好のお姉様を間近に見ながら
揺らめく百目蝋燭の炎から太くて長いお線香に火を移して真鍮製
のお線香たてにこれを立てます。

 百目蝋燭というのは、江戸時代芝居小屋の照明に使われていた
特大の蝋燭で、瑞穂お姉様の周りを照らすくらいなら四方に立て
るだけで十分な明るさがあります。

 その蝋燭の怪しい光に照らされてお父様の顔は普段見る柔和な
お顔とは違い、厳しく引き締まっておられました。

 「恥ずかしい?」

 進藤のお父様に尋ねられた瞬間、お姉様の生唾を飲む様子が、
こちらからも垣間見えます。

 普段見ることのない百目蝋燭の大きな炎の揺らめきとその光を
照り返して鈍く光る真鍮製の大きな線香たて。そのお線香たてに
立っているお線香も特大ですから、その香りがすでに部屋全体に
たなびいています。

 私たちよりもう少し以前の子なら、お灸も沢山据えられていた
でしょうからこうした雰囲気にも場慣れしていたかもしれません。
でも、私たちにとってここはもう完全に異空間。
 普段活発な瑞穂お姉様の目が泳いでいたとしても不思議なこと
ではありませんでした。

 「…………」
 それは緊張しているのでしょうか、自らの誇りを失いたくない
と意地を張っているのでしょうか、お姉様は天井を見つめたまま
何も答えません。

 「私は『恥ずかしいのか?』と尋ねているのに答えてくれない
のかね」
 お父様の問いかけがお姉様を正気に戻したみたいでした。

 「あっ、はい、恥ずかしいです」
 お姉様は慌てて答えます。

 勿論そんなことわかりきっていますが、進藤のお父様に限らず
お父様たちって、自ら惨めな姿にしておきながら、子どもたちに
『恥ずかしいか?』と問いかけます。

 そして、その時のお父様の返答はたいていこうでした。
 「仕方ないな、お仕置きなんだから我慢しなさい……お父さん、
お前にわざとこんな格好をさせてるんだ。……お前が、よ~~く
反省できるようにね。……わかるだろう?」

 「はい、ごめんなさい」
 お姉様は嗚咽交じりの小さな声で答えます。

 「いいかい瑞穂。なぜお前がこんな格好をしなければならなく
なったか、わかってるだろう?」

 「私が……二階の窓から傘を差して飛び降りたから……です」
 お姉様が自信なさげに答えると……

 「確かにそれもあるけど……それについては、栗山先生が処置
してくださったから、まだいいとして……私たちが問題にしてる
のはね、実はそのことだけじゃないだ」

 「えっ?どういうこと?…………」
 お姉様の小さな声には意外というに思いが込められています。

 「君がメリーポピンズを始めた時に、どうして遥ちゃんたちも
誘ってあげなかったのかなってことさ」

 「どうしてって……それは…………」
 お姉様は少し考えてから……
 「だって、あんまりいいことじゃないし、誘ったら悪いかなと
思って……」

 「じゃあ、明君が真似した時は何で止めなかったの?」

 「えっ……それは…………」

 「そうじゃないでしょう。そんな事で遥ちゃんに声をかけたら
バカにされるんじゃないかって、心配したんじゃないの?」

 「えっ…………」
 お姉様は答えませんでしたが、どうやら図星のようでした。

 瑞穂お姉様とうちの遥お姉様はお互いライバル。たった六人の
中ですが、二人は勉強でも図工でも音楽でも、とにかくどんな事
でも張り合っていました。

 「図星みたいだね。いいかい、いつも言ってるように、クラス
のお友だちとは誰とでも仲良しでなきゃいけないんだ。それが、
うちのルールだろう。仲間外れはよくないな。特に、お前は級長
さんじゃないか。たった六人でも君はみんなのリーダーなんだよ」

 「キュウチョウ?」

 「そうか、今は学級委員って呼ぶんだっけ……でも同じだろう?
君はクラスを代表して色んな行事をこなす立場にあるんだから、
いつもクラスがまとまるように気を配ってなきゃいけないのに、
それが自分から悪さを始めたり仲間はずれの子を作ったりしたん
だから……これって、いいわけないよね」

 「でも、あれは遊びだから……遥ちゃんはやらないと思って」

 「遊び?でも、声を掛けてみなけりゃわからないじゃないか。
『たとえ、悪戯をする時でもみんなで一緒にやりましょう』って、
教えなかったかい?」

 「……はい、お父様から聞きました」
 弱弱しい声が聞こえます。瑞穂お姉様がこんな声を出すなんて
私の知りうる限り初めです。

 「これは他のお父さんたちも同じ考えのはずだから、他の家の
子だってその子のお父さんからそう教わってるはずだよ」
 確かに私も小暮のお父様によく言われていました。

 「……はい、わかります」

 「ここでは、悪戯することより友だちを仲間はずれにすること
の方が罪が重いんだ」

 「…………」
 お姉様はその教えにあらためて気がついたみたいでした。

 「みんなで悪さをしてもそれはみんなで罰を受ければいいんだ。
簡単に償える。お尻が痛いだけだもん。でも、お友だちを傷つけ
てしまうと、その償いはそんなに簡単なことじゃ終わらないんだ」

 私たちの学校では、クラスに生徒が六人しかいません。でも、
六人しかいないからこそ、その六人は、誰もが大親友でなければ
ならないのでした。

 「それに、たとえ瑞穂が勝手に始めたことでも、他の子にすれ
ば、級長さんがやってるんなら一緒にやってみようと思うんじゃ
ないのかな」

 「……それは……」

 「それとも、その子たちは私が誘ったんじゃない勝手に始めた
んだから自分には責任がないって言うつもりかい?」

 「えっ…だって、そんなこと誰だって、悪いことだと分かって
るはずだから……」

 「そうかな?お父さんそうは思わないよ。級長さんがやってる
ってことは、他の子がやってるのとは同じにはならないんだよ。
ほかの子すれば『級長さんがやってるんなら大丈夫だろう』って
思っちゃうもの」

 「それは……」
 瑞穂お姉様は絶句します。きっと、色々言いたいことはあった
でしょうが、それ以上は言えませんでした。

 「お父さんも、お前にこんな格好をさせたくはなかったけど、
やってしまった罪の重さを考えると仕方がないと思ってるんだ。
しかも今回は、小暮のお父様が『お嬢さんだけお仕置きするのは
酷ですから、全員に同じお仕置きにしましょう』とおっしゃって
くださったからこうなったんだ。本来なら、お前が他の子と同じ
お仕置きというのはあり得ないんだよ」

 「ふう……」
 お姉様から思わずため息が漏れます。
 それはがっかりという顔でした。

 これがお姉様のどういう気持の表れだったのかは知りませんが、
進藤のお父様にとってその顔つきは、あまり良い印象ではありま
せんでした。

 「みんな平等って良いことのように聞こえるかもしれないけど
……でも、そうなると……お前に与えられる罰は、むしろ軽いと
言えるかもしれないな」
 お父様はそう言ってお姉様の顔色を窺います。
 そして、こう続けるのでした。

 「……そこでだ、今回は、ほかのお父様たちとのお話合いで、
会陰と大淫唇に一回ずつ、合計三箇所すえる予定にしてたんだが
……お前の場合はこんなバカな遊びを最初に始めた張本人だし、
クラス委員でもあるわけだから……お仕置きが他の子と一緒じゃ
お前だって肩身が狭いだろうから……」

 お父様はこう言って再びお姉様の顔色を窺います。
 そして、最後に進藤のお父様はこう宣言するのでした。

 「……今回、ほかの子は各箇所一回ずつだが、お前の場合は、
各箇所三回ずつ私が直接据えてやる。……それでいいな」

 これには瑞穂お姉様もびっくりでした。
 思わず、起き上がろうとしますが、それは先生に阻まれてしま
います。

 一回でもショックなお灸を三回ですからね、それって当然なの
かもしれません。

 「いや、だめよ。だめ。ちょっと待って……そんなことしたら、
私、本当に死んじゃうもん。そしたら化けてでてやるんだからね」

 この期に及んで瑞穂お姉様は強気に出ます。これまでは、猫を
被ってたんでしょうか。

 どうにもならないほど体を押さえ込まれたこの恥ずかしい姿勢
のままオカッパ頭を左右に振って叫びます。
 顔は真っ赤、もちろん本気で自分の身体のことを心配していた
のでした。

 「大仰だなあ、お前は何でも大仰に考えるからいけない。……
お父さんが大丈夫と言えば大丈夫だよ」
 進藤のお父様は軽くあしらいますが……

 「だめえ~~~そんなことしたら、私、お嫁にいけないもん」
 
必死に起き上がろうとして頭だけこちらを向いたお姉様の目に
はすでに涙が光っていました。

 きっと怖かったんだと思います。必死だったんでしょう。
 そりゃそうです。こんな姿でいるだけでも超恥ずかしいのに、
これから、女の子にとって一番大事な処へお線香の火が近づいて
来るというんですから、そりゃあ誰にしたってたまったもんじゃ
ありません。

 でも、そんな親子喧嘩の様子を見守るお父様たちはというと、
落ち着き払って事の成り行きを見つめています。あたふたとして
いる人など一人もいませんでした。

 恥ずかしいお股へのお灸は、何もこれが初めての試みではあり
ません。ここでは女の子が成長するたびにお灸が据えられます。
 お灸のお仕置きはいわば成長の証しであり、通過儀礼みたいな
もの。据える場所も据える艾の大きさもあらかじめ決まっていて、
痕もほとんど目立ちませんでした。

 大事なことは皮膚を焼くことではなく、全員で恥ずかしい思い
を共有すること。そんな体験を持つことがお父様たちにとっては
大事なことだったみたいです。

 「大丈夫だよ。心配しなくて……お父さんがそんな危ないこと
ミホ(瑞穂)ちゃんにすると思うかい。据える処はどこも皮膚の
上だからね、熱いのは熱いけどお尻に据えられるのと同じ熱さだ
から……」

 「でも、三回……据えるんでしょう」

 「それはそうだけど、艾が小さいからね、すぐに消えるし痕も
目立たない。死んじゃうだの。お嫁にいけないだのって心配する
ことじゃないよ。現にここの卒業生はほとんどがこのお仕置きの
経験者だけど、みんな元気に働いてるし、お嫁に行って赤ちゃん
だってちゃんと産んでるもの」

 「そう……なんだ……」
 瑞穂お姉様はお父様の説得に安心したのか、それとも単に首が
疲れただけなのか、元の姿勢に戻ります。

 「さあ、始めるよ。いつまでもこんな格好でいたら、その方が
よっぽど恥ずかしいだろう。風邪ひかないうちにさっさと終わら
せなきゃね」

 お父様に言われて最後は瑞穂お姉様も観念したみたいでした。

 最後に、お父様が自ら猿轡を瑞穂お姉様の口にくわえさせたの
ですが、それには姉様も抵抗する素振りをみせませんでした。

 ただ、それが終わると、瑞穂お姉様の身体はさらに厳しく拘束
されることになります。
 最後になって他の家の家庭教師の先生たちも瑞穂お姉様の体を
押さえにかかったのです。

 左右の足を押さえるのに一人ずつ追加され、目隠しがなされ、
お腹にも一人別の人が乗ります。

 幼い女の子一人にいったい何人の大人が必要なんだと思いたく
なりますが、全ては安全を考慮してのこと。そして何より、瑞穂
お姉様が『今日ここにお灸を据えられたんだ』と心に刻むための
これもお父様たちの演出だったのです。

 実際、施灸自体は蚊に刺されたほどにしか熱くありません。
 でもそれを印象深くドラマチックにしてお仕置きの効果を上げ
るのがここでの先生たちのお仕事だったのでした。

 そのため進藤のお父様は見ている私たちに、これでもかという
ほど瑞穂お姉様のアソコを広げて見せてくれました。

 大淫唇や会陰だけではありません。小陰唇も膣前庭も尿道口も、
もちろんクリトリスや膣口、お尻の穴まで、瑞穂お姉様の陰部は
あますところなく外の風に当たることになります。

 そうしておいて約束の場所に艾が置かれます。

 たしかに、それは小さなもの。大きな胡麻くらいでしょうか。
私にはその程度にしか見えないほど小さなものだったのですが、
でも、こうやって大勢でがんじがらめに身体を拘束され、猿轡や
アイマスクまでされて、普段なら外には出ない場所を全て全開に
している今のお姉様に、乗せられた艾がどんな大きさだったか、
なんて分かりっこありませんでした。

 驚異、恐怖、焦燥で気が遠くなりかけたかもしれません。
 その思いを進藤のお父様が現実へ引き寄せます。

 「それじゃあ、すえるからね」

 お姉様が必死に暴れる……いえ、暴れようとして押さえつけら
れてるさなか、艾に火が燃え移ります。

 「うっっっっっっっっ」

 会陰へのそれは一瞬で終わりましたが、膨らみのある肉球には
すぐに次の使者がやってきます。

 「うっっっっっっっっ」

 「うっっっっっっっっ」

 三火の施灸が終わり、他の子なら、これで終了のはずですが、
お姉様の場合はさらに六回の試練が続きます。

 「うっっっっっっっっ」
 「うっっっっっっっっ」
 「うっっっっっっっっ」
 「うっっっっっっっっ」
 「うっっっっっっっっ」
 「うっっっっっっっっ」

 猿轡からうめき声が漏れ、首を振るたびに脂汗が畳に飛び散り
ます。でも、どうにかこうにか約束は守られました。
 お姉様は取り乱すことなく、お父様も必要以上のことはなさい
ませんでした。

 結果、お姉様には黒い点が三箇所残りましたが、それって他の
施灸箇所から見れば、まだまだ小さなもの。それに火傷が治って
皮膚の色が戻ってくれば恐らく見分けもつかなくなるでしょう。

 ただ、その黒い点を見て私だけは興奮しています。瑞穂お姉様
のお仕置きが終わっても自分の胸が脈打っているのがはっきりと
わかりました。

 『私も、ああなるんだわ』
 普段、先の事にはあまり頓着しない私もこの時ばかりはさすが
に身が引き締まります。
 だって、このお仕置き。ここにいる限りは私もいずれ受ける事
になるのですから。

 ただ、それはそれとして、お姉様の痴態を見ていた私の体には
ある変化が起きていました。お臍の奥底からは何だかドロドロと
したものが湧き出して来るのです。
 お臍の下の方で湧き出したそれは、やがて電気となってお腹へ
胸へと登っていき、やがて、顎へ、顎の骨、歯根、歯茎、最後は
前歯の先から出て行きましたが、その電気が立ち去る瞬間に一言。

 『私もやられてみたい』
 脳裏に不思議なメッセージを残して立ち去ったのでした。

 全ての戒めが解かれて自由になった瑞穂お姉様は憔悴しきって
いますが、なぜでしょうか、お仕置きを受けていないはずの私の
方がまだ興奮しています。
 私は、そんな瑞穂お姉様に自分自身を重ねて憧れてしまうので
した。

 「ふうっ」

 お姉様の大事な処が隠れてしまった瞬間、深呼吸と共に大きな
ため息がでます。

 最初から強烈なお仕置きを見学するはめになった私でしたが、
次は、別の意味で、私にとってはもっともっと強烈なものを目撃
することになるのでした。

************<16>***********

小暮男爵 <第一章> §17 / 明君のお仕置き /

小暮男爵 / 第一章

***<< §17 >>***/明君のお仕置き/***

 次は明君の番です。明君のお父様、いえ、お母様は真鍋久子と
おっしゃって古くからの紡績会社、東亜紡績の会長さんです。
 ご主人が亡くなられた後を継いで戦中戦後を乗り切った女傑と
お聞きしていますが、子どもの私にはそのあたり詳しくは分かり
ません。

 ただ、この学校の卒業生の多くが彼女の引き立てでデザイナー
になったり、アパレル関係の会社に就職してたりして働いている
んだそうです。

 ちなみに、私たちの制服はそうしたOGたちが毎年持ち回りで
製作しているのでその年ごとにデザインが変わります。ですから、
世間でよくある伝統のユニホームというものはありませんでした。
 逆に言えばそれほどこの業界には多くの人材を輩出してきたと
いうわけです。

 さてこの御婦人、お父様たちの間ではお家の中での躾が厳しい
ことから、ちょっぴり皮肉を込めて『真鍋御前』なんておっしゃ
られていましたが、私たちのような外の家の子から見ると何でも
相談に乗ってくれる親切なおば様でした。

 それに厳しいと言ってもそれはあくまで女の子についてだけ。
明君のような男の子に対しては逆に私たちが『どうしてそこまで』
と思うほどべたべた甘々だったのです。

 この時も、先立って行われたお父様たちの話し合いで、明君の
お仕置きに対して最後まで反対したのは真鍋御前だったそうです。

 「男の子はそのくらい元気があった方がよくありませんか」
 というのがその理由だったみたいですが……結局。

 「これは、クラスの子がみんな一緒にお仕置きを受けることが
大事なんです。男女も関係ありません。人は思い出を語るとき、
その時の感情を未来に持ち越して語りません。お仕置きのような
辛い思い出だって未来では楽しく語れるんです。むしろ、楽しい
思い出より辛い思い出の方が人は強い連帯意識や共感を感じます。
我々がボロボロになった国土を立て直せたのは、逆説的に言うと、
戦争に行ったからです。それもどん底の負け戦だったから。……
そこで我々は悟ったんです。見渡せば焼け野原、みんな同じ立場
の日本人なんだって。おかげで日本は一度リセットされて地位も
身分も関係ないところからスタートがきれたんです。これは英国
のような戦勝国にはない我々だけの特権なんです。このクラスも
同じでしょう。見渡せば、顔が整ってる、スタイルがいい、成績
がいい、運動ができる、人に好かれる……同じ子供、同じ孤児と
いっても大人と同じようなしがらみはたくさんあります。それを
クラスの一員としてみんな平等なんだって実感させるには全員を
同じ方法でお仕置きするのが最も手っ取り早い方法なんですよ。
ですからたった一人の抜け駆けもあったら意味がなくなるんです」

 中条のお父様がこんな大演説をぶって真鍋御前を説得なさった
んだそうです。

 私たちは世間的には孤児で、今はお父様に養ってもらってる身
でしかありません。それでもお父様を自慢し、自分の家のお兄様
お姉様を自慢してそれがまるで自分の実績ででもあるかのように
振舞うことがよくあります。
 それがお父様たちには心地よくなかったみたいでした。

 こうして真鍋のお母様は明君のお仕置きを承諾したわけですが、
明君が私たちにお尻を見せることには最後まで反対だったみたい
でした。

 「出世前の男の持ち物を何も女の子が覗かなくても……」
 ということなんですが、これも最後はお父様たちの反対多数で
押し切られてしまいます。

 こうして難産の末に明君の大事な処が私達の目の前に現れます。
『何をやるにも全員同じで…』というわけです。

 いえ、私はそんなもの見たいとは思わなかったのですが、いざ、
それが現れると、やはり、心穏やかではいられませんでした。

 「!!!」
 私だって女の子ですから、その瞬間は全身に電気が走って目を
そらします。

 それって単にグロテスクだからというのではありません。何か
別の感情が湧き起こって私はそこから逃げたいと思ったのでした。

 「????」
 ところが、それからすぐ、今度は無性にそれが見たくて仕方が
なくなります。
 そこがまた不思議でした。

 「*****」
 最初は顔を覆っていた両手の指を少しだけ開いて、そのすき間
から、そうっと……

 そんな私の様子にお父様が気づきます。

 「どうした?そんなに明君のことが気になるのか?美咲ちゃん
だって、三年生までは一緒にプールにもお風呂にも入ってたじゃ
ないか」

 意地悪なことを言われて私の顔は火照りました。
 実際、私たちの学校ではプールの時も三年生まではお互い水着
を着けません。林間学校、スキー合宿、お泊まり会のお風呂でも
当然のように一緒だったんです。

 ですから、私だって男の子のオチンチンを見たことはあるわけ
なんですが、その時はこうしてまじまじと見たわけではありませ
んでした。

 「どうした?辛いなら、あえて見なくてもいいよ」
 お父様にはこう言われましたが私は首を振ります。
 すると……

 「『あるものをあるがままに見て恥ずかしがらない』というの
は人として大事なことなんだが女の子はこれが苦手だからなあ。
だからプールもお風呂も幼いうちはあえて裸で通したんだ。ま、
できるのは幼いうちだけだが、それでも最初からわけも分からず
恥ずかしがるより、この方がずっといいんだよ。何事も経験して
おいて損はないんだから……」

 私はお父様の言ってる意味が分からないまま頷きます。
 私って人の話をぼうっと聞いているだけでもすぐに合いの手を
いれてしまう癖があったんです。
 でも、それが災いしました。

 「御前、私がお手伝いしましょう。もちろん、こうしたことは
お母様自らなさるのがいいですが施灸は慣れないと大変ですから。
幸いうちには適当な助手もおりますから」
 明君へのお灸を据えそびれている真鍋のお母様に小暮のお父様
が手を上げたのです。

 「そうですか、あいにく私は不器用で……お願いできますか?」
 真鍋のお母様は断りません。

 「ええ、大丈夫ですよ。お任せください」
 お父様は代役をかってでます。
 でも、助手って誰でしょうか?

 「ん?……助手って?……」
 私は、最初、お父様のおっしゃる『適当な助手』の意味がわか
りませんでしたが、手を引かれて驚きます。

 「ほら、行くよ」

 「えっ?!!え~~~~!!!」
 次の瞬間、私は震撼しました。

 お父様の意図は、ズバリ私に間近で男の子のアソコを見せる事。
 でも、それってやっぱり女の子には身の毛のよだつ事態でした。

 「ほら、ここに座って……私を手伝いなさい」
 お父様の命令ですから仕方なくそうしましたが、そこは明君の
ばっちい物が目の前30センチくらいにある場所だったのです。

 『堪忍してよ~』
 そう思って思わず視線をそらそうとしたのですが……

 「だめだよ。ちゃんと見なきゃ」
 いち早くお父様が気づいて私の顔を正面に向けなおします。

 「人間に備わるもので不浄な物なんて一つもないんだから」
 お父様はそう言いますが……
 『ばっちい物は、ばっちいの!これ女の子の常識!真実なんて
女の子にはいらないの。美しければそれでいいの!夢でいいの!
嘘とまやかしで十分よ!!』
 私は心の中で反論します。

 でも、ここが女の子の弱いところなんでしょうね。どうしても
声に出す事ができませんでした。

 すると、事態はさらに悪化します。

 「ほら触ってごらん」
 お父様は私の左手をその大きな手で包み込むと、そのまま目の
前にある明君の陰嚢を握らせます。

 生暖かくて、ぐにゃっとしてて……空気が抜けて皺皺になった
古い古いゴムボールといったところでしょうか。それでも触れて
いると、『これ生きてる』って感触があります。まるで蝦蟇蛙を
手づかみしたような気持悪さでした。
 いずれにしても、こんなに薄気味悪い物を直接手で触れたのは
生まれて初めて。

 「いやっ!」
 私は拒絶しようとしますが、お父様に左手を押さえられていて、
離そうにも離れません。

 「どうした?嫌かい?でも、さっきも言ったようにどんな事も
経験しておくにこしたことはないんだよ。……美咲ちゃんだって、
将来男の子が産まれたら、どのみち竿も袋も握ることになるんだ
から」
 お父様のしたり顔を見て、ついに私もキレます。

 「離して!その時はその時よ。私が産んだ子なら可愛いもの。
その時は何だってやってあげるんだから……」
 私は偽らざる本音を口にします。

 「明君じゃだめかい?」
 お父様は自嘲ぎみにおっしゃったのですが、私はハッとして我
に帰ります。

 『当たり前じゃないの!』
 という言葉を飲み込んで……
 「そういうわけじゃないけど……」
 と言う言葉に変更。とたんに元気がなくなってしまいます。

 私は明君がクラスメイトで仲良くしなければならないお友だち
だということをその場で思い出したのでした。
 『お友だちとはどういう関係でいなければならないか』
 先生やお父様の言葉を思い出したのでした。

 『お友だちとはどんなことも分かち合わなければなりません。
どんな些細なことも隠してはなりません。それさえ守っていれば
私たちはお父様が違っていてもみんな本当の兄弟姉妹ように必ず
幸せになります』
 幼い頃、周囲の大人たちに毎日のように聞かされた言葉でした。

 その言葉に、今、私は反しているんじゃないか、そう思ったの
でした。

 そんな私の気持をお父様は察したみたいでした。
 ですから、こう言います。

 「さあ、これから、明君のお仕置きをするけど、美咲ちゃん、
お友だちでしょう。手伝ってね」

 こう言われた時、私は逆らえません。ここで言う『お友だち』
『仲良くする』というのは、私たちにとってはとおり一遍の徳目
ではありません。家でも学校でも、それは一番大事にしなければ
ならない約束事だったのです。

 「えっ、私が?!!」
 私はお父様から火のついたお線香を握らされます。
 どうやら、私が明君の大事な場所にお仕置きをしなければなら
ないみたいでした。

 「大丈夫、お父さんがついてるから」
 お父様はお線香を持つ私の右手をしっかり包み込みます。

 こんな時は、明君だってそりゃ泣きそうだったでしょうけど、
私だって泣き出しそうでした。


 「明ちゃん、あなたが先生に『あなたも一緒に飛び降りていま
せんでしたか』って尋ねられた時、どうして正直に言わないの。
嘘をつくからこんなことになるのよ。正直でない子はお仕置き。
仕方がないわね。しっかり我慢するのよ」
 真鍋御前様が珍しく明君を強い調子で叱ります。

 そうしておいて、真鍋御前は明君の陰嚢を自ら持ち上げたので
した。

 色素沈着のない、まだ皮膚と同じ色の皺皺の丸い袋が持ち上が
ります。
 どうやら、その根元にお灸が据えられるみたいでした。
 
 身体の真ん中を縦に真っ二つにして通る蟻の門渡りと呼ばれる
線がおチンチン袋にも筋となって通っています。その筋を挟んで
両サイドに小さな小さな艾が置かれます。
 これは女の子なら会陰に当たる部分でした。

 そこに艾を置いたのはお父様。そして、そこに火を着けるのは
私の持っているこのお線香です。

 『えっ!?……どうしよう、どうしよう』
 そう思っているうちにもお線香がどんどん置かれた艾の位置に
近づきます。もちろんそれを操作しているのは私ではありません。
私の手を包み込んでいるお父様なのですが、艾に火がついた瞬間
は、罪悪感でいっぱい。やっぱりショックでした。
 お父様がなさることですから大丈夫とは思っていてもやっぱり
心配だったのです。

 「あっ~」
 明君は小さなうめき声をあげます。

 『大変なことしちゃった』
 その瞬間は、やらされたことでしたが、やっぱりそう思わざる
を得ませんでした。

 艾が小さいので二箇所とも熱いのはほんの一瞬です。
 もみ消す必要もないくらいの火事なんですが、人にお灸を据え
てあげたことなんてこれまで一度もありませんでしたから、その
瞬間は頭の中の血がすべて引いて顔面蒼白になっていました。

 「ふう……」
 ため息を一つ。でも、これで終わりではありませんでした。
 もう一箇所残っています。

 「美咲ちゃん、次はここに、お願いするわね」
 真鍋のお母様が、今度は明君の竿を摘み上げ、それが戻らない
ようにと人差し指と中指で押さえながら私に指示します。

 お母様の手で引き上げられたオチンチンは表より少し色が濃く
なっていますが、お父様のようにはなっていません。その全てに
皮膚が被ったロケット型。先端だって皮膚が余って皺皺になって
います。
 要するにこれって赤ちゃんのと同じってこと。典型的な子ども
のオチンチンでした。

 この位の歳になると、中には大人の身体へと変化し始める子も
いますが、明君の場合はお臍の下もツルツルで純粋な子どもの姿
をしていたのでした。

 ひょっとして明君がこんな姿でなかったら、お父様だって私に
こんなことまではさせなかったかもしれません。

 さて、次なる目標地点はというと、引き上げられたオチンチン
の裏側。陰茎と陰嚢の間、竿の根元部分です。
 ここも普通にしていれば、たとえ素っ裸でも外から見える場所
ではありませんからお父様たちにしてみたら好都合でした。

 そんな配慮がなされているとは言っても、仰向けに寝かされて、
両足を高く上げさせられて、がんじがらめに押さえつけられてる
男の子の姿って相当に惨めです。
 でも、勇気のない私は、『もう許してあげて』なんてお父様に
言えませんでした。

 「さあ、次はここだよ」
 お父様の声に従いお線香が動きます。

 私はお父様のロボットとなって二つ目の場所にもお灸をすえる
つもりでしたが、気がつくと、お線香を動かしているのは私自身。
お父様は力を入れていません。
 私はハッとして動きを止め、後退りしようとしましたがそれは
お父様が許してくださいませんでした。

 再び艾に火がつきます。

 「あっ、いや……」

 その瞬間きっと熱かったんでしょう。男の子のそこがぴくぴく
っと動いて、私はびっくり。
 耐えてる明君ではなく、私の方が思わず明君の太股にお線香の
火の玉をくっつけそうになりました。


 『やれやれ、終わった』
 私はそう思ったのですが……
 ところが、そうは問屋がおろさなかったのです。

 「明ちゃん、あなた男の子なんだから、瑞穂ちゃんだって三回
耐えてるのに一回だけじゃだらしがないわ。もう一回やっていた
だきましょう」
 明君の解放を止めたのは、なんとこのお仕置きに当初は反対だ
ったはずの真鍋のお母様でした。

 「小暮先生、もう一回、お願いできますか?」
 真鍋のお母様がうちのお父様にお願いします。

 「えっ、またやるの?」
 明君が心配顔で見上げますが、お母様は涼しい顔です。
 きっと、お灸を据えてみた結果、大したことがなさそうなので
安心なさったんだと思います。
 でも、そうなると、見栄やプライドが頭をもたげます。
 明君はそんなお母様の生贄になったのでした。

 「明ちゃん、男の子は女の子と同じじゃいけないの。女の子が
三回なら、あなたは五回ぐらい我慢して男義をみせなきゃ」
 真鍋御前の鼻息が急に荒くなります。

 お母様の命令ですからね、明君、諦めるしかありませんでした。
 そして、私もまた、諦めるしかなかったのです。

 据える場所はまたしても同じ場所。
 でも今度はお母様自らその袋を摘み上げ、『ココ、ココ』って
指でポイントを指し示し『さあ、どうぞ』と言わんばかりに私の
目の前でその部分を目一杯押し広げるのです。
 イヤイヤやっていた最初とは大違いでした。

 『あっ、さっきの……』
 そこにはさっき私がすえたばかりの赤い点が二つ残っています。

 そこに新しい艾が乗せられて……

 「さあ、それじゃあもう一回だ」
 お父様の指示でお線香を近づけます。

 もちろん、それってお線香を持つ私の右手をお父様が動かして
いるわけで、その事に私の意志は関係ありませんが、明君に対す
る私の罪悪感が消える事はありませんでした。

 「あああああああ」
 今度は小さな吐息が少し大きくなって聞こえます。

 「大丈夫なの?」
 私が振り向いてもお父様は左手で私の頭を撫でるだけ。

 私は女の子ですからそこへ据えられた男の子の気持なんて分か
りませんが、それでも、その場所が私たちの会陰や大淫唇と同じ
くらい大切な場所だとはわかっていました。

 頼りはお父様だけ。お父様を信頼するだけでした。


 明君も二回目までは何とかを持ちこたえていました。

 ただ、三回目ともなると……

 「いやあ、やめて~~~、熱いからいやだあ、ごめんなさい、
お母さん、やめてよ~~~」

 上級生らしからぬ泣き言が聞こえます。
 実際、お灸というのは最初に据えられた時の驚きを別にすれば
連続して据えられると後の方が応えます。
 一回目より二回目、二回目より三回目が辛いのでした。

 ところが、真鍋のお母様はそんな明君を叱ります。
 「情けない声を出さないの!!あなた男の子でしょう!!この
くらいのこと、一年生のチビちゃんだって黙って耐えてるわよ!」

 御前様の大声が広間一杯に広がります。
 いつもは優しいお母さんの怒鳴り声にビックリしたんでしょう
か。明君は、その後、一言も泣き言を言いませんでした。


 こうして、最初の二人が三回だったおかげで、以後は他の子も
お灸は三回になり、とんだとばっちりを受けたわけですが、ただ、
その後は大した混乱もなくお灸のお仕置きは粛々と行われました。

 何人もの家庭教師から身体が1ミリも動かせないように押さえ
込まれて、女の子の一番恥ずかしい場所をみんなの前で晒し続け
る。お灸はそのものは大したことがなくても、もうそれだけで、
外へ行ったら虐待でしょう。

 でも私たちの場合、クラスメイトはみんな幼馴染で同じ境遇の
子供たち。お父様や家庭教師、学校の先生はいつも私たちを膝に
乗せ頭を撫でてくれる人。周囲に気を使わなければならない人が
ここには誰もいないんです。誰もが善良で、気心の知れた人たち
しか周りにいない平和な村で、私たちは叱られたことやお仕置き
されたことをそれだけ切り離して考えたりしません。
 私たちにとってはお仕置きだってお父様たちとの楽しい生活の
一部でしかありませんでした。


 さて……
 長い長いお仕置きの時間が終わり、すでに午後の最初の授業が
始まっています。ただそんな場合でも、この学校ではオーナーで
あるお父様たちの子供たちに対するお仕置きが優先されます。

 この大広間の入口では、すでに次の時間を担当する体育の桜井
先生の顔が見え隠れしていましたが、お父様たちは慌てる素振り
を見せませんでした。
 それはまだ最後の大事なご用事が残っていたからなのです。

 お姉様たちはすでにご自分のお父様の前に向き合うように正座
しています。
 すると、まるで武道の試合後のような空気感のなかで、小暮の
お父様が代表して声を掛けます。

 「それでは、礼をしましょう」

 こう言うと、娘たちは一斉に両手を畳に着けて……
 「お父様、お仕置きありがとうございました」

 子供たちの声が合唱となって大広間に響きます。

 お仕置きに対して子供の側がお礼を言うなんて、世間的には変
なのかもしれませんが、これは私たち間ではむしろ常識で、幼い
頃からお灸に限らずお仕置きをされた後は、必ずお父様や先生に
お礼を言う習慣になっていました。

 ですから、これもお仕置きの一部。もし、にやけた顔なんかで
ご挨拶すると、お仕置きのやり直しなんてこともありますから、
子供たちだってこの礼が終わるまで息が抜けませんでした。


 礼が終わると子供たちはそれぞれのお父様のお膝に引き取られ
ます。幼い子のようにお父様から抱っこよしよしってされるわけ
です。

 これって、本当に幼い頃なら嬉しいんですが、ある程度年齢が
上がってくると、むしろうっとうしくなります。
 でも、これも嫌がったりすると……

 ひょっとして、お仕置きのやり直しとか?

 ピンポーン。大正解。

 私たちはお父様の庇護のもと、何不自由なく暮らしているよう
に見えるかもしれませんますが、お父様のお人形としての役目は
常にきっちり求められます。
 ですから、このお膝では『お仕置きで元の良い子に戻りました』
というアピールが求められるわけです。

 お父様からは、頬ずりをされたり、頭やお尻を撫でられたり、
顔を胸のなかへ押し付けられたりもしますが、それを常に満面の
笑みで返さなければなりません。
 私たち子どもは常にお父様の天使であり続けなければならない。
これもまたこの世界の大事な約束事だったのです。


 そんな親子の睦み事が5分程度あって……
 「よし、良い子になった。さあ、午後の授業に出ておいで……」

 これでやっと開放です。
 これから、いよいよ午後の授業となるのでした。

*************<17>**********

小暮男爵 <第一章> §14 / お仕置き部屋への侵入

小暮男爵 / 第一章

<<目次>>
§1  旅立ち         * §11 二人のお仕置き②
§2  お仕置き誓約書   * §12 ランチタイムの話題
§3  赤ちゃん卒業?   * §13 お父様の来校
§4  勉強椅子       * §14 お仕置き部屋への侵入
§5  朝のお浣腸      * §15 お股へのお灸
§6  朝の出来事      * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7  登校          * §17 明君のお仕置き
§8  桃源郷にて      * §18 天使たちのドッヂボール
§9  桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き


**<< §14 >>**/お仕置き部屋への侵入/**

 私は、当初下り階段に足を踏み入れる勇気がわきませんでした。
ここは私たち子供にとっては怖い場所でもありますからね、もし
これが一年前だったら、そのまま踵を返してお昼休みは友だちと
遊んでいたと思います。
 でも、この時は妙に遥お姉様のことが気になっていました。

 『遥お姉様が心配だもん。ちょっとだけ覗いてみうよ』
 最初、私の心の奥底から聞こえてきたのは天使の声でした。

 「お姉ちゃ~~ん。遥お姉ちゃん、いる~~」
 姉思いの優しい眼差し。妹の声が闇の奥で響きます。

 でも反応がありません。そこで、もう一度声を掛けようとした
その時です……
 『あなた、何考えてるのよ。お父様に見つかったらお仕置きよ。
バカなことはやめて引き返しなさいよ』
 理性の声が私を引きとめます。

 『そりゃそうね。バカなことはしない方がいいに決まってるわ』
 私は理性の声に従います。

 ところが、理性の声にいったんは納得したにも関わらず、私は
その深い闇を見つめて帰ろうとしませんでした。地下への階段を
見つめたまま動きませんでした。

 そうこうするうち闇の奥から次なる声が聞こえてきます。
 悪魔の囁く声です。

 『さあ下りておいでよ。遥お姉ちゃんの悲鳴が聞こえるかもよ。
何時も虐められてるお姉ちゃんの悲鳴って、聞いてみたいよね。
わくわくするわよね』
 
 それが背徳的な思いなのは小学生の私にも分かります。
 もし、お父様に見つかったら、私も同じお部屋に連れ込まれて
一緒にお仕置きなんてこともありえます。それも分かっています。

 『何やってるのよ!!その場から離れなさいよ!!お父様から
お仕置きされても知らないよ!』
 理性が私を必死に押しとどめますが……
 今度は理性が誘惑に負けてしまいました。

 いつの間にか私は暗い階段を下り始めていたのです。
 何の事はありません。結局私って子は、愛より理性、理性より
誘惑に弱い子だったのでした。


 暗い階段をゆっくりゆっくり下りきると、がらんとした空間に
薄暗い明かりが一つ。照明はありますが、スイッチを入れると、
誰かが来たと奥にいる人に分かってしまいますから、思いとどま
ってしまいました。

 やっと物の形がわかる程度の明るさだけを頼りに奥へと進むと、
地上とは明らかに違う空気感がこの場を支配しています。
 ひんやりした風が背筋を通り抜け、それに追われるようにして
さらに歩みを進めると目の前に防音耐火の大扉があって私を威嚇
します。

 『ここから出て行け!』
 『中に入ってこい!』
 このまったく違う二つの声が聞こえます。
 この鉄の大扉は私の最後の決心を待っているみたいでした。

 『そうよね、もしお姉様をお仕置きだったら、これが開いてる
はずないわよね』

 実は、床から天井までを覆いつくすこの大扉自体が開けられる
事は滅多にありませんが、普段、人が出入りする為に大扉の一部
に小さな扉が設置してあります。
 私はそこを押してみることにしました。
 すると……

 『開いてるわ。こいつ、お仕置きが始まっちゃうと閉められる
って聞いてたけど……でも、これだったら大丈夫よね……大丈夫、
大丈夫、本当に大丈夫よね……』
 私は自分の小さな胸に『大丈夫』『大丈夫』を何度も問いかけ、
慎重に慎重に小さな扉の先を窺います。
 まるで、探偵か泥棒さんの気分です。

 『ふぅ、やったあ~~~』
 やったことは小さな扉をくぐっただけ。でも、大冒険でした。

 すると、この先には廊下に並んだ七つの部屋が見えます。
 手前六つは六家のプライベートルーム。もちろん小暮家の部屋
もその並びの中にあって『小暮』のプレートが掛かっていますが、
人の気配はしません。

 もし、そこに誰かいれば、ドアに耳を着けることで分かります。
でも、そこに人のいる気配はしませんでした。

 今、人の気配がするのは一番奥にある大広間の部屋だけ。その
奥のからは複数の人の話し声がします。

 『やっぱりね、多分そうじゃないかと思ったのよ。来た甲斐が
あったわ。きっと六年生の子全員、お昼休みを利用してお父様方
にここへ呼ばれたのよ』
 私は胸を高鳴らせ、足音をしのばせて廊下をさらに奥へ奥へと
進むことにしました。

 実はここにある七つの部屋のうち手前の六つの部屋は各家専用
の個室。ドアには、お父様方のお名前『小暮』『進藤』『真鍋』
『太田』『佐々木』『中条』といったプレートが張ってあります。
 でも一番奥にある七つ目の部屋だけは違っていました。

 ここは普段お父様方の寄り合い所(サロン)みたいな使われ方
をしている場所で、基本的に子供たちも出入りが自由です。
 実際、放課後の習い事というのはここで行われていますから、
今が放課後なら問題ありません。私がコソコソ入ってくる必要も
ないわけです。
 ただ、習い事というのは昼休みに行われることはありません。

 お父様がお昼休みにお姉様をここに呼んだ。
 それが問題なのでした。

 そこは30畳ほどの広さがある大広間。

 間仕切りはありませんが、その一部は一段高くなった畳敷きの
舞台になっていて、お茶、お花、日舞、などの習い事はこの舞台
の上で先生とお稽古します。
 そんな様子をお父様方も一段低い板張りの床にソファやデッキ
チェアなどを持ち込んで参観なさいます。

 ですから、その限りでは何の問題もないのですが、この畳敷き
の舞台、行われるのはお稽古だけではありませんでした。
 その畳の上、実は子どもたちがお仕置きを受ける場にもなって
いたのです。

 もし問題が個人だけ、あるいは一つの家の中だけで収まるよう
ならお父様たちは個室を使いますが、なかに複数の家の子が同じ
問題を起こした場合などは、この大広間が使われるようでした。

 今回は、まさにそんなケースだったのです。

 私は、最初、大広間の扉に耳を押しつけて中の様子を探ろうと
しましたが、防音装置が施されているために音は聞こえても何を
言っているのかまでわかりません。

 思い切ってドアを開けてみようとしましたが、これも施錠され
ていて果たせませんでした。
 そこで、今度はこの部屋に隣接する隣りの部屋の扉をそうっと
押してみると、こちらは開きますから……。

 『やったあ~~ラッキー』
 私は心の中で叫びます。

 実はこの部屋、映写室でした。大きな映写機の脇でこっそりと
小さい窓を覗くと隣の部屋の様子が手に取るようにわかります。
正直、私としては願ったり叶ったり。特等席をゲットできたので
した。


 お父様たちはたんにお金持ちというだけでなく仕事をリタイヤ
していますから、そもそも世間のお父さんたちのように忙しくは
ありません。ただ、そのぶん子どもたちの生活についても細かな
処までもが気になるみたいで、家庭教師、学校の先生を問わず、
我が子に関するありとあらゆる情報を求めていました。

 そこで学校側もそんなお父様方の要望を答えて、私たちの成長
記録を最大限フィルムに収めるようにしていました。ここには、
その報告フィルムを上映するための映写機が置かれていたのです。
 (こんなこと今なら当然ビデオでしょうが、当時はそんなもの
ありませんから記録は全て映画として撮られていました)

 カメラは学校のいたるところで回されていました。
 勉強の様子だけじゃありません。食堂の風景、休み時間の遊び、
おしゃべり……先生に暇があればという条件付ですが、至る所で
撮影会だったのです。

 特定のカメラマンがいるわけではありません。手の空いた先生
がカメラをまわして私たちがいつも被写体になっていたのは承知
していましたが、それを特段意識した事もありませんでした。

 最初は物珍しさから「何やってるの?」と説明を求めますが、
そのうちそれは学校の備品の一つとなって、たとえカメラが回っ
ていても注意を払わなくなります。
 そうですねえ、カメラって胤子先生の胸像と同じくらいの意識
でしょうか。

 ただ、お仕置きの様子だけは意識します。
 これは後日の証拠とするため、先生方もけっこう克明に記録に
残すのです。裸のお尻はもちろん、おへその下の割れ目やお股の
中まで……こんな時、カメラに遠慮はありませんでした。

 しかも悪さが続くと、お父様からここへ呼び出されて、自分が
受けたそんな恥ずかしいお仕置きの数々を見せられます。

 そんなお仕置きされてる映画だなんて、そりゃあ子どもだって
恥ずかしいですから、それからしばらくはカメラが回っていると
意識しますが、これまた子どものことですから、そのうち忘れて、
いつの日かまた恥ずかしいフィルムを見せられることになるので
した。

 でも、今回はどうやらそれも違うみたいでした。この映写室に
人はいませんし、その準備をしている様子もありません。

 小窓から覗いてみると……
 六年生全員(といっても、ご案内のように六人です)が畳敷き
になった舞台の上で正座させられていました。

 その様子を見ているのは、うちのお父様をはじめ、この学校を
買い取った六人のお父様たち。こちらは板張りの床にお気に入り
の籐椅子を並べて座ってらっしゃいます。

 こちらからですとお父様方の顔は分かりませんが、向かい合う
形の子どもたちの顔はよく見えます。
 どの子も『まずいことになったなあ』という顔ばかりでした。

 私の家もそうですが、ここにいるお父様方というのは、功なり
名を遂げた末に老後の楽しみとして施設から私たちを引き取った
紳士淑女の方々ばかりです。
 ですから、普段の生活では、子どもから嫌われるような虐待や
お仕置きのたぐいは極力なさいません。
 そうしたことは家庭教師や学校の先生にお任せして、ご自分は
小鳥たちが肩にもたれたり膝に乗ってくるのをじっと待っておい
でだったのです。

 ただ、そんな好好爺然としたお父様も24時間365日決して
子供たちを叱ることがないのかというと、そこはそうではありま
せんでした。
 年に一度か二度、お転婆さんには三度くらいでしょうか、子供
たちの頭上に雷が落ちます。

 運が良いのか悪いのか、私が覗いたその日はそんなたまたまの
一日でした。

 「遥、なぜお前がここに呼ばれたか分かるか?」
 小暮のお父様が、その低い声で居並ぶ六人の子供たちを前に、
いきなり遥お姉様を指名します。

 それは私の名前ではありませんが、お父様の声に私の心臓も、
バックンバックンです。ろくにぶたれたことがなくてもお父様は
お父様。そのリンカーンみたいな風貌で見つめられると、子ども
たちはそれだけで身が引きしまる思いがするのでした。

 「………………」
 少し長い沈黙。

 お姉様はお父様の質問に答えられませんでしたが、その胸の内
をお父様が代弁します。

 「その顔だと…お前は『今回の飛び降り事件に参加してない。
先生から罰も受けてない。だから、私は悪くない』そう言いたい
みたいだな」

 「…………」
 お姉様の顔が思わず上がりました。

 「だけど、お父さんたちの考えは違うんだ。これは四時間目に
罰を受けなかったメグ(愛子)ちゃんや留美ちゃんのお父さんも
一緒の考えだから、二人も私の話を一緒に聞きなさい」

 「はい、おじさま」
 「わかりましたおじさま」
 二人は神妙な顔でお父様に答えます。

 『お父様、きついお仕置きをなさるつもりだわ』
 私は思いつきます。

 女の子は人の心の動きに敏感です。幼い頃ならともかく、もう
このくらいの歳になると大人たちが自分たちをどうしようとして
いるか、おおよそ察しがつきます。

 頭に思い描くお姉さま方の未来は辛い現実でしたが、子どもは
親がやると決めたらそれを受け入れるほかありません。この場合
も、『何か抗弁すれば、ごめんなさいをすれば許してもらえる』
とは期待できそうにありませんでした。

 「まず、私たちが嫌だったのは、お友だちが自習時間に騒いで
いるのにおまえたちがそれを止めなかったことだ。…悪さをして
いるお友だちをおまえたちは一度でも注意したかね?」

 「………………」

 「してないよね」

 「………………」
 お姉様は頷きます。それが精一杯でした。お父様の迫力に押さ
れて声が出ないのです。

 私より一つ年上と言っても、遥お姉様はまだ小学生。お父様の
ただならない気配を感じ取れば、もうそれだけでシュンとなって
しまいます。

 いえ、遥お姉様だけじゃありません。そこに居並ぶ六年生の子
全員が、この時はすでにしょげていました。

 実はこの学校の生徒は全員がお父様たちによって施設から連れ
てこられた子どもたちばかり。しかも親が知れている子は一人も
いません。あとからトラブルになるのを防ぐため、天涯孤独な子
以外、引き取らなかったのでした。
 つまり、養父のお父様はそれぞれに違っていても、天涯孤独な
身の上ということでは皆同じ立場だったのです。

 「いいかい、お前たちはそれぞれに育てていただいてるお父様
が違ってもみんな同じ境遇の兄弟なんだから、仲良くしなきゃ。
助け合わなきゃいけないんだ。自分だけ勉強や運動ができれば、
それでいいんじゃない。むしろ抜け駆けするような子はここでは
許さない。仲良くできない子は許さない。わがままな子は施設に
戻ってもらう。そう約束したよね」

 「はい…」
 「はい、お父様」
 「…約束しました」
 三人は小さな声で答えます。

 「今度の事、仲良しのすることなのかな?ほかの子が悪さして
いるさなか、自分たちだけはちゃんと自習してましたって、栗山
先生に報告したそうじゃないか。……それって、本当に良い事を
したって言えるの?」

 「えっ……」
 三人は戸惑います。
 だって、この遊びを始めたのは他の三人で、私たちは関係あり
ません。この三人が教室の窓からの飛び降りゲームを始めた頃は
たしかに自分たちは真面目に自習していましたから、先生に嘘も
ついていません。ですからそれで十分だとお姉さまたちは思って
いたみたいでした。
 『自分たちはこの悪戯の首謀者じゃない』というわけです。

 私の子供時代、戦争はすでに終わっていました。教育はすでに
個人主義で動いていましたからこんな主張も先生を前にしてなら
受け入れられたと思います。先生方は戦後がどのように変わった
かをよくご存知でしたから。
 でも、戦前の教育をしっかり受けてこられたお父様方をこれで
満足させることはできませんでした。

 もし、クラスの誰かが悪さをしたら他の子はそれを止めるのが
当たり前。そんな努力もしないで『自分は悪くない』という主張
は認められない。お父様たちはそう考えておいででした。
 うちの場合、仲良しというのは連帯責任でもあるのです。

 「河合先生の報告によると『遥が真面目に自習してたのは最初
の頃だけで、教室が騒がしくなるとすぐに席を離れてお友だちの
飛び降りる様子を見物してた。最後は、笑顔で拍手したりして、
とても楽しそうに見えた』とあるけど……これは河合先生が私に
嘘をついてるのかな?」
 お父様は河合先生からの報告書を眺めながら再度質問します。

 「………………」
 答えは返ってきませんでした。

 実は家庭教師の先生方は父兄席に陣取って授業を見学はします
が授業に口は出しません。こうした自習の時間でもそれは同じで、
子供たちがよほど危険な遊びでも始めない限り(今回はそれほど
危険と判断しなかったのでしょう)授業に口を出すことはありま
せんでした。

 「…………それは………だって、私が始めたわけじゃあ……」
 遥お姉様はそれだけ言うとあとは言葉になりませんでした。

 「確かにそうだ。やり始めたのは遥じゃない。でも、お友だち
の飛び降りを見学するだけでも私たちからすると参加してた事に
かわりはないんだよ。だってその間は座席を離れ窓から身を乗り
出して友だちが飛び降りるのを見てたわけだし、『私は真面目に
自習してました』なんて栗山先生に言ってはいけないだろうね。
それって嘘をついた事になるもの」

 「…………」

 「お友だちが悪さをしていると思ったのなら、そのお友だちを
止めてあげなきゃ。それが無理でも先生に御報告に行かなきゃ。
遥はどっちもしてないだろう?それって仲良しのお友だちにする
ことなのかな。遥のやってることはお父さん達の目には自分一人
抜け駆けしていい子に見られようとしている自分勝手な行動……
そんな風にしか映らないんだけどなあ」

 「……そんなこと言ったって…わたし、飛んでないし……」
 絞り出すようなお姉さまの声が聞こえました。

 「これが一般の学校なら、お友だちと言っても所詮他人だし、
それでいいのかもしれない。なにせ、今は個人主義の時代だから。
でも、お父さんたちは、ここにいる子どもたちには全員が本当の
兄弟のようになってほしいと思ってるんだ。……なぜだかわかる
かい?」

 「……」
 遥お姉様は首を振ります。

 「残念だけど、君たちには本当のお父さんやお母さんがいない。
ということは、帰る家だってないってことなんだ。……だろう?」

 「えっ、……だって、それは、お父様が……」
 驚いたお姉様が上目遣いにつぶやきます。

 「私のことかい?ありがとう。もちろん私が生きているうちは
おまえたちをずっと愛し続けるよ。でも、私ももう若くはない。
君たちが成人するまで生きてるかどうかさえ知れないじゃないか」

 「そんなこと……」

 「それから先はどうするね。……今住んでいる家は私が死ねば
すぐに人手に渡るだろうから君たちが住むことはできないんだよ」

 「えっ?」
 お姉様はきょとんとした顔になります。
 子供にとって誰かが死ぬなんてこと頭の片隅にもありませんで
した。私だってそれは同じです。お父様というのは未来永劫私達
を守り続けてくれる人だと信じていましたから。

 「もちろん、それでも人生が順調なら、帰る家なんてなくても
問題ないだろうね。……だけど、人間良いときばかりじゃない。
もし、家庭や仕事がうまくいかなかったら、その時はどうするね?」

 「どうするって……」

 「その立場にならないと分からないだろうけど、帰る家がない
って、とっても辛いことなんだよ。だから、君たちが社会に出た
あと、もし人生につまづいても路頭に迷わないように、私たちは
この学校を作ったんだ。だから、ここには他の境遇で育った子は
一人も入れてない。ここは同じ境遇同じ価値観で育った子だけの
学校にしてある。ここは学校であると同時に君たちにとってここ
が故郷となるようにあえてそうしたんだ」

 「ふるさと?」

 「そう、この学校が君たちのふるさとだ。だから、もし辛い事
があったら、ここに帰ってしばらく休んでいけばいい。ここには
長期滞在できるゲストハウスもあるから、臨時教員になって得意
分野の授業をしたり、可愛い後輩たちを抱いてあげてお尻をピシ
ピシ叩いてやればいいんだよ。今はまだお尻を叩かれる側の君達
だって、やがては後輩たちのためにお尻を叩く日がくるんだから」

 「…………」
 その瞬間、お姉様の頬がわずかに緩んだように見えました。

 「私たちが口をすっぱくして『みんな仲良く』『みんな仲良く』
って言い続けるのは、単に一緒に何かしましたとか、褒められま
しただけじゃなくて、叱られた事も、お友だちみんなで共有して
欲しいんだ」

 「叱られたことも?…………」

 「そう、叱られたこともだ」
 お父様はお姉様の狐につままれたような顔を見て笑います。

 「一緒に悪さをして一緒にお仕置きを受けて欲しい。お仕置き
はご褒美じゃないけど、同じ罰を受けた思い出として大人になれ
ば笑って話せるし、何よりそれで兄弟の絆も強まるから無駄には
ならないんだ。一番いけないのはね、『他の子が悪さしてるのに、
自分だけ知らんぷりしてるって事』みんなが助け合い愛し合って
暮らしてるこの場所でそんな薄情なことしかできないようなら、
君たちが人生最初に拾われた施設に帰ってもらうかもしれない」

 「…………」
 お姉様はお父様の言葉に思わずのけぞります。

 実は、お父様の言う『施設へ帰れ』という言葉は、幼い頃から
お父様たちに大事にされてきた私たちにとっては究極の威し文句
でした。
 私達には南極大陸で捨てられるくらいのショックだったんです。

 そもそも私たちは物心つく前にここへ来て生活を始めています
から誰の頭の中にも施設時代の思い出なんか存在しないのです。
 そんな未知の場所へ戻るなんて、たとえこの先厳しいお仕置き
が待っていたとしてもありえない決断でした。

 ですから……
 「ごめんなさい、お父様、遥は悪い子でした。どんなお仕置き
も受けます。いい子になります」
 遥お姉様はあっさり降参します。畳敷きの舞台を下りてお父様
の足元ににじり寄り両手を胸の前に組んで懺悔します。

 愛情深い両親に育てられた人からすれば、こんなこと、お芝居
がかって見えるかもしれません。でも絶対的な後ろ盾を持たない
私たちにしてみると、それは仕方がありませんでした。

 残り二人も事情は同じです。二人は、自分たちのお父様の前で
懺悔します。
 施設に戻されたくないという思いは、ここでは誰の胸の中にも
共通して存在していたからでした。

 ただ、これでハッピーエンドではありません。

 「わかった、ならば今日はお前たちのお股にお灸をすえること
にしよう。そうすれば、これから先も今の話が実感できるだろう
から……」

 「!!!」
 「!!!」
 「!!!」
 お父様の一言に、三人のお姉様方の顔色が青くなります。
 お姉様方の顔から血の気が引いく様子がこんなに離れていても
はっきりとわかりましたから、それは相当なショックだったんだ
と思います。

 確かに懺悔はしました。お仕置きも受けます。
 でも、まさか、お股にお灸だなんて……
 三人ともそんなことまでは考えていなかったみたいでした。

 そしてそれは実際に悪さをしていた残り三人にも当然のように
飛び火します。

 「他の三人も同じだよ。今日は、六人に同じお仕置きを受けて
もらうからね。六人まとめてお股にお灸のお仕置き。わかったね」

 お父様の宣言にも子供たちは誰一人反応しませんでした。
 「………………」

 「ご返事は!」
 お父様の野太い声が広間一杯に響き渡ります。

 「はい、ごめんなさい」
 「はい、お願いします」
 「お灸、受けます」
 揃いもそろってイヤイヤながらがはっきりわかるご返事だった
のですが、さすがにお父様方もそれを責めたりはなさいませんで
した。

 今から見ると随分乱暴なお仕置きのような気もしますが、当時
それは一般家庭でもまったく例のないことではありませんでした。
 (もちろん極めてレアなケースではありますが……)

 いずれにしても、お父様たちの願いは、子どもたち全員が同じ
お仕置きを受けることで単なるクラスメイトではない運命共同体
みたいな意識を持ってくれること。これからも弱い立場の子同士、
しっかりスクラムを組んで生きていって欲しいということでした。

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小暮男爵 <第一章> §15 / お股へのお灸

小暮男爵 / 第一章

***<< §15 >>****/お股へのお灸/***

 『お股にお灸ですって~ひど~い、残酷すぎるよ』
 私は思いました。

 いえ、私が思ったぐらいですから、当事者はもっとショックな
はずです。

 特に瑞穂お姉様は、慌てて舞台を下りると進藤のお父様の目の
前までやってきて訴えます。
 「ひどいよ。だって、私、もう先生からお尻叩かれてるのよ。
もう、お仕置き済んでるのに……」

 でも……
 「だめだ。これはお父さんたちみんなで話し合って決めたこと
だからね、可愛いお前の頼みでも変更はできないんだ」

 「そんなの勝手に決めないでよ。私お嫁に行けなくなっちゃう
でしょう」

 「大仰だなあ。もう、お嫁入りの心配してるのかい?」

 「もうって……私だって女の子よ。傷物にされたら大変だもん」

 「傷物かあ。傷物はよかったなあ。そんな言葉、どこで覚えた
んだい?」

 「どこって……」

 「(ははは)お仕置きでそんな深刻な傷を作ったりはしないよ。
そもそも、お父さんがお前がお嫁にいけなくなるようなひどい事
すると思うのかい?そんなにお父さんは信用できない?」

 「え~~~だってえ~~お灸って痕が残るじゃない」

 「そりゃあ、多少はね。……でも目立つほどの痕じゃないし…
…それに、そんな場所、誰も覗かないじゃないか」

 「だって、お父さんは私の……覗くじゃない」

 瑞穂お姉様は両手でお父様の襟を掴みながら必死に食い下がり
ます。でも最後はお父様に懇願しているというより私にはどっか
甘えているようにも見えました。

 「だって私は君の親だもの、君が一人前になるまでは君の全て
を知っておかないいけないからさ。それに、これはお前たちだけ
の特別なお仕置きじゃないんだ。紫苑も美香も、そのまたずっと
先の先輩たちもみんなみんな一度はお股の中にお灸を据えられて
卒業してるんだよ。言ってみればここの伝統みたいなものなのさ」

 「うそよ……何なの、その伝統って……そんな野蛮な伝統って
うちにあったの?」
 瑞穂お姉様はそう言って絶句します。

 でも、私はそれが意外だったので……
 「うそ、瑞穂お姉様、お股のお灸のこと知らないんだ。そんなの
みんな知ってるよ」
 思わずつぶやいてしまいました。

 実は私のお家では、この恥ずかしいお仕置きはそんなに珍しい
ものではありません。
 何を隠そう普段お仕置きに縁のなかった私でさえ、これだけは
一足早く体験済みでしたから。

 あれは四年生の終わり、春休みで宿題もないから毎日が日曜日。
遥お姉ちゃんとわけもなく家中を走り回ってたら、廊下に飾って
あった大きな花瓶を割っちゃって……

 お父様がもの凄い剣幕、
『お前たち、勉強もしないで何を浮かれてるからだ!!』って、
廊下で正座してお説教されたあと、仏間に引っ張って行かれて、
二人並べて素っ裸。

 お手伝いに来た河合先生に泣いてとりなしを頼んだんだけど、
結局ダメで、二人とも仰向けに寝かされると、両足を高く上げる
あの恥ずかしいポーズのまま、河合先生に体を押さえつけられて、
女の子の一番恥ずかしい処を大人たちに全~部見られながら……
 「ひぃ~~~」って感じでお灸を据えられたことがあったの。

 だから遥お姉様だって当然これはもう経験済みだと思ったのよ。

 あの時は信じられないくらい恥ずかったし死ぬほど怖かったし
で二人共頭はパニック状態。気が狂ったみたいに泣き叫んだから、
その時の様子は家中の人がみんな知ってるわ。

 小百合お姉様や楓お姉様は……
 『こんなことぐらいでどうして?……ひょっとしてあんたたち、
何か他にやらかしたんでしょう?』
 って同情してくれたけど、あの時期はお父様と一緒にやってた
お勉強は逃げだしてばかりだし、逆に悪さは毎日のようにやって
たから、お仕置きは花瓶だけの問題だけじゃなかったみたいなの。

 そう言えば、あの時はパニくっていたのでお灸がもの凄く熱く
感じたけど、その後随分たってからお灸の痕を確認してみたら、
どうにもなってなかったわ。

 えっ、どうして?すぐに確認しなかったのか?

 もし酷いことになっていたら、私はお父様を恨んでしまいそう
で、それが怖かったのです。
 でも、後で河合先生に聴いたら、お父様、お線香の頭をほんの
ちょっと着けただけで、実際に艾を乗せてお灸をすえてないって
言われました。どうやら始めから脅かしだけのつもりみたいです。

 えっ、それでその後、お父様とはどうなったか?……

 別にどうにもなりませんよ。今までの生活と何一つ変わりあり
ません。

 お父様を見つけると、いつも抱っこをおねだりして背中に抱き
つきますし、何かと我儘言ってはお父様を困らせます。
 私はそんなお父様の困ったお顔を見るのが大好きでしたから。

 私の場合は、お股にお灸を据えられた前も後も甘えん坊さんで
悪い子だったんです。それに何より実年齢以上に赤ちゃんでした。

 たまに河合先生が忙しくて、お父様が私をお風呂に入れること
があるのですが、そんな時はお風呂場で裸ん坊さんのままタオル
ケットに包まれて、お姫様抱っこで書斎のソファにベッドイン。
包まれたタオルケットで汗を拭いてもらい、全身をマッサージ。
ほっぺやお乳にも乳液をスリスリしてもらったら、最後は下着を
着けずにパジャマを着てお父様のお膝で一緒に夜のお勉強開始。
 これがごく一般的なスケジュールでした。

 お姉様たちからは「お父様に甘えすぎ」って言われていたけど、
そもそもお父様がその習慣を変えようとなさらないし私も変えて
もらいたいなんて思わなかったから大きくなってもずっと続いて
いたんです。

 ベッドでお股を広げていても相手がお父様ならあえて隠すなん
てことはしなかったの。大胆でしょう。
 だって、お父様からならお仕置き以外何をされても楽しいんだ
もの。『楽しいことしてえ~~』って感じで大の字だったわ。
 お灸のお仕置きの時はあんなに騒いだのに、終わったら、もう
その日からケロッとしてたんだから。

 それに、これはその後本当にお灸を据えられて感じたんだけど、
お灸の痕ってつまりは火傷の痕なわけだから、しばらくは歩くと
そこが微妙に摺れて『あっ、ここ、ここに据えられたんだ』って
わかるのよ。でも、私にとってそれは傷じゃなかった。それって
私の体をお父様がつねに見守ってくれてるみたいで、逆に嬉しか
ったの。

こんな言葉、子供の私が使っちゃいけないかもしれないけど、
お股へのお灸って、お父様に手込めにされた気分なのよ。
 据えられた時はたしかに死ぬ思いだったけど、終わってみると、
お父様の愛を自分だけが独り占めできたような、そんな不思議な
高揚感が残ったわ。

 これを正直にお父様に話したら……
 「『手込め』ねえ……」
 最初は複雑な表情だったけど、そのうち……
 「……でも、そうかも知れないな。……だったら最後まで面倒
みてあげなきゃね」
 私の頭を撫でていつものように抱っこ。

 そして……
 「いずれにしても嬉しいよ。お前のことだから、こんな厳しい
お仕置きもきっと受け入れてくれるだろうと思ってはいたけど、
ちょっぴり心配もしてたんだ。お前がネガティブになっていない
なら、それが何よりだ」
 お父様、そう言うと突然お顔がほころんで……
 「ほ~~~ら、お父さんだよ~~~」

 よっぽど嬉しかったんでしょうね、お父様は私を目よりも高く
持ち上げると、何度も何度も頬ずりして、なかなか床に下ろして
くれませんでした。

 「でも、熱かったよ!ホントに据えるんだもん」
 私はお父様のご機嫌が直ってから、あらためて愚痴を言います。

 これは私に限らないと思いますが、愛されて育った子どもって、
厳しいお仕置きを言い渡されても『今は怒ってるけど、そのうち
許してくれるんじゃないかしら』って、心ひそかに期待している
ものなんです。
 それが最後までいっちゃったものだから、そこが私にとっての
不満でした。

 この時のお姉様たちも、端から見える暗い表情ほどには深刻に
考えてじゃなかったかもしれません。
 ただ、お姉様たちの様子が心配になりますから、私はその後も
目を皿のようにして隣の部屋の様子を窺っていました。

 すると、お父様たちどうやら今回は本気みたいで、お仕置きの
衣装である体操服をご自身で娘に着せ始めます。

 すると……
 「あっ、ずるい!私の時は素っ裸だったのよ!素っ裸にしろ!」
 またしてもつまらない独り言。女の子って妙なところに意固地
なんです。特に扱いが平等でないと怒ります。

 私は心の奥底から湧き起こる怒りで思わず目の前のガラス窓を
叩いてしまいました。

 が……
 その後の手順は私の時と同じでした。

 天井の蛍光灯が消され、部屋は一時的に真っ暗。
 すぐにお父様たちが手分けして部屋のあちこちに置かれた蜀台
の百目蝋燭に火をつけて回りますから、人の顔が判別できる程度
にはなりますが、揺らめく炎の明かりは電気の明かりと比べれば
はるかに暗くて子供たちには不気味で怖いものです。

 この舞台設定だけでも幼い子供たちには十分お仕置きでした。

 そんな時代劇のセットのような中で、まず、お父様とその娘が
畳敷きの舞台で、お互い正座して向き合います。

 すると、娘が両手を畳に着けてご挨拶。
 「お父様、お仕置きお願いします」

 なかなか子どもの側から言いにくい言葉ですが、言わなければ
お仕置きは始まりません。始まらなければ終わらないわけで……
この言葉は絶対に言わなければならない言葉でした。

 ご挨拶が終わると、その場で仰向けに寝かされて、お父様から
せっかく着せてもらったブルマーとショーツを剥ぎ取られます。

 その瞬間、大切な谷間が現れ、やがて両足も持ち上げられます。
 女の子だからここで悲鳴の一つも上げたいところですが、そこ
はぐっと我慢します。私たちの世界では追加の罰を受けないため
にもお仕置きの間は極力声を出してはいけませんでした。

 各家々の家庭教師が、仰向けになったお姉様方の両肩を両膝で
踏んで押さえ、高く上がった両足の太股をしっかりと鷲づかみに
して支えます。

 女の子にとってはこれ以上ないほど惨めで、恥ずかしいポーズ
です。私も同じ姿勢になりましたけど、お股の中をスースー風が
通って屈辱的というか、風邪をひきそうでした。

 ただ、こうしたお姉様たちの痴態を眺めていても、私には何の
興味も湧きませんでした。
 だって、女の子にしてみたらあんなグロテスクでばっちいもの、
鑑賞する対象じゃありませんから。

 ただ、明君に視線が移ると、それは別でした。
 『見ちゃいけない』と思いつつも男の子のアレには視線がいっ
ちゃいます。

 『へえ~、男の子のって、あんな感じなんだ。真ん中にまるで
縫ったみたいに筋が入ってる』
 声には出さないけど滅多に見られない映像に私の心は興奮状態。
いつしか小さなガラス窓にへばりついて明君のアソコを食い入る
ように見つめていました。

 すると明君……
 突然、大胆にも私に向かってピースサインを送ります。
 どうやら、私と目が合ったみたいでした。

 男の子って、恥ずかしいって言葉を知らないんでしょうか?
 女の子なら絶対にしないと思います。

 「?」
 それに気づいた明君のお母様がこちらを振り返ります。

 さらに、つられる様にして他のお父様たちもこちらを振り返り
ましたから……

 『あっ!!ヤバイ』
 私は思わず身を隠そうとしたのです。

 ところが、あまりに突然だったので、踏み台にしていた小さな
椅子の角で足を滑らせてしまい、真っ逆さま……

 「ガラガラ、ガッシャーン」

 場内に大きな音が木霊して、私はお尻をしたたか打ってしまい
ました。

 「いてててて」
 でも、すぐには起き上がれません。

 『やばい、逃げなきゃ』
 そうは思いましたが、お尻が痛くて痛くてなかなか立てません
でした。出来たのはその場によろよろと立ち上がるところまで。
 そこへお父様たちが駆けつけます。

 「何だ、美咲じゃないか……大丈夫だったか?」

 真っ先に駆けつけた小暮のお父様が私を抱き起こしてくれます。
 気がつくと、明君のお母様も瑞穂ちゃんのお父様も様子を見に
きていました。

 「へへへへへ」
 こういう場合って、もう笑ってごまかすしかありませんでした。

 「あれあれ、美咲ちゃんだったのかあ。くぐり戸開いてた?」

 「はい」
 小さな声で答えると……
 「鍵を誰かさんが掛け忘れちゃったみたいだね」

 瑞穂お姉さまのお父さん、進藤先生が笑えば、明くんのお母様
真鍋の御前様も続きます。

 「あらあら、これはとんだところを見られちゃったみたいね。
……あなた、男の子の物なんて初めて?そんなことないわよね。
うちの明とも一緒にお風呂入ってるから……」

 真鍋の御前様は、私が小さなガラス窓に顔を押し付け豚さんに
なってこちらを見ている私の姿を発見なさったのです。
 きっと私が男の子の物に興味津々と思われたのでしょう。
 とんだ恥さらしだったわけです。

 「えっ……まあ」
 私は俯きます。

 「でも、驚いたでしょう。みんなあんな凄い格好なんですもの
ね」

 真鍋の御前様は終始にこやかで私を叱るという雰囲気ではあり
ませんでしたが、お父様は……

 「大丈夫ですよ。この子はすでに経験済みですから」
 あっさり私の過去をばらしてしまいます。

 「経験済みって?……まさか、この子に、なさったんですか?」

 「ええ、今年の三月に……」

 「それは、また……手回しのよろしいことで……」

 「ま、いずれ六年生になったら同級生たちと一緒にあらためて
やらせるつもりではいますが、何しろこの子はお転婆ですからね、
そのくらいしないと効果がないんですよ。この子に限って言えば
予行演習というところです」

 「そりゃまた、とんだ災難だったわけだ」
 進藤先生は私の頭を鷲づかみにします。

 こんなこと、今だったら笑いことではすまないでしょうけど、
当時の親たちにとってこれはお仕置き、あくまで教育の一部。
 お灸も躾としてやってるわけですから、親たちも子どもたちに
そんなに深刻なことをしているとは受け止めていませんでした。

 「まあ、見ていたんなら仕方がない。その代わりお前も手伝い
なさい」
 
 お父様はそれがさも当然とでも言わんばかりに私の手を引いて
六年生がお仕置きを受けている隣りの大広間へ……。

 私、まるで罪人のようにして大広間へと入っていきます。
 すると、その入口でいきなり河合先生に組み伏せられている遥
お姉様と目があってしまいます。
 それって、お互いばつの悪い思いです。

 『あ~あ、下りてこなきゃよかった』
 そうは思いましたが後の祭りでした。


 六年生六人に対するお灸のお仕置きは畳の上で行われています。

 たくさんの、それこそ必要以上に沢山の蝋燭とお線香が周囲で
たかれるなか、私が騒ぎを起こしたために点けられていた蛍光灯
の明かりが消えて、あたりは再び揺らめくローソクの明かりだけ
に……

 お線香の香りが辺りに漂い、揺らめく蝋燭の明かりだけが頼り
というのは、それだけで小学生にはプレッシャーです。
 もし怒りに任せてお灸をすえるだけなら、こんな仰々しい舞台
装置は必要ありません。

 大切なことは、クラスのみんなが一緒にお仕置きを受ける場を
持つこと。そして、その思い出をこれから先も決して忘れないで
ほしいから、お父様たちは子どもが嫌がるお股へのお灸と決め、
ロケーションにも凝ったのでした。

 お父様曰く……
 子供時代に味わった恥ずかしい思い出や辛い思い出も、大人に
なれば楽しい思い出に変わる。でも、その辛い時代を共有した人
との絆はその後も切れることはない。

 小暮のお父様だけでなく他のお父様たちも同じ考えだったよう
です。六人のお父様たちはご自身の戦争体験を通してどなたもが
そう考えていたみたいでした。

 これって、今なら当然異論があるでしょうが、私たちはそんな
戦争帰りの人たちから教育を受けた世代なのです。
 ですから、時として、今では考えられないようなお仕置きまで
美化されてしまう傾向になるのでした。

 さて家庭教師の先生方はというと、子どもたちの両足を開ける
だけ開かせ、且つその体が微動だにしないよう厳重に押さえ込み
ます。

 場所はとっても狭い処。まさにピンポイントで手術というわけ
です。もし、驚いて両足を閉じたりしたら他の箇所が火傷しかね
ません。それだけに先生たちもここは真剣でした。

 私も何回かこの窮屈な姿勢でお灸をすえられた経験があります
が、これってたんに熱かったというだけでなく女の子にとっては
泣くに泣けないくらい恥ずかしいお仕置きでしたから決して忘れ
ることがありませんでした。

 家庭教師の「こちら準備できました」という声に合せ、その子
のお父様が一人また一人と一段高くなかった舞台に上がります。

 すると、『ついに来た~』といった感じで子どもたちの顔にも
緊張感が走ります。

 お父様が怖いのはどの子もみんな同じなのですが、ただ、その
受け止め方は人様々で、努めて平静を装っている子がいる一方で、
すでに全身を震わせプレッシーに押し潰されそうな子もいます。

 ですから、こんな時には不足の事態が起きることも……

 「おやおや、やっちゃったねえ」

 友理奈ちゃんのお父様は目の前で噴出した噴水に笑いが押さえ
きれませんでした。
 女の子のお漏らしもこんな姿勢でやれば男の子並です。

 「あらあら、大変、大変」
 たちまち他の家庭教師やお父様たちも気がついて、雑巾バケツ
やらボロ布などが用意され、友理奈ちゃんは隣の部屋に隔離され
てしまいます。

 お姉様たちも、せっかく脱いだパンツ、せっかく上げた両足で
したが全員いったん元に戻されて正座しなおすことになりました。

 畳に残る染みも、他のお姉様たちにはっきり見えたはず。誰が
何を引き起こしたかだって、はっきり分かったはずでした。
 誰の目にも事実は明らかでしたが、でもそれを言葉で指摘する
子はここには誰もいません。

 こうした事態が起こったとき、何をして何をしてはいけないか、
私たちは幼い頃から厳しく躾られています。家庭では家庭教師が、
学校では学校の先生が、もちろんお父様からも口をすっぱくして
注意を受けます。私たちは常に相手の立場や心情を思いやる子で
なければいけないと教えられてきたのです。

 もし、約束を破って友理奈ちゃんを笑ったりしたら、どの家の
子でも間違いなくお仕置きでしょう。

 お父様方が私たちに求めたのは、天才や秀才、スポーツマンや
芸術家といった一芸に秀でた子どもではなく、天使様のような、
純な心を持つ少女がお気に入りなのですから、不純な心の持ち主
はいらないということになります。

 ですから私たちの場合『お友だちと仲良く』と言われていても、
いじめや仲間はずれ、取っ組み合いの喧嘩さえしなければいいと
いう単純なものではありません。家庭でも、学校でも、常に相手
を敬うベストな友だち付き合いが求められていたのでした。
 もちろん幼い身で現実には難しいですけど努力は必要でした。

 今回のお仕置きの理由が『お友だちと仲良く出来なかった』と
いうは、お父様たちのそんな気持を反映したものだったのです。

 ですから、『お漏らしをした子を笑っちゃいけない』ぐらいの
ことは全員がわかっていました。


 しばらくすると、友理奈ちゃんが佐々木のお父様や家庭教師の
先生に連れられて隣りの部屋から戻って来ます。
 「みなさん、ごめんなさい」
 小さな声で謝ってから再び畳敷きのステージへと上がります。

 この歳でお漏らしするなんて、そりゃあ恥ずかしいに決まって
ます。もちろんそれをみんなに見られたことも分かっています。
それでいて誰も何も言わないのは友理奈お姉様にとってもかえっ
て辛いことだったんじゃないでしょうか。私はそう思います。

 友理奈お姉様は、お友だちの視線を避けるように俯いたまま、
お父様の処へ。

 すると、佐々木のお父様が両手を広げて……
 「おいで、友理奈。しばらくここで休もう」

 友理奈ちゃんは畳の上に正座した佐々木のお父様のお膝にお尻
をおろします。

 お膝の上に抱っこなんてこの歳ではちょっぴり恥ずかしいかも
しれないけれど、誰もその事を笑ったりしません。
 もちろん『どんな時でもお友だちを笑ってはいけない』という
約束事はありますが、実はこれ、ここでは他の子だってよくやる
自然な光景でした。

 幼い頃からことあるごとに抱かれ続けてきた私たちにとって、
お父様のお膝はお椅子と同じ。『お座りなさい』と言われれば、
素直に座ります。家庭教師の先生でも、学校の先生でも、いえ、
見知らぬ人のお膝にだってごく自然に腰を下ろすのがここの流儀
なのです。

 でも、自分のお父様のお膝はやはり誰にとっても格別でした。
 座り慣れてるせいか他の誰よりもお尻が優しくてフィットして
心が落着きます。

 お灸のお仕置きに限りませんが、子供にとって辛いお仕置きを
受けなければならない時は、そのショックが少しでも軽減される
ようにと、こういう形で待たされることが多いようでした。

 お仕置きは見知らぬ人からの闇討ちではありません。沢山沢山
その子を愛してきた人がその子の危険を察知して発する危険信号
みたいなものですから、他の人からやられたら悲鳴のあがるよう
な辛い体験も「静かになさい!」と一言命じるだけで、その子は
歯を喰いしばって我慢できるのでした。


 お仕置き前の緊張感のなか、お父様方が畳の上で車座になって
雑談されていますが、正座されているその膝の上にはそれぞれの
お子さんたち、つまり六年生のお姉様方が腰を下ろして頭を撫で
られています。

 私はおじゃま虫なわけですが、お父様の背中に張り付くことは
許されていました。

 緊張が少しだけほぐれた後、最初に口火を切ったのは、進藤の
お父様。つまり瑞穂お姉様のお父様でした。

 「それでは、よろしいでしょうか。当初は一斉にお灸をと考え
ておりましたが友理奈ちゃんの落ち着く時間も必要でしょうから
今回は一人ずつやっていきたいと思います。まずは瑞穂からやら
せていただきますけど、よろしいでしょうか」

 瑞穂お姉様が初陣を飾ることには他のお父様たちも異議はなく、
二人は車座の中心へと進みます。
 そこが、言わば子供たちの刑場というわけです。

 もうこうなったら覚悟を決めるしかありませんでした。


 瑞穂お姉様と進藤のお父様は、まずお互いが向かい合って正座
します。最初からのやり直しですから……

 「お父様、お仕置きをお願いします」
 瑞穂お姉様は畳に両手を着いてご自分のお父様ご挨拶。

 『お仕置きは愛を受けるわけだから、ご挨拶は必要なんだよ』
 私たちはお父様からこう教えられていました。
 もちろん小暮家だけではありません。他の五つの家でもこれは
共通の作法でした。

 「それでは始める。みなさんの見ている前だからね、みっとも
ない声は出さないように……いいね」

 「はい、お父様」
 瑞穂お姉様は健気に答えます。

 でも、心の中は震えていたはずです。女の子がこんなにも沢山
の人たちの前でお股を晒してお灸を据えられるなんて、五年生の
私が想像しただけでも恐ろしいことですから、体が変化し始めた
六年生なら、なおさらだったに違いありません。
 でも、避けて通れませんでした。

 『私の時は河合先生とお父様だけだったからまだよかったけど、
こんなに沢山の人たちからみられていたらショックだわ』

 私がそう思って辺りを見回すと、それまで車座になって座って
いた親子がいつの間にか瑞穂お姉様のお股の奥がよく見える場所
へと移動しています。

 気がつけば、私だけが取り残されていました。

 そして、私も……
 「美咲ちゃん。そこでは他の人が見えないよ。こちらへいらっ
しゃい」
 膝の上に遥お姉様を抱いてお父様が私を呼び寄せます。

 「お友だちのお仕置きを見学するのも、お友だちとしての責任
だけど、美咲ちゃんだけ特等席では他の人たちが見えないよ」
 お父様はこう私に注意したのでした。

 でも、これってふざけてそうおっしゃったんじゃありません。
ここではお友だちがお仕置きを受ける姿を見学するのもお友だち
としての大事な義務なのです。
 お父様は大真面目にこうおっしゃったのでした。


************<15>***********

小暮男爵 ~第一章~ §12 / ランチタイムの話題

小暮男爵/第一章


<<目次>>
§1  旅立ち         * §11  二人のお仕置き②
§2  お仕置き誓約書   * §12  ランチタイムの話題
§3  赤ちゃん卒業?   * §13  お父様の来校
§4  勉強椅子       * §14  お仕置き部屋への侵入
§5  朝のお浣腸      * §15  お股へのお灸
§6  朝の出来事      * §16  瑞穂お姉様のお仕置き
§7  登校          * §17  明君のお仕置き
§8  桃源郷にて      * §18  天使たちのドッヂボール
§9  桃源郷からの帰還  * §19  社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20  六年生へのお仕置き


***<< §12 >>**/ランチタイムの話題/**

 私たちの学校でのお昼はその為だけに作られた食堂で頂きます。

 体育館の半分ほどの広さに丸い窓がアクセントのその部屋には
ペルシャ絨毯が敷き詰められクラスごとの大きなテーブルが置か
れていました。

 テーブルに並ぶ食器もちょっぴり値の張る陶器や磁器、銀製品。
子供用のプラスチックやアルミの食器などでは真の躾はできない
とお父様方が揃えられたのです。そのためこの場所は子どもさえ
いなければまるでホテルの宴会場のようにも見えます。

 子どもにはちょっと贅沢すぎる空間ですが、この学校には父兄
の他にも卒業生の方々がよく臨時講師として招かれておりました
から、そうした人たちが食事するスペースも確保しておかなけれ
ばなりません。

 OBOGの中には、お父様方傘下の企業で現社長の腹心として
取締役に着いている紳士とか大学教授、弁護士、医師、高級官僚
など成功者の方々がたくさんいらっしゃいます。そうした方々を
まさか埃たつ教室に招いてプラスチックの食器で食事をさせると
いうわけにはいきませんでした。

 そんな高級レストラン(?)に最初にやってくるのは上級生の
お姉さんたちが親しみを込めてチビちゃんと呼ぶ小学一年生から
三年生の小学校下級生の子たちです。
 時間割の都合上このチビちゃんたちがたいてい一番のりでした。

 彼らはまず中庭で摘んできた草花を各テーブルに置かれた一輪
挿しの花瓶に生けて回ります。
 それが済むとお姉さま方のテーブルを回って、お皿やナイフ、
フォーク、スプーン、箸箱といったものを並べていきます。
 身長がちょっぴり足りませんからそのための専用の踏み台まで
用意されていました。

 もちろん私もチビちゃんと呼ばれていた頃はこれをやっていま
した。
 でも、このお仕事、なぜか自分たちが食べる分の食器について
はやらないのです。

 チビちゃんたちが食べる分を持ってくるのは少し遅れて食堂に
入って来る上級生のお姉さまたち。

 まず厨房入った中学生のお姉さまグループがチビちゃんたちの
ための料理を盛り付け、小学四年生から六年生の上級生グループ
が配膳台でそれを受け取って、お腹をすかせたチビちゃんたちの
テーブルへ運びます。
 要するに小学校高学年グループは、ウェートレスさんの仕事を
することになるのでした。

 配膳台から出てくるチビちゃんたちの料理は色んな料理が一つ
のお皿に盛られたワンプレートスタイル。一見すると社員食堂や
学食などで提供される定食のようにも見えますが、アレルギーや
どうしてもその食材に手を着けられない子の為に個別の盛り付け
が細かく指示されていました。

 そのため、お料理の取り違えが起こらないようにボールやお皿、
グラスにまでその子の好きな花が家紋代わりに描かれていますし、
箸も箸箱もその子専用。スプーンやフォークなどの食器には一つ
一つ名前が掘り込まれています。もちろん料理を運ぶトレイにも
ちゃんとその子の名前が貼り付けてありました。

 つまりここの給食は一応決まった献立はあるのですが、その子
の事情に応じて料理も食器もすべてがオーダーメイドなのです。
ですから給仕役の私たちもそれを間違えるわけにはいきません。
食器と料理を慎重に確認してからトレイに乗せチビちゃんたちの
待つテーブルを回ります。

 その子の前に来てもう一度確認。
 「愛子ちゃんのお皿、チューリップだったわよね」
 って、その子にあらためて確認を取ってからお料理を並べます。

 そもそも何で上級生の私たちがチビちゃんたちの為に給仕役を
やらされるの?という不満もないことはないのですが……
 それを先生に言うと……

 「何言ってるの、あなたたちは女の子なんだから当たり前です」
 の一言で片付けられてしまいます。

 実際ここは戦前まで華族様専用の学校でしたから、当然こんな
仕事もありませんでしたが、戦後、お父様が学校を買い取られて
からは『これからは何事も平民の流儀に習って…』と大きく方向
転換されたんだそうです。

 ちなみに、園長先生がおっしゃるには、昔の名残りがあるのは
胤子先生への一礼といつでも誰に対しても同じ『ごきげんよう』
というご挨拶だけなんだそうです。

 他の子の不満はともかく、私としては料理をテーブルに運んで
行く先でチビちゃんたちが必ず……
 「ありがとうございます。お姉さま」
 と笑顔で迎えてくれるのが励みでした。

 上級生も……
 「午後も先生お友だちに囲まれて幸せが続きますように」
 と返すのが一般的です。

 最後にその子の手を取って、ハンドキスをして別れます。
 これは西洋の習慣ではなく、いつの頃からか始まったこの学校
独自のしきたり。あくまでサービスです。
 ところが、相手は幼いですからね、嫌いな先輩のキスだと露骨
にそこをゴシゴシと拭ったりします。

 その後、私たちはこの日のお昼をご一緒する先生の為に料理を
運び、中学生のお姉様たちのテーブルも回ります。
 そして最後が、私たちのテーブルでした。

 文字通り小学校高学年組は給食の給仕役をやらされてる訳です
が、私自身はそれがそんなに苦痛ではありませんでした。
 だって、そのことでみんな笑顔になってくれますから、多くの
人の役に立っているという実感がありました。
 
 大事な事はみんなで助け合って食事の準備をすること。他の人
にやっていただいたことには感謝すること。うちの学校にあって
は給食はそんな常識を学ぶ場だったんです。

 さて、そうやって苦労のあげくいただく料理なんですが、実は
部屋の内装に比べるとこちらはそんなに豪華版じゃありません。

 この日のメニューは、トマトシチューにサラダ、黒パン、牛乳、
ちょっぴりのフルーツといったところでしょうか。
 シチューやサラダ、それにフルーツといったものはチビちゃん
たちのワンプレートとは違って、あえて個別にせずクラスごとに
置かれた大きな鉢に入れてあります。
 それを担任の小宮先生から分けてもらうことになっていました。

 もちろんこれだって自分たちで勝手に取り分けた方が手っ取り
早いんですが、夕食のお肉の塊をわざわざお父様が切り分けて、
一皿ずつ家族に振舞うのと同じで、全ては権威づけの為でした。

 私たちの置かれた特殊事情で、小宮先生は学校の先生であると
同時に私たちにとってはお母様でもあるわけですから、私たちが
素直に尊敬の念を抱けるよう工夫されていたのでした。

 さて、普段のお昼はこんな感じで豪華な料理はでません。
 ただ、例外があって、月に一度、外からシェフが来て私たちに
本格的なコース料理を振舞ってくれる日があります。

 この日の料理は確かに豪華なんですが、テーブルマナーを学ぶ
のが本来の目的ですからお行儀よくしていなければなりませんし、
慣れないフォークやナイフと格闘しなければなりません。
 おかげで、お料理そのものをそんなに美味しいと感じる余裕は
ありませんでした。

 実は、さっき名前の彫られたフォークやナイフがあるって言い
ましたけど、普段の食事であれはたいていお飾りなんです。

 当時、私たちが日常的に使っていたのは、あくまで自分の箸箱
から取り出すマイ箸。チビちゃんたちはその方が食べやすいので
スプーンやフォークを使いますが、私たちの年齢になると大半が
箸を使って食べます。食卓には練習用にと毎回フォークやナイフ
が並べられますが、一度も料理に触れることなく下げられること
がほとんどでした。

 そんなことより、女の子たちにとって一番のご馳走は気の置け
ないお友だちとのおしゃべり。これが何よりのご馳走でした。

 ですから、私たちは席に着くなりすぐにおしゃべりを始めます。
園長先生が手を叩いて一瞬場内が静まりますが、それが続くのは
全員が唱和する「いただきます」の瞬間まで。すぐに、さっきの
続きが始まるのでした。

 そんなおしゃべりを楽しむ大事な時間に慣れない洋食器は邪魔
でしかない。わかるでしょう。

 「ねえ、ねえ、お尻、痛かった?今も赤くなってるの?ねえ、
教えてよ。私のところからだと、前の子が邪魔になってはっきり
見えなかったのよ」
 お下げ髪の詩織ちゃんがあけすけに尋ねます。

 『えっ、また……』
 私はうんざり。そして、返事に困ります。

 実はお仕置きが終わって図画教室に行く時も、授業が終わって
この食堂へ来る時もお友だちの話題はこればっかり。
 私はお友だちからしつこく同じ質問を受けていました。

 でも、その時は……
 「私、慣れてるから」
 なんて半笑いで応えていたのですが、父兄も同席しているこの
テーブルで言われるとさすがにカチンときます。

 正直、『あなたさあ、他のお友だちの話、聞いてなかったの!』
って怒鳴りたい気分でした。
 でもそれをやっちゃうと恥の上塗りにもなりますから、あえて
黙っていたのです。

 「ダメよ、詩織ちゃん。場所柄をわきまえなさい。お食事中に
するお話じゃないでしょう」
 さっそく、詩織の家庭教師、町田先生がたしなめます。

 実は、付き添いの家庭教師さんたち、授業中は教え子の様子を
黙って見守るだけですが、休み時間になると、今の授業で分から
なさそうにしていた箇所にアドバイスを送りにやってきます。

 そしてお昼には、まるで学校の先生のような顔をして教え子の
隣りに座り、私たちと同じメニューの昼食をいただくのでした。

 入学したての頃は右も左もわかりませんから学校まで着いきて
くれる家族同然の家庭教師の存在を頼もしく思っていましたが、
上級生ともなると、いつも監視される生活は逆にうっとうしいと
感じられることが多くなります。
 ただ、こんな時だけは助かりました。

 今にして思うと、家庭教師がそばにいたから授業で分からない
処も即座にフォローされますし、後ろ盾になってくれますから、
お友だちから仲間はずれにされたり虐められたりすることもあり
ません。それに、うっかり今日の宿題を忘れてたとしても、家庭
教師も一緒に聞いていますから家に帰ってからやり忘れるなんて
こともありませんでした。

 それに何より一番大きな利点は、学校で落ち込むようなこと、
例えば今回のようなお仕置きがあっても、家庭教師という身内が
その胸を貸してくれること、甘えさせてくれることでした。

 「ねえ、広志君、鷲尾の谷ってどんな処なの?」
 今度は里香ちゃんが広志君に尋ねています。

 すると広志君、最初困った顔をしましたが、すぐに持ってきた
自分の絵を見せます。そして、ぶっきらぼうに……
 「こういう処さ」

 「わあ~~~」
 「すご~~い」
 「綺~~~麗」
 たちまち女の子たちが立ち上がり里香ちゃんの席は人だかりに。

 「ほらほら、食事中ですよ」
 小宮先生の声も耳に入らないほどの人気だったのです。

 「絵の周りの、この黒い縁は何?」

 「洞穴だよ。その中から外を見て描いたんだ」

 「ねえねえ、上から下がってるこの蔓は?」
 「山葡萄」
 「じゃあ、この岩の間に咲いてる花は?」
 「山百合」
 広志君は女の子の質問にそっけなく答えます。

 「ねえ、この棒は何なの?」
 「棒じゃないよ。雲の間から陽が差してるのさ」
 「ねえ、こんなにもくもくの雲なんて本当に湧くの?」
 「湧くよ。榎田先生に聞いたけど、あの辺は気流の関係で黒く
て厚い雲が湧きやすいんだって。学校はあの谷より高い処にある
からこの雲は下に見えるんだって」

 広志君の絵は小学生としてはとても細密で遠くの町の様子まで
細かく描きわけられています。
 こんな細かな絵ですから、図画授業の時間内ではまだ完成して
いませんでした。ただ、そんな未完成の絵でも見てみたいという
希望者は何も子供たちだけではありませんでした。

 「ほらほら、席へ戻りなさい」
 小宮先生がそう言って里香ちゃんから絵を取上げると、今度は
家庭教師の人たちがその絵を一目見ようと席を立ちます。
 
 「わあ、こんな表現、小学生がするのね。しかも様になってる
ところが凄いわ」
 「本当。神秘的ね。この光の帯から本当に天使が降りてきそう
だもの」
 「ねえ、この百合よく描けてると思わない。まさに谷間に咲く
白百合って感じかしら」
 「私はこの街のシルエットがたまらないわ。よくこんなに精密
に描けるもんね」

 小宮先生も群がる家庭教師軍団に呆れ顔。これでは叱ったはず
の生徒に示しがつきませんでした。
 でも、それほどまでに広志君の絵は上手だったのです。

 一方、その頃、当の広志君はというと、自分の絵が評価されて
いることにはまったく興味がない様子で、隣のテーブルにばかり
視線を走らせています。

 『?』
 視線の先を追うとそこは六年生のテーブル。そしてそこに何が
あったかというと、大きな鏡でした。

 前にも説明しましたが、鏡というのは私たちの隠語で、実際は
磨かれた鉄板です。その鉄板を座面に敷いて女の子が一人、食堂
の椅子に腰を下ろしています。

 『あれかあ』
 女の子はスカートを目一杯広げて何とか鉄の座布団を隠そうと
していますが、鏡の角が飛び出して光っていたのです。

 光の奥は、当然、ノーパン。
 広志君はそれを見ていたのでした。

 『まったく、男の子ってどうしてああスケベなんだろう』
 私は広志君に軽蔑の眼差しを送りましたが、当の広志君は……
もう夢中で、私の事など気づく様子がありません。

 実は、昼食の最中は授業ではありませんから、ちょっとぐらい
の粗相では罰は受けないものなのです。
 それがこうして昼食の最中も鏡を敷かされてるわけですから、
 『瑞穂お姉様ったら前の授業でよほど担任の先生を怒らせたに
違いないわ』
 私は直感的にそう思います。

 「ねえ、ジロジロ見てたらみっともないわよ」
 私が広志君に注意すると……
 「いいじゃないか、お仕置きなんだもん。僕らだってたっぷり
見られたんだし……自業自得だよ」

 「だって、可哀想でしょう」

 「そんなことないよ。僕たちの方がよっぽど可哀想だよ。お尻
までみんなに見られたんだよ」

 「そりゃそうだけど、笑わなくてもいいでしょう……」

 「別に笑ってなんかいないよ。でも、お昼の時間まで鏡の上に
座らされてるんだもん。これからきっと厳しいお仕置きがあると
思うよ。それを想像してると何だか楽しくなっちゃうんだよね。
美咲ちゃんはそんなの思わないの?」

 「思いません!」
 急に声が大きくなってしまいました。

 「まったく、男の子って悪趣味ね。よその子の不幸を利用して
楽しむなんて……そっとしておいてあげればいいじゃないの」

 「いいじゃないか、思うだけなんだから……誰にも迷惑かけて
ないし……」
 広志君口を尖らせます。

 「…………」私は呆れたという顔をします。
 でも、そう言ってる私だって、表向きはともかく、心の中では
思わず、瑞穂お姉さまが鏡の上に座っている原因をあれこれ想像
してしまうのでした。

 『ほんと、瑞穂お姉様どうしたのかしら?単元テストの成績が
ものすごく悪かったとか……』
 単元テストというのは一学期に十回ほどある業者テストのこと
で、復習を兼ねて行われます。九十点と言いたいところですが、
女の子の場合は八十点を越えていればお咎めなしでした。

 『違うなあ、あのテストはたとえ六十点でも、やらされるのは
たいてい担任の先生との居残り特訓だけだもの』

 『カンニング!?……もしそうなら、そりゃあ怖いことになる
かもしれないけど、まさかね。瑞穂お姉さまは頭がいいんだもの。
そんなの必要ないわ』

 『それとも、先生に悪戯?……お姉様って、学級委員のくせに
わりとヤンチャなのよね。……ぶうぶうクッションを先生の椅子
に仕込むとか、蛇や蛙の玩具を教卓の引き出しに入れておくとか。
……ん~~~でも瑞穂お姉様が今さらそんな幼い子みたいなこと
するはずないか……』

 『先生にたてついた?ってのは……ちょっと癇癪持ちだけど、
栗山先生とは仲がいいもんね、そもそも学級委員やってるのも、
栗山先生のご指名なんだから。……あ~あ、思いつかないわね。
……廊下を走った?……そんな事ぐらいじゃこんな罰受けないか。
……それとも、お友だちとの喧嘩した?……違うわね。たしかに
あれで男の子みたいな処もあるけど……』

 いくら考えても答えなんて出てくるはずがありません。
 もちろん、直接、本人に確かめるのが手っ取り早いでしょうが、
それって嫌われちゃう可能性もありますから、女の子としては、
あえてそんなリスクを犯してまで尋ねたいとは思いませんでした。

 ところが……
 その答えは、意外に早くやってきます。

 話題のテーブルから、六年生の担任、栗山先生がお鍋を抱えて
こちらのテーブルへやって来たのです。
 栗山先生は私たちの小宮先生を訪ねたのでした。

 「ねえ、シチュー残っちゃってるけど、食べない?」
「どうしたの?いつも足らないって言ってるくせに……」
 「今日は全員食欲がないみたいなのよ」
 当初の用件はコレだったのですが……

 「原因は、あれ?」
 小宮先生は瑞穂お姉様に視線を送ります。
 「察しがいいわね。そういうことよ」
 「ねえ、ミホ(瑞穂)、どうしたの?」
 小宮先生が私に代わって尋ねてくださいました。

 すると……
 「四時間目、授業時間が中途半端になっちゃったから各自自習
にしておいたんだけど…そうしたらあの子たち、授業中二階から
飛び降りて遊んでたのよ」

 「二階から!?」

 「ほら、私の教室の窓の下に伐採した木の枝や葉っぱが集めら
れてて小山になってるところがあるでしょう。あそこに向かって
飛び降りる遊びを始めちゃったってわけ」

 「危ないことするわね。一歩間違えれば大怪我じゃないの。…
…で、それをミホ(瑞穂)が?」

 「そうなのよ。あの子が最初にやり始めたの。何しろあの子、
他人に乗せられやすいから……友だちに囃し立てられられると、
ついつい悪ノリしちゃって……どうやら三回も窓の庇から飛んだ
らしいわ」

 「帰りは?」

 「正々堂々、玄関からご帰還よ。……何度も何度も同じ生徒が
授業中に廊下を通るんでおかしいなと思って窓の外に身を乗り出
してみたら、女の子が傘を差してスカートを翻して二階の窓から
飛び降りるのが目に入ったってわけ」

 「あなた見たの?」
 「違うわよ」
 「じゃあ、誰かに見つかったの?」

 「梅津先生」

 「おや、おや、一番まずいのに見つかっちゃったわけだ」

 「こうなったら、私だって叱らないわけにはいかないでしょう。
瑞穂と囃し立ててた数人を運動場に連れて行って、全員を肋木に
縛りつけておいてお尻叩き」

 「あらあら、……パンツ下ろして?」

 「そこまではしないけど、スカートは上げて革のスリッパで、
しっかり1ダースは叩いてあげたわ」

 「どおりでポンポンと小気味のいい音が運動場から聞こえると
思ったら、あれ、あなただったのね。要するに私がこの子たちを
お仕置きしたしわ寄せがあなたに来たってわけだ」

 「ま、そういうことになるのかな」

 「あらあらごめんなさい。とんだ肉体労働させちゃったわね」

 「やあねえ、冗談よ。決まってるじゃない。そうじゃなくて、
この子たちも、もう六年生だし……お鞭の味も少しは覚えさせて
おこうかと思って……いつまでも平手でお尻ペンペンでもないで
しょう」

 「なるほど、それで今日は食事も喉を通らないってわけね」

 「瑞穂もさすがに応えたみたいで、お尻叩きのあとも泣いてた
から、お仕置きも兼ねてお尻を冷やさせてるのよ」

 先生二人はひそひそ話でしたが、女の子たちは、全員そ知らぬ
ふりで聞き耳をたてています。
 誰にしてもこんな美味しい話を聞かない手はありませんでした。

 『瑞穂お姉さま、この分じゃお家に帰ってからもお仕置きね』
 私は思わずお灸を据えられて悲鳴を上げている瑞穂お姉さまを
想像してしまいます。

 それって悲劇でも同情でも何でもありません。
 邪まな思いが私の心を喜ばせ、いつしか口元が緩みます。
 ここまで来ると、私に広志君のことをとやかく言う資格なんて
ありませんでした。

 そして、それはいつしか瑞穂お姉さまではなく私自身がお父様
からお仕置きを受けている映像へと変化していきます。

 誰にも気取られないように平静を装ってはいましたが、心の中
ではどす黒い雲が幾重にも渦を捲いて神様からいただいたはずの
清らかな光を閉じ込めてしまいます。

 しだいに甘い蜜が身体の中心線を痺れさせ子宮を絞りあげます。
 吐息が乱れ呼吸が速くなります。
 邪悪な願望が心の中で渦巻いて、糸巻き車の針に指を刺すよう
悪魔が囁きます。

 『私も、お姉様みたいに鏡を敷いて震えてみたい。お父様から
お仕置きされてみたい。息もできないくらいに身体を押さえつけ
られて、身体が木っ端微塵になるほどお尻を叩かれたら……ああ、
最後はお父様の胸の中で愛されるの。ううう……幸せだろうなあ』
 私は独り夢想してもだえていました。

 最もして欲しくないことなのに、本当にそうなったら逃げ回る
くせに、私の心は悲劇を渇望してさ迷っていました。
 そう、私の心の中では思い描く悲劇の先にはなぜか悦楽の都が
あるような気がしてならないのでした。


***********<12>************

小暮男爵 ~第一章~ §13 / お父様の来校

小暮男爵 / 第一章

***<< §13 >>****/お父様の来校/***

 昼食が終わり食器を下膳口に戻した私はさっそく遥お姉ちゃん
を見つけて声を掛けます。

 この学校は一学年一クラス。しかもそのクラスの六年生は全部
で六人しかいません。栗山先生が私たちのテーブルへやって来た
時、先生のお話に姉の名前は出てきませんでしたが、気になった
ので私は姉のブラウスを引っ張ることにしたのでした。

 「へへへへへ、お姉ちゃん」

 「何よ、気色悪い。何か用?」
 笑顔の私に姉は珍しく不機嫌でしたが、ま、無理もありません。

 「ねえ、お仕置きされたの?」

 「お仕置き?……別にされないわよ」
 お姉ちゃん、平静を装いますが、すでに目は泳いでいました。

 「だって、瑞穂お姉様はされたんでしょう。革のスリッパで」

 「栗山先生がそっちへ行って話したのね。瑞穂のことでしょう。
……あの子『メリーポピンズの読書感想文を書くなら、やっぱり
空を飛ばなくちゃ』なんて、わけの分からないこと言いだして、
傘を差したまま二階から飛び降りたの」

 「えっ!飛べたの?」

 「バカ言ってんじゃないわよ。遊びよ、遊び。あの時間は自習
だったから、暇もてあましてた子たちがはしゃぎだして即興劇を
始めたの。そのうち、あの子、お調子者だからホントに二階の窓
から飛び降りちゃったの」

 「で、大丈夫だった?」

 「大丈夫よ。下に木屑の山があったから。それがクッションに
なったの。それがあるからやったのよ。でなきゃそんなことする
わけないじゃない。あの子だってまんざらバカじゃないみたいだ
から……」
 お姉様がそう言い放った直後、瑞穂お姉様が私たちの脇をすり
抜けます。

 「あら、まんざらバカじゃないって誰の事?」
 瑞穂お姉様はそれだけ言って通り過ぎます。
 すると、遥お姉様の声のトーンが下がりました。

 「でも、よせばいいのにあの子ったら味をしめて三回も飛んだ
から梅津先生に見つかっちゃって……あれで学級委員なんだから
呆れるわ」

 「お姉ちゃんは?」

 「私?……私は、そんなバカじゃありません」
 遥お姉ちゃま最初は怪訝な顔でしたが最後は語気が強まります。

 「そうか、それでかあ……」

 「何がよ?」

 「運動場の肋木の前で栗山先生にお仕置きされることになった
んでしょう?」

 「そうよ、梅津先生に告げ口されちゃったから……栗山先生、
大慌てで教室に戻ってきたわ。……でも罰を受けたのは即興劇を
やってた瑞穂と智恵子と明の三人だけ……だって、私は何も悪い
ことしてないもん」

 「革のスリッパって痛いの?」

 「でしょうね。私はやられたことがないから知らないわ。でも
中学ではよくやるお仕置きみたいよ。栗山先生、中学の予行演習
だっておっしゃってたから」

 「怖~~い」

 「怖い?本当に怖いのはこれからよ」

 「どういうこと?」

 「だって、これだけのことしたら、たいていどこの家でもただ
ではすまないじゃない」

 「お仕置き?」

 「でしょうね。それにお家では学校と違ってお尻叩く時手加減
なんてしてくれないでしょうし……お灸だってあるんだから……」

 「お家の方が怖いの?」

 「そりゃそうよ。あんたそんなことも感じたことないの?」

 「……う、うん」

 「呆れた」
 遥お姉ちゃんは天を仰ぎます。そして……
 「いいこと、お父様やお母様ってのは、学校の先生なんかより
私たちにとってはもっともっと近しい間柄なの。だからお仕置き
だって、そのぶん厳しいことになるのよ」

 「そういうものなの?反対じゃないないの?」

 「反対じゃないわ。そういうものよ。子どもにはわからないで
しょうけど……」

 「何よ、自分だって子供のくせに……」

 「あんたより一年長く生きてます」

 遥お姉様はそこまで言って、私の顔を見つめます。
 そして、その数秒後、お姉様は何かに気づいたみたいでした。

 「あっ、そうか、あなた、まだお父様のお人形さんだもんね。
お父様からまだ一度も厳しいお仕置きなんて受けたことないんだ。
だからそんなことも分からないのよ。いいわねえ、お人形さんは
気楽で……」

 あらためて確認したように、少しバカにされたように言われま
したから私も反論します。
 「何よ!そんなことないわよ。私だって、お父様から今までに
何度もお尻叩かれた事あるのよ。先週だって廊下に素っ裸で立た
されてたら、あんた、私のことジロジロ見てたじゃないの」

 私は勢いに任せて怒鳴ってしまい、同時に顔が真っ赤になりま
した。

 そこは、学校内では誰もが行き来する階段の踊り場。私の声に
驚いた子どもたちが不思議そうにこちらを振り返ってから通り過
ぎます。
 二人は声のトーンを下げざるをえませんでした。

 「よく言うわ。そんなこと、あなたが子どもだからさせられた
んでしょう。いくらお父様だって、健治お兄様や楓お姉様にまで
そんな事なさらないわ。それに、私だってあなたがお尻を叩かれ
てるところを見たことあるけど……お父様を本当に怒らせたら、
あんなもんじゃすまないのよ」

 「えっ?」

 「本当のお仕置きってね、お尻がちぎれてどこかへ飛んでった
んじゃないのかって思うくらい痛いんだから。あなたのはねえ、
ぶたれたというより、ちょっときつめに撫でられたってところだ
わ」

 「そんなことないわよ。だって、ものすご~~く痛かったもん」
 私がむくれると……

 「ま、いいわ。そのうち、わかることだから」
 遥お姉様は不気味な暗示を私に投げかけます。

 と、その瞬間です。遥お姉様の顔色がはっきり変わりました。
 そして……

 「遥ちゃん、君だって私から見ればまだ十分に子どもなんだよ」

 私は声の方を慌てて振り返ります。
 『えっ!!お父様』
 心臓が止まりそうでした。

 お父様が振り返った私のすぐ目の前にいます。手の届く範囲に
というか、振り返った時はすでに抱かれていました。

 「よしよし」
 お父様はいきなり私を抱きしめて良い子良い子します。

 これって子供の側にも事情がありますから、抱かれさえすれば
いつだって嬉しいとは限りません。私にだって心の準備というの
が必要な時も……ですから、その瞬間だけはお父様から離れよう
として、両手で力いっぱい大きな胸を突いたのですが。

 「おいおい、もうおしまいかい。もう少し、抱かせておくれよ。
でないと、お父さんだってせっかく学校まで来たのに寂しいじゃ
ないか」

 お父様にこう言われてしまうと我家の娘は誰も逆らえません。
そこで撥ね付けようとした両手の力がたちまち抜けてしまいます。

 「ごめんなさい」
 小さな声にお父様は再び私を抱きしめます。

 「元気そうで何よりだ。とにかくほっとしたよ。図画の時間に
いなくなったって聞いたからね。大急ぎで駆けつけてきたんだ。
ここには大勢の先生方がいるから間違いなんて起きないと思って
はいたんだが、やっぱり心配でね。やってきたんだ。……ん?、
そんな心配性のお父さんは嫌いかい?」
 お父様は私をさらに強く抱きしめてこう言います。

 「本当に、ごめんなさい」
 私はお父様の胸の中で精一杯頭を振って甘えたような声を出し
ます。その時は頭も胸も強く圧迫されてますから頭もろくに動き
ません。ですから、お父様にだけ聞こえるような小さな声しか出
ませんでした。

 「いや、元気なら何よりだ。どこも怪我はしてないんだろう?」

 「はい」

 「なら、それでいいんだ」
 お父様はそこまで言ってようやく私を開放してくれます。

 「あそこは尖った大きな岩がごろごろしてるし、マムシだって
スズメバチだっているみたいだから本当は怖いところなんだよ」

 「はい、ごめんなさい」

 私はお父様の目をちゃんと見ることができなくて、再び俯いて
しまいます。
 すると、お父様の顔が私の頬に寄ってきて小さな声で囁きます。

 「ところで、お仕置きはちゃんと受けたのかい?」

 「……はい」
 私の声は風のよう。お父様の声よりさらに小さくなりました。

 「そう、それはよかった。だったら、お父さんがもう何も心配
することはないね。いつも通りの美咲ちゃんだ」
 再び、頭をなでなで……

 それってちょっぴり恥ずかしい瞬間。でも、お父様にされるの
なら、ちょっぴり嬉しいことでもありました。

 「午後の最初の授業は何なの?」

 「体育」

 「そう、それじゃあダンスだね。今日はどんなダンスを習うの?
バレイ、現代舞踏、ジャズダンス、フォークダンスかな」

 お父様にとって体育というのはダンスのことだったみたいです。
でも、これって無理もありませんでした。
 実際、私たちの学校で行われていた体育の大半はダンスの授業
でしたから。

 ただ、五年生になって、体育の先生が女性から男性に代わった
せいもあってその授業内容にも変化の兆しが……

 「今日は違うよ。今日はね、ドッヂボールの試合をやることに
なってるの」

 私の思いがけない答えにお父様は目を丸くしてのけぞります。
大仰に驚いてみせます。

 「ドッヂボール?そりゃまた過激だね。美咲ちゃん、できるの
かい?」

 ドッヂボールは当時全国どこの小学校でも行われている定番の
ボールゲームでしたが、娘大事のお父様にとっては過激なボール
ゲームというイメージだったみたいです。
 普段ボール遊びなんてしたことのないこの子たちが、はたして
ボールをちゃんとキャッチ出来るだろうか?
 そんな疑問がわいたみたいでした。

 「大丈夫だよ、ルールもちゃんと覚えたし先週もその前の週も
ちゃんとボールを取る練習したから」
 私は自信満々に答えます。

 ただ私たちがこうした試合を行う場合、問題はそういう事だけ
ではありませんでした。

 そのことについは、また先にお話するとして、お父様は私の事
が解決したと判断されたのでしょう、関心が別に移っていました。

 「あっ、遥、ちょっと待ちなさい。君にお話があるんだ」

 お父様はいつの間にか、そうっとお父様のそばを離れてどこか
へ行ってしまいそうになっている遥お姉様を呼び止めます。

 5mほど先で振り返ったお姉様、その顔はどうやら逃げ遅れた
という風にも見えます。

 慌てたように遥お姉様の処へ小走りになったお父様は、途中、
私の方を振り返って……
 「ドッヂボール頑張るんだよ。あとで見に行くからね」
 と大きな声をかけてくださいます。

 お父様は捕まえた遥お姉様と何やらそこでひそひそ話。

 やがて、二人は連れ立って私から遠ざかっていきます。
 でも、それって、私にとってはとっても寂しいことでした。

 『何、話してたんだろう?……どこへ行ったんだろう?……私
には話したくないことかなあ?』
 疑問がわきます。
 そこで、そうっと、そうっと、二人に気取られないようにして
着いて行くことにしました。

 すると……
 『えっ!?』
 二人は半地下への階段を下りて行きます。

 『嘘でしょう!ここなの!?』
 私は二人の行き先を確かめようとして、暗い階段の入口までは
やってきましたが、さすがにその先、階段を下りるのはためらい
ます。

 だってその先にあるのは六家のお父様がサロンとしてお使いに
なっているプライベート広間。私たちも、お茶、お琴、日舞など
習い事にはよく利用しますが、それはあくまで放課後の時間帯。
こんなお昼休みにそこへ行く用があるとしたら……。

 『お仕置き?』

 実はこの半地下にはもう一つの顔があって、私たち生徒が学校
の先生からではなくお父様やお母様、家庭教師といった父兄から
お仕置きを受けるための場所でもあったのです。

 こんな場所、他の学校では考えられないでしょうが、私たちの
学校にはこんな不思議な施設がありました。
 というのは……

 この学校は元々華族様たち専用の学校だったものをお父様たち
有志六名が買い取る形で運営されてきましたから学校の教育方針
にも当初からお父様たちが強い影響力を持っています。
 子供たちへのスキンシップやお仕置きを多用しようと提案され
たのも、実は学校の先生方ではなくお父様たちの強い意向だった
のです。

 そして、それは学校を運営していくなかで、さらに徹底されて
いきます。

 ある日の会議で先生方が『学校としてはそこまではできません』
とおっしゃる厳しいお仕置きまでもお父様たちは望まれたのです。
それも罪を犯してからお仕置きまで余り間をおきたくないという
お考えのようで、あくまで学校でのお仕置きを…と望んでおいで
でした。

 幼い子どもたちは自分の過ちをすぐに忘れてしまいますから、
家に帰るまで待っていたらお仕置きの効果が薄れてしまうと主張
されたみたいです。

 議論は平行線でしたが……
 そこで、お父様たちは一計を案じます。この学校の中に御自分
たちのプライベートスペースを設けたのです。
 学校教育の中でできないなら、家庭内の折檻として行えばよい
とお考えになったみたいでした。

 それがこの階段を下りた処にある七つの部屋だったのです。
 そこは『学校の中にある我が家のお仕置き部屋』という不思議
な空間。子供たちにしてみたら、そりゃあたまったものじゃあり
ません。

 お姉様がお父様によって連れ込まれたのはそんな場所だったの
です。

************<13>***********

小暮男爵 ~第一章~ §11 / 二人のお仕置き①

小暮男爵/第一章

<<目次>>
§1  旅立ち         *  §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    *  §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    *  §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        *  §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       *  §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事       *  §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           *  §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて       *  §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還   *  §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き①  *  §20 六年生へのお仕置き


***<< §10 >>**/二人のお仕置き①/***

 小宮先生と高梨先生がそれぞれに教え子の着替えをすませると、
私と広志君を隔てていた幕が取り去られます。
 私は予備の服で対応できましたが、男の子用の制服にちょうど
サイズの合う服がなかったのでしょう。広志君の方は体操服です。

 濃紺の襟なし上着に白シャツ姿もいいけれど、男の子は体操服
を着ると何だか凛々しく感じられて素敵です。

 ところが、ヒロ君、私と目を合わせるなりはにかみます。
 自分だけ別の衣装に変わってしまったのが恥ずかしかったので
しょうか。それとも、同じ境遇の相手を見て鏡を見ているようで
嫌だったのでしょうか、下を向いてしまいました。

 二人はお互い同じ身の上。これから先生にお尻を叩かれようと
している悲しい定めの少年少女です。そんな同じ境遇の子が再び
視線を合せた時、今度は、なぜか二人して笑ってしまいました。

 こんな時って、どこかおかしな心理状態です。

 そんな短いお見合い時間が終わると、四時間目の開始を告げる
チャイムがこの中庭にも響き、花壇の手入れに来ていた下級生達
も駆け足でそれぞれの教室へ帰って行きます。

 中には上級生たちの人垣の前でジャンプしてから帰る子も……

 でも……
 「なあ~~んだ」
 と言うだけ。

 きっと、私たちが裸でいるのを想像していたのかもしれません。
 ここはそれほど頻繁に子供を裸にしてしまうのです。

 チャイムが鳴り終えると、それを待っていたように小宮先生が
手を叩きました。

 「さあ、みなさん。このお二人さんのお着替えも無事にすみま
したから、今度は、内側を向いてくださいね」

 すると、大きな輪を作ってくれたいた子供たちが一斉にこちら
を向き直ります。
 沢山の目が一斉にこちらを見ますから、それって、ちょっぴり
恐怖です。

 『あ~あ、いよいよかあ~~~やっぱり嫌だなあ~~』
 そんな愚痴を心でつぶやきながらも覚悟を決めます。
 でも、その前にちょっとした事件がありました。

 「芹菜(せりな)ちゃんと明君、こちらへいらっしゃい」
 小宮先生は凛とした声で今まで人垣を作っていてくれた二人を
指名します。

 実はこの二人、私たちがお着替えの最中も担任の先生から時々
注意を受けていました。

 やがて、恐る恐る輪の中から出てきた二人が、三人の先生方の
目の前までやってくると……
 四年生を担任している前田先生が、いきなり……

 「あ~いや~~ごめんなさい」
 オカッパ頭の芹菜ちゃんが叫びます。

 芹菜ちゃんは4年生。前田先生が背中からお腹へと左腕を回し
始めた瞬間、何をされるかが分かったようでした。

 前田先生は芹菜ちゃんの身体を立たせたままで前屈させると、
右手でその白いパンツを叩き始めます。

 当時私たちが着ていた制服のスカート丈はとても短くて、ある
程度前屈するれば、すぐにパンツが丸見えるようになっています。
 お尻叩きが当たり前のこの学校で先生が子供たちへのお仕置き
をしやすいようにそんなデザインを望んだのでしょう。私たちは
そう考えていました。

 いずれにしても、前田先生、芹菜ちゃんのスカートを捲る必要
がありません。

 「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
 続けざまに六回。前田先生は息つく暇なく芹菜ちゃんを叩いて
こう叱るのです。

 「先生、お着替えの最中は決して振り返っちゃだめですよって
注意したわよね。覚えてる?」

 「はい」

 「だったら、どうして、あなたは私の言うことがきけないの。
チラチラと後ろを振り返ったりして……女の子がいやらしいこと
しないの。覗き見なんてみっともないわよ」

 「ごめんなさい」

 「誰だってお友だちにも見られたくないものはあるの。あなた
だって裸で廊下に立たされたくはないでしょう。やってみたい?」

 「いやです。そんなのいやです。ごめんなさい。もうしません
から」
 芹菜ちゃんの顔は真っ青、唇が震えています。

 裸で廊下に立たされるなんて、さすがにこの程度のことでは、
それはないでしょうが、私も実際にそうした子を見たことがあり
ますから、芹菜ちゃんだって必死にならざるを得ません。
 
 そして、前田先生もそうした芹菜ちゃんの必死さを見て……
 「いいでしょう、今度から気をつけるんですよ」
 と許してくれたのでした。

 もう一人います。六年生の明君です。
 こちらも時間的には芹菜ちゃんと同じです。

 「あっ、いや、だめ~~」
 栗山先生の左腕が明君に背中に捲きついた瞬間、まだぶたれて
もいないのにボーイソプラノの悲鳴が上がります。

 要するに、私はステレオで二人の悲鳴を聞いていたのでした。

 要領は芹菜ちゃんと同じ。
 「(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)(パ~ン)」
 という小気味の良い破裂音が半ズボンの上から上がります。

 女の子がパンツの上からなのに対し、男の子はズボンの上から。
ちょっと不公平な気もしますが、栗山先生はその分強く叩きます。
 ですから……

 「いやあ~~~ごめんなさい、もうしません、もうしません」
 明君だってたちまち担任の栗山先生に謝ります。

 私たちの学校では体罰を否定しませんから、お尻叩きも毎日の
ように行われます。このためお尻叩きだって大事な先生のお仕事
なんです。

 ですから先生も慣れたもので、生徒のお尻を叩こうと思いたつ
と……罪の軽重、情状酌量の余地、年齢、男女の別、健康状態、
以前にどんな罰を受けたかなどありとあらゆる情報を一瞬にして
精査し、その子にとって最も効果的な方法と威力でお尻を叩くの
です。……これって、もう立派な職人芸でした。

 「女の子の着替えを覗こうだなんて……男の子が最もやっては
いけない行為だわ。あなたのやったことはとっても恥ずかしい事
なのよ」

 「はい、ごめんなさい。もうしません」
 明君、たちまちべそをかいて謝ります。

 実は明君、栗山先生よりすでに身長が高いのですが気は小さく
て、栗山先生がちょっと恐い顔をしただけで、いまだにおどおど
たじたじになるのでした。

 「さあ、ではこちらも始めましょうか。もうすでに4時間目が
始まってますからね、テキパキとすませるわよ」

 小宮先生の声に、私も広志君もあらためて緊張が走ります。

 「さあ、どちらからにする?どちらでもいいわよ」
 小宮先生はあらかじめそこにあった木製の椅子。私たちが普段
教室で座っているのと同じものに腰を下ろして私たち二人を見つ
めます。

 こんな時って、『では、私(僕)が先に……』なんて申し出る
勇気がありません。
 もじもじしていると……。

 「それじゃあ、美咲ちゃんいらっしゃい」
 最初に指名されたのは私でした。もちろん、行かないわけには
いきません。

 「お作法はいつも通りよ。タオルを敷いてあげたから、ここで
膝まづきなさい」

 小宮先生の指示で、私は先生の目の前に膝まづかされます。
 両手を胸の前で組んで大きく深呼吸。

 「私は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」

 もちろん本心じゃありませんけど、辛い言葉です。でも勇気を
振り絞ってそれは言わなければなりませんでした。

 「あなたも五年生ですから、これまでに何度も聞いて耳にたこ
ができてると思いますけど、我校のお仕置きは先生から無理やり
やらされるのではなく、自分の至らない処を治していただく為に
先生方にお願いしてやっていただくものなんです。……それは、
わかってますよね?」

 「はい、先生。お願いします」

 「よろしい、それでこそ、うちの生徒です」
 小宮先生は私を褒め、それから、あたりを見回して周囲を取り
囲む子供たちに向かってもこうおっしゃるのでした。

 「それから、みなさんにも注意があります。最近、みなさんの
中に、お友だちのお仕置きを見学しているさなか笑う人がいます
けど、あれはとってもいけないことです。お仕置きは恥ずかしい
ことを強制されているのではありません。自分を高める為に行う
神聖な試練の場なんです。ですからこれは見学するあなたたちに
とっても大切なお勉強の場なんです。真剣な気持で臨まなければ
なりません。そんなお勉強の場でお友だちを笑うなんて失礼です。
先生はそうした子を許しません。見つけしだい、その子にもこの
二人と同じお仕置きを受けてもらいます。いいですね」

 小宮先生の凛とした声があたりに響きます。

 「はい、わかりました」
 複数の生徒の声がします。

 この時、子どもたちの全員が声を上げたわけではありません。
でも『笑うとお仕置き』という情報だけは、しっかりとみんなに
伝わったみたいでした。

 「さあ、美咲ちゃん、ここへいらっしゃい」
 小宮先生が椅子に腰掛けたままでご自分の膝を叩きます。
 すると、ここで思いがけないことが起きました。

 高梨先生が口を挟んだのです。
 「あのう先生、大変申し上げにくいのですが、もう、よろしい
んじゃないでしょうか?」

 「えっ?」
 突然の申し出に小宮先生も鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり
ます。きっと高梨先生が発言されるとは思ってもみなかったので
しょう。

 振り返った小宮先生に高梨先生が……
 「いえ、二人を許してもらえないでしょうか。今回の件は私が
大騒ぎしなければ、こんなことにはならなかったと思うんです。
ですから、私にも罪はありますから……」
 と、申し入れてくれたのでした。

 高梨先生はいわば臨時の先生。普段なら学校行事のような事に
口を挟むようなことはなさいませんが、それがこの件に関しては
異を唱えられたのでした。

 小宮先生はしばし考えておられましたが、笑顔になります。
 「大丈夫ですよ。先生のお気遣いには感謝しますが、この件で
先生に罪はありませんもの。これはあくまで持ち場を勝手に離れ
たこの子たちの問題ですから……それは別物です」

 小宮先生が決断して、お仕置きを免れるというかすかな望みが
砕け散ります。でも、小宮先生自身は高梨先生のそうした声かけ
を不快と感じられたわけではありませんでした。

 いよいよ、私が先生の膝にうつ伏せになります。
 両足のつま先が僅かに地面を掃く程度。私の身体はほぼ水平に
なって先生の膝の上に乗っかっります。

 「………………」
 プリーツスカートの裾が捲られ、白いパンツがお友だちの前に
晒されます。女子の場合、大半がこうでした。

 恥ずかしい姿。でも、もうここまでくると私も度胸が定まって
いました。
 『とにかく、早く終わらせなくちゃ』
 と、そればかり考えて私は小宮先生のお膝に乗っていたのです。

 「さてと……あなた、どうして破れた金網からお外に出たの?
あそこは生徒が立ち入ってはいけない場所だって知ってるわよね。
先生、何度も注意したものね」

 「はい」
 私はその瞬間、顔をしかめます。
 「ピシッ」
 という音と共にその時、最初の平手がお尻に届いたからでした。

 「ふう」
 小さくため息がこぼれます。最初はそんなに痛くありません。
もちろんまったく痛くないわけじゃありませんが、その程度なら
子供でも悲鳴は上げずに耐えられます。

 「さて、それがどうして金網を越えてお外へ出ちゃったのかな?」

 「それは…………広志君を止めようと思って……」

 「本当に?」
 小宮先生は思わず先生の方を振り返った私の顔を疑わしそうな
目で覗き込みます。

 「本当です」
 思わず声が大きくなりました。

 「そう、それじゃあなぜ、すぐに戻ってこなかったの?広志君
に注意したら、すぐに戻れるでしょう?」

 「それは……」
 私は答えに窮します。だって、それって私自身にも分からない
ことでしたから。

 確かに、先生の言う通りなんですが、あの時、突然、広志君に
抱きつかれて……斜面を滑って……危ないところで止まって……
二人で笑って……あとは、何となくああなってしまった、としか
言いようがありませんでした。

 「楽しかったんでしょう?」

 「えっ!」
 核心を突く質問。思わず……
 「そ、そんなことは……」
 と言ってしまいましたが……

 「痛い!」
 次の『ピシッ』がやってきました。

 「嘘はいけないわ。それじゃあ、広志君がここにいなきゃだめ
だって強制したの?脅かされて着いて行ったの?」

 「あっ、いや、だめ」
 続けざまに次の『ピシッ』がやってきます。

 「ダメじゃないでしょう。ちゃんと聞きなさい」
 「ピシッ」
 「あっ、いや」

 「イヤじゃないの。……広志君が帰れって言ったのに、あなた、
着いて行ったそうじゃないの。……それって、その方が楽しいと
思ったからでしょう」

 「それは……」
 小さな声で迷っていると……

 「ピシッ」
 「あっ、痛い」
 また痛いのがやってきます。

 「どうなの、違うの!」

 「あっ、いや~~」
 続けざまに『ピシッ』です。

 「ごめんなさい」
 私はとにかく痛いのから逃れたくて本能的に謝ってしまいます。

 「要するに、ミイラ取りがミイラになったということだわね。
ということは、ミーミはヒロ君が好きなのかな?」

 「えっ、……違います。そんなことじゃなくて……」
 私は思わず大声、顔も自分で火照っているのが分かるくらいに
真っ赤でした。

 「いいのよ、それは、それで……自然なことだもの。誰だって
好きな子と一緒にいたいものね」

 先生の右手がお尻ではなく頭の上に乗っかります。お仕置きの
小休止。私は先生の右手が自分の頭を静かに撫でているのを感じ
ていましたが……でも、結果が変わることはありませんでした。

 「事情はわかったけど、規則は規則よ。あなただけを特別扱い
はできないの。罰は罰でちゃんと受けないとね」
 
 私は先生の言葉を否定しようとして、先生の方を振り返ったの
ですが、その瞬間、両脇を抱えられて体をごぼう抜きにされます。

 今度お尻が着地したのは先生の膝の上。
 先生は私とにらめっこする形で私を膝の上に抱っこさせたので
した。

 「痛かった?……そりゃそうよね。お尻ぶたれたんだもんね」
 先生はその姿勢で頬擦りをして私の頬に流れ落ちる涙を拭き取
ります。

 「わかりました。それじゃあ、あと五回で終わりにしましょう」
 先生は残りの回数を区切ります。
 でも、私たちのお仕置き、ここからが大変でした。

 「恐い?……でも、これを乗り越えなくちゃ、あなたお友だち
の教室へ戻れないの。お仕置きを受けて綺麗な身体にならないと
何も始まらないのよ。……そのルールは知ってるでしょう」

 「はい、先生」
 小さな声で返事を返して頷きます。笑顔はありません。でも、
これがその時の精一杯だったのです。

 「…………よし、それじゃあ、がんばりましょうね」
 先生は、私の気持が少し落ち着いたのを間近に見て確かめると、
やおらポケットからタオル地のハンカチを取り出します。

 「最後の五回はとっても痛いから、用心のためにこれを噛んで
おいてね。……あ~~んして」
 先生はそう言って取り出したハンカチを私の口の中へ。
 これも女の子へのお尻叩きではお定まりの儀式でした。

 私は再び小宮先生のお膝の上に戻されるとスカートを捲くられ
今度はショーツまでも太股へ引き下ろされます。

 スーっと外の風がお尻をなでると友だちの視線が気になります。

 勿論これって恥ずかしいことなんですけど問題はこれだけでは
ありませんでした。

 「えっ!」
 私の目の前に突如、家庭教師の河合先生が……
 先生は誰に頼まれた訳でもないのに私の両手首を握りしめます。
私、まるで手錠を掛けられた犯人みたいでした。

 私は恐怖心から慌てて振りほどこうとしましたが大人と子供の
力の差はどうしようもありません。

 「観念なさい。この方があなたの為よ」
 河合先生は笑っています。

 いえ、もう一つあります。
 「えっ、何なの?」
 そうやって手の方に気を取られているうちに今度は両足も誰か
に押さえられていました。

 そして私の腰を押さえている小宮先生の左手にもこのまで以上
の力が入っていることがわかります。
 本当にがんじがらめです。

 『か弱い11歳の少女を大人三人で押さえたりして、こんなの
いや~~~~~』

 私はこの場で叫びたい衝動を必死に押さえますが、100Mを
走った時のような鼓動は収まりません。緊張はもうMAXだった
のです。

 そんな大人たちによって締め上げるだけ締め上げられた身体に
最初の一撃が下ります。

 「ビッシ~~~」

 前にも言いましたが、ここでお尻叩きなんて珍しくありません。
毎日誰かがぶたれてます。でも、その毎日、私だけがぶたれてる
訳ではありません。あくまで誰かがぶたれているというだけです。

 ですから、しばらくお尻を叩かれていなかった私はその凄さを
あらためて実感します。

 「ひぃ~~~~」

 その一撃で目の玉が飛び出します。電気が尾てい骨から背骨を
駆け抜けて、最後は脳天から抜けて行きます。

 もちろん先生の右手は平手。鞭なんて持ってはいません。
 でも、大人がちょっとスナップを利かせれば、子供にとっては
強烈な思い出になります。
 手足がバラバラになるほどの衝撃でした。

 「あらあら、久しぶりだったので、ちょっと痛かったみたいね」
 涙ぐむ私に小宮先生は優しく声をかけてくれました。

 そして、こう続けるのです。
 「ハンカチ、役に立ったでしょう。稀にだけど舌を噛んじゃう
子がいるの。用心にこしたことないわ」

 たしかにハンカチは役に立ちました。そして河合先生やヒロ君
のお母さんのいましめも、私が醜態を晒さないために役立ったの
でした。

 私はその瞬間、痛さに耐えかねて小宮先生のお膝を離れようと
したのです。
 でも、もし小宮先生のお膝を立ち退いて地面に立ってしまった
ら……ショーツを脱がされてる私はお友だちの前でお臍の下まで
晒すことになります。

 それだけじゃありません。お尻叩きを受けている最中、先生の
お膝から離れるのは重大な規律違反です。閻魔帳にXが二つ以上
つきます。新しいお仕置きが追加されることもあります。
 それを救ってくれたのは、河合先生と広志君のお母さんでした。

 「さあ、もう一ついくわよ」
 小宮先生が宣言して二つ目がやってきます。

 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 前と同じです。背中を走る電気が後頭部から抜けていきます。
 なりふり構わず動かない手足をバタつかせてみましたがピクリ
ともしません。

 「痛い、痛い、痛い、痛いから~~もっと優しくしてえ~~」
 私は恥も外聞もなく叫びます。

 もちろん、だからって小宮先生が許してくれたり威力を弱めて
くれたりはしません。でもそう叫ばずにはいられないくらい小宮
先生のお尻叩きは痛かったのでした。

 「痛かった?」

 「うん」
 小宮先生から肩越しに尋ねられた私は嗚咽混じりに答えますが。

 「仕方がないわね、お仕置きだもん。我慢しなくちゃ」
 という答えしか返ってきませんでした。

 「はい、もう一つ」

 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 背中を走る電気は少し弱まりましたが、今度はその瞬間、顔が
か~っと熱くなって眼球が飛び出すくらいの圧力です。

 4発目
 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」

 相変わらず最初と同じようにぶたれるたびに『ひぃ~ひぃ~』
言っていますが、でもお尻が慣れちゃったんでしょうか、3発目
と比べれば痛みもそれほどきつくなくなりました。
 ただ、お尻の痛みを子宮が吸収して下腹には『ずどん』という
衝撃が……これって何とも不思議な気分です。

 5発目
 「ビッシ~~~」
 「ひぃ~~~~」
 最後はとびっきり痛い一発。お尻叩きの数が決まっている時は
たいていこうなります。

 小宮先生が初めて力を込めて叩いた一発で私の頭はショート。
頭の中が真っ白になってクラクラし、しばらくは何も考える事が
できませんでした。

 「ほら、ほら、美咲ちゃん、大丈夫ですか?」

 私は小宮先生に起こされます。
 ひょっとしたらその瞬間は、短い間、気絶していたのかもしれ
ません。

 「さあ、最後にご挨拶しましょう」
 私は小宮先生にパンツを上げてもらうと、お仕置き後のご挨拶
を促されます。
 それは、お仕置き前のご挨拶同様、この学校の生徒なら全員が
経験したことのあるご挨拶でした。

 私は衣服をあらためて自分で整えると、小宮先生の足元に膝ま
づいて両手を胸の前に組みます。

 「小宮先生、お仕置きありがとうございました。美咲は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」

 これはお仕置きを受けた子が必ず言わされる『先生への感謝の
言葉』。とにかくこれを言わないうちはお仕置きが終わりません
から嫌も応もありませんでした。

 「はい、いい子でした。これであなたもまたみんなと同じ五年
生に戻れますよ。これからも楽しくやりましょうね」

 先生はそう言って私を再びお膝の上へ迎え入れます。
 もちろん、それはお仕置きのためではありません。私を優しく
愛撫するため。お仕置き後の生徒は、必ず先生から慰めてもらえ
ます。

 これは厳しいお仕置きを我慢した子の唯一の役得。
 もちろん、だからと言ってわざとお仕置きをもらうような子は
いませんが……。


***********<10>************

小暮男爵 ~第一章~ §10 / 二人のお仕置き②

小暮男爵/第一章

***<< §11 >>**/二人のお仕置き②/***

 次は広志君の番。
 お仕置きの手順は私の時とまったく一緒です。

 小宮先生の目の前で膝まづいて、両手を胸の前で組みます。
 この時は嘘でも申し訳ないという顔をしなければなりません。
もし怒った顔なんかすると、いつまでもお膝の上に呼んでもらえ
ませんから、ずっとこのまま懺悔のポーズで放置されちゃいます。

 『お顔を作るというのも女の子の大事な素養なの。お尻叩きが
不満なら他のお仕置きでもいいのよ』
 なんて、言われて他のお仕置きを勧められたりします。
 もちろんそれがやさしい方の罰に切り替わるならそれでもいい
でしょうが、そんなことはたいてい期待できませんでした。

 広志君は男の子ですが、そこはちゃんと出来ていました。
 すがるようなあの眼差しは、たとえ演技でもぐぐっときちゃい
ます。

 「僕は悪い子でした。どうかお仕置きでいい子にしてください」

 お友だちの見ている前でこのお約束の言葉はとても恥ずかしく
て、私なんて嫌で嫌で仕方がありませんでした。でも、広志君が
宣誓すると、その姿はとても神々しくて絵になります。

 ジョシュア・レイノルズさんの『祈る少年サムエル』といった
感じでしょうか。保健室の壁に掛けてあった絵を思い出します。

 これが、生理の同じ女の子だったら……
 『あ~あ、この子、殊勝な顔してるけど、お腹の中では何考え
てるやら……』
 なんて邪まなことばかりが頭に浮かぶところですが、広志君の
場合は男の子。女の子には男の子の生理は理解できませんから、
逆に、その姿を美化しがちになります。

 私は広志君の祈る姿を見ていると、そこに無垢な気持を感じて、
不思議と自分まで心が洗われる気分になるのでした。

 「さあ、いらっしゃい」
 広志君がいよいよ小宮先生のお膝に呼ばれます。

 「はい、先生」

 広志君。もちろん何の抵抗もしませんでした。
 先生のお膝の上にうつ伏せになり、体操着のズボンとパンツが
一緒に引き下ろされます。

 『わあ、男の子のお尻だ』
 私は広志君のその可愛く締まったお尻が現れると胸がキュンと
なって思わず一歩二歩後ずさりします。

 お父様とは一緒にお風呂に入りますから、大人のお尻は見慣れ
ているのですが、同世代の男の子のお尻を間近に見るチャンスは
あまりありませんから胸がときめくのです。

 ときめいたからって前へは出ません。私は何だかここにいては
いけない気がしてそっ~と後ずさり。お友だちの群れの中に紛れ
込もうとします。

 でも、小宮先生に見つかってしまいました。

 「あら、美咲ちゃん。どこへ行くの?逃げないでちゃんと見て
いてちょうだい。あなたへのお仕置きは終わったけど、広志君は
まだ終わってないでしょう。あなたたちは一蓮托生。お互い最後
まで見届けてあげるのが礼儀よ」

 「はい、先生」

 私は逃げ損なって元の位置に戻ります。
 そこはお尻叩きを始める小宮先生の肩口。広志君のお尻が他の
誰よりはっきり見える場所でした。

 でも、そこで、私、ふっと疑問がわいたのです。
 『私が、今、こうして広志君のお尻を間近に見てるってことは、
……ひょっとして、私も、あの時、こんな至近距離で広志君から
見られてたってことなの?』

 お仕置きの時の私はもう無我夢中でしたから、周囲に気を配る
余裕なんてありません。

 『嘘でしょう』
 私は今さらながら顔を赤らめます。

 でも、そう考えるていると……
 『私だってヒロ君のお尻を見ないと損じゃないかしら』
 なんてね、女の子特有の卑しい心が芽生えてきて、もう半歩、
進んでヒロ君のお尻を覗き込みます。

 『やだあ。可愛い』
 男の子のお尻は小さくて引き締まっていて、女の子のそれとは
違います。こうなると、何だか得した気分でした。

 「さてと……ちょっと拝見するわね」
 小宮先生は、現れたヒロ君のお尻をまずは点検し始めます。
 これは私の時はしなかったことでした。

 先生はヒロ君の尾てい骨の谷間を開いたり、太股を広げるだけ
広げてその奥を確認したりします。

 『いったい何をしてるんだろう?』

 私が疑問に思っていると、そのお尻の谷間、尾てい骨の真上に
小さな痕跡を発見したのでした。
 先生は静かにそこを撫でています。

 『そうか、ヒロ君、こんな処にお灸を据えられてたんだ』
 私は、かつて友だちから見せてもらった経験がありますから、
それがお灸の痕だとすぐに分かりました。

 たしかにこんな場所、よほどの事がなければ他人から見られる
心配がありません。そのあたりはヒロ君のお母様だってとっても
気を使ってお灸のお仕置きをなさっていたみたいでした。

 ただ、この時の私にとって問題だったのはそこではありません。

 実は小宮先生がヒロ君の太股を開いた時、私、見えたんです。
見てしまったんです。

 『えっ!嘘でしょう……』
 その瞬間、全身に弱い電気が走って金縛りにあったように立ち
尽くします。動けないというより、目を閉じることさえ出来ない
ありさまでした。

 『……!!!……』
 やっとの思いで目を閉じても残像が残って脳裏から離れません。
 それって、女の子が見てはいけないものでした。

 変な話、私はお父様と一緒にお風呂に入りますからお父様の姿
は毎日のように見ているんです。ただ、幼い頃から見慣れている
せいかお父様の姿に抵抗感はありません。
 でもヒロ君のそれはまったく別物。その生々しさに、私、窒息
しそうでした。

 『うっ!!!吐きそう……』
 それは色や形や大きさといった外形じゃありません。
 そもそもお父様は子どもとは違う世界を生きているお方です。
ですから、たとえどんな物であってもそれはそれで許せるんです。
 でも、どんなに小さなものでも同じ子どもの世界にそれが存在
するのがショックでした。

 これって男性にはきっと怒られることだと思いますが、女の子
って『人はすべからくお臍の下はみんな谷間になっていなければ
ならない』と思っているんです。ですから、広志君のお臍の下に
何かついてるなどと想像したことはこれまでありませんでした。

 変ですか?……でも、そうなんです。
 女の子の頭の中では『事実は事実として知っていても気持は別』
なんてことがよくあるんです。故意に捻じ曲げてるというよりは
自然にそうなるんです。

 女の子は気持の部分で人とお付き合いしますから、お付き合い
するその人に『それはあってはいけない』と勝手に決めてしまう
のでした。(男性にはきっとわからない理屈だと思います)

 「あなた……ここ最近は、お母様から新しいお仕置きを受けて
いないみたいね。いい子にしてたの?」
 小宮先生は納得したようにつぶやきます。

 小宮先生の目的はどうやらお灸の痕の確認のようです。新しく
お灸を据えられた箇所がないか、以前据えられた場所の痕が大き
くなっていないか、それをチェックしていたのでした。

 広志君の灸痕は尾てい骨の他、太股の付け根あたりにもありま
した。お母様から目立たない処を選んで据えられてもらっている
みたいですが、お仕置きですからね、ツボは関係ありません。

 この時小宮先生はそこまでおっしゃいませんでしたが、ヒロ君
の場合、袋の裏や竿の根元なんかにも据えられていたようでした。


 ははははは、お話が下品になりましたね。いや、ごめんなさい。
先へ行きましょう。

 小宮先生はお灸の痕を調べ終わると、広志君にあらためて尋ね
ます。
 「あなた、あそこへ行くのは今日で何回目かしらね?」

 「えっと……三回目です」
 広志君がそう答えた瞬間でした。
 
 「ピシッ」
 スナップのきいた平手が広志君のお尻をとらえます。

 「嘘おっしゃい。またそうやっていい子ぶるんだから。それは
お仕置きを受けた回数でしょう。私がききたいのはあなたが実際
にあそこへ行った回数よ」

 『えっ?』

 「ピシッ」
 ここでまた一つ、平手がお尻に……

 「あっ…………」
 広志君は『あっ』と言ったあと、黙ってしまいます。自分の事
を思い返してるみたいでしたが、答えはでてきません。

 「どうしたの?多すぎて数え切れない?今日は、たまたま見つ
かっちゃったってことかしら……」

 「ピシッ」

 「あっあっあっ」
 広志君、不意を衝かれたのか顔色が変わり首を横に激しく振り
ます。声にはださなくても、『痛いよう』というサインでした。

 「お尻叩きだけではあらたまりそうにないのなら……お母様に
お願いして、特別室でお灸って手もあるのよ。お灸のお仕置きは
最近ごぶさたしてるみたいだから効果があるかもしれないわね」
 小宮先生の声が厳しいです。

 「ピシッ」
 「いや、だめ、そんなことしないで」
 広志君は慌てたように叫びます。
 それは、広志君にとってお灸がそれだけ恐いお仕置きだという
ことでした。

 広志君は、お灸のお仕置きを何とか思いとどまってもらおうと
小宮先生の方を振り向き身体を起こしかけますが、その顔は途中
で止められてしまいます。

 「ヒロちゃん、まっすぐ前を向いてなさい。大事なお仕置きの
最中よ。顔を上げるなんてみっともないことしないの」
 そう言って広志君の顔を元に戻したのは広志君のお母様でした。

 広志君のお母様はこの学校では有名人です。

 ヒロ君の家にも当然家庭教師はいましたが、学校へはよくこの
お母様がみえていました。休み時間や昼食の時といった子供との
接触が許されている時には決まってこのお母さんが色々お世話を
やきます。
 私だって、お父様と関係では褒められたものじゃなかったけど、
ヒロ君の場合はもっと凄くて……このお母様にかかると、まるで
まだ赤ちゃんみたいでした。

 「今度までは、お尻叩きだけで許してくださるみたいだけど、
次にやったら家でお灸をすえます。いいわね」
 お母様の怖い一言。広志君の体が思わず硬直します。

 男の子だって女の子だってそうですが、小学生にとってお父様
お母様の言葉というのが一番重い言葉でした。

 「さあ、分かったら、次に脱走する時はよくよく考えるのね」
 小宮先生はそう言って再度平手を……

 「ピシッ」
 「いやあ」
 不意をつかれたのか、広志君の背中が海老ぞりになります。

 「さあ、お説教はこのくらいにしましょうか。それでは、……
あと十回にしましょう。……あなたも五年生。男の子なんだから、
今回は痛いわよ。しっかり歯を喰いしばりなさいね」

 小宮先生があらためてお尻叩きを宣言すると、待ってましたと
ばかりお母様がさっそくハンカチを取り出して口の中に押し込み
ます。

 だらりと垂れ下がった広志君の両手はおその母様が……両足の
押さえはこの場で唯一の男性である高梨先生が担当します。

 二人は、まるで事前に約束していたかのように手際よくヒロ君
の手足を拘束していくのでした。

 回数だけは私の倍になりましたが、拘束される姿はさっきまで
の私と同じ姿です。そもそも、大人三人で子ども一人を拘束する
なんて可哀想過ぎますけどこれがこの学校の流儀。こうなったら、
どんな子も観念するしかありませんでした。

 「今度やったら、本当にお灸ですよ」
 「ビッシ~~~」

 「ん~~~~」
 猿轡を噛まされた広志君は、声を上げられないまま首を激しく
振ります。今度は縦に振っていますから『分かりました』という
ことなんでしょうけど……

 「ほら、だらしないわね。あなた男の子でしょう。このくらい
の事でそんなに暴れないのよ」
 「ビッシ~~~」
 「ん~~~~」

 この時すでに広志君のお尻は真っ赤に染まっています。
 でも、このぐらいではお仕置き終了とはなりません。
 うちは大人達の愛情が細やかなぶん、お仕置きは逆に厳しくて、
生徒にとっては困りものでした。

 「ビッシ~~~」
 「ん~~~~」

 その後もお仕置きとしてのお尻叩きは続きます。

 とにかく10回ですから可哀想というほかありませんでした。
 甲高い音が青空に響き苦しい息のヒロ君の首筋には汗が光って
見えます。

 高梨先生が必死に両足を押さえているのは、単に男の子だから
力が強いというだけでなく、小宮先生が私のときより強くお尻を
叩いている証しだったのです。

 「ビッシ~~~」「ん~~~」「ビッシ~~~」「ん~~~~」
 「ビッシ~~~」「あっ~~」「ビッシ~~~」「ひぃ~~~」
 「ビッシ~~~」「うっ~~」「ビッシ~~~」「いっ~~~」
 「ビッシ~~~」「ん~~~」
 猿轡のせいで悲鳴はあがりませんが声なき声が周りで見ている
女の子たちの同情を誘います。
 男の子は女の子に比べるといつもちょっぴり厳し目でした。

 「はい、おしまい。起きていいわよ。よく頑張ったわね」

 約束の10回が終わって小宮先生からお許しが出たのですが、
広志君、しばらくは小宮先生のお膝を離れられませんでした。

 私も同じ経験があるのですが、本当に恐いお仕置きのあとは、
先生からお許しが出ても、本当に大丈夫なのか不安で、すぐには
起きられないことがあるのです。

 小学生にとって大人というのは、大人が鬼を恐れるのと同じで
それが別次元の存在だから。日頃は親しくしている親や先生でも
怒られたその時は飛び切り怖いものだったのです。

 でも、逆に褒められたり優しくされると猜疑心なく単純に喜び
ます。

 ですから、先生たちは子どもをお仕置きした後は、必ず優しく
接して強すぎるショックを和らげるようにしているのでした。

 この時も……
 「ほら~~甘えてないで、もう終わったわよ」
 小宮先生はそう言って広志君を抱き上げるとご自分の膝の上に
乗せます。

 これも私の時と同じでした。お互いが顔を見合わせ、小宮先生
は広志君の涙を拭いて、頬ずりをして、抱きしめます。

 「ん?痛かった?……だけど、男の子だもん。このくらい我慢
しないと女の子にもてないよ」

 先生との抱擁。これもまたお仕置き終わりの大事な儀式でした。

 そして、ひとごこちついくと、先生のお膝を下りて、その場に
膝まづきます。両手を胸の前で組んでお礼のご挨拶です。

 「小宮先生、お仕置きありがとうございました。広志は先生の
教えを守って必ずいい子になりますから、見ていてください」

 広志君はお仕置きの始まりにしたご挨拶と同様、ここでも小宮
先生にお仕置きのお礼を述べます。これも拒否なんかしたらどう
なるかわかりませんから子供たちは渋々でもちゃんとやります。
 女の子の世界ではたとえ本心であろうとなかろうと、こうした
ご挨拶は決して欠かしてはいけないものだったのです。

 全てが終わった後、広志君はズボンの上からそ~っとそ~っと
自分のお尻を撫でていましたから相当痛かったのかもしれません。
普通は、先生のお膝の上で良い子良い子してもらっているうちに
痛みは引いてしまいますから。

 ただ、どんなにお尻を強くぶたれたとしても、こうした痛みが
10分たっても抜けないということはありませんでした。
 もし、その事で次の授業に影響がでたら、次の時間を担当する
先生の授業を妨害したことになりますから、どの先生もそこまで
はなさらないのです。

 とはいえ、女の子たちはこれを材料に私の処へ集まってきます。
これがまたやっかいでした。

 「ねえ、お尻大丈夫?」
 「でも、本当はお尻がまだ痛いんじゃない?」
 「保健室でお薬つけてもらうんなら連れて行ってあげるよ」
 「ねえねえ、私のクッション貸してあげる」

 たちまち私の周りで色んな言葉が飛び交います。
 私は、その一つ一つに応対しようとしますが追いつきません。
 「大丈夫よ」
 「もう、お尻なんて痛くないから……」
 「そんなことしなくていいわよ」
 「クッションなんていらない。私、自分の持ってるもん」
 なんて返事をお友だちに必ず返さなければなりませんでした。

 女の子同士って、楽しくもあり、うっとうしくもありますが、
こうした時、その場から逃げることはできませんでした。
 だって、女の子だったらみんなそうでしょうけど、お友だちの
間で孤立したくはありませんから。

 というわけで、後はみんなでワイワイ言いながら。図画の教室
へ戻ります。
 私たちのお仕置きのせいで15分ほど時間を取られましたが、
4時間目の図工の時間はまだまだ残っています。

 そこで待っていたのは、お外で描いたスケッチに水彩絵の具で
色をつけするという地味な作業。でも、それが終われば、その先
には楽しみな給食が待っていました。

***********<11>************

小暮男爵 <第一章> §8 / 桃源郷にて

小暮男爵/第一章

小暮男爵 <第一章>

<<目次>>
§1  旅立ち         *  §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    *   §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    *   §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        *   §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       *   §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事      *   §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           *  §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて      *   §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還  *   §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① *   §20 六年生へのお仕置き

****<< §8 >>****/桃源郷にて/****

 世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。

 いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。

 国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなのお構いなし。先生が自由に課題
を決めて授業を始めますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんて事
も……。

 この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……

 紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについて物語ると、
源氏物語、枕草子からにじみ出る二人の性格の違いについてとか、
はては、平安貴族の日常生活や恋愛事情なんてことまで………

 今、思い返すとおよそ小学生に聞かせる内容じゃない気もする
んですが、小宮先生の名調子に乗せられて、私たちは平安時代の
優美な世界に心を躍らせて聞いています。
 その後、平安貴族になったつもりで寸劇。古語は難しくて爆笑
また爆笑でした。

 もちろん、こんなことやってみても学力とは何の関係もありま
せんけど、宿題テストが不合格になって無味乾燥な教科書の復習
をやらされるより、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業で
した。

 ユニークなのは国語だけじゃありません。
 理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりをやらせます。
だから、理科というのは動植物の観察か実験をやるための遊びの
時間だと思っていましたし、社会科は社会科見学であちこち回り
ますから、これは遠足の時間なんだと思っていました。

 いずれにしてもこの二つの教科は興味さえあれば他に勉強する
ことのない楽な教科でした。教科書を一度も開かないまま学期末
になったりして、家庭教師の先生から、せめて教科書のおさらい
だけはしてくださいと言われて最後にやったのを覚えています。

 この他にも、音楽祭、学芸会、文化祭など各種行事や催し物が
たくさん組んでありますから、けっこう楽しいスクールライフで
した。

 もっともそのおかげで、掛け算の九九やローマ字も全て夏休み
の宿題。
 うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。

 この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
 実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。

 他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのか、わくわくしながら待つことができます。
 でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいってもその後の授業があまり代わり映えしません。

 いえ、算数だって教科書をそのままやっていたわけじゃありま
せん。先生は面白くしようと工夫なさっていました。
 例えば……

 「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
 なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。

 何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
 人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
 数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。

 それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
 せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。

 とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
 でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。

 そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。

 私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
 それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。

 これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。

 これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。

 女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
 とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。

 ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数は
いりません。

 でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。


 話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。

 その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。

 これにはみんな大賛成でした。
 辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。

 私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思って
いました。

 「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」

 でも……
 「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
 「いいじゃない。一緒に描こうよ」
 「いやだよ、あっちへ行けよ!」
 広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。

 「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
 私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しますが、でも、なぜか彼のことが気になって離れた処から
ずっと広志君の様子を窺っていたんです。

 また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました
から。

 ところが……
 『えっ!』
 私は驚きます。

 その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
 しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。

 それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
 そして、広志君自身も……消えた!

 『いや、待ってよ。……それって、やばいよ』
 私は広志君が脱走するところを見てしまいました。

 広志君は古くなった金網が腐りかけているのを利用して、今、
フェンスの向こう側へ出ようとしています。

 でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の小宮先生に……
 「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行ってはだめですよ」
 って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。

 『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
 『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
 私の心臓がどぎまぎします。

 私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
 もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。

 だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです
から……もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくは
クラスのお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。

 実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでしたから。
 クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。

 大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしてただけなんですが、最後の10回
は……

 「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
 とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。

 みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。

 先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。

 それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれませんね。

 そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
 その時はまったく理解できませんでした。

 広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが良い子としては普通の判断ですから。

 でも、私は……
 『せっかくのチャンス。広志君の秘密が知りたい』
 そんな思いがあって別の決心をします。

 『私も……』

 私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近で力いっぱい捲れば子供一人分が開く場所を発見。
 誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
 何のことはない広志君と同じことをしたのでした。

 中に入る時は、さすがに緊張しました。女の子は先生に叱られ
たくありません。もちろん男の子だってそうでしょうけど男の子
以上に怖がりなんです。
 ですから、金網の外に出る瞬間は相当なスリルでした。

 でも中に入ってみると、そこは先生がガミガミ言うほど危険な
場所ではありませんでした。コンクリートが打たれた土手の上と
いった感じの処で幅が1m位もありますから見た感じ結構広くて
安全そうです。

 そこからの景色は眼下には乗用車がずらり。それって私たちが
普段お世話になっている駐車場でした。

 『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
 眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。

 この土手は生徒は立ち入り禁止でも庭師や電気工事の人が利用
しますから道幅も広く安全に作られていました。

 ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない細い道。さらにそこも越えてしまうと、その先
には地面がありませんでした。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の
周囲を彩る銀杏の木々がそこに頭だけを出しています。

 この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、この崖から
足を滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかも
しれません。
 舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺めると、足元が不安定で目もくらむような高さを感じます。

 だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。


 私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。

 『あれ?……』
 土手の端で踵だけコンクリートに着けてあちこちキョロキョロ
探していると……いきなりでした。

 「きゃあ~~~」

 誰かに両肩を掴まれます。
 驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。

 それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私はその人にもの凄い力でしがみ付きます。

 「ばか、やめろ!」
 それは八手の木陰から出てきた広志君にとっても予想外だった
のでしょう、二人は土手の上であたふた。

 「いやあ~~~」
 結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。

 その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
 昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。

 「何よ、何すんのよ」
 私は広志君の顔を見て怒ります。
 彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。

 「ごめん」
 彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
 いえ、本当は二人抱き合って滑ってる途中に彼だと気づいて、
とっても楽しかったんですがそんなこと恥ずかしくて言えません
でした。

 でもこれって、危ないスポーツだったのです。
 何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まっていたんですから。
 もう少しで本当に崖から落ちていたところでした。

 身体は無事でしたが……
 「あっ、私のパステルが……」
 私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
 どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。

 「拾いに行かなくちゃ」
 私が言うと、広志君が……
 「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」

 私の願いはこうして図らずも実現します。

 でも、女の子って偏屈です。
 「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
 私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。

 すると……
 「いやあ~!」
 またもやバランスを崩して今度こそ本当に崖から落ちそうに。
 それを助けてくれたのも広志君でした。

 「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻ってもどうせ先生に見つかっちゃうもん」

 私の作戦は大成功。広志君の困った顔、べそかいた顔って素敵
です。

 でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまででした。
 この後の私は、もう何もできませんでした。
 『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。

 「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
 私が尋ねると……
 「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」

 ヒロ君が私の手を取ります。
 ぐいぐい引っ張ります。
 走ります。
 足元が滑ります。
 そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
 まるで夢のように幸せな世界でした。

 もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。
 なんですが……幸せいっぱいの私には、そんな不幸な未来など
頭の片隅にもありませんでした。


 私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
 そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。

 そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くまで続く場所。そのさらに
先には煙に煙る港町の遠景が広がっています。それだけではあり
ません。私たちの頭上を覆う厚い雲は渦を捲いて怖いくらいです
が、雲間から差し込む光の柱はとても神々しくて、まるで宗教画
のようです。その陽の光を伝い今にも天使が下りてきそうでした。

 「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
厚い雲が渦巻く中を光の柱が地上に届いてるの。わあ~~綺麗。
いいなあ~こんなの。学校のこんな近くにこんな処があったのね。
私、生まれて初めてこんな空を見たわ」
 私は思わず感嘆の声を上げます。

 私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があっても発見するチャンス
はありませんでした。

 「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭は平凡でつまんないもん」

 広志君は私の手を引いて緩やかな谷をどんどん下っていきます。
 でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
 心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつき始めていましたが、
一生懸命振り払います。

 『私にこんな勇気があったなんて……』
 私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。


 広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
二人がちょうど肩を寄せ合って入れるくらいの小さな洞窟があり
ます。

 「ここにしよう。僕はこの百合が描きたかったんだ」

 ここには大きくて立派な山白百合が少し間を置いてあちこちに
咲いています。
 広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。

 ここからは近くのその百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の
教会があったり、赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたな
びく煙や鉄橋を通過していく列車もはっきり見えます。

 私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。

 ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。

 広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
までがたくさん描きこまれていたのです。

 「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」

 私が不思議そうに尋ねると……
 「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめたんだ」

 「それって、インチキじゃないの?」

 「そんなことないよ。この方がシルエットが美しいもの。……
バランスが取れてて美しい構図になるなら、僕は何でも足すし、
何でも省略する。絵画は美の追求。写真の模写じゃないからね、
これでいいんだよ」
 よくわかりませんが、カッコいいことを言います。

 そのうち、私の出来上がったスケッチを一瞥すると鼻で笑って
…………。

 「あっ、やめて!!」
 私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。

 「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
 広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。

 でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
 『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
 と思うのでした。

 「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
 私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。

 幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。

************<8>************

小暮男爵 ~第一章~ §9 / 桃源郷からの帰還

小暮男爵 / <第一章>

***<< §9 >>***/桃源郷からの帰還/***

 スケッチが終わり、私とヒロ君は桃源郷の入口付近まで戻って
きます。
 すると破れた金網の処に園長先生が独りで立っていらっしゃい
ました。

 気になってその辺りを恐る恐る観察すると、私たちがこっそり
利用したはずの金網が大きく捲れ上がっていて、今なら苦労せず
にこちらの世界へ行けそうです。
 いえいえ、そもそもそんなことしなくても、園長先生が立って
いる土手沿いに設けてある正規の入口がこの時は開いていました。

 こっそり近寄ると、園長先生は心配そうな顔をしています。

 「ごきげんよう、園長先生」
 私はいつもの習慣で声を掛けます。

 きっと、私たちがあまりに近くにいますから、先生もびっくり
されたんでしょう。
 振り返った瞬間、園長先生は目を丸くしておいででした。

 でも、その顔はほんの一瞬でしたから私の後ろにいたヒロ君は
その顔を見逃したみたいです。
 園長先生はすぐにいつもの笑顔に戻ります。

 園長先生は言わずと知れたうちの学校では一番偉い方ですが、
いつもニコニコしていて、もしこれが担任の先生だったら、三日
くらい体の震えが止まらないような大失態を犯しても「大丈夫よ、
あなたはいい子だもの。次は頑張りましょう」とか、担任の先生
からお仕置きされて泣いてる子を見つけると、「大丈夫、大丈夫、
泣かなくていいのよ。もう先生怒ってないから。一緒に先生の処
へ行って謝りましょう」なんておっしゃいます。

 もちろんそれはゼロではありませんが、園長先生自身が子ども
たちをお仕置きすることはほとんどありませんでした。
 ですから、こちらも気楽に声が掛けられるのです。

 ここを卒業後、大学生のときでしたか、同窓会の席で私が……
 「園長先生はなぜいつも子供たちにやさしかったんですか?」
と尋ねたら……

 「だって、私が怒ったらあなたたちの逃げ込む場所がなくなる
でしょう。先生方はあなたたちを叱るのがお仕事だから、それは
それで仕方がないけど、その子がどんな事をしたにせよ逃げ込む
場所は残しておかないと、その子の心がいつまでも癒えないわ。
そんなの誰だって嫌でしょう?」

 「はい」

 「世の中に救われないお仕置きというのはないの。愛されてる
からお仕置きで、憎しみがあるなら虐待。私の仕事は子供たちに
『学校はこれからもあなたを必要としてますよ。愛してますよ』
って伝える事だから……だからいつも笑顔なのよ」

 「でも、私の在校中に一度だけ、園長室の前を通ったら、会田
先生のこと、大声で叱ってらっしゃったのを覚えてますよ」

 「あら、まあ、そんなことがあったの。それはまずかったわね。
そんなこと生徒に聞かせちゃいけないわね。私もついつい大声に
なっちゃって……でも、それも私の仕事なの。私が叱るのは生徒
じゃなくて先生の方よ」

 私は園長先生とのこんな会話をずっと覚えていまして、それを
管理職になってからは何かあるたびに『なるほど』って思い返す
んです。

 そんなわけですから、この時も、その第一声は笑顔と共に……
 「あら、スケッチしてきたの?楽しかった?上手に描けた?」
 というものでした。

 まるで、周囲の大人たちが二人の為にバタバタ働いているのを
知らないみたいな穏やかな笑顔です。

 「楽しかったです。ヒロ君と一緒に向こうの谷まで行ってきて
描きました。私パステル落としちゃったからヒロ君のパステルで
一緒に描いたんだけど……そこってまるで西洋の風景画みたいで
凄かったんです」

 「そう、じゃあそれを見せてちょうだい」

 園長先生に求められるまま、私が画板を差し出しますと……
 「……あら~~なかなかよく描けてるじゃない。……特にこの
木の枝ぶりがいいわね」
 ヒロ君が勝手に書き込んだおせっかいな大木だけを先生が褒め
ますから私はちょっぴりショックでした。

 「ねえ、園長先生はここで何してるの?」
 私はついに禁断の質問をしてしまいます。

 「ああ、私のことね……実はね、高梨先生が幼い女の子の悲鳴
を聞いたので心配してここへやって来ると、ここの金網が破れて
て、どうやら、ここから誰かさんが外に出たみたいなの」

 「!!!」
 私はハッとします。
 『ヤバイ、ばれてたんだ』
 というわけです。

 「それでね、もしやと思ってここに立ってみると………ほら、
斜面の土が削れてるでしょう。コレ、恐らく誰かが滑った跡よね。
先生、慌てて下りて行くと駐車場にはパステルが散乱してるし、
ひょっとして誰かが崖から落ちたんじゃないかって……そこまで
心配なさったそうよ」

 園長先生は画板を私に返しながら私の顔を覗き込みます。
 もちろん、その時だって園長先生のお顔は笑顔でしたが、私は
生きた心地がしませんでした。遅ればせながらやっと事の重大性
に気づいたのです。

 事の重大性……
 重い言葉ですが、私にとって事の重大性というのは他人に迷惑
をかけたということではありません。自分の事だけです。要する
に……
 『これがいったいどのくらい厳しいお仕置きになるんだろう?』
 と、頭の中そればかりでした。

 「幸い、駐車場に倒れてる子はいなくてホッとなさったけど、
今度は学校に戻ってクラスの子を確認すると、これが、一人じゃ
なくて二人もいなくなってることがわかって、それでまた大慌て。
ほかの先生方の協力も求められて、見当たらない子をみんなして
探しましょうということになったのよ」

 園長先生はもちろんご存知です。私とヒロ君がその話題の主だ
ということを。でも、先生は決して私に向けた笑顔を崩しません
でした。

 「でもね、私、迷子さんって、やっぱり出て行った処に戻って
来る気がするのよ。だから、あちこち探すより、ここに立って、
迷子さんが帰って来るのを待ってた方がいいんじゃないかなあと
思って、それでここに立ってるの」

 私はどうしようか迷います。でも、今さら園長先生に嘘をつい
ても高梨先生の処へ戻ればすぐにバレることですから隠しようが
ありません。

 「ごめんなさい。それ、私たちです」
 私が白状すると……

 「あら、迷子ってあなたたちだったのね。でも、よかったわ、
無事に戻れて……どこまで行ってきたの?……そうだ広志君の絵
をみせて」
 園長先生は、今度はヒロ君の画板を求めます。

 「……あら~この絵を見ると、鷲尾の谷まで行ったみたいね。
でも、あそこは危ないのよ。……そうだ……あなたたち、まさか
蛇に噛まれたりはしてないわよね。もし、そんなことがあったら
叱らないから言ってちょうだい」
 園長先生の顔が少し厳しくなりました。

 「へび?」

 「そう、あそこにはマムシがいるの。昔、噛まれた子がいたの。
それだけじゃないわ。大きな蜂が巣を作ったり、落石もあるしで、
子供たちには危険な場所だから、それで立ち入れないようにした
のよ。……そうだ、広志君は、そのことよくご存知よね」

 「えっ!」
 ヒロ君は、突然振られて困った顔になります。

 「だって、あなたは常習犯だもの」
 それが園長先生の答えでした。

 「常習犯?」
 私が再び広志君の顔を見ると、その顔は今度は真っ赤でした。

 ちょうどその時です。
 小宮先生が園長先生へのご報告の為でしょうか、やってきます。

 「園長先生、…………」
 そう呼びかけただけで言葉が止まり。
 私たちを見るなり目を丸くして大きなため息を一つ。

 「広志君、あなた、今日は美咲ちゃんまでお誘いしたの?」

 「そんなんじゃないよ。こいつが勝手に……」
 呆れ顔の小宮先生に広志君は反論しようとしましたが、そこで
言葉が途切れてしまいました。

 「まあ、いいわ……でも、今日はお母様までお見えになってる
から、それはそれなりに覚悟しておくことね」

 「えっ……」
 ヒロ君は絶句。唇が震えているのがわかります。
 『背筋も凍る』って、そんな感じだったんでしょうか。
 ヒロ君の瞳が潤んで見えました。

 小暮のお父様は、奥様と一緒に住まわれていませんでしたが、
広志君のお父様は奥様とご一緒に子供たちの面倒をみておられた
のです。ですから、広志君にはお母様がいらっしゃいます。

 私が見る限り、お母様はとても美しくて、親子の仲もよくて、
円満そうに見えますが、クラスの評判では『広志君のお母さんは
とても厳しい人』と囁かれていました。

 その理由の一つがお灸。当時は珍しいお仕置きではありません
が、妹さんからの情報によれば、広志君、何かあるたびごとに、
お母様に家で据えられていると聞いたことがありました。

 そこで、女の子たち、夏のプールで広志君をじっくり観察して
みたのですが、その痕跡は発見できませんでした。
 それでも諦めきれない女の子たちは額を寄せて噂し合います。

 『きっとお尻の奥に据えられてるのよ』
 『お臍の中じゃない』
 『ひっとして……オチンチンだったりして』
 『やだあ~~~そんなことしたら死んじゃってるわよ』
 『どうして?私、あそこに据えられたけど死ななかったわよ』
 『あそこって?』
 『ばか、変なこと聴かないでよ』

 女の子が下ネタで盛り上がるなんておかしいですか?

 そんなことありませんよ。女の子だって、Hな話は大好きです。
女の子同士が下ネタで盛り上がるなんて私たちの間でもごく普通
のことでした。
 実際、すでに秘密のあそこに据えられていた子もいましたから。


 さて、私たち二人の身柄は小宮先生に引き取られます。
 「さあ、ついてらっしゃい。まずはその汚れた服を着替える事
からよ」

 もちろんそれって仕方のない事でしょうが、先生の後を着いて
行く二人はまるで囚人のように首をうな垂れていました。

 途中、迷子の捜索に参加した高梨先生を始め、同級生や六年生、
四年生なんかとも出会います。

 「ミーミ、探したよ、どこ行ってたの?」
 詩織ちゃんがいきなり抱きつきます。ミーミは私のことです。
 「ちょっと、散歩よ。散歩」

 「大丈夫だったミーミ。ヒロと鷲尾の谷まで行ったんでしょう。
怪我してない?」
 「里香ちゃん、ごめんね心配かけて。大丈夫よ、蛇になんかに
噛まれてないから」
 「えっ?蛇って?」
 どうやら園長先生の話は一般的じゃなかったみたいです。

 「いやだあミーミ。あんた生きてんじゃない。残念だなあ~~。
私さっき誰かに崖から落ちて死んだって聞かされたからお葬式は
いつだろうって思ってたのに~~」
 そんなことを笑顔で言ってのけるのは朱音お姉様です。

 お姉様は普段から人の嫌がることばかり口にしてしまう皮肉屋
さんなんですが、本当は心の優しい子でした。

 「うるさいわね、そんなに簡単には死にませんよ~~だ。特に
あなたより先にだけは絶対に死なないんだから」
 「わかった、わかった、いい子いい子」
 お姉様は幼い子みたいに私の頭を撫でます。

 『バカにするなあ~~つい一年前までは私と同じ小学生だった
くせに!!』
 ってなもんですが、私は朱音お姉様があまりに強く抱きしめる
ので突き放すこともできず腰を抱かれた状態で足が宙に浮きます。
……そうしておいて、その場で一回転。
 これお姉様なりの愛情表現でした。

 思えば、朱音お姉様は、わざわざ中学校から私たちの小学校へ
駆けつけてくれていたのです。

 こうして、お友だちと出会うたびに私たちは再会を喜びあい、
抱き合います。ハイタッチ、ハグ、ほっぺたすりすり……
 こんな時は親友もライバルの子も関係ありません。とにかく、
お友だちを見つけたらお互い抱き合って喜び合う。
 これが女の子の流儀でした。

 というわけで『私たちが見つかった』という情報は、たちまち
校内中に広まります。
 でも、ならば私たち二人がすぐに教室へ戻れたかというと……
そこがそうはいきませんでした。

 「ここで待ってなさい」
 小宮先生にそう命じられたのは、下駄箱のある土間をそのまま
通り抜けた先にある校舎の中庭。テニスコート一面くらいの広さ
があったでしょうか、四方に建つ校舎のおかげで風も穏やかで、
冬でも陽だまりがとてもあったかい場所です。

 そんな条件を生かして中庭には沢山の草花が植えられています。
 クラスごとに花壇が割り振られ、どのクラスも競争するように
手入れを惜しみませんでしてたから四季折々の草花が絶えること
がありませんでした。

 やがて、そこへぞろぞろと色んな人たちがやってきます。生徒
や先生、高梨先生や私たちの家庭教師河合先生、広志君のお母様。
 私はその数の多さに圧倒されます。

 『どういうことかしら?』

 実は、このメンバー。私たちの捜索に参加した人たちでした。

 生徒はクラスメイトだけでなく四年生や六年生も参加していま
したし学校の先生は絵画担当の高梨先生やクラス担任の小宮先生、
音楽や体育の先生まで借り出されていました。これに、我が家の
家庭教師河合先生や広志君のお母様までが加わっていたという訳
です。

 「さあ、それではお二人さん、まずはお着替えしましょうか。
そんな泥だらけの服ではみっともないわ」

 小宮先生はまず私たちに着替えを命じます。実際、学校には、
不慮の事故を想定して予備の制服や下着が用意してありました。
 それを小宮先生が運んできたのです。

 そこで、私……
 「わかりました。更衣室へ行ってきます」
 そう言って小宮先生からその服をもらおうとしたのですが……

 「あらあら、何、その手は?だめよ。これはだめ。渡せないわ。
学校の規則を破るような子は、お仕置きを受けてからでなければ
神聖な校舎に入ることができないの。あなたたちのお着替えは、
ここでやりましょう」

 小宮先生の言葉はまだ幼い身体の私にとっても衝撃的でした。
 広志君はまだ男の子だからいいでしょうけど、私は女の子です。
こんな大勢の人が見ている前でお着替えなんて嫌に決まってます。

 「…………」
 私は言葉にできない分を顔で表現して小宮先生に訴えますが、
先生はわずかに微笑んだだけでそれを無視。

 その代わり、集まった生徒たちに私たちを取り囲むようにして
大きな輪を作らせると、そのまま回れ右をさせます。
 つまり外を向かせてくれたわけです。

 これで私は、同年代の生徒からだけは着替えの様子を見られる
心配がなくなります。
 でも、こうやって私の周りを子供たちが取り囲んでも、子供の
身長は低く、その外側にいる大人の人たちからはこちらが丸見え
です。

 『あの~う、大人の人からはまだ見えてるんですけど……』
 私の心の声は続きますが、それは考慮してもらえそうにありま
せんでした。

 「いいこと広志君、美咲ちゃん。今日はあなたたちのわがまま
のせいでこれだけ大勢の人にご迷惑をおかけしたの。あなた方は
それをじっくり反省しなければならないわ。そして、あなた方の
為にこれだけ多くのお友だちが力になってくれる幸せをじっくり
噛み締めてほしいの。……わかった?」

 小宮先生、言葉は穏やかですが鼻息荒く私たちにお説教です。

 私たちも……
 「はい、わかりました」
 「先生、ごめんなさい」
 こう言うしかありませんでした。

 「……わかったのなら、こうした場合、私たち学校では自分で
お着替えできないのも知ってるわよね」

 「えっ!」
 私は一瞬驚いて顔をあげましたが、すぐに俯きます。
 「はい、先生」
 やはり、こう言うしかありません。

 今朝の朱音お姉さまがそうだったように、私たちが子供時代を
すごしたこの世界では規則を守らない子や歳相応の責任が果たせ
ないような子は、小学生でもその地位を剥奪されて幼児の時代へ
戻されます。もっとひどい時は赤ん坊にまで逆戻りです。

 ですから、この場合、私や広志君にはこの先何が起こるのか、
容易に想像がつくのでした。

 「高梨先生、お手伝いいただけますか」
 小宮先生が高梨先生を呼びます。
 それは私の身体を硬直させる言葉でした。

 高梨先生は、先生と呼ばれていますが、実は私のお父様と同じ
ここの生徒の父兄なのです。
 私達の学校では主要四教科と呼ばれる国語、算数、社会、理科、
以外の教科は生徒のお父様が先生役を買ってでられる方が多くて、
図工だけでなく音楽や体育、教科でなくても自由研究という形で
何人もの方がご自分の得意分野を子どもたちに教えてくださって
いました。

 高梨先生もそんなお一人だったのですが、これが私にとっては
大問題でした。というのも高梨先生が男性だったからなのです。
 当たり前の事ですが、男性の前で裸になるなんてたとえ小学生
だって嫌に決まってます。

 でも……
 『高梨先生は男の先生だから嫌です』
 とは、うちの学校の場合、言えませんでした。

 なぜって、今の私は規則を破ったいけない子なんです。そんな
いけない子はお仕置きが済むまで小学生の地位を剥奪されて幼児
とみなされます。
 そして、幼児にされると、どんなに恥ずかしいと私が訴えても
大人たちがそれを認めてくれませんので、お着替えの最中、私は
高梨先生の前で自分の裸を晒すことになるのでした。

ショックな映像が頭を駆け巡り放心状態でいるなか、小宮先生
は私の様子を冷静に観察されていました。

 『最初は、広志君と一緒にお着替えさせてやろうかと思ってた
けど……だいぶ、応えてるみたいだから……まあ、いいでしょう』
 先生のこの判断で最悪の事態は回避されます。

 結局、私と広志君の間には河合先生と広志君のお母さんが持つ
幕が張られ、広志君は高梨先生が、私は小宮先生が担当すること
になったのでした。

 要するに朝のお風呂の時と同じです。こういう時、私は大人の
やってることに何一つ手出しができませんでした。
 勝手に制服のジャンパースカートが剥ぎ取られシャツもパンツ
も靴下も身につけていたものとは全部全部おさらばです。

 これが恥ずかしくないわけがありません。とにかく、今の私、
お外でみんなの前で全裸なのですから。

 輪になったお友だちは外を向いて小宮先生から指示された通り
休み時間に入って教室から出てきた下級生たちに「あっち行って
なさい」「中を見ちゃだめ」「通り過ぎてちょうだい」なんていう
声をかけて防いでくれています。
 でも、背の高い大人たちなら輪を作る子供たちの頭越しに私の
姿は丸見えです。

 もちろん、ここにいる人たちはみなさんが良識のある人たち。
11歳の女の子の裸なんて、できるだけ見ないようにはしてくだ
さっているのですが、小宮先生の作業はとてもゆっくりしていて、
『さあ、どうぞ、どうぞ、この子の裸を見てやってください』と
言わんばかりでした。

 小宮先生は丸裸にした私のお尻を濡れタオルで拭きあげながら
お説教します。

 「いいこと、あなたは、あなたのお父様や、あなたのご兄弟や、
先生方、お友だち、みんなに守られてここにいるの。その感謝を
忘れてはいけないわ。見てごらんなさい。お友だちがああやって
手を繋いであなたの裸の身体が見えないようにしてくれてるから、
あなたのお着替えは下級生から見られずにすんでるの。お友だち
に感謝しなくちゃね」

 「でも、上から大人の人たちが覗いたら見えるじゃないですか」

 「そりゃあ、そうだけど、だったらお友達の親切はいらない?
何もないお庭の真ん中で下級生からはやし立てられて指を指され
ながらお着替えする方がいいの」

 「それは……」

 「誰を頼るにしても、その人が、何から何まで完璧にあなたを
フォローなんてしてくれないの。足りない分は別の人のお世話に
なるか、あなた自身が頑張ってうめていかなければならないわ。
あなたは大人の人なら見えると言ったけど、大人の人で、私たち
以外に誰かあなたを見てる人がいるかしら?」

 「…………」
 私は辺りを見回しましたが、その時は誰も私を見ていませんで
した。

 「誰も見てないでしょう。それはあなたがここにいるみんなに
愛されてるから。誰もあなたを悲しませたくないからそんな事は
なさらないの。その人の為になることしかなさらない。それが、
『愛してる』『愛されてる』ってことなの。あなたはご家庭でも
この学校でも愛に囲まれて暮らしてる幸せな王女様なのよ」

 「…………」
 ま、そう言われても幼い私にその実感はありませんでした。
 この不幸な状態と愛されてるという言葉がどうして同じなのか
がまったく分からず小首を傾げます。

 すると、小宮先生は微笑まれて……
 「そうね、あなたは外の世界を知らないから、仕方がないわね。
きっと『外では童話のようなもっと素晴らしい世界が広がってる』
と思ってるのかもしれないわね。でも、それはね、青い鳥と同じ。
本当の幸せはここにあるの。身も心も裸になれるここにあるのよ」

 「はい、先生」
 小宮先生のお説教は理解不能でしたが、でもこんな時はともかく
『はい、先生』と言わなければならないとだけわかっていました。
ですから、蚊のなくような小さな声で答えたんです。

 それでも小宮先生。私の『はい、先生』で満足なされたみたい
でした。

 「はい、それじゃあまずパンツを穿きましょう。あんよ上げて」
 小宮先生、素っ裸にしていた私にやっと新しいパンツを穿かせ
てくれます。

 でも、これでお仕置きが終了したわけではありません。
 実際、こうしたお着替えだけでも、私たちには立派な辱しめの
お仕置きなのですが、本当のお仕置きはまだまだこれからだった
のです。

 着替えた服はあつらえたみたいにサイズがぴったりです。
 下着もサイズはぴったりでしたが、誰かが着たかもしれないと
思うと、そこはいい気持ではありませんでした。

 一段落したところで小宮先生が私の耳元で囁きます。それは、
悪魔の囁きでした。
 「今日はここでお仕置きします。覚悟しておいてね。みんなの
愛を裏切って勝手な行動をとったわけですから、仕方ないわね」

 『やっぱり、お着替えだけじゃないんだ』
 と思いました。
 そして、黙っていると……

 「いいですね」
 と、小宮先生に念を押されます。

 「はい、先生」
 もちろん、私はこう言うしかありませんでした。


************<9>************

小暮男爵 ~第一章~ §6 / 朝の出来事 /


小暮男爵/第一章

<<目次>>
§1  旅立ち         * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事       * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて       * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還  * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き

***<< §6 >>****/朝の出来事/*****

 朝の辛い儀式(お浣腸)が終わると私の身体は河合先生の手に
委ねられます。
 パジャマだけでも着ることができてやれやれ一息というところ
ですが先生と一緒に向かうバスルームでは再び裸にならなければ
なりませんでした。下着を身に着ける事ができるのはその後です。

 遥ちゃんもまだそうですが、我が家で小学生というのは自分で
自分の身体を洗うことができません。
 子供の身体は家庭教師の先生が洗う決まりになっていました。
 ですから、バスルームに着くと私たちは再び裸にさせられます。

 ただ、朝のバスルームというのはお風呂が沸いているわけでは
ありません。あくまで身体を洗うことだけが目的でした。
 バスルームで合流した私と遥ちゃんは、二人して冷たい洗い場
に裸で並び立ちます。当然、前はすっぽんぽんなのですが、別に
どこを隠すということもしませんでした。

 「どうだった?久しぶりのお父様は?」
 「どうって?」
 「久しぶりに抱っこしてもらったんでしょう?」
 「そ……そんなことしないわ。私、もう子供じゃないもん」
 私は見栄をはります。だって、この歳で赤ちゃんみたいに抱き
合って寝てたなんて言いたくありませんから。

 「どうだか……あんたは甘え上手だもん。また上手に甘えて、
お父様に何か買って貰う約束したんじゃないの?」
 遥ちゃんは羨ましそうな目で含み笑いです。

 「そんなことあるわけないじゃない」
 私は少しだけ語気を強めます。

 河合先生はこんな時、たとえその子達のすぐそばにいても何も
おっしゃいません。ただその会話に嘘が混じると、先生の手荒い
ボディーウォッシュをやり過ごさなければなりませんでした。

 『痛い!!』
 その時、私は思わず腰を引きます。

 それは河合先生のスポンジがお股の中で暴れたから。つまり、
嘘をついているからでした。

 「ほら、腰を引かない。無駄なおしゃべりはしないの」
 先生に叱られます。

 河合先生のスポンジは無遠慮に私の股間をゴシゴシしますが、
どんなに痛くてもそれで悲鳴を上げることは許されませんでした。

 河合先生の仕事は身体洗いだけじゃありません。歯を磨いて、
下着を穿かせて、髪をセット、お家の中だけで着る普段着を身に
つけさせるところまで、その全部が河合先生のお仕事なのです。

 一方、子供たちはというと、それにただただ耐えるだけが仕事
でした。

 どうしてそこまで?子ども自身にやらせればいいじゃないか?

 確かにそうですが、要はお父様の前に出る時、子どもたちだけ
では完璧に仕上がらないというのがその理由のようでした。

 あれで15分位もかかったでしょうか、やり慣れている先生の
手際のよさは天下一品です。ただし、その間、私たちは河合先生
のお人形ですから何もできません。
 『こういう髪型がいい』とか、『今日はこのお洋服で』なんて
注文も出してはみますが、それもあくまで河合先生しだい。
 彼女がダメと言えばだめ。私たちに決定権はありませんでした。

 そのあたり子供の立場は辛いところです。

 でも、これが中学生になると一変します。誰の手も借りません。
朝は自分で起きてバスルームに行き、顔をや身体を洗い、自分で
髪をとかします。その日に着る服だってクローゼットから自由に
選ぶことができました。
 もちろん、それをお父様が気に入るかどうかは別問題ですが、
自由の幅がぐんと増えることは確かです。

 女の子にとって自分で自分を装えるってとっても大事な事です
から小学生の私たちには隣りで作業する中学生のお姉さまたちが
羨ましくて仕方がありませんでした。

 ただ、そうは言っても良いことばかりではありません。実は、
困った事もあったんです。

 私たちは家庭教師の先生にお任せですから、どんなに寝ぼけて
いても先生がベッドから引きずりだしてくれますし、バスルーム
でふらふらしていても勝手に身繕いが済んでしまいます。

 ところが中学生になると、そうはいきませんでした。

 まず、必ず自分で起きなければなりませんし、自分で身繕いを
しなければなりません。『今日は疲れてるから今日だけお願い』
というわけにはいきませんでした。

 そのうえ、シャワーを浴びて身を清めたり、髪をとかしたりと
いった作業は担当の家庭教師が目を光らせていますから手抜きも
できません。
 お父様の待つ大食堂では子供たちの誰もがきちっとした身なり
で現れなければなりませんでした。

 戦後、爵位がなくなったと言ってもお父様は元男爵。ご本人は
家にいる時でも常にきちっした身なりをなさっています。
 ですから、子供たちにもきっとそうして欲しかったのでしょう。
『子供だからだらしのない身なりをしていても仕方がない』とは
お考えにならないみたいでした。

 目やにをつけたまま食堂のイスに座ろうものならまず顔を洗う
ようにお命じになりますし、寝癖を残したぼさぼさの髪や上着の
ボタンが外れているのもNG。スカートの裾からほんの少しだけ
シミズがはみ出していただけでも家庭教師が付き添って化粧直し
です。

 とはいえ、朝寝坊は大半の子に起こるもの。
 この日の朱音(あかね)お姉ちゃん……いえ、中学生になりま
したから朱音お姉様ですね……朱音お姉様を襲ったのもそうした
不幸でした。

 朝の食堂では、お世話になっている男の子二人、女の子五人の
合計七人が身なりを整えて朝の挨拶にやってきます。

 一番上は高校三年生の隆明お兄様。
 背が高く、細面で、目鼻立ちもはっきり、その日本人離れした
ルックスから妹たちの間では『ハーフよね、絶対』『お父様って
イギリス紳士じゃないかしら』という声が一般的でした。

 ただ、本当のところはわかりません。
 実は、お父様たち、後々のことを考えてここへ連れて来るのは
3歳までで父母共に身元の知れない子と決めていたのです。
 隆明お兄様がハーフかどうかはお父様もご存知ないことでした。

 二番目が高二の小百合様、
 肩まで伸ばした黒髪が美しい気品漂うお姉様。凛とした物腰は
すでに大人の女性を感じさせます。
 でも、こんなお姉様でさえも、お父様は私たちの前でむき出し
のお尻を叩いたことがありました。
 我が家はそういう家だったのです。

 このお二人は、私たちのような子供から見ると兄弟というより
むしろお父さんとか、お母さんといった感じに見えます。
 というのも、このお二人は身体が大きいだけでなく、言ってる
ことやってることが立派過ぎて私たちとは話がかみ合わないから
でした。

 何か言われる時は、たいてい雲の上から言葉が降って来る感じ
で、つまらないんです。
 こちらが返す言葉も、「はい、お兄様」「はい、お姉さま」と
しか言えませんでした。

 ま、その代わり、よく抱っこしてもらいましたから、そういう
意味でもお父さんお母さんみたいだったんです。

 この下は中学生。三年生の健治お兄様、二年生の楓お姉さま。
そして一年生の朱音(あかね)お姉さまです。

 このグループはお父様からある程度独り立ちを認められていま
すから、自分で自分の身体を洗うことができますしクローゼット
にあるどんな服でも自由に選んで着ることができます。

 ただ数年前までは私たちと同じ立場だったわけですから、まだ
子供時代の雰囲気も残しています。

 私たちが冗談を言ったり、こちらがふざけても受けてくれます。
読んでるマンガが同じだったりもしますから話も合いやすい関係
でした。

 その中学生グループの一人、朱音お姉さまがこの日の朝はなか
なか食堂に現れませんでした。

 他の子はとっくにお父様へのご挨拶を済ませ席に着いています。
最初の料理、ポタージュだってすでにテーブルに乗っています。

 そんな時でした。
 バタバタという足音が近づいてきたかと思うと、いきなり一陣
の風が食堂に吹き渡ります。
 とても急いでいたのでしょう。『ドン』という普段ならしない
はずの音がしてドアが開いたのでした。

 少し前かがみになって激しい息遣いが私の座る席までも聞こえ
そうです。

 「女の子じゃないみたいね」
 どなたかがそうおっしゃいましたが、まさにそんな感じでした。
ゲームやマンガに出てくる『艱難辛苦を乗り越えて、今、お城の
大広間に乗り込んだ若き勇者』といったところでしょうか。

 精悍な感じはすると思うのですが……
 でも、こんな登場の仕方、お父様にはあまり歓迎されませんで
した。

 遅ればせながら朱音お姉さまが朝のご挨拶にお父様のそばまで
行くと、お父様の方で手招きします。
 『もっと顔を近づけなさい』
 ということのようでした。

 「お前、目に何かついているぞ」
 まずは、お姉さまの目やにをナプキンで払い除けてから、その
全身を一通り見回します。

 「凄い格好だな。髪ぼさぼさ、上着のボタンは外れていて……
ん?……そのスカートの裾からチラチラ覗いているそれは何だ?」

 お姉さまは朝のご挨拶をしようと思ってそばに寄ったのですが、
これでは何も言えなくなってしまいました。

 「昨日の夜のお相手は誰だ。萩尾望都さんか?竹宮惠子さん?
それとも、大島なんとかさんかな?」
 お父様は家庭教師の武田京子先生を通じてお姉さまが夜な夜な
夜更かししてマンガを読んでいたのをご存知だったのです。

 ちなみに、お父様世代が読んでいた漫画は今のような形式の物
ではありません。手塚治虫先生登場以前の作品です。『のらくろ』
あたりでしょうか。単純で滑稽なショートストーリー。
 お父様は、複雑なストリー展開や人の情愛、感情の機微などを
マンガが伝えられるだなんて思ってらっしゃいませんから、漫画
は全て低俗な悪書だったわけです。
 当然、娘が夜更かししてまで読むものではありませんでした。

 「おまえは、まだ自分で自分の事が管理できないみたいだな」

 「…………管理って……」
 こう言われて、お姉さまは何か言いたげだったのですが……

 「お前はまだ子供だってことさ………………先生……武田先生」
 お父様はこう言って中学生専属の家庭教師武田先生を呼びます。
 武田先生は私たちでなら河合先生にあたる方、同じ役目でした。

 「先生、ご苦労だけど、この子を洗ってやってくれませんか?」
 お父様は、捨て猫でも処理するように朱音(あかね)お姉様を
武田先生へ依頼します。

 「はい、承知しました」
 武田先生は一流大学を出た立派な才女ですが、ここではお父様
に雇われているわけですし、そもそもこうなったことについては
ご自分にも責任があると感じられたのでしょう、二つ返事で引き
受けられると、朱音お姉さまを連れて食堂を出て行かれました。

 で、どうなったか?

 どうって、特別な事は何もありません。お姉さまが久しぶりに
私たちと同じ朝の体験をしたというだけです。

 身体をゴシゴシ洗われて……「ほら、腰を引かない」とかね。
 髪をセットしている最中……「ほら、脇見しない!」とかね。
 出してきた服に文句を言うと、「贅沢言わないの。あなたには
これが似合ってるんだから」とかね。
 言われたんじゃないかなあと思います。

 ただ、武田先生からは念入りに洗っていただいたのでしょう。
朱音お姉さまが食堂に戻られた時はもう大半の子が朝食をすませ
ていました。
 中には早々席を立つ子もいて、そんな時になってようやく朱音
お姉さまが準備を終えて食堂に戻ってきたのでした。

 遥と私は、その時もまだお父様の席で何やら話していました。
 子供の役得で、お父様のお膝の上はいつ登ってもセーフティー
エリア(安全地帯)だったのです。

 今のように情報がたくさんある時代ではないので、お父様から
の情報は子供たちにはとっても新鮮で貴重なんです。
 色んな話題や知識がそこにはありますから、食事が終わっても
私たちはできる限りお父様のそばにいたのでした。

 そこへ武田先生と一緒に朱音お姉さまが食堂に帰ってきました。
 もちろん、今度は一部のすきもなく仕上がっています。
 まるで、これから舞踏会にでも行くみたいでした。

 「わあ、綺麗!」
 「こんな素敵なドレスで食事するの?」
 二人の目の前をお姫様が通過します。

 「お…おはようございます。お父様」
 武田先生に背中を押されて少し緊張気味にご挨拶。
 そりゃそうです。さっきお父様に叱られてこうなったわけです
から朱音お姉さまだって心から笑顔というわけにはいきません。

 「おうおう、綺麗だ。綺麗だ。見直したよ。女の子はやっぱり
こうでなちゃいけないな…………武田先生、ご苦労様でした」
 感嘆の声を上げるお父様。余計な手間をとらせた武田先生をも
ねぎらいます。

 「やはり、ちゃんとしていれば朱音が姉妹の中で一番綺麗だよ」

 たとえお世辞でもお父様にこう褒められれば、朱音お姉さまも
まんざらでもないのか、はにかんで笑顔がこぼれます。

 ただ、我が家の場合。これでめでたしめでたしというわけには
いきませんでした。

 「よし、では食事にしようか。でも、その前に……朱音。鏡を
持って来てこの椅子に敷きない。お前もその方がはっきり目覚め
ることができるだろうから……」
 お父様は、ご自分の隣りにある椅子の座面を叩きながら、朱音
お姉さまに命じます。

 お父様がおっしゃる『鏡』というのは本当の鏡ではありません。
 鏡を椅子に敷くなんておかしいでしょう。

 ここでいう鏡はまるで鏡のように磨き上げられた鉄の板のこと。
 その冷たい金属の板を座面に敷き、その上に裸のお尻を乗せる
という罰なのです。

 実はこれ、学校でも同じ罰がありますから、女の子にとっては
わりとお馴染みのお仕置きなのですが、さらに我が家では、その
鉄板を冷やすための専用冷蔵庫まで用意してありました。

 キンキンに冷えた鉄板の上に裸のお尻を乗せればそりゃあ目は
覚めるでしょうが……

 「はい……」
 朱音お姉さまは短く答えてその冷蔵庫に向かいます。

 その瞬間、お父様は、まだ食堂に残っていた健治お兄様にだけ
ここを出るよう指図されましたが、他にも残る女の子たちには、
何もなさいません。

 もちろん、食堂にまだ残っていた数人のお姉さまたちも事情は
ご存知です。でも、そもそもそんな事に感心を示す人などここに
はいませんでした。

 というのも、これって学校でも家庭でもわりと頻繁に行われる
罰なので、私も含め女の子たちはすでに全員が経験済み。今さら
驚きませんでした。
 それに何より女の子が女の子のお尻見てもしょうがありません
から。

 ただ、そうはいっても本人は別です。だいいちトイレでもない
こんな人前でショーツを脱ぐのは恥ずかしいことですし、お尻が
鉄の板に当たる瞬間、その冷たさに思わず顔色を変えないように
気を配ったりもします。

 幸いロングスカートが裸のお尻を隠してくれますから外からは
普通に食事をしているように見えますが、キンキンに冷えた鉄の
板はよく尿意を呼びさましますからそれも要注意でした。

 そして、それをなんとか我慢していると……
 「どうした?……行って来なさい。こんな処でお漏らしなんか
したら、それこそ恥ずかしいよ」
 こんなことをお父様に言われてしまいます。
 これもまた恥ずかしいことでした。

 冷たい椅子に腰掛けて独りでする食事なんて誰だって嫌です。
 だから「こんな物いらない」と言って席を立ちたいのですが、
特別な理由なく食事を抜くことをお父様が許してくださらないの
でそれもできませんでした。

 『出されたものは全て食べること』
 この場に限らずこれがお父様の厳命ですから、子供たちが食事
を拒否することはお父様のお言いつけに逆らうことになります。
 覚悟を決めて席を立つこともできますが、その場合は、当然、
それなりのお仕置きを覚悟しなければなりませんでした。

 朱音お姉さまは重い手つきでスープを口に運びます。

 もったりもったりとした様子。
 そんなゆっくりとしたペースに、今度は、お父様が動きました。

 「ほら、いいからお口を開けて、このままじゃ学校に遅れるよ。
ほら、あ~~ん」

 お父様は自ら大き目のスプーンに料理を乗せてお姉さまの口元
へ運びます。

 お姉さまは恥ずかしくても、それをパクリっとやるしかありま
せん。

 「よし、その調子だ。お前にはまだこの方が似合ってるな」
 お父様にこんな事を言われても、やはり黙っているしかありま
せんでした。

 「美味しいか?……美味しかったら『はい』って言いなさい」
 「はい……」
 恥ずかしそうな笑顔から小さな声が聞こえました。

 二口、三口、スープをお姉さまの口元へ運ぶと、今度はお肉を
切り分け始めます。

 今度はフォークに突き刺して……
 「あ~~~ん」

 「ほら、もう一口。…………よし、食べた」
 お姉さまは口元を汚しながらお肉を頬張ります。

 「よし、もう一つだ…………頑張れ~~」
 一方お父様はというと、もう完全に朱音お姉さまを赤ちゃんに
して遊んでいました。

 「おう、いい子だ。よく食べたねえ。……ほら、もう一口……
おう、えらいえらい。今度はサラダにするかい?」

 お父様の問いに口いっぱいにお肉を頬張っている朱音お姉さま
は口が開けられません。

 「サラダ嫌いかい?ダメだよ。野菜もちゃんと食べないと……
誰かさんみたいに便秘しちゃうからね。………よし、口を大きく
開けて……あ~~入った入った。……お前はやっぱりその笑顔が
最高に可愛いよ。お前を独り立ちさせるのちょっと早かったか。
また、小学生に戻るか?私と一緒にネンネしようか?」
 お父様はお姉さまをからかいながらひとり悦にいっています。

 でも、こんな赤ちゃんみたいな食事に朱音お姉さまが歯を喰い
しばっているかというと……

 もちろん、恥ずかしいことなんでしょうが、お姉さまの顔は、
どこかお父様に甘えているようにも見えます。

 お父様の給仕が早くて思わずゲップなんてしちゃいますけど、
お姉さまの笑顔がすぐに復活してお父様を喜ばせます。

 「おう、ちょっと早かったか。じゃあもっとゆっくりにしよう」

 食事するお姉さまにとって両手は何の役にもたちません。イヤ
イヤすることもできません。今は、お父様に向かって笑顔を作る
ことだけが仕事みたでした。

 これってお姉さまに与えられた罰と言えば罰なんでしょうけど、
こうやってお父様と食事するお姉さまの姿は、時間の経過と共に
どこか楽しげなもへと変わっていきます。

 ですから……
 『いいなあ、私もやってもらおうかなあ』
 なんて思ったりして……小学生は不思議なものです。

 でも考えてみたら、朱音お姉さまだって数ヶ月前までは小学生
だったわけで、中学生になったからって瞬時に全てが切り替わる
というわけではないようでした。

 そして、テーブルの料理が三分の一くらいなくなったところで、
朱音お姉さまはやっと自分の手で食事をすることができるように
なったのでした。

 ただ……
 「武田先生。朱音は、今日の午前中、体育の授業がありますか」
 その空いた時間にお父様が武田先生に尋ねます。

 「いいえ、今日は体育の授業はありません。午前中は特に体を
動かすような行事はないと思います」

 武田先生の答えは朱音お姉さまを再び震撼させます。
 いえ、それは私にもわかる結論でした。

 ところが……
 「さあ、あなたたち、そろそろ学校へ行く準備をしないと遅れ
てしまいますよ」
 河合先生が呼びに来て、私たちはそれから先の様子を見る事が
できませんでした。

 でも、その様子は見なくてもだいたいわかります。
 だってそれは私たちにも沢山経験のあることだったからでした。

 おそらく朱音お姉さまはたくさんのイラクサをショーツの中へ
これでもかと言わんばかりに詰め込まれるはずです。

 まるでオムツみたいになったパンツを穿いての通学。
 これって歩くとまるでアヒルみたいですから傍目にもお仕置き
を受けたとすぐにわかるのでした。

 しかも、この罰はただ歩きづらいというだけでなく、登校後に
イラクサを取り去っても、なかなか痒みがとれないのです。
 そこで症状が悪化しかねない体育が午前中にある時はやらない
のが不文律になっていました。

 二人は廊下に出てから顔を見合わせて笑い転げます。

 そりゃあ、私がそんな事されたらとっても嫌ですが、他の子が
お父様の目の前でスカートを持ち上げ、そこに表れたパンツも、
お父様から引きずり下ろされて、その中にたくさんのイラクサを
詰め込まれているなんて想像しただけでも愉快な事でした。

 「あなたたち、笑いすぎよ。……もっと他人を思いやる気持を
持たなきゃ」
 河合先生に注意されて酔いは醒めますが、それまではお腹抱え
て笑い転げていたのでした。

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小暮男爵 ~第一章~ §7 / 登校 /

小暮男爵/第一章

*****<< §7 >>****/登校/******

 小暮家でお世話になっている私たち姉妹が通っていた小学校は
郊外の山の中にありました。

 元は華族の子弟専用の女学校だったようですが、戦後、お父様
が買い取って場所を今ある場所に移し、男女共学の私立学校に。
 もちろんそれって私たちの為です。巷の余計な情報をいれずに
純粋無垢な少女(お人形)として育てる為には不便な田舎の方が
むしろ好都合というわけです。

 ただ、男女共学といっても、私たちが通っていた頃の学園は、
まだまだ女子が圧倒的に多くて、男の子はほんの数名。私たちの
クラスにも、一人だけ広志君という男の子がいましたが、この子、
私たち女の子パワーに圧倒されたのか、いつも教室の隅で小さく
なっていました。

 私はこの時まだ男の子が第二次性長期を迎えて大きく変化する
姿を知りませんから……
 『広志君って、意地っ張りで、少し偏屈なところもあるけど、
すねた顔が可愛いわ』
 なんて、思っていました。
 そう、男の子って私たちから見ると可愛い存在だったのです。

 ところでこの学校、不便な場所にあるのにスクールバスがあり
ませんから大半の子が自宅から自家用車で山腹にある広い駐車場
までやって来て、そこからは校門までの長い階段を歩いて登る事
になります。

 ですから、朱音お姉さまみたいに、お父様からイラクサパンツ
なんか穿かされると、車中では青臭い匂いがするので私たちから
嫌がられますし、駐車場で車を降りた後も山の頂上まで続く長い
階段を大きなお尻で登らなければなりません。
 これって、女の子には結構辛い試練でした。

 本当はこんな姿って恥ずかしいですから、一気に駆け出したい
ところですが、石段を一段登るだけでもイラクサの刺毛がお股に
摺れて痛痒く、とても一気になんて駆け上がれませんでした。

 それに、どんなに自然に振舞おうとしても、沢山のイラクサで
オムツのようになったショーツを穿くと動きがぎこちなくなって
しまい、お友だちからは、今、スカートの中がとうなっているか
見破られてしまいます。

 「あの子、スカートの下はきっとイラクサパンツよ。おそらく、
お父様のお仕置きね。いったい何をやらかしたのかしら?」
 なんて、お友だちの囁きが耳にはいると、その恥ずかしい姿を
直接見られたわけでなくとも、その場に居たたまれなくなります。

 イラクサのパンツは、そうした辱めとしての効果も期待しての
お仕置きだったのでした。

 リンカーン(お父様の自家用車)の中でも妹の私たちから散々
臭い臭いを連発されていた朱音お姉さま。駐車場ではお友だちと
「ごきげんよう」「ごきげんよう」のご挨拶はいつもより明るく
なさっていましたが、石段を上がり始めると、たちまちお友だち
からの失笑を買ってしまいます。

 「大丈夫?手伝ってあげるね」
 こうした場合、気がついたクラスメイトが親切心で手を取って
助けてはくれるんですが……

 『本当は、あなたたち笑ってるくせに……』
 こんな時って助けてもらう方だって疑心暗鬼になってますから、
せっかくの親切心もあまり心地よくはありません。

 朱音お姉さまはお友達に囲まれながらゆっくりゆっくり石段を
上がってきます。

 一方、一緒にリンカーンに乗ってきた妹の私たちはというと、
これがとっても残酷でした。

 「アヒルさん、アヒルさん、ここまでおいでアヒルさん」
 私と遥ちゃんはそんなお姉さまの姿がおかしくてたまりません。
そこで、階段を一気に駆け上がり、自分のお尻を振り振りして、
お姉さまをはやし立てます。

 『アヒルさん』というのは、イラクサで膨らんだ大きなお尻を
振り振りしながら階段を登る姿が、ちょうどアヒルさんが歩く姿
に似ているからなのです。

 でも、そんな様子を運転手さんは快く思っていませんでした。

 「ほら、あなたたち、ダメでしょう。朱音さんはあなたたちの
お姉さまなのよ。こんな時は助けてあげなくちゃ」
 河合先生は高い場所からお姉さまを見下ろしてじゃれあってる
私と遥ちゃんに注意します。

 実はこの学校、普段の日でも父兄参観が認められていて、家庭
教師の先生も受け持つ子どもの授業をいつでも見学できるように
なっていました。ですから、ほとんどの家庭教師が、毎朝、自分
の生徒と一緒に校門をくぐります。

 河合先生や武田先生もそれは同じ。お二人は受け持つ子供たち
を送り迎えするだけがお仕事ではありません。むしろ車を降りて
からが、お二人の大事なお仕事でした。

 「は~~い」
 私たちは気のない返事をして、いったん登った階段を下り始め
ます。

 河合先生の命では仕方ありません。私たちも他の子たちと一緒
に朱音お姉さまを救出に向かいます。

 ただ、その時はすでに武田先生はじめ沢山のお友達がお姉さま
に援助の手を差し伸べていましたから、むしろお姉さまの周りは
ごった返しています。まるでお祭りのお神輿のようにしてお姉様
が階段を上がってきます。

 人手はもう十分足りていると思いますから……
 「ねえ、私たちまで行ったら、かえってお姉さま恥ずかしいん
じゃない。ありがた迷惑なんじゃないかしら?」

 私の疑問に遥お姉様は……
 「それはそれでいいんじゃないの。恥ずかしいのもお仕置きの
一つだもの。それに女の子って何事にもお付き合いが大事だって
河合先生も言ってたじゃない。お付き合いよ。お付き合い」
 何だか悟ったような大人のような返事を返すのでした。

 そのあたり、私はまだ子供なのでよくわかりませんが、もし、
私が朱音お姉様の立場だったら……
 「いいから、ほっといて!近寄らないで!」
 なんて、怒鳴り散らしていたかもしれません。


 「やっと着いた」

 とにもかくにも、朱音お姉さまはみんなのおかげで遅刻せずに
山の頂上へと辿り着きます。

 お山の頂上からは白い灯台や外国航路の船が出入りする港町が
見えます。もしピクニックだったら最高のロケーションです。
 こんな見晴らしの良い場所に人知れず建っていたのが私たちの
学校、聖愛学園。ここに小学校と中学校がありました。

 1学年1クラスで6名から8名。全校生徒合せても、小学校で
40名、中学校も20名程度の小さな組織です。
 ですから、学校施設もこじんまりとしていて、周りの樹木より
高い建物などは必要ありません。深い緑の森に溶け込むように、
体育館やプール、図書館、教室棟、管理棟、ゲストルームなどが
散在しています。

 おそらく山の下からでは学校の建物は見えませんし、生徒たち
の声なども聞こえないと思います。それはお父様たちにとっても
好都合で、ここでどんなに厳しいお仕置きが行われてもその悲鳴
が外部に漏れる心配がありませんでした。

 それだけではありません。ここには他の学校ではまず考えられ
ないような設備まであります。

 その一つがプライベートルーム。

 教員室の脇にある階段を下りると、そこは半地下になっていて、
六つの小部屋と一つの大広間があるのですが、実はここ、学校の
オーナーでもある『六家』の人たちが共同使用するプライベート
ルーム。学校の敷地内にありながら学校の管理下ではないという
不思議な空間でした。

 ここでは六家のお父様方やその家庭教師さんたちが学校参観の
合い間、ドアに家紋の掲げられた御自分たち小部屋でつかの間の
休息をとったり、受け持つ子どもたちのデータを整理します。
 そして一つだけある大広間はというと、私たちが放課後茶道や
日舞などの習い事をするために使われていました。

 ま、それだけなら私たち子供にとっては何の問題ないのですが、
この部屋は他にも役割があったのです。それがお仕置きでした。

 ですから私たちの間ではここは『お仕置き部屋』として通って
いました。

 どういうことかというと……
 お父様や家庭教師が来校していれば、学校で、今の今、悪さを
したばかりの娘なり息子をすぐにプライベートルームへ呼び出し
て、すぐに罪を償わせることができます。実際、そうしたことが
たびたび起きていました。

 しかも、ここでのお仕置きはあくまで家庭内でのお仕置きです
から学校内ではありえないようなキツイお仕置きもできるわけで、
生徒にとってはまさに恐怖のエリアでもあったのでした。

 私は社会に出たあと、世間の学校にはこんな部屋は存在しない
と聞かされて絶句、もの凄いカルチャーショックでした。

 さて、話が飛んでしまったみたいですから元に戻しましょう。

 登校した私たちには、まずやらなければならないことがありま
した。

 私たちの学校では園長先生が丹精した色とりどりの薔薇の花が
咲くアーチが校門となっていまして、そこを潜ると何やら怪しい
胸像が設置してあります。

 『大林胤子先生』
 プレートの名前はそうなっていました。

 生徒はこの胸像の前では必ず一礼しなければなりませんでした。

 実は彼女、この学校の創立者なのです。あまりにも大昔に亡く
なっていますから生徒はもちろん先生方だって実のところ彼女に
一度も逢ったことがないはずなんですが、それでも生徒は、毎朝
この像の前ではご挨拶として一礼しなければならないのです。

 しかも、ご丁寧に私たちがちゃんと一礼したかを監視する為の
先生まで配置していますから、そのままスルーしてしまうと呼び
止められてしまいます。

 そんな時は……
 「あっ、ごめんなさい。うっかりしてました」
 胸像の前に戻って一礼すれば、大半、許してもらえるのですが、
ただ、間違っても……

 「そもそも、大昔に死んじゃってる人に今さら頭をさげても、
何の役にもたたないし、無駄な時間だと思いますけど」
 なんて、先生に口答えしちゃうのは絶対にタブーでした。

 ある日、そう答えてお尻を叩かれた子がいましたから。

 慌ててその子の家庭教師が止めに入ったのですが、きっと先生
もキレちゃったんでしょうね、
 「これは躾です。ほっといてください。お話はあとで窺います」
 そう言って、中二の子のお尻をスカートの上からでしたけど、
20回も勢いよく叩いていました。

 私の場合は……
 『あんた、石の置物のくせに偉そうな顔するんじゃないわよ』
 なんて、いつも心の中でそう思いながら一礼していました。

 この学校では胸像への一礼も日常的なご挨拶の一つ。ぺこりと
頭を下げさえすればいいのですからべつに手間はかかりません。
どのみちこの学校では出会う人にはすべて『ごきげんよう』って
ご挨拶するわけですから、胸像一つ分ご挨拶が増えたとしても、
本当はどうってことないはずなんですが、女子も第二次性長期に
入ると自分なりの屁理屈を言い出すようになりますから、こんな
事件も起こるのでした。

 もちろんうちの学校、こんな跳ね返り娘ばかりじゃありません。
むしろ大半は、目上の人の指示には何でも「はい」「はい」って
きく従順な子ばかりです。

 日頃から学校の先生だけでなく、お家では家庭教師の監視下で
細かなことまで注意されながら暮らしていますから、活発な子と
いうよりおとなしい子の方が圧倒的に多くなるのでした。

 例えば、ある先生がお仕置きを決断したとしましょう。
 先生が「さあ、お仕置きしますよ。全員パンツを脱いで!」と
命じると、みんな当然のようにパンツを脱ぎはじめるのですから。

 この学校の子供たちはそのくらい統制が取れているというのか
目上の人には従順なのでした。

 ですから、さっきのはあくまで特異な例。理由はともかく先生
がそうおっしゃるならって、どの子も胤子先生の前では必ず一礼
します。思わず胸像の前を通り過ぎてしまったら慌てて戻ります。
特に小学生では逆らう子は一人もいませんでした。

 当然、この日も私たち姉妹は先生に教えられた通り深々と一礼
してから校舎の中とへ入っていきます。


 校舎はログハウス風の木造校舎ですが、中は日本のどこにでも
ある学校と同じ構造。玄関口にはたくさんの下駄箱団地があって、
生徒はここで革靴と上履きを履き替えます。

 あっ、そうそう、うちの場合は生徒用だけでなくお供してきた
家庭教師のために父兄用靴箱というのも設置してありました。

 ちなみにこの父兄用靴箱、その名の通りお父様が来て使う事も。
ただそんな時はお仕置きで呼ばれた場合も多いですから、生徒は
お父様の顔を見るなり緊張したりします。

 うちの場合、華族学校時代からの習慣で、毎日が父兄参観日で
したから、良い事も悪い事も全てが河合先生や武田先生を通じて
その日のうちにお父様にも伝わりますが、場合によっては電話で
お父様が報告を受けることも。
 家庭教師の報告を電話で聞き、激怒して学校に乗り込むお父様
もいらっしゃいました。それほど娘が心配だったのです。

 家庭教師からの報告は、学校で行われたテストの結果は勿論、
『国語の時間、お友達とふざけあって先生に鏡を敷かされました』
とか『体育の時間、まじめに走らなかったので一周多く走らされ
ました』なんて恥ずかしい報告も次々とお父様の元に上がってき
ます。

 そのほかにも、休み時間にお友だちとひそひそ声で言いあった
先生の悪口が、なぜか家に帰るとすでにお父様が知っていたり、
ほんのちょっとからかっていただけなのに、お父様からは……
 「今日、お友だちを虐めてたみたいじゃないか。お友だちとは
仲良くしなきゃ」
 なんて注意されたこともありました。

 学校の先生と家庭教師、その両方で私たちはつねに見張られて
いる訳です。つまりこちらの情報はいつも筒抜け。まさに超監視
社会でした。

 でも、大人たちに言わせると、これも愛なんだそうです。
 私たちにとっては、おせっかいとか、過干渉という言葉の方が
ぴったりくるのですが。

 そんな大人たちの愛は他にもあります。

 私たちが登校してくると玄関口には必ず園長先生が立っていて
生徒全員とスキンシップをします。ハグして、頬をすり合わせて、
まるでそこに本当のお母さんが立っているみたいでした。
 実はこれ生徒全員の心と身体の健康チェックなんだそうです。

 これも胤子先生の胸像と同じようにスルーはできません。
 胸像に一礼するのと同様、子供たちは園長先生に抱かれる義務
がありました。

 園長先生に抱かれるのは、ほんの10秒ほど。これで私たちの
健康状態や心の状態までがわかるんだそうです。
 何も話さなくても分かるみたいですから摩訶不思議です。

 もちろん園長先生のハグは何も問題がなければすぐに開放され
ますが子供たちの抱っこの義務はここだけではありませんでした。

 教室に入ると、今度は担任の先生が私たちを待ち構えています。
 やることは園長先生と同じでした。子供たちをしっかりハグ、
頬を摺り合わせ、頭を良い子良い子してなでてくれます。
 ちょっとした赤ちゃん気分。

 担任の先生になると、もっと細かなことまでわかります。
 先生はこうしてハグするだけで、子供たちの今の体調や『宿題
をわすれた』とか『今朝、おねしょしてお父様に叱られた』とか
『今、お友達と喧嘩している』なんていう心のSOSまでわかる
んだそうです。

 何たって、全校生徒合せても40名ほどのこじんまりした学校
ですから、園長先生は登校時間に全ての生徒とスキンシップする
時間がありますし、担任の先生もお父様以上に子供たちの内実を
よくご存知でした。

 もちろん担任の先生は各々の家庭教師から色んな情報をリーク
してもらって、それで判断してるんでしょうけど、子供たちには
不思議な出来事だったのです。

 「あら、可愛いリボンじゃない。小さな鈴まで付いてるのね。
自分で選んだの。それとも、河合先生のお見立てかしら?」
 「私です。楓お姉さまに作ってもらいました」

 「そう、楓お姉さん器用だものね。黄色がよく似合ってるわよ。
ところで、今日の朝ごはん。ちゃんとトマトジュースも飲めた?
お父様、好き嫌いする子は身長が伸びないって心配なさってたわ
よ」
 「コップの半分だけ。吐きそうだったれど、なんとか……」
 「偉いわ。少しずつ慣れていけばいいのよ」
 「コップにまったく口をつけないと……お父様が睨むから……
恐くて……仕方ないんです」

 「あら、そうなの。それは大変ね。でも、それはあなたの為を
思ってのことでしょう。感謝しなくちゃ。……あっ、そう言えば、
昨日からまたお父様と一緒のお部屋で暮らすことになったんです
って?」
 「えっ、……まあ」
 「どう?……久しぶりにお父様と一緒のお布団は嬉しかった?
それとも遥お姉ちゃまと一緒の方がよかったのかしら?」
 「遥おねえちゃまと一緒の方がいいです。でも、そうすると、
お勉強ががかどらないから、お父様が心配して……」

 「そう、それじゃあ仕方がないわけね……お部屋のお引越しが
あったでしょうけど、宿題はちゃんとやってきた?」
 「はい、たぶん大丈夫だと思います」
 「そりゃそうね、お父様のお膝の上ではサボれないものね」

 担任の小宮先生の抱っこでは心にチクチクと刺さる言葉もあり
ますが、甘えん坊の私は、こうして抱っこしてもらうこと自体は
決して嫌いではありませんでした。


 こうしてクラス全員の子へのスキンシップが終わると……
 「さあ、始めますよ」
 担任の小宮先生の声と共に朝のホームルームが始まります。

 このホームルームでは、学校行事についての話し合いなんかも
しますが、子供たちにとって最も強い関心事は小テストでした。

 私たちの学校では子供たちがお家で予習復習をきちんとやって
きたか主要四教科では勉強時間の最初に必ず確認の為のテストを
します。
 でも、国語と算数は担任の小宮先生が担当されていましたから
それを朝のホームルームで間に合わせてしまうのでした。

 出題は漢字の書き取りや計算問題が中心で範囲も細かく区切ら
れていますから家でのお勉強時間は、私の場合、お父様のお膝の
上でなら30分くらいですみます。
 でも、毎日のことですからね、それぞれに事情があってうまく
いかないこともありました。

 これが紙に書いて提出するだけの宿題なら……『やったけど、
お家に忘れてきました』なんて言い訳もできますけど、こちらは
テストで確認されちゃいますからどうにもなりません。まさか、
『知識を家に置いてきました』なんて言い訳ができるはずもあり
ませんから。

 もし、合格点に届かない子が一人でもいると、その子のために
もう一度同じ授業をやったり、その子自身も別メニューで補修を
やらされたりします。

 おまけに先生の閻魔帳にはその子の欄にXが一つ。

 これ、一つ二つなら問題ないのですが、このXが一週間で7つ
以上ついちゃうと、週末はお父様までも学校に呼び出されて親子
で『特別反省会』ということになります。
 こうなるとシャレにならない事態でした。

 担任の先生から、この一週間のいけなかった事が、洗いざらい
書き出されたプリントが出てきて、これから先どんな生活態度で、
どんな勉強方法で頑張るのかが決められます。

 それだけじゃありません。反省会での態度まで悪いとなると、
たとえ親の見ている前でもお仕置きなんてことがありえますし、
それでも足りなければ、お家に戻って、お父様や家庭教師の先生
からみっちりとお仕置きなんてことも……
 『特別反省会』って子供にとっては恐怖の保護者会でした。

 ちなみに、朝の小テストの合格点は9割以上。それ以下の子は
放課後無条件でその範囲を補習させられます。

 ただこの学校は元は孤児と言っても育ちで言えば良家の子女。
しかもどの家庭でもみんな家庭教師を雇っていますから、たとえ
本人がどんなに嫌がっても強制的にお勉強させられます。
 子どもたちは毎日準備万全で登校して来ますから普通は全員が
合格点でした。

 とはいえ、なかには例外もあります。
 この日の朝はそんな稀なケースが起きてしまいました。

 このテストの採点は、ホームルームの時間中に隣の子と答案を
取り替えて生徒同士で行うのですが、私のお隣、広志君はクラス
唯一の男の子にして、六人しかいないけどクラス随一の秀才です。
普段お家でやっているお勉強は中学のテキストだと聞いたことが
ありました。

 そんな子が朝のテストで失敗するなんて、ありえないと思って
いたのですが……。
 広志君の答案を見ると漢字の書き取り問題で全40問中5つも
間違いがあります。9割が合格点なら許容範囲は4つ。5つ目は
アウトです。

 『いいのかなあ』
 私は、何だか広志君の答案にXをつけるのが恐くて、こっそり
消しゴムで消して答案を修正しようとしたんですが……。

 「だめよ、小暮さん。間違いは間違いのままにしておかないと、
広志君の為にならないわ」

 小宮先生に見つかってしまい注意されてしまいます。
 こうして、広志君の放課後の居残り勉強が確定。ホームルーム
が終わるなり広志君の席には女の子たちが殺到しました。

 「どうしたのよ。病気?」
 「身体の調子が悪い時は保健室へ行ったほうがいいよ」
 「そうそう、『今日は体調が悪いのでテストできませんでした』
って言えば先生許してくれるよ」
 
 女の子たちが心配して寄ってきますが、でも当の広志君は迷惑
そうでした。
 「そうじゃないよ。間違えたの。僕だって間違えることあるよ」
 そう言って女の子たちを払い除けます。

 「だって、お家では中学生の問題解いてるんでしょう。こんな
小学生の問題で間違うはずないじゃない」
 由美子ちゃんがこう言うと、詩織ちゃんも同調します。
 「そうよ、そうよ、こんな問題、ちょちょいのちょいのはずよ」

 でも、現実は違っていました。
 「そんなことないよ。家でやってる中学の問題はあくまで趣味
だもん。そりゃあ、方程式は面白いけど、そっちばっかりやって
ると鶴亀算なんか忘れちゃう。漢字だって同じさ。やってないと
忘れちゃうんだ。だから、テストがある時はちゃんとその場所を
復習しておかないと、やっぱり合格点は取れないんだ」

 「じゃあ、何で、今日は不合格になったの?」

 「それは……」
 広志君は言葉を濁します。

 すると、その答えを出したのは、広志君の家庭教師をやってる
会田先生でした。
 会田先生は、ホームルームの時間はずっと教室の後ろに設けら
れた父兄席で静かに見学されていたのですが、一区切りついたの
で、私たちのそばへと寄ってきます。
 うちの学校では休み時間に家庭教師が受け持つ子供に向かって
声をかけるのは日常茶飯事。それ自体は極当たり前の光景でした。

 「ずいぶんと偉そうなこと言うじゃない。……この子、昨日は
熱心にプラモデルばかり作ってて、ちっともこちらの言うことを
聞いてくれないから『もう、勝手になさい』って独りにさせたの。
大丈夫かなあって思ってたら、案の定ね」

 「ちょっとした手違いが起こっただけだよ」
 広志君は強がりを言いますが……
 「手違いって、どんな?」
 って先生に尋ねられると……
 「…………」
 それには答えられませんでした。

 「まあいいわ。これで今日一日が無事にすんじゃったら、私、
失業するところだったけど、朝の小テスト一つ満足に受からない
ようなら、どうやら、あなたには、まだまだ私が必要みたいね。
今日は、小宮先生からとびっきり痛いのを一ダースばかりお尻に
いただいて帰りましょう」

 「えっ!」
 驚いた広志君ですが、会田先生の冷たい表情が変わる事はあり
ませんでした。
 「……それが、何よりあなたの為だわ」

 「だから、たまたまだよ。たまたま間違えただけだって……」
 広志君、苦し紛れのいい訳を独り言のように小さな声で言いま
すが、会田先生は広志君を取り囲んだ女の子たちに向かっても、
さらに強烈にこう言い放つのでした。

 「みなさん、この子の成績なんてこんなものなの。みなさんと
大差ないの。この子、周りがちやほやしてくれるもんだからうぬ
ぼれてるみたいだけど、その方がよほどたまたまよ。今は成績が
あまり上がっていない子でも、あなたぐらいのポジションなら、
すぐに追いつくんだから……大きな口はたたかないことね」
 広志君、会田先生にたっぷりイヤミを言われてしまいます。

 どうやら広志君、昨夜は無我夢中でプラモデルを組み立ててた
みたいで、睡眠時間は二時間。会田先生と約束した宿題の範囲に
も目を通していません。しかもその睡眠時間だって、途中で眠く
なって机にうつぶせなって寝てしまったみたいでした。
 結局そんな広志君をベッドへ運んだのは会田先生だったのです。

 小学生も高学年になると、我を張って家庭教師の言う事をきか
なくなります。そのくせまだ自分で自分を律することができない
ものですから、独りにさせても満足な成果は期待できません。
 こんなことが起きてもそれはそれで仕方のないことでした。

 この日、広志君は居残りです。でも、同じ居残りといっても、
その対応はケースバイケース、千差万別です。

 広志君の場合は、単に補修授業があるというだけでなくその中
で何度も何度も飽きるくらい、涙がこぼれるくらい反省の言葉を
言わされると思います。それは担任の小宮先生が家庭教師の会田
先生から昨夜の事について説明を受けてその事情を知るからです。
 普段優しい小宮先生も怠ける子には厳しく接しますから。

 この学校が他の学校と大きく違っていたのは、家庭教師の存在。
家庭教師と学校の先生が連携をとって子供をお仕置きするという
摩訶不思議な学校でした。

 そんな超監視学校の一日がこれから始まります。

**********<7>**************

小暮男爵 ~第一章~ §4 勉強椅子

小暮男爵/第一章

<<目次>>
§1  旅立ち * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書 * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業? * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子 * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸 * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事 * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校 * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還 * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き

*****<< §4 >>****/勉強椅子/****

 遥ちゃんと離れて久しぶりにお父様と一緒の暮らし。
 つい六ヶ月ほど前まではここが私の勉強部屋兼生活の場でした
から元の生活に戻ったというべきかもしれません。

 この部屋は、本来お父様の書斎。ですから、この部屋の大半は
お父様のスペース。百科事典や美術全集、学術書など、大きくて
重たい本が作りつけの本棚に隙間なく収められて壁と一体化して
いますし、ライティングデスクの上にはお父様が書き物をする為
に集めた資料がいつも山となって積まれています。

 その一角に、こんな部屋の雰囲気とはおよそ似つかわしくない
ピンクの勉強机ピンクの本棚が並んで置いてあるのですが、この
辺りが私の居住スペースでした。

 机の上には学校の教科書や参考書が並び、壁には私が展覧会で
入選した時の絵や習字、家族旅行の写真などが貼られ、本棚には
図鑑や児童書、地球儀、バイエルの教本などが置かれています。

 人目につく場所に置いてあるのはいずれも勉強か習い事に関係
ありそうなものばかり。例外はお父様から買ってもらったピー子
という大きな熊のぬいぐるみくらいでしょうか。これだけは箱に
入りきれないので本棚の一番上で腰掛けていますが。

 でもそれ以外のマンガやオモチャは、お父様との約束ですべて
大きなダンボール箱に入れてあって、使う時だけ取り出すことに
なっていました。

 遊んだ後は、また元のダンボール箱にしまわなければなりませ
んから二度手間なのです。しまう時は『面倒くさいなあ』と思い
ますが、しまい忘れると叱られますから渋々やってました。

 お父様は綺麗好きですから、もしオモチャをしまい忘れる日が
続くようだと『お仕置き』なんてこともあります。
 私はこれまでそうしたことが一度もありませんでしたが、普段
優しいお父様も怒った時はそれはそれは怖いんです。
 お姉様たちへのお仕置きは私のことでもないのに抱っこされて
いる私が逃げ出したくなる程でした。

 我が家の場合、お父様を怒らせた場合、パンツを剥ぎ取られて
お尻を叩かれるというのが一般的なのですが、お仕置きはなにも
お尻叩きと決まっていたわけでありません。ケースバイケースで
種類は色々だったんです。

 お庭や廊下に立たされたり、百行清書なんてのはまだ上品な方
で、悪さがすぎると、例えば自分の部屋のベッドでお浣腸の姿勢
でずっと待たされたり、お庭に自生しているイラクサをパンツの
中に仕込まれて登校させられたり、破廉恥な体罰もたくさん用意
してありました。

 イラクサというのは西洋のおとぎ話なんかに出てくるあれです。
これには刺毛と呼ばれる細かな毛がびっしりはえていますから、
歩くたびにお股にそれが刺さって大変なんです。

 ですから、家から見えない処でパンツから取り出し、学校近く
まで来たらまた入れ直す、なんてズルも上級生になると覚えます。

 登校した後は保健室へ行って先生からイラクサを取っていただ
くんですが、保健の先生からお薬を塗ってもらう処も恥ずかしい
場所ですし、何より半日くらいはそこが痛痒くて仕方ありません
でした。

 ですからクラスに戻ってからも、人目もばからずお股を掻いて
しまいます。
 すると今度は担任の先生から『美咲ちゃん、はしたないわよ』
ってことに……でも、本当に痒いんですからこれは仕方がありま
せんでした。

 ある時、先生に……
 「先生は、やられたことないから分からないのよ」
 なんて啖呵をきったら……
 「そんなことないわ。私も子供の頃は両親から散々やらされた
わよ」
 って言われてしまいました。

 どうやら『イラクサパンツ』というのはこの辺りでは伝統的な
子供のためのお仕置きのようです。

 その他にも、勉強中に居眠りなんかしていると、冷たい鉄板を
イスに敷かれて、そこに裸のお尻を乗せなければならなかったり、
オナニー癖のある子などはゴム製の貞操帯を締めさせられたりも
します。

 この他にも色々ありますよ。特に女の子は種類が豊富でした。
きっと大人たちは子どもにどうやってお仕置きしようか日々考え
ているんじゃないでしょうか。そのくらい女の子へのお仕置きの
種類はバラエティーに富んでいました。

 でも、そんな厳し過ぎるお仕置き事情も先生たちに言わせると、
最近は親が子供に甘いんだそうです。


 さて、話が脇道にそれてしまいましたが、さっきの続きです。

 同居していた遥ちゃんの部屋から元いたお父様の書斎へ、私が
荷物を運び入れると、お父様がさっそく私の学習机の前にご自分
のイスを置き、そこに腰を下ろして太股を叩きます。

 これ、
 『さあ、美咲、お勉強するよ、ここへいらっしゃい』
 というサインです。

 実は私、ここへ来て以来ずっとそうなんですが、ごく最近まで、
つまり六ヶ月前までお父様のお膝の上でしか勉強したことがあり
ませんでした。
 ひらがな、カタカナ、ローマ字、九九も四則の計算も、みんな
みんなお父様のお膝で覚えたんです。

 ですから、私にとって勉強するというのは、まずはお父様の膝
の上に乗ることから始まるのでした。

 「おう、随分重くなったなあ」
 お父様の意外そうな声。
 お父様のお膝は六ヶ月ぶりですが、その間にも私の身長や体重
は増え続けています。

 「やったあ~」
 六ヶ月前を思い出し、腰を浮かして小さく跳ね回る私。楽しい
記憶が蘇ります。この場所、私、嫌いではありませんでした。

 この懐かしいふかふか感。お尻の割れ目に当たる軟らかい棒も、
昔からのことですからね、気になんてなりません。

 私は施設から引き取られて以来。このお膝で育ったようなもの
でした。多くのお姉さまたちは新しい妹がやってくるとその後は
この場所をその子に明け渡さなければなりませんが、私の場合は
大きくなってもここがホームグラウンドでした。
 ここで勉強し、ここで食事をして、ここで着替えも済ませます。
もっと幼い頃はお風呂やトイレまでもお父様と一緒でしたから。

 これは私だけじゃありませんが、ここに呼ばれた子どもたちは
まずお父様のお人形となって人生のスタートを切るのです。

 ただ、私の場合その期間があまりに長いのでお姉さまたちから
『あなた、何から何までお父様で、よく恥ずかしくないわね?』
なんて呆れられてましたけど、私は『それがどうして悪いの?』
って居直ってました。

 だって、食事も、着替えも、お風呂も、トイレも……もちろん
全部独りでできますけど、大好きなお父様にやってもらえるなら、
そっちの方が楽だし楽しいんですもの。だから自分からお父様の
お膝を下りるつもりはまったくありませんでした。

 そのうち『私はお父様にとって特別な存在』なんて特権意識も
芽生えちゃったりします。もちろん、それは勘違いなのですが。


 この夜の私は算数のドリルや漢字の書き取りで2時間びっちり
絞られます。

 実はこのイス、身体の自由がききませんし、勝手に休憩もとれ
ません。おまけに勉強が終わる頃には、私とお父様の体温で全身
汗びっしょりです。決して快適な環境じゃありません。
 おまけに私は勉強が好きじゃありませんから、その間はずっと
大変な思いでした。

 「ほら、よそ見しないの」
 「抱っこされてると頭だってお父様の胸の中から動かせないの。
よそ見なんてできないでしょう!」
 私は口を尖らせます。

 「ほら、またあくびして……あくびなんかしてる暇ないよ」
 「仕方ないじゃない出ちゃうんだから。これは止められないの」
 私はスリッパを履いた足でお父様の向こう脛を蹴ります。効果
ありませんが……。

 「もっと集中して……ケアレスミスが多くなったよ」
 「やってるよ。これが私の精一杯。もう、これ以上無理なの!」
 身体全体をブルブルっと震わせます。これってせめてもの抵抗
でした。

 私はお父様が何か言うたびにぶつくさ。素直じゃありません。
よい生徒じゃなかったんです。
 でも、これもまた幼い日から続くいつもこと。お父様を本当に
イヤイヤしているわけではありませんでした。

 お父様のお膝はいつもふかふか。小さく上下に体を揺さぶると
楽しいですし、大きなお父様の胸の中にセットされた私の背中は
安心感でいっぱいです。
 一瞬のすきを見つけて厚い胸板に横顔を押し付けるなんてのも
心が癒されることでした。

 この時の私はお父様によってどうにも身動きできないほど拘束
されているわけですが、幼い頃からこうやって勉強してきた私に
とっては、これがもっとも落ち着く場所でもあったのです。

 それだけじゃありません。お勉強が終わった後にお父様のお膝
の上で汗を拭いてもらい下着を取り替えるのも私にとってはお気
に入りのひと時でした。

 もちろんそれって、私の心がまだ子供だから成立していた関係
なんでしょうけど。私の周囲には性の情報が何もありませんから
お父様を性の対象として見たことなど一度もありません。
 性の歩みは今の子よりずっとずっとゆっくりでした。

 ただ、そんな私も歳を重ねます。性の情報はなくてもこの頃に
なると本人も気づかないうちに大人の入口に辿り着いていました。

 2時間後……

 「よし、よく頑張ったね。じゃあ、……今日はここまでにして、
ネンネしようか」

 お父様はそう言うと私を膝の上に立たせます。幼い頃と違って
この頃になると身体もだいぶ大きくなっていましたから、これは
大変な作業だと思うのですがお父様は人形が見上げるほど大きく
なってもお構いなしでした。
 わざわざ不安定な膝の上に私を立たせて服を脱がせ始めます。

 私も幼い頃からやっていますから要領はわかっています。
 危なくなれば近くにある本棚の棚を掴んでバランスをとります。
どこかアクロバティクな着替え。でも不思議と膝から転げ落ちる
なんてことはありませんでした。

 我が家ではシャツもパンツも脱いでパジャマだけで寝る習慣に
なっていましたから、着替えの途中私は真っ裸になります。当然、
裸になった私の体はお父様の目と鼻の先に晒されるわけで、その
鼻の先が私のビーナス丘やお臍に当たるなんてことも……。
 ですから、ひょっとしたらそれが目的だったのかもしれません。
お父様、あれで結構スケベでしたから。

 ただ、私とお父様の間にはそれ以上何も起こりませんでした。


 着替えが済んだ私は、そのまま抱きかかえられて、高い高いを
されたり、肩車されたり、頬ずりされたり、お父様がひとしきり
私をお人形さんにします。
 それは、お父様の楽しみであり、私の楽しみでもありました。

 そうやってから一緒の布団に入るのです。

 これってお勉強頑張ったご褒美なんですから、私としては純粋
に嬉しいことなんです。そりゃあ他の人に見られれば恥ずかしい
ことなのかもしれませんが私とお父様だけの場所なら私には何の
問題もありませんでした。

 ところがその夜は久しぶりのお着替えで緊張したのか、下着に
お父様の手が掛かった瞬間、私の顔が一瞬曇ります。

 『えっ!!』
 どぎまぎする私。
 それって、当の私にも説明できない心の動きでした。

 きっと、それまで一度も意識したことのなかった私の性がその
瞬間だけ、人生で初めてうずいたんだと思います。
 いくら外からの情報が無い私でも女の子としての身体が素直に
反応したわけです。

 もちろん、お父様が自分とは違う性であることは私だって幼い
頃から知っています。知ってはいますが、それを体で感じたこと
なんて一度もありません。この時が初めての経験でした。

 私はほんの一瞬顔を曇らせただけでしたが、でもそんな微細な
変化にもお父様は気づきます。

 「どうしたんだい?私の顔に何かついているのかな?」
 お父様は苦笑い。

 「んんん」
 私は首を振ります。
 そして……
 「何でもない」
 私はそう言って素っ裸でお父様に抱きつきます。

 この時、ほんのわずかに膨らみかけていた幼い胸の先がお父様
に触れます。すると、また、あの電気信号が起きました。
 でも、ヴィーナスの丘はスベスベで産毛だけ。若草もまだ萌え
だしていません。
 そんな体で私はお父様に体当たりします。

 「……(う・れ・し・い)……」

 いつものようにお父様に抱きしめられた時、さっきまであった
胸の疼きは消え、いつもの安らぎが戻っていました。

 ん~~~これって、ファザコンというやつでしょうか?

 かもしれません。ただ、私だけじゃなくうちの姉妹はみんなが
そうだった気がします。お母様がいない家にあってお父様は神様
みたいなもの。力も優しさも兼ね備えた絶対的な愛の中心地なの
です。
 誰もが逆らえないだけじゃありません。誰もがその愛を目指す
ことになるのでした。

 『お勉強は大変だけど、ここでお父様に抱いてもらえるのは、
そんな辛い時間を我慢したご褒美』
 私はお勉強を当時そんなふうに考えていました。

 そして、そのフレーズはお仕置きの時も同じでした。
 『お仕置きは大変だけど、辛い時間を耐えたらお父様はきっと
次の瞬間は優しくしてくれる』
 実際、お父様は私の期待を一度も裏切りませんでした。

 我が家ではお勉強もお仕置きも最後は必ずお父様の抱っこの中
でハッピーエンドを迎えることになるのでした。

 ですから、私にとっては膝の上でのお勉強も膝の上でうつ伏せ
になるお尻叩きも同じ出来事(?)。お父様から幸せを得るため
の儀式だったのでした。


**********<4>**************

小暮男爵 ~第一章~ §5 朝のお浣腸

小暮男爵/第一章

***<< §5 >>****/朝のお浣腸/*****

 お父様と私はお勉強を終えると、その後は一緒の布団で寝ます。

 タオルケットでぐるぐる巻きにされて、その身体をギューって
もの凄い力で締め上げられながら、私は学校の事を話しお父様は
ご自分の昔話をなさるのです。その時、ベッドで聞いたお父様の
お話は、脚色もあるでしょうけどまるで童話のように楽しいお話
ばかりでした。

 子供の頃悪戯ばかりしていてよくお尻を鞭でぶたれていた話や
ヨーロッパへ留学していた頃ラグビーの試合で気絶して優勝した
瞬間は覚えていないこと、ヨーロッパのお姫様と秘密のデートを
重ねた思い出、ヨットが遭難して無人島で一週間も過ごしたこと
など色々です。

 どれもこれも面白くて私を興奮させます。
 そして、その興奮がひとしきり収まった頃、私はお父様の胸板
に鼻の先をちょこっとだけ着けて眠りにつくのでした。


 翌朝、
 私は起きると、すでに自分が真っ裸にされていることに気づき
ます。
 ま、それ自体そんなに珍しいことではないのですが……

 『あっ!』
 焦った私はタオルケットを強く引き寄せましたが、どうやら、
それに気づいてお父様も目が覚めたみたいでした。

 「おっ、起きたか」
 ご機嫌な笑顔が目の前に……

 「おはようございます」
 私はちょっぴりくぐもった声になりました。

 「はい、美咲ちゃん、おはよう」
 お父様は私の鼻の頭を撫でただけでしたが、その瞬間、あの時
の胸の痛みが再び現れました。

 『そうか、これって、恥ずかしいってことなんだ』
 私はこの『ドキッ』という衝動が恥ずかしいという感情なんだ
と、この時初めて知ったのでした。
 だって、これまではお父様に限り恥ずかしいなんていう感情は
起きませんでしたから。

 えっ、そんなの変ですか?
 でも、そうなんですよ。

 我が家でのお父様というは、昨今流行の『足長おじさん』風と
か、『親切な他人』風といった軽い存在なんじゃなくて、聖なる
存在、まるで神様みたいなものなんですから。

 だって、この家ではどんなに強そうな下男もどんなに賢そうな
家庭教師もお父様の前ではかしこまっています。大人でも誰一人
逆らえませんから一番偉い人のはずです。ましてや何の力もない
子供の場合はなおさらでしょう。
 私たちができることは愛想よくしていることだけでした。

 子どもたちにとってお父様というのは、その存在が空気みたい
に当たり前で、かつ宇宙みたに巨大なものですから、それが無く
なるとか、そこから離れようなんてそもそも考えることがありま
せん。

 たとえお仕置きにあっても、それは友だちとの喧嘩なんかとは
違って、これはもう自然災害みたいなものですから、諦めるしか
ないということになります。
 だって、降りそそぐ雨に向かって「どうして雨が降るんだ!」
って叫ぶ人はまずいないでしょう。

 その代わり普段たっぷり愛されていますから、お仕置きだけを
とりあげて「私は不幸だ~」って嘆く必要もありません。
 どんなに厳しいお仕置きになったとしても私がお父様を恨むと
いうことにはなりませんでした。

 もし、あなたが自分以外誰一人いなくなった地球で、素っ裸に
なったとしましょう。それって恥ずかしいと感じるでしょうか。
私とお父様の関係って、そんな異次元の関係だったんです。

 そんな人間関係では、他の人の前でなら必ず起きる事が起きま
せんでした。恥ずかしいという感情が起きないのです。
 私はこれまでお父様の前でなら素っ裸になっても特別に感じる
ことは何もありませんでした。

 ところが……
 そのお父様の前で、今、恥ずかしいと感じる。そんな当たり前
のことが、この時初めて起こったのでした。

 でも……

 「ん・どうした?恥ずかしいのか?」
 お父様の方からせっかくそう問いかけてくださったのに、私は
首を振ってしまいます。
 それは、自分の気持が何なのか、その時はまだ確信が持てない
からでした。

 それに気をよくしてか、お父様が……
 「よし、それじゃあ、今日は、まず浣腸しようか。河合先生の
お話では、ここ三四日はお通じがないっておっしゃってたから。
私もさっきお腹を押してみたけど、美咲ちゃんのお腹、やっぱり
張ってるみたいだよ」

 お父様はまだ寝ぼけ眼だった私が一瞬にして飛び上がるような
ことを軽る~く言ってのけます。
 それを聞いた私の目は点になっていました。

 私は茫然自失のまま、お父様が河合先生を内線電話で呼び出し
いるのを聞きます。
 「あっ、先生。美咲にカンチョウしようと思うんですが、今、
お手伝いいただけますか?……あっ、そうですか、お願いします」

 慌てた私は思わず全裸でベッドの脇に仁王立ち。
 でも、そこから先は、体が動きませんでした。

 いえ、本心はこの部屋から逃げ出したいのですが出来なかった
のです。

 そもそも私の場合、たとえ自分のことでなくとも『カンチョウ』
という言葉を聞いただけで、やはり全身鳥肌、全身金縛りでした。

 今、身動きはできませんが、頭の中では不幸の記憶がぐるぐる
回っています。
 苦々しい思い出が次々に蘇って仁王立ちの私を苛むのでした。


 お浣腸でまず嫌なのがあの姿勢です。特に私の家では赤ちゃん
がオムツ換えをする時のような仰向けで両足を高く上げる姿勢で
やらされますから、その瞬間は、無防備で何一つも隠せません。
お父様はともかく、たとえ同性の河合先生でもあそこを覗かれる
のは恥ずかしくてたまりませんでした。

 次はお薬が入ってくるあの瞬間です。お尻の穴に差し込まれた
ガラス管の冷ややかな感触やそこから発射されたグリセリン液が
直腸を逆流していくあの感触。恥ずかしい姿勢ともあいまって、
心は屈辱感でいっぱいになります。

 おまけにお薬の注入が済んでもすぐにトイレへは行けません。
 次は、オムツを当てられて、ウンチを出るのをできるだけ我慢
しなければなりません。たいていはお父様に抱っこされた状態で、
目を真っ赤にして見開き、お父様の襟の辺りを必死に握りしめて
我慢することになります。

 その苦しいことと言ったら、マジで死ぬ思いです。

 ところが、そんな悲痛な思いとは裏腹にお父様の胸の中であや
されていると、そこには別の感情もわきます。安らぎというか、
恍惚感というか、お酒に酔ったみたいというか、とにかく不思議
な気分です。
 この瞬間は私の心の中で天国と地獄が同居しているようでした。

 『もし、穿かされたオムツにやってしまったら……』

 そんな超恥ずかしいことが頭の中を支配するなか、それが一瞬、
とても楽しいことをやっているようにも感じられたりして………
でも、今度はそんな事を思っている自分に気づき、思わずゾッと
して我に返る。
 とにかくお浣腸というのはそんなことの繰り返しだったんです。

 とにかくあれをやられた時は必死に頑張るより道がありません
でした。

 お父様は、娘のことだと思って…
 「大丈夫、大丈夫、どうにもならない時はお漏らししてもいい
から。お父さんだっておまえのオムツ替えくらいしてあげた事が
あるんだよ」
 なんて気楽におっしゃいますが、それはもちろん私が赤ちゃん
の時のことです。こんなに大きくなってから、そんなの絶対に嫌
でした。

 もしこの事がお姉さまたちに知られたら……
 『わあ、この子、普段から赤ちゃんみたいだと思ってたけど、
本当にお漏らしするなんて、姉妹の恥さらしだわ』
 なんて生涯言われ続けるかもしれません。恥ずかしくて、私、
この家で生きていけなくなります。

 私が恥ずかしくないと言ったのはあくまでお父様と二人だけで
いる時だけ。他の人に対しては、みんなそれなりに恥ずかしいと
いう気持を持っていました。


 やがて河合先生が部屋にやってきて手際よく準備を始めます。
注射器を一回り大きくしたようなシリンダー浣腸器や茶色の薬壜
に入ったグリセリン溶液。洗面器にタオル、着替え、オムツ……
私専用のオマルまでがあっという間に目の前に現れたのでした。

 「よし、準備ができたから始めようか。うんちもここでやって
しまおうね」
 お父様の声に気がつくと私はお父様から抱っこされています。

 「いや、私、トイレ行くから」
 私は最後の力を振り絞ってお父様の胸から出ようとしますが、
果たせませんでした。

 「ほら、暴れないの。ちょっとだけ我慢すればいいことなんだ
から」
 その瞬間はすでに放心状態だったのかもしれません。お父様の
声が遠くに聞こえていました。

 もちろんこんなこと、拒否できるものならしたいところですが、
そこは悲しき小学生。お父様がいったんやるとおっしゃったら、
私がそれを拒否なんてできませんし、逃げ出すこともできません。
 そもそもここを逃げ出したとしても私にはどこにも行くあてが
ありませんでした。

 「ねえ、やめて……お願い……ねえ、やめようよ。恥ずかしい
もん」
 私はお父様におねだり声で擦り寄りますが……

 「大丈夫だよ。見てるのは、お父さんと河合先生だけだもん。
それともサッチャン(お手伝いさん)にも手伝ってもらおうか?」
 
 「いや、絶対にいや。…ねえ、これって私へのお仕置きなの?」

 「オシオキ?……いや、そんなつもりはないけど…………ああ、
昨日のことね。たしかに、お父さんと一緒に暮らすこの一週間は
今までより大変かもしれないけど、それは美咲ちゃんにきちっと
した生活習慣を身に着けて欲しいからなんだ。遥ちゃんは、まだ
自分の事で手一杯みたいだから美咲ちゃんは私が手助けしなきゃ
って思ったんだよ」

 「じゃあ、このお浣腸はお仕置きじゃないの?」

 「もちろんそうだよ。お腹に老廃物が溜まってるのは健康にも
よくないからね。いらないものは出してしまわないと」

 「いらないものって……私、わざと溜めてるわけじゃないし…」
 声が小さくなります。

 「それにだ。最近、美咲ちゃんがお友だちと喧嘩したり学校の
成績がイマイチだったりするのも、便秘でお腹が重くるしくて、
ストレスになってるからじゃないかと思ったんだ」

 お父様の言葉には、それなりに説得力がありますが、だからと
言ってそれをあっさり認めるわけにはいきません。

 「そっ……そんなことないよ。わたし全然平気だよ。……関係
ないよそんなこと……ほんのちょっとだもん」
 私は慌てて否定しますが……

 「そう、ほんのちょっだけなんだ。だったら、やっぱりお腹は
張ってるんだ」
 
 「だから大丈夫だよ。そんなことでお友達と喧嘩なんてしない
し、勉強ができないなんてことないもの」
 私は必死に訴えますが……

 「でも、お腹が張ってるのは自分で分かるんだろう?」

 「それ……は」
 私が口ごもると、その後はそのまま押し切られてしまいます。


 素っ裸のままお布団の上に仰向けになって、両足を高く上げ、
その上げた両足が下りないように自分の太股を自分の両手でしっ
かりと支えます。

 やがて大きな注射器のようなガラス製の浣腸器の先が私のお尻
の穴を突き刺すのですが、それを待つこの瞬間が一番嫌でした。

 全てがあからさまになって隠すところがないなんて、逃げ場が
どこにもないなんて、女の子にとっては人格崩壊です。
 
 「さあ、いくわよ。力抜いて」
 河合先生の声がして、ガラス製浣腸器の先端が私のお尻の穴を
突き刺します。

 幼い頃の私はお浣腸が嫌で嫌で仕方がありませんから、先端の
ガラスがお尻の穴に触れた瞬間、肛門を閉めて必死に抵抗した事
がありました。

 ところが、ある時お父様がそれに怒って、ここにお灸をすえた
ものですから、それ以来、ガラス管が私のお尻を突き刺すたびに
涙がこぼれます。

 それって火傷するほどではなくあくまで戒めとしてのショック
療法、脅かしなんですが、女の子にとってお股は聖域ですから、
心の傷は残ったみたいでした。

 お父様は私たちを養女にしていますが、年代的に言うとお父様
と言うより御爺様世代。ですからお灸なんていう古風なお仕置き
もお父様の中ではいまだに現役だったのです。

 お灸は艾の大きさによって体罰としての程度はさまざまですが、
総じてキツイお仕置きの一つでしたからいつもいつもというわけ
ではありませんでした。

 ただ、ここぞという時は、他の姉妹をわざわざお部屋に招いて
から行いますから熱いのと恥ずかしいのが一緒になった公開処刑
です。その光景はどの子にとっても生涯忘れることができません
でした。

 お灸をすえられた回数は人によってさまざま。一学期に一回は
必ずというお転婆さんもいれば、一年か二年に一回あるかないか
というおとなしい子もいます。

 ただ、ここを巣立つまでの間に一度もすえられたことがないと
いう子はいなかったんじゃないでしょうか。
 どの子の肌にも、確かにお父様に育てられましたという証しと
しての灸痕が身体のどこかについていました。

 特に私がやられた肛門へのお灸はとびっきり熱くて、しばらく
はウンチをするたびにそこが沁みますから他のお灸のお仕置きに
比べても大変重いものだったのです。

 このため、ピストン式のガラスの先端がお尻の穴に当たると、
最初は必ず肛門を閉じますが、すぐにそれを思い出して緩めます。

 最初はお浣腸をされたくない一心で肛門をきつく閉じてしまう
のですが、すぐにそれがどんなに厳しいお仕置きに繋がっている
かを思い出して今度は反射的に肛門の筋肉を緩めてしまうのです。

 ならば最初からお尻の筋肉を緩めたままにしておけばよさそう
ですが、それがそうもいきません。
 実はこの一連の作業、頭で判断していたというより、ほとんど
無意識にこうなってしまうのでした。

 『んんんんんん』
 お薬が入ってくる瞬間は毎度毎度何ともいえない不快感です。

 『あ~~トイレ、トイレ』
 私は心の中で叫びます。

 お薬の注入が終わると、すぐにオムツが当てられ、私の身体は
河合先生からお父様に引き渡されますが、この時はすでにトイレ
へ行きたいという状態になっていました。

 『わ~~~だめ~~~』
 グリセリン溶液は即効性がありますから、すぐに効果がでます。
それももの凄い勢いでお腹が下りますからたちまち全身脂汗です。
 そんな状態でも、すぐにおトイレへ行けるわけではありません
でした。

 5分、10分、いえ、時には20分もお父様の胸の中で我慢を
続けなければなりません。

 「ああ、いい子だ。でも、もうちょっと我慢しようね」
 私を河合先生から受け取ったお父様は、玉の汗をかきながらも
パジャマの襟を必死になって握りしめる私の顔を優しく見つめま
す。

 「ああ、いい子だ、いい子だ。頑張れ、頑張れ、もう少しだよ」
 お父様は10歳を越えた娘をまるで赤ん坊のようにあやします。

 「………………」
 おしゃべりな私はお仕置きの最中ですら余計な一言を言っては
お父様をさらに怒らしたりするのですが、さすがにこの時ばかり
は何一言も声がでません。
 もし、何かしゃべったら、それがきっかけで飛び出してしまい
そうなんで、さすがの私も無口になるしかありませんでした。

 『お浣腸』って体(てい)の良い拷問みたなものなんのです。

 ところが、お父様はそんな時でも私を赤ちゃんに見立てて笑わ
そうとします。
 「ほら、美咲ちゃん、笑ってごらん。ベロベロばあ~」

 「いやっ……やめて……」
 私は不快といった感じでその瞬間はお父様を睨みます。

 でもそんな顔は長く続きませんでした。お父様のそんな百面相
を見て笑い上戸の私がつられて笑ってしまいますから……

 「ほら、笑ったあ~」
 お父様はご機嫌でした。

 実際、こんなにも大変な状況なのに傍目には微笑ましい光景と
感じられる不思議な世界もありました。

 さて、お父様からそんな風にしてオモチャにされているうち、
大人用の量を入れられた私のお腹はどうにもならないところまで
きてしまいます。

 お父様のパジャマの襟を必死に掴んで耐えられるだけ耐えては
きたものの、今さらオムツを外されてもトイレへ駆け込む時間は
残っていないと自分で分かります。

 だって、その間に爆発しちゃいますから……

 そんなこんなはお父様もよくご存知でした。
 そこでお父様が空気イスで私を支え、私は室内便器(オマル)
で用をたすことになります。
 トイレットトレーニング時代の赤ちゃんが『ママ、ウンチ』と
言ってやってもらう、あれと同じ姿です。

 終わると素っ裸の私は涙目で嫌なことをしたお父様の大きな胸
を叩き続けますが、その身体が再びお父様の抱っこの中へと吸収
されてしまうと、私はその胸中で隠れるようにまた笑ってしまう
のでした。

 自分でもなぜこんな時に笑ってしまうのかわかりません。
 でも、この時代はまだそんな笑いを押さえることができません
でした。

 私はお外では小学校高学年の女の子です。自分で言うのも変で
すが、わりとしっかりした少女です。でも、お父様との間では、
私の心は依然として幼い頃のまま。お人形のままでした。

 「さあ、抱っこしてあげよう」
 なんてお父様に言われると、その誘惑に勝てません。どんなに
怒り心頭に達している時でも、お父様のこの一言で簡単に擦り寄
ってしまうのです。
 これは理性を離れてどうしようもないことでした。

 そんな様子を見続けてきたお父様はこのフレーズを多様します。
要するに私はまだ赤ちゃんだと思われているわけで、私がお父様
に一人前の娘として認められ色んなことに自由が与えられる日は、
この時点ではまだまだ遠い先のように思われるのでした。

***********<5>*************

小暮男爵 ~第一章~ §1 / 旅立ち

小暮男爵/第一章


<<目次>>
§1  旅立ち        * §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書   * §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?   * §13 お父様の来校
§4 勉強椅子       * §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸      * §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事      * §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校          * §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて       * §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還  * §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① * §20 六年生へのお仕置き



*****<< §1 >>****/旅立ち/*****

 その日、私は孤児院の庭で大きな木にぶつかりました。
 見上げると雲衝く大男が私を見下ろしています。
 私は不安げに笑いましたが……すると、三歳になったばかりの
私はいきなりその大男に抱きかかえられます。

 それが、男爵様との最初の出会いでした。
 そして、その時、地面を離れた足が再び施設の土を踏むことは
ありませんでした。

 私は男爵に抱きかかえられたまま孤児院の園長先生にお別れを
言い、そのまま黒塗りのシボレーに乗せられます。

 いきなりの環境の変化。でも、私は泣かなかったそうです。
 私は男爵様の膝の上でまるで何事もなかったかのように変わり
ゆく車窓の景色を眺めていました。

 そうやって連れて来られたのは横浜の山の中にあった男爵様の
別荘。
 別荘と言っても、そこが男爵が住まう家であり、私たち養女、
養子たちが生活する家でした。

 その建物に入り居間のソファまでやって来て私はようやく足を
地面に着けることができます。
 「いいかい、ここが今日からお前の家だ。まずは兄弟(姉妹)
たちを紹介しようね」

 男爵はそこにずらりと居並ぶ新しい兄弟を紹介していきます。
 ただ、いきなり起こった変化の中で私はそれを理解することが
できませんでした。きっと、紹介された十人の兄や姉たち、その
誰一人覚えることがなかったと思います。

 ただ、誰かが……
 「もっと可愛い子かと思ってた」
 という問いかけに男爵が…
 「可愛いじゃないか。何よりこの子は芯が強そうだ。車の中で
一度も泣かなかった」
 と言われ、お父様から頭を撫でられたのを覚えています。

 次は突然のことでした。

 『あっ』
 私はパンツを脱がされるとまるで岩山のような男爵の膝の上に
腰を下ろします。どうやら、その場でお漏らしを始めたようで、
周囲の大人たちが慌ててタオルや替えのパンツを用意し始めます。

 でも、そのことに私は慌てていませんでした。
 というのも、当時の施設ではパンツが濡れたまま遊んでいる子
なんて珍しくないからです。

 「乾くまで待ってればいいのに……」
 私が思わず発してしまった言葉に、周囲はどん引きしてしまい
ます。
 が、男爵様だけは笑っています。
 私もそんな男爵様の顔を不思議そうに見ていました。

 そんな物怖じしない性格が気に入ったのか男爵様はノーパンの
私をさらに強く引き寄せ優しく頬ずりを繰り返します。

 実はこの男爵様、ペドフェリアの傾向があって、子どもたちも
その性癖を満足させるためにここに集められていたのでした。
 いわゆる『子供妾』と呼ばれるやつです。

 ですから養女と言っても、私たちに男爵の財産を相続する権利
はありません。ただ、食べさせてもらい、着させてもらい、住ま
わせてもらうだけの存在でした。

 そうですね、私が得られた報酬らしいものといえば、しっかり
とした教育を受けさせてもらった事とお婿さんを探してもらった
事くらいでしょうか。

 そうそう『男爵様と知り合い』というのも社会に出てから結構
役に立ちました。おかげで、大人になってからも路頭に迷うこと
なく暮らせましたから。そういった意味での報酬はあったみたい
です。

 ただ、男爵はみずからの性欲の満足のために子どもたちを受け
入れているわけですから、実のお子さんのように『蝶よ花よ』と
いうわけにはいきません。
 私たちの生活は沢山の規則で縛られていて、些細な罪も厳しい
体罰で精算することになっていました。

 痛い罰、恥ずかしい罰もここでは日常茶飯事です。
 ですが、不条理な罰というのだけはありませんでした。

 罰には立派な理由がついていて、規則どおりに暮らしていれば
体罰の心配はありません。
 それができない時に厳しいお仕置きとなるわけです。

 ならば安心と言いたいところですが、そうはいきません。
 何しろ相手は子ども。大人と違って分かっていても色んな事を
やらかしますから、お仕置きを受けずに暮らすというのは事実上
不可能だったのです。

 どんなに注意深く慎み深い生活していても、二週間、三週間、
いえ一月に一度くらいは必ず男爵家のお仕置き部屋で泣き叫ぶ事
になるのでした。

 いえ、これは家庭だけじゃありません。
 学校も同じでした。

 養女となった私たちが通う学校はお父様と同じ性癖を持つ方々
が資金を出し合って作った小学校や中学校。よって、お仕置きも
毎日の恒例行事です。何しろお父様たち公認なんですから幼い子
にも容赦はありませんでした。

 お父様たちに協力的な先生方のもと、子供たちは色んな理由を
つけられてはぶたれます。まるで森でさえずる小鳥たちのように
子供たちの悲鳴が人里離れた山の中に響きます。

 それだけじゃありません。学校の敷地に一歩でも入り込めば、
他では絶対に見られない破廉恥なお仕置きが目白押しでした。

 もちろんここは文部省が認可した正規の私立学校ですよ。でも、
ここへ入学できるのは特別な性癖を持つお父様方が吟味に吟味を
重ねた子供たちだけ。

 クラスメイトだってつまりは同じ身の上なわけですから私たち
には比べるものがありません。つまり私たちは自分たちのことを
ことさら不幸と感じる必要がありませんでした。

 住めば都という言葉があるように、私たちにとってはこの山里
がふるさと。男爵様の家が我が家。男爵様が用意してくれたこの
世界でみんな一緒に暮らしていた。……そんな感じでしょうか。

 すべての幸せは男爵様の手の中にあったのかもしれませんが、
それで私たちは十分幸せでした。

 厳しいお仕置きがあると言っているのに幸せだなんて、不思議
ですか?変ですか?

 だってどんなに厳しいお仕置きがあったとしてもそれは生活の
中のほんの一コマ。大半の時間は優しいお父様にたっぷり甘えて
暮らしていたわけですから、差し引きすれば不幸より幸福感の方
が遥に大きいわけです。

 お仕置きがあってもなくても、施設に戻りたいだなんて思った
ことは一度もありませんでした。

**********<1>*************

小暮男爵 ~第一章~ §2 / お仕置き契約書

<主な登場人物>

 学校を創った六つのお家
 小暮
 進藤(高志)(秀子)
 真鍋(久子)
 佐々木
 高梨
 中条


 // 小暮男爵家 //
 小暮美咲<小5>~私~
 小暮遥 <小6>
 河合先生<小学生担当の家庭教師>
 小暮 隆明<高3>
 背が高く細面で彫が深い。妹たちの間では
 もっぱらハーフではないかと思われている。
 小暮 小百合<高2>
 肩まで伸びた黒髪を持つ美少女。
 凛とした立ち居振る舞いで気品がある。
 小暮 健治<中3>
 小暮 楓<中2>
 小暮 朱音(あかね)<中1>
 武田京子先生<中学生担当の家庭教師>
 小暮 樹理<大学2年生>
 今は東京で寮住まい。弁護士を目指して勉強
 している。


 // 聖愛学園の先生方 //
 小宮先生<5年生担当>
 ショートヘアでボーイッシュ小柄
 栗山先生<6年生担当>
 ロングヘアで長身
 高梨先生<図画/一般人>
 創設六家の出身。自らも画家
 桜井先生<体育/男性>
 小柄で筋肉質。元は体操の選手
 倉持先生<社会/男性>
 黒縁メガネで頭はいつもぼさぼさ
 榎田先生<理科/男性>
 牧田先生<お隣りの教室の担任の先生>
 大柄な女の先生。陰で男女(おとこおんな)
なんて呼ばれることもある怖い先生。
 中井先生<家庭科/女性>
 本来の仕事のほかに頼まれるとお灸のお仕置きも
こなす生徒には怖い先生。
 黒川先生<校医/男性>
 温厚なおじいちゃん先生

 //6年生のクラス<担任/栗山先生>//
 小暮 遥
 瑞穂のライバル。飛び降りは参加せず。
 進藤 瑞穂
 学級委員、でもけっこうヤンチャ。
 佐々木 友理奈
 高梨 愛子
 飛び降りは参加せず
 中条 留美
 飛び降りは参加せず
 真鍋 明(男)

 //5年生のクラス<担任/小宮先生>//
 小暮 美咲
 中条 由美子
 高梨 里香
 真鍋 詩織
 お下げ髪、三つ編みを両耳で垂らし先端に
毎日色代わりの小さなリボンをつけている。
 佐々木 麗華
 進藤 広志(男)<家庭教師/会田先生>
 絵が得意。鷲尾の谷はお気に入りのスケッチポイント。


****<< §2 >>***/お仕置き誓約書/***

 小暮家にやって来てからというもの私は一日の多くをお父様の
抱っこの中で過ごしていました。
 私がそう望んだのではありません。リタイヤしたお父様が暇を
もてあましていて幼い私を手離そうとしないのです。

 私は独りになりたくてイヤイヤしたことが何度もあったようで
すが、そんな時でも一時的に河合先生が預かるだけで、またすぐ
にお父様の腕の中に戻されます。

 最初の頃はお遊びの時間はもちろん、食事、お風呂、おトイレ
……そのすべてが一緒の暮らしでした。
 こちらはそうした生活に無理やり慣らされたといったところで
しょうか。

 3歳という年齢を考えればそうした親子もそう不思議でないの
かもしれませんが、幼児期を過ぎてもお父様は私を離しません。

 お父様は、昼間ゴルフに出かけたり、書斎で書き物をしたりと
いう生活でしたが、その場所にもお父様のお人形として私は常に
参加していました。
 そんな時、私の面倒をみるお母さん役が河合先生になります。
彼女は私が幼い時はナニーとして、少し成長してからは家庭教師
として私を支えてくれたのでした。

 それにしてもいつもお父さんと一緒だなんて楽しそうですか?

 いえいえ、そこはそんなにこれは快適な生活ではありませんよ。

 お父様が私を抱く時、そこはゴツゴツとした岩のような筋肉の
ベッドですし、まるで束子のような顎鬚が私の頭や顔にチクチク
当たります。おまけに男性特有の体臭が鼻を突きますから思わず
顔をしかめます。
 母親に抱かれる時ような優雅な世界ではありませんでした。

 幼児にとって、むしろそこは過酷な場所。愛情を押し売りして
くるありがた迷惑な世界だったのです。

 ただ、いいこともありました。
 それは、ここがこの小暮家にあっては最も安全な場所だったと
いうことです。

 というのは、小暮家の子供たちになったら避けて通れないはず
のお仕置きが、お父様に抱かれている私には一度もありませんで
した。

 そりゃあそうでしょう。お父様に四六時中抱かれている私は、
この家では赤ちゃん扱い。そんな赤ちゃんに、体罰を仕掛ける人
なんて誰もいませんから。

 その一方で人畜無害だと考えられていた私が、お姉さまたちの
お仕置きを見学する機会はよくあります。

 躾の厳しい小暮家では、娘といえどお父様の前でパンツを脱ぐ
のは当たり前。お臍の下を裏表しっかりチェックされたり、その
中までも検査されます。

 そうやって近々にお仕置きされていないことをを確認してから
平手や竹の物差しでお尻を叩かれるのです。

 強くは叩きませんがそれでも悲鳴があがることはよくあります。
時には女の子全員を集めてその前でお仕置きなんてことも。

 それだけじゃありません。お父様の家では特に女の子に対して
お浣腸やお灸がなされることも少なからずありましたから、その
恥ずかしさは半端ではありませんでした。

 今なら、これらは『虐待』という領域なのかもしれませんが、
当時は少しぐらい度を越したお仕置きでも、それは父親の権利で
あり愛情。躾の為にはやむを得ないと考えられていましたから、
非難する人は稀だったのです。

 ですから決して理由なくお仕置きするわけではありませんが、
お父様が躾の為にこれは必要と判断すれば、子どもたちはその後
厳しいことになります。

 私は、最初の頃、そうした悲劇の様子をお父様の腕の中でただ
ただ楽しく見学していたのでした。

 というのも、それがどれほど痛いのか、どれほど恥ずかしいか、
そもそもお仕置きをされたことのない私にはわかりません。
 ですから気楽なものなのです。お姉さまの悲鳴や悶絶にも私は
笑顔や拍手で答えます。

 お父様の腕の中から垣間見るお姉さまたちの地獄絵図も幼い私
にとっては退屈しのぎ見せ物(ショー)にすぎませんでした。


 さて、それではこの小暮家の娘たち、いったいどんな時にお父
様からお仕置きされるのでしょうか。
 これには、だいたい四つのパターンがありました。

 『宿題や勉強を怠ける』
 お父様は女の子だから学問はいらないとは思っていませんから
成績が落ちるとお仕置きです。

 『嘘をつく』
 特に自分を守る為につく嘘には厳しい結果が待っていました。

 『お父様や学校の先生、家庭教師、お姉さまなどはもちろん、
庭師や下男、賄いのおばちゃんに至るまでおよそ自分より年長の
人は全て私たちより偉い人というルール』
 家の娘なんだから使用人の名は呼び捨てで構わないなんていう
お嬢様ルールはここにはありません。目上の人は誰であっても、
『○○さん』と敬称を付けて呼ばなければなりませんでした。

 そして、お父様が何より気にしていたのが兄弟の仲でした。

 『兄弟げんかは理由のいかんに関わらずタブー』
 取っ組み合えば無条件で悲鳴が上がるほどのお尻叩きです。
 特に自分より年下の子をいじめようものなら、その結果は悲惨
というほかありませんでした。

 血の繋がらない兄弟姉妹、親子、だからこそ仲良しを一番気に
かけていたのでした。


 では、そんな本格的なお仕置きがいつ開始されるのか。

 男爵様の家ではだいたい10歳くらいから本格的なお仕置きが
始まります。
 いえ、それ以前にもお仕置きはあるにはあるのですが、それは
危ないことをやめさせる為に手を出すといった程度。
 過激なお仕置きではありませんでした。

 たまに河合先生がご自分の判断でお尻叩きをなさることもあり
ますが、驚いた子どもたちがお父様の処へ逃げ帰るという光景が
よくありました。

 それが10歳を過ぎると状況が一変します。お父様がご自身で
判断して子供たちにお仕置きを宣言なさいます。
 それって河合先生の場合とは違い、愛されてきた子どもたちに
してみたら、とても重いことだったのです。

 ですから、お父様はそれに先立ち、子どもたちに誓約書を提出
させます。

 『もし約束を破ったらどのようなお仕置きもお受けします』

 簡単な文面の誓約書です。でも、この一枚の紙切れは、その後、
私たちを長い間縛り付けることになるのでした。

 私も他の姉妹と同じように10歳になった時に誓約書を書いて
います。

 「いいかい美咲。この誓約書は、これから先、お前が児童施設
で暮らしたいのなら、いらないものだから書かなくていいんだよ。
どうするね。施設へ帰るかね」

 お父様はその時わざわざこんなことを言うのです。でも、私の
人生はここから始まったようなもの、はじめから児童施設へ帰る
という選択肢なんてありませんでした。
 私だけじゃありません。恐らくこの誓約書のせいで児童施設へ
帰る決断をした子は一人もいなかったと思います。

 私たちはすでにお父様の実の子でないことを知っていましたが、
私たちは目の前にいるこの人以外に愛された経験がありません。
この人が世界で一番大事なお父様ですし、ちょっぴり口うるさい
ですけど河合先生がお母様です。
 もちろん、お姉さまたちともこのお家とも離れたくありません
から答えは簡単でした。

 むしろ……
 『なぜ、そんな事をわざわざ聞くんだろう。……ひょっとして、
お父様、私のことが嫌いになったのかしら……』
 なんて、余計なことまで心配してしまいます。

 そんな私が誓約書を提出すると、お父様はいつものように私を
膝の上に抱いてあやし始めます。
 10歳を過ぎた少女と赤ちゃんごっこを始めるわけです。

 でも、そんなお父様に私の方も不満はありませんでした。
 女の子は、何かにつけてお付き合いが大事ですから、お父様が
望むなら私は赤ちゃんにだってなります。
 幼い頃やったおママゴトの延長ですから難しいことは何もあり
ませんでした。

 ガラガラが振られると笑い、おじやの入ったスプーンが目の前
に現れれば口を大きく開けて受け入れます。お風呂でもお父様が
私の服を全部脱がせて一緒に湯船に浸かり、流しで身体を隅から
隅まで洗ってもらうなんてことも……

 でも、これだってある日突然こうなったわけではありません。
赤ちゃん時代からの習慣がこの歳になってもたくさん持ち越され
ていただけのこと。お父様にしてみたら、幼児も赤ちゃんも同じ
ということのようでした。

 そして、こうしたことに何一つ抵抗感を示さない私はお父様の
信用を勝ち取っていきます。

 この時、お父様はすでに70歳近く。これまでも多くの女の子
たちを施設から引き取ってきましたが、さすがにこれ以上は無理
ということで私が最後の養女と決めていました。

 つまり、私より年下の子はもうこの館へ来ないわけですから、
ずっと私がお父様のお膝を独占できるわけです。

 そんな事もあって、お父様はずっとこのまま私を幼女のままで
育てたかったのかもしれません。でも、河合先生がそれを許して
くださらないので仕方なく誓約書だけは書かせた、そんな感じで
した。

 そんな事情からか、誓約書は提出したものの、その後も四年生
の間は今までと何ら変わらず私はお父様の赤ちゃんとして過ごす
ことになります。

 でも、さすがに五年生になって、とうとうその時が……
 お父様の家で暮らす少女なら避けて通れない試練の時が訪れた
のでした。

 小五から中一にかけて、大人たちはありとあらゆる機会を使い
子どもたちを躾けようとします。言いつけに背く子は無条件で罰
します。きついきついお仕置きは歳相応とはいえないほどの体罰
です。
 それがこれからは年長のお姉さまたちだけでなく、お父様から
寵愛を受けていたはずの私にも例外なく降りかかろうとしていた
のでした。


**********<2>*************

小暮男爵 ~第一章~ §3 / 赤ちゃん卒業?

小暮男爵

***<< §3 >>****/赤ちゃん卒業?/***

 その日は、夕食までは何も変わったことはありませんでした。
 五年生になってやっとお父様との添い寝から独立できた私は、
夕食の間じゅう一つ年上の遥ちゃんとおしゃべり。遥ちゃんとは
歳が近いこともあって何でも話せる間柄でした。

 ところが、食事が終わって、さて自分の部屋へ戻ろうとした時
です。私は家庭教師の河合先生から呼び止められます。

 「美咲ちゃん、お父様が何か御用があるそうよ。お父様、居間
にいらっしゃるから行ってちょうだいね」

 こう耳元で囁かれたものですから、す~っと頭の中から血の気
が引いていきます。

 『お仕置き!?』
 嫌な言葉が頭をよぎります。
 誰とは限りませんが、夕食後お父様が子供たちを呼び出す時、
そういうケースがたくさんにあったのです。

 でも、行かないわけにはいきません。
 11歳の少女に逃げ場なんてありませんからそこは残酷でした。

 我が家の居間は、普段なら恐い場所ではありません。板張りに
ソファが並ぶ20畳ほどの洋間で、自由時間であれば子供たちが
レコードを掛けたりテレビを見たりします。

 おかげで少し騒々しい場所でもありましたが、お父様にとって
はそんな喧騒もまた楽しいみたいでした。
 ですから、よほどのことがない限り『うるさい』だなんておっ
しゃっいません。

 もちろん子供たちの出入りは自由。ただ我が家では、夕食後、
家庭教師の先生に居間へ行けと言われたら、それは要注意だった
のです。

 ここでは、お父様の耳元でパンパンに膨らました紙袋をパンと
破裂させても、ジャムがべっとり着いた手でお父様の襟を握って
も、お膝に乗って思いっきり跳ね回っても、それを理由に叱られ
たことはありません。
 ただ無礼講のはずのこの場所も子供たちにしてみたら必ずしも
天国ではありませんでした。

 ここはお父様に愛撫されるだけの場所ではありまん。子供たち
にしたらお仕置きを受ける時だってここで受けます。

 たとえ高校生になった娘でも、お父様が命じれば妹たちのいる
この場所でパンツを脱がなければなりませんでした。

 お父様はお家の絶対君主ですから娘たちのお尻を素っ裸にして
平手打ちしたり、お浣腸やお灸をすえることだって、それは可能
なわけです。
 ですからこの場所にはお尻への鞭打ちに際して身体を拘束して
おくラックやお浣腸、お灸などのお仕置き用具もあらかじめ用意
されていました。

 私はこの居間でお姉さまの悲鳴を何度も聞きましたし、あまり
見たくありませんがお姉さまたちの大事な部分だって幾度となく
目の当たりにしてきたのです。

 そんな場所に行くようにと河合先生に耳打ちされた私は心配で
なりません。そこで、まずは入口から中の様子を窺いますが……

 「ほら、どうしたんだ。おいで」
 すぐに気づかれてしまい、お父様が私を中へ招きいれます。

 その顔はいつに変わらぬ笑顔でしたから、こちらも、ついつい
つられていつもと変わらぬ笑顔で部屋の中へ。

 お父様のお誘いにやがて駆け出すと、いつものように無遠慮に
ポンとその膝の上へ飛び乗ります。
 その様子はまるで飼いならされた仔犬のようでした。

 「おう、いい子だ、いい子だ」
 お父様はオカッパ頭の私の髪をなでつけ、その大きな手の平で
私の小さな指を揉みあげます。
 これもまたいつものことでした。

 『取り越し苦労だったのかもしれない』
 お父様がいつも私にやってくる愛情表現で接してきましたから
こちらもそう思ったのです。

 でも、そこからが違っていました。

 「今日、お父さんね、河合先生と一緒に小宮先生に会ってきた
んだ」

 その瞬間『ギクッ』です。
 私はさっそく逃げ出したいという思いに駆られますが……

 「…………」
 その思いはお父様に察知されて大きな腕の中にあらためて抱き
かかえられてしまいます。

 『ヤバイ』
 私は直感します。でも、大好きなお父様の抱っこの中での私は
おとなしくしているしかありませんでした。

 実はクラス担任の小宮先生と私は最近あまり相性がよくありま
せん。

 だって、あの先生、友だちの上履きに押しピンを立てただけの
軽~い悪戯まで取上げて、まるで私がその子を虐めてるみたいな
ことを言いますし、テストの点が合格点にわずかに足りないだけ
でも放課後は居残り勉強です。

 私にとってはこの先生の方がよっぽど『私をいじめてる』って
思っていました。

 「小宮先生、心配してたよ。美咲ちゃんは本当はとってもいい
子のはずなのに、最近、なぜか問題行動が多いって……」

 「モンダイコウドウ?」

 「例えば由美子ちゃんの体操着を隠したり、里香ちゃんの机に
蜘蛛や蛇の玩具を入れたり、瑞穂ちゃんの教科書に落書きしたの
もそうなんだろう?……昨日も男の子たちと一緒に登っちゃいけ
ないって言われてる柿の木に登って落ちたそうじゃないか。幸い
怪我がなかったみたいだけど、柿の木というのは枝が急に折れる
から危ないんだ」

 「うん、わかってる」

 「分かってるならやめなきゃ」
 か細い声で俯く私の頭をお父さんは再び撫でつけます。

 自慢のストレートヘアは友だちにもめったに触れさせませんが、
幼い頃から習慣で慣れてしまったのか、お父様だけはフリーパス
でした。

 「でも、由美子ってこの間体育の時間に私の体操着引っ張って
リレー一番になったんだよ。あの子、いつもずるするんだから。
里香だってそう。宿題のノート見せないなんて意地悪するから、
私もちょっとだけ意地悪しただけ。……瑞穂の教科書は違うわよ。
あれはあの子が『ここに描いて』って頼むから描いてあげただけ
なの。私が勝手に描いたんじゃないわ。そしたらあの子、それが
自分の思ってたより大きかったから騒ぎだしちゃって…おかげで
先生には叱られるし、ホント、こっちの方がよっぽど迷惑してる
んだから」

 私はさっそく早口で反論しましたが……

 「…………」
 見上げるお父様の顔はイマイチでした。

 「それだけじゃないよ。学校の成績も、いま一つパッとしない
みただね。朝の小テストは今週三回も不合格だったみたいだし」

 「あれは……」

 「あれは宿題さえちゃんとやっていれば誰にでもできるテスト
なんだだよ。……不合格ってのは宿題をやってないってことだ。
……違うかい?」

 「それは……先生もそう言ってた」

 「それと……単元ごとのテストは、合格点が何点だったっけ?」

 「80点」

 「そうだね。でも、美咲ちゃんのは、ほとんどが80点以下。
河合先生も最近は勉強に集中していないみたいだって……何か、
やりたくない理由があるのかな」

 「……そういうわけじゃあ……」
 私は即座にまた反論したかったのですが、ちょっぴり考えると、
そのまま口をつぐんでしまいます。

 いえ、この頃は近所の男の子たちとも暇を見つけて一緒に遊ぶ
ことが多くて、それが面白くて仕方がないんです。……だけど、
男の子たちってやたら動き回るのが好きでしょう。だから、家に
帰る頃にはもうくたくたで、何をする気にもならないってわけ。
 勉強もどころじゃありませんでした。

 でも、それを言ったらお父様は納得するでしょうか。
 しそうにありませんよね。だから私は黙ってしまったのでした。

 そもそも原因はうちはお姉さまたちがいけないんです。みんな
揃いも揃って秀才ばかりなんですよ。何かと比べられる妹はいい
迷惑でした。

 「樹理お姉さまはあなたの歳には3年先の教科書をやってたわ」
 とかね。
 「遥お姉さまがこの問題を解いたのは2年生のときよ。凄いで
しょう。誰かさんとは大違いね」
 なんてね。
 河合先生にいちいち比べられるのもしゃくの種だったんです。

 それに、お父様の顔色を窺うと……
 『どうして、お前だけできが悪いんだ』
 って言われそうなんで、強いプレッシャーです。

 「まだ、あるよ。これは小宮先生も笑ってらっしゃったけど。
この間の家庭科の宿題。あれはみんな小百合お姉ちゃんに作って
もらったんだろう?」

 「えっ!…あっ……いや……そ……そんなことは……ないです」
 私は心細く反論しますが……実はそんなことがあったんです。

 「美咲ちゃん、お父さんには本当のことを言わなきゃだめだよ。
お父さん、嘘は嫌いだからね」
 お父様に諭されると……

 「うん」
 あっさり認めてしまいます。
 私は生来もの凄く不器用で特に縫い物はいつも高校生の小百合
お姉様を頼っていました。小百合お姉様はやさしくてたいていの
事はやってくれましたから頼み甲斐があるお姉様なんです。

 「他人に作ってもらった物を提出するのも、これはこれで先生
に嘘をついたことになるんだよ。宿題は下手でも自分で仕上げな
きゃ。……そんなこと、わかってるよね」

 「はあ~い」
 私は消え入りそうな声を出します。
 でも、心の中では……
 『わかってるけど、できませ~~ん』
 でした。

 そして、その心根を隠すように顔はお父様の胸の中へと消えて
いきます。

 これって、甘えです。
 お父様と私は施設から連れてこられて以来ずっと大の仲良し。
少なくとも私はそう思ってます。だって、こんなに身体が大きく
なった今でも、お父様はまるで幼女のように抱いてスキンシップ
してくれますから。

 これって、慣らされちゃったってことなんでしょうけど、私も
またそんなお父様の抱っこが嫌いじゃありませんでした。

 『姉妹の誰よりもお父様は私を可愛がってくださってる』
 そう確信していた私はお父様に嫌われたくありませんでした。

 お父様の命令には何でも従いますし、なされるまま抱かれると、
たまにその冷たい手がお股の中へも入り込んだりしますが、でも、
私はイヤイヤをしたことがありません。
 女の子の一番大事な処だってフリーパスだなんて、広い世界で
お父様ただ一人だけでした。

 ただ、そんな蜜月も終わろうとしていたのです。
 
 「美咲ちゃん、こっちを向いてごらん。これから、大事な話を
するからね」
 お父様はご自分の胸の中に沈んだ私の顔を掘り起こします。

 「お父さん、いつまでも美咲ちゃんが赤ちゃんだと思って来た。
正確に言うと、赤ちゃんのままでいて欲しかったんだ、だから、
これまでは何があっても河合先生に『あの子はまだ幼いから……』
って言い続けてきたんだけど、これからはそうもいかないみたい
なんだ。これからは甘いシロップばかりじゃなくて、時には苦い
お薬も必要なのかもしれないなって思ってるんだ」

 「えっ!?私、お薬飲むの?」

 「はははは、そうじゃないよ」
 お父様は大笑います。

 でも、私は分かっていました。お父様の言う苦いお薬が、実は
お仕置きの意味だということを……でも、とぼけていたのです。

 お父様のお家の同じ屋根の下にはたくさんの姉たちがいます。
 その姉たちがどんな生活をしているのか。
 その扱いが自分とはどう違うのか。
 五年生にもなれば大体の事はわかります。
 そして、そんな特別待遇がいつまでも続かないこともこの歳に
なれば理解できるのでした。

 お父様と顔を合わせるたびに抱っこされてきた私。これまでは
何をやらかしてもお父様の懐に飛び込めば誰からも叱られません
でした。
 そんな私も、これからはお姉さまたちと同じ立場で暮らさなけ
ればならなくなります。
 それをお父様が、今、宣言しようとしていたのでした。

 「これからしばらくはお父さんの部屋で一緒に暮らそう」
 お父様の言葉はその最初の一歩を刻むもの。
 ですから、私は戸惑いながらもイヤとは言いませんでした。

 私が観念したのが分かったからでしょうか。
 「最初は辛いことが多いかもしれないけど、美咲もいつまでも
赤ちゃんというわけにはいかないからね」
 お父様は宣言します。

 お父様の大きな顔が同意を求めて迫ってきます。

 『……(うん)……』
 絶体絶命のピンチ!でしたが……でも、私は頷きます。

 この家で育った幼女が一人前の少女として認められる為の試練
の一週間。
 他のお姉さまたちはもっと幼い頃に済ましてしまった儀式を、
私はこの時初めて受け入れたのでした。


**********<3>*************

小暮男爵 << §20 >> 放課後

小暮男爵

***<< §20 >>****

 長い長い園長先生へのお別れのご挨拶がすんで部屋を出ると、
そこに六年生クラスの子たちが待っていました。

 私たちと同じように六人の子どもたちを担任の栗山先生が引率
していらっしゃいましたが、こちらのご用は、おそらく社子春と
いうことではないみたいです。
 だって、栗山先生、タイトスカートでしたから……。

 私はその中にいた遥お姉様と笑顔でご挨拶。
 相手もこの時は笑顔でしたが、その顔はすでに引きつっていて、
無理に笑おうとしているのが子供の私にもよく分かります。
 そのあたり女の子は相手の表情を敏感に感じ取るものなのです。

 『お姉様たち、やっぱり、あれで呼ばれたのよね』
 私は思います。あれというのは自習時間に起きた乱痴気騒ぎ。

 あれは昼休み、お父様たちによってお仕置き済みなはずですが、
それはあくまで家庭での事。彼女たちに対する学校でのお仕置き
はまだこれからでした。
 そこで、それが今、ここで行われる。私はそう読んだのです。

 すると、とたんに楽しい想像がいくつも頭に浮かびます。
 お姉様たちがこれからどんなお仕置きを受けるのか。
 その様子が走馬灯のように頭のなかを駆け巡るのです。

 リンゴと同じくらい真っ赤になるまでお尻を叩かれ、失神寸前
までお浣腸のウンチを我慢して、歯が折れそうになほど熱いお灸
に耐えます。

 『うっふ』
 その悪魔チックな妄想は一つ一つ私の頬を緩めます。

 園長先生や小宮先生、いえ、他の多くの先生方が私たちを天使
のようだなんておだてますが、これは真っ赤な嘘です。生身の私
たちは人の不幸が三度のごはんより大好きな悪魔の心を持つ少女。
ただそれを顔の外に出さないだけでした。

 ところが不覚にもそんなにやけた顔をした瞬間、誰が私の肩を
叩きます。
 「五年生のご用はもうすんだの?」

 振り返ると、河合先生が立っていました。

 「はい」
 顔面蒼白でのご返事。
 もちろん、河合先生に私の心の内が読めるはずありませんが、
それでもその顔は一瞬青ざめていました。

 「遅くなればマイクロバスで送ってもらえるでしょうけど……
遥ちゃんと一緒に帰る?」

 「はい、そうします。ちょっとだけ心配だから……」
 これも嘘です。
 本当は、お尻をぶたれて泣き顔で出てくる遥お姉ちゃんが見て
みたいだけでした。

 「そう、それじゃあ食堂でチョコレートパフェでも食べようか」

 「やったあ~~」
 河合先生のお勧(すす)めにテンションが上がります。
 こちらはもちろん本当でした。

 放課後の食堂。一般の学校ならランチが済めばもう用はありま
せんから、調理のおばさんたちもすでに帰宅している頃かもしれ
ませんが、ここは学校の先生だけでなく、家庭教師やお父様方、
臨時の先生たち、OB、OGなど色んな方が利用されますから、
午後も軽食や喫茶をやっていました。

 子供たちも大人が注文してくれれば飲食できます。
 チョコレートパフェは当時の私にしたら十分なご馳走でした。

 そのパフェを頬張りながら、私はぼやきます。
 「今日、園長先生になにされたと思う?」

 「お仕置き?」

 「そう、スカート上げて、パンツまで下げさせられて、全~部
丸見えだったんだから……その格好で10分も立たされたのよ。
……あの人、絶対、変態よ。……ヘンタイ……」

 私はチョコレートパフェのせいでテンションが上がりっぱなし。
四方のテーブルみんなに聞こえるような大きな声で自分が下半身
を裸にさせられた話を叫んでいたのでした。

 河合先生は、犬のような食べっぷりでパフェを頬張る私から、
園長室での出来事を順を追って尋ねていきます。

 「…………なるほど、そういうことだったの」

 パフェがきいたのか、私は密室での出来事を洗いざらいぶちま
けたのでした。
 そしてそれは、やがて今日の出来事を離れて、普段の生活での
不満にまで及びます。

 「だいたい、うちはなぜ月に1度身体検査があるの。あんなの
年に一回やれば十分よ。それも校医の黒川先生の前でお股開いて
あそこまで見せるなんて。だいだい黒川先生がヘンタイなのよ。
嬉しそうにニヤニヤしながらアソコ触ってくるんだもん」

 と、そこまで絶叫した時でした。
 聞きなれた声が耳元でします。

 「誰が変態なんだい?」

 「あっ、お父様」
 私は思わず『やばっ』と思いましたが手遅れでした。
 ちなみに、『お父様』とか『お姉様』とかいう仰々しい言葉が
気になってる方がいるみたいなんで断っておきますが、これって
特別相手を敬ってそう言ってるんじゃないんです。『お父様』は
私たちにとっては単なる名詞。ごく幼い頃に、「この人のことは
『お父様』と呼びなさい」「この人はあなたの『お姉様』なのよ」
って教えられたから未だにそう呼んでるだけなんです。

 そのお父様が……
 「誰が変態なんだい?」
 大きな顔をパフェのそばへ寄せてきます。

 「いえ、それは……えっと……」
 私は一瞬息が詰まって心臓がどぎまぎ。ここでは理由のいかに
関わらず大人批判は禁じられていますからびっくりでした。

 河合先生の場合は日頃から『何でも私に打ち明けてちょうだい』
って姉御肌を見せていましたから心安いのですが、誰にでもそう
できるわけではありません。目に余るようなら、当然、お仕置き
でした。

 「美咲ちゃん、目上の人を変態扱いしてはいけないよ。まして
ここは食堂、色んな人が近くにいる場所で大声で話をしたら他の
人たちだって不快な思いをするからね」

 「ごめんなさい」

 「君の場合はまだ世間も道理も知らない子供の立場なんだから、
まずは、目上の人の愛情を余すところなく受け入れるところから
はじめなきゃ。お父さんは、君に悪影響が及ぶような人とは接触
させていないつもりだ。園長先生も、小宮先生も、もちろん黒川
先生だって君が批判できるような底の浅い人物ではないはずだ」

 「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 私は平謝りでした。

 「先生、どうしたんだね、美咲がだいぶ興奮してたみたいだが、
何かあったのかね」
 お父様は河合先生に事情を尋ねられます。

 「…………そういうことか」
 河合先生の説明をすっかり聞き終えると、お父様は『なるほど』
と納得なさったみたいでした。そして、こうおっしゃったのです。

 「美咲ちゃん、君も学級委員をやっていたからわかるだろう。
リーダーというのは孤独なんだよ。部下は自分のことを信頼して
くれているだろうか、自分は愛されているだろうかって、いつも
気になってるんだ。だからそれを確かめたいんだけど、上下関係
があるとまともに尋ねても下の者はなかなか本心を打ち明けくれ
ないから、勢いこんな方法をとるんだ」

 「こんな方法って?」

 「だって、今日はみんなで社子春をやったんだろう?」

 「トシシュン?」

 「知らないかね、社子春というお話を……」

 お父様の言葉に私は頭をめぐらします。すると、昔読んだこと
のある童話がヒットしました。

 「君たちにとって小宮先生は単なる担任の先生じゃないんだ。
入学以来ずっと面倒をみてもらっているお母さんでもあるんだ。
だから、お母さんとしては、自分が困った時、この子たちは本当
に助けてくれるだろうかって心配になるんだったんだと思うよ。
それを試したかったんじゃないかな」

 「私たちが先生を助けるの?」

 「そうだよ。困難であればあるほど下の者が一致団結して上の
人の指示に従って行動してくれないと、難局はのりきれないもの。
どんな時でもお母さんを助けてくれますか?って試しているのさ」

 「お母さんを助ける?…………それで、社子春…………じゃあ、
なぜ園長先生は私たちのパンツを脱がせたの?」

 「それは、君たちがまだこんなに小さな子供なんですよって、
小宮先生に見せつけるためじゃないかな」

 「ん?……だって、私たち子供じゃない」
 私は意味が分かりませんでした。だって、私たちが子供なのは、
べつに裸にならなくても分かってるはずですから。

 「そりゃそうなんだけど、君たちくらいの年齢になると、世間
常識や分別はなくても知識だけは相当ついてくるから、大人の方
もついつい子供と分かっていても大人と同じように扱ってしまう
ことがあるんだ。でも、そうやって任せても、結局は気まぐれで
責任感のない対応に終始する事が多くて思うように結果がでない。
ストレスは溜まる一方ってわけさ。……そこで園長先生は原点に
戻って『ほら御覧なさい。この子たち、まだこんなに子供でしょ』
ってやったんじゃないのかな。あくまで想像だけどね、そう思う
んだよ」

 「…………」

 「分からないか?ま、無理もない。大人になったらわかるよ。
……それにだ、周りにいたのはどうせ女の先生だけなんだし……
いいんじゃないのか、そのくらいは……」

 「そのくらいじゃないよ。乙女の純情を踏みにじられたのよ」
  私がむくれてみせると……

 「そうか、乙女の純情かあ~~、それじゃあ、お父さんも今夜
あたり、お家でその乙女の純情とやらを見せてもらおうかな」

 お父様は冗談めかしにそう言ってのけますが、それって小学生
にとっては現実の危機なのです。ですから、私は慌てて河合先生
の陰に隠れるのでした。


 1時間ほどして三人は遥お姉様を迎えに行きます。

 そこには私たち家族だけでなく他の家族もいました。六家では
おおむね各学年に一人ずつ子供がいますから、各家のお父様たち
だってそこには顔をみせています。
 下級生の姉妹やその家庭教師、お父様たちで園長室のドアの前
はごった返していました。

 「ねえねえ、美咲ちゃん、聞いてよ。さっきまで凄かったんだ
から」
 「そうそう、もの凄い悲鳴があがってたの」
 「あれ、ケインじゃない。風切る音が聞こえたから」
 「嘘おっしゃい。こんな厚いドアの外からそんな音が聞こえる
わけないでしょう」
 「聞こえました。私、ドアに耳を近づけてずっと聞いてたもん」
 「ばかねえ、ケインなんて私たち小学生には使わないわよ」
 「使います」
 麗華ちゃんがむきになります。

 私が現れたとたん、話を聞いてもらえる相手が現れたと思った
んでしょうね、クラスメイトたちから速射砲のような言葉の連射
で襲い掛かってきます。

 でも、彼女たちが明かす、ドアの外からの諜報活動はこれだけ
ではありませんでした。

 「ねえ、中でお浣腸があったみたいよ。黒川先生入っていった
もん」
 「それだけじゃないの。中井先生まで呼ばれたんだから、……
きっとお灸よ」
 「すごいでしょう、トリプルのお仕置きだったみたいよ」
 詩織ちゃんは満面の笑み。
 どうやら悪魔の心を持つ少女は私だけではないようでした。

 そうやって、女の子たちがわいわい騒いでいるうちに、ドアが
開きます。

 すると、お友だちは自分のお姉様の顔を見つけて擦り寄ります。
すると先ほどまで笑顔から一変、その顔は深い同情心に包まれて
いました。
 どうやら女の子が天使なのは、女の子として営業中の時だけの
ようです。

 私も人だかりのなか遥お姉様を探します。
 『あっ、いたいた』
 ドアから最後に出てきました。

 下唇を噛んで必死に泣き顔を見せないようにしているのがよく
分かります。

 「お姉様~~」
 私が呼びかけると、気が着いて笑い返してきました。
 
 「大変だったね」
 私はねぎらいのつもりで言ったんですが……
 「大したことじゃないわ」
 首を振って前髪を跳ね上げます。

 『無理しちゃってえ~』
 とは思いますが、そこがまた遥お姉様の良い所でもあります。

 ところが……
 「遥、大丈夫か?」
 お父様がそこへ現れたとたん、お姉様はお父様の胸の中で泣き
始めたのでした。

 「痛かった。先生、ひどいことするんだよ。こんなこと今まで
一度もされたことなかったのに……」
 私に対してなら絶対に出さない甘えた声が、大きな胸の中から
聞こえます。でも、これが女の子でした。

 「仕方がないじゃないか。お仕置きだもの。辛くないお仕置き
ってのはないよ。それも年長になれば、段々きつくなってくる。
身体が大きくなった子に幼稚園時代と同じことをやっても効果が
ないだろう」

 「ねえ、お昼休みにお父様にやられたのとどっちが凄かったの?」
 私が不用意に尋ねると、お姉様はそれまで隠していた顔を私に
向けて睨みつけます。

 「…………」
 ですから、それ以上は聴けなくなってしまいました。

 お父様は、「食堂で少し休んでいこうか」と提案しましたが、
お姉様が「すぐに帰りたい」と言うので、そのままリンカーンに。

 自宅までの1時間近い道中、遥お姉様はその車内で自分の体を
両手で支えながら座っていました。いえ、なるだけお尻がシート
に着かないようにしていたわけですから、正確には立っていたと
いうべきかもしれません。

 ポンコツリンカーンのシートはすでに中のクッション材が飛び
出す始末でしたから、決して乗り心地のよいものではありません
が、それでもこんな姿で乗っているお姉様を見たのは初めてです。
 何があったかは一目瞭然でした。

 そして、家に帰ったあとも……
 お姉様は私と一緒にお風呂に入ることを拒否します。
 普段そんなことをしたら「家族が多いのに、そんなわがままは
認められません。後の人に迷惑がかかるでしょう」って河合先生
に叱られるところですが、それも今日はありませんでした。

 「あなたは先に宿題をすませてらっしゃい」
 遥お姉様がお風呂の間、私は勉強部屋へ追いやられます。

 その時河合先生が普段より優しくお姉様に接しているのがよく
わかりました。
 きっと、お尻は出血していてもおかしくないくらい腫上がって
いるはずですから、そこを洗う時はとても神経を使っていたんだ
と思います。そして、お姉様の愚痴も聞いてあげてたんだと思い
ます。お姉様のお風呂はいつもより長い時間がかかっていました。

 ちょうど宿題をすませた頃、私にお風呂の番が回ってきました。

 私は、お姉様のことについてお風呂の中で……
 「お尻真っ赤になってた?」
 「ずっと泣いてたでしょう?」
 「ねえ、みんな、お浣腸があったって言ってたけど、ホント?」
 「お灸もあったって……どこにすえられてた?」
 いくつも質問を繰り出しましたが、河合先生の答えは一つだけ。

 「知りません」

 でも、あまりにしつこく尋ねますから、私の身体を洗いながら
……
 「それはあなたに関係のないことでしょう。そういうことはね、
プライバシーと言って無理にこじ開けて見ようとしてはいけない
ものなの。あなたも自分がされたお仕置きを根掘り葉掘り尋ねら
れるのは嫌でしょう。自分がされて嫌な事は他人にもしてはいけ
ないわ。確かにここのお仕置きはよそと比べても厳しいでしょう
けど、それは、ここが他所の何倍も大きな愛情に包まれてるから
それができるってことなの。だから遥ちゃんも、どんなに厳しい
お仕置きがあってもそれを恨むことはないはずよ。あなただって
そうでしょう。お父様に厳しいお仕置きされたらお父様を恨む?」

 「それは……」
 私は返事に困ります。私だってその直後は確かに恨みますが、
お父様が相手だとすぐに忘れてしまうからでした。

 「でしょう、あなたの場合はまだまだお父様大好きだものね」

 最後はちょっぴり私を腐します。
 でも、それはそうでした。当時の私はまだまだ『お父様ラブ』
の時代。たとえお仕置きがあってもここではその後のフォローが
ありますからお仕置きが憎しみに変わることはありませんでした。

 その日の夕食。
 遥お姉様の席はいつもの場所とは違っていました。
 普段は小学生同士私とおしゃべりしながら食事をするのですが、
こんな時、お父様はご自分の席の隣にその子を席を用意させます。
罪を犯した子はその日お父様の隣りで食事しなければなりません
でした。

 それだけではありません、まずはその席の脇に立って、普段は
しないご挨拶を……

 「今日は、学校で自習の時間に騒ぎを起こしてお仕置きを頂き
ました。これからは良い子になりますから、お姉様、美咲ちゃん、
また今までどおり仲良くしてください。お願いします」

 頭をペコリとさげて反省のご挨拶が済むと姉妹みんなから拍手
してもらえますが、こんな拍手、嬉しくも晴れがましくも何でも
ありません。
 でも、『ご飯いらないからやりたくない』というわけにはいき
ませんでした。

 それだけじゃありません。この時座るイスなんですが、これも
普段の物とは違っていたんです。

 お尻の痛みを和らげる円形のクッションが座面に敷かれている
のはいいとして、問題はその椅子の形です。まるでレストランに
置かれた幼児用の椅子のようで、そこに座るとバーが下ろされ、
簡単には脱出できないようになります。
 ちょっとした拘束椅子でした。

 さらに問題はその食事の仕方。隣りに座る河合先生が親切にも
胸元に大きな涎掛けを掛けてくれるのですが、これは『あなたは
今、幼児なんですよ』という目印。ですから、食事そのものも、
この時は一人で楽しむことができませんでした。

 「あ~~ん」

 河合先生が、そのたびに料理の乗ったスプーンを幼児となった
お姉様の口元へ運びます。

 「ほら、遥ちゃん、あ~~~ん」
 時にはお父様も参加して二人で赤ちゃんごっこです。

 ですから、お姉様の食事はそのスプーンをパクリとやるだけ。
 まるで離乳食を口元へ運んでもらって食べる幼児のような食事
風景です。

 でも、これってお仕置きなんでしょうか?
 お父様にしたら、『お前はまだ幼児と同じなんだぞ!』という
戒めだったのかもしれません。
 実際、プライドの高い遥お姉様は渋い顔でご飯をを食べていま
したから。

 でも、私の場合、これはお仕置きになっていませんでした。
 普段からお父様ラブの私にしたらこんなのは大歓迎なんです。
喜んで赤ちゃんを引き受けて食べ物をこぼしたりミルクをわざと
口の周りに着けたりしてお父様の注意をひきつけます。
 ここぞとばかり甘えに甘えてむしろ本人はご満悦でした。

 実際そうやってみてもお父様が私を叱ったことが一度もありま
せんでしたから。


 食事が済むと、今度はそれぞれ自分の部屋に戻ってお勉強。
 普段なら河合先生が小学生二人の面倒を一緒にみるところなん
ですが、その日はあいにくとお姉様が厄日でしたから、お父様も
遥お姉様の応援に出かけます。

 これはお仕置きでショックを受けている遥お姉様を慰めるため、
あるいは叱咤激励するためでした。

 私の経験から言ってもこの時のお父様はとてもやさしくてお膝
に抱っこしてもらいながら、河合先生とマンツーマンで勉強する
ことになります。
 お父様の抱っこは子供の私には格別の安心感で、よく居眠りを
しては叱られていました。

 お姉様だってその事情は同じだと思います。普段、私と一緒に
いる時は『私はあなたとは違うの、もう大人なの』ってな感じで
すましていますが、彼女にとってもお父様はいまだ特別な存在で
あるはずです。
 実際、二人きりの時、お姉様が幼い子のようにお父様に甘える
姿を私は何度も見ていました。

 一方、その時の私の方はというと……こちらも一人で勉強して
いたわけではありません。
 隆明お兄様と小百合お姉様が私の面倒をみるようにお父様から
言いつかっていました。

 このお二人はそれぞれ高三と高二。小学生の私からみればもう
立派に大人です。ですから同じ兄弟姉妹といっても、同類とか、
ライバルといった関係ではありませんでした。
 私は、他の大人の人たちと同じようにこの二人にも甘えます。

 最初は、「ほら、甘えないの」って叱られますけど、めげずに
甘えていると、私も遥お姉様と同じように隆明お兄様のお膝の上
でノンノしてお勉強することが許されます。

 「やったー」
 私はどんなに乱暴に跳ね回ってもびくともしない筋肉質の椅子
に大喜び。
 『これで、お姉様と一緒にお勉強できるわ』
 そんな嬉しい思いでした。

 とはいえ、勉強はノルマ制。一応2時間とはなっていますが、
時間がきたから終了ではありません。全ての課題が出来るまでは
その人間椅子から開放してもらえませんでした。

 二時間半後、お父様と遥お姉様が、私の勉強部屋になっている
お父様の書斎にやってきます。

 「そちらは、まだ終わっていないのか?」
 「いえ、こちらも、もうすぐ終わりますから」
 「大丈夫てせす。もう少しですから……」

 お兄様お姉様は私を急がせて、ほどなく私の方も今日の勉強が
終了します。
 このあと、二人の残る仕事と言えば、お父様と一緒に寝るだけ
でした。

 私たちは、洗面所へ行って歯を磨くと、お父様の書斎に戻って
素っ裸の上にパジャマだけを身につけるとお父様のベッドの中へ
飛び込みます。

 この時、二人は11歳と12歳。今の基準でならもう親と添い
寝する歳ではないのかもしれませんが、当時は小学校を卒業する
まで親と添い寝をしている子も、そう珍しくありませんでした。

 こんな時のお父様は愛情の大盤振る舞い。
 ベッドの中でも私たちの身体を触りまくります。

 頭をなでなで。
 ほっぺをすりすり。
 お背中トントン。
 お尻よしよし。
 お手々をモミモミ。
 あんよもモミモミ。
 果ては、オッパイの先を指の腹でスリスリしたり、お股の中に
手を入れたりもします。

 お父様も、私も、遥お姉様も、コチョコチョ攻撃に大笑いして
身もだえます。

 こんなこと他の人なら許しませんけど、お父様の場合は特別。
 実際、こういうことって、二人にとっては決して嫌じゃありま
せんでした。

 ベッドインした三人の濃密な時間が過ぎていきます。
 Hじゃありませんよ。赤ちゃん時代からの習慣がその時もまだ
続いていただけでした。

 お父様は、どんな罪でお仕置きされた場合も、それが終われば、
一定時間、私たちを最大限甘やかして、辛い心が癒されるように
配慮してくださったのです。

 こうしたベッドの中での秘め事は親しい友人や他の姉妹にさえ
決して語られることがありませんが、私にとっても、遥お姉様に
とっても、それは今まで生きてきた中で、一番楽しい瞬間だった
のかもしれません。


***************

<これまでの登場人物>

 学校を創った六つのお家
小暮
 進藤(高志)
 真鍋(久子)
 佐々木
 高梨
 中条

 小暮男爵家
 小暮美咲<小5>~私~
 小暮遥 <小6>
 河合先生
 <小学生担当の家庭教師>
小暮 隆明<高3>
小暮 小百合<高2>
小暮 健治<中3>
 小暮 楓<中2>
 小暮 朱音(あかね)<中1>

 学校の先生方
 小宮先生<5年生担当>
 ショートヘアでボーイッシュ小柄
 栗山先生<6年生担当>
 ロングヘアで長身
 高梨先生<図画/一般人>
 創設六家の出身。自らも画家
 桜井先生<体育/男性>
 小柄で筋肉質。元は体操の選手
 倉持先生<社会/男性>
 黒縁メガネで頭はいつもぼさぼさ
牧田<お隣りの教室の担任の先生>
 大柄な女の先生。陰で男女(おとこおんな)
なんて呼ばれることもある怖い先生。
 中井先生<家庭科/女性>
 本来の仕事のほかに頼まれるとお灸のお仕置きも
こなす生徒には怖い先生。
 黒川先生<校医/男性>
 温厚なおじいちゃん先生

 6年生のクラス
 小暮 遥
 進藤 瑞穂
 佐々木 友理奈
 高梨 愛子
 中条 留美
 真鍋 明(男)

 5年生のクラス
 小暮 美咲
 中条 由美子
 高梨 里香
 真鍋 詩織
 佐々木 麗華
 進藤 広志(男)

*************

小暮男爵 << §19 >> 杜子春のお仕置き

小暮男爵

***<< §19 >>****

 体育が終わると、次は今日最後の授業、社会科です。

 私たちの社会科はちょっと変わっていてマイクロバスに乗って
街や野山や港、時には山奥のダムなんかまで足を伸ばして授業が
行われます。要するに社会科見学なんですがその頻度が他の学校
に比べてとても多いのでした。

 そのため本来教室でやるような講義は、道中のマイクロバスの
中で済まして現地ではその後提出させられるレポートの情報収集。
帰りのバスの中では今日のまとめみたいな講義もありましたが、
大半は先生と一緒に歌を歌ったりお友だちとのおしゃべりしたり
と、まるでピクニック気分です。……かなりユニークでしょう。

 先週は二時間を使って街のコンビナートを見てまわり、教科書
にはない公害のことを知りました。
 実はこれ、公害の発生源を沢山持っているお父様たちにとって
はあまり語ってほしくないことなんだそうですが、大事なことだ
からと倉持先生が教えてくださったんです。

 それをおとといレポートにまとめて発表会をしたばかりです。
ですから、今日は何をするのかな?と思っていたら……
 ま、予想はしてましたけど、単元テストでした。

 私たちの学校は一般の学校のように教科書の内容を先生が教室
で授業することが少なくて、特に理科や社会は大半が宿題として
家でやってこなければなりません。

 それで、そのことに不満を言うと……
 「そんなのたいして時間のかからないことだもの。家でやって、
学校でもやってたら時間の無駄でしょう。学校は学校でしかでき
ないことをやりましょうよ」
 倉持先生はあっけらかんとそう言います。
 たしかに、ここではどの子にも家庭教師がついてはいますけど
それにしても……と、子供ながらに思ってました。

 というのは、学校では教えないくせに、教科書の内容について
各単元ごとにテストはやるんですよね。

 先生が教えない内容をテストだけするなんて、理不尽だと思い
ませんか。でも、うちの学校ではこれが当たり前だったんです。

 おまけにこのテスト、80点未満だとお仕置きなんてことも。
 もっと理不尽なわけです。

 子どもたちは陰でぶつくさ言っていますが、テストがあること
その子の家庭教師に伝えてありますから、前日はどの家庭でも、
そこの家庭教師が試験範囲の単元を子供に勉強させます。

 そのため、この単元テストで不合格点を取ってお仕置きされた
なんて話あまり聞きませんが、それでもそこは分別のない小学生
のこと、家庭教師が手におえないほど反抗して、あげく匙を投げ
られたなんてことはあります。
 こうなると不合格ってことも……

 こうした場合、目上の人への反抗と不勉強というダブルパンチ
ですからね、学校でのお仕置きも土曜日の午後に居残りさせられ
たり日曜日に呼び出されたりしてトラウマになるほど相当きつい
ことをされます。
 
 当時、『特別反省会』なんて呼ばれていましたが、実質的には
『特別お仕置き会』です。
 私は、在学中に三度この会に呼ばれる憂き目に遭いましたが、
二度目、三度目は園長室のドアノブを握る手がぶるぶると震えて
うまく回せなかったいくらいです。

 この時は周囲に他の子供たちはいませんし、先生方も心を鬼に
して取り組みますから、情け容赦がありません。
 ですから、いくらおしゃべりな私でもこの事をお友だちに報告
する気にはなれませんでした。


 さて、それはともかく、授業が終われば、教室をお掃除して、
ホームルーム。
 それが終われば、また、あのポンコツリンカーンに乗って帰る
ことになります。

 最近は小学校でも部活が盛んだと聞いていますが、私の通った
小学校は学芸会や体育祭、文化祭など個別の催し物に関する準備
では居残ることはありましたが、それ以外は全員帰宅部でした。

 園長室で一人ずつ園長先生にさようならを言ってお別れです。

 「今日の単元テスト100点だったそうね。がんばったわね。
もう、ここにお仕置きで呼ばれることはないわね」とか……
 「今日、主催者の方からご連絡があって、あなたが出品した絵
がまた入選したそうよ。これで三回連続かしらね」とか……
 「あなたお掃除がとっても上手なのね。あなたがお掃除すると、
教室が見違えるほど綺麗になるって牧田先生おっしゃってたわ」
とか……色々です。

 園長先生は今日のお別れに来た一人一人を抱きしめると生徒が
喜びそうなことを見つけて褒めてくれます。

 チビちゃんたちと上級生では掃除時間の関係で下校時間に微妙
なずれがありますし、何といってもここは全校生徒が50名程度、
の小規模な学校。他の学校なら一クラス分でしかありませんから、
こんなことも可能なのでした。

 ところが、そんな麗しいお別れの儀式がこの日に限ってはあり
ませんでした。
 
 下級生たちは順調に下校したのですが、上級生、それも五年生
と六年生のクラスが、ホームルームが終わった後も教室から出る
ことを許されなかったのです。

 こんな時は、誰からともなくヒソヒソ話が始まります。
 「ねえ、何かしら?」
 「良いことじゃないわよね、絶対」
 「叱られるってこと?」
 「たぶんね」
 
 「やだなあ、私たち何したっけ?」
 「何言ってるの。体育で広志君、むくれちゃったじゃないの」
 「だってあれは広志君が悪いんでしょう?私たち悪くないもの」

 「そうはいかないわよ。体育の授業を混乱させた連帯責任とか
言われるんじゃないの?」
 「レンタイセキニン?何よそれ。私たち関係ないでしょう!?」
 「そうでもないわよ。麗華ちゃんなんか、『ピルエットも回れ
ないにあんた生意気なのよ』とかなんとか言っちゃっていたし」
 「えっ!?あたしなの?……だって、あれは……みんな言って
ねから、つい……」

 『ひょっとして、お仕置き?』
 そんな恐怖がふと女の子たちの頭をの中をよぎります。

 園長先生は確かに滅多にお仕置きなんてしませんが……それは
過去においてもゼロということではありませんでした。

 重苦しい空気が流れるなか、園長室に呼ばれていた小宮先生が
帰っていらっしゃいました。

 「え~と、今日これからお招れに行く子いますか?」

 先生は、最初私たちにそう尋ねて、私たちの中にそうした子が
いない事を確認します。

 というのも、私たちの間ではお父様たちが自宅に他の家の子を
招き入れることがたびたびだったのです。街の公立小学校のよう
にお友だちの大半がご近所さんではない私たちは、いったん帰宅
してしまうとお友だちと親交を深めるチャンスがまずありません。
そこで親たちが意図的に誕生会やお祝いの会を開いて子供たちを
自宅に招き入れ、お友だちがどんな性格か、今自分の娘とどんな
関係かをチェックしていたのでした。

 「……それでは、そうした予定はないようですから……」
 私はこの瞬間、小宮先生がふっと寂しい顔をなさったようで、
気になりました。これって、根拠のない女の子の感なんですが、
私の感はたいてい当たってしまうのでした。

 「実は、園長先生があなたたちとお話がしたいそうですから、
これからみんなで園長室へまいります」

 先生は取り立てて何の説明もしません。その後は表情も変えず
に私たちを園長室へ連れて行きます。
 でも、私は何か特別な事情があると睨んでいました。


 園長室、そこは日当たりの良い8畳ほどの洋室。厚いペルシャ
絨毯が敷かれ先生が執務するための大きな事務机がありますが、
そのほかの家具は、生徒を抱っこするためのソファと大きな花瓶、
それにクラシックな書棚くらいでしょうか、ちなみにその書棚の
引き出しには、良い子へのご褒美としてお菓子がストックされて
いました。

 お菓子?

 そう、お菓子です。

 園長先生がご褒美といってお菓子を渡す学校なんて、おそらく
日本国中でここだけかもしれません。
 幼い頃の私たちは朝夕二回必ず園長先生に抱かれ、下校時には
小さなお土産までもらって帰っていました。
 つまり、立場は園長先生でも私たちにとってはおばあちゃんと
いった存在に近かったのでした。

 一般の人たちから見れば学校の先生が何もそんなことまでって
思うかもしれませんが私たちには初めから親類縁者がいません。
甘えられる人がいないのです。そこで、担任の先生がお母さんの
代わりを、園長先生がお婆ちゃんの代わりをしてくれていたので
した。

 もちろん、そう取り計らったのはお父様たち。
 この学校が同じ境遇の少人数の子供たちだけで構成されている
のも、ここが単に知識を学ぶ場だけでなく家庭としても機能する
ようにとの思惑があったからなのです。

 では、なぜ、そんな巨費を投じてまで私たちを優遇してくれた
のかというと、そこにはお父様たちなりの計算もあるのですが、
それについては小学生の私たちはまったく与り知らぬことでした。

 今は、とにかく全員が緊張して園長室へとやってきます。
 すると、ドアが閉まっていました。

 『どうしてドアが閉まってるんだろう?』
 また不安になります。

 えっ、園長室のドアが閉まっていて当たり前じゃないか?

 違うんです。うちの場合、子供たちがお別れの挨拶に立ち寄り
ますから、どんなに寒い日でもこの時間はドアが必ず開いていた
のです。
 それが閉まっているというのは、それだけでも、『何かある』
と思えるのでした。

 「小宮です。よろしいでしょうか?」
 小宮先生がノックすると……

 「小宮先生ね、どうぞ入ってらして……」
 という声がします。
 そこで、ぞろぞろと部屋の中へ入っていくと……
 「わあ、いらっしゃい。……みんな、一緒に来てくれたのね。
さあ、入ってちょうだい」

 私たちの前にいる園長先生はいつもと変わらない笑顔でした。

 園長先生が事務机に座り、小宮先生がその脇に立って、私たち
は園長先生の前に並びます。これが私たちの定位置。小宮先生に
手を引かれ園長室で叱られる時もこれが定位置でした。

 『何となく嫌な感じだなあ』
 と思っていると、全員が揃ったのを確認して園長先生がやおら
お話しを始めます。

 「実はね……このところの、あなたたちのクラスの様子が気に
なっていたの。先々週は由美子ちゃんと詩織ちゃんが大喧嘩する
し……先週は、単元テストで合計7回も不合格が出たでしょう。
それぞれ不合格を取った人は違うけど、ああした業者テストは、
ひねった難しい問題はないから、ちゃんと宿題さえやっていたら
誰でもちゃんと100点が取れる仕組みになってるのよ。それが
できないっていうことは……ちゃんと宿題をやってないから……
でしょう、……麗華ちゃん、里香ちゃん、違う?」

 園長先生の問いかけに二人は俯いてしまいます。

 「今週もあったでしょう。お掃除の時間に雑巾を投げ合って、
お隣りでまだ授業されていた牧田先生に叱られたの。……あれは、
誰だっけ?……それに今日だって美咲ちゃんと広志君がフェンス
の外へ突き抜けちゃうんだもの。先生方も心の休まる暇がないわ」

 園長先生はこのほかにも色々とここしばらくの私たちの悪事や
怠け癖なんかを並べ立てます。

 結局、六人のうちそこに登場しない子は一人もいませんでした。
 一言で言ってしまうと『あなたたち、たるんでるわよ』という
わけです。

 ただ、だからと言って、今回私たちがお尻の心配をする必要は
ありませんでした。
 というのは……

 「そこで、もう少しあなた方をしっかりと指導していただこう
と思って、今回は小宮先生に私のお仕置きを受けてもらうことに
したの」

 「そんなあ~~」
 由美子ちゃんが思わず声を上げます。
 でも、気持は他の五人も同じでした。

 ただ、園長先生がこうおっしゃったとたん、私だけは……
 『えっ、また?』
 と思いました。

 実は今から3年前、私たちが小2の頃です。同じようなことが
あったんです。

 『私たちのせいで小宮先生が園長先生からお仕置きされる』
 園長先生にそう聞かされた時は、今以上にショックでした。

 『どうしよう』『どうしよう』『どうしよう』『どうしよう』
 『どうしよう』『どうしよう』

 六人が六人とも同じ気持です。でも、女の子って、こんな時は
からっきし意気地がありません。
 『先生は助けたい。でも、自分はぶたれたくない』
 というわけです。

 そんな中、この時は麗華ちゃんがジャンヌダルクでした。

 彼女は園長先生に泣きながら、『私がお仕置きをうけますから、
小宮先生を許してください』と直訴したんです。

 すると、園長先生も小宮先生もふき出しちゃって……
 でも、二人とも、とても嬉しそうに笑っていました。

 麗華ちゃんは園長先生に抱っこされ泣き止むまであやされます。

 結局、その日、子どもたちは誰一人ぶたれませんでしたし小宮
先生も無事だったんですが、それって、残りの五人にしてみると
気持は複雑でした。

 『これって、先生方が私たちを試したんだろうか?……もし、
そうなら、麗華ちゃん以外の私たちって自分勝手で薄情な子ども
だって見られちゃったんじゃないだろうか………』
 そんな疑念が頭の中から離れませんでした。

 今回だって事情は同じです。
 ですから『誰かが手を上げたら八方丸く収まるんじゃないか』
と思って、お互いの顔を見合わせるのですが……
 『ならば、私が……』なんて名乗り出る子はいません。

 前回、名乗り出てくれた麗華ちゃんも今回は下を向いてしまい
ます。

 小2から小5。その間に私たちは随分大人になっていました。
一時の感情に流されず多くの事が理性で判断できるようになって
いましたから。

 でも、それって裏を返せば、ずるくなってるってことなのかも
しれません。
 お互い顔を見合わせるだけで、いっこうにらちがあきませんで
した。

 そのうち、園長先生が……
 「……それでね、今日はあなたたちには小宮先生のお仕置きを
お手伝して欲しいと思ってここへ呼んだのよ。やっていただける
かしら?」

 ここでまた、私たち六人はお互いに顔を見合わせることになり
ます。

 しばしの沈黙のあと、詩織ちゃんが尋ねます。
 「私たち、何をすればいいんですか?」

 すると、園長先生は……
 「あら、詩織ちゃんやってくれるの?簡単なことよ。これから
私が小宮先生のお尻をこのおしゃもじみたいな形をしたパドルで
100回叩くから、あなたたちは先生が懲罰台から逃げ出さない
ように両手と両足をしっかり押さえてくれていればいいの。……
簡単でしょう」

 園長先生は笑っていますが、私たちにとって事はそう簡単では
ありませんでした。

 だって、小宮先生というのはこの学校に入学以来ずっと私たち
の担任の先生。うちは先生が学校を辞めない限り卒業までずっと
同じ先生が担任に着く決まりになっていました。

 確かにいつもラブってわけじゃありません。反発して口をきか
なくなったこともありますし、恥ずかしいお仕置きだって一度や
二度じゃありませんけど、それでも先生は私たちにとっては学校
でのお母さん。
 今、そのお母さんが目の前でお尻をぶたれようとしているのに、
それを手伝うなんて簡単に応じられることではありませんでした。

 とうとうと言うか、仕方なくというか、やけっぱちというか、
そのあたり明確な理由はありませんけど、私が口を開きます。
 何の因果かこの時私は学級委員をしていたのです。
 その責任が後押ししたみたいでした。

 「園長先生、私が代わりにお尻をぶたれたら小宮先生は許して
もらえますか」
 私の場合は、麗華ちゃんみたいに激情型ではありません。仕方
なく、本当に仕方なくですから声は絞り出すようにしかでません
でした。

 「あら、美咲ちゃんが代わりになるの。級長さんともなると、
大変ね」
 園長先生は、苦りきった私の顔をちょっとだけ微笑ましく観察
しながらも、お腹のうちはとっくにご存知でした。

 「せっかくだけど、その心配はいらないわ。だってあなた達は
その時すでに罰を受けてるもの。罰を受けたらそれでおしまい。
それがここのルールですもの。せっかく良い子に戻ってるのに、
また罰を受ける必要ないでしょう。これは先生と小宮先生の問題
なのよ」

 「……でも、それだと……小宮先生が可哀想だから……」
 歯切れの悪い言葉で反論してみると……

 「大丈夫よ。小宮先生は大人だもの。あなたたちに比べれば、
身体もしっかりしてらっしゃるから、こんなおばあちゃんの鞭で
音を上げることなんかないはずよ」
 園長先生は取りあってくれません。

 そればかりか……
 「小宮先生、あなた幸せ者ね。こんなやさしい生徒に囲まれて
……私を悪者にして……羨ましい限りだわ」
 こう言って茶化します。

 そして約束通り、小宮先生は普段なら子どもたちがうつ伏せに
なるはずの懲罰台(といってもそれは単なる古い机なんですが)
に身をかがめます。

 もうその後は園長先生の指示通り動くしかありませんでした。
私が先生の右手を、由美子ちゃんが左手を握ります。後ろでは、
里香ちゃんが右足を、詩織ちゃんが左足を押さえます。
 そして、麗華ちゃんと広志君が捲りあげたフリルのスカートが
落ちてこないように持っている係りでした。

 実は、小宮先生、普段はタイトなスカートを穿いていることが
多いのですが、この日のことは始めから決まっていたのでしょう。
突風に煽られたら捲れあがりそうなフリフリのスカートをはいて
いました。

 先生は大人ですから、さすがにパンツまで脱げとはおっしゃい
ませんでしたが、それでも、薄いショーツ一枚では豊満なヒップ
ラインは隠せません。

 私たちは否応無しにそれを目にします。広志君は、頬をぽっと
赤くしたみたいでした。

 そんな広志君の脇に立つ園長先生は見上げるような巨人です。
それは園長先生の身体が単に大きいというだけでなく、私たちが
全員腰を落として低く身構えていますから、先生がそこに現れる
と、私たちからはまるで赤鬼が立っているように見えるのでした。

 園長先生は、決して怖い顔をしているわけではありませんが、
迫力は十分でした。

 「さあ、みんなにご注意よ。しっかり聞いてちょうだい。……
いいこと、お仕置きの最中はみんなその場を動かないでください。
下手に動くとこのパドルが当たってしまって危ないですからね。
どうしても動きたい時は手を上げずに私に声をかけて頂戴。……
いいですね。」
 園長先生はそう言って子供たちに注意を促したあと小宮先生に
対しても……

 「いいこと、あなたもそうよ。あなたが動くと、子どもたちに
危険が及びますからね、そこは十分に注意してちょうだい」
 こう耳元で注意なさるのでした。

 「さあ、いきますよ」
 園長先生はこう宣言して、まず最初の一撃を振り下ろします。

 「パシッ」
 園長先生を振り下ろしたパドルが鈍い音を立てると……

 「一つ、園長先生、お仕置きありがとうございます」
 小宮先生はこう答えます。

 これは私たちの学校でのしきたりみたいなもので、お尻叩きの
間は、一つ二つと数を数えて、最後にありがとうございましたと
付け加えなければならないのです。
 もちろん、通常は子供が言うわけですが、先生の場合も例外は
認められていないみたいでした。

 いずれにしてもこれを延々百回もやるわけですから大変です。

 ただ、その一回一回に挨拶をしなければなりませんから、鞭の
一つ一つもそんなに強く叩かれることはありません。
 最初の頃は痛みの蓄積もありませんから、本当なら小宮先生も
鼻歌交じりのはずですが、教え子の手前、園長先生の手前楽そう
な顔もできません。
 そこで真剣な面持ちで罰を受けます。

 ただ、20回30回と進むうち、その顔にも変化が現れます。
真剣な顔というより、苦痛に満ちた歪んだ顔になるのです。

 園長先生の振り下ろす鞭の勢いが変化したわけではありません。
一つ一つの衝撃は小さくてもそれが数を重ねるごとにお尻の奥に
蓄積されていきますから、重苦しい、息が詰まるような鈍痛が、
徐々にひどくなっていきます。

 最初の頃は鼻歌まじりで応じられていても、この頃になると、
お尻をさすりたくて仕方がなくなります。
 
 そして40回、50回ともなると、たとえ軽くぶたれていても
その衝撃は思いっきりぶたれたのと変わらないほど厳しくなり、
……

 「あっ、いや」

 決して嬉しいことではないはずなのに思わずよがり声のような
ものが漏れるようになります。

 こうなってからが、お尻叩きは本当のお仕置きでした。

 「あっ、いや、だめ」

 最初は三回に一回ぐらいで出ていたよがり声が、二回に一回と
なり、やがて60回を越えるあたりでは毎回聞こえるようになり
ます。

 でも、そうなると、私のハートはまたチクチクと痛むことに。
小宮先生の苦痛は、まだ耐えられる段階なのかもしれませんが、
その声を聞くだびに良心がチクチクします。
 先生へのお仕置きの原因が私たちにあることへの罪悪感でした。

 「あっ、あああああ」

 園長先生の鞭が小宮先生のお尻をとらえるたびに小さなうめき
声が私の耳元で反響します。
 私はそのたび『どうしよう』『どうしよう』とそればかり思う
ようになるのでした。

 そんな時です。
 「みんなも同じ姿勢のままでは大変でしょう。ちょっと、休憩
しましょうか」

 それまで一度も休まなかった園長先生が、ここで休憩を入れて
くださったのです。
 今までが70発。残りがちょうど30発のところでした。

 すると、そこで私が口を開きます。
 それって今考えても、『どうして私そんなことしたんだろう?』
と思うようなことでした。

 「園長先生、小宮先生のお仕置き、私たちが代わってあげられ
ないでしょうか?」

 恐らく小宮先生の激しい息遣いに後先考えずに言ってしまった
んだと思います。おまけに……

 「残り30回を五人で分けて、一人6回で……」

 私は笑顔で園長先生と交渉します。
 もちろんお友だちに『こうしよう』だなん相談したことはあり
ません。これは全ては私の独断なのです。

 すると、園長先生、しばし思いをめぐらしているご様子でした
が、笑顔になって、まず、私以外の子供たちに尋ねます。

 「ねえ麗華ちゃん。学級委員さんがあんなことおっしゃってる
けど、あなたはそれでいいの?」

 「えっ、それは……」
 麗華ちゃん、いきなりの質問に、当然のように戸惑います。

 でも、考えた末の答えは……
 「はい、大丈夫です」
 でした。

 園長先生は次々に子供たちに尋ねてまわります。
 もちろん、みんな思わぬ質問で最初はどぎまぎですが、やがて
出てくる答えはどの子もイエスでした。

 みんな私のわがままを受け入れてくれたんです。

 「そう、それじゃあ、そうしましょうか」
 園長先生は応じてくれますが、懲罰台から開放された小宮先生
の方がむしろ浮かない顔でした。

 「あなたたち、気持は嬉しいけど、やめなさい。園長先生の鞭
は痛いのよ」

 小宮先生はそうおっしゃいましたが、もう、それは覚悟の上で
した。他の子の中には話の流れの中でやむを得ずお付き合いして
しまったという子だっていたかもしれませんが、私は小宮先生の
苦しそうな息に耐えられなくなっていたのでした。

 ところが、私たちへの罰は、懲罰台ではありませんでした。

 私たちは、園長先生が執務する大きな事務机の前に一列に並ば
されます。

 そして、まず私から……

 「美咲ちゃん、スカートを上げて……」

 私がスカートを上げると、問答無用でショーツが引き下ろされ
……。

 「前かがみになるの。……そうよ、私にしっかりお尻を見せて
ちょうだい」
 お仕置きですから園長先生の声もいつもより厳しい声ですが、
仕方ありません。

 もう、あとは……
 「ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、」
 立て続けに5回、パドルでお尻をぶたれました。

 「次は麗華ちゃんね。スカートを上げてちょうだい……あっ、
美咲ちゃん、あなたはまだスカートを下ろすの早いわよ」

 園長先生は私がスカートの裾を下ろすことを認めませんでした。

 「ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、ピシッ、」
 
 麗華ちゃんもゴム製パドルでのお仕置きは同じです。
 そして、お仕置きのあと、スカートの裾をそのまま持ち上げて
いなければならないのも同じでした。

 「次、由美子ちゃん」

 こうして園長先生は次から次に子どもたちのお尻を叩いていき、
六人のお尻叩きが終わると、そこに下半身丸出しの六人が並ぶ事
に……

 「どう?お尻は痛かった?」

 園長先生は私たちに尋ねますが……
 「………………」
 それに答える子はいませんでした。

 いえ、五回ぶたれましたけど、痛みはそれほどでもないのです。
ただ、この姿が悲しくて答える気にはなれませんでした。

 女の子って気が小さくて猜疑心の強いところがありますからね、
『何だか、かえってまずいことしちゃったのかな』とか『まだ、
何かお仕置きされるのかなあ』とか思っちゃうんです。

 「お尻、あまり痛くなかったでしょう?少し遠慮したからよ。
あなたたちが、そんなにも強く小宮先生のことを慕ってるなんて
思わなかったからびっくりしたわ」

 「それって、よかったんですか?」
 由美子ちゃんが尋ねます。

 「もちろんよ。ごく幼い時と違ってある程度分別がついてから
そうした決断をするには相当な勇気が必要だわ。あなた方は偉い
なって思ったの。そんな社子春みたいな子、本気でぶてないもの。
ただね、あなたたちもいったんは小宮先生の罰を肩代わりすると
言ったんだから、その約束は最後まで果たさなければならないわ。
だから、ぶたれない代わりにしばらくそうやって立ってなさい」

 『え~~、そっちの方がきついよ~~』
 私は思いましたが、仕方がありません。

 女の子はこのあと引き上げたスカートの裾がピンで留められ、
男の子は半ズボンとパンツが足首まで引き下ろされて、それぞれ
恥ずかしい姿のまま10分ほど立たされます。

 今、こんなことやったらきっと警察沙汰でしょうけど、でも、
当時、私たちの学校ではこうしたこともそう珍しいことではあり
ませんでした。

 チャイルドポルノなんて言葉がまだ一般的ではなかった時代。
小学生の下半身なんて人畜無害と考えられていましたから、親や
教師が子供を晒しものにして罰の一部として見せしめにしていて
もそれに文句を言う人がいなかったのです。

 もちろん、晒し者になってるこちらはとっても恥ずかしかった
わけですが、お仕置きという大義名分のもと、大人たちは子ども
の羞恥心にはとんと無頓着でした。

 むしろ、園長先生はこの姿を見て……
 「可愛いじゃないですか、小宮先生。この頃が無邪気で穢れが
なくて、それでいて扱いやすくて、一番いい時期ね。だから昔は、
新米教師が入ってくると、まずは4年生5年生の担任をやらせた
ものなのよ」

 「そうなんですか」

 「あなたは考えすぎなの。こんなに良い子たちが、あなたから
離れたり、裏切ったりするものですか」

 「ほんと、私もそう思いました」

 「こんな天使たちを直接指導できるなんて、羨ましくてよ」

 二人のこの会話が何を意味するのか、幼い私にはその時はまだ
わかりませんでしたが、今はわかります。
 どうやらこの催し、園長先生が小宮先生に自信を持たせようと
企画されたものだったみたいです。でもそう考えると、私もほん
のちょっぴりですがお手伝いできたみたいでした。


**********************


<これまでの登場人物>

 学校を創った六つのお家
小暮
 進藤(高志)
 真鍋(久子)
 佐々木
 高梨
 中条

 小暮男爵家
 小暮美咲<小5>~私~
 小暮遥 <小6>
 河合先生
 <小学生担当の家庭教師>
小暮 隆明<高3>
小暮 小百合<高2>
小暮 健治<中3>
 小暮 楓<中2>
 小暮 朱音(あかね)<中1>

 学校の先生方
 小宮先生<5年生担当>
 ショートヘアでボーイッシュ小柄
 栗山先生<6年生担当>
 ロングヘアで長身
 高梨先生<図画/一般人>
 創設六家の出身。自らも画家
 桜井先生<体育/男性>
 小柄で筋肉質。元は体操の選手
 倉持先生<社会/男性>
 黒縁メガネで頭はいつもぼさぼさ
牧田<お隣りの教室の担任の先生>
 大柄な女の先生。陰で男女(おとこおんな)
なんて呼ばれることもある怖い先生。

 6年生のクラス
 小暮 遥
 進藤 瑞穂
 佐々木 友理奈
 高梨 愛子
 中条 留美
 真鍋 明(男)

 5年生のクラス
 小暮 美咲
 中条 由美子
 高梨 里香
 真鍋 詩織
 佐々木 麗華
 進藤 広志(男)

******************

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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