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§3 < 避難所 > ~ お父さんのこと ~

*** §3 < 避難所 > ~ お父さんのこと ~ ***


 これまでお母さんのことばかり話して来たけど、それはあまり
に彼女の存在が強烈だったからで、うちにもお父さんと呼ばれて
いる人がいるにはいたんだ。

 いい人なんだよ。たくさんお酒を飲んで暴れたりはしないし、
お母さん以外の女の人に興味をしめさないし、博打もしないから。
質屋の仕事だって、店の表にはあまり出てこないけど質草の管理
なんていうお母さんには苦手な仕事もしっかりやってたもん。

 でも、我が家での存在感はいまいち。

 時間があけばすぐに書斎に入って読書してるかお習字書いてる。
師範なんてお免状もってたから、お母さんが「小学生でも教えた
らいいじゃなの」って言ってたけど……「あんな金切り声の中に
は居たくない」んだってさ。

 ま、僕は息子だったからお膝の上に乗せてもらって特別に教え
てもらってたけど、僕の書道の先生というのは別にいてこちらが
メイン。
 人付き合いが苦手なお父さんは教え方も上手じゃなかった。

 でも子供は好きで、書斎にいくと必ずお膝に抱っこしてくれて、
甘納豆をくれるんだ。旧制中学しか出てなかったけど、けっこう
物知りで、色んな雑学をお膝の上に座った僕の頭越しに講釈してた。

 そんなうんちく(自慢話でもあるけど)を頭よちよちしてもら
いながら聞いてるのって、お母さんと過ごす時にはない緩やかな
時間が流れてて心地よかったんだ。

 そうそう、僕が二歳で絵本を読んだのは、この人が教えたから。

 「そんな小さな子に教えても覚えるわけないじゃない」

 なんて最初は冷ややかだったくせに、僕がひらがなを覚えると
近所中にふれ回って、やたら本を買い与えたり、習い事に通わせ
たりするんだから、お母さんの方は現金な人なんだ。

 お父さんが僕にしてくれたのはそれだけじゃないよ。自転車の
乗り方や紐の結び方、リンゴの皮の剥き方、お庭にある滑り台も
ブランコもお父さんのお手製だったし、お裁縫なんかやらせても
お母さんなんかよりもずっと上手だったんだ。

 性格が地味で、寡黙で、人付き合いが下手で……っていいこと
あんまりないかもしれないけど、僕はお父さんが嫌いじゃなかっ
たんだ。
 何たって怒らないからね。安心してそばにいられるだろう。
 そこがいいんだよ。

 お母さんの場合だと……最初は、抱っこよしよししてくれてて
も……そのうち、「今日のテストはどうだった?」とか「ピアノ
は練習したの?」「宿題終わってないんじゃないの?」なんて、
こっちが言いたくないことを次々に聞いてくる。

 「ダメじゃないの、さっさとやってきなさい」なんて言われて
放り出されることもあるし…ご機嫌損ねたら、そのままお仕置き
なんてことも……
 とにかく、お母さんの抱っこは危険な乗り物なんだ。

 その点、お父さんは暇人だからね。そんなこと言わないの。
 僕の気がすむまで抱っこしてくれるもの。

 ただね、そこでいくら愚痴ってみても、問題は何も解決しない
んだ。

 僕に代わってお母さんに苦情を言ったり、言い訳したりはして
くれないから、そういった役にはたたないんだ。

 おまけに頓珍漢なことはすぐやっちゃうから、その点でも困り
ものなんだよね。

 あれは、小二の時だったけど、テレビを見ていたら番組の中で
韓国の天才少年というのが出てきて、なんだか難しそうな数式を
解いて見せたんだ。

 その子が僕とそれほどかわらない年恰好だったものだから、お
母さんの方は感心しきりだったんだけど……
 お父さんは……

 「要するに簡単な連立方程式を解いただけじゃないか。あんな
程度で天才だなんておかしいよ」

 「どうして?高校の教科書に出てくる問題なんでしょう。この
子たちまだ小学校の教科書もあがってないのよ」
 とはお母さん。

 「大丈夫さ。四則の計算さえできれば……この子たちにだって、
解法さえ教えてやれば、この程度の数式、答えを出すことぐらい
できるはずさ」
 なんてね、いたってクールなんだ。

 そこで……

 「ねえ、教えて、教えて」
 「ぼくも、ぼくも」
 って、男の子二人が食いついた。

 すると、本当は冗談だったのか……
 「三日はかかるよ」
 って、今度は少し弱気なお父さんだったけど、結局は、教えて
くれる事に……

 でも、案ずるより産むが安し。それまで方程式も知らなかった
のに、二日目には、中学の問題集に出ている簡単なもの程度なら
二人とも解いていた。

 「なんだ、こんなものか」
 ってなものである。
 ただ、二人にとってはこれはあくまでゲーム。勉強じゃなかった。

 だから、家の中だけでやめておけば問題なかったんだが……
 何かちょっとできると、すぐに天狗の鼻が伸びるのはお母さん
ゆずりで……学校へ行って自慢してしまったんだよね。

 すると、男の子って無機質なものが好きだろう。それにさあ、
みんな負けず嫌いときてるからね……

 「僕もやりたい……」
 「僕にも教えて……」
 ってことになる。

 つまり、連立方程式を解くことがブームになっちゃったんだ。
 結局、解けるようになったのは数人で、いずれも男の子だけ。
女の子たちは初めから冷ややかだった。彼女達は役に立たない事
にエネルギーをつぎ込む男の子たちこそ不思議だったみたいだね。

 でも、これに困ったのは担任の先生で、たちまち禁止令が出て、
チョン。
 火元のお父さんは学校に呼び出されて……

 「算数は順序だてて学んでいかないと混乱します。余計な知識
を子供に与えないでください」
 って、先生に叱られちゃったんだ。

 でも、僕はそんなお父さんが好きだったよ。
 だって、そのお膝に座れば、学校やお母さんが教えない大人の
世界をたくさん教えてくれたもの。

 先走りだっていいじゃないか。だって大人の知識は楽しいもの。

 先生には叱られたけど、この先も、お父さんは僕をお膝に乗せ
たり肩車したりして大人への窓をいくつも開けてくれたからね。

 そりゃあ、お母さんから見れば、お金を稼げないダメ夫だった
かもしれないけど、僕には大事な人だったんだ。

 あっ、それと、もう一つ。子供たちにとってお父さんには大事
な役割があったんだ。

それは避難所。

 『何から避難するのか?』(゜〇゜;)??? 

 馬鹿なこと訊かないでほしいなあ。
 お母さんに決まってるじゃないか。(^◇^;)

 あの人、普段はぼく達を赤ちゃん扱いして、溺愛してるように
みえるけど、いったん怒り出すと相手が幼い子どもだってこと、
忘れちゃう人なんだ。

 性格的には超ドS人格。

 冗談抜きに、『殺される!』って思ったことが何度もあるもの。

 とにかく怒ると見境がなくなる人なんだ。

 子供って、そんな時に行き場がないだろう。
 だって、帰る場所はこの家しかないんだから……

 だからね、そんな時は、お父さんに助けを求めるんだ。

 すると、お父さんはとにかく無条件に抱っこしてくれて、まず
は頭や身体をよしよししてくれる。

 もちろん、お母さんは悪い子を追っかけてくるよ。
 そして、僕の目の前で『引き渡しなさい』って矢の催促だけど、
お父さんは聞こえないふりをしてお母さんには渡さないんだ。

 お父さんは頼りない人かもしれないけど、一応は、男だろう。
お母さんだって力ずくで取り返すって事はできないみたいなんだ。

 それで、お母さんの呼吸が少し穏やかになった頃になって……

 「どうしたの?」
 って僕に尋ねるから、お父さんの胸の中でぼそぼそってわけを
話すと……それに、外野のお母さんが反論したりして……

 その間も、お父さんはずっと僕の頭をなで続けてくれる。

 でも、結論は色々だった。

 「もう、いいじゃないか」
 ってお母さんを諌めてくれることもあれば……

 「そんなことしたら、お母さんだけじゃなくて、お父さんも、
ちいちゃんを嫌いになっちゃうぞ。今日は、お母さんにごめんな
さいしよう」
 ってこともあるし……

 「そんなことしたら、お母さんが怒るの無理ないよ。今日は、
ちょっと、痛い痛いしようか。そうしないと、ちいちゃんいい子
に戻れないもの」

 なんてね。(゜Д゜≡゜Д゜)ショックな結論もあった。

 こうなると僕の体はお母さんの胸の中に強制送還。
 こんな時は、当然、お母さんからお仕置き。

 パンツも剥ぎ取られて、お尻ぺしぺし。

 でもね、この時のお尻ペンペンは、もし、お父さんの避難所に
たどり着いてなかったら、こんなものじゃすまなかったはずなの。

 だって、ぶたれててもお仕置きが軽いのがわかるもん。

 この時はいったん頭の天辺まで上っていた血も、だいぶ下の方
まで下がってるからね。お母さんの興奮もそんなに強くないから
なんだ。

 でも、それでも、みんな泣くよ。(`Д´≡`Д´)

 誰だってこの人には昔からもの凄く怖い目に何回もあってきて
るんだもん。たとえ、軽くぶたれてるなあとは思っても、心の中
は恐怖でいっぱい。お尻からの痛みはやっぱり僕の頭の天辺まで
届くんだ。

 だから……やっぱり、泣いて「ごめんなさい」なんだよね。

 だけど、お父さんを介さない時のような「この世の終わりだ」
「殺される!」ってほどのショックはないからね、たとえ最後は
お尻をぶたれることになっても、お父さんの懐に逃げ込む価値は
十分にありなんだよ。

 そんなお父さんは、僕らから見ればお父さんだけど、お父さん
にだって、当然、お母さんはいるわけで、そのお母さん、つまり
ぼく達からみればおばあちゃんにはまったく頭が上がらなかった。

 要するにぼく達がお母さんに頭が上がらないってのと同じ様に
おばあちゃんの処では典型的なイエスマンなんだ。

 おばあちゃんはぼく達の家の裏に隠居所を建てて住んでるから、
形の上では別居なんだけど、四六時中うちに出入りしてるからね、
実質的には同居も同じ。

 特に、お昼時はお母さんが商売で家をあけてることが多いから、
学校がお休みの日の昼食は子供たちもおばあちゃんちで取ること
が多かったんだけど……

 ただ、そこでみるお父さんは少し違ってた。

 まず、とっても明るい顔をしてるんだ。笑顔が多いし、ちょっ
とふざけた顔をすることもある。お父さんがおどけてるなんて、
普段のお家では見たことがないもの。

 それによく子供たちの自慢話をする。これも、お家ではあまり
やらないことなんだ。食事中もよく甲高い声で笑うしね。
 とにかく、とても楽しそうなんだ。

 そのくせ、おばあちゃんに何か言われると、すぐにしょげ返っ
ちゃう。

 僕は子供の頃、それがどういうことなのか、わからなかった。

 だって、子供の僕から見れば、お父さんはとっても優しくて、
何でも知ってて、何でもしてくれる偉い人、立派な人だもん。
 ぼく達とは別の世界に住んでる人だって思うじゃないか。

 でも、今はそれが分かるんだ。

 お父さんにとっておばあちゃんは自分をずっとずっと愛し続け
てくれたお母さんさんなんだもん。だから、ぼく達がお父さんの
懐に飛び込むように、お父さんにとってもそこが避難所だったん
だ。

 お母さんにしたら大いに不満だろうけど、お父さんはお母さん
つまりおばあちゃんの愛の中からは独立してなかったんだよ。

 これってお嫁さんにとっては大変辛いことなんだろうけど……
でも、こんなケース。昔の田舎では、そう珍しくなかったんだ。

 だから、今とは逆。女の子の方が厳しく仕付けられちゃうんだ。
何しろ、心の中ではオマルだなんて思われてるお家でお姑さんと
も一緒に暮らさなきゃならないんだもの。よっぽどしっかりして
なきゃもたないよ。

 これに対して男の子は、学校時代は勉強ができて、社会に出た
らお金を稼いでくるのが仕事で、それ以外はすべてお母さんたち
のよしよしの中で育つだろう。凡庸とした性格で育っちゃうんだ。

 特に昔は、長男がお家を継いでお母さんも同居してるケースが
ほとんどだったからね、その後やってくるお嫁さんに対抗する為
にも、男の子は何かにつけて、よちよちして育てちゃうんだ。

 だから、長男の甚六だなんて言われちゃうんだけどね。

 お母さんは、お父さんのこと、常々「そもそもお婆さまの教育
がなってないから、あの人、ああなのよ」って、僕にまで愚痴を
こぼしてたけど……

 育てられてた僕にすると……そもそも僕の家だってお姉ちゃん
とぼく達とでは明らかに対応が違ってたもん。

 それに、お母さんだって頻繁に実家に帰ってたから……それって、
五十歩百歩って気もするんだけど。

 いずれにしても昔のお嫁さんが今より苦労していたのは確かで、
そんな困難を乗り越える為にと、お母さんたちは日々厳しい訓練
(躾、お仕置き)を娘に課していたみたいです。


 はははは……ホントかなあ。(^^ゞ
 でも、僕の実感だよ。(*^_^*)
 

 下の絵はシャルダンさんの有名な絵画「ブランコ」
 お父さんってね、世の中の役にはたたなかったかもしれないけど、
 この絵みたいに遊ぶにはいい人だったよ。

ブランコ(シャルダン)


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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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