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第 2 話

< 第 2 話 >
 実に20年ぶりに私は亀山へ登った。この山は実の母親さえ受け入れ
を拒むほどガードが固い。すべては子供たちを純粋培養で育てる為だ。
だから、OBと言えど半年以上経てば性格テストや心理テストを受けな
ければならない。邪な心を持つ者が1名たりとも入り込まないためだ。
 おかげで許可が下りるまで3ヶ月もかかった。これがまったくのビギ
ナーなら確かな人の推薦状から始まって学歴、職歴、現在の資産や収入
などまで申告しなければならない。それを検証した上に、さらに各種の
テストを受けようやく許可が下りるのが1年後というケースは珍しくな
かった。
 ママが僕を中庭で最初に素っ裸にした時、嫌がる僕にむかって……
 「大丈夫よ。お山の上はどこもかしこもお風呂と同じなの。ここには
同じ立場の子供たちしかいないもの。それにここで働いている人たちは
あなたたち子供のためにだけに働いてるの。だから、病院のお医者様と
同じ。裸になってもちっとも恥ずかしくはないわ」
 幼い僕には……
 『そんなこと言ったって……』
 ってなもんだったが、確かにママは嘘はついていなかった。
 確かにここは公衆浴場であり病院の診察室なのだ。誰もが子供たちを
良くしようとして働いている。もちろん、人の内心をすべてつまびらか
にはできない。これだけお仕置きが多く裸にされる場面も多いのだから
関わった人たちがささやかなリビドーを感じることも多々あるだろうが、
歴史100年以上の亀山で、大人たちが子供たちに牙を剥いたなんて事
はただの一度もなかった。
 今回の私の目的は養老院の下見。実は亀山にはOBの要望から養老院
が設けられていた。お歳を召したシスターや先生、ママたちが身を寄せ
る施設は以前からあったが、OBの中にも高齢になって再び亀山に安住
の地をもとめたいと願う人が増えて、10年ほど前から開設しているの
だ。
 『亀山はいいなあ。水も空気も澄んで、緑は豊か、ご近所から流れて
くるピアノの音がBGMになって、まるで物語の世界に引き込まれてし
まったようだ。……ん!?これって僕の曲だ。…先生が「ハ長調にまだ
こんな綺麗な旋律が残っていたなんて」って褒めてくれた曲だよ(∩.∩)
……ちょっぴり恥ずかしい。……きゃ(/\)」
 『小さな子が弾いてる。僕よりうまいじゃないか。(^_^;)』
 『公園は……遊具は変わったけど、蒼い芝は昔のまま。今日は天気が
いいからおままごとのシートが多いな。あのマリア様は僕たちの時代と
同じものなんだろうな。あの脇に、たしかピロリーなんかあったけど…
…げっ!やっぱりある。しかも今でも現役なんだ。女の子がいるもんね。
(^0^;)……何やらかしたんだろう。付き添いの婆さんが、女の子の涙を拭
いてやってるけど、そんなことするくらいなら、早く枷から外してやれ
ばいいのに……どのみち大したおいたじゃないんだろう。この公園に来
る婆さんたちは多くが元教師、おまけに暇を持て余してるから編み物を
しながらいつも子供たちにおいたがないか見張ってるんだ』
 『おっ、枷を外すぞ。とにかくうちはやたら女の子に厳しいからな。
……案の定、嘆願書なんか渡して……あっ、走り出した。元気の良い子
だなあ。……でも、あれって結構恥ずかしいんだよね。おばさん達の前
に行って自分がどんな罪を犯したか告白しなくちゃならないから……』
 『ほれっ、まずは抱っこしてもらって、……乙女の祈りで罪を告白と
……嘆願書にサインをもらって……最後にもう一度抱っこしてキスして
もらえば、一丁あがり!っとね。……ちぇ、隣の婆さんも乙女の祈りを
させてるよ。今まで隣で聞いてたんだから、どんなおいた知ってるだろ
うに。さっさとサインしてやればいいのに……俺の時もあったな、こっ
ちはもういいって言ってるのに「おいで~~」って呼ぶおばさん』
 『……それにしても、この子、これで8人目か……いったい何人から
サインをもらうつもりなんだろう。俺も仲間に入れてもらおうかなあ。
結構元気そうな子だから見知らぬ俺でも飛び込んでくるじゃないか』
 『…………おっ!来た、来た……やっぱり来たよ!』
 「よしよし、良い子だ」
 まるで子犬のようだ。まだ幼稚園の年長さんといったところか。抱き
上げる重さも手頃、純真そのものの笑顔が可愛い。女の子はこうでなく
ちゃ……
 しかしながら、この子を専有できる時間は短い。
 すぐに…「おんり、おんり」…となる。
 そして手早く乙女の祈りのポーズを取ると…
 「今日、柵を越えてお池に入りました。ゴメンナサイ」
 と、そういうことか……
 これがもっと大きな子になると「これからお仕置きをいただきます。
これからは、きっと、きっとよい子になりますから、どうか、どうか、
私の罪をお許しくださいませ」なんて文言が続くんだが、幼い子は覚え
きれないから後半はカットだ。
 でも、大人の方き趣旨を承知しているから、罪さえ告白できていれば
子供が差し出す『免罪嘆願書』快く自分のサインしてあげることになる。
 実はこれ大人なら誰でもよいから、『免罪嘆願書』を渡された子供たち
は誰彼構わず抱きつくのが普通だった。
 ただ、あまり大きくなっちゃうと、恥ずかしさの方が先に立って……
 「いいです、お仕置きの方を受けますから」
 なんて言っちゃって、また先生に叱られちゃうんだよね。
 女の子ってのは他人(ひと)に働きかけて何かしてもらうことが大切
だから、『自分が我慢すればいいんでしょう』みたいな物言いはふてくさ
れた態度とみなされて大人たちからよく思われないんだ。
 「あなた、謙虚さがたりないわね」
 なんて言われたら、まずお浣腸だね。もの凄い赤っ恥をかかされる事
になるんだ。『免罪』なんてついてるけど、要するにこの嘆願書を持って
大人たちの間を回ることが大きな子にとってはお仕置きなんだ。
 そんな恥ずかしさの少ない幼い子はお仕置きを免除してくれるならと
頑張るんだけど……それにしても、あの子は異常だな。あんな幼い子が
そんなに重い罰を受けるはずがないもん。通常なら二人三人からもらえ
ばそれでお仕置きを言い渡した先生も許してくれるはずなのに……
 あっ、とうとうシスター先生が動いたな。
 ちょっと事情を聞いてみるか。
 「どうしたの。小百合ちゃん、そんなにいらないわよ。嘆願書を返し
てちょうだい」
 「いや」
 「どうして?」
 「だって、今度お仕置きされる時にとっとくんだから……」
 『なるほど、そういうことか』
 「たけめよ、それはできないの。嘆願書のサインはその時にもらわな
ければ意味がないのよ」
 「だって、香織おねえちゃまは一生懸命『百行清書』してるよ。今度
『提出しなさい』って言われたらこれを出すんだって……」
 『なるほど、それは俺もやったな。罰を受けた時に書いてたら、夜に
何もできなくなっちゃうからね、暇を見つけては書きだめしとくんだ。
……でも、ネタばらしされたおねえちゃまの方はとんだ困ったちゃんを
妹に持ったもんだな』
 と、そんなことを思ってその場を離れようとした時だった。年輩のシ
スターを補佐していた先生が女の子の持ってきた嘆願書を見て思わず顔
色を変えた。
 「健ちゃん、健ちゃんなの」
 嘆願書から顔を上げた中年の先生は笑顔で僕の名前を呼ぶ。
 「えっ!美里ちゃん」
 実に四十数年ぶりに友達と再会をはたした。彼女は五年前からここの
修道女になっていたのだ。
 「あなた、先生にでもなったの」
 「いや、養老院を見に来たんだ。随分立派な施設だそうだから…」
 「確かに設備は整ってるけど……でも、一旦入ったらなかなか外へは
出られないわよ」
 「それは承知してるよ。その時は当然決心して入るから……今はまだ
見学だけ。……君こそ、よくシスターになる決心がついたね」
 「夫と早くに死に別れて、女手一つで子供を育てあげたら、何だか、
ぽっかり心に穴があいちゃって……ここなんかもいいかなって…………
だって、外には出られなくても、この中では比較的何でも自由に振る舞
えるもの。格好はこの通りだけどシスターだからって特別ストイックな
処はないの。ここが小さな国家だと思えばこんな理想的な場所はないわ。
……私にとってはね……」
 「ここは相変わらずかい?」
 「暮らしぶり?……ええ、相変わらずよ。子供たちは女王様やお父様
たちの大きな愛の中でさかんに産声を上げているし、街を歩けば相変わ
らず裸ん坊さんのオンパレードよ」
 「お父様たちはほとんど入れ替わったんだろう」
 「そりゃそうよ。私たちがすでに天野のお父様のお歳に近づいてるん
だもん。……でも、代わられたお父様のどなたも、やっぱり立派な紳士
よ」
 「じゃあ、何一つかわってないんだ」
 「そうねえ、……女の子の体操着がブルマーじゃなくなった事と……
昔、8ミリで撮っていた記録映像がビデオテープからDVDになった事
ぐらいかな。……あっ、そうそう。忘れてた。大きな変化があったわ。
春と秋の学芸会と運動会に実母の参加が認められるようになったの」
 「そりゃ凄いや、じゃ18歳の前に名乗れるんだ」
 「いえ、それはできなくて、観客席で見てるだけなんだけど…熱心な
親はその後衣類やお菓子を山のように届けたりするわ。………受け取れ
ないれどね」
 「君の親は?18歳の時に会えたの?」
 「ええ、でも、また音信不通になっちゃった。健ちゃんところは……」
 「うちも、会うのはあったんだけど、とうとう一緒に暮らす気にはな
れなかったね」
 僕はこっちへ向かってきた子を両手を広げて抱き上げる。
 何度も言っているが、ここの子供たちは見ず知らずの大人の懐に何の
ためらいもなく飛び込むのだ。
 「お前はどこの子だ?お父様は?」
 「刈谷渡(かりやわたる)」
 「刈谷?……ああ、造船屋さんか……」
 「知らない。お父様はお船作ってたの?」
 「日本で一番大きな造船会社だったよ。お父様は優しいか」
 「分からない」
 「ママの名前は?」
 「綿貫先生」
 「やさしいか?」
 「優しい時もある」
 「何だ、それじゃあちょっぴりしか優しくないみたいじゃないか」
 「ん……だって、怖い時もあるから……でも、ねんねする時はいつも
優しいよ」
 「どうせその歳じゃ、まだママのおっぱい飲んでるんだろう?」
 「うん」
 少年は顔を赤らめたが肯定した。見たところ4年生くらいだろうか、
でも、この亀山でならそれは当たり前。生のおっぱいにありつけるのは
良くも悪しくも彼らが赤ちゃんとしての扱いを受けている証拠だった。
 「そりゃそうだ、一日の最後が辛かったら、次の日だって辛いもんな」
 「ふ~~ん、そうなんだ」
 「ところで、なんで私の処へ飛び込んだんだ?」
 「分からないけど、暇だったからお相手してあげようかなって思って」
 「ほう、そりゃあ、ありがとう」
 私は苦笑する。巷の子供ならこんな物言いはしないだろう。しかしな
がらここは亀山、子供が大人に抱かれるのはいわば挨拶代わり。そして、
自分たちの望みを叶えてくれるのも彼らだと知っているからだった。
 「ねえ、欲しいもの言ってもいい?」
 「ああ、いいよ。どのみちだめな時はだめって言うから」
 「ノートパソコン、ダイナブック……」
 彼は型番やら性能やらを一気にまくし立てたあげく最後に…
 「……安いのでいいよ。30万くらいだから」
 と、こちらの懐を心配してくれた。
 「悦、だめよ、そんなに高いの。あなたにはまだ早いわ」
 「悦君か」
 「大柴悦司。刈谷さんちの子、今でもおにいちゃまから中古をお下が
りして持ってるんだけど、それじゃあ飽き足らないみたいで……それで
大人と見れば誰彼なく抱きついてねだるのよ。相手にしなくいいわよ」
 「パソコンか、俺もやってはいるが…ネットサーフィンとメールぐら
いしか使ったことがない」
 「私だって同じよ」
 「刈谷のお父様は?」
 「それもいずこも同じ。買ってやりたくてうずうずしてるわ。だけど
……」
 「ママがダメだって言うんだろう。やっぱり昔の俺らと同じだ」
 「あなたもここの出だから分かるでしょうけど、ここでお父様は世間
でいえばお爺さま。孫の機嫌取りに何でも与えようとするけど、それを
野放図にやっていたら大人になって苦労するのは本人だもの。だから、
際限のない欲望は押さえさせてるの」
 「ま、この子には分からないだろうけど…お父様と呼ばせてはいても
所詮他人なわけだから、いつまでも甘えられるものでもない。細く長く
信頼を積み重ねた方が得策というわけか」
 「それに他の子とのバランスもあるから……いくらお父様がお金持ち
でも12人もいる子供たちが一気にあれも欲しいこれも欲しいって言い
だしたらお父様自身が音を上げて、せっかく良好な親子関係が壊れかね
ないもの。お父様が本当のパトロンになっちゃったらそれはそれで問題
なのよ。…………わかるでしょう?」
 「わかるよ。子供は寄る辺なき者、慈愛が取引になった時、売り物は
その身体と心だけ……女王様がよく言ってた」
 「ここは慈愛と取引の微妙なバランスの上に成り立っているからその
門は人を選ぶの……」
 「巷の人には何を言っているのか分からないだろうな……そう言えば、
天野のお父様もパトロンと呼ばれると酷く不機嫌になってたもん。……
実際はそうでもそういう関係で子供とつき合いたくなかったんだろうね。
僕も高いオモチャをねだって、お父様からはOKが出たんだけど、ママ
に止められた事があってね。事情は同じなんだろうなあ」
 「ねえ、ダメなの」
 「残念だけど……でも、そのパソコンでいったい何がしたいんだい」
 「何って……お兄ちゃんも持ってるし……」
 「それだけかい?ただ、『お兄ちゃんが持ってるから僕も…』っていう
理由じゃだめかもしれないね。でも、パソコンを使ってやりたいことが
はっきり言えれば、買ってもらえるかもしれないよ」
 「ほんとに……」
 「お父様やママにどうしてもやりたいことがあるからパソコン買って
くださいって言わなくちゃ大人は説得できないよ」
 「うん、わかった。…………ありがとう」
 男の子は肩車してもらっている私の頭と肩に左右の手をかけると器用
に地面に下りて走っていく。
 その後ろ姿を見送りながら……
 「驚いたな、十歳やそこいらの子が30万のものを見ず知らずの人に
買って欲しいってねだるんだから…」
 「何言ってるの。私たちだって同じだったのよ。物価水準が私たちの
頃とは違うだけ。外に出てよく言われたわ「そんな孤児院があるか」っ
て…その時になって初めて自分たちがいかに恵まれた環境にいたか知っ
たの。同時にいかに大人たちから愛されていたかも………でも、ここに
いた子供の頃は不満たらたらだったわ。『何で美樹ちゃんし同じものじゃ
ないのよ』とか『どうしてこんな些細なことでお仕置きされなきゃいけ
ないのよ』とか色々……」
 「それは僕だって同じさ。生まれてこの方ここしかしらないんだもん。
他がどうなってるかなんてわからないじゃないか。『うっとうしいなあ、
何でもかんでも干渉しやがって…』なんて思ってたよ」
 「うちは並はずれて過干渉だもんね。私なんか、何して良いか分から
ないってだけでかんしゃく起こして公園の真ん中で泣いてたらシスター
のおばさんたちがよってたかってよしよし抱っこしてくれたの」
 「ここは大人を見つけて体当たりさえすれば、何かが起こるからね、
退屈はしないよ。だからゲーム感覚で誰にでも抱きついてた」
 「但し、怒らせるとすぐにお仕置きだから適度な緊張感はあったけど」
 「確かにそういうバランス感覚で成り立つ社会なんだけど、歪んだり
もしなかった」
 「それはここに住む人たちが高い教養と理性を兼ね備えてたからよ。
一般社会じゃこうはうまくいかないわ」
 「何しろ賄いのおばちゃんが東京女子師範、庭師のおじさんが東大出
っていう世界だからな。そりゃあ過去に色々あって現在そうなってるん
だろうけど、それにしても凄いことさ。その人たちが幼い子をあやして
勉強まで教えてくれる処なんて、世界中探したってあるわけないよ」
 「だから楽園って呼ばれてるんでしょう」
 「そうなんだけど……楽園の天使たちはいつの時代も裸ん坊さんが、
お好きなみたいで……」
 私たちはいつしか学校の中庭に来ていた。そしてそこでは、いつもの
ように天使たちが素っ裸で一列に並ばされ両手を頭の上に組んで先生に
一人ずつお尻を叩かれていた。
 ここにいた頃は『愛とお仕置きの日々』(いや正確にはお仕置きも愛の
一部だったんだけど)。
 だけどその伝統を変えようだなんて亀山で育ったかつての子供たちは
誰も思ってはいない…はずだ。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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