Entries
12月19日
<12月19日>
私は親や教師にあまり迷惑をかけずに育ってしまいました。
おかげで周囲の子に比べれはお仕置きされた回数は少な
かったと思います。
でも、それが幸せだったかというと、さて、どうでしょうか?
お仕置きは虐待とは違います。お仕置きをする親や教師は
その子を愛していますから、ただその子を泣かせればいいと
考えているわけではないのです。
悪い行いをやめて、よい行いをして欲しいと願っているわけです。
もちろん、お仕置きでそれが即座に実現するわけではないのです
が、『親(教師)が怒っている』という現実は伝わるはずで、それで
十分なのです。あとは日頃の愛情がその子に考える時間を与えて
くれて、やがて自分なりの答えを導き出すことになります。それは
必ずしも、親のポリシーと一致しないかもしれませんが、それは
世代間の価値観のずれや親子でも育つ環境が違うのですから
仕方がありません。
大事な事は子供の側がその問題をその後も心の中で検証し続け
る事。お仕置きという不愉快な刺激は、単に知識として善悪や
社会常識を学ぶより遥に多くの場面で子供の心にフィードバックを
もたらし、子供がそのつど考えることで自分なりの正義なり常識を
構築するのに役立つのです。
優等生はその高い順応性ゆえに大人たちから往々にして仲間
意識で見られがちですが、人生経験の希薄な彼らに大人並みの
判断力や胆力はなく同世代が棲む森の中で道に迷う事も少なく
ないのです。
そんな時、彼らが逃げ込みたがるのが親の絶対的な支配下に
あった頃の風景。泣いてもわめいても暴れても親の愛以外、
心と身体がどこにもぶつからない幼児の世界。
その象徴こそがお仕置きなのです。
(*)
<左上にあった絵>
<Leeさんの絵>
<本来は右下にあった絵>
『うる星やつら』のラムちゃんとテンちゃんが抱き合ってるシーン
です。ネットで見つけた映像だと思ったのですが今回は見つかり
ませんでした。
私は親や教師にあまり迷惑をかけずに育ってしまいました。
おかげで周囲の子に比べれはお仕置きされた回数は少な
かったと思います。
でも、それが幸せだったかというと、さて、どうでしょうか?
お仕置きは虐待とは違います。お仕置きをする親や教師は
その子を愛していますから、ただその子を泣かせればいいと
考えているわけではないのです。
悪い行いをやめて、よい行いをして欲しいと願っているわけです。
もちろん、お仕置きでそれが即座に実現するわけではないのです
が、『親(教師)が怒っている』という現実は伝わるはずで、それで
十分なのです。あとは日頃の愛情がその子に考える時間を与えて
くれて、やがて自分なりの答えを導き出すことになります。それは
必ずしも、親のポリシーと一致しないかもしれませんが、それは
世代間の価値観のずれや親子でも育つ環境が違うのですから
仕方がありません。
大事な事は子供の側がその問題をその後も心の中で検証し続け
る事。お仕置きという不愉快な刺激は、単に知識として善悪や
社会常識を学ぶより遥に多くの場面で子供の心にフィードバックを
もたらし、子供がそのつど考えることで自分なりの正義なり常識を
構築するのに役立つのです。
優等生はその高い順応性ゆえに大人たちから往々にして仲間
意識で見られがちですが、人生経験の希薄な彼らに大人並みの
判断力や胆力はなく同世代が棲む森の中で道に迷う事も少なく
ないのです。
そんな時、彼らが逃げ込みたがるのが親の絶対的な支配下に
あった頃の風景。泣いてもわめいても暴れても親の愛以外、
心と身体がどこにもぶつからない幼児の世界。
その象徴こそがお仕置きなのです。
(*)
<左上にあった絵>
<Leeさんの絵>
<本来は右下にあった絵>
『うる星やつら』のラムちゃんとテンちゃんが抱き合ってるシーン
です。ネットで見つけた映像だと思ったのですが今回は見つかり
ませんでした。