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小暮男爵 <第一章> §8 / 桃源郷にて

小暮男爵/第一章

小暮男爵 <第一章>

<<目次>>
§1  旅立ち         *  §11 二人のお仕置き②
§2 お仕置き誓約書    *   §12 ランチタイムの話題
§3 赤ちゃん卒業?    *   §13 お父様の来校
§4 勉強椅子        *   §14 お仕置き部屋への侵入
§5 朝のお浣腸       *   §15 お股へのお灸
§6 朝の出来事      *   §16 瑞穂お姉様のお仕置き
§7 登校           *  §17 明君のお仕置き
§8 桃源郷にて      *   §18 天使たちのドッヂボール
§9 桃源郷からの帰還  *   §19 社子春たちのお仕置き
§10 二人のお仕置き① *   §20 六年生へのお仕置き

****<< §8 >>****/桃源郷にて/****

 世の中には学習指導要領なんてものがあるそうですが、私たち
の学校では、教科書に書かれているような内容はおおむね家庭で
勉強するのが常識になっていました。

 いつも授業の始まりに行われる宿題の確認テストで生徒全員が
合格すればそれでOK。その後は教科書には書かれていない内容
を勉強することになります。

 国語と算数は一応その単元に則した内容の授業を心がけていた
ようですが、他の教科はそんなのお構いなし。先生が自由に課題
を決めて授業を始めますから、途中から脱線に次ぐ脱線なんて事
も……。

 この日も、国語はクラス全員が宿題になっていたテストに合格
しましたから、先生も教科書は開きません。どんなことをしたか
というと……

 紫式部と清少納言の生い立ちや境遇の違いについて物語ると、
源氏物語、枕草子からにじみ出る二人の性格の違いについてとか、
はては、平安貴族の日常生活や恋愛事情なんてことまで………

 今、思い返すとおよそ小学生に聞かせる内容じゃない気もする
んですが、小宮先生の名調子に乗せられて、私たちは平安時代の
優美な世界に心を躍らせて聞いています。
 その後、平安貴族になったつもりで寸劇。古語は難しくて爆笑
また爆笑でした。

 もちろん、こんなことやってみても学力とは何の関係もありま
せんけど、宿題テストが不合格になって無味乾燥な教科書の復習
をやらされるより、私たちにとってはずっとずっと楽しい授業で
した。

 ユニークなのは国語だけじゃありません。
 理科の先生はいつも私たちに楽しい実験ばかりをやらせます。
だから、理科というのは動植物の観察か実験をやるための遊びの
時間だと思っていましたし、社会科は社会科見学であちこち回り
ますから、これは遠足の時間なんだと思っていました。

 いずれにしてもこの二つの教科は興味さえあれば他に勉強する
ことのない楽な教科でした。教科書を一度も開かないまま学期末
になったりして、家庭教師の先生から、せめて教科書のおさらい
だけはしてくださいと言われて最後にやったのを覚えています。

 この他にも、音楽祭、学芸会、文化祭など各種行事や催し物が
たくさん組んでありますから、けっこう楽しいスクールライフで
した。

 もっともそのおかげで、掛け算の九九やローマ字も全て夏休み
の宿題。
 うちの場合、教科書的な知識を授けるのは学校の先生ではなく
家庭教師のお仕事。もし家庭教師がいないければお父様お母様の
お仕事でした。

 この日は一時間目が国語で二時間目が算数。
 実は私、算数が苦手で、『何でこんな教科があるんだろう?』
と思っていました。

 他の教科は宿題さえやってくれば、その日先生がどんな楽しい
お話をしてくれるのか、わくわくしながら待つことができます。
 でも、この算数だけはどんなに真面目に宿題をこなしてテスト
がうまくいってもその後の授業があまり代わり映えしません。

 いえ、算数だって教科書をそのままやっていたわけじゃありま
せん。先生は面白くしようと工夫なさっていました。
 例えば……

 「これは高等数学の基礎なの。今、あなたたちは高校生のお姉
さんたちと同じレベルの事を考えてるのよ」
 なんて、先生は得意げにおっしゃいますけど、私にはちょっと
変わったパズルやゲームをやってるだけに思えます。

 何より不満なのは、算数って、数字や記号や図形ばかりで人が
出てこないことなんです。男の子には理解不能なんでしょうけど、
女の子って人が基準なんです。
 人が行動して、おしゃべりして、物語があって、そこから答え
を導き出してくるんです。人が答えを教えてくれるんです。
 数字や記号はいくら眺めていても何も答えてくれませんから。

 それに算数って、ほんのちょっと答えがずれただけでも『X』
でしょう。残酷なんですよ。もし答えが近かったら『これ正解に
近かったから5点のうち2点あげるね』とか言ってくれてもいい
と思うんですけど。
 せっかく苦労してやったのに『X』だけじゃ寂しいもの。

 とまあ、こんな理由で私は算数が苦手でした。
 でも、広志君は男の子だからでしょうか、この算数が得意で、
クラスで一斉に同じテストをやっていても、たいていは一番早く
解いてしまいます。

 そこで、私はこの子を頼りにしていました。いくら問題用紙を
眺めていても答えが浮かんでこない時は、問題文ではなく手近に
いる広志君に助けてもらうのです。

 私が問題の番号を消しゴムに書いて立てておくと……
 それに気がついた広志君が自分の消しゴムに答えを書いて私が
見えるように立てておいてくれます。

 これで、途中の計算式は分からなくてもとりあえず正解は確保
できますから、後はどうしてそうなったかを考えるだけでした。

 これだけ見ると、私ってだらしのない女の子に見えるかもしれ
ませんが、私だって不器用(?)な広志君のために家庭科や図工
の宿題では随分手伝ってあげましたから、お互い持ちつ持たれつ
なんです。

 女の子って独りは嫌いです。何をやるにもお友だちが頼りです。
たとえ自分がこうやろうと固く心に決めていても必ずお友だちに
賛同を求めます。そこで反対されても構いません。お友だちとの
おしゃべりで心は落ち着き、お友だちとのコミュニケーションで
新たな知識も受けられます。
 とにかく、人のあいだにいると、ほっとするんです。

 ですから、私が頼りにしているのも人生の判断材料にしている
のも全部人、人、人。数字の入り込む余地はありません。算数は
いりません。

 でも、学校へ通っている以上、お付き合いでこの教科もやらな
きゃならない。苦痛だなあと思いながら算数をやってるわけです。


 話がちょっぴり脱線してしまいましたが、苦手な算数が終わる
と、次の三、四時間目は図工の時間。

 その日は昨夜までの雨があがって天気がよくなりましたから、
図工の先生が、『三時間目はお外でスケッチ、四時間目はそれを
教室で仕上げましょう』と言い出します。

 これにはみんな大賛成でした。
 辛気臭い教室を離れて外に出られるだけでも、気晴らしになり
ますから。

 私は、算数の時間の御礼に広志君を手伝ってあげようと思って
いました。

 「ねえ、ヒロ君はどこでスケッチするの?」

 でも……
 「どこでもいいだろう。あっち行けよ」
 「いいじゃない。一緒に描こうよ」
 「いやだよ、あっちへ行けよ!」
 広志君、算数の時間とは打って変わってそっけないんです。

 「ケチ、ちょっとぐらい絵がうまいからって、もういいわよ!」
 私は捨て台詞を残すと、一旦はその場から離れて女の子たちと
合流しますが、でも、なぜか彼のことが気になって離れた処から
ずっと広志君の様子を窺っていたんです。

 また折を見て一緒の場所でスケッチをしたいと思っていました
から。

 ところが……
 『えっ!』
 私は驚きます。

 その時広志君は図画の先生からスケッチの場所として指定され
ていた校庭の花壇付近を離れ、独りだけ高い金網フェンスがある
校庭の隅にいたんです。
 しかも、さっきから何だかしきりに辺りの様子を窺っています
から、『おかしいな?』とは思ってたんですが。

 それが、いきなり持っていた画板やパステルの箱を破れた金網
のすき間に差し入れます。
 そして、広志君自身も……消えた!

 『いや、待ってよ。……それって、やばいよ』
 私は広志君が脱走するところを見てしまいました。

 広志君は古くなった金網が腐りかけているのを利用して、今、
フェンスの向こう側へ出ようとしています。

 でも、そのフェンスの外というは、昔から、それこそ私たちが
この学校に入学した時から担任の小宮先生に……
 「いいですか、この先には急な崖があります。危ないですから
絶対にこの柵を登って向こう側へは行ってはだめですよ」
 って、注意されている生徒立入禁止の区域でした。

 『どうしよう?……どうしてそんなことするのよ』
 『広志君って普段はとっても冷静な子のはずなのにどうして?』
 私の心臓がどぎまぎします。

 私は女の子たちの群れからそ~っと抜け出すと、私も広志君の
後を追って彼の場所へ。
 もちろん、当初は見つけて一緒に引き返すためでした。

 だって、このタブーはおそらく胤子先生の比じゃないはずです
から……もし見つかったら、お仕置きは確実。それも、恐らくは
クラスのお友だちみんなの見ている前での見せしめ刑です。

 実は、昔、このフェンスをよじ登ったお転婆娘がいたんですが、
その子がそうでしたから。
 クラス全員の見ている前で100回もお尻を叩かれたんです。

 大半は、先生がその子をお膝の上にうつ伏せに寝そべらせて、
平手でお尻を軽くペンペンしてただけなんですが、最後の10回
は……

 「こんな危ない事をする子に、みなさんも『いけませんよ』と
いう気持を伝えましょう」
 とか言われて、机にうつ伏せにしたその子のお尻をで一人二回
ずつ竹の物差しでぶつことに……。

 みんな遠慮して強くは叩きませんでしたが、その子にとっては
お尻への痛みより、恥ずかしさや屈辱感が何よりたまらなかった
と思います。

 先生たちは女の子には恥ずかしい罰の方が効果があると考えて
こうしたお仕置きを多用していたのです。

 それだけじゃありません。閻魔帳に載るXだって、こんな時は
一つだけじゃありません。あの時は二つ、いえ、三つだったかも
しれませんね。

 そんな危険を冒してまで、広志君はなぜ柵の中へと入り込んだ
のでしょうか?
 その時はまったく理解できませんでした。

 広志君がフェンスの外へと消えた瞬間、私は先生に告げ口する
ことも考えました。それが良い子としては普通の判断ですから。

 でも、私は……
 『せっかくのチャンス。広志君の秘密が知りたい』
 そんな思いがあって別の決心をします。

 『私も……』

 私は広志君が消えた場所までやってくると金網フェンスの地面
付近で力いっぱい捲れば子供一人分が開く場所を発見。
 誰かに見られていないか辺りを窺いつつ一瞬で滑り込みます。
 何のことはない広志君と同じことをしたのでした。

 中に入る時は、さすがに緊張しました。女の子は先生に叱られ
たくありません。もちろん男の子だってそうでしょうけど男の子
以上に怖がりなんです。
 ですから、金網の外に出る瞬間は相当なスリルでした。

 でも中に入ってみると、そこは先生がガミガミ言うほど危険な
場所ではありませんでした。コンクリートが打たれた土手の上と
いった感じの処で幅が1m位もありますから見た感じ結構広くて
安全そうです。

 そこからの景色は眼下には乗用車がずらり。それって私たちが
普段お世話になっている駐車場でした。

 『え~~っと、うちのポンコツ、リンカーンは……』
 眺めのよさに思わず我が家の愛車を探してしまいます。

 この土手は生徒は立ち入り禁止でも庭師や電気工事の人が利用
しますから道幅も広く安全に作られていました。

 ただ、今いる土手を2mほど滑り下ると、そこには30センチ
ほどの幅しかない細い道。さらにそこも越えてしまうと、その先
には地面がありませんでした。ほぼ直角に近い急斜面。駐車場の
周囲を彩る銀杏の木々がそこに頭だけを出しています。

 この崖から駐車場の地面までは高さが5m。もし、この崖から
足を滑らせたら駐車場の地面に激突。怪我だけではすまないかも
しれません。
 舗装された一番上の道からなら悠然と眺められる駐車場もここ
から眺めると、足元が不安定で目もくらむような高さを感じます。

 だからこそ、学校はここにフェンスを建て子供たちの立ち入り
を禁止していたのでした。


 私は広志君の後を追い、すぐにフェンスの外へ出てきたつもり
でいましたが、気がつけばあたりに広志君の姿が見えません。

 『あれ?……』
 土手の端で踵だけコンクリートに着けてあちこちキョロキョロ
探していると……いきなりでした。

 「きゃあ~~~」

 誰かに両肩を掴まれます。
 驚いたの何のって私の悲鳴は校舎までも届いたみたいでした。

 それだけじゃありません。慌てた私は恐怖心から訳も分からず
私はその人にもの凄い力でしがみ付きます。

 「ばか、やめろ!」
 それは八手の木陰から出てきた広志君にとっても予想外だった
のでしょう、二人は土手の上であたふた。

 「いやあ~~~」
 結局、二人はバランスを崩すと抱き合うようにして崖の斜面を
滑り落ちます。

 その瞬間、ぬちゃっという感覚がパンツを通してお尻に……。
 昨日までの雨で斜面がぬかるんでいたところへ、お尻をつけて
滑ったものですから、シャツもスカートもパンツもドロだらけで
した。

 「何よ、何すんのよ」
 私は広志君の顔を見て怒ります。
 彼もまた、シャツもズボンも泥で真っ黒でした。

 「ごめん」
 彼が謝ってくれて、私はほんのちょっぴり恥ずかしくなって、
すねた顔になります。
 いえ、本当は二人抱き合って滑ってる途中に彼だと気づいて、
とっても楽しかったんですがそんなこと恥ずかしくて言えません
でした。

 でもこれって、危ないスポーツだったのです。
 何しろ、草スキーの終点で、二人はその足先をすでに恐い崖の
先に突き出して止まっていたんですから。
 もう少しで本当に崖から落ちていたところでした。

 身体は無事でしたが……
 「あっ、私のパステルが……」
 私は駐車場の地面に散乱する私のパステルを見つめます。
 どうやら土手で揉み合った時に、私のパステルが犠牲になった
みたいでした。

 「拾いに行かなくちゃ」
 私が言うと、広志君が……
 「もう無理だよ、ここ、下りられないもん。いいよ、今日は、
僕のを使いなよ。二人で一緒に描けばいいじゃないか」

 私の願いはこうして図らずも実現します。

 でも、女の子って偏屈です。
 「いいわよ、自分で取りに行くから……こんなのヒロ君のせい
だからね」
 私はわざと勢いよく立ち上がってみせます。

 すると……
 「いやあ~!」
 またもやバランスを崩して今度こそ本当に崖から落ちそうに。
 それを助けてくれたのも広志君でした。

 「ごめん、本当にごめん、一緒にスケッチしようよ。だって、
今、戻ってもどうせ先生に見つかっちゃうもん」

 私の作戦は大成功。広志君の困った顔、べそかいた顔って素敵
です。

 でも、私がイニシアチブを取れたのはそこまででした。
 この後の私は、もう何もできませんでした。
 『ヒロ君と二人だけのスケッチ』という望みがかなった私は、
その後はヒロ君の言いなりだったのです。

 「ねえ、なぜこっちへ来たの?先生に叱られるよ」
 私が尋ねると……
 「こっちに僕のお気に入りの場所があるんだ。だからフェンス
の外で描きたかったんだ。おいでよ、見せてあげるから」

 ヒロ君が私の手を取ります。
 ぐいぐい引っ張ります。
 走ります。
 足元が滑ります。
 そのたびにヒロ君が私を抱きかかえます。
 まるで夢のように幸せな世界でした。

 もちろん、30センチ幅しかないぬかるむ土手で、もし、足を
滑らしたら今度こそ本当に5m下へ真っ逆さま。
 なんですが……幸せいっぱいの私には、そんな不幸な未来など
頭の片隅にもありませんでした。


 私たちは右手に駐車場を見ながら細い土手の上を走ります。
 そして、100mほど行った先の大きな畝を越えると、辺りの
景色が一変しました。

 そこは明るく緩やかな緑の谷が遠くまで続く場所。そのさらに
先には煙に煙る港町の遠景が広がっています。それだけではあり
ません。私たちの頭上を覆う厚い雲は渦を捲いて怖いくらいです
が、雲間から差し込む光の柱はとても神々しくて、まるで宗教画
のようです。その陽の光を伝い今にも天使が下りてきそうでした。

 「ここ日本じゃないみたい。西洋の絵にこんなのあったわよね、
厚い雲が渦巻く中を光の柱が地上に届いてるの。わあ~~綺麗。
いいなあ~こんなの。学校のこんな近くにこんな処があったのね。
私、生まれて初めてこんな空を見たわ」
 私は思わず感嘆の声を上げます。

 私はこの学校に四年以上通っています。でも、ここへ来たこと
は一度もありませんでした。幼いせいもありますが、誰かさんと
違って先生の言うことをきいて、規則をちゃんと守ってきました
から学校の近くにこんなに美しい谷があっても発見するチャンス
はありませんでした。

 「ここは僕が見つけたんだ。春には菜の花が一面に咲いてた。
この辺全~部、ま黄色だったんだから。僕はここでスケッチした
いだけなんだ。学校のお庭は平凡でつまんないもん」

 広志君は私の手を引いて緩やかな谷をどんどん下っていきます。
 でこぼこした道、大きな石や岩もあって歩きにくいけど楽しい
別世界へ招待。
 心の奥底では先生の恐い顔と声がちらつき始めていましたが、
一生懸命振り払います。

 『私にこんな勇気があったなんて……』
 私は自分で自分に驚きながらも広志君の誘いを断る勇気はまっ
たくありませんでした。広志君のなすがままだったのです。


 広い谷の一番奥まった場所。ちょっぴり涼しいその場所には、
二人がちょうど肩を寄せ合って入れるくらいの小さな洞窟があり
ます。

 「ここにしよう。僕はこの百合が描きたかったんだ」

 ここには大きくて立派な山白百合が少し間を置いてあちこちに
咲いています。
 広志君、ここが最もお気に入りの場所のようでした。

 ここからは近くのその百合の花だけでなく、遠くに三角屋根の
教会があったり、赤いレンガの倉庫、発電所の高い煙突からたな
びく煙や鉄橋を通過していく列車もはっきり見えます。

 私はパステルを落としてしまったので、広志君と肩を接する様
に腰を下ろして、彼のパステルでスケッチします。

 ほとんど同じ位置で描いてますから、出来上がったものは同じ
景色なのかなと思いきやこれがまったく違っていました。

 広志君は、県展の特選を始め新聞社や放送局主催のコンクール
では入選佳作の常連。デッサン力を私と比べてはいけませんが、
そうではなく、広志君の絵にはここからでは見えるはずのない物
までがたくさん描きこまれていたのです。

 「ねえ、この観覧車や丸いガスタンクやテレビ塔って、どこに
あるの?」

 私が不思議そうに尋ねると……
 「僕の心の中。前に見たことのあるものを当てはめたんだ」

 「それって、インチキじゃないの?」

 「そんなことないよ。この方がシルエットが美しいもの。……
バランスが取れてて美しい構図になるなら、僕は何でも足すし、
何でも省略する。絵画は美の追求。写真の模写じゃないからね、
これでいいんだよ」
 よくわかりませんが、カッコいいことを言います。

 そのうち、私の出来上がったスケッチを一瞥すると鼻で笑って
…………。

 「あっ、やめて!!」
 私の制止もきかず、私の絵に大きな木を一本描き加えます。

 「ほら、これに葉っぱを描けばいいんだよ。よくなるから」
 広志君はご満悦でしたが私は何だか自分の世界を汚されたよう
で不満です。

 でも、仕方なくその木に枝や葉っぱを描き足すうち……
 『やっぱり、こっちの方がよかったのかなあ』
 と思うのでした。

 「ねえ、この木、もともとヒロ君が描いたでしょう。先生に、
この絵、そのまま提出しても怒られないかなあ?」
 私は不安を口にしますが、でも、私たちが学校に帰って真っ先
に怒らるのは、もちろんそんなことではありません。

 幸せな時間が過ぎ行く中、私たちはもっともっと大事なことを
すっかり忘れてしまっていたのでした。

************<8>************

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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