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(1/15)       酒屋

(1/15)       酒屋

 私の家の近くに酒屋があった。純然たる酒類販売だけでなくカウ
ンターだけの一杯飲み屋も兼ねていたから、日が暮れてからは男た
ちの歓声や癇癪やざれ歌なんかが店の外まで飛び出し店内は酒臭
くてそりゃあ賑やかだった。

 賑やかというより猥雑だったというべきかもしれない。けれど、
不思議に母はこの店へ私が足を踏み入れる事にはそれほどヒステリ
ックではなかった。
普段の彼女の言動からするとこういった処へ子供、それも幼稚園児
が出入りすることを快く思うはずないのだが、ここの酒屋がご近所
で、奥さんが友だちで、何より商売上のお得様ということがあった
のだろう。さしてためらいもせずに父の寝酒を買ってくるよう私に
命じることが多々あった。

 幼稚園児に一升瓶は重くよたよたして帰りかけると、酔った男達
が酒のつまみ代わりに私に声をかけてくる。たいてい無視するのだ
が、その日はなぜか心地よさそうに酔っているおじさんの懐へ飛び
込んでしまった。
 意外な珍客におじさんは自分で誘っておいて一瞬驚いた様子だっ
たが私が愛想良くしているとご機嫌になって、周囲の友だちと一緒
にしきりに自分の呑んでいた酒を勧めるのだ。

 そして、そのコップに残った僅かなお酒を舐めてみると、これが
けっこういけるのである。
 「お~、おまえいける口だな。よし、もう一杯いこう」
 おじさんはさらに機嫌がよくなって今度は一㎝ほど注いでくれ
る。
 で、これを飲み干すと次は二㎝。さらにその次は三㎝とメートル
が次第次第に上がっていく。が、なにせ相手は幼稚園児だから酔い
つぶすのに時間はかからなかった。
 しまいにはすっかりできあがってしまいその場に立っていられな
くなって店の土間で大の字になってしまった。天井はぐるぐる回っ
ていたが何と心地の良いことかという快感だけは今でも心の奥底に
残っている。

 「あんたら何やってるんだ!」
 聞き覚えのある声を夢の彼方で聞きつけて、どうやらこの辺りで
店の主人が気がついたようで、急性アルコール中毒にはならずにす
んだが、これを聞いた父親の怒るまいことか、普段は家の中で借り
てきた猫のように存在感のない人が、この時ばかりはそのおじさん
の胸ぐらを掴んでなぐりかかろうとしたのだから、親とはありがた
い(かな?)ものである。

 今だってそんな居酒屋や一杯飲み屋は全国に五万とあるだろう
が、そんな場所も今ではみんなが大人しくなってしまったような気
がする。

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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