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12/25 御招ばれ<第2章>(4)

12/25 御招ばれ<第2章>(4)

*)ソフトなソフトなお仕置き小説です。
  私的には……ですが(^◇^)
  あっ、このあたりはR-18解除です。


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 <主な登場人物>

 春花……11歳の少女。孤児院一のお転婆で即興ピアノが得意。
     レニエ枢機卿が日本滞在中に彼の通訳をしていた仁科
     遥との間につくった隠し子。
 美里……11歳の少女。春花の親友。春花に乗せられて悪戯も
     するが、春花より女の子らしい。絵が得意な少女。
     植松大司教が芸者小春に産ませた子。
      二人は父親の意向で母親から引き離されこの施設に
     預けられたが、彼女たち自身は父母の名前を知らない。
 町田先生……美人で評判の先生。春花と美里の親代わり。二人
      とは赤ちゃん時代からのお付き合い。二人は、当然
      先生になついているが、この先生、怒るとどこでも
      見境なく子供のお尻をぶつので恐がられてもいる。
 シスターカレン……春花のピアノの師匠。師匠と言っても正規
         にピアノを教えたことはない。彼女は周囲に
         『春花は才能がないから』と語っているが、
         本心は逆で、聖職者になることを運命づけら
         れていた彼女が音楽の道へ進むのを奨励でき
         ない立場にあったのだ。

 安藤幸太郎……安藤家の現当主、安藤家は元伯爵家という家柄。
       町外れの丘の上に広大なお屋敷を構えている。
        教養もあり多趣味。当然子どもは好きなのだが、
       その愛し方はちょっと変わっていた。

 安藤美由紀……幸太郎の娘。いわゆる行かず後家というやつ。
        日常生活では幸太郎の世話を焼くファザコン。
        子どもたちがお泊まりにくればその世話も焼く
       のだが、彼女の子供たちへの接し方も世間の常識
       にはかなっていなかった。

 柏村さん………表向き伯爵様のボディーガードということだが
       実際の仕事は秘書や執事といったところか。
        命じられれば探偵仕事までこなす便利屋さんだ。

 三山医師………ほとんど幸太郎氏だけが患者というお抱え医師。
        伯爵とは幼馴染で、世間でいう『茶飲み友だち』
        幸太郎氏とは気心も知れているためその意図を
        汲んで動くことも多い。

****************************

 春花ちゃんと美里ちゃんはほかの子と同じように最初は50m
もある滑り台を滑り下りて伯爵様が子供たちのためにしつらえた
お庭へとやってきます。
 遊び場へ行くには何よりこの特大滑り台が便利でした。

 「ねえ、お尻火傷しなかった」
 「したかもしれない。ものすごく熱かったもん」
 「私も……」
 「ねえ、ちょっと私のお尻見てくれる?」
 「え~ここでえ~」
 「大丈夫よ。誰も来やしないわ」

 二人は物陰に隠れると二人でお互いのお尻を見せっこします。
 でも、何事もなかったみたいでした。
 実際、この滑り台はとっても眺めがよくてスリルがあって最高
なんですが、何しろ長い距離を滑りますから、お尻が熱くなると
いうのが欠点でした。

 「まず、どこ行こうか?」
 「メリーゴーランド」
 「やっぱそれよね」

 最初の乗り物はメリーゴーランド。
 これもここへ遊びに来た子供たちの定番でした。

 「わあ、聞いてたより小さいんだ」
 春花ちゃんが驚きます。
 無理もありません。中央にかぼちゃ型の馬車、その周囲を回る
木馬だってがたった3頭しかないんですから、ミニチュアサイズ
です。
 でも、これを動かしてくれる庭師の松吉さんとそのお弟子さん
にとっては大変な重労働でした。

 実は、今の常識じゃ考えられないでしょうけど、このメリーゴ
ーランドは人力なんです。電気やモーターじゃなくて、人の力で
歯車を回して動かす仕組みになっていました。

 何でも戦前の上海にあったものを伯爵様のお父様が移設なさっ
たんだそうで、相当年季が入っている代物なんですが、いまだに
現役で動きますから今の子どもたちにとっても大事な遊具でした。

 「おじさん、ありがとう」
 10周も回してもらった二人は松吉さんたちにお礼を言います。

 実際、それは街の遊園地にある物のように、早くて滑らかには
動きません。でも、ギシギシパッタンとのんびり動いていくのは
松吉さんの手加減がそのまま自分の乗った馬に伝わるから。
 でも、その方がかえって子どもたちにとっても松吉さんたちに
楽しませてもらったという実感が伴うのでした。


 このあと二人は、ジャングルジムやブランコで遊びます。

 それって、どこにでもある遊具なのですが、ここは高い丘の上
にあります。ですから、ジャングルジムの天辺に登ると、眼下に
緑の街を一望できますし、ブランコを漕ぐと、眼下の街へ落ちて
行くようなスリルを味わうことができます。


 「ねえ、今度、ゴーカートへ乗ってみましょうよ」
 春花ちゃんは次のターゲットをゴーカートに定めていたみたい
でした。

 ただ、美里ちゃんは……
 「え~~あれって、男の子が乗るもんでしょう」
 ちょっぴり尻込みします。

 実はこの伯爵家へのお招れ、女の子だけではなく男の子も来て
いました。
 彼らもまた春花ちゃんや美里ちゃんたちと同じ境遇です。将来
は、やはり聖職者の道へと進まなければなりませんでした。
 ですから、寄宿舎は男女別々ですが、教会内にある同じ学校に
通っていました。

 そんな彼らだって男の子です。スリルのあるゴーカートは大好
きでした。

 ただ、このゴーカート、形だけは街の遊園地にあるゴーカート
と同じ形をしていますが、実はエンジンが着いていません。
 動力がありませんから、坂道を下るだけの代物だったのです。

 それでも男の子たちにとっては一番人気の遊具ですから、二人
がスタート地点へ行ってみると、そこは男の子だらけ。
 女の子としてはちょっぴり気の引ける空間でした。

 「あら、あなたたちもやってみるの?」
 係りのおばさんに言われて……
 「いいんでしょう、女の子でも」
 春花ちゃんは乗り気でしたが……
 「わたし、できないよ。恐いもん」
 美里ちゃんは尻込みします。

 すると、おばさんが……
 「だったら、二人乗りにしなさい。……ほら、これだったら、
お友だちの隣りに座っるだけだから楽よ」
 と、二人乗り用を出してくれました。

 「運転中はヘルメットをぬいじゃダメよ。それから、危ないと
思ったら早めにブレーキを踏んでね。このカート安全には作って
あるけど、転ぶと怪我するわよ」
 おばさんのそんな言葉を背に受けて二人は丘の頂上をスタート
していきます。

 「ヤッホー、すごい、すごい、けっこう早いじゃない」
 
 ハンドルを握って運転するのは、もっぱらん春花ちゃん。美里
ちゃんの席にもアクセル用(?)のペダルが着いていますから、
漕げばそれだけスピードが上がりますが、彼女、運転中は手摺に
しがみ付いているだけでした。

 エンジンが着いていないからって馬鹿にしちゃいけません。
 ブレーキを踏まなければ結構スピードがでるようになっていま
した。

 春花ちゃんは、もともと坂道になっていてスピードの出る道で
さらにペダルを漕ぎます。おまけにどんなカーブにきてもろくに
ブレーキをかけませんからスピードはあがる一方でした。

 疾走する春花ちゃんは有頂天です。
 「やったあ!!これで二人も男の子を抜いたわ。ゴーカートが
こんなに気持がいいなんて思わなかったわ。ねえねえ、あなたも
もっと一生懸命ペダル漕いでよ」
 美里ちゃんは春花ちゃんにせがまれますが、春花ちゃんが力任
せにペダルを漕ぐので、自分の踏むペダルまでが軽くなることが
恐くて仕方がありませんでした。

 「もう一人、前に男の子がいるから、抜いてみせるわ……」

 春花ちゃんは、また坂道が急になっているにも関わらず目一杯
ペダルを踏みこみます。
 どうやら夢中になりすぎて、その先のヘアピンカーブは見えて
いなかったみたいでした。

 「いやあ~~~」
 悲鳴と共に二人の乗ったカートはヘアピンカーブの茂みの中へ
……脱輪…横転…そして、二人はカートの外へと放り出されます。

 「いててて」
 幸い二人が負った怪我は擦り傷だけで大事には至りませんでし
たが……
 「だから、言ったでしょう、無理しないでって……」
 美里ちゃんはおかんむりです。

 でもカートの中で美里ちゃんがそんなことを言ったことなんて
一度もありませんでした。
 いえ、言葉にはしませんでしたが心の中ではずっと叫んでいた
みたいです。

 春花ちゃん、少しムカッとしたみたいですが、とにかく、今は
脱輪してしまったカートを元のコースへ戻さなければなりません。

 「ほら、そっち持ってよ!」
 春花ちゃんはまだ擦りむいた肘をすりすりしている美里ちゃん
にむかって命令します。

 二人は力を合せて、カートを引きずりだそうとしますが……
 「ほら、もっと力をいれなさいよ」
 また春花ちゃんが命令しますが、カートってタイヤでコロコロ
と動く時は快適なんですが、こうやって鉄の塊になってしまうと、
動かすのは簡単ではありませんでした。

 「とても無理よ。大人の人たちを呼んできましょうよ」
 美里ちゃんは提案しますが……
 「だめよ、そんな事したら町田先生に叱られるわ」
 春花ちゃんは乗り気ではありません。

 「だったらどうするのよ。このまま放っていくの?」
 「それは……」
 「こんなの見つかったら、それこそただじゃすまないと思うわ」

 「…………ただじゃすまないって?……オヤツ抜きとか?……
夕食抜きとか?」
 「そのくらいじゃすまないんじゃない?」
 「じゃあ、お仕置き?だって、今はお招れにきてるんだもん。
それは大丈夫よ」

 「何言ってるの。私たちって、いつまでもここにいられるわけ
じゃないのよ。寮に帰るのよ。そこで『二人、お話があります。
舎監室へいらっしゃい』なんてことになったらどうするのよ」
 「そうかあ…………」
 春花ちゃんは少し驚いた後、下を向いて黙ってしまいます。
 確かに、美里ちゃんの心配はその通りでした。

 そんな二人のもとへスタート地点でこのカートを貸してくれた
おばさんがやってきました。
 
 「あっ……」
 「やばっ……」
 二人は緊張しますが、おばさんは笑っています。

 「どうしたの?……ははあ、やっぱりそうか。……ブッシュに
突っ込んだのね。……だから言ったでしょう、早めにブレーキを
踏みなさいって……エンジンがついてないからって馬鹿にしちゃ
だめよ。ここのコースは坂道で、これでも結構スピードが出るん
だから…怪我はどうなの?肘から血が出てるわ。身体は大丈夫?」

 「ごめんなさい。大丈夫です。これは擦りむいただけですから」
 「ごめんなさい。私も大丈夫です。」
 二人はうなだれます。
 こうなったらもう逃げ隠れはできませんでした。

 「よかったわ、事故だけは心配なの。男の子の中には無茶する
子が多いから困るのよ。これも元はエンジンがついていたんだけ
ど、乱暴な運転で大怪我した子が出て、お父さんが外させたのよ」

 「お父さんって?」
 美里ちゃんがつぶやくと……

 「何言ってるの。あなたたち誰に招待されてると思ってるの?
うちの父が招待したからここにいるんでしょう」

 おばさんが笑っている間、二人は頭の中を整理します。そして
……
 『伯爵様をお父さんって呼べる人は伯爵様の娘さんだけよね。
伯爵様の娘さんってことは、つまり伯爵家のお姫様ってことだわ』
 という結論に達したのでした。

 「おばさん、伯爵家のお姫様なんですか?」
 春花ちゃんが、このキャディさんみたいな格好のおばさんに、
素朴な疑問をぶつけると……

 「お姫様?そうね、そうなるかしらね。ま、お姫様にしては、
少しとうが立ってるけど、そういうことになるかもね」

 二人はそう聞いてあらためて緊張したのか少しだけ後ずさりを
します。すると……

 「何なの?そんなに緊張することないでしょう。今は華族なん
て制度はないんだから、私もあなたも同じ身分よ。……そんな事
より、このカートを何とかしなきゃならないわ」

 トウの立ったお姫様はそう言ってコースの方を眺めます。

 やがて……
 「あっ、ちょうどいいのが来た」
 彼女はそう言ってコースの方へ出て行くと、まるでタクシーで
も止めるみたいに右手をあげます。

 すると、彼女の求めに応じて一台のカートが止まり、そこから
男の子が下りてきました。

 男の子は中学生。二人からみたらお兄さんです。
 カートを運転していた時には分かりませんでしたが、その場に
立ってみると、おばさんよりむしろ背が高く、すらっとした長身
なのがわかります。

 「お願いね」
 「いいですよ」
 そんな会話が二人の少女にも届きました。
 きっと、少年が手伝ってくれることになったのでしょう。

 男の子はヘルメットを脱ぎ捨てると、肩まで伸びた髪を手櫛で
かき分けます。すると、細い顎に切れ長の目、鼻筋の通った顔が
のぞきました。

 そして、お姫様に促されて男の子が事故のあったブッシュへと
顔を向けたその瞬間でした。
 春花ちゃんと彼は偶然視線があってしまいます。

 『…………』
 春花ちゃんは何も言いませんが、その瞬間、少女の心に何かが
起こったのは確かでした。

 「どうかしたの?」
 美里ちゃんが友だちの小さな異変に気づいて声を掛けますが…
 「何でもないわ」
 という返事でした。

 でも、本当に何でもないんでしょうか。

 春花ちゃんはお姫様と二人でこちらへむかって来る彼から一度
も視線を外すことがありませんでした。

 そして、いよいよ、彼が目の前まで来ると……
 「やあ」
 男の子が軽く挨拶しただけなのに、春花ちゃんは怯えたように
ほんの少し後ずさりします。

 春花ちゃんっていつも他人の先頭を歩こうとしますから、春花
ちゃんにとってはとても珍しいことでした。

 「ああ、これね」
 高志君は二人が困っているカートを見つけても、驚いた様子は
見せません。
 「これ、コースに戻せばいいの?」
 「高志君、お願いね」

 お姫様の求めに応じて、高志君は鉄の塊となったカートを持ち
上げます。それは二人がどんなに頑張っても全然動かなかった鉄
の塊がいとも簡単に動いた瞬間でした。

 「これでいいの」
 高志君はカートを舗装されたコースへと戻します。
 その間わずかに30秒ほど……

 「助かったわ。ありがとう」
 お姫様にお礼を言ってもらって高志君は去っていきます。
 「じゃあ」

 帰る姿は後姿だけ。中学2年の男の子が小学5年の女の子に媚
を売ったりしません。コースに置いてきた自分のカートにまっす
ぐ戻るとヘルメットを被って坂を下っていきます。
 ただそれだけのことなのです。
 なのに、春花ちゃんはそれもじっと見ていました。

 「ちょっと、春花、行くわよ」
 美里ちゃんはぼんやりしている春花ちゃんを叱りつけます。
 これも普段なら逆。とっても珍しいことでした。

 これって、春花ちゃんが高志君に一目ぼれしちゃったって事で
しょうか?
 そうかもしれません。でも、春花ちゃんの初恋が実る可能性は
ほとんどありませんでした。

 だって二人の間には色々な障害がありすぎます。
 だいいち住んでる寮が男子寮と女子寮で違いますし学校だって
小学校と中学校は別の学校。つまり顔をあわせる機会がほとんど
ないわけです。それに何より、高志君はクラスの人気者ですから
同年代の取り巻きも大勢います。小学5年の女の子に声を掛ける
必要はまったくありませんでした。

 この件だって、お姫様の頼みだからやってきただけなのです。
純粋な他人助け、ボランティアなわけですが……
 人は恋をすると、ものの見方が変わってきます。

 春花ちゃんの目に高志君は……
 『ブッシュの端で悲しんでる私を見つけて真っ先に助けに来て
くれたやさしい男の子』
 となるのでした。

 あとは、高志君との色んなデートシーンが次から次へと頭の中
に浮かんできます。
 公園のボートで……映画館の暗闇で……陽の当たるカフェで…
…楽しい妄想が次々と頭の中を駆け巡ります。

 こんな時、カートのスピードが上がるわけがありませんでした。
 いくら、今さっき事故ったからって、これじゃいくらなんでも
亀さんです。

 頭にきた美里ちゃんが……
 「ねえ、春花、あなたももっとしっかり漕いでよ。これじゃあ
いつまでたってもゴールに着かないでしょう!」
 そう言ってせっつくと……頭の中のシャボン玉を割られた春花
ちゃんが、とたんに美里ちゃんを睨みます。

 美郷ちゃんには訳が分かりませんでした。


 とにかく終点までついた二人、次は何で遊ぼうかと探している
と、春花ちゃんが突然お池のボートに乗ろうと言い出します。
 彼女、何か見つけたみたいでした。

 「えっ?だって、私、ボートなんて漕いだことないもん。……
あなただって、そんなことしたことないでしょう」
 美里ちゃんはしり込みします。だって、春花ちゃんとは幼い頃
からのお友だち。姉妹みたいなものです。ですから、春花ちゃん
だってボートを漕いだ経験がないのはわかるのでした。

 でも、春花ちゃん、強気に頑張ります。
 「大丈夫よ。そんなの簡単よ。やってうちにうまくなるわ」
 春花ちゃんは美里ちゃんの手を強く引っ張ると、貸しボートの
桟橋へ……

 もちろんこれも、乗るのはただでしたが、ただ、おじさんが、
 「君たち、ボート漕いだことあるの?」
 と尋ねてきます。

 二人が不安な顔になりますから……
 「やったことがないんだったら、少し待ってなさい。しばらく
したら経験のある人が来るからね、その人と一緒に乗りなさい。
ひっくりかえった危ないからね」

 おじさんはそう言って二人にしばし待つように促したのですが
……
 「大丈夫です。私、何回もボートを漕いだことありますから…」
 春花ちゃんがいきなり宣言してしまうのです。
 美里ちゃんは目を丸くしてしまいました。

 もちろんこれ、真っ赤な嘘でした。美里ちゃんも春花ちゃんも、
まだ一度もボートを漕いだことがありません。

 ただ、春花ちゃんのあまりにも自信に満ち溢れた態度に押され
て、おじさんが渋々ボートを貸してくれます。

 「いいかい、この救命胴衣は絶対に脱いじゃいけないからね」
 麦藁帽子のおじさんはそう言って、二人の乗ったボートを押し
て出してくれます。

 ボートは、最初、順調に湖面を進んでいきます。

 「やったー」
 美里ちゃんは大喜びでした。

 彼女、春花ちゃんがおじさんの前であんな大見得を切るもんで
すから、ひょっとして自分の知らないところでボートを漕いだ事
があるのかと思っていました。

 でも、春花ちゃんが上手だったのはまっすぐに進むことだけ。

 池の真ん中にある島にボートが突き当たると、そこでストップ。
このボート、一定方向には進めても方向転換ができませんでした。
 結局、二人を乗せたボートは小さな島の入り江で座礁してしま
います。

 「どうしたの?動かないよ」
 「困ったなあ、私、曲がり方ってしらないのよ」
 「何よ、さっきは偉そうに漕いだことあるって言ってたくせに」
 「だって、ああ言わなきゃ貸してくれないみたいだったから」
 「そうじゃないでしょう。おじさんは、経験のある人と一緒に
乗りなさいって言っただけじゃない。だから、そんな人が来るま
で待ったらいいじゃないの」
 「そうはいかないのよ!」
 「どうしてよ!?」
 「どうしてって……」
 春花ちゃんは口ごもります。

 春花ちゃんとしては、『今、高志君がボートに乗ってるから…』
とは言えませんでした。

 と、ここで、まごまごしている二人のもとへおじさんが助け舟
でやっきます。
 
 「大方こんなことだろうと思ってたよ。でも、とにかく事故が
なくて何よりだ」
 
 おじさんは恥ずかしくて顔を真っ赤にしている二人を、自分の
ボートに二人を乗せると、桟橋へと引き返します。

 でも、その時、高志君たちが乗るボートと出合ったんです。
 春花ちゃんは下を向き、その顔はさらに赤くなります。

 そんな春花ちゃんの気持を、おじさんが察したわけでもないん
でしょうが、高志君のボートに向かってこんなことを言うのです。

 「高志君さあ、よかったらこの子たちを乗せて池を一周してく
れないか?」

 「いいですよ。だったら、僕達も桟橋に戻りますから……」
 高志君は一緒にいたクラスメイトの女の子と目と目で会話して
からおじさんに返事を返してきました。

 結局、桟橋に着いた二隻のボート、一隻は高志君のクラスメー
トの女の子が美里ちゃんを乗せて出航。もう一隻は高志君が春花
ちゃんを乗せて遊覧です。

 春花ちゃんとしては、こんなこと、願ったり叶ったりだったに
違いありません。
 だって、初恋の人と、いきなりボートでデートできるんです。
積極的な春花ちゃんのことですから、さぞや話が盛り上がったと
思いきや……池をめぐってきた15分間、春花ちゃん、高志君を
目の前にしてほとんど口がきけませんでした。

 『さっき事故を起こして恥ずかしかったから…』
 勿論それもあるでしょうが、何より春花ちゃんは、それくらい
高志君のことが好きだったということのようでした。


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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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