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小暮男爵 << §18 >> 天使のドッヂボール

小暮男爵

***<< §18 >>****/軽い話、ノンH

 午後の最初の授業は体育。もともと一学年一クラスで六人しか
いない学校で何をやるにも人数が足りませんから、体育の授業は
五六年生合同で行われていました。

 それでも十二名と少ないですけど、このくらいいればなんとか
ドッヂボールの試合ぐらい出来ます。
 うちは女の子中心の学校ですから、体育も普段はダンスばかり
やっていました。

 それが女性から男性に先生が代わって、球技もやりましょうと
いうことになり、最初はテニスやゴルフをやりましたが、もっと
子どもらしいことをというお父様たちの希望からドッヂボールを
始めることになったのです。

 大きな球を投げ合うなんて、それまでの人生で一度もしたこと
がなった子供たちですから前の二時間はひたすらその球を投げる
ことと取ることの練習でした。

 二人で一組。お互いが山なりのボールを放っては相手にそれを
キャッチしてもらいます。
 最初はまったく取れませんでしたが、練習の甲斐あってゆるい
ボールならみんながなんとか取れるようになります。

 そこで『今日は試合をしてみましょう』ということになったの
です。
 もちろんこの日の為に先生から教えていただいたルールも一応
覚えてはきましたが……。


 試合は五年生と六年生の対抗戦。いよいよ試合開始です。
 六年生チームも五年生チームもお互い六人のうち四人が内野、
二人が外野に散ります。

 さぞや、血湧き肉踊る熱戦が……
 と思った方も多いでしょうが、私たちのドッヂボールでは血も
湧きませんし、肉も踊りませんでした。

 例えば、一人の内野の子が、相手の内野の子めがけてボールを
投げるとします。

 こんな時、普通は何も言わず運動神経のなさそうな子をめがけ
て投げるんだと思いますが、私たちの学校ではそれは違っていま
した。

 「これから投げま~~す。瑞穂お姉様、お願いしま~~~す」
 必ず、自分が投げる球をとっていただく方を指名して投げるの
です。

 もちろん、こんなルール教科書には書いてありません。先生が
こうしなさいっておっしゃったわけでもありません。
 でも私たちの場合はやり始めるとごく自然にこうなるのでした。

 投げられたボールを瑞穂お姉様がキャッチすると、今度は……
 「美咲ちゃん取ってね~~」
 こう言ってからこちらへ投げ返してきます。

 そして、このキャッチに失敗すると……
 「ごめんなさい」
 と言って、取り損ねた子は外野へ……。

 これ、一見すると他でやってるドッヂボールと同じように見え
るかもしれませんが、実は、外野へ回る子の謝ってる相手が違う
んです。

 彼女、味方に対して失敗してごめんなさいを言っているのでは
ありません。投げてくれた人に対して、『せっかく投げてくれた
のに、取れなくてごめんなさいね』って謝ってから外野に向かう
のでした。

 そして、ここが一番違うのですが、私たちのドッヂボールでは
内野の数は減らないんです。

 どうしてかというと……
 相手方のリーダー、この場合は瑞穂お姉様が、「じゃあ、次は
里香ちゃん。入ってえ~~」というふうに、今、外野をやってる
相手側の子を指名して、外野へ回る子の代わりにその子が内野へ
入ってくるんです。
 ですから、内野4と外野2の数はいつも同じでした。

 こんなの、どこのルールブックに載っていないでしょうけど、
私たちの世界では、お友だちみんながボールに触れるようにと、
自然とこうなります。
 これって私たちだけのローカルルール。でもこの方が私たちに
とっては気持ちよかったのも事実でした。

 当然、試合終了で人数を数えてみても差なんてありませんから、
試合はいつも引き分け。勝ち負けなんてつきません。
 私たちはそれがよかったのでした。

 ローカルルールはまだあります。
 外野にいる子は相手の内野の子に球をぶつけたりはしません。

 ひたすら遠くへ飛んでいったボールを拾ってくるだけの球拾い。
そして……
 「これ、どうぞ」
 と言って取ってきたボールを相手の内野に手渡すだけの仕事で
した。

 すると、今度はボールをもらった相手が……
 「ありがとう。次は、あなたを指名してあげるからね」
 と、こうなるのでした。

 幼い頃からお父様や先生に『仲良し』『仲良し』で育てられた
私たちにはお友だちが敵になるというのが、どうにも理解できま
せんでした。
 ですから、試合に勝ったとしても満足感がありません。逆に、
『相手の方に悪いことをした』なんて思っちゃいますから、それ
は心持の悪いことだったんです。

 上手で投げた球を受けられない子には、前に来てもらって下手
で投げます。大事なことは相手がミスする事を喜ぶんじゃなくて、
逆に、取れるような球を投げてあげること。お友だちから投げて
もらった球をちゃんとキャッチしてあげること。
 これが大事なことだったんです。

 ですから内野全員がキャッチできると、もうそれだけで歓声が
あがります。それが最高の満足でした。


 そんな私たちのドッヂボールで事件が起きます。

 内野にいた広志君、そうフェンスの破れたのを利用して一緒に
谷底まで降りていって、先生にお尻を叩かれた時のあの子です。

 その子が、相手の内野だった留美お姉様が後ろに下がろうした
時に転んでしまったのを見て……
 「留美お姉ちゃま、取って~~」
 そう言って持っていたボールを高く放り投げたのでした。

 前に投げたのと違い狙って狙えるものではありませんが、不幸
にして高く上がったボールが加速度をつけてお姉様の頭に当たっ
てしまいます。

 「きゃあ」
 ボールは大きく弾んで外野へと飛んで行き留美お姉様の大きな
声が聞こえました。
 みんなびっくりです。

 「大丈夫?」
 「怪我なかった?」
 「医務室に行く?」
 たちまち、五六年生の女の子たちが心配して中条さんのもとへ
集まりますが、広志君だけは涼しい顔です。それどころか……

 「留美お姉ちゃま、取れなかったんだから外野に行ってよ」
 広志君の声がします。

 これには女の子全員、カチンときました。
 全員が広志君の方を振り返ると睨みつけます。

 これには広志君も少しびびったみたいですが、すぐにこう言う
のです。
 「だって、僕はルールどおりにやってるんだよ。取れない方が
悪いんじゃないか」

 たしかに、広志君は留美お姉様に一声かけてから投げましたが、
それって明らかに悪意があります。

 「何言ってるの!倒れてる子はどこからボールが来るか分から
ないでしょう!そんなことして投げたら危ないじゃない」
 私たちを代表して瑞穂お姉様が反論します。

 でも、広志君は折れませんでした。
 「どうしてさあ、僕たち、みんなドッヂボールやってんだよ。
だったら、そのルールに従ってたら別に何しててもいいだろう。
だいたい、留美お姉様は普段から鈍いんだよ」

 これには女の子全員、さらに『カチン!』です。

 愛子お姉様が、
 「あんたなんか内野やってる資格ないわよ」
 友理奈お姉様が、
 「そうよ、あなたこそ外野へ行きなさいよ」

 あとはもうみんな……
 「そうよ、そうよ、外野で頭を冷やすべきよ」
 「賛成、あなたがいたら楽しく遊べないもの」
 「だいたい男の子のくせに、あなた生意気なんだから」
 「そうよ、あなたなんかピルエットも満足に回れないくせに、
どうしてこんな時だけ態度がでかいのよ」
 五年生の子も混じって速射砲の一斉攻撃です。

 これには、広志君もたじたじでした。
 でも広志君、心の中でそんな女の子たちの意見をもっともだと
思っていたわけではありませんでした。

 広志君はボールを激しく地面に叩きつけるとコートを去ります。
顔を真っ赤にして、泣いて怒ってる、そんな感じだったのです。

 ほかの子がたいして怪我もしていない留美お姉様の処へ集まる
なか、私は広志君を心配して跡をつけます。

 見ると、そんな広志君を迎え入れたのは進藤のお父様でした。
(親子ですから当たり前と言えばそれまでなんですが……)

 実はこのドッヂボールの試合、昼休みに行われたお仕置きの後
で、お父様方が揃ってコートサイドで見学なさっていたのです。

 広志君は、最初進藤のお父様が差し出す手を払い除けて一度は
もっと遠くへ行こうとしますが、次にお父様が息子を両手で抱き
しめ、立ったまま懐の中に入れてしまうと、それからは広志君も
抵抗しませんでした。

 私はその時、広志君が泣いているように見えました。
 きっと悔しかったんだと思います。
 広志君は広志君で、自分のしたことが正しいと信じてるみたい
でしたから。

 抱き合う親子のもとに他のお父様たちも集まってきます。

 「だいぶ派手にやられてたみたいだね」
 と、佐々木のお父様が……
 「女の子というのはいったん火がつくと見境がなくなるから」
 と、今度は高梨のお父様も……

 他のお父様たちも次々に口を開きます。
 「ここは女の子社会だからね、調和第一というわけだ」
 「でも、これだと男の子には住みにくいですかね」
 「確かにそれはあるだろうね。男の子と女の子では生きていく
哲学みたいなものが違うから。私なんて未だに奥さんの考えてる
ことが分からないくらいだ」

 そして、中条のお父様が……
 「大丈夫、ヒロちゃんの言っていることは正しいよ」
 こう言うと、そこでやっと広志君は顔をあげます。
 やっと自分の考えに賛同してくれる人が見つかってほっとした
のかもしれません。

 中条のお父様は続けます。
 「ドッヂボールの試合だけでみると、君の言ってる事は正しい
んだよ。そもそも内野がボールを投げるのにいちいち声を掛ける
なんてよそじゃやってないだろうし、内野の子が転んだからって
立ち上がるのを待ってる子もいないだろう。逆にチャンスだから
ぶつけちゃえって、ボールぶつけちゃってもそれも構わないさ」

 「ほんとう」
 広志君は中条のお父様の方を向きます。すると、今まで泣いて
いたのがはっきりとわかりました。

 「本当さあ、大半の学校ではそうやってドッヂボールをやって
るんだから。……ただね、ドッヂボールのルールはそうでもこの
学校の生徒としては、それとは別に守らなければならないルール
があるんだ。女の子たちはそれを言ってるんだよ」

 「どういうこと?」

 「『お友だちとは、いつも仲良しでいましょう』ってことさ。
うちではこれが一番大切なルールなんだ。どんな規則や成績より
これが最優先のルールなんだよ。君だってそれは知ってるよね。
もう耳にたこができるほど聞かされてるだろうから」

 「う、うん……」

 「ドッヂボールをやってる時も君がこの学校の生徒である以上
それは守らなきゃいけないんだ。こんなことしたらお友だちの体
が傷つくとか、こんなことしたら仲が悪くなりそうだと思ったら、
それはドッヂボールのルールに書いてなくてもやっちゃいけない。
……わかるだろう?」

 「うん……」
 広志君は小さな声で答えます。

 「いや、私も驚きましたよ。この子たちは自分たちでちゃんと
自分たちにあったルールを創っちゃうんだから、大人顔負けだ。
しかも、こうして見る限りそれが美しく機能している。まさに、
これは天使たちのドッヂボールですよ」

 広志君を迎えにやってきた桜井先生が、お父様たちを前にして
大仰に驚いてみせます。
 もちろん、それってお父様たちを前にしてのお世辞があるかも
しれませんが、先生は子供たちを褒めちぎります。感心しきりで
した。

 そして、最後に……
 「とにもかくにもだ、ここは女の子たちに謝って、また仲間に
加えてもらわなきゃね。このまま逃げてちゃ男が廃るよ。さあ、
先生と一緒に行こう。一緒に謝ってあげるから……」
 そう言って広志君の手を引こうとします。

 すると、広志君が気の弱いことを言うのです。
 「僕……また、ドッヂボールできるかな?」

 「もちろんさ、もし、『広志君と一緒に体育をやるのが嫌だ』
何て言ったら今度はその子の方がお友だちと仲良くできなかった
ってことになるもの」
 と、桜井先生。

 「大丈夫だよ広志。もし姉ちゃんが嫌だなんて言ったら、私が
この場でお仕置きしてやるから」
 進藤のお父様は広志君の肩越しにそう言って笑うのでした。

 「ただし、最初にお前が謝らなきゃ、話にならないよ」
 最後は進藤のお父様が広志君の肩を押してコートへ戻ります。

 するとそれとほぼ同時に私もまた小暮のお父様に後ろから両肩
を掴まれました。

 「美咲ちゃんは広志君のことが好きなのか?」
 ぼそぼそっとした小さな声。でも唐突にお父様から言われて、
思わず私の心臓が止まりそうになります。

 私は振り返ると……
 「そんなわけないじゃない」
 怒ったような顔で否定するのですが……

 「そうか、午前中は一緒にスケッチしてたみたいだし、午後も
こうやって跡を追ってくるぐらいだから、気があるのかと思った
んだが、違ったか?」

 「馬鹿馬鹿しい。変な想像しないでよ。そんなの偶然。偶然よ。
あんなのタイプじゃないもの。私はもっとカッコいい子がいいの。
郷ひろみ、みたいな」
 私はむきになって否定します。

 「そうか、広志君はタイプじゃないのか。残念だなあ。お前が
その気なら進藤さんところと縁続きになれたんだが……」
 お父様は苦笑いです。

 私は十一歳。漠然とした美形の男子への憧れはありましたが、
具体的な想いはまだ何もありません。
 広志君のことだって、あまりにも幼い頃から彼を知っています
から彼のいやな処だって沢山知っているわけで、本当にそんなの
偶然だと思っていました。

 でも、お父様は人生の大先輩。私以上に私の心の奥底をご存知
だったみたいです。


 さて、私のことはともかく、広志君がコートに戻ってきます。

 「ごめんね、ボールぶつけて……」
 彼は留美お姉様にごめんなさいを言ってから、瑞穂お姉様にも
謝ります。
 「ごめんなさい。勝手にコートから離れて……」

 殊勝な心がけと言いたいところですが、実は広志君、バックに
大勢のお父様たちや桜井先生を引き連れていました。
 お父様たちにしてみたら広志君がちゃんとごめんなさいを言え
るかどうかを確かめるために一緒に着いてきただけなんでしょう
けど、女の子の立場からすると、それってまるで自分たちの方が
お父様たちに叱られてるみたいでした。

 広志君、大勢の保護者に見守られながらのごめんなさいだった
のです。

 また、ドッヂボールが再会され、当然、広志君もそれに加わり
ます。

絶対に勝ち負けの着かない天使のドッヂボール。勝った喜びも
負けた悔しさもここにはありませんが、私たちにとっては忘れ得
ないボールゲームの思い出だったのです。

**********************

*****************

<これまでの登場人物>

 学校を創った六つのお家
小暮
 進藤(高志)
 真鍋(久子)
 佐々木
 高梨
 中条

 小暮男爵家
 小暮美咲<小5>~私~
 小暮遥 <小6>
 河合先生
 <小学生担当の家庭教師>
小暮 隆明<高3>
小暮 小百合<高2>
小暮 健治<中3>
 小暮 楓<中2>
 小暮 朱音(あかね)<中1>

 学校の先生方
 小宮先生<5年生担当>
 ショートヘアでボーイッシュ小柄
 栗山先生<6年生担当>
 ロングヘアで長身
 高梨先生<図画/一般人>
 創設六家の出身。自らも画家

 6年生のクラス
 小暮 遥
 進藤 瑞穂
 佐々木 友理奈
 高梨 愛子
 中条 留美
 真鍋 明(男)

 5年生のクラス
 小暮 美咲
 中条 由美子
 高梨 里香
 真鍋 詩織
 佐々木 麗華
 進藤 広志(男)

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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