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第11章 貴族の館(4)

      第11章 貴族の館 

§4 修道院学校のお仕置き(2)
  地下室見学ツアー <1>

 「コン、コン、コン」
 その音に反応して中で声がする。

 「誰?」
 その声は少し尖った感じの響きだったが……

 「僕だよ、 ベラ< Bella >」

 伯爵がそう告げると、とたんに声色が変わった。
 「これは、これは伯爵。今、鍵を開けます」

 彼女は内鍵を開けると、笑顔で三人を迎え入れる。
 すると、伯爵の目に幼い女の子が映る。

 「おや、また逢ったわね」
 それは、さっき伯爵たちが廊下で出会った、一番年下の女の子
だった。

 「君、名前は?」

 「グロリア=アグネス=ロンベルク< Gloria=Romberg >」

 「いい名だ。たしか、あそこは音楽家の家系だったかな。君も
やるの?」

 「………」少女は最初おかっぱ頭を横に振るが、あとで「……
少しだけ……」と愛くるしい顔で笑って付け足した。

 「そうだ、君はここが初めてだって言ってたね」

 伯爵は思い出したようにそう言うと、副校長のベラ=リンクに
向って訊ねた。
 「この子への宣告は終わったんですか?」

 「いいえ」

 「そう、それなら今日の処は、この子を私に預からせてくれま
せんか?」

 「ええ、それは構いませんけど、どうなさるおつもりですか?」

 「社会科見学ですよ。この地下室の……勿論、一年生をここに
呼ばれたからにはそれなりの理由がおありとは思いますが、まだ、
学校へ入って来て日も浅いのにいきなりぶたれた可哀想でしょう」

 副校長は穏やかに微笑んで……
 「そうですか。……ま、それはこの子に関しては、必要ないと
思いますけど、伯爵様がそういうご意思でしたらこちらとしては
問題ございませんわ。幼い子への体罰は私も望みませんので……」

 という事でグロリアは罪人の身でありながら、伯爵達の地下室
見学ツアーに参加することになった。

***********************

 「二号路は図書室になっているんです」

 伯爵は、ここへ降りてきた階段の処まで一旦戻ると、そこから
一号路の隣りに伸びる二本目の通路へと入っていく。

 その行き止まりにある部屋は比較的大きな広間になっていて、
ドアも大きく開いたままになっていた。そこでは十人ほどの子供
たちが黙々と何か書き物をしている。

 「みなさん、お勉強ですか?」
 ニーナ・スミスが訊ねると……

 「まあ、そう言えば言えなくもありませんけど……課題として
だされた本のページを書き写して、隣りの部屋にいる先生の処へ
持っていかなければならないんです」

 「百行清書みたいなものですか?」

 「ええ、まあそういったところです。書くのは一回なんですが、
何しろ長文なので結構骨が折れますよ」

 「それに汚い字だとやり直しさせられるんです」
 グロリアが思わず口を挟むので……

 「やったことあるのかい?」
 伯爵が微笑むと……

 「もちろん」
 そう言ったグロリアの顔は明るい。褒められることではないが
グロリアはどこか自慢げな顔だった。
 「それから、その書いた内容を質問されるの。答えられないと、
また覚えなおし……1時間くらいかかることもあるから大変なの」

 「何だかこの罰をすでに何回も受けてるみたいな口ぶりだけど
……グロリアちゃんはお転婆さんなのかな」

 伯爵にこう言われて、さすがに少し恥ずかしそうな顔になった
が……
 「そんなにお転婆じゃないけど、担任のマートン先生は私の事
をおしゃべりな小鳥だって……授業に集中してないって……私は
そんなふうには思ってないけど」

 「これはこれは伯爵閣下。今日はご視察ですか?」
 話しかけてきたのはカミラ女史。黒縁メガネがトレードマーク
のこの部屋の管理人である。

 「お客人を色々と案内してるんだ」

 「こんな処をですか?」

 「こちらは、ニーナ・スミスさん。カレニア山荘で校長先生を
なさってる。こんな処でも、何らかのお役にたつかもしれないと
思ってね、見ていただいてるんだよ。見せてあげてもいいかな?」

 「ええ、私はかまいませんけど、ここは子供たちのお仕置きの
ために設けられた施設ですから、聞くに堪えない悲鳴や見苦しい
物もたくさんありますけど、よろしんですか?」

 「かまわないよ。うちのありのままを見せたいんだ」

 「ところで、そちらの娘さんは秘書さんですか?」

 「カレン・アンダーソンさん。これでも作曲家だよ」

 「ああ、カレンさん。存じてますよ。最近、チビちゃんたちが
よく弾いてますから……でも、こんなに、お若いとは知りません
でした」

 カミラ女史は若いカレンに対しても古くから友人のように笑顔
でもてなす。
 ただ……

 「あと、お連れはいらっしゃいませんね……あっ、あなたは、
違うわね」

 伯爵の腰に隠れるようにしてこちらを見ているグロリアを見つ
けると、こちらには渋い顔で睨みつけた。

 「お譲ちゃん今日は何を清書するように言い付かってきたの?」

 カミラ女史がこう詰問するから伯爵が中に入った。
 「いや、この子も私たちの連れなんだ。まだ新入生だし一度は
こんな処があることを知っておけば、ここへ顔を出す回数も減る
んじゃないかと思ってね。こういう処は初めてだって言うし……」

 こう言うと、カミラは吹き出すように笑って……
 「伯爵様は、相変わらず女の子にお優しいんですね。……でも、
この子、ここが初めてじゃありませんよ」

 「えっ、そうなの?」

 「確かに、一般的に新入生はまだ幼いですし、学校にも慣れて
いませんから、本校でも体罰は奨励していませんけど、この子に
限って言えば例外です。もう、ここに顔を出したのが4回目です
から」

 「おや、おや」
 伯爵はグロリアを見下ろして苦笑い。
 そして、それを見上げるグロリアも苦笑いだった。

 「大丈夫だよ。心配しなくても……伯爵たるもの。約束は守る
からね」

 伯爵からのお許しを得たグロリアは、そっと彼の右手を両手で
握りしめる。その愛くるしい姿は、伯爵にそれ以外の口を開かせ
なかった。

************************

 一行は再び階段の処まで戻って今度は三本目の通路を進む。
 廊下の長さは15mから25mほど。それほど長い距離ではな
いが、暗い廊下を進むだけでカレンは陰鬱な気分だった。

 三号路の先はさっきとは違って小さく部屋が仕切られていて、
その一部屋のドアを伯爵がノックすると、先ほどと同じように、
最初はつっけんどんな返事だが、伯爵とわかると手の平を返した
ように声が優しくなって迎え入れてくれた。

 「これは、これは、伯爵。何か、火急の御用でしょうか?」
 応対に出たのはヘルマ=ベイアー先生。
 理知的だが化粧気はなく、増え始めた皺も隠そうとしない中年
女性の笑顔がのぞく。

 しかし、入り口を塞ぐように立つ彼女は、来訪者たちを部屋の
中へ積極的に招き入れるという雰囲気ではなかった。

 そこで伯爵が……
 「火急の用がなければ立ち入れませんか?出直しましょうか?」
 と言うと……

 「いえ、そのようなことは……ただ、一人の生徒の処置を考え
ておりましたので……」

 「誰です?」

 「エミーリア=バウマンです」

 「エミーリア=バウマン?そう言えば明日は試合があるのでは?」

 「ええ、それが、思いもよらぬことが起きまして……まずは、
お入りください」
  ベイアー先生はようやく一行を受け入れたが……

 「ほう……」
 伯爵は『なるほど』といった顔になった。

 そこにはマリア様が描かれたタペストリーの下で三人の女の子
が膝まづき、お尻を丸出しにして仲良く並んでいたのである。

 「一人ではないんですね」
 伯爵が尋ねると……

 「三人組みの悪さですから……」

 「ほう、どんな?」

 「試合の近いエミーリアが今週はテストが不出来だったり宿題
をやってこなかったりでここへ呼ばれたのですが……こちらへは
常連の他の二人が見かねてエミーリアの分まで清書作業を手伝っ
たんです」

 「なるほどね……それで、できたからと言ってさっさとここへ
持ってきた。でも、一人でそんな短時間にできるはずがないから、
よく確かめてみると、字の癖が違っていた。そこで、エミーリア
を問い詰めたけれど、白状しないものだから、鞭を一ダースほど
くれてやると、やっと事情を説明した。そんなところですかね」

 「よくご存知で……すでにどこかでお聞きになられたんですか?
……そうか、カミラ女史から……」

 「いえいえ、私の学生時代にもそんな事はよくあったことです
から、おおよそ推測はつきます。それで、どうなさるんですか?」

 「ですから、それを、今、考えていたところなんです。………
それはそうと、そちらのお連れさんたちは?………おや、中には
見たことのあるような顔もありますが……」
 ベイアー先生は、すでに常連になりつつあったグロリアを見つ
けて笑う。

 「社会科見学の一環ですよ。……」
 伯爵はニーナやカレンがここに来た経緯(いきさつ)を話した。
 そして……

 「どうでしょう。この子たちと賭けをするというのは……」

 「賭け?」

 「ええ、このまま試合に出させて、勝てば罰は与えない。でも、
もし負けたら、二倍のお仕置き……」

 「そ、そんな……ご冗談を……」
 ベイアー先生は驚く。当然、冗談かと思ったのだが……

 「いえ冗談ではありません。私はそれでいいと思ってるんです。
この二人の協力者にしても、いわば、エミーリアのテニスの腕に
賭けたんでしょうから……」

 「…………」
 ベイアー先生は、伯爵のあまりに唐突な提案に、声が出ないと
いった表情だった。

 「無謀ですか?教育者にあるまじき行いですか?……もちろん
これは私の個人的な思いつきで、判断されるのは先生ですが……」

 「ギムナジュームではそういう事をされてたんですか?」

 「すべてがそうして処理していたわけではありませんが、なか
にそうした先生もいらっしゃいましたので申し上げただけです。
……男の世界の話です。女の子の学校では馴染めませんか?」

 「たしかに、それはそうですが………伯爵様のご意向とあらば、
それは尊重いたします」

 『ベイアー先生は必ずしも乗り気ではない。それでも、理事長
先生の意見も無視もできないから、不承不承したがったのだ』
 人生経験の浅いカレンはベイアー先生の言葉をこう判断した。

 しかし、事実は違っていた。
 むしろ、ベイアー先生自身も心の中ではそれは面白いと思って
いたのだ。ただ、自分の立場上、それを積極的に肯定できない。
そこで、こう言わざるを得なかったのである。

 「それでは生徒に聞いてみましょう」
 伯爵は話を進める。

 ベイアー先生の手が鳴り、三人はスカートを下ろすことを許さ
れた。

 こちらを向き直ると、三人ともすでに目が真っ赤だった。
 「こんにちわ、伯爵様」
 三人そろって挨拶したが、唇が微かに震えている子もいる。

 「どうかね、君達。後ろ向きだったけど話は聞こえてただろう。
君たちだってエミーリアの実力を信じたから、不正を手伝う気に
なったんだろうし、もう一度、エミーリアの実力を信じてあげて
もいいんじゃないのかな」

 伯爵の言葉に両脇の二人が真ん中に立つエミーリアの顔を覗き
込む。

 「どうだね、エミーリア。……君達のやった事はとても重要な
規則違反だ。本来なら無条件でこの煉獄からも追放。四号路以降
の地獄行きだよ。知ってるよね、そのくらいの事は……」

 「はい、先生」

 「そんなことを君は友だちにやらせたんだ」

 「先生、違います。私たち自主的にやったんです。エミーリア
は何も悪くないんです」

 ハンナはエミーリアを弁護したが……
 「友だちがいくら自主的にやりましたと言っても、その恩恵を
君が受けてしまえば…エミーリア、…君だっては同罪なんだよ。
……わかるよね、そこは……」

 「はい、理事長先生」

 「でもね、僕は、友だちからこうして慕われてる君を、単純に
地獄へは落としたくないんだ。……君たちはもう14歳。小さな
子と違ってあんなハレンチな場所は嫌だろう?」

 「…………」
 三人は一様に小さくうなづく。

 「そこでだ。私も君達の気持を汲みたいから提案してるんだ。
エミーリア。今、君のできることは何だね。テニスだけだろう。
だったら、それで君を慕う友だちが救えるなら、こんな賭けも、
やってみるべきじゃないのかな」

 「わかりました。二人がそれでいいならやってみます」
 伯爵の説得にエミーリアはついに賭けを承諾する。

 自分の事だけならいざ知らず、それで友達の運命までが決まる
のだから、容易な決心ではなかったが、お仕置きを免れる道が他
にないのなら、それに賭けてみようと思ったのである。

 試合は明日。相手はエミーリアはより格上の選手。勝てば無罪
放免だが、負ければその週の週末と翌週の週末、二週続けて三人
は地獄部屋へ行かなければならない。
 決していい条件ではないが、二人も承諾して、簡単な契約書が
作成された。

 殴り書きの紙に、伯爵とベイアー先生、エミーリア、ハンナ、
それにもう一人おともだちアデーレがサインして、カーボン複写
された物は生徒にも渡される。

 たかがお仕置きに麗々しく契約書と笑うなかれ、将来、重要な
ポストに就くことの多い生徒たちにとっては、これだって立派な
社会勉強の一つだったのである。

 エミーリアたち三人娘が去ったあと、一行はいよいよ四号路へ。
生徒達が『地獄』と呼ぶその場所へと旅立つことになった。

 「あら、グロリア。あなたも一緒になって地獄を見に行くの?
怖いから目を回さないでよ」

 ベイアー先生がそう言ってグロリアの頭を撫でるから伯爵が…
 「あれ、この子、ここには何度か来てるんでしょう?」

 「そりゃあ、そうですけど、ここまでです。ここから先へは、
まだ一度もやったことありません。この子は怠け者で、お転婆で、
おしゃべりで……ま、色々大変ですけど、根はいい子ですから、
地獄へ送ったことはないんです。いつも、ここまでよね」

 ベイアー先生の言葉にグロリアは大きくうなづいてみせた。
 「先生のお慈悲に感謝します」

 「何言ってるの。今さら調子のいいこと言って………あなたも、
あんまり調子に乗ってると、そのうち本当に地獄へ突き堕とされ
るわよ」

 「なんだ、そういうことだったのか」
 伯爵は苦笑い。そこで……
 「地獄は怖いところだからね、君はここから帰ってもいいよ」
 と言ってみたが、やはり、答えは……

 「平気です」
 という事だった。

 そこで、四号路以降もやはりこの四人で見学することになった
のである。

********************(4)***

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tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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