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第11章 貴族の館(5)

            第11章 貴族の館

§5 修道院学校のお仕置き(3)
   地下室見学ツアー<2>


 四号路も他の廊下と同じように暗い廊下の先に部屋があった。
その部屋の入り口には奇妙な文字が書いて掲げてある。

『Beatus vir, qui suffert tentationem,』

 「何って書いてあるの?」
 グロリアが早速意味を尋ねた。

 「『試錬を耐え忍ぶ人は幸いである』ヤコブの手紙1章12節
にある言葉だよ」

 「お仕置きって、試練なんだ」

 「そうだよ。学校に刑罰はないもの。救われない罰はないんだ。
罰を受ければ、必ず救われ、復帰できる。だから、正確にはここ
だって『煉獄』なんだろうけど…ただ、ここで行われるお仕置き
は、清書の罰なんかとは違って問答無用の体罰。それも女の子に
すれば、耐え難いほど破廉恥で厳しい折檻だからね。それまで、
ろくにお仕置きされた事のない生徒にしてみたら『地獄へ堕ちた』
って思えるくらいの衝撃なんだ」

 「ふうん」

 グロリアに続いて珍しく、カレンが口を開く。
 「ここの生徒さんって、それまで体罰は受けないんですか?」

 「爵位のあるような家に家庭教師で行くとね、たとえそこの子
が悪さをしても、無闇に叩けないんだ。親がいくらかまわないと
言ってもそこは気を使うんだよ。そこで、同じ年頃の子を連れて
行って、一緒に遊ばせ、勉強させて、何かあったらその子の方を
ぶつことで王子様王女様に反省を促すというのが一般的なやり方
なんだ」

 「効果あるんですか」

 「僕の経験で言うと、あるよ。僕にだって善悪の判断はできる
し、良心の呵責もあるから……本来、僕の責任であるべきところ
を、一緒にいる友だちがまとめて背負い込んでるのを見るのは、
やっぱり辛いもの。僕だって、伯爵家の次男坊だろう、家庭教師
から実際にぶたれたことはなかったんだ」

 「じゃあ、これまで一度も……」

 「そんなことないよ。ギムナジウムへ行けば、否応なしに体罰
はあるからね。鞭でお尻をぶたれたのも一度や二度じゃないよ。
それまで経験がない分、慣れてなくて、死ぬほど痛かった」

 伯爵は笑ったが、カレンは真剣な顔で……
 「鞭って、慣れるんですか?」

 「ああ、慣れるよ。家で散々叩かれつけてた子は、懲罰室から
出ると口笛ふいて宿舎に戻ってたもの。僕だって上級生になる頃
には段々平気になっていったから……」

 「そうなんですか」

 「ただ、僕たち男の子の場合はそのほとんどがお尻への鞭なん
だけど、女の子の場合は色んなことやられるからね。慣れるのに
時間がかかるんじゃないかな」

 「色んなこと?」

 伯爵はカレンの独り言には答えず……
 「さあ、みんな、入ってみるよ」
 映画館にあるような重く厚いドアを開けて、他の三人がそれに
つき従ったのである。

 「わあ~~広い」
 グロリアが叫ぶ。
 グロリアだけではない、ニーナにとっても、カレンにとっても
そこはこれまで部屋とはまったく違った印象を受けた。

 天井が高く、まるで体育館か講堂のようにとにかく広いのだ。
おまけに他の部屋にはなかった大きな窓までがあって、外からの
光が入ってくる。三人には、とても開放的な空間が広がっている
ように感じられたのだった。

 「これはこれは、伯爵様。お待ち申しておりました」

 一行が部屋に入ってくると、さっそく小柄で童顔の婦人が挨拶
に出向く。
 皺さえなければ、ここの生徒と見間違うほどの顔立ちである。
どうやら彼女、ベイアー先生からの内線電話で事の次第を事前に
知らされていたようだった。

 「はじめまして、スミス先生。私がマヌエラ=リヒターです。
決して心地よい場所ではございませんが、よろしければ、どうぞ
ご覧ください」
 リヒター女史はまず最初にニーナ・スミスと挨拶をかわした。

 「リヒターさん。今日は誰か予定があるんですか?」
 伯爵が尋ねると……。

 「そうですね……」リヒターは手持ちのファイルを捲りながら
「……12歳の子が3人と13歳の子が2人、11歳の子も2人
……今のところこの7名です。……あ、そうそう、14歳の子も
2人分予約が入っていましたが、特殊な事情によりキャンセルに
なってます」

 リヒター女史は意味深に伯爵を見つめ、伯爵も微笑を返す。
 すると、ここでニーナが誰に対してというのではなく口を挟む。

 「ここでは厳しいお仕置きをなさると聞いていたのに、みんな
幼い子ばかりなんですね」

 これに対してマヌエラが応じた。
 「先生はブラウン先生の学校で校長先生を勤めていられるとか、
やはり、そうしたことをお気になさいますか?」

 「ええ、まあ……」

 「それは立場の違いですわ。うちの生徒は、先生の処のように
職業を持って世に出ることを目指していませんから……あくまで、
お嫁に行って、そこで子供を産んで育てることが本義なんです」

 「その事と、何か関係あるんですか?」

 「ええ、女子は11歳から13歳の頃、ほんの一時期ですが、
男の子を体力で上回る時期があるんです。この時期は精神的にも
男の子に近くて、芸事にしろ、スポーツにしろ、鍛えれば伸びる
大事な時期です。ただ、ここであまりにも自由にやらせてしまう
と『自分は男以上の力があるんだ』とか『男はだらしない生き物
なんだ』といった誤解が生じかねないのです」

 「でも、それって自信に繋がりましょう?」

 「ええ、ですから、先生の処のように職業婦人としてその子の
将来を展望されるなら、褒めて伸ばすよい時期なんです。でも、
うちのように大半が良家に嫁ぎ、夫につき従って円満な夫婦関係
を維持するのが子たちの目標となると……厄介な問題もあるわけ
です」

 「なるほど、躾の問題でしたか。……でも、そうなると、……
その年頃の子は受難ですわね」

 「ええ、14歳からは社交界へのデビューも控えていますから
それほどハレンチな事もできませんけど、その少し前は大変です。
幼い頃のように周囲も甘やかしてくれませんし、かといって大人
としても見てもらえませんから、試練、試練の連続。何かミスを
しでかすたびに『お仕置き』『お仕置き』で追いまくられること
になります」

 「では、ここへも一度ならず……」

 「ええ、11歳から13歳の間は一学期に一度は必ず……二度、
三度という子も珍しくはありませんわ。中には、二三週間に一度
は必ず顔を出す常連の子もいますのよ」

 「まあ、それじゃあ身体がもちませんわね」

 「ええ、ですから、ここへの呼び出しは二週間に一度と決めら
れているんです。お仕置きはお仕置き。刑罰ではありませんから、
身体を壊したら何の意味もありませんもの」


 リヒター先生がニーナ・スミスとおしゃべりしているうちに、
今日の主役達が分厚い扉を押して入ってきた。

 「お客様の到着ね」
 リヒター先生はそう言うと、入ってきた子供たちに向って声を
掛けた。

 「さあ、みなさん。舞台にある椅子、どれでもいいですから、
座ってください」

 一行がリヒター先生と話していたのは入口を入ってすぐの場所。
そこは舞台の下手にあたる場所で、そこからフラットに広い舞台
が広がっていた。

 ちなみに、舞台をおりると、そこは舞台の何倍もある広い広い
土間になっていて、奥にはなぜか噴水が湧き出ている。

 「あれ、噴水なの?」
 グロリアが訊ねると、伯爵が説明してくれた。

 「戦時中、ここは爆撃を逃れるために作った礼拝堂だったんだ。
噴水も非難した人が飲み水に困らないように自噴の井戸を掘った
なごりなんだよ。だから今でも地下から自然に水が湧き出てて、
溢れた水はあの窓の外にある崖の方流れ落ちてるんだ」

 「あの窓からお外へは出られないの」

 「無理だね、とっても高い崖だから……ほら、そんなことより
始まるよ。君も見ておいた方がいい。一年たったら、君だって、
ここへ罪人として来るかもしれないんだからね」

 伯爵の言葉に、しかし、グロリアは強気だった。

 「大丈夫よ。わたし、普段から先生たちとは心安くしてるから、
ここへは二度と来ないと思うわ」

 底抜けに明るいグロリアの言葉。そんな一点の曇りもない自信
が、いったいどこから湧いて来るのか、大人達は不思議だった。

 いずれにしても、今日の催し物は、今まさに開催されんとして
いたのである。

*************************

 伯爵が先ほど説明したように、舞台にはミサを執り行う祭壇の
跡が今でも残っており、子供たちは、それを見つめるように配置
された七脚の椅子にそれぞれ個別に腰を下ろしていた。

 「さあ、では始めましょう」
 リヒター先生が開催を宣言する。

 「ここに何度も来ている残念な人たちは『またか』と思うかも
しれませんが、今日はここが初めての子もいるみたいなので説明
しておきます」

 リヒター先生がそこまで言うと、アシスタント役のシスターが
何やら金の縁取りまである仰々しいファイルを子供たちの名前を
確認しながら手渡していく。

 それが全てに行き届いたところで、先生は再び口を開いた。

 「今、お渡ししたファイルは、あなたのお父様があなたの為を
思って学校へ提出してくださった『身分剥奪証』です。そこには
学校が必要と認める時は国王陛下の名の下に爵位の効力を一時的
に停止させると書かれています。要するにここでお仕置きを受け
る時、あなたたちは平民の身分ということです」

 「…………」
 リヒター先生の説明は、大人たちには分かりやすいメッセージ
だったが、子供たちにしてみると、そんなこと言われてもピンと
こない。たしかに、彼らはぶたれた経験がほとんどなかったが、
それは生まれてこの方、当たり前の事で、それが自分達の身分に
起因しているなどとは考えもしなかった。

 「あなたたちは、これまでその身分に守られてお仕置きを経験
したことがほとんどなかったと思いますが、今は試練の時です。
試練を潜らない人に強い人はいませんから、お父様は、愛する娘
のために泣く泣く『身分剥奪証』を出されたのです。あなた方は
そのお父様の愛に感謝を示す意味でキスをしなければなりません」

 リヒター先生はこう言って手渡したファイルにキスを強制する。
そして、こうも付け加えるのだった。

 「お仕置きは愛です。貧しい家でよくやられている親の腹いせ
の為の虐待行為とここは一緒ではありません。どこまでもあなた
方の為にする愛の行為なのです。ですから、私達もあなた方への
鞭は、あなた方が耐えられる限界までしか強めません。ですから、
あなた方もそれに必死に耐えて、悲鳴をあげたり手足をバタつか
せるなどといった庶民の子がするような悪あがきをしてはいけま
せん。貴族の子は貴族の子らしく、お行儀よくお仕置きを受けな
ければならないのです。……もし、見苦しいマネをするようなら、
こちらもさらに強い愛を注ぎ込まなければならなくなりますから。
……わかりましたね」

 「はい、先生。……先生、お父様、お母様、国王陛下、司祭様、
マリア様、そして全知全能の神様の愛が私達に届きますように」

 リヒター先生に向って生徒達は一様に答えた。こんな時はこの
ような言葉で宣誓しなければならないと教えられていたからだ。
 だからみんな大真面目。当時の貴族社会にあってはお仕置きと
いえど折り目正しくが正論だったのである。


 そのファイルに全員が感謝のキスをしたのを確認すると、ファ
イルはシスターによって回収され、いよいよお仕置きが始まる。

 「アリーナ。あなただけここに残って、他の子は椅子を持って
舞台の端へ移動しなさい。そして、背もたれを噴水の方へ向けて
椅子の前に膝まづき、座板の上で両手を組むのです。……そこで
自分の番が来るまで、この一週間の悪い行いを全て思い出して、
反省し、お祈りをするのです。……分からない子はお姉さんたち
と同じことすればいいですから見て覚えなさい」

 リヒター先生は、こうして他の子たちを舞台の中央から遠ざけ、
こちらが見えないようになると、さっそく最初の子供、アリーナ
を祭壇の前で膝まづかせる。
 アリーナが人の気配に気づいて振り返ると、そこには学校での
担任クライン先生が自分と同じように膝まづいている。

 クライン先生は何も言わないが、幼いアリーナにしてみると…
 『あなたは、もう逃げられないのよ』
 と言われているみたいだった。

 「胸の前で両手を組みなさい」
 リヒター先生の声がいつもにも増して厳かに聞こえる。

 アリーナが言われた通りにすると…
 「これから、あなたは懺悔聴聞室で司祭様に犯した罪の全てを
告解しなければなりません。そのことは知ってますね」

 「はい」
 アリーナは小さな声で答える。

 「分かっているとは思いますが、その時、あなたは罪の全てを
包み隠さず司祭様に申し上げなければなりません。もちろん、嘘
は絶対に許されません。ここに来たからには、調べはついている
のです。わかるでしょう?」

 「はい、先生」
 アリーナの声は蚊の泣くように小さい。

 「声が小さいようですが、本当にわかっていますか?ここでの
お話はお友だち同士の告解ごっことは違います。どんなに小さな
嘘も、些細な隠し事も……いえ、たとえその罪を忘れていただけ
でも許されません」

 「…………」
 アリーナの顔が青ざめる。

 「どうしてだかわかりますか?……懺悔室ではね、罪を犯した
ことを忘れること自体、罪だからです。……もちろん、それも、
お仕置きの対象です。ですから、あなたは、この一週間に起きた
すべてのしくじりを必死に思い出して、司祭様に告解しなければ
なりません。……いいですね」

 「はい」
 アリーナは精一杯の声を出したつもりだったが、それは普段の
声量の三分の一にも満たないかすれ声だった。

 「よろしい、では、まず、マリア様に誓いをたててから懺悔室
へまいりましょう」
 クライン先生がこういうと、担任のクライン先生がアリーナの
ために後ろから口ぞえをしてくれた。

 「マリア様、私は真実だけを述べ、決して友だちを傷つけない
事を誓います」

 「…マリア様……私は……真実だけを述べ……決して友だちを
傷つけないことをお誓いします」

 「もし、約束を破った時は、どんな罰でも受けます」

 「…もし、……約束を破った時は……どんな罰でも受けます」

 クライン先生の言葉を鸚鵡返しに述べる。11歳のアリーナに
は、それが精一杯の宣誓だった。

 「わかりました。その宣誓した言葉を忘れてはいけませんよ」

 クライン先生から優しい言葉を貰い、アリーナはこの場を離れて、
懺悔室へと向う。

 『もう、死にそう。わたし、これからどうなるの……』
 アリーナは心の中で愚痴を言う。

 アリーナにとっても懺悔はこれが初めてではなかった。家でも、
学校でもそれはあったが、それは『これこれの罪を懺悔しなさい』
と親や先生に強制されただけ。自ら罪を思い出しながら懺悔した
なんて経験はないのだ。だからアリーナの心臓はすでにこの時点
で、はち切れんばかりに小さな胸を打っていたのである。

*******************(5)****

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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