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小暮男爵 < §1 >

小暮男爵

***<< §1 >>****

 その日、私は孤児院の庭で大きな木にぶつかりました。
 見上げると雲衝く様な大男が私を見下ろしています。
 私は不安げに笑いましたが……すると、三歳になったばかりの
私はいきなりその大男に抱きかかえられます。

 それが、男爵様との最初の出会いでした。
 そして、その時、地面を離れた足が再び施設の土を踏むことは
ありませんでした。

 私は男爵に抱きかかえられたまま孤児院の園長先生にお別れを
言い、そのまま黒塗りのシボレーに乗せられます。

 いきなりの環境の変化。でも、私は泣かなかったそうです。
 私は男爵様の膝の上でまるで何事もなかったかのように変わり
ゆく車窓の景色を眺めていました。

 そうやって連れて来られたのは横浜の山の中にあった男爵様の
別荘。
 別荘と言っても、そこが男爵が住まう家であり、私たち養女、
養子たちが生活する家でした。

 その建物に入り居間のソファまでやって来て私はようやく足を
地面に着けることができます。
 「いいかい、ここが今日からお前の家だ。まずは兄弟(姉妹)
たちを紹介しようね」

 男爵はそこにずらりと居並ぶ新しい兄弟を紹介していきます。
 ただ、いきなり起こった変化の中で私はそれを理解することが
できませんでした。きっと、紹介された十人の兄や姉たち、その
誰一人覚えることがなかったと思います。

 ただ、誰かが……
 「もっと可愛い子かと思ってた」
 という問いかけに男爵が…
 「可愛いじゃないか。何よりこの子は芯が強そうだ。車の中で
一度も泣かなかった」
 と言われ、お父様から頭を撫でられたのを覚えています。

 次は突然のことでした。

 『あっ』
 私はパンツを脱がされるとまるで岩山のような男爵の膝の上に
腰を下ろします。どうやら、その場でお漏らしを始めたようで、
周囲の大人たちが慌ててタオルや替えのパンツを用意し始めます。

 でも、そのことに私は慌てていませんでした。
 というのも、当時の施設ではパンツが濡れたまま遊んでいる子
なんて珍しくないからです。

 「乾くまで待ってればいいのに……」
 私が思わず発してしまった言葉に、周囲はどん引きしてしまい
ます。
 が、男爵様だけはそれを笑っています。
 私もそんな男爵様の顔を不思議そうに見ていました。

 そんな物怖じしない性格が気に入ったのか男爵様はノーパンの
私をさらに強く引き寄せ優しく頬ずりを繰り返します。

 実はこの男爵様、ペドフィリアの傾向があって、子どもたちも
その性癖を満足させるためにここに集められていたのでした。
 口の悪い人たちが『子供妾』と呼ぶあれです。

 ですから養女と言っても、私たちに男爵の財産を相続する権利
はありません。ただ、食べさせてもらい、着させてもらい、住ま
わせてもらうだけ存在なのです。

 そうですね、報酬らしいものといえば……しっかりとした教育
を受けさせてもらった事とお婿さんを探してもらった事くらいで
しょうか。

 そうそう『男爵様と知り合い』というのも社会に出てから結構
役に立ちました。おかげで、大人になってからも路頭に迷うこと
なく暮らせましたから、そういった意味での報酬はあったみたい
です。

 ただ、男爵はみずからの性欲の満足のために子どもたちを受け
入れているわけですから、実のお子さんのように『蝶よ花よ』と
いうわけにはいきません。
 私たちの生活は沢山の規則で縛られていて、些細な罪も厳しい
体罰で精算することになっていました。

 痛い罰、恥ずかしい罰もここでは日常茶飯事です。
 ですが、不条理な罰はありませんでした。

 罰には立派な理由がついていて、規則どおりに暮らしていれば
体罰の心配はありません。
 それができない時に厳しいことになるというわけです。

 ただ、そうは言っても相手は子ども。大人とは違い、分かって
いても色んなことをやらかします。
 おかげで、どんなに注意深く慎み深く生活している子どもでも、
二週間、三週間、いえ一月に一度は必ず男爵家のお仕置き部屋で
泣き叫ぶことになるのでした。

 いえ、事は家庭だけじゃありません。
 ここでは学校も同じでした。

 養女となった私たちが通う学校はお父様と同じ性癖を持つ方々
が資金を出し合って作った小学校や中学校。よって、お仕置きも
毎日の恒例行事です。何しろお父様たち公認なんですから幼い子
にも容赦はありませんでした。

 お父様たちに協力的な先生方のもと、子供たちは色んな理由を
つけられてぶたれます。まるで森でさえずる小鳥たちのように、
子供たちの悲鳴が毎日人里離れた山の中に響きます。

 それだけじゃありません。一歩敷地の中に入り込めば、他では
絶対に見られない破廉恥なお仕置きが目白押しでした。

 もちろんここも文部省が認可した正規の私立学校ですよ。でも
ここへ入学できるのは、特別な性癖を持つお父様方の子供たち
だけ。
 クラスメイトだってつまりは同じ環境なわけですから、私たち
には比べるものがありません。つまり私たちは自分たちのことを
ことさら不幸と感じたことはありませんでした。

 住めば都という言葉があるように、私たちにとってはこの山里
がふるさと。男爵様の家が我が家。学校もその一部にすぎません。

 『男爵様が用意してくれた広い広い庭でみんな暮らしている』
 そんな感じでしょうか。
 すべては男爵様の手の中にあったのかもしれませんが、それで
十分幸せでした。

 厳しいお仕置きがあると言っているのに幸せだなんて、不思議
ですか?変ですか?

 だってどんなに厳しいお仕置きがあったとしてもそれは生活の
中のほんの一コマ。大半の時間は優しいお父様にたっぷり甘えて
暮らしていましたから私的には幸せ感の方が大きいんです。
 お仕置きがあってもなくても、施設がここよりいい所のはずだ
なんて思ったことは一度もありませんでした。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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