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『斉藤家のお仕置き』 ~ §1 お父様のお仕置き ~

 『斉藤家のお仕置き』
            ~ §1 お父様のお仕置き ~

 午後11時30分。由香里は終電一つ前の電車を降りて、自宅
へと続く一本道を早足で歩く。

 場所は山の手の高級住宅街。まだ治安もよい時代だったから、
暗い街灯の並木を独りで歩いていても心配することはないのかも
しれない。それでも18歳の少女にとって夜道は怖い。
 自宅に近づくにしたがい、しだいに小走りになって……やがて
外灯がまだ灯る自宅へと入っていった。

 「ただいま」
 エントランスの明かりを点けると……

 「おかえりなさい」
 真っ暗な廊下の先で台所の明かりから母の声がする。

 由香里は、今、予備校に通い、授業が終わるとそこの自習室で
勉強して、いつも今頃、自宅に帰ってくる。

 「おかえりなさい」
 母が玄関の娘に向かって叫ぶ声もいつもと変わらなかった。

 これから母と居間で夜食を食べてもう少し遅くまで勉強する。
 これも由香里の日課だ。
 その予定で由香里は長い廊下を奥へと歩いて行ったのである。

 「おう、由香里、帰ったか……お帰り」
 途中、居間を通り抜ける時、父の声がした。

 『えっ!?』
 由香里は不意を突れた気分だ。

 真夜中、父が自宅の居間にいて何の不思議もないはずなのだが、
由香里にしてみると、今日は仕事が忙しく帰らない予定と聞いて
いたからである。

 だから、本来なら『お父様、ただいま帰りました』という挨拶
がスッと出てくるはずだが、それが出てこなかった。

 「どうしたね、私の顔に何かついているのか?」

 「……いえ、ただいま戻りました」
 父にそう言われて、由香里は慌てて挨拶する。

 『何かが普段と違う?』
 由香里はその瞬間感じた。どこがどう違うのかは説明できない
が、そこは女の勘、少女の感性だろうか、18年同じ屋根の下で
一緒に暮らしてきた娘の経験がそれを訴えていたのである。

 由香里は父から逃げるように母のいる台所へと向かう。
 その時、父の座るソファでコロンの匂いが鼻についた。

 『そうだわ、こんな遅い時間なのに、お父様が着替えてない』
 由香里はそこに気づく。

 普段なら、もうほとんど寝るだけのこの時間。お父様の衣装は
たいていガウン姿だ。それが、たとえ部屋着とはいえセーターに
スラックス姿。コロンの匂いがまだ残っているというのなら未だ
お風呂にも入っていないのだろう。
 まるでこの真夜中に誰かと会う約束をしているみたいだった。

 台所へ行くと母が鼻歌を歌いながら笑顔でうどんを煮ている。
 それはいつもの姿。いつもの空気。

 「お母さん、ただいま。今日のおうどんの具は何を入れたの?」
 母の姿を見て安心した由香里が、母と並び鍋から上がる湯気を
覗き込むと……

 「バカ」
 母がいきなり由香里の耳元で小さく囁く。

 思いがけない言葉に驚いて母の顔を見る由香里。
 でも、その母の顔は笑顔で普段と何ら変わらなかった。

 そして、変わらないその笑顔のまま、再び……
 「今日は真理ちゃんや清美ちゃんと一緒だったんでしょう?」

 『えっ!?』
 母の言葉に動揺する由香里。

 そこで……
 「ねえ、いつのこと?」
 と、母に尋ねてみたのだが……母はそれには答えず鍋を火から
下ろしてしまう。

 次に出た言葉は……
 「さあ、冷めないうちにいただきましょう」
 というものだった。

 ダイニングテーブルで食べる母と娘二人だけの夜食。
 この間もっぱら食べるのは由香里だけで母はお茶を飲むだけ。
 母は娘の旺盛な食欲に目を細めて笑っているだけてだった。

 「今度、城南デパートでプレタポルテの発表会があるの。一緒
に行かない?」
 「うん、うん」
 由香里は湯気の立つどんぶりに顔を着けたまま頭を振る。

 「私、勉強があるから……」
 と、そっけなく断った。

 「それはそうでしょうけど。でも、たまには息抜きもしなきゃ。
受験生だから大きなお休みはとれなくても小さな息抜きは必要よ。
根をつめすぎると、かえってそれが大きなロスに繋がってしまう
わ」

 こうした母との会話も由香里にとっては毎夜のこと、この日も
母とはいつも通りの夜だったのだが……問題はこれからだった。

 夜食を食べ終えたあと、母が食器を片付けながらなにげにこう
言うのだ。
 「あなた今日は予備校の授業が終わってからどこか行ったの?」

 「えっ……どこかって?……私は、いつものように自習室で」
 由香里は咄嗟に取り繕ったが、本当はギクッと胸に突き刺さる
言葉だったのである。

 「そう、ならいいけど……いえ、お父様が変なことおっしゃる
から……」

 「変なこと?」

 「いえ、いいのよ。大したことじゃないから……」

 母は言葉を濁したが、実は由香里にはちょっと後ろ暗いところ
があった。
 今夜は、この春すでに大学生になっていた真理や清美なんかと
示し合わせてディスコで遊んで帰って来たのだ。
 母に気遣いをさせずとも、由香里は自分でちゃっかり息抜きの
時間を作っていたのである。

 これが最初の経験だった三人は、入店する時こそおどおどして
いたが、店を出る頃にはノリノリ。
 興奮冷めやらぬ三人は、店を出たところでいきなり向けられた
マイクにも、店の中での雰囲気そのままにノリノリで答えてしま
うのだった。

 「今夜は最高。今度はお立ち台に上がるんだから」
 清美が興奮気味に叫ぶと……真理も……
 「由香里なんてね、知らない男の子に声掛けられちゃったんだ
から……」

 「あの子、カッコよかったよね」
 「あの子、カッコよかったよね」
 二人の友だちから同時に振られて由香里は動揺する。

 由香里はいまだ予備校生。まるでお酒に酔ったおじさん紳士と
同じようなテンションでははしゃげなかったのである。

 すると、インタビュアーが……
 「あなた方は、おいくつですか?」
 と尋ねるので……

 「……21です」
 ちょっと間があって真理が答えると……

 「全員、同じ歳なの?」
 と、清美。

 「そう、三人とも高校時代の同級生なんです」
 最後は由香里も答えて、この瞬間から三人は一足早く21歳に
なったのだった。

 由香里の脳裏にその時の思い出が蘇ったのだ。

 『まさか、あれ、見てたなんてことないよね』
 由香里は心配する。
 でも、そのまさかだった。

 「お父様が『由香里がテレビに映ってる』って大騒ぎするもの
だから慌てて居間に飛んでいったんだけど、その時はもう映って
いなくて……私、『人違いじゃないですかって笑ったら…』いや、
真理ちゃんや清美ちゃんたちとも一緒だったから間違いないって
…『大丈夫ですよ、由香里は真面目に予備校に通っていますから
心配には及びませんよ』って申し上げておいたけど…それでいい
かしら?」

 「……ええ……まあ……」
 由香里はいい加減な返事を母に返しながら……
 『どうして、ディスコなんか行ったんだろう、どうしてテレビ
があんなところに来てるのよ』
 由香里は後悔したものの、それも後の祭り。

 「ねえ、お父様が心配なさってるから、あなたからそのことを
説明してちょうだい」

 「そのことって?」

 「だから、ディスコなんて行ってませんって……」
 母の言葉は、由香里の心に重く圧し掛かった。

 由香里は母に背を押され父の疑念を晴らすために居間へ……
 でも、それってどうすることもできなかったのである。


 居間に戻ると、父はそれまで英字新聞を読んでいたが由香里に
気づいくとそのタブロイド版を二つ折りに。

 「おう、由香里。食事は済んだのか?……ん?……どうした?
顔色がよくないな。今夜もまだ勉強するのか?」

 「えっ?……まあ……」

 「体調が悪いのなら早めに床に入った方がいい。受験は長丁場、
焦ることはない。じっくり体調を整えて臨めば、お前の実力なら
大丈夫さ。今度は、風邪をひいてうまくいきませんでしたなんて
いい訳は聞きたくないからね」

 「…………」
 気をつけて見て見てもお父様はいつものお父様。
 由香里には何か言いたいことがあるようには思えなかった。

 そこで……
 「それじゃあ、あたし、勉強するから……」
 そう言って踵を返したら……。

 「そうだ由香里。今日、お父さん、テレビを見ていたらね……」

 そこまで言って父がふき出すので……
 「えっ?」
 由香里は思わず振り返ってしまう。

 「テレビの中で、お前が21になった姿を見つけたよ」
 振り返った由香里に、父は最初だけ笑っていたが、すぐにその
笑顔は消えて難しい顔になる。

 その瞬間、父の難しい表情や21という言葉に……
 『ヤバっ……』
 由香里は思わずその場から逃げ出したい衝動にかられたが……

 「…………」
 もしこの場から逃げたとして、この先どうなるか、過去の経験
が思いとどまらせることになった。

 斉藤家のルールでは、親に嘘をつく代償はお尻叩きと決まって
いて、それは18になった今でも変更されていなかったのである。

 「今日、テレビを見ていたら、六本木のディスコから出てきた
三人のお嬢さんたちがTVのインタビューを受けててね、これが
お前や真理ちゃん清美ちゃんにそっくりなんだよ。ま、三人とも
化粧をしていたから素顔は別人なのかもしれないがね」

 「………………」
 由香里はたちまちその場に居たたまれなくなる。
 というのも、そのTVのインタビューというのは、紛れもなく
今夜の出来事だったから。

 ディスコを出てすぐのこと、いきなり突きつけられたマイクに
清美ちゃんが、そして真理ちゃんも反応してしまったのだ。
 普段の二人はそんなに大胆ではないが、ひょっとしたらほんの
少しだけ舐めたカクテルが気を大きくさせてしまったのかもしれ
ない。

 『そういえば、インタビュアーのおじさんに歳をきかれた真理、
やたら21を強調していたけど、あれはきっと未成年じゃまずい
と思ったわね』
 由香里はその時の様子を詳細に思い出す。

 あれもこれも今夜の出来事を色々と後悔してみるが、父を前に
してしまうと、それも何の役にもたたなかった。

 そして、そんな娘を見て父親も……
 「お前が化粧した姿なんて初めて見たよ。なかなか綺麗に出来
てたじゃないか。……自分でやったのか?」

 「いいえ、清美のお姉さんに……」

 「里美さんか、お前も21になる頃にはああしてもっと美しく
なるんだろうな。楽しみだ」

 「…………」
 由香里は、はにかんで俯く。女の子はどんな状況でも美しいと
言われるほど嬉しいことはないのだ。

 「それで、化粧はどこでしたんだ?。衣装も借りたんだろう?
……それも、里美(清美のお姉さん)さんの処か?」

 「……はい」
 蚊の泣くような小さな声で答えると……

 「ま、お前も18歳だ。あれもこれもしちゃいけないと言った
ら可哀想だろうから息抜きは色々あっていいと思うけど夜の街に
出るのはどうかな。それとお酒はまだダメだよ」

 「あれは清美が無理やり勧めてきて……私はほんのちょっぴり
舐めただけで……」
 心が舞い上がっていただろう由香里は余計なことをしゃべって
しまう。

 「舐めただけか……」
 父は苦笑しただけだったが……

 『!!!』
 その瞬間、由香里は背後に人の気配を感じる。

 振り返ると、そこに母が立っていた。
 こちらは父のように穏やかな顔ではない。はっきり言えば怒っ
た顔をして由香里を睨んでいたのである。

 由香里は、その顔が物語る事の真実をそこで初めて知ることに
……。

 『……そうか、この話、母の方が父をたきつけたんだわ』

 長年、親子をやっていると娘はちょっとした情報だけで家庭内
の今がわかる。
 実際、事実はその通りだった。


 居間でくつろぐ夫婦の目の前。身体の線がくっきりと出る服を
着こなした娘が、突然、テレビの中に現れたのだ。

 家の洋ダンスにはないような衣装を着て娘がいきなりテレビに
現れたものだから、当然、両親は驚いたわけだが、二人の間には
最初から温度差があった。

 父の方はただ苦笑するだけ。
 彼にしてみると、家に持ち帰った報告書に目を通すことの方が、
その時はよほど大事だったのである。

 ただ母は心穏やかではない。体の線が出る派手な衣装を着込み、
普段はしないイヤリングをさげ付け睫も着けている。ルージュも
チークもコテコテで不自然。とにかく塗ればいい、そんな感じの
メイクだ。

 『何なの、これは……やりたければ教えてあげるのに』
 母から出るのはため息ばかり。本人はこれでも美しく変身した
つもりでいるのかもしれないが、ちっとも似合っていないのだ。

 日頃、スッピンの顔しか見たことのない母にしてみれば、イン
タビューに答える娘の姿は、まるでサーカスのクラウンのようで
まるで晒し者のようにさえ見える。

 「あの子、いったい何してるのよ?」
 思わずテレビを見ていた母の口から独り言が出たくらいだった。


 一方、由香里はというと、こちらは自分の行く末について考え
ていた。

 もし、これが父親だけの怒りなら丸め込む方法は幾つかある。
彼女にはその自信もあった。ただ母の怒りを静める方法となると
こちらは皆目分からない。
 女の怒りに理性も寛容もないことは、自分も同じ性なのだから
よく分かっていた。

 そこで仮に父を丸め込んだとしてもお仕置きなしで今夜ベッド
ルームへ戻れる可能性は極めて低い。
 これもまたこの家庭に生まれ育った由香里には先行きが見えて
しまう話なのだ。

 絶体絶命の由香里。
 確かに何のペナルティーもなくこの場を切り抜ける方法はない。
しかし、父のお仕置きを受けるか、母のお仕置きを受けるかなら、
まだ選択の余地が残っている。そこで……

 「ごめんなさい。お父様、……私、嘘ついてました」
 由香里は父に向かって素直に謝った。

 咄嗟の判断ではない。彼女なりに色んなケースを想定したあげ
く『これが最も被害が少ない』と判断したのだ。

 最悪のケースは父親に甘えて許してもらう場合。逆上した母が
何をしでかすか、由香里にはそれさえ分からない。
 母との関係ではお仕置きだって、平手や鞭のスパンキングだけ
とは限らない。浣腸、お灸、蝋燭、木馬…SMまがいのお仕置き
がずらりと並ぶ。同性だけにむしろ遠慮が無いのだ。

 そんな泥沼になるくらいなら、父親の前に身を投げた方がまだ
ましというもの。これが由香里の結論。お父様に身を任せた方が
かえって被害も少ないという読みだったのである。

 「そうか、残念だな。お前はいつも良い子だと思っていたのに
……親の目を盗んで、夜の繁華街をうろつくなんて……とっても
いけないことなんだよ。特にお前はまだ浪人生、立場は高校生と
同じだ。大学生の清美ちゃんや真理ちゃんと比べても立場は同じ
じゃないんだ。……わかるだろう?」

 「……はい、お父様」

 「これは、お前が浪人したいと私に言ってきた時に話して聞か
せたよね。覚えているかい?」

 「……はい」

 「覚えているなら何よりだ。だったら、こうした場合には鞭を
お尻に受けなければならないというのも知っているだろう?……
うちの規則だからね」

 「はい、お父様」

 「よろしい、だったら準備をしなさい」

 父が視線を移す先では母がすでにソファに腰を下ろしている。

 「(あっ……)」
 由香里は思わず生唾を飲む。彼女はくつろいでいるのではない。
可愛い生贄を待っているのだ。

 母の目は父の鞭で由香里が思う存分泣き叫ぶのを期待する目。
そのきつい目に由香里は驚いたのだった。
 そんな人の膝の上に、由香里は腹ばいにならなければならなか
ったのである。

 由香里はゆっくりゆっくりお尻叩きの姿勢になった。
 幼い頃は母の膝も広くて、とにかくそこへ倒れこみさえすれば
それはそれでよかったのだが、今は、自分の体が接するあちこち
が気になるのだ。

 大きな身体は母の膝を飛び越えて両手が床に着くし、長い髪も
邪魔になる。胸の膨らみ、お臍の下の辺りだってこれが母の膝に
触れると不快だった。
 母親は同性なのだから問題なさそうにも思えるが、押し当てた
胸の膨らみやお股の様子で何か悟られるんじゃないか、由香里は
余計な心配をしてしまうのだ。

 母が娘のお腹にクッションを入れ、お尻は鞭が狙いやすいよう
より高い位置にセットされる。
 こうなっても『ショーツは綺麗にしてただろうか。こんなこと
なら替えてくるんだった』などと少女にとっての心配の種は尽き
なかった。

 女の子は自意識とコンプレックスの塊。だから自分の身体も、
最高に美しい時だけ他人に披露して、それ以外は見せたくない。
私の体は私だけのもの。唯一無二の財産。だから、私以外の人が
勝手に私の体に触れるなんて許せないし、その悪口だって絶対に
聞きたくないのだ。

 でも、これは我家でのお仕置き。娘が自分勝手に決めた約束事
なんて両親には関係ない。たとえ訴えても『お前のわがまま』と
一蹴されるだけ。そんなことは由香里も当然わかっていた。

 「さあ、準備はできたかな」
 大きな子どもが母の膝の上に乗ると、頭の上から父の声がする。

 「今日は、予備校の授業が終わったあとは、自習室でそのまま
勉強していたんじゃなくて、ディスコへ遊びに行ったんだね」

 「はい」
 由香里は申し訳なさそうな小さな声で答える。

 すると、今度は母が……
 「六本木にいきなりじゃないでしょうが……まずは里美さんの
マンションに行って、そこで里美さんの衣装を借りて、里美さん
からお化粧までしてもらって、それから出かけたんでしょう」
 母は娘の行動を大胆に推理してみせる。

 すると……
 「えっ……あっ、はい」
 由香里は母の言葉にあわせ思わず息を呑む。

 それは母の思い込みが百%真実だったからではない。母の言葉
が一部事実と異なっていたから、逆に言葉に詰まったのだった。

 実はその時の衣装、化粧道具はお年玉をはたいて買ったもの。
自宅では親がうるさいから里美さんのマンションに預けておいた
ものなのだ。

 ただ親にその事実は言えない。とにかく一刻も早く母の膝から
降りたい由香里にとってこれ以上余計な波風を立てたくなかった
から、思わず言葉を飲み込むことにしたのである。

 「なるほど……私は、偶然出会った友だちに誘われて仕方なく
着いて行ったのかとばかり思ってたけど、どうやらこれはかなり
計画的な犯行だったわけだ」

 父はほっぺたをぷっと膨らませると硬質ゴムで出来た一本鞭を
由香里のぷくっと目立つお尻に当ててくる。
 いざ本番、そういう時になって狙いを外さぬよう、あらかじめ
間合いを計っているのだ。

 母の膝でプルプルと震えるやんちゃなお尻を打ちすえるのに、
この3フィートの長さが一番適していた。

 「困ったね」
 父のこの一言だけでも由香里は身の縮む思いだ。

 この家で鞭のお仕置きがある場合、男の子ならそれはもっぱら
ケインだが、女の子の時は傷が残るのを恐れて親も籐鞭は使わず
鞭はほとんどがゴム製だった。

 ゴム製の鞭は皮膚の表面だけに衝撃が集中するため裂傷の危険
が少なく、万一、血が滲むようなことがあっても傷口が浅いため
痕が残らない。
 ケインのような肉をえぐるような痛みはないものの、女の子の
お仕置きとしてはこれで十分。彼女たちにとっては、無様な姿を
晒し続けているこの瞬間こそが何よりのお仕置きだったのである。

 事実、こうして鞭の先っちょでお尻をちょんちょんと突かれる
だけでも、由香里は生きた心地がしなかった。

 その恐怖の源泉は幼い日の苦い経験。

 由香里は小学校の高学年から中学生の始めの頃、母にがっちり
体を押さえつけられ、身じろぎひとつ許されないまま父からこの
ゴムの鞭でお尻を何ダースもぶたれた経験があり、それが今でも
トラウマになっている。

 さすがに高校生になってからは滅多に行われなくなったものの、
両親が娘の躾にとって重要と思っていたその時期には、だいたい
一学期に1回や2回は必ず行われる斉藤家の儀式だったのだ。
 その痛かったこと。

 あまりの痛さに半狂乱になって泣き叫び、ごめんなさいは何回
言ったかわからない。でも、約束の回数が終わるまでは、決して
許してもらえなかった。
 おかげで、途中母の膝にお漏らしをしてしまったり、それでは
足りないとばかり母からあらためてお灸をすえられたりもした。

 そんな恐怖の歴史が、今なお由香里の脳裏をよぎるのである。

 「まず、今日はお勉強をさぼっちゃったこと、これがいけない
な。分かるよね?」

 「はい、……お父様」
 最近、あまりこの姿にならなかったので、最後のお父様という
言葉を付けるのが少し遅れた。
 普段は『お父さん』で十分だが、こうしてお仕置きを受ける時
だけは『お父様』と様付けして呼ぶ習慣になっていたのだ。

 「歯を喰いしばって……」
 父がこう言うと、さっそく最初の一撃がヒットする。

 「ピシッ」
 乾いた音が居間に鳴り響き、由香里は思わず下唇を噛む。

 「(ひっ~~~~)」
 由香里にとっては久しぶりの衝撃。
 でも、それって幼い頃にはよくあった出来事だから、その一撃
ですぐに昔の痛みを思い出すことができた。

 『みっともなく泣きわめきませんように』
 そんな心配が頭をよぎる。

 「遊びに行った場所も感心しないよね。六本木のような盛り場
に未成年の娘が……それも、夜、出歩くなんて……」

 「ごめんなさい、お父様」

 「どのくらいいけないことだったか教えてあげるから、じっと
してるんだ」
 父はこう言うと、二発目を打ち下ろす。

 「(ひぃ~~~~~~~~~)」
 全身に電気が走って痺れる。
 それは一発目よりはるかに痛くて涙が滲んだ。

 「わかったか?」

 「くすん……は、はい」
 小さく鼻をすすり、由香里は父に答える。
 本当はすでにお尻に手を回してさすりたかったが、そんな事は
許されない。お仕置き中は何が何でも必死に我慢して手をお尻に
回してはいけないルールだったのである。

 「それだけじゃない。あの服は、どうしたの?」

 「あれは…………」
 しばらく間があってから、
 「里美お姉さんのところで借りて……」
 申し訳なさそうに答える由香里。

 でも、母には娘のそれが真実でないことを、女の勘、母の勘で
感じ取っていた。

 「お化粧も里美お姉さんに手伝ってもらったのかい?」

 「はい」
 由香里は自信を持って答えるが、これも嘘だと母は感じていた。
やりなれた者があんな下手なメイクをするはずがないからである。

 「それじゃあ、これは二つだ。『浪人中は高校生らしい服装で
過ごし、お化粧だって大学生になるまでしません』っていう約束
だったよね」

 「えっ、どうして二つなの!」
 由香里は思わず頭を振って父親を見つめる。

 「だって、服とお化粧で二つだろう?」

 「えっ?それって別なの!?」

 「そうだよ」

「(ふふふふふふ)」
 驚いた娘の声に母が思わずふき出してしまう。

 そして……
 「ほらほら、ジタバタしないの」
 母は抱きかかえた由香里の胴回りを、どうだとばかりにあらた
めて締め直す。母の太い腕に力がこもると、それはまるで大蛇に
締め付けられたように身動きがとれない。
 母はこうやって何回も子供たちのお尻を叩いてきた。

 それは何も幼い頃ばかりではない。中学生になっても、高校生
であっても、母の太い腕から斉藤家の子どもたちは誰も逃れられ
なかった。

 母の恐怖は、大きな蛇に締め上げられるこうした圧迫感ばかり
ではない。今は父が鞭を振るっているが、当然このまま子どもの
尻を叩くことだってある。

 大きな蜂の大群に襲われて、ピシピシと容赦なくお尻を刺され
まくるような恐怖の平手打ち。
 もし、痛みに耐えかねて母の膝から逃げ出そうものなら、広い
居間の隅で、下半身を丸出しにして膝まづき、その姿のまま父の
帰りを待たなければならない。

 そんなこと年頃の娘にとっては耐え難いほどの屈辱だったから
その意味でも母の怒りは恐怖の的だった。

 この時代、斉藤家に限らずお家の中というのは、日本の法律が
及ばない、いわば治外法権みたいなものだったから、親はどんな
罰でも自由に決めてそれを子供たちに強いることができていた。

 由香里が母の膝の上でおとなしくしているのも、幼い頃からの
そんな恐怖の歴史があってのこと。言葉だけで良家の子女が育て
られていないことは、暗黙の了解事項、ある種の常識だったので
ある。

 母の強い締め上げによって由香里の身体の震えが止まりお尻も
落ち着きを取り戻すと、的が狙いやすくなったのだろう、父の鞭
が再び降りてくる。

 「ピシッ」

 「(ひぃ~~~~)」
 今度は少し強めに叩かれたので、由香里は思わず声を上げよう
としたが、それを思いとどまらせたのはやはり母の太い腕だった。
 身動きのできない身体が鞭の当たった瞬間さらに締め上げられ
逆にそれが心を落ち着かせていたのである。

 「ピシッ」

 「(ひぃ~~~~)」
 由香里は、何とか声を出さないように自分の心を押さえつける
だけで精一杯だ。

 ゴムの鞭といって甘くみてはいけない。ハイティーンに悲鳴を
上げさせることぐらいこれで簡単にできるのだ。

 「あと、親には嘘をつかないようにしないとね。これが、一番
罪の重いことだからね」

 「はい」

 「私たちはお前がいつものように予備校の自習室で勉強してる
ものとばかり思っていたからね、お前がテレビに映っても最初は
全然気がつかなかった。お化粧のせいかもしれないけど……でも、
清美ちゃんや真理ちゃんが一緒に映っていたから、お前だとわか
ったんだ」

 父がこう言うと、母は由香里の耳元で……
 「お父様は鈍いわね。私だったらあなたがどんな化粧していて
も一目見てわかるわよ」
 と、囁く。

 「ま、それはともかく。これは私たちに対して嘘をついたこと
になるからね、ごめんなさいじゃすまないんだ。背信行為だから
やっぱり罰を受けて罪は償わなきゃ。それはわかるだろう?」

 「はい」
 由香里はオオム返しに答える。でもそれは鞭がまた一つか二つ
増えただけと思っていたからだ。
 ところが……

 「良いご返事だ。よし、ならば、これには鞭三つだ」

 「え~~」
 由香里は思わず叫んでしまった。立て続けに鞭三つは辛かった
からだ。しかし……

 「何が、え~~だ」
 父は顔をしかめる。そして……
 「親に嘘をつくことはどんなことより罪深いことだって教えて
きたはずだよ。それを軽く考えてるのなら、もっとしっかり体に
刻み込まなきゃだめだな。……よし、鞭は六つだ」

 「………………」
 由香里は声にこそださなかったが、心の中は相当にショックだ
った。ゴムの鞭は一つ一つに間があけば、痛みがすぐに引くので
問題ないが、立て続けにやられると、そりゃあ痛いのだ。

 『六回だなんて嫌よ。私、今日これからまだ勉強しなきゃいけ
ないのに、椅子に座れなくなっちゃうじゃない』
 由香里は思ったが、18歳になっていても父が決めたお仕置き
には逆らえなかった。

 18歳は身体こそ大人だが、心はまだ子供の想いをあちこちに
残している。特に親元で何不自由なく暮らしている子にとっては
いつでも甘えることのできる貴重な存在なわけで、日頃は散々に
不平不満を口にしていても、いざ親の前に出るとなると何も言え
ない逆らえない、そんな子が良い所の子には多かったのである。

 由香里もそんな中の一人だから、ここは諦めて母の膝にすがり
つくしかなかった。

 「ピシッ」

 「ちょっと、やめて。もう少し待ってからにして、痛いもの」
 由香里が顔を上げて不満を言うと……

 「当たり前だ。痛いからお仕置きなんじゃないか。……お前は、
お仕置きされてるんだぞ、遊んでるんじゃない」
 逆に父に凄まれ、由香里は顔を元に戻す。

 それでも何か不満なのか床に敷かれた絨毯の模様をあらためて
見つめながら……
 「そりゃあそうだけど……もう少しやさしくというか……愛情
があってもいいと思うんだけど……」
 ぶつくさ独り言を言うのだった。

 「何が愛情だ。自分がどれほど愛されてるのかわからんのか。
そもそもお仕置きしてもらえるなんてのは愛されてるからだろう
が……」

 「変なの、お仕置きされてる子が愛されてるなんて……」

 「何が変なものか。子どもを愛しているからこそ手元に置いて
育てるし、よくなって欲しいと思ってるからお仕置きするんじゃ
ないか。口を尖らせたりしてみっともない。お父さんのお仕置き
が嫌なら『御國園』にでも行くか?」

 『!!!!えっ!!!!』
 父の言葉に由香里は固まってしまう。

 御国園というのは、キリスト教系の女子矯正施設。生活態度に
問題のある子を一時的に預かり、規則正しい生活習慣を身につけ
させることを目的としたリフォームスクールなのだが、何しろ、
スパルタで、生徒は24時間365日シスターのいやらしい体罰
に怯えながら暮らさなければならない。
 おかげで、友だちの間でここは『地獄のキャンプ』とも呼ばれ
恐れられていたのである。

 由香里は、父から、たとえ冗談にもせよ、そんな施設の名前を
聞かせて欲しくなかった。

 「さあ、わかったら、今はしっかり我慢することだけ考えるん
だ。……ほらあ、だらっとお母さんの膝に寄りかからない。……
お前はもう十分に重たいんだから、お尻を上げてあげないとお母
さんが大変だよ」

 父に言われ由香里は渋々自分のお尻を上げる。
 そして、鞭打ちが再開。

 「ピシッ」

 「ひぃ~~~」
 当たり前だが、そりゃあ痛い。一回目より二回目、二回目より
三回目と痛みが少しずつお尻に蓄積していくのだ。

 「ピシッ」

 「あぁぁぁぁぁぁ」
 由香里はたまらずその場で地団太を踏んだ。

 「ピシッ」

 「いやあ~~~痛い、痛い、だめだめだめ、もうだめ」
 由香里は耐えられず声を張り上げるが……

 「何言ってるの。甘えるんじゃありません。見苦しいことする
ようだったら、お父様に言って鞭の数を増やしていただきますよ」

 娘をたしなめたのは母だった。
 と同時に、背骨が折れるんじゃないかと思うほどの渾身の力を
込めて娘の身体を抱きしめる。
 そうしておいて、娘のお尻にはまた鞭が飛んできたのである。

 「ピシッ」

 「ひぃ~」
 すると、今度は不思議に耐えられた。
 女の子は、息も出来ないほど強く抱きしめられると、かえって
心が落ち着いて耐えられるのだ。

 「ピシッ」

 「あぁ~~~」
 強く抱きしめられたこと、強くお尻をぶたれたこと、いずれも
男なら負の体験だが、由香里にとってそれは不思議な麻酔となり
ある種の秘薬となって日常生活では得られないような快楽を子宮
にもたらすことになる。

 『この切ない気持は何だろう?』
 すでに小学校の高学年時代から感じていたこの不思議な気持を、
今、また感じる。しかし、この不思議な気持を誰かに話したこと
など一度もない。文字通り、これは彼女の秘め事だった。

 「よし、これくらいでいいだろう。お尻の痛みが明日に残った
ら、勉強に差し支えて、それもいけないだろうからな」

 父にようやく許されて、由香里は母の膝を離れる。
 振り返って父の顔を見る時、由香里はすでに許されているのに
ちょっぴり怖かった。

 その怯えた顔を父も見たのだろう。由香里を呼び寄せると……
 「最後におやすみのキスをしてくれるかな?」
 父は笑顔で由香里の強張った顔を解きほぐし、今のお仕置きの
お礼を求める。

 「ありがとうございます。お父様」

 由香里は無精ひげの目立つ頬にキスをする。
 これもまた斉藤家でのお仕置きのしきたりだった。

 「お父さん、好きかい?」
 「はい」
 「本当に?」
 「はい」
 由香里はこう言うしかなかった。

 「来週は山中湖の方にでもドライブに行こう。そんな息抜きは
ちょくちょくあってもいいから。……今日は疲れただろう。もう
勉強はやめて、さっさと寝なさい」
 父はこう言うと居間を離れていく。

 彼には報告書に目を通しておくという仕事がまだ残っていたの
だった。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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