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駿 と 由梨絵 の物語

    駿由梨絵物語

 < 第 1 回 >

 由梨絵は現在11歳、肩まで伸びた真っ黒なストレートヘアに
細く白い首筋、高すぎない鼻筋やふっくらほっぺが子どもらしく
愛くるしい顔をしている。わずかに膨らみかけた胸を覆っている
ジャンパースカートの裾を翻しながら、その日も長い廊下をスキ
ップしながらやって来る。それははた目にも快活な彼女の個性を
感じさせて清々しかった。

 「おじさま、何かご用?」
 由梨絵はいきなり分厚い木製ドアを押し開く。
 どうやら書斎に入る時、ノックは普段から不要のようだ。

 「おう、由梨絵か……」

 安藤伯爵は書棚から取り出した大判の書籍を立ち読みしていた
が、大きな鼈甲めがねをおでこに押し上げたままその瞳が明るい
声の方を向いた。

 「学校は終わったのかい?」

 「終わった。宿題も全部すんだよ」

 「それは凄いな、いつもそんな風にきちんとした生活態度なら
いつでも特待生になれるな」

 「無理よ、私がそんなの……私ってそんなに頭なんてよくない
もの」

 「そんなことはないさ。私の娘ならきっと学業も優秀なはずだ
よ」

 「えっ……」
 由梨絵は思わず絶句した。

 
由梨絵は伯爵の娘ではない。彼女との歳の差を思えば伯爵は祖父
に当たるかもしれない。いや、この二人、そもそも血縁者ですら
ないのだ。もちろんそんなことは、当人同士にあっては百も承知
していることだったから、普段は、『由梨絵』『おじ様』と呼び合
っていた。

 「座りなさい」
 伯爵は幼い娘に一人用ソファを勧めるが……。

 「いいわ、いらない。私、立ってるから……」

 「いいから、座りなさい。そうやって落ち着かない動きをして
いたら、まるでオシッコを我慢しているみたいで、こちらが落ち
着かないんだよ。

 「はい」
 由梨絵はその椅子にお尻からポンと弾むように腰を下ろした。

 一方、伯爵は読みかけの本を年季の入った本棚に戻すと……
 「さてっと……」
 由梨絵とは向かい合わせになる二人用のソファに、ゆっくりと
腰を下ろした。

 そこで銀の煙草入れから細身の洋もくを取り出して火をつけ、
それを一服二服くゆらせてから口を開いた。
 その間は彼は何も言わなかったのである。

 そして、

 「君はいつから、私の娘になったんだい?」

 「えっ……」
 その言葉は由梨絵の胸に衝き刺さる。
 それだけ言われただけで彼女には思い当たる節があったのだ。

 「別に、私はおじさまの娘というわけでは……」
 心苦しそうに弁明すると……。

 「そうなのか?……実は、今日、園長先生から『理事長先生は
制服の変更をお考えなのですか?』って質問されたよ」

 「…………」
 由梨絵は口を閉ざす。本当は何か言いたかったが、何を言って
も自分に不利になりそうで言葉にならなかったのだ。

 「僕は知らなかったよ。学校で君は僕の娘として見られている
みたいだね」

 「それは……」
 由梨絵は思わず顔を床に向けてしまう。

 「今さら、話すことでもないけど、君は僕の娘ではないんだ。
旅の途中、飯田という場所で身重の女性が苦しんでいたのを病院
に運んだのがきっかけで連れていた君を引き取ることになった。
恐らくは君のお母さんと妹になっただろう赤ちゃんは亡くなって
しまったけど、なついていた君を街の施設に入れるのは心苦しく
て……それでここに引き取ったんだ」

 「は……はい」
 由梨絵の返事は歯切れが悪い。
 彼女は何がどうなっているのかを理解してしまったようだった。

 「僕は君があまりに可愛いもんだから、本当の娘のようにあれ
もこれもと世話をやいてきた。でも、もし、本当のお父さんなり
血縁の方がここへ現れたら、君を引き渡さなきゃならないからね。
それで、あえて養女にもしなかったんだが、正式に僕の娘になり
たいのかね?」

 「………………」
 由梨絵はこの時はっきり言わなかったが、心の中の答えは常に
イエスだった。

 「君は、学校ではお友だちに僕をお父さんと紹介してるみたい
だね。……だったら、君は理事長の娘というわけだ。……そこで、
お友だちに頼まれた。お父さんを説得して、今の古臭い制服を、
もっと……そのなんだ……君たちの言葉言うところの………何て
いったか……そうそう、イケてるデザインにして欲しいって……」

 「それは……別に……私が、そう言ったわけじゃないけど……
そういう事になっちゃって……」
 由梨絵は顔を真っ赤にして答えた。

 「ま、無理もないか、現に君は僕の家から通ってるわけだから。
だけど、嘘はよくないな。そんなこと吹聴してると今度はもっと
困難なことを、アレもしてこれもやって欲しいって頼まれちゃう
よ」

 「……私は……別に、嘘なんかつくつもりは……」

 「でも、君が否定しなければ、嘘が嘘のまま独り歩きしちゃう
だろう?」

 「……はい」

 「そこでだ、園長先生に頼んで、これからは君のことを給費生
として扱うことにしたんだ」

 「キュウヒセイ?……」
 由梨絵は、使い慣れないその言葉に戸惑ったが……

 「君のクラスでは聡子ちゃんが、たしかそうじゃないか?」
 おじ様の言葉で意味が通じた。

 「えっ!!!給費生って特待生のことなの?」
 由梨絵は驚き、身体が硬直し、目が点になった。

 「そうだよ。昔はそう呼んでた。いいだろう。学費は免除され
てるし、日常生活に必要な物は何でも支給されるから、生活にも
困らない。お小遣いもちゃんと出るんだから気がねなしに使える。
何より、理事長の娘が給費生なわけないから、みんなに嘘をつか
ずにすむしね」

 伯爵はすました顔であっさりと言いのけたが、それは給費生に
おける陽の当たる部分だけのこと。実際の生活がとっても大変な
ことは小学生の由梨絵にもわかっていた。

 給費生というのは、家が貧しいけど学業が優秀なために学校が
学費免除で受け入れた生徒のことで、学費のほか学園生活で必要
な必要最小限の物は何でも支給してもらえる結構な立場ではある
のだが、その代わり、いわば学校の広告塔として模範生でいなけ
ればならなかった。

 学業は成績上位の一割以内。これ以下になると退学させられる
規則になっている。それだけでない。素行や品性でも他の生徒の
模範になるように求められていたから、もし規則違反をして罰を
受ける時は一般の生徒の二倍三倍の罰を受けることがよくあった。

 おまけに、一般の生徒からは、あの子だけ優遇されてるという
やっかみや自分たちとは育ちが違うといった特権意識もあって、
よく虐めの対象にもなるから、居心地の悪さを感じる子も少なく
なかったのである。

 『茨の学園生活』
 頭にそんな言葉が浮かぶ。自分がそんな立場になっちゃう。
 これは由梨絵にしてみたら大変なショックだった。
 だから、恐る恐る伯爵にこう尋ねてみた。

 「これ、お仕置きなの?」

 すると、その不安そうな顔が気になったのだろう。伯爵は笑顔
で由梨絵を抱き上げる。
 「いいや、そうじゃないよ。生活はこれまでと変わらないよ。
お前は今まで通りここで生活していくし、今まで通り私に甘えて
いいんだよ。私もお前に不満は何もないもの。ただ、君が私の事
を誤解してはいけないと思ったからそうするだけさ」

 由梨絵はしばらく伯爵の膝の上で抱かれた。
 愛撫だった。

 でもそれは幼い頃からずっと毎日やってきたことと同じこと。
 伯爵はこれまで由梨絵を実の娘のように育ててきたから食事も
お風呂も音楽会やピクニックもすべて一緒の生活を送ってきた。
つまり由梨絵は娘同様だったのだ。

 だから『給費生になれ』だなんて由梨絵にとっては少なからず
ショックだったに違いない。

 そのショックをいくらか癒してもらってから部屋をでた由梨絵
だったが、その顔は来た時とは違ってうな垂れていたのである。

 さて、そんな由梨絵に代わって、今度は執事の牧田さんが伯爵
の書斎に入ってきた。

 「手続きは済んだか?」

 「はい、完了しました。でも、よろしいのですか」

 「何がだ?」

 「いえ、私はてっきり由梨絵お嬢様を養女になさるのかと……」

 「どうしてだ?ま、どうなるか分からんが今でもそのつもりだ
よ」

 「ならば何も特待生などになさらなくても……特待生ともなり
ますと、色々と……」

 「何だ、そのことか」
 伯爵はソファに腰を下ろして含み笑いをすると……
 「ただな、それならそれで由梨絵が私の家にふさわしい女性に
なってらなければならない。爵位はなくなっても六百年続く我が
家の一員になるのだから……しかし、あの子は特殊な事情で引き
取ったからそんな訓練をこれまで一度もしてこなかった。だから、
今回はその試練のようなものさ」

 「さようですか。それで安心いたしました」

 「安心したかね。お前はあの子が好きなようだな」

 「はい。由梨絵様がそばにいると心が和みます」

 「もともと不憫だから一時的に引き取ったが確かに優しい子だ。
顔がいいわけでもなく学業もスポーツもそこそこだが、あの子が
いると心が乾かない。だから私だって養女にとも思っているんだ。
ただし、これといって才能のない者は努力がいる」

 「たしかに……若い時の苦労は買ってでも、と申しますから」

 「そうだな。男の子ならもう少したってから鍛え始めるのだが、
女の子は成長が早い。むしろ、今が鍛え時なのだ。毎日のように
お尻を赤くして暮らすのも振り返ればいい思い出になるさ」

 伯爵は年代ものの赤ワインをグラスで一口。
 それは可愛い娘への祝杯だった。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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