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§2 <天使の庭で>

§2 <天使の庭で>

 何がすばらしいと言えないくらいここはすばらしかった。まずは
住んでいる人たちが、みんな私たちと同じ常識を持つ穏やかな紳士
淑女ばかり。森に囲まれた環境で外界とは隔絶しているが、過不足
なく施設も充実しているから不満はない。もっとも、子どもにそれ
ほど興味のない人にとっては、刺激的な場所がないからきっと退屈
な田舎ということになるのだろうが、いずれにしても趣味を同じく
する私たちにとってはまさに『楽園』。その名が看板倒れでないこと
だけは確かだった。
 何より私を驚かせたのは子どもたち。
 品良く従順で勤勉。教養も高く芸事にも秀でている。いったい、
どうしたら、こんな子が育つのかと首をかしげたほどだった。
 正直に言ってしまうと、私はペドォフェリアの気があって、海外
では子どもをその目的のために買うこともあったのだが、そうした
子どもというはたいてい品がなく薄汚れていて、何より抱くとおど
おどしていて興が冷めていた。そんな暗部がこの子たちにはまるで
ないのだ。まるでどこかのお嬢ちゃまお坊ちゃまという感じだった
のである。
 「この子たちは本当に孤児だったんですか?」
 私が安藤先生に尋ねると……
 「育て方だよ。ここでは2歳以降の子は預からない。人間の性根
は3歳までに決まってしまうから、それ以前の育て方が悪いと知識
は増えても人間性には問題のある子になってしまうんだ」
 「三つ子の魂百までもというわけですか。ここでは赤ん坊にどん
な教育をしてるんですか?」
 「特別なことは何もしてないよ。ただね、この子たちの事実上の
母親である家庭教師が、日がな一日抱いて育てるから、子どもたち
はこの人を本当のママだと思ってついていくんだ」
 「生さぬ仲なのに?」
 「そうだ、彼女たちの方にも色々事情はあるみたいだがいずれに
してもだ、献身的に子育てに励んでくれるおかげで私達はこうして
楽しい美酒に酔いしれることができるというわけだ」
 「じゃあ、この子たちは家庭教師の彼女たちを本当の母親だと…
……」
 「いや、いや、そうじゃない。それは初めからちゃんと教えて
ある。勿論、私たちのこともだ。しかしそれを承知で私たちが少々
無理難題をだしたとしても、この子たちは実に健気に対応してくれ
るよ。それもこれもママのおかげだ」
 「ママ?」
 「彼らは自分の身の回りの世話をやいてくれる家庭教師をママと
呼ぶんだ。実際その通りの役回りだから、私はそれでいいと思って
いるがね」
 「私たちのことは?」
 「お父様、お母様だ」
 「おとうさまですか……私は、庶民の出なのでお父様はちょっと
……『お父さん』でいいですよ」
 「そうはいかないよ。その呼び名はここの決まりだからね。他の
呼び名はないんだ。……大丈夫、慣れるよ。私もすぐに慣れたから
……」
 「お父様かあ~~」
 「お父様といっても、私たちはこの子たちを親として教育する事
はほとんどないんだ。教訓を垂れたり知識を与えたりするのはもち
ろんOKだが基本的に子どもを泣かすような体罰はダメなんだ」
 「ええ、わかってます。そのことは女王様から厳しく注意されま
したから……」
 「…もっともね、子どもが無礼な事をすればママがすぐにお仕置
きをするから、ここの子は大人に向かって手に負えない悪戯をする
なんて事はまずないんだ」
 「ほんと、さっき、もう10歳は越えていそうな子をだきました
けどまるでぬいぐるみみたいにおとなしくて感動しました」
 「ここのお父様たちはほとんどが老人だからね。普段からおとな
しく接するように躾けてあるんだ」
 「ここの子ども達は夜ベッドに入る時は全裸って聞きましたけど
本当ですか?」
 「ああ、嫌だったら、パジャマを着せてもいいんだよ」
 「いえ、私は構わないんですが……子どもたちがよく嫌がらない
なあと思って……」
 「嫌がったりしないさ。彼らにはそれがごく幼い頃からの習慣だ
もの。なんだったら、おチンチンやおマンコを触ってもいいんだよ。
もちろん姦淫行為なんてのは論外だけど、そのくらいことは許され
てるんだ。……亀山ルールでね」
 「亀山ルールですか?でも、そんなことしたら、街中に噂が広が
って変体扱いされませんか?」
 「そんなこと言ったら、この街のお父様たちはみんなヘンタイ
だよ。わかるだろう」
 安藤先生は意味深に片目をつぶって見せた。
 「子どもたちだってあまり執拗にやらなければ騒いだりはしない
よ。そうしたこともママたちから因果を含めて教えられてるから…
…もし、子どもが本気で嫌がったら止めればいい。ただそれだけの
ことさ。そもそも、そこいらの分別がつかないような人物を女王様
はこの街には入れないから、そこらあたりは、あくまで君の判断で
いいんだ」
 「…………」
 困惑した私の表情を見て、先生は続ける。
 「この街が楽園であり続けられるのは、ここに住むみんなが共通
の良識をもっていて、それを頑(かたく)なに守り続けているから
なんだ。人間だからたまに羽目をはずす事だってあるけど、それを
規則違反として処罰したらここは楽園ではなくなるからね」
 「高い次元の自己責任ってことですね」
 「そういうことだ。規則を作って人を罰することは容易(たやす)
いが、それでは大人も子どもも窮屈だろう。大事なことは、大人に
とっては愛したい子どもに巡り合うことであり、子どもにとっては
愛されたい大人に巡り合うことなんだから。…両者がそれに向けて
努力することが大事なんだよ」
 「巷ではここのことを『青髭館』だとか『子ども妾』なんて言っ
てますけど、それは違うってことですね」
 「…………」先生はしばし苦笑いを浮かべたあと「確かに大人は
性欲を持った生き物だからね、この街の日常がまったくポルノっ気
がないものだとは言わないけど……それは色んな意味で教授を受け
る子どもの側にしたら仕方のないことだと思うんだよ。大人から授
けられるものは紙に書き起こせる知識だけではないからね」
 「……なるほど、そんなことを言うのは下衆のかんぐりという訳
ですか」
 「理性と感情を厳格に分ける事ができるなんて考える現代人の病
がそんな妄想を生むのさ。そもそも人間が人間に伝えていくものは
知識だけではない。その人が持っている着想力や思考処理といった
ものは、彼と言う人間の癖というか個性を知ってはじめて伝わって
いくものだからね。ここで保育園がないのも、まだ言葉や知識で物
事を把握できない赤ん坊に親という存在を肌で認識させるためなん
だ」
 「スキンシップ」
 「そうだ、ここではそれを何より大事にしてきた。だからこそ、
いつの間にかこんなに大きな組織になったんだ。今の人は『知識や
理屈を言い合って人間はコミュニケーションを取っている』ぐらい
に思っているようだが、実は、大半の事は言葉に出さずともお互い
理解できるし、むしろその方が相手を傷つけず自分の意見を言えて
相手の深い腹の底まで読み解くことができるから、その方がよほど
有意義なんだよ」
 「腹芸というやつですね」
 「日本人が長い歴史の中で作り上げてきた意思伝達の手段だ。異
民族との接触が多かった西洋人はお互いの意思の疎通を言葉に頼っ
てきたが、同民族だけで長年暮らしてきた日本人は細やかな意思を
伝えるのに言葉は不向きと考えていた節があるんだ。むしろ、言葉
では相手方に強く自分の気持が伝わりすぎてお互いの人間関係が気
まずくなる。そこで、微笑んだり何気ない仕草で間接的にこちらの
意向を相手に伝えるすべを獲得していったんだ」
 「赤ん坊も同じということですか?」
 「人間の英知がそこまで達していないので理屈ですべてを説明で
きないが、赤ん坊は言葉を獲得する以前からすでに母親と会話でき
てると思うよ。ロジックではなく感性でね…それもかなり深い内容
まで踏み込んで感じ取っているはずだ」
 「そんなことわかるんですか?」
 「『三歳までの間で最も長い時間、肌を接した人物の言葉が、その
後にあっても最も長く記憶に留めている』というのが私の持論という
か、実感なんだよ」
 「何だか難しいお話ですね」
 「そうかい。簡単な事さ。『赤ん坊にとっての母親はミルクを買っ
た人物ではなく、哺乳瓶で自分にミルクを与えてくれた人』だって
ことさ。だから、成長した後もその人が言った事は他の人の話より
長く記憶に残るし、その人の気持は理屈ではなく感じることができ
るんだよ」
 「テレパシー?」
 「いや、そんな大仰なものじゃなくて、ちょっとした仕草や顔の
印象でその人の心情を掴み取ることができるってことさ。機微に触
れるってことかな……他の人以上の感度でね」
 「確かに、ママと言っても相手はなさぬ仲の子どもですからね。
血のつながりはないし……」
 「血の繋がりはどうでもいいけど。二歳までのスキンシップは、
赤ん坊に親を認知させるための絶対条件だからね、ママは授業中も
自分の預かった赤ん坊を手放さないんだ。先生が赤ん坊を負ぶって
授業している教室なんて世界中探してもおそらくここだけだよ」
 「成果は目に見えるものなんですか?」
 「見えるも何も、さっき君はここの子どもを抱いて…『どうして
こんな天使のような子が育つんだろう』って感嘆してたじゃないか。
それが成果さ」
 「なるほど(・o・)……」
 「たとえどんなに多くの物を与えたとしても、寄る辺なき身の上
の子に帰るべき心の家がなかったら、あの笑顔は出てこないんだよ」
 「そうですね(*^_^*)」私は思わず苦笑した。
 「そして、そんな笑顔が見られないなら……私たちもまたこんな
山奥には用がない。献身的なママの愛も、私たちのお金も、厳しい
お仕置きも、何一つ欠けてもこの街は存続しないんだ。だから入山
には厳しいテストがあるんだ。ここに入山したければ何より子ども
を愛していて、かつ極端には走らない美徳が求められるんだよ」
 「……なるほど、それでこんなに手間がかかったのか(・0・)」
 ほつりと独り言。ただ、私は自分がそれほど立派な人間だと自覚
していないので多少困惑してしまった。
 「そう、かしこまって考えることじゃないさ。君の常識、良識で
行動すればいいんだから。……もし、不都合があったら女王様から
叱られるだけだ」
 「どんなことしたら叱られちゃいますかね(^_^;)」
 「一番多いのはえこひいきだな。もちろん子どもはどの子だって
可愛い。でも、誰にも『特にこの子だけは…』という子がいるもん
だ。ただそうすると、知らず知らずその子だけを優遇してしまう。
これが最も陥りやすい過ちだよ」
 「そんなことも女王様は把握してるんですね」
 「我々だけじゃない。先生方のえこひいきにも厳しく目を光らせ
てるよ。先生方もお互いがチェックし合って、おかしなことがあれ
ばすぐに女王様に報告が上がるようになっている」
 「ほう~(・0・)」
 「とにかく、彼女はこの亀山では絶対君主。ここでは一番偉い人
だからね。彼女によってここの秩序は保たれてると言っていい。
我々だって亀山の秩序を乱す輩と思われたら追放ということだって
あるよ(^_^)b」
 「えっ!誰か追放された方がいるんですか(?_?)」
 「いやない。でも数少ない規則の中にそう書いてあるよ(*^_^*)」
 安藤先生はウイスキーが回ってきたせいもあるのだろうか、赤い
顔を天井に向けにこやかに笑うのだった。(^◇^)
 私たち夫婦は、当初二週間の予定で滞在したが、それが二週間の
延長となり、さらに二ヶ月の延長、さらには、やむを得ない用事で
下山する時以外は、とうとうここにいついてしまったのである。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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