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やさしいお仕置き

ノンHのお話
******** 第 2 回 ********

 父親が実家に帰ってきた子供たちに向かって話しかける。

 「実は、今日、お前たちを呼んだのはチー子のことで助言して
もらえないかと思ってなんだ」

 「助言?……カンニングのことで?……どうすればバレないか
とか」

 最初に口を開いたのは、父愛用のソファに深々と腰を下ろした
広志。
 ただ、父の反応は一言だった。

 「バカ」

 父は隆志へと視線を移す。

 「まさか、今回はどんなお仕置きがいいだろうか、なんて相談
じゃないですよね」
 隆志は真面目に答えたつもりだったが、父の機嫌は治らない。

 「そういうことじゃない」

 こちらも吐き捨てるような一言だった。

 父は、当初困惑し怖い顔になっていたが、そのうち思い出した
かのように頬の筋肉が少しだけ緩む。
 というのも、あることに気づいたのだ。

 思えばこの二人もすでにお仕置きをされる側ではない。子供が
いれば諭す側のはずだが、兄弟そろって子供はおろかまだ結婚も
していない身。

 となれば二人の意識はまだ以前のままだろう。父はあくまで父
であり子はあくまで子なのだ。そんな保護者面した大きな子供が
今目の前にいることが豊氏には何となくおかしかったのである。

 「実は、チー子が先週の期末テストでクラスで三番目の成績を
とったらしい」

 「ほお~~~そりゃあすごい。快挙だ。おめでとう」
 と、隆志。

 「なるほど、今学期は頑張ってたというか、頑張らされていた
もんな。お父様の家庭教師ぶりが功を奏したというわけだ」
 と、広志。

 遥も……
 「おめでとう。これで念願の5が通知表につくわね」

 父の言葉に、三人者三様、間髪いれず祝福したのだったが……

 「ところが、昨日、今学期末の父母会に行ったら、担任の松原
先生が『残念ながらチー子に5はつけられない』とおっしゃって、
それが本人にはとてもショックというか不満みたいなんだ」

 「えっ!?、そりゃあ、またどうして……」
 「……あっ、そうか、家庭科のテストをカンニングしたんで、
それが響いたのかな」
 「なるほど、他教科だけど、ペナルティーってわけね」

 「ま、それもないとはいえないかもしれないけど、先生曰く、
その事とは直接関係がないんだそうだ」
 父の苦虫を噛んだような顔が部屋の空気を重くする。

 チー子の通う学校では、毎学期、終業式の数日前に定例父母会
が開かれ、その最後には親子で参加する個別面談もあって、席上
今学期の成績が開示されることになっていた。
 つまり今学期の反省会が先にあって終業式の日にもらう通知表
はあくまで形だけなのだ。

 もちろんそこでは成績に関する数字が示されるだけではない。
今学期中の子供の様子が担任の先生から詳しく説明されることに
なっていた。

 その席で『残念だけど美智子ちゃんには5をつけられない』と
宣言されてしまったからチー子はがっかり。
 そんな末娘の事を気にして父は息子たちを呼び寄せたのだった。
 要するにチー子を慰めてやってほしかったのである。

 ところが、三人は意外にも冷静。
 「なるほどね」
 「そういうことか」
 「仕方がないかもしれませんね」

 もちろんそのこと自体、兄や姉にとっては初耳なわけだが……
ただ、そんな情報を聞いても三人はさして驚きもしなかった。
 というのもここには同じ学校の出身者ばかりが集まっている。
大人になった子供たちにもその原因はすぐに理解できたのだ。

 「要するに、2点や3点の差では埋めようがないほどしっかり
とした実力者が上にいるってことですね」

 「その子とチー子を比べてみた時、期末試験以外の色んな面で
チー子の方が見劣りするというわけか」

 「仕方がないわね、うちの学校で5をもらうというのはいわば
学校の看板になるということですもの。単に一時の点数だけでは
決められないということなんでしょうね」

 と、こうだった。

 「学校の看板って?」
 大人たちの話を、それまで黙って聞いていたチー子だったが、
この時初めて口を挟む。

 「ん?……うちの学校はモデル校だから授業も色んな実験的な
試みがなされているしカリキュラムもバラエティー豊か。当然、
その成果がどんなものだろうって色んな教育関係者がやって来る
んだ」

 「教育関係者?」

 「ほら、授業中に知らないおじさんおばさんが突然やって来て
教室の後ろに立って授業を見学してることがよくあるでしょう」

 「ああ、あの人たちのことかあ。知らないおじさんやおばさん
がよく授業を見てる。三日続けて同じ人たちがきた時もあった」

 「そうそれ。ああした事が一般の公立小学校よりうちは格段に
多いの。つまりいつもそれだけ世間から注目されてるってわけ。
そんな人たちに、実は授業中あくびばかりしてるあの子がいつも
5をもらってるらしいよ、なんて噂されると学校側も説明に困っ
ちゃうから、先生としても、誰が見てもそれらしい子に5を付け
たいのよ」

 「え~私じゃダメなの!?私そんなにあくびしてた?学校で?
それともお家で?」

 「両方でだ。父兄会に出かけてもお前が授業中にあくびばかり
してるから恥ずかしくて居たたまれなかったよ。それに、最近は
お友だち相手に『お父さんから4時間も勉強させられた』なんて
吹聴してるみたいだけど、私が教えてた4時間のうち半分は欠伸
の時間だったからね、本当に勉強していたのは、せいぜい2時間
ってところだ」

 「なあんだ、それじゃあ私も明君と同じ位しか勉強しなかった
のかあ」

 チー子がぼやくから父が尋ねる。

 「どういうことだ?」

 「だってあの子、僕の勉強時間は2時間くらいだから4時間も
できるなんて凄いって言ってたんだよ。あれ、嘘ついてたの?」

 「2時間かあ、確かに少ないなあ」と隆志。
 「うらやましいなあ。俺もそんな短時間で終えたかったよ」
 と広志も……。

 そして遥も……
 「あのね、チー子。明君のいう2時間はあくまで机に向かって
試験勉強した時間が2時間ということなの。あくび抜きの正味の
時間がそれだけでおさまってるってことなのよ」

 「つまり集中してやってるから短い時間で済んでるってこと?」

 「オウ、わかってるじゃないか。偉い偉い」
 広志の言葉には棘があった。

 「それにな、チー子。明君の勉強時間がその2時間だけなんだ
なんて思っちゃいけないよ。明君がやってる本当の勉強時間は、
24時間なんだから」

 「24時間?」
 隆志の言葉にチー子は最初きょとんとした顔になった。
 でも、しばし考えたあと愛想を崩して大笑い。

 「うそだあ~~~そんなにできるはずないもん。だったら明君
寝てないの?」
 チー子はそんなのもちろんジョークだと思ったのだ。

 すると、そのあとを遥が続ける。
 「寝てないかもしれないわね。夢の中でも色んな知識と一緒に
遊んでるだろうから……きっと楽しい夢を見てるはずよ」

 「嘘だあ~~絶対に嘘だよ」

 「嘘じゃないよ。お兄ちゃんたちがそうだったし、私もそう、
お父様だってそうだったんじゃないかな」

 「本当に?夢でもお勉強してたの?」
 チー子は遥姉さんの言葉が信じられなくて二人の兄の顔を見る。
 が、その顔は一様に笑ってうなづいていたのである。

 「勉強って言っても教科書に書いてある事やテストに出そうな
内容を覚えるだけが勉強じゃないんだ」
 今度はお父さんが口を開いた。

 「?????」

 「そんな子は、それがテストに出ようが出まいがお構いなし。
頭の中のアンテナが24時間体制で情報収集をしていて、どんな
些細な事でも知らないことに出くわすとそのアンテナで拾って、
これが今まで習ってきた事どう結びついてるだろう?って、常に
考えてしまうんだ」

 「誰がそうしなさいって言ったの?」

 「誰にもそんなこと言われないよ。でも好きなことに出くわす
と、人は自然とそうなっちゃうんだ。だから勉強の好きな子の頭
の中にはテストの為だけの知識だけじゃなくて、それに関連した
色んな情報が詰まっているんだ」

 「自然にそうなっちゃうの?」

 「そう、自然にそうなっちゃうの。……お前だって先月銀座に
行った時は、すれ違った男の人や女の人の服装を30人も覚えて
いたじゃないか。私は二人三人しか記憶に残った人はいなかった。
チー子はすごいなあって思ったもの」

 「へえ~そんなことがあったんだ」
 「さすが女の子だ」

 「だから好きだってことはどんな才能のより大事なことなんだ。
しかも、好きな情報はいつも頭の中で回っているから簡単に忘れ
ないし、やがて整理されてもいくから必要な時には瞬時に色んな
情報が頭に浮かぶようにもなる。明君というのは、すでにそれが
自然にできるようになった子なんだろう?」

 父は尋ねたが、チー子にはよくわからない。
 「何だかよく分からないけど……難しそう」
 チー子がぼんやり口走ると……

 「4時間中2時間があくびの時間のチー子にはまだ無理かもな」
 と広志がからかい、
 「幼いチー子にはまだ無理だよ。でも、そのうちわかるように
なるから」
 と隆志も励ました。

 「ま、そういうことだな」

 「でも……それって……テストに有利なの?」

 「ああ、有利だよ。棒暗記して覚えてきた知識じゃないから、
たとえ直接的な知識が思い当たらない時でも日ごろ集めておいた
周辺の知識から応用して答えにたどり着けることが多いんだ」

 「だから、こうした子たちは歴史年表を語呂合わせで覚えたり
はしないはずだ。というか、そんなことをする必要がないのさ」

 「要するに、お兄ちゃんたちは私の期末テストはまぐれだった
って言いたいわけ?」

 「ま、言いにくいけどね」
 「あたり」

 「わっ、はっきり言った」

 「ま、そう言うな。今回は私から見てもうまく行き過ぎたって
思ってるくらいなんだから。何しろ先生が4と5を振り分ける為
に用意したであろう問題を全部当てちゃったんだから、そりゃあ
こちらにとっては大きなアドバンテージだよ」

 「どういうことですか?」

 「いやね、チー子には日ごろから『教科の内容はどうでもいい
けど先生が授業で話した雑談や冗談は必ずノートしておきなさい』
って命じておいたんだ。これがばっちり当たってしまってね……
それで昭君との点数が逆転したみたいなんだ」

 「明君の方は?」

 「これが不幸にして試験前に2週間ほど入院があってね。肝心
な先生の冗談や雑談が聞けなかったじゃないかな。彼がちゃんと
授業に出ていたら今回の結果はなかったかもしれないな。今回の
チー子の成績はあくまで棚から牡丹餅なんだよ」

 「何が棚から牡丹餅よ。私は主要四教科ではカンニングなんか
してないんだから」

 「わかってる。でもね、通知表に載る成績は陸上競技じゃない
からね、1秒でも早く走ればその子の勝ちという単純なものでは
ないんだ。総合的に見れば、お前と明君では力が違いすぎるんだ。
このあいだの父母会でも、担任の松原先生がとても恐縮しながら
あくまで参考にと言って明君の提出したレポートを見せてくれた
んだが、思わず笑ったよ。これを見たら納得するしかなかった。
社会科見学の内容をまとめたものなんだけどね、どれもこれも、
小学生の域は超えてた」

 「本人に会ったことはあるの?」

 「あるよ、文化祭のパネル展示で説明してくれたことがあった。
そのほかにも何度か話した事がある。とてもチー子と同年代とは
思えないくらいしっかりした子で、うちで言うと隆志タイプかな。
いつ会ってもエリート然としていて品格があるからお前と同年代
だったらいいライバルだったはずだ」

 「おいおい、俺にそんなものあったかなあ。今振り返っても、
小学生の頃は底の浅い教養しかなかったような気がするけど……」

 隆志は照れる。それは昔の自分の姿を思い返してもそんな姿を
感じたことがないからだった。

 しかし、評価は他人がするもの。
 本人は毎日が必死。目が回るほどいつも忙しだけの小学生時代
だったかもしれないが、その姿が他人には美しく感じられるもの
なのである。

 「ただね、これは今聞いてて思ったんだけど、先生が冗談とか
雑談を始めると『あっ、これ次ぎのテストに出るな』みたいな勘
は頭の中で働いてた気がする」

 「だからさ、そこが勉強と言えば教科書しか開いたことがない
という子との違いなんじゃないか」

 「確かに兄ちゃんの勘はすごかったもの」

 「バカ言え、広く浅くというならお前の雑学にはかなわないよ」

 「いずれにしてもだ、私だってそこらの事情を知らない門外漢
じゃないから、もうそれ以上強くは言えなかったんだ」

 「わけわかんない。私が明君に勝ったのにどうして4なのよ」
 大人たちの話は煮詰まっていたが、チー子はまだ不満だった。

 「いいかい、うちの学校へは雑誌のインタビューやラジオへの
出演依頼がよくくる。最近はTVに出演する事だってあるだろう」

 「知ってるよ。明君も出てたから」

 「でも、そんな時、選抜されるのはたいてい成績上位者なんだ。
……もっと言えば、5を取ってる子が中心になるんだけど、……
そこへ出かけていくのにチー子では、ちょっと役不足かな?って
ことなのさ」

 「他の学校なら別の結果かもしれないけど、うちの場合は……
まあ、仕方がないだろうね」

 「何が仕方がないの。私、クラスで成績が三等賞だったんだよ。
銅メダルでなきゃおかしいじゃない」

 「確かに期末テストの成績だけ見たらチー子の方が上かもしれ
ないけど、そのほかにも、普段の授業態度や出された課題にどう
向き合ったか、提出したレポートの字が綺麗かどうかなんてのも
評価されるから、通知表の評価は、必ずしも期末テストの成績順
というわけじゃないんだ」

 「残念だけど、チー子では学校の代表選手として出て行くには
品格が足りないってことさ」

 「でも、だったらどうやったら5が取れるの?お兄ちゃん達は
ずっと通知表に5をもらってきてたんでしょう。今はそれが知り
たいの」

 「どうしたら取れるって、そんなの一口に言えないよ。狙って
取りにいったこともないしね」
 広志の答え。

隆志も……
 「僕も同じ。別に5を取るために勉強してたわけじゃないから。
ただ、あたふた、あたふた、やってるうちにそうなっただけなの。
ただそれだけなんだ」

 そんななか……
 「でも、どうして、4じゃいけないの?」
 とは遥の質問だった。

 「十分じゃないか、4あれば……お父さんだって女の子に5を
取れ!!だなんて発破かけないよ」
 広志はそう言って可愛い妹の頭を撫でたが……

 「お兄ちゃまたちはいつも5をもらってるから分からないのよ」
 チー子は口を尖らす。

 「そうか?そんなに楽しいことでもないけどなあ。勉強以外に
学校での仕事が増えるし、クラスのみんなからは特別な目で見ら
れるし、先生からも『あなたがそんなことでどうするの』なんて
些細なことでもよく叱られるしね」

 隆志は自らの体験を話す。それはほかの兄弟も同じ意見だった。
 トップランナーでいることは結構苦労も多いのだ。

 しかし……。

 「私もそう言ったんだが……お前たちがみんな5をもらってる
のに同じ兄弟で自分だけ4じゃ恥ずかしいんだそうだ」

 「だって、それじゃあ私だけのけ者にされてて、可愛がられて
ないみたいだもの」

 「ほ~~う、なんなのそれ~~」
 広志は大仰に驚いて見せる。

 「あなたが一番可愛がられてるみたいに見えるけど……何事も
自分じゃわからないものなのね」
 とは遥の弁だが……。

 それを振り払うような大声で……
 「でもイヤなの!!!」
 チー子は叫んだ。

 でもそのあとはぼそぼそっと小さな声になる。
 「……だってお友達がそんな噂するんだもん」

 「理由はともあれ、遊びたいって言ってるんじゃなくて成績を
上げたいって言ってるんだから、見上げた向学心だと思うよ」
 隆志はそう言うが……

 「向上心ねえ~~~~本当にそうかしら」
 遥が何やら意味深に笑う。

 「どういうこと?」
 隆志が尋ねると……

 「本当は明君に何か言われたんでしょう。『僕は通知表が3以下
の子は相手にしないんだ』とかね。そこで、慌ててお父様に家庭
教師を頼んだ。……そんなところじゃないかな。……違う?」

 遥が探りを入れると、もうそれだけでチー子の顔が真っ赤に。

 「違うわよ!!」
 大声で否定してみせたものの、周囲の大人たちはそれだけで、
誰もが納得しているようだった。

 納得……そうそこにいた全員の顔が『なるほど、そういう事か』
という顔になったのだ。
 ただ、そのことはあまり追及されなかった。お互いの歳が離れ
過ぎてて、からかう気にもなれなかったのである。

 「いずれにしても無理しない方がいいな。体を壊したら何にも
ならないもの。チー子はチー子、今でも十分優秀なんだから」

 隆志に諭されるとチー子は余計にむきになる。
 「うそ、私、頭悪いもん。一緒にお勉強している時も、お父様
から『やる気がないならやめなさい』って何度も叱られたから」

 「そんなことないさ。そもそもうちの学校で4が取れてるって
こと自体、世間では凄い子だってみられてるんだから……どこへ
行っても大威張りなんだよ」
 と隆志。

 「4というのは教科書や参考書程度の知識なら完璧に備わって
るってことの証明だからね、それで十分じゃないの」
 広志だって必ずしもチー子には同調しなかった。

 「何よ、さっきは、私じゃ5は取れない取らなくていいなんて
……どうして言うのよ」
 チー子が口を尖らせると……

 「そうじゃないよ。今のままでは難しいかなって言っただけさ。
そもそも5を取る子には一つ大事な条件があるんだ」

 「どんな?」

 「さっき言っただろう、勉強が好きだってこと。それも教科に
関係なくどんな知識も貪欲に知識を習得したいって渇望するよう
な子じゃないとね」

 もちろんチー子の成績が上がることは隆志にとってもうれしい
ことだが、ここから先の道のりは決して平たんではない。4と5
の間には大きな壁があることを彼はよく知っていたのである。

 「そう、そう、勉強が好きでない子は、『子の大河』を渡って
『彼岸の丘』にまでは辿り着けないってわけだ」
 と、広志も……。

 「何よそれ?子の大河とか……彼岸の丘とか……」

 「チー子の学校、ま、僕の出身校でもあるんだけど、そこでの
符丁さ。子の大河というのは、先生の言いつけに従ってちゃんと
課題をこなして試験に臨む子たちのこと。真面目な女の子たちが
成績としてもそのあたりに集中して現れるから『女の子の大河』
略して子の大河なんて呼ばれてるんだ」

 「そのあたりってどのあたりよ!?」

 「だから、チー子が普段とってくる成績のあたりさ。そこには
チー子だけじゃなく他の女の子たちも集中してることが多いんだ」

 「???……そういえば……」

 「思い出したかい?昔の女の子は、その最後が『子』で終わる
人が多かったからね、成績を張り出すとそこに子の集団が現れる。
だからそう呼ばれてるけど、世の中には上には上がいて、その子
たちがどんなに努力しても追いつけないエスパー集団がその上に
いるんだ。もうそこは人知を超えた存在ということで『彼岸の丘』
『彼岸に立つ人』なんてというのさ」

 「彼岸って?」

 「……悟った人たちが居るところ。つまりお釈迦様の住む世界
ってことかな」

 「本当はそんなことないんだけどね。人間の能力なんて五十歩
百歩だから。でも、学ぶことが好きかどうかで、こんなにも違う
ってことなのさ」

 「女の子はたとえ嫌いな事でもそれなりに一生懸命やるから、
子の大河はその成果なんだけど、それでも好きでやってる人には
かなわないものなの」

 広志の言葉を受けた遥の言葉にチー子は反応する。
 「ふ~~ん、そうかあ~~やっぱりね」

 「何がやっぱりなの?」

 「だって、うちのクラス。平均点はいつも女子の方が上なのに
5を取ってるのはみんな男の子なのよ」

 「そういうことか。男の子はずぼらな性格の子が多いからね、
普通にしてると真面目な女の子にはかなわないんだ」

 「ただ、真面目にやってるのはもちろん良いことなんだけど、
逆に、先生の言いつけ以上の事はしないから成績もそこで頭打ち。
抜きんでる子は少ないってわけさ」

 「これはチー子も同じだな。今回はお父さんが色々とサポート
してくださったからこんなに立派な成績が取れたけど、だったら
自分一人ででもこれができるのかっていうと…あれれ?ってこと
になる」

 「えっ??そうかなあ?だって、試験受けたの私だよ。一人で
やったよ」

 「もちろんそうなんだけど、お膳立てをしてくださったのは、
お父様なんだよ。例えば、さっき言ってたけど、先生が試験前に
何気なく言った雑談や冗談は大半の子にとっては勉強に関係ない
からと思ってスルーしてしまうけど、お父さんも含め彼岸の丘に
立つ人たちには、それがテストの中に数問ある難問奇問と呼ばれ
る試験問題を解くヒントだってわかるんだ。だから教科書以外に
何を勉強したらいいかもわかる。そこをおさらいして試験に臨む
からそんな問題にぶち当たっても解けるんだ。実は、この差が、
4と5の差でもあるんだよ」

 「そうかあ~~それでお父さん、『教科の内容はどうせ教科書に
書いてあるからどうでもいい。それより先生がおっしゃった雑談
や冗談は漏らさずノートに書いておきなさい』って言ったんだ」

 チー子が言うと、広志が苦笑した。
 「しかしお父さんも親バカだなあ。最初から4が目標だったら
そこまでしなくてもよかったのに……」

 「仕方ないだろう。いくらかでも点数を上積みしてやらないと
私がついていながら4が3になっちゃったなんてことになったら
それこそ恥ずかしいじゃないか。それに、あの先生は坂井先生の
教室だったはずだから、そこはノートの切れ端にある単語だけで
も何を尋ねてくるか察しがついたよ」

 「チー子は果報者だな。家にこんな便利なあんちょこがあるん
だから。他の家じゃこんなことありえないんだぞ」

 「いいことチー子、彼岸の丘に立つというのは、そうした心配
をお父さんにさせない子のことなの。日頃からテストに出るとか
出ないとかに関係なく、関連する情報があったら全て調べて頭に
入れている子のことなの」

 「だからさ、こんなこと、学ぶことが嫌いな子にできるわけが
ないじゃないか。新たな発見が楽しくて楽しくて仕方がないから
できることなんだもの」

 「そういえば、僕も友達から君のやってることはアルプス頂上
でケルン積みをしているのと同じだなんて言われたことがあった」

 「どういうこと?」

 「みんなに一定の学力があるってことは、みんながアルプスの
頂上に立っているようなもの。……なのにお前は麓からは絶対に
見えないケルンを積んでさらに高みを目指そうとする……そんな
愚か者がここにいるってね……」

 「バカにされたの?」
 チー子が首をひねりながら尋ねると……

 「そうじゃないよ。褒めてくれたんだ」

 「えっ????」

 「『極めていよいよ遠くとも』って、これ遥姉さんの処だっけ?
学問に限らず芸事、スポーツ、すべてそうなんだけど、僕たちは
終わりのない旅を続ける旅人だからそういう姿勢が大事なんだよ」

 「人間は膨大な知識を常に有機的に結合させて常に自分なりに
脳内を整理してる。優秀な人ほど今ある課題は何か、解決に必要
な知識は何かを瞬時に判断して取り出せる頭脳になってるんだ。
そんな人にとっては無駄な知識なんて一つもありやしないのさ。
どんなに膨大な知識を記憶していても、答えを出すのに最初から
なぞらなきゃ答えが出てこないっていうんじゃ困っちゃうもの、
チー子みたいに……そんなことだからカンニングが必要になんだ
ろう?」

 「カンニングもやむなしか」

 「えっ???私????そうじゃないよ~~~」

 「はははは」
 「はははは」
 言いだしっぺの男二人が顔を見合わせて笑う。

 「チー子には難しい話になっちゃったけど、要するに世の中で
活躍するためには、『これだけ覚えてきました。褒めてください』
というんじゃ足りないってことさ」

 男二人の指がまたチー子の顎をおもちゃにし始めたのでチー子
も思わずその手を払いのける。

 「やめてよ!!!だったら、どうしたらいいの!」

 仏頂面のチー子に今度は広志が……。
 「だから、何度も言ってるだろう。勉強が好きになれば自然に
そうなるってね。……ただ、チー子にはちょっと難しいかもしれ
ないな」

 「どうしてよ」
 チー子はほっぺを大きく膨らませるが……
 二人の男はただただ笑っているだけだった。

 すると、今度は遥が……
 「昔の諺に『馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませる
ことはできない』というのがあるけど、チー子の場合はまだその
お馬さんね。5をつけてもらうのは、まず本人がその気になって
からってことかな。付け焼刃の知識しかない今のチー子では明君
の対抗馬は失礼だって先生はおっしゃりたかったんじゃないの」

 「あっ、お姉ちゃんまで私をバカにして。だから、そんな事は
どうでもいいのよ。私は、どうしたらお勉強が好きになるのかが
知りたいだけなんだから!」

 「そんな処方箋があったら私も使ってみたいわ。本当のところ
それは偶然としか言いようがないのよ。大半の人は、その偶然が
訪れないから、訪れても逃してしまうから学者の道には入らない
だけなの。あなたにだって、お父様は、沢山の知育玩具や色んな
種類のご本を買い与えてくださったけど、あなたはお兄ちゃん達
みたいに興味を示さなかっただけよ」

 「なんだ、そうなのかあ。……もう手遅れなのかあ」

 「そんなことはないわ。学問は何時からでも始められるもの。
そのうち、あなたにも『これだけは譲れない!』ってものが何か
見つかるかもしれないでしょう。……でも、もしそうなった時は、
なりふり構わず努力しなきゃね」

 「(はははは)それが男でなきゃいいんだけどな」
 「女の場合、たいていはそうなるな(はははは)」

 男どもの馬鹿笑いを尻目に遥が……
 「それとね、チー子。これだけは覚えておいてほしいんだけど、
あなたがお外で聞いてきたという優秀なお兄さんたちの話の中に、
どうやら私も入ってるみたいだけど、それは違うのよ。私の場合、
あなたくらいの年頃には、まだ通知表には2と3しかなかったの。
私なんて優秀でも何でもなかったんだから。あなたも焦ることは
まったくないの。むしろ、今、通知表に4をもらってるのなら、
私なんかよりよっぽど立派な小学生よ」

 「え~~~ホント?」

 「ホントよ。あなたはもっと胸張っていいんだから。お父様は
ね、子供に高望みしすぎるの」

 遥の言葉にチー子はほっと一息ついた。
 チー子はこんなやさしい言葉を待っていたのである。

 すると……
 「よし、この話はそれくらいでいいだろう。元の話に戻ろう」
 お父さんが一つの話題に区切りをつける。

 「元の話って?」

 「お前が家庭科の試験でカンニングしたってことだよ」

 「……(あれって、まだ終わってなかったんだ)……」
 チー子は心の中で起きたショックを叫ぶ。

 そう、あの話、お父さんの心の中では、まだ終わってなかった
のである。

*********************

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Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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