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<第1話>①

(6月10日)
 いつものようにママのおっぱいの中で目が覚めた。退屈なのでお布団
の外へ出ようとしたが失敗。またすぐに引き戻されてしまう。代わりに
ママのおっぱいを舐めてみると…
 「だめよ、おいたしちゃ」
 と気だるく言われてしまった。……でも、やっぱりママのおっぱいが
オモチャにちょうど良いから、もう一度舐めてみる。今度は唇で乳首を
捕まえた。すると、先ほどとは違う答え。
 「しょうがないわねえ」
 という返事。おまけに唇1センチの処へ乳首がやってきたのだ。好意
に甘えて左手の指の腹と舌先でちょんちょんと刺激してみると、そこが
ちょっぴりだけど大きくなったような気が……でも、気のせいかもしれ
ない。
 『ママは起きないなあ。ママが起きないと僕が起きられないから困る
んだけど……仕方がないね。もうちょっとおつぱいで遊ぶか』
 心の声が聞こえたのかママは僕の頭をぐぐぐいっとおっぱいの谷間へ
と押しいれる。
 『わ~~何にも見えないじゃないか』
 と、ここで茜ちゃんが起きた。茜ちゃんは5歳の女の子。僕の妹だ。
 すると、とたんにママが僕の頭を両手で掴むと元あった処へ放り投げ
てしまう。
 『むむ、あっちへ寝返り打っちゃった』
 せっかくママとラブラブだったのに大切な時間を取られた気分だ。
 茜ちゃんがママとやることも僕とそう大差はない。二人はいい雰囲気
だったんだけど……そのうち、急に飛び起きた。
 「あなた、またやったの」
 ママの声が頭にキーンと響く。
 要するに茜ちゃんがまたおねしょをしたのだ。
 ま、おねしょをするような子と一緒に寝たのだから仕方がないんだろ
うけど、ママは不機嫌だ。こんな時は僕が茜のパンツを取り替えなけれ
ばならない。
 迷惑な話だが、僕がお兄ちゃんだからこれも仕方がないのだ。
 「あたしがやる」
 新しいパンツを持っていくと茜は自分で着替えようと僕の持ってきた
パンツに手を伸ばした。
 「だめ!これはお兄ちゃんがやるの」
 僕は断固拒否する。僕も小学校の二年生までおねしょをしていたけど、
パンツを取り替えるのはいつも当時中学生の小百合お姉様だったんだ。
もちろん自分でできることなんだけど、これってお仕置きでもあるから
やらせてもらえないんだ。だから、茜もじっとしてなきゃいけなかった。
 濡れたパジャマのズボンとパンツを下ろすと小さな可愛いワレメが顔
をだした。
 「ほら、じっとしてて…」
 僕は叱りつけるような強い口調でバスタオルをその可愛いお股に当て
る。そして少し荒っぽい感じでそのお股の濡れた処をふき取ってやるだ。
 これも小百合お姉様からやられた通りやってあげてる。
 あとは乾いたパンツを穿かせて、スリーマーも取り替える。その後は
ブラウスにフリル付きの短いスカートを穿かせれば完成だ。
 そうなってはじめて、茜にはやることができた。
 お着替えじゃないよ。それは僕がやったんだから。ママへの「ごめん
なさい」だ。
 ママの前で正座して両手をついて…
 「おねしょしちゃいました。ごめんなさい」
 「あなた、昨日はお夕食のあとこっそり食堂へ行かなかったかしら?」
 「……」茜ちゃんは答えませんでしたが、もじもじしてましたからね、
やっぱりジュースをごくりとやったみたいでした。
 「いいこと、今度、お約束を破ったら本当にお灸をすえますよ。あな
たも見たでしょ。香苗ちゃんのお仕置き。あなたもあんなのやってみた
いのかしら?お灸ってとっても熱いのよ」
 「……」茜ちゃんは激しく首を振ります。
 「だったら、夜、お夕食が終わったらお水を飲むのは我慢しなさい。
いいですね」
 「は~い」
 と、事はそれだけ。終わるとママは茜ちゃんを抱っこします。そして、
ママは茜ちゃんを抱っこしたまま家族三人で食堂へと向かうのでした。
 ええ、この子とも血はまったく繋がってませんけどね、僕たち三人は
家族なんです。(正確には5人かな、ここを巣立ったお姉様がすでに二人
いますから…)
 とにかく、天野のお父様のお家には僕たちみたいな母子家庭みたいな
のが7家族も同居していてそれがみんな朝ごはんを食べに食堂へ集まり
ます。
 事情はどこも同じ。高橋先生のような母親代わりの先生がお父様から
預かった二三人の子供たちを連れてやって来るわけです。
 集まってくる子供たちの年齢はさまざまで、本当の赤ちゃんもいれば
中学卒業間近の15歳の子まで色々です。さすがに14歳を過ぎたお姉
様たちはいつも背筋を伸ばして凛とした立ち居振る舞いですけど、まだ
ろくに仕付けられていない小学生グループはそりゃあ賑やかです。
 ここに集まっている子供たちはいずれも法律上は天野氏の里子たち。
つまり、ママはそれぞれ違うけど大きな屋根の下で一緒に暮らす僕たち
にとってはどの子も等しく兄弟たちでした。
 だから、ここに集まる十数名の子供たちが一家族ともいえるのですが、
ママが違えばやっぱり少しだけ距離があるのは仕方のないことでした。
いえ、同じ屋根の元で暮らす者同士ですから仲はとっても良いんですよ。
ただ、「はい、パンツを脱いで」と言われた時にびっくり箱の蓋を開けた
時のような早さでパンツが脱げるのはやはり自分たちのママだけだった
んです。
 『あ、章くん』
 僕は章(あきら)君を見つけると抱き上げます。すると、章君も僕を
抱き上げてくれます。
 これは親しい友だちなら誰でもやるご挨拶。とにかくこの町では大人
たちが誰彼となく訳もなく子供たちを抱き上げますからそれが子供たち
にも広がって握手代わりのご挨拶になっていました。
 二人は同級生。学校のクラスは違っていましたが、同じ歳の男の子は
この街には私と彼の二人だけでしたから普段からとても仲良しでした。
つまり他はみんな女の子なんです。幼い頃はあまり感じませんでしたが、
この頃は価値観が違ってきて少し肩身が狭いんです。だから立場の弱い
二人はいつも連(つる)んでいました。
 二人は揃ってお父様の処へ行きます。
 この時間帯はご挨拶のラッシュですから二三人待って順番が回ってき
ました。
 その日もいつもの通りお父様の足下で跪くと両手を胸の前に組んで…
 「おはようございます。お父様。健児です。今日もよい子でいます」
 「おはようございます。お父様。章です。今日もよい子でいます」
 二人は異口同音に朝のご挨拶をします。もちろん、僕たちの前にいた
子供たちもこんな調子でご挨拶をしていました。
 「おう、我が家の王子たちは元気だったか」
 お父様は満面の笑みで両手を広げます。すると僕たちは遠慮なくその
膝の上に上がって頭を撫でてもらいます。当時、僕たちの体重が何キロ
あったか覚えていませんが子供二人分ですからね、普通に座っているだ
けでも相当に重かったんじゃないかと思うのですが、僕たちは遠慮なく
お父様のお膝の上でお尻を浮かして跳ねまわります。
 でも、お父様のお顔はそんななかでも終始笑顔でした。
 「おうおう、二人ともお尻をとんとんできるところを見ると、昨日は
誰からもお仕置きされなかったな」
 こう言われると二人とも苦笑いを浮かべるしかありませんでした。
 「………ほら、おめざましだ」
 お父様はテーブルに置かれた硝子ボールの中に大きな手を突っ込むと
チョコとクッキー鷲づかみにして数個ずつ僕たちに手渡してくれます。
 『おめざまし』というのは朝寝坊の子供たちの目が覚めるようにと、
お父様やお母様から与えられるお菓子ことで、朝のご挨拶がすむと誰の
手にも握らせてもらえるものでした。
 朝からお菓子なんていい身分だ?
 いえいえほんの一口二口程度ですからね、成長した子供たちにとって
はあまり有難みはありません。ただ、だからといって「そんなのいらな
い」なんて拒否するのはもちろんタブーでした。
 で、次は隣の席のお母様。やり方は同じです。
 「おはようございます。お母様。健児です。今日もよい子でいます」
「おはようございます。お母様。章です。今日もよい子でいます」
 また二人並んでご挨拶すると今度はお母様が座っている大きな椅子の
脇に招待してくれます。さすがに膝の上というわけにはいきませんので。
 大きな椅子も3人一緒に座ると窮屈なんですが、「結構です。狭い処は
嫌いですから」なんて言う勇気はありませんでした。もちろん、おめざ
ましもその時もらえます。
 この時の僕たちのお仕事はひたすらおめざましを食べることでした。
 「章ちゃん、今度の金曜日には何を聞かせてくれるの?」
 お母様はしばらくのあいだ僕たち二人に頬ずりしたり、頭を撫でたり、
お手々を揉み揉みしていましたが、そのうち、章くんの耳元に息を吹き
かけるようにして尋ねます。
 「フルートです」
 「上手になった?」
 「わかりません。でも、合田先生はとっても上手になったって」
 「まあ、それは楽しみね。今度は何を吹いてくれるの?」
 「愛の挨拶」
 「まあ、そんな難しい曲ができるようになったの?」
 「わかりません。でも頑張ります」
 「健ちゃんは?」
 「えっ!ぼく……オルガンで、主よ、人の望みの喜びよ」
 「あなたの得意な曲ね。楽しみだわ」
 お母様はこう言いましたが僕の気持ちはちょっと複雑でした。という
のも、この週は色々忙しいことが続いてピアノの練習ができなかったの
です。おかげで課題曲はクリアできず、仕方なくいつでも弾ける曲を選
んで弾くことになったのでした。
 僕たち天野家の子供たちは二週間に一度それまでに習った曲をお父様
やお母様の前で披露することになっていました。つまり、沢山いる子供
たちの中で自分をアピールするチャンスなわけです。
 僕はそんなことに感心がありませんでしたが、ママにとっては大切に
育て我が子(?)をお父様たちに売り込もうと一生懸命だったのです。
 ですからこの時、僕は章君に差を付けられたみたいでショックでした。
 「さあ、あなたたち、今日はお当番なんでしょう。ここへお座りなさい」
 お母様に言われて僕たちは勧められるままに隣の椅子に腰を下ろしま
す。実は、天野家では十日に一回程度の当番が定められていて、その日
は食事する場所も普段食事をしている下座の円形テーブルではなくお父
様たちが座る上座の席で一緒にいただくことになっていました。
 これって子供たちにはちょっとした楽しみなんです。(*^^)v
 ここからだと兄弟たちが食事をしている円形テーブルを見下ろすよう
な形になってちょっとだけ偉くなった気分ですし、目の前に並んでいる
料理だっていつもの物とは違います。
 上座の人たちのテーブルには下座の子供たちのテーブルより少し贅沢
な料理が並んでいました。それをこの日ばかりはお父様やお母様におね
だりして手に入れることができるんです。
 もちろんお酒やコーヒー、それにコーラがダメでしたか。でも子供に
害がなければお二人が何でも取り分けてくれたんです。
 あ、そうそう、ある日のこと、お母様がウイスキーボンボンを幼い子
に与えてしまいひっくり返ったなんてことがありましたけど、その後も
この風習は残りました。
 その日の日記によれば僕はお母様からフルーツポンチやタンシチュウ
なんかをもらいご機嫌でした。
 僕が甘えた声で「シチューが欲しい」と言うと…
 「そう、じゃあ、あ~~んして」
 料理を乗せた大きなスプーンが目の前にやって来ます。これを笑顔で
パクリとやってみせるのが子供の義務(?)。後は、取り皿に乗せられた
料理を自分で食べることができますが、とりあえず一口だけはこうして
お母様の要望に応えなければなりませんでした。
 お父様もお母様も実の親ではありません。お金に余裕があるから僕た
ちを引き取ったのです。そのせいか、僕たちに接する時は早く自立して
欲しいというより、いつまでも幼い子のままでいて欲しいという願いの
方が強くこもっていました。
 ですから、高慢な物言いや横柄な態度、聞きかじった知識をひけらか
すといった態度には眉をひそめます。そんなことをするくらいなら、た
とえ年齢にそぐわなくても赤ちゃんの様に振る舞った方がまだましだっ
たのです。
 お母様はお口でスプーン奪い取った僕を喜びます。
 「だめよ、そんなことしちゃ」
 言葉ではそんなこと言っていますが、僕はそれがお母様の本心でない
ことを知っています。その証拠にお母様の顔は満面の笑みです。そして、
僕の口からスプーンを取り上げるとその代わり僕はお母様のお膝へ招か
れました。
 「良い子、良い子。今度は何が欲しいのかしら?」
 こうして頭を撫でられていると、とてもいい気分です。今までだって
普段より高い所から眺めていたのにそれがさらに一段高い処から兄弟た
ちや先生を眺められるんですから…もう、神様か天使様にでもなっちゃ
った気分でした。
 ただ、こうした場合、僕だけというわけにはいきません。
 「ほら、今度は章ちゃんよ。ここへいらっしゃい」
 お母様は僕を下ろして章君にお膝の席を勧めます。
 シャイな章君は当初迷っていましたが、そのうち章君のママが行きな
さいと勧めたので結局彼も僕と同じ幸せを味わうことになったのでした。
 11歳という歳は大人の入口にさしかかっていますから何かにつけて
大人たちに自分を一人前と認めさせたがりますが心の中はまだまだ大人
への依存心が強くて、抱いてもらうととたんに赤ちゃんの心が戻ってし
まい本心は嬉しくてたまりませんでした。
 朝の食事が終わると、子供たちは再び先生に連れられて自分たちのハ
ウス(離れ)へと戻ります。そして学校へ行く準備をします。
 僕と茜ちゃんも高橋先生に幼稚園と小学校の制服を着せてもらって、
これからお出かけです。
 察しのいい方はお気づきかとは思いますが、高橋先生は僕の小学校の
先生でもあります。いえ、うちだけじゃありません。他の家のママたち
だってその大半が幼稚園、小学校、中学校のどこかの先生でした。
 つまり、ここのママたちは家ではママ、学校では先生なのです。
 しかもこの三つの学校は全部同じ敷地にあるんですよ。一応、学校の
敷地はくぎられてますけど、小中学校は教員室も同じだし、幼稚園とは
往来自由。寂しがり屋の子がよくママを探しに小中学校へ出張して来ま
すが、大人たちに幼稚園を隔離しようなんて考えはないみたいでした。
 FAXもメールもない時代でしたが情報交換も頻繁で、どこの学校で
起こったこともすぐにその子のママに筒抜け。ママに隠し事は何一つで
きませんでした。
 天野家だけが特別なんじゃありません。うちのような家がこの町には
他にも十数軒もあって、その子供たちはみんなこの学校へ通うんです。
 早い話、ここは街は全体が巨大な孤児院というわけ。右を向いても、
左を向いても、周囲は同じ境遇の子供たちばかりです。ですから、実の
両親がいる恵まれた子供たちから心ない言葉をかけられる、なんていう
心配だけはありませんでした。
 しかもママのお話しでは『あなた方は特別なの。とっても運がいいの。
恵まれているのよ』という事をよく聞かされます。
 要するに今の境遇に感謝しなさいというのですが、こちらは他の世界
をまったく知らない純粋培養ですからね、いくら『恵まれている』『感謝
しなさい』と言われても『この街にいて特別幸せだなあ』と感じたこと
なんてありませんでした。といって『特別不幸だなあ』と感じたことも
なかったのですが…(^^ゞ
 そうそうこれはお断りしておかなければなりませんね。僕たちだって
365日篭の鳥というわけじゃありません。色んな行事で街を離れる(山
を下りる)事はたびたびありました。ただ、いずれもに大人が付き添っ
ていますし、他の世界の子とふれ合う機会もありませんでした。テレビ
だって11歳になった僕でさえ「ひょこりひょうたん島」と民法の30
分のテレビアニメ以外観ることができませんでした。
 つまり外の情報を得る手段がないわけです。ですから、テレビを観て
いても劇の中で起こる出来事が理解できないなんてことが沢山あったの
です。特にお金はこの町にいる限りほとんど触れることがありませんで
した。もちろん学校では教わりますが、そもそも使う機会がないのです。
 ここでは欲しい物はお金を出して買うものではなく大人からプレゼン
トしてもらうものでした。
 お父様、お母様、もちろんママが多いですが、別にそれだけではあり
ません。担任の先生や園長先生、司祭様にだって、おねだりすればそれ
は叶えられたんです。
 嘘みたいでしょう。親でもない人がおねだりされたからってそう易々
他人の子にプレゼントしてくれるなんて…でも、ここではそもそもその
『他人の子』という概念がありません。ここで働いている誰もが街中で
見かけた子供を自由に抱けますしプレゼントをあげることだってできる
んです。
 そんなことして嫌がらないか?
 人見知りする幼い子は当然いますが、そのうち慣れて平気になります。
そもそも周囲から大人に抱かれたらイヤイヤをしてはいけないと仕付け
られていますから……
 こんなこともあって、この街の誰もがよい子へはプレゼントを惜しみ
ませんでした。だからヘブン(楽園)なんて言われるんでしょうけど、
そのあたりの事情は巷とはだいぶ事情が異なっていたみたいです。
 とにかく私たち子供にすれば、大人たちに気に入られることが何より
大事なお仕事だったわけです。
 従順で、純真で、勤勉で……
 大人たちの要求は自由奔放な子供の気性からするとちょっぴり厳しい
ものがありましたが、可愛がられる喜びからみんな一生懸命着いていっ
たんです。
 それもこれも街に暮らす大人たちがいずれも無類の子供好きで邪な心
を持つ人が誰一人としていなかったから可能だった仕組みみたいです。
 そうそう、さっき言った僕たちの学校は町の外れ南斜面を切り開いた
日当たりの良い場所にありました。そもそも一学年10数名しかいませ
んから設備自体も小規模なんですが先生だけは沢山いらっしゃいまして、
どの先生も子供たちには献身的で、何より子供たちが大好きでした。
 朝、登校して木造だった校舎の玄関を入ると、その玄関先に園長先生
が椅子に座って待っています。
 「はい、健ちゃん。おはよう」
 白髪にメガネをかけたこの先生は、子供の目にはおばあちゃん。その
おばあちゃんが、生徒一人一人の頭を撫でてお手々をさすって抱きしめ
ます。これは朝の儀式みたいなものでした。もちろん、うざったいから
としかとして脇をすり抜けるなんてことはできません。園長先生は子供
たちの名前を全員覚えていましたから誰が逃げたかすぐに分かるんです。
 それだけじゃありません。教室に入ると今度は担任の谷村先生が待ち
構えていて、また、同じように僕たちの頭を撫でてお手々をさすって、
ハグします。ただ一つ違うのは、そのあとほんのちょっとだけですけど
子供たちをだっこしてくれることでした。
 女の子もこのくらいの歳になると先生の抱っこにはあまり乗り気では
なかったみたいですが、僕みたいな甘え坊は時間延長をお願いすること
だってありました。
 すると、たいていOK。こんな時は得てして男の子の方が甘えん坊さ
んなんです。(*^_^*)
 もう五年生ですから、赤ちゃんみたいなだっこは世間的にはおかしい
のかもしれませんが、ここでは…
 「子どもが望むなら抱けるだけ抱いてあげなさい」という園長先生の
方針のもと子供たちはどんな先生に対しても甘え放題でした。
 私たちが孤児なのに性格が暗くないのは、この園長先生の教育方針が
あったからなのかもしれません。
 ただ、でれでれと甘やかしていただけではその子の将来が心配ですし、
教室の秩序だって保てませんから、そこは厳しい処だってたくさんあり
ます。甘やかされている分、そしてお互い親しい分、お仕置き(体罰)
だって厳しかったんです。…>_<…
 この日も美津子ちゃんが朝のホームルームで先生の前に呼ばれました。
 「美津子ちゃん、あなた、昨日、お母様のメイクルームに無断で入っ
て鏡に口紅イタズラ書きしたでしょう…ママからお聞きしたけど、あれ
本当かしら?」
 「……」美津子ちゃんは何も言いませんでしたが、渋々頷きます。
 「そう、それっていけないことだって分かるでしょう?……お母様の
お部屋を汚すことはとってもいけないことなのよ。何故ちゃんと消して
こなかったの?」
 先生に諭された美津子ちゃんきはとっさにこう言います。
 「あれ、消し忘れたんです。本当はあとで消すつもりだったんです」
 でも、そんな言い訳ではおさまりませんでした。
 「いいこと、お母様に対するイタズラはあなた一人の罪ではないの。
三輪先生がお世話するあなたの兄弟にも迷惑がかかることなのよ」
 「真由子ちゃんのこと?」
 「そうよ、あなたがそんな子ならもうあなた方の面倒は看てあげられ
ないって他の子も言われてしまうの。そうなったらそれはあなたの責任
なのよ。そうなったらどうするのかしら?」
 先生は厳しい視線で美津子ちゃんを睨みます。
 私たちのお父様やお母様は広い心で私たちを愛してくださっています
から、こんなことぐらいで手を引くなんてことあり得ませんが、本当の
お母様と比べれば色んな意味で気働きは必要でした。こんなこと言うと、
『それをこんな幼い子に求めるのか?』なんて声があるかしれません。
でも、他人にご飯を食べさせてもらっている以上それは仕方のないこと
でした。
 そりゃあ、公立の施設に行けば子供らしく暮らせてそんな気遣いはい
らないかもしれませんが、その代わり、おっぱいを自由に触れたり舐め
させてくれるママが添い寝してくれるふかふかのベッドまではそこには
ないはずです。この山を下りたら、いつだって無条件で抱いてくれて、
オモチャやお菓子を与えてくれる大人たちには会えないのです。
 そんなことはもうこの位の歳になるとみんな薄々理解していました。
 「あなたがここ(楽園)で暮らしたいのなら、お父様お母様はもっと
大事にしないとね。そのことを心に留めて置きなさい」
 谷村先生はそれだけ言って美津子ちゃんの手を引っ張ります。そして、
少しだけハグしたあと……
 「ごめんなさい、……いや、やめてえ~~もうしません。お義父様、
お義母様を大事にしますから……お尻ぶたないで……」
 気が付くと美津子ちゃんは谷村先生のお膝に乗せられていました。
 短いスカートが捲り上げられ白いショーツの上から平手でポンポンと
お尻を叩かれています。美津子ちゃんは慌てて痛いお尻をかばおうと、
右手を後ろにまわしかけましたが、行く手を助教師の青山先生に押さえ
られてしまいます。
 「いやあ、だめえ~」
 そんな美津子ちゃんと先生たちのやりとりを僕は悲しそうな顔で観て
いました。
 というのは公式見解。(∩.∩)
 こうしないと先生に叱られるからわざとそんな顔をしているだけの話で、
美津子ちゃんが腰掛けた先生のお膝に俯せになった瞬間。(^◇^)
楽しくて仕方がなかったのです。
 大人になると『明日は我が身、気をつけなきゃ』なんてネガティブに
考えがちですが子供の頃はそんなことはまったく考えません。今行われ
てることが自分に関係なければそれでいいんです。むしろ、他の子のお
仕置きなんて、またとない余興なんですから、そんな時はいつも楽しく
て仕方がありませんでした。
 僕はさらに先の展開まで夢想します。
 『お馬、お馬、お馬、∈^0^∋』

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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