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第3章 童女の日課(6)

<The Fanciful Story>

            竜巻岬《13》

                              K.Mikami

【第三章:童女の日課】(6)
《少女への条件》


 四人が将来を語り合った次の日の夜、アリスはコリンズ先生の
部屋を訪れて いた。

 「みんな少女になりたくて一生懸命やっているんです。先生に
気に入られようと思って…お仕置きされないように頑張ってるん
です。…でも、これ以上は…どうしたらいいのか分からなくて…」

 彼女は四人を代表して単刀直入にどうしたら少女に上がれるの
か尋ねてみたのだ。

 「そう、……そうねえ………私は逆に考えてたわ。あなたたち
は少女になりたくないんじゃないかって……」

 「え?」

 「……あなたやアンは頭が良すぎるのね……」

 彼女はしばらく考えていたが、そのうち

 「もうしばらくしたらお手本が来るから、そこで、何か教えて
あげましょう。……ただし、ヒントだけよ」

彼女はそう言ってこの時はアリスを返したのだった。


 コリンズ先生の言っていたヒントは意外に早くやってくる。
 次の週の日曜日、ゴブラン城に大勢の子供たちが訪れたのだ。

 十才未満のおちびちゃん二十人余り。彼らは縦横無尽に城の中
を駆け回り、丹精して育てた草花を勝手に摘み取ったり、ご先祖
の肖像画に髭を描き加えたりしたが、ペネロープは何一つ怒らな
かった。そればかりか童女や少女たちに彼らの面倒を見るように
命じたのだ。

 「せっかくの日曜日になぜこんなことやらされなきゃならない
のよ」

 当初は不満も出てくるが、そこは女の子。幼い子になつかれる
と、まんざらでもない様子で一緒に遊んでいる。実際、篭の鳥で
ある彼女たちは日曜日だからといって町へ遊びに出ることはでき
ない。幼い子と戯れることは彼女たちにとっても格好のレクリエ
ーションなのだ。

 しかも、おちびちゃんたちの遊び相手は彼女たちだけではない。
いつも飄々としているチップス先生がお漏らしした子のパンツを
替え、毎日のように鞭を振るうハワード先生までもが子供たちの
馬になって遊んでいるではないか。

 そんな様子を不思議そうに見ていたアリスにコリンズ先生が声
をかけた。

 「あれが答えよ」

 「え?」

 「あの子たちのようになればいいの。先生方に可愛いなと思わ
れればいいの。抱いて貰えるようになれば童女は卒業よ」

 「そんなこと…」

 「無理だと思ってるの」

 「だって、私達は体も大きいし、あんな無邪気な顔には戻れま
せんもの」

 「そんなこと言ったら、今少女になっている子供たちはみんな
童顔かしら、子供のように背が低いの」

 「………」

 「おちびちゃんたちをよく見ていなさい。何か分かるはずよ」

 「………?………?………?………?」

 「分からない?では、一つだけ教えてあげる。罰を受けるかも
しれないからやめておこうとは絶対に思わないこと。『自分たち
のやりたいことをやりたいようにやる野蛮な勇気』というのが、
あなたたちには必要なの。ほらご覧なさい。あの子」

 「え!?」

 「あんまり悪乗りするからとうとうハワード先生を怒らせちゃ
って、お尻を叩かれてるでしょう」

 「ええ」

 「でも、あれであの子は大人とつき合う時の限界を一つ覚えた
の。あの位の年令までは、毎日のようにお尻を叩かれて、それで
一つ一つ学んでいくものなのよ。それが子供らしい、童女らしい
ってことなの」

 アリスは思わずコリンズ先生の方を振り向く。

 「あなたたちは大人の思考回路でうまく立ち回ろうとし過ぎる
の。もし、童女のままでいたいのなら今のままの方が断然楽よ。
でも、もし少女に上がりたいのなら、もっともっとお尻を丈夫に
しなきゃだめね」

 「ありがとうございます先生」

 コリンズ先生の助言はさっそく他の友だちに伝わる。しかし、
よい子でいようというのならまだしも、たくさんの悪さをして、
たくさんのお仕置きを受けなければならないと言われても、簡単
に賛同者は現われなかった。

 「なるほどね。それで、お転婆娘たちはさっさと少女になれた
のにアンだけは取り残されていたのね」

 「でもねえ、そんなにあちこちで悪戯したら体がもたないわ。
だってそうでしょう。本当のガキどものお仕置きは、大人たちが
手加減してくれるけど、私達は鞭の勢いだって正味なのよ」

 「だったらこのままの方がいいの。チップス先生の話を聞いて
年を取るのは幸せ?」

 リサに同調してアリスも興奮気味に、

 「だめよ。それじゃいつまでたっても自由を手にできないもの」

 「だったら、アリス。あなたがまずお手本をみせてよ」

 「え!!」
 アリスはケイトの切り返しに驚いたが、これも成りゆき、やる
しかなかった のである。


 次の日アリスはチップス先生が現われる前に彼の似顔絵を黒板
に描いた。

 頭の薄い、皺の深い、山羊のような髭は先生にそっくり。友達
もその見事な出来栄えに拍手を送ったが、アリスとしては、もう
やけっぱちだった。だから、先生が教室に現われた時は顔面蒼白、
気絶しないで座っているのがやっとだったのだ。

 「『敬愛するチップス先生へ、アリスより』か」

 チップス先生はアリスが書いた精一杯のメッセージを読み上げ
ると、アリスを一瞥。再び黒板に向き直ると、一旦は黒板消しを
持ったもののアリスの労作に結局は手をつけず、そのまま授業を
始めたのである。

 ただ、授業の終わりに

 「アリス。君はなかなか絵がうまいな」
 と誉めただけだった。

 アリスはめげない。次の日は先生の椅子にブーブークッション
を仕掛ける。
 しかしこれも、風船がユーモラスな音を教室内に響かせたもの
の……

 「失礼、今日はお腹の調子が悪くてね」
 こう言ったきり先生は押しつぶした風船を取ろうともしない。

 三日目はもっと直接的に、小さく丸めた紙つぶてを指で弾いて
先生にぶつけてみた。これなら怒るだろうというわけだ。

 たしかに先生は授業後アリスを呼び付けた。しかし、友だちの
注目が集まるなか、先生が言ったことは……

 「教室を散らかしたらいけないよ。紙屑は自分で拾って帰りな
さい」
 これだけで言って退室してしまったのである。

 ところが、こうなってくると他の友だちの方に気の緩みがでて
きた。

 『チップス先生が教育方針を変えて自分たちに体罰をしかけて
こなくなったんじゃないか』

 彼女たちは、それまでもさんざん鞭を貰ってきたのに、たった
三日間の事件でそれらを綺麗に忘れ、自分たちの都合の良い方向
に勝手に解釈してしまったのだ。

 四日目、アリスがチップス先生から『王子と乞食』を読まされ
ている最中、アンは膝の上にバルザックをひろげて『谷間のユリ』
を読んでいるし、リサはイラスト制作中、ケイトも爪の手入れに
余念がなかった。

 そこへ先生が近づいてきたが、気の緩んだ彼女たちはまったく
気付かない。

 「アン、それはまだ君が読むような本じゃない」

 アンは真っ青になった。他の連中もあわてて手を止めたが、

 「リサ、お絵書きは午後からハワード先生の担当だ。ケイト、
君の爪は一時間もたつと邪魔になるほど伸びるのかね」

 いずれもすでに手遅れだった。

 「三人とも、前へ出なさい」

 チップス先生の声は若い先生のように張りや艶があるわけでは
ないが、確固たる信念に裏打ちされた低い声は充分に凄味がある。

 彼はまずアンを教壇の前まで呼ぶと、

 「手を頭の後ろに組んで前かがみなるんだ」

 チップス先生の命令に教室内には動揺が広がる。

 「もっと体を前に……もっと……もっと倒して。……お友達に
君のパンツがはっきり見えまで倒すんだ」

 それは、お仕置きとしてお尻を叩く時のポーズなのだが、これ
まで教室内でそれをやったことはなく、いつも補佐役で付き添っ
ている女性の助教師スワンソンさんが悪戯っ子を隣の部屋へ連込
んで処理するのが普通だった。

 さらにスワンソンさんがウエールズ流の革紐鞭トォゥズを持っ
て現われると、これまた慣例を無視して、先生はその鞭を引き渡
すように求めたのである。

 『え!』

 再び教室内に言い知れぬ動揺が……

 アリスが童女になってからというもの軽い懲戒として手を打ち
据えられる事はあっても、チップス先生自らがお尻をぶった事は
一度もなかったのだ。

 すべてが異例のそして生徒たちには最悪の展開だった。

 「ピシッ」

 革紐鞭特有の平手で叩いたときに近い乾いた音がする。

 「ピシッ」

 先生は見せしめの意味もあるのだろう。一回一回にゆっくりと
間をおく。

 「ピシッ」

 「バルザックが好きなのかね」

 「え、……いいえ」

 アンが慌ててそう答えると次の一撃はそれまでの二倍はあろう
かという勢いで飛んできた。

 「ビッシィーー」

 「あっ……はい、好きです」

 「……アン。嘘はいけないよ。嫌いなものをわざわざ授業中に
読んだりしないだろう」

 「ピシッ」

 「はい、ごめんなさい」

 「嘘をついた罰だ。今日の夜、コリンズ先生に頼んで体の中も
外も全部洗ってもらいなさい。そして綺麗な体になったら、また
明日ここへきなさい」

 「え!…そ、そんな…」

 意外な処置に思わず口をついて出てしまった言葉に再び二倍の
勢いで鞭が飛んでくる。

 「ビッシィーー」

 「あ、ごめんなさい。はい。良い子になります」

 「よろしい。次はケイト。こちらへいらっしゃい」

 後の二人も概ねこんな調子だった。そして最後に、

 「アリス」

 チップス先生はついにアリスまでも呼び付ける。恐る恐る行っ
てみると、

 「君はここ数日、しきりに私を挑発しているようだが、そんな
にお仕置きをしてほしいのかね」

 「………」

 アリスは答えられない。確かにお仕置きを期待してやった行為
だが、だからといって『そうです』とも言えないのだ。

 「私があの時君を罰しなかったのは、君がすでに君自身に罰を
与えていたからだ。君の顔は真っ青だったし唇も小刻みに震えて
いた。自分のしたことが理解できている何よりの証拠だ。なら、
お仕置きは必要ない。そうだろう」

 「……はい先生」

 アリスはかぼそい声で答える。

 するとそれを不憫に思ったのかチップス先生はいつもの柔和な
顔、穏やかな口調へと戻るのだった。

 「しかし、私は考えが浅かったようだな。私は君がなぜそんな
柄にもない事を始めたかを理解しようとしなかった。……つまり、
少女になりたいんじゃな」

 「………はい。四人一緒に」

 アリスは思い切って告白する。

 「なるほど、それはそれでもっともな話だが……ただ、私は、
これまで君がすべてを理解した上で、ずっとここに留まっている
ものとばかり思っておったから……あえて、この すべすべした
手やお尻を無理に傷つけることもないからね」

 チップス先生はアリスの手をいとおしそうに握ってみる。

 「アリス、注意してお聞き。ここでレディーになるというのは、
世間でいう ところの大人になるという意味じゃない。レディー
という身分が与えられるにすぎないのだ」

「……身分……」

 「そうだ。レディーになってもペネロープ女史が一言『あなた、
裸になりなさい』と言えば君は裸にならねばならんだろうし……
『鞭を与えます』と言えば、やはりそうしなければならんじゃ」

 「じゃあ、私たちどのみち奴隷と一緒なんですか?」

 「いや、それほど悲惨ではないよ。奴隷なら君たちを殺す事も
できるし売ることもできる。が、それはない。ペネロープ女史の
目的はただ一つ。これは領主様も同じじゃが、君たちを意のまま
に愛したい。それだけなんじゃ」

 「意のままに…愛したい?……」

 「そうだ。でもそれは単なる肉欲ということではない。色々な
意味を込めて彼らは君たちを愛したいと願っておる」

 「愛したい?…………ペットのように?……」

 「んん!?……当たらずとも遠からずじゃな」

 チップス先生は静かにうなずいた。

 「彼らはある偶然がきっかけで、子供が育ってきた環境と同じ
環境をつくってやりさえすれば、たとえ成人した大人でも、最初
から自分たちが育てた子供と同じようになついてくれると信じて
おるのだ」

 「…本当に?………でも、ただ、それだけのためにこんな?」

 「そうだ。ただそれだけのためにこんな大仕掛なことをする。
きっと身分で人を縛り付けていた時代が忘れられんのだろうな。
契約による人間関係を好まぬ貴族の性といえばいえなくもないが
……」

 「………………」
 言葉にならない。アリスはあらためて自分がとんでもない所で
生きていると実感するのだった。
 ただ、だからといって決心が変わったかというとそうではない。

 「それでも少女になりたいかね」
 チップス先生の問いかけに、

 「…………はい」
 アリスは少し顔を強ばらせながらも答えたのである。

 「君たちも……」
 先生は他の三人にも聞いてみる。

 「………………」
 「………………」
 「………………」
 結果は同じ。三人は無言のまま、それぞれが静かにうなずく。

 それが結果として良かったのか悪かったのか、チップス先生は
四人の意志を聞いてこう決断したのである。

 「わかった。ならば明日からは君たちへの接し方を変えてあげ
よう」


 その夜、四人はさっそく会議を開く。

 「ねえ、アンは知ってたの。私達がなぜ生かされているのか」

 「薄々はね。でも、あんなにはっきり先生から聞いたのは初め
てよ」

 「で、どうするの」

 「どうするって…、これまでどおりやっていくしかないでしょう。
どんどん悪戯やって、ばんばんお仕置きされるだけよ」

 「いつまで?」

 「いつまでって…それは…」

 「だってそれで確実に少女に上がれる保証はないんでしょう。
私、このままでもいいかなあって……」

 「今さら何言ってるの。みんなで決めたことじゃない。一緒に
少女になろうって」

 「だってこれでうまくいかなかったらぶたれ損だもの」

 ケイトが消極的なことを言う。しかし、彼女の気持ちを身勝手
だとは誰も言えなかった。ただ、

 「ねえ、ケイト。竜巻岬のお花畑が完全に閉鎖されたの知ってる」

 「知らないけど、それがどうかしたの」

 「という事は、これから先、あそこでは誰も自殺しないという
ことよね。ということは、童女も未来永劫あなた独りってことに
ならないかしら」

 「…そ、そんなこと分からないじゃない。少女から落ちてくる
子がいるかもしれないし……」

 ケイトの動揺は明らかだった。

 「とにかく私は抜けるわよ」
 ケイトは高らかに宣言した。

 『好きになさい!』
 と言ってやりたいところだが、この分野の第一人者は、やはり
ケイトをおいて他にはいなかった。他の子がどんなに努力しても
一週間で集計すると、常にケイトが一番多く悪さをし、一番多く
お尻を叩かれている。

 残った3人も、ケイトを抜きにしては考えられなかったのだ。

****************<了>******** 

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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