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第5章 / §2 月下に流れるショパンの曲

<コメント>
忙しくて、「てにをは」も怪しい文章だけど、
出すだけ出したという感じです。
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        ≪ カレンのミサ曲 ≫

第5章 ブラウン家の食卓

§2/月下に流れるショパンの曲

 カレンは、食事の後、ドレスを着替えて流し場へ行く。彼女は
女中ではないのだから、そのようなことはしなくよいはずだが、
サー・アラン家で習い覚えたものがそのまま習慣になってしまい
食器を洗っていた方が落ち着くようだった。

 「へえ、あんた、むこうじゃ女中だったんだ」
 アンナは初めて聞く話に少しだけ驚いた様子だったが……

 「ここは、先生が誰に対しても分け隔てのない優しい方だから、
ここの方がきっと住みやすいと思うよ」
 アンナはこう言って、ブラウン家を自慢する。

 「はい」
 それにはカレンも賛成だった。ここは働いている人たちも子供
たちもみんな穏やかで、威張り散らすような人はいないようだ。

 「お子さんも沢山いるけど、どのみちみんな里子だからね……
みんな気兼ねなくやってるよ」

 「でも、お仕置きは厳しいみたいですね」

 「?……そうかい」

 アンナが怪訝な顔をしたのが、カレンには不思議だったから…

 「だって、小さい子供たちを外で枷に繋いだり、お尻丸出しに
して木馬に乗せたり、もう14歳にもなってる子を素っ裸にして
反省させるんですもの。私、驚いちゃって……」

 「?……誰のことだい?」

 アンナにそう言われてカレンは自分が、今、口を滑らせてしま
ったことに気づく。
 アンのことは、本当は誰にも言わないつもりだったのだ。

 「コールドウェル先生だね」

 「…………えっ……まあ……」

 歯切れの悪いカレンの答えを聞いて、アンナはこんなことを言
うのだった。

 「あんたは、幼い頃、どんな育ちをしたか知らないけど、……
それって、ここでは愛してるってことなんだよ。コールドウェル
先生にとってアンは一番大切なお弟子さんだもの。あの子の為に
ならないことなんて、先生は、何一つしやしないよ」

 「そうなんですか?」

 カレンは気のない返事を返す。彼女にしてみれば、愛している
ならなぜもっと優しい方法で接してあげないんだろうと思えるの
である。

 そんなカレンのもとへ、ブラウン先生からの伝言がやってくる。

 「カレン、先生がお呼びよ。居間へいらっしゃいって……」

 そう、言われるまで、彼女は食器を洗い続けていたのである。

 「いってらっしゃい。私は無教養だからうまいことは言えない
けど、先生なら上手に説明してくれるだろうから、尋ねてみると
いいよ」
 アンナはそう言って笑顔で送り出してくれたのである。

***************************

 カレンが居間へ出向くと、そこには多くの先客たちがいた。
 総勢、12名。いずれもブラウン先生の処へおやすみの挨拶に
きた子供たちだ。

 ただ、おやすみのご挨拶と言っても、それは最後の最後で言う
だけで、それまでは各々の自由に広い居間を占拠して遊んでいる。

 まさにそこは、子供の為のプレイルーム。甲高い声が交差する
その部屋にもソファなどはあるが、高価な調度品は何もなくて、
サー・アランの居間のように、ティーカップの触れる音や大きな
柱時計が時を刻む音などを聞くことはできなかった。

 「ちょっと、ごめんなさい」
 「どいてちょうだい、通れないでしょう」
 「わあ、髪をひっぱらないで……」
 子供たちの林の中を分け入って奥へと進むと、ブラウン先生は
いつも通りの笑顔でカレンを迎え入れてくれたが……それまでが
一仕事だった。

 「今日は色々お世話になりました。ありがとうございました」

 「君こそ、今日は疲れたでしょう。本当なら下がって休ませて
あげたいところだけど、せっかくの機会だから、主だった子供達
だけでも紹介しておこうと思ってね。来てもらったんだ」

 先生はそう言ってカレンにソファを勧める。

 それに応じてカレンが先生の脇に腰を下ろすと、ブラウン先生
は手当たり次第に子供たちを呼び止めては、カレンに里子たちを
紹介していったのだった。

 「この子が、サリー。このあいだ4つになったばかりだ」

 ブラウン先生はおかっぱ頭の女の子を一人膝の上に抱く。
 ところが、この子、カレンを見つけると、すぐにそこを下りて
カレンに抱きついたのである。

 「お姉ちゃん、抱っこ」

 いきなりの事に当初は驚いたカレンだが、自分を見つめる瞳に
何の屈託もないのを見て、カレンも自然にその子を抱き上げる。
 すると、しっかり抱きつき……

 「お姉ちゃん、しゅき」
 と一言。
 リップサービスも忘れないところがさすがに女の子だ。

 「サリー、新しいお姉ちゃんに抱っこしてもらってよかったね」
 ブラウン先生の言葉にサリーは満足そうな笑顔を返す。

 「カレン、その子は、甘えん坊だから、何もしないと、ずっと
そのままかもしれませんよ」

 ブラウン先生は忠告してくれたが……

 「大丈夫です先生。この子まだ軽いですから……」
 カレンはそう言うと、かまわずサリーを抱き続けた。

 すると、お膝の空いたブラウン先生の処へは、また新たなお客
さんが現れる。

 「…………」
 彼女は何も言わないでただ先生のシャツの裾を引っ張っていた。

 「パティー、お前も抱っこがいいのか?」

 先生にこう尋ねられても、彼女はただ頷くだけ。

 「ほら、これでいいか」
 ブラウン先生が少女を抱き上げると、彼女は一瞬カレンの方を
向いただけで、先生の胸の中に顔を埋めてしまったのである。

 「この子は、パティー。六歳だから、サリーよりお姉さんなん
だが、気弱なところがあって困りものだ。……ほら、……ほら、
カレンお姉ちゃまにご挨拶しなさい」

 ブラウン先生に数回身体を揺さぶられて、パティーは、やっと
カレンの方へと向けたが、出てきた言葉は……

 「こんにちわ」
 だけだった。

 「こんにちわパティー。私、カレン=アンダーソンって言うの。
おともだちになりましょうね」

 カレンの言葉にも顎をひとつしゃくるだけの挨拶だ。

 「困ったもんだ、六つにもなってご挨拶ひとつできないとは…」
 ブラウン先生はパティーを叱ったが、パティーに応えた様子は
なく、ただ先生の胸の中に顔を埋めなおすだけだったのである。

 そんな中、カレンの前にまた一人の女の子が現れた。

 「はじめまして、私、マリアといいます」

 カレンはこの時、初めて挨拶らしい挨拶を受けたのである。

 「私は、カレンって言うのよ。今日からここでみんなと一緒に
暮らすことになったの。よろしくね」

 カレンが、こういうと、マリアは少しだけはにかみながら。
 「よろしくお願いします。お姉様」
 彼女は誰に教わったのか、両手でスカートの襞をつまみ、浅く
膝を折ってみせる。

 『パティーとマリアは二歳しか違わないけど、女の子はそこで
ステップを上がるのね』
 カレンはマリアを見て思うのだが……

 人それぞれに成長のスピードにばらつきがあるようで、マリア
よりさらに二つ年上のキャシーは、その頃、天井まで届きそうな
大きな本棚の頂上にいたのである。

 そして、そこからいきなり真下のソファめがけてダイブ。

 「ボヨヨ~~~ン」

 キャシーの掛け声とともにブラウン先生の身体が大きく揺れ、
綿埃が舞い上がり、パティー自身もソファから跳ね飛ばされて、
床に転がり落ちている。

 「何度言ったらわかるんですか。本棚はあなたの玩具じゃない
んですよ。もし、下に人がいたらどうするんですか!!赤ちゃん
なら死んじゃいますよ」

 ブラウン先生の雷が落ちたものの、キャシーは頭をかくだけで、
あっけらかんとして笑っていた。

 「ごめんなさい」

 彼女、口先では謝ってはいるものの。その顔は笑っているし、
何より『抱いてくれ』と言わんばかりに先生に擦り寄ったのだ。

 「ほら、これでいいか」
 先生もその時には昼間見せたような厳しい態度は取らない。
 サリーをいったん膝の上から下ろすと、代わりにキャシーを膝
に抱き上げて、彼女の身体をカレンの方へと向けたのだけだった。

 だから、また、お仕置きになるんじゃないか、と心配していた
カレンは拍子抜けしたほどだったのである。

 「私は、キャシー。今はまだ10歳だけど、大きくなったら、
先生のお嫁さんになる予定なの。だから、私を大事にしておくと
あなたも色々と得よ」

 と、こう説明されては、さすがにカレンもあいた口が塞がらな
かった。
 ただ、そこは年上の女の子の貫禄で……

 「ありがとう。そうさせてもらいます」
 とだけ答えたのである。

 「キャシー、今日はフレデリックが見えないがどこにいる?」

 「ロベルト兄ちゃんは図書室でお勉強。フレデリック兄ちゃん
はお部屋でプラモ作ってる」

 「二人とも呼んで来なさい」
 ブラウン先生はそう言ってキャシーを手放した。
 すると……

 「待っててね、すぐ呼んで来るから」
 彼女はそう言って、まるで飼い猫のような素早さで部屋を飛び
出して行ったのである。

*****************************

 キャシーがいなくなった部屋は急に静かに感じられた。
 最初から寝床に入っているリサに続き、サリーやパティーもオ
ネムになって子守のベスに引き取られていったし、マリアは大人
しく本を読んでいる。

 そんな部屋でカレンは探しものをしていた。

 「どうかしたかね?」
 ブラウン先生に尋ねられて、彼女の口から出たのはアンの名前
だった。

 「アンはここにはいないんですね」

 「アン?…ああ、彼女はコンクールが近いからね、ここに来て
遊んでる暇がないんだろう。………でも、昨日まで自信なさげに
弾いていたが、今日はとりわけ調子がいいみたいだ」

 「えっ!……」

 先生の言葉に、はっとして耳を澄ますと、遠くで弾くピアノの
音がカレンにも伝わる。

 「……………………」
 先生は夜の静寂(しじま)が伝える微かなピアノの音を拾って
いたが、そのうちに……

 「彼女、何か刺激を受けましたね。……きっと、そうです」
 先生は満足そうに目を輝かせた。

 そして……
 「……ん!?、……そうだ、ひょっとして……あなた、今日、
アンの処へ行きませんでしたか?」

 「えっ!?……ええ」
 カレンがおっかなびっくり答えると……

 「きっと、それです。抜群によくなってますから。……いえね、
彼女はもともと才能に恵まれた子なんです。ピアノだけじゃくて、
絵を描かせても、詩を作らせても、人並み以上なんですよ。……
ところが、器用貧乏とでもいうんでしょうか、意欲に乏しくてね、
ある程度できるようになると、それ以上を望まないんです。……
……あなた、あの子の前でピアノを弾いたでしょう?」

 「ええ、……でも、ほんのちょっとですけど」

 「それだ、やっぱりそれです。……そうですか。あなた、実に
いいことをしましたよ」

 ブラウン先生はご満悦だったが、カレンにはその意味がわから
なかった。

 「……でも……私はいつものように適当にピアノを叩いただけ
ですから……そもそも私はアンさんみたいな立派なピアノは弾け
ませんから……それは違うと思いますけど……」

 「そんなことはありません。もしも、彼女があなたのピアノを
聞いて何も感じないようなら、そもそもコンクールなど行っても
無意味ですし、私が与えた『天才』の称号も返してもらうことに
なります」

 「でも、コールドウェル先生は、私のピアノを聞いて『あなた
のとは全然違うわね』っておっしゃったんですよ」

 「……ええ、言うでしょうね。……昨日までの彼女は、確かに
『ショパンの作った曲を弾いてはいました』れど………それだけ
でしたからね。それって、あなたのピアノとは大違いなわけです」

 「?」

 「……でも、今の彼女は違いますよ。あなたのピアノを聞いて、
彼女、変わったんです」

 「?」

 「『ショパンの曲をアンが弾く』だけじゃ、聞いてる人に感動
なんて起きないんです。あくまで『アン弾くピアノがショパンの
曲だった』とならなければ聞いてる人は感動するんです。その事
をあの子はあなたのピアノで悟ったんですよ。……何しろ感受性
の鋭い子ですからね」

 「?」

 「わかりませんか?」
 ブラウン先生は得意の笑顔でカレンに微笑むが、カレンにして
みると、この二つ言葉はまったく同じ意味にしか感じられなかっ
たのである。

 「まあ、いいでしょう。あなたもそのうち自分の才能に気づく
時が来ますよ。……とにかく、アンは、それがわかる子なんです。
だから、天才なんですよ。コールドウェル先生も、天才の才能を
開花させようとして、色々、荒療治を試みられてたみたいですが、
これで、まずは一安心でしょう」

 「荒療治?」

 「ま、有り体に言えば『お仕置き』です………」

 ブラウン先生は、チャーミングな笑顔の前に人差し指を立てて
から話を続ける。

 「今回は、君がいたのならそこまではしなかったでしょうが、
あの先生、アンに集中心が欠けてる時は、雑念が入らないように
よく全裸にするんです」

 「ま……まさか……」

 カレンはあの時のわけを偶然知って驚く。そしてブラウン先生
といい、コールドウェル先生といい、何て残酷なことをするんだ
ろうと思うのだった。

 「天才というのは、往々にしてそれだけに秀でてるんじゃなく
て、他のことにも沢山の才能をもっていますからね。移り気な人
が多いんです。おかげで指導者は一つの事に集中させるのが大変
で…それで、色んな手立てを講じては、今やらなければならない
ことに集中させるんです」

 「それって、裸になるといいんですか?」

 「だって、その瞬間は恥ずかしいってことだけで、頭が埋まる
でしょう。あれやこれや考えられるより、よほど集中できますよ」

 ブラウン先生はこともなげに言い放つ。そして、こうも語るの
だった。

 「あの子がもっと幼い頃は、私の前でもよく裸になってピアノ
を弾いてたもんです。きっと、人畜無害と思われてたんでしょう」

 「そんなことありません。女の子だもん、そんなことされたら、
きっと傷ついてます」

 「そうですか?……でも、もしそれであの子が傷ついたのなら、
コールドウェル先生は二度とそんな馬鹿な事はしないと思います
よ」

 「……(だって、私の見てる前でも)………」
 
 「……いえね、本来ならあなたの前で可愛い愛弟子を裸に晒す
ようなことはしないはずなんですが…何しろ先生は、今、愛する
天才を一人世に送り出したくて必死なんですよ。だから、そんな
荒療治だってしかねないと思ったんですよ。でも、年寄りの取り
越し苦労だったようです」

 「…………」
 カレンは声が出ない。思わず『実は、それが……』と言おうと
して寸前で息を呑んだ。

 「とかく『天才』という名のつく石炭は、燃えにくいのが難点
なんですが、いったん火がつくと、もの凄い火力が出ますから、
指導者としては、多少の無理は押してでも、何とかしたいと思う
ものなんです」

 「ここにいる子供たちはみんな天才なんですか?」

 「いえ、いえ、そんな基準で育ててるつもりはありませんよ。
アンにいつてはたまたまピアノに才能があっただけですよ。……
ただ、一般的に言えることですけど、子供はみんな天才ですよ。
無限の可能性を持っています。あなたも、もちろんそうです」

 「私は……」
 カレンは頬を赤くする。お世辞と思っても、いつも褒めてくれ
るブラウン先生の言葉はやはり嬉しかったのだ。

 そこへ……

 「ねえ、先生。連れて来たよ」
 突然、甲高い声が響く。

*****************************

 キャシーが男の子二人の手を引いてカレンたちのいる居間へと
戻ってきた。

 すると、カレンの顔は、また別の意味で赤くなったのである。

 「さあ、ロベルト兄ちゃん、カレンにご挨拶して……」

 キャシーはさっそくロベルトをカレンに引き合わせると、この
場を取り仕切ってしまう。

 「はじめまして……カレン」
 「はじめまして、ロベルト」
 たどたどしいロベルトの言葉に、カレンの言葉もどこかぎこち
ない。

 二人出会いは本当は初めてではなかった。夕食の席でカレンは
ちらっとではあるがロベルトを見ていた。その時紹介されたのは
大人たちが中心で、子供たちにまで手が回らなかったから言葉は
かわさなかったが、確かにその場で彼を見ていた。………いや、
見つめていたのである。

 『背のすらっと高い子』として…『端整な顔立ちの子』として
…『涼よかな瞳の持ち主』としてカレンの記憶の中に残っていた
のだ。

 「さあ、フレデリックも……」
 キャシーの勧めでもう一人の男の子が姿を現す。ロベルトより
二つ年下の十一歳。しかし、彼はあまり、カレンに興味を示して
いない様子だった。

 どこかものぐさそうで、さも、仕方なくこの場にいるといった
感じで握手の手を伸ばしたのである。

 「はじめまして、フレデリック」
 カレンはそう言ってフレデリックの差し出した右手を握ったの
だが……

 「(えっ!?)」

 その手にはなにやら軟らかなこぶのようなものがあったので、
不思議に思っていると……フレデリックがその手を離した瞬間、
その軟らかなこぶもカレンについてきて……

 「ぎゃあ~~~」

 カレンは自らの手を広げた瞬間、けたたましい声と共にその場
にしゃがみこんでしまった。

 当然、誰の目もカレンに集まる。ブラウン先生も、慌てて駆け
寄るが……

 起きた変化はたった一つ。
 小さな青い蛙が一匹、床を跳ね回っているだけだったのである。

******************(2)******

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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