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☤☤☤☤☤☤  銀河の果ての小さな物語  ☤☤☤☤☤☤

    ☤☤☤☤☤☤   <序章>   ☤☤☤☤☤☤


よく晴れた日、穏やかな一日の昼時に執務室のスピーカーが鳴る。
「第七飛行編隊帰還します」

グレートマザーはその放送をこれという感慨もなく聞いていた。
彼女にしてみれば、今もってなかなか咲かない庭のバラの方が気
がかりだったのだが…、

 「フローネ編隊長からの伝言です。ライラ第三惑星にある秘密
基地RZ303の殲滅に成功せり。当方の死傷は軽傷3名。捕虜
一名を伴い帰還します」

 と、その最後の言葉がひっかかった。


 やがて、そのフローネ編隊長がドアをノックする。

 「ご苦労様でした。やはりあなたに任せてよかったわ」

 グレートマザーがそう言って出迎えたのは、空軍パイロットの
軍服を着込み、長い髪を肩まで垂らした歳の頃30前後の精悍な
顔立ちの女性。
 もっとも、ここでは断らなくても女以外いないのだが……。

 「激戦を予想したけど、意外に早い決着だったわね」

 「敵のバリア網に穴が空きましたのでそこから急襲しました」

 「あなたのことだからぬかりはないと思うけど、完璧に始末は
つけてきたんでしょうね?」

 「はい、マザー。麻薬の製造工場は全て塵芥に帰しております
し、売春夫やその関係者もすべて処刑しました」

 「お客となった者たちは見つかった?」

 「残念ながら十名ほど……しかし、すべて処刑しました」

 「そう、それでいいわ。麻薬や売春は、この国の美しい風紀を
乱します。邪な行いは、ほおって置けばせっかく築き上げたこの
清浄の地を滅ぼす悪しき温床となりかねないわ。男どもにたぶら
かされた子たちは可哀想だったけど、麗しき祖国を守っていく上
では、やむを得ない処置ね」

 グレートマザーは初老の貴婦人だった。世襲ではないがこの国
の代表者であり、何より自国の軍隊の統帥権は彼女が握っていた
のである。
 派手な身なりはしていないが、スキのない着こなしと、気品の
ある指の動きだけ見ても庶民でないことはすぐにわかる。ただ、
肩まで届く緩やかにウェーブのかかった髪の中から覗くその顔は
どこか冷徹で寂しげに見えた。

 「……ところで……さっきの話では、関係者は全て処刑したと
報告があったのに、なぜ捕虜を連れ帰ったの?」

 「……」フローネ中佐は静かにしていた。

 「どうして?そんな必要があったのかしら?」

 グレートマザーがもう一度問いかけてからフローネは口を開く。

 「胎児でしたので……」

 「胎児?」
 その答えはグレートマザーにとっても意外な答えだった。

 「セリーヌの子どもです」

 「えっ?……セリーヌって……セリーヌ中尉のこと?」
 フローネ中佐の次の答えはもっと意外だったようだ。

 「彼女、生きていました。私が麻薬工場を爆破するまでは……」

 「どういうこと?」

 「今回の作戦はある密告者の情報で動いたのですが……」
 フローネが言葉に詰まる。

 「……それがセリーヌだったってことなの?」

 「わかりません。今となっては……ただ、彼女が基地を覆って
いた磁力バリアの一部を解除して私たちを迎え入れてくれていた
のは確かです」

 「どうしてかわるの?」

 「彼女、磁力装置の解除レーバーを握ったまま、息絶えていま
したから。……私が最初に発見した時は、まだ体が暖かかっ……」

 フローネ中佐の目から涙がこぼれ落ちた。

**************************(1)*

 歴戦の勇士。ビュラック空軍の英雄でもある彼女は普段容易に
自分の感情を表に出さない。しかし、そんな彼女も、かつて窮地
に立った編隊を救うため、囮になって敵陣へ馳せたかつての片腕
セリーヌ中尉の死には感情を抑え切れなかったのだろう。まして、
知らぬこととはいえ、身ごもっていた彼女の頭に銃弾を降り注い
だのが自分だとしたら、それはなおのことだった。

 「……すみません。動揺してしまって……」

 「いいわ、あなたと彼女の仲を私も知らない訳じゃなくてよ。
気にすることはないわ」
 グレートマザーは平静を装っていたが、彼女もまた、動揺して
いたのである。女性は男以上に心の動揺が仕事の出来高に大きく
関わってしまう。今、男どもと対等に渡り合えるフローネを失う
ことは為政者としてはあまりに大きな痛手だった。
 しかし、彼女をこれ以上引き留めることもまたできそうになか
った。

 ビュラック星はもともとムーア星人が地球から研究材料として
拉致してきた人間のうち女だけを収容するコロニーだった。彼ら
は男女を別の星で飼い、男に対してはその能力を色々試させたが、
女にはこれといった興味を示さず、ただ生殖の時だけに利用して
いたのである。

 そのムーア人も5千年前、他の異星人との戦いに敗れてこの地
を去り、拉致された地球人にしてみれば安息の日々が訪れるかに
思われたが、ムーア人から自由にになった後も、彼らは互いに元
の星で独立して暮らし、言語をほぼ同じにする男女でありながら
も交わって暮らすことは今日までなかった。

 つまり、お互いが、男のいない星(ビュラック星)、女のいな
い星(ダンネル星)の住人だったのである。

 「ところで、その胎児は女の子なの?」

 「……」
 すぐには答えが返ってこない。

 グレートマザーとフローネ中佐の間にあいた時間が、その答え
だった。

 「……わたし……」
 フローネ中佐の言葉は続かなかった。
 そして、二人の間に再び間があく。
 そして、今度、口を開いたのはグレートマザーだった。

 「ビュラックでは、男の子は育てられないわ。もし、誤ってお
互いが望まない性別の子を得た場合は……発見しだい、相手の星
に引き渡す約束になってるのもご存じよね」

 「……(でも、協約には胎児という項目は)……」
 フローネは下唇を動かしていた。ほんのちょっとしたきっかけ
で、それは言葉に変わるはずだったが、そのきっかけがつかめぬ
ままに、グレートマザーが再び話しだす。

 「私を困らせないでね……あなたにはリーダーとしての誇りも
責任もあるはずよ。……どうしたの?そんな変な顔をして。……
どうやら、疲れているみたいね。このところ忙しくて前線にいる
時間が長すぎたみたいね。……どうかしら、この辺で少し休養を
とった方がいいんじゃなくて?」

 彼女は穏やかに語りかけ、そして、一瞬にしてフローネの肩に
のしかかっていた中佐の肩称をはぎ取ったのである。

 「いいのよ、これで……今のあなたには考え事より休養が必要
だわ」

 グレートマザーはフローネ中佐の肩を短い時間抱き、頬ずりを
交わす。しかし、説明はそれだけ。それだけでフローネの肩称は
グレートマザーの机の引き出しの中へ。

 良いも悪いもなかった。絶対君主として女の都に君臨するグレ
ートマザーの鶴の一声で、フローネ中佐はいきなりの除隊を余儀
なくされたのである。

**************************(2)*

 「どうして、急にやめるんですか?」
 「それはあの胎児を連れ帰ったことと関係があるんですか?」
 「やむを得ませんよ。あの時は副長と一緒だったんですから…」
 「まさか、胎児を放り出して亡骸だけ持ってこれませんもの」
 「男の子だったから問題なんですか?…せめて女の子なら……」
 「何言ってるの!どちらにしてもあの子は副長の子どもなの。
副長の忘れ形見なのよ」

 部下たちが除隊を聞いて詰め寄るなか、フローネ中佐は静かに
机の中を整理していく。
 「そんなこと関係ないわ。規則は規則だもの。私たちはこの星
で純血を守り通してきたからこそ、男どもの支配から逃れられて
こうして暮らしていけるんだもの。だいいちここで男の子をどう
やって育てるの?」

 「とにかく私、グレートマザーに掛け合います。マザーだって、
事の次第はご存じなんでしょう!?」
 「私も……」
 「私も……」

 部下の驚きや狼狽をフローネは笑って遮った。

 「バカなことは言わないで、何も問題はないわ。私は、疲れた
から辞めるだけ。ただそれだけよ。私もそろそろ生きのいい後輩
に道を譲らないとね。……私の代わりなんて、ビュラック空軍に
ごまんといるでしょう。騒ぐことじゃないわ」

 実際、セリーヌを失ってからの彼女は、戦いにもどこか精彩を
欠いていたから、彼女自身も部下が気をもむほどには落ち込んで
はいなかった。
 むしろ、これをきっかけに指揮官としての能力がさらに下がれ
ば、それは部下の命をも危険にさらすことにもなるわけで、フロ
ーネとしてもこれは納得できる事だったのである。

 ただ、セリーヌが残した子どもにだけは、もう一度会いたいと
願っていた。

 だが……
 「ああ、あの子なら、すでにダンネル星に送りつけたわよ」

 担当者からはつれない返事が返ってきたのである。


 願いはかなわぬまま、三日後、フローネは自らが幼年期を過ご
した養育惑星へと帰って来た。

 除隊したといっても、犯罪を犯したわけでも不名誉な事をした
訳でもない。自ら希望して長期の休暇をとって除隊したのだから、
負い目などないはずだったが、あの赤ん坊のことだけは、ずっと
気になり続けていた。

 『あの子に会いたい』

 そんな思いが募って、道行く誰もが英雄の帰還を祝福してくれ
るなか、独りフローネの心は晴れなかったのである。

**************************(3)*

 ところが、実家に帰ると、そんな彼女を驚かす出来事が待って
いた。

 「ただいま~」

 そう言って入るなり玄関先で彼女は赤ん坊の泣き声を耳にする。

 「お帰りなさい。早かったのね」
 母の声、妹たちもあとに続く。
 「わあ~、おねえちゃまだあ」
 「フローネお姉さまお帰りなさい」
 「お土産は?」
 14歳を頭にチビたちにたちまち取り囲まれてしまった。

 「赤ん坊の声がするけど、また一人引き受けたの?」

 フローネの問いに母の意外な言葉が返ってきた。

 「ああ、あれ。あれはあなたの子どもよ」

 「私の?まさか……」

 「本当よ。グレートマザーが直々にここへ届けにいらしたの。
初心者のあなたにも育てられそうないい子が見つかったからって
……」

 「グレートマザーが直々ここへ?……まさか、冗談でしょう」

 「冗談じゃないわ。昨日の夕方お見えになったの。……その時、
『軍人はやめても母ならやれるでしょう』っておっしゃってたわ。
……でも、この仕事も大変よ。甲高い声を一日中聞かされてると
ノイローゼになるわよ」

 フローネが軍人としての職業を持っていたように、彼女の母は
『母』が職業だった。ここでは血縁関係で家族が営まれている訳
ではない。遺伝子解析で得られたデータをもとに相性のよさそう
な者達が寄り添って一つ屋根の下で暮らしていた。つまり、家族
といっても誰もが生さぬ仲の親兄弟たちだったのである。

 フローネはそんな母の言葉を頭の後ろで聞きながら、家の中へ
……赤ん坊の泣く部屋へと入っていく。頭の片隅に、もしかして、
という思いが浮かんだからだ。

 間違いなかった。ベビーベッドに寝かされていたその赤ん坊は、
間違いなく冷たくなった母親からフローネ自身で取り上げた生命
だったのである。

 『この女の子が成人するまで、あなたが育てなさい。その間、
あなたの軍人としての職責をすべて解きます(グレートマザー)』

 グレートマザーの置き手紙にある通りだった。赤ん坊のペニス
は極限まで小さくされ、睾丸はすでに体の中に埋め込まれていた
のである。

 「必ず、育ててみせる」

 彼女は赤ん坊を拾い上げると、数奇な運命に翻弄される幼き命
を必死に抱きしめ、嬉し泣きにくれるのだった。






<登場人物/設定>


***** <舞台設定> **************

ビュラック星
 女の都。地球からムーア星人が拉致した地球人のうち、
 女だけを住まわせた星。
 科学技術は男の都(ダンネル星)に劣るが、結束力で
 五千年もの間、男の支配をはねのけ続けている。
 政治形態はグレートマザーを頂点にした専制国家。

ダンネル星
  男の都。地球からムーア星人が拉致した地球人のうち、
 男だけを住まわせた星。
 科学技術ではビュラックより優秀だが、都市の結束力は
 弱く、内紛は珍しくない。政治形態は有力者の協議による
 寡頭制。
 統制が弱いため、女相手の売春宿を経営する者や、麻薬
 の密売者があとをたたない。
 女の都との統合を望んでいるが、女の都側が拒否し続け
 ている。
 ただ、男の都側も力ずくでの決着は望んでいない。

ムーア星人
 地球から学術調査目的で地球人を拉致してきたが、
 今から五千年前異星人との争いに敗れて二つの星を放棄
 した。 

男女の生みわけ
  お互いの星が卵子と精子を提供しあい、遺伝子分析の
 結果、自分たちにとって都合のよい子どもだけを試験管
 で作り出す。
 特に女の都では、遺伝子解析を経ない自然分娩は処罰
 の対象。このためセリーヌの子どもは、男の子であり、
 かつ自然分娩で生んだ子であることからビュラック星で
 は二つの意味で育てることができない。

養育惑星
 子育て専用の惑星。そこで母親を職業とする女性に四五人
 の姉妹と一緒に育てられる。この星は養育が目的のため素行
 の悪い人物は存在を許されず、みな穏やかに暮らしている。


***** <登場人物> ****************

 フローネ(中佐)
  長い髪を肩まで垂らした歳の頃30前後の精悍な顔立ちの女
  第七飛行編隊の隊長として、数多くの武勲に彩られているが
  副長の死をきっかけに今はその副長の遺児と一緒に養育惑星
  で暮らしている。

 セリーヌ(中尉)
  フローネ中佐のかつての部下。囮作戦で戦死したと思われて
  いたが、その後も生き延び、最後はフローネの編隊を引き入
  れる手引きをして戦死(?)。その時、お腹にいた男の子は
  奇跡的に命をとりとめ、今はフローネ中佐が職を辞して面倒
  をみている。

 グレートマザー
  ビュラック星の絶対君主。
  時に冷徹、時に情に厚い、初老の婦人。

 ハイネ
  セリーヌの子ども。男の子だが、ビュラック星では男として
  は育てられないため、去勢され、ペニスはちょっと大きめの
  クリトリス並に、睾丸は萎縮させて体の中に埋め込まれている。
  臆病だが心優しい男の子。物心着く前からフローネが育てた
  ので彼女が母だと信じている。


*****************************

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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