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(1/29) ボンネットバス

(1/29) ボンネットバス

 その日私は駐車場の隅にぽつんと置かれたボンネットに目を留め
る。普段なら「なんだボロバスかあ」で終わりだが、その日に限っ
ては、まるでそのオンボロバスが私を呼んでるような気がした。

 今でこそどこにもいなくなってしまったからみんなで「懐かしい」
なんて言って乗りに行くけど、当時の常識ではボンネットの走る処
はど田舎。

 「お前んとこまだボンネットかよ」なんてバカにされたもんだっ
た。

 営業所で見かけたこのバス、型式も古そうだし、いつ見てもタイ
ヤやボディーが泥だらけ。エンジンを掛けると人一倍黒い煙を出す
し、走り出す瞬間も、「おや壊れたんじゃないか」って心配するほ
どもの破裂音をまき散らさないと走り出さない。

 そんな引退寸前のバスがある時から気になって仕方なくなったの
である。

 そこである日とうとうお小遣いをためて終点まで行ってみること
にした。いや、一区間だけならすぐにでも乗れたが、それじゃ歩い
ても行ける処までしか乗れないから、降りたところで見慣れた風景
でしかない。それじゃあ、つまらないと考えたのだ。

 でも、案の定というか、町を離れた処で車掌さんに声をかけられ
た。

 「おい坊主、今日はどこへ行く。あんな田舎におまえ知り合いで
もいるのか?」

 こちらから見れば見かけない人だが、何しろ営業所管内では有名
人だからすぐにわかってしまうのだ。

 「何にもないよ。このバスに乗りたかっただけだから」
 「このボロにか?物好きだなあ、おまえ」
 「だって珍しい形してるから」
 「珍しい?…そうか、お前、知らないんだ。昔はバスっていった
らみんなこんな形してたんだぜ。お前、バスって始めからマッチ箱
みたいだって思ってたんだろう。そう言やあ、こいつもそろそろ廃
車になるって言ってたなあ。あそこもついに田舎から卒業ってわけ
だ。めでたし、めでたしだな」
 「帰りのバスはいつ出るの?」
 「向こうに着いて10分後。おまえ、どうせ行って戻って来るだ
けだろう?」
 「うん」
 「だったら、そのままここに乗ってな。誤車扱いにしてやるから。
無駄に小遣い使うことないだろう」

 こんな会話があって、向こうに着いたらほんのちょっと散歩して
同じバスで帰ってきた。それだけの旅だがこれが不思議に楽しい。
でも料金はちゃんと払ったよ。そういう事だけはきっちりしている
質屋の息子だったのである。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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