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(1/10)     やりての豆腐屋

(1/10)     やりての豆腐屋

 私の家の近所に小さな豆腐屋さんがあった。豆腐屋と言っても製
造直売というのではない。お婆さんの家はささやかな自宅兼荷物置
き場があるだけで店と呼べるようなものはなく、別の豆腐屋さんか
ら商品を仕入れて売る委託販売なのだが、ご近所はどこもこのお婆
さんがリアカーに乗せて売りに来る豆腐を買っていた。

 化粧っ気もなく顔中しわくちゃで子供の私にしてみればどこにで
もいそうな老婆なのだが、私の母親も含めご近所のおかみさんたち
の間ではたいそう受けの良い好人物と見えて食べるには困らない程
度の売れ行きだった。

 そんな豆腐屋さんを母親が、「あの人、昔はやりてだったから何
にしても話が面白いわ」などと言うので、私は『そうか、昔は商売
上手で大きな店を構えてたんだろうなあ』などと勝手に想像してい
たのだが、この「やりて」実は意味がまったく違っていたのである。

 母親の言う『やりて』というのは遊郭なんかで客をお女郎さんに
引き会わせる今で言うポン引きみたいな仕事のことで、売春防止法
が始まるまでは、もっぱらこれが本業だったというから、私が生ま
れた時はまだ現役だったのである。

 そう言われてみれば、彼女、外見からは何一つ色気と無縁なはず
なのに、話し始めるとどこか華やいだ雰囲気をその場の中に醸し出
していた。(後々素性がわかったからそう感じるだけなのかもしれ
ないが)

 いずれにしても、気位の高い母親が花柳界にいた彼女の存在を疎
ましく思っていなかったのは確かで、実は彼女の進言で、母が家の
習慣にしてしまったことがあって、これには正直、子どもたち一同
みんな大弱りだった。

 ある日、赤い字で印刷された病院からもらってくる薬袋のような物
がちゃぶ台に置いてあるから、『何だろう』と中を覗いていると、気が
ついた母が得意げに『これから悪い子にはこの艾でお灸をすえる
ことにしたから』と宣言したのだ。

 その瞬間、目が丸くなり絶句。(O_O)
 自分ではそれまで一度もやられたことのないお仕置きなのに、
一瞬にして背筋が凍り付いたのを覚えている。

 当時、子供が悪さをした時、お仕置きとしてお灸をすえる家は珍
しくなく、身体検査の時なんかその痕がケロイド状に光っている子
がけっこう見かけられたのだ。だから友だちの家へ遊びに行って、
たまたまそんなお仕置きに出くわすこともあるわけで、そのあまり
の悲惨さから『これはただごとではない』と、多くの子供たちがその
恐ろしさを悟っていたのだった。

 私の子供時代、私の田舎ではたとえ親にやられなくても、お灸は
究極のお仕置き。怖い怖い出来事だったのである。


超狭軌道 <小>
*)写真は記事とは関係ありません。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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