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第11章 貴族の館(2)

             第11章 貴族の館

§2 次の間での出来事

 たちまち不安に襲われたカレンだったが……
 しかし、そんなモニカとまるで入れ替わるように、今度は幼い
女の子が一人、楽譜を持ってこの部屋に現れた。

 彼女はカレンの存在など眼中にないとでも言いたげに、椅子の
高さを調整し、譜面台に持ってきた楽譜を投げるように掲げると、
やおらピアノを弾き始める。

 『えっ!何よ、これって六時十四分じゃない』
 七歳の可愛らしい手が、自分の曲を奏でている。
 カレンは思わず笑顔になった。

 一曲弾き終わってたずねてみる。
 「あなた、お名前は?」
 
 「シンディ……お姉ちゃんは?」

 「カレン……カレン・アンダーソンっていうの」
 カレンは正直それに驚くのかと思ったが……

 「ふうん」
 彼女は鼻を鳴らすだけ。シンディにとっては作曲者など誰でも
よかったからだ。

 少女はカレンとの短い会話の後、譜面台から楽譜をひったくる
と、ピアノ椅子から飛び降りて南側のドアへ向う。そう、先ほど
モニカから、この先には勝手に入ってはいけないと言われたあの
ドアだ。

 彼女はそのドアの前に立つと、足踏みを始める。
 まるでトイレの前で順番を待っているようなせわしない仕草だ。

 『どういうことだろう?』
 カレンには意味が分からない。
 すると、シンディに気を取られているうちに、また、ピアノが
鳴り出す。

 『今度は男の子だわ。……これも、私の曲よね』

 そんな事を思っていると、ドアが開く音がする。
 慌ててそちらへ視線を移すと、南側のドアが開いて女中らしき
女の子がシンディを招きいれたのである。

 『あっ……』
 カレンは事情を聞こうとして、声を掛けそびれた。一足早く、
シンディはドアの向こうへ消え、ドアには内鍵の掛かる音がする。

 そこで今度は演奏している男の子に声を掛けてみたのだが……

 「ねえ、お名前は?」
 「……………………」
 「あなた、お歳はいくつ?」
 「……………………」
 「ねえ、さっき、ここにいた女の子、シンディっていうの……
お友だちなの?」
 「……………………」
 「あなたも、あのドアから中へ入るのかしら?」
 「……………………」
 カレンは少年にいくつか質問してみたが、何一つ答えは返って
こなかった。

 そして、演奏が終わり、彼が最初に口にしたのは……
 「おばさん、おばさんが変な事いうから途中で間違えちゃった
じゃないか。もし、呼ばれなかったおばさんのせいだからな」

 彼もまた、シンディと同じように楽譜を譜面台からひっぺがす
ように取上げるとそれを持って南側のドアの前に立った。
 あかんベーをしながら……それが彼の答えだったのである。

 『おばさんって……わたし、まだ16歳なのよ』
 そんな驚きもあったが、何より……
 『何よ、こんな練習でそこまで噛み付かなくてもいいじゃない』
 という怒りがカレンにもわいてきてお互いあかんベーをしあう
ことになったのである。

 ところが……
 そんな沸騰した頭を冷ます風が、カレンの後頭部から吹いた。

 「あなた、どなた?子供相手にやりあっても仕方がないと思い
ますよ」

 カレンが、その涼やか声に顔を赤らめて、後ろを振り返ると、
細面で髪の長い理知的な感じの美少女がたたずんでいる。
 彼女はカレンより身長が高くほっそりとしていたが、年恰好は
自分と同じくらいに見えた。

 「わ、わたしはカレン・アンダーソンと言います。今日は……
その……伯爵様のお招きで……」
 カレンはぎこちなく挨拶する。

 「私はシルビア=エルンスト。叔母様の御用でいらっしゃった
んでしょう」

 「……叔母?……さま……」

 「ええ、エレーナは私の叔母なの」

 「エレーナ?」

 「多くの人が、アンハルト伯爵夫人なんて呼んでる人の名前よ。
ちなみに、あなたがアカンべーしてた子は、カルロス=マイヤー。
先週はドアの中に入りそびれたら、ぴりぴりしてるのよ。許して
やってね」

 シルビアがそう言った直後、カルロス少年は最後のアカンべー
をしてドアの向こうに消える。

 「あそこのドアから中に入るのには何か意味があるんですか」

 カレンが素朴な質問をぶつけると……
 「サラ、あなた、アンダーソンさんに説明しなかったの?」
 シルビアはまず若い女中を叱りつけた。そして……

 「でも、訊ねられませんでしたから……」
 という答えを聞くと……
 「相変わらず気が利かないのね。そんなことだからお父様から
鞭をもらうんでしょう。……ま、いいわ、私が説明するから……」

 お嬢様はこうしておいてから、カレンに説明を始めたのである。

 「あの子たちは今日がピアノのレッスン日なんだけど。みんな
いやいややらされてるピアノだから、中にはろくに課題曲を練習
してない子もいて、それをこのピアノでチェックしてるのよ」

 「じゃあ、不合格だったら……」

 「ピアノの代わりに別のレッスンが待ってるわ」

 「別のレッスン?」

 「お仕置きよ。オ・シ・オ・キ。鞭でお尻を1ダースくらいは
ぶたれるわ。だから、ここで弾くピアノは真剣なの。見ず知らず
のおばさんの質問になんか答えてる暇はないってわけ」

 「じゃあ、わたし、悪いことしちゃったんですね」

 「大丈夫よ。カルロスのやつ、向こうに消えちゃったから……」

 「あなたもここでピアノを弾くんですか?」

 「そうよ、ここではこれが部屋の鍵みたいなものなのだから。
絶対になくさない安全な鍵よ。だって、これだと、他人が誰かに
成りすますなんてこと、できないもの。あなたなら出来るかしら?
他人とまったく同じ音色のピアノ?」

 「無理です」

 「そうでしょう。私も同じ。似せることはできても、やはり、
ピアノって聞いていれば誰が弾いているかわかるもの。……不正
はありえないわ」

 彼女はそれだけ言うと、椅子の高さを調整してピアノに向った。

 美しい『月光』だった。彼女にしか弾けない、彼女の『月光』
だったのである。

 『私も、弾かなくちゃ。……でも、私はどうなるんだろう。…
…やっぱり、ドアは開くのだろうか』
 シルビアがドアの向こうへ旅立った後、ちょっとした実験気分
で、カレンもまた、ピアノを奏で始めた。

 同じ、『月光』を……できる限り、シルビアのピアノに似せて。

**************************

 すると……
 ものの五分とたたないうちにドアが開いた。

 『やったあ、私のピアノは合格ね』
 つまらない自己満足に顔がほころぶ。
 カレンは、そこに女中さんが立っている姿を想像したのだが…

 『!』
 それまでとは違い、ドアが全開すると、そこに現れたのは……

 『伯爵夫人!!』

 「お待たせしましたね」
 車椅子に乗った彼女は両脇に従者を従わせている。
 右側はフリードリヒ現当主。左側には清楚な中年女性が、……
それぞれ脇を固めていた。

 「……(!!!)……」
 思わぬ展開に慌てたカレンはピアノをやめてしまうが……

 「続けて頂戴な。あなたのピアノが聞きたいわ。そのために、
わざわざお呼びしたのですもの」
 彼女はそう言って車椅子をピアノのすぐそばまで近づけさせる。

 そして、カレンが再び鍵盤を叩き始めると……

 「どうかしら?クララ。あなたのお見立ては?」

 「確かに、ルドルフ坊ちゃまに奏法によく似ておられます。…
…正直、私もさっきお部屋に流れた瞬間、ドキッとしましたから
……」

 「私はね、フリードリヒ。この子が何者であっても構わないと
思ってるの。……わかるでしょう」
 伯爵夫人は意味深に息子に語りかける。
 その意図は伯爵も承知しているようだった。


 こうして、カレンが月光を弾き終わっる頃、辺りが少し賑やか
になる。
 シンディやカルロスだけではない、クララ先生のレッスンを受
けなければならない子供たちがここに集まってきていたのである。

 「ちょうど、レッスンの日に重なってしまったわね。いいわ、
私は部屋に戻ってるから……フリードリヒ、あなたカレンさんを
連れて、しばらく館の中を案内してあげて」

 伯爵夫人が命じると、息子は『えっ!?』という顔になったが、
すぐに笑顔に戻って、カレンの手をとる。

 「お嬢様、どちらをご覧になりたいですか?」

 赤面するカレンの手をとってフリードリヒはいったん館の外へ
エスコート。まずは、ニーナのいる薔薇園へと、カレンを連れて
行ってくれたのだった。


 ニーナは土いじりさえしていれば機嫌のいい人。だから、この
時もすこぶる元気な笑顔で二人を迎えてくれたのだ。

 「どうしたの?カレン。もう、終わったのかしら?」

 「いいえ、ちょっと、小休止です。先生は相変わらず楽しそう
ですね」

 「ええ、私は草花に話しかけてる時が人生で一番楽しい時なの」

 「お花が口をきくんですか?」
 青年ご当主が皮肉交じりに尋ねても……

 「もちろん」
 ニーナは鼻をならす。
 「草花だけじゃありませんのよ。動物も、もちろん人間も……
その人の為を思って仕事をしていると、やがて、その人が知らな
い事までも知るようになるんです。……それって、口の利けない
植物や動物、赤ちゃんたちが口を利いたのと同じでしょ」

 ニーナは得意げに話したあと、思い出したように……
 「そうだわ、こちらの修道院の中庭に、新種の薔薇が咲いてる
ってうかがってるの。見る事できないかしら?」
 お館様におねだりした。

 すると……
 「いいですよ」
 と、意外にも二つ返事でOKが出る。

 「よろしいんですか?」
 恐縮そうにニーナが言うと……
 「あそこは、もともと我が家で建てた修道院ですからね、その
くらいの融通はききますよ」

 「そうですか、では、その昔は、お姫様もあそこで?」

 「ええ、百五十年以上も昔のことですけど……当時は修道院を
建てて娘をそこの修道女にすることは家の誇りだったんです」

 「どういうことですか?」
 二人の会話が分からないカレンが訊ねた。

 「昔の領主様は、ご自分の娘のために修道院を建てて、そこに
娘さんを入れて躾を兼ねた教育をしてたの。当時、学校と呼べる
のは大学だけで、その年齢までは、男の子なら自宅で家庭教師に
習うとか、ギムナジウムに入るとかするんだけど、女の子の場合は、
適当な教育機関がなかったから、修道院がその代わりになってた
ってわけ」

 ニーナの丁寧な説明にフリードリヒが補足する。

 「今は、学校の形式になってますよ。修道院付属の学校です。
少なくとも私のお爺さんの代からは、ずっとそうです。ですから、
僕の親戚関係の女の子は、たいていこの学校で学びました。……
すこぶる評判は悪い処ですけどね」

 「評判が悪い?……どうしてですか?」

 「だって、修道院の尼さんたちは浮世を捨てた身ですらどんな
厳しい戒律でも受け入れる心の準備が出来ているでしょうけど、
甘やかされて育った僕達にはそんなの関係ありませんからね……
一方的に厳しい規則を押し付けられて、鞭で脅されたら、そりゃ
いい気持なんてしませんよ」

 「伯爵様もあの学校に入られたことがおありですの?」

 「ええ、9歳までは男の子も受け入れてましたから……週末の
懺悔の時間なんて、ほとんど毎週、鞭でむき出しのお尻を叩かれ
てました」

 「まあ、お可哀想に……」

 「もちろん手加減はしますよ。何しろ相手はプロですからね、
泣かないで堪えられるギリギリの強さでぶつんです」
 伯爵はにこやかに笑ったが、そのうち、思い出したように……

 「そうだ、今日はちょうど懺悔の日だから、そこへ行ってみま
しょうか」

 伯爵の提案にカレンは乗り気ではなかったが……

 「本当ですか!?」
 ニーナの声は妙に明るかった。
 「でも、私たちのような者が立ち入ってもよろしいんでしょうか」

 「(はははは)構いませんよ。どんなに高貴な令嬢も学校では
教育を受ける身。一人の咎人のお尻でしかありませんから。誰が
見ていても拒否はできません。それが嫌なら、自宅で家庭教師を
つけて勉強していればいいんです」

 大人たちの中で話がすすんでいく。
 すると、ここで、カレンはあることを訊ねた。

 「そこは本当に9歳までの男の子しかいないんでしょうか?」

 「そうだよ。男の子の場合、それから先は全寮制の学校で暮ら
さなきゃならないからね。どうしてそなにこと聞くの?」

 「いえ、べつに……」
 カレンは、それを確認してちょっぴりほっとする。

 現代の女の子には理解不能だろうが、男性に免疫のないカレン
は幾分男性恐怖症のところがあった。
 別に男性が嫌いなわけではない。男性に憧れだって持っている。
でも実際に会うと、心臓がどぎまぎしてしまう。自分のやりたい
事が何一つもできなくなってしまう。そんな自分が恥ずかしいか
ったのだ。

 もちろん、ブラウン先生のように親しくなってしまえばよいの
だろうが、それまでにはけっこう長い時間がかかってしまうから
『男性は苦手』ということに……

 ただ9歳までなら、それは男性ではなく子供としてみてしまう
為、たとえできそこないの心臓でも許してくれるようだ。

 「それにしても、10歳から親元を離れなきゃならないなんて、
殿方はやはり大変ですわね」
 ニーナが同情すると……

 「でも、従兄弟たちに言わせると、さっさと独立できる男の子
は羨ましかったって…ここは何かと規則が厳しくて、女の子にも
平気で鞭を振るいますからね、大変だったんでしょう」

 「まあ、そんなに厳しいんですか?」

 「女の子の世界には表と裏の顔があるみたいです。貴族の一員
として優雅に振舞うその裏には厳しい訓練があるということです
よ」

 「とかく隣りの芝き青く見えると申しますものね」

 「そうだ、先生はあちらでは校長先生だとか…子供達に懲戒も
なさるんでしょう?」

 「ええ、まあ……」

 「だったら、ちょうどよかった。今、生徒が懲戒を受けている
ところですから、よかったらご覧にいれましょう」

 「えっ、でも、よろしいんですか?」

 「ええ、私の家が管理する学校ですから、それはどうにでも」

 「では、お願いします」
 ニーナは伯爵にあっさりお礼を言ったばかりではなく……
 「カレン、あなたも、そう遠くない将来、子供たちをお仕置き
する立場になるのよ。見ておいた方がいいわ」

 「えっ……私も一緒に?」

 カレンはお仕置きの見学なんてあまり乗り気ではなかったが、
ニーナに引きずられるようにして、伯爵家が経営する修道院学校
へと向ったのだった。

*******************(2)***

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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