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『信じられないほどバカな話』

 『信じられないほどバカな話』

 ある日、僕は大将(彼のことはみんなそう呼んでいた)に頼ま
れてある場所へ出かけた。

 そこは堅牢な二階建ての建物で、いったい何をする処かはわか
らないが、大人のそれも大半は男の人たちが大勢そこにはいた。

 あわただしく男たちが出入りを繰り返すその建物を前にして、
大将は、長い時間、用心深く中の様子を窺っていたのだが、意を
決して建物の中へと入っていく。
 僕も呼ばれた。

 わけも分からず一緒に建物の中へ潜り込む。
 一階は事務所のような倉庫のような不思議な場所だったのだが、
彼の目的は事務所になっていたそこの二階。
 コンクリートの階段を恐々上がっていくと、二階も一階と同じ
で大勢の男たちがしきりに部屋を出入りしている。

 そして、ここでも大将は慎重に中の様子を窺っているのだ。
 大将と僕は何から何まで違うけど、唯一共通していたのが大人
を恐れないこと。ところが、この日は、大将がひどく大人たちを
恐れているのがわかる。

 容易に決断のつかない大将は事務所の入口でずっと中の様子を
窺うだけ。こんな臆病な彼を見るのはこの時が初めてだった。

 すると、突然、誰かが大将を見つけたんだろう、
 「組長、坊ちゃんみえてますよ」
 と中で声がする。

 もう、こうなると、大将は逃げなかった。

 意を決して中へ入る。
 僕もわけが分からぬまま事務所の中へ。
 いや、正確に言うと『お父さんが戦争をしようとしているから
やめるように説得して欲しい』と頼まれてここへ引っ張ってこら
れた。ただ一般人が戦争なんて起こせるわけがないと思っている
僕には彼の言ってることはちんぷんかんぷんだったのだ。

 薄暗い一階や廊下と違って二階の事務所の中は沢山の蛍光灯に
照らされて明るかった。それとは関係ないが、大きな神棚や虎の
剥製、壁にもたくさんの提灯が飾られていたのを覚えている。

 それらを不思議そうに眺めていると、突然、大きな声がした。
 「バカかお前、何しに来た!!」
 ドスのきいた声だった。

 大声の主は白髪交じりの大柄なおじさん。

 「別に……でも、何か手伝えるかもしれないと思ったから」
 大将が恐々言う。こんなにひびっている彼を見るのは初めてだ。

 すると、
 「何が手伝いだ、バカが……」
 おじさんが言ったのはそれだけ。あとは何も言わなかった。

 何も言わずに近くにあった細い棒を掴むと、大将を後ろ向きに
させて、そのお尻を叩き始める。

 「いやあ~~~やめて~~~もうしません。ごめんなさい」
 僕たちから見たら豪胆にさえ見える大将がまるで女の子のよう
な悲鳴を上げて、おじさんがお尻を叩くままになって耐えている。

 『本気でぶってる』
 僕にはそう見えた。10歳のガキなんだから手加減はしている
はずなんだけど僕にはそう見えたんだ。

 だから僕だって身の危険は感じていたけど、その時は足がすく
んじゃってて動けなくなっていた。
 そのくらいこの時のスパンキングは怖かったんだ。

 あれで10回くらいぶっただろうか、そりゃあ、僕たちの学校
でも先生がたまに物差しで僕たちのお尻を叩くこととがあるけど
そんなものとは比べ物にならないくらい怖かった。

 「今度、俺の前に現れてみろ、本当にぶっ殺すからな。………
わかったんなら『分かりました』って言ってみろ!!!」」
 おじさんはそう怒鳴りながら、大将のほっぺたをつまみあげる。
もの凄い力。それで大将の身体が浮いてしまいそうになるくらい
それは本気だったのだ。

 「お前、こいつの友だちか?」
 おじさんが僕の方を向く。正直、生きたここちがしなかった。

 「いいから、こいつを連れてさっさと母ちゃんの処へ帰れ!!
いいか、全力失踪で帰るんだ。……しばらくして、まだこの辺を
うろついてやがったら本当に命はないと思え。……いいな、……
わかったな」
 耳を劈く大音量。

 いいも悪いもこっちにはない。
 10歳の少年が大人にこんなこと言って凄まれたら、そりゃあ
大将だって一目散だ。


 ただ、僕たちが全力疾走だったのは部屋の外まで、家まで逃げ
帰ったわけではなかった。

 偶然だけど僕たちは入って来た正規の入口ではない別の扉から
外へと出た。そこでやっと我に返ったのだ。
 この建物には正規の入口のほかに非常階段があって、僕たちは
そこに出てきた。

 「ねえ、もう一度行って見るかい?」
 僕が尋ねると、大将の答えは意外にもノーだった。

 「じゃあ、帰るの?」
 と訊くと、それもノー。

 大将はその代わりこの非常階段に縄を張ろうと言い出すのだ。
 「じゃあ、落とし穴も掘ろうよ」と僕。
 子どもの行動はどこまで真剣でどこから遊びなのかわからない。

 僕らの思いつきは、もちろん大人が聞いたら信じられないほど
愚かな思いつき。非常階段に縄を張ってみたって、子どもが作る
落とし穴が出来上がったところで、大人たちが刀を抜いて喧嘩を
しようとしている矢先に、それが何らかの影響を与えるわけでは
ないからだ。
 でも、それでも大将は家に帰って結果だけを聞きたくなかった。

 彼はそんな人間であり、そこが僕とは大きく違っている。
 無理無駄と笑われようが結果の出ていないことにはチャレンジ
し続けるというのが彼の流儀。どう立ち回れば自分にとって最も
有利だろうか?などと日頃から姑息な事ばかり考え続けている僕
から見れば異次元の人なのだ。

 だけど、僕は彼が嫌いではなかった。むしろ神々しくさえ見え
ていたのである。

 だから、この時もできる限りの事をした。
 集められるだけの紐を集めて階段を封鎖し、できる限り大きな
穴を掘って、願わくばたった一人でも彼のお父さんを殺しに来る
大人を撃退できたらと思っていたのだ。

 結果、たった一人だけど、こんなトラップに引っかかってくれ
た人がいた。

 きっと急いでいたんだろうね、僕らの張った非常階段の紐に足
を取られると、反転して下まで転げ落ち。苦労して掘った穴にも
お尻を入れてズボンが泥だらけになった。
 残念ながら敵ではなく味方だったけど。(笑)

 「お前ら、何、余計な事やってんだ!!!」
 その人はコンクリートの壁で打った頭を押さえながらよたよた
立ち上がると、僕たちの耳を引きちぎれるほどの勢いで摘み上げ、
隣接する廃工場へ引きずっていく。
 そして、僕たちをボロ雑巾みたいに建物の中へ投げ入れると、
入口に重い物をたくさん置いてそこへ閉じ込めたのである。

 「二度と出てくんな!!」
 おじさんは捨て台詞を残して去っていく。

 取り残された二人。
 廃屋には電気がきてないから薄暗くて不気味な場所だったが、
ただ、そこには長くいなかった。

 ま、これもまた間抜けな話だが、その廃工場は広くて、一箇所
入口を塞いでも出口は他にもあったのだ。

 僕が「EXITって書いてあるからあそこに出口があるよ」と
言って大将を誘うと、二人とも鍵の掛かっていない裏口から簡単
に外へ出ることができた。

 すると、お父さんから連絡が入ったのかもしれない。外へ出た
ところでばったり大将のお母さんと出くわす。
 挨拶は往復ビンタだった。
 相変わらずこのお母さんは怖い。


 結局この騒動で僕がしたことと言ったら、ロープ張りと穴掘り
の手伝い。それにEXITが出口だと教えてあげたことぐらい。
せっかく、僕を仲立ちに指名してくれたのに、僕は彼のためには
何の役にもたたなかった。

 なのに、彼は後日、わざわざ僕の家を訪ねて謝りにきたのだ。
 それは彼の意思というより、両親に連れられてという形だった。
理由は簡単、大将が僕を危険な目にあわせたからというものだ。
 だけど、僕はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。

 実は、彼の実家は町の小さな時計屋さん。戸籍上のお父さんは、
その店を切り盛りしているおじさんな訳なんだけど、彼は一緒に
暮らすお父さんが本当の父親でない事をすでに知っていて、今回
は彼にとっては本当のお父さんの方を助けたかったのだ。

 そんな気持を知って僕も手伝ったんだから彼に責任なんてない
はずだ。危なかったら逃げてくればいいんだし、大将が謝ること
じゃない。
 僕はそう思ってたけど、親同士はそうは思えなかったみたいで
大将は僕に頭を下げたんだ。

 大将はもちろん辛かったと思うけど僕はそれ以上に辛い思いで
そのごめんなさいを聞いた。その場にいるのが恥ずかしくてなら
なかったんだ。

 そして、何よりこんな事が恥ずかしい事だと教えてくれたのが
彼だった気がする。

 それって一口では言い難いけど、男義っていうのかなあ。
 大将もまた、一度もお父さんと呼ぶことのなかったその人から
男義を教そわったんじゃないだろうか、僕はそう思ってる。


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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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