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(1/18)       やくざ

(1/18)       やくざ

 私の街には皆から「やくざ」と呼ばれている人たちが沢山いた。
なかでも60歳前後だろうか、病気していたみたいで、強面という
感じの人ではないが、周囲の人たちの話を総合すると、どこかの組
の大親分ということらしい。

 そう言われてみると、ふいに眼光が鋭く変化することがあるから、
そんな時は「なるほど」と思わないこともないが、普段は大人しい
紳士である。

 何でも旅館業が本業らしいのだが、それは実質奥さんが切り盛り
していて自分は遊郭に入り浸って遊んでいるらしい。

 そんなこんなが井戸端会議で語られ、私の耳にも入ってくる。
 実際、この時代までは「やくざ」と称する人たちもその多くが私
たちと同じ一般市民として暮らしていた。もちろん道で出会えばお
互い挨拶もするし、極道と呼ばれてはいても別世界で暮らす異邦人
という感じではなかったのである。

 とはいえ幼い私とその人に接点などあろうはずもなく、本来なら
街で見かける程度の関係なのだろうが、実は、その組長さん、私に
一度だけ声をかけたことがあった。

 その日、私は母に叱られて一時的に家を追い出されていた。夕暮
れ間近の家の前で、当時はごく普通にどこにでもあった石造りの四
角いゴミ箱の上に乗っかってしょんぼり夕焼けを眺めていると……

 「おっ坊主、なんだ母ちゃんにまた追い出されたのか!?」
 と声をかけてくる。

 縞のどてらを羽織り、やりての婆さんから買ったであろう豆腐が
一丁浮いた鍋をかかえた姿は、どう見てもやくざの大親分には見え
ない。

 私は無視して横を向き泣きはらした目をこすった。
 すると、
 「しょうがねえなあ、おまえはあの母ちゃんのチンコロだからな」
 と続けるから……
 「なに?」
 と振り向くと……
 彼はただ微笑むだけで何も答えずその場を立ち去ったのである。

 話はこれだけ。からかわれたと言ってしまえばそれまでだが、私
は、彼がその瞬間見せた哀愁を込めた半分泣いているような笑顔を
理解できなかった。
 いや、その場だけでなく、かなり長いことそれは分からないでい
たのである。

 ただ意味は分からないくても、その瞬間、幼い私をバカにして、
そう言ったのではないということだけは何故か私の心に届いたのだ
った。

 時が流れ、私も多くの人生経験を積んで、今はやっと彼の言わん
とした事が分かるような気がする。

 彼は、私が母のチンコロ、つまりペットとしてしか認識されてい
ない現実を見抜いていたのだ。どんなに手間暇お金をかけようとも、
いざ自分のプライドに手がかかるととたんに冷淡になる。その事を
哀れんで微笑んだのだ。

 怖い人ではある。しかし、してみると今は哀れむべき子供の何と
多い事か。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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