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やさしいお仕置き<1>

ノンHのお話
         やさしいお仕置き<1>

 美智子は扉の前で一つ大きく深呼吸してからドアを叩いた。

 「お父様、お呼びでしょうか、美智子です」

 「おう、チー子か、開いてるから入ってきなさい」

 父の声に促されて小さな手はドアノブを回す。
 丸い真鍮の取っては冷たくて、その手は明らかに震えていた。

 「…………」
 部屋に入ってみれば、父は部屋の奥でまだ仕事中。
 昔ながらの電球スタンドからは軟らかなオレンジ色の明かりが
漏れていて、父はその灯りの下で何やら書き物をしている。

 こんな時は父の仕事が一段落するまでおずおずと入り口付近で
立っていなければならない。
 これが合沢家で暮らす子供たちのルールだった。

 手持無沙汰で緊張した時間が過ぎていく。

 数分後、物書きのペンを休めて父が振り向くとチー子が思わず
お臍の下あたりを押さえた。
 ことさら意味などない行為に見えたが、その様子を見ていた父
が、わずかにほほ笑む。恐らくその五分ほど前の出来事を察した
のだろう。

 この時、美智子が着ていたというか、母の言いつけで着せられ
ていたのは黒いツイードの制服。胸元に小さく白くイチイの葉が
刺繍されている地味な学校の制服だった。

 プリーツスカートからのぞく細い脚を少し震わせながら立って
いる少女は黒い上着と純白のブラウスが合い間って清楚な雰囲気
をかもし出している。

 「……相変わらず可愛いな。お前は何を着せてもよく似合うよ。
可愛い子というのは何かにつけて得だ。遥の時代もたしか同じ服
だったとと思うがあいつが着るとまるでメイドさんみたいだった」
 父は笑う。

 名門校というのは容易に制服のデザインを変えない。今、着て
いる服も、実は19も歳の離れた姉の遥が小学生時代に着ていた
ものとそっくり同じもの。だから……

 「これ、遥お姉様のお下がりなんです。お母様が今日はこれを
着て行きなさいって……」

 丁寧な言葉遣いは美智子が緊張している証拠で、彼女自身常に
親を様づけで呼んでいるわけではない。

 はにかむように下を向いてしまった美智子を見つめる父は頬の
下の肉が少しだけ緩んだようにも見えた。
 が、次の瞬間は小首をかしげて単刀直入に尋ねる。

 「お母さんに浣腸させられたのか?」

 鋭いナイフが少女の心臓をえぐる。できたら、尋ねられたくは
なかった。
 ここ合沢家では父親が女の子にお仕置きする際は母親が事前に
浣腸をかけて送り出すというのが習慣になっていたのだ。

 「…………」
 美智子が声には出せず、ただ小さく頷くと……

 「ま、無理もないか……お母さん、何か言ってたか?」
 父が独り言のように小さな声でつぶやく。

 「『大変なことをしてくれたわね』って……『こういうことを
しでかすと、あなただけの問題じゃないの……お父様、お兄様、
お姉様、……おうちの人たちだけじゃないわ。親戚の方たちまで
世間から白い目で見られて、信用を失ってしまうことになるの』
って…………」

 「そうか……ま、そこまでオーバーに言わなくてもいいだろう
けど……でも、お母さんの言うこともあながち間違ってはいない
んだよ」

 「ごめんなさい」

 「私たちの親戚筋には父方母方共に先生をやってる人が多くて、
みんな合わせると上は大学から下は幼稚園までひとそろい先生が
揃っちゃうくらいなんだ。そんな家で、そこの子がカンニングで
問題を起こしたなんて知れると、世間の人たちからひょっとして
他の人たちも何か不正なことをして進学したんじゃないだろうか
……なんてね、世間から疑いの目を向けられかねないもんだから
……お母さんとしてはそれを心配してるのさ」

 「……でも、私は……ただ、お友だちが助かればいいと思って
……愛美ちゃん、午後はテニスの試合があるんだけど、家庭科の
テストのお点が悪いと、午後は居残りさせられるから試合に出れ
ないの。……それって可哀想だし、助けてあげようと思って……
でも、そのためにはまず私が正しい答えを教えてあげないといけ
ないから……班長さんとしては……その……責任上…というか」

 「『責任上』か……なるほど……チー子は責任感が強いんだな」
 父は今度は明らかに笑った。苦笑していたのだ。

 「つまり、『愛美ちゃんを助けるためにはカンニングしなきゃ
いけなかった』と、こう言いたいわけだ」

 「自信なかったの。正しい答えを教えてあげられるかどうか」
 そこまで言ってチー子は父の顔色をうかがう。

 そして、慌てたようにこう続けた。
 「でも、国語も算数も社会も理科も、それは全部一人でやった
んだよ。誰にも教えてあげてないし……」

 「わかってる。せっかくお父さんと一緒に頑張ったんだもんな、
他の人に教えたらもったいないもんな」

 「うん」
 チー子の顔に久しぶりに笑顔が戻った。なんとも正直な笑顔だ。

 実はチー子、このところ成績が下降気味でこのままでは今学期
は4も危ないと担任の先生に注意されたことあった。このため、
それ以降は父親が毎日のようにチー子を膝の上に抱いては勉強を
みていたのである。
 チー子が笑ったのはその膝の感触を思いだしてのことだった。

 このくらいの歳になるとたいていの女の子は異性を意識する。
たとえ父親でもそこは警戒するものだが、チー子にはまだそれが
なかった。
 外ではともかく、家の中でのチー子は、まだまだ父親の大切な
お人形だったのである。
 それが証拠に……

 「おいで」
 父親が普段勉強している時と同じようにチー子を呼ぶと……

 「…………」
 チー子はさも当然と言わんばかりにまるで子犬のような身軽さ
で父の膝に駆け上ってくる。

 すると父もまた、しっかり抱き寄せせ、頭を撫でながら、背中
を軽く叩き、こうつぶやくのだ。

 「うちは入学してから三年生までは小学校というより幼稚園の
延長みたいな授業だから……班単位のグループ学習が中心だし、
単元ごとの理解度テストもやらないし……今までの習慣で、もし
わからないことがあればすぐにでもお友だちに尋ねたいんだろう。
特に女の子というのはそうでなくても何かと人に頼る傾向がある
からね。……それだけチー子は頼りにされてるってわけだ」

 「だって、お勉強はみんなでやった方が楽しいもん。今だって
班単位のグループ学習はたくさんあるし、お友だちはみんな親切
だから、何の問題もないよ」
 チー子は自信たっぷりに答えた。

 「そりゃあよかった。和気藹々ってやつだな。チー子、学校は
楽しいかい?」

 「うん」
 チー子は明るい笑顔だ。

 「そりゃあよかった。…ただね、そうすると『もし分からない
ことがあってもとりあえずお友だちを頼ればいい』なんて安直に
思っちゃう子も出てくるんだ。きっとそのお友だちも、今までの
そうした習慣が抜けきらないのかもしれないな」

 「………………」
 チー子は父の顎の先に伸びた無精ひげを見ていたが、そのうち
意を決した様子で言いたくない言葉を吐き出す。

 「お父さん、怒ってる?……私をお仕置きするの?」

 「さあ、どうしようかな」

 「うそ、今日はお仕置きするつもりで私を呼んだんでしょう。
お母さん言ってたもん、あなたがお父様のお仕置きで粗相なんか
したら、大切な絨毯にシミが残るから今日はここで浣腸していき
なさいって」
 照れなのか開き直りなのか少し上気した顔でチー子が言い放つ
と……。

 「そうじゃないよ。私はお母さんにそんなこと頼んだりしない
よ。それはあいつが勝手にやっただけだ。だいいちこの絨毯には
お兄ちゃんやお姉ちゃんのもたくさん染み込んでるから、今さら
チー子のシミが一つ加わってたとしてもどうってことないんだ」

 「ゲッ、お兄様やお姉様もここで粗相したことがあるの?」

 「そりゃそうさ。そう言うチー子だってあっただろう。パンツ
脱がされて、この世の終わりみたいな声で泣いてたじゃないか」

 「えっ!」

 「遠い昔のことで忘れちゃったか?」

 「そりゃそうだけど、お兄ちゃんたちは偉い人だし……」

 「何言ってるんだ、あいつらだって子供時代はあったんだぞ。
子供が悪さをしないわけがないし、お仕置きを一度も受けないで
そのまま大人になるわけないだろう。そこはみんな同じだよ」

 「遥お姉様も……」

 「そうだよ。あいつが一番多かった」

 「……ホント、知らなかった」

 「お前は昔の遥を知らんから無理もないが、いつだったかこの
部屋に入って来たとたんお漏らしをしたことがあったくらいだ」

 「…………」
 チー子がそれを聞いて頬を膨らませると、父がにこやかに笑う。
 つられるようにチー子の頬も緩んだ。
 いつもは雲の上の存在としか見ていない姉の醜態が嬉しかった
のかもしれない。

 「ただね、チー子。今回お前のしたことが取るに足らない事と
言ってるんじゃないだよ。むしろ普通なら『当然、お仕置き』と
いう事件なんだから。実際、連絡帳にもちゃんと『今回の件では
お家でお仕置きしてください』って書いてあったもの。お母さん
は、きっとそれを読んで気を回したんだろうね」

 父はそう言いながら、あらためてチー子が学校から持ち帰った
連絡帳に目を通し始めた。

 すると、その連絡帳がいきなり抜き取られた。

 「おい!」
 父から思わず大きな声が出たが……

 「どれどれ……『今回の件では、こちらでもできる限り適切な
処置を施して帰宅させましたが、何分にも学校という性格から、
お子さんに対してできることに限りがございます。いたらぬ点に
つきましては、今後ご家庭におかれましてさらなる適切な処置を
お願い致します』か……なるほどね、たしかにそう書いてある」

 父親から連絡帳を取上げて読みあげだのはチー子の姉だった。
 「なんだ、お前、帰ってたのか?」

 姉と言っても二人は兄弟げんかをするような仲ではない。遥は
すでに大学を出て大手商社に勤めるキャリアウーマン。小学生の
チー子にしてみれば、遥は姉というよりむしろ叔母といった方が
しっくりくる間柄だった。

 その遥が父からチー子の連絡帳を取り上げ読み上げたのである。

 豊氏が言うと……

 「なんだはないでしょう、人を呼びつけておいて……お父様が
チー子に力を貸してやって欲しいことがあるからって言うから、
こうやって仕事を早めに切り上げて帰って来たんじゃないの」

 『どういうことだろう?そこにはお仕置きしてくださいなんて
書いてないのに……』
 大人二人の会話に一人取り残された感じのチー子。
 彼女にはまだ大人の複雑な言い回しは理解できないようだった。

 「適切な処置ね。私の連絡帳にもよくこういうの書かれてたわ」
 遥の言葉にチー子が反応する。

 「……『適切な処置』ってどういうことですか?」
 チー子が思わず尋ねると、遥は鼻で一つ笑ってから……

 「そうねえ~有り体に言えば『お家でお仕置きしてください』
ってことかな」

 「えっ!!!」
 予想していたこととはいえチー子の顔に緊張が走る。

 「学校って処はたとえ先生の堪忍袋の緒が切れるようなことが
あったとしても、やたら厳しい体罰はできないの。だから学校で
できない分は各ご家庭でお願いしますってことなの。要するに、
お父様たちにあなたへのお仕置きっていう宿題が出たってこと。
わかった?お姫様」
 遥は悪戯っぽく笑うと、人差し指で可愛い妹の頬を優しく叩く。

 「そうかあ、やっぱり、そうなんだ」

 「やっぱりって?何が?」
 チー子ががっかりした様子でうな垂れるので遥が尋ねると……

 「だって隆志お兄ちゃんが言ってたの。もしママが浣腸したら
それは確実にパパからのお仕置きがある日なんだって……あれ、
本当だったんだ」

 「ほう~それは、それは、ご愁傷さま……災難だったわね」

 「あ~あ、ショックだなあ~。災難なんてもんじゃないわよ。
50㏄よ。50㏄も入れられちゃったんだから……今でもお腹が
渋ってるもん」

 「仕方ないじゃない。そういう決まりなんだから。うちの子に
生まれたのを呪うしかないわね。五年生は50㏄六年生は60㏄
てのがうちの決まりなの。……で、その時、お母さん、うだうだ
お小言を言ってはトイレを我慢させなかったかしら?」

 遥はさもその時の様子を見ていたような確信めいた含み笑いで
チー子の顔を覗き込む。

 「そう、そうなの。もうすんだことまで持ち出してネチネチと
……ホント、嫌になっちゃうわ。おかげで今でもお腹が痛いもの」
 チー子は相手が同性という気安さも手伝ってだろうか、ここぞ
とばかりにまくし立てる。

 「だけど、いい加減手遅れね」

 「えっ?」

 「この絨毯、すでに子どもたちのオシッコのシミがあちこちに
あるもの。あそこも……そこも………それだってそうよ。今更、
気を付けても無駄。クリーニングしてみても落ちないわ」
 遥は懐かしそうに絨毯のシミ一つ一つに視線を落とす。

 「ねえ、お兄様やお姉様もここでお漏らししたことがあるって
ホントなの?」

 「ま、そういうこともあったかな。もちろん。その子によって
お仕置きを受けた回数はバラバラだけど、一度もお父様から手を
上げられなかった子なんてここにはいないわね」

 「私もその頃はまだ若かったら、我を忘れて隣の家まで悲鳴が
届くようなお仕置きをしたこともあったけど……部屋に入るなり
いきなりお漏らしを始めたのはお前だけだ」
 娘たちの盛り上がりに寂しかったのか、父親が顔を出す。

 「仕方ないのよ。浣腸してきてもまだ膀胱にまだ少し残ってる
のがあるから完璧には防げないの。女の子は一度堰を切ったら、
もう止まらないから」

 苦々しい笑いの遥が続ける。
 「それだけお父様のお仕置きは痛いってことよ。中学生くらい
でもお尻を裸にして平手でぶつの。一回一回はそんなに強くぶた
れてる感じはしないんだけど、いつの間にか手にも足にも電気が
走ってて、泣きわめくつもりはまったくないのに気がつくと叫ん
でるの」

 「へえ~~そうなんだ」

 他人事のように感心するチー子に対して……
 「へえ~~って、あなた、これからそうなるかもしれないのよ。
わかってる?」

 「うん……一応……」
 生ぬるい返事だった。

 「まあいいわ、こうしたことはお父様から直にお尻をペンペン
された子でないとわからないから……あなたも一度経験してみる
ことね」
 最後は『呆れた』といった様子だった。

 「お兄様たちもお父様にぶたれてお漏らししたことがあるの?」

 「(フフフ)あなたってこっちが言い難いことをズバッときいて
くるのね」
 遥が珍しく目を見開いて笑う。

 それは今までしょんぼりしていたように見えたチー子の顔が、
お仕置きの話になったとたん、目を大きく見開いてこっちを見て
いるのに合わせたものだった。

 『この子、好きなのね。目の輝きでわかるわ。……お父様も…
…お仕置きも……。誰にも言えないけど、大好きなお父様から、
とっても厳しいお仕置きを受けたがってる。……なんだかんだ
言ってもやっぱり女の子だわね』

 遥は思った。その上で……
 「ないわけないでしょう。さすがにお漏らしは一学期に一回か
年に一回くらいだけど、特に小学生の頃までは毎週誰かしらここ
へ呼びだされてはぶたれてたの」

 「毎週?」

 「毎週はちょっとオーバーか……でもそのくらい多かったわ。
だってお父様に男女の区別なんてないもの。私だって事情は同じ。
毎週のようにここに来ては裸のお尻を晒してたんだから。お家の
お仕置きは土曜日が多かったから、兄弟みんな土曜の夜がセーフ
だとホッと胸をなでおろしたものよ」

 「恥ずかしかった?」

 「そりゃうもちろん、そうだけど、恥ずかしいなんて言ったら
さらに強くぶたれたから必死に我慢したの。お父様の前に出たら
みんなまともに口がきけないの。素っ裸にされて部屋の隅に立た
された、なんてことが何度もあったんだから……」

 「お父様ってそんなに怖いんだ」

 「普段はそんなことないわよ。だけどね、怒らしたら大変なの。
体がバラバラになるんじゃないかってくらいお尻が痛いんだから」

 「ふ~~ん、そうなんだ」
 チー子の返事にはなんだか実感がこもっていなかった。

 そりゃあチー子だってお父さんからぶたれたことの一回や二回
ないわけではない。ただ、お父さんとはぶたれた思い出より褒め
られたり抱っこされたりした思い出の方がはるかに印象に残って
いる。チー子にとってお父さんというのは、お母さんに比べると
ちょっぴり遠くにいる存在だけど、相手してくれる時は優しい人
だったのだ。

 対してお母さんはというと、いつも身近にいて頼りになるけど、
口うるさくてうっとうしい人。何か気に入らないと、藪から棒に
何の警告もなくよくお尻をぶってきたから、彼女にとって本当に
怖いのはお父さんよりむしろお母さんだったのである。

チー子がそんなことに思いを巡らしていると遥の声がする。
 
 「それに、やっと終わったと思ったら、そこからさらにお母様
を呼んでお灸を据えられたりもするの。あれは地獄よ、火炎地獄。
あなたはお父様からまだそんなおっかない目にあったことがない
でしょう?……うらやましいわ」

 「それは……」
 チー子は遥お姉様に『そんなことないよ。私だってあるもん』
と言おうとして思いとどまる。大人たちからお尻の割れ目を押し
開かれて尾てい骨にお灸をすえられる様子なんて他人に想像され
たくなかったのだ。

 「そりゃないさ。チー子は親父たちにとっては孫みたいなもん
だもの。俺たちとは違うよ」

 遥が聞き覚えのある声に女性二人が振り返る。

 「あっ、お兄ちゃん」
 「あら、ターちゃん(隆志)、いたの?」

 「今さっき来たところ、どうやらヒロ君(広志)も呼ばれてる
みたいだよ。あいつの車がガレージにあったし、ほら、ピアノの
音が聞こえてるだろう」

 「あっ、ホントだ。気が付かなかった」

 「ねえねえ、じゃあ、お姉様はいつまでお仕置きされてたの?」
 チー子がお兄様お姉様の会話に恐々入ってくる。

 姉の推察通り、チー子はお仕置きという言葉に不思議なシンパ
シーを感じていたようだった。

 「いつって……そう言われてもねえ……」

 遥が思わず口ごもってしまうと、チー子はさらに畳み掛ける。

 「小学生の時まで?……中学生はまだやってた?……高校生に
なったらもうやらなかったでしょう」

 チー子がうるさく聞いてくるのでたまりかねた遥が口を開く。
 「お仕置きはもちろん幼い子がやらされるケースが多いけど、
我が家ではいつまでって決まりはないの。中学生でも高校生でも、
たとえ二十歳を越えたって、この家でやっかいになっている限り
お父様はお父様なんだからその子をお仕置きできるのよ」

 「今でも?……だって、お姉ちゃん、大人だよね」

 「そう……でも、今でもなの」

 「えっ!?ほんとに?」

 「ほんとよ。だって、お父様は家長といってこの家のリーダー
なんだもの。年齢に関係なく誰だって家長であるお父様の指示に
従わなければならないわ」

 「お仕置きも?」

 「もちろんお仕置きも。お父様が『この子にはお仕置きが必要』
と判断なされば、誰だってそれに従わなければならないの。お家
のルールだから……分かったかしら、新入りさん?」

 「新入りさんって、私だってこのおうちに10年もいるのよ。
もう新入りなんかじゃないわ。私、赤ちゃんじゃないんだから」

 チー子は胸を張るが……

 「10年ねえ……もう10年…か……早いなあ。……私には、
お前がおむつをしていたのがついこの間のように思えるよ」
 豊氏は感慨深げにつぶやく。
 
 「だって、高校生になってからお仕置きだなんておかしいよ」
 チー子はさらに食い下がったが……

 「遥が最後にお仕置きを受けたのは、たしか高二の春だったな」

 父の声に顔を赤らめる遥。
 「あっ、だめよ、お父様。余計なことは言わないでください」
 明らかに動揺している様子だった。

 「確か、その時も素っ裸でのコーナータイムも二回もやったと
記憶してるけど……違ったかな」

 「忘れました。そんなこと!!!」
 遥はぷいっと横を向いていしまう。

 「へえ~~そんな時までオシオキってあるんだ。ねえ、どんな
お仕置きだったの?」
 しょんぼりしかけていたチー子の目がふたたびランランと輝き
興味津々といった様子で遥を見つめている。

 女の子はもちろん幸福な自分を夢想して楽しんだりもするが、
実は他人の不幸にはもっと敏感で、より感情移入しやすかった。
それは、今まさに自分がお仕置きをされようとしているチー子に
おいてもまた同じ。

 『私はなんて不幸な星のもとに生まれてきたのかしら』などと
自らの身の上を嘆きつつも、心のどこかではそんな自分を俯瞰で
眺め、悲劇のヒロインである自分を楽しんでいる。

 そんな夢世界に生きる女の子たちにあってお仕置きというのは
単に忌み嫌われるやっかいものではない。むしろ物語には欠かす
ことのできない大事なスパイスなのだ。
 チー子はそのスパイスの味を覚え、求めていたのである。

 「チー子、そういうことは遥のプライバシーの範疇だからね、
軽々しくお姉ちゃんからお話を聞こうとしちゃいけないの」
 隆志が中に入ってチー子をいさめる。まさに大人の対応だ。

 三つ揃えのスーツをビシッと着こなす隆志は、180センチを
ゆうに越える長身と甘いルックスで、まるで映画スターがそこに
立ってるようだった。

 「ケチ!!」
 言葉とは裏腹にチー子は笑っている。

 「ケチじゃないよ。チー子だって、『昨日はお父様からこんな
厳しいお仕置きをされました』なんてクラスじゅうに知れ渡った
らどうなの?嫌だろう?」

 「そりゃあ……そうだけど……」

 「だったらチー子も人の秘密もあれこれ詮索しない方がいいん
じゃないのかい?……とかくプライバシーに関わる事に触れると
他人から恨みをかうことになるよ」

 チー子は少し不満な様子も見せながらも……
 「へへへへへへ」
 今度は隆志にすり寄っている。

 それを見ていた父親は……
 「大丈夫だよ。心配しなくても。お前はいつもよい子だから。
お灸七箇所、鞭3ダース、なんてお仕置きは、お前にはしないよ。
それにあれは私がまだ若かった頃の話。今は時代も違うからね。
そうだ、それでも必要な時は、今度は隆志に頼むか」

 豊氏は満足そうに笑い、隆志は困惑、遥は憤懣やるかたないと
いった表情だ。
 チー子だって父のその笑顔はうすら寒かった。

 もちろん豊氏にしてみれば、当初は素知らぬ顔の遥をからかう
つもりで言った軽口だが身近に接してきた父親にはチー子の性癖
だってわかるから、それにもくぎを刺しておいたのである。

 いずれにせよ、幼い心を震撼させるにはそれで十分だった。

 『隆志お兄ちゃんからお仕置き』
 『隆志お兄ちゃんからお仕置き』
 『隆志お兄ちゃんからお仕置き』
 チー子の頭はしばらくそれで一杯になっていた。

 「昔、俺がこいつらを育てたころはスパルタが主流だったから
お仕置きも厳しかったが、今はほめて育てる時代だそうだから、
そういう意味でもチー子は得だったな」

 父にこう言われた時も何一つ聞いている様子はない。
 『絶対だめよ!』
 『絶対だめ!』
 『絶対!』『絶対!』『絶対!』『絶対!』『絶対!』
 チー子の顔がみるみる青くなっているのが誰の目にもわかった。

 そんなチー子に向かって隆志が……
 「気にするな、姉貴は度外れて乱暴者だったから、親父も手を
焼いてお仕置きもきつくなっただけ。お前は可愛がられてるから、
親父からそんなにきつい事はされないよ」

 どうやら、こちらは美しく勘違いしているようだ。

 隆志は父の膝の上に馬乗りになっているチー子の両脇に両手を
滑り込ませると、まるで子猫でも抱くようにひょいと抱え上げた。

 チー子は小学生といってもすでに五年生、幼児ほど軽くはない
がサッカーで鍛えた身体にはこの程度の体重は問題ではなかった
ようだ。

 すると、いつの間にか部屋に入ってきていた広志が、今度は兄
からチー子を譲り受けてあやし始める。
 「そういうこと。もともと遥姉さんが特殊なだけで、親父は、
昔からチー子に甘かったもの。俺が庭で蜂に刺されて泣いてたら
『男の子がそのくらいの事で泣くんじゃない』なんてどやしつけ
てたくせに、この間チー子の指にバラのトゲが刺さっただけで、
『救急箱はどこだ』って、えらい剣幕でおヨネさん(お手伝い)
を呼んでたもん。相手が違うとこうまで違うのかって驚いたよ」

 チー子は男たちの間で取り合いになっていた。

 実はこの隆志と広志は双子の兄弟で大学までは同じ道を歩んで
いたのだが、そこから先の人生が大きく異なっている。
 院生を経て堅実な仕事に就いた兄に対し、広志は奔放な人生。
サッカークラブのコーチをやっていたかと思うと、いつの間にか
古着屋。画家、陶芸家、作曲家、最近はポルノ小説まで書いてる
というから、父親にしてみれば彼の存在も頭痛のタネだった。

 実際、この時も広志はアロハシャツにサングラス、ジーンズ姿。
でも、それが妙に似合っている気がしてチー子にしてみると彼は
決して嫌いではなかった。

 「チー子。お前は得だな。女の子で、しかも親父が年を取って
からの子だから、傍にいても可愛がられるだけで叱られたことが
ないだろう」

 「そんなことないよ」

 「そうかあ?兄ちゃんたちはお前ぐらいの歳の頃は大変だった
んだぞ。テストで90点いかないとそれだけでお尻叩かれたんだ
から……」

 「なんだ広志、何を今さらうじうじと……そんなこと当たり前、
勉強しないお前が悪いんじゃないか」

 「別に恨み言じゃないよ。そういうことじゃなくてさ、時代が
違うって言いたいだけさ」

 「まったくいくつになっても女々しいやつだ。言いたいことは
それだけか」

 「相変わらず、おっかないねえ」
 広志は苦笑い。

 「だいたい、男と女では置かれてる立場が違うんだから、当然、
やらなきゃならない事だって違う。そんなこと当たり前だ」
 父親はそう言ってチー子を取り返す。

 チー子の躰は男たちをめぐって再び父親の膝の上に納まった。

 今度は豊氏がチー子をあやしながら……
 「俺はこの子を遥みたいに結婚もできない行き遅れの職業婦人
やお前みたいな遊び人にするつもりはないんだ。いいか女の子は
どんなに立派なことが言えたとしても、ちゃんと結婚してだな、
人から愛される人生を送らなきゃ幸せにはなれんのだ」

 「おやおや、またその話か。いいじゃないか、姉さんは姉さん
で幸せにやってるんだから。そんなこと言ってると、姉さんまた
怒って帰っちゃうぞ」
 広志の言葉にはやっと親父の影響力から解放されたという喜び
がどこか残っていた。

 「それより、なんで今日は俺たちまで呼ばれたんだ?」

 「いや、なんでも親父がチー子をお仕置きするって話だぞ」

 「えっ!?まさか?」

 「いや、おふくろから聞いたんだ」

 「ということはチー子のお仕置きをここで見学しろってことか?
最近流行りの小学生のお仕置きヌードかい?まさかそんなことで
俺たちを呼んだんじゃないだろうな」
 広志は茶化したような顔で笑う。

 男二人がぶつくさぼやいていると……

 「ん?……なんだ、お前たち、そんなつもりで来たのか?」

 「いや、そういうわけじゃないけど、親父が『手伝ってくれ』
っていうもんだから……」

 「チー子のお仕置きをか?…バカ言え!俺だってそこまで老い
ぼれちゃいないよ!!」

 「そりゃそうか」
 広志があっけらかんと笑う。

 「だが、別に構わんぞ、お前たちがお仕置きを手伝ってくれる
のなら、それもよしだ。だいたいチー子だってまだ女というわけ
じゃないんだから」

 父親だって笑いながらシャーシャーと言ってのける。
 この時代はそんな時代だった。

 幼児ポルノなんて趣味が広まっていなかった当時、家庭内では
大人たちのお仕置きによって裸にさせられる小学生は珍しくない。
しかもそれは、あくまで女の子のお仕置きであって虐待やポルノ
ではなかった。

 チー子はこの後も事あるごとに年の離れた兄弟たちから代わる
代わる天井に頭が着くほど持ち上げられて高い高いをされる。
 それはチー子にとって必ずしも喜びだけではなかったから厳密
には虐待って要素もあるかもしれない。しかし……

 「きゃははははは」
 チー子は誰に対してもちゃんと笑って応えた。

 ただそれは自分の素直な気持ちというより、あくまで女の子と
しての忖度。つまりはお付き合いの笑顔なのだ。

 これは何もあやされてる時だけじゃない。お仕置きだってそう。
今のチー子にお父さんが、『チー子パンツを脱ぎなさい』と言えば
恥ずかしくったって脱ぐだろうし、『お膝に来なさい』と言ったら
膝の上でうつぶせになるだろう。お尻を叩かれて痛くても『泣く
な』と言われたら必死に我慢するはずだ。

 だけど、それで心の底から改心しているのかというと、それは
また別の話。

 あくまで愛を繋ぎ止める為のお付き合い。力の弱い女の子なら
自然に身につく生活の知恵みたいなものだった。

 相沢家でもチー子を溺愛していたのは何も父親だけではない。
歳の離れた兄弟たちにとっても、チー子はまだまだ可愛いお人形。
 そのことは当のチー子だって十分感じていたから、みんなへの
笑顔は、自分への愛を繋ぎ止める為の大事な大事なお仕事だった
のである。

******************

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Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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