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第11章 貴族の館(1)

          << カレンのミサ曲 >>

            第11章 貴族の館

**********<登場人物>**********

<お話の主人公>
トーマス・ブラウン<Thomas Braun>
……音楽評論家。多くの演奏会を成功させる名プロデューサー。
カレン・アンダーソン<Karen Anderson>
……内戦に巻き込まれて父と離ればなれになった少女。
ニーナ・スミス< Nina=Smith >
……先生の家の庭師。初老の婦人。とても上品。でも本当は校長
先生で、子供たちにはちょっと怖い存在でもある。

(先生の<ブラウン>家の人たち)ウォーヴィランという山の中
の田舎町。カレニア山荘

<幻のピアニスト>
セルゲイ=リヒテル< Sergei=Richter >/ルドルフ・フォン=ベール(?)
……アフリカ時代の知人。カレンにとっては絵の先生だが、実は
ピアノも習っていた。

<アンハルト伯爵家の人々>
アンハルト伯爵夫人<Gräfin Anhalt >/(名前)エレーナ<Elena>
……先々代伯爵の未亡人。現在は盲目。二人の男の子をもうけた
が兄ルドルフは戦争後行方不明。弟フリードリヒが現当主。
ルドルフ戦争で息子を亡くした盲目の伯爵婦人
フリードリヒ・フォン=ベール< Friderich von Bär >
……ルドルフの弟。母おもいの穏やかな性格。現当主。
ルドルフ・フォン=ベール
……伯爵家の長男。今のナチスドイツに抵抗するのは得策でない
と協力的だったため戦犯に。戦後は追われる身となり現在は行方
不明。
ラックスマン教授<Professor Laxman>
……白髪の紳士。ロシア系。アンハルト家に身を寄せている。
モニカ=シーリング<Monica=Ceiling >
……伯爵家の秘書兼運転手。家の裏の仕事にも手を染めている。
シルビア=エルンスト< Sylvia= Ernst >
……伯爵夫人の姪。15歳。お嬢様然としている。
ドリス ビューロー< Doris=Bülow >
……おちゃめな12歳、フリードリヒ(現当主)の姪。
クララ=クラウゼン< Clausen=Clara >
……伯爵家のピアノの先生。中年の婦人だが清楚。
シンディ=モナハン< Cindy=Monaghan >
……7歳のピアニスト。
カルロス=マイヤー< Carlos=Mayer >
……10歳のピアニスト。
サラ< Ssrsh >
……控えの間の女中。

****************************

            第11章 貴族の館

§1 最初の土曜日 

カレニア山荘に戻って三日目。
 その日は土曜日、アンハルト伯爵夫人との約束の日だった。

 学校の授業を早々に切り上げて山荘に戻り、昼食をとってから、
若干おめかしをした姿で食堂を通りかかると、ちょうど、そこで
昼食を取っていたアンたちに呼び止められる。

 「ねえ、カレン。伯爵様にお会いするんでしょう、そのワンピ
じゃちょっと地味じゃない。せっかくの機会なんだからお父様も、
もうちょっと奮発すればいいのに……」

 「そうなの?……いけない?」

 「だって、それって普段着って感じよね」

 アンが残念そうに言うから、カレンが反論する。
 「でも、これ、おニューなのよ。お義父様に買っていただいた
の。せっかくの機会だから奮発したっておっしゃってたわ」

 「へえ~、それで?」
 アンが懐疑的にその袖に触れると、物珍しいのか他の子供たち
も集まってくる。

 「昔の貴族は、服に限らず家具でも調度品でもとにかく自分の
使っていたものを臣下に払い下げることが多かったから、その時
になって流行遅れになってしまうと、自分が恥をかいてしまう事
になるから、身分のある人たちは流行を追ったものより、飽きの
こないシンプルなデザインを好むんですって。その代わり、流行
に関係のない素材や仕立てなんかにはお金を惜しまないそうよ」

 「へえ~、そういうものかなあ。私たちにはわからないわね。
そうだ、せっかくお屋敷へ行くんだもん、写真撮ってきてよ」
 アンがどこで調達したのか古いカメラを手渡す。どうやら呼び
止めたのは、これが目的だったようだ。

 「だめよ、そんな……今日初めて行くのに……観光地じゃない
んだから……」

 「昔はともかく、今は立派な観光地よ。だって、あそこのお城、
入場料を取って観光客に公開してるって、お父様おっしゃってた
じゃない」

 「だって、それって、もともと公の場所だったんでしょ。私が
行くのはお住まいだもの」

 「いいじゃないの。あなた伯爵夫人のお気に入りなんでしょう」
 「そうよ、私たちもどんなお屋敷か見てみたいもの」
 「だめだって言われたら、その時やめればいいじゃなか」
 「そうだよ、それくらい持って行っても怒られないよ」

 女の子ばかりじゃなくフレデリックやリチャードからも頼まれ
ると、とうとう断れなくて、仕方なく……。
カレンはせっかくドレスアップした胸元にハーフのカメラを首
からぶら下げてニーナ・スミスと出発するはめになったのである。

************************

 山を降りるまではいつもの馬車。ただ、駐車場に止まっていた
のは戦車かと思うよな、がたいの大きな高級車だった。

 「お待ちしていましたよ」
 カレンたちに気がつくと運転手がさっそく下りて来て後部座席
のドアを開けてくれる。
 それは、過日、伯爵に拉致された時の運転手、モニカだった。

 「あら、カメラ?…でも、伯爵様のプライベートは取れません
よ」
 モニカが注意し、カレンも『やっぱり』だったのだが……
 その時、車内から声がした。

 聞き覚えのある声。
 「どうしたの?何かあったの?」

 「お嬢様がカメラをお持ちだったので、ご注意したまでです」

 『伯爵様、わざわざここまで来たんだ。…お嬢様って何よ?…
それって、私のこと?』
 カレンは思った。

 「カメラ?……別にかまわないわよ。撮りたいだけとって……
あなたが現像して、ふさわしくない物が映っていたら、それだけ
取り除けばいいでしょう。そんな些細な事で目くじらを立てない
で頂戴。そんな事より早く出発しましょう。私、待ちくたびれた
わ」

 伯爵夫人は車内に二人を招きいれる。
 「お招き、ありがとうございます」
 カレンがそう言って後部座席を覗き込むと……
 「そんな他人行儀な挨拶はいらないわ。さあ、乗って頂戴」

 後部座席は三席。体の小さな女性なら両脇に拳大のスペースが
残るほどその車の座席は広かった。

 『わあ、楽チンだわ』
 カレンは素直に思う。
 右側に伯爵夫人、真ん中にカレン、左側にニーナスミスが腰を
下ろすと、さっそく出発。

 あの日と同じだった。
 制限速度など関係ないとばかりにもの凄いスピードで田舎道を
疾走する。

 その間、伯爵夫人は寡黙にしていたが、カレンの右手に自らの
手を添えたまま、そこは動かさなかったのである。

*************************

 館に着いた三人はいったんそれぞれ別行動になった。
 伯爵夫人はお付の人とどこかへ消えてしまい、ニーナは薔薇園
へ向う。そして、カレンは広間へと案内されたのである。

 厚いペルシャ絨毯の海を進み、ロココ調のソファに腰を下して
カレンはあたりを見回したが、そこにピアノはなかった。
 その代わり、何人もの女性たちが待ち構えいる。

 『誰なんだろう、この人たちは?女中さんではなさそう……』
 カレンは彼女たちの視線が自分に向けられている事に気づいて
ちょっぴり不安だった。

 そこへモニカがやって来て、一言。
 「いいわ、始めて頂戴」

 これで、女性たちが一斉に動き出す。
 ようやく回ってきた仕事の時間を惜しむようにてきぱきとこな
すのだ。

 「それでは、お嬢様。お立ちいただけますか?」

 カレンは女たちの一人に丁寧な言葉で椅子から立たされると、
首に掛けていたメジャーで、体のサイズをその隅々まで計測され
始める。

 『どういうことよ?わたし、ピアノを弾きにきたのよ?』
 カレンは訳が分からずモニカを探すと……

 彼女は彼女で、この女たちの中にあっては最もカラフルな衣装
に身を包んだ女からスケッチブックを差し出されて、それを見て
いた。

 「こんな感じになりますが……」

 「そうねえ……もう少し胸元のラインは丸みがあった方がいい
わね。こんなふうに……」
 モニカはスケッチブックに鉛筆で何やら書き加えている。

 「襟のレース柄はいかがいたしましょう」

 「それには迎え獅子の家の家紋をあしらってちょうだい」

 「モールの方は……」

 「それはいらないわ。これは普段着だから……」

 二人の終わらないやり取りに、カレンは声が掛けられないまま、
立ち尽くす。
 そうこうしているうちに、今度は、別の女が反物を持ってきて
カレンの肩口から流す。

 「いかがでしょう」
 そう言って尋ねているのは、この女達の中にあっては一番若い
娘だった。
 18くらいだろうか、まだカレンとそう歳が変わらないように
見える。

 その姿をモニカが遠くから見て……
 「他のも見せて……」

 彼女は、次から次へ色んな柄の反物を要求する。

 そして……
 「やはりさっきの藍色のチェック柄がよかったわ。若い娘は、
かえって少し渋い目の色使いの方が晴れるのよ。……それと……
そうそう、水玉があったでしょう。あれも可愛かったじゃない。
……あと、……そうね……あなたの見立ては……」

 「このような黄色もよろしいかと……」

 「あっ、いいわね、黄色は難しい色だけど、それなら、下品に
ならなくていいわ。その花柄。それもお願いするわ。とにかく、
三着は急ぎのお仕事よ。来週は仮縫いして二週間後には仕上げて
頂戴。頼んだわよ」

 モニカは女たちにてきぱきと指示を出し続けていたが、やっと
落ち着きを取り戻したカレンが口を開く。

 「あのう、何をなさってるんでしょうか?」

 すると、モニカは笑って……
 「何って、分かるでしょう。あなただって女の子なんだから…
…あなたのお洋服を作ってるのよ」

 「これじゃ、いけませんか?」
 今、着ている服を少しだけ引っ張ってみると……

 「いけなくはないけど、これは伯爵様のご命令なのよ。ピアノ
を弾く時の為の服を作れって……今、着ているその服は、きっと
お義父様に買っていただいたものでしょう?………可愛いわよ。
とっても……」

 「えっ……」

 「でも、伯爵様は、ご自身で作った服を着てあなたにピアノを
弾いてもらいたいのよ」

 「それって……ひっとして、私が、伯爵様の孫だと思われてる
からですか?」

 カレンが思い切ってそのことに触れると、モニカは逆にその事
にはクールに答えた。

 「知らないわ、そんな事。私は伯爵様のもとで働いているから、
その指示に従ってるだけよ。………そんなことより、ピアノ室が
あるから来て」

 モニカはカレンを案内して広い屋敷の中を歩く。

 すると、大きな窓越しに薔薇園が……
 そこにニーナ・スミスが見えたので、声を掛けようとしたが、
すでに沢山の子供たちに囲まれて、何やら楽しそうにしているの
で、ついつい遠慮してしまう。

 「たくさん子供たちがいるんですね」
 カレンが訊ねると……

 「修道院の子供たちなの。シスターの子供たちよ」
 「シスターの?」
 「誰だって間違いは起こるわ。でも、神の子を殺すことはでき
ないでしょう。だから、修道院で育てるの。……将来は修道士か、
修道女よ。今は自由時間だからここへ来てるの。普段は修道院の
中に寮と学校があってそこで暮らしてるわ」

 「孤児?」

 「当然、そういうことになるかしらね。……少なくとも母親は
分かってるけど、誰かを告げられることはないわ。あなたと同じ」

 カレンが少し複雑な顔になったのでモニカは慌てて打ち消した。
 「ごめんなさい、あなたは、違うわね」

 「いえ、そうじゃなくて……うちも事情は同じだから……」

 「そんな事ないわ。ブラウン先生の処は恵まれてるじゃない」

 「どうして?」

 「子供たちの数も多くないし、全てに行き届いてる感じがする
もの」

 「家に来たこともないのに、そんなこと分かるんですか?」

 「分かるわ。実はあなたを待っていた時、駐車場に子供たちが
遠足で降りて来てたけど、まるで天使が歩いてるみたいに明るい
笑顔だった。あれは人に愛されてないと出ない笑顔ね。ブラウン
先生って、きっと子供好きなのね。癇癪起こしてぶたれたなんて
ことないでしょう」

 「そんなことないわ。家じゃ毎晩誰かしらが悲鳴あげてるもの」

 「でも、それは、お仕置きでしょう?」

 「そりゃあ、一応、大義名分はあるけど……」

 「だったらいいじゃない。子供にお仕置きはつきものよ。逆に
それがないようならいい子は育たないわ。あなたは?」

 「えっ、……」
 突然振られてカレンは戸惑う。
 その戸惑いを察して……。

 「あるのね。……」
 モニカはカレンの顔を悪戯っぽい笑顔で覗きこむと……
 「羨ましいわ。その歳になってもお仕置きしてくれる人がいる
なんて……」

 「羨ましい?」
 カレンはその言葉にさらに戸惑ったが、気を取り直して、こう
質問してみた。

 「ここでも、お仕置きってあるんですか?」

 「あるわ。ここの場合はお仕置きって言うより、体罰ね」

 「お仕置きと体罰って違うんですか?」

 「お仕置きは愛している人が愛を授ける儀式だけど……体罰は
単なる管理上の処置だからそこに愛なんてなくても成立するの。
家は子供の数は多いのにそれに見合うだけの保護者がいないから
体罰は管理上必要なのよ」

 「でも、みんな笑顔じゃないですか」

 「あれは、大人達が『こんな時は笑うもんだ』って教えるから
笑ってるだけ。愛のないところで育てられた子は心がすさんで、
心の底から湧いて来る本当の笑顔が出てこないの。……あれは、
言ってみれば演技なのよ」

 「…………でも、私のところだって、お仕置きの域は超えてる
くらい厳しいですよ」

 「行為の問題じゃないの。愛されてるか、愛されていないか、
それが問題なの。愛されていれば少しぐらい厳しいことされても
耐えられるけど、愛されていない人からは、頭を撫でられるだけ
ても不快なものよ」

 「…………」

 「あなたが、どんなに厳しいお仕置きを受けた知らないけど、
今、こうして穏やかな顔でいられるのは、あなたがブラウン先生
を愛している何よりの証拠。……違う?」

 「……そ、そうかもしれません」
 カレンは小さな声で恥ずかしそうに答えた。
 すると……

 「あら、いやだ、私、こんなことで時間を潰してしまったわ。
早く行かなきゃ。さあ、一緒に来て、ご主人様がお待ちかねよ」

 モニカは腕時計を確認すると、慌ててカレンの手を引き、その
場を離れたのである。

**************************

 モニカがカレンを連れて来たのは、20畳ほどの部屋だった。
 厚い絨毯、遮音性の高いカーテン、ガラスはステンドグラスで
部屋全体が軟らかな光彩に包まれている。ガラスが厚いためか、
静かなお屋敷の中でも取り分けて静かに感じられた。

 東の壁際に年代物の事務机、壁には彫刻まで施した作りつけの
書棚がある。誰かの書斎だったのだろうか……
 そんな中、中央にポツンと古めかしいピアノが置かれていた。

 「少し、暗いわね」
 モニカがスイッチを入れると、天井のシャンデリアが輝いて、
少し薄暗くて陰気なこの部屋も穏やかに息をし始める。

 それまで気づかなかった壁の高い位置に掛かった肖像画たちが
カレンを迎える。
 それは歴代当主のものだろうか。どの顔も威厳があって沢山の
勲章で胸を飾っている。……立派なお姿だが女の子のカレンには
怖ささえ感じるほどだった。

 『ルドルフ=フォン・ベール』
 そこにはルドルフ・フォン=ベールの名前も……。

 『こんな、いかつい人じゃなかったわ。優しいおじさんだもん』
 カレンは思った。

 「カレン。ここが我が家の控えの間なの。……あなたは、毎週
土曜日、ここへ来て、このピアノを弾くことになるわ」

 「伯爵夫人は?」

 「たいていは奥の部屋にいらっしゃいます。でも、もしご用が
おありの時は、お付の者を通してお呼びになりますから、その時
は、あの南側の扉から顔を出す案内役の子に着いて奥へあがる事
になるわね」
 モニカは南側にある扉を指差した。

 『なあんだ、大人たちが話しているのを聞いてるとまるで伯爵
夫人のお側でピアノを弾くもんだとばかり思ってたら……こんな
ことなのね。でも、これなら、こちらも気楽でいいわ』
 カレンはモニカの言葉をこんなふうに勝手に判断したのだ。

 「伯爵様のご都合はどうなるかわかりませんが、あなたの方は
二時間の間、ここに留まっていなければなりません。……それと、
通常、あのドアには鍵が掛かってますけど、勝手に中へ入っては
いけません。あの先は伯爵家のプライベートエリアですから…」

 「はい、わかりました。…でも、私、ここで何曲ぐらい弾けば
いいんですか?」

 「それは自由よ。あなたの気分次第でいいの。…弾きたければ
何曲弾いてもいいし、弾きたくなければ一曲も弾かずに帰っても、
誰も文句は言わないわ」
 モニカはそこまで言うと、いつからそこにいたのかまだ十代の
可愛らしい少女を手許に呼ぶ。

 「この子はサラと言ってこの部屋専属の女中なの。分からない
事はこの娘に聞いてね」

 こう言うと、ニモカが帰ろうとするもんだから……
 「えっ、帰っちゃうんですか?」
 と訊ねると……

 「私の仕事はここまでよ。あとは頑張ってね」
 そう言い残して、彼女は部屋を出て行ってしまったのである。

*********************(1)****

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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