2ntブログ

Entries

天国 ~序~

**********<天国>**********

<序>

 初夏の一日、またとないよき日和に僕はお葬式を見ていた。

 不思議なもので、自分の葬儀というのはこうして見ていても、
悲しくない。むしろ『偏屈の長男が大学病院なんか務まるだろう
か』とか『次男の開業資金は結局嫁さんの実家に出してもらった』
『おっ!?元の嫁さん、来てたんだ。相変わらず外面だけはいい
女だ』とか『おふくろさんはいつまで生きてるだろうか』………
などなど、家族のことばかりが気になってしまう。

 私は、これといって才能のない男で世の役にはたたなかったが、
思えば男の子二人、共に医者にできたことだけが誇りだった。
 ま、それで無理して寿命を縮めてしまったのかもしれないが…

 そんなことを思っていると、不意に肩を叩かれた。

 見ると、そこには黒ずくめのタキシードにシルクハット姿の男
が立っている。

 彼はグレーのハットを脱いで銀の柄の付いたステッキにそれを
乗せるとうやうやしくお辞儀をしてきた。
 まるで、ドサまわりの手品師だ。

 「これはこれは、お初にお目にかかります。合沢智様でしょう
か?……」

 私は、ゆっくりと彼の風体を眺め、この男が自らを名乗る前に
察した。

 『こいつ、悪魔か、でなきゃその使いだな。……ということは
俺もとうとう地獄行きというわけだ。ま、それも仕方がないか。
何しろ息子二人を医学部にやるにあたっては、まともじゃ資金の
めどがつかないので、それなりに色々やってきたし………天国へ
行きたいというのは無理があるのかもしれんなあ』

 「私は児玉次郎と申しまして、天上世界より、あなた様のこれ
からの身の振り方をご相談したく、参上いたしました。

 「身の振り方か……でも、どっちにしても、僕の行く道は地獄
しかないんだろう?」
 自虐的に尋ねると……しかし、意外な答えが帰ってきた。

 「いえ、そんなことはございませんよ。あなた様に関しまして
はまだ決まっていないからこそ、こうしてご相談に伺ったのです」

 「というと、天国へ連れて行ってくれるのかな?」
 苦笑すると……

 「はい、可能でございますよ。主人、申しますにはそのお方の
望む方向で処理せよということでございました」
 あっさりした返事が返って来た。

 「と、申しますもの、あなた様の場合、生前の善悪の行いが、
極めて拮抗しておりまして、どちらへ導くかまだ決められないの
です」

 「どちらへとは……」

 「はい……人間、亡くなりますと、その魂は天国か地獄、又は
天国へ直接迎えられないものの、努力すれば天国での生活も可能
というお方もおられますので、そういうお方の場合には、煉獄と
いう選択肢もございます。ただ、あなた様の場合は、天国と地獄、
その双方での基準を満たしておりますから、こちらも決めかねて
おりました」

 「……なるほどね、それで、私の好きな道を選ばせてやろうと
……そういうわけだ」

 「さようでございます」

 「なるほど、レアケースというわけだ」

 「はい、だいたい110万人に一人くらいでしょうか。でも、
過去、何人もおられますから……」

 「そりゃそうだ、今までに死んだ人が100万なわけないから。
……でも、それなら、大半の人は天国へ行きたいと言うんだろう?
誰だって、好んで地獄へは行かないだろうから……」

 「いえ、ところが、それがそうでもございませんで……」

 「ん?そうなの?」
 僕にとってそれは意外な答えだった。

 「と、申しますのも、人間社会にはちょっとした誤解がござい
まして……地獄へ行けば、日々苛まれるだけで決して浮かび上が
れないと思われてる方が多いのですが、そうではございません。
地獄は能力主義の社会ですから、実績を積めば栄耀栄華も夢では
ございません。むしろ、生身で暮らしていた頃以上に、リッチな
生活を送っている方がたくさんおられるのです」

 私は、この先、彼から地獄が天国に比べいかに住みよい場所か
の講釈を聞かされることになるのだが……

 「……あっ、わかったよ。でも、僕は今さら生前の競争社会に
戻るつもりはないから、栄耀栄華はなくていいよ。幸い人間社会
でもそれなりやるべき事はやってしまったんで、あとは穏やかに
暮らしたいんだ」

 「そうですか、承知しました。でしたら、あなた様のお望みに
従いましょう。でも、天国という処、地獄と違って何ぶん制約の
多い処ですのでご承知おきください。何しろ、神様というのは、
皆様、ストイックでらっしゃるから」

 「(はははは)でしょうね。でも、今の私には、そちらの方が
合っている気がするんですよ」
 私はこう答えた。

 すると……
 今までどこに隠れていたのか一人の天使がいきなり私の手首を
掴むなり、あっという間に天上高く私を体を飛ばしてしまう。

 天国までの所要時間、わずかに5秒。
 私はこの時自分の居場所が確定したのである。

***************************

コメント

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

Appendix

このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

最新記事

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR