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天国 ~第一話~

 *** 第一話 ***

 「ここは天国ですか?」

 「そうだよ、まるで原宿みたいに賑わってるだろう」

 「ええ、まあ……」
 たしかにそこにはたくさんの人がいた。いずれも、私と同様に
天使と二人連れで歩いている。

 連れているという表現になるのは、連れている天使がいずれも
大人の天使ではないからだ。ここでいう天使は、姿形が赤ん坊に
近いいわゆるエンジェル。
 某お菓子メーカーのロゴだ。

 だから、実際に案内を受けているのは大人でも、端から見れば
まるで幼い孫の手をひくおじいさんといった風に見えるのだった。

 そんなことに驚いてあちこちキョロキョロしていると、突然、
聞き覚えのある声が……

 「久しぶりだね。相沢君」

 私は聞き覚えのある声にハッとしてその声の主を見る。
 その顔は確かに城の内教授。

 「せっ……せんせい。先生がなぜここに」

 「なぜって、おかしなことを言うね、君も……君が僕の葬儀に
来てくれたのは知っているよ。……君は僕が死んだことも忘れて
しまったのかね」

 「いえ、決して、そのようなことは……」

 意外な展開に私はしどろもどろだ。
 この城の内さんというは、僕が院生の頃にお世話になった指導
教員で、その後も就職の世話など色んなことでお世話になった方
だった。

 もう二十年以上も前にお亡くなりなっていたが、その声を私が
忘れるはずがない。むしろ今の今までなぜ気がつかなかったのだ
ろうと思うほどだった。

 「本当は君のお父様がこうしたことには適任なんだが、何しろ
お父様は地獄での生活を希望されたものだから、ここにはおられ
ないんだ」

 「えっ!?父がですか?あの人は、僕なんかから見ても慎重な
人だったのに……また、ずいぶんと大胆な……」

 「慎重だったからこそ、ルシフェルの話を最後まで聞いて決断
なさったようだ。普通の人間はルシフェルが話し出してもまとも
に受けあわない人が多いからね。そもそも『天国と地獄どちらへ
行きたい』と問われて、地獄と答える人はほとんどいないだろう
から……君だってそうなんだろう?」

 「ええ、まあ……」

 「それが当たり前なんだが……実は地獄というのは世間の人が
イメージするものとはだいぶ違っていて、むしろ、今まで生きて
きた人間社会の方に近いんだよ。……そこでお父様は成功された」

 「本当ですか?」

 「本当だよ。だから、君自身、生きてる時にはそんなにお金に
困らなかっただろう?」

 「う…………まあ、大変ではありましたけど……」

 「それは地獄で成功なさったお父様が君の為に常に仕送りして
くださったからなんだ」

 「そんなことできるんですか?……でも、父はもともと商売の
方は下手くそで…」

 「ひょっとしたら、その生前の失敗を取り返したかったのかも
しれないな。実際、そういう理由で地獄を希望する人も多いんだ」

 「じゃあ、なぜ、私の手を引いて有無も言わさずここへ連れて
きたんですか?ひっとしたら私も話次第では『地獄へ行っても』
なんてことが起こったかもしれないし、そうすれば、父と会えた
かもしれない」

 「いや、そのことだけどね、お父様から僕が直接頼まれたんだ。
あの子は何が何でも天国へ上げてやってくれってね」

 「そんな通信ができるんですか?」

 「ああ、テレビ電話程度の事はね。テレパシーでなんともなる」

 「テレパシー?」

 「そう、今は退化しているが、もともとは人間に備わっている
通信手段だよ。ただ、あの門をくぐると、それもできなくなる」

 「どうしてですか?」

 「あの門の中は全知全能の神が支配するエリア。私たち人間の
能力はすべて封印されてしまうんだ」

 「神?ですか……では、ここは、やはりキリスト教の……」

 「いや、いや、そうではない。ここの神様は、キリスト教の…
仏教の…といったたぐいの存在ではないんだ」

 「というと……」

 「ここの神は、世にいくつあるかわからない宇宙のほぼ全てを
統括している存在なんだ」

 「いくつあるか分からない?宇宙っていくつもあるんですか?」

 「たくさんあるみたいだな。数え切れないほどにね。私たちが
住んでいた地球もその数え切れない宇宙の一つに所属していて、
我々が宇宙の外に出ると、そこにはまた別の宇宙が存在していて
……というわけだ」

 「途方もない話ですね」

 「そう、その途方もない世界を支配しているのが、この神様と
いうわけだ」

 「へえ~~それはどんな人ですか?……会ってみたいですね。
老人……あるいは女神」

 「どちらでもないよ。神様はガス体だからね、形はないんだ」

 「でも、私にはこうして見ている限り……ここはキリスト教の
宗教画に出てくる天国の風景によく似てる気がしますが……」

 「それはね、君の頭が勝手にそう想像しているだけのことさ。
君は言葉が通じるから相手を人間の形になぞらえて見ているが、
相手方は、大半、生前は人間じゃない」

 「人間じゃない?……そうか他の宇宙で成熟した生物もここに
はたくさん来てるんだ」

 「そういうこと。彼らは君のことを牛か馬になぞらえてるかも
しれない。でも、ここに住む人たちはみんな仲良く暮らしている。
ここはそういう場所なんだ。だって、神様がそうであるように、
我々もそうした意味では微量のガス体でしかないんだから……」

 「意思を持つガス体」

 「そう、それもごく微量の……ただ、微量でも意思も持ってる
し、通信手段もある。どうやら我々が長年、魂と呼んできた物の
正体がこれのようだ。しかも、その取るに足らない質量は、時と
して信じられないほどの影響力を生きている人間に与えたりも
するから……不思議なものだ」

 「交流は、天国人だけですか?」

 「日常生活ではそうだけど、地獄の人たちとの交信も、神様の
許可を得た上でなら可能だよ」

 「でも、それって地獄を支配する神様というか悪魔が天国人と
の付き合いなんか許さないんじゃないですか?」

 「はははは……そんなことはないさ。ここの神様は全知全能。
天国も地獄も煉獄も、全てを支配しているから神様の許可一つで
そこはどうにでもなるんだ。……ただし、どんなに些細な事でも
全て神様の指示に従わなければならないから、そこはちょっぴり
窮屈だけどね」

 「自由な行き来は……」

 「さすがにそれはできないよ。お互い生き方が違うもの。同居
はできないんだ。ただそのおかげでこちらは安心安全で心豊かな
社会を享受できる。何事も一長一短はあるってことさ。とにかく、
細々したことは門をくぐってから、お母さんが教えてくれるから
尋ねてくれよ」

 「お母さんって?……母はまだ生きてるはずですが……」

 「天国のお母さんさ」

 「天国の母?」

 「そう、お母さん。……天国の門をくぐるとね、君は赤ちゃん
になる」

 「それって……つまり、その……先生みたいにですか?」

 「そう、私みたいにだ」
 先生は少し自嘲気味に自らの姿を確認する。
 先生は続きのベビードレスを着用していたのである。

 「私だけじゃないよ。ここでは誰もがそうなんだが、天国では
人生を最初からやり直さなければならない。そのためのに母君が
必要と言うわけさ」

 「でも、先生はもう亡くなられて30年ほど経っていると思い
ますが……」

 「30年、そうか、もうそんなに経つか……」
 先生は苦笑しつつも感慨深そうだったが……

 「いや、確かにそうなんだが、三十年の月日もここで暮らせば
たった三年に過ぎないんだよ。つまり、君と私の歳の差もぐっと
縮まって今はたった三つ違いというわけだ。だから、私も未だに
こんな格好をしている」
 先生は自らのベビー服を引っ張って見せた。

 「じゃあ、最初は私もオムツをして……ってことですか?」
 恐る恐る尋ねると……

 「そういうことだな。当初は恥ずかしいが、すぐに慣れるよ。
それに、天国に入るとすぐに自分の分身ができる」

 「分身?……自分の子供という意味ですか?」

 「そう子供。それも遺伝子が100パーセント同じクローンだ。
こいつと三日も経てば意識が交代することになる」

 「交代?……ということは、それで私は用済みですか?」

 「用済みって……死ぬって事?」

 「ええ、……まあ」

 「そんなことはないよ。現に私だって、こうして生きてるじゃ
ないか。代替わりしたあとはイドにデンと構えて成長をその子の
成長を見守りつつ、その体のご隠居さんとして悠々自適に暮らす
ことができるんだ」

 「悠々自適?…………」
 私がいま一つ先生の話が飲み込めないで困惑していると……

 「可愛いぞ、自分の純粋な子供というのは……もちろん最初は
単なる赤ん坊だがね。成長するごとに『あっ!こいつ確かに俺だ』
って実感するようになるから」

 「では、その赤ん坊を育てる人が天国にはいるんですね?」

 「そう言うことだ。……女神様……」

 「女神様?」

 「子供たちはそう呼ばされてる。本当は煉獄出の少女なので、
身分はそんなに高くないんだが、権威がないと舐められてしまう
からね、子供たちにはそう呼ばせて絶対服従を課しているんだ」

 「怖いですね?」

 「そんなこともないよ。後ろには大先輩が控えているわけだし
そんな無茶な事もしないよ。そうそう、この間も我が子が寝た後、
ちょっと起きてきて悪戯にオッパイを舐めてみたんだが、嫌がる
素振りも見せずに、フェラまでしてくれたよ」

 「…………」

 先生は私が困惑の表情を浮かべたのを気になさったのだろう。
 「天国はこんなことには鷹揚なんだ。……何でも彼女、子育て
が上手く行けば、天上人に引き上げてもらう約束があるらしく、
仕事ぶりはこちらも頭が下がるくらい献身的だから、そこは安心
してていいんじゃないかな」

 僕は先生の言葉が終わるか終わらないうちに、大きな人並みに
呑まれ、大勢の人たちに押し込まれるように天国の門をくぐった
のだった。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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