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小暮男爵 << §4 >>

小暮男爵

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 遥ちゃんと離れて久しぶりにお父様と一緒の暮らし。
 つい六ヶ月ほど前まではここが私の勉強部屋兼生活の場でした
から元の生活に戻ったというべきかもしれません。

 この部屋は、本来お父様の書斎。ですから、この部屋の大半は
お父様のスペース。百科事典や美術書、学術書などなど大きくて
重たい本が作りつけの本棚に収められ壁と一体化していますし、
ライティングデスクの上には、お父様が書き物をする為に集めた
資料がいつも山となって積まれています。

 その一角に、こんな部屋の雰囲気とは似つかわしくないピンク
の勉強机、ピンクの本棚が置いてあるのですが、この辺りが私の
居住スペースでした。

 机の上には学校の教科書や参考書が並び、壁には私が展覧会で
入選した時の絵や習字、家族旅行の写真などが貼られ、本棚には
図鑑や児童書、地球儀、バイエルの教本などが置かれています。

 人目につく場所に置いてあるのはいずれも勉強か習い事に関係
ありそうなものばかり。例外はお父様から買ってもらったピー子
という大きな熊のぬいぐるみくらいでしょうか。これだけは箱に
入りきれないので本棚の一番上で腰掛けてます。

 でもそれ以外のマンガやオモチャは、お父様との約束ですべて
大きなダンボール箱に入れてしまい、使う時だけ取り出すことに
なっていました。

 遊んだ後は、また元のダンボール箱にしまわなければなりませ
んから二度手間です。オモチャをしまう時は『めんどくさいなあ』
と思いますが、しまい忘れると叱られますから渋々やってました。

 もし、オモチャをしまい忘れる日が続くようだと、『お仕置き』
なんてことも……普段は優しいお父様ですが怒るととてつもなく
恐いんです。

 我が家の場合、お父様を怒らせた場合、パンツを剥ぎ取られて
お尻を叩かれるというのが一般的ですが、お仕置きはお尻叩きと
決まっていたわけでありません。ケースバイケースで種類は色々
でした。

 お庭や廊下に立たされたり、百行清書なんてのはまだ上品な方
で、悪さがすぎると、例えば自分の部屋のベッドでお浣腸の姿勢
でずっと待たされたり、お庭に自生しているイラクサをパンツの
中に仕込まれて登校させられたり、なんて破廉恥な罰もたくさん
用意してあります。

 イラクサというのは西洋のおとぎ話なんかに出てくるあれです。
これには刺毛と呼ばれる細かな毛がびっしりはえていますから、
歩くたびにそれがお股に刺さって大変なんです。

 ですから、家から見えない処でパンツから取り出し、学校近く
まで来たらまた入れ直す、なんてズルも上級生になると覚えます。

 登校した後は保健室へ行って先生からイラクサを取っていただ
くんですが、保健の先生からお薬を塗ってもらう処も恥ずかしい
場所ですし、何より半日くらいはそこが痛痒くて仕方ありません
でした。

 ですからクラスに戻ってからも、人目もばからずお股を掻いて
しまいます。
 すると今度は担任の先生から『美咲ちゃん、はしたないわよ』
って……でも、本当に痒いんですからこれは仕方がありません。

 ある時、先生に……
 「先生は、やられたことないから分からないのよ」
 って啖呵をきったら……
 「そんなことないわ。私も子供の頃は両親から散々やらされた
もの」
 と言われてしまいました。

 どうやら『イラクサパンツ』というのはこの辺りでは伝統的な
子供のためのお仕置きのようです。

 その他にも、勉強中に居眠りなんかしていると、冷たい鉄板を
イスに敷かれて、そこに裸のお尻を乗せなきゃならなかったり、
オナニー癖のある子なんか、ゴム製の貞操帯を締めさせられたり
もします。

 他にも色々あります。特に女の子は種類が豊富でした。きっと、
大人たちは日々子どもにどうやってお仕置きしようか考えている
んじゃないでしょうか。そのくらい女の子へのお仕置きの種類は
バラエティーに富んでいました。

 でも、そんな私たちには厳し過ぎるお仕置き事情も先生たちに
言わせると、最近は親が子供に甘いんだそうです。


 さて、話が脇道にそれてしまいましたが、さっきの続きです。

 同居していた遥ちゃんの部屋から元いたお父様の書斎へ、私が
荷物を運び入れると、お父様がさっそく私の学習机の前にご自分
のイスを置き、そこに腰を下ろして膝を叩きます。

 これは……
 『さあ、美咲、お勉強するよ、ここへいらっしゃい』
 というサインです。

 実は私、ここへ来て以来ずっとそうなんですが、ごく最近まで、
お父様のお膝の上でしか勉強したことがありませんでした。
 ひらがな、カタカナ、ローマ字、九九も四則の計算も、みんな
みんなお父様のお膝で覚えたんです。

 ですから、私にとって勉強するというのは、まずはお父様の膝
に乗ることから始まるのでした。

 「おう、随分重くなったなあ」
 お父様の意外そうな声。
 お父様のお膝は六ヶ月ぶりですが、その間にも私の身長も体重
も増え続けています。

 「やったあ~」
 六ヶ月前を思い出し、腰を浮かして小さく跳ね回る私。楽しい
記憶が蘇ります。この場所、私、嫌いではありませんでした。

 この懐かしいふかふか感。お尻の割れ目に当たる軟らかい棒も、
昔からのことですからね、気になんてなりません。

 私は施設から引き取られて以来。このお膝で育ったようなもの
でした。多くのお姉さまたちは新しい妹がやってくるとその後は
この場所を明け渡さなければなりませんが、私の場合は、大きく
なってもお父様のお膝がホームグラウンド。
 ここで勉強し、ここで食事をして、ここで着替えも済ませます。
もっと幼い頃はお風呂やトイレまでも一緒でした。

 私だけじゃありません。ここに呼ばれた子供たちはまずお父様
のお人形となって人生のスタートを切るのです。

 ただ、私の場合その期間があまりに長いのでお姉さまたちから
は『あなた、何から何までお父様でよく恥ずかしくないわね?』
なんて呆れられてましたけど、私は『それがどうして悪いの?』
って居直ってました。

 だって、食事も、着替えも、お風呂も、トイレも……もちろん
全部独りでできますけど、大好きなお父様にやってもらえるなら、
そっちの方が楽で楽しいでしょう。だから自分からお父様のお膝
を下りるつもりはありませんでした。

 そのうち『私はお父様にとって特別な存在』なんて特権意識も
芽生えちゃったりします。もちろん、勘違いなんですが……。
 このように私の幼年期はお父様に甘えられるだけ甘えて暮らし
ていたのでした。


 この夜の私は算数のドリルや漢字の書き取りで2時間びっちり
絞られます。
 実はこのイス、身体の自由がききませんし、勝手に休憩もとれ
ません。おまけに勉強が終わる頃には、私とお父様の体温で全身
汗びっしょりです。

 決して快適な環境じゃありません。
 おまけに私は勉強が好きじゃありませんから、その間はずっと
大変な思いでした。

 「ほら、よそ見しないの」
 「抱っこされてると頭だってお父様の胸の中から動かせないの。
よそ見なんてできないでしょう!」
 私は口を尖らせます。

 「ほら、またあくびして……あくびなんかしてる暇ないよ」
 「仕方ないじゃない出ちゃうんだから。これは止められないの」
 私はスリッパを履いた足でお父様の向こう脛を蹴ります。効果
ありませんが……。

 「もっと集中して……ケアレスミスが多くなったよ」
 「やってるよ。これが私の精一杯。もう、これ以上無理なの!」
 身体全体をブルブルっと震わせます。これってせめてもの抵抗
姿勢でした。

 私はお父様が何か言うたびにぶつくさ。素直じゃありません。
よい生徒じゃないんです。
 でも、これもまた幼い日から続くいつもこと。お父様を本当に
イヤイヤしているわけではありませんでした。

 お父様のお膝はいつもふかふか。小さく上下に体を揺さぶると
楽しいですし、大きな胸の中にセットされた私の背中は安心感で
いっぱいです。
 一瞬のすきを見つけて厚い胸板に横顔を押し付けるなんてのも
心が癒されることでした。

 実際、私の身体はお父様によってどうにも身動きできないほど
拘束されているわけですが、幼い頃からこうやって勉強してきた
私にとっては、これがもっとも落ち着く場所だったのです。

 それだけじゃありません。お勉強が終わった後にお父様のお膝
の上で汗を拭いてもらい下着を取り替えるのも私にとってはお気
に入りのひと時でした。

 もちろん、それって私の心がまだ子供だから成立していた関係
なんでしょうけど。私の周囲には性の情報が何もありませんから
性の歩みは今の子よりずっとゆっくり。
 この時代の私はまだ純粋な子供で、お父様を性の対象としては
捕らえてなかったみたいでした。

 ただ、そんな私も歳を重ねます。性の情報はなくてもこの頃に
なると本人も気づかないうちに大人の入口に辿り着いていました。

 2時間後……

 「よし、よく頑張ったね。じゃあ、……今日はここまでにして、
ネンネしようか」

 お父様はそう言うと私を膝の上に立たせます。幼い頃と違って
この頃になると身体もだいぶ大きくなっていましたから、これは
大変な作業だと思うのですが、お父様はお構いなしです。
 わざわざ不安定な膝の上に私を立たせて服を脱がせ始めます。

 私も幼い頃からやっていますから要領はわかっています。
 危なくなれば近くにある本棚の棚を掴んでバランスをとります
から不思議と膝から転げ落ちるなんてことはありませんでした。
 ただ、お父様がなぜこんなアクロバティクなことを続けるのか、
それはわかりませんでした。

 我が家ではシャツもパンツも脱いでパジャマだけで寝る習慣に
なっていましたから、着替えの途中私は真っ裸になります。当然、
裸になった私の体はお父様の目と鼻の先に晒されるわけで、その
鼻の先が私のビーナス丘やお臍に当たるなんてことも……。
 ですから、ひょっとしたらそれが目的だったかも……。

 いずれにしても私とお父様の間にはそれ以上何も起こりません
でした。


 着替えが済んだ私は、そのまま抱きかかえられて、高い高いを
されたり、肩車されたり、頬ずりされたり、お父様とひとしきり
じゃれあってから布団に入ります。

 これってお勉強頑張ったご褒美なんですから、私としては純粋
に嬉しいことなんです。そりゃあ他の人に見られれば恥ずかしい
かもしれませんが私とお父様だけの場所なら何も問題ありません
でした。

 ところが、その夜は久しぶりのお着替えで緊張したのか、服に
お父様の手が掛かった瞬間、私の顔が一瞬曇ります。

 『えっ!!』
 どぎまぎする私。
 それって、当の私にも説明できない心の動きでした。

 きっと、それまで一度も意識したことのなかった私の性がその
瞬間だけ、人生で初めてうずいたんだと思います。
 いくら外からの情報が無い私でも女の子としての身体が素直に
反応したわけです。

 もちろん、お父様が自分とは違う性であることは私だって幼い
頃から知っています。知ってはいますが、それを体で感じたこと
など一度もありません。この時が初めての経験でした。

 私はほんの一瞬顔を曇らせただけでしたが、でもそんな微細な
変化にもお父様は気づきます。

 「どうしたんだい?私の顔に何かついているのかな?」
 お父様の苦笑い。

 「んんん」
 私は首を振ります。
 そして……
 「何でもない」
 私は素っ裸でお父様に抱きつきます。

 この時、ほんのわずかに膨らみかけていた幼い胸の先がお父様
に触れます。すると、また、あの電気信号が起きました。
 でも、ヴィーナスの丘はスベスベで産毛だけ。若草もまだ萌え
だしていません。
 そんな体で私はお父様に体当たりします。

 「……(う・れ・し・い)……」

 いつものようにお父様に抱きしめられた時、さっきまであった
胸の痛みは消えうせ、いつもの安らぎが戻っています。

 ん~~~これって、ファザコンというやつでしょうかね?

 かもしれませんね。ただ私だけじゃなくうちの姉妹はみんなが
そうだった気がします。お母様がいない家にあってお父様という
のは力も優しさも兼ね備えた絶対的な存在なのです。いわば神様
みたいなものでしたから、誰もが逆らえないだけじゃなくて誰も
がその愛を目指すことになるのでした。

 『お勉強は大変だけど、ここでお父様に抱いてもらえるのは、
そんな辛い時間を我慢したご褒美』
 私はお勉強を当時そんなふうに考えていました。

 そして、そのフレーズはお仕置きの時も同じでした。
 『お仕置きは大変だけど、辛い時間を耐えたらお父様はきっと
次の瞬間は優しくしてくれる』

 実際、お父様は私の期待を一度も裏切りませんでした。
 お勉強もお仕置きも最後は必ずお父様の抱っこの中でハッピー
エンド。

 ですから、私にとっては膝の上でのお勉強も膝の上でうつ伏せ
になるお尻叩きも同じ出来事(?)。お父様から幸せを得るため
の儀式だったのでした。

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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