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第12章 教会の子供たち(7)

          第12章 教会の子供たち

 §7 教会の子供たちのお仕置き(3)

 クララ先生とカレンはイルマの悲鳴は聞かずに部屋を出た。
 これ以上幼い子の悲鳴を聞いていても何の心の糧にもならない
からだ。ただ、長い廊下を二人で歩きながらクララ先生がこんな
ことを問いかけるのである。

 「カレン、あなたはブラウン先生から女の子には耐えられない
ようなハレンチなお仕置きを受けたことがある?」

 「えっ!?」
 その瞬間、カレンの頭の中にフラッシュバックが起こった。

 ブラウン先生から両太股を持たれて人間椅子で用を足すはめに
なった時の情景。それが頭をよぎったのだが、声にはならない。
とてもじゃないけど、恥ずかしくて言えなかった。

 「あるわけないわね。ブラウン先生って、もとはイギリス紳士
なんだもの。大陸育ちの私たちと違って、女の子にもやさしい人
なんでしょう?」

 「ええ、まあ……」
 カレンは言葉を濁すしかなかった。

 「だったらここは、あなたの目には地獄の館に見えるかもしれ
ないわね。ヨーロッパの人たちは自分たちのことは棚に上げて、
『鞭打ちはイギリスの悪習だ』なんて言うけど、それはお仕置き
に鞭打ちを取り入れているというだけ。実際はかなり抑制的なの
を知ってるわ。むしろ、ヨーロッパの方がよほど子どもたちには
キツイことをしてるのよ」

 「そんなこと……私のところだって、お尻をぶたれる子は沢山
いますから……女の子だって……」
 カレンは何かを取り繕うように話す。

 「そう……それを聞いて安心したわ。……最近は、リベラルな
人の間で、子どもたちへのお仕置きを罪悪視する人も多いから、
ひょっとして開明的なブラウン先生はそんな事はなさらないのか
と思って聞いてみたの。安心したわ」

 「私も、やられたことありますから……」
 カレンは思わず口をすべられた。

 「まあ、あなたまで?……だって、あなたお仕置きって歳じゃ
ないでしょう……」
 クララ先生は少し大仰に驚いてみせる。

 「ええ、でも私、おっとりしてるけど、意外にそそっかしくて」

 「でも、あなたがお仕置きを受けてるとなると、あとは全員、
被害にあってるわね」

 「そんなこと……」

 「あら、違う?」

 「…………」
 カレンは答えられなくなってしまった。

 「いいのよ、それで……昔は、18歳でも二十歳でも嫁入り前
の娘なら親は娘のお尻を叩いて当然だったんだから……私だって
自分が子供の頃は『大人はどうしてこうも残酷なんだろう』って
思ってたわ。だから、私、大人になったら子供達には絶対に手を
あげないつもりでいたの」

 「そうなんですか」

 「でも、人間なんて勝手なものね。……いざ、自分が逆の立場
に立つと、考えがまるっきり変わってしまったの」

 「じゃあ、お仕置きは……」

 「今では、やっぱり子供たちの為にもそれはあった方がいいと
思ってるわ。……もちろん、罰を与える側がその子を愛している
というのが大前提での話よ。……あなたはどうなの?」

 「私は……」
 カレンはその事に明確な自分の考えを持っていなかった。
 強いて言葉にするなら……

 『お仕置きは受けたくないけど、受ける時は自分がいたらない
時だから仕方がない』
 と、こんなところだろうか。ただはっきりしている事もあって、
 『ブラウン先生からどんな罰を受けようと、私が先生を恨む事
だけは絶対にない』
 と思っていたのである。

 「あなたはまだ指導する立場に立ったことがないから、こんな
こと聞いてもわからないわね」

 カレンが答えに迷っていると、クララ先生はこう言って切り捨
てた。そして、その言葉が終わらないうちに、中庭に次の目標を
見つけてしまう。

 「あら、シンディ<Cindy>じゃないの。ごきげんよう」
 先生が見つけたのは、芝生に腰を下ろす7歳のシンディの姿。
彼女は伯爵の館にも出入りしていてカレンも以前に彼女のピアノ
を一度聞いたことがあった。

 「あっ、先生」
 クララ先生を見つけた彼女は、幅広のつばのある帽子の奥から
とびっきりの笑顔を見せる。

 「今日は……どうしたの?日向ぼっこかしら?」

 クララ先生が皮肉を言うと、恥ずかしそうな顔をして……
 「お昼ご飯の時にお皿を投げたら割れちゃったの。そしたら、
ここにいなさいって、お母様に言われて……」

 「あなたのお母様ってシスター・モナハン<Monaghan>ね」

 「そうよ。いつもはご機嫌な人だけど……今日は、虫の居所が
悪いみたいだから先生も気をつけた方がいいわよ」
 シンディは投げ出した両足が枷に挟まれて不自由になったのを
眺めながらクララ先生に助言する。

 「ありがとう、シンディ。せいぜい気をつけるわ。ところで、
あなたは何時からここにいるの?」

 「分からない。でも、最初にお母様とここへ来た時は、たしか
……あの木の左側からお日様が顔を出していたわ」

 「そう、それじゃあ、一時間くらいはたつわね。……あなた、
おしっこは大丈夫」

 クララ先生にこう問われると、その笑顔を微妙に変化させて…
 「ん~~~~~~やりたい」
 という答えだった。

 すると、クララ先生は笑顔で……
 「だったら、まず、おトイレからね。それから先生とピアノを
弾きましょうね」

 クララ先生はシンディの足枷を外すと、まずは一緒にトイレへ。

 途中、見張っていたシスター・モナハンと顔を合せたが、彼女
は緊張気味のシンディに母親らしく…
 「先生の言いつけを守って、ピアノ、頑張るのよ」
 と笑顔で励ましただけ。
 あとは大人たちがお互い軽く微笑んで会釈しただけだった。
 もちろん、シンディの足枷を勝手に外したことなど一言も咎め
なかったのである。


 シンディのトイレが終わると、三人はようやくカルロスの待つ
音楽室へとやって来た。

 そこは20畳ほどの広さがある離れ。ところが、ドアを開けた
瞬間、まるで爆音のような音が三人に襲い掛かる。

 カルロスのピアノはもちろん、バイオリンやチェロ、ホルンや
トランペットを吹く子もいて、それがお互いバラバラの曲を演奏
しているから、これはもはや音楽というより単なる騒音だったの
である。

 『すごいなあ耳が壊れそう。こんな処でレッスンなんて本当に
できるのかしら』
 カレンの心配はもっともだが、与えられた場所がここしかなけ
れば人間それはそれなりに順応するものらしく、カルロスもここ
で練習していた。

 「どう、凄いところでしょう。でも、これが現実。ここの大人
たちにしてみれば『将来、音楽家になるわけでもないんだから、
彼らにはこれで十分』と考えてるのよ。あなたの処とは比べ物に
ならないわ」

 「ここで、レッスンなさるんですか?」

 「そうなんだけど、30分くらいなら……」
 クララ先生は、カレンにはそう言って微笑んでおきながら……
今度は、部屋全体に向って大きな声で叫ぶ。

 「みんな、これからカルロスにレッスンをつけなきゃいけない
の。30分くらいやめてくれないかしら」
 クララ先生が叫ぶと意外なほどピタッと音がやんだのだ。

 「凄い!さすが先生。人望があるんですね」
 カレンがまるで海を割ったモーゼみたいに先生を讃えると……

 「ありがとう。褒めてくれて……でも、ここの子どもたちは、
物心ついた時から大人の命令には従順に従うように訓練されてる
から、あなたが叫んでも結果は同じよ。これも、言葉は悪いけど、
お仕置きの成果なのよ」

 「そんなに鞭って多いんですか?」

 「特に、幼い子ほど厳しいわ。私も覚えがあるけど、幼い頃は
『はい、お母様』『はい、シスター先生』『はい、神父様』って、
これしか言えなかったの。それ以外のことを言うとぶたれそうで
『いいえ、お母様』なんて滅多に言えなかったわ」

 「えっ、そんな残酷なこと……」

 「でも、それがここの現実でもあるの。でもこれって、私たち
が教会の子どもたちだからじゃないのよ。貴族のような上流層に
生まれてもそこは同じ。昔は赤ん坊が生まれると、まず教えられ
るのは大人たちへの絶対服従。そこからすべてが始まってたの。
だから、ある程度年齢が上がって、親や教師にも比較的自由に物
が言えるようになっても、強く命令されると、身体の方が自然に
反応してしまうのよ」

 「…………」
 カレンはクララ先生の言葉にどう反応してよいものか、それも
わからないまま、ただ、ぼんやりと……
 『貴族の生活って、途方もないほど残酷なんだ』
 なんて、思ってしまうのだが……冷静になって考えてみれば、
クララ先生が事態を悲劇的に語っているからそう思えるだけで、
庶民にしても幼児と母親の関係が絶対的なのは同じことなのだ。

 ただ、お金持ちの子は、親以外にも自分を監視する人が何人も
いて、細かなことにまで目が行き届いてしまう。そこで、育てら
れる側にすると、『束縛されている』『自由じゃない』と感じる
ことになるのである。

 で、結局のところ……
 「一緒にやっちゃいましょう。あなたシンディの方をお願いね」
 とクララ先生に言われて、カレンはお嬢ちゃまの方を担当する
ことになったのだが……

 「……?」
 あたりを見回してもシンディのためのピアノがない。

 カレンとしては、ピアノのがもう一台、この部屋か隣りの部屋
にあるものだと思っていたから、シンディが玩具のピアノを取り
出してきた時には……

 「だめよ、シンディ。レッスンはおままごとじゃないのよ」
 と叱ってしまった。

 ところが……
 「カレン、それでいいのよ。それでお願いするわ」
 クララ先生は悪びれもせず、そう告げるものだから……

 「えっ!これ?………………だって、これ玩具の……」
 カレンが驚いてそう言うと……

 「いいから、弾いてごらんなさいな。調律したばかりだから、
大丈夫よ」

 「調律?」
 クララ先生にそう言われて、カレンは悪戯に叩いてみた。
 すると……

 「……!……!!……!!!……!!!!……!!!!!えっ」
 鍵盤を叩くたびに、そのピアノはカレンを驚かせたのである。

 「ほら、ちゃんと、『六時十四分』が立派に弾けるじゃない。
その子にはそれで十分よ。ブラウン先生の処にはなかったしら、
そういうの」

 「………!………」
 カレンはその瞬間、カレニア山荘にもこれと同じタイプの玩具
のピアノが存在していたのを思い出した。

 そして、その時は聞き流していた…
 「カレン、これだけは覚えておきなさい。貴族たちが身の回り
で使っている調度品というは決して流行を追った奇抜なデザイン
ではないけれど、最高級の材料を使い、国で一二を争う職人たち
に作られせた物ばかりだからどれも値打ち物なんだ。こんな玩具
のピアノでも、本物のピアノと同じ音色がでるようになっている
んだよ」
 というブラウン先生の言葉も思い出したのである。

 さらに……
 テーブルにピアノを乗せ、自らがまず椅子に座り、シンディを
その膝の上に乗せて、ピアノを弾かせ始めると……
 その昔セルゲイおじさんのお膝でピアノを叩いていた
幼い日の自分の姿までもを思い出すのだった。

 『そう言えば……あの時の音も、まさに本物のピアノの音色。
あのピアノだって、決して子供だましの安い音ではなかったわ』

 カレンの手は自然とシンディの手のひらを包むようにその上に
覆いかぶさる。
 決して大人の手は幼い手には触れないのだが、そうされると、
不思議とピアノが上手く弾けるように思われた。

 シンディは……
 「邪魔よ!鍵盤が見えないでしょう」
 最初の数回はそう言って跳ね除けたが、何回もやっているうち、
シンディは諦めて、その体制でピアノを弾き始める。

 すると、数回それを繰り返すうちに……

 「……!」
 クララ先生が思わずこちらを振り向く。

 シンディのピアノが上達した。いや、正確には変化したように
感じたからだ。彼女は思わずカレンが弾いているのかと錯覚した
のだ。

 そんな変化は当のシンディはもっと強く感じていた。
 カレンに抱かれ、両手を大きな覆いで囲まれて鍵盤が見えない。
彼女のようにまだつたないピアノしか弾けない子にとって鍵盤が
見えないことは失敗につながり不安だった。

 ところが、そうやって練習していくうちに、ピアノの音が柔ら
かく変化する。しかも、なぜか失敗も少ないのだ。
 まるで覆いかぶさるカレン手に導かれているかのように自分の
両手が自然に鍵盤を叩いている。そんな感じだった。

 そして何より、そのピアノの音は大きな身体に抱きかかえられ
ている安心感もあってか、とても心地よくシンディの身体に届く
のだ。

 『寝てしまいそう』
 シンディは自分でピアノを弾いていてそう思う。
 今まで、間違わないようにと必死になって鍵盤を探していた時
にはありえないことだった。

 発見はクララ先生もしていた。
 『そうか、ピアノと同調する彼女の音楽はこうやって習得した
ものなのね。ブラウン先生が言っていた、好きな人を思い描いて
いない時には出せない音ってこういう事なんだ。いずれにしても
彼女にとってのピアノは私たちが感じているような無機質なもの
じゃなくて、思い出や感性と一体になって奏でられてるんだわ』


 「あらあら、もうオネムになっちゃった?……じゃあ、今日は
これで終わりにしましょうね」
 カレンは自分の膝の上で眠ってしまったシンディに優しく声を
かける。そして、それまでシンディが弾いていた『六時十四分』
を自ら奏で始めたのである。

 甘い音色、優しい響き、誰がどんなふうに真似をしても絶対に
出せないカレンの音が室内に響いた。
 赤い小さな玩具のピアノで奏でるピアニッシモ……


 ところがその瞬間、突然に、まったく同じ曲がフォルテッシモ
で聞こえてくる。

 何の脈絡もなくまるで雷が落ちたように激しく叩かれるピアノ。
いくつもの和音を引き連れて……装飾符を撒き散らしながら……
時々譜面をはみ出して……気が狂ったようなリズムが部屋じゅう
を席捲するのだ。

 『まるで、動物園の猛獣たちが檻から解き放たれて我が物顔に
道路を行進しているようだわ』

 カレンはこの騒々しい『六時十四分』をこう思った。
 しかし、それはカルロスの弾くピアノを嘲笑したわけではない。
 シンディが自分の懐で安らげるように、カレンもまたカルロス
のピアノを聞いていると不思議に心が安らぐのである。

 カレンはカルロスがわざと自分なりの『六時十四分』を弾いて
みせようとしているのは分かっていた。きっと、大きな音を立て
て困らせよう、怒らせようともしたのだろう。

 当然、クララ先生はカルロスの暴走をやめさせようとした。
 ところが、カレンの様子を見て、それを思いとどまってしまう。

 この騒々しい音の洪水の中で、カレンが自分の居場所をみつた
ような笑顔で自分の『六時十四分』を引き続けているからだ。

 そして……
 時間の経過とともに音を上げたのはむしろカルロスの方だった。

 「……!……!!……!!!……!!!!……!!!!!えっ」

 彼は自分のたてた音の隙間に入り込む旋律にいつしか心を奪わ
れていく。

 『私、なぜ今まで気づかなかったんだろう。……この子、意外
にいい耳を持っているわ』
 カルロスの変化にクララ先生は驚いた。

 その後、ナイヤガラ瀑布のようだったカルロスのピアノの音が
いつしか戴冠式を彩る赤い絨毯のように洗練されていくのだ。

 やがて……
 『何なのこれ!いつの間にかカルロスの方がカレンのピアノを
エスコートし始めてるじゃない。…それにしても、なんて子なの。
…たった一曲聴いただけでカルロスの才能を見極め、わずか5分
に満たない曲を一曲弾いてみせるだけで、猛獣を一頭手なずける
なんて……人間業じゃないわね………なるほど、ブラウン先生が
ご執心な訳がわかるわ』

 クララ先生は、あらためてカレンの才能に驚き、自分の才能に
落胆し……嫉妬して、カルロスからその席を奪うと、自分が作曲
した最も自信のある曲を精魂込めて弾いてみる。

 すると……
 「美しい曲ですね。……ここ、いいですか?」

 クララ先生はカレンの申し出を断れなかった。
 そこで、その曲はそれ以後、カレンと連弾で締めくくることに
なったのである。


*******************(7)*****

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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