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第3章 / 登場人物と§1

カレンのミサ曲


*************<登場人物>*********

(お話の主人公)
先生/トーマス・ブラウン
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
ラルフ・モーガン
……先生の助手。腕のよくない調律師でもある。
カレン・アンダーソン
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。


(アラン男爵の家の人々)
サー・アラン
……広大な葡萄園とワイン醸造所を持つ人の良い男爵。
フランソワ
……サー・アランの娘。内気な娘だがカレンには敵愾心を持つ。
ナターシャ・スコルビッチ
……フランソワのピアノの先生。あまり容姿を気にしない。
その他
……お屋敷の女中頭(マーサ)メイドの教育係(スージー)等


(先生の家の人たち)
ウォーヴィランという山の中の田舎町。カレニア山荘
ニーナ
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品
ベス
……先生の家の子守。先生から子供たちへの懲罰権を得ている。
パティー
……先生の里子(6歳)おとなしいよい子、寂しがり屋
キャシー
……先生の里子(10歳)他の子のお仕置きを見たがる
ヒギンズ先生
……子供たちの家庭教師。普段は穏和だが、怒ると恐い。

****************************


第三章
    カレンの旅立ち


§1

 先生の取った行動は都会なら眉をひそめる人もいただろうが、
田舎ではそれほど突飛なものでもなかった。
 14歳は、都会でならもうそろそろ大人の女を主張し始めても
おかしくない年頃だが、田舎ではまだまだ純粋な子どもの年齢な
のだ。

 実際、くだんのお嬢様にしたって、つい数年前までは素っ裸で
川遊びをしていたのだから、田舎は生活の全てがまだまだ牧歌的
だった。

 実際、サー・アランの招いた招待客の中にも先生を非難する者
はいなかったし、無礼な振る舞いに出た14歳の小娘がみんなの
前でお尻を叩かれたとしても、それほど驚くには値しなかったの
である。

 もっとも、当のお嬢様だけは、やはり納得できなかったようで、
その後、何度も父親に抗議したり、愚痴を言ったりしたようだが、
サー・アランは受け付けなかった。

 そんなこんなでお嬢様は自分の部屋へ引きこもり、やがて、
夜もふけていった。

 ブラウン先生は夜の静寂(しじま)の中、居間のピアノで夜想曲
を弾いている。

 と、そこへカレンがやってきた。

 いや、正確には誰かに連れてこられていた。先生の視界の隅で、
彼女を押し出すような影がもう一つ見えた。
 それが誰なのか、先生にはおおよその見当がついていたが、
あえて呼び止めたりはしなかった。

 カレンの登場に、
 「どうしたのかね?」
 と尋ねると……

 「きれいなメロディーに誘われて……」
 と、たどたどしい答えが帰ってくるが、その顔は明らかに不安
でいっぱいというものだったのである。

 「これが弾けるかね?」

 「……少しだけなら」

 「じゃあ、弾いてごらん」

 「でも、それはご家族のピアノですから………わたしは………
メイドですし…」

 「そんなことはないよ。たしかにピアノは今もここにあるが、
これは、すでに私のものだ。サー・アランが気前よく私に譲って
くれたんでね。……持ち主の私が弾いてご覧なさいと言っている
んだから、メイドかどうかは関係ないだろう?」

 「…………」

 「それとも、まだ仕事が残っているのかね?」

 「…………」
 カレンは首を横にする。

 「もし、今、君に仕事があるとしたら、荷造りだけのはずだよ。
それも、ご主人に聞いただろう?」

 「…………」
 小さな顎が震えるように頷く。

 「聞くところによると、君の荷物は、あのピアノの他はトラン
ク一つで充分らしいから、それは明日の朝でも間に合うだろう」

 「私、やっぱり先生の処へ行くんでしょうか?」

 「そうだよ、嫌かね?」

 「いやって……そんなこと……」

 「ここのように広いお屋敷じゃないがね、君のアップライトを
置くスペースくらいはあるよ。……私もね、ちょうど、ベッドで
寝しなに聞くためのピアノ弾きを探していたところなんだ」

 「えっ!私が先生にピアノをお聞かせするんですか?!………
だって、そんなの無茶です」

 「無茶じゃないよ。私の所にはたくさんの子供たちがいるが、
みんな君より下手な子ばかりだよ。それとも、私の要請を断って
他に行く処でもあるのかね?」

 「いえ……でも、わたし、そんなに上手じゃないし……」

 「上手とか下手とかは問題じゃない。君の音楽に対する感性が
私は好きなんだ。相性というのかな。これは理屈じゃないからね、
うまく説明できないけど、こういう事ってどうしようもないこと
なんだ。中には、『テクニックはあるんだが、あの人のピアノを
聞くとどうも肩が凝る』というのもある。タキシードを着て聞く
音楽とパジャマで聞く音楽は違うんだ」

 「……(^_^)」

 「今、笑ったね。(^_^)…これは何もここのお嬢様だけの事を
言ってるじゃないよ。もっと、ずっと、ずっと著名なピアニスト
でもそれは同じなんだ。……ところで、スコルビッチ先生は普段
君にピアノを教えてくれるのかい?」

 「そんなことしません」
 カレンは慌てて首を横に振った。彼女は、いつの間にか繊細な
先生のピアノに魅了され、他の事はあまり考えられなくなってい
たのだ。

 彼女は先生が何者かを正確には知らない。だから、今はまだ、
ピアニストだと思っているのかもしれない。しかし、そんな事は
どうでもよかった。彼女にとって大事なことは……今、ここに、
自分にとっても共感できるピアノがあるという事。もうそれだけ
で、充分、幸せだったのである。

 「ナターシャさんは、私がピアノを弾いていると、わざと同じ
曲を演奏するんです。『私が下手だから、ひょっとして、意地悪
してるのかも』って思いましたけど………ただ、それだけです。
レッスンなんて受けたことありませんから」

 「そうですか、とにかく弾いてみませんか?」

 先生の勧めは、ついにカレンの心を動かす。

 「でも、お嬢様に聞かれたら……」

 「かまいませんよ。(∩.∩)大丈夫。あのお方には、まだ、
それが誰のピアノかを聞き分ける能力すら備わっていませんから」

 「まさか、そんなことって……」

 「いえ、そんなことがあるんです。だからいけないんですよ。
あのお方に見えているのは目の前の譜面だけです。……それを、
さながらキーパンチャーのように事務的に打ち込んでるだけ。…
それも、一言一句間違ってはいけないって、おどおどしながらね」

 「私だって、そんな……」

 「あなたは違います。……あなたにはスコルビッチ先生と私の
ピアノの違いだけでなく、その瞬間の心が分かるはずです。……
今、奏者が笑っているのか、泣いているのか、悩んでいるのか、
その心の動きがわかるはずです」

 「そんなことできません。……ただ、そうかなって勝手に思う
だけです」

 「分かるじゃありませんか。それって当たってるはずですよ。
それはね、自分が弾いていても他人が弾いていても、より楽しく
より美しく奏でたいという欲求が常に心の奥底にある人だから、
できるんです。自然と耳が肥えて、演奏者の微妙なタッチの差を
聞き分けられるようになるのです」

 「私はそんな……お嬢様のようなテクニックはありませんし…」

 「テクニックって?……そんなものは、必要となれば、いくら
だって学べますよ。大事なことは、自らの想いをピアノに託して
伝えたいと願う情熱。それと、神様から頂いたほんのちょっぴり
のセンスですかね。……これだけあれば、芸術家には充分な才能
なんです」

 「私には、そんな大それた事は……」

 「いいえ、謙遜する必要はありませんよ。半世紀、この世界に
身を置く男がそう言うのですから自信を持っていいのです。……
あなたは、今の自分にとってどんな技術が必要かを正確に把握で
きる人です。そして、ナターシャにもそれは分かっていますから
ね、あなたの求める技術を弾いてあげてたんですよ」

 「えっ?」

 「あなたはさきほど、ナターシャさんは私に何も教えなかった
と言いましたが、私はそうは思いませんよ。言葉で教えなくても、
あなたのピアノを聞いてそれはどう弾きこなすべきかを伝える事
はできますからね。あなたはそこで学んだはずです」

 「…………」
 カレンの口は開かなかったが、彼女には思い当たる節があった
のである。

 「あなたはナターシャさんが弾いたピアノを持ち帰って、あの
ピアノでなぞったでしょう」

 「…………」カレンは静かにうなづた。

 「あなたは知らないでしょうが、かつて彼女のリサイタルでは
そのS席がクラシックで優勝したサラブレッドと同じ値段だった
こともあるんです。そんな彼女に、あなたは、一晩で5曲も6曲
も弾かせているとしたら……これはもう、彼女の好意と言う他、
ありませんね。……カレン、あなた、本当に何も感じてなかった
のですか?……そんな事はないでしょう?」

 「ええ、毎回毎回、そのピアノが微妙に違うのは、感じていま
した。でも、ナターシャさんは何もおっしゃいませんでしたし…」

 「言えませんよ。彼女はお嬢様を教育するためにここへ招かれ
ているのですから……でもね、あなたの類稀な才能には、気づい
ていたはずですよ」

 「本当に、わたし、弾いてもいいですか?」

 「もちろん、さっきからずっとそれを期待してたのです。……
さあ、どうぞ」
 ブラウン先生は、ピアノ椅子から立ち上がると、新しい才能に
席を譲ったのだった。

 「……(すごいなあ、これがホンモノのピアノなんだ)」

 カレンは初めてその豪華なグランドピアノの前に座った。
 興奮のためか頬が赤く染まり、どぎまぎしているのが先生にも
わかる。
 鍵盤を叩くその瞬間まで、指先がかすかに震えていたが……

 「…………………………(これは!!!)」

 そんな彼女が弾き始めたのは静かなメロディー。しかもたった
16小節だけ。
 しかし、圧倒的な余韻が残った。

 「これは何という曲ですか?」

 「私の即興です。ミサの時、心の中でいつもこのメロディーを
つぶやくんです。神父様には悪いんですが……」

 「韻を踏んだ曲は苦手ですか?」

 「……」
 先生にそう問われて、カレンは頬を赤く染めた。

 「でも、美しい。ハ長調にも、まだこんなに美しいメロディー
が残っていたなんて、驚きです」

 先生がカレンのメロディーに感銘を受けていた、まさに、その時、
招かざる客が声を掛ける。

 「先生、まだこんな処にいらしたんですか?明日は早立ちだし、
もう、寝ましょうよ。そのピアノの荷造りはこっちでやってくれ
ますよ」

 「ラルフ……」
 先生は、さも残念と言わんばかりの顔になった。

 そのラルフが近づいてピアノから飛び上がるように立ち上がっ
た少女に気づく。

 「おっ、カレン。さっそく弾いてたのかい?…でも、よかった
じゃないか、ピアノのおまけで、お前も連れて行ってもらえる事
になって……」

 ラルフがこう言うと、先生は苦虫をかみ砕いたような顔をして
こう反論する。

 「ラルフ、君のような朴念仁には理解できないかもしれません
がね、おまけは彼女じゃなくて、このピアノの方なんですよ。私
がこのピアノを褒めそやし、サー・アランにこのピアノが欲しい
と申し出たのはね、ピアノが欲しかったからじゃない。この子が
欲しかったからなんだ」

 「彼女、そんなに高い売り物になるんですか?」

 「……」
 先生はとうとう口をつぐんでしまった。

******************(1)******
リュートを弾く天使

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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